ショート動画広告の「コンテンツ特性」は購買行動にどう効くのか?TikTok広告の実証研究と日本市場への適用 包括的分析レポート

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

ショート動画広告の「コンテンツ特性」は購買行動にどう効くのか?TikTok広告の実証研究と日本市場への適用 包括的分析レポート

1. 序論:デジタル広告のパラダイムシフトとショート動画の覇権

1.1 アテンション・エコノミーから「没入」の経済へ

2020年代半ば、デジタルマーケティングの世界はかつてない変革の只中にある。かつて情報の検索と効率的な取得が主目的であったインターネット利用は、TikTokに代表されるショート動画プラットフォームの台頭により、受動的な「発見」と「没入」の体験へとその重心を完全に移した。2025年11月現在消費者の購買意思決定プロセスは、従来の直線的なファネル(認知→関心→欲求→行動)から、動画コンテンツへの没入体験(フロー状態)を通じて瞬発的に購買意欲が喚起される「Shoppertainment(ショッパーテインメント)」モデルへと急速に移行している 1

特に日本市場においては、モバイルデバイスの普及率の高さと、通勤時間などの「隙間時間」におけるコンテンツ消費の習慣が相まって、ショート動画の影響力は若年層(Z世代)にとどまらず、ミレニアル世代X世代にまで波及している。総務省および民間調査機関の2025年のデータによれば、日本のソーシャルメディアユーザーは約1億900万人に達し、その中でもTikTokは、単なるエンターテインメントアプリではなく、「検索エンジン」および「購買プラットフォーム」としての地位を確立しつつある 3

本レポートは、ショート動画広告における「コンテンツ特性」がいかにして消費者の購買行動に結びつくのか、そのメカニズムを解明することを目的とする。中核となるのは、Zhang et al. (2024) が『Journal of Business Research』に発表した画期的な実証研究である 5。彼らは2,578件のTikTok動画広告を分析し、信頼性、専門性、魅力といった要素に加え、真正性(Authenticity)とブランド遺産(Brand Heritage)が購買行動に対して「U字型」の非線形な影響を与えることを突き止めた。この発見は、「リアルであればあるほど良い」という従来の単純な真正性の神話を覆すものであり、マーケティング戦略に根本的な見直しを迫るものである。本稿では、この学術的知見を2025年の日本市場の文脈、特に「推し活」や「タイパ(タイムパフォーマンス)」、「失敗回避志向」といった独自の消費者心理と照らし合わせながら、詳細に論じる

参考:The impact of content characteristics of Short-Form video ads on consumer purchase Behavior: Evidence from TikTok 

1.2 研究の背景:エンゲージメントと購買の乖離

長年、ソーシャルメディアマーケティングの指標は「エンゲージメント(いいね、コメント、シェア)」に偏重してきた。しかし、多くのマーケターが直面しているのは、「バズっても売れない」という現実である。動画が数百万回再生されても、それが実際の購買転換(コンバージョン)に結びつかないケースは枚挙にいとまがない。これは、エンゲージメントを喚起する心理メカニズムと、財布の紐を緩める心理メカニズムが必ずしも一致しないことを示唆している。

Zhang et al. (2024) の研究の重要性は、この「エンゲージメント」と「購買行動」のギャップに焦点を当て、具体的にどのようなコンテンツの「質」が、最終的な購買トリガーとなるのかを定量的に明らかにした点にある 6。彼らは、S-O-R(刺激-生体-反応)モデルを基盤とし、コンテンツ特性(刺激)が消費者の内部状態(生体:フロー体験、信頼)をどのように変化させ、それが購買(反応)に至るのかというプロセスをモデル化した。

