目次
- 1 2026年度スタートのGX-ETSとカーボンプライシングは、電気料金・PPA・自家消費型太陽光の採算性をどう書き換えるのか?
- 2 序章:2026年、日本のエネルギー政策は「規制と市場」の融合へ
- 3 第1章 GX-ETSの制度概要と2026年度からの義務化範囲
- 4 第2章 化石燃料賦課金を含む「成長志向型カーボンプライシング」の全体像
- 5 第3章 卸電力価格・小売料金・オンサイトPPA・オフサイトPPAへの波及シナリオ
- 6 第4章 GX-ETS時代の「電気代インフレヘッジ」としての自家消費PV+蓄電池
- 7 第5章 エネがえるでCarbon priceをパラメータ化したシナリオ分析をどう実装するか(プロダクト構想)
- 8 結論
- 9 ファクトチェック・サマリー
- 10 出典リスト
2026年度スタートのGX-ETSとカーボンプライシングは、電気料金・PPA・自家消費型太陽光の採算性をどう書き換えるのか?
序章:2026年、日本のエネルギー政策は「規制と市場」の融合へ
2025年12月現在、日本の脱炭素戦略は極めて重大な転換点に差し掛かっている。これまで「自主性」や「努力目標」といった緩やかな枠組みで語られることの多かった企業の気候変動対策が、2026年度(令和8年度)を境に、明確な法的義務と経済的インセンティブを伴う「ハードロー(Hard Law)」の世界へと移行しようとしているからだ。
その中心にあるのが、GX(グリーントランスフォーメーション)リーグにおける排出量取引制度(GX-ETS)の第2フェーズ本格稼働と、それに続くカーボンプライシング(Carbon Pricing: CP)の社会実装である。
本レポートでは、GX-ETSの制度設計の詳細、2028年度導入予定の化石燃料賦課金を含む「成長志向型カーボンプライシング」の全貌、そしてそれらが電力市場(卸・小売・PPA)に与える不可逆的な構造変化について、徹底的な分析を行う。
さらに、これらの政策変動が企業の設備投資判断、特に自家消費型太陽光発電(PV)や蓄電池の経済合理性をどのように書き換えるのかを、定量的なシナリオと定性的なリスク分析の両面から解き明かす。
読者として想定するのは、企業のエネルギー調達担当役員、経営企画部門、そして再生可能エネルギーソリューションを提供するベンダーやEPC事業者である。2026年という「断層」を前に、単なるコスト削減を超えた「エネルギー・財務・環境」の統合戦略を構築するための、羅針盤となることを目指す。
第1章 GX-ETSの制度概要と2026年度からの義務化範囲
1.1 第2フェーズへの移行:自主参加から法的義務へ
2023年度から開始されたGX-ETSの第1フェーズは、あくまで「GXリーグ」への協賛企業による自主的な参加に基づく試行期間であった。しかし、2026年4月1日から開始される第2フェーズは、その性質を根本的に変える。2025年5月に改正・成立した「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)」に基づき、一定規模以上の排出事業者に対して制度への参加が「義務化」されるのである
義務化の対象:なぜ「10万トン」なのか
制度の対象となるのは、原油換算エネルギー使用量や温室効果ガス排出量が一定の閾値を超える事業者である。具体的には、直接排出量(Scope 1)が年間10万トン以上(過去3カ年度平均)の事業者が対象として指定される
この「10万トン」というラインは、日本の産業構造を色濃く反映している。対象となる企業数は約300社から400社程度に限定される見込みだが、その排出量の合計は日本国内の温室効果ガス総排出量の約60%をカバーすると推計されている
つまり、政府は全企業を網羅的に管理する莫大な行政コストを避け、排出の「太宗」を占める電力、鉄鋼、化学、セメント、製紙などの大規模事業者をピンポイントで規制することで、効率的に国全体の排出量をコントロールしようとしているのである(パレートの法則の適用)。
しかし、この「選択と集中」は、対象外企業が無関係であることを意味しない。対象となる大企業(プライム市場上場クラス)は、自社の排出削減義務(Scope 1, 2)を達成するために、サプライチェーン上流・下流(Scope 3)に対する脱炭素要請を劇的に強めることが確実だからだ。
したがって、直接の法的義務を負わない中堅・中小企業にとっても、GX-ETSは間接的ながら強力な市場圧力として機能することになる。
制度の法的拘束力:MRVとコンプライアンス
第2フェーズにおける最大の変更点は、「強制力」の有無である。第1フェーズでは目標未達に対するペナルティは存在しなかった(あるいは名目的なものだった)が、第2フェーズでは以下のプロセスが法的に義務付けられる
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排出量の算定(Measurement): 政府が定める厳格なガイドラインに基づき、排出量を算定する。
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第三者検証(Verification): 算定された排出量が正確であることを、認定された第三者検証機関によって証明を受ける。
