目次
- 1 IEA『Renewables 2025』の分析レポート 日本の再エネ導入、真のボトルネックは「市場×制度」の歪みにあり
- 2 序章:2025年、世界のエネルギー地図を塗り替える「静かなる革命」
- 3 第1章:IEA『Renewables 2025』が描く世界の再エネ潮流
- 4 第2章:日本の現在地 – 第7次エネルギー基本計画と現実の乖離
- 5 第3章:【核心】日本の再エネ導入を阻む4つの「ボトルネック」の構造分析
- 6 第4章:ボトルネックを外す「市場×制度」の統合的ソリューション
- 7 第5章:【FAQ】日本の再生可能エネルギー、30の「もやもや」を専門家が徹底解説
- 8 結論:2040年への羅針盤 – 日本が今、下すべき決断
- 9 ファクトチェックサマリー
- 10 参考文献・出典リンク一覧
IEA『Renewables 2025』の分析レポート 日本の再エネ導入、真のボトルネックは「市場×制度」の歪みにあり
序章:2025年、世界のエネルギー地図を塗り替える「静かなる革命」
2025年10月、世界のエネルギー情勢は、歴史的な転換点の渦中にある。国際エネルギー機関(IEA)が最新報告書『Renewables 2025』で示した未来は、もはや遠い予測ではなく、眼前の現実として進行している。その核心は、再生可能エネルギーが石炭を抜き、世界最大の電源となる歴史的瞬間が2025年末から2026年半ばにかけて訪れるという、確度の高い見通しである
IEAが描く未来のスケールは壮大だ。2025年から2030年までのわずか5年間で、世界では新たに4,600ギガワット(GW)もの再生可能エネルギー設備が導入される
この世界的な潮流は、日本にとって何を意味するのか。かつて太陽光発電で世界をリードしたこの国は、このグローバルなコスト革命の果実を十分に享受できているだろうか。答えは、残念ながら「否」である。日本の再生可能エネルギー導入は、数々の「ボトルネック」によってそのポテンシャルを最大限に発揮できずにいる。
本稿の目的は、IEAの最新の知見を羅針盤とし、日本の再生可能エネルギー導入を阻む真のボトルネックを高解像度で分析することにある。そして、それらが単独の技術的課題ではなく、「市場」と「制度」の歪みから生じる相互に連関した構造的問題であることを明らかにする。世界のエネルギー転換はもはや「もし」や「いつ」を問う段階ではなく、「いかに速く」進めるかの競争フェーズに突入した。日本にとって、この転換の加速は、単なる環境目標の達成に留まらない。国の経済競争力、エネルギー安全保障、そして未来の産業創出の鍵を握る、国家戦略そのものである。本稿は、日本の進むべき道を照らすため、ボトルネックを解体し、持続可能な未来を築くための具体的かつ実行可能なロードマップを提示する。
第1章:IEA『Renewables 2025』が描く世界の再エネ潮流
IEAの最新報告書は、データを通じて世界のエネルギー転換が不可逆的な段階に入ったことを明確に示している。しかし、その詳細を読み解くと、成長の原動力、地政学的な緊張、そして産業構造の課題など、複雑な光と影が浮かび上がってくる。
1.1 データで見る世界の再エネ導入予測(2025-2030):太陽光が全てを支配する
『Renewables 2025』が示す中心的なメッセージは、再生可能エネルギーの爆発的な成長である。前述の通り、2025年から2030年の5年間で予測される新規導入量4,600GWは、これまでの歴史で類を見ない規模だ
-
太陽光発電(PV)の圧倒的支配:全再生可能エネルギー新規導入量の約80%を占める見込みで、その成長は他の追随を許さない
。低コストなモジュール、比較的迅速な許認可プロセス、そして幅広い社会的受容性がその背景にある 。特に、住宅や商業施設に設置される分散型太陽光発電は、全体の42%を占め、エネルギー消費者が生産者となる大きなトレンドを形成している 。 -
陸上風力の着実な成長:サプライチェーンのボトルネックやインフレ、許認可の遅延といった近年の課題に直面しながらも、陸上風力の累積導入量は2025-2030年で732GWに達し、前の5年間と比較して45%増加する見通しだ
。各国政府がこれらの障壁に対処する政策を打ち出していることが、着実な成長を支えている。 -
洋上風力の試練と可能性:導入量は140GWに達し、前の5年間から倍増するものの、その道のりは平坦ではない
。特に欧米市場では、コスト上昇やサプライチェーンの課題によりプロジェクトの遅延や中止が相次ぎ、IEAは前年予測から27%もの大幅な下方修正を行った 。一方で、中国が年間導入量の約半分を占めるなど、アジア市場が成長を牽引する構図が鮮明になっている 。 -
水力発電の新たな役割:新規導入量は154GWと堅調に推移する
。特筆すべきは、揚水発電(PSH)の役割の増大である。太陽光や風力といった変動性再生可能エネルギー(VRE)の導入拡大に伴い、電力系統の柔軟性(フレキシビリティ)と長期的なエネルギー貯蔵の必要性が高まっており、揚水発電の年間導入量は2030年までに倍増すると予測されている 。
1.2 地政学が映す光と影:米国の失速と中国の独走
IEAは、2025-2030年の世界全体の再生可能エネルギー導入予測を、前年の報告書から5%下方修正した
この下方修正の最大の要因は、米国の急失速である。IEAは米国の導入予測を、前年比で実に50%近くも引き下げた
