海外脱炭素CVC・スタートアップファクトリー徹底解剖〜日本のGXを加速する次の一手〜

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

むずかしいエネルギーをかんたんに
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目次

海外脱炭素CVC・スタートアップファクトリー徹底解剖〜日本のGXを加速する次の一手〜

序論:2025年、脱炭素化のパラドックス

2025年、世界の脱炭素化に向けた取り組みは、かつてないほどの規模に達した一方で、深刻なパラドックスに直面している。BloombergNEFの最新レポートによれば、2024年のエネルギー移行への世界投資額は過去最高の2.1兆ドルに達した 1。しかし、その成長率は11%にとどまり、過去3年間の年率24〜29%という急成長から著しく鈍化している 1。さらに深刻なのは、未来の脱炭素化を担うはずのクライメートテック(気候テック)分野へのエクイティファイナンスが3年連続で縮小し、前年比40%減の507億ドルにまで落ち込んだことである 1

この数字が描き出すのは、二極化する市場の姿だ。資本は、電気自動車(EV)や再生可能エネルギーといった、商業的に確立されリスクが低い「成熟技術」へと集中する一方、次世代の脱炭素化に不可欠な、研究開発に時間と多額の資金を要する「新興技術」は、深刻な資金不足、いわゆる「死の谷」に直面している。この市場の機能不全ともいえる状況は、従来のイノベーション創出モデルの限界を露呈している。

このような挑戦的な環境下で、世界のイノベーションエコシステムは、より洗練された2つのモデルを進化させてきた。一つは、単なる財務リターン追求から、企業変革の戦略的エンジンへと脱皮を遂げたコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)。もう一つは、市場のリスク回避的な姿勢を乗り越えるために、第一原理思考でディープテック企業を体系的に「創造」する新しいパラダイム、スタートアップファクトリー(ベンチャービルダー)である。

本レポートの目的は、これら世界の最先端プレーヤーたちの戦略を単に紹介することではない。彼らのモデルを解剖し、その背後にある戦略的思考を深く理解することを通じて、日本のグリーン・トランスフォーメーション(GX)を阻む構造的・本質的な課題を特定し、日本の産業構造や文化に根差した、実効性のある次の一手を提示することにある。これはもはや学術的な探求ではなく、日本の未来の競争力を左右する、喫緊の戦略的要請である。

第1章:世界の脱炭素投資マップ:二極化する資本の流れ

マクロトレンド分析:記録的な資本と減速するモメンタム

2024年のエネルギー移行投資額2.1兆ドルという数字は、脱炭素化がグローバル経済の主要テーマであることを明確に示している。この記録的な投資を牽引したのは、主に3つの成熟分野である。電気輸送(EV、充電インフラ等)が7,577億ドル、再生可能エネルギー(太陽光、風力等)が7,280億ドル、そして電力網の近代化が3,900億ドルと、それぞれ過去最高の投資額を記録した 1

しかし、この成長の裏側では、市場の質的な変化が進行している。金利の上昇と経済の不確実性を背景に、投資家の選別眼は厳しさを増し、以前のような熱狂的な成長は影を潜めた 1。11%という成長率は、市場が新たな均衡点を模索する成熟期に入ったことを示唆している。

大いなる分岐:成熟技術と新興技術の格差

現在の投資環境で最も憂慮すべきは、資本配分における深刻な「分岐」である。商業的に確立され、事業モデルが明確な技術群(再生可能エネルギー、EV、エネルギー貯蔵、電力網)は、1兆9,300億ドル(前年比14.7%増)もの資金を引き寄せた 1。これに対し、水素、二酸化炭素回収・貯留(CCS)、産業電化といった、より困難な課題を解決するための新興・ディープテック分野への投資は、わずか1,550億ドルにとどまり、前年から23%も急落した 1

