目次
- 1 環境配慮契約・総合評価落札方式をわかりやすく解説 政府の電力調達がGXを加速(2025年最新)
- 2 第1章 日本のグリーン調達の転換点:なぜ「安ければ良い」の時代は終わるのか
- 3 第2章 「総合評価落札方式」の解体新書:価値に基づく調達への新エンジン
- 4 第3章 評価基準の解読:何が「良いグリーン電力」を定義するのか
- 5 第4章 グリーン調達のグローバル潮流:EU・米国モデルとの比較分析
- 6 第5章 市場へのリップル効果:新制度は日本のエネルギー市場をどう変えるか
- 7 第6章 入札仕様書を超えて:日本のGXを加速する地味だが実効性のある解決策
- 8 第7章 よくある質問(FAQ)
- 9 第8章 ファクトチェック・サマリーと最終報告
環境配慮契約・総合評価落札方式をわかりやすく解説 政府の電力調達がGXを加速(2025年最新)
2025年7月21日(月) 最新版
2050年カーボンニュートラル、そして2030年度の野心的な温室効果ガス削減目標。この国家的な挑戦の成否を分ける、
静かな、しかし極めて重要な制度改革が今、始まろうとしています。それは、国や独立行政法人といった公的機関の「電力の買い方」を変える、というものです。
これまで、政府の電力調達は「安さ」が絶対的な正義でした。しかし、その原則が日本の再生可能エネルギー導入の足かせになっていたとしたら?
本稿では、2025年度からの導入が検討されている「環境配慮契約法」に基づく電力調達の「総合評価落札方式」について、どこよりも深く、構造的に、そして圧倒的な情報量で解き明かします。
この改革は、単なる入札制度の変更ではありません。日本の電力市場のゲームのルールそのものを書き換え、企業の環境投資へのインセンティブを根本から変容させるポテンシャルを秘めています。
本稿では、環境省の専門委員会での議論を基に、新制度の精緻なメカニズム、そこに潜む論点、そして日本が真のグリーン成長を遂げるための本質的な課題と解決策までを、グローバルな視点も交えながら徹底的に分析します。
この記事を読み終える頃には、あなたは以下の問いに対する明確な答えと、未来への洞察を手にしているはずです。
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なぜ、これまでの「最低価格落札方式」ではダメだったのか?
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新制度「総合評価落札方式」は、どのように機能し、誰が勝者となるのか?
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「事業者単位」と「メニュー単位」の評価、この選択が日本の電力市場の未来をどう左右するのか?
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「非化石証書」は救世主か、それともグリーンウォッシュの温床か?
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この制度改革が、日本の再エネ普及とGX(グリーン・トランスフォーメーション)に与える真のインパクトとは?
それでは、日本のエネルギーの未来を左右する、この壮大な制度改革の深淵へとご案内しましょう。
第1章 日本のグリーン調達の転換点:なぜ「安ければ良い」の時代は終わるのか
日本の公的機関による調達は、会計法に基づき「一般競争契約」を原則としています。これは、税金の使途として経済性を最優先し、最も安い価格を提示した事業者と契約するという、公正性と透明性を担保するための基本的な考え方です。電力調達も例外ではなく、長らくこの「最低価格落札方式」が採用されてきました。
しかし、脱炭素という国家的な至上命題を前に、この「価格第一主義」が大きな壁として立ちはだかることになります。
現行「裾切り方式」の構造と限界
もちろん、政府も環境への配慮を全くしてこなかったわけではありません。現在、電力調達の一般競争入札では、「環境配慮契約法」に基づき、一定の環境性能をクリアした事業者のみが参加できる「裾切り(すそぎり)方式」が採用されています
これは、二段階選抜のような仕組みです。
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第一段階(参加資格審査): 小売電気事業者は、「CO2排出係数」「再生可能エネルギー導入率」「未利用エネルギーの活用状況」といった環境項目で点数評価を受けます。これに「省エネ情報提供」などの加点項目を加え、合計点が基準(例:70点)に達した事業者のみが、入札への参加資格を得ます。
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第二段階(価格競争): 資格を得た事業者間で価格競争を行い、最も安い価格を提示した事業者が落札します。
この方式は、環境性能の著しく低い事業者を排除するという点では一定の機能を果たしてきました。しかし、その構造には、日本の再エネ導入を本質的に加速させる上での致命的な欠陥が内包されていました。
コアな欠陥:「70点の壁」というイノベーションの阻害要因
問題の本質は、この制度が「最低限の基準を満たせば、あとは価格勝負」という構造になっている点にあります。ユーザー照会で示された以下の具体例(表2の思考実験)を見れば、その問題点は一目瞭然です。
仮に、A社からD社までの4社が電力入札に参加したとします。
