力率・無効電力・皮相電力とは?

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

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目次

力率・無効電力・皮相電力とは?

定義から最新動向まで徹底解説

はじめに

電気の世界で「力率(Power Factor)」「無効電力(Reactive Power)」「皮相電力(Apparent Power)」という用語は、交流電力を語る上で欠かせない重要概念です。これらは電力ネットワークの効率や機器の動作、電気料金にまで深く関わっており、高解像度の知見に基づいて正しく理解することが求められます。例えば、力率が低いと送電網に余計な負荷がかかり、電力会社から追加料金を請求されることもあります。一方、再生可能エネルギーや蓄電池といった新しい電源を導入する際にも、無効電力や力率の制御が技術的課題となっています。

本記事では、以下の観点から網羅的に解説します。

  1. 物理・電気工学的な定義と理論(有効・無効・皮相電力のベクトル解析、複素電力、電力三角形など)

  2. 無効電力と力率が設備運用や料金に与える影響(電力会社の料金体系、高圧・低圧別の扱い)

  3. 力率改善の技術と装置(進相コンデンサ、PFC回路、SVC/STATCOMなど)

  4. 再生可能エネルギー・蓄電池・インバータ導入時の力率制御の課題とソリューション

  5. IECやIEEEなど国際標準規格と地域ごとの慣習の違い(日本、欧州、北米、中国などの比較)

  6. 実務上の誤解や慣習、業界関係者が見過ごしがちな論点

  7. 近年の潮流(分散型電源、スマートグリッド、VPP、デマンドレスポンス等)と力率・無効電力の関係

各項目で具体例や図解、数式を交えながら、専門家レベルの知見をやさしい文体で説明します。難解な概念も図や比喩でかみ砕き、電力エンジニアだけでなく幅広い読者にとって有用な内容を目指します。それでは順に見ていきましょう。

1. 交流電力の三要素 – 有効電力・無効電力・皮相電力の定義と理論

1.1 有効電力(P)と無効電力(Q)とは

有効電力(Active Power, P)とは、実際に負荷で消費されて仕事に変わる電力を指します。例えばモーターを回転させたり、ヒーターで熱を発生させたりといった、有形の仕事に変換される部分の電力です。単位はワット (W) で、直流回路における電力と同様に計算され、電力会社の電気料金も基本的にこの有効電力に基づいて請求されます。一方、無効電力(Reactive Power, Q)とは、負荷で消費されず往復するだけだが交流回路の動作に必要な電力です。主にコイルやコンデンサのエネルギーのやり取りによって生じ、一時的に蓄えられては戻される「見えない動き」の電力と言えます。無効電力そのものはモーターの磁界を作るなど装置の動作に不可欠ですが、消費されずに系統を行ったり来たりするため送電効率を悪化させる要因にもなります。無効電力の単位はバール (var) で表されます。

ポイントとして、無効電力電圧と電流の位相差(遅れ角または進み角)によって生じます。位相差が大きいほど $\sin\theta$ が大きくなり無効電力が増える、すなわち効率(力率)が下がることを意味します。例えばコイル(インダクタ)は電流を遅らせる性質があるため、純粋なコイル負荷では電圧と電流の位相が90°ずれて無効電力のみを消費します。一方で抵抗負荷では位相差は0°で無効電力は生じません。

豆知識:ビールの泡と無効電力の関係 – 力率の説明には「ビールのジョッキ」にたとえる有名な比喩があります。ジョッキの中身のうち、飲めるビール部分有効電力(仕事に使われる部分)注いだ時にできる泡無効電力(往復するだけで飲めない部分)ジョッキ全体皮相電力(見かけ上供給された総電力)です。泡が多い(無効電力が大きい)とグラスは満杯でも実際に飲めるビール(有効電力)は少なくなります。電力でも同様に、泡(無効電力)を減らしビール(有効電力)の比率を高めること効率向上=力率改善につながるのです。

1.2 皮相電力(S)と複素電力のベクトル表示

皮相電力(Apparent Power, S)とは、交流電源から送り出される電力の総量を示す値で、有効電力Pと無効電力Qをベクトル合成したものです。単位はボルトアンペア (VA) で表されます。皮相電力は「見かけ上の電力」とも言われ、電源から供給されたが負荷で消費されなかった電力も含めた総量を意味します。電源側から見ると、有効電力として使われた分と、往復する無効電力分の両方を供給しているため、皮相電力という概念が必要になるのです。

3つの電力P・Q・Sの関係は「電力三角形」と呼ばれる直角三角形で表現できます。有効電力Pを底辺、無効電力Qを垂直方向の成分、斜辺が皮相電力Sとなり、ピタゴラスの定理に従う関係です。すなわち:


  • S2=P2+Q2S^2 = P^2 + Q^2
    (皮相電力は有効電力と無効電力の二乗和の平方根)

  • 有効電力
    P=VIcosθP = V I \cos\theta

  • 無効電力
    Q=VIsinθQ = V I \sin\theta

ここで $V$ は電圧実効値、$I$ は電流実効値、$\theta$ は電圧と電流の位相差です。この三角形の斜辺Sが電源から見た総供給量、底辺Pが負荷で消費された仕事量、垂直成分Qが往復するだけの力仕事しない量に対応します。電流と電圧の位相差$\theta$が大きいほどQ成分が大きくなり、斜辺に対する底辺の比が小さくなります。逆に位相差が0(純抵抗負荷)ならQ=0で三角形は水平な直線になり、供給電力のすべてが有効に使われる理想状態です。

