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突入電流とは何か?再エネ時代に潜むその課題とは?
日本が脱炭素社会を目指す中、再生可能エネルギーの大規模導入が進んでいます。しかしその裏側で、「突入電流」と呼ばれる現象が電力システムや機器の安定運用における見過ごされがちな課題として浮上しています。
突入電流は日常の家電から産業用設備、太陽光・風力発電システムに至るまで幅広く関係するため、再エネ業界の技術者や施工担当者であればぜひ理解しておきたい重要事項です。
この記事では、突入電流の基礎から各分野での具体例、そして高解像度の知見に基づく対策やソリューションまでを網羅的に解説します。電力システム、再エネ設備、産業機器、家庭用電化製品、EV充電インフラなどあらゆる場面での突入電流問題に迫り、その本質と解決策を探ります。電気のプロもなんとなく感じていた「あれ、おかしいな」というモヤモヤを解消し、再エネ大量導入時代に備えるための知識を身につけましょう。
突入電流の基本 – 起動時に流れる異常高値の電流
突入電流とは何か?
突入電流(インラッシュカレント)とは、電気機器に電源を投入した瞬間に一時的に流れる非常に大きな電流のことです。
その値は通常運転時の定格電流をはるかに上回ります。たとえば白熱電球の場合、フィラメント(発熱体)が冷えて抵抗値が低いため、スイッチを入れた直後の0.01秒間ほどは通常時の8~20倍もの電流が流れることが確認されています。これが白熱灯が点灯直後にごく稀に切れる原因の一つです。LED電球ではフィラメントが無いため白熱灯ほどの大きな突入電流は発生しませんが、それでも内部のコンデンサー充電に伴い弱い突入電流が発生します。
ではなぜ突入電流が発生するのか?背景には機器内部のエネルギー蓄積要素の存在があります。
具体的には以下のような原因が考えられます。
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コンデンサの充電: スイッチング電源やインバータ回路には平滑用の大容量コンデンサが搭載されています。電源投入直後、このコンデンサが未充電だと、一気に充電するために大電流を吸い込みます。結果として瞬間的に定常時を大幅に上回る電流が流れます。
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コイル・モーターの励磁: モーターや変圧器などコイルを含む機器では、通電開始時に磁界を立ち上げるためのエネルギーが必要です。誘導電動機(モーター)の場合、停止状態から回転磁界に同期するまでの間に定格の6~8倍もの電流が流れるのが一般的です。また変圧器では鉄心を磁化する際にやはり大電流(励磁突入電流)が流れます。
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抵抗の非線形特性: 白熱電球の例のように、抵抗が温度によって変化する素子では、冷間時に抵抗値が低く大電流が流れがちです。フィラメントが温まると抵抗が上昇し電流が減少するまでの短時間、過大な電流が流れます。
以上のように、電源投入直後は「機器を正常動作させるための準備段階」として大きな電流が要求されることが多いのです。機器設計者はこの突入電流を想定して部品を選定・設計しますが、ユーザー側でもその存在を知っておくことが重要です。
様々な機器における突入電流の実例
突入電流は幅広い機器で発生しますが、種類によって特徴や影響が異なります。ここでは代表的な例を挙げて解説します。
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モーター設備の始動電流: エレベーター、ポンプ、コンプレッサー、家庭用エアコンや冷蔵庫などモーターを内蔵する機器では、始動時に大電流が流れます。三相交流誘導電動機を商用電源に直接つなぐ直入始動では、定格電流の6~8倍の始動電流が流れることが知られています。この電流は回転速度の上昇とともに徐々に減少し、定常運転時には定格値に落ち着きます。しかし始動時の大電流は電圧降下を招き、同一回路上の照明が一瞬暗くなる等の影響を与えることがあります。工場などで大型モーターを使用する際、電力会社が事前協議で起動方法(直入か、ソフトスタートか)を確認するのはこのためです。
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変圧器の励磁突入電流: 電力系統や再エネ設備で新たに変圧器を投入する際、励磁突入電流が問題となります。変圧器は鉄心に磁束を張るための励磁電流を必要とし、投入瞬間にはコアが飽和するほどの大電流が流れます。特に大きな変圧器ほど突入電流も大きく、一次側で見れば定格電流の数倍~十数倍に達することもあります。これにより周囲の電圧が瞬間的に低下し、場合によっては「瞬時電圧低下(瞬低)」と呼ばれる電力品質問題を引き起こします。後述するように、再エネ発電所が系統に連系する際には、この変圧器の突入電流で他の需要家に迷惑をかけないよう対策が求められるようになっています。
