電力の同時同量の原則とはなにか?なぜ同時同量の原則が脱炭素・GX・再エネにおいても最重要キーワードなのか?

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

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目次

電力の同時同量の原則とはなにか?なぜ同時同量の原則が脱炭素・GX・再エネにおいても最重要キーワードなのか?

序論:なぜ100年来の「同時同量の原則」が、日本の2025年エネルギー革命の震源地なのか

電力システムの根幹には、一世紀以上にわたりその安定を支えてきた、シンプルかつ絶対的な物理法則が存在する。

それが「同時同量の原則」である。これは、電力系統内において、発電量(供給)と消費量(需要)を常に、一瞬の狂いもなく一致させなければならないという鉄の掟だ。この原則は、単なる技術的なルールではない。それは、日本の電力網全体を支配する物理的、経済的な基本法であり、その安定供給という至上命題の根源そのものである。

この原則を、電力網の「見えざる心臓」として捉えることができる。過去一世紀にわたり、この心臓の鼓動は、大規模で予測可能な火力・水力発電所によって、安定したリズムを刻み続けてきた。しかし、2025年の現在、日本が国策として推進するカーボンニュートラルへの道は、この心臓に前例のない負荷をかけている

太陽光や風力といった再生可能エネルギー(以下、再エネ)の大量導入は、天候に左右される変動性の高い電力を系統に注ぎ込み、安定していた心拍に「不整脈」を引き起こし始めているのだ。

この状況は、日本のエネルギー政策が直面する課題の核心を浮き彫りにする。すなわち、旧来の中央集権的な安定供給システムと、新時代の分散型で変動性の高い再エネ主力電源化との間の構造的な衝突である。この衝突の最前線こそが、「同時同量の原則」が支配する領域に他ならない。この原則をいかにして維持し、近代化させていくかが、日本の脱炭素化の成否を分ける最大の鍵となる。

本稿では、この「同時同量の原則」を徹底的に解剖する。まず、その物理的な本質と、それに基づいて構築された市場ルールを構造的に解き明かす。次に、再エネがもたらす「変動性ショック」が、この原則にいかなる挑戦を突きつけているのかを、国内外の最新データを基に定量的に分析する。

そして、この挑戦に対し、日本が現在構築しつつある需給調整市場、蓄電池、バーチャルパワープラント(VPP)といった多層的な解決策を体系的に評価する。

最終的に、これらの分析から、日本のエネルギー政策、市場、そして関連事業者が進むべき未来への戦略的な洞察と具体的なロードマップを導き出すことを目的とする。これは、日本のエネルギーの未来を左右する”見えざる心臓”の設計図を、世界最高水準の解像度で描き出す試みである。

第1部:変わらぬ物理法則と進化する市場ルール – 同時同量の原則の構造分解

電力システムの安定は、物理法則と、その法則を社会経済システムに組み込むための市場ルールの二層構造によって支えられている。ここでは、その根幹をなす「同時同量の原則」を、物理的な側面と市場制度的な側面から深く掘り下げていく。

1.1 基本法則: 「同時同量」とは何か?

物理的本質としての周波数維持

電力は、送電網という巨大なシステムの中で、大規模に貯蔵することが極めて困難なエネルギー形態である。この特性が、「供給は需要と瞬時に一致しなければならない」という同時同量の原則の物理的な根拠となっている 1。この需給バランスの状態をリアルタイムで示す指標が、電力系統の「周波数」である。日本では、東日本で50ヘルツ(Hz)、西日本で60Hzという一定の周波数が維持されている。

この周波数は、電力網の健全性を示す「心拍」に例えることができる 1

  • 供給 > 需要 の状態では、発電機の回転数が上がり、周波数は上昇する 2

  • 供給 < 需要 の状態では、発電機の回転数が下がり、周波数は低下する 2

電力会社は、この周波数の変動幅を±0.1Hzから0.3Hz以内という極めて狭い範囲に収めることを目標に運用している 1。なぜなら、周波数の乱れは、工場で稼働する精密なモーターの回転数を変動させ、製品の品質に深刻な影響を与えるだけでなく、最悪の場合、発電機が保護装置によって次々と系統から切り離され、大規模停電(ブラックアウト)を引き起こす引き金となり得るからである 1

伝統的な安定化の担い手:同期発電機

これまで、この精密な周波数維持を担ってきた主役は、火力発電や大規模水力発電といった「同期発電機」であった。これらの発電機は、その物理的特性から、電力系統に二つの極めて重要な「無償のサービス」を自然に提供してきた。

  1. 慣性力(Inertia):同期発電機のタービンと発電機は、巨大な質量を持つ回転体である。この物理的な質量がフライホイールのように機能し、需給バランスに急な変動が生じても、周波数の変化を緩やかにする効果を持つ。この「慣性」が、制御システムが対応するための貴重な時間を稼ぎ出す、いわば電力系統の”衝撃吸収材”の役割を果たしてきた 5

  2. 同期化力(Synchronizing Power):電力系統に接続された全ての同期発電機は、電磁的な力によって互いに引き合い、寸分の狂いもなく同じ速度(周波数)で回転しようとする性質を持つ。この同期化力により、一部の発電機が脱落したり、需要が急増したりしても、系統全体の発電機群が一体となって安定を維持しようとする、強力な自己安定化機能が働いていた 5