1.3 2025年日本市場の特異性

2025年の日本市場は、世界的に見ても特殊な進化を遂げている。「Shoppertainment」の市場規模はAPAC地域全体で1兆ドル(約150兆円)に達すると予測されており、日本はその主要な牽引国の一つである 1。しかし、日本の消費者は世界で最も「失敗」を恐れる傾向があり、信頼性への要求水準が極めて高い。また、インフルエンサーマーケティングにおけるステルスマーケティング(ステマ)規制の強化や、AI生成コンテンツへの警戒感など、独自のコンテキストが存在する。本レポートでは、Zhang氏らの理論をそのまま適用するのではなく、こうした日本の文脈というフィルターを通して再解釈し、実務家にとって真に有用なインサイトを提供する。

2. 理論的枠組み:ショート動画における消費者心理の解剖

ショート動画広告の効果を理解するためには、その背後にある心理メカニズム、すなわち「なぜ人は15秒の動画を見ただけで商品を買ってしまうのか」という問いに答える必要がある。ここでは、本分析の土台となる3つの主要な理論、S-O-Rモデル、フロー理論、および信頼転送理論について詳述する。

2.1 S-O-R(刺激-生体-反応)モデルの適用

環境心理学の分野で提唱されたS-O-Rモデル(Mehrabian & Russell, 1974)は、現代のデジタルマーケティングにおいて最も強力な説明変数を持つフレームワークの一つである 7

  • 刺激(Stimulus):コンテンツ特性

    ショート動画における「刺激」とは、視聴者の感覚器官に入力されるすべての情報を指す。これには、視覚的な変化(カット割り、エフェクト)、聴覚的な情報(BGM、ナレーション)、そして情報的な特性(内容の信頼性、出演者の魅力)が含まれる。Zhang et al. (2024) は、この刺激を「信頼性(Trustworthiness)」「専門性(Expertise)」「魅力(Attractiveness)」「真正性(Authenticity)」「ブランド遺産(Brand Heritage)」の5次元に分類した 5。これらは単なる動画の属性ではなく、消費者の脳内で処理される情報の入力値である。

  • 生体(Organism):内部処理プロセス

    刺激を受けた消費者の内部で生じる認知・感情的な処理プロセスである。ショート動画において最も重要な内部状態は、「没入感(フロー体験)」「認知された信頼(Trust)」の2つである 9。

    • フロー体験: 時間を忘れ、行為そのものに没頭する心理状態。TikTokのアルゴリズムは、次々と興味のある動画を提示することで、ユーザーをこのフロー状態に維持し続けるよう設計されている。フロー状態にある消費者は、批判的な思考力が低下し、衝動的な行動(購買)を取りやすくなる 11

    • 信頼: 配信者やブランドに対する安心感。特に非対面取引であるEコマースにおいて、信頼は不確実性を低減する唯一の媒介変数である 13

  • 反応(Response):購買行動

    最終的な出力としての行動である。これには、動画への「いいね」や「保存」といったエンゲージメント行動と、リンクをクリックして商品を「購入」する購買行動が含まれる。本レポートの主眼は、前者のエンゲージメントがいかにして後者の購買へと転換されるかにある

2.2 フロー理論と「時間歪曲」の魔力

チクセントミハイによって提唱されたフロー理論は、ショート動画の中毒性と購買への影響を説明する上で不可欠である。2025年の研究では、ショート動画プラットフォームにおけるフロー体験が、以下の3つの要素で構成されることが確認されている 11

  1. テレプレゼンス(Telepresence):

    「そこにいる」という感覚である。スマートフォンの全画面表示と高解像度化により、視聴者は物理的な環境から切り離され、動画の中の仮想空間に没入する。商品レビュー動画においてテレプレゼンスが高いと、視聴者は商品を「擬似的に試用している」感覚に陥り、心理的な所有感が高まることで購買意欲が増大する。

  2. 時間歪曲(Time Distortion):

    TikTokユーザーの多くが「気づいたら1時間が経過していた」という体験をする。この時間の感覚の喪失は、フロー状態の典型的な兆候である。重要なのは、時間が短く感じられるとき、消費者は情報処理のコスト(考える労力)を低く見積もる傾向があり、複雑な意思決定をスキップして直感的に「買う」という選択をしやすくなる点である 12。

