目次
海外13カ国の電気料金単価・価格・脱炭素・再エネ関連エネルギー制度の比較分析レポート
序論:移行期にある世界
2025年後半の世界のエネルギーセクターは、重大な転換点にあります。2021年から2023年にかけてのエネルギー危機の余波は、依然として市場構造と政策決定に影響を及ぼし続けています。一方で、運輸・熱分野の電化、そして人工知能(AI)やデータセンターの旺盛なエネルギー需要に牽引される新たな需要成長の波が、消費パターンを再構築しています
本レポートは、国家がこの移行を成功裏に進める能力は、単に再生可能エネルギーの資源ポテンシャルだけでなく、電力市場の構造、消費者料金体系の設計、そして長期的政策シグナルの一貫性によって根本的に決定される、という論点を提示します。
本稿では、13の主要経済圏を対象に「超高解像度」の比較分析を実施し、各国の電力価格構成要素、規制の枠組み、脱炭素化政策を詳細に分解します。このグローバルなベンチマークを用いて、日本のエネルギーシステムに関する深い診断を行い、持続可能で安全、かつ経済的に実行可能なエネルギーの未来への道を加速させるための構造的障壁と戦略的機会を特定します。
第I部:電力市場と政策における世界的メガトレンド
1.1 変動する発電経済学
卸売電力価格の動向
2025年上半期における主要市場の卸売電力価格の動向は、特に米国や欧州において、天然ガス価格が電力市場に及ぼす根強い影響を浮き彫りにしています
再生可能エネルギーのデフレ圧力
均等化発電原価(LCOE)のデータは、エネルギー経済の構造変化を明確に示しています。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の2024年の分析によると、新規に導入されたユーティリティ規模の再生可能エネルギーの91%が、最も安価な化石燃料の代替案よりも低コストでした
クリーン電力の台頭
世界の電源構成は構造的な転換期にあります。2024年、低炭素電源(再生可能エネルギー+原子力)が初めて世界の電力の40%を超え、太陽光は20年連続で最も急成長した電源となりました
1.2 世界の政策と投資の展望
脱炭素化政策のツールキット
世界的に利用されている主要な政策手段の概要は、IEA/IRENAの政策・措置データベースにまとめられています
カーボンプライシングの隆盛
世界銀行のカーボンプライシング・ダッシュボードを用いた分析によると、2025年現在、80のカーボンプライシング制度(排出量取引制度(ETS)37、炭素税43)が導入されており、世界の温室効果ガス排出量の28%をカバーしています
投資動向
BloombergNEFによると、世界のエネルギー移行投資は2024年に過去最高の2.1兆ドルに達し、前年比11%増となりました
再生可能エネルギーのLCOEは構造的に化石燃料よりも低くなっていますが、このコスト優位性が必ずしも消費者の小売価格に反映されているわけではありません。これは、卸売市場における化石燃料価格の変動の影響や、最終的な請求額に政策・系統コストが含まれるためです。政策立案者にとっての核心的な課題は、単に安価な再生可能エネルギーを導入することだけでなく、市場構造を改革し(例:限界費用価格決定方式からの脱却)、政策関連コストの転嫁を管理して、LCOEの優位性がより低く安定した消費者料金に結びつくようにすることです。これは、日本の分析における中心的なテーマとなります。
第II部:各国の電力市場プロファイル:超高解像度ディープダイブ
このセクションでは、対象となる各国に一貫した分析テンプレートを適用します。
アメリカ合衆国
A. エネルギーミックスと市場構造
米国の電源構成は多様で、天然ガスが最大の供給源(約40%)であり、次いで原子力、石炭、そして急速にシェアを拡大している再生可能エネルギー(風力、太陽光)が続きます
B. 電力料金体系と最近の価格動向
価格は州によって大きく異なります。2025年8月時点での全国平均価格は、家庭用が17.62セント/kWh、商業用が14.04セント/kWh、産業用が9.06セント/kWhでした
C. 規制・政策の枠組み
規制は連邦レベル(連邦エネルギー規制委員会(FERC)、環境保護庁(EPA))と州レベル(公益事業委員会)の両方で行われます。EIAがデータと分析の主要な情報源です
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