このデータが示すのは、単なるトレンドではない。高金利環境下における、市場全体のシステミックな「安全資産への逃避」である。従来のベンチャーキャピタル(VC)モデルは、多くの失敗を少数の大成功で補うポートフォリオ理論に依存してきた。しかし、このモデルは、ディープテック・クライメートソリューションに特有の、長く資本集約的な研究開発サイクルを支えるには限界にきている。その結果、最も脱炭素化が困難な「ハード・トゥ・アベート」セクターを解決する鍵となる技術群に、構造的な資金供給ギャップが生まれているのだ。この市場の失敗こそが、後述するスタートアップファクトリーのような新しいイノベーション創出モデルの台頭を促す根本的な要因となっている。

地政学的パワーシフト:中国の独走と欧米の停滞

投資の地理的分布もまた、大きな変化を見せている。2024年、中国は8,180億ドルを投じ、世界のエネルギー移行投資を牽引した。この額は米国、EU、英国の合計を上回り、2024年の世界全体の投資増加額の3分の2を中国一国で占めるという驚異的な結果となった 1

対照的に、2023年の成長を牽引した欧米諸国は伸び悩んだ。米国の投資額は3,380億ドルで横ばい、EUは3,750億ドル、英国は653億ドルへとそれぞれ減少した 1。これは、産業政策やサプライチェーン戦略におけるアプローチの違いを浮き彫りにしており、特に中国が国家主導で巨大な国内市場と製造基盤を確立し、投資を呼び込んでいる構図が鮮明になっている。

厳しい現実:年間5.6兆ドルの投資ギャップ

記録的な投資額にもかかわらず、我々は依然としてパリ協定の目標達成には程遠い。BNEFの分析によれば、世界が2050年ネットゼロの軌道に乗るためには、2025年から2030年にかけて、毎年平均5.6兆ドルの投資が必要とされる 1。現在の2.1兆ドルという水準は、必要額のわずか37%に過ぎない。この巨大なギャップは、単なる漸進的な改善ではなく、イノベーションを飛躍的に加速させる触媒的なメカニズムが不可欠であることを物語っている。

第2章:脱炭素化のエンジンとしてのCVC:巨人たちの戦略

従来のCVCが財務リターンを主目的としていたのに対し、脱炭素時代における先進的なCVCは、親会社の生存と変革をかけた戦略的ツールへと進化している。そのアプローチは、エネルギーメジャーのような「旧来の巨人」と、テクノロジー企業のような「新しい巨人」とで、明確な違いを見せている。

「旧来の巨人」の再発明:エネルギーメジャーの戦略的転換

エネルギーメジャーは、自社の巨大な既存事業と専門知識をテコに、CVCを脱炭素化への移行を加速させるための重要な手段と位置づけている。

ユースケース1:「事業統合」モデル(シェル・ベンチャーズ)

シェル・ベンチャーズの戦略は、自社の広範な事業活動を直接脱炭素化できるスタートアップに投資し、緊密に連携することに主眼を置く。「コア事業のためのイノベーション」と言える。

その典型例が、船舶用バッテリーソリューションを提供するCorvus Energyへの投資である。投資後、シェルの事業部門であるシェル・エナジーが、Corvusのバッテリーを搭載したハイブリッドタグボートに再生可能エネルギー証書を供給するという、CVC投資先と親会社の事業部門が一体となったクローズドループのシナジーを創出している 5。また、航空燃料管理をデジタル化するi6 Groupとの協業は、シェル・アビエーションのコア事業の効率を直接的に向上させる事例である 6

ユースケース2:「戦略的多角化」モデル(エクイノール・ベンチャーズ)

エクイノール・ベンチャーズの戦略は、CVCを次世代のエネルギーシステムにおける新たな事業の柱を構築するための「研究開発の前哨基地」として活用することにある。

そのポートフォリオは、炭素管理(例:Captura, Carbon Clean)、新燃料(例:Electric Hydrogen, H2Site)、電力・系統安定化(例:Commonwealth Fusion Systems, Arcadia)といった、未来の事業領域ごとに明確なクラスターを形成している 7。これは、エクイノールが将来のリーダーとなることを目指す市場において、意図的に技術と知見を獲得・蓄積するための、計算された戦略である。