  3. 楽しみ(Enjoyment):

    内発的な動機づけに基づく快楽である。動画自体が楽しいと感じられるとき、そのポジティブな感情は商品自体への好意(Brand Likeability)へと転移する(感情転移効果)。Meng et al. (2024) の研究でも、娯楽性が消費者の関与を高めることが示されている 5。

2.3 信頼転送理論(Trust Transfer Theory)

オンラインショッピング、特に未知のブランドや新商品を検討する際、消費者は「リスク」を感じる。商品が届かないのではないか、期待外れではないかという不安である。信頼転送理論は、消費者が既存の信頼対象から新たな対象へと信頼を「移す」プロセスを説明する 9

  • インフルエンサーからの転送: 消費者が特定のTikTokクリエイター(インフルエンサー)に対して、「この人は嘘をつかない」「センスが良い」という強い信頼(パラソーシャル関係)を抱いている場合、その信頼はクリエイターが紹介する商品へと自動的に転送される。「〇〇ちゃんが使っているなら間違いない」という心理である 5

  • プラットフォームからの転送: TikTok Shopなどのプラットフォーム自体の決済システムや返品保証への信頼も、個々の商品への信頼を底上げする。2025年、TikTokは日本市場においてEC機能を強化しており、プラットフォームとしての信頼性向上が購買率の向上に寄与している 13

3. 分析:ショート動画のコンテンツ特性と購買行動への影響(線形要因)

Zhang et al. (2024) の実証研究において、購買行動に対して「正の線形関係」、つまり「高ければ高いほど購買につながる」と結論付けられた3つの特性について、詳細に分析する。これらは、マーケティングにおける「衛生要因(あって当たり前の要素)」から「促進要因」へと進化している。

3.1 信頼性(Trustworthiness):不確実性低減の鍵

信頼性は、情報源(動画の発信者)が客観的で、正直で、偏りがないと認識される度合いである。

  • 実証結果: 信頼性は購買行動に対して有意な正の影響を与える 5

  • メカニズム: 信頼性は消費者の「知覚リスク(Perceived Risk)」を低減させる。特に日本市場において、消費者は「失敗したくない」という意識が強いため、信頼性の欠如は即座に離脱(スクロール)につながる。

  • 2025年の日本市場における洞察:

    日本では「ステマ」に対する社会的監視が厳しくなっているため、広告であることを隠す行為は致命的な信頼毀損となる。逆に、広告であることを明示した上で、あえて商品の「デメリット」や「合わない人」について言及する「両面提示(Two-sided message)」の手法が、逆説的に信頼性を高め、購買につながる傾向が見られる。例えば、化粧品において「保湿力は高いが、ベタつきが苦手な人には向かない」と正直に伝えるクリエイターのコンバージョン率は高い 16。

3.2 専門性(Expertise):情報の有用性と権威性

専門性は、情報源がそのトピックに関して有効な知識、経験、スキルを持っていると認識される度合いである。

  • 実証結果: 専門性は購買意図および実際の購買行動に正の影響を与える 5

  • メカニズム: 専門性は情報に「診断性(Diagnosticity)」を付与する。視聴者は、専門家が推奨する商品は品質が保証されていると判断し、製品評価のプロセスを省略(ヒューリスティック処理)する。また、専門的な解説は視聴者に新しい知識を与え、「知的充足感」という報酬をもたらす 17

  • 2025年の日本市場における洞察:

    日本では「プロ推奨」「成分解析」といったコンテンツの人気が根強い。2025年のトレンドである「成分買い」や「ガジェットの詳細レビュー」において、専門性は不可欠である。特に、単なる自称専門家ではなく、資格保有者(管理栄養士、美容師、家電アドバイザーなど)や、特定のニッチジャンル(例:100均収納オタク)における圧倒的な知識量を持つ「マイクロインフルエンサー」の影響力が増大している。彼らの動画は、エンターテインメントとしてだけでなく、購買のための「学習教材」として機能している 18。