長期的な投資判断を必要とするエネルギー分野において、政策の予見可能性がいかに重要であるか、これは日本にとっても極めて重要な教訓となる。
対照的に、中国はその支配的な地位をさらに強化している。固定価格買取制度(FIT)から競争入札への移行という政策変更がありながらも、中国は依然として世界の再生可能エネルギー新規導入量の約60%を占め、他国を圧倒している
1.3 コスト革命の最終章:再エネはなぜ「世界で最も安価な電源」になったのか
今日の再生可能エネルギーを語る上で、その圧倒的な経済性を無視することはできない。発電所の生涯にわたる発電コストを示す指標である均等化発電原価(LCOE)において、再生可能エネルギーは多くの地域で化石燃料を凌駕している。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の最新の分析によれば、2024年に新たに運転を開始した世界の再生可能エネルギープロジェクトの91%が、最も安価な新規の化石燃料発電所よりも低コストであった
しかし、このコスト革命には深刻なパラドックスが潜んでいる。記録的な導入量を支える低価格なモジュールやタービンは、世界的な製造設備の過剰供給、特に中国からの供給圧力によって引き起こされている。その結果、世界の主要な太陽光パネル・風力タービンメーカーは、増収にもかかわらず大規模な損失を計上し、深刻な財務危機に直面している
このグローバルな状況は、国内製造業の復活を目指す日本にとって極めて厳しい現実を突きつける
1.4 COP28「3倍目標」への険しい道のり
2023年に開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、2030年までに世界の再生可能エネルギー設備容量を3倍にするという歴史的な合意がなされた。これは、パリ協定の1.5度目標を達成するための重要なマイルストーンである。
しかし、IEAの分析は、この目標達成への道のりが依然として険しいことを示している。現在の各国の政策や導入ペースを基にした予測では、2030年の設備容量は2022年比で2.6倍に留まり、3倍の目標には届かない
第2章:日本の現在地 – 第7次エネルギー基本計画と現実の乖離
世界が再生可能エネルギーへの移行を加速させる中、日本もまた、新たなエネルギー政策の指針を打ち出した。2025年2月に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」は、野心的な目標を掲げる一方で、その実現に向けた道のりには、日本のエネルギー政策が抱える根深い構造的課題が横たわっている。
2.1 野心的な目標:2040年「再エネ4~5割」の衝撃
第7次エネルギー基本計画が示した最大のメッセージは、2040年度の電源構成において、再生可能エネルギーの比率を40~50%まで高め、初めて「最大の電源」として明確に位置づけたことである
この野心的な目標の内訳を見ると、太陽光発電が23~29%を占め、単独の電源としても最大になることが想定されている
2.2 足元の進捗と構造的欠陥:太陽光への過度な依存
しかし、この野心的な目標と、日本の現状との間には大きな隔たりが存在する。2022年度時点での日本の再生可能エネルギー比率(水力含む)は21.7%である
問題は、その成長の質にある。日本の再生可能エネルギー導入は、FIT制度に後押しされた太陽光発電に極度に依存してきた
2.3 「S+3E」の呪縛と原子力の復活
日本のエネルギー政策を理解する上で不可欠なのが、「S+3E」という基本原則である。これは、安全性(Safety)を大前提に、エネルギーの安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、そして環境への適合(Environment)を同時に達成することを目指すという考え方だ
特に注目すべきは、第7次エネルギー基本計画における原子力発電の位置づけの微妙かつ重大な変化である。今回の計画では、これまで一貫して盛り込まれてきた「可能な限り原発依存度を低減する」という文言が削除された
これは単なる言葉の綾ではない。エネルギー政策における戦略的な再配置を意味する。この変更により、原子力は再生可能エネルギーと、政策支援、系統利用の優先順位、そして国民的合意形成を巡って競合する関係に立つことになった。再生可能エネルギーが持つ「不安定さ」や「コストの高さ」といった課題(まさにS+3Eの「安定供給」と「経済効率性」への挑戦)が、原子力の再稼働や新増設を正当化する強力な論拠として使われやすくなる。この構図は、再生可能エネルギーが抱える本質的な課題(系統統合やコスト低減)の解決から、政策的リソースや政治的意思を逸らす危険性を孕んでいる。結果として、再生可能エネルギーのボトルネックは解決されないまま放置され、その代替として原子力が浮上するという「自己実現的予言」を生み出しかねない。日本のエネルギー政策は、脱炭素という大きな目標の中で、二つの選択肢のバランスをどう取るかという、新たな内部的葛藤を抱え込むことになったのである。
第3章:【核心】日本の再エネ導入を阻む4つの「ボトルネック」の構造分析
