文化人類学・複雑系科学・再エネを接続する5つの未来社会シナリオ

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

むずかしいエネルギー診断をカンタンにエネがえる
むずかしいエネルギー診断をカンタンにエネがえる

文化人類学・複雑系科学・再エネを接続する5つの未来社会シナリオ

気候変動への危機感が高まる中、再生可能エネルギーへの転換は世界共通の喫緊課題です。しかし、その道筋は単純な技術論や経済論だけでは語れません。

エネルギー問題の本質には、人々の価値観や社会構造といった文化人類学的な要因、そして予測困難なシステムの振る舞いといった複雑系科学的な視点が深く関わっています

文化や社会の在り方がエネルギー転換の成否を左右し、エネルギーシステムは多数の要素が絡み合う複雑系としてしばしば意外な挙動を示します。そこで本記事では、文化人類学と複雑系科学という異なる知見を結び合わせ、再エネ社会の未来像を高解像度で描き出します。

本稿の目的は、文化と複雑系の視点から再エネ普及への課題と解決策を考察し、5つの仮想的な未来社会シナリオを提示することです。各シナリオは現状から未来への異なるパスを示し、それぞれに文化的要素とシステムの複雑性がどのように作用するかを描いています。日本の脱炭素戦略において克服すべき根源的な課題も、このシナリオ分析から浮かび上がってきます。最新の知見とデータに基づきつつ、専門家レベルの理論をできるだけ平易にひも解いていきます。

短期的な視点では見落とされがちな社会文化的な変容やシステム思考の重要性に光を当て、再エネ時代への移行シナリオを具体的に検討してみましょう。果たして私たちの社会はテクノロジー主導でスムーズに脱炭素を実現するのか、それとも文化の壁やシステムの複雑さに阻まれるのか――未来を洞察する旅に出発します。

エネルギー転換を文化人類学と複雑系科学から読み解く

まず、再生可能エネルギーへの移行を考える上で文化人類学的視点が不可欠です。

人々の価値観や社会の習慣は、新しいエネルギー技術の受容性を大きく左右します。例えば、権威や政策への不信感が根強い社会では、どんなに善意の再エネ政策であっても住民の抵抗に遭うことがあります。また、不確実性を嫌う文化では、太陽光・風力といった未知の技術より従来型の化石燃料に安心感を抱き、新技術への移行に慎重になる傾向があります。

実際ホフステードの文化次元で「不確実性回避」が高い国(例えば日本)は、革新的技術の採用に時間がかかるとの指摘もあります。一方で長期志向が強い文化では、目先の利益より将来世代の利益を重んじ、多少コストがかかっても再エネ導入を積極的に進める傾向があります。

このように文化的背景によってエネルギー選択の意思決定プロセスは大きく異なり、各地域固有の「エネルギー文化(Energy Culture)」が形成されています。エネルギー文化とは、その社会が歴史的に培ってきたエネルギー利用の様式や価値観の集合体であり、強固な文化的ロックイン(慣習の固定化)によって急激な転換が難しい場合もあります。したがって再エネ普及策を講じる際には、その地域の文化的文脈に合ったアプローチが重要です。

次に、複雑系科学の視点からエネルギー転換を見てみましょう。エネルギー供給網や社会経済システムは典型的な複雑系であり、単純な因果関係では測れない予期せぬ振る舞いを見せます。複雑系科学では、無数の要素が相互作用することで全体として思いがけない性質(創発)が現れることを明らかにしています。例えば一見良さそうな政策介入が別の問題を引き起こすケースがあります。

政策の副作用の例として、電気自動車(EV)普及を推進する政策は排出削減に有効ですが、充電需要の急増が電力グリッドに想定外の負荷をかけ、大規模停電リスクを高める可能性があります。このように相互依存性の高いシステムでは、部分最適の積み重ねが全体最適をもたらすとは限りません。一方で、複雑系は適応能力も備えています。市場や社会は新たな技術や規制に触発されて自律的に変化し、時に予測不能な方向に発展します。

再エネへの移行そのものが、一つの巨大な複雑適応系のプロセスと言えます。各国政府や企業、消費者の行動が相まって、トップダウンの計画通りではなく創発的に普及が進んでいくのです。このような不確実性の高い状況では、従来の直線的な予測志向から脱却し、柔軟でレジリエント(しなやかに適応できる)な戦略が求められます。複雑系科学は、シナリオ分析やエージェントベース・モデルなどを通じて、エネルギー転換に伴う様々なシステム反応をシミュレートし、意図せざる結果を事前に検討するのに役立ちます。

以上のように、文化のソフト面とシステムのハード面、両方の理解があってこそ持続可能なエネルギー社会への道筋が見えてきます。言い換えれば、「人間(文化)の問題」「システム(科学)の問題」は車の両輪です。この両者を統合的に捉えるシステム思考が今こそ必要とされています。次章では、この視点を踏まえた上で現在の再エネ移行の状況を概観し、そこから導かれる未来シナリオを考えていきます。

再生可能エネルギー移行の現状と課題

世界全体の停滞と変化の兆し

まずグローバルな視点で見れば、エネルギー転換は必ずしも順風満帆ではありません。世界のエネルギー構成を振り返ると、依然として約8割超が化石燃料に依存しており、この割合は30年前とほとんど変わっていません。

エネルギー効率の改善ペースも鈍化傾向にあり、2010年代後半には経済活動当たりのエネルギー消費削減率が1%程度に留まっています。これは再エネ技術が飛躍的に進歩した一方で、世界的なエネルギー需要増大や主要排出国の対策遅れによって、脱炭素のスピードが相殺されている現状を示唆します。特に世界最大級の排出国である米中印などでは、再エネシフトの準備不足が指摘され、化石燃料からの脱却が思うように進んでいません。

しかし一方で、希望の芽もあります。欧州連合(EU)を中心に政策主導で再エネ比率が向上している地域もありますし、価格競争力の向上により世界各地で太陽光発電や風力発電の新規導入量が過去最大規模を更新しています。また、電化や水素技術などエネルギー利用の電力シフトも徐々に各国で加速しており、エネルギー転換の臨界点(ティッピングポイント)に近づいているとの分析もあります。要は、世界全体の数字は停滞して見えても、その内実は地域差が大きく、進展が早いところと遅いところが混在しているのです。このような多様性も複雑系の特徴と言えるでしょう。一部の地域で生じた技術・政策の成功例がネットワーク効果で他地域に波及し、ある臨界点を超えると一気に転換が加速する可能性もあります。世界規模で見れば、脱炭素への道筋は一つではなく複数の軌道があり得るということです。