以上を複素数表示で表すと、皮相電力Sは有効電力Pを実数部、無効電力Qを虚数部とする複素電力として表現できます。


S=P+jQS = P + jQ

この複素電力の位相(偏角)は電圧と電流の位相差$\theta$に等しく、複素平面上でベクトル和として $S$ ベクトル = $P$ ベクトル + $Q$ベクトル と解釈できます。このベクトル図上の関係がまさに電力三角形であり、三辺の比から後述する力率を定義できます。

1.3 力率(Power Factor)の意味と計算式

力率(PF)とは、まさに上記の電力三角形における有効電力Pと皮相電力Sの比であり、送られた電力に対してどれだけ有効に利用されたかを示す指標です。数式で表すと:

\text{力率 (PF)} = \frac{\text{有効電力 (P)}}{\text{皮相電力 (S)}} = \cos\theta \tag{PFの定義} \label{eq:pf}

ここで $\theta$ は電圧と電流の位相差であり、$\cos\theta$ が力率を意味します。力率は通常0から1までの値をとり、1に近いほど「送られた電力のうち有効に使われた割合が高い」つまり電力の有効利用度が高いことを示します。例えば力率1.0は全てが有効電力、力率0.5であれば半分しか有効利用されていないことになります。

正確な力率の測定は電力システムの効率評価に不可欠です。力率が低い(1に比べて小さい)ということは、同じ有効電力を供給するのにより大きな皮相電力=電流が必要で、結果として送電網に余計な負荷をかけてしまいます。力率の向上はそのままシステムのエネルギー効率向上につながり、無駄な電力損失の低減や設備容量の有効活用に寄与します。

◆ 力率の「遅れ」「進み」と符号の約束

交流回路では、負荷の種類によって電流と電圧の位相関係が異なり、それが無効電力の符号や表現に表れます。一般に 「力率が遅れ(lagging)」とは電流が電圧より位相で遅れている場合を言い、典型的にはコイルなど誘導性負荷(インダクティブ負荷)で発生します。遅れ力率の負荷は電力系統から無効電力を消費する(吸収する)側であり、無効電力Qを正の符号で表す慣例になっています。一方、「力率が進み(leading)」とは電流が電圧より進んでいる(先行している)場合で、容量性負荷(コンデンサ成分の多い負荷)に対応します。進み力率の負荷は系統に無効電力を供給する(押し戻す)振る舞いをするため、無効電力Qは負の符号で表されます(系統側から見ると逆向きの無効電力)。したがって、電力契約や電力計では力率を「遅れ○○%」「進み○○%」のように表示し、遅れ(インダクティブ)の場合は通常正の無効電力として扱います。多くの産業負荷はモーターなど誘導性のため遅れ力率となり、電力会社との契約でも特に断りがなければ「遅れ%」で力率値を指すのが一般的です。

まとめ: 力率とは電圧・電流の位相ずれによる効率指標であり、1に近いほど良好0に近いほど無効電力成分が大きく非効率な状態です。電力システムではこの力率を改善しできるだけ1に近づけることが、大きな課題となってきました。

2. 力率・無効電力が設備運用と電気料金に与える影響

2.1 力率低下による電流増加と設備への影響

力率が低いということは、同じ有効電力を供給するのにより大きな皮相電力Sが必要になることを意味します。皮相電力が大きいということは送電線や変圧器に流れる電流が増えることにつながります。例えば力率1.0($P=S$)の負荷が100kWの場合、必要電流はある一定値ですが、力率0.5($P=0.5S$)の負荷で100kWを届けるには倍の200kVAの皮相電力が必要となり、電流も約2倍流れる計算になります。電流が2倍になれば送配電設備のジュール損失(I^2R損失)は4倍にも増大し、配線の発熱や変圧器の負荷も大きくなります。このように力率の低下は送電ロスの増加や設備容量の逼迫を招きます。実際、ある試算では力率を0.7から0.98に改善すると、回路を流れる電流と見かけ電力が約40%減少し、結果として機器発熱の低減・電圧降下の減少・システム全体の損失低減につながると報告されています。つまり、力率改善は機器寿命の延長(余計な過電流ストレスの減少)や配電ロスの減少といった効果をもたらし、最終的には省エネにも貢献します。

極端な例として、巨大な誘導電動機など遅れ力率の負荷が多数ある工場では、未補償だと力率が0.6~0.7台になることもあります。この場合、同じ実効電力を送るのに通常より大電流が必要になり、変圧器容量や配線の太さをその分余計に見込まねばなりません。また電流が多いと電圧降下も大きくなるため、末端負荷で電圧不足が起きる可能性もあります。したがって実務的には、電力会社と需要家の双方にとって望ましくない「無効電力ばかり消費する」低力率の状態を避けるよう管理する必要があります。

2.2 電力会社の料金体系における力率割引・ペナルティ

力率が設備や系統に与える影響は電気料金の体系にも反映されています。電力会社は送電設備の容量確保や損失増大の原因となる低力率を是正するため、高圧契約など大口需要家向けに「力率割引/割増」制度を設けています。

例えば日本の電力会社では、高圧受電契約の場合力率85%を基準としてこれを上回ると基本料金割引下回ると割増となるのが一般的です。具体的には「力率が85%を超えるごとに1%につき基本料金1%割引、85%を下回る場合も1%ごとに基本料金1%割増し」という計算式が適用されます。この仕組みを力率割引(または力率調整)と呼び、請求書の基本料金欄に記載されます。例えば契約電力100kWで基本料金単価がある金額の場合、力率を90%から95%に改善するだけで年間数十万円単位の基本料金削減効果が出るケースもあります。逆に力率が基準を下回ると基本料金が加算され、電気代全体が上昇します。