3.3 魅力(Attractiveness):視覚的快楽とフローへの入り口

魅力は、動画の出演者の身体的魅力だけでなく、映像の美しさ、編集のテンポ、音楽のセンスなど、視聴覚的な魅力全般を指す。

  • 実証結果: 魅力は購買行動に正の影響を与える 5

  • メカニズム: 魅力的なコンテンツは、視聴者の注意(Attention)を即座に引きつけ、感情的な喚起(Arousal)を引き起こす。これはS-O-Rモデルにおける「刺激」として最も強力であり、視聴者を瞬時にフロー状態へと誘う。また、「ハロー効果」により、映像が美しい=商品も高品質である、という認知バイアスが働く 20

  • 2025年の日本市場における洞察:

    2025年の日本では、TikTokなどのプラットフォームにおける「映像品質」の二極化が進んでいる。一方で、スマホ一台で撮影されたラフな動画も人気だが、「魅力」の観点では、映画のようなカラーグレーディングや、高度なトランジション技術を用いた「シネマティックVlog」形式の広告が高いエンゲージメントとブランド好意度を獲得している。特に美容・ファッションカテゴリでは、視覚的な美しさがそのまま説得力となるため、投資対効果が高い 22。

コンテンツ特性 定義 購買への影響 日本市場での主な発現形態 (2025)
信頼性 情報源の誠実さ・客観性 正の線形 (高いほど良い) デメリット開示、検証動画、第三者機関の証明、ステマ回避
専門性 知識・スキルの深さ 正の線形 (高いほど良い) 成分解析、プロのハウツー、ニッチなオタク知識、Q&A対応
魅力 視覚・聴覚的快楽 正の線形 (高いほど良い) トレンド音源との同期、シネマティックな編集、出演者のカリスマ性

4. 真正性とブランド遺産のパラドックス:U字型関係の解明

本レポートの核心部分であり、Zhang et al. (2024) の最も重要な発見である「U字型(U-shaped)」の関係性について詳述する。これは、真正性(Authenticity)とブランド遺産(Brand Heritage)においては、「中途半端」が最も悪影響を及ぼし、両極端(非常に高いか、非常に低いか)が購買を促進するという現象である 6

4.1 真正性(Authenticity)のU字型カーブ:「不気味の谷」を超えて

真正性とは、コンテンツが「本物」「リアル」「嘘がない」と感じられる度合いである。通常、真正性は高いほど良いとされるが、実証研究は異なる景色を見せている。

4.1.1 高い真正性(右側のピーク):生のリアリティ

これは、一般ユーザーが投稿したような(UGC風の)、台本のない、素のままの動画である。手ブレがあったり、部屋が散らかっていたり、言葉に詰まったりする。

  • 購買要因: 視聴者はこれを「自分と同じ消費者の生の声」として受け取る。共感(Empathy)と親近感が最大化され、友人の推奨のような強力な信頼が発生する。

  • 日本市場:BeReal」や無加工トレンドの影響を受け、Z世代を中心に「盛らない」カルチャーが定着している。作り込まれていない「開封動画」や「GRWM(私と一緒に準備しよう)」がこれに該当する 24

4.1.2 低い真正性(左側のピーク):完全なファンタジー

これは、プロが制作した、明らかに「広告」であるとわかる高品質なCMである。照明は完璧で、モデルは美しく、演出がなされている。

  • 購買要因: 視聴者はこれを「ブランドの世界観の提示」として受け取る。ここではリアリティ(日常)ではなく、憧れ(非日常)が購買動機となる。ハイブランドやラグジュアリー商品の広告において有効である。