日本:遅れる再エネ導入と構造的な障壁

次に日本の状況を見てみます。日本は2011年の東日本大震災以降、エネルギー政策の見直しを迫られ、再生可能エネルギー導入も一時期加速しました。固定価格買取制度(FIT)導入後の数年間で太陽光発電を中心に導入容量が急増し、2010年に9.5%だった発電電力量に占める再エネ比率は2023年に22.9%まで上昇しています。しかし、近年その伸びは鈍化傾向にあり、**2030年に再エネ比率36~38%という政府目標の達成が危ぶまれる状況です。実際、2023年度の再エネ発電量増加率は前年から+5.9%と2010年以来最低の伸びに留まり、逆に再エネの出力制御(抑制)**量が過去最大の1.88GWhに達しました。これは再エネ設備の拡大に電力系統の整備が追いつかず、せっかく発電できても捨てざるを得ない電力が増えていることを意味します。

日本が再エネ普及で直面する構造的課題として、専門家から以下の点が指摘されています:

  • 電力会社の非協力的姿勢:国内大手電力会社(地域電力)は日本の発電設備容量の約75%を握りますが、自社では太陽光や風力への投資を最小限に抑え、依然として火力・原発重視の経営を続けています。再エネ比率44%という2030年の非化石電源義務もありますが、未達成でも実効的な罰則がなく、インセンティブが弱い状況です。結果として電力業界全体で再エネへの本気度が欠けています。

  • 送電網・系統の制約:風力や太陽光に適した地域(北海道・東北・九州など)と需要地の大都市圏が離れているため、長距離送電インフラの整備が不可欠ですが、日本では送電投資の規制や費用負担のルールが整っておらず、系統増強が進んでいません。さらに電力系統運用上、旧来の火力発電が優先され再エネ側が真っ先に出力制限されるルールも残っています。このため地方で発電ポテンシャルがあっても十分活かせない状況です。

  • 市場設計と証書制度の問題:再エネ価値を取引する非化石証書(NFC)制度がありますが、電力会社はこの制度を形だけ利用し自社では再エネ開発を進めないケースが多いです。しかも市場に出回る証書の多くは原子力由来で、再エネ推進の実効性を欠いています。

  • 社会的受容性と手続き:大規模風力発電などでは環境影響評価に時間がかかり、地域住民の合意形成も難航する例が少なくありません。日本各地で風力発電への住民反対運動も起きており、その背景には自然環境への影響や景観・騒音への懸念、そして「外部からの開発」に対する地元の不信感があります。これはまさに文化的・社会的要因であり、日本固有の里山的景観を大事にする価値観や、意思決定プロセスへの不満などが絡んでいます。行政・事業者側の説明不足や利害調整の拙さも相まって、社会的合意形成のコストが非常に高くついているのが現状です。

以上のような構造的な障壁により、日本の再エネ展開は停滞感が否めません。政府は2025年2月に第7次エネルギー基本計画を策定し「再エネを主力電源化」すると謳っていますが、実際には先述の課題にメスを入れる具体策が不十分との指摘があります。このままではエネルギー安全保障上のリスク(化石燃料の海外依存)も高まる一方で、2050年カーボンニュートラルの達成も危ぶまれます。日本はエネルギー自給率が2023年時点で15.2%とOECD諸国で下から2番目という低水準にあり、地政学リスクや燃料価格変動による影響を大きく受けやすい国です。その意味でも、再エネ拡大による自給率向上と脱炭素の両立は急務なのです。

しかしながら、日本にも明るい兆しは存在します。例えば福島県や秋田県など、地域主体で再エネ導入を進め成功を収めている事例があります。これらの地域では行政と地元金融機関が連携して送電網整備や用地確保を行い、地域の合意形成を丁寧に図りながらプロジェクトを進めています。

また経産省や環境省も近年は地域主導のエネルギー事業を支援する制度を拡充しつつあります。農林水産省は農山漁村での再エネ導入を促進し、林業×バイオマス、漁業×洋上風力、酪農×バイオガス、農業×ソーラーシェアリングといった産業融合モデルを推進しています。こうした取り組みは、再エネ開発を単なる外部資本のビジネスではなく地域の価値創造につなげるものであり、利益を地元に還元しつつ環境影響も最小化する狙いがあります。地元産業と調和した再エネ導入は住民の理解も得やすく、風景破壊などへの反発を和らげる効果が期待できます。日本全体でこれらのベストプラクティスを共有し、障壁を乗り越える政策的な手当てを講じれば、再エネ普及の停滞を打破できる可能性があります。

以上、現状の課題を整理しました。次章では、こうした課題を踏まえつつ5つの未来社会シナリオを描いてみます。シナリオは未来を予測するものではなく、複数の「あり得る未来」を構想する思考実験です。各シナリオは極端な仮定も含みますが、それによって逆に現実への洞察が深まります。異なる価値観や前提条件の下でどのような世界が展開し得るかを比較することで、私たちは現時点での選択肢とその影響をよりクリアに認識できるのです。それでは、未来への扉を開けてみましょう。

5つの未来社会シナリオ:文化・複雑系が導く世界像

ここでは、文化人類学と複雑系科学の観点を織り交ぜながら、再エネ普及と脱炭素化がどのように進むかについての5つの仮想シナリオを提示します。それぞれシナリオ1~5は、異なる社会の意思決定や価値観、技術の展開によって生じる可能性のある未来像を描いたものです。いずれも現実の延長線上にあり得る話ですが、強調点が異なることで社会の様相が大きく変わります。以下、各シナリオの特徴とそこに至るまでの道筋、文化・複雑系要因の関与について詳しく見ていきます。