日本の再生可能エネルギー導入が世界のペースに追いつけない理由は、単一の課題に起因するものではない。それは、送電網、コスト、地域社会、そして電力市場という4つの領域にまたがる、相互に連関し合った「構造的なボトルネック」である。これらの問題は、それぞれが独立しているように見えて、実は深く根で繋がっている。本章では、この複雑な構造を解き明かし、問題の本質に迫る。これらは、旧来の集中型電源時代に最適化されたシステムの歪みが、再生可能エネルギーという新たなパラダイムに適応できずにいることから生じる、必然的な症状なのである。
3.1 ボトルネック1:系統制約 -「繋がらない」電力網
症状(What we see)
最も顕在化している問題が、電力の「道」である送電網の制約だ。再生可能エネルギーのポテンシャルが高い北海道や東北、九州といった地域で発電した電力を、大消費地である都市部へ送るための送電線の容量が不足している
対症療法(The Flawed “Solution”)
この問題に対し、政府は「日本版コネクト&マネージ」という対策を導入した
根本原因(The Root Cause)
問題の根源は、技術的側面と制度的側面の両方にある。
-
技術的・物理的課題:従来の火力・原子力発電所のような大型の回転機(同期発電機)は、その物理的な回転エネルギーによって電力系統の周波数を安定させる「慣性力」や、周波数のズレを同期させる「同期化力」を自然に供給していた。しかし、太陽光や風力のようなインバータを介して接続される電源(インバータ電源)は、こうした物理的な特性を持たない。そのため、インバータ電源の比率が高まると、系統全体の慣性力や同期化力が低下し、周波数や電圧が不安定になりやすくなるという、電力システムの根幹に関わる物理的な問題が生じる
。 -
制度的・思想的課題:日本の送電網計画は、伝統的に過去の需要実績に基づいて受動的に増強する「リアクティブ」な思想で構築されてきた。再生可能エネルギーの大量導入という未来を見据え、戦略的に送電網を構築する「プロアクティブ(先行的)」な全国レベルのマスタープランが存在しない。地域間の連系線増強は、費用負担の合意形成が難しく、計画から完成まで10年以上を要するなど、そのスピードはエネルギー転換の要求に全く追いついていない
。
送電網がエネルギー転換を「可能にするもの(Enabler)」ではなく、「受動的な制約(Constraint)」と捉えられていることこそが、最大の問題である。これは銅線の不足ではなく、未来のグリッドに対するビジョンと、それを実現するための制度的枠組みの欠如に他ならない。
3.2 ボトルネック2:高コスト構造 -「安くならない」日本の再エネ
症状(What we see)
世界的に再生可能エネルギーのコストが劇的に低下する一方で、日本の導入コスト、特に事業用太陽光発電のコストは国際的に見て依然として高い水準にある
根本原因(The Root Cause)
日本の再生可能エネルギーが高コストである理由は、技術そのものの価格ではない。問題は、プロジェクト開発に付随する「ソフトコスト」にある。
-
許認可と土地利用の複雑性:諸外国と比較して、日本のコストを押し上げている最大の要因は、複雑で時間のかかる許認可プロセス、高騰する土地取得・賃借コスト、そして事業に適した土地をあらかじめ区域分けする「ゾーニング」の欠如である
。事業者は、開発の初期段階で膨大な時間と費用を費やすことを余儀なくされ、そのリスクとコストが最終的な発電コストに転嫁される。 -
サプライチェーンと競争環境:発電パネルや風車などの主要機器の多くを輸入に依存していることに加え、国内のEPC(設計・調達・建設)市場やO&M(運用・保守)市場における競争が限定的であることも、コストが下がりにくい一因となっている
。
日本の再生可能エネルギーの高コストは、技術に内在する特性ではなく、政策と市場設計の失敗がもたらした「人災」である。IEAやIRENAが示すグローバルなデータは、これらの技術が本質的に安価であることを証明している。日本独自の制度的・市場的要因が、世界標準からかけ離れたコスト構造を生み出しているのだ。FIT制度からFIP制度(市場価格にプレミアムを上乗せする方式)への移行は、市場統合に向けた重要な一歩だが、プロジェクトの根幹にあるソフトコストの問題を解決しなければ、真のコスト競争力は生まれない
3.3 ボトルネック3:地域共生 -「受け入れられない」発電所
症状(What we see)
特に大規模な太陽光発電(メガソーラー)の建設を巡り、地域住民との対立が全国で深刻化している。景観の悪化、森林伐採による土砂災害リスクの増大、そして地域への経済的恩恵が乏しいことへの不満が、反対運動の主な原因となっている
根本原因(The Root Cause)
この問題の根源は、開発プロセスの不透明性と、地域社会への利益還元の仕組みの欠如にある。
-
トップダウン型の開発モデル:多くのプロジェクトは、地域外の事業者が主導し、地域住民への十分な説明や協議がないまま進められる。住民は計画の意思決定プロセスから疎外され、ある日突然、巨大な開発計画を知らされることになる。
-
ルールの不在と利益の非対称性:適切な土地利用計画(ゾーニング)が不在なため、本来保護されるべき自然環境や生活環境に近い場所でも開発が可能となり、紛争の火種となっている
。事業の利益は開発事業者に集中し、環境負荷やリスクは地域社会が一方的に負わされるという、利益と負担の非対称な構造が、住民の不信感を増幅させている。政府も事後的に事業規律の強化に乗り出しているが、後手に回っている感は否めない 。