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照明・電子機器の突入電流: 家庭やオフィスで使われる照明器具や電子電源にも突入電流はあります。例えば蛍光灯は点灯直後、一瞬だけ通常の電流を超える突入電流が流れます。これにより放電管内のエミッタが劣化し、「1回のON/OFFで寿命が約1時間短くなる」とも言われます。LED照明は繰り返しの点滅に強い反面、内蔵するスイッチング電源部に平滑コンデンサがあるため多数のLED照明を一斉に点灯すると突入電流が重畳して大きくなります。その結果、照明回路のスイッチやブレーカの接点が溶着する(離れなくなる)トラブルを招く恐れがあります。実際、オフィスや倉庫で照明をLEDに更新した際、「ブレーカーが落ちやすくなった」「スイッチが焼けた」といった事例は、突入電流対策が不十分な機器を大量導入したことに起因するケースがあります。
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家庭用家電・情報機器: エアコンや冷蔵庫以外にも、電子レンジ、掃除機、洗濯機など高出力の家電は突入電流を発生します。近年これらの多くはインバータ制御となり、モーターの起動電流自体は抑えられる傾向にあります。しかしACアダプタやPC電源の内部にもコンデンサがあり、電源投入時には一瞬だけ規格値以上の電流が流れます。たとえばパソコンの電源ユニットではNTCサーミスタで突入電流を抑制する設計が一般的ですが、それでも同じ回路に多数の機器を接続すると合算されてヒューズが飛ぶ可能性があります。
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EV充電器: 電気自動車(EV)の車載充電器や急速充電器も、内部は大容量のコンデンサやインバータ回路で構成されるため突入電流とは無縁ではありません。普通充電(AC200V)の場合、充電開始直後に定格15Aを一瞬超える電流が流れることがあり、家庭の契約容量によってはブレーカー動作の原因になります。また、EV充電設備用のブレーカ製品には「定格電流の8.5倍を超える突入電流を持つ負荷には使用しないこと」と注意書きされているものがあります。これは例えば20A定格のブレーカなら170A以上の突入電流を想定する機器(大きなモーターやコンデンサ負荷)には対応できないという意味で、EV充電でも十分注意が必要です。
以上のように、突入電流は身近な家庭機器から産業用設備、最先端の再エネ機器まで幅広く存在する現象です。それぞれの機器で許容できる突入電流の大きさや継続時間は異なりますが、「思ったより大きな初期電流が流れる」という点は共通しています。
突入電流が引き起こす問題 – 電力品質から機器故障まで
突入電流は一過性の現象とはいえ、その瞬間的な大電流がもたらす影響は無視できません。ここでは突入電流による代表的な問題を整理します。
1. 電力系統への影響(電圧降下・フリッカ)
大きな突入電流が流れると、電源側のインピーダンスとの関係で電圧が一時的に低下します。これにより隣接する機器や他の需要家の電圧が瞬間的に下がり、照明のちらつき(フリッカ)や機器の誤動作を招く可能性があります。特に問題になるのが高圧配電系統で大型設備を投入する場面です。電力広域的運営推進機関(OCCTO)の資料でも「系統連系用変圧器の加圧時に励磁突入電流で瞬低が発生し、他者の電気使用を妨げる恐れがある」と指摘されています。実際、日本の配電規程では高圧での電圧変動は±10%以内に収めるよう定められており、変圧器投入に伴う瞬時電圧低下が10%を超える場合には発電事業者側で何らかの抑制対策を講じる必要があります。瞬低が深刻だと保護リレーの動作や隣接する工場設備の停止など大きなトラブルに発展しかねないため、電力会社も近年は突入電流の事前解析を厳格に求める傾向です。
加えて、電流零点の欠如(電流零ミス)と呼ばれる現象も報告されています。長い送電ケーブルと変圧器を組み合わせた系統で突入電流が流れると、直流成分を含む遅れ電流(励磁電流)と進み電流(ケーブル充電電流)が重なり合って、電流波形がゼロ交差しなくなる場合があります。この状態では万一その瞬間に事故が起きてもサーキットブレーカーがゼロ電流点を検出できず遮断できない恐れがあります。再エネ導入拡大に伴いこうした長距離連系が増えると、新たな解析項目として「電流零ミス解析」が必要になるなど、電力系統保護の面でも課題を突入電流が突きつけています。