これらの「慣性力」「同期化力」は、これまで電力システムの安定に不可欠な要素でありながら、旧来の電力システムでは、大規模な同期発電機の存在によって当たり前のように供給されていた。これらは明示的に取引される「商品」ではなく、電力供給に付随する暗黙の前提だったのである。しかし、太陽光や風力といったインバータを介して接続される「非同期電源」は、この物理的な慣性を持たない 8。再エネの比率が高まり、旧来の同期発電機が減少していく現代の電力システムにおいて、かつては無償で提供されていた「安定性」という価値が、今や意識的に確保し、対価を支払うべき「サービス」へと変貌を遂げつつある。この構造変化こそが、後述する需給調整市場や新たな技術が求められる根本的な背景となっている。

1.2 物理法則から市場ルールへ:「計画値同時同量制度」

瞬時に変動する物理的な需給バランスを、市場取引が可能なルールへと落とし込むために導入されたのが「計画値同時同量制度」である 10。この制度では、1日を30分単位の48個の区間(コマ)に区切り、発電事業者や小売電気事業者は、各コマにおいて自らの発電計画と需要計画を事前に策定し、その計画値と実績値を一致させる責務を負う 11

この制度は、2016年の電力小売全面自由化と同時に、従来の「実需同時同量制度」から移行したものである。この移行は、卸電力市場の活性化に不可欠であった。各事業者が事前に計画値を提出することで、どの時間帯にどれだけの電力が余り、あるいは不足するかが明確になり、市場での取引が促進される効果が期待された 10

もちろん、完璧な予測は不可能であり、計画と実績の間には必ず差異(ズレ)が生じる。この差異を「インバランス」と呼ぶ。物理的な電力系統の安定を維持するため、このインバランスは一般送配電事業者(エリアの送配電網を管理する事業者、TSO/DSOとも呼ばれる)が、別途確保している「調整力」を用いて最終的に補填・吸収する 11。そして、インバランスを発生させた事業者には、その補填にかかったコストが事後的に請求される。これが、次に解説するインバランス料金制度である。

1.3 失敗の経済的帰結:「インバランス料金制度」

インバランス料金制度は、計画値同時同量制度の実効性を担保するための経済的な強制力である。その目的は、インバランスを発生させた事業者に対して金銭的なペナルティを課すことで、各事業者が計画の精度を最大限に高め、実需給の直前までに自ら市場で過不足を調整するよう強く促すことにある 10

2022年改革の画期的な転換

日本のインバランス料金制度は、2022年度にその根幹を揺るがす抜本的な改革を経験した。この改革の前後を比較することで、日本の電力市場が「柔軟性」という価値をいかにして市場メカニズムに組み込もうとしているかが見えてくる。

  • 2022年以前の制度:インバランス料金は、日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場(前日)と時間前市場(当日)の価格を基にした加重平均値に、系統全体の需給状況に応じた調整項(α、β、K、L)を加減して算出されていた 11。この方式には二つの大きな課題があった。第一に、JEPX市場価格はあくまで前日や数時間前の電力の価値を反映したものであり、実需給断面における「瞬間の電気の価値」を正確に示してはいなかったため、事業者への価格シグナルが弱かった。第二に、一般送配電事業者がインバランス補填のために実際に支払った調整力コストを、この料金制度では十分に回収できないケースがあった 10

  • 2022年以降の新制度:新制度では、料金の算定根拠がJEPXの市場価格から、「実時間で需給調整のために発動された調整力の限界的なkWh価格」と根本的に変更された 11。これは、需給バランスを維持するために最後に(そして最も高コストで)稼働した調整力電源の価格が、その時間帯のインバランス料金になることを意味する。

この改革は、単なる計算式の変更以上の意味を持つ。以前の制度が、過去の市場価格を参照する間接的で不完全なペナルティであったのに対し、新制度は、実時間における「柔軟性の限界費用」そのものを価格として突きつける。インバランス料金はもはや単なるペナルティではなく、「その瞬間に電力を1kWh追加供給(あるいは削減)することの真の経済価値」を示す、極めて高頻度かつ強力な価格シグナルへと変貌を遂げたのである。

広域メリットオーダーと価格決定の仕組み

この価格は、電力広域的運営推進機関(OCCTO)が運用する「広域需給調整システム」を通じて、全国9エリア(北海道~九州)で登録された調整力を価格の安い順に稼働させる「広域メリットオーダー」に基づいて決定される 11。例えば、全国で電力不足(上げインバランス)が発生した場合、最も安い調整力から順に指令が出され、最後に指令を受けた最も高価な調整力のkWh価格が、そのコマのインバランス料金(不足時)となる 11

さらに、需給が極度に逼迫し、安定供給に最低限必要とされる予備率3%を割り込むような危機的状況では、「需給ひっ迫時補正インバランス料金」という特別なメカニズムが発動する 13。これは、予備率が低下するにつれてインバランス料金が急騰する仕組みであり、大規模停電のリスクという社会的なコストを料金に反映させ、事業者に需給一致への行動をより強く促すことを目的としている 14