現在の制度は、事業者と地域社会を「ゼロサムゲーム」の関係に追い込んでいる。事業者の利益が、地域社会の環境や生活の質を犠牲にすることで成り立つという構図だ。根本的な問題は、地域社会が単なる受動的な反対者や傍観者ではなく、エネルギー転換の直接的な受益者であり、主体的なパートナーとなるための制度設計が欠けていることにある。
3.4 ボトルネック4:市場の未成熟 -「価値が見えない」柔軟性
症状(What we see)
再生可能エネルギーの出力制御が常態化する一方で、その変動を吸収するために不可欠な蓄電池やデマンドレスポンス(需要側の電力消費パターンを変化させること)といった「柔軟性(フレキシビリティ)」リソースの導入が遅々として進んでいない
根本原因(The Root Cause)
これは、日本の電力市場が、再生可能エネルギーが大量に導入されたシステムで必要となる「価値」を適切に評価する仕組みを持っていないからだ。
-
アンシラリーサービス市場の欠如:電力の安定供給には、発電量(kWh)だけでなく、周波数を安定させる慣性力や高速な応答能力といった、目に見えない「縁の下の力持ち」的な機能(アンシラリーサービス)が不可欠である
。しかし、日本の電力市場には、こうしたサービスを正当に評価し、対価を支払うための成熟した市場が存在しない。価格シグナルがなければ、蓄電池やアグリゲーターがこうした機能を提供するための投資インセンティブは働かない。 -
蓄電池の価値の過小評価:現状、蓄電池のビジネスモデルは、主に電力価格が安い時に充電し、高い時に放電するという価格差を利用した「裁定取引(アービトラージ)」に依存している。しかし、これは不安定な収益源であり、蓄電池が持つ系統安定化への貢献という、より本質的な価値が市場で収益化できていない。
日本にはエネルギー(kWh)を取引する市場はあるが、システムの安定性や柔軟性を取引する市場が決定的に欠けている。これが、パズルの最後の、そして最も重要なピースである。この市場がなければ、システムは再生可能エネルギーを効率的に統合するために必要なリソースを調達できず、結果として出力制御という非効率な力技に頼らざるを得なくなるのである。
表1:日本の再生可能エネルギー・ボトルネックの構造連関
この表が示すように、4つのボトルネックは独立した問題ではなく、互いに影響を及ぼし合う悪循環を形成している。例えば、「根本原因」である系統計画の不在は、系統接続の遅延や高コスト化を招き、「高コスト構造」の直接的原因となる。また、「地域共生」の失敗はプロジェクトの遅延を引き起こし、これもまたコストを押し上げる。そして、これらの問題を解決する蓄電池などの技術は、「市場の未成熟」によって導入が進まない。この構造を断ち切るには、個別の問題への対症療法ではなく、システム全体を再設計するという統合的なアプローチが不可欠である。
第4章:ボトルネックを外す「市場×制度」の統合的ソリューション
前章で明らかにした構造的なボトルネックを解消するには、小手先の修正では不十分である。求められているのは、送電網の計画思想から電力市場の設計、地域社会との関わり方までを抜本的に見直す、「市場×制度」の統合的改革だ。幸い、我々にはエネルギー転換で先行する欧州諸国の成功と失敗から学ぶことができる。本章では、第3章で特定した4つの根本原因に直接対処する、具体的かつ実行可能な処方箋を提示する。
4.1 系統制約への処方箋:「繋ぐ」から「導く」グリッドへ
現在の受動的な送電網思想を転換し、エネルギー転換を積極的に牽引する「未来志向のグリッド」を構築する必要がある。
-
制度改革:先行的(Anticipatory)な系統計画への転換
-
全国送電網マスタープランの策定:再生可能エネルギーのポテンシャルが高い地域と将来の電力需要地を特定し、それらを結ぶための長期的な送電網整備計画を国が主導して策定する。これは、個別の発電事業者の申請を待つのではなく、未来のエネルギー地図を描き、必要なインフラを先行的に整備する思想への転換である。
-
戦略的投資のコスト負担の社会化:地域間連系線のような、国全体の利益に資する戦略的な送電網投資のコストは、特定の地域の利用者だけでなく、全国の電力利用者が広く薄く負担する仕組み(ブロード・ソーシャリゼーション)を導入する。これにより、投資の意思決定を迅速化する。
-
-
市場創設:アンシラリーサービス市場の確立
-
電力の安定に不可欠な「慣性力」「同期化力」「高速周波数応答(Fast Frequency Response)」といったサービスを明確に定義し、それらを取引する新たな市場を創設する。これにより、グリッドフォーミング・インバータを搭載した蓄電池、同期調相機、デマンドレスポンス・アグリゲーターなどが、系統安定化への貢献度に応じて正当な収益を得られるようになる
。これは、系統安定化の責任を電力会社に押し付けるのではなく、市場メカニズムを通じて最も効率的に調達する仕組みである。
-
-
国際事例:ドイツの教訓(Energiewende)
-
ドイツは再生可能エネルギーの大量導入に成功したが、送電網の増強が追いつかず、系統の混雑を解消するための「再給電(Redispatch)」コストが年間数十億ユーロに達するなど、巨額の社会的費用を支払っている
。この経験は、送電網への先行投資を怠ることが、結果的により大きなコストを生むという重要な教訓を日本に示している。
-
4.2 高コスト構造への処方箋:コストを「負担」から「投資」へ