2. 保護装置の誤動作・選別協調の問題
突入電流はしばしば過電流や短絡と誤判定され、ヒューズやブレーカーが不要に動作してしまうケースがあります。特に電子機器の電源投入時に家庭用ブレーカー(配線用遮断器)が瞬間的な過大電流を検知して落ちてしまう経験をした方もいるでしょう。これを防ぐため、住宅用のブレーカーには動作特性に時間遅れを持たせた「スロー ブロー(遅延型)」のヒューズや突入電流対応の遮断器が使われます。また工場などではモーター起動時の突入電流に耐えるため、動力回路用ブレーカーは定格の数倍の短時間電流では動作しない特性(例えば定格の10倍の電流でも0.1秒以内なら遮断しない等)を持たせ、選別協調をとっています。EV充電用の漏電ブレーカーにも前述のように8.5倍までの突入電流に対応する設計のものがあります。しかし機器側の突入が想定以上に大きかったり、複数機器の突入が重なったりすると、協調が崩れて予期せぬ遮断を引き起こします。これにより工場の生産ラインが止まったり、家庭内で特定回路のブレーカーが頻繁にトリップするようなトラブルとなります。
3. 機器・部品への物理的ストレス
突入電流は機器自身にも大きなストレスを与えます。電流が急上昇するとき、回路上の様々な部品に熱衝撃や機械的な力(電磁力)が瞬間的に加わります。例えば電源ラインのノイズ対策に使われるチップフェライトビーズは、定格を超える突入電流が流れると内部で発熱し、最悪の場合は溶断(内部電極の焼断)に至ります。波形にもよりますが、ピーク値が大きすぎたり、パルス幅(高電流が継続する時間)が長すぎたりすると部品が破壊され基板ごと焦げてしまう例も報告されています。コンデンサも急速充電により内部発熱し劣化が進む可能性があります。また、リレーやスイッチの接点にも電気的な溶着・消耗が発生し、寿命を縮めます。特に頻繁な電源のON/OFFを行う装置では突入電流による累積ダメージがバカになりません。UPS(無停電電源装置)や非常用発電機がテスト切替の度に負荷の突入電流を受けるような場合、繰り返し応力で故障率が高まることが考えられます。
4. 設備容量の増大・コスト増加
電気設備を設計・選定する際には、この突入電流を考慮して機器容量に余裕を持たせる必要があります。電力会社側でも送電設備(変圧器や配線)の容量を決める際、安定時の消費電力だけでなく起動電流(突入電流)に見合った余裕を見込んでいます。突入電流が極端に大きい機器があると、それに合わせて設備を割高な大容量品にせざるを得ず経済的なロスとなります。例えば工場で大きなモーターを導入する場合、直接起動ではなくソフトスタータを入れる初期投資をした方が、必要となる受電設備容量を抑えられてトータルコストで有利になることもあります。また再エネ発電所の連系でも、系統側短絡容量に対して突入電流が大きすぎると受け入れてもらえず、代わりにインラッシュリミッタ(後述)設置という高額対策が必要になったり、最悪接続断念というケースもありえます。突入電流対策は経済性やプロジェクトの実現可能性にも影響を与えるのです。
突入電流の対策技術 – 抑制のための工夫と最新ソリューション
問題多き突入電流ですが、各種対策技術が開発・実用化されています。ここでは機器カテゴリごとに代表的な抑制ソリューションを紹介します。
1. 電子電源回路での対策(コンデンサ突入電流の抑制)
スイッチング電源やインバータ装置の交流入力部では、大容量コンデンサへの充電電流をいかに抑えるかが設計上のポイントです。一般的な方法がサーミスタ(NTC)や抵抗によるインラッシュカレントリミッタです。具体的には、電源投入直後は抵抗成分を挟んで電流を制限し、ある程度時間が経ってコンデンサの充電が落ち着いたらその抵抗をバイパスして通常運転に移行します。NTCサーミスタは通電により自己発熱して抵抗値が下がる特性を利用し、時間が経てば損失を抑えつつ初期突入だけ制限する部品です。一方、ある程度容量の大きい装置ではリレーで抵抗を短絡する回路がよく使われます。投入数十ミリ秒後にリレー接点をオンして抵抗を外し、その後はロス無く運転します。さらに高度な方法としては、パワーエレクトロニクスで充電電流をアクティブに制御するソフトスタート方式(たとえばAC/DCコンバータ部に定電流制御を導入する)もあります。最近のLED照明用電源などはこうした工夫で突入電流を小さく抑える製品も登場しています。
2. モーターの突入電流対策(ソフトスタータ・インバータ駆動)