この2022年の改革は、日本の電力システムにおける静かなる革命であった。それは、蓄電池事業者やVPPアグリゲーター、デマンドレスポンス事業者といった新たなプレイヤーに対し、明確なビジネス機会を提示したからだ。インバランス料金が高騰する時間帯に放電したり、需要を抑制したりすることで、彼らは系統の安定化に貢献し、同時に収益を得ることができるようになった。かつてはシステム全体の「コスト」でしかなかった需給のズレが、今や取引可能な「商品(柔軟性)」へと転換された瞬間であり、日本の現代的な柔軟性市場の幕開けを告げる号砲となったのである。

第2部:大いなる創造的破壊 – 太陽光と風力は如何にして電力網の基盤を揺るがすか

再エネ、特に太陽光(PV)と風力発電の導入拡大は、日本の脱炭素化に不可欠な要素である一方、その本質的な特性が、同時同量の原則によって成り立つ電力システムの根幹に構造的な挑戦を突きつけている。これは「創造的破壊」とも呼べるプロセスであり、旧来のシステムの脆弱性を白日の下に晒し、新たなシステムへの移行を強制する力となっている。

2.1 「変動性ショック」:VREと同時同量の本質的対立

太陽光や風力といった変動性再エネ(Variable Renewable Energy, VRE)がもたらす最大の課題は、その出力が自然条件に依存するため、人間の意図通りに制御できない点にある。この「非制御性」「断続性」が、電力システムに「変動性ショック」とも言うべき影響を及ぼす 15

  • 予測の困難化:計画値同時同量制度は、発電・需要の正確な予測を前提としている。しかし、VREの出力は気象条件によって秒単位で変動するため、30分後の出力を完璧に予測することは極めて困難である。この予測誤差の増大は、発電事業者や小売事業者のインバランスリスクを飛躍的に高め、事業運営におけるコスト増大の直接的な要因となる 13

  • 物理的な安定性の低下:より深刻なのは、物理的な系統安定性への影響である。前述の通り、VREはインバータを介して系統に接続されるため、同期発電機が持つ「慣性力」と「同期化力」を提供しない 8。VREの比率が増加し、同期発電機が減少すると、系統全体の慣性力が低下し、システムは外部からの擾乱(例:大規模な発電所の脱落事故)に対して脆弱になる。慣性力が低い系統では、需給のズレが周波数の急激な低下を招きやすい。周波数が一定の閾値を下回ると、発電機や需要家を保護するための周波数低下リレー(Under Frequency Relay, UFR)が作動し、設備を系統から自動的に切り離す 18。これが連鎖的に発生すると、2018年9月に発生した北海道胆振東部地震後のブラックアウトのように、大規模な停電に至るリスクが高まる 4

2.2 日本に到来した「ダックカーブ」:需給ギャップの可視化

VREの大量導入が電力需給のパターンに与える劇的な影響を視覚的に示したものが「ダックカーブ」である。この現象は、太陽光発電の導入が先進的であった米国カリフォルニア州で最初に観測され、そのグラフの形状が座っているアヒルの姿に似ていることから名付けられた 20

ダックカーブは、1日の電力需要からVREによる発電量を差し引いた「ネット需要(Net Load)」の推移を示したグラフであり、主に三つの特徴を持つ 22

  1. 深い「腹(Belly)」:日中、太陽光発電の出力がピークに達すると、電力会社が供給すべきネット需要は大幅に減少し、グラフの腹部が深く落ち込む。

  2. 急峻な「首(Neck)」:夕方、太陽光発電の出力が急速にゼロに近づく一方で、家庭などの電力需要がピークを迎えるため、ネット需要は極めて短時間に急増する。この急激な立ち上がり部分がアヒルの首のように見える。

  3. 過剰発電(Overgeneration)のリスク:春や秋など、電力需要が比較的低く、かつ日照条件が良い日には、日中の太陽光発電量が総需要を上回り、ネット需要がマイナスになることがある。これは電力の供給過剰状態を意味し、系統の安定を脅かす。

かつては海外の事例と見なされていたこのダックカーブは、今や紛れもなく日本の課題となっている。環境エネルギー政策研究所(ISEP)の分析によれば、2023年度には日本全国の発電電力量に占めるVREの割合が12%を超え、東北エリアでは19.4%にも達している 23。この水準は、ダックカーブ現象が顕在化するのに十分な導入量であり、日本の電力需給データにもその兆候が明確に現れ始めている。

この現象を単に「再エネが引き起こす問題」と捉えるのは表層的である。ダックカーブが真に浮き彫りにしているのは、旧来の電力システムが持つ「柔軟性の欠如」という根源的な課題だ。日中の「腹」が問題となるのは、原子力や石炭火力といったベースロード電源が、出力を柔軟に下げることが苦手だからである。夕方の「首」が問題となるのは、これらの電源が需要の急増に追随して素早く出力を上げることができないからである。つまり、ダックカーブは、電力システム全体がVREの出力変動に追従できるだけの柔軟性を獲得する必要があることを示す、強力な診断ツールなのである。

