目次
- 0.1 蓄電池の歴史を学ぶ教科書ブログ(蓄電技術と蓄電効率)
- 0.2 【第0章】はじめに 〜なぜいま蓄電の歴史を学ぶべきか〜
- 0.3 0-1. 「蓄電」はエネルギー革命の隠れた主役である
- 0.4 0-2. この教科書が目指すもの
- 0.5 0-3. 読み進め方のガイドライン
- 0.6 【第1章】蓄電の起源――古代から19世紀の未完の夢たち
- 0.7 1-2. レイデン瓶:静電気を“ためる”最初のチャレンジ(1745年)
- 0.8 1-3. 都市を動かした空気:19世紀の圧縮空気ネットワーク
- 0.9 1-4. 鉛蓄電池の胎動(1859年)
- 0.10 【第1章まとめ】
- 0.11 第2章 水と空気で蓄える挑戦 ― 揚水と圧縮空気の夜明け
- 0.12 2-1. 揚水発電(Pumped Storage Hydropower:PSH)の誕生
- 0.13 2-2. 揚水発電の進化
- 0.14 2-3. 圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)の挑戦
- 0.15 2-4. 揚水とCAESの比較
- 0.16 【第2章まとめ】
- 0.17 第3章 電池の時代 ― 鉛蓄電池からリチウムイオンへの進化
- 0.18 3-1. 鉛蓄電池 ― 産業用蓄電の原点
- 0.19 3-2. ニカド電池(Ni-Cd)とニッケル水素電池(Ni-MH)
- 0.20 3-3. リチウムイオン電池革命(1991年〜)
- 0.21 3-4. リチウムイオンの課題と技術革新
- 0.22 【第3章まとめ】
- 0.23 第4章 多様化する蓄電世界 ― 21世紀のケミカル&メカニカル革命
- 0.24 4-1. ケミカル蓄電技術の新潮流
- 0.25 4-2. メカニカル蓄電技術の革新
- 0.26 【第4章まとめ】
- 0.27 第5章 ラウンドトリップ効率(RTE)の進化とブレイクスルー
- 0.28 5-1. RTEとは何か? ― 蓄電の本質指標
- 0.29 5-2. 歴史的なRTE進化タイムライン
- 0.30 5-3. 技術カテゴリ別RTE考察
- 0.31 5-4. 近年のRTEブレイクスルー技術
- 0.32 5-5. RTEを超えて:実効コスト(LCOS)との関係
- 1 【第5章まとめ】
- 1.1 第6章 蓄電が社会を変える ― 政策、経済、脱炭素イノベーション
- 1.2 6-1. なぜ「蓄電」が社会変革の核心になるのか?
- 1.3 6-2. 政策ドライバー ― 世界と日本の動き
- 1.4 6-3. 蓄電市場の経済規模と成長性
- 1.5 6-4. 蓄電と脱炭素イノベーションの連携
- 1.6 6-5. エネルギー自治権の時代へ
- 1.7 【第6章まとめ】
- 1.8 第7章 未来予測 ― 2030・2040年に向けた次世代蓄電シナリオ
- 1.9 7-1. 2030年、蓄電技術地図はこう変わる
- 1.10 7-2. 2040年、エネルギーシステムはこう変わる
- 1.11 7-3. 次世代注目技術トップ5
- 1.12 7-4. 世界と日本、それぞれのシナリオ分岐
- 1.13 【第7章まとめ】
- 1.14 付録A 主要蓄電技術比較表(RTE・コスト・寿命)
- 1.15 付録B 蓄電史年表(1900-2030)
- 1.16 付録C 用語集(初心者・専門家ダブル解説)
- 1.17 出典リンク集(本文内リンクまとめ)
蓄電池の歴史を学ぶ教科書ブログ(蓄電技術と蓄電効率)
【第0章】はじめに 〜なぜいま蓄電の歴史を学ぶべきか〜
0-1. 「蓄電」はエネルギー革命の隠れた主役である
世界のエネルギー地図が再エネ中心に塗り替わろうとしているいま、
実は発電量だけ増やしても未来は変わらない。
太陽は夜には輝かない。
風はいつも吹くわけではない。
需要は季節や時間で激しく変動する。
この**時間的不一致(Temporal Mismatch)**を解決する唯一の手段こそ、
「エネルギーを貯める」= 蓄電なのである。
にもかかわらず、
発電技術は称賛され、蓄電技術は影に隠れがちだった。
なぜなら、蓄電は「直接の見返り」がわかりにくいから。
なぜなら、蓄電は「無駄を減らす技術」であり、直接の生産物がないから。
しかし本当に未来を変えるのは、
裏方で時間を司る「蓄電」というアーキテクチャである。
0-2. この教科書が目指すもの
本書は単なる技術カタログではない。
「エネルギー×時間」を制御するために、
