目次
- 1 気象予測と再エネが握る電気料金高騰・電力価格スパイクの「トリガー」を科学する – 2026年電力クライシスへの警鐘
- 2 序論:2026年のパーフェクトストーム – 気象科学、AI、エネルギー市場が衝突する時
- 3 第1章 新たな気候の現実:2026年の「気象-エネルギー連関」を支える科学的基盤
- 4 第2章 エンジンルーム:日本の卸電力市場(JEPX)の構造を解き明かす
- 5 第3章 再生可能エネルギーのパラドックス:豊かさの創造主、変動性の触媒
- 6 第4章 トリガーの特定:電力価格高騰の解剖学
- 7 第5章 前進への道:強靭で脱炭素化された電力系統のための実行可能な解決策
- 8 結論:予測から予防へ – 日本のエネルギーの未来を航海する
- 9 よくある質問(FAQ)
- 10 ファクトチェック・サマリー
気象予測と再エネが握る電気料金高騰・電力価格スパイクの「トリガー」を科学する – 2026年電力クライシスへの警鐘
序論:2026年のパーフェクトストーム – 気象科学、AI、エネルギー市場が衝突する時
2026年のある冬の日を想像してみてほしい。日本列島を突如として季節外れの強烈な寒波が襲う。人々は一斉に暖房のスイッチを入れ、電力需要は予測を遥かに超えて急上昇する。しかし、空は厚い雲に覆われ、主力となりつつあった太陽光発電の出力は予測を大幅に下回り、ほぼゼロにまで落ち込む。その瞬間、日本卸電力取引所(JEPX)のスポット価格は天井知らずに高騰し、1キロワット時(kWh)あたり200円を超える異常事態が発生。企業や家庭のスマートフォンには電力需給ひっ迫警報とデマンドレスポンス(DR)の発動通知が鳴り響き、大規模停電の危機が現実味を帯びる――。
これは単なる空想ではない。日本の電力供給の安定性と価格の予見可能性は、もはや保証されたものではなくなった。それらは今や、二つの強力かつ不安定な力、すなわち気候変動による気象の予測困難性の増大と、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の大量導入がもたらす市場への逆説的な影響と、複雑に絡み合っている。
本レポートは、この新たなエネルギーパラダイムを科学的に解体する。そして、電気料金高騰の真の「トリガー」は単一の事象ではなく、気象や需給に関する「予測」と「現実」との乖離の大きさそのものであると論じる。我々はこの乖離を縮小しようと試みる最先端の科学技術と、その衝撃を吸収しうる市場ソリューションを深く探求し、今後数年間の変動期を乗り越えるためのロードマップを提示する。
第1章 新たな気候の現実:2026年の「気象-エネルギー連関」を支える科学的基盤
1.1 気候変動というベースライン:全球モデルから日本の現実へ
議論の出発点として、気候変動がもはや未来の脅威ではなく、現在の事業環境を規定する「前提条件」であることを科学的に確立する必要がある。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書(AR6)は、人間活動が地球を温暖化させてきたことに「疑う余地がない」と断定した
特に日本を含む東アジア地域では、極端な高温、大雨、干ばつのいずれも頻度が増加していると分析されている
これらの科学的知見は、抽象的な警告ではない。これらは日本の電力系統が対峙しなければならない新たな運用条件そのものである。かつて電力系統の計画者が想定していた「10年に一度」の厳気象は、今や「5年に一度」あるいは「3年に一度」の頻度で発生しうる事象へと変貌しつつある
ここで見えてくるのは、気候変動がもたらす最大のリスクが、平均気温の上昇そのものよりも、「ファットテール」事象、すなわち発生確率は低いが一度起これば絶大な影響を及ぼす極端な気象現象の確率が増大することである。過去の気象パターンに基づいて構築されてきた従来の電力系統計画は、その土台となる過去のデータがもはや未来の信頼できる指針ではなくなったことで、時代遅れになりつつある。
これにより、エネルギー市場全体に、まだ価格に織り込まれていない体系的なリスクが生まれている。電力システムはもはや「平均的な気象」や「過去の最悪ケース」に備えるだけでは不十分であり、より頻繁に、より激しく、そしてより予測困難な未来の極端現象に対応できるよう設計されなければならない。
1.2 予測技術の革命:スーパーコンピュータからAIという神託へ
気候の不確実性が増す一方で、それを予測する技術は革命的な進化を遂げている。この進化は、電力システムの安定運用と経済性を左右する極めて重要な要素である。
従来の気象予測の主流であった数値天気予報(NWP)は、大気の物理法則に基づいた複雑な計算をスーパーコンピュータ上で実行するもので、数時間を要することもあった
第一に、AI気象予測モデルの台頭である。Googleが開発した「GenCast」はその代表格で、物理法則からではなく、過去40年分もの膨大な気象データを学習することで未来を予測する