会社名 | 環境評価点 | 入札価格 |
A社 | 80点 | 105円 |
B社 | 95点 | 110円 |
C社 | 75点 | 102円 |
D社 | 70点 | 100円 |
現行の「裾切り方式」では、4社すべてが参加資格の70点を超えているため、環境評価点の差は一切考慮されません。A社の80点も、B社の傑出した95点も、D社のギリギリの70点も、すべて「合格」という同じ扱いです。その結果、落札するのは最も安い価格を提示したD社となります。
これは、何を意味するでしょうか。
この制度下では、企業がコストをかけて環境性能を70点から90点に引き上げるインセンティブが全く働きません。なぜなら、その努力と投資は入札の当落に一切影響しないからです。むしろ、合理的な経営判断としては、「いかに低コストで70点の基準をクリアするか」が最適戦略となります。
結果として、この70点という基準は、本来あるべき「最低ライン(フロア)」としてではなく、事業者の環境努力の「上限(シーリング)」として機能してしまっていたのです。この「70点の壁」が、より質の高い再生可能エネルギーの開発や、革新的な環境技術への投資意欲を削ぎ、市場全体を「そこそこのグリーン電力」で停滞させる構造的な要因となっていました。
自治体などからは、この方式では真に環境性能の高い電力や、地域の新電力との契約促進につながりにくいという課題が指摘されていました
この構造的欠陥を打破し、価格だけでなく「環境価値」そのものが正当に評価される市場を創出する。それこそが、今回導入が検討されている「総合評価落札方式」の核心的な狙いなのです。
第2章 「総合評価落札方式」の解体新書:価値に基づく調達への新エンジン
最低価格での競争から、価値の競争へ。政府の電力調達におけるこの歴史的なパラダイムシフトを実現するのが「総合評価落札方式」です。この方式は、公共工事などでは既に導入されていますが
落札者はもはや最も「安い」事業者ではなく、価格と環境性能を総合した価値が最も「優れた」事業者となります。この「優れた」を判断するための計算式こそが、新制度の心臓部です。
2つの計算式:加算方式 vs. 除算方式
総合評価落札方式における評価値の算出には、大きく分けて2つの方法があります。「加算方式」と「除算方式」です
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加算方式: 評価値=価格点+技術評価点
この方式は、価格を点数化した「価格点」と、環境性能などの価格以外の要素を点数化した「技術評価点」を足し算して評価します。技術的な優位性を絶対的に評価したい研究開発のような、特殊で高度な仕様が求められる契約で採用されることがあります 6。
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除算方式: 評価値=入札価格技術評価点
この方式は、技術評価点を入札価格で割り算します。これは、1円あたりどれだけの「技術的価値(この場合は環境価値)」が得られるか、つまりコストパフォーマンスを評価するものです。仕様が明確な一般的な調達では、こちらの方式が多く採用されます 5。
なぜ電力調達には「除算方式」が適するのか
環境省の電力専門委員会では、電力調達には「除算方式」が適しているとの考えが示されています。この選択は、極めて戦略的な意味を持っています。
電力という商品は、その品質(周波数など)が法律で厳格に定められた、均質な(コモディティ)財です。私たちが購入するのは、特定の研究成果のような一点物ではありません。したがって、調達の目的は「どんなに高くても、とにかく世界一環境に良い電力を買う」ことではなく、「公的な資金(税金)1円あたりの環境価値を最大化する」ことにあるべきです。
除算方式()は、まさにこのコストパフォーマンスを評価するための最適なツールです。例えば、以下の2社がいたとします。
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X社: 環境評価点 95点、価格 110円 → 評価値:
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Y社: 環境評価点 85点、価格 100円 → 評価値:
この場合、環境スコアが絶対的に高いX社が落札します。しかし、もしY社の価格が90円だった場合、
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Y社: 環境評価点 85点、価格 90円 → 評価値:
となり、今度はY社が落札します。絶対的な環境性能ではX社に劣るものの、その価格を考慮したコストパフォーマンスではY社が上回ると評価されるわけです。
このように、除算方式は、単に環境性能が高いだけでは勝てず、優れた環境性能をいかに効率的な価格で提供できるかという、事業者の経営効率そのものを問う仕組みなのです。これは、「環境性能向上」と「国民負担の抑制」という2つの要請を両立させるための、熟慮された設計思想と言えるでしょう
最低限の品質は守る:「標準点」による実質的な裾切り機能
では、裾切り方式は完全に廃止されるのでしょうか。もしそうなれば、環境性能が著しく低い事業者が、異常な低価格を提示して落札してしまうリスクが生まれます。
この点について、環境省事務局は、今後も最低限の入札参加資格は必要と考えています。総合評価落札方式では、この最低基準を「標準点(基礎点)」という形で組み込むことが検討されています。
