一次エネルギー換算係数とは?電力・ガス・灯油を徹底比較 省エネ法の改正点を完全解説

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

一次エネルギー換算係数とは?電力・ガス・灯油を徹底比較 省エネ法の改正点を完全解説

はじめに:日本のカーボンニュートラルを動かす「見えざる数字」の正体

企業のエネルギー担当者、建物の省エネ計算を行う設計者、あるいはサステナビリティ戦略を立案する専門家であれば、「一次エネルギー換算係数」という言葉を一度は耳にしたことがあるでしょう。しかし、この一見地味な技術的数値が、日本のエネルギー政策、企業の省エネ投資、そして2050年カーボンニュートラル達成に向けた国家戦略そのものを根底から揺るがすほどの力を持っていることを、どれだけの人が理解しているでしょうか。

この係数は、単なる計算のための数字ではありません。それは、私たちが使う電気、ガス、灯油といった異なるエネルギーの価値を測るための「公式な換算レート」です。そして、このレートが、どのエネルギーが「効率的」で、どのエネルギーが「非効率的」かを定義し、結果として建物の設計思想から工場の設備更新、さらには再生可能エネルギーの導入インセンティブに至るまで、あらゆる意思決定に絶大な影響を及ぼします。

そして今、この「換算レート」に、数十年ぶりの地殻変動が起きています。2025年度の報告から本格的に適用が開始される省エネ法の改正に伴い、特に「電力」の一次エネルギー換算係数がからへと大幅に引き下げられました [1, 2]。これは単なる数値の更新ではありません。日本の電力の「価値」を再定義し、脱炭素化に向けたエネルギー利用のあり方を根本から見直すという、政府の強い意志の表れなのです。

この記事は、この歴史的な変化の渦中にいるすべてのビジネスパーソン、技術者、そして政策立案者に向けて書かれた、世界で最も網羅的かつ高解像度な解説書です。本稿では、以下の問いに、どこよりも深く、そして分かりやすく答えていきます。

  • そもそも「一次エネルギー換算」とは何か?なぜそのような複雑な計算が必要なのか?

  • 電力の係数がからに変わった背景には、どのような計算根拠と政策的意図があるのか

  • この変更によって、電力、都市ガス、灯油の優位性はどう変わるのか?具体的なユースケースで徹底比較する。

  • さらに進化した「時間帯別係数」とは何か?企業のエネルギー戦略をどう変えるのか?

  • そして最も重要な問い―この係数の変化が、日本の再生可能エネルギー普及と脱炭素化における「根源的な課題」をどのように浮き彫りにしているのか?

本稿を最後まで読めば、あなたは単に「一次エネルギー換算係数」を理解するだけでなく、その数字の裏に隠された日本のエネルギー戦略の潮流を読み解き、自社の、そして社会の未来をナビゲートするための羅針盤を手に入れることができるでしょう。さあ、日本のエネルギー新時代を形作る「見えざる数字」の旅を始めましょう。

第1章:基礎の基礎 – 一次エネルギー換算を完璧に理解する

「一次エネルギー換算」という概念は、一見すると複雑で、専門家以外には縁遠いものに感じられるかもしれません。しかし、その本質は非常にシンプルであり、私たちのエネルギー消費の「真の姿」を理解するための不可欠なツールです。この章では、比喩を交えながら、その基本的な考え方から法的根拠までを丁寧に解き明かしていきます。

1.1. 原油からスマートフォンまで:一次エネルギーと二次エネルギーの違い

私たちの身の回りには、電気、都市ガス、ガソリンなど、様々な形のエネルギーが存在します。これらはすべて、私たちが直接利用できる便利なエネルギーですが、その「生まれ」は異なります。ここで重要になるのが、「一次エネルギー」と「二次エネルギー」という区別です。

  • 一次エネルギー(Primary Energy): 自然界に存在する、加工される前のエネルギー源そのものを指します。いわば、料理における「生の食材」です。

    • 例:原油、石炭、天然ガス、ウラン(原子力)、水力、太陽光、風力、地熱など [2, 3]

  • 二次エネルギー(Secondary Energy): 一次エネルギーを人間が使いやすいように変換・加工したエネルギーのことです。これは「調理済みの料理」に例えることができます。

    • 例:電気、ガソリン、灯油、都市ガス、コークスなど [2]

例えば、スマートフォンを充電する「電気」は二次エネルギーです。その電気を作るためには、発電所で一次エネルギーである石炭や天然ガスを燃やしたり、太陽光や風の力を利用したりします。同様に、自動車を動かす「ガソリン」も二次エネルギーであり、一次エネルギーである「原油」を精製して作られます。

この変換・加工のプロセスでは、必ずエネルギーの損失が発生します物理法則(熱力学第二法則)により、エネルギーを別の形に変換する際に、そのすべてを有効に利用することはできず、一部は熱などとして失われてしまうのです。発電所では燃料を燃やしてタービンを回しますが、その過程で多くの熱が排熱として捨てられます。また、作られた電気が送電線を通って私たちの家庭や工場に届く間にも、送電ロスが発生します [2, 4]

この「失われたエネルギー」こそが、一次エネルギー換算を理解する上で最も重要な鍵となります。私たちが手元で1 kWhの電気を使ったとしても、その1 kWhの電気を作るためには、発電所で2 kWhや3 kWh分に相当する一次エネルギーが投入されているかもしれないのです。

一次エネルギー換算とは、この変換・輸送の過程で失われたエネルギーを含めて、私たちが消費した二次エネルギーが、元をたどればどれだけの一次エネルギーに相当するのかを計算するプロセスなのです。

1.2. 異なるエネルギーを同じ土俵で比べる:「共通の通貨」としての役割

なぜ、わざわざ一次エネルギーに換算する必要があるのでしょうか?それは、異なる種類のエネルギーを公平に比較・評価するためです。

電気は「kWh(キロワット時)」、都市ガスは「(ノルマルリューベ)」、灯油は「L(リットル)」と、エネルギーの種類によって使われる単位はバラバラです。これでは、ある工場が「電気を100万 kWh、都市ガスを50万 使った」と言われても、どちらをどれだけ多く使っているのか、全体としてどれだけのエネルギーを消費したのかを直感的に把握することは困難です。

そこで登場するのが、一次エネルギー換算です。それぞれの二次エネルギー消費量に、定められた「一次エネルギー換算係数」を掛け合わせることで、すべてのエネルギーを「MJ(メガジュール)」や「GJ(ギガジュール)」といった熱量の単位に統一します [2, 3, 5]。これにより、異なるエネルギーを同じ土俵で足し算したり、比較したりすることが可能になります。

この計算によって得られた「総一次エネルギー消費量」という単一の指標は、事業活動全体が地球からどれだけのエネルギー資源を採掘・消費したかに相当する、いわばエネルギー消費の「総原価」を示します。

