2025年 再エネが石炭を抜いた歴史的転換点 世界の潮流と日本のエネルギー戦略

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

目次

2025年 再エネが石炭を抜いた歴史的転換点  世界の潮流と日本のエネルギー戦略

序章:新たなエネルギー時代の幕開け

2025年上半期は、単なる再生可能エネルギーの成長期として記憶されることはないだろう。それは、世界のエネルギーパラダイムが、静かに、しかし決定的に転換した歴史的瞬間として刻まれる。英国のシンクタンクEMBERが発表した最新の報告書は、世界の電力事情における地殻変動を白日の下に晒した。史上初めて、再生可能エネルギーによる発電量(5,072 TWh)が、長らくエネルギーの王座に君臨してきた石炭火力(4,896 TWh)を上回ったのである 1

Global Electricity Mid-Year Insights 2025 | Ember 

世界の再生可能エネルギー発電、上半期に初めて石炭上回る=報告書 | ロイター 

これは単なる統計上の逆転ではない。経済合理性と技術革新がもたらした、後戻りのできない「転換点(Tipping Point)」であり、石炭時代の終わりの始まりを告げる号砲だ。

この世界的なマイルストーンは、日本のエネルギー政策の現状を厳しい光で照らし出す。中国やインドといった世界最大の経済大国でさえ、クリーンエネルギーが電力需要の伸びを上回るスピードで拡大できることを証明している一方で、日本は自らが掲げた目標の達成にさえ苦慮している。

本レポートは、この歴史的転換を駆動する力をグローバルなデータから徹底的に解剖し、その上で、日本がこのエネルギー革命の潮流から取り残されている根源的かつ構造的な障壁を診断する。我々は単なる統計の羅列に留まらず、日本のエネルギー・ルネサンスを実現するための、具体的かつ実行可能な青写真を提示することを目的とする。

第1章 グローバル・パワーシフトの深層:EMBERレポートの徹底解剖

本章では、世界の電力需要の90%以上をカバーする88カ国のデータに基づいたEMBERの「2025年世界電力中間予測」を精緻に分析し、本レポート全体の議論の事実的基盤を構築する 2

1.1 見出しの裏にある数字:決定的な転換点

2025年上半期、世界の電力需要は前年同期比で2.6%(+369 TWh)増加した。しかし、この増加分は、太陽光(+306 TWh)と風力(+97 TWh)の成長量だけで完全に相殺され、さらにお釣りがくるほどであった 1。この結果、化石燃料全体の発電量はわずかに減少し(-0.3%)、需要が増加したにもかかわらず、電力部門のCO2排出量はほぼ横ばいとなった 1

世界の電源構成に占める再生可能エネルギーの割合は34.3%に上昇し、石炭の割合は33.1%に低下した 1

ここから導き出される本質は、単に「再エネが増えた」という事実ではない。再エネの成長が「臨界速度(Critical Velocity)」に達したという点にある。つまり、世界規模で初めて、クリーンエネルギーの導入ペースが、電力需要の増加ペースを上回ったのである。これこそが、脱炭素化を達成するための数学的方程式に他ならない。

これまでのエネルギー転換は、増加する需要に対してクリーンエネルギーを「追加」する段階(Additionality Phase)にあった。しかし、2025年上半期のデータは、既存の化石燃料を積極的に「代替」する段階(Displacement Phase)に移行したことを示している。

もはや議論の焦点は「再エネは世界を動かせるか?」ではなく、「いかに早く既存の化石燃料インフラを置き換えるか?」へと根本的に変化した。これは、エネルギー分野への投資や政策立案における戦略的計算を根底から覆すものである。

1.2 変革のエンジン:太陽光発電の未曾有の急増

この歴史的転換を牽引したのは、紛れもなく太陽光発電である。2025年上半期、太陽光発電量は前年同期比で31%増という驚異的な伸びを記録し、絶対量で過去最高の306 TWh増加した。これは、世界の新たな電力需要の83%を太陽光だけで賄った計算になる 1

この成長は、しかし、地理的に極めて集中していた。増加分のうち、中国が55%を占め、米国(14%)、EU(12%)、インド(5.6%)、ブラジル(3.2%)が続いた 1