※日本の低圧契約(動力契約)でもかつては同様の力率指定があり、例えば契約力率を80%, 85%, 90%の中から選択し、85%基準で90%なら5%割引、80%なら5%割増というルールが存在しました。しかし最近では低圧分野では力率割引制度を廃止する動きもあり、2024年以降一部の電力会社では低圧契約で力率調整を行わないケースも増えています。高圧・特別高圧においては今なお多くの地域で力率割引制度が維持されていますが、将来的に見直される可能性も議論されています。

海外に目を向けると、力率ペナルティの方式は国や地域で様々です。多くの国では目標とする最低力率を90%または95%程度に設定し、それを下回る場合に追加料金を課す仕組みになっています。例えば欧州の多くの電力会社では、契約容量が一定以上(例: 10~50kW超)のお客様については月間無効電力量(kvarh)が有効電力量の一定割合を超えた分に対しkvarh単価でペナルティを科す方式が一般的です。スペインでは最大需要16.5kW超の契約で、力率が約70%未満に低下するような過剰な無効電力にはkvarh単価のペナルティ料金が設定されています。さらに最近の例ではスペインで2021年以降、夜間など負荷の小さい時間帯における過度な進み力率(無効電力の過補償)にも新たなペナルティが導入されました。具体的には高圧契約者が力率0.98進み(無効電力が供給側に20%以上)を超えて容量性無効電力を送り出した場合、超過分に対して€0.05/kvarhの料金が課せられます。これは負荷が少ない時間帯に進相コンデンサの入れすぎで系統電圧が上昇する問題への対策です。

一方、北米(米国・カナダ)では需要家への課金体系として、力率を考慮した契約kVAによる基本料金やデマンドチャージを採用するケースが多く見られます。具体的には需要電力(デマンド値)をkWではなくkVAで計測し、力率が低いと見かけ上の需要が大きく計上されて基本料金・デマンド料金が自動的に増える仕組みです。または、ある閾値(例えば90%)より力率が低下した場合、超過した割合に応じて課金需要を補正する(例: 目標力率/実力率倍を実デマンドに乗じて請求)方式もあります。要は力率が悪いと請求上もっと大きな需要と見なされて料金が上がるというペナルティになっています。これは日本の力率割増と原理的に同じですが、海外では国によって超過無効電力に単価を掛ける方式(kvarh課金)か、デマンド値を調整する方式か、さらに力率毎に定めた乗数を適用する方式など様々な8種類ほどのペナルティ方式があるという調査報告もあります。

以上のように、力率が低い需要家は世界的に見ても電力会社から経済的なインセンティブ(またはペナルティ)で是正を促されるのが一般的です。逆に言えば、適切な設備対策で力率を改善すれば電気料金を削減できる可能性が高いということでもあります。

2.3 力率と電気設備区分(高圧・低圧)の関係

上記の通り、力率の問題は主に工場やビルなど高圧受電以上の大口契約で顕在化します。一般家庭など低圧小口では力率を個別に監視・課金することは通常ありません(電力量計は有効電力量kWhのみ計量)。これは、小規模需要では無効電力の影響が相対的に小さいこと、また低電圧用の家電製品法規制により力率が一定以上確保されていることが背景にあります。例えばLED照明一つをとっても、高性能なものは力率0.9以上ありますが、安価な民生用LED電球では力率0.5程度のものも存在します。仮に10WのLEDランプが力率0.5だとすると、利用者は有効電力10Wぶんの料金しか払いませんが、そのランプを点灯させるには電力会社側は20VA相当の皮相電力(泡付きのビール)を供給する必要があります。ユーザーは省エネ10Wと思っていても、実際にはシステム的にはもう10VAぶんの無駄が出ている計算で、電力会社がその「泡」に相当する部分を負担していることになります。幸いLED照明は消費自体が小さいため現状大きな問題にはなっていませんが、省エネ機器の大量導入に伴う新たな力率・高調波問題として注目されています。

低圧の一般分野では、このような無効電力の問題に対し、各国で機器側への基準を設けることで対処しています。たとえばEUや日本では家電・照明向けの規格としてIEC 61000-3-2があり、これは高調波電流の上限規制を通じて間接的にPF(力率)を改善することを求めるものです。Energy Star(米国の省エネ認証)では5W超のLED照明に力率0.7以上を要求するなど、小容量機器でも極端に力率の悪い設計を防ぐ基準が存在します。もっとも、住宅用などでは未だ緩い基準も多く、「値段は安いが力率やTHD(高調波ひずみ率)が悪い電源」が流通しているのも事実です。このあたりの電力品質に関する規制は各国で温度差があり、例えばカリフォルニア州ではEnergy Starより厳しい力率0.9以上をLED照明に求める独自仕様を策定する動きもあります。

3. 力率改善の技術と装置 – コンデンサからアクティブPFCまで

上記のように力率が低いままだと電力損失や料金増につながるため、実務では様々な力率改善(無効電力補償)の技術が発達してきました。ここでは代表的な手法と装置について紹介します。

3.1 進相コンデンサ(静的無効電力補償装置)による力率改善

もっとも古典的かつ一般的な力率改善法が、負荷に進相コンデンサ(コンデンサーバンク)を並列接続する方法です。誘導性の負荷(遅れ力率の負荷)は無効電力を系統から消費しますが、代わりに容量性のコンデンサを併設してやると、コンデンサが逆方向の無効電力を供給するためちょうど打ち消し合い、系統から見ると無効電力の需要が減ります。コンデンサは安価で故障も少なく、大容量まで並列増設しやすいため、工場などでは力率改善用コンデンサ盤がよく設置されています。例えば先ほどの例で力率0.7の負荷に対し、適切な容量のコンデンサを入れて無効電力の一部を補償すれば系統からの力率を0.9やそれ以上に引き上げることができます。