4.1.3 中程度の真正性(谷底):不気味の谷現象

問題は、この中間領域である。プロの制作チームが「素人っぽく」作ろうとした動画や、インフルエンサーが言わされている感のある台本を読む動画がこれに当たる。

  • 阻害要因: 視聴者は違和感を覚える。「素人にしては画質が良すぎる」「話し方が不自然に流暢だ」といったズレが、「騙そうとしている」という不信感(Skepticism)を生む。これを「真正性の不気味の谷」と呼ぶ。

  • 2025年の教訓: 企業は「完全にプロに徹する」「完全にクリエイターに任せる」かの二択を迫られる。中途半端な「広告っぽいUGC」は、日本の目の肥えた視聴者には即座に見抜かれ、スキップされるだけでなく、ブランド毀損につながる 26

4.2 ブランド遺産(Brand Heritage)のU字型カーブ:老舗と革新の二極化

ブランド遺産とは、ブランドの歴史、伝統、長寿性に関する認識である。

4.2.1 高いブランド遺産(右側のピーク):伝統への信頼

創業100年の老舗企業や、誰もが知るナショナルブランド

  • 購買要因: 「失敗しない」という安心感が最大の武器である。特に食品、化粧品、家電などの機能性が重視されるカテゴリにおいて、歴史は品質の証明(シグナル)となる 27

  • 日本市場: 日本は世界有数の長寿企業大国であり、ブランド遺産への敬意が強いレトロブーム(平成レトロなど)と相まって、歴史あるブランドがTikTokで再評価されるケースが増えている 29

4.2.2 低いブランド遺産(左側のピーク):新しさへの期待

生まれたばかりのD2Cブランドや、全く新しい概念の商品

  • 購買要因: 「革新性(Novelty)」「トレンド感」が武器となる。視聴者は「まだ誰も知らない新しいもの」を発見する喜び(Discovery)を求めて購入する。リスクはあるが、好奇心が勝る領域である 30

4.2.3 中程度のブランド遺産(谷底):陳腐化の罠

「昔からあるが、特にすごくもない」ブランド。

  • 阻害要因: 新鮮味がなく(革新性の欠如)、かといって圧倒的な伝統の重みもない(権威性の欠如)。「古臭い」「オワコン」と見なされやすく、購買意欲が湧きにくい

  • 戦略的示唆: 中堅ブランドは、TikTok上ではあえて「新しさ」を演出する(リブランディング)か、歴史を掘り下げて「伝統」を強調するかのリポジションが必要である。

5. 媒介メカニズムの解明:なぜ「心」が動くと「指」が動くのか

Zhang et al. (2024) および関連研究は、コンテンツ特性(刺激)と購買(反応)の間にある「ブラックボックス」を解明している。それが「フロー体験」と「信頼」という2つの媒介変数である 31

5.1 フロー体験の媒介効果:没入が理性を溶かす

研究データによれば、コンテンツの「魅力」や「視覚的変化(Visual Variation)」は、直接購買につながるのではなく、まず視聴者をフロー状態にさせることで購買への道を開く 11

  • 視覚的変化の役割: TikTok動画において、シーンの切り替えや視覚的なエフェクトの多さは、視聴者の覚醒レベル(Arousal)を維持する。単調な動画は飽き(Boredom)を招き、フローを中断させる。Zhang氏らのデータでも、視覚的変化が大きいほどエンゲージメントが高いことが線形関係で示されている 31

  • 聴覚との一致(Audiovisual Congruence): 音楽のリズムに合わせて映像が切り替わる「音ハメ」は、脳の処理流暢性(Processing Fluency)を高め、心地よさを生む。これがフロー体験を深化させ、広告に対する抵抗感を下げる

5.2 信頼の媒介効果:パラソーシャル関係の力

一方で、「専門性」「真正性」は、信頼を媒介して購買に結びつく 9

  • パラソーシャル・インタラクション(PSI): 視聴者は、画面越しのインフルエンサーに対して、まるで友人のような一方的な親近感と信頼を抱くコメントへの返信やライブ配信での対話は、このPSIを強化する。