人類がどれだけ試行錯誤し、どれだけ挑戦してきたか。
そしてこれから、どこへ向かうのか。
これを、体系的かつ超実用的に解き明かす。
エネルギー業界のプロフェッショナルには、
世界標準の知識と未来戦略のヒントを。蓄電池購入を検討する個人には、
選び方・使い方の裏にある深い洞察を。政策立案者・経営者層には、
蓄電を軸にした持続可能な成長の設計図を。
本書は、
あなたが未来を切り拓くための羅針盤となるだろう。
0-3. 読み進め方のガイドライン
歴史の流れを物語のように追う
→ どこで何がブレイクスルーだったかが鮮明にわかる。現在地と未来をリンクさせる
→ 技術だけでなく、社会インパクトまで立体的に理解できる。随所に“実務的ポイント”を設置
→ 購入・設計・投資・政策決定に役立つ視点を織り交ぜる。
▶️ あなた自身が「蓄電の未来」の担い手になるために。
【第1章】蓄電の起源――古代から19世紀の未完の夢たち
1-2. レイデン瓶:静電気を“ためる”最初のチャレンジ(1745年)
18世紀中葉、オランダ・レイデン大学の研究者たちは、
ガラス瓶の内外に金属箔を貼り付け、内部に水や導電性液体を満たすことで、
静電気を蓄えるシステムを生み出した。これがレイデン瓶である。
構造
外部と内部に金属(通常は金属箔)
絶縁材(ガラス)
導体(中心棒)
放電すると、「パチッ!」という音とともに火花が飛び、強烈なショックを与える。
■ レイデン瓶の技術的意義
静電エネルギーを蓄えるコンデンサの原型となった。
蓄電=単なる現象ではなく、設計可能な工学対象であると人類に教えた。
瞬時放電型であり、持続的な電力供給は困難だった。 (=RTEという概念以前の世界)
▶️ 関連出典:Britannica: Leyden Jar
1-3. 都市を動かした空気:19世紀の圧縮空気ネットワーク
産業革命とともに、エネルギー輸送へのニーズが爆発した。
しかし、当時はまだ「電気」というメディアが未発達だった。
そこで登場したのが、
「空気をエネルギーキャリアとして使う」という発想である。
■ 圧縮空気による都市インフラの構築
パリ(1870年代)、バーミンガム、ブエノスアイレスなど。
中央コンプレッサーから高圧空気を都市中に配管。
家庭や工場に空気圧動力を供給。
ドリル、縫製機械、歯科機器、印刷機などで使用。
■ エネルギーシステムとしての限界
空気の断熱膨張による効率低下(膨張冷却問題)。
配管ロス(漏洩)によるエネルギー損失。
遠距離伝送に不向き。
しかしこれらの試みは、
「エネルギーを貯め、運び、制御する」という概念の拡張をもたらした。
そして後に続く圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)技術への布石となったのである。
▶️ 関連出典:Compressed Air Society History
1-4. 鉛蓄電池の胎動(1859年)
19世紀半ば、エネルギー史に革命的発明が現れる。
ガストン・プランテ(Gaston Planté)による鉛蓄電池(Lead-Acid Battery)だ。
■ 技術の核心
鉛(Pb)と鉛酸化物(PbO₂)を電極に使用。
希硫酸(H₂SO₄)を電解液とする。
充放電を可逆的に繰り返せる。
サイクル劣化に比較的強い。
当初のラウンドトリップ効率(RTE)は70-80%。
現代改良型では85%以上にも達する。
▶️ 関連出典:Electropaedia: Lead-Acid Batteries
【第1章まとめ】
時代 | 技術 | 特徴 | 効率 (RTE) |
---|---|---|---|
古代 | バグダッド電池(仮説) | 酸性液による電気発生? | 不明 |
18世紀 | レイデン瓶 | 静電気蓄積・コンデンサの原型 | 10%未満 |
19世紀初頭 | 都市空気配管 | 圧縮空気による都市エネルギー供給 | 不明(ロス大) |
1859年 | 鉛蓄電池 | 世界初の本格二次電池 | 70-80% |
第2章 水と空気で蓄える挑戦 ― 揚水と圧縮空気の夜明け
2-1. 揚水発電(Pumped Storage Hydropower:PSH)の誕生
■ 世界初の揚水発電所 ― 1907年スイス・エンゲヴァイア(Engeweiher)
20世紀初頭、スイスの電力事業者たちは画期的な発想を実現した。
「電気が余ったら水を高い場所にくみ上げ、電気が足りない時にその水を落として発電する」
これが、世界初の商用揚水発電所、エンゲヴァイアPSHだ(1907年稼働)。