ただしコンデンサによる力率補償には注意点もあります。負荷の無効電力需要は刻々と変動するため、固定容量のコンデンサだと過剰補償や補償不足になる場合があります。昼は多数のモーターが稼働している工場でも夜間停止すれば無効電力需要が減り、昼間に合わせたコンデンサ容量だと夜間は過補償で力率が進み過ぎ(前述のスペインのように0.99を超える進み力率など)になる恐れがあります。そのため大規模設備では自動力率調整盤により、力率計で監視しながらコンデンサの投入・遮断を段階制御する仕組みがとられます。

また、コンデンサは高調波との相互作用にも注意が必要です。近年、コンピュータやインバータ機器の非線形負荷による高調波ひずみが増えていますが、コンデンサは特定周波数でリアクトル成分と共振回路を形成し、高調波電流を増幅してしまうことがあります。いわゆる「高調波共振」で設備が過熱・故障する事故も報告されています。そのため、高調波の多い系統では単純なコンデンサ投入は逆効果となりえます。この対策として、コンデンサに直列リアクトル(デチューンリアクトル)を入れて共振周波数をずらす「ハイパスフィルタ」構成にしたり、後述するアクティブフィルタを併用することが推奨されます。要するにコンデンサは「位相ずれによる無効電力(※歪みのない正弦波前提の位相遅れ)= 誘導性無効電力」の補償には有効だが、高調波など「波形歪みに起因する無効成分」には無力どころか害になる場合があるのです。

3.2 同期調相機と静止型無効電力補償装置(SVC)

コンデンサと対をなす従来型の無効電力補償装置として同期調相機があります。同期調相機(Synchronuos Condenser)とは、無負荷で運転する大型同期電動機のことで、励磁電流を調整することで遅れ無効電力(過励磁で発電機的動作)または進み無効電力(不足励磁でモーター的動作)を自由に出力できる装置です。古くは変電所に設置され、需要に応じて無効電力を吸収・供給しつつ電圧を調整する役割を担っていました。同期調相機は回転機械ゆえのフライホイール効果で電圧安定化にも寄与しますが、大型で損失もあるため、現代では後述のパワーエレクトロニクス式補償装置に置き換わりつつあります。

同期調相機の静止版とも言えるのがSVC(Static Var Compensator:静止型無効電力補償装置)です。SVCはリアクトル(リアクタ)とコンデンサの組み合わせをサイリスタ開閉で無段階に制御できるようにした装置で、1970年代以降、大規模工業プラントや送電系統用に導入が進みました。典型的なSVCは、サイリスタ位相制御リアクトル (TCR)とサイリスタスイッチドコンデンサ (TSC)を併用し、まるで調光器のように無効電流を連続可変させます。これにより進み力率(容量性)から遅れ力率(誘導性)まで両方向の無効電力補償が瞬時に可能です。SVCは同期機に比べ応答が速くメンテナンスも容易である反面、一部連続制御部分(TCR)で高調波を発生するという課題があり、フィルタの付加が必要です。

3.3 STATCOM(スタティコン)とSVG(静止無効電力発生装置)

さらに近年登場したのがSTATCOM (Static Synchronous Compensator)と呼ばれる電力用インバータ式の無効電力補償装置です。STATCOMは電圧源コンバータ (VSC)というパワーエレクトロニクス回路により、系統と同期した交流電圧を自ら発生して送出することで無効電力を精密に制御します。具体的には、内部のVSCで系統電圧と同周波数のAC電圧を作り、その大きさを制御して系統より高ければ容量性無効電力を注入、低ければ誘導性無効電力を吸収する仕組みです。従来のコンデンサやリアクトルを使用せずとも任意の無効電力出力が可能で、かつシームレスかつ連続的に無効電力の発生・消費を双方向制御できます。このため従来型よりもはるかに速い応答速度(数msオーダー)で電圧変動を抑制でき、風力・太陽光など変動する電源の電圧安定化や、工場内の急激な負荷変動によるフリッカー抑制などに威力を発揮します。

STATCOMはまた、系統電圧が低下している状況でも無効電力を注入できるという利点があります。従来のSVC(コンデンサ)は電圧低下時には出力無効電力も減少してしまうのに対し、STATCOMは定格電流まで無効電流を出せるため低電圧下でも支援効果が高いです。この特性から、送配電系統の電圧安定度向上にも寄与します。STATCOMと同等の概念でSVG (Static Var Generator)とも呼ばれる装置もあり、本質的には同じものです(メーカーや用途による名称の違い)。

ただしSTATCOM/SVGはパワーエレクトロニクス機器のため、設備コストや損失(わずかな待機損)はコンデンサより高くなります。そのため用途に応じてSVCとSTATCOMを使い分けたり、ハイブリッドに組み合わせたりする例もあります。一方で近年は半導体コスト低下もあり、配電用の小型SVG装置(低圧から高圧まで対応)が普及し始めています。これらは工場やビルにコンパクトに設置でき、無効電力だけでなく高調波補償(アクティブフィルタ機能)を持つ製品も存在します。