  • 信頼の種類:

    • 認知的信頼(Cognitive Trust): 「この人は知識があるから信用できる」(専門性に起因)

    • 感情的信頼(Affective Trust): 「この人は良い人そうだから好き」(真正性・魅力に起因)

    • データによれば、高額商品や実用品では認知的信頼が、低価格商品や嗜好品では感情的信頼が、より強く購買を予測する 33

5.3 知覚された関連性(Perceived Relevance)の調整効果

どれほど優れたコンテンツでも、視聴者にとって「自分に関係ない」と思われれば効果はない。ここでアルゴリズムの精度が重要になる。知覚された関連性が高い場合、コンテンツ特性が購買に与えるプラスの影響は増幅される(調整効果)。逆に、関連性が低いと、どんなに信頼性が高くても購買にはつながらない 15。これは、TikTokの「おすすめフィード(For You Page)」の精度が広告効果の前提条件であることを意味する。

6. 2025年日本市場の深層分析:文化的フィルターを通した解釈

ここまで述べた普遍的な理論を、2025年の日本市場という特殊な環境に適用する。

6.1 デモグラフィックスと利用動向の変化

2025年、日本のTikTokユーザー層は拡大を続けている。10代・20代の利用率は依然として圧倒的だが、30代・40代の子育て世代や、いわゆる「アクティブシニア」層の参入が顕著である 3

  • Z世代: 情報検索の第一手段としてTikTokを利用。「ググる」から「タグる(ハッシュタグ検索)」、さらに「タブる(発見タブでの回遊)」へ。彼らは真正性を最重視し、作り込まれた広告を嫌う。

  • ミレニアル世代: 育児や家事の合間の「タイパ(タイムパフォーマンス)」重視の視聴役立つ情報(専門性)癒やし(魅力・フロー)を求める。

  • シニア層: 趣味や健康情報を求めて流入ブランド遺産(なじみのある企業)への反応が良い

6.2 「推し活」消費とメンタルヘルス

日本の消費を語る上で外せないのが「推し活(Oshi-katsu)」である。対象(アイドル、アニメキャラ、VTuber、インフルエンサー)を応援するための消費活動は、不況下でも堅調である。

  • メカニズム: 「推し」が紹介する商品は、機能的価値を超えて「推しへの貢献」という情緒的価値を持つ。これは「信頼」と「魅力」が極限まで高まった状態での購買行動であり、価格感度を著しく低下させる。

  • 2025年のトレンド: 2025年上半期トレンド大賞を受賞した『薬屋のひとりごと』などのアニメコンテンツや、VTuberとのコラボ広告が成功しているのは、この推し活心理を巧みに利用しているためである 23

6.3 「失敗回避」と「確認」の文化

日本の消費者は、衝動買いをする一方で、極めて慎重でもある。

  • 検索行動のループ: TikTokで商品を発見(フロー体験・衝動)→ 気になるが失敗したくない → コメント欄を見る(集合知の確認)→ GoogleやX(Twitter)で「商品名 悪い口コミ」で検索(裏取り)→ 納得して購入、というプロセスを辿る。

  • コンテンツへの要求: したがって、動画広告内でこの「確認作業」を完結させてあげることが重要になる。デメリットの開示、Q&Aへの回答、使用感の詳細な描写(テクスチャーなど)が、離脱を防ぎ、アプリ内での購買完了(TikTok Shop)を促進する 19

6.4 「ショートドラマ」広告の台頭

2024年から2025年にかけて、日本で爆発的に流行しているのが「ショートドラマ(縦型ドラマ)」形式の広告である。

  • 特徴: プロの脚本と俳優による、続きが気になるストーリー展開。最後に商品が登場する。

  • 理論的解釈: これは「低い真正性(作り物)」「高い魅力(ストーリー性)」を組み合わせた手法である。視聴者は「広告だとわかっているが、続きが見たい」というフロー状態に入り、物語の解決策(ソリューション)として商品を認知する。これは「Shoppertainment」の極致と言える 36