2.3 太陽が輝きすぎる時:再エネ出力抑制の現実

ダックカーブの「腹」が深くなりすぎ、供給が需要を上回る状態が続くと、一般送配電事業者は最終手段を行使せざるを得なくなる。それが「出力抑制」である。これは、揚水発電による電力吸収や地域間連系線を通じた他エリアへの送電といったあらゆる対策を講じてもなお電力が余る場合に、VRE発電事業者に対して発電を一時的に停止するよう命じる措置である 13

出力抑制は、ゼロ・エミッションかつ限界費用ゼロのクリーンなエネルギーを意図的に捨てる行為であり、経済的にも環境的にも大きな損失を意味する。この問題が日本で最も深刻化しているのが、太陽光発電の導入が全国で最も進んでいる九州エリアである。

  • 九州エリアにおける出力抑制の激化:固定価格買取制度(FIT制度)の開始以降、九州では太陽光の接続量が急増した 25。その結果、出力抑制の頻度と量は年々深刻化している。2023年度には、九州エリアにおけるVREの出力抑制率は8%を超え、過去最大を記録した 24。特に2023年4月9日の12時には、利用可能な太陽光発電能力の実に78.9%が出力抑制の対象となるという衝撃的な事態が発生した 27

  • 全国への拡大:かつては九州特有の問題と見なされていた出力抑制は、今や中国、四国、東北といった他のエリアにも急速に拡大しており、日本全体の課題となっている 24

この出力抑制の拡大は、日本のエネルギー政策にとって極めて重要な警告である。抑制される電力量(GWh)は、日本の電力システムが吸収しきれなかった「柔軟性の不足量」を直接的に示す指標と言える。それは、もし十分な蓄電容量や地域間を結ぶ送電線の容量、あるいは需要をシフトさせる能力があれば、有効に活用できたはずの価値である。

したがって、年間出力抑制量を国のエネルギー政策における最重要KPI(主要業績評価指標)の一つとして位置づけるべきである。この数値の上昇は、VREの導入ペースに対して、蓄電池、系統増強、デマンドレスポンスといった柔軟性確保のための投資が決定的に遅れていることを示す、動かぬ証拠となる。政策目標として、VRE導入量だけでなく「出力抑制率の低減」を明確に掲げることが、真に実効性のあるエネルギー転換を駆動する上で不可欠であろう。

第3部:挑戦への応答 – 新時代の柔軟で強靭な電力システムの構築

再エネがもたらす変動性ショックという巨大な挑戦に対し、日本は市場、技術、制度の三つの側面から、多層的かつ包括的な対応策を構築し始めている。これは、旧来の硬直的なシステムから、変動を吸収し価値に変える、柔軟で強靭な新時代の電力システムへと移行するための壮大な試みである。

3.1 市場による第一防衛線:「需給調整市場」

変動する需給をリアルタイムで調整するために不可欠な「調整力」を、効率的かつ透明性の高い市場メカニズムを通じて調達する。この目的のために創設されたのが需給調整市場である 29。2021年から段階的に取引が開始され、2024年度には全ての市場商品が導入されたこの市場は、日本の柔軟性確保における中核的なプラットフォームとなっている 31

市場の目的と構造

需給調整市場は、従来、一般送配電事業者と大手電力会社との間の相対契約などで不透明な形で取引されていた調整力を、全国規模の統一された市場に移行させることで、競争を促進し、コストを低減することを目的としている 32。これにより、発電事業者だけでなく、アグリゲーターや蓄電池事業者といった新たなプレイヤーが、自らの持つ柔軟性を「商品」として販売する道が開かれた 30

市場を管理・運営するのは、中立的な立場から全国の送電網の広域的な運用を担う「電力広域的運営推進機関(OCCTO)」である 34。OCCTOは、全国から入札された調整力を価格の安い順に並べた「広域メリットオーダー」を作成し、これに基づいて最も経済的な調整力を指令・発動する役割を担っている 11

5つの調整力商品

需給調整市場では、必要とされる調整力の応答速度や持続時間に応じて、以下の5つの異なる商品が取引されている。これにより、周波数の微細な変動から、数時間にわたる需給のズレまで、多様なニーズに対応することが可能となっている 32

表1:需給調整市場の5つの商品

商品名 応答時間 持続時間 主な役割と機能 主な担い手技術
一次調整力 10秒以内 5分以上 周波数のごく短周期の変動(サイクリック変動)に対応。発電機のガバナフリー機能に相当。 火力・水力発電機、蓄電池
二次調整力① 5分以内 30分以上 周波数の短周期の変動(フリンジ変動)に対応。負荷周波数制御(LFC)に相当。 火力・水力発電機、蓄電池
二次調整力② 5分以内 30分以上 需給の長周期の変動(サステンド変動)に対応。経済負荷配分制御(EDC)に相当。 火力・水力発電機、蓄電池
三次調整力① 15分以内 3時間 需給の長周期の変動に対応。再エネの出力変動や需要予測誤差を補う。 火力・水力発電機、揚水発電、蓄電池
三次調整力② 45分以内 3時間 需給の長周期の変動に対応。比較的緩やかな変動や電源脱落時の代替供給。 火力・水力発電機、揚水発電