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報告(Reporting): 検証済みの排出量を政府へ報告する。
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償却(Surrender): 自社の排出量に相当する「排出枠」を口座から引き落とし、償却する。
もし排出実績が割当排出枠を超過した場合、企業は不足分を調達しなければならない。これに従わない場合の金銭的ペナルティ(過料や特定事業者負担金の前倒し徴収など)の導入も検討されており、企業にとってGX-ETSへの対応は、コンプライアンス(法令遵守)上の最重要課題の一つとなる。
1.2 排出枠割当のメカニズム:ベンチマークとグランドファザリング
排出量取引制度において、企業の損益を左右するのは「無償割当(Free Allocation)」の量である。GX-ETSでは、公平性と効率性のバランスを取るため、主に2つの方式を併用するハイブリッドなアプローチを採用している
① ベンチマーク方式(Benchmark Approach):効率性へのインセンティブ
鉄鋼、発電、セメント、化学など、製品が均質で、かつエネルギー集約的な産業には「ベンチマーク方式」が適用される。これは、製品1単位あたりの排出量(排出原単位)の目標値(ベンチマーク)を設定し、それに生産量を乗じて排出枠を割り当てる方法である。
重要なのは、このベンチマーク係数が業界平均ではなく、「トップランナー水準(例えば業界上位10%の効率)」に設定される点である
② グランドファザリング方式(Grandfathering Approach):過去実績の尊重
ベンチマークの設定が困難な業種(製品が多様すぎる、プロセスが複雑など)には、過去の排出実績を基準とする「グランドファザリング方式」が適用される。
基準年度(ベースイヤー)については、多くの企業が削減努力を開始した「2013年度」を起点とする方向で調整が進んでいる
1.3 クレジット利用の「10%制限」:その衝撃と意味
2026年度からの制度詳細設計において、産業界に最も大きな衝撃を与えたのが、「超過削減枠以外のカーボンクレジット(J-クレジット等)の使用量を、排出枠償却義務量の10%以内に制限する」という方針である
従来の自主的取り組みや一部の制度では、削減目標の達成手段として外部クレジットの購入が無制限に認められるケースもあった。しかし、GX-ETSではこれを厳格に制限する。
なぜ10%なのか?
この制限には、政府の明確な意図がある。
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直接削減(Direct Reduction)の優先: 企業が安易にクレジット購入(金銭解決)に走ることを防ぎ、自社設備への投資(省エネ、燃料転換、再エネ導入)による物理的な排出削減を強制する。
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クレジットの質の確保: 海外のボランタリークレジットなど、質の低いクレジットが大量に流入し、制度全体の信頼性が損なわれることを防ぐ。
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国際標準への準拠: EU-ETS(フェーズ4以降は域外クレジット利用不可)やカリフォルニア州(利用制限あり)など、世界の主要な排出量取引制度との整合性を保つ
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企業へのインパクト
対象企業にとって、この「10%キャップ」は極めて重い意味を持つ。例えば、年間100万トンの排出がある企業が、10万トンの削減義務を負ったとする。もし自社での削減が進まなければ、その不足分を全量クレジットで埋めることは許されない。どんなにコストがかかっても、プロセスの脱炭素化を進めるか、あるいは高騰する正規の「超過削減枠」を他社から買い取るしか道はないのである。
これが、後述する自家消費型PPAへの投資意欲を爆発的に高める根本的な要因となる。
参考:産業用自家消費型太陽光・産業用蓄電池の経済効果・投資回収期間の試算ならエネがえるBiz
第2章 化石燃料賦課金を含む「成長志向型カーボンプライシング」の全体像
GX-ETSと並んで、日本の脱炭素政策の両輪をなすのが「成長志向型カーボンプライシング」構想である。これは、「規制・支援一体型」のアプローチとも呼ばれ、単に企業に炭素税を課すだけでなく、その収入を原資として企業の脱炭素投資を支援するというサイクル(還流)を構築することを目指している。
2.1 GX経済移行債:20兆円の先行投資と150兆円の呼び水
日本政府は、今後10年間で官民合わせて150兆円超のGX関連投資が必要であると試算している
この仕組みのユニークな点は、時間軸のズレ(Time Lag)を利用していることだ。
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現在~: 政府が国債(GX経済移行債)を発行し、企業への補助金や研究開発支援として20兆円を投入する。