例えば、「必須の評価項目をすべて満たせば標準点として100点、一つでも満たさなければ0点」といった設定をすることで、実質的に従来の裾切り要件と同じ機能を果たします
以下の表は、現行の「裾切り方式」と新しい「総合評価落札方式」の考え方の違いをまとめたものです。
表1:電力調達における入札制度の比較:現行方式 vs. 新方式
比較項目 | 現行の「裾切り方式」 | 新しい「総合評価落札方式(除算方式)」 |
基本原則 | 参加資格審査 + 価格競争 | 価格と品質の総合評価 |
勝敗の決定 | 参加資格を満たした者の中で、最低価格を提示した者 | **評価値(技術評価点 ÷ 価格)**が最も高い者 |
環境評価点の役割 | 入札参加の可否を判断する**「足切り」**としてのみ機能 | 評価値の分子となり、点数が高いほど有利になる |
事業者へのインセンティブ | 基準点(例: 70点)を最小コストで達成すること | 環境性能と価格競争力を両立させ、コストパフォーマンスを最大化すること |
期待される市場への影響 | 環境性能の底上げ効果は限定的。価格競争が激化。 | 環境性能と価格の両面での競争を促進。技術革新や経営効率化を促す。 |
この新しいゲームのルールは、日本の電力市場に参加するすべてのプレイヤーに、新たな戦略の構築を迫ることになるでしょう。
第3章 評価基準の解読:何が「良いグリーン電力」を定義するのか
総合評価落札方式の成否は、その評価基準、すなわち「技術評価点」を構成する項目とその評価方法に懸かっています。どのような電力を「価値が高い」と見なすのか。この基準設計の中に、日本のエネルギー政策の未来を占う重要な論点が隠されています。
環境省事務局が提示した評価項目案(表3)を基に、その核心に迫ります。
評価項目案の全体像
現時点で検討されている主な評価項目は、現行の裾切り方式の項目を踏襲しつつ、その評価の仕方をより精緻化する方向で議論されています。
表2:政府の電力契約における評価フレームワーク案(2025年度~)
評価項目 | 評価方法の案 | スコアリングの考え方 | 主要な論点と潜在的リスク |
1. CO2排出係数 | ①事業者単位で評価するか、②メニュー単位で評価するか(両論併記) | 低いほど高評価 (Lower is Better) | **最重要論点。**メニュー単位評価は「グリーンウォッシュ」のリスクを内包する。 |
2. 再生可能エネルギー比率 | 事業者単位またはメニュー単位での比率を評価 | 高いほど高評価 (Higher is Better) | 「追加性」の評価がなければ、既存の再エネの奪い合いになる可能性がある。 |
3. 未利用エネルギー活用 | 事業者単位での活用状況を評価 | 高いほど高評価 (Higher is Better) | 都市部の熱利用など特定の事業者が有利になる可能性。評価の公平性が課題。 |
4. 情報開示 | 電源構成や排出係数の開示状況を評価 | 開示度が高いほど高評価 (Higher is Better) | 開示の質(正確性、適時性)をどう評価するかが課題。 |
(将来的な項目) 追加性 | 新規の再エネ電源開発への貢献度を評価 | 高いほど高評価 (Higher is Better) | 日本の再エネを真に増やすための鍵。評価手法の確立が急務。 |
これらの項目の中で、日本のエネルギー転換の方向性を決定づける最も重大な論点が、「CO2排出係数」をどのように評価するかにあります。
最重要論点:事業者単位 vs. メニュー単位 ― 制度の魂はどちらに宿るか
現在、CO2排出係数の評価方法として、「事業者全体の平均値で評価する(事業者単位)」案と、「政府に供給する特定の電力メニューのみで評価する(メニュー単位)」案の2つが併記されています。この選択は、単なる技術的な違いではなく、制度の理念そのものに関わる根本的な分岐点です。
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メニュー単位評価のロジックとリスク
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ロジック: この方法は、小売電気事業者が政府調達のためだけに特別に組成した「グリーン電力メニュー」の排出係数を評価します。これにより、多様な事業者が入札に参加しやすくなり、競争が促進されると期待されています。
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リスク: ここに、新制度の最大の落とし穴が存在します。その鍵を握るのが「非化石証書」です。
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非化石証書の役割と「政策準拠型グリーンウォッシュ」のリスク
「非化石証書」とは、太陽光や風力などの非化石電源で発電された電気の「環境価値」だけを取り出して証書化したものです。小売電気事業者は、この証書を市場で購入し、自社が販売する火力発電由来の電気と組み合わせることで、「実質的に再生可能エネルギー100%の電気」として販売することができます
問題は、この非化石証書市場の現状にあります。
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供給過剰と低価格: 現在、FIT制度(固定価格買取制度)に由来する非化石証書は需要を大幅に上回る量が供給されており、価格は1kWhあたり0.4円前後という極めて安価な水準で推移しています