これにより、国は国内全体のエネルギー消費量を正確に把握し、企業は自社のエネルギー効率を客観的に評価できるようになるのです。

1.3. ルールブックとしての省エネ法:法的根拠と目的

この一次エネルギー換算は、単なる学術的な概念ではなく、日本の法律によって明確に定められた義務です。その根拠となるのが、エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律、通称「省エネ法」です [3, 6, 7]

省エネ法は、一定規模以上のエネルギーを使用する事業者(特定事業者)に対して、毎年のエネルギー使用状況を国に報告することを義務付けています。そして、その報告は、すべてのエネルギーを原油やジュールといった一次エネルギーの単位に換算して行うことが定められています [3]

この法律の主な目的は、事業者のエネルギー効率を改善させることにあります。具体的には、特定事業者に対して「エネルギー消費原単位」を中長期的に年平均1%以上低減することを努力目標として課しています [8, 9, 10]「エネルギー消費原単位」とは、生産量や床面積など、事業活動量あたりの一次エネルギー消費量を示す指標です。

この原単位を毎年計算し、改善努力を促すことで、国全体のエネルギー効率を高めようというのが省エネ法の狙いです。そして、この計算の根幹をなすのが、国が定める「一次エネルギー換算係数」なのです。係数の値が一つ変わるだけで、企業の省エネ評価は大きく変動し、省エネ目標達成のための戦略も変わってきます。

注目すべきは、2023年4月1日に施行された改正省エネ法です。この改正により、法律の正式名称に「非化石エネルギーへの転換等」という文言が加わりました [6]。これは、従来の「化石エネルギーの利用をいかに効率化するか」という視点から、「非化石エネルギーへの転換を含め、すべてのエネルギー利用をいかに合理化するか」という、より広範な脱炭素化の視点へと法律の目的がシフトしたことを象徴しています [8]。この大きな方針転換こそが、次章で詳述する電力の一次エネルギー換算係数の歴史的な見直しへと繋がっていくのです。

このように、一次エネルギー換算係数は、単なる物理的な換算値ではありません。それは、国のエネルギー政策の方向性を具体的に示す強力なポリシー・ツール(政策手段)なのです。どのエネルギー源を重視し、どの技術を奨励したいかという政府の意図が、この係数の設定方法に色濃く反映されます。かつて、省エネ法の焦点が純粋に化石燃料の節約にあった時代には、電力の起源をすべて火力発電と「みなす」という政策的な選択がなされました [3, 4]。これは科学的な必然ではなく、法律の目的を達成するための意図的な設計でした。

この係数が政策の舵取りを担う重要なレバーであることを理解することが、今後のエネルギー戦略を読み解く上で不可欠となります。

第2章:2025年の革命 – 新しい電力換算係数を徹底解剖する

2025年度報告分から適用される電力の一次エネルギー換算係数の変更は、単なる数値のアップデートではありません。それは、日本のエネルギー政策におけるパラダイムシフトを象徴する「革命」とも言える出来事です。この章では、旧係数から新係数への移行の背景、計算の仕組み、そしてそれがもたらす多岐にわたる影響を詳細に分析します。

2.1. 旧時代の遺産:「火力平均係数」 の意味

これまで長年にわたり使用されてきた電力の換算係数 は、「火力平均係数」と呼ばれていました。この数字が持つ意味を理解することは、今回の変更の重要性を把握する上で欠かせません。

この係数は、2003年度時点の日本の火力発電所(石炭、石油、LNG)の平均的な発電効率に基づいて算出されました [3]。具体的には、全国の火力発電所が消費した燃料の総熱量(一次エネルギー)を、それによって生み出された総発電電力量(二次エネルギー)で割ることで導き出されています。

この計算は、当時の火力発電の平均熱効率が約37%であったことを意味します

ここでの最も重要なポイントは、省エネ法の旧規定では、系統電力(電力会社から購入する電気)の起源を物理的に特定できないため、その全量が火力発電によって作られたものと法的に「みなす」とされていた点です [3, 4]

つまり、実際には原子力発電や水力発電、再生可能エネルギーによって作られた電気が混在しているにもかかわらず、計算上はそれらの存在を完全に無視していたのです。

この措置は、省エネ法の制定当初の目的が「化石燃料の使用の合理化に特化していたことに起因します [4]化石燃料を消費しない原子力や再生可能エネルギーは、法律の関心の対象外だったのです。

しかし、このという高い係数は、長年にわたり日本のエネルギー選択に大きな影響を与えてきました。一次エネルギー消費量の観点から見ると、電気は非常に「効率の悪い」エネルギーと評価されることになり、ヒートポンプや電気自動車といった電化技術の導入に対して、公式な省エネ評価の上では逆風となっていました。

企業の設備投資判断において、一次エネルギー消費量の削減が重要なKPIとなる場合、ガスや石油を直接燃焼させる方が有利と判断されるケースが少なくなかったのです。

2.2. 新時代のスタンダード:「全電源平均係数」 の誕生

2023年4月に施行された改正省エネ法は、その目的を「非化石エネルギーへの転換」にまで拡大しました。この根本的な方針転換に伴い、電力の評価方法も全面的に見直されることになりました。その結果生まれたのが、新しい換算係数「全電源平均係数」です [1, 8]

この新しい係数は、その名の通り、日本の電力系統を構成するすべての電源(火力、原子力、水力、太陽光、風力など)を考慮に入れて算出されています。具体的には、2018年度から2020年度までの3年間の全国の電源構成の実績データを平均し、加重平均によって導き出されました [2, 11]

この新しい係数は、「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律施行規則」に明確に規定されており、法的な根拠を持っています [12]

火力発電のように燃料を燃やす電源は従来通りその投入熱量で計算されますが、原子力や再生可能エネルギーのように「燃料」を消費しない電源の扱いは異なります。これらの電源については、発電した電気そのものが一次エネルギーと見なされ、物理的な熱量である として計算に組み込まれます。

燃料を消費しないクリーンな電源の割合が増えるほど、分母である総発電電力量に対して分子の総投入熱量が相対的に小さくなるため、係数の値は下がりますからへの約11.5%の低下は、日本の電源構成における非化石電源の貢献が、ついに法的に評価されたことを示しているのです。

2.3. 計算の裏側:数字が示す日本の電源構成

新しい係数がどのようにして導き出されたのか、簡略化したモデルでその計算原理を追ってみましょう。これにより、係数が日本の電源構成を映す鏡であることが直感的に理解できます。

ここでは、計算のベースとなった2018-2020年度に近い、近年の日本の電源構成(例:2023年度速報値)を参考にします。

  • 化石燃料(火力発電): 約69% [13, 14]