シナリオ1: 技術革新と国際協調が牽引する未来

概要:このシナリオでは、世界各国が気候危機への共通認識を深め、前例のない規模で協調行動を取ります。政府間の合意と巨額の投資によって、再生可能エネルギーや蓄電池、水素インフラなどに集中投資が行われ、2030年代前半までに主要技術ブレークスルーが相次ぎます。結果として2050年までに世界的に炭素排出ネットゼロが達成され、気候変動も何とか危険水域手前で踏みとどまる未来です。いわば「テクノロジー楽観型」の成功シナリオであり、各国政府の強力な主導とグローバルな協力体制が特徴です。

社会・文化的側面:国際協調がうまく機能した背景には、人類全体の危機に対して共有された価値観の醸成があります。気候変動による災害が頻発し「人新世の危機」が実感される中で、人々の間に「地球市民意識」が高まります。文化人類学的には、これまでの国家・民族単位のアイデンティティよりも「人類共同体」としての連帯感が強まり、持続可能性が道徳的規範の中心に据えられるようになります。教育やメディアもこの変化を後押しし、特に若い世代を中心にプロエコな文化運動がグローバルに拡散しました。結果として、化石燃料に依存した20世紀型の生活様式は「古いもの」「時代遅れ」とみなされ、クリーンな技術とライフスタイルこそが進歩的であるとの新たな物語(ナラティブ)が社会に浸透します。この物語によって、再エネ転換への大衆的支持が盤石なものとなりました。

複雑系的側面:技術面では、AIとスーパーコンピュータの活用によってエネルギーシステムの高度な統合管理が可能になりました。電力網はスマートグリッド化され、需要予測と再エネ供給の変動をリアルタイムでマッチングすることで大規模停電のリスクを低減しています。複雑系科学の知見が政策立案にも活かされ、システム全体のフィードバックや遅延効果を考慮した適応的ガバナンスが導入されました。例えば炭素税一つにしても、その経済・技術・排出への長期的波及効果をシミュレーションしながら段階的に調整されます。複雑系の理論を背景に、社会インフラは冗長性と多様性を持つよう設計され、一箇所のトラブルが全体崩壊に連鎖しないようになっています。これにより、大規模システムでありながらレジリエンスを確保した持続可能社会が成立しました。

結果:エネルギー自給が各国で向上し、日本も2035年頃にはエネルギー自給率50%超を達成。脱炭素と経済成長の両立も果たされ、「グリーン成長」は机上の空論ではなく現実のものとなりました。シナリオ1の未来社会は、技術と国際協力によって人類が気候危機を克服した希望に満ちた世界です。ただしこの裏側には、各国政府の強権的な政策介入や巨額投資を可能にするだけの政治的合意形成という、高いハードルを乗り越える必要がありました。このシナリオが実現する鍵は、「危機の共有」と「相互信頼」という文化的条件がグローバルに整うかどうかにかかっていたと言えるでしょう。

シナリオ2: 分散型コミュニティ主導の未来

概要:このシナリオでは、中央集権的な大規模インフラよりも地域分散型のエネルギーシステムが主流となります。各地のコミュニティや自治体、協同組合が主体となって地産地消の再エネを導入し、マイクログリッドやオフグリッドでエネルギーを賄う動きが広がりました。国家レベルの政策が必ずしも強力ではない中、草の根の市民活動やローカルビジネスのイノベーションによってボトムアップに脱炭素化が進む未来像です。技術革新はシナリオ1ほど大規模ではありませんが、小型分散電源や蓄電池のコスト低下、デジタル技術によるピアツーピアのエネルギー取引(ブロックチェーン活用など)が市民の手に届く形で定着します。

社会・文化的側面:この未来では、地域コミュニティの絆や自立性がクローズアップされています。大消費地への一極集中から地方分散への人口移動も起こり、各地で地域再生とエネルギー自給が結びついた新たな暮らし方が模索されました。文化人類学的には、人々の価値観が共同体志向・エコ志向へと転換し、「自分たちのエネルギーは自分たちで作る」という意識が広がります。そこには、中央政府や大企業への信頼低下も背景にあります。大規模システムへの不安感(災害時の脆弱性や価格高騰など)から、むしろローカルな繋がりの中で安心を得ようという動きです。エネルギー協同組合や市民電力会社が各地で設立され、住民が出資・運営に参画する形で風車や太陽光パネルを設置するケースが一般化しました。文化的多様性も尊重され、地域ごとの風土・伝統に見合ったエネルギー計画が立案されます。例えば森林資源が豊富な地域では木質バイオマスで暖房や発電をまかない、日射量の多い地域ではソーラーシェアリングで農業と発電を両立させる、といった具合です。それぞれのコミュニティが自らの物語を紡ぎ、エネルギー自立が地域誇りの源泉ともなっています。

複雑系的側面:分散化が進んだことで、エネルギーシステム全体は以前にも増して複雑になりました。一国の中に数え切れないほどの小規模グリッドやプロシューマー(生産消費者)が存在し、相互に電力を融通し合うネットワークが形成されています。トップダウン型の制御は困難ですが、その代わり各構成要素がローカルに自己完結・自己適応することで、全体として高い安定性と柔軟性を確保しています。複雑系科学の視点からは、これは適応的自己組織化の一例と言えます。中央に巨大な制御塔を持たなくても、多数のエージェント(地域グリッド)が相互作用することで秩序だったパターン(全国規模での需給バランス維持)が現れています。万一、一部の地域が災害で被害を受けても他の地域がバックアップを提供でき、全体崩壊には至りません。生態系にたとえれば、単一作物モノカルチャーから多様なポリカルチャーへの転換です。送電ロスも減り、地域内で経済が回るためエネルギーの地産地消エコシステムが機能しています。

結果:シナリオ2の世界では、グローバルな炭素削減目標への合意が弱かった割には、結果的に再エネ普及が着実に進みました。一人ひとりのカーボンフットプリントは小さくなり、地域コミュニティのレジリエンスも向上しています。都市と地方の共生関係も再構築され、都市住民が地方の再エネ事業に出資し電力を融通してもらう、新しい相互扶助の仕組みが生まれました。日本でも、各地の自治体が主導するご当地エネルギー会社が乱立し、国全体の電力の相当部分を担うようになります。中央政府の役割は最低限の標準ルール整備と広域融通の調整にとどまり、エネルギー政策の重心は地域へ移りました。このシナリオは、派手な技術革命こそ起きていませんが、人々の協働と工夫によって「足元からの脱炭素」が実現した持続可能社会と言えます。一方で各コミュニティ間の経済格差や技術力の差が課題として残り、エネルギーの質や安定度が地域ごとに不均一になるという側面もあります。それでも、地域主導で未来を切り拓く力を私たちに示してくれる希望あるシナリオです。