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将来(2028年~): カーボンプライシング(化石燃料賦課金、特定事業者負担金)を導入し、その収入でGX経済移行債を償還する。
つまり、企業は将来支払うことになる炭素コストを、現在の設備投資資金として「前借り」できる構造になっている。
逆に言えば、今、脱炭素投資を行わない企業は、将来、他社が受け取った補助金の原資を「賦課金」という形で負担させられるだけの存在になりかねない。
2.2 化石燃料賦課金:2028年度からの「薄く広い」炭素税
2028年度(令和10年度)から導入が決定しているのが「化石燃料賦課金」である
制度の性質:実質的な上流炭素税
名称こそ「賦課金」であるが、その性質は「上流課税(Upstream Tax)」そのものである。輸入段階で課税されるため、コストは燃料価格に転嫁され、精製・流通・発電・小売の各段階を経て、最終的には全ての企業・国民が負担することになる。
負担水準のシミュレーション
政府の方針では、「当初は低い負担で導入し、徐々に引き上げる」とされている 12。その具体的な水準設定のロジックとして、「再エネ賦課金(FIT賦課金)の減少分を活用する」という考え方が示されている。
FIT制度による再エネ買取費用は2030年代に向けてピークアウトすると予測されており、その減少分を化石燃料賦課金で埋めることで、国民のエネルギー総負担額が増えないように調整される。
しかし、これは「負担が増えない」ことを保証するものではない。
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楽観シナリオ: FIT賦課金が順調に減少し、その範囲内で化石燃料賦課金が設定される(エネルギーコスト横ばい)。
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現実的シナリオ: 世界的な脱炭素潮流やGX投資の償還圧力により、FIT減少ペースを上回る速度で炭素価格を引き上げる必要が生じる(エネルギーコスト上昇)。
市場関係者の多くは後者を予測しており、2028年以降、化石燃料価格には恒久的な「炭素プレミアム」が上乗せされる構造となる。
2.3 発電事業者への有償オークション:2033年度の「特定事業者負担金」
さらに将来の2033年度からは、発電事業者(電力会社)に対して、排出枠の一部を有償で割り当てる「特定事業者負担金(有償オークション)」が導入される
2033年を待たずに始まる影響
「2033年からなら、まだ先の話だ」と考えるのは早計である。
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予見可能性による織り込み: 電力会社は長期的な電源開発計画や燃料調達契約を結ぶため、10年後のコスト上昇は現在の経営判断や料金メニュー設定に織り込まれ始める。
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GX-ETS第2フェーズ(2026年)の影響: 前述の通り、2026年から発電部門には厳しい「ベンチマーク」が適用される
。効率の悪い石炭火力発電所などは、2033年を待たずして2026年から実質的な排出枠購入コストが発生する可能性がある。6
これにより、発電コストの限界費用(Marginal Cost)が上昇し、メリットオーダー(発電コストの安い順に稼働する序列)に変化が生じる。具体的には、炭素排出の多い石炭火力の稼働順位が下がり、相対的に炭素コストの低いLNG火力や、炭素コストゼロの再エネの価値が相対的に向上する。
第3章 卸電力価格・小売料金・オンサイトPPA・オフサイトPPAへの波及シナリオ
GX-ETSとカーボンプライシングの導入は、電力市場の価格形成メカニズム(Price Formation Mechanism)を根本から変える。ここでは、具体的な各市場セグメントへの影響を分析する。
3.1 卸電力市場(JEPX)価格の構造変化
日本卸電力取引所(JEPX)のスポット価格は、基本的にその時間帯に稼働する最もコストの高い電源(限界電源)の燃料費によって決定される。現在は主にLNG火力が限界電源となることが多い。
カーボンプライシング(CP)が導入されると、限界費用は以下のように変化する。
試算:炭素価格がスポット価格に与えるインパクト
仮に炭素価格が 5,000円/t-CO2 となった場合の影響を試算する。
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LNG火力(排出係数:約0.4 t-CO2/MWh)の場合:
0.4 × 5,000 = 2,000 円/MWh = 2.0 円/kWh -
石炭火力(排出係数:約0.8 t-CO2/MWh)の場合:
0.8 × 5,000 = 4,000 円/MWh = 4.0 円/kWh
2026年以降、GX-ETSにより発電事業者が排出枠調達コストを意識し始めると、入札価格にこの「炭素オポチュニティコスト」を転嫁するようになる。結果として、JEPX価格のベースラインが数円/kWh単位で押し上げられる(ベースアップ効果)。
さらに、夕方の点灯帯など需給が逼迫し、効率の悪い老朽火力が稼働せざるを得ない時間帯には、さらに高い炭素コストが乗るため、価格スパイク(高騰)の頻度と深度が増すことになる 13。