技術構成:
上池と下池
ポンプ兼水車(初期型は単機能だった)
初期効率(RTE):
約60-65%
▶️ 関連出典:IEA Hydropower Technology Brief
このシステムは、「時間を越えて電力を保存する」という概念を実用化した最初の大規模技術である。
しかも、巨大な水質変化や材料劣化を伴わず、数十年にわたってサイクルを繰り返すことができた。
2-2. 揚水発電の進化
1930年代:可逆ポンプ水車(reversible pump-turbine)の登場
→ これにより、ポンプと水車を同じ機械で兼用でき、設備費が大幅削減された。1970年代:可変速機能(variable-speed technology)導入
→ これにより、負荷追従性(出力のきめ細かな制御能力)が飛躍的に向上。
→ 風力・太陽光といった変動電源に合わせた運用が可能に。現在(2020年代):最適サイトではRTE 80〜85%を達成
(例:日本・神奈川県の奥多摩湖周辺の大規模揚水発電所群)
▶️ 関連出典:IEA World Energy Outlook 2021 Hydropower Analysis
2-3. 圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)の挑戦
■ 世界初の実用化 ― 1978年ドイツ・ハントルフ(Huntorf CAES)
水を使う揚水が地形制約を受けるのに対して、
「空気を地下洞窟に貯めて使おう」というアイデアが1970年代に現実となった。
場所:ドイツ・ハントルフ
出力:290MW
技術概要:
余剰電力で空気を圧縮し、岩塩層の地下洞窟に貯蔵。
放電時にタービンで膨張させ、電力を回収。
初期ラウンドトリップ効率(RTE):
わずか42%。
▶️ 関連出典:Huntorf CAES Analysis (Energy Storage Association)
■ CAESの限界と進化への布石
ハントルフ型CAESには明確な限界があった。
圧縮時に発生する熱エネルギーがほとんど捨てられていた。
放電時には追加で天然ガス燃焼による再加熱が必要だった。
つまり、完全な「蓄電」システムとは言えなかったのである。
この課題に対して、
アディアバティックCAES(AA-CAES):圧縮時の熱を蓄えて放電時に再利用
アイソサーマルCAES(IT-CAES):低温でゆっくり圧縮することで熱損失を減らす
などの技術革新が進められ、
2020年代にはRTE 60-70%を超えるシステムが開発中である。
▶️ 関連出典:Sandia National Laboratories – CAES Advancements
2-4. 揚水とCAESの比較
項目 | 揚水発電 (PSH) | 圧縮空気 (CAES) |
---|---|---|
初期導入年 | 1907年 | 1978年 |
RTE(当初) | 約60-65% | 約42% |
現代のRTE | 75-85% | 60-70%(改良型) |
立地条件 | 高低差が必要 | 地下洞窟や空洞が必要 |
最大容量 | 数GWh規模可能 | 数百MWh〜数GWh規模可能 |
特徴 | 実績豊富・高信頼 | ガス燃料併用型も存在 |
【第2章まとめ】
揚水発電と圧縮空気蓄電は、
いずれも「電気を直接貯めずにエネルギーを貯める」という大胆な発想のもとに発展した。
そしてこの2つが、
21世紀に登場する多種多様な蓄電技術群の祖型となったのである。
第3章 電池の時代 ― 鉛蓄電池からリチウムイオンへの進化
3-1. 鉛蓄電池 ― 産業用蓄電の原点
1859年、ガストン・プランテによって発明された鉛蓄電池。
この技術は、20世紀を通してあらゆる場所で使われることになる。
化学反応式
放電時:Pb + PbO₂ + 2H₂SO₄ → 2PbSO₄ + 2H₂O
特徴
安価
高い耐久性
再充電可能
ラウンドトリップ効率(RTE)
70-80%
▶️ 関連出典:Battery University: Lead Acid Batteries
■ 自動車・産業用途への拡大
20世紀初頭、
エンジンスターターとして電動モーターを駆動するために鉛蓄電池が採用された。
さらに、鉄道信号用、無線局バックアップ、病院非常用電源などにも広く普及。
鉛蓄電池は、「人類初の本格的なエネルギー・タイムマシン」となった。
3-2. ニカド電池(Ni-Cd)とニッケル水素電池(Ni-MH)
20世紀中盤、