このデータが示すのは、太陽光がもはや単なる再生可能エネルギーの一つの選択肢ではなく、世界的なエネルギー転換の主要なエンジンへと進化したという事実である。その圧倒的な拡張性、劇的なコスト低下、そして分散型という特性が、投資と導入の強力なフィードバックループを生み出しており、他のクリーン技術が現在追随できないほどの勢いを見せている。

EMBERの報告によれば、太陽光の絶対成長量が風力を上回るのはこれで4年連続であり、これは一時的な現象ではなく構造的なシフトを示唆している 1。この事実は、太陽光発電を国家エネルギー戦略の中核に据えない政策が、いかに世界の技術的・経済的現実から乖離しているかを物語っている

また、成長が一部の国に集中していることは、大規模製造業の育成と導入を後押しする強力な産業政策が決定的に重要であることを示しており、これは日本にとって重要な教訓となる。

1.3 四大勢力の物語:グレート・ダイバージェンス(大分岐)

本節では、主要経済圏の動向を比較分析する。これにより、再エネの導入成功は必要条件ではあるが、十分条件ではないこと、そしてエネルギーシステム全体の設計と文脈がいかに重要であるかが明らかになる。

中国とインド:脱炭素化を牽引する東方の巨人

中国では、クリーン電力の成長が198 TWhの電力需要増を完全に吸収し、結果として石炭火力の発電量は56 TWh減少し、電力部門のCO2排出量は4,600万トン削減された 3。同様にインドでも、クリーンエネルギーの成長は緩やかな需要増の3倍以上に達し、石炭火力の使用量は22 TWh減少し、CO2排出量は2,400万トン削減された 3

この二国が示しているのは、経済成長(ひいてはエネルギー需要の増加)と化石燃料消費をリアルタイムで切り離す(デカップリングする)ことが可能だという、新たな発展モデルの姿である。これは、「発展途上国は成長のために化石燃料に依存せざるを得ない」という長年の主張を根本から覆すものだ。この成功は、再生可能エネルギーの製造と導入に焦点を当てた、国家主導の大規模な産業政策の直接的な成果である 4

米国とEU:システム的失敗が示す教訓

対照的に、米国とEUの経験は、日本にとって重大な警告となっている。米国では、76 TWhという旺盛な電力需要の増加にクリーンエネルギーの供給が追いつかず、結果として石炭火力の発電量が51 TWhも増加し、CO2排出量は3,300万トン増加した 3EUでは、風力(-8.5%)と水力(-17%、干ばつが原因)の不振が響き、その穴を埋めるためにガス火力発電が14%増加、CO2排出量も1,300万トン増加した 3

気候変動対策のリーダーを自認する米国とEUで排出量が増加し、世界最大の排出国である中国とインドで電力部門の排出量が減少したというこの矛盾。その根本原因は、導入された再エネの「量」ではなく、需要の急増や異常気象といった現実世界の条件下で、それらを統合・運用するシステム全体の能力にあった。

米国の失敗は需要サイドと送電網の問題(需要が供給を上回った)であり、EUの失敗は供給サイドと気候変動への耐性の問題(天候への依存)であった。しかし、両者が指し示す結論は同じである。送電網、蓄電、需要サイド管理への大規模な投資なくして、いかに野心的な再エネ導入を進めても、排出量削減には繋がらない可能性があるということだ。

この分析は、日本にとって極めて重要である。日本は、米国が直面する課題(データセンターによる需要増、送電網の老朽化)と、EUが直面する課題(気候変動に脆弱な水力発電への依存)の両方の脆弱性を共有している米国とEUのデータは、日本が送電網と市場構造を根本的に改革しなければ、将来大規模に直面するであろう困難を明確に予見させるものなのである。

指標 世界 中国 インド 米国 EU
電力需要増加量 (TWh) +369 +198 +12 +76 +9
電力需要増加率 (%) +2.6% +4.2% +1.3% +3.6% +0.7%
太陽光発電増加量 (TWh) +306 +168 +17 +44 +37
風力発電増加量 (TWh) +97 +79 +11 +5 -21
化石燃料発電量変化 (TWh) -27 -59 -29 +18 +26
電力部門CO2排出量変化 (MtCO2) -12 -46 -24 +33 +13