シナリオ3: 企業主導のグリーン成長の未来

概要:このシナリオは、大手企業と市場メカニズムが脱炭素化を牽引する未来です。政府は最低限のカーボンプライシングや規制誘導を行うにとどまり、主役はテクノロジー企業やエネルギー産業の巨人たちです。再エネや蓄電池、水素などクリーン技術への投資競争が加熱し、革新的なソリューションが次々と生まれます。ただしその動機は「地球のため」というよりも、新たな市場機会や利益追求です。結果として2050年頃には主要企業の排出はほぼゼロに近づき、経済全体でも脱炭素はある程度達成されますが、同時に新たな課題も浮上する世界となっています。

社会・文化的側面:この未来では、一般市民のライフスタイルは従来の延長線上にあります。便利で快適な生活を好む風潮はそのままで、表面的にはエネルギー源がクリーンに置き換わっただけとも言えます。文化人類学的に見ると、人々の価値観は必ずしも大きく変わっていません。消費主義的な傾向も残り、「持続可能な消費」が盛んに謳われるものの、その実グリーンウォッシング的な商品やサービスも溢れています。つまり、文化の深い転換(価値観の変容)は限定的で、既存の社会システムの枠組みの中で技術的解決が図られた状況です。一方で若者を中心に環境意識の高まりはあり、企業側もそれを無視できずマーケティングに取り入れています。結果として大量生産・大量消費は続きますが、その裏側のエネルギーや資源調達は再エネ・リサイクル・カーボンオフセットで見かけ上クリーンに装飾されています。化石燃料由来製品は企業ブランドイメージ低下に繋がるため淘汰され、代替素材・電化製品が市場を占めました。ただし、この変化は上から与えられた便利さであり、市民自らが主体的にエネルギー転換を担ったシナリオ2とは対照的です。

複雑系的側面:企業主導の技術革新によって、一見システムはうまく回っているように見えます。しかしその内実は非常に高度に相互依存したグローバル・サプライチェーンに支えられており、複雑系としての脆弱性も孕んでいます。例えば、再エネ技術に必要な希少金属や部品の供給網は特定の国や企業に集中しており、地政学リスクや市場変動にさらされています。複雑系科学の観点からは、ある種の見かけの安定が構築された状態と言えます。大企業のもつビッグデータとAI解析で需要予測や在庫管理が極限まで効率化され、サプライチェーン全体がjust-in-timeで動いています。これにより無駄は削減されましたが、非線形的なショック(例えば大災害や紛争による生産拠点停止)が起これば、一気に連鎖的混乱が広がるリスクも指摘されます。複雑系理論で言う臨界点ギリギリで運用されるシステムとも言え、企業はそのことを認識しつつ冗長化とコストのバランスを模索しています。エネルギー面では、大規模集中発電所(洋上風力メガプロジェクトや広大なソーラーファーム)が引き続き主要電源であり、送電網は強靭化されてはいるものの集中システム特有のリスク(サイバー攻撃やシステム障害の波及)が残存しています。

結果:シナリオ3では、経済成長と脱炭素の両立が一応の形で実現しました。温室効果ガス排出量は急減し、気候変動の深刻化ペースは鈍化しています。巨大企業は「気候ソリューション企業」として新たな利潤源を確保し、株主資本主義もそのまま継続しています。しかし社会には新旧の格差が拡大しました。資本力のある企業や国は最新技術でクリーンな環境を享受できますが、途上国や中小企業は適応に苦労し、一部では取り残された化石燃料産業労働者の雇用喪失問題なども深刻化しています。日本でも、大手電機メーカーや商社が脱炭素ビジネスを牛耳り、ベンチャー企業はM&Aで吸収される形で集中が進みました。エネルギー料金は高度化投資のコストで若干上昇しましたが、消費者は利便性向上とトレードオフと受け入れています。このシナリオの教訓は、技術と市場の力で環境問題を解決できる部分もあるが、社会正義(ジャスティストランジション)の確保には別途の介入が必要だという点です。文化や価値観の抜本的変革なくしても表面的な脱炭素は可能かもしれませんが、その先に新たな課題が待ち受けることを示唆する未来像です。

シナリオ4: 文化・価値観の大転換による持続可能な未来

概要:このシナリオは、人々の価値観やライフスタイルそのものが大きく変容した結果として脱炭素社会が実現した未来です。技術開発のスピードは緩やかでも、経済成長至上主義からの脱却やスローライフ志向への転換が起こり、エネルギー需要自体が縮小しました。いわば「文明のソフトランディング」とも言えるシナリオで、華々しいテクノロジー革命よりも、精神的・文化的革命が社会を動かしたパターンです。

社会・文化的側面:この未来では、「何が豊かさか」の定義が見直されました。大量消費や便利さだけを追求する暮らしから、質素でも心満たされる持続可能な暮らしへと人々の志向がシフトします。文化人類学の視点で見ると、現代文明に対する深い内省と批判から、新たな文化運動が生まれたと言えます。例えば若者の間で、自給自足やシェアリングエコノミー、ミニマリズムを実践するコミュニティが各地に広がりました。彼らはテクノロジーにも懐疑的ではなく、再エネ設備やITも活用しつつ、あくまで人間らしいスローペースの生活を志向します。経済規模縮小(デグロース)を恐れるのではなく、むしろ歓迎する空気さえ醸成されました。政治的にもGDP成長率ではなく幸福度や持続性指標が政策評価の中心となり、メディアも企業広告より公共福祉的なメッセージを重視するようになります。これは一種のパラダイムシフト(価値観の大転換)であり、20世紀から続いた近代的システムの限界を乗り越える新たな思想が台頭した結果です。人類学者や哲学者、芸術家など文化的リーダーたちが発信源となり、「持続可能な暮らしの美学」とも言うべき倫理観が広まりました。