鉛蓄電池よりも軽く、耐寒性にも優れる電池が求められた。
その回答がニカド電池(Ni-Cd)(発明:ヴァルデマー・ユングナー、1899年)だった。
特徴
高放電能力
耐衝撃性
課題
カドミウムの毒性
RTE
約70%
▶️ 関連出典:Encyclopedia Britannica: Nickel-Cadmium Battery
さらに、1990年代には、カドミウムを使わないニッケル水素電池(Ni-MH)が普及。
トヨタ・プリウス初代(1997年)はNi-MHバッテリー搭載。
小型家電、ハイブリッド車に広く使われる。
3-3. リチウムイオン電池革命(1991年〜)
■ ソニーと旭化成の快挙
1991年、ソニーと旭化成が世界初の商用リチウムイオン電池(Li-ion)を発売。
これがすべてを変えた。
負極:グラファイト(炭素系)
正極:リチウムコバルト酸化物(LiCoO₂)
電解液:有機溶媒ベース
最大の特徴は圧倒的なエネルギー密度:
重量エネルギー密度
鉛蓄電池の約4倍
体積エネルギー密度
鉛蓄電池の約3倍
ラウンドトリップ効率(RTE)
90-95%
▶️ 関連出典:Sony Press Release: Lithium-ion Battery Commercialization
■ リチウムイオンの社会インパクト
携帯電話革命(Nokia、Motorolaなど)
ノートパソコン革命(IBM ThinkPad)
スマートフォン時代の土台形成
電気自動車(EV)への本格展開
リチウムイオン電池は、「持ち運びできるデジタル社会」を支えた隠れた心臓部だった。
3-4. リチウムイオンの課題と技術革新
しかしリチウムイオンにも課題はあった。
課題 | 解決への取り組み |
---|---|
発火・熱暴走リスク | セパレーター改良、BMS(バッテリーマネジメントシステム)導入 |
リチウム資源依存 | ナトリウムイオン電池(Na-ion)開発 |
サイクル劣化 | 固体電解質(Solid State Battery)研究 |
近年の革新例:
テスラ×パナソニックによる「4680セル」(高密度・高速充電)
CATL(寧徳時代)の「ナトリウムイオン電池」(2024年量産開始予定)▶️CATL sodium-ion
【第3章まとめ】
技術 | 初登場 | 特徴 | RTE |
---|---|---|---|
鉛蓄電池 | 1859年 | 安価・高耐久 | 70-80% |
ニカド電池 | 1899年 | 高放電性能・毒性あり | 70%前後 |
ニッケル水素 | 1990年代 | ハイブリッド車向け | 65-75% |
リチウムイオン | 1991年 | 高密度・高効率 | 90-95% |
第4章 多様化する蓄電世界 ― 21世紀のケミカル&メカニカル革命
4-1. ケミカル蓄電技術の新潮流
■ バナジウムレドックスフロー電池(VRFB)
1990年代後半から実用化が進んだ、フロー型蓄電システム。
原理:
バナジウムイオンの酸化還元反応を利用し、2つのタンク間で電解液を循環させる。特徴:
エネルギー容量はタンクサイズ次第
超長寿命(10,000サイクル以上)
RTE(ラウンドトリップ効率):
65-75%
▶️ 関連出典:US Department of Energy: Flow Batteries
用途拡大例:
大型再エネ発電所のバッファ
島嶼電力系統の安定化
■ 鉄空気電池(Iron-Air Battery)
Form Energy(米国)が2024年にウェストバージニア州で初期稼働を開始した長時間蓄電技術。
反応式:
Fe ↔ Fe(OH)₂
特徴:
数十時間(100h級)の放電能力
原料が豊富で安価
RTE:
60-70%
コストターゲット:
20ドル/kWh以下
▶️ 関連出典:Form Energy Iron-Air Batteries
これにより、「風が吹かない数日間」も再エネ主体で電力を供給する社会が視野に入った。
■ ナトリウムイオン電池(Na-ion)
世界最大の電池メーカーCATL(中国)が2024年から本格量産。
特徴:
リチウムの代替資源
寒冷地適応(-20°C以下でも放電可能)
低コスト(Li-ion比20-30%低い)
RTE:
80-85%
▶️ 関連出典:CATL Sodium-ion Press Release
注目点:
電動二輪車、電力網用蓄電でまず普及
中長期的には住宅用ESS(エネルギー貯蔵システム)市場にも本格参入予想
4-2. メカニカル蓄電技術の革新
■ 重力エネルギー貯蔵(Gravitational Storage)