モーター負荷では、突入電流=始動電流を低減するため古くからスターデルタ始動やリアクトル始動、直流抵抗を利用した二次抵抗始動(巻線型誘導機の場合)などが使われてきました。現代ではソフトスタータと呼ばれる電圧制御装置や、最も効果的なインバータ駆動が普及しています。ソフトスタータはサイリスタを用いてモーターへの印加電圧をゆっくり立ち上げる装置で、突入電流を数分の一に抑制できます。さらにインバータ(周波数変換器)駆動にすれば、電圧・周波数を自在にコントロールしてモーターをスムーズに加速できるため、突入電流をほぼ発生させずに始動可能です。例えば従来直入では600%(6倍)あった起動電流が、VFD(可変速ドライブ)では120%程度にまで低減できたという報告もあります。産業界ではインバータ化により省エネと機器保護を両立する動きが主流で、結果的に突入電流問題の緩和にも貢献しています。
3. 変圧器の突入電流対策(投入時期制御・インラッシュリミッタ)
変圧器の励磁突入電流は一筋縄ではいきませんが、大きく二つのアプローチがあります。一つは投入タイミングの制御、もう一つは直列インピーダンスの挿入です。
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投入位相の制御: 変圧器のコアが磁気飽和するのは、投入する交流波形の位相とコア残留磁束の状態に依存します。理論的にはコアの磁束がゼロになる位相(例えば交流電源波形の正弦波ピーク付近)で投入すれば突入電流を大幅に低減可能です。そこで、遮断器を閉じる瞬間の位相を制御するサイリスタスイッチや、高速開閉できる真空遮断器を用いた投入位相制御装置が開発されています。これらは一般にインラッシュ電流抑制開閉器などと呼ばれ、変圧器投入の際にコイルに優しい位相で通電を開始します。コストはかかりますが、大型変電所などではすでに実用例があり、今後再エネの大規模連系でも重要になるでしょう。
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直列リアクトル・抵抗の挿入: 突入電流のピーク値は回路のインピーダンスで決まります。そこで、変圧器一次側に一時的にリアクトル(リアクタンス)や抵抗を入れて電流を抑え、しばらくしてバイパスする方法があります。高圧受電設備では一次側に直列リアクトルを常設して励磁電流を制限するケースもあります。また、かつては発電機と変圧器の並列投入時にプリインサーション抵抗(投入直後だけ挿入される抵抗)を使う設計もありました。近年は専用のインラッシュリミッタ装置も登場しています。例えばある製品では変圧器の投入回路に直列に接続し、半導体スイッチと阻抗素子で構成された回路によって突入電流を実効的に数十分の一に抑制するとの報告があります。実証データとして、従来は変圧器一次電流が1000A超流れていたケースでインラッシュリミッタ使用後は100A台に収まった例もあるようです(メーカー資料より)。もっとも、リアクトルや抵抗を入れると投入時の電圧立ち上がりが緩やかになるため、下流機器への影響も小さくなりますが、その間電圧が定格より低い状態となるため機器によっては起動不良を起こさないよう注意が必要です。
なお、変圧器自体の工夫として低磁束密度設計や分割鉄心などで突入電流を抑制したタイプも開発されています。材料的アプローチではアモルファス合金コア変圧器が立ち上がり磁化特性に優れ突入電流が低減されるとのデータもありますが、コストとの兼ね合いで採用は限定的です。
4. 運用による工夫(シーケンス制御・タイミング調整)
技術的機器的対策だけでなく、運用面の工夫も突入電流問題には有効です。例えば工場やデータセンターで停電復旧後に一斉に設備が立ち上がると非常に大きな合成突入電流が流れます。これを避けるため、重要機器ごとに投入シーケンス(順番)を設定し、時間差で電源投入する方法が一般的に推奨されます。ビル管理システム(BMS)やPLCを用いて、大きなモーターや冷凍機は数秒ずつ間隔を空けて起動する、照明も回路ごとに順次点灯させる等で合計電流ピークを低減できます。「急がば回れ」で多少時間をかけてでも順番に立ち上げたほうが結果的に全設備が安定起動し、突入電流によるブレーカー動作のリスクも下がります。
また、再エネ設備においては自動同期機能の活用も重要です。自励式(自前で電圧を発生する)パワーコンディショナでも、系統と電圧位相がずれたまま並列投入すると突入電流が流れます。そのため、太陽光や風力発電のPCSには自動位相同期してから連系する機能が求められています。これにより並列時の突入電流(充電電流)を抑え、系統電圧の乱れを防ぎます。
再エネ大量導入時代における突入電流問題 – 根源的課題と解決への展望
再生可能エネルギーが主力電源となりつつある現在、突入電流問題は電力インフラ全体で見逃せない論点になってきました。従来、電力系統は大容量の火力・水力発電所が主で、それらの起動・並列は計画的に行われ制御されていました。しかし、太陽光・風力といった分散型電源が数多く系統に直接接続されるようになると「誰かが機器を投入するタイミングで別の場所の電圧が瞬間低下する」事態が増えかねません。実際、2030年以降さらなる再エネ導入拡大に備え、日本のグリッドコード(電力系統技術要件)では変圧器投入時の瞬時電圧低下対策を強化する方向で議論が進んでいます。