連邦レベルでの主要なインセンティブは、インフレ抑制法(IRA)の下で大幅に拡充された投資税額控除(ITC)と生産税額控除(PTC)です。全国的なカーボンプライシングは存在しませんが、北東部の地域温室効果ガスイニシアチブ(RGGI)やカリフォルニア州のキャップ・アンド・トレード・プログラムといった地域的なETSが存在します
米国のエネルギー移行は「バルカン化」されたアプローチを示しています。IRAのような連邦政府のインセンティブが強力な追い風となる一方で、実際の移行のペースと消費者のコスト負担は、最終的には州レベルの規制判断と市場構造によって決定されます。これは、進捗と課題がまだら模様に広がる状況を生み出しています。連邦政府による画一的な政策だけでは不十分であり、米国の移行の成功は、費用対効果の高い導入と公正なコスト配分を確保するために、連邦のインセンティブと州レベルの規制改革を整合させることができるかどうかにかかっています。これは、日本やフランスのような、より中央集権的な政策モデルとは著しく対照的です。
オーストラリア
A. エネルギーミックスと市場構造
オーストラリアの電力供給は、歴史的に石炭火力発電に大きく依存してきましたが、再生可能エネルギー、特に屋上太陽光と大規模太陽光・風力発電への移行が急速に進んでいます。全国電力市場(NEM)は、東部および南部の州を網羅する卸売市場であり、発電と小売は自由化されています。
B. 電力料金体系と最近の価格動向
電力料金は、オーストラリアエネルギー規制機関(AER)が設定するデフォルト市場オファー(DMO)によって上限が定められています
C. 規制・政策の枠組み
AERがNEMにおける卸売・小売市場、および送配電網を規制しています。連邦政府と州政府がエネルギー政策を策定し、再生可能エネルギー目標(RET)などが導入されてきました。
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
主な支援策は、大規模再生可能エネルギーターゲット(LRET)と小規模再生可能エネルギー制度(SRES)を通じて、再生可能エネルギー証書(LGCsおよびSTCs)を創出する市場メカニズムです。炭素価格付けに関しては、過去に炭素税が導入されましたが、その後撤廃されました。現在は、排出削減基金(ERF)を通じた「セーフガード・メカニズム」が、大規模排出事業者に対する事実上のベースライン・アンド・クレジット制度として機能しています。
イギリス
A. エネルギーミックスと市場構造
英国は、石炭火力の段階的廃止をほぼ完了し、天然ガスと再生可能エネルギー(特に洋上風力)への依存度を高めています。原子力も重要なベースロード電源です。電力市場は完全に自由化されており、多数の発電事業者と小売事業者が競争しています。
B. 電力料金体系と最近の価格動向
家庭用料金は、エネルギー規制機関Ofgemが設定する「エネルギー価格キャップ」によって上限が定められています
C. 規制・政策の枠組み
Ofgemがガス・電力市場の独立規制機関として機能し、消費者保護と競争促進を監督しています。エネルギー安全保障・ネットゼロ省(DESNZ)が国のエネルギー政策と気候変動目標を担当しています。
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
主要な支援メカニズムは、「差額決済契約(CfD)」制度です。これは、再生可能エネルギー発電事業者に対して、市場価格が事前に合意された「ストライクプライス」を下回った場合に差額を補填するもので、競争入札によってストライクプライスが決定されます。これにより、低コストでの再生可能エネルギー導入が促進されています。また、英国は独自の排出量取引制度(UK ETS)を導入しており、EU ETSから離脱後に開始されました。
ドイツ
A. エネルギーミックスと市場構造
ドイツは「エネルギーヴェンデ(エネルギー転換)」政策の下、再生可能エネルギーへの移行を積極的に進めており、2024年には発電量の59%を占めました
B. 電力料金体系と最近の価格動向
家庭用電力価格は世界で最も高い水準にあり、2025年上半期の平均は€38.35/100kWhでした
C. 規制・政策の枠組み
連邦経済・気候保護省(BMWK)が政策を策定し、連邦ネットワーク庁(Bundesnetzagentur)が系統を規制し、再生可能エネルギーの入札を運営しています