複雑系的側面:この社会では、エネルギー需要が大幅に減少したため、技術的・経済的なプレッシャーが緩和されています。複雑系でよく言われる「需要を減らすことが最善の安定策」が実践された形です。高効率の省エネ設備やリサイクルの徹底により、少ないエネルギーでも社会が回るよう工夫されました。システム全体がミニマムになったことで、以前は問題だったような複雑な連鎖故障のリスクも軽減されています。また、環境への負荷を減らす生産消費体系が構築されたことで、生態系サービスとの調和が実現し、持続可能性が飛躍的に高まりました。複雑系科学的に言えば、人間社会と自然環境の結合システムにおいて、フィードバックが安定的に働く領域に人類が自らの活動レベルを落とし込んだとも表現できます。無理に環境の許容量を超えて開発するのではなく、環境収容力の範囲内で経済活動が営まれるため、気候システムや生態系からの逆襲(カタストロフィックなフィードバック)が起きにくくなりました。すなわち、複雑系の自己安定機能が発揮されるゾーンに社会を調整したのです。

結果:シナリオ4の未来社会は、一見すると経済規模が縮小したり物質的な豊かさが減ったように見えるかもしれません。しかし人々の幸福度や健康、地域コミュニティの充実度はむしろ向上しています。気候変動リスクも劇的に低減し、生物多様性の回復すら見られるようになりました。日本でも、都会の若者が地方に移住して農業や林業をエコに営む動きが広がり、「半農半X」のライフスタイルが一般化しました。都市もコンパクトシティ化が進み、大量のエネルギーを垂れ流す郊外型生活は縮小しています。このシナリオが教えてくれるのは、内なる価値観を変えることで外なる社会システムも変えられるという希望です。ただ、そこに至るまでには現代の消費社会に対する強い問題意識と代替ビジョンの提示が不可欠でした。容易な道ではありませんが、環境と調和した新しい文化を創造しうる人間の創造性を感じさせる未来像です。

シナリオ5: 移行失敗と気候カオスの未来

:最後のシナリオは、残念ながら脱炭素移行に失敗し、気候変動が制御不能なレベルに達した世界です。各国は結局有効な協調行動を取れず、技術開発も間に合わず、化石燃料使用は高止まりのまま気温上昇が臨界点を超えてしまいました。21世紀半ば以降、地球各地で気候カオス(Climate Chaos)とも言うべき状況が常態化し、社会秩序も大きく乱れています。これはまさに避けるべきディストピアですが、最悪のケースとして考えておく価値があります。

社会・文化的側面:ここに至る過程では、社会の分断と不信が大きな役割を果たしました。文化人類学的に分析すれば、人々は狭いコミュニティやイデオロギーの殻に閉じこもり、気候変動の現実さえ合意できない認知的不協和の世界となっていました。ポピュリズム政治や国益最優先のナショナリズムが台頭し、国際協調は崩壊。経済的困窮から環境どころではない層も増え、環境問題への関心は一部の富裕層・知識層だけのものになりました。結果として、温暖化対策は各国で後退し、2030年代にはパリ協定目標も事実上放棄。文化的には「今さえ良ければ」と短期志向が蔓延し、未来世代への責任感は希薄でした。その裏には、気候変動否定論や陰謀論の拡散といった情報環境の悪化もあり、人々が科学的事実に基づいて合意形成すること自体が難しくなっていました社会心理的には集団的無力感が広がり、「破局は避けられない」という諦めにも似たムードが人々を無為にさせました。

複雑系的側面:複雑系である気候システムは、人類の無策の中で無情にもティッピングポイントを超えていきました。例えば氷床融解や森林崩壊などの連鎖反応で、地球は本来自然に備えていた緩衝機能を失い、温暖化が自己増幅するフェーズに突入しました。産業・エネルギーシステムも、相次ぐ異常気象や災害で寸断され、複雑系の脆弱性が露呈しました。計画停電や大規模なブラックアウトが各地で発生し、サプライチェーンも分断、経済は縮小の一途を辿ります。食糧生産も打撃を受け、複合的な危機(ポリクライシス)が同時多発しました。複雑系科学の知見は一部で活用されましたが、もはや社会システム全体が危機的状態では焼け石に水です。人々は適応を余儀なくされ、海面上昇から逃れるための大規模な気候難民、農作物不作による飢饉、頻発する熱波やスーパー台風への対処に追われる日々です。エネルギー供給は各国で石炭や石油が依然主力でしたが、資源紛争も激化し供給不安定な地域が多発。電力が常に来るとは限らない不便な生活を強いられる人が多数派となりました。

結果:このシナリオの世界は、人類が協調して持続可能な未来を築くことに失敗した代償を如実に物語っています。温暖化は4℃を超え、一部地域は高温多湿で人が住めなくなり、世界人口も気候災害と紛争で減少に転じました。日本でも毎年のように超大型台風や集中豪雨が都市を襲い、沿岸部では高波と高潮で地形が変わるほどの被害が頻発原発も安全維持が困難になり多くが停止、しかし再エネも十分普及していないため慢性的な電力不足に陥りました。経済は停滞し、社会不安も高まり、事実上「失われた未来」となってしまいました。

もちろん、ここまで悲観的な未来は避けなければなりません。このシナリオ5を他山の石として、私たちは現在の行動を変えていく必要があります。文化的な無関心や科学不信がどれほど危険か、複雑系である地球システム相手に怠慢がいかに取り返しのつかない結果を招くかを、改めて突きつける教訓的なストーリーと言えるでしょう。


以上5つのシナリオを概観しました。実際の未来はこれらの単純な延長ではなく、複数シナリオの要素が混ざり合った形になる可能性が高いでしょう。しかしシナリオ分析の価値は、極端な仮定を通じて本質的な課題を浮き彫りにし、現在の選択肢を評価する指針を与えてくれる点にあります。では次に、これらの考察から得られる示唆をもとに、日本が再エネ普及・脱炭素化を加速するための具体策と解決アプローチを整理します。

日本の再エネ普及加速に向けた課題とソリューション

前述のシナリオ分析から、日本にとっての根源的課題がいくつか浮かび上がってきます。それらを踏まえ、どのようなアプローチで再エネ導入の加速と脱炭素社会の実現を図るべきか、ここで整理して提案します。

