フュージョンエネルギー・イノベーション戦略2025 科学的・産業的パラダイムシフトと脱炭素社会実装への影響分析レポート

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

フュージョンエネルギー・イノベーション戦略2025 科学的・産業的パラダイムシフトと脱炭素社会実装への影響分析レポート

1. エグゼクティブサマリー:国家百年の計としてのエネルギー転換

令和7年(2025年)6月4日、統合イノベーション戦略推進会議において改定された「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」は、日本の科学技術政策およびエネルギー安全保障政策における歴史的転換点を示すものである。本戦略の核心は、長年「夢のエネルギー」と形容され、2050年以降の実用化が想定されていたフュージョンエネルギー(核融合エネルギー)のタイムラインを劇的に短縮し、「2030年代の発電実証」という野心的な国家目標を掲げた点にある1

この戦略的ピボットの背景には、気候変動対策としての脱炭素電源への渇望と、ロシアによるウクライナ侵略以降の激変する地政学的リスク、そして米国・英国・中国を中心とした猛烈な開発競争がある。日本政府は、エネルギー自給率15.2%という構造的脆弱性を克服し、エネルギーの覇権が「資源保有国」から「技術保有国」へ移行する新時代の勝者となるべく、科学研究の枠を超えた「産業化」へとかじを切った1

本報告書は、改定された国家戦略の全容を、科学的・技術的・産業的観点から高解像度で解析するものである。さらに、エネルギー関連事業者、再エネ事業者、インフラ産業に対し、この巨大なディープテック市場がもたらす事業機会とリスクを、ファクトベースかつインサイトフルに提示する。分析の結果、フュージョンエネルギー産業は単なる発電プラント建設にとどまらず、AI、量子技術、超電導、熱マネジメント、宇宙工学を包含する複合産業エコシステムを形成し、既存の脱炭素ビジネスプレイヤーにとって無視できない「巨大な隣接市場」となることが明らかとなった。


2. 戦略改定の背景と構造的解析:危機と好機

2.1. エネルギー安全保障と地政学的リスクの再定義

日本のエネルギー政策において、安全性(Safety)、エネルギー安全保障(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)の「S+3E」は長らく基本原則とされてきた。しかし、2025年の戦略改定においては、特に「エネルギー安全保障」の定義が質的に変化していることが読み取れる。

2.1.1. 資源の偏在性から技術の優位性へ

従来、エネルギー安全保障とは化石燃料の安定調達を意味していた。しかし、原油・ガス市場の高騰と供給不安は、資源を持たざる国である日本の脆弱性を露呈させた。フュージョンエネルギーは、燃料となる重水素やリチウムが海水中に無尽蔵に存在し、地域的な偏在がない。本戦略文書において、「エネルギーの覇権が資源を保有する者から技術を保有する者へと移る」と明記されたことは極めて重い意味を持つ1。これは、技術開発そのものが防衛力と同等の国家安全保障上の資産であることを宣言するものであり、フュージョン技術の獲得競争が、事実上の「技術冷戦」の様相を呈していることを示唆している。

2.1.2. 15.2%の衝撃と脱炭素のジレンマ

日本のエネルギー自給率15.2%(2022年度)は、カナダ(188.6%)米国(106.7%)と比較して絶望的に低い水準にある1。再生可能エネルギー(太陽光・風力)の導入拡大は進んでいるものの、国土の制約や系統安定化の課題から、ベースロード電源としての完全代替には至っていない。フュージョンエネルギーは、CO2を排出せず、かつ天候に左右されない安定電源として、エネルギー自立とカーボンニュートラル(2050年)を同時達成する唯一の解と位置づけられている。

2.2. 「2030年代発電実証」へのバックキャスト思考

本戦略改定の最大のサプライズは、発電実証の目標時期の前倒しである。

項目 従来の想定(ロードマップ) 2025年改定戦略
発電実証時期 2050年頃 2030年代(世界に先駆けて)
開発アプローチ ITER → 原型炉(DEMO)への直列型 ITER/BA活動 + 新興技術/スタートアップ連携の並列型
主たるプレイヤー 国立研究開発法人(QST/NIFS) 産学官連携(J-Fusion) + 民間スタートアップ
規制の枠組み 未定(原子炉等規制法準拠を想定) 安全確保の基本的考え方に基づくアジャイル規制(RI法)