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
主要な支援メカニズムは、大規模プロジェクトに対する固定価格買取制度(FIT)から競争入札制度へと移行しました
ドイツの経験は、エネルギー転換の第二段階を明らかにしています。焦点は、単に発電を補助すること(旧EEGモデル)から、変動性の高い再生可能エネルギーの高い普及率に伴うシステム統合コストの管理へと移行しています。EEG賦課金の廃止と系統利用賦課金の導入は、この変化を直接的に示すものです。エネルギー転換のコストは消えるのではなく、単に形を変えるだけです。ドイツは、初期コストは発電支援であるが、長期的で永続的なコストは系統にあることを示しています。これは、同様に地理的制約に直面し、大幅な系統投資が必要となる日本にとって、極めて重要な教訓です。
フランス
A. エネルギーミックスと市場構造
フランスの電力供給は、歴史的に原子力発電が支配的であり、低炭素な電力構成の基盤となっています。近年、再生可能エネルギー、特に太陽光と風力の開発も進められていますが、原子力のシェアは依然として圧倒的です
B. 電力料金体系と最近の価格動向
多くの家庭用顧客は、政府が設定する規制料金(TRVE)を選択しています。この料金は、エネルギー規制委員会(CRE)の提案に基づき、年に2回見直されます
C. 規制・政策の枠組み
CREがエネルギー市場の独立規制機関として機能し、市場の円滑な運営と規制料金の設定に関与しています
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
フランスは、再生可能エネルギープロジェクトに対して競争入札制度を主に使用しており、太陽光や風力などの技術ごとに特定の容量を公募しています。また、原子力発電の比率が高いことから、炭素集約度は元々低いですが、EU ETSに参加することで、さらなる排出削減を推進しています。炭素税も導入されており、2025年時点で€44.60/tCO2eとなっています
スペイン
A. エネルギーミックスと市場構造
スペインは、再生可能エネルギーの導入で欧州をリードしており、特に風力と太陽光のシェアが急速に拡大しています。天然ガス複合火力と原子力が、変動する再生可能エネルギーを補完する役割を担っています。電力市場は完全に自由化されており、卸売市場(OMIE)で価格が決定されます。
B. 電力料金体系と最近の価格動向
家庭用料金は、時間帯別料金(ピーク、フラット、バレーの3区分)が標準となっています
C. 規制・政策の枠組み
生態系移行・人口動態問題省(MITERD)がエネルギー政策を統括し、CNMCが市場と系統の規制を監督しています。国の統合エネルギー・気候計画(PNIEC)が、2030年に向けた野心的な再生可能エネルギー導入目標を掲げています。
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
スペインは、再生可能エネルギーの導入を促進するために、大規模な競争入札を定期的に実施しています。これにより、非常に競争力のある価格でのプロジェクト開発が実現しています。また、EU ETSの参加国として、排出量に価格を付けています。
日本
A. エネルギーミックスと市場構造
2011年の福島第一原子力発電所事故以降、日本のエネルギーミックスは化石燃料(特にLNGと石炭)への依存度が高まりました。再生可能エネルギーの導入は進んでいますが、欧州の先進国と比較するとその割合はまだ低いです。電力市場は2016年に完全に自由化されましたが、旧一般電気事業者(大手電力10社)が依然として大きな市場シェアを維持しています。
B. 電力料金体系と最近の価格動向
日本の電気料金は、基本料金と電力量料金の二部料金制が一般的です。電力量料金には、燃料価格の変動を反映させるための燃料費調整額と、再生可能エネルギーの買取費用を賄うための再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)が含まれます。2025年度の再エネ賦課金単価は、前年度から0.49円上昇し、3.98円/kWhに設定されました
C. 規制・政策の枠組み
経済産業省(METI)およびその外局である資源エネルギー庁がエネルギー政策全般を所管しています
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