3.2 小売電気料金への波及:新「調整額」の出現
需要家が支払う電気料金には、現在「燃料費調整額」が含まれているが、今後はこれに加えて「炭素コスト調整額」的な要素が組み込まれる(あるいは燃調費の算定式が変更される)可能性が高い。
新電力ネットの試算によれば、本格的な炭素税導入時には電気料金が約28%上昇するシナリオも示唆されている
2026年問題:予備率低下と価格ボラティリティ
2026年度は、特に東京電力管内で予備率の低下が懸念されている
3.3 PPA(電力購入契約)における「Change in Law」リスク
コーポレートPPA(Power Purchase Agreement)は、企業の再エネ調達手段として主流になりつつあるが、GX-ETSとCPの導入は、この契約構造に重大なリスク要因を投げかける。それが「Change in Law(法令変更)」条項の解釈と適用である
固定価格PPAの落とし穴
多くの企業は「PPA=20年間の固定価格」と考え、将来の価格変動リスクをヘッジしたつもりになっている。しかし、PPA契約書の細部(Terms & Conditions)には、以下のような条項が含まれていることが多い。
「法令の変更、新税の導入等により、発電事業者のコストが増加した場合、その増加分を売電単価に転嫁することができる。」
2028年に化石燃料賦課金が導入されたり、GX-ETSの義務化で発電事業者に新たな負担が生じた場合、この条項が発動される可能性がある。
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オフサイトPPAのリスク: オフサイトPPAは系統を利用するため、託送料金やインバランス費用に加え、炭素関連コストの転嫁リスクが高い。特に、発電事業者がバランシングのために火力電源をバックアップとして確保している場合、その炭素コストがPPA価格に跳ね返ってくる恐れがある。
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オンサイトPPAの優位性: 一方、オンサイトPPA(需要家の屋根や敷地内に設置)は、系統を介さず、かつ燃料を使用しないため、化石燃料賦課金やGX-ETSの直接的なコストアップ要因の影響を受けにくい。「制度的独立性」という観点から、オンサイトPPAの価値は2026年以降、相対的に急上昇する。
第4章 GX-ETS時代の「電気代インフレヘッジ」としての自家消費PV+蓄電池
これまで、企業の太陽光発電(PV)導入は「環境貢献(CSR)」や「RE100達成」という文脈で語られることが多かった。しかし、GX-ETSとCPがもたらす「電気代の構造的インフレ」を前に、その意味合いは「財務的ヘッジ(Financial Hedge)」へと完全に変質する。
4.1 財務戦略としての「ロングポジション」構築
金融市場の用語を借りれば、電力会社から電気を買い続けることは、将来の価格変動リスクに対して「ショートポジション(売り持ち=リスクに晒されている状態)」を取っているに等しい。
GX-ETS時代において、電気代は上昇する方向(アップサイドリスク)にバイアスがかかっているため、このショートポジションは経営にとって危険極まりない。
対して、自家消費型PVと蓄電池を導入することは、向こう20年間の電力コストを固定化し、炭素コストをゼロにする「ロングポジション(買い持ち)」を構築することを意味する。
4.2 ROI(投資対効果)方程式の書き換え:3つの価値
GX-ETS時代におけるPV投資のROIは、従来の単純な「電気代削減額」だけでは評価できない。以下の3つの価値を合算して評価すべきである。
① 電気料金削減価値(Energy Value)
系統電力単価(従量料金 + 再エネ賦課金 + 燃調費)の上昇分。2026年以降、JEPX価格の上昇やカーボンプライシング転嫁により、ベースの電気代は年率3%〜5%程度の上昇トレンドを描く可能性がある。PV導入により、この上昇コストを回避できる。
② 炭素コスト回避価値(Carbon Value)
これはGX-ETS義務化対象企業にとって特に重要である。
自社で再エネを消費すれば、Scope 1/2排出量が減少する。これにより、将来市場から購入しなければならない排出枠(例:5,000円/t-CO2〜10,000円/t-CO2)の購入費用を直接的に回避できる。
仮に年間1,000トンのCO2を削減できた場合、炭素価格が1万円になれば、年間1,000万円のキャッシュアウトを止めることができる。この「見えざる収益」を投資判断に組み込む必要がある。
③ ボラティリティ・ヘッジ価値(Volatility Value)
夕方の電力価格スパイクや、国際情勢による燃料費高騰などの「予期せぬ変動」から自社を守る保険的価値。蓄電池を活用し、価格が高い時間帯に放電(ピークカット・ピークシフト)することで、この価値を最大化できる
4.3 蓄電池の役割進化:アービトラージと容量価値
蓄電池はもはや「非常用電源」ではない。2026年以降の電力市場では、昼間(太陽光過剰で0.01円/kWh)と夕方(需給逼迫で80円/kWh)の価格差(スプレッド)が拡大する。蓄電池はこの価格差を利用した裁定取引(アービトラージ)を行うための「金融マシン」となる。