日本の再生可能エネルギーコストを国際標準レベルまで引き下げる鍵は、技術ではなく、事業環境の整備にある。事業者の予見可能性を高め、リスクを低減することが、最終的に国民負担の軽減に繋がる。
-
制度改革:戦略的ゾーニングと許認可の迅速化
-
「ゴー・トゥ・エリア(Go-To Area)」の設定:環境・社会的な影響が少なく、系統接続の面でも有利な地域を、国や自治体が「再生可能エネルギー導入促進ゾーン」として事前に指定する。このゾーン内では、環境アセスメントの簡素化や許認可プロセスを大幅に短縮・デジタル化し、事業者が迅速に開発に着手できる環境を整備する。
-
-
市場改革:英国のCfD(差額決済契約)モデルの導入
-
現在のFIP制度を発展させ、英国で大きな成功を収めているCfD(Contracts for Difference)モデルを本格導入する。CfDは、再生可能エネルギー発電事業者に、市場価格の変動に関わらず、長期(15年程度)にわたって固定された収入を保証する仕組みである。これにより、事業の収益予測が極めて容易になり、金融機関からの融資条件が大幅に改善する。結果として、事業者の資金調達コスト(WACC: 加重平均資本コスト)が劇的に低下し、それがそのまま入札価格の低下、すなわち国民負担の軽減に直結する
。
-
-
国際事例:英国の洋上風力革命
-
英国は、このCfDオークション制度を戦略的に活用することで、洋上風力の発電コストを過去10年で65%以上も削減することに成功した
。安定した政策環境が世界中から巨額の投資を呼び込み、コスト競争と技術革新を促進した好例である。重要なのは、政府が長期的なオークションのスケジュールを事前に示すことで、事業者に最大限の予見可能性を与えた点にある。
-
4.3 地域共生への処方箋:「対立」から「協創」のパートナーへ
地域社会との対立を乗り越え、再生可能エネルギーを真に地域に根差した存在にするためには、地域が事業の受益者となる仕組みを制度として組み込むことが不可欠である。
-
制度改革:利益共有(ベネフィット・シェアリング)の義務化
-
発電所の売電収入の一部を、立地する自治体の財源としたり、周辺住民に直接還元したりする仕組みを法的に義務付ける。また、事業計画の初期段階から地域住民が意思決定に関与できるプロセスを制度化し、透明性を確保する。
-
-
市場インセンティブ:コミュニティ・エネルギーの促進
-
地域住民や自治体が自ら発電事業の主体となる、あるいは出資する「コミュニティ所有」のエネルギープロジェクトに対して、入札制度で優遇措置を設けたり、低利融資を提供したりするなど、経済的なインセンティブを与える。
-
-
国際事例:デンマークの風力発電と市民所有
-
風力大国デンマークでは、古くから市民が協同組合(コーポラティブ)を設立し、風力発電所を所有・運営する伝統がある
。住民が事業のオーナーとなることで、彼らは単なる反対者ではなく、事業の成功を願う当事者へと変わる。この市民所有モデルが、デンマークの高い社会的受容性の基盤となっている。
-
4.4【統合的提言】英国の産業政策に学ぶ「コスト削減」と「国内産業育成」の両立
現在の日本では、「安価な再生可能エネルギーの導入(多くは安価な輸入品に依存)」と「国内の関連産業の育成」が、二律背反の課題として捉えられがちである
これは、政府と産業界との間の「壮大な取引(Grand Bargain)」と呼ぶべきものだ。英国政府は、定期的かつ大規模なCfDオークションの実施という「市場の魅力と安定性」を産業界に提供した。その見返りとして、産業界は、サプライチェーンにおける英国企業の部品・サービス調達比率(ローカルコンテンツ率)を2030年までに60%に引き上げるという、具体的で拘束力のある目標にコミットした
このモデルは、日本が採用すべき強力な処方箋となる。日本政府は、その巨大な国内市場という「交渉力」を最大限に活用すべきである。すなわち、再生可能エネルギーの入札に参加する国内外のメーカーに対し、ペロブスカイトのような次世代技術の研究開発拠点の設置や、基幹部品の国内生産といった、日本の産業競争力強化に資する具体的な貢献を参加条件として求めるのだ。これは、単なる保護主義ではない。市場の予見可能性というインセンティブと引き換えに、企業の戦略的投資を国内に引き込む、官民が連携した高度な産業政策である。このアプローチによって初めて、日本は「コスト削減」と「国内産業育成」という二つの至上命題を両立させ、エネルギー転換を真の経済成長のエンジンとすることができるだろう。
第5章:【FAQ】日本の再生可能エネルギー、30の「もやもや」を専門家が徹底解説
再生可能エネルギーへの移行は、多くの期待と共に、様々な疑問や不安(もやもや)を生み出します。ここでは、日本の再生可能エネルギーに関してよく聞かれる30の質問に対し、専門家の視点から、データと事実に基づいて分かりやすくお答えします
5.1 基本編 (Q1-10):コスト・安定性・設置場所の核心的課題
Q1: なぜ日本の電気代や「再エネ賦課金」は高いのですか? その仕組みは?
電気料金が高い要因は複合的です。一つは、日本が発電燃料の多くを化石燃料の輸入に頼っており、国際的な燃料価格の変動に直接影響されるためです。「再生可能エネルギー発電促進賦課金」は、FIT制度(固定価格買取制度)で再生可能エネルギーの電気を買い取る費用を、国民全体で広く負担する仕組みです
Q2: 再エネは本当に不安定で、大規模停電の原因になりますか?
