ペロブスカイト太陽電池が拓く日本のエネルギー自立への道 2025年最新動向と壁面設置型発電量の新推計式

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

むずかしいエネルギー診断をカンタンに「エネがえる」
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目次

ペロブスカイト太陽電池が拓く日本のエネルギー自立への道 2025年最新動向と壁面設置型発電量の新推計式

I. 序章:エネルギー新時代の幕開け ― なぜ今、ペロブスカイト太陽電池が日本にとって重要なのか

日本は今、エネルギー政策の根本的な転換を迫られる歴史的な岐路に立たされている。2021年度のエネルギー自給率はわずか13.3%という極めて低い水準にあり、これはOECD加盟38カ国中37位という厳しい現実を突きつけている 1

一次エネルギー供給の実に83.5%を、その大半を海外からの輸入に依存する石炭、石油、天然ガスといった化石燃料に頼る構造は、国際情勢の変動がエネルギー価格の高騰や供給不安に直結する地政学的リスクを常に内包している 1。この脆弱なエネルギー構造からの脱却は、経済の安定成長と国家の安全保障を確保する上で、もはや一刻の猶予も許されない最重要課題である。

この課題解決の切り札として、再生可能エネルギーの主力電源化が国家戦略として掲げられている。

しかし、その道のりは平坦ではない。特に、太陽光発電や風力発電といった主要な再生可能エネルギーは、日本特有の地理的制約という大きな壁に直面している。国土の約75%を山地が占める日本では、大規模な発電所を建設するための平坦な土地が極めて限られている 1

この「適地不足」は、再生可能エネルギーの導入拡大を阻む根源的な問題であり、しばしば地域社会との共生や景観保全といった新たな課題も生み出してきた 3。さらに、再生可能エネルギーの発電設備が需要地から遠い地域に偏在することで、既存の送電網では対応しきれない「系統制約」も顕在化しており、電力の安定供給を維持するためのコスト増大も懸念されている 4

このような八方塞がりの状況を打破する可能性を秘めた技術、それが「ペロブスカイト太陽電池(Perovskite Solar Cell, PSC)」である。日本発の革新技術として世界中の注目を集めるこの次世代太陽電池は、従来のシリコン系太陽電池が持つ常識を覆す特性を備えている 6。その最大の特徴は、「薄く、軽く、曲がる」という物理的な柔軟性にある 7。この特性は、これまで太陽光発電の設置場所として考えられもしなかった都市のあらゆる空間を、新たな「エネルギー創出拠点」へと変貌させるポテンシャルを秘めている。

従来のシリコン系太陽電池は、その重量と剛性から、設置場所が建物の強度に耐えうる屋根や、広大な土地を必要とするメガソーラーに限られていた 7。しかし、ペロブスカイト太陽電池はフィルムのように薄く軽量であるため、耐荷重制限のある工場の屋根や、ビルの壁面、さらには窓ガラスや自動車の曲面、インフラ設備にまで「貼る」ように設置することが可能となる 8

これは、日本が抱える「土地がない」という最大の弱点を、「活用されていない膨大な都市の表面積がある」という最大の強みへと転換させる、まさにパラダイムシフトである。

本レポートは、この「ゲームチェンジャー」となりうるペロブスカイト太陽電池について、2025年時点における最新の技術動向、種類、性能を網羅的に調査・分析する。

さらに、そのポテンシャルを定量的に評価するため、日本の産業規格であるJIS C 8907を基に、これまで評価が困難であった壁面設置など多様なユースケースに対応した、新たな発電量簡易推計式を考案・提案する。

最終章では、これらの分析を踏まえ、ペロブスカイト太陽電池が日本のエネルギー自給率向上、エネルギー安全保障強化、そして脱炭素社会の実現という国家的課題の解決に、いかにして構造的に貢献しうるのかを詳細に論じる。

本稿が、日本のエネルギーの未来を構想する政策決定者、技術開発者、そして投資家にとって、確かな羅針盤となることを目指すものである。

II. 2025年ペロブスカイト太陽電池テクノロジーの全貌

2025年、ペロブスカイト太陽電池(PSC)は、研究開発の段階から社会実装の黎明期へと移行し、その技術的輪郭が明確になりつつある。

世界中の研究機関や企業が熾烈な開発競争を繰り広げる中、その技術は大きく分けて「基板の種類」「セルの接合構造」という二つの軸で進化を遂げている。本章では、2025年時点におけるPSCテクノロジーの全体像を、主要な技術分類、性能指標、そしてグローバルな競争環境の観点から解き明かす。そこから見えてくるのは、驚異的な変換効率の向上と、実用化に向けた最大の障壁である「耐久性」との間で繰り広げられる技術的相克の最前線である。

2.1 フィルム型 vs. ガラス基板型:柔軟性と耐久性のトレードオフ

PSCの実用化に向けたアプローチは、その支持体となる基板によって大きく二つに分類される。それぞれが異なる利点と課題を抱えており、想定される用途に応じて開発が進められている。