第二に、先進的なハイブリッドモデルと長期予測技術の実現である。日本気象協会(JWA)は、独自の数値予報モデル「SYNFOS」と国内外の複数モデルをAIで統合した「JWA統合気象予測」を開発し、2週間先までの高精度な予報を提供している
これは気象予測におけるパラダイムシフトである。予測技術は、遅く、決定的で、物理法則に制約されていたものから、速く、確率的で、データ駆動型のものへと移行している。特に2年先長期予測は、電力会社や政府が季節ごとの電力需要や燃料調達計画を従来よりも遥かに早い段階で策定することを可能にする、まさにゲームチェンジャーと言える。
GenCastのようなモデルがもたらす真の価値は、単に「より正確な」単一の予報ではない。未来の気象状態の確率分布を提供できる能力にある。これにより、電力トレーダー、系統運用者、VPP(仮想発電所)アグリゲーターは、単純な計画から、高度なリスクベースの最適化へと移行できる。「壊滅的な需給ひっ迫が起こる10%の可能性は何か?それに対してヘッジするための最適なコストはいくらか?」といった問いに、定量的に答えを出すことが可能になるのだ。これは、気象予測を単なるオペレーションの入力情報から、エネルギーセクターにおける金融リスク管理の中核要素へと変貌させる。
第2章 エンジンルーム:日本の卸電力市場(JEPX)の構造を解き明かす
2.1 価格決定メカニズム:ブラインド・シングルプライスオークション
気象と再エネがどのようにして具体的な「円/kWh」という価格に変換されるのかを理解するためには、その舞台となる日本卸電力取引所(JEPX)の心臓部、スポット市場(一日前市場)の仕組みを正確に把握する必要がある。
JEPXのスポット市場は、取引の対象となる一日を30分単位の48個のコマに分割して取引を行う
取引所は、入札締め切り後、すべての売り入札を価格の安い順に、すべての買い入札を価格の高い順に並べ、それぞれの需要曲線と供給曲線を作成する。そして、この二つの曲線が交差した一点の価格が、そのコマの唯一の「約定価格(システムプライス)」となる。重要なのは、約定したすべての取引が、個々の入札価格にかかわらず、この単一の価格で行われる「シングルプライス」方式である点だ
このメカニズムは効率的である一方、非常に厳しい側面も持つ。例えば、曇天によって安価な太陽光発電の供給が少しでも不足すると、需要を満たすために、市場は非常に高価な「ピーク電源(予備的な火力発電所など)」の売り入札を受け入れざるを得なくなる。その結果、そのコマの約定価格全体が劇的に跳ね上がる。これが、電力価格スパイク(瞬間的な高騰)が発生する基本的な仕組みである。
2.2 メリットオーダーの原則:再エネが「諸刃の剣」である理由
JEPXの供給曲線がどのように構築されるかを決定するのが「メリットオーダー」という原則である。これは、発電所をその限界費用(1kWhを追加で発電するために必要なコスト、主に燃料費)が安い順に並べるという考え方だ
この序列において、太陽光や風力といった再エネや原子力発電は、燃料費が実質的にゼロであるため、限界費用もほぼゼロ円となる。したがって、これらの電源はメリットオーダーの最優先に位置し、0円/kWhに近い価格で市場に入札される
このメリットオーダーこそが、再エネが持つパラドックスを説明する鍵である。晴天で太陽光発電が大量に供給される時間帯には、このゼロ限界費用の電力が供給曲線を大幅に右側へシフトさせ、需要を極めて安価な電力で満たすため、システムプライスは大きく下落する
2.3 変動性の方程式:JEPX価格を動かす主要因
JEPXの価格は、複数の要因が相互に作用しあって決定される複雑な方程式の結果である。
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供給サイド:燃料価格(LNG、石炭)、発電所の稼働状況(計画的な補修や予期せぬ故障)、そして天候に依存する再エネの発電量
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需要サイド:経済活動、時間帯、そして決定的に重要なのが気象条件、特に冷暖房需要を左右する気温である
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系統制約:送電線の物理的な容量制限により、「市場分断」が発生することがある。これは、安価な電力が余っているエリアから、電力が不足し高騰しているエリアへ十分に送電できない状況を指し、エリアごとに異なる「エリアプライス」が生まれる原因となる
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これらの要因の中で最も警戒すべきは、複数の変数が負の方向に相関しながら同時に変動することである。例えば、広範囲にわたる猛暑は電力需要を急増させるが、しばしば風が弱い「風凪」の状態を伴い、風力発電の供給を減少させる。冬の厳しい寒波は暖房需要を押し上げるが、それは日照時間が短く太陽光の出力が低い季節であり、時にLNGの輸送を妨げる荒天を伴うことで燃料供給をも脅かす。2022年3月の需給ひっ迫は、寒波による需要増と悪天候による太陽光の出力減が同時に発生した典型例であった