  • 非化石電源(原子力・再エネ): 約31%(原子力 約8%、再エネ 約23%)[13, 14]

次に、各電源の一次エネルギー換算の考え方を適用します。

  1. 火力発電分:

    火力発電の平均効率を約40%と仮定します。この場合、1 kWhの電気を作るのに必要な一次エネルギーは、3.6MJ÷0.40=9.0MJとなります。

  2. 非化石電源分:

    原子力や再生可能エネルギーは、前述の通り、発電した電力量そのものが一次エネルギーと見なされるため、換算係数は3.6MJ/kWhです。

これらを電源構成比で加重平均すると、全体の係数が算出できます。

この試算値()は、公式のとは異なります。これは、公式値がより古い2018-2020年度のデータに基づいていること、そして実際の火力発電効率や送配電ロスなどの計算がより厳密であるためです。しかし、この計算から「非化石電源の比率が高まれば高まるほど、全体の係数はに近づいていく」という重要な原理が見て取れます。

実は、このという係数ですら、すでに現状を正確に反映していません。算出基礎となった2018-2020年度以降も、日本では再生可能エネルギーの導入が着実に進んでいます [13, 15]。つまり、2025年時点での実際の電源構成に基づく「真の全電源平均係数」は、よりもさらに低い値になっているはずです。

法律で定められた係数は数年ごとに見直されるため、現実のグリッドのクリーン化と、法的な評価との間には常にタイムラグが生じます。これは、現在の省エネ法の下では、電化による環境貢献が常に「過小評価」される構造になっていることを意味します。

この係数が定期的に更新されるたびに、電化の有利性が段階的に、しかし劇的に向上していく未来が予測されます。

2.4. 影響分析:新エネルギー方程式における勝者と敗者

この約11.5%の係数低下は、産業界や建築業界に具体的かつ甚大な影響を及ぼします。

  • 勝者:電化技術全般

    省エネ法の報告において、電気を使用するあらゆる設備やプロセスが、自動的に約11.5%効率的に見えるようになります。これにより、これまでガスや石油ボイラーとの比較で不利になることがあった業務用ヒートポンプ給湯器や、産業用電気ヒーター、電気自動車(EV)の導入に関する社内稟議や投資対効果計算が、格段に通りやすくなります。一次エネルギー削減量を金銭価値に換算するような内部炭素価格(ICP)を導入している企業にとっては、直接的な経済的メリットに繋がります。

  • 敗者:従来型の化石燃料利用システム

    相対的に、都市ガスや灯油、重油を直接燃焼させるシステムの一次エネルギー評価は厳しくなります。これまで省エネ性能で優位に立っていた最新鋭のガスボイラーなども、ヒートポンプとの比較において、そのアドバンテージが大きく削がれることになります。

  • 注意点:建築業界に存在する「ねじれ」

    ここで非常に重要な注意点があります。省エネ法全体では8.64MJ/kWhが適用される一方で、「建築物省エネ法」においては、2025年4月から始まる省エネ基準適合義務化の全面施行にあたり、現場の混乱を避けるという理由から、当面の間は旧来の9.76MJ/kWhが引き続き使用される方針が示されています [2, 16]。

    これにより、同じ建物を評価する場合でも、事業者のエネルギー使用量を報告する省エネ法と、建物の性能を評価する建築物省エネ法とで、異なる係数を用いるという「ねじれ現象」が発生します。設計者や事業者は、どちらの法律に基づいた計算なのかを明確に意識し、使い分ける必要があります。

この係数の変更は、単なる技術的な調整ではなく、日本のエネルギー政策が「化石燃料の効率化(エネルギー効率)」から「非化石エネルギーへの転換(脱炭素化)」へと大きく舵を切ったことを明確に示すものです。旧係数が火力発電の効率改善のみを評価していたのに対し、新係数は再生可能エネルギーや原子力の導入そのものを間接的に評価する仕組みとなっています。一次エネルギーという指標を使いながら、その実質的な評価軸が「炭素排出量」へと近づいているのです。この政策の根底にある思想の変化を理解することが、今後の動向を予測する上で極めて重要です。

第3章:静的な平均を超えて – ダイナミックな時間帯別係数の夜明け

2025年のエネルギー報告制度における革命は、年間の平均係数がに変わったことだけにとどまりません。むしろ、より本質的で未来志向の変革は、新たに導入された「時間帯別電気需要最適化係数」にあります。これは、電力が「いつ」使われたかによって、その一次エネルギー価値を変動させるという、画期的な仕組みです。もはや「1 kWhは常に1 kWh」という時代は終わりを告げました。

3.1. すべてのkWhは平等ではない:デマンドレスポンスを促す新制度

この新制度が導入された背景には、再生可能エネルギー、特に太陽光発電の急速な普及があります。晴れた日の昼間には電力が大量に発電される一方で、需要が追いつかずに発電を抑制(カーテイルメント)せざるを得ない状況が頻発しています。逆に、太陽が沈んだ夕方や、電力需要が逼迫する冬の厳しい寒さの中では、電力供給が綱渡り状態になることもあります。この電力需給の大きな変動は「ダックカーブ」として知られ、電力系統の安定運用における最大の課題の一つです。

という年間を通した静的な平均係数では、こうした電力の「時間的価値」の違いを評価することができません。企業が電力をいつ使おうと、報告上の一次エネルギー消費量は同じになってしまい、電力需要を系統に優しい形へシフトさせるインセンティブが働きませんでした。

そこで導入されたのが、電力の需給状況に応じて3段階の異なる係数を適用する「時間帯別電気需要最適化係数」です。これは、電力の安定供給に貢献する需要家(電気を使う側)の行動、すなわち「デマンドレスポンスを省エネ法の枠組みで強力に後押しするための、極めて戦略的な政策ツールなのです [17]

3.2. 3つの係数を解読する: の戦略的意味

この新しい制度では、電力の使用時間帯が以下の3つに分類され、それぞれ異なる換算係数が適用されます [17]

  • (再エネ余剰時)

    • 適用条件: 再エネの出力制御が見込まれる時間帯(例:前々日時点で出力制御が予測される日の8時~16時など)。

    • 意味: この係数は、物理的な熱量換算値()そのものです。これは、この時間帯に電気を使うことが、一次エネルギーの追加消費を一切伴わない「余剰電力の有効活用」であると法的に定義されたことを意味します。発電しても使い道がなく捨てられるはずだった電気を使うため、一次エネルギー換算上のペナルティはゼロと評価されるのです。これは、企業に対して「この時間帯に電力を使えば、省エネ報告上、絶大なメリットがあります」という強烈なメッセージです。

  • (需給逼迫時)