主要な支援制度は、固定価格買取制度(FIT)と、市場価格に一定のプレミアムを上乗せするフィード・イン・プレミアム(FIP)制度です
インド
A. エネルギーミックスと市場構造
インドの電力部門は石炭が支配的であり、発電量の大部分を占めています。しかし、政府は再生可能エネルギー、特に太陽光発電の導入に非常に意欲的で、世界有数の太陽光発電大国となっています。電力市場は、中央政府と州政府が規制権限を分担する複雑な構造です。国営企業が発電・送電の大部分を担っています。
B. 電力料金体系と最近の価格動向
電力料金は、各州の電力規制委員会(SERC)が決定し、州によって大きく異なります。料金体系は、消費量に応じた段階的なスラブ制が一般的で、農業用や貧困層向けの補助金が広く適用されています。最近では、電力法改正案(2025年)が議論されており、規制当局が自主的に料金を改定する権限の強化や、配電網の共有などが提案されています
C. 規制・政策の枠組み
中央レベルでは電力省と中央電力規制委員会(CERC)が、州レベルでは各州の電力省とSERCが規制を担っています
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
インド政府は、競争入札を通じて大規模な太陽光・風力発電プロジェクトを推進しています。これにより、世界で最も低いレベルの再生可能エネルギー価格が実現しています。例えば、CERCは太陽光プロジェクトに対して₹2.5/kWh(約$0.028/kWh)といった低い料金を承認しています
中国
A. エネルギーミックスと市場構造
中国は世界最大の電力消費国であり、発電国です。石炭が依然としてエネルギーミックスの根幹をなしていますが(2023年時点で消費の62%)
B. 電力料金体系と最近の価格動向
これまで、石炭火力発電のベンチマーク価格に基づいて、多くの電源の料金が政府によって設定されてきました。しかし、2025年6月1日から、すべての新規再生可能エネルギープロジェクトは、原則として電力市場に参加し、市場取引を通じて価格が決定されることになります
C. 規制・政策の枠組み
国家発展改革委員会(NDRC)と国家エネルギー局(NEA)が、エネルギー政策と価格設定の最高決定機関です
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
前述の通り、FIT制度から市場ベースの価格決定メカニズムへと移行しています。この新制度は、英国などで採用されている差額決済契約(CfD)に似た要素を持つ「価格決済メカニズム」を導入し、市場価格の変動から事業者の収益を安定させることを目指しています
韓国
A. エネルギーミックスと市場構造
韓国の電源構成は、石炭、LNG、原子力が三本柱となっています。再生可能エネルギーの割合は、近隣の日本や中国と比較しても低い水準です。電力市場は、国営の韓国電力公社(KEPCO)が送配電と小売を独占し、その傘下にある6つの発電子会社(GENCOs)が発電の大部分を担うという、垂直統合的な構造が色濃く残っています
B. 電力料金体系と最近の価格動向
電力料金は、産業貿易資源部(MOTIE)の緊密な政治的監督の下で決定されます
C. 規制・政策の枠組み
MOTIEがエネルギー政策の策定と電力料金の承認を担当しています
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
韓国は、再生可能エネルギー供給義務化制度(RPS)を導入しており、大手発電事業者に総発電量の一定割合を再生可能エネルギーで供給することを義務付けています。また、2015年にアジアで初めて全国規模の排出量取引制度(K-ETS)を導入しました。
インドネシア
A. エネルギーミックスと市場構造
インドネシアの電力部門は石炭に大きく依存しており、2022年には発電量の62%以上を占めました
B. 電力料金体系と最近の価格動向
電力料金は、エネルギー鉱物資源省(ESDM)によって規制され、補助金対象の顧客と非補助金対象の顧客に大別されます
C. 規制・政策の枠組み
ESDMがエネルギー政策全般と料金設定を管轄しています。PLNが電力供給のほぼ全てを担っています。
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
インドネシアは2060年までのネットゼロエミッションを目標に掲げ、豊富な地熱資源の開発に力を入れています