フィルム型ペロブスカイト太陽電池

フィルム型は、プラスチックなどの柔軟なフィルム基板上にペロブスカイト層を形成するタイプであり、その最大の特徴は「軽量・柔軟」であることだ 7。この特性により、従来の太陽電池では設置が不可能だった場所、例えば耐荷重の小さい屋根、垂直な壁面、さらには自動車のボディのような曲面への展開が期待されている 8。製造プロセスにおいても、新聞を印刷するように材料を塗り重ねていく「ロール・トゥ・ロール方式」の適用が可能であり、低コストでの大量生産に適している 10。

この分野では、日本企業が世界をリードしている。特に積水化学工業は、フィルム型PSC開発のトップランナーであり、2025年の事業化開始を目標に、国内の様々な場所で実証実験を精力的に展開している 11。その適用範囲は、NTTデータとの共同によるビル外壁への実装 13、センコーグループの物流施設壁面 14、コスモ石油のガソリンスタンド屋根やタンク壁面 15、四国電力の風力発電タワー側面 16、JR西日本の駅舎屋根 13、神戸空港の緑地帯 17、さらには廃校のプールを利用した浮体式発電 14 にまで及ぶ。これらの実証は、単なる性能評価に留まらず、多様な環境下での施工方法や耐久性を検証し、新たな市場を創出するための重要な布石となっている。東芝もまた、面積703cm²という大型のフィルム型モジュールで高い変換効率を達成しており、この分野における日本の技術的優位性を示している 18

ガラス基板型ペロブスカイト太陽電池

一方、ガラス基板型は、薄いガラスを用いてペロブスカイト層を挟み込み、封止するタイプである。フィルム型のような柔軟性はないものの、ガラスが持つ高いバリア性能により、PSCの最大の弱点である水分や酸素の侵入を効果的に防ぐことができる 9。これにより、フィルム型に比べて原理的に高い耐久性を実現しやすいという利点がある。

このアプローチでは、株式会社アイシンが先進的な開発を進めている。同社は、酸素や水を通しにくい独自の薄型ガラス封止技術を確立し、10年相当の耐久性を実現したと発表している 12。壁面設置など、必ずしも柔軟性が求められない用途においては、このガラス基板型が長期信頼性の観点から有力な選択肢となる可能性がある。このように、フィルム型とガラス基板型は、柔軟性と耐久性というトレードオフの関係にあり、それぞれの特性を活かした市場での棲み分けが進むと予想される。

2.2 単接合型 vs. タンデム型:変換効率の限界突破への挑戦

PSCのもう一つの重要な技術軸は、セルの構造、特に光を吸収する層の構成にある。より多くの太陽光エネルギーを電気に変換するため、効率向上に向けた挑戦が続いている。

単接合型ペロブスカイト太陽電池

単接合型は、ペロブスカイト材料単独の層で光を吸収する、最も基本的な構造のPSCである 19。その構造は、光が入射する透明電極側から、電子輸送層(n層)、ペロブスカイト吸収層(i層)、正孔輸送層(p層)を積層した「n-i-p型」と、その逆の「p-i-n型」に大別される 19。製造プロセスが比較的単純でありながら、研究室レベルでは変換効率が26%を超える報告が相次いでおり、そのポテンシャルの高さを示している 10。パナソニックは、800cm²以上の実用サイズモジュールで17.9%という高い変換効率を達成しており、単接合型においても実用化に向けた開発が着実に進んでいる 12。

タンデム型(ペロブスカイト・オン・シリコン)太陽電池

タンデム型は、PSCの変換効率を飛躍的に向上させる切り札として、最も期待されている技術である。これは、異なる種類の太陽電池を上下に重ねる「多接合」という技術であり、現在主流となっているのは、シリコン太陽電池の上にペロブスカイト太陽電池を積層した「ペロブスカイト・オン・シリコン(P-on-Si)」タンデムセルである 7。

この構造の巧みさは、太陽光の波長を効率的に利用する点にある。ペロブスカイト層は可視光など短波長側の光を効率よく吸収し、そこを透過した赤外光など長波長側の光を下のシリコン層が吸収する 9。これにより、単独の太陽電池では吸収しきれなかった光エネルギーを余すことなく捉え、理論上の変換効率は30%を大きく超える 7。実際に、研究室レベルでは変換効率34.6%という驚異的な値が報告されており 20、これは単結晶シリコン太陽電池の理論限界(約29%)をすでに超越している 9

このタンデム技術は、設置面積が限られる日本の都市部において、同一面積からより多くの電力を得るための極めて有効な手段となる。東芝はこの分野に注力しており、2端子型のタンデム太陽電池の開発を推進 24。2025年には阪神高速の高架下や建築物壁面で、従来のシリコン太陽電池との発電量比較を行う実証実験を開始する計画であり、実用化に向けた動きを加速させている 26

2.3 主要性能指標の2025年スナップショット:変換効率、耐久性、コスト

PSCの将来性を評価する上で