7. Shoppertainmentと購買への道筋:実践的インサイト

TikTokが提唱する「Shoppertainment」は、エンターテインメント主導のコマースであり、APACで1兆ドルの機会を生むとされる 1

7.1 発見型コマース(Discovery Commerce)

従来のECは「欲しいものを買いに行く」場所だったが、Shoppertainmentは「欲しいと思っていなかったものに出会う」場所である。Prizmaの調査(2025)によれば、SNS広告経由で購入したユーザーの7割以上が「買う予定はなかった」と回答している 4

  • セレンディピティの設計: アルゴリズムは、ユーザーの潜在的な関心を先回りして商品を提示する。ここで重要なのは、動画の冒頭3秒で「これは私のための動画だ」と思わせる「関連性」のフックである。

7.2 シームレスな購買体験(Frictionless Experience)

動画を見て「欲しい」と思った瞬間(衝動のピーク)に、決済まで完了できるかどうかが勝負である。

  • TikTok Shop: 日本でも本格展開が進むTikTok Shop機能(動画内のリンク、商品タブ)は、外部サイトへの遷移による離脱(フリクション)を極小化する。アプリ内で完結する体験は、フロー状態を維持したまま購買行動(Response)を引き出す上で理にかなっている 37

8. 日本市場に向けた戦略的フレームワーク(2025年版)

以上の分析に基づき、日本のマーケターが実践すべき具体的な戦略フレームワークを提示する。

8.1 コンテンツ制作の「両極化戦略」

U字型カーブの教訓を活かし、中途半端を避ける

  1. Lo-Fi(ローファイ)戦略:極限のリアル

    • 手法: スマホ撮影、自然光、実生活の背景、素の言葉。

    • 対象: UGC、マイクロインフルエンサー施策。

    • 目的: 共感、信頼、自分事化。

    • 日本的文脈: 「生活感」を隠さないあえて散らかった部屋で掃除機をかける、すっぴんからメイクするなど、飾らない姿(本音)を見せる。

  2. Hi-Fi(ハイファイ)戦略:圧倒的な世界観

    • 手法: シネマカメラ、プロの照明、緻密な脚本、美しい演者。

    • 対象: ブランド公式広告、ショートドラマ。

    • 目的: 憧れ、フロー体験、ブランド権威付け。

    • 日本的文脈: アニメーションやCG、著名タレントを起用し、エンターテインメント作品としての質を追求する。

8.2 「信頼」の重層的構築

「不信」をデフォルトとする日本の消費者を動かすための信頼構築ステップ。

  • Step 1: 視覚的証拠 (Visual Evidence)

    • ビフォーアフター、実験映像、テクスチャーのアップなど、嘘のつけない映像を見せる。

  • Step 2: 言語的証拠 (Verbal Evidence)

    • 成分解説、デメリットの提示、具体的な数値(「98%が満足」など)。

  • Step 3: 社会的証拠 (Social Evidence)

    • コメント欄の活性化、ランキングNo.1の訴求、他のユーザーのUGCの引用(リポスト)。

8.3 ハイブリッド・ファネルの運用

認知から購買までを一つの動画、あるいは一連のシーケンスで設計する。

  • Discovery: 魅力的なフックと音楽で足を止めさせる(フロー導入)。

  • Education: 専門知識や使用感で納得させる(信頼醸成)。

  • Action: 限定オファーやTikTok Shopリンクで背中を押す(行動喚起)。

  • これを1本のショート動画(60秒以内)に凝縮するか、あるいはティーザー動画(15秒)から詳細動画(ライブ配信や長尺動画)へ誘導する設計を行う。

8.4 ライブコマースの活用

中国ほどではないが、日本でもライブコマースが徐々に浸透している 39

  • リアルタイムの信頼: ライブ配信中の「これ、裏側見せて」といったリクエストに応えることで、編集不可能なリアルタイムの真正性が証明され、信頼が爆発的に高まる。ホストの専門性が問われる場でもある。