    • 適用条件: 電力需給が極めて厳しい状況(例:前日時点で広域予備率が5%未満となることが見込まれる時間帯など)。

    • 意味: これは非常に高い懲罰的な係数です。需給が逼迫している時間帯の電力は、発電効率が悪く、コストもCO2排出量も多い「ピーク電源(老朽化した火力発電所など)」を緊急稼働させて賄われます。この高い係数は、そうした非効率な発電を反映したものであり、「この時間帯に電力を使うことは、国全体のエネルギー効率を著しく悪化させる行為であり、報告上、大きなペナルティが課されます」という明確なシグナルです。

  • (その他時間帯)

    • 適用条件: 上記のいずれにも該当しない、通常の時間帯。

    • 意味: これは標準的な係数と位置づけられます。年間平均係数のよりも若干高い値に設定されているのは、多くの時間帯において電力需要の増減を調整している「限界的な電源」が、依然として火力発電中心であるという実態を反映していると考えられます。

これらの係数は、電力広域的運営推進機関(OCCTO)などから提供される需給予測に基づき、事前に、あるいは事後的に適用時間帯が公表されます。

3.3. 産業界のための実践ガイド:ある工場の最適化シナリオ

このダイナミックな係数システムが、企業のエネルギー管理にどれほど大きなインパクトを与えるか、具体的なシナリオで見てみましょう。

前提条件:

  • ある工場が、電力を大量に消費する電気炉を保有している。

  • 電気炉の消費電力は

  • 1日の稼働時間は8時間。

シナリオA:従来(最適化なし)の操業

工場はこれまで通り、昼間の通常時間帯(9時~17時)に電気炉を8時間稼働させます。この時間帯の係数がすべて「その他時間帯」の9.40MJ/kWhだったとします。

  • 報告対象となる一次エネルギー消費量:

シナリオB:新制度(最適化あり)の操業

工場は、電力需給に関する情報を活用し、電気炉の稼働時間を戦略的にシフトさせることにしました。幸い、その日は昼間に太陽光発電が豊富で、12時から16時までの4時間が「再エネ余剰時(3.60MJ/kWh)」に指定されました。残りの4時間は、朝の8時から12時まで「その他時間帯(9.40MJ/kWh)」に稼働させます。

  • 報告対象となる一次エネルギー消費量:

    • その他時間帯(4時間分):

    • 再エネ余剰時(4時間分):

    • 合計:

結果の分析:

この工場は、生産量も、実際に消費した電力量(8,000kWh)も一切変えていません。ただ操業スケジュールを変更しただけで、省エネ法上の報告対象となる一次エネルギー消費量を、75,200MJから52,000MJへと、実に30%以上も削減することに成功しました。

これは、エネルギー消費原単位の年率1%改善という目標達成に苦慮している多くの企業にとって、まさにゲームチェンジャーとなり得るインパクトです。蓄電池や生産スケジューリングシステムへの投資が、省エネ法対策として直接的に評価される時代が到来したのです。

この時間帯別係数の導入は、日本のエネルギー規制が、過去の実績に基づく「静的な平均値」による管理から、未来の需給を予測し、リアルタイムの系統価値を反映する「動的な最適化」へと舵を切ったことを意味します。

これは、エネルギーの世界におけるパラダイムシフトです。これまで電力の価値は主に価格(円/kWh)で測られてきましたが、これからは「一次エネルギー価値(MJ/kWh)」というもう一つの、しかも時間によって変動する価値尺度が加わります。この新しいルールを理解し、戦略的に活用できるかどうかが、これからの企業のエネルギー競争力を大きく左右することになるでしょう。

第4章:決定版・エネルギー別徹底比較 – 電力 vs 都市ガス vs 灯油

一次エネルギー換算係数の概念と最新の動向を理解したところで、いよいよ実践的な比較に入ります。私たちの生活や事業活動に最も身近な3つのエネルギー、電力、都市ガス、灯油は、一次エネルギーという「共通の通貨」で換算すると、どのような序列になるのでしょうか。この章では、公式な係数値を一覧で示すとともに、具体的なシナリオに基づいた詳細なシミュレーションを行い、それぞれのエネルギーの真の効率性を多角的に明らかにします。

4.1. 公式係数マスターリファレンス表

まず、2025年度の省エネ法報告などで使用される主要なエネルギー源の公式な一次エネルギー換算係数を一覧表にまとめます。この表は、あらゆるエネルギー計算の基礎となる、いわば「元素周期表」のようなものです。

表1:主要エネルギー源の一次エネルギー換算係数(2025年適用版)

エネルギー源 単位 一次エネルギー換算係数 (MJ/単位) 主な法的根拠・出典
電力(全電源平均) kWh 省エネ法施行規則 [12]
電力(建築物省エネ法向け) kWh 建築物省エネ法告示 [16]
電力(再エネ余剰時) kWh 省エネ法(時間帯別係数) [17]
電力(需給逼迫時) kWh 省エネ法(時間帯別係数) [17]
都市ガス(13A) 省エネ法 [5]
LPG(プロパン) kg 総合エネルギー統計 [18]
灯油 L 総合エネルギー統計 [18]
ガソリン L 総合エネルギー統計 [18]
A重油 L 総合エネルギー統計 [18]
原油 L 総合エネルギー統計 [18]
一般炭 kg 総合エネルギー統計 [18]

この表は、異なるエネルギー源の「一次エネルギー集約度」を比較するための強力なツールです。例えば、1 kWhの電力(全電源平均)はの一次エネルギーに相当するのに対し、1 の都市ガスは、1 Lの灯油はの一次エネルギーを含んでいることが一目でわかります。重要なのは、この数字に、後述する「利用効率」を掛け合わせることで、最終的な一次エネルギー消費量が決まるという点です。

4.2. シナリオ分析:家庭の暖房エネルギーを比較する(年間暖房需要:10 GJ)

理論だけでは本質は見えません。具体的なシナリオを設定し、どのエネルギーが最も一次エネルギー効率に優れているかを計算してみましょう。

設定シナリオ:

  • ある住宅の年間の暖房に必要なエネルギー量(需要)を10 GJ(ギガジュール)とします。

  • この需要を、3種類の異なる最新鋭の暖房器具で賄う場合を比較します。

    • A) 高効率エアコン(ヒートポンプ式、COP 4.0)

    • B) 高効率ガス給湯暖房機(潜熱回収型、効率 95%)

    • C) 最新型石油ファンヒーター(効率 90%)

計算と分析:

A) 高効率エアコン(電力)の場合

ヒートポンプは、電気エネルギーを使って空気中の熱を汲み上げる技術です。COP(成績係数)4.0とは、投入した電気エネルギーの4倍の熱エネルギーを取り出せることを意味します。

  1. 必要な二次エネルギー(電力量)の計算:

    年間10 GJの熱需要を賄うために必要な電力量を計算します。

    10GJ=10,000MJ

    1kWh=3.6MJ

    必要な熱量:10,000MJ÷3.6MJ/kWh=2,778kWh

    COPが4.0なので、実際に消費する電力量は:

    2,778kWh÷4.0=694.5kWh

  2. 一次エネルギー消費量の計算:

    この消費電力量に、新しい電力の換算係数 8.64MJ/kWh を掛け合わせます。

    694.5kWh×8.64MJ/kWh=5,999MJ≈6.0GJ

B) 高効率ガス給湯暖房機(都市ガス)の場合

最新の潜熱回収型(エコジョーズなど)は、排気ガス中の熱も回収するため、95%という高い利用効率を誇ります。

  1. 必要な二次エネルギー(ガス量)の計算:

    年間10 GJの熱需要を、効率95%のガス機器で賄うために必要なガス量を計算します。

    必要な投入熱量:10,000MJ÷0.95=10,526MJ

    都市ガス1 Nm3あたりの発熱量は45MJなので、必要なガス体積は:

    10,526MJ÷45MJ/Nm3=233.9Nm3

  2. 一次エネルギー消費量の計算:

    都市ガスの一次エネルギー換算係数は、その発熱量そのものである45MJ/Nm3です。

    233.9Nm3×45MJ/Nm3=10,526MJ≈10.5GJ

C) 最新型石油ファンヒーター(灯油)の場合

灯油を直接燃焼させるファンヒーターの効率を90%と仮定します。

  1. 必要な二次エネルギー(灯油量)の計算:

    年間10 GJの熱需要を、効率90%の灯油機器で賄うために必要な灯油量を計算します。

    必要な投入熱量:10,000MJ÷0.90=11,111MJ

    灯油1 Lあたりの発熱量は36.7MJなので、必要な灯油量は:

    11,111MJ÷36.7MJ/L=302.8L

  2. 一次エネルギー消費量の計算:

    灯油の一次エネルギー換算係数は、その発熱量そのものである36.7MJ/Lです。

    302.8L×36.7MJ/L=11,111MJ≈11.1GJ

比較結果:

暖房方式 一次エネルギー消費量
A) 高効率エアコン(電力)
B) 高効率ガス暖房機(都市ガス)
C) 石油ファンヒーター(灯油)

このシミュレーション結果は、極めて重要な事実を示しています。最新の高効率ヒートポンプを使用した場合、暖房における一次エネルギー消費量は、最新のガス機器や灯油機器の半分近くにまで削減できるのです。

これは、電力の一次エネルギー換算係数がからに下がったことで、ヒートポンプの優位性がさらに明確になったことを意味します。ヒートポンプのCOPが、電力系統全体のエネルギーロス(発電・送電ロス)を補って余りあるほどの高い効率を発揮しているのです。

この優位性が成立する「損益分岐点」となるCOPを計算することもできます。ガス暖房機(効率95%)と同等の一次エネルギー消費量になるエアコンのCOPは、以下の式で求められます。

つまり、実効COPが約2.53を超えるヒートポンプであれば、最新のガス暖房機よりも一次エネルギー効率で優れるということになります。現在の高性能エアコンは寒冷地でも高いCOPを維持できるため、多くの地域で電化が一次エネルギー削減の観点からも最も合理的な選択肢となりつつあります。

4.3. 数字の先にある全体像:コスト、CO2、そして現実性

一次エネルギー消費量は、エネルギー政策における極めて重要な指標ですが、それがすべてではありません。最適なエネルギー選択を行うためには、少なくとも以下の3つの視点を加えた、総合的な判断が不可欠です。

  1. CO2排出量:

    一次エネルギー消費量とCO2排出量は必ずしも比例しません。ヒートポンプのCO2排出量は、電力のCO2排出係数(kg−CO2​/kWh)に依存し、これは電力構成によって変動します。再生可能エネルギーの割合が高まれば、ヒートポンプのCO2排出量は限りなくゼロに近づきます。一方、都市ガスや灯油は燃焼時に必ず一定量のCO2を排出します。日本の電力の脱炭素化が進む未来を考えれば、CO2削減のポテンシャルは電化が圧倒的に高いと言えます。

  2. ランニングコスト:

    エネルギー単価(円/kWh, 円/Nm3, 円/L)は、一次エネルギー効率とは別の問題です。燃料費調整額や原料費調整制度、さらには地政学的リスクによる価格変動も考慮に入れる必要があります。一般的に、ヒートポンプは初期投資が大きいものの、高い効率によりランニングコストを抑えられる可能性があります。

  3. 実用性とインフラ:

    導入時の初期費用、機器の寿命、メンテナンス性、そしてエネルギー供給インフラの有無も重要な要素です。都市ガスが供給されていない地域では選択肢が限られますし、寒冷地ではヒートポンプの性能が低下する可能性も考慮しなければなりません。

結論として、2025年の新しい係数体系の下では、特に給湯や暖房といった熱需要の分野において、ヒートポンプ技術を核とする「電化」が、一次エネルギー効率、CO2削減ポテンシャルの両面で、従来型の燃焼機器に対して明確な優位性を持つ時代に突入したと言えるでしょう。ただし、それはあくまで全体的な傾向であり、最終的な意思決定は、個別の条件下でこれらの多角的な視点から慎重に行われるべきです。

第5章:グローバル・ベンチマーク – 世界は一次エネルギーをどう測っているか?

日本の一次エネルギー換算係数の変更は、国内だけの閉じた話ではありません。それは、エネルギーの価値をどう測るかという、世界的な潮流と密接に関連しています。国際エネルギー機関(IEA)や欧州連合(EU)、米国といった主要プレイヤーが採用する方法論と比較することで、日本の立ち位置と今後の課題がより鮮明になります。

5.1. IEA、EU、米国の方法論:多様なアプローチを比較する

エネルギー統計の国際標準を議論する上で、各国の方法は大きく分けていくつかの流派に分類できます。

  • 欧州連合(EU)のアプローチ:

    EUでは、エネルギー効率指令(Energy Efficiency Directive, EED)に基づき、「一次エネルギー係数(Primary Energy Factor, PEF)」が定められています。注目すべきは、2023年4月に発効した欧州委員会委任規則により、電力のPEFが1.9に設定されたことです [19, 20]。

    このPEFは、日本の係数と同様の概念ですが、その値は大きく異なります。日本の8.64MJ/kWhをEUのPEFと同じ次元(無次元数)に変換すると、8.64÷3.6=2.4となります。EUのPEF(1.9)が日本の実質的な係数(2.4)よりも約20%も低いという事実は、EUの電力システムが(計算上)より高効率であるか、あるいは再生可能エネルギーの貢献をより大きく評価する計算方法を採用していることを示唆しています。これは、EUがより野心的な脱炭素化目標を掲げ、電力システムのクリーン化を政策的に強く評価していることの表れです。