この表は、第1章の核心的な発見を一枚の絵として示している。中国・インドのクリーンエネルギー成長が化石燃料を積極的に代替(Subtractive)しているのに対し、米国・EUの成長は他のシステム要因に追いつけず、単なる追加(Additive)に留まっていることが視覚的に明らかとなる。この揺るぎないデータが、システム的失敗という議論の重要性を裏付け、次章以降の日本分析への道筋をつける。

第2章 革命の双発エンジン:コスト崩壊と技術的ブレークスルー

第1章で特定した「転換点」は、なぜ起きたのか。本章では、その根底にある二つの強力な駆動力を解き明かす。

2.1 経済的必然性:再エネはいかにして化石燃料より安くなったか

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の2024年のデータによれば、新規の大規模発電所における均等化発電コスト(LCOE)は、陸上風力でわずか0.034/kWh、太陽光PVで0.043/kWhにまで低下している 72024年に新設された再エネプロジェクトの91%は、最も安価な新規の化石燃料発電所よりも低コストであった 9太陽光PVの総設置費用は691/kWまで下落し、エネルギー転換の鍵を握る蓄電池のコストに至っては、2010年以降で93%も暴落し、192/kWhという水準に達している 7

これらの数字が意味することは、エネルギー転換がもはや環境政策だけで動いているのではない、ということだ。それは今や経済的な必然なのである。再生可能エネルギーは、歴史上最も安価な新規の電力源となった。これにより、議論は「転換すべきか?」から「いかにして転換への障壁をより速く取り除くか?」へと移行した。

このグローバルなコスト崩壊は、日本の状況を際立たせる。日本の再エネ設置コストは依然として国際水準より著しく高いままである 10。これは、日本がエネルギーに対して不必要なプレミアムを支払い、自国の産業競争力を削いでいることを意味する。このコストギャップを理解し解消することは、もはや単なる環境問題ではなく、国家的な経済優先課題なのである。

2.2 次なる波:ペロブスカイト太陽電池と日本の未来

このコスト革命が続く中、次世代技術の波が押し寄せている。その筆頭が、日本で発明された「ペロブスカイト太陽電池」だ。複数の企業が2025年の量産化を目指しており、実用化は目前に迫っている 11

この技術は、従来のシリコンパネルが設置困難だった建物の壁や窓、自動車の曲面など、あらゆる場所を「発電所」に変えるポテンシャルを秘めている。軽量で柔軟、そして「印刷」技術で製造できるためだ 11。予測では、発電コストは6~7円/kWh、寿命は20年と、既存の電源とも十分に競争可能である 11。積水化学、東芝、パナソニックといった日本企業がこの分野で重要な役割を担っている 11

ペロブスカイトは、日本にとって「リープフロッグ(蛙飛び)」の好機を意味する。従来のシリコンパネルの大量生産競争では後れを取ったかもしれないが、その高い技術力をもってすれば、次世代太陽光技術の市場をリードできる可能性がある。これは単にクリーンな電力を生み出す話ではない。将来の巨大なグローバルエネルギー産業において高付加価値な分野を確保し、主原料であるヨウ素を国内で調達できるという地政学的利点を活かす、国家的な産業戦略なのである 11

第3章 新たなボトルネック:脱化石燃料時代に浮上する課題

再生可能エネルギーの初期の成功の先には、次なる一連の課題が待ち受けている。本章では、世界、そして特に日本が直面するであろう新たなボトルネックを特定する。

3.1 AI津波:データセンターが世界の電力需要をどう変えるか

この問題における「炭鉱のカナリア」は米国である。データセンターだけで、2033年までに米国の全電力の16~23%を消費する可能性があると予測されている 12米国のデータセンターの電力消費量は、2023年の176 TWhから2030年には500 TWh超へと約3倍に増加し、その増加分の70%をAI関連の計算負荷が占めると見られている 12。この需要こそが、米国の電力需要が過去20年で最も速いペースで増加し、2025年上半期の排出量増加の一因となった背景である 13

AI革命は、エネルギー転換と正面衝突の軌道にある。データセンターが要求する、地理的に集中した、24時間365日途切れることのない巨大な電力需要は、分散型で変動する再生可能エネルギーという特性とは正反対であり、旧来の電力システムが想定してこなかった全く新しい種類の負荷である。これは単なる電力会社の問題ではない。デジタル経済の成長と脱炭素化の目標がせめぎ合う、国家的な戦略課題なのである。