1

この変更の駆動力となったのは、「バックキャスト(逆算)」思考である。従来の研究開発の積み上げ(フォアキャスト)では、他国の猛烈なスピード感に追いつけず、日本が技術的優位性を持ちながら市場を奪われる「技術で勝って事業で負ける」リスクが顕在化したためである。特に、米国のスタートアップ企業が2030年代初頭の商用化を掲げ、巨額の民間資金(数十億ドル規模)を調達している現状に対し、日本政府は強い危機感を抱いている1

2.3. フュージョンエネルギーの再ブランディング

本戦略では、「核融合(Nuclear Fusion)」という用語に加え、「フュージョンエネルギー(Fusion Energy)」という呼称を積極的に採用している。これは単なる言い換えではない。英国や米国において、エネルギー分野では”Nuclear”を外し”Fusion”と呼称するのが一般的になっているトレンドを踏まえたものであり、原子核分裂(Fission)との原理的相違(連鎖反応がない、高レベル廃棄物がない)を明確化し、社会的受容性(Social License)を獲得するための戦略的リブランディングである1


3. グローバルランドスケープ:激化する国家間・企業間競争

フュージョンエネルギー開発は、もはや科学実験の競争ではなく、産業覇権をかけた国家間の競争となっている。本戦略改定は、以下の主要国の動向に対する直接的なカウンターアクションとしての側面を持つ。

3.1. 米国:民間主導の「Bold Decadal Vision」

米国は2022年に「Bold Decadal Vision for Commercial Fusion Energy(商用フュージョンエネルギーに向けた大胆な10年ビジョン)」を発表し、2024年にはその改定戦略を打ち出した1

  • 特徴: 政府(DOE)によるマイルストーンベースの資金提供と、民間スタートアップの活力活用。

  • 象徴的事例: 2022年12月、ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)がレーザー核融合で「イグニッション(入力エネルギー以上の出力を得る)」を史上初めて達成1

  • 民間動向: Commonwealth Fusion Systems社がバージニア州で商用炉建設を発表するなど、社会実装への動きが最も早い1

3.2. 英国:産業立地政策としての「STEP」

英国は、2040年までに原型炉「STEP」を建設する計画を進めており、特筆すべきはその「産業政策」としての側面である。

  • 特徴: 石炭火力発電所の跡地(ノッティンガムシャー州)を建設地に選定し、インフラ再利用と地域雇用創出をセットにしている1

  • 投資: 2025年1月には4億1000万ポンドの追加投資を発表し、産業育成を加速させている1

3.3. 中国:国家資本による全方位展開

中国は、CRAFT(核融合工学実験炉用試験施設)BEST(トリチウム増殖実験炉)などの巨大施設を矢継ぎ早に建設している。

  • 特徴: 圧倒的な国家予算と人的リソースの投入。

  • 技術的成果: 2025年1月、トカマク装置「EAST」において1,066秒のプラズマ維持を記録し、長時間運転技術で世界をリードしつつある1

  • 脅威: 日本の戦略文書において「研究開発競争の脅威となりうる」と明記されるほど、サプライチェーンの掌握を狙っている1

3.4. 日本の立ち位置と「勝ち筋」

日本は、ITER(国際熱核融合実験炉)計画において欧州に次ぐ貢献を果たしており、世界最大のトカマク装置「JT-60SA」(茨城県那珂市)を欧州と共同で建設・運用している1。また、ヘリカル型装置(LHD)やレーザー核融合(大阪大学)においても世界最高水準の知見を有する。

日本の課題は、これらの「技術」を「ビジネス」に転換するスピードとエコシステムの欠如であった。今回の戦略は、このミッシングリンクを埋めるための処方箋である。


4. 科学的・技術的詳細解析:ポートフォリオ戦略の全貌

フュージョンエネルギーを実現するためには、1億度を超える超高温プラズマを生成・維持し、原子核同士を衝突させる必要がある。本戦略では、従来の本命であるトカマク型に加え、多様な方式への支援を明記した「ポートフォリオ戦略」を採用している。