  • 米国(EIA)の歴史的転換:

    米国エネルギー情報局(EIA)は、2023年9月に一次エネルギーの計算方法を歴史的に転換しました。これは、国際的なエネルギー統計のあり方に一石を投じる非常に重要な動きです [21, 22, 23, 24]。この変更を理解するためには、次節で詳述する2つの主要な計算思想を知る必要があります。

  • 国際エネルギー機関(IEA)の役割:

    IEAは、世界のエネルギー統計の調和と標準化において中心的な役割を果たしています [25, 26, 27]。各国のエネルギーバランス表の作成方法に関するガイドラインを提供しており、多くの国がその方法論に準拠しています。EIAが2023年に計算方法を変更した大きな理由の一つも、IEAなどが推奨する国際標準との整合性を高めるためでした [24]。

5.2. 核心的論点:「化石燃料代替法」 vs 「物理的エネルギー量法」

再生可能エネルギー(特に太陽光や風力などの非燃焼系)の一次エネルギーをどう計算するかについては、世界的に2つの主要な考え方が存在し、長年議論が続いてきました。

  • 化石燃料代替法(Fossil Fuel Equivalency Approach):

    これは、EIAが歴史的に採用してきた古い方法です [21, 22, 28]。このアプローチは、次のような問いに基づいています。「もし、この1 kWhの太陽光発電による電気がなかったとしたら、それを火力発電で生み出すためにはどれだけの化石燃料が必要だったか?」

    具体的には、太陽光や風力で発電された1 kWhの電気に対して、火力発電所の平均熱効率から計算した換算係数(例えば、約9,500BTU/kWh、日本の9.76MJ/kWhに相当)を適用します。この方法では、再生可能エネルギーも化石燃料と同程度の一次エネルギー集約度を持つと評価されるため、再生可能エネルギーの一次エネルギー消費量が見かけ上、非常に大きく計算されます。

  • 物理的エネルギー量法(Captured Energy / Physical Energy Content Approach):

    これは、IEAや国連が推奨し、EIAが新たに採用した方法です [21, 23, 29]。このアプローチは、よりシンプルで物理的な事実に即しています。太陽光や風力といった自然エネルギーを電気に変換して「捕獲(Capture)」した時点で、その電気エネルギーそのものが一次エネルギーであると見なします

    したがって、換算係数は物理的な熱量換算値である3,412BTU/kWh(=3.6MJ/kWh)となります。これは、変換効率を100%と見なす考え方であり、再生可能エネルギーの一次エネルギー消費量を小さく評価します。

日本の立ち位置の分析:

この2つの思想を軸に日本の新しい係数を見ると、その特徴が明確になります。日本の「全電源平均係数(8.64MJ/kWh)」は、ハイブリッド型のアプローチと言えます。

  • 電力構成に占める再生可能エネルギーと原子力の部分については、「物理的エネルギー量法」の考え方を採用し、で評価しています。

  • 一方で、火力発電の部分については、従来通り燃料の投入熱量で評価しています。

そして、これらを電源構成比で加重平均したものがという値です。これは、純粋な「化石燃料代替法」からは脱却したものの、システム全体を「物理的エネルギー量法」で評価するまでには至っていない、過渡的な段階にあることを示しています。

この計算方法の選択は、単なる技術的な問題ではなく、国のエネルギー統計や政策目標に絶大な影響を与えます。例えば、米国が「物理的エネルギー量法」に移行したことで、国の総一次エネルギー消費量の統計値そのものが大幅に減少しました。

なぜなら、これまで再生可能エネルギーに乗じられていた大きな係数(約2.8倍)が取り払われたからです。これにより、米国のエネルギーシステム全体の効率が統計上向上したように見え、再生可能エネルギーが総一次エネルギーに占める「割合」は、分母と分子が共に小さくなった結果、見かけ上は縮小しました [21]

この事実は、一次エネルギーという指標がいかに計算方法の定義に依存するかを物語っています。日本のという係数も、国際比較を行う際には、その計算の前提(ハイブリッド型であること)を理解した上で評価しなければ、誤った結論を導きかねません

日本の今回の改正は、再生可能エネルギーの価値をより正確に評価しようとする世界的な潮流に沿ったものですが、その計算哲学については、国際的な議論がまだ続いているのが現状です。この係数のあり方は、今後、日本の再生可能エネルギー導入目標(エネルギーミックス)の進捗に合わせて、再び見直されていくことになるでしょう。

第6章:根源的課題をえぐり出す – 換算係数が映し出す日本の脱炭素の隘路

一次エネルギー換算係数の変遷を深く掘り下げていくと、単なる技術的な数字の話を超えて、日本の脱炭素化戦略が抱える根源的な課題やジレンマが浮かび上がってきます。この係数は、いわば社会のエネルギーシステムを映し出す鏡であり、その歪みや矛盾までもを映し出しているのです。

6.1. 再エネとPPAの価値の揺らぎ

新しい全電源平均係数は、電力会社から購入する系統電力の一次エネルギー評価を改善しました。これは一見、喜ばしいことですが、少し複雑な影響も生み出します。

系統電力が「よりクリーン」になったと評価されることで、相対的に、企業が自ら敷地内に太陽光発電を設置する(オンサイトPPAなど)ことの一次エネルギー削減メリットが、計算上はわずかに減少します。以前は「非常に汚いの電力」を買わずに済むという大きな差分がありましたが、今後は「少しクリーンになったの電力」との比較になるからです。

しかし、これはあくまで一次エネルギーという一面的な評価に過ぎません。改正省エネ法では、新たに「非化石エネルギーへの転換」に関する目標設定と報告が義務化されました [6, 8]企業は、使用したエネルギーのうち、どれだけが非化石由来であったかを明確に示す必要があります。この新しい評価軸においては、自家消費した太陽光発電や、再生可能エネルギー由来であることを証明できる電力購入契約(コーポレートPPA)の価値が絶大になります [1]

つまり、省エネ法の枠組みの中で、PPAや自家消費は「一次エネルギー削減」への貢献度は相対的に低下する一方で、「非化石エネルギー転換率の向上」への貢献度は飛躍的に高まるという、価値の二重性が生まれているのです。企業は、この2つの異なる指標を睨みながら、最適なエネルギー調達戦略を練る必要があります。

6.2. 電化のジレンマ:全国一律係数の限界

新しい係数は、全国どこでも一律にです。これは、日本全国で電化を推進する強いメッセージとなります。しかし、日本の電力系統は地域によって電源構成が大きく異なります。

例えば、水力発電が豊富な北陸電力エリアや、太陽光発電の導入が進む九州電力エリアでは、実際の電力のCO2排出係数(カーボンインテンシティ)は全国平均よりも低い傾向にあります。一方で、火力発電への依存度が高い北海道電力や沖縄電力エリアでは、全国平均よりも高くなります。