3.4 非線形負荷への対応 – アクティブPFCと高調波フィルタ

ここまで主に正弦波電流を前提とした無効電力(位相ずれに起因する力率)について述べましたが、現代の電気機器の多くは電力変換装置(インバータや整流器)を内蔵し、電流波形が歪んだ非線形負荷となっています。こうした機器では、単純な位相ずれだけでなく高調波電流によっても皮相電力が増大し、真の力率(True PF)が低下します。例えば一般的なダイオード整流+平滑コンデンサの電源回路では、電流は電圧波形のピーク近傍でしか流れない鋭いパルスとなり、高調波成分を多く含みます。この場合、ディスプレースメント力率(基本波同士の位相角による力率)は高くとも、波形歪みによる高調波無効電力が存在するため総合力率は低下します。

非線形負荷の力率改善には、従来のコンデンサでは不十分で、アクティブフィルタアクティブPFC回路の出番となります。アクティブPFC(力率補正)回路とは、電子機器(PC電源やLEDドライバ等)の入力部に組み込み、整流後の電流波形を強制的に正弦波に近づける技術です。具体的にはスイッチング素子を用いた昇圧コンバータなどで電流を制御し、入力電圧に同期したきれいな波形で電流を吸い込むように動作します。これにより力率0.9~0.99のクリーンな電流特性が得られ、装置単体で見れば皮相電力≒有効電力とすることが可能です。アクティブPFCは電源内蔵機器向けの対策ですが、一方で工場やビル全体で散在する高調波源に対してまとめて対処するアクティブフィルタ装置(Active Power Filter, APF)もあります。APFは系統に高調波電流を打ち消す逆相の電流を素早く注入し、高調波成分と非効率な無効分を相殺する装置です。例えばシュナイダーエレクトリック社のAccuSineシリーズなどは、装置内部で高速DSPが電流波形を解析しながら必要な補償電流をリアルタイムで流し込むことで、高調波除去と力率(真のPF)の改善を同時に実現します。アクティブフィルタはコンデンサと違い共振の心配もなく、進み・遅れ両方の無効電力を必要に応じ発生/吸収できるため、非常に強力なソリューションです。

このように、現代の力率改善策は受動素子(コンデンサ・リアクトル)によるものから、能動素子(パワーエレクトロニクス)によるものへとシフトしつつあります。それぞれメリット・デメリットがありますが、求められる性能(静的な力率補正か動的な無効電力支援か、高調波対策まで含むか等)に応じて適材適所で組み合わせて使われるのが実情です。重要なのは、力率改善に取り組む際は自社設備の負荷特性を正しく把握し、単なる位相補償なのか高調波補償も必要なのかを見極めて最適な機器を選定することです。

4. 再エネ・蓄電池・インバータ時代の力率制御 – 課題とソリューション

近年、太陽光発電や風力発電、蓄電池、電気自動車(EV)など分散型エネルギーリソース(DER)の普及が進んでいます。これらの多くはパワーエレクトロニクスを介して電力系統と接続されるため、従来の同期発電機主体の系統とは様相が変わりつつあります。インバータを介した電源における力率・無効電力制御上の課題と、そのソリューションを見ていきます。

4.1 太陽光発電インバータの力率制御と系統規制

太陽光発電(PV)システムの出力はインバータを通じて交流系統に連系されます。従来、このインバータには力率1(無効電力を出さない)の動作が求められてきました。特に配電系統では、電圧調整は電力会社側の設備に任せ、分散電源は電圧制御に関与しないという考えから、北米の旧IEEE 1547規格では「DERは基本的に力率1で運転すること、無効電力制御は行わないこと」と定められていました。その結果、多くのPV用インバータは定格をkW(有効電力)ベースで設計され、無効電力を供給しない想定になっていました。

しかしPVの大量導入が進むにつれ、日射量変動逆潮流による配電電圧の上昇などへの対応が課題となり、世界各地でインバータに無効電力制御機能を持たせる方向へと規制が変化しました。最新のIEEE 1547(2018年改訂)や各国のグリッドコードでは、PVや風力の発電設備に対し所定の力率範囲(例: 0.95遅れ~0.95進み)での運転能力を要求するケースが一般的です。たとえば欧州では0.9~0.95の範囲で発電所が無効電力を出し入れできることが求められ、北米でもFERCの大型発電所接続協定に由来する0.95遅れ・進み(発電端で約±33%Q/P)という基準が広く用いられます。こうした要件を満たすため、インバータは出力電流の一部を無効電流成分に振り向ける制御を行います。具体的には、電圧が高すぎるとき進み力率(遅れ無効電力を吸収)で電圧を下げ、逆に電圧が低いときは遅れ力率(不足無効を供給)で電圧を支える動作をします。この自動電圧調整(Volt-Var制御)により、PVプラントは単に実力を送るだけでなく系統電圧の安定化と力率補償に寄与するようになります。

インバータが無効電力を出す際の技術的考慮としては、インバータ容量(kVA定格)の余裕があります。もしインバータが実効100%の有効出力を出している状況で、さらに無効電流を流そうとするとトータル出力電流が定格を超えてしまいます。そのためフル出力時には無効電力を十分出せない(もしくは出力を一部カットする)か、あるいは初めからインバータを余裕のあるkVA定格で作る必要があります。実際、多くの太陽光インバータは定格kW=kVAで無効はゼロ想定でしたが、欧州等では発電容量の~1.1倍程度のインバータを用いて無効出力余力を持たせることもあります。また、日没など出力が余っているときにはSTATCOMモードで無効電力専従も可能です。日本でも2022年から低圧PVに出力制御システムの設置が義務化され、将来的に電圧維持への協調動作が期待されています。