ユースケース3:「未来エネルギー基金」モデル(シェブロン・テクノロジー・ベンチャーズ)

シェブロン・テクノロジーズ・ベンチャーズは、「Future Energy Fund」という専門ファンドをシリーズで設立(総額約10億ドル)し、産業の脱炭素化、次世代モビリティ、エネルギーの分散化といった特定のテーマに集中的に投資する、体系的なアプローチを採用している 8。これは、核融合(Zap Energy)や炭素回収(Carbon Engineering, Svante)といったハイリスク・ハイリターンな領域を含め、未来に向けた多様な選択肢に投資するという、経営レベルでの明確な意思決定を反映している 8

「新しい巨人」の電化戦略:テクノロジー&インダストリアル企業

テクノロジー企業や産業機器メーカーは、自社のビジネスモデルや顧客基盤を活かし、独自のCVC戦略を展開している。

ユースケース4:「需要創出エコシステム」モデル(アマゾン・クライメート・プレッジ・ファンド)

初期投資額20億ドルを誇るアマゾン・クライメート・プレッジ・ファンドは、戦略的CVCの最高傑作と言える。その投資哲学は明快で、「アマゾン自身の2040年ネットゼロ達成に貢献する企業」に投資することである 12

ポートフォリオは、アマゾンの巨大な事業活動から生じるカーボンフットプリントをそのまま映し出す鏡となっている。輸送・物流(EVメーカーのRivian)、データセンター向けのエネルギー生成、梱包材のための製造・素材、そして炭素除去技術(例:CarbonCure)など、多岐にわたる 12。アマゾンは、投資先にとって究極の「最初の顧客(ファーストカスタマー)」となり、その巨大な事業規模を活かしてスケールアップを支援することで、他にはない市場投入ルートを提供している。

ユースケース5:「中核事業隣接」モデル(シュナイダーエレクトリック・ベンチャーズ)

5億ユーロ超の規模を持つSE Venturesは、シュナイダーエレクトリックの中核事業であるデジタルオートメーションとエネルギーマネジメントを強化するスタートアップに投資する 17電化、デジタル化、脱炭素化に焦点を当て、シュナイダーの既存製品やサービスに統合可能な技術エコシステムを構築している 18

CVC脱炭素化戦略の比較分析

CVC部門 親会社 戦略モデル 主要投資分野 代表的な投資先 主要なシナジーメカニズム
シェル・ベンチャーズ シェル 事業統合 自社事業の脱炭素化、効率化

Corvus Energy, i6 Group, Value Group 5

親会社の事業部門が最初の顧客となり、技術を大規模に展開
エクイノール・ベンチャーズ エクイノール 戦略的多角化 炭素管理、新燃料、電力・系統安定化

Carbon Clean, Electric Hydrogen, Commonwealth Fusion Systems 7

未来の事業の柱を構築するための技術・知見獲得
シェブロン・テクノロジー・ベンチャーズ シェブロン 未来エネルギー基金 産業脱炭素化、次世代モビリティ、エネルギー分散化

Zap Energy, Carbon Engineering, Svante, Natron Energy 8

テーマ別ファンドによる体系的な未来の選択肢への投資
アマゾン・クライメート・プレッジ・ファンド アマゾン 需要創出エコシステム 輸送、エネルギー生成、製造・素材、炭素除去

Rivian, BETA Technologies, CarbonCure 15

自社のネットゼロ目標達成のために、投資先を最大の顧客として支援
シュナイダーエレクトリック・ベンチャーズ シュナイダーエレクトリック 中核事業隣接 電化、デジタル化、脱炭素化