このような状況で全国一律の係数を適用すると、本来、電化によるCO2削減効果が非常に大きい地域と、そうでない地域(場合によってはガスからの転換でCO2排出量が逆に増えてしまう可能性すらある地域)が、省エネ法上は全く同じ評価を受けてしまいます。

これは、国のマクロな目標(全国での電化推進)と、個別のプロジェクトにおけるミクロな環境貢献(実際のCO2削減)との間に乖離を生じさせる可能性があります。全国一律の係数は、シンプルで運用しやすい反面、地域ごとの最適なエネルギー選択を歪めてしまうリスクを内包しているのです。

6.3. 根本的イシュー:2つの目標を1つの指標で追う矛盾

ここまで分析してきた課題の根源にあるのは、極めて本質的な問題です。それは、現在の日本の省エネ法が、「①エネルギー効率の向上」と「②CO2排出量の削減」という、似て非なる2つの目標を、「一次エネルギー消費量」という単一の指標(Single Metric)で達成しようとしている点にあります。

第4章の暖房シナリオで見たように、一次エネルギー効率が最も良い選択(ヒートポンプ)が、常に最も経済的であるとは限りません。また、前節で見たように、一次エネルギー削減量が大きい行為が、必ずしも実際のCO2削減量と比例するわけでもありません。

一次エネルギーという指標は、元来、エネルギー資源の採掘から最終消費までの物理的な効率を測るためのものでした。しかし、カーボンニュートラルが至上命題となった今、この指標に「脱炭素」という新しい役割を無理に担わせようとしているため、随所に歪みが生じているのです。火力発電の効率を上げることも、太陽光パネルを増やすことも、どちらも「一次エネルギー係数を下げる」という同じ結果に繋がりますが、その気候変動へのインパクトは全く異なります。この2つを同じモノサシで測り続けることには、限界が近づいています。

6.4. 実効性のある解決策:「デュアル・メトリック」システムへの移行

この根源的な課題に対する、地味でありながら実効性のある解決策は、評価のモノサシを目標に合わせて複数化することです。具体的には、省エネ法の報告制度を、2つの指標を併記する「デュアル・メトリック」システムへと進化させることを提案します。

  1. 一次エネルギー消費量(MJ):

    これは、現行の省エネ法の枠組みを維持し、エネルギーシステム全体の物理的な効率性を評価する指標として存続させます。エネルギー資源の有効活用という、本来の目的を担います。

  2. 炭素排出量(kg-CO₂):

    これに加えて、事業活動に伴うCO2排出量を独立した指標として報告することを義務化します。ここでの鍵は、電力のCO2排出量の計算に、リアルタイムで変動する「限界CO2排出係数(g-CO₂/kWh)」を用いることです。この係数は、各電力エリアの送配電事業者が30分ごとなどに公表するもので、「今、電力需要が1 kWh増えた場合、どの発電所が追加で稼働し、どれだけのCO2を排出するか」を反映します。

このデュアル・メトリック・システムのメリット:

  • 意思決定の透明化: エネルギー管理者は、ある設備投資が「一次エネルギーは削減できるが、CO2はあまり減らない(あるいは増える)」またはその逆のパターンを明確に可視化できます。これにより、真に気候変動対策に資する判断が可能になります。

  • デマンドレスポンスの高度化: 時間帯別一次エネルギー係数(など)と、リアルタイムのCO2係数を組み合わせることで、企業は「一次エネルギー的にも、CO2的にも最もクリーンな時間帯」を狙って電力消費をシフトさせる、より高度な最適化が可能になります。

  • 政策目標の明確化: 国は、「エネルギー効率目標」と「CO2削減目標」をそれぞれ独立して管理・評価できるようになり、より的確な政策立案が可能になります。

この提案は、既存の枠組みを大きく変えるものではなく、新たな評価軸を追加する現実的なアプローチです。一次エネルギーという伝統的な指標の価値を認めつつ、カーボンニュートラルという現代的な要請に応えるための、最も合理的な次の一手と言えるでしょう。

結論:2025年以降のエネルギーランドスケープを制覇するために

本稿では、「一次エネルギー換算係数」というレンズを通して、2025年以降の日本のエネルギー政策と企業戦略が直面する大きな転換点を多角的に分析してきました。最後に、専門家として、明日から実践すべき重要なポイントを改めて提示します。

本稿の核心的要点:

  1. 電力係数への変更は「電化推進」の号砲: 電力係数の約11.5%の低下は、ヒートポンプやEVなど、電化技術の一次エネルギー評価を劇的に改善します。これは、脱炭素化の主要な手段として「電化」を加速させるという国の明確な意志表示です。

  2. 時間帯別係数はエネルギー管理のゲームチェンジャー: 「」という3つのダイナミックな係数は、電力消費の「量」だけでなく「タイミング」が決定的に重要になる時代の到来を告げています。デマンドレスポンスへの対応能力が、企業の省エネ達成度を直接左右します。

  3. 一次エネルギーは万能ではない: 詳細な比較分析が示した通り、一次エネルギー効率の追求が、必ずしもCO2排出量削減やコスト削減と一致するわけではありません。この指標はあくまで複数ある判断基準の一つであり、その限界を認識することが不可欠です。

  4. 根源的課題は「単一指標の限界」: 日本のエネルギー政策は、「エネルギー効率」と「脱炭素」という2つの目標を「一次エネルギー」という単一のモノサシで測ろうとする矛盾を抱えています。この構造的課題を理解することが、表面的な数字の変動に惑わされないための鍵となります。

エネルギー専門家・実務家への提言:

これからのエネルギー戦略を立案する上で、もはや単一の係数だけを見て意思決定を行う時代は終わりました。真のプロフェッショナルは、以下の複数のレンズを通して、エネルギーの価値を複合的に評価しなければなりません。

  • 一次エネルギーのレンズ: 省エネ法への準拠と、エネルギー資源の物理的効率性を評価する。

  • カーボンのレンズ: リアルタイムの電力CO2排出係数を考慮し、真の気候変動貢献度を評価する。

  • コストのレンズ: 初期投資、ランニングコスト、そして将来の炭素税などのリスクを含めた総所有コスト(TCO)を評価する。

  • レジリエンスのレンズ: エネルギー供給の安定性、災害時の継続性、そして地政学的リスクを評価する。

一次エネルギー換算係数の進化は、日本のエネルギー転換そのものの物語です。この数字の背後にある政策の意図、技術の進歩、そして社会の要請を読み解き、戦略的に行動すること。それこそが、2025年以降の複雑なエネルギーランドスケープを制覇し、持続可能な未来を築くための唯一の道筋なのです。