4.2 風力発電と誘導発電機 – 無効電力補償の進化

風力発電でも、旧来型の誘導発電機を用いる風車(定速風車)は運転中常に無効電力を消費するため、そのままでは力率が悪く系統から嫌われました。対策として風車母線にステップ容量の静止コンデンサを複数段入れて、出力に応じて力率を1近辺に補正するのが一般的でした。しかし現代主流の可変速風車では大半がインバータ結合(ダブリーフィード型やフルコンバータ型)となり、太陽光同様インバータで無効電力を制御できます。フルコンバータ型風車はPVインバータに近い制御自由度を持ち、送電系統の電圧支持にも貢献可能です。一方、ダブリーフィード誘導発電機(DFIG)型では一部直結部分があり完全な無効出力範囲はありませんが、やはり定格の±容量で無効を発生・吸収できます。

現代の大型風力や太陽光発電所では、出力がゼロの時でも無効電力だけ出す運用(いわゆるナイトタイム・コンペンセーション)も検討されています。これは発電していない夜間にSTATCOMとして動作し、力率補償サービスを系統に提供するものです。ただし機種によってはオプション機能扱いで、すべてが対応しているわけではありません。蓄電池も同様で、出力が余っているときに無効電力制御モードにしておけば系統電圧を助けることができます。実証実験ではEVの急速充電器を進み・遅れに振って配電電圧を安定化させる研究もなされています。

4.3 蓄電池・VPPにおける無効電力の役割

蓄電池(Battery Energy Storage System, BESS)仮想発電所(VPP)の文脈でも、無効電力と力率の制御が注目されています。蓄電池は双方向に電力をやり取りできるため、ピークカット等で有効電力供給を行う際に、同時に無効電力補償を行えば系統への貢献度が高まります。例えば工場内に大型BESSを置き、デマンドレスポンスでピーク時に放電しつつ力率も1.0に維持する、といった制御が可能です。VPPでは多数のDERを統合制御しますが、参加する太陽光・風力・EV充電器などの無効電力出力も集中制御すれば、一種の分散した巨大STATCOMのように振る舞わせることも将来的には考えられます。現時点でVPPが無効電力調整まで含めて行う事例は多くありませんが、系統側から見ると需給バランス(P)のみならず電圧品質(Q)の維持も重要ですから、将来的な電力市場で無効電力取引や付加価値創出が検討される可能性があります。

また、スマートグリッド技術としては、配電系統での電圧/無効電力最適化 (VVO: Volt/VAR Optimization)が注目されています。VVOとは変圧器タップやスイッチ付コンデンサを配電線上で自動制御し、電圧プロファイルと力率を最適化して末端電圧を許容下限まで下げることでエネルギー消費を削減する手法です。これは配電電圧を少し低く抑えると家電の消費電力が減る効果を利用した省エネ策(CVR: Conservation Voltage Reduction)で、同時に力率もターゲット値に制御されます。VVOの実施には無効電力の適切な配置が重要であり、自動開閉するコンデンサや新型の電子式調整器が用いられます。実証ではエンドユーザの電気サービス品質を落とさずに2~5%のエネルギー削減が可能との報告もあり、各国で導入が進んでいます。

このように、分散電源時代の無効電力制御は、これまで以上に多方向からの協調が求められます。発電所・需要家・配電網設備・さらに統括制御(VPP/DSO)も含め、相互にやり取りされる無効電力を上手に捌くことで、系統全体としての安定度と効率を高めることが可能です。

5. 国際標準規格と地域ごとの慣習の違い – 力率・無効電力をめぐるルール比較

力率や無効電力の扱いは各国・地域で歴史的経緯もあり、技術標準や商慣習に違いが見られます。本章ではIEC(国際電気標準会議)やIEEE(米国電気電子学会)の規格、および日本・欧州・北米・中国などの違いについて整理します。

5.1 定義と測定に関する標準規格(IEC vs IEEE)

力率の基本的な定義(有効/皮相電力比)自体は国際的に共通ですが、非正弦波・不平衡系統での定義については標準化団体ごとに議論がありました。IEEEではStd 1459という規格で、歪んだ波形や三相不平衡時の各種電力を定義しています。ここでは基本波(基底周波数成分)による力率(displacement PF, $PF_1$)と総合力率(true PF)を区別し、さらに不平衡時のベクトル合成と算術合成による力率の違いなど、詳細な指標が定められています。一方IEC系では、電力品質の観点から総合力率=有効電力量/皮相電力量としつつ、高調波含有時の補償方法はTHD(総高調波歪率)など別の指標で管理する傾向があります。計測器によってはディスプレースメント力率(cosφ)とディストーション因子を掛け合わせて真のPFを算出するものもあり、使用時には注意が必要です。

5.2 電力契約・運用上の慣習の違い

日本では、力率については前述のように85%基準の割引/割増制度が古くから定着しています。日本の高圧受電では遅れ85%未満の低力率は基本料金割増の対象ですが、一方で85%を超えて良好になるとそれ以上の奨励はなく(上限は100%で15%割引が最大)、「十分高ければそれ以上はご自由に」という扱いです。日本の電力会社間では割増/割引率や対象契約種別に若干の違いはありますが、概ね似通っています。また、力率遅れ・進みのどちらか一方のみ規定しているのも特徴で、一般には遅れ低下にペナルティがあり進みについてはノータッチです(むしろ進み過ぎは系統側で調整する考え方)。ただ昨今は過補償の問題も顕在化しつつあり、進み力率への注意も増えています。