。9 -
トラッキング情報の付与: 2024年度からは、すべての非化石証書に発電所名や場所などの「トラッキング情報」が付与されるようになり、RE100などの国際的なイニシアチブにも利用可能となりました
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この状況が「メニュー単位評価」と結びつくと何が起きるでしょうか。
メニュー別排出係数を採用する場合、より多くの小売事業者に入札参加の機会を与えることとなる。しかし、その背景には「排出係数の低い料金メニューを作ることは容易であるため」という重大な注釈がついています。
具体的には、石炭火力発電を主力とする電力会社であっても、市場から安価な非化石証書を大量に購入し、政府調達向けのメニューに適用するだけで、見かけ上のCO2排出係数をゼロにした「完璧なグリーン電力メニュー」を簡単に作り出せてしまうのです。
この事業者は、自社の発電設備を一切クリーン化することなく、つまり日本の総発電量における再エネ比率を1ミリも向上させることなく、入札の評価項目をクリアできてしまいます。
これは、制度の抜け穴を突いた「政策準拠型グリーンウォッシュ」とでも言うべき事態です。制度の目的が、単に政府機関が「見かけ上のグリーン電力」を購入することではなく、その調達力を通じて日本全体のエネルギー転換を加速させることにあるならば、この「メニュー単位評価」は制度の魂を抜き取ってしまう極めて危険な選択肢となり得ます。
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事業者単位評価の意義
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意義: 一方、「事業者単位」での評価は、その事業者の電源構成全体、つまり事業活動そのものの環境性能を問います。これは、非化石証書による表面的な調整が効きにくく、自社で再エネ電源を開発したり、長期契約で再エネを調達したりしている、真にグリーンな事業者が有利になる仕組みです。
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課題: 大手電力会社など、既存の火力発電所を多く抱えながら移行を進めている事業者にとってはハードルが高く、参加者が限定される可能性はあります。
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この選択は、「市場参入の容易さ」と「制度の実効性・信頼性」のトレードオフです。もし政府が、その巨大な購買力をテコにして日本のGXを本気で牽引しようとするならば、安易に「メニュー単位」に流れることなく、「事業者単位」を基本としつつ、移行期間を設けるなどの段階的なアプローチを検討することが、政策の本来の目的を達成する上で不可欠でしょう。
第4章 グリーン調達のグローバル潮流:EU・米国モデルとの比較分析
日本の新たな挑戦は、世界の中でどのような位置づけにあるのでしょうか。グリーン公共調達(GPP: Green Public Procurement)の先進地域である欧州連合(EU)と米国のモデルと比較することで、日本の現在地と進むべき方向性が見えてきます。
EUモデル:戦略的・規制的・ライフサイクルコスト(LCC)重視
EUのGPP(Green Public Procurement Criteria and Requirements)は、単なる環境配慮にとどまらず、産業競争力の強化や循環型経済への移行といった、より大きな政策目標を達成するための戦略的ツールとして位置づけられています
その最大の特徴は、「ライフサイクルコスト(LCC)」の考え方を重視している点です
さらにEUは、GPPを任意(voluntary)の取り組みから、特定の分野(例:クリーン自動車指令)では義務的(mandatory)な基準を導入する方向へと舵を切っており、加盟国全体で調和の取れた高い基準を目指しています
参考:GPP Criteria and Requirements – European Commission
米国モデル:市場主導・認証ベース・パートナーシップ重視
米国の連邦政府によるグリーン電力調達は、市場メカニズムと官民パートナーシップを巧みに活用するアプローチを取っています
その中核をなすのが、米国環境保護庁(EPA)が運営する「グリーン電力パートナーシップ(Green Power Partnership)」です
そして、この制度の信頼性を担保しているのが、独立した第三者認証機関の存在です。特に「Green-e」などの認証機関が、再生可能エネルギー証書(REC)の取引や事業者の主張が正当なものであるかを厳格に検証します
参考:Green Power Partnership | US EPA
参考:Green-e | Powering a renewable future
日本モデルの独自性と課題:「政府による認証」という構造
EUと米国のモデルと比較したとき、日本の新しい総合評価落札方式の独自性が浮かび上がります。それは、「政府自身が評価基準を作り、評価を行い、グリーン電力としての価値を認証する」という、いわば「政府認証モデル」とでも言うべき構造です。