出典: 経済産業省、電力広域的運営推進機関の資料を基に作成 32

市場の現状と課題

市場の全面稼働は、調整力調達の透明化と効率化に大きく貢献した一方で、新たな課題も浮き彫りにしている。特に、先行して取引が開始された三次調整力①および②において、一般送配電事業者が求める募集量に対して、発電事業者からの応札量が慢性的に不足する「応札量不足」が深刻な問題となっている 32。この供給力不足は、2022年夏場などに約定価格の異常な高騰を引き起こし、調整力コスト全体の増大を招いている 37

この問題の背景には、発電事業者が1週間先の発電計画を立てる週間市場の不確実性の高さがある。1週間後の天候やスポット市場の価格を正確に予測することは困難であり、多くの事業者がリスクを避けるために応札量を抑える傾向にある 32。このため、現在、より予測精度の高い前日時点での取引に移行するなど、市場設計の見直しに関する議論が進められている。

3.2 新たなリソースの解放:テクノロジー主導の解決策

需給調整市場が整備されたことで、これまで系統安定化の役割を担ってこなかった新たな技術が、その柔軟性を収益化する道が開かれた。特に、系統用蓄電池とVPP(バーチャルパワープラント)は、変動性ショックを吸収する上で中心的な役割を果たすと期待されている。

系統用蓄電池:柔軟性の”スイスアーミーナイフ”

系統用蓄電池は、その高速な充放電能力により、電力システムの柔軟性を飛躍的に高める切り札と目されている。その役割は多岐にわたる。

  • 市場取引(アービトラージ):電力価格が安い時間帯(太陽光が豊富な日中など)に充電し、価格が高い時間帯(夕方の需要ピーク時など)に放電することで、価格差から収益を得る 38

  • 調整力供給:需給調整市場に参加し、特に一次・二次調整力のような高速応答が求められるサービスを提供することで、容量(kW)対価と電力量(kWh)対価を得る 39

  • 出力抑制の回避:再エネが過剰になる時間帯に電力を吸収し、系統の安定に貢献することで、無駄になるはずだったクリーンエネルギーを有効活用する。

そのビジネスモデルは、JEPX市場での裁定取引需給調整市場での調整力提供、そして将来の供給力を確保する「容量市場」からの固定収入という、複数の収益源を組み合わせることで成立する 38。現在はまだ導入コストが高く、政府の補助金が事業採算性を左右する重要な要素となっているが、技術革新によるコスト低下が進めば、その導入はさらに加速するだろう 39

国際的な視点では、カリフォルニア州がダックカーブ対策の主軸として系統用蓄電池の導入を強力に推進している。日中の太陽光による余剰電力を蓄電池に「充電」し、夕方の需要急増時に「放電」することで、カーブの「腹を埋め、首を撫で下ろす」という直接的な解決策として機能している 20

VPPとデマンドレスポンス(DR):”眠れる資源”の覚醒

バーチャルパワープラント(VPP)は、家庭の太陽光発電や蓄電池、電気自動車(EV)、事業所の空調設備など、地域に散在する小規模なエネルギーリソース(DERs)を、IoT技術を用いて遠隔から統合制御し、あたかも一つの大規模な発電所のように機能させる仕組みである 41

VPPの中核をなすのが、電力の需要家側が、電力会社からの要請や市場価格の変動に応じて、電力使用量を賢く抑制・シフトさせる「デマンドレスポンス(DR)」である 43。例えば、電力需給が逼迫するピーク時に、VPPアグリゲーターが多数の家庭や工場の空調設定を遠隔でわずかに調整することで、メガワット級の需要削減効果を生み出し、大規模発電所の代替として機能することができる。

日本においても、需給調整市場や容量市場の創設を追い風に、VPP/DR関連市場は1,000億円規模への成長が見込まれている 44。リソースを束ねて市場取引を代行する「アグリゲーター」と呼ばれる専門事業者が次々と誕生し、市場の新たな担い手として存在感を増している 46

この分野で世界をリードするのは欧州とカリフォルニアである。

  • 欧州:特にドイツでは、VPPはすでに電力市場の主要プレイヤーとして確立している 48。さらに、「リディスパッチ2.0(Redispatch 2.0)」と呼ばれる制度改革により、従来は大規模発電所のみが対象だった送電網の混雑解消の責任が、100kW以上の小規模な再エネ発電所や蓄電池にも拡大された。これにより、配電網レベルでの柔軟性を取引する巨大な市場が生まれ、VPPの役割はますます重要になっている 50

  • カリフォルニア:「デマンドレスポンスオークションメカニズム(DRAM)」という画期的なプログラムを通じて、第三者のアグリゲーターが束ねたDERをCAISO(カリフォルニア州の系統運用機関)の卸電力市場に直接入札する道を切り開いた。これにより、顧客側に設置された蓄電池などが、VPPとして大規模な系統用リソースとして機能することが実証された 54