4.1. トカマク型(Tokamak):王道にして最大の賭け

  • 原理: ドーナツ型の真空容器内に強力な磁場を形成し、プラズマを閉じ込める方式。プラズマ中に電流を流す必要がある。

  • 日本の強み: 量子科学技術研究開発機構(QST)のJT-60SAが2023年10月に初プラズマを生成1。これはITERのサテライトトカマクとして、ITERの運転シナリオを先取りして検証する極めて重要な役割を担う。

  • 戦略的意義: 最も技術成熟度が高いが、プラズマ電流の突然の消滅(ディスラプション)のリスク管理が最大の技術課題である。

4.2. ヘリカル型(Helical):日本独自の安定解

  • 原理: 外部の複雑なねじれコイルによって磁場を形成する。プラズマ電流が不要なため、原理的に定常運転が容易であり、ディスラプションのリスクが極めて低い

  • 日本の強み: 核融合科学研究所(NIFS)の大型ヘリカル装置(LHD)は、世界最高水準の運転実績を持つ。

  • 戦略的意義: トカマク型が躓いた場合のリスクヘッジとして、また、将来的なメンテナンスフリーの商用炉としてのポテンシャルが高い。本戦略においても、多様な方式への挑戦として明示的に支援対象となっている1

4.3. レーザー核融合(Inertial Confinement):ゲームチェンジャー

  • 原理: 燃料ペレットに多方向から強力なレーザーを照射し、爆縮(インプロージョン)させて核融合を起こす。

  • 日本の強み: 大阪大学レーザー科学研究所(ILE)などが、「高速点火方式」などの独自技術で世界をリード。

  • 戦略的意義: 米国NIFの成功により一気に注目度が高まった。磁場閉じ込め方式とは全く異なるサプライチェーン(光学素子、高出力レーザー)を形成するため、産業の裾野拡大に寄与する。ムーンショット型研究開発制度(目標10)の主要テーマとして位置づけられている1

4.4. 共通基盤技術(Core Technologies):日本の聖域

炉型に関わらず必要となる共通技術において、日本は世界シェアを握るポテンシャルがある。戦略ではこれらを「コア技術」と定義し、ITER/BA活動を通じて獲得・深化させる方針である1

コア技術領域 具体的内容と日本の優位性 事業機会
超電導コイル

ニオブスズ、ニオブチタン等の線材および大型マグネット製造技術。古河電工などが英国Tokamak Energy社と供給契約を締結1

医療用MRI、リニア、風力発電への転用
高出力加熱装置 ジャイロトロン(高周波加熱)、中性粒子入射装置(NBI)。 産業用加熱プロセス、新素材製造
ダイバータ 数千度の熱負荷に耐える排熱機器。タングステン等の耐熱材料加工技術。 宇宙ロケットノズル、極限環境プラント
ブランケット 中性子を受け止め熱に変換し、燃料(トリチウム)を増殖させる機能部品。 高温ガス炉、化学プラントの熱交換器

5. 産業化戦略(フュージョンインダストリー育成):J-Fusionとエコシステム

本戦略の白眉は、フュージョンを「科学」から「産業」へ移行させるための具体的な道筋として、「フュージョンインダストリーの育成戦略」を提示したことである。

5.1. 「魔の川」と「死の谷」の克服:需給ギャップ問題

現在、ITER建設に伴う機器製作のピークが過ぎ、次期装置(原型炉DEMO)の建設が本格化するまでには10年単位のタイムラグがある。この「需給の空白期間」に国内メーカーが撤退すれば、サプライチェーンは崩壊する。

この危機に対し、戦略は「見える化」「繋がる」「育てる」の3段階アプローチを提示した1。

  1. 見える化(Visibility): 技術マップ・産業マップを作成し、どの技術がいつ必要になるか(Technology Readiness Level: TRL)を可視化することで、企業の投資予見性を高める。