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EUとの違い: EUがLCCという洗練された経済性評価ツールを導入し、総費用対効果を見ているのに対し、日本のモデルは現時点では運用コストまで含めた評価には踏み込んでいません。
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米国との違い: 米国が基準設定(EPA)と検証・認証(Green-eなど)の役割を分離し、独立した第三者によって市場の信頼性を担保しているのに対し、日本のモデルでは政府(各府省庁)がルールメーカー、審判、スコアキーパーの役割を一身に担います。
この「政府認証モデル」は、一見すると政府の強力なリーダーシップを発揮できるように見えますが、潜在的な課題も抱えています。
第一に、行政の過大な負担です。必ずしもエネルギーの専門家ではない各省庁の調達担当者が、複雑な環境価値を正しく評価し、事業者間の優劣を判断するのは容易ではありません。第二に、省庁間の評価の不統一が生じるリスクです。各省庁が独自に評価の重み付けなどを判断した場合、政府全体としての一貫したメッセージを市場に送ることが難しくなる可能性があります。第三に、客観性への懸念です。独立した第三者機関による認証に比べ、政府自身による評価は、恣意性が入り込む余地があるのではないかという疑念を完全に払拭することが難しいかもしれません。
日本の新制度は、国際的に見てもユニークな挑戦です。その成功のためには、これらの潜在的な課題を認識し、将来的には評価プロセスの透明性や客観性をさらに高めるための仕組み(例えば、評価基準の策定プロセスへの第三者機関の関与強化など)を検討していく必要があるでしょう。
第5章 市場へのリップル効果:新制度は日本のエネルギー市場をどう変えるか
政府という巨大な需要家が「電力の買い方」を変えることは、池に大きな石を投じるようなものです。
その波紋(リップル効果)は、電力市場の隅々にまで及び、各プレイヤーに新たな行動を促します。ここでは、特に「地域新電力」と「公共PPA」という2つの重要なテーマに焦点を当て、新制度がもたらす光と影を分析します。
地域新電力にとっての好機と試練
全国各地で設立されている「地域新電力」は、エネルギーの地産地消、地域経済の活性化、そして災害時のレジリエンス向上など、多様な価値を地域にもたらす存在として期待されています
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好機(光): 価格以外の要素が評価される総合評価落札方式は、地域新電力にとって大きな追い風となり得ます。例えば、静岡県の「
」は、官民連携で地域の豊富な日照条件を活かした太陽光発電を推進し、エネルギーの地産地消を実現しています浜松新電力 。また、群馬県の「32 」は、電力事業の収益を町の健康プログラムに還元するなど、独自の地域貢献モデルを築いています中之条パワー 。こうした価格だけでは測れない「地域への貢献」という価値が、新制度下では正当に評価される可能性があります。34 -
試練(影): しかし、多くの地域新電力は厳しい経営環境にあります。小規模であるため、大手のような価格競争力や、卸電力市場の価格高騰に対する耐性が低いのが実情です
。さらに深刻なのが31 信用力(与信)の問題です。事業規模が小さいため、金融機関からの融資や、発電事業者との長期的な電力購入契約(PPA)を結ぶ際に、信用力が壁となるケースが少なくありません 。9
新制度が真に地域新電力を後押しするためには、彼らが持つ独自の価値を評価項目に組み込むと同時に、事業基盤そのものを強化するための金融支援などの政策が不可欠です。
公共PPAの推進と「制度的矛盾」
政府が再エネ導入を加速させる上で最も直接的で効果的な方法の一つが、公共施設への太陽光発電導入などを目的とした「電力購入契約(PPA: Power Purchase Agreement)」です。PPAは、事業者が初期費用ゼロで公共施設の屋根などに太陽光パネルを設置し、発電した電気をその施設が購入するというモデルで、新たな再エネ電源を増やす「追加性(Additionality)」が極めて高い手法です
しかし、ここに日本の制度が抱える大きな矛盾が横たわっています。
エネルギー政策(環境省・経産省)は再エネ導入を強力に推進しようとしていますが、地方自治体の活動を律する地方自治法(総務省)の壁が立ちはだかっているのです。
地方自治体の予算は、原則として単年度主義です
一方で、PPAは15年や20年といった長期契約が基本となります。自治体がこのような複数年度にわたる契約を結ぶためには、「債務負担行為」として議会の個別の議決を得るか、「長期継続契約」に関する条例を制定するといった、非常に煩雑な手続きが必要となります
この状況が、意図せざる結果を生む可能性があります。
ある自治体の調達担当者が、庁舎の電力を再エネ化しようと考えたとします。選択肢は2つです。
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PPAの導入: 地元の事業者と協力し、庁舎屋根への太陽光設置を目指す。しかし、そのためには法務部門や財政部門と連携し、議会対応も含めた複雑な長期契約の手続きを進めなければならない。
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総合評価落札方式での調達: 新制度に基づき、入札で「再エネ100%」をうたう電力会社(多くは大手)から電気を購入する。これは従来の入札の延長線上にあり、手続きは比較的簡素。