したがって、電力価格高騰の真のリスクは、単一の変数の変化にあるのではない。単一の気象イベントが、需要を増加させると同時に供給を減少させるという、複数の変数に同時に悪影響を及ぼすことにある。これこそが、日本の電力システムが抱える最も深刻な体系的リスクの一つである。
第3章 再生可能エネルギーのパラドックス:豊かさの創造主、変動性の触媒
3.1 再生可能エネルギー予測の科学
再エネの導入拡大は脱炭素化に不可欠だが、その変動性を管理するためには、発電量を高精度に予測する科学技術が生命線となる。太陽光と風力では、予測に求められる気象データの種類と物理的関係性が根本的に異なる。
太陽光発電の出力は、単なる日照時間ではなく、太陽光の強度を示す「日射量(単位:)」に直接的に比例する
ここでいう「損失係数」には、温度上昇によるロスやパワーコンディショナでの変換ロスなどが含まれる
一方、風力発電の出力は、「パワーカーブ」と呼ばれる特有の曲線に従う
これらの発電特性の違いこそが、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)などが日射量予測技術の向上に注力する理由である
3.2 「ダックカーブ」とマイナス価格:豊かさがもたらす代償
太陽光発電の導入が飛躍的に進んだ地域では、「ダックカーブ」という現象が顕著になる。これは、日中の豊富な太陽光発電が電力需要の大部分を賄うため、電力会社が供給すべき「正味需要(総需要 – 太陽光発電量)」が大きく落ち込む。しかし、日没とともに太陽光発電量が急減すると、正味需要が急速に立ち上がり、そのグラフの形状がアヒルの姿に似ていることから名付けられた
さらに、晴天の休日など、太陽光による電力供給が総需要を上回ると、電力の「供給過剰」が発生する。この時、JEPX市場では何が起こるか。限界費用ゼロの太陽光発電事業者は、少なくとも0円/kWhで入札するインセンティブを持つ。しかし、供給過剰で買い手がつかない場合、発電を停止(出力制御)するよりも、マイナス価格、つまり「お金を払ってでも電気を引き取ってもらう」ことを選ぶ場合がある
この現象は「カニバリゼーション(共食い)効果」とも呼ばれる。太陽光発電の導入が増えれば増えるほど、太陽光が発電する時間帯の電力価格が下落し、結果としてすべての太陽光発電事業者の収益性を悪化させてしまうからだ
しかし、このマイナス価格は「市場の失敗」ではない。むしろ、電力システムが「柔軟性」を渇望していることを示す、強力かつ合理的な経済シグナルである。マイナス価格とは、蓄電池の充電、揚水発電、水素製造など、その瞬間に電力需要を創出できる者に対して支払われる「報酬」に他ならない。それは、「供給過剰」という問題を、「エネルギーアービトラージ(裁定取引)」という新たなビジネスチャンスへと転換させる。マイナス価格の発生頻度と価格の深さは、その電力系統における「柔軟性の経済的価値」を直接的に示す、定量的な指標と見なすことができる。
3.3 出力制御というジレンマ:九州エリアのケーススタディ
日本の再エネ政策が直面する根源的な課題は、九州エリアの状況に凝縮されている。日本の再エネ出力制御(発電の一時停止命令)量は急増しており、2023年度には17.6億kWhに達する見込みで、その震源地が九州である
その原因は、再エネそのものではなく、電力システムの構造的な問題にある。
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限られた連系線容量:九州は、余剰電力を他エリアに送電するための連系線が中国エリアとしか接続されておらず、その容量も限られている。これにより、安価でクリーンな電力が地域内に閉じ込められてしまう
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柔軟性に欠ける電源構成:九州の発電電力量に占める原子力の比率は30%を超える
。日本の現行の電力供給ルールでは、電力供給が過剰になった際、再エネよりも原子力の運転が優先される。これにより、本来であればコストゼロの再エネが出力制御される一方で、柔軟な出力調整が困難な原子力が運転を続けるという、経済合理性に反する事態が生じている 。
九州で起きていることは、より大きな「システム統合の失敗」の縮図である。問題は再エネの量ではなく、20世紀の中央集権的な大規模電源を前提とした送電網、市場ルール、運用思想が、21世紀の分散型・変動性電源の時代に適応できていないことにある。急増する出力制御量は、この適応の遅れに対して社会が支払っている「請求書」に他ならない
第4章 トリガーの特定:電力価格高騰の解剖学
4.1 ケーススタディ1:2021年冬の危機 – 燃料供給ショック
過去の危機を分析することは、未来の危機を予測するための最良の教科書である。2021年1月、JEPXのスポット価格は常軌を逸したレベルに達し、多くの時間帯で200円/kWhを超える価格を記録した
この危機の引き金は、複数の要因が連鎖した結果であった。まず、全国的な厳しい寒波の襲来により、電力需要が過去10年間の最大想定(厳寒H1想定)を上回る日が続出した