さらに、再エネの出力変動を吸収する調整力(容量価値)としてのニーズも高まり、将来的には需給調整市場や容量市場からの収益化も期待できる。
第5章 エネがえるでCarbon priceをパラメータ化したシナリオ分析をどう実装するか(プロダクト構想)
本章では、国際航業が提供する太陽光・蓄電池経済効果シミュレーター「エネがえる(Enegaeru)」を題材に、GX-ETS時代のニーズに応えるSaaSプロダクトの進化の方向性を、具体的な機能要件(Product Requirements)として提示する。
5.1 課題:従来の「静的モデル」の限界
現在の多くのシミュレーションツールは、電気料金の上昇率を「年率2%」などで固定的に設定している。しかし、これでは以下の事象を表現できない。
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政策イベントによる非連続なコスト上昇: 2028年の化石燃料賦課金導入や2033年の発電有償化といったタイミングでの「階段状(Step Function)」のコストアップ。
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炭素価格の感応度: 「炭素価格が5,000円になったら? 1万円になったら?」という感度分析(Sensitivity Analysis)。
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GX-ETS固有のコスト: 排出枠購入費用の回避メリット。
5.2 ソリューション:Carbon Risk Simulatorの実装
エネがえるの次期バージョンにおいて、以下の機能を実装することを構想する。
① ダイナミック・カーボン・パラメータ(Dynamic Carbon Parameter)
ユーザーがシミュレーション条件設定画面において、将来の炭素価格シナリオを選択・入力できる機能。
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プリセットシナリオ:
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「政府目標シナリオ(Modest)」: 2028年 2,000円 → 2030年 4,000円…
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「世界標準シナリオ(Aggressive)」: IEA NZEシナリオ等に準拠(2030年 15,000円超)。
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カスタム入力: ユーザーが独自の炭素価格予測値を年ごとに入力可能。
② 統合コスト回避額(Total Avoided Cost)の可視化
アウトプットのグラフにおいて、従来の「電気代削減額(棒グラフ)」の上に、「GX-ETS排出枠回避額(積み上げ棒グラフ)」を表示する。
計算ロジック:
※排出係数も再エネ普及に伴い年々低下するモデルを組み込むことで、精緻さを担保する。
③ “Change in Law” リスク判定機能
PPA提案モードにおいて、「賦課金パススルー率(Pass-through Rate: p)」を設定可能にする。
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p = 100%: 賦課金導入時、全額が電気代に上乗せされる(需要家負担)。
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p = 0%: 賦課金は事業者が負担(固定価格維持)。
この2つのシナリオを並列表示し、PPA契約における条項交渉の重要性を視覚的に訴求する。
④ 「クレジット10%キャップ」アラート
企業の現在の総排出量と削減計画を入力させ、2026年以降、クレジット利用可能枠(排出量の10%)を超えるリスクがある場合にアラートを出す機能。
「あと何kWのPVを追加すれば、10%ルールをクリアできるか」を逆算して提案する「GXコンプライアンス・レコメンド」機能を搭載する。
5.3 UXデザイン:CFO(最高財務責任者)を説得するインターフェース
これまでのエネがえるは「電気代が安くなります」というメッセージが中心だったが、GX版では「何もしないこと(Do Nothing)のリスクコスト」を強調するデザインへと転換する。
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ダッシュボード: 「累積キャッシュフロー差分」を表示。現状維持(バイ・ザ・グリッド)の場合の累積コストが、炭素インフレによって指数関数的に増大していく様子を赤色のエリアチャートで表示し、PV導入によるコスト固定化(青色ライン)との乖離(=導入メリット)を劇的に見せる。
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レポート: 「GX-ETS対応コスト」「インフレリスクヘッジ額」といった財務用語を用いたサマリーページを生成し、現場担当者がそのまま役員会議でCFOを説得できる資料を自動作成する。