この2択を迫られたとき、多くの担当者が、行政手続き上「抵抗の少ない道(Path of Least Resistance)」である後者を選択する可能性は高いでしょう。
つまり、再エネ導入を促すはずの新制度が、皮肉にも、最も追加性の高いPPAのような直接的な取り組みを避けさせ、既存の電力会社からの証書付き電力の購入へと誘導してしまうという「制度的矛盾」が生じかねないのです。
この根本的なねじれを解消しない限り、政府調達のインパクトは限定的なものになってしまう危険性があります。
第6章 入札仕様書を超えて:日本のGXを加速する地味だが実効性のある解決策
これまでの分析で、新しい総合評価落札方式が大きな可能性を秘めている一方で、制度設計の細部や、他の制度との連携不足がその効果を損ないかねないことが明らかになりました。
では、日本がこの歴史的な機会を最大限に活かし、真のグリーン成長を遂げるためには何が必要なのでしょうか。ここでは、ありきたりな理想論ではなく、具体的で、地味ながらも実効性の高い4つのソリューションを提案します。
解決策1:評価基準を動的に進化させる「ダイナミック・エバリュエーション」の導入
制度は一度作ったら終わりではありません。市場の成熟度に合わせて進化させていく必要があります。そこで提案するのが、評価基準と配点を固定せず、将来の進化のロードマップをあらかじめ市場に示す「ダイナミック・エバリュエーション」です。
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フェーズ1(導入後1~3年): 市場の裾野拡大期
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重点項目: CO2排出係数、再エネ比率
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目的: まずは価格だけでなく環境価値で競争する市場の土台を築く。メニュー単位評価を一時的に許容しつつも、事業者単位評価への移行を予告し、多くの事業者の参加を促しながら、市場全体の意識改革を進める。
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フェーズ2(4~6年): 「追加性」重視への移行期
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重点項目: 「追加性(Additionality)」の評価ウェイトを段階的に引き上げる。
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目的: 非化石証書の購入による見せかけのグリーン化から、新規の再エネ電源開発に貢献する事業者を明確に優遇する。例えば、「供給電力のうち、運転開始5年以内の発電所に由来するものの割合」などを評価項目に加える。これにより、日本の再エネ設備そのものを増やすインセンティブを創出する。
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フェーズ3(7年以降): 次世代エネルギーシステムへの貢献評価期
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重点項目: 蓄電池併設による供給安定化への貢献、デマンドレスポンスへの対応力など、グリッド全体の最適化に資する能力を評価。
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目的: 再エネの大量導入時代に不可欠となる、電力システムの安定化に貢献する技術やビジネスモデルを持つ事業者を評価し、次世代のエネルギー市場をリードするイノベーションを育む。
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このアプローチにより、事業者は長期的な視点で技術開発や設備投資の計画を立てることができ、政府は場当たり的な制度変更ではなく、一貫した政策シグナルを市場に送り続けることができます。
解決策2:公共PPAの障壁を打破する「標準化」と「信用補完」
第5章で指摘した「制度的矛盾」を解消するため、政府が主導して公共PPAの導入を阻む障壁を取り除く必要があります。
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公共PPA標準契約書の策定・普及: 経済産業省や環境省が主導し、地方自治体向けのPPA標準契約書モデルを作成・提供する。これにより、各自治体がゼロから契約書を作成する手間と法務リスクを大幅に削減できます
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長期継続契約の活用ガイドラインの策定: 地方自治法上の「長期継続契約」をPPAに適用するための具体的な手続きや条例のひな形を総務省が示し、全国の自治体に周知徹底する。これにより、煩雑な「債務負担行為」を回避し、PPAを標準的なサービス調達として位置づけることを後押しします
。40 -
地域新電力・PPA事業者向けの信用補完制度の創設: 政府系金融機関や信用保証協会が、地域新電力や中小PPA事業者のための信用保証プログラムを創設する。これにより、彼らの与信を補強し、自治体が安心して長期契約を結べるようにすると同時に、民間金融機関からの融資も円滑化します
。9