3.3 ルールの再構築:政策と制度の変革

市場や技術がその能力を最大限に発揮するためには、それを支える政策や制度の変革が不可欠である。日本では、「FITからFIPへ」の政策転換と、「日本版コネクト&マネージ」の導入が、柔軟性のある電力システムへの移行を後押しする二大潮流となっている。

FITからFIPへ:市場統合へのパラダイムシフト

日本の再エネ普及を牽引してきた固定価格買取制度(FIT制度)は、発電した電気を一定期間・固定価格で電力会社が買い取ることで、事業者の投資リスクを大幅に低減させるものであった。この制度の重要な特徴の一つに「インバランス特例」があり、再エネ発電事業者は計画値同時同量の責務を免除されていた 57

しかし、2022年4月から導入されたFIP(Feed-in Premium)制度は、この構造を根本から覆した。FIP制度では、発電事業者は自ら卸電力市場や相対取引で電力を販売し、その市場価格に一定のプレミアム(補助額)が上乗せされる仕組みとなっている 58。この制度の最大の眼目は、再エネ発電事業者を市場に統合し、自立した電源とすることにある。

この転換がもたらす最も大きな変化は、インバランス責務の発生である。FIP制度の下では、発電事業者は自ら発電量を予測し、計画と実績のズレ(インバランス)から生じるコスト(ペナルティ)を負担しなければならない 17。この政策変更は、日本の電力市場に「発電量予測」や「アグリゲーション」といった新たなサービス産業を生み出す、最大の推進力となっている。FIP発電事業者は今や、自ら高度な予測技術を導入するか、あるいは専門のアグリゲーターに市場取引やインバランス管理を委託するかという、経営判断を迫られているのである 62

表2:FIT制度とFIP制度の戦略的比較

項目 FIT制度 FIP制度 戦略的意味合い
価格決定 国が定めた固定価格 市場価格 + プレミアム 市場リスクへの暴露。価格変動を意識した運用が必須に。
インバランス責務 免除(インバランス特例) 発電事業者が負担 発電量予測の精度が収益を直結。予測・調整能力が競争力の源泉に。
市場統合 市場から隔離 市場に完全統合 発電事業者が能動的な市場プレイヤーとなり、価格シグナルに応答するインセンティブが生まれる。
事業者リスク 低(安定収入を保証) 高(市場価格・予測誤差リスク) リスク管理能力が問われる。アグリゲーター等の専門サービスへの需要が創出される。
インセンティブ 発電量を最大化すること 市場価格が高い時に売り、需給バランスに貢献すること 蓄電池併設やデマンドレスポンスとの連携など、より高度な事業モデルへの移行を促進。

出典: 経済産業省、資源エネルギー庁の資料を基に作成 58

日本版コネクト&マネージ:送電網の”潜在能力”を解放

再エネ導入のもう一つの大きな障壁は、送電網の「空き容量不足」問題であった。従来の送電網の接続ルールは、送電線が最も混雑する状況を想定して設計されており、たとえ年間のうち数時間しか混雑しない送電線であっても「空き容量ゼロ」と見なされ、新たな発電所の接続が拒否されるケースが頻発していた 64。系統増強には莫大なコストと長い年月がかかるため、これが再エネ導入の深刻なボトルネックとなっていた。

この問題を解決するために導入されたのが、「日本版コネクト&マネージ」という一連の取り組みである。その中核をなすのが「ノンファーム型接続」という画期的な接続方式だ 65。これは、送電網が混雑した際には出力が抑制されることを前提条件として、本来であれば空き容量がないとされた基幹系統へも新たな電源の接続を認めるものである 66

この方式は、高価で時間のかかる物理的な送電線の増強を待つことなく、既存の送電網の潜在的な利用可能量を最大限に引き出す、極めて現実的かつ効果的な解決策である。これにより、これまで足止めされていた多くの再エネプロジェクトが系統に接続可能となり、日本の再エネ導入を大きく加速させる原動力となっている 65

第4部:戦略的洞察と日本のエネルギーの未来に向けた実行可能な解決策

これまでの分析を通じて、日本の電力システムが直面する課題の構造と、それに対する多層的な対応策が明らかになった。本章では、これらの分析を統合し、日本の脱炭素化を阻む真のボトルネックを特定した上で、短期から長期にわたる具体的な改革のロードマップと、システムのあり方を根底から変える革新的なソリューションを提言する。

4.1 根本原因の分析:日本の脱炭素化を阻む中核的ボトルネックの特定

日本のエネルギー転換における根本的な問題は、再エネ資源の不足や技術の欠如ではない。その核心にあるのは、システム全体にわたる深刻な「柔軟性(フレキシビリティ)」の欠乏である。この柔軟性の欠乏は、具体的に以下の三つのボトルネックとして顕在化している。

  1. 送電網の混雑(空間的なミスマッチ):北海道の豊富な風力資源や九州の潤沢な太陽光資源といった、ポテンシャルの高い再エネ適地が、東京・中部・関西といった大消費地から地理的に離れている。両者を結ぶ地域間連系線の容量が不十分であるため、発電した電力を需要地へ届けられず、結果として出力抑制という形で貴重なエネルギーが浪費されている。