課題1: 制度・インフラの整備遅れ – 「ボトルネック」を解消せよ

問題点:日本では電力会社の寡占構造や送電網整備の遅れが再エネ普及のボトルネックになっています。大手電力の再エネ投資消極姿勢、非化石証書制度の形骸化、送電インフラ不足など、構造的な障壁が山積しています。

解決アプローチ:まずは制度改革によるボトルネック解消が急務です。具体的には、発送電分離の徹底と送電網への公的関与強化、再エネ義務目標の実効性確保(未達時の罰則導入)、電源接続の優先ルール見直し(再エネを優先給電とする)などが挙げられます。IEEFAの報告では、福島や秋田の成功事例を全国に拡大するために「送電網整備の規制改革と資金支援」「用途地域の計画的ゾーニング」「電力購入契約(PPA)の普及促進」「都市と地方の協調による送受電」といった方策が推奨されています。これらを早急に実行し、再エネ事業が円滑に進むフィジカルな基盤を整えることが必要です。

また、系統制約が大きい離島や過疎地については、思い切って分散型のマイクログリッド導入を支援するのも一策です。地域で発電から蓄電・融通まで完結するモデルを構築し、中央系統への依存を減らせば、送電コストやロスも減ります。技術的にはデジタルグリッドやブロックチェーン電力取引など新しいインフラを採用し、小規模系統の集合体で全体最適を図る複雑系的アプローチも有望でしょう。

課題2: 社会的合意形成と文化的抵抗 – 「人々の心」に寄り添え

問題点:再エネ設備、とりわけ風力発電や大規模太陽光発電への地域住民の反対は各地で深刻です。これは単なるエゴやNIMBY(うちの庭先には嫌)心理ではなく、自然環境や景観を守りたいという正当な価値観から来るものでもあります。文化人類学的に見れば、外部から一方的にプロジェクトを押し付けられたと感じれば地元の人々が反発するのは自然なことであり、開発側のコミュニケーション不足も問題です。

解決アプローチ:ソリューションは、徹底した住民参加型のプロセスと地域への利益還元です。具体的には計画段階から地域代表者や有識者を交えた協議会を設置し、透明性を持って情報共有・意思決定する仕組みを制度化します。環境アセスメントの際も科学的説明だけでなく、文化的・歴史的景観に与える影響を評価し、必要に応じて計画を修正する柔軟さが求められます。技術的措置(騒音低減や景観調和デザインなど)も積極的に講じましょう。

また地元に経済的メリットが落ちるスキームを組むことも重要です。例えば風力発電の売電収入の一部を地域振興基金として住民に還元したり、地元企業・住民が出資できる枠を設けてみんなの事業にする工夫です。コミュニティ主導で再エネを導入すれば反対どころか誇りにさえなります。シナリオ2で見たように、地域が主体となればエネルギーは「よそ者が勝手に作るもの」ではなく「自分たちの暮らしの一部」になり得ます。そのために、市民エネルギー協同組合の設立支援や、地域新電力への優遇措置など政策的後押しが考えられます。

さらに、国民全体の意識改革も長期的には必要です。学校教育や公共キャンペーンで、再エネや脱炭素が単なる環境対策でなく地域社会づくりや新しい豊かさの追求であると訴え、人々の心に響く物語を共有していくことが大切です。文化とはストーリーでもあります。化石燃料で築いた繁栄の物語に代わる、新たな希望の物語を社会に提示することが、合意形成の土壌となるでしょう。

課題3: 包括的な戦略とシステム思考の欠如 – 「木と森」の両方を見よ

問題点:日本のエネルギー政策は、部門ごとの対症療法的施策が目立ち、全体を貫くビジョンやシステム思考が弱いと言われます。電力・運輸・熱供給などセクターごとにバラバラな取り組みで、複数部門を横断した統合的アプローチが不足しています。また短期的な目標(2030年までに○○%)は掲げられるものの、2050年カーボンニュートラルへのバックキャスティング視点で政策を設計する動きがまだ不十分です。

解決アプローチ:必要なのは統合イノベーション戦略とシナリオ・プランニングの導入です。政府は各分野の専門家やステークホルダーを交えた長期ビジョン協議体を設け、複数の将来シナリオを描きながら政策の整合性を検証するプロセスを常設してはいかがでしょうか。例えばエネルギーと食糧、水資源、国土強靭化などを統合的に扱い、「持続可能な社会システム2030/2050」の青写真を定期的にアップデートするイメージです。複雑系科学の専門家も交え、政策間の相互作用や不確実性要因を考慮したシミュレーションを政策立案プロセスに組み込みます。予測ではなくシナリオを重視することで、外れた時にも対応できる柔軟な計画となり、かつ従来見落としていた弱点を事前に洗い出すことができます。

またシステム思考を行政や企業の担当者に浸透させる人材育成も重要です。サイロ化した組織を横断し、エネルギー問題を社会全体のネットワークとして捉えられるシステムアナリスト的な人材を登用・育成すること。例えば輸送部門の電化は電力部門と一体で考えねばなりませんし、産業部門の燃料転換(例えば水素利用)は電力・輸送インフラと結びついています。こうした相互連関を無視した政策は効果半減となります。俯瞰力と横串を通す仕組み作りこそ、複雑系に挑む鍵です。

幸い、日本は技術者や科学者コミュニティに優れたシステム思考の蓄積があります(例:東大生産技術研究所の社会工学、システム工学の系譜など)。これらを政策側にしっかり取り入れ、場合によってはAIに政策シミュレーションさせるなど先端的手法も導入して、エビデンスに基づく総合戦略を構築しましょう。

課題4: イノベーションと現実解のギャップ – 「ありそうでなかった妙手」を探せ

問題点:再エネ大量導入に伴う調整力不足や季節変動対応など、技術的課題は依然残ります。蓄電技術、水素製造、次世代太陽電池などのブレークスルーが期待されますが、研究開発から実用化・大規模展開まで時間がかかるものも多いです。また日本独自の事情として、地熱や洋上風力といった有望資源がありながら開発が遅れている分野もあります。イノベーションに賭けすぎて現実解を疎かにするリスク、一方で保守的すぎてイノベーションに乗り遅れるリスク、そのバランスが難しいところです。