日本はデータセンターの一大拠点であり、AI開発の先進国でもある。この「電力需要のAI津波」は、間違いなく日本にも到来する。データセンターをクリーン電力源の近くに配置し、この巨大な負荷を処理できる送電網を構築する先見的な戦略がなければ、日本はデジタル化の野心と気候変動目標のどちらかを犠牲にするか、最悪の場合、電力系統の不安定化や電力不足に直面するという厳しい選択を迫られることになるだろう。

3.2 送電網の限界:柔軟性、蓄電、そして出力抑制の危機

九州電力による太陽光発電の頻繁な出力抑制は、この問題を象徴する典型例である 14。出力抑制は、電力の供給が需要を上回り、かつ、余剰電力を吸収するための送電網の容量(地域間連系線)や柔軟性(蓄電池、デマンドレスポンス)が不足している場合に発生する 17。特に、太陽光の発電量が多く、冷暖房需要が少ない春や秋に頻発する 15

出力抑制は、機能不全に陥ったエネルギーシステムの最も可視化された症状である。それは、無料で手に入るエネルギーを意図的に捨てているという巨大な経済的無駄であり、将来の再エネ投資に対する強力な阻害要因となる。九州で起きている問題の本質は、「太陽光が多すぎること」ではない。「送電網が足りないこと」なのである。

その根本原因は、システムの柔軟性の欠如にある。電力を必要な場所へ送れず(弱い連系線)、必要な時まで貯められず(蓄電池の不足)、電力が豊富な時に使うよう需要を喚起できない(未成熟なデマンドレスポンス市場) 14。さらに、原子力や柔軟性の低い石炭火力を優先する現在の給電指令ルールが、問題をさらに深刻化させている 14

九州は、日本の未来の縮図である。もし送電インフラとそれを律する市場ルールを抜本的に改革しなければ、再エネが全国に拡大するにつれて、日本のあらゆる地域が第二の九州となるだろう。これこそが、日本のエネルギー転換における中心的かつ技術的・経済的な挑戦なのである。

3.3 気候変動の皮肉:再エネ自身が気候変動に脆弱であるという現実

2025年上半期、EUは干ばつと熱波により、水力発電量が17%も急減するという深刻な事態に見舞われた 3。この安定的でクリーンな基幹電源の喪失は、その不足分を埋めるために化石燃料であるガス火力発電の増加を直接的に引き起こした 3

この出来事が示すのは、エネルギー転換そのものが気候変動の影響と無縁ではないという皮肉な現実である。水力のように気候変動に敏感な単一の再エネに過度に依存することは、新たな形のエネルギー安全保障上のリスクを生み出す。真に強靭なエネルギーシステムとは、化石燃料からの脱却だけでなく、多様な再生可能エネルギー技術と地理的な分散化によってポートフォリオが組まれたものでなければならない。

日本は豊富な水力資源を有しており、これは貴重な資産である。しかし、欧州の経験は、その資産が脆弱性をはらんでいることを示す厳しい警告だ。この事実は、気候変動の影響を受けにくい太陽光や風力といった再エネの導入を加速させ、地域ごとの天候変動をならすことができる送電網の連系強化に投資する必要性を一層強く裏付けている。

第4章 日本の脱炭素化パラドックス:停滞の根本原因を特定する

本章では、これまでのグローバルな文脈から焦点を移し、第1~3章で得られた知見を分析の枠組みとして用い、日本特有の課題を直接的に診断する。

4.1 数字は嘘をつかない:現実と2030年目標のギャップを可視化する

日本の2024年の最新速報データによれば、電源構成に占める再エネの割合は約26.6%(太陽光11.4%、水力7.9%、バイオマス5.9%、風力1.1%)である 18。一方で、第6次エネルギー基本計画が掲げる2030年の目標は36~38%であり、残された約5年間で少なくとも10パーセントポイント以上を引き上げる必要がある 18。その間も、化石燃料はいまだに発電量の約65%を占めている 18