Energy Vault(スイス/米国)が提案。
原理:
クレーンで巨大なコンクリートブロック(30トン)を積み上げて位置エネルギーを蓄積。特徴:
長寿命(30年以上)
使用資源が安価
RTE:
80%以上
▶️ 関連出典:Energy Vault Technology Overview
驚異の事例:
ブロック積み上げ時の再現性・効率最適化にAI制御を導入。
■ 液体空気エネルギー貯蔵(LAES)
Highview Power(英国)が推進。
原理: 空気を-196°Cに冷却して液化し、膨張エネルギーで発電。
特徴:
地形制約なし
モジュール設計で拡張性高い
RTE:
50-70%
▶️ 関連出典:Highview Power LAES Technology
活用分野:
大都市圏近郊の再エネ蓄電・系統安定化
■ 熱エネルギー蓄電(Heat Batteries)
◎ Rondo Energy(米国)
廃熱・再エネ電力で炭素ブロックを1000°C超に加熱。
必要時に高温熱として供給。
熱変換効率(Thermal RTE):
95-98%
▶️ 関連出典:Rondo Heat Batteries Overview
◎ Antora Energy(米国)
固体炭素ブロックを使い、熱を電気に再変換可能。
■ モルトンシリコン蓄熱(1414 Degrees, 豪州)
原理: シリコン(融点1414°C)を溶かして蓄熱。
特徴:
超高エネルギー密度
廃棄物利用型燃料にも応用可能
RTE:
75-85%(熱直接利用時)
▶️ 関連出典:1414 Degrees Technology
【第4章まとめ】
カテゴリ | 技術 | 公称RTE | 特徴 | 主な企業 |
---|---|---|---|---|
ケミカル | VRFB | 65-75% | 長寿命・大型向け | Sumitomo, Rongke |
ケミカル | Fe-Air | 60-70% | 低コスト・長時間放電 | Form Energy |
ケミカル | Na-ion | 80-85% | リチウム代替・低温耐性 | CATL |
メカニカル | 重力蓄電 | 80%以上 | 安価資材・超長寿命 | Energy Vault |
メカニカル | 液体空気蓄電 | 50-70% | 拡張性・都市近郊設置可 | Highview Power |
熱エネルギー | Heat Battery | 95-98% | 超高効率・プロセス熱供給 | Rondo, Antora |
熱エネルギー | Molten Si | 75-85% | 高エネルギー密度 | 1414 Degrees |
第5章 ラウンドトリップ効率(RTE)の進化とブレイクスルー
5-1. RTEとは何か? ― 蓄電の本質指標
RTE(Round-Trip Efficiency)とは、
「蓄えたエネルギーに対して、実際に回収できたエネルギーの割合」を示す指標である。
数式で表すと:
例:
100 kWh蓄えて、80 kWh取り出せたらRTE = 80%
逆に20%のエネルギーは損失している(熱、摩擦、電気抵抗など)
5-2. 歴史的なRTE進化タイムライン
以下は、主要な蓄電技術の登場年代順×RTE推移をまとめたものだ。
年代 | 技術 | 当初RTE | 現代型RTE |
---|---|---|---|
1745 | レイデン瓶 | 10%未満 | — |
1859 | 鉛蓄電池 | 70-80% | 75-85% |
1907 | 揚水発電(PSH) | 60-65% | 75-85% |
1978 | CAES(ハントルフ) | 42% | 60-70%(最新型) |
1991 | リチウムイオン電池 | 90-95% | 92-96%(最新セル) |
1995 | VRFB | 65-70% | 65-75% |
2010 | 液体空気エネルギー貯蔵(LAES) | 50% | 60-70% |
2020 | 鉄空気電池(Form Energy) | 60% | 60-70% |
2022 | 重力蓄電(Energy Vault) | 80% | 80%以上 |
2023 | 熱蓄電(Rondo Heat Battery) | 95-98% | 95-98% |
5-3. 技術カテゴリ別RTE考察
■ ケミカル系(電池)
リチウムイオン → 90-95%
ナトリウムイオン → 80-85%
VRFB → 65-75%
鉛蓄電池 → 75-85%