現行の指針では、高圧系統で突入電流による電圧変動が10%を超える恐れがある場合、発電設備側に限流リアクトルや突入電流抑制装置を設置して対処することが定められています。特別高圧でも同等の基準値設定が検討され、発電事業者は事前に系統影響をシミュレーションして必要なら対策を講じるという流れです。これは裏を返せば、突入電流対策が新たなコスト要因となる可能性も意味します。OCCTOの試算では、変圧器突入電流の詳細な系統解析には一件あたり数百万円、もし対策装置を要するなら数千万円規模の追加投資になるケースもあるといいます。再エネ設備の担当者にとって、こうしたコストと技術要件を理解し、プロジェクト計画に織り込むことがますます重要になっています。
では、再エネ普及と突入電流問題の根源的な解決策は何でしょうか?考えられる方向性をいくつか挙げます。
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機器側の標準対策強化: パワーコンディショナや風力発電用コンバータなど系統に接続する電力機器自体に突入電流抑制機能を標準搭載することです。具体的には、自動同期投入やソフトスタート、あるいは突入電流がそもそも発生しにくい回路トポロジーの採用です。例えば全てのPCSが並列時に出力電圧位相を揃えてから接続する設計になれば、大きな充電電流は流れません。また、変圧器レスの直接接続インバータで緩やかに出力を上げる手法や、ステップアップ変圧器に特殊設計を施し突入電流を低減する技術などが今後標準化されていく可能性があります。
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受け入れ側設備のデジタル化: 一方、系統側・需要家側でもデジタル機器の導入で対処可能です。スマートブレーカーや自動電圧調整器を用い、ある負荷で突入電流検知時に他を一時的にオフにする協調制御、あるいはオンデマンドでリアクトルを挿入できる電子式装置などが考えられます。IoT技術を活用し、需要家ごとの大電流機器の投入タイミングをクラウド経由で調整するスマートグリッド的な手法も将来的には視野に入るでしょう。例えば地域内のEV充電器が一斉に動作しないよう通信で調整したり、停電復旧時に需要家ごとに段階的に送電する(すでに実系統で手動ながら行われていることですが、これを自動化・高度化する)ことも有望です。
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ルール・規格の整備: 技術面と並行して、突入電流に関する規格や接続ルールの整備も欠かせません。電気設備技術基準や内線規程では、機器の始動電流を見込んだ幹線設計や変圧器容量選定の指針がありますが、再エネの大量導入でシナリオが変わる中、より精緻なガイドラインが必要です。日本では現在グリッドコード検討会などで議論が進んでおり、変圧器だけでなく需要家側も含めた公平な規制を求める声もあります。例えば非常用発電機や大容量モーターを持つ需要家の変圧器投入も含め、一律の電圧変動規制にしてはどうか、といった意見です。将来的には突入電流の大きい設備には何らかの抑制策を講じることを義務付け、そうでない設備のみ無対策接続を許す、といったルールになる可能性もあります。
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電力系統そのものの強靭化: 根本的解決策ではありませんが、系統側の短絡容量(いわば電源の強さ)が大きければ突入電流による電圧降下も小さくて済みます。つまり、送電網を強化し大規模蓄電池や同期調相機などで系統インピーダンスを下げておくことも有効な施策です。実際、欧米では系統電圧の昇圧や同期調相機の設置で再エネ増加に伴う電圧安定性を高めています。日本でも送配電網の強靭化やスマート化によって突入電流に対する許容度を上げる方向の投資が検討されています。
以上のように、突入電流問題は電源側・需要側・系統側の全方位で取り組むべき課題です。一見地味な技術論に思えますが、再生可能エネルギーを大量導入していく上で避けて通れない本質的テーマと言えるでしょう。業界の常識に埋もれてきた問題点を洗い出し、新しい視点や技術で解決していく姿勢が重要です。
例えば再エネ設備の販売・施工担当者であれば、系統連系の申請時に電力会社から「励磁突入電流による瞬低解析を提出してください」と求められるケースが増えていることを認識しなければなりません。その際には本記事で述べたような対策(リアクトルの追加や同期投入装置の提案など)を盛り込んだ計画を示すことで、スムーズな接続交渉が可能となります。また、需要家側でも設備更新時にインバータ機器を選ぶ、非常用電源試験の手順を最適化する等、できる対策があります。小さな積み重ねですが、こうした対応が進むことで、結果的に再エネの受け入れ可能量が拡大し、日本全体の脱炭素化に貢献するはずです。