Energetic Insurance 20

投資先の技術を自社製品・サービスに統合し、エコシステムを強化

この比較表は、単なる投資先のリストを超え、資本の背後にある「戦略的意図」を可視化する。日本の経営者にとって、これは自社の資産、事業構造、長期目標に照らし、「我々はシェル型の『オペレーター』か、エクイノール型の『多角化推進者』か、それともアマゾン型の『需要創造者』か?」という問いを立てるための、実践的な意思決定ツールとなる。

第3章:スタートアップファクトリー革命:第一原理からの気候テック企業創出

従来のアクセラレーターやインキュベーターが既存のスタートアップを「支援」するのに対し、ベンチャービルダーやベンチャースタジオとも呼ばれる「スタートアップファクトリー」は、アイデアの原点から企業を「共同創業者」としてゼロから構築する、より深く、集中的なモデルである 21。彼らは、第1章で指摘したディープテック分野への構造的な資金供給ギャップという「市場の失敗」に対する、体系的なソリューションとして登場した。

モデル1:「チーム第一」のベンチャービルダー(Carbon13)

Carbon13の核心的な思想は、インパクトの大きい気候テックスタートアップを創出する上での最大の障壁は、「世界クラスの学際的な創業チームの組成」にあるというものだ。

  • 方法論:彼らのベンチャービルダー・プログラムは、技術、商業、科学など多様なバックグラウンドを持つ約80名の才能ある個人を集め、アイデアを固める前に、構造化された「チーミング」フェーズを通じて、まず最適な創業チームを結成させることに重点を置く 25

  • エコシステム:チーム結成後は、400名を超えるドメインエキスパート、Barclays Eagle Labsなどの企業パートナー、そしてCarbon13自身のSEISファンドからのシード投資への明確な道筋といった、広範な支援ネットワークを提供する 27

  • ポートフォリオ事例:彼らの投資先は、Materials Nexus(AIによる新素材開発)、Cocoon(グリーンセメント・鉄鋼)、Nium(グリーンアンモニア)など、脱炭素化が困難なセクター向けのディープテックやハードテックに集中している 27

モデル2:「アウトカム第一」のベンチャー・クリエーター(Deep Science Ventures)

Deep Science Ventures (DSV) は、さらにラディカルな第一原理思考のアプローチをとる。彼らの出発点は、チームでもアイデアでもなく、「地球温暖化を逆転させる」といった、達成すべき「アウトカム(成果)」である。

  • 方法論:まず達成すべきアウトカムを定義し、そこから逆算して、ソリューションに求められる科学的・商業的要件を特定する。その上で、そのアウトカムを達成するためだけに、最適な「創業者タイプの科学者」をリクルートし、企業をゼロから設計する 31

  • 資金調達とIP創出:DSVのモデルは、企業設立前の最もリスクが高い段階で、新たな知的財産(IP)を創出することを含む。このため、Renaissance Philanthropyのような慈善団体や、ドイツのSPRINDのような政府系機関と連携し、このプレカンパニー段階の研究開発に資金を供給する 32。彼らが創設した「Venture Science Doctorate」は、次世代の科学者起業家を育成するための画期的な仕組みである 36

  • ポートフォリオ事例Mission Zero(直接空気回収:DAC)、Parallel Carbon(炭素除去:CDR)、Rhizocore(菌根菌による森林再生)といったベンチャーは、巨大でシステミックな課題解決に焦点を当てる彼らのアプローチを明確に示している 32

これらのスタートアップファクトリーは、単なる新しい投資モデルではない。彼らは、伝統的なVCがもはや引き受けなくなった、チーム組成や基礎研究といった、企業創造の最もリスクの高い初期段階を「内製化」する。これにより、リスク回避的な市場でも投資を受け入れられる「インベストメント・グレード(投資適格)」のディープテック・スタートアップを意図的に創出している。これは、日本のGXがディープテック分野で成功するためには、単にスタートアップに資金を供給するだけでなく、彼らを「創造」するメカニズムそのものを構築する必要があることを示唆している。