再生可能エネルギー、特に太陽光や風力は天候によって出力が変動するため「不安定」な電源です。しかし、それが直ちに大規模停電に繋がるわけではありません
Q3: 国土の狭い日本に、再エネを大量に導入する場所はあるのですか?
確かに、日本は平地が少なく、適地確保は大きな課題です
Q4: なぜ日本は世界の流れから遅れ、再エネの導入が進まないのですか?
一言で言えば、第3章で詳述した「構造的なボトルネック」のためです。具体的には、①送電網の空き容量がない「系統制約」、②許認可の複雑さなどによる「高コスト構造」、③地域住民との合意形成が難しい「地域共生」の問題、そして④変動性を調整する蓄電池などの価値を評価できない「市場の未成熟」が相互に絡み合い、導入のブレーキとなっています
Q5: 使い終わった太陽光パネルは、将来大量のゴミ問題になりませんか?
適切な対策を講じなければ、将来の廃棄物問題になるリスクはあります。太陽光パネルの寿命は25~35年とされ、2030年代半ばから大量廃棄が見込まれています
Q6: 再エネにはどんな種類がありますか? それぞれの仕組みは?
再生可能エネルギーには主に以下の種類があります
-
太陽光発電:太陽の光エネルギーを半導体(太陽電池)で直接電気に変える。
-
風力発電:風の力で風車を回し、その回転エネルギーで発電機を動かす。
-
水力発電:ダムなどから水を落とし、その位置エネルギーで水車を回して発電する。
-
地熱発電:地下のマグマの熱で発生した蒸気を利用してタービンを回す。
-
バイオマス発電:木材チップや家畜の糞尿、食品廃棄物などを燃焼・発酵させて発生するエネルギーで発電する。
Q7: 再エネのメリット・デメリットを改めて整理してください。
-
メリット:①発電時にCO2を排出しない(環境性)、②燃料が枯渇せず、国内で生産できる(エネルギー安全保障)、③燃料費がかからないため、国際的な燃料価格の変動の影響を受けにくい(経済性)。
-
デメリット:①天候など自然条件で出力が変動する(不安定性)、②エネルギー密度が低く、広い設置面積が必要になる場合がある(立地制約)、③導入初期のコストが依然として課題(特に日本では)。
Q8: メガソーラーが森林を伐採し、環境破壊や災害の原因になっていると聞きますが、本当ですか?
一部でそうした事例が発生しているのは事実です。不適切な森林開発は、景観を損なうだけでなく、土砂災害のリスクを高める可能性があります
Q9: 風力発電の風車に鳥が衝突する事故(バードストライク)は、生態系に深刻な影響を与えませんか?
バードストライクは風力発電における重要な環境課題の一つです。特に渡り鳥のルートや希少な鳥類の生息地に建設する場合、深刻な影響を与える可能性があります。そのため、建設前の詳細な環境アセスメントで鳥類の飛行ルートを調査し、影響を最小限に抑えるための立地選定や、鳥が認識しやすいようにブレード(羽根)の一部を黒く塗装するなどの対策が講じられています。
Q10: 再エネ100%の社会は、本当に実現可能なのでしょうか?
技術的には可能です。しかし、そのためには社会システム全体の大変革が必要です。具体的には、①変動性を吸収するための蓄電池、揚水発電、デマンドレスポンスなどの柔軟性リソースの大量導入、②全国を結ぶ強靭な送電網の構築、③電化が進む熱(給湯・暖房)や運輸(EV)部門との連携(セクターカップリング)、そして④これらを実現するための市場制度の設計が不可欠となります。経済合理性を保ちながらこの変革を成し遂げることが、現代社会の大きな挑戦です。
5.2 政策・技術編 (Q11-20):より深く知るための論点
Q11: 日本の再エネコストはなぜ高い? 国際比較と構造的な要因を徹底解説。
A11: 第3章で詳述した通り、日本の再エネコストが高い主因は「ソフトコスト」です。具体的には、①複雑で時間のかかる許認可プロセス、②世界的に見て高額な土地代、③送電網への接続にかかる手続きと費用、④競争が限定的な国内市場構造、などが挙げられます
Q12: 「FIT/FIP制度」とは何ですか? 2025年度以降の買取価格はどう変わりますか?
-
FIT(Feed-in Tariff)制度:再生可能エネルギーで発電した電気を、国が定めた価格で一定期間、電力会社が買い取ることを義務付ける制度です。事業者に安定した収入を保証することで、導入を促進しました
。 -
FIP(Feed-in Premium)制度:事業者が卸電力市場で電気を売電し、その売電価格に加えて、一定のプレミアム(補助額)を受け取る制度です。事業者が市場価格を意識して発電するインセンティブが働くため、電力の市場統合を促す目的で導入されました 。
2022年度から、大規模な太陽光や風力はFITからFIPへ移行が進んでいます。買取価格やプレミアム額は、入札制度を通じて毎年決定され、技術のコストダウンを反映して低下していく傾向にあります。
Q13: 「出力制御(カーテイルメント)」とは何ですか? なぜ再エネをわざわざ捨てるのですか?