  2. 柔軟性リソースの希少性(時間的なミスマッチ):ダックカーブが示すように、太陽光発電が豊富な日中には電力が余剰となり、太陽が沈む夕方には電力が不足するという、時間的な需給のミスマッチが深刻化している。この時間的なギャップを埋めるための蓄電池、迅速に起動できる火力発電、需要をシフトさせるデマンドレスポンスといった柔軟性リソースの絶対量が、VREの導入ペースに追いついていない。

  3. 市場設計の未成熟性:需給調整市場は柔軟性取引のプラットフォームとして創設されたが、応札量不足や価格の不安定性といった課題を抱え、必要な柔軟性を妥当なコストで効率的に調達するメカニズムとして、まだ十分に機能しているとは言えない。これが、蓄電池やVPPといった柔軟性リソースへの投資に対する事業者の予見性を損ない、市場の成長を妨げる一因となっている。

4.2 提言ロードマップ:漸進的改善からシステム変革へ

これらのボトルネックを解消し、2050年カーボンニュートラルを実現するためには、場当たり的な対策ではなく、長期的視点に立った体系的な改革が不可欠である。以下に、短期・中期・長期の三段階に分けた実行可能なロードマップを提言する。

短期(1~3年):現行システムの最適化

  • 需給調整市場の改革断行週間調達商品の前日取引への移行を速やかに実施し、市場の流動性を高める。また、蓄電池やVPPの特性(高速応答性、充放電制約など)に特化した新たな市場商品を創設し、多様なリソースの参加を促進する。

  • VPP/DRの導入加速:アグリゲーターの市場参加資格要件を緩和し、参入障壁を下げる。スマートメーターで取得される電力消費データを、需要家の同意に基づき、需要家が指定する第三者(アグリゲーター等)へリアルタイムで提供することを制度的に義務化し、家庭部門のDRポテンシャルを解放する。

  • 蓄電池導入の迅速化系統用蓄電池の設置に関する許認可プロセスを一本化する「ワンストップ窓口」を設置し、リードタイムとソフトコストを削減する。

中期(3~7年):柔軟性インフラの戦略的構築

  • 重点的な系統投資:OCCTOが策定する広域系統長期方針に基づき、特に費用対効果の高い地域間連系線の増強プロジェクト(例:北海道・本州間、東北・東京間)を国家的な優先プロジェクトと位置づけ、計画を前倒しで実行する 36

  • 市場設計の進化時間前市場のゲートクローズ(取引締切時間)を、現在の実需給1時間前から30分前、将来的には15分前へと段階的に短縮する。これにより、VRE発電事業者がより実需給に近い時点で予測誤差を修正する機会が増え、インバランスの低減につながる。

  • FIPビジネスモデルのスケールアップ:透明性の高いデータ公開や標準契約モデルの整備を通じて、アグリゲーション市場の健全な競争環境を育成する。

長期(7年~):完全な柔軟性を持つグリッドへのビジョン

長期的には、電力網そのものが、中央集権的な指令系統から、無数のリソースが自律的に協調する動的なプラットフォームへと変貌を遂げるべきである。そこでは、一般送配電事業者は、インフラの維持管理者に留まらず、中立的な市場オペレーターとして、巨大なエコシステムから柔軟性を調達する役割を担う同時同量は、少数の大規模発電所による力任せの調整ではなく、AIによって協調制御された数百万のデバイス(蓄電池、EV、スマート家電)の集合的な応答によって、より精緻かつ効率的に達成される。

4.3 革新的ソリューション:「フレキシビリティ・ファースト」原則と地域柔軟性市場の創設

既存の枠組みの延長線上にはない、より抜本的な改革として、二つの革新的なソリューションの導入を提言する。

「フレキシビリティ・ファースト」原則の導入

これは、送配電事業者の設備投資計画における意思決定プロセスを根本から転換する考え方である。具体的には、送電線の混雑解消などを目的として、新たな送電線や変電所といった物理的な設備投資(Wires)を計画する前に、まずその代替手段となり得る蓄電池、VPP、省エネといった「ノン・ワイヤーズ・オルタナティブ(Non-Wires Alternatives, NWA)」によって、より低コストで同じ課題を解決できないかを、市場入札などを通じて公募・検証することを義務付ける原則である。

このアプローチは、硬直的な設備投資計画から、市場原理に基づいた最も経済合理的な解決策の選択へとシフトさせる。これにより、過大なインフラ投資を回避し、社会全体のコストを抑制すると同時に、柔軟性リソースを提供する事業者に対して新たなビジネス機会を創出することができる。

地域柔軟性市場(ローカル・フレキシビリティ・マーケット)の創設

再エネの普及が進むと、送電網の混雑は、基幹系統だけでなく、より需要家に近い配電網レベルで頻発するようになる。現状では、こうした局所的な混雑に対して、一般送配電事業者が広域的かつ一律に出力抑制を指示するしかない。

これに対し、欧州の先進的な取り組みを参考に、「地域柔軟性市場」を創設することを提言する 68。これは、配電網を管理する事業者が、特定のエリア(例:ある変電所の配下)で将来予測される混雑を解消するために、そのエリア内に存在するDER(家庭用蓄電池やEV、工場の自家発電など)から、必要な時間帯に柔軟性(需要削減や電力供給)を買い取るための市場である。