このデータが示すのは、日本の現状のペースと2030年目標との間には巨大な隔たりがあり、導入ペースの劇的な加速が不可欠であるという単純明快な事実である。

電源 2024年構成比 (%) 2030年目標 (%) 埋めるべきギャップ (pt)
再生可能エネルギー ~26.6 36~38 +9.4~+11.4
太陽光 ~11.4 ~14-16 +2.6~+4.6
風力 ~1.1 ~5 +3.9
水力 ~7.9 ~11 +3.1
原子力 ~8.2 20~22 +11.8~+13.8
化石燃料 ~65.0 41 -24.0
LNG ~29.1 20 -9.1
石炭 ~28.2 19 -9.2

この表は、政策目標を具体的な数字に落とし込むことで、日本の挑戦の規模を定量的に、そして反論の余地なく示している。例えば、原子力の目標達成が再エネ目標の達成と同じくらい数学的に重要であること、そして求められる化石燃料の削減幅がいかに大きいかが一目瞭然となる。このデータに基づいた可視化は、状況の緊急性を誰の目にも明らかにする。

4.2 「ガラパゴス」送電網:日本の分断され、硬直化したインフラこそが問題の核心

日本の送電網は、10の電力エリアに分断され、地域間の連系線は脆弱であり、さらに50Hzと60Hzという周波数の壁によって複雑化している。特に「空き容量」問題は深刻な障壁となっている。これは、送電網の容量が最悪の事態を想定した計算に基づいているため、人為的に新規の再エネ接続が制限されてしまう問題である 19。これが九州で見られる出力抑制の直接的な原因となっている 14

結論として、日本の送電網こそが、エネルギー転換を阻む単一で最大の構造的障害である。日本の送電網は、大規模・集中型の化石燃料・原子力発電所を前提とした20世紀のモデルで設計されており、分散型で変動する21世紀の再生可能エネルギーには全く適合していない。問題は再生可能エネルギー資源の不足ではなく、それを届けるための現代的な配送システムの欠如なのである。これは、インフラがテクノロジーの進化に追いついていない典型的な事例だ。

4.3 目的と乖離した市場と政策

日本の電力卸売市場(JEPX)は、短期的なスポット市場に取引が偏っており、大規模プロジェクトへの投資に不可欠な価格変動リスクをヘッジするための実用的な長期市場が欠如している 21。さらに、現在の市場構造は、再エネの変動を調整するために必須となる蓄電池やデマンドレスポンスといった「柔軟性」の価値を適切に評価し、取引する仕組みになっていない 21

日本の電力市場設計は、再エネ主体の電力系統が物理的に要求するものと根本的に乖離している。短期的な電力供給にはインセンティブを与えるが、システムが本当に必要としている安定化サービス(柔軟性、供給力、慣性力)のための市場創出に失敗している。この市場の失敗が、出力抑制や系統不安定といった物理的な問題に直結しているのである。

4.4 国内再エネの高コスト構造

日本の太陽光設置コストは、家庭用で約19.9万円/kW、事業用で約10.8万円/kWと、国際平均(事業用で約7.5万円/kW)を大幅に上回っている 10

この高コストは、技術そのものではなく、複雑な規制、多層的なサプライチェーン、高い人件費、そして規模の経済が働いていないといった「ソフトコスト」に起因する。このため、日本では世界で起きているような再エネの劇的な経済的優位性が薄れ、家庭や企業による導入のペースを鈍化させる一因となっている。

第5章 日本のエネルギー・ルネサンスに向けた戦略的青写真

本章では、診断から処方へと移行し、第4章で特定した根本原因に直接対処するための、エビデンスに基づいた具体的な解決策を提示する。

5.1 解決策I:「空き容量ゼロ」から「スマートグリッド」へ — 国家送電網近代化計画

提案: 受動的で電力会社主導の送電網計画から、市場主導で先見的な国家戦略へと転換する。これは、市場シグナルと将来の発電シナリオを用いて、需要に先んじて必要なインフラを計画・建設するアプローチである。

モデル: ドイツの送電事業者TenneT社は、北部の風力発電を南部の工業地帯へ送るため、「サウス・リンク」と呼ばれる全長600~700km、容量2GWの巨大な高圧直流(HVDC)送電回廊を建設している 22。これは、過去のエネルギーシステムのためではなく、未来のエネルギーシステムのために送電網を構築する最たる例である。

行動計画:

  1. 地域間連系線、特に50/60Hzの周波数変換設備を増強するための国家的なイニシアチブを立ち上げ、資金供給と許認可プロセスの迅速化を図る。

  2. リアルタイムでの系統管理能力を向上させるため、スマートメーターや系統監視システムの全国的な導入を義務化する。

5.2 解決策II:柔軟性の解放 — 安定性のための市場設計

提案: 「柔軟性サービス」のための新たな専門市場を創設する。これにより、送電事業者は蓄電池からの高速充放電、工場などからの負荷シフト(デマンドレスポンス)、電気自動車(EV)からの集約電力(VPP)といったサービスを市場を通じて調達できるようになる。

モデル: この提案は、ヘッジ手段のないJEPXスポット市場を修復するための「実用的な長期市場」と「真の柔軟性市場」の必要性を直接的に反映したものである 21

行動計画:

  1. JEPXを再設計し、柔軟性の価値を適切に評価する、実効性のある前日市場、当日市場、需給調整市場を確立する。

  2. 再エネや蓄電池への投資家に対し収益の予見性を与えるため、長期脱炭素電源オークションを拡充・応用した、新たな長期契約の入札メカニズムを創設する。

5.3 解決策III:蓄電の力 — 国家蓄電池戦略

提案: 系統用蓄電池の導入に関する国家目標を設定し、補助金や有利な市場ルールによって「蓄電所ビジネス」が成立する事業環境を整備する。

モデル: 富士経済の市場予測によれば、系統用および再エネ併設型の蓄電池の世界市場は2040年までに4.6倍の5.8兆円規模に成長すると見込まれている 23。これは巨大な産業機会である。日本の系統用蓄電池市場も同様に急拡大が予測されている 24

行動計画:

  1. 系統用蓄電池の設置に関する許認可プロセスを簡素化・迅速化する。

  2. 蓄電池が電力市場、容量市場、需給調整市場など、すべての電力関連市場に参加し、収益源を多様化(レベニューストリーム・スタッキング)できる制度を確立し、事業性を向上させる。

  3. 半導体などの戦略産業と同様に、初期投資を支援する補助金制度を拡充する。

5.4 解決策IV:国内クリーンエネルギー産業の育成

提案: 再エネの「ソフトコスト」を削減するための政策を導入し、同時にペロブスカイトのような次世代技術に戦略的に投資する。

モデル: 中国の成功は、大規模なスケールメリットを通じてコストを劇的に引き下げた、強力な産業政策の賜物である 5。日本も、自国の強みを持つ分野で同様の戦略的集中を行うことができる。

行動計画:

  1. 太陽光発電の設置に関する規制を簡素化し、手続きの標準化を進める。

  2. 設置・保守に関わる人材育成プログラムを支援する。

  3. グリーンイノベーション(GI)基金などを活用し、政府調達による初期需要を創出することで、ペロブスカイト太陽電池の商用化を加速させる官民コンソーシアムを立ち上げる。

特定された根本原因 提案される戦略的解決策 主要な政策・市場アクション
分断され硬直化した送電網 国家送電網近代化計画 ・地域間連系線の増強に資金提供 ・TenneTモデルに基づく市場主導の計画導入
目的と乖離した市場設計 柔軟性のための市場設計 ・柔軟性の価値を評価する新市場を創設 ・実用的な長期ヘッジ市場をJEPXに導入
蓄電能力・柔軟性の不足 国家蓄電池戦略 ・系統用蓄電池の国家目標設定 ・「蓄電所ビジネス」を可能にする市場ルール整備
高コスト構造と産業の停滞 国内クリーンエネルギー産業育成 ・ソフトコスト削減のための規制緩和 ・ペロブスカイト技術への戦略的投資

この表は、本レポートが提示する提言の全体像を一枚に集約したものである。それは、日本の課題が複雑ではあるものの、克服不可能ではなく、明確で統合された前進の道筋が存在することを示している。

結論:新エネルギー時代における日本の選択 — リーダーか、それとも周回遅れか

2025年は、世界のエネルギー史における紛れもない変曲点として記録されるだろう。日本に突きつけられた問いは、もはや転換すべきかどうかではない。この新たな時代において、リーダーとなるのか、それとも取り残されるのか、という選択である。

何もしないという道を選べば、その先にあるのは、より高いエネルギーコスト、産業競争力の低下、そして気候変動に対する国際公約の不履行である。

本レポートで概説した解決策は、単なる技術的な修正に留まらない。それは、旧来のシステムを抜本的に改革するための、大胆な政治的・規制的意志を必要とする。ここに示された青写真は、日本が単に世界に追いつくだけでなく、その技術力と産業力を活かして、新たなグローバル・エネルギー経済のリーダーとなるための道筋である。選択の時は、今である。


FAQ(よくある質問)

Q1: 2025年上半期に再生可能エネルギーが石炭を上回ったのはなぜですか?