これらの施策は、自治体職員の背中を押し、抵抗の少ない道(the path of least resistance)を「入札による証書購入」から「地域とのPPA締結」へと転換させるための、極めて重要なインフラ整備です。
解決策3:真のサステナビリティへ ― ESG評価の統合
現在の議論は、環境(E)の中でも特にCO2排出量に焦点が当たっています。しかし、グローバルな潮流は、より広範なESG(環境・社会・ガバナンス)の視点を調達に組み込む方向へ進んでいます
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環境(E)の深化: CO2だけでなく、生物多様性への配慮(発電所建設地における生態系への影響)、水資源の利用、循環型経済への貢献(太陽光パネルのリサイクル計画など)といった項目を評価に加える。これは、国内企業のサステナブル調達ガイドラインでも重視されている視点です
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社会(S)の導入: サプライチェーンにおける人権への配慮や、労働安全衛生、地域コミュニティとの共生などを評価項目とする。
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ガバナンス(G)の確認: 情報開示の透明性や、公正な取引慣行、汚職防止への取り組みなどを評価する。
これらのESG基準を導入することで、政府調達は単なる「グリーン調達」から、より包括的な「サステナブル調達」へと進化し、日本企業のESG経営を強力に後押しするドライバーとなります。
解決策4:小規模自治体の力を結集する「共同調達プラットフォーム」
個々の市町村では電力需要が小さく、PPA事業者にとって魅力的な契約規模にならない、あるいは大手電力会社との交渉力が弱い、という課題があります。この「規模の壁」を乗り越えるための鍵が*「共同調達(アグリゲーション)」です
政府は、複数の市町村や公共機関が需要を束ねて共同で電力調達を行うためのデジタルプラットフォームの構築を支援すべきです。
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機能: このプラットフォーム上で、参加自治体は電力需要データを集約し、一つの大きな調達案件としてPPA事業者や小売電気事業者に提示します。
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効果:
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交渉力の向上: 束ねられた需要は、事業者にとって魅力的な規模となり、より有利な価格や条件を引き出すことが可能になります。
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地域内経済循環の促進: 地域の複数の自治体の需要を、地域の再エネ発電プロジェクト(地域PPA)に直接結びつけることで、「エネルギーの地産地消」と「地域内での資金循環」を同時に実現できます
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事務負担の軽減: 調達ノウハウを持つ中核的な自治体や外部専門家がプラットフォーム上で他の自治体を支援することで、専門人材が不足している小さな町村でも、高度なグリーン調達に参加できるようになります。
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このプラットフォームは、分散している公的需要を結集し、地域に根差した再エネ供給とマッチングさせるための、デジタル時代の新たな社会インフラとなり得るでしょう。
第7章 よくある質問(FAQ)
Q1: 政府の電力調達における「総合評価落札方式」とは、簡単に言うと何ですか?
A1: これまでの「一番安い価格を提示した事業者が落札する」という仕組みから、「価格だけでなく、CO2排出量や再エネ比率といった環境性能も総合的に評価し、最も価値の高い(=コストパフォーマンスに優れた)提案をした事業者が落札する」という新しい仕組みです。これにより、環境に良い電気を供給する事業者が、価格だけでない点で評価され、選ばれやすくなります。
Q2: 今までの「最低価格」の仕組みと何が違うのですか?
A2: 最大の違いは、環境性能の評価が「足切り」から「加点」に変わる点です。今までは、一定の環境基準(例:70点)をクリアすれば、あとは価格だけの勝負でした。新方式では、環境性能の点数が高ければ高いほど評価値が上がり、入札で有利になります。これにより、事業者は単に基準をクリアするだけでなく、より高い環境性能を目指すインセンティブが生まれます。
Q3: 「非化石証書」とは何ですか?この新しい制度にどう影響しますか?
A3: 「非化石証書」は、再生可能エネルギーなどで発電された電気の「環境価値」を証明する証書です。電力会社はこれを購入することで、火力発電などで作った電気でも「実質的にCO2排出ゼロ」として販売できます。新しい制度では、この証書を使うことで、見かけ上の環境性能を容易に高めることが可能です。そのため、評価方法(特にメニュー単位評価)によっては、実際に再エネを増やさなくても入札で有利になる「グリーンウォッシュ」のリスクが指摘されており、制度設計上の重要な論点となっています
Q4: この新しい制度で、政府が買う電気は高くなりませんか?