欧州では、無効電力量(kvarh)を直接課金する方式が一般的です。多くの国ではアクティブ電力量の一定割合(例えば33%)を超える無効電力量に対し、超過分について一定料金を請求します。この33%というのは力率に換算すると約0.95になります($\tan \phi =0.33$で$\cos \phi \approx 0.95$)。例えばイギリスでは、力率が約0.95を下回るとき、その不足無効電力量に対して課金するという制度があります。またスペインでは先述の通り、2010年代から力率低下へのペナルティを強化し、夜間の進み力率にも課金対象を拡大しました。

北米(米国・カナダ)では、デマンド課金に力率要素を織り込むのが一般的です。例えばカリフォルニアのPG&Eでは、0.85を下回ると想定デマンドを補正する方式で課金しています。他にもニューヨーク州などではkVAベース契約が採用されています。米国では工場などでは自前でコンデンサを入れて力率改善することが多く、ユーティリティ側も「低力率だとデマンド超過で高くつくだけですよ」といった案内をしています。カナダでも類似で、多くの州で90%以下の力率にペナルティ料金があります。北米全般に、無効電力を「売買する商品」とみなさず「違反に対するペナルティまたは需要コスト増」として扱う傾向があります。これは「無効電力自体はエネルギーを消費しないので商品ではないが、送電容量を占有するので罰金的に徴収する」という思想です。

中国では、国家電網公司などが産業向けに力率90%未満での加算料金制度を設けています。大致は欧米と同様ですが、中国特有なのは機器レベルでの力率基準が欧州IEC準拠で厳しくなってきていることです。たとえば中国の家電規制はIEC 61000-3-2にほぼ準じており、PFC回路搭載が義務化されるカテゴリも存在します。加えて、中国では省エネ法の観点から大工場に力率改善設備の設置が義務付けられる場合もあります。

以上、各地域で細部は異なりますが、総じて「力率が低い利用者は何らかのペナルティないし追加コストを負担する」という点は共通しています。これは電力網全体の効率維持のためのコスト負担の公平性を図るものです。逆に規格面ではIEC/EN規格やIEEE規格で非線形負荷の高調波含有率や力率についての仕様が整備されつつあり、グローバル企業はそれら標準に適合する製品設計をすることで各地の要件を同時に満たす努力をしています。

6. 実務上の誤解・見過ごされがちな論点

力率や無効電力にまつわる実務的なありがちな誤解や、専門家でも見落としがちなポイントをまとめます。

  • 誤解①:「力率が高ければ効率も高い」 – 力率とエネルギー効率は別物です。力率は電源から送られた電力のうち有効に使われた割合を示す指標、効率は機器内で無駄なく目的に使われた割合(損失の少なさ)を示す指標です。したがって力率が1.0に近くても機器内部で大半が熱損失になっていれば効率は低いです。極端に言えば、力率1.0で100W受け取って全てヒーター抵抗で無駄な熱になれば効率0%です。一方力率0.7でもモーターが受け取った70Wを100%有効仕事に変えれば効率100%です。力率向上≠省エネそのものである点に注意が必要です(ただし力率改善で配線損失が減る効果など間接的省エネもあります)。

  • 誤解②:「コンデンサをつければ全て解決」 – コンデンサ補償は基本波位相の遅れ無効電力には有効ですが、高調波無効電力や歪みによる力率低下には無力です。むしろ高調波を含む系統に無対策でコンデンサを入れると、リアクトルと共振を起こして高調波障害を助長する危険があります。例えば高調波源の多い工場でコンデンサだけ増設すると、5次や7次などの高調波が増幅し、コンデンサ破損やヒューズ溶断が起こることがあります。高調波が問題の場合はコンデンサに直列リアクトルを入れるか、アクティブフィルタ方式に切り替える必要があります。

  • 誤解③:「デマンド(最大需要電力)と力率は無関係」 – 実際には多くの電力会社でデマンド契約は力率に依存しています。前述したように力率低下は見かけ上のkVA需要を押し上げるため、デマンド料金を計算する際に請求デマンド値を割増しているケースがあります。したがって力率改善すればデマンド超過を防ぎ基本料金を抑えられる可能性があります。現場ではデマンドばかり気にして力率軽視のケースもありますが、両面から管理することが肝要です。

  • 誤解④:「家庭用や小負荷の力率は気にしなくてよい」 – 小容量機器単独では影響は微小でも、数が集まれば無視できません。例えばPF=0.5のLED電球1個の無効電力はわずかですが、100万個集まれば数万kvarの無効電力になります。昨今はエアコンや電子レンジなど家庭機器もPFC回路でPF>0.95が一般化していますが、安価なLED照明や小型ACアダプタなど力率が悪いままの機器も大量に普及しています。各国規制強化で改善傾向とはいえ、配電変圧器の負荷率が高調波混じりで上がっているという報告もあり、住宅街レベルでも力率・高調波対策が将来的課題となるかもしれません。

  • 誤解⑤:「力率は常に0~1の範囲」 – 力率=有効/皮相なので大きさは0~1ですが、方向(符号)の概念があります。前述のように進み・遅れを区別するため、「進み50%」などと表現します。たまに計算機上で発電機運転などを扱う際にPFが「-0.95」と表示されることがありますが、これは進み0.95(無効電力供給)を意味します。PF値単独では本来符号概念はない(絶対値)のが定義ですが、実務では数値と併記の文字で遅れ/進みを示すのが一般的です。PF=1.00でも逆潮流なら実際には電力を送っている側なので、単に数値だけにとらわれないよう注意します。