A1: 主な要因は、太陽光発電の爆発的な成長です。2025年上半期、世界の電力需要は2.6%増加しましたが、太陽光(+31%)と風力(+7.7%)の発電量の増加分がそれを大きく上回りました。特に太陽光は、世界の新規電力需要の83%を単独で満たし、化石燃料の必要性を直接的に減少させました。これは、技術革新と規模の経済による劇的なコスト低下が背景にあります 1。

Q2: 中国とインドが再エネ拡大を牽引しているのはなぜですか?

A2: 両国は、エネルギー安全保障、大気汚染対策、そして新たな産業の育成という複数の目的から、国家主導で再生可能エネルギーの導入を強力に推進しています。特に中国は、太陽光パネルや風力タービンの製造において世界最大の拠点となっており、国内での大規模導入とコスト低下の好循環を生み出しています。「第14次5カ年再生可能エネルギー発展計画」のような野心的な国家目標が、この動きを加速させています 3。

Q3: なぜ米国やEUでは、再エネが増えているのに電力部門のCO2排出量が増加したのですか?

A3: 米国では、AIやデータセンターによる急激な電力需要の増加に、クリーンエネルギーの供給が追いつかなかったため、不足分を石炭火力で補う必要が生じました 3。EUでは、干ばつによる水力発電の大幅な減少と風力発電の不振という供給側の問題が発生し、その穴埋めにガス火力発電が増加したためです 3。これは、再エネを大量に導入するだけでは不十分で、送電網の強靭化や蓄電、気候変動への耐性といったシステム全体の柔軟性が不可欠であることを示しています。

Q4: 日本の再生可能エネルギー導入が遅れている根本的な原因は何ですか?

A4: 根本的な原因は、技術や資源の不足ではなく、構造的な問題にあります。具体的には、①地域ごとに分断され、容量が不足している「ガラパゴス」送電網、②再エネの変動を調整する「柔軟性」の価値を評価しない電力市場の設計、③国際的に見て依然として高い設置コスト、という3点が大きな障壁となっています。これらの問題が相互に絡み合い、導入の足かせとなっています 18。

Q5: 日本が現状を打開するために、最も重要なことは何ですか?

A5: 最も重要なのは、送電網と電力市場の抜本的な改革です。未来の再エネ主体の電力システムを見据えて、地域間の連系線を増強し、スマートグリッド化を進める「国家送電網近代化計画」を策定・実行すること。そして、蓄電池やデマンドレスポンスがビジネスとして成立するような「柔軟性市場」を創設し、再エネの導入と安定供給を両立させる仕組みを構築することが不可欠です。これらは、技術的な解決策であると同時に、強い政治的リーダーシップを必要とする改革です。

ファクトチェック・サマリー

本レポートの主張の根拠となる主要なファクトは以下の通りです。

  • 再エネと石炭の逆転: 2025年上半期、世界の再生可能エネルギー発電量は5,072 TWhに達し、石炭火力の4,896 TWhを史上初めて上回った 1

  • 太陽光の急成長: 同期間、太陽光発電は前年比31%増(+306 TWh)となり、世界の電力需要増(+369 TWh)の83%を賄った 1

  • 主要国の排出量動向: クリーンエネルギーが需要増を上回った中国とインドでは電力部門のCO2排出量がそれぞれ4,600万トン、2,400万トン減少した一方、需要増や供給不足に見舞われた米国とEUではそれぞれ3,300万トン、1,300万トン増加した 3

  • 再エネのコスト競争力: IRENAによると、2024年時点での新規発電所のLCOEは、陸上風力が、太陽光PVがであり、化石燃料より安価である 7

  • 日本の現状と目標: 日本の2024年の再エネ比率は約26.6%であり、2030年目標の36~38%とは大きな隔たりがある 18

  • AIによる需要増: 米国では、データセンターが2033年までに全電力の16~23%を消費する可能性があり、AIがその需要増を牽引している 12

これらのデータは、英国シンクタンクEMBER、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)、および日本の資源エネルギー庁などが公表した信頼性の高い情報源に基づいています。

出典

  • 2 Ember. (2025). Global Electricity Mid-Year Insights 2025: Supporting materials.