この事例は、需要の急増と供給サイドの燃料制約が重なった、古典的な供給ショック型の危機であった。根本的な問題は、想定を上回る寒波に対する燃料調達・在庫管理体制の脆弱性にあった。
4.2 ケーススタディ2:2022年春の危機 – 複合災害
2022年3月22日、東京・東北エリアは深刻な電力不足に見舞われ、日本で初めて「電力需給ひっ迫警報」が発令された
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供給ショック(化石燃料):危機発生の6日前、3月16日に発生した福島県沖地震により、複数の大規模な火力発電所が停止(合計3.35 GW)し、供給力が大幅に低下した
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供給ショック(送電網):同地震は、東北から東京へ電力を送るための重要な連系線の送電容量を半減させた(5 GWから2.5 GWへ)
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需要ショック(気象):3月下旬にもかかわらず、真冬並みの異例の寒波が襲来。これにより、電力需要の前日予測値は、1週間前の予測から7 GWも上振れした
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供給ショック(再エネ):この寒波は曇天や雨を伴っており、太陽光発電の出力は設備容量のわずか1割程度に留まった
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この危機は、地震という自然災害、異常気象による需要増、そして同じく異常気象による再エネ供給減という、本来であれば独立したはずの複数のショックが同時にシステムを襲ったことで発生した。これは、相関性の高いリスクに対するシステムの脆弱性を浮き彫りにした事例である。
4.3 明らかになった真のトリガー:「予測誤差」の優位性
これらの事例を詳細に分析すると、価格高騰の真のトリガーが、寒波や地震、日照不足といった個別の事象そのものではないことが見えてくる。真のトリガーは、「予測」と「現実」の間に生じた、予期せぬ巨大な乖離である。
電力システムは、予測されたストレスに対しては、予備力や燃料在庫といったバッファーを備えている。システムが破綻するのは、現実が予測からあまりにも急激かつ大幅に乖離し、これらのバッファーが瞬時に無力化される時である。
2021年の危機では、寒波の厳しさとLNG供給網の脆弱さが予測を上回っていた。2022年の危機における決定的な証拠は、わずか数日間で電力需要の予測が7 GWも上方修正されたという事実である
結論として、電力価格の高騰を予測するために最も重要な指標は、短期的な需要(気温)および再エネ供給(日射量・風速)の予測値が、どれだけの速度と大きさで変化しているかである。
たとえ厳しい気象の予報であっても、それが安定していればシステムは準備する時間がある。不安定で、刻一刻と悪化していく予報こそが、危機が目前に迫っていることを示す確実なトリガーなのだ。
4.4 2026年に向けた予測フレームワーク:早期警戒システム・チェックリスト
この分析に基づき、電気料金高騰の兆候を早期に発見するための多層的な警戒システムを構築することができる。
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長期(6ヶ月~2年先):
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JWAの2年先長期予測を監視し、平年と大きく異なる気温や日照時間の予測が出ていないかを確認する
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IPCCのシナリオなど全球気候モデルの動向と照合する
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電力会社の長期燃料調達計画と、世界のLNG市場の安定性を評価する。
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中期(1~3ヶ月先):
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国内のLNG・石炭在庫レベルを継続的に追跡する。
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電力会社の発電所定期補修計画を監視する
。異常気象が予測される季節に大規模な計画停止が集中している場合、それは重大な危険信号である。
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短期(1~7日前):