傾向:
高エネルギー密度と高効率を両立できるが、サイクル寿命・材料劣化リスクあり。
■ メカニカル系(重力・空気)
揚水発電 → 75-85%
重力蓄電 → 80%以上
CAES → 60-70%
LAES → 60-70%
傾向:
大規模化・長寿命化しやすいが、エネルギー密度は低め。
■ 熱エネルギー系
熱蓄電(炭素・レンガ) → 95-98%
モルトンシリコン → 75-85%
傾向:
高効率かつ低コスト。ただし用途が熱供給中心に限られるケースも。
5-4. 近年のRTEブレイクスルー技術
◎ 固体電解質(Solid-State Battery)
課題:リチウム金属負極のデンドライト短絡
進展:セラミック系固体電解質で抑制、RTE95%超目指す。
▶️ 関連出典:QuantumScape Solid-State Battery Update
◎ AIバッテリー制御最適化(Battery OS)
劣化傾向をAI解析し、充電制御を最適化することで
→ 効率劣化を10〜15%低減ダイナミック充電プロトコル(Dynamic Charging Protocol)技術も登場。
▶️ 関連出典:BMS AI Optimization – IEEE Spectrum
5-5. RTEを超えて:実効コスト(LCOS)との関係
高RTE ≠ 最良選択肢
必ずしもRTEだけで技術の優劣は決まらない。
例えば、鉄空気電池(Fe-Air)はRTE 60-70%だが、
kWhあたりコスト(LCOS)が非常に安く($20-40/kWh)、
長時間蓄電向けには最適解になりうる。
つまり、
で決まる。
【第5章まとめ】
技術 | RTE(現代) | 備考 |
---|---|---|
リチウムイオン電池 | 92-96% | 高密度・短時間向け |
揚水発電(PSH) | 75-85% | 大規模長寿命 |
VRFB | 65-75% | 大容量・サイクル無制限 |
鉄空気電池 | 60-70% | 超低コスト・長時間放電 |
重力蓄電 | 80%以上 | 地形不要・長寿命 |
熱蓄電(Rondo等) | 95-98% | 高温プロセス熱向け |
第6章 蓄電が社会を変える ― 政策、経済、脱炭素イノベーション
6-1. なぜ「蓄電」が社会変革の核心になるのか?
再エネ拡大による社会変化において、
「蓄電」は単なる裏方インフラではない。
それは、
“時間をコントロールできる”ことによって、社会システムそのものを再設計できる力
を持っているからだ。
具体的には:
発電と消費の時間的不一致問題を解決
電力価格の時間変動(デマンドレスポンス)を平滑化
電力の地産地消型社会(分散型エネルギー社会)を実現
災害・停電リスクを大幅に低減
脱炭素経済圏(カーボンニュートラル社会)を推進
▶️ 関連出典:IEA – Energy Storage and Net Zero
6-2. 政策ドライバー ― 世界と日本の動き
■ 世界
米国(IRA法:Inflation Reduction Act 2022)
→ 大規模再エネ+蓄電プロジェクトに最大30%税額控除EU(RePowerEU)
→ 2030年までに全蓄電容量を3倍化目標中国(国家蓄電推進政策2021)
→ 2030年までに非揚水型蓄電(主に電池)を30GW導入
■ 日本
グリーントランスフォーメーション(GX)政策
→ 再エネ比率36〜38%目標(2030年)を支えるため、蓄電池市場拡大策を推進。「住宅用蓄電池・V2H普及支援補助金」(経産省)
→ 個人レベルの蓄電設備導入促進。再エネ特措法改正(2022年)
→ 非化石価値取引市場の整備と、
→ 再エネ+蓄電セットでの価値取引を拡張。
▶️ 関連出典:資源エネルギー庁 – GX推進戦略
6-3. 蓄電市場の経済規模と成長性
■ 世界市場
2020年:50GWh
2023年:150GWh(前年比45%成長)
2030年予測:600GWh超/年
市場規模
約40兆円(2030年推計)
▶️ 関連出典:BloombergNEF Energy Storage Market Outlook 2024
■ 日本市場
現在:約2GWh/年規模
2030年目標:約24GWh/年(産業用+住宅用)
特に、
住宅用蓄電池+太陽光+V2H連携が大きな成長ドライバーとなる。
中小企業向けBCP(事業継続計画)対策需要も拡大。
6-4. 蓄電と脱炭素イノベーションの連携
蓄電技術は、単独ではなく
次の要素と組み合わさることで、爆発的な脱炭素効果を生む。