  • 1 Ember. (2025). Global Electricity Mid-Year Insights 2025: Global analysis.

  • 3 Ember. (2025). Global Electricity Mid-Year Insights 2025: Country and region analysis.

  • 26 Ember. (2025). Global Electricity Mid-Year Insights 2025: Conclusion.

  • 2 Ember. (2025). Global Electricity Mid-Year Insights 2025: Supporting materials.

  • 11 Ene-tech. (2025). ペロブスカイト太陽電池の最新動向.

  • 12 Accenture. (2025). Powering data centers.

  • 27 IRENA. (2025). Record-Breaking Annual Growth in Renewable Power Capacity.

  • 18 SCOPEX. (2025). 日本の電源構成(エネルギーミックス).

  • 28 JETRO. (2025). 中国、大規模設備更新と消費財買い替えの推進への支援を強化.

  • 7 Renewable Market Watch. (2025). IRENA’s Renewable Power Generation Costs Study.

  • 5 日本総合研究所. (2022). 中国、再生可能エネルギー14次5カ年計画が公表.

  • 21 エネガエル. (2025). JEPX(日本卸電力取引所)とは?.

  • 23 Solar Journal. (2024). 系統用蓄電池の市場規模、2040年に3.7兆円.

  • 22 日本エネルギー経済研究所. (2015). ドイツの送電グリッド拡充計画.

  • 7 Renewable Market Watch. (2025). IRENA’s Renewable Power Generation Costs Study.

  • 10 経済産業省. (2025). 発電コスト検証に関する報告.

  • 11 Ene-tech. (2025). ペロブスカイト太陽電池の最新動向.

  • 13 Ledge.ai. (2024). AI需要で電力逼迫.

  • 12 Accenture. (2025). Powering data centers.

  • 29 日本エネルギー経済研究所. (2025). AIが米国の電力需給を揺るがす.

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  • 4 日本総合研究所. (2022). 中国、再生可能エネルギー14次5カ年計画が公表.

  • 5 日本総合研究所. (2022). 中国、再生可能エネルギー14次5カ年計画が公表.

  • 6 BAUM Consult Japan. (2025). 欧州で日常化する干ばつと経済リスクへの影響.

  • 21 エネガエル. (2025). JEPX(日本卸電力取引所)とは?.

  • 19 資源エネルギー庁. (2018). 再生可能エネルギーの導入拡大に向けた「空き容量」対策.

  • 20 省エネルギーセンター. (2018). 送電線の空き容量問題.

  • 14 環境エネルギー政策研究所. (2018). 九州電力の太陽光・風力発電の出力抑制に対する緊急提言.

  • 15 九州電力送配電. (2023). 再生可能エネルギーの出力制御について.

  • 16 資源エネルギー庁. (2024). 再生可能エネルギーの出力制御の抑制に向けて.

  • 17 内閣府. (2023). 再生可能エネルギーの出力制御の抑制に向けて.

  • 23 Solar Journal. (2024). 系統用蓄電池の市場規模、2040年に3.7兆円.

  • 24 TAOKE ENERGY. (2024). 2040年に8兆円超え、拡大する蓄電池市場.

  • 25 富士経済. (2024). 系統用蓄電池/蓄電所ビジネスの市場実態と将来展望 2024.

  • 22 日本エネルギー経済研究所. (2015). ドイツの送電グリッド拡充計画.

  • 7 Renewable Market Watch. (2025). IRENA’s Renewable Power Generation Costs Study.

  • 8 IRENA. (2025). Renewable Power Generation Costs in 2024 Highlights.

  • 9 IRENA. (2025). 91 Percent of New Renewable Projects Now Cheaper Than Fossil Fuels Alternatives.

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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