  • 誤解⑥:「無効電力=無駄な電力だから完全になくせるのが理想」 – 無効電力自体は負荷の動作に必要不可欠なエネルギーのやりとりであり、例えばモーターを回すには必ず励磁用の無効電流が必要です。したがってシステム全体で見れば無効電力ゼロにすることはできません。理想は必要最小限の場所で発生・吸収させ、送電線を長距離流れないようにすることです。無効電力は遠方送電すると電圧を乱高下させロスも増やします。ですから送電末端で不足分を局所供給(進相コンデンサ等)し、送電線には可能な限り乗せないのが望ましいのです。無効電力の地産地消とも言われます。この考え方はスマートグリッドでも重要で、各需要家・分散電源が周囲の無効電力を打ち消しあうことで、幹線への負担を減らせます。

以上の点を念頭に、力率改善や無効電力対策に取り組むと良いでしょう。

7. 近年の潮流 – 分散型電源・スマートグリッド時代の力率管理

最後に、電力システムの新たな潮流と力率・無効電力の関係について展望します。

7.1 分散電源の大量導入とローカル無効電力制御

前章でも述べた通り、太陽光・風力などの分散電源が各地に広がったことで、無効電力の需給バランスを地域ごとに調整する必要性が高まっています。大規模集中電源が主役だった時代は発電所でまとめて無効電力供給をしていましたが、分散型では各所で電圧が変動するため、電圧維持のための無効電力をきめ細かく注入・吸収する仕組みが不可欠です。このため配電用インバータにVolt-Var制御が実装されたり、各家庭のPVパワコンが電圧に応じて自動進み/遅れに切り替わる設定が広まりつつあります。

7.2 スマートインバータと標準化動向

IEEE 1547-2018やドイツのVDE-AR-N 4105など、各国でスマートインバータ機能(自律的な無効電力制御、低電圧乗り切り機能など)を義務づける規程が整ってきました。これは従来OFFだった無効電力という「第2の自由度」をインバータに積極活用させるものです。結果として、配電系統の力率は従来の受動的なものから、DER側が関与する動的なものに変わりつつあります。各国グリッドコードの相違こそあれ、「分散電源も系統運用に責任を負う」という流れは共通しています。

7.3 仮想発電所(VPP)と需要家無効電力参加

仮想発電所(VPP)は需要家や小規模発電を統合制御して1つの発電所のように振る舞わせる概念ですが、現在は主に有効電力の調整で需給バランスを取っています。今後、VPPが無効電力制御の役割も担えば、例えば「エリア内のDER群に進相補償指令を出して一斉に無効電力注入」といったことも可能になるでしょう。既に送配電事業者(DSO)が配下VPPに電圧制御の協力を要請する動きも欧州を中心に議論されています。

7.4 デマンドレスポンスと力率

デマンドレスポンス(DR)は需要パターンを制御して系統ピークカット等を行う仕組みですが、通常は有効電力需要を対象とします。ただ力率改善も広義のDRと言えます。無効電力が減れば同じ設備でより多くの有効電力を送れるので、見かけのピーク需要を下げたことになるからです。経済DRの文脈では電気料金削減策として力率改善も取り上げられています。将来的には、電力市場で無効電力の価値が顕在化すれば、需要家が無効電力の需給調整サービスを提供して報酬を得る、といったことも考えられます。

7.5 配電自動化とVolt/VAR最適化

前述のVVO(Volt/VAR Optimization)は既に実用段階で、多くの電力会社が配電自動化システム(ADMS)に組み込んでいます。VVOではセンサと制御装置により、配電線末端までの電圧と力率を常時監視し、変圧器タップやキャパシタを制御して全体の損失と需要を削減します。米国PNNLの報告では、VVOによりエンドユーザの電圧を絞ることでエネルギー消費を数%削減しつつ力率も所定値に維持できたとされます。このように電圧管理と無効電力管理の融合が省エネにも繋がるという点は重要なトレンドです。


以上、力率・無効電力・皮相電力について、基礎理論から最新の動向まで包括的に解説しました。電力の「見える部分」と「見えない部分」を理解し制御することは、これからのエネルギーシステムにおいてますます重要になります。皆さんの現場でも、本記事の内容が設備運用の最適化やコスト削減の一助になれば幸いです。

参考文献・出典(抜粋):

  • 【10】ROHM Tech Web: 「交流電力の三要素を解説 | 有効・無効・皮相電力とは?」 (2024)

  • 【19】エネチェンジBiz: 「電気料金の請求書に記載のある『力率割引』とは?」 (2024)

  • 【22】Telegroup (Italy): 「Reactive Energy penalties」 (2018-2023)

  • 【24】CIRCUTOR: 「New penalties for capacitive reactive energy in Spain」 (2020)

  • 【41】LinkedIn (Flavia Feng): 「8 Types of Power Factor Penalties」 (2025)

  • 【42】Wikipedia: 「Power factor – Lagging and leading power factors」

  • 【44】制御設計ひとりごと: 「有効電力・無効電力・皮相電力・力率をやさしく解説!」 (2025)

  • 【46】電気の泉: 「有効電力・無効電力・皮相電力の関係とは?」 (2024)

  • 【54】Intone Power: 「STATCOMの無効電力サポート機能」

  • 【6】Schneider Electric Blog: 「Displacement vs Distortion – Understanding True Power Factor」 (2020)

  • 【56】BuildingGreen: 「LED and Power: Quality Matters」 (2012)

  • 【58】PNNL: 「Volt/VAR Optimization」 (Tech Overview)

(その他、IEEE/IEC標準文書、各種エネルギー省資料、メーカー技術資料 等)

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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