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ここが最も重要なトリガーゾーンである。7日前、3日前、前日の各時点における気温(需要)、日射量、風速の予測値の差分(デルタ)を監視する。これらの予測が急激に悪化(需要増、再エネ供給減)した場合、それが危機の主要なトリガーとなる。
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リアルタイム(当日):
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前日に策定された太陽光・風力発電の出力予測と、実際の発電実績との乖離を監視する。予測よりも実績が大幅に下振れした場合、供給力は計画よりタイトになり、時間前市場(当日市場)での価格高騰の直接的な前兆となる
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第5章 前進への道:強靭で脱炭素化された電力系統のための実行可能な解決策
5.1 解決策1:経済的資産としての超高精度予測
再エネの発電量予測精度を向上させることは、NEDOや系統運用者の最重要課題の一つである
したがって、取るべき解決策は、AI駆動型の確率的な気象・エネルギー予測モデル(GenCastのようなモデルや、学術界で研究が進むLSTM、SARIMA等の高度な時系列モデル)への積極的な投資と社会実装である
5.2 解決策2:VPPとデマンドレスポンス(DR)による体系的な柔軟性の確保
VPP(仮想発電所)は、地域に散在する太陽光、蓄電池、電気自動車(EV)といった分散型エネルギーリソース(DER)を、高度なソフトウェアを用いて統合制御する仕組みである
これらはいずれも、電力系統の「衝撃吸収材(ショックアブソーバー)」として機能するが、その効果的な運用は気象予測と密接に結びついている。VPPは太陽光発電の予測に基づき、蓄電池の最適な充放電計画を立てる
解決策は、この「柔軟性」に対する堅牢な市場を創設することである。予測が供給不足(価格高騰)を示唆すれば、VPPは蓄電池から放電し、DRは需要を抑制する。逆に、予測が供給過剰(マイナス価格)を示唆すれば、VPPは蓄電池やEVに充電し、DRは電力消費を促す(上げDR)
5.3 解決策3(地味だが根源的な解決策):市場と送電網の近代化
九州における出力制御問題の根源は、技術ではなく、柔軟性に欠ける原子力を再エネより優先するという運用ルールにある
ここに、技術的ではないが最も効果的な、構造改革という解決策がある。
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真の「エコノミック・ディスパッチ(経済負荷配分)」の導入:発電所の種類にかかわらず、その時点で最も安価に発電できる電源から順に稼働させるという、メリットオーダーの原則を厳格に適用するよう市場ルールを改革する。これは、電力供給過剰時には、再エネよりも先に原子力の出力を調整(抑制)することを意味し、大きな政策転換を伴うが、経済合理性の観点からは正しい選択である。
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エリア間連系線の増強への投資:地域間の送電容量を増強するための投資を加速する。これにより、電力系統はより一体化され、九州の太陽光の余剰電力が関西の電力需要を満たすといった広域的な電力融通が可能となり、出力制御と電力価格の両方を低減できる。
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マイナス価格の完全な受容:市場価格が人為的な下限なしに自由にマイナス領域まで変動できるようにする。これは、電力システムが再エネの余剰を吸収するために必要としている蓄電池や柔軟な需要(フレキシブルデマンド)といった新たなビジネスへの、最も強力な投資インセンティブとなる
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結論:予測から予防へ – 日本のエネルギーの未来を航海する
本レポートで明らかにしたように、気候変動は気象をより極端にし、再エネへの移行は電力系統をその気象に対してより敏感にさせている。そして、電力危機の引き金となるのは、「予測」と「現実」の間の埋めがたいギャップである。
日本のエネルギー安全保障と手頃な電力価格の未来は、二つの柱からなるアプローチにかかっている。第一に、AIと最先端科学を駆使して予測能力を抜本的に向上させること。第二に、VPP、DR、蓄電池、そして市場改革を通じて、必然的に残る不確実性をしなやかに吸収できる、深く柔軟で、応答性が高く、統合されたエネルギーシステムを構築することである。
最終的な目標は、気象を制御不能な「脅威」から、管理可能な「変数」へと変えることである。予測の科学と柔軟性の経済学を習得することによって、日本は来るべき2026年の電力危機を回避するだけでなく、よりクリーンで、より強靭で、そして究極的にはより安価な未来のエネルギーシステムを構築することができるだろう。
よくある質問(FAQ)
Q1: 2026年に電気料金が高騰する可能性が特に高いのはなぜですか?