解決アプローチ「多様な技術オプション」を並行して追求する戦略が必要です。再エネの主力は太陽光・風力としても、それだけに依存せず地熱・水力・バイオマス・海洋エネルギーなどポートフォリオを組むこと、需要側では省エネや需要応答(DR)の徹底など、需要と供給の両面作戦が重要です。また蓄電池だけでなく揚水発電や水素・アンモニアといったエネルギー貯蔵も複合的に活用し、冗長性を持たせます。技術開発については、企業の枠を超えたコンソーシアムを組んでオープンイノベーションを推進し、政府も思い切った助成で後押しするべきです。

さらに、「妙手」として注目したいのが需要側の革新です。課題3でも触れたように、需要そのものをシフトさせる発想です。例えば夏のピーク需要抑制策として、サマータイムや長期休暇シフトでピークシフトするとか、電力多消費の産業プロセスを需要の少ない深夜帯に自動化するといった需要時間の分散も有効です。複雑系の非線形性を逆手に取り、小さな行動変容で大きな需要削減効果を狙うアプローチです。テクノロジーだけに頼らず、人間の行動設計(ナッジ理論などを活用)によって賢くエネルギーを使う社会をデザインすることが、新旧技術のギャップを埋める現実解となるでしょう。

最後に、原子力との付き合い方も避けて通れません。脱炭素の文脈では原発を一定程度維持・新増設する議論もありますが、文化的・社会的受容性を考慮すると日本では依然ハードルが高いです。ここは技術論だけでは割り切れない問題で、福島事故の記憶や核廃棄物の倫理的問題など、文化人類学の領域に関わります。ポスト原発社会のビジョンを示しつつ、移行期の電源構成をどう安定させるか、国民的な対話が必要です。多様なシナリオを示しつつオプションのメリット・デメリットを共有し、最終的な合意を図るプロセス自体が、持続可能な社会への重要な一歩となるでしょう。

以上のような課題と対策を総合すれば、日本が再エネ普及を加速し脱炭素社会に近づく道筋が見えてきます。それは単に一つの技術や政策で解決できるものではなく、文化・社会・技術のあらゆる側面を動員したトータルアプローチであることがご理解いただけたかと思います。では最後に、読者の疑問に答える形で本テーマに関するポイントを整理し、本記事の内容をファクトチェックして締めくくります。

よくある質問 (FAQ)

Q1. 再生可能エネルギーの普及に文化人類学が関係するのはなぜですか?

A. エネルギーの選択や技術の受容は、人々の価値観や社会の習慣といった文化要因に大きく左右されます。文化人類学はそうした人間社会の行動原理を研究する学問です。例えば「自然との調和」を重んじる文化では環境に優しい再エネが受け入れられやすく、一方で変化を嫌う伝統志向の文化では新技術への抵抗が強い傾向があります。またエネルギー産業に従事することが地域アイデンティティとなっている場合(炭鉱町など)、その文化的誇りを無視すると転換は進みません。したがって文化人類学的知見を活かし、地域コミュニティの歴史や価値観に寄り添った形で再エネを導入することが重要なのです。

Q2. 複雑系科学はエネルギー転換にどう役立つのですか?

A. 複雑系科学は、多数の要素が絡み合ったシステムの振る舞いを解明・予測しようとする学問です。エネルギーの供給・需要や経済・気候の相互作用は典型的な複雑系であり、直感と異なる現象が起こり得ます。複雑系科学を応用することで、政策の影響をシミュレーションしたり、リスク要因を特定したりできます。例えば再エネ大量導入による電力系統への影響をエージェントベースモデルで解析すれば、どこでボトルネックが発生するか事前に察知できますし、カーボンプライシングが技術革新や消費行動に与える長期的効果もシステムダイナミクスモデルで評価できます。要は、複雑で予測困難に見えるエネルギー転換も、科学的アプローチである程度先読みし、適応的な政策を設計する助けになるということです。また小さなきっかけで大きな変化が起こる「臨界点(ティッピングポイント)」の存在も複雑系の知見であり、再エネ普及がある割合を超えると一気に安定化する、といった現象も理解できます

Q3. 日本の再エネ導入が他国に比べて遅れているのはなぜですか?

A. いくつか理由がありますが、大きく分けて構造的課題と社会的課題が絡み合っています。構造的には、電力会社が地域独占的で再エネに消極的だったこと、送電網の整備が不十分でせっかくの再エネ電力を送れないこと、政策インセンティブが弱かったことなどが挙げられます。社会的には、風力発電への住民反対など社会的受容性の問題や、日本人の気質として新技術への慎重姿勢(不確実性回避傾向)があること、さらに福島事故後の原発停止で一時的に化石燃料依存が高まりその流れが続いてしまったことなどがあります。要するに、日本では制度面・インフラ面のボトルネックと、人々の意識や合意形成の遅れという両面で課題を抱えていたため、再エネ比率が2020年代でも2割程度にとどまっているのです。しかし今後は規制改革や送電投資、住民参加型の事業推進によって、この遅れを取り戻すことが期待されています。

Q4. 将来のエネルギー社会シナリオとは何ですか?

A. 将来の不確実性に備えて、起こり得る複数の社会像を物語として描いたものをシナリオと呼びます。エネルギー分野では、政策立案や戦略策定のために様々なシナリオ分析が行われます。例えば楽観シナリオでは技術開発が進み脱炭素が順調に達成される未来、悲観シナリオでは対策が遅れて気候危機が深刻化する未来、といった具合です。本記事でも5つのシナリオを紹介しました。それぞれ、政府主導・コミュニティ主導・企業主導・文化変革・移行失敗という切り口で描いた未来社会の姿です。シナリオは予言ではなく、未来を考える道具です。異なる前提条件下で社会がどうなるかを考えることで、現在取るべき行動のヒントが得られます。例えば「企業主導シナリオ」からは技術進展だけでは不十分で公正さも必要と分かり、「文化変革シナリオ」からは価値観の重要性が見えてきます。政策シミュレーションから架空小説まで、様々な手法でシナリオは作られており、エネルギー白書などでも政策シナリオという形で提示されることがあります。

Q5. 脱炭素社会に向けて私たちの社会はどう変わるべきでしょうか?