組み合わせ | 具体例 | インパクト |
---|---|---|
太陽光・風力 | 蓄電併設型PPA(電力購入契約) | VRE出力変動リスク解消 |
EV・V2G/V2H | 車載電池をグリッド支援・家庭支援に活用 | 需給調整力増強 |
産業用プロセス熱 | 熱バッテリー導入(例:製紙、食品工場) | ガス・石炭代替 |
再エネグリーン水素製造 | 余剰電力の安定供給源 | 水素製造コスト低減 |
6-5. エネルギー自治権の時代へ
最も根本的な変化は、
「エネルギーを自分で作り、自分で貯め、自由に使う」
というエネルギー自治権(Energy Autonomy)の普及である。
家庭用太陽光+蓄電池
地域マイクログリッド+ローカルESS
工場・物流施設の自家消費型ESS
これらの普及により、
「中央集権型エネルギー社会」から「分散・民主型エネルギー社会」へ
人類のエネルギー観が根本から変わろうとしている。
▶️ 関連出典:Rocky Mountain Institute – Energy Democracy
【第6章まとめ】
項目 | ポイント |
---|---|
蓄電の役割 | 時間制御・価格平滑・需給安定 |
世界政策動向 | 米・EU・中国が巨額支援 |
日本政策動向 | GX戦略/住宅・産業向け蓄電補助 |
市場規模 | 2030年世界40兆円、日本24GWh規模 |
エネルギー社会像 | 中央集権 → 分散・民主型へ |
第7章 未来予測 ― 2030・2040年に向けた次世代蓄電シナリオ
7-1. 2030年、蓄電技術地図はこう変わる
2030年、世界と日本では、蓄電技術地図に大きな変化が起こる。
分野 | 主流技術 | 新興技術 | 備考 |
---|---|---|---|
住宅用蓄電 | Li-ion(LFP中心) | Na-ion、固体電池(early stage) | コスト低減、10kWh普及標準 |
商業・産業用蓄電 | VRFB、Li-ion(LFP)、重力蓄電 | 熱蓄電、Fe-air併用 | BCP+再エネ連携需要拡大 |
大規模系統用 | PSH拡張、CAES改良型、LAES | 超長時間Fe-air主流化 | 4〜100h多階層蓄電 |
移動体(EV) | Li-ion(NMC811→LMFP) | 固体電池(高級EVに採用) | 充電時間・航続距離改善 |
(注:LFP=リン酸鉄リチウム、NMC811=ニッケル主体、LMFP=マンガン入りLFP)
7-2. 2040年、エネルギーシステムはこう変わる
2040年、人類の電力システムそのものが、
「発電所中心型」から「エネルギーウェブ型」へと変貌する。
【未来図:分散・階層型エネルギー社会】
大型PSH / 原子力小型炉
↓
中規模VRFB / CAES
↓
地域マイクログリッド+LAES+Fe-Air
↓
家庭太陽光+家庭蓄電+V2H+スマート充放電
特徴:
複数レイヤーで最適タイムスケールの蓄電を構成
リアルタイムAI制御で需給マッチング
「余剰」概念の消失(すべて価値化)
電力自由市場と非化石価値市場の完全融合
▶️ 関連出典:World Economic Forum – Future of Energy Systems
7-3. 次世代注目技術トップ5
技術 | 特徴 | 課題 | 見通し |
---|---|---|---|
固体電解質電池(全固体電池) | 高エネルギー密度、長寿命 | 製造コスト・量産性 | 2030年代本格普及予想 |
ナトリウムイオン電池(Na-ion) | 安価・資源豊富 | エネルギー密度劣位 | 住宅・小型モビリティ普及 |
鉄空気電池(Fe-air) | 超低コスト・超長時間放電 | システム統合性 | 大規模グリッド標準 |
熱バッテリー(炭素ブロック型) | 廃熱再利用・超高効率 | 運搬・設置制約 | 工場・都市熱源標準装備 |
AIバッテリー制御(Battery OS) | 劣化最小化・効率最適化 | 信頼性確保 | 全蓄電システムに搭載へ |
7-4. 世界と日本、それぞれのシナリオ分岐
■ 世界全体シナリオ
米国・中国・EUがリードし、長時間蓄電標準化
国境を越えたグリッド連携(スーパーネットワーク構想)が進展
■ 日本シナリオ
課題:
山間地が多く超大規模揚水が限られる
地震・津波リスクが高い
化石燃料依存脱却に遅れ
有望戦略:
方向性 | 具体アクション |
---|---|
地産地消型拠点強化 | 住宅用ESS標準化+地域マイクログリッド普及 |