第4章:主要な戦場:戦略的資本が投下される領域

世界のCVCやスタートアップファクトリーは、特定の技術領域に戦略的に資本を集中させている。これらの領域は、脱炭素化の成否を分ける「戦場」となっている。

炭素管理(CCUS & DAC):政策主導のゴールドラッシュ

この分野における最大のゲームチェンジャーは、米国のインフレ削減法(IRA)である。特に、回収した1トンあたり最大85ドルの税額控除を与える45Q条項の拡充は、CCUSプロジェクトの経済性を根本から覆し、強力な「需要創出(デマンドプル)」型のインセンティブを生み出した 37

これにより、米国では2022年以降、270件以上のプロジェクトが発表され、数十億ドル規模の設備投資が計画されている 37。エネルギーメジャーのCVCは、自社のコアコンピタンスと合致するこの分野に重点的に投資している。45Qの成功は、適切に設計された長期的な政策が、いかにして気候技術の市場を創造できるかを示す強力な証左である。同時に、近年の政治的な不確実性やIRA見直しの動きは、この進展がいかに脆弱であるかも示しており、資本の一時停止や国際的な再配分を引き起こしている 39

クリーン水素:45V 対 45Qの難題

IRAはまた、クリーン水素1kgあたり最大3ドルの生産税額控除を与える45V条項を新設した。これにより、特に化石燃料由来の「ブルー水素」の生産者は、回収した炭素に対して45Qの控除を申請するか、生産した低炭素水素に対して45Vの控除を申請するか、という戦略的な選択を迫られている 38

この選択は、炭素回収率やライフサイクル全体の排出量によって決まる複雑な最適化問題であり、エクイノールの「新燃料」ポートフォリオに含まれるような企業とCVCが、解決に向けて積極的に取り組んでいるテーマである 7

エネルギー貯蔵と系統安定化:不可欠な実現要素

再生可能エネルギーの導入が拡大するにつれて、電力系統の安定性維持が最重要課題となる。これにより、バッテリーや長時間エネルギー貯蔵、そして系統管理ソフトウェアは、最優先の投資対象となっている。

シェブロン(Natron Energy)やエクイノール(Beyonder, Elestor, Mainspring)のようなCVCは、この領域がエネルギー移行全体の成否を握る要であると認識し、多額の投資を行っている 7

ハード・トゥ・アベート産業(セメント、鉄鋼、化学):ディープテックの次なるフロンティア

ここは、ベンチャービルダーモデルが最も輝きを放つ領域である。Carbon13のポートフォリオ企業であるMaterials Nexusは、AIを駆使して全く新しい低炭素素材を発見するという、リスクが高く長期的な研究開発に取り組んでいる 27このような基礎科学的なブレークスルーを必要とする分野は、伝統的なVCには不向きだが、「アウトカム第一」で企業を創造するファクトリーにとっては理想的なターゲットとなる。これらの産業は巨大な潜在市場を持つ、脱炭素化の最後の、そして最大のフロンティアである。

第5章:日本への教訓:構造的課題の特定と実践的ソリューションの提言

これまでのグローバルな動向分析を踏まえ、日本のGXが直面する構造的・本質的な課題を特定し、それに対する具体的な解決策を提言する。

日本の構造的課題の診断

仮説1:CVCとスタートアップの「統合ギャップ」

日本の大企業もCVC活動を活発化させているが、その多くは財務リターンや周辺技術の探索を主目的としており、シェルが見せるような事業部門との深い「事業統合」モデル 5 や、アマゾンのような親会社が最初の巨大顧客となる「需要創出エコシステム」モデル 12 とは大きな隔たりがある。この「統合ギャップ」により、国内スタートアップはスケールアップの機会を逸し、大企業側もイノベーションの取り込みに失敗するという、共倒れのリスクを抱えている。