この仕組みは、一般送配電事業者の役割を、受動的なインフラ管理者から、能動的な市場オペレーターへと変革させる。ある地域のVPPアグリゲーターは、JEPXや需給調整市場といった全国市場で価値を売買するだけでなく、地元の配電事業者と「地域内の混雑解消サービス」の提供契約を結ぶといった、新たな収益源を確保できるようになる。

このアプローチは、高価な配電網の増強を先送りできるだけでなく、市場メカニズムの力を活用して、系統の最も弱い部分にピンポイントで、かつ最も効率的な解決策を導き出すことを可能にする。それは、インバランス料金の改革から始まった「柔軟性の価値化」という流れの、論理的な帰結点であり、電力システムを末端の「グリッドエッジ」から最適化する、真の分散型エネルギーシステムへの扉を開くものとなるだろう。

結論:原則は不変、されど手法は進化せねばならない

本稿で解き明かしてきたように、「同時同量の原則」という物理法則そのものは、未来永劫変わることのない、電力システムの不変の真理である。しかし、その絶対的な原則を達成するための「手法」は、今、歴史的な転換点にある。

我々は、少数の大規模な火力・水力発電所という、いわば機械式の「スレッジハンマー」に依存して需給バランスを維持してきた時代から、無数の分散型リソース、すなわち蓄電池、電気自動車、スマート家電といったデジタル制御された「メス」の集合体によって、より精緻にバランスを達成する時代へと移行しつつある。この移行を円滑に進めるための潤滑油であり、同時に羅針盤となるのが、インテリジェントに設計された市場メカニズムである。

日本のエネルギー転換の成功は、この歴史的な移行をいかに迅速かつ効果的に成し遂げられるかにかかっている。

柔軟性(フレキシビリティ)を、未来の電力システムの新たな「中核的組織原理」として明確に位置づけ、それに基づいて市場、技術、制度を再設計すること。

それこそが、日本が気候変動という地球規模の課題に対応し、同時に、より強靭で効率的、かつ経済的な競争力を持つ次世代のエネルギーシステムを構築するための、唯一の道である。同時同量の原則は不変である。しかし、その達成手段は、もはや進化を止めることを許されない。


付録:FAQとファクトチェック・サマリー

よくある質問(FAQ)

  • Q1: 「同時同量の原則」とは、具体的にどういう意味ですか?

    A1: 電力系統全体で、発電される電気の量(供給)と、消費される電気の量(需要)を、常に同じ量に保たなければならないという物理的な原則です。このバランスが崩れると、電力の品質の指標である「周波数」が乱れ、停電などの原因となります。

  • Q2: なぜ電力系統の「周波数」はそれほど重要なのでしょうか?

    A2: 周波数は電力の需給バランスを示すバロメーターです。工場で使われる精密機械や家庭の電子機器は、一定の周波数で動作するように設計されています。周波数が大きく乱れると、これらの機器が誤作動を起こしたり、故障したりする可能性があります。最悪の場合、発電所が連鎖的に停止し、大規模な停電につながるリスクがあります。

  • Q3: FIT制度とFIP制度の最も大きな違いは何ですか?

    A3: 最も大きな違いは、再エネ発電事業者が「市場リスク」と「インバランス(需給のズレ)の責任」を負うかどうかです。FIT制度では、国が定めた固定価格で電力が買い取られ、インバランスの責任も免除されていました。一方、FIP制度では、発電事業者は自ら市場で電力を販売し、市場価格の変動リスクとインバランスのコストを負担する必要があります。

  • Q4: なぜ、せっかく発電した再生可能エネルギーが「出力抑制」によって捨てられてしまうのですか?

    A4: 主に、晴れた休日など電力需要が少ない時間帯に、太陽光発電などによる供給が需要を上回ってしまうためです。余った電力を吸収する蓄電池や、他の地域に送るための送電線の容量が不足していると、電力系統の安定を保つために、発電を強制的に止める「出力抑制」が行われます。これは、システムの柔軟性が不足していることの現れです。

  • Q5: VPP(バーチャルパワープラント)は、どのように役立ちますか?

    A5: VPPは、家庭や工場などに散らばる小さな太陽光発電、蓄電池、EVなどをIoT技術で束ね、あたかも一つの大きな発電所のように制御する技術です。電力需要がピークの時には、これらの機器から一斉に放電したり、電力消費を少し抑えたりすることで、需給バランスの調整に貢献します。

  • Q6: 「ダックカーブ」問題を解決する方法は、蓄電池だけですか?

    A6: 蓄電池は非常に有効な解決策ですが、それだけではありません。電力需要を賢く制御する「デマンドレスポンス」、電力が余っている地域から不足している地域へ送るための「送電網の増強」、そして夕方の需要急増に対応できる「柔軟な火力発電」などを組み合わせた、総合的なアプローチが重要となります。

ファクトチェック・サマリー

本稿で引用した主要なデータポイントと、その出典は以下の通りです。記事の信頼性を担保するため、これらの事実は公的機関や信頼性の高い研究機関の公表資料に基づいています。

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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