A4: 必ずしもそうとは限りません。新制度で採用が検討されている「除算方式」(評価値=技術評価点÷価格)は、コストパフォーマンスを重視する仕組みです。つまり、環境性能が非常に高くても、価格が法外に高ければ評価値は低くなります。逆に、優れた環境性能を効率的な価格で提供できる事業者が高く評価されるため、市場全体の競争を通じて、長期的には高品質なグリーン電力が適正な価格で調達されることが期待されます
Q5: 中小企業や新しい電力会社(新電力)も入札に参加できますか?
A5: はい、むしろ新制度はそうした事業者にチャンスを広げる可能性があります。価格競争力では大手に劣るかもしれませんが、地域に根差した再エネ電源を持っている、あるいは独自の環境技術を持つといった「品質」面で高い評価を得られれば、大企業と対等に競争できる可能性があります。ただし、事業基盤の安定性など、乗り越えるべき課題も存在します
Q6: 評価方法の「加算方式」と「除算方式」の違いは何ですか?
A6: 「加算方式」は「価格点+技術点」で評価値を算出します。これは技術の絶対的な高さを評価するのに向いています。「除算方式」は「技術点÷価格」で評価値を算出します。これは1円あたりの価値、つまりコストパフォーマンスを評価するのに向いています。電力という均質な商品の調達においては、コストパフォーマンスを重視する「除算方式」がより適しているとされています
Q7: 日本のこの動きは、海外(EUや米国)と比べてどうですか?
A7: 日本の新しいアプローチは、**「政府自身が評価基準を定めて認証する」**という点でユニークです。EUはライフサイクルコスト(LCC)という、より包括的な経済性評価を重視しています
第8章 ファクトチェック・サマリーと最終報告
本稿で展開してきた分析の信頼性を担保するため、その根幹をなす事実をここに要約します。
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現行制度の構造: 政府の電力調達は現在、環境性能評価で70点以上という基準を満たした事業者の中から、最低価格を提示した者が落札する「裾切り方式」である [ユーザー照会]。
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新制度の核心: 2025年度以降、「総合評価落札方式」への移行が検討されている。最も有力なのは、評価値=技術評価点÷入札価格で算出する「除算方式」であり、コストパフォーマンスを重視する
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評価の主要論点: 評価項目の中で、CO2排出係数を「事業者単位」で見るか「メニュー単位」で見るかが最大の論点となっている [ユーザー照会]。
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非化石証書の市場環境: 再エネの環境価値を示す非化石証書は、現在、供給過多により1kWhあたり0.4円前後と極めて安価であり、容易に入手可能である
。10 -
公共PPAの法的障壁: 自治体が再エネを直接導入するPPA(電力購入契約)は、地方自治法の単年度予算主義の原則により、長期契約の締結に高いハードルが存在する
。37 -
国際比較: EUのGPPはLCCを重視し、米国のGPPは第三者認証を信頼性の基盤としている。日本の新方式は、政府が評価と認証の役割を担う点で異なる
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結論:日本のGX、その成否を分ける「賢い調達」への挑戦
政府の電力調達における「総合評価落札方式」への移行は、単なる入札ルールの技術的な変更に留まるものではありません。それは、年間数千億円に上る公的機関の電力需要を、日本のエネルギー市場をグリーンな方向へと転換させるための**戦略的なレバー(てこ)**として活用しようという、野心的な国家戦略です。
この改革が成功すれば、価格競争一辺倒だった市場に「環境価値」という新たな競争軸が生まれ、真に環境性能の高い事業者が報われるようになります。それは、企業のイノベーションを促し、日本のGXを加速させる強力なエンジンとなるでしょう。
しかし、本稿で明らかにしたように、その道のりは平坦ではありません。安価な非化石証書を利用した「政策準拠型グリーンウォッシュ」の抜け穴をいかに塞ぐか。エネルギー政策と地方自治制度の間に存在する「制度的矛盾」をいかに解消し、地域に根差した再エネプロジェクトを真に後押しできるか。そして、目先のCO2削減だけでなく、生物多様性や人権といった、より広範なサステナビリティの視点をいかに取り込んでいけるか。
この挑戦の成否は、制度設計の細部に宿ります。政府が目先の導入の容易さにとらわれず、制度の本来の目的を見失うことなく、市場との対話を通じて動的に制度を洗練させていく「賢さ」が問われています。
日本の「電力の買い方」が変わる。その先に、持続可能で、強靭で、そして豊かなエネルギーの未来が拓けるのか。今、私たちはその歴史的な岐路に立っているのです。
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