  2. 繋がる(Connectivity): 2024年3月に設立された「一般社団法人フュージョンエネルギー産業協議会(J-Fusion)」をハブとし、国内企業と海外のフュージョンスタートアップをマッチングさせる。国内需要の空白を、活況な海外需要(米国・英国)で埋める輸出産業化戦略である1J-Fusionの会員数は設立時の21社から92社(2025年4月)へと急増しており、産業界の期待の高さが伺える1

  3. 育てる(Nurturing): SBIR(Small Business Innovation Research)制度を活用し、スタートアップへの資金供給を強化する。

5.2. スタートアップ主導のイノベーション

京都フュージョニアリング(ジャイロトロン、ブランケット)、Helical Fusion(ヘリカル炉)、EX-Fusion(レーザー炉)といった国内スタートアップは、既にグローバル市場で戦っている。戦略はこれら企業を「産業の牽引役」と位置づけ、国立研究所(QST/NIFS)の施設を開放し、民間企業が実証試験を行える環境(イノベーション拠点化)を整備することを決定した1

5.3. 経済安全保障とサプライチェーン

フュージョン装置は、重要鉱物(リチウム、ベリリウム、タングステン)や高度な加工技術の塊である。戦略では、日本の技術が海外に流出するばかりで国内産業が空洞化する(草刈り場になる)リスクを警戒し、重要な技術領域(チョークポイント)を特定して守りつつ、国際標準化戦略を通じて日本規格をデファクトスタンダードにする攻めの姿勢を示している1


6. 規制・安全確保と社会実装:アジャイル・ガバナンス

技術があっても、規制が壁となって建設できなければ画餅に帰す。本戦略における最大の制度的イノベーションは、安全規制の枠組み転換である。

6.1. RI法 vs 原子炉等規制法

原子力発電所(核分裂)は、燃料デブリや高レベル放射性廃棄物を生成し、連鎖反応による暴走のリスクがあるため、「原子炉等規制法」による極めて厳格な規制を受ける。

一方、フュージョンエネルギーは、燃料供給を止めれば反応が止まるため暴走せず、高レベル廃棄物も出ない。

この科学的特性に基づき、本戦略は当面の間、フュージョン装置を「放射性同位元素等の規制に関する法律(RI法)」の対象として位置づける方針を固めた1。

6.2. アジャイル規制とグレード別アプローチ

これは、規制が存在しないということではなく、「科学的に合理的で、リスクの大きさに応じた規制(Graded Approach)」を適用することを意味する1技術の進展に応じて規制を柔軟に見直す「アジャイルな規制」を採用することで、安全性を確保しつつ、開発スピードを阻害しない環境を整える。これは、建設コストと期間を大幅に圧縮する要因となり、民間投資を呼び込むための最大のインセンティブとなる。

6.3. 国際協調と社会的受容性

規制の枠組みが国ごとに異なると、グローバルなサプライチェーン構築の障害となる。日本は「Agile Nations」の枠組みなどを通じ、G7やIAEAと連携して規制の国際調和を主導する1。

また、過去の原子力発電所の事故の記憶を持つ日本社会において、フュージョンエネルギーの受容性を高めることは不可欠である。NIFSを中核としたアウトリーチ活動(リスクコミュニケーション)の強化が戦略に盛り込まれている1。


7. エネルギー関連事業者への独自の洞察と事業機会

ここからは、提供された資料の徹底的な解析に基づき、再エネ、蓄電池、インフラ事業者にとっての具体的な事業機会とリスクを提示する。フュージョンエネルギーは「2030年代」という射程に入ったことで、もはや他人事ではなく、自社の事業計画に織り込むべき変数となった。

7.1. 再生可能エネルギー事業者:競合ではなく「最強の補完関係」

7.1.1. ベースロード電源としての価値

太陽光や風力は変動電源であり、蓄電池による調整にはコストと資源の限界がある。フュージョンエネルギーは、火力発電に代わる脱炭素ベースロード電源として機能する。再エネ事業者は、フュージョンを敵対視するのではなく、自社の再エネ電源とフュージョンを組み合わせた「ハイブリッド・ゼロエミッション電力供給契約」を大口需要家(データセンター等)に提案する未来が来る。

7.1.2. 建設・起動時の電力需要(PPA機会)