A1: 2026年は、複数の要因が重なる転換点となる可能性があります。第一に、IPCCの報告が示すように、気候変動による異常気象の頻度と強度は年々増加しており、電力需要の急増や再エネ出力の急減といったリスクが高まっています
Q2: AIによる天気予報は、本当に従来のスーパーコンピュータによる予報より優れているのですか?
A2: はい、特定の側面において顕著な優位性を示しています。GoogleのGenCastのようなAIモデルは、過去40年分の膨大なデータを学習することで、物理モデルでは捉えきれなかった複雑な気象パターンを認識します
Q3: 再エネが増えると電気代は安くなるのではないのですか?
A3: 再エネは二つの相反する効果を電気料金に与えます。第一に、太陽光や風力は燃料費がゼロのため、発電している時間帯には卸電力市場の価格を大きく引き下げる効果があります(メリットオーダー効果)
Q4: VPP(仮想発電所)やデマンドレスポンスは、具体的にどのように電力価格の高騰を防ぐのですか?
A4: VPPとDRは、電力の「需要」と「供給」の両面で柔軟性を提供することで価格高騰を防ぎます。電力不足が予測される(価格が高騰しそうな)場合、VPPは管理下にある蓄電池から放電して「供給」を増やしたり、DRは工場やオフィスビルに節電を要請して「需要」を減らしたりします
Q5: 日本の再エネ普及を加速させるために、個人や企業ができる最も効果的なことは何ですか?
A5: 個人レベルでは、太陽光パネルや蓄電池、EVを導入し、それらをVPPサービスに登録することが直接的な貢献になります。これにより、個々の資産が電力システムの安定化に寄与するリソースとなります。また、時間帯別料金プランを選択し、電力価格が安い時間帯に電力使用をシフトさせる(デマンドレスポンスに参加する)ことも効果的です。企業レベルでは、自社の屋根や敷地に大規模な太陽光発電と蓄電池を設置するコーポレートPPA(電力購入契約)の活用や、生産プロセスの見直しによる本格的なDRへの参加が求められます
ファクトチェック・サマリー
本レポートの信憑性を担保するため、主要な主張と根拠となる事実情報を以下に要約します。
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主張1:気候変動により日本の異常気象は増加している。
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根拠:IPCC第6次評価報告書は、人間活動による温暖化を「疑う余地がない」とし、極端現象(高温、大雨、干ばつ)の頻度と強度の増加を予測。特に東アジア(日本を含む)でこれらの現象の頻度増加が観測・予測されている
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主張2:AIによる気象予測技術は革命的な進歩を遂げている。
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根拠:GoogleのGenCastは、従来の物理モデルを97%以上のケースで上回る精度を達成し、15日間予報を約8分で生成可能
。日本気象協会は、2024年6月に業界初の「2年先長期気象予測」の提供を開始し、過去の異常気象を1年以上前に予測できた実績がある 。
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主張3:再エネの大量導入は、卸電力価格を押し下げる一方で、価格の変動性を増大させる。
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根拠:再エネは限界費用がほぼゼロのため、メリットオーダーに従い市場価格を低下させる
。しかし、その出力の変動性が「ダックカーブ」現象を引き起こし、需給バランスの急変が価格の急騰・急落(マイナス価格含む)を招く 。
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主張4:電力価格高騰の真のトリガーは「予測と現実の乖離」である。
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根拠:2021年冬の危機は想定を上回る寒波とLNG不足
、2022年春の危機は地震に加え、需要予測が1週間で7GWも急増した「予測誤差」が決定打となった 。システムは予測されたストレスには備えられるが、予期せぬ乖離には脆弱である。
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主張5:九州エリアの再エネ出力制御は、送電網の制約と原子力を優先する運用ルールが主因である。
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根拠:九州は他エリアへの連系線容量が限られている上、発電電力量の30%以上を占める原子力が、供給過剰時でも再エネに優先して運転されるため、大量の再エネが出力制御されている
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主張6:予測精度の向上と柔軟性の確保が、電力システムの安定化に不可欠である。
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根拠:予測精度の向上は調整力コストを直接的に削減する効果が確認されている(25%削減事例)
。VPPやDRは、気象予測と連携し、蓄電池の充放電や需要シフトを通じて需給バランスを調整する有効な手段である 。
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