出力制御とは、電力の需要を供給が上回ってしまう「供給過剰」を防ぐために、再生可能エネルギー発電所の発電を一時的に停止させることです
Q14: 再エネの不安定さを解決する「蓄電池」の導入は、今どうなっていますか?
蓄電池は再エネの変動を吸収する切り札として期待されていますが、導入はまだ緒に就いたばかりです。コストが課題でしたが、近年、リチウムイオン電池の価格は劇的に低下しています
Q15: 送電網の空き容量がない「系統制約」とは何ですか? 「日本版コネクト&マネージ」で解決できますか?
系統制約とは、発電所から電気を送るための送電線の容量に余裕がなく、新たな発電所を接続できない問題です
Q16: 再エネの導入には、なぜ時間がかかるのですか?
主な理由は、事業計画の策定から運転開始までに、数多くの手続きが必要となるためです。具体的には、①事業用地の確保、②電力会社との系統接続協議、③環境影響評価(環境アセスメント)、④林地開発許可や農地転用許可などの各種許認可、⑤地域住民への説明と合意形成、などです。特に環境アセスメントは数年単位の時間を要する場合があり、プロセス全体の長期化の要因となっています。
Q17: 日本のエネルギー政策を決める「エネルギー基本計画」とは何ですか?
エネルギー基本計画は、日本のエネルギー政策の基本的な方向性を示す、最も重要な計画です
Q18: 再エネの導入拡大で、電力システムの「慣性力」が低下するとはどういう意味ですか?
「慣性力」とは、電力システム全体で周波数を安定に保とうとする力のことです。これは、火力発電や原子力発電で使われる大型のタービン(同期発電機)が、物理的に回転し続けることで自然に生み出されます
Q19: 慣性力低下への対策技術には、どのようなものがありますか?
いくつかの対策が研究・開発されています。①同期調相機:発電はしないものの、大型の回転機を系統に接続し、慣性力や電圧の安定化に貢献する装置。②グリッドフォーミング・インバータ(GFM):インバータの制御を工夫することで、あたかも同期発電機のように振る舞い、自律的に周波数や電圧を安定させる機能を持たせる技術
Q20: 「FIP制度」は、再エネの自立に向けた切り札になりますか?
FIP制度は、再エネ発電事業者が電力市場の価格変動を意識するようになるため、市場原理に基づいた効率的な運用を促し、再エネの「自立」に向けた重要なステップです
5.3 未来・経済編 (Q21-30):これからのエネルギーと社会
Q21: 日本発の次世代技術「ペロブスカイト太陽電池」はいつ実用化されますか?
ペロブスカイト太陽電池は、薄くて軽く、曲げることもできるため、これまで設置が難しかったビルの壁面や耐荷重の低い屋根など、新たな市場を開拓する可能性を秘めた日本発の革新技術です
Q22: 風力発電の最新技術には、どのようなものがありますか?
風力発電の技術革新は目覚ましく、特に大型化が進んでいます。1基あたりの発電能力が15MWを超える超大型風車も登場し、発電効率を大幅に向上させています。また、日本のように遠浅の海が少ない国で有望なのが「浮体式洋上風力発電」です。これは、風車を海底に固定するのではなく、海に浮かべた浮体構造物の上に設置する技術で、より沖合の風況の良い海域を利用できるようになります
Q23: 農業と発電を両立する「ソーラーシェアリング」の現状と課題は何ですか?
ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)は、農地の上部に太陽光パネルを設置し、農業を続けながら発電を行う取り組みです
Q24: 再エネの電気だけを買うことはできますか?
はい、できます。電力自由化により、消費者は電力会社を自由に選べるようになりました。多くの新電力が、再生可能エネルギー比率の高い料金プランや、再生可能エネルギー100%の電気を供給するプランを提供しています。企業向けには、特定の発電所から電気を購入する「コーポレートPPA(電力購入契約)」という仕組みも広がっています。
Q25: 再エネを導入すると、災害に強くなるというのは本当ですか?
はい、特に地域レベルでの防災力向上に貢献します。太陽光発電と蓄電池を組み合わせることで、大規模な電力系統が停電した場合でも、避難所や病院などの重要施設で最低限の電力を確保できる「分散型エネルギーシステム」を構築できます
Q26: 日本のエネルギー自給率はどのくらいですか? 再エネは自給率向上にどう貢献しますか?
2021年度の日本のエネルギー自給率は13.3%と、OECD諸国の中でも極めて低い水準です。これは、石油や天然ガスなど、エネルギー資源のほとんどを海外からの輸入に依存しているためです
Q27: 企業が再エネを導入するメリットは何ですか? CSRやESG投資とどう関係しますか?
企業が再エネを導入するメリットは、単なる環境貢献(CSR)に留まりません。近年、投資家は企業の環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への取り組みを重視する「ESG投資」を拡大しています。再エネの導入は、企業の気候変動リスクへの対応を示す重要な指標となり、企業価値の向上や資金調達の有利化に繋がります
Q28: IEA(国際エネルギー機関)の最新レポートから、日本が学ぶべきことは何ですか?