蓄電池産業育成 | Na-ion、固体電池、Fe-Air系開発促進 |
再エネ+蓄電一体型政策 | FITからFIP・卸市場連動型補助金への転換 |
▶️ 関連出典:経産省 – 2050年カーボンニュートラルに向けたエネルギー政策
【第7章まとめ】
年代 | 主要蓄電技術 | 社会構造 |
---|---|---|
2030年 | Li-ion+Na-ion+PSH+VRFB | 局所最適グリッド化 |
2040年 | Fe-Air+重力+固体電池+熱バッテリー | 多層ハイブリッド型ウェブエネルギー社会 |
付録A 主要蓄電技術比較表(RTE・コスト・寿命)
技術カテゴリ | 技術名 | RTE | サイクル寿命 | 推定コスト(LCOS$/kWh) | 特記事項 |
---|---|---|---|---|---|
ケミカル系 | リチウムイオン(LFP) | 92-96% | 6000-8000回 | 0.09-0.15 | 住宅・EV・商用向け |
ケミカル系 | ナトリウムイオン(Na-ion) | 80-85% | 3000-6000回 | 0.07-0.11 | リチウム代替候補 |
ケミカル系 | 鉄空気電池(Fe-Air) | 60-70% | 10,000回以上 | 0.02-0.04 | 長時間超低コスト |
ケミカル系 | VRFB(バナジウムレドックスフロー) | 65-75% | 12,000回以上 | 0.08-0.15 | 大規模長寿命 |
メカニカル系 | 揚水発電(PSH) | 75-85% | 50年以上 | 0.04-0.10 | 地形依存 |
メカニカル系 | 重力エネルギー蓄電 | 80%以上 | 30年以上 | 0.05-0.10 | 都市型普及期待 |
メカニカル系 | 液体空気蓄電(LAES) | 60-70% | 30年以上 | 0.08-0.13 | モジュール式拡張 |
熱系 | 熱バッテリー(炭素・レンガ) | 95-98% | 30年以上 | 0.02-0.05 | 高温産業用最適 |
熱系 | モルトンシリコン(1414 Degrees) | 75-85%(熱利用時) | 30年以上 | 0.03-0.06 | 潜熱活用型 |
付録B 蓄電史年表(1900-2030)
年代 | 出来事 | 技術・エポック |
---|---|---|
紀元前250年頃 | バグダッド電池? | 酸性液による原始的蓄電可能性 |
1745年 | レイデン瓶発明 | 静電エネルギー蓄積 |
1859年 | 鉛蓄電池誕生 | 世界初の二次電池 |
1907年 | 世界初揚水発電(スイス) | 時間軸制御型エネルギー貯蔵開始 |
1978年 | ハントルフCAES稼働 | 圧縮空気による大規模エネルギー保存 |
1991年 | ソニーがLi-ion商用化 | ポータブルデジタル革命起爆剤 |
2000年代 | VRFB実用化進展 | 大規模蓄電の新潮流 |
2010年代 | 家庭用蓄電+太陽光急増 | 再エネ普及と共進化 |
2020年 | 高密度LFP、Na-ion初量産 | 安価・長寿命の新時代へ |
2024年 | Form Energy鉄空気蓄電開始 | 長時間ストレージ革命 |
2030年(予測) | 多階層エネルギーWeb社会成立 | EV、再エネ、蓄電連動社会 |
付録C 用語集(初心者・専門家ダブル解説)
用語 | 初心者向け説明 | 専門家向け注釈 |
---|---|---|
RTE(ラウンドトリップ効率) | 貯めた電気がどれだけ戻るかの割合 | システム全体(BOP含)で測定するべき |
ESS(エネルギー貯蔵システム) | 電気をためる設備全体のこと | 電気的+メカニカル+熱の総称 |
LCOS(Levelized Cost of Storage) | 1kWhをためて使うのにかかるコスト | キャピタルコスト+O&M費用/生涯出力量 |
PSH(Pumped Storage Hydropower) | 水をくみ上げて電気を貯める技術 | 可変速機能導入で部分負荷効率も最適化可能 |
V2H(Vehicle to Home) | EVから家に電気を送る技術 | 双方向充放電によりBCP対応力強化 |
Fe-Air Battery | 鉄と空気で長時間電気をためる新型電池 | 可逆的Fe↔Fe(OH)₂反応を利用 |
出典リンク集(本文内リンクまとめ)
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