A. 脱炭素社会への移行には、技術革新はもちろんですが、それ以上に社会システムと価値観の変革が求められます。まずエネルギーやインフラの面では、再エネを最大限活用できるよう制度を作り替え、都市計画や交通体系も電化・省エネ型に再構築する必要があります。次に経済システムでは、GDP成長率だけでなく環境・福祉指標を重視するような評価軸への転換が求められます。企業も炭素コストを織り込んだ経営へ移行し、消費者もグリーンな製品・サービスを選ぶ責任ある消費を心がけるべきでしょう。さらに重要なのが、文化的意識の変化です。私たち一人ひとりが気候変動を自分事として捉え、未来世代への責任を意識する倫理観を育むこと。「便利さ・安さ最優先」から「持続可能性・地域の絆重視」への価値観シフトとも言えます。教育や地域活動を通じて、そうした新しい価値観が共有されることが、技術以上に社会を変える原動力になります。要約すれば、脱炭素に必要なのはハード面(技術・制度)とソフト面(文化・意識)両方の革命なのです。そして幸いなことに、そのどちらも私たち人間の選択と努力次第で実現可能なものです。

ファクトチェック・重要ポイントまとめ

  • 世界のエネルギー供給の81%は依然化石燃料:2020年代に入っても世界全体のエネルギーの約81%が石炭・石油・天然ガスに依存しており、この水準は30年前と大きく変わっていませんweforum.org。脱炭素の進展がグローバルでは停滞していることを示す事実です。

  • 日本の再エネ比率と成長鈍化:日本の再生可能エネルギー比率は2010年9.5%から2023年22.9%まで上昇しましたが、その後伸び悩んでいますieefa.org。2030年目標36-38%達成には年平均+2%超の伸びが必要なところ、最近は+1%未満と鈍化しており、目標未達の懸念がありますieefa.org

  • 日本の構造的課題:日本で再エネ普及を阻む要因として、電力会社の再エネ投資不足・送電網制約・非化石証書制度の不備・出力制御増加などが指摘されていますieefa.orgieefa.org。特に大手電力が依然75%の発電容量を握りながら国内再エネには消極的という構造は、大きなボトルネックですieefa.org

  • 文化と社会の要因:再エネへの反応は文化によって異なります。例えば不確実性回避志向が強い文化(日本など)は新技術である再エネ導入に慎重になりがちですpollution.sustainability-directory.com。また権威不信の風土では政府の再エネ政策に対しても疑念が生じ、協力が得られにくい傾向がありますpollution.sustainability-directory.com。逆に長期志向の文化では将来世代のために現在コストを払ってでも再エネに切り替えようという支持が得られやすいですpollution.sustainability-directory.com

  • 社会的合意形成の必要性:日本各地で起こる風力発電への住民反対運動は、環境影響や外部開発への不信が背景にあります。文化人類学的視点からは、地元文化や景観と調和する形で計画し、住民が意思決定に参加することでこうした反発は軽減できますweforum.org。実際、地域主体の再エネ事業では住民の賛同が得られやすく、成功しているケースもありますieefa.org

  • 複雑系システムの予期せぬ結果:エネルギー転換は複雑系の変化であり、単純な因果推論は通用しません。たとえばEV普及策は排出削減に有効でも電力需要を急増させ、電力網に負荷をかける副作用がありますenergy.sustainability-directory.com。複雑系科学はこうした政策の波及効果を予測・緩和するのに有用です。政府の統合戦略にはシナリオ分析など複雑系的手法が不可欠ですfrontiersin.org

  • 新しい文化・価値観の重要性:持続可能な未来には経済システムだけでなく文化的変革が必要との指摘があります。再エネ拡大も「経済成長信仰」のもとで行われる限り環境との調和を欠く恐れがあり、結局は社会構造と同時に新しい思想や文化が求められるとの分析がありますasa.hokkyodai.ac.jp。例えば「大量生産大量消費からの脱却」「自然と共生する価値観への転換」などがその例です。

以上のポイントは本記事内で引用した各種信頼できる情報源に基づいており、記載内容の事実性を裏付けています。最新データや研究知見を踏まえ、慎重に検証を行った上で執筆しています。

参考文献・出典リンク

  1. Sustainability Directory (2025) – What Role Does Culture Play in Renewable Energy Adoption? (再生可能エネルギーの普及における文化の役割)【Pollution → Sustainability Directory】. https://pollution.sustainability-directory.com/question/what-role-does-culture-play-in-renewable-energy-adoption/

  2. Sustainability Directory (2025) – Complexity Science (複雑系科学の解説。持続可能性とエネルギー転換への示唆)【Energy → Sustainability Directory】. https://energy.sustainability-directory.com/term/complexity-science/

  3. David S. Byrne (2024) – Scenarios – using the complexity frame of reference to inform the construction of available futures in the possibility space, Frontiers in Complex Systems, 2: 1306328. (複雑系理論を用いたシナリオ構築に関する研究)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcpxs.2024.1306328/full

  4. Michiyo Miyamoto, IEEFA (2025) – Key barriers in Japan’s renewable energy development (日本の再生可能エネルギー発展における主要な障壁 – IEEFA報告書)https://ieefa.org/resources/key-barriers-japans-renewable-energy-development

  5. Naoko Tochibayashi (2025) – How Japan’s efforts to harness local energy supports communities, World Economic Forum. (日本における地域主導のエネルギー活用とレジリエンス向上の取り組み)https://www.weforum.org/stories/2025/02/japan-building-resilient-communities-harnessing-local-energy/

  6. 角 一典 (KADO Ichinosuke, 2012) – 「再生可能エネルギーに関連する概念に関する覚書」『エネルギー史研究』第3章所収. (再エネ普及の思想的正統性に関する考察。近代システムの限界と文化的転換の必要性を論じる)[PDF]

  7. Gallopin et al. (1997) – Branch Points: Global Scenarios and Human Choice, PoleStar Report. (Global Scenario Groupによる世界シナリオ分析。市場主導・政策改革・大転換・バーバリゼーション等のシナリオを提唱)https://greattransition.org/gt-essay (Great Transition Initiative)

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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