結論
2026年度からのGX-ETS本格稼働と、それに続くカーボンプライシングの波は、日本のエネルギー市場における「ゲームのルール」を根本から変える。
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電気は「市場商品」から「炭素リスク資産」へ: 電気料金はもはや、燃料代だけで決まる単純なコストではない。国の政策意図と炭素価格市場に連動して変動する金融商品のような性質を帯びる。
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自家消費は「最強のヘッジ」: 系統からの独立性を高めるオンサイトPPAと蓄電池は、炭素税と燃料費高騰の両方に対する、唯一かつ完全なヘッジ手段である。その投資価値は、単なる電気代削減額を遥かに超える。
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データ武装の必要性: 過去の延長線上の予測は通用しない。「エネがえる」のような高度なシミュレーションツールを用い、炭素価格をパラメータに入れた動的なリスク分析を行わなければ、巨額の設備投資や20年間のPPA契約の是非を正しく判断することはできない。
2025年12月現在、残された準備期間は極めて短い。企業は「様子見」を決め込むのではなく、今すぐ自社の排出ポートフォリオと電力調達契約を見直し、2026年の「炭素インフレ」到来に備えて、物理的な再エネ資産(PV+蓄電池)という防波堤を築くべきである。
ファクトチェック・サマリー
本レポートの主要な主張と根拠となるファクトの整合性は以下の通りである。
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GX-ETS第2フェーズ義務化: 2026年度からの開始、10万トン以上の事業者対象、排出枠の法的義務化は、改正GX推進法および関連する政府・第三者機関(JQA, MS&AD等)の資料
と合致する。2 -
10%クレジット制限: 超過削減枠以外のクレジット利用制限については、複数の専門メディアおよびコンサルティングファームのレポート
で言及されており、制度設計の重要な論点であることは確実である。8 -
化石燃料賦課金・発電有償化: 2028年度の賦課金導入、2033年度の発電有償化は、内閣府および環境省の公式資料
に明記されたスケジュールである。11 -
電気料金への影響: 日本エネルギー経済研究所や新電力ネットによる試算
をベースに記述しており、定性的な方向性(上昇圧力)は経済理論(限界費用価格形成)とも整合する。15
出典リスト
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JQA. “GX-ETS(排出量取引制度)の義務化に向けた対応”. 日本品質保証機構.5 -
Uhuru. “GX-ETSとは?第2フェーズ義務化の詳細”.6 -
新電力ネット. “GX-ETS、2026年度から本格稼働”.3 -
Sustainable Japan. “GX-ETS Phase 2の義務化と対象範囲”.1 -
MS&AD Compass. “改正GX推進法とETS義務化、化石燃料賦課金”.2 -
エネマネ. “2025年度再エネ賦課金と推移”.21 -
資源エネルギー庁. “GX実現に向けた政策動向”.10 -
MS&AD Compass. “化石燃料賦課金と今後の展望”.2 -
内閣府 規制改革推進会議. “エネルギーに係る負担の総額とカーボンプライシング”.12 -
環境省. “GX経済移行債とカーボンプライシング導入スケジュール”.11 -
国際航業 エネがえる. “GX-ETSにおけるクレジット制限の影響分析”.8 -
新電力ネット. “カーボンプライシングと電力、炭素税が導入されると電気料金は約28%上昇する試算”.15 -
Uhuru. “GX-ETS第2フェーズにおける発電事業者の扱い”.6 -
Sustainability Directory. “How Does a Fixed-Price PPA Protect against Carbon Pricing Risk?”.16 -
Susstap. “GX-ETS第2フェーズ 発電部門ベンチマーク案”.7 -
エネがえる. “2026年度再エネ賦課金予測”.20 -
JEPX Solution. “2026年度東京電力EP料金改定と市場リスク”.13 -
Solar Mate. “PPA契約におけるChange in Law条項の事例”.17 -
Bywill. “GX-ETS 2026 カーボンクレジット10%上限の影響”.9 -
Note (Nature Positive). “GX-ETS解説と対象企業”.4 -
国際航業 エネがえる. “蓄電池シミュレーションの機能特徴”.18 -
国際航業 エネがえる. “オール電化・太陽光シミュレーションの詳細”.19 -
国際航業 エネがえる. “JEPX価格の10年予測とリスクシナリオ”.14



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