学ぶべき最大の教訓は、「エネルギー転換のスピードとスケール」です。世界は、我々の想像をはるかに超える速さで再生可能エネルギーへの移行を進めています。この潮流から取り残されることは、経済的・産業的な機会損失に直結します。また、米国の事例が示すように、政策の不安定さが投資をいかに停滞させるか、そして英国の事例が示すように、賢明な市場制度がいかにコストを下げ、産業を育成するか、という点も極めて重要です。
Q29: 再エネと自然保護は両立しますか?
両立は可能であり、また両立させなければなりません。地球温暖化自体が、生態系に対する最大の脅威です。その対策である再エネ開発が、地域の自然環境を破壊しては本末転倒です。重要なのは、科学的データに基づき、生態学的に重要なエリアを避けて開発を行う「賢明な立地選定(スマート・シッティング)」です。適切なゾーニング計画と厳格な環境アセスメントを通じて、自然保護とエネルギー転換の調和を図ることが可能です。
Q30: 2050年カーボンニュートラルに向けて、個人にできることは何ですか?
個人にできることは数多くあります。①自宅の電力契約を再生可能エネルギー中心の電力会社や料金プランに切り替える。②省エネルギーを心がけ、エネルギー効率の高い家電製品を選ぶ。③可能であれば、自宅に太陽光パネルや蓄電池を設置する。④EV(電気自動車)への乗り換えを検討する。⑤エネルギー問題に関心を持ち、地域の取り組みや国の政策について声を上げること。一つ一つの行動は小さくても、社会全体で取り組むことで、大きな変化を生み出すことができます。
結論:2040年への羅針盤 – 日本が今、下すべき決断
IEAの『Renewables 2025』が示す世界のエネルギー潮流は、もはや後戻りのできない巨大なうねりとなっている。再生可能エネルギーが最も安価でクリーンな主力電源となる時代が到来した今、問われているのは、日本がこの歴史的な転換期に、いかなる役割を果たすのかという国家としての決断である。
本稿で繰り返し論じてきたように、日本の再生可能エネルギー導入を阻む課題は、技術の未熟さや資源の乏しさといった本質的な問題ではない。その根源は、旧来の集中型電源時代に最適化された「市場」と「制度」の設計思想が、分散型で変動性のある再生可能エネルギーという新たなパラダイムに適応できていない、構造的なミスマッチにある。送電網は受動的な制約となり、コストは制度によって押し上げられ、地域は開発から疎外され、市場は未来に必要な価値を評価できない。この相互に連関したボトルネックの複合体が、日本のポテンシャルを封じ込めている。
今、日本に求められているのは、対症療法的な政策の継ぎ接ぎではない。未来のエネルギーシステムを見据えた、大胆かつ統合的なリデザイン(再設計)である。それは、送電網をエネルギー転換の「牽引役」と再定義し、先行的・戦略的な投資を断行すること。市場メカニズムを通じて「安定性」と「柔軟性」という価値を正当に評価し、新たなテクノロジーとビジネスモデルが生まれる土壌を育むこと。そして、地域社会をエネルギー転換の「受益者」であり「主役」と位置づけ、利益と決定権を分かち合う新たな協創関係を築くことである。
この変革は、既存の電力システムの構造や、それに伴う既得権益に深く切り込むものであり、容易な道ではない。しかし、その先に広がる未来は、計り知れない価値を持つ。化石燃料の輸入依存から脱却し、エネルギー安全保障を抜本的に強化する。地方に新たな産業と雇用を創出し、地域経済を活性化させる。そして、ペロブスカイト太陽電池や浮体式洋上風力といった分野で技術的優位性を確立し、脱炭素時代における新たな日本の産業競争力の柱を築く。
エネルギー転換は、耐え忍ぶべき「コスト」や「負担」ではない。それは、21世紀の日本にとって、経済、社会、安全保障の全てにおいて国力を再興するための、最大の「投資」機会なのである。2040年という未来から現在を振り返ったとき、この2025年という年が、日本が真のエネルギー自立と持続可能な繁栄への道を歩み始めた転換点であったと語られるために。今こそ、我々はシステム全体を再設計するという、賢明で、そして勇気ある決断を下さなければならない。
ファクトチェックサマリー
本稿で引用した主要なデータおよび事実関係の要約は以下の通りです。
-
IEA『Renewables 2025』予測:2025年から2030年にかけて、世界の再生可能エネルギー設備容量は新たに4,600GW増加する見込み。これは前の5年間の2倍のペースである
。 -
世界最大の電源交代:再生可能エネルギーは、2025年末から2026年半ばにかけて石炭を抜き、世界最大の電源となる見通し
。 -
米国の予測下方修正:政策変更を理由に、IEAは米国の2025-2030年の再エネ導入予測を前年比で約50%下方修正した
。 -
日本の第7次エネルギー基本計画:2040年度の電源構成における再生可能エネルギー比率の目標を40~50%と設定
。 -
IRENAによるLCOE(2024年世界加重平均):陸上風力は$0.034/kWh$、太陽光PVは$0.043/kWh$であり、新規プロジェクトの91%が最も安価な新規化石燃料発電より低コストであった
。 -
英国の洋上風力産業政策:2030年までにサプライチェーンにおける英国企業の調達比率(ローカルコンテンツ率)を60%に引き上げる目標を掲げている
。
参考文献・出典リンク一覧
https.www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/pdf/20240126_01.pdf
コメント