仮説2:「ベンチャー創造」機能の欠如

日本には、優れた企業の研究開発部門や大学の研究シーズは豊富に存在する。しかし、欧米で見られるような、それらのシーズや人材を体系的に結合させ、世界レベルのディープテック・ベンチャーへと昇華させる専門的な「スタートアップファクトリー」(例:Carbon13, DSV, Marble 21)が決定的に不足している。結果として、有望な科学技術や人材が事業化に至らず、「死の谷」で停滞するボトルネックが生じている。企業を「創造」するプロセス自体が、体系的に設計されていないのだ。

仮説3:「需要創出(デマンドプル)」型政策の不足

NEDOのグリーンイノベーション(GI)基金 42 に代表される日本の政府支援は、研究開発助成といった「供給側(サプライプッシュ)」への支援に重点が置かれている。これは、IRAが45Qや45Vといった税額控除を通じて、グリーン製品に対する巨大で、長期的かつ銀行融資可能な「需要」を創出するアプローチとは対照的である。この強力な市場シグナルの欠如が、民間資本が国内の大規模プロジェクトに自信を持って投資することを困難にしている。

日本のGXを加速する三位一体の戦略

上記の課題解決に向け、企業、エコシステム、そして政策立案者が一体となって取り組むべき、三つの具体的なソリューションを提言する。

ソリューション1(企業向け):CVCを「戦略的統合エンジン」へ進化させる

  • アクション:日本の大企業は、CVCの評価基準を、単独の財務リターンから戦略的価値へとシフトさせるべきである。具体的には、事業部門と連携し、投資先スタートアップの技術を自社の特定の脱炭素化課題解決のために積極的に試験導入(パイロット)し、実装する専門の「デプロイメント・チーム」を設置する。CVCの業績評価の一部に、社内での実装成功件数や、それによる排出削減量を組み込むことが有効である。これは、シェルやアマゾンの成功モデルに倣うものである。

ソリューション2(エコシステム向け):「日本型脱炭素ファクトリー」の創設

  • アクション:官民連携の形で、世界レベルの「脱炭素ファクトリー」を日本に設立することを提言する。この組織は、Carbon13の「チーム第一」アプローチを用いて日本の多様な人材(技術者、経営者)を結集させると同時に、DSVの「アウトカム第一」アプローチを用いて、日本が産業的に優位性を持つ領域(例:先端材料、水素技術、高効率製造技術)の課題解決に特化するハイブリッドモデルを採用する。年間5〜10社のディープテック・クライメートベンチャーを体系的に創出することを目指す。

ソリューション3(政策立案者向け):「ターゲット型需要創出政策」の設計

  • アクション:既存の研究開発支援を補完し、強力な需要側のインセンティブを設計する。具体的には、以下の政策が考えられる。

    • 差額決済契約(Carbon Contracts for Difference, CCfDs):政府がグリーン製品(例:グリーン鉄鋼、SAF)の買取価格を保証し、生産設備への民間投資リスクを劇的に低減させる。

    • 事前購入コミットメント(Advanced Market Commitments):政府や公的機関が、開発段階の低炭素製品を将来的に大量購入することを約束し、スタートアップに初期の安定した市場を提供する。

    • 日本版IRA型税額控除:クリーン水素やCCSといった重要技術に対し、生産量に応じた税額控除(Production Tax Credit)を導入し、長期的で安定した投資シグナルを発信する。

結論と最終的な洞察

2025年、世界の脱炭素化を巡るイノベーションの最前線は、資本が豊富に存在する一方で、その流れは極めて選択的かつリスク回避的であるという現実を示している。この中で成功を収めているエコシステムは、単に資金を投下するのではなく、戦略的な企業資本、意図的な企業創造、そして強力な政策インセンティブを一つの cohesive なエンジンとして連携させる、洗練された「システム」を構築している。