おわりに – 突入電流と上手に付き合い持続可能な電力利用へ
突入電流は電気の世界の「クセ者」ですが、そのメカニズムを理解し適切に対処すれば大きな問題にはなりません。本記事では突入電流の定義から各分野での課題、対策技術、そして再エネ時代における論点まで包括的に解説しました。鍵となるポイントは、瞬間的とはいえ無視できない大電流であること、そしてその影響範囲が自分の機器だけでなく周囲や電力網に及ぶということです。
幸いにも技術の進歩により、この厄介者を封じ込める方法は数多く存在します。重要なのは現場でそれを知っているか、そして活用しているかです。今後ますます再生可能エネルギーが増え、電力システムが複雑化する中、突入電流対策の巧拙がプロジェクトの成否を分ける場面も出てくるでしょう。ぜひ皆さんの現場でも、「なんとなく慣習で流していた問題」に目を向け、新しい切り口で解決策を検討してみてください。地味でも実効性のある一手が、業界全体の底上げにつながります。
最後に、突入電流に関するファクトチェックの結果を以下にまとめます。本記事の内容は最新の知見や公的資料に基づいており、記載した数値や事例は出典を明示しています。不明点があれば参照元もぜひご覧いただき、確かな情報に基づく議論・対策立案にお役立てください。
【ファクトチェックと参考文献】
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突入電流は電源投入直後に定格電流値を何倍も上回る大電流が一時的に流れる現象。白熱電球では冷間時に通常の8~20倍もの突入電流が観測される。
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誘導電動機を直入起動する際の始動電流は定格の6~8倍に達し、回転数の上昇とともに定常値へ減衰する。電源容量が小さいとこの起動で電圧降下や照明フリッカが発生する。
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LED照明でも内部コンデンサの充電により弱い突入電流が流れる。多数のLEDを一斉投入するとスイッチやブレーカ接点の溶着など問題が起こり得るため、回路設計で抑制が重要。
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大容量コンデンサを持つ機器ではNTCサーミスタや抵抗+リレーによる突入電流防止回路を用いて初期充電電流を制限するのが一般的。一定時間後に抵抗をバイパスし通常動作に移行する。
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変圧器の励磁突入電流は投入位相を制御することで大幅に低減可能。遮断器の投入角を調整する突入電流抑制開閉器(インラッシュリミッタ)を用いる方法や、限流リアクトルを挿入する対策が実施されている。これらの追加対策には数百万~数千万円規模の費用がかかる場合がある。
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突入電流が重なると電圧波形の零点がなくなる電流零ミス現象が発生し、保護継電器が動作不能になる恐れがある。長距離ケーブル連系時や大容量突入電流時には系統解析でこの現象をチェックする必要がある。
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日本の系統連系技術要件では、変圧器投入時の瞬時電圧低下が他の需要家に影響を与えないよう求めている。高圧系統では電圧変動10%を超える場合に突入電流抑制対策を実施することが明記され、再エネ大量導入に備えた電力品質確保策となっている。
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EV充電回路用ブレーカには「定格の8.5倍を超える突入電流の負荷では使用不可」との注意があり、機器選定時に突入電流値の確認が必要である。実際、急速充電開始時に家庭用契約容量を超えてブレーカー落ちする例も報告されている。
参考資料:大塚商会【33】、「モーノポンプ」技術コラム【27】、山洋電気TECHCompass【30】、経産省資源エネルギー庁資料【8】、OCCTOグリッドコード検討会資料【32】ほか(本文中に【】で示した番号は該当出典を表し、クリックすると詳細内容を閲覧できます)。
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