サウジアラビア
A. エネルギーミックスと市場構造
サウジアラビアの電力は、ほぼ完全に石油と天然ガスによって賄われています。しかし、「ビジョン2030」の下で、経済の多角化とエネルギーミックスの転換を目指し、大規模な太陽光発電と風力発電の導入計画を進めています。
B. 電力料金体系と最近の価格動向
料金は、水・電力規制庁(WERA)によって規制されています
C. 規制・政策の枠組み
WERAが電力セクターの規制機関として、料金設定、ライセンス発行、消費者保護などを担っています
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
政府は、国家再生可能エネルギープログラム(NREP)を通じて、競争入札による大規模な再生可能エネルギープロジェクトを推進しています。これにより、世界で最も低いレベルの太陽光発電価格が記録されています。
ガーナ
A. エネルギーミックスと市場構造
ガーナの電力供給は、水力発電と火力発電(主に天然ガスと軽油)の組み合わせに依存しています。再生可能エネルギーの割合はまだ低いですが、政府はエネルギー転換計画を通じてその拡大を目指しています
B. 電力料金体系と最近の価格動向
電力料金は、公益事業規制委員会(PURC)によって設定されます
C. 規制・政策の枠組み
PURCが電力・水道セクターの独立規制機関として、料金設定やサービス品質の監視を行っています
D. 再生可能エネルギーと脱炭素化のインセンティブ
ガーナは2070年までのカーボンニュートラルを目標とする5,500億ドルのエネルギー転換計画を策定しました
第III部:国際比較分析:グローバルデータの統合
3.1 電気料金請求書の内訳
表1:家庭用電気料金の構成要素比較(2025年、総額に占める割合)
| 国名 | 発電・卸売コスト | 系統コスト | 環境・政策賦課金 | 税金 |
| ドイツ | ~40% | ~28% | \multicolumn{2}{c | }{~32% (合計)} |
| イギリス | ~41% | ~23% | ~12% | ~5% (VAT) |
| フランス | ~40% | ~29% | \multicolumn{2}{c | }{~31% (合計)} |
| オーストラリア (DMO) | (主要構成要素) | (主要構成要素) | ~3-4% | (含まれる) |
| EU平均 | (主要構成要素) | (主要構成要素) | \multicolumn{2}{c | }{27.6% (合計)} |
出典:
この比較から、特に欧州諸国において、最終的な消費者価格に占める政策コストと税金の割合がいかに大きいかが明らかになります。ドイツでは料金の約3分の1が、フランスでも同様に約3分の1が、政府による賦課金や税金です。英国では政策コストの割合は低いですが、それでも12%を占めます。これは、エネルギー転換の費用を誰がどのように負担するかという、各国の政策思想の違いを直接的に反映しています。オーストラリアや米国のような市場では、これらの直接的な賦課金は比較的小さい傾向にあります。この分析は、日本の再エネ賦課金の負担を国際的な文脈で評価する上で重要な基準となります。
3.2 支援メカニズムの有効性
表2:主要な再生可能エネルギー支援メカニズムと最近の入札価格(2025年)
| 国名 | 主要な支援策 | 技術 | 最近の落札価格 (USD/kWh) |
| ドイツ | 競争入札 | 陸上風力 | ~$0.070 – $0.075 |
| ドイツ | 競争入札 | 太陽光 (地上設置) | ~$0.052 |
| スペイン | 競争入札 | 太陽光/風力 | (競争力のある低価格) |
| イギリス | 差額決済契約 (CfD) 入札 | 洋上風力など | (競争力のある低価格) |
| 日本 | FIT/FIP制度 | 太陽光 (10-50kW) | ~$0.067 (10円) |
| インド | 競争入札 | 太陽光 | ~$0.028 |
| 中国 | 市場メカニズム (2025年6月〜) | 太陽光/風力 | 市場価格に連動 |
出典:
世界的な潮流は、固定価格での支援(FIT)から、競争を通じて価格を発見するメカニズム(入札)、そして成熟市場においては完全な市場統合へと明確に進化しています。この進化は、支援メカニズムにライフサイクルがあることを示唆しています。初期段階では、FITがリスクを保証し、黎明期の産業を立ち上げます。成長段階では、技術が成熟しコストが低下するにつれて、政府は競争入札を導入し、真の、より低い発電コストを発見して補助金の負担を軽減します。成熟段階では、再生可能エネルギーがコスト競争力を持つか、新規発電の主要な供給源となると、それらは市場に統合され、直接競争します。支援は、断続性を管理したり、収益の安定性を提供したりする方向へとシフトします。日本のFIT/FIP併用制度の継続は、このグローバルな潮流から見ると、やや遅れている可能性があります。世界の経験は、コスト管理と効率的な市場統合のためには、競争的メカニズムへのより迅速で決定的な移行が不可欠であることを示唆しています。
3.3 カーボンプライシングの影響
表3:カーボンプライシングの状況(2025年10月)
| 地域/国 | 制度 | 炭素価格 (USD/tCO2e) |
| EU | EU ETS | ~$100 – $120 (推定) |
| イギリス | UK ETS | ~$50 – $60 |
| ドイツ | 国内ETS (運輸・熱) | ~$48 (€45) |
| フランス | 炭素税 | ~$48 (€44.60) |
| 韓国 | K-ETS | ~$10 – $15 |
| 中国 | 全国ETS | ~$15 – $20 |
出典:
世界の炭素価格には大きな隔たりがあります。欧州経済は、化石燃料の段階的廃止を推進する主要な手段として高い炭素価格を利用しており、これが卸売電力コストに直接影響を与えています。対照的に、中国や韓国などのアジア経済はより慎重にこれを導入しており、米国、インド、オーストラリアでは全国的な価格付けが存在しません。この違いは、地域間の競争条件の歪みと、異なる投資シグナルを生み出しています。
第IV部:日本のエネルギーの岐路:根源的課題の特定
4.1 日本の立ち位置のベンチマーキング
日本の電力価格と料金構成を、第III部で確立した国際的なベンチマークと直接比較すると、いくつかの特徴が浮かび上がります。特に注目すべきは、2025年度に3.98円/kWhに達する再エネ賦課金の規模です
4.2 日本の根源的課題の診断
課題1:移行コストの社会化モデル
日本の脱炭素化資金調達モデルは、ドイツのモデルと比較して政治的な持続可能性が低い可能性があります。ドイツが再生可能エネルギー支援コストを電気料金請求書から切り離し、一般予算に組み込んだのに対し、日本は依然として消費者の請求書に直接的、可視的、かつ増加傾向にある賦課金として課すことを主要なメカニズムとしています
課題2:市場構造と非効率なコストシグナル
日本の電力市場は自由化されたものの、依然として重要なレガシー構造を保持しています。卸売価格は輸入LNG価格に大きく左右され続けており
課題3:政策の曖昧さと投資リスク
中国が新たな価格決定パラダイムへ決定的に移行し、欧州がEU ETSとグリーンディールという長期的な確実性を備えているのに対し、日本の政策はより漸進的に見えることがあります。FITとFIPの併用制度や、入札の拡大ペースの遅さは、明確で長期的な収益の見通しを必要とする大規模投資家にとって不確実性を生む可能性があります。日本のエネルギー政策は、定期的に政治的に敏感な見直しが行われる「エネルギー基本計画」に導かれています
4.3 戦略的な前進への道筋
提言1:コスト負担メカニズムの改革
ドイツのモデルに倣い、再エネ賦課金を電気料金から切り離し、炭素価格付けによる歳入などを財源として一般会計に段階的に移行することを提案します。これにより、エネルギー転換のコストをより公平に分散させ、消費者の直接的な負担感を軽減します。
提言2:市場設計の進化の加速
すべての新規大規模再生可能エネルギーに対して競争入札を迅速に拡大し、発電コストを削減することを提言します。同時に、蓄電池やデマンドサイドレスポンスを奨励するために、容量市場や希少性価格設定など、柔軟性に対する明確な価値を生み出す卸売市場の改革を推奨します。
提言3:長期的政策の確実性の確立
EUの気候法と同様に、再生可能エネルギーと脱炭素化の目標を、短期的な政治サイクルを超越した拘束力のある法律に盛り込むことを推奨します。これにより、投資家に対して数十年にわたる確実性を提供し、エネルギー転換に必要な大規模な民間資本を呼び込むことが可能になります。



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