日本のGX成功への道は、欧米モデルを単に模倣することではなく、その根底にある原理を日本の文脈に適応させることにある。供給側の技術開発を後押しする従来の「サプライプッシュ」型から、市場と需要を創造する「デマンドプル」型へとイノベーション戦略の重心を移すこと。企業のCVCを真の変革エージェントへと変貌させること。そして、ネットゼロの未来を定義する企業群を体系的に「創造」するという、大胆かつ新しいパラダイムを受け入れること。日本の真の挑戦は、今まさに始まろうとしている。


FAQ(よくある質問)

Q1: 2025年、世界の脱炭素投資の最大のトレンドは何ですか?

A1: 最大のトレンドは「二極化」です。世界のエネルギー移行投資は過去最高の2.1兆ドルに達しましたが、その大半はEVや再生可能エネルギーといった成熟技術に集中しています 1。一方で、水素やCCSなどの次世代ディープテックへの投資は前年比23%減と急落しており、資本が安全資産へ逃避する傾向が顕著になっています 1

Q2: コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)は脱炭素にどう貢献していますか?

A2: 先進的なCVCは、単なる投資部門ではなく、親会社の脱炭素化を加速する「戦略的エンジン」として機能しています。シェルのように自社事業に直接技術を統合する「事業統合」モデルや、アマゾンのように自社を巨大な最初の顧客として提供する「需要創出エコシステム」モデルなど、多様なアプローチでスタートアップの成長と社会実装を支援しています 5

Q3: 「脱炭素スタートアップファクトリー」とは何ですか?従来のVCとどう違いますか?

A3: スタートアップファクトリー(またはベンチャービルダー)は、既存の企業に投資する従来のVCとは異なり、アイデアの段階から「共同創業者」として企業をゼロから構築する組織です。Carbon13のように最適なチーム組成から始めるモデルや、Deep Science Venturesのように解決すべき課題(アウトカム)から逆算して企業を設計するモデルがあり、ディープテック分野の最もリスクの高い初期段階を体系的に乗り越える仕組みを提供します 25

Q4: 米国のインフレ削減法(IRA)は、なぜ世界のクライメートテック投資に大きな影響を与えるのですか?

A4: IRAは、研究開発への補助金(サプライプッシュ)だけでなく、クリーン水素の生産量やCO2の回収量に応じて長期的な税額控除(デマンドプル)を提供します 37。これにより、プロジェクトの収益性が予測可能になり、民間からの巨額の投資を呼び込む強力な市場シグナルとなっています。この政策が、世界の資本を米国に引き寄せる大きな要因となっています。

Q5: 日本の脱炭素(GX)が直面する根本的な課題は何ですか?

A5: 日本の課題は、技術や資金の不足というよりも、それらを結びつけて事業化する「仕組み」の欠如にあります。具体的には、①大企業のCVCとスタートアップの連携が薄い「統合ギャップ」、②ディープテック企業をゼロから生み出す「ベンチャー創造機能の欠如」、③市場を創出する「需要創出型政策の不足」という3つの構造的課題が挙げられます。


ファクトチェック・サマリー

本レポートは、2025年第3四半期時点で入手可能な最新データに基づき構成されています。主要な定量的データは、BloombergNEF発行の「Energy Transition Investment Trends 2025」 1、PwC発行の「State of Climate Tech」2025年版分析 45、および米国インフレ削減法(IRA)の影響に関する国際エネルギー機関(IEA)やマッキンゼー・アンド・カンパニーのレポート 47 といった権威ある情報源から引用しています。各企業のポートフォリオ詳細やベンチャービルダーの事業モデルに関する記述は、各組織の公式ウェブサイトやプレスリリースで公開されている情報に基づき、正確性を期すために相互参照を行っています。日本の政策に関する分析は、NEDOのグリーンイノベーション基金などの公開情報に基づいています 42

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