9. 結論と展望

本レポートでは、Zhang et al. (2024) の実証研究を核に、2025年の日本市場におけるショート動画広告のメカニズムを解明した。

結論として、購買行動を引き出す鍵は、「コンテンツ特性(信頼性・専門性・魅力・真正性・ブランド遺産)」を戦略的に操作し、消費者の脳内に「フロー体験」と「信頼」という2つの状態を同時に、かつ深く作り出すことにある。特に、真正性とブランド遺産におけるU字型の関係性は、マーケターにとっての重要な羅針盤となる。「中途半端なリアル」や「中途半端なブランド」は、アルゴリズムの海に沈む運命にある。

2025年以降、AIインフルエンサーや生成AIによるコンテンツ自動生成が普及することで、この力学はさらに複雑化するだろう 40。しかし、「人の心を動かし、行動させる」という本質は変わらない。テクノロジーが進化すればするほど、逆説的に「人間味(ヒューマンタッチ)」や「圧倒的な非日常(ファンタジー)」の価値は高まる。日本のマーケターは、データとアルゴリズムを駆使しつつも、その向こう側にいる生身の人間の心理—不安、憧れ、退屈、そしてつながりへの渇望—を深く理解し、琴線に触れるコンテンツを送り出し続ける必要がある。


表1:ショート動画広告におけるコンテンツ特性と購買への影響(要約)

コンテンツ特性 定義 購買への影響パターン 心理的メカニズム (媒介変数) 2025年日本市場での推奨アクション
信頼性 (Trustworthiness) 情報源の誠実さ 正の線形 (↗)

知覚リスクの低減


認知的信頼

デメリットの積極開示


ステマの徹底排除

専門性 (Expertise) 知識・能力 正の線形 (↗)

情報の診断性


認知的信頼

資格・数値データ・詳細解説の提示


「先生」ポジションの確立

魅力 (Attractiveness) 視覚・聴覚的快楽 正の線形 (↗)

フロー体験 (没入)


感情的信頼

最初の3秒での視覚的インパクト


トレンド音源と映像の同期

真正性 (Authenticity) リアルさ・本物感 U字型 (U)

共感 (高真正性)


憧れ (低真正性)

中途半端を避ける


完全なUGC風(スマホ)か、完全なプロ品質(シネマ)に振り切る

ブランド遺産 (Brand Heritage) 歴史・伝統 U字型 (U)

安心感 (高遺産)


革新性 (低遺産)

老舗は歴史を、新興は革新を強調。


中堅ブランドはリブランディングが必要

表2:S-O-Rモデルに基づくショート動画広告のメカニズム

フェーズ 構成要素 日本市場における具体例 (2025)
刺激 (Stimulus)

・コンテンツ特性 (信頼性、専門性、魅力、真正性、ブランド遺産)


・技術的特性 (視覚的変化、音響一致)


・アルゴリズム (関連性)

・成分解析動画 (専門性)


・ショートドラマ広告 (魅力・低真正性)


・「BeReal」風の日常切り抜き (高真正性)

生体 (Organism)

フロー体験 (テレプレゼンス、時間歪曲、楽しみ)


信頼 (認知的、感情的)


・知覚された有用性/容易性 (TAM)

・「気づいたら見続けていた」 (時間歪曲)


・「この人の言うことなら信じる」 (推しへの信頼)


・「失敗したくない」心理の解消 (リスク低減)

反応 (Response)

・エンゲージメント (いいね、保存、コメント)


・購買意図 (カート追加)


購買行動 (決済完了)

・保存して後で見返す (検索代わり)


・コメント欄で評判を確認する


・TikTok Shopで即時購入 (衝動買い)

 

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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