よくある質問(FAQ)

  1. Q: 2025年に適用される電力の一次エネルギー換算係数は、結局いくつですか?

    A: 基本となる年間平均の係数は8.64MJ/kWhです。ただし、省エネ法の報告では、電力の需給状況に応じて3.60MJ/kWh(再エネ余剰時)、9.40MJ/kWh(その他時間帯)、12.2MJ/kWh(需給逼迫時)という時間帯別の係数を使い分ける必要があります [12, 17]。

  2. Q: なぜ電力の係数は9.76から8.64に変わったのですか?

    A: 省エネ法が改正され、評価対象が従来の「化石エネルギー」から「非化石エネルギーを含む全てのエネルギー」に拡大されたためです。新しい係数は、火力発電だけでなく、原子力や再生可能エネルギーを含めた日本全体の実際の電源構成を反映しており、その結果、係数が下がりました [1]。

  3. Q: これで電気は都市ガスより効率的になったと言えますか?

    A: 一概には言えません。特に暖房や給湯のような熱利用の分野では、ヒートポンプの性能(COP)によります。試算では、COPが約2.53以上であれば、最新のガス機器よりも一次エネルギー効率で優位に立ちますが、それを下回る場合はガスの方が有利になることもあります。ケースバイケースでの詳細な計算が必要です。

  4. Q: 建物の省エネ計算では、8.64と9.76のどちらを使えばよいですか?

    A: 目的によります。事業者全体のエネルギー使用量を報告する「省エネ法」では8.64MJ/kWhを使用します。一方で、2025年4月から義務化される新築住宅・非住宅の基準適合などを判断する「建築物省エネ法」の計算では、当面の間、旧来の9.76MJ/kWhが使われます [2]。

  5. Q: 新しい時間帯別係数を活用するには、具体的にどうすればよいですか?

    A: 電力消費の大きい製造プロセスや空調設備の稼働時間を、電力会社や広域機関が発表する需給予測に合わせて調整します。具体的には、再エネが余る昼間(3.60MJ/kWhが適用される時間帯)に稼働を集中させ、夕方などの需給が厳しい時間帯(12.2MJ/kWhが適用される可能性のある時間帯)の稼働を避けることで、報告上の一次エネルギー消費量を大幅に削減できます [17]。

  6. Q: この係数の変更は、電気料金に影響しますか?

    A: 直接的には影響しません。一次エネルギー換算係数は、あくまで省エネ法上のエネルギー使用量を計算するための「評価上の係数」です。電気料金は、燃料費や市場価格、託送料金などによって決まります。ただし、時間帯別係数は電力市場の価格と連動する傾向があるため、係数が低い時間帯は電気料金も安くなる可能性があります。

  7. Q: 太陽光発電(自家消費)の一次エネルギー換算はどうなりますか?

    A: 改正省エネ法では、自家消費した太陽光発電の電気は、物理的熱量である3.6MJ/kWhで一次エネルギーに換算し、報告対象のエネルギー使用量に含める方針が示されています。これは、非化石エネルギーもエネルギー使用量として把握するという新しい法律の考え方に基づいています。

  8. Q: EUの電力係数(PEF=1.9)はなぜ日本の係数(実質2.4)より低いのですか?

    A: 複数の要因が考えられます。①EU全体の電源構成が日本よりも再生可能エネルギー比率が高いこと、②火力発電の平均効率が高いこと、③計算方法論の違い(送配電ロスの扱いなど)などが挙げられます。これは、EUがより野心的な脱炭素目標を政策的に反映している結果とも言えます [19]。

  9. Q: 次に係数が見直されるのはいつですか?

    A: 明確な周期は定められていませんが、「エネルギーミックスの進捗を踏まえて適切に対応する」とされています [2]。日本の電源構成が大きく変化する数年ごとに見直される可能性が高いです。再生可能エネルギーの導入が計画通り進めば、次回の改定ではさらに低い値になることが予想されます。

  10. Q: 「一次エネルギー」ではなく、なぜ「CO2排出量」で直接評価しないのですか?

    A: 非常に良い質問です。これが本稿で指摘した根源的な課題です。歴史的に省エネ法は「エネルギー資源の節約」を目的としてきたため、一次エネルギーという指標が使われてきました。カーボンニュートラルが最重要課題となった現在、CO2排出量を直接評価する方が合理的ですが、法体系の変更には時間がかかります。将来的には、本稿で提案したようなCO2排出量を併記する「デュアル・メトリック」システムへの移行が望まれます。

ファクトチェックサマリーと主要出典

本記事の正確性を担保するため、主要な数値と事実関係について以下の通り確認しました。

  • 電力の一次エネルギー換算係数(全電源平均): 。根拠は改正省エネ法施行規則。2018-2020年度の3年間の全電源平均に基づく [2, 12]

  • 電力の一次エネルギー換算係数(火力平均・旧係数): 。2003年の火力発電効率実績に基づく。建築物省エネ法では当面維持 [3, 16]

  • 時間帯別電気需要最適化係数: 再エネ余剰時、需給逼迫時、その他。省エネ法定期報告の手引き等に記載 [17]

  • 都市ガス(13A)の換算係数: 。省エネ法で定められた標準発熱量 [5]

  • 灯油の換算係数: 。総合エネルギー統計の標準発熱量に基づく [18]

  • EUの電力一次エネルギー係数(PEF): 1.9。欧州委員会委任規則(EU) 2023/807に基づく [19]

  • 米EIAの再エネ計算方法の変更: 2023年9月より「化石燃料代替法」から「物理的エネルギー量法(Captured Energy Approach)」へ移行。換算係数は () を使用 [23]

主要出典リスト

  1. 経済産業省: 省エネ法・定期報告情報の開示制度

  2. 資源エネルギー庁: 省エネ法における一次エネルギー換算係数について(省エネルギー・新エネルギー部会資料)

  3. e-Gov法令検索: エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律施行規則

  4. 国土交通省: 建築物省エネ法における一次エネルギー消費量について(社会資本整備審議会資料)

  5. 資源エネルギー庁: 省エネ法に基づく定期報告の概要

  6. 資源エネルギー庁: 総合エネルギー統計 令和5年度版 標準発熱量・炭素排出係数一覧

  7. (https://eur-lex.europa.eu/eli/reg_del/2023/807/oj/eng)

  8. (https://www.eia.gov/totalenergy/data/monthly/change/)

  9. 国立研究開発法人建築研究所: 建築物のエネルギー消費性能に関する技術情報

  10. 資源エネルギー庁: 令和5年度(2023年度)エネルギー需給実績(確報)

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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