フュージョン発電所は、稼働すれば巨大なエネルギーを生み出すが、その建設段階や、プラズマ着火(初期起動)の瞬間には、外部から大電力を供給する必要がある。この電力源として、近隣の再生可能エネルギー施設からの電力購入契約(PPA)が有力な選択肢となる。特に、カーボンニュートラルなフュージョン燃料(グリーン水素など)の製造プロセスにおいて、余剰再エネ電力の活用が期待される。

7.2. 蓄電池・パワーエレクトロニクス事業者:隠れた巨大市場

7.2.1. パルスパワー対応蓄電システム

フュージョン装置の運転(プラズマ加熱や磁場制御)には、数秒から数分間隔で数百メガワット級の電力を出し入れする「パルス運転」が求められる。系統電力網に直接この負荷をかけると周波数が乱れるため、フュージョンサイト内には巨大な「バッファ(緩衝装置)」としての蓄電システムが不可欠となる。

  • 事業機会: 高出力(ハイレート)型リチウムイオン電池、フライホイール、超電導電力貯蔵(SMES)、電気二重層キャパシタ(EDLC)など、瞬発力に優れた蓄電デバイスの特需が生まれる。

7.2.2. 次世代パワー半導体とインバータ

大電流・高電圧をミリ秒単位で精密制御するためのパワーコンディショナー(PCS)が必要となる。SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)を用いた次世代パワー半導体の最大級のユースケースとなりうる。

7.3. インフラ・プラントエンジニアリング事業者

7.3.1. 熱マネジメントと排熱利用

フュージョン炉は巨大な熱源である。発電だけでなく、その排熱を利用した水素製造、合成燃料(e-fuel)製造、地域熱供給などの「熱カスケード利用」システムの設計・施工は、プラントエンジニアリング企業の独壇場となる。

7.3.2. 極低温システム

超電導コイルを冷却するための巨大な極低温(液体ヘリウム、液体水素)システムが必要となる。LNGプラントなどで培った極低温技術を持つ企業には、新たな市場が開かれる。


8. 今後の戦略的アプローチと提言:2030年代を見据えて

8.1. タイムラインの再設定とシナリオプランニング

企業は、自社の長期戦略における「2030年代」のシナリオを再考すべきである。

  • 楽観シナリオ: 2030年代半ばに実証炉が稼働し、2040年代に商用炉が普及開始。電力市場価格の長期安定化、脱炭素コストの激減。

  • 慎重シナリオ: 技術的課題により実用化が2040年代後半にずれ込む再エネ+蓄電池+水素火力への依存が続く

8.2. 参入障壁を下げるための提携戦略

フュージョン産業は参入障壁が高い(技術的難易度、資金規模)。単独での参入ではなく、J-Fusion加盟企業とのコンソーシアム形成や、特定技術(例:真空ポンプ、計測センサー)に絞ったニッチトップ戦略が有効である。

8.3. 「実験室」から「社会」へ

フュージョンエネルギーの社会実装には、技術だけでなく、立地地域の理解、ファイナンススキーム、損害賠償制度などの社会インフラ整備が必要である。金融機関、保険会社、地方自治体コンサルタントなどは、これらのソフトインフラ構築に早期から関与することで、ルールメイカーとしての地位を確立できる。


9. 結論

2025年の「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」改定は、日本が資源小国の宿命を技術によって突破しようとする、世紀を超えた挑戦の狼煙である。

従来、「夢のエネルギー」として科学の聖域にあったフュージョンは、今や明確な納期(2030年代)と工程表を持つ「産業プロジェクト」へと変貌した。

本戦略が示す「産業化」「早期実証」「サプライチェーン構築」の方向性は不可逆であり、ここには数兆円規模の新規市場が胎動している。エネルギー事業者や脱炭素関連企業にとって、フュージョンエネルギーへの関与は、リスクヘッジではなく、未来の覇権を握るための必須の投資である。


1 フュージョンエネルギー・イノベーション戦略 (令和5年4月14日, 令和7年6月4日改定)

1 フュージョンエネルギー・イノベーション戦略 (概要) ※令和7年6月4日改定

1 フュージョンエネルギー・イノベーション戦略 ~令和7年6月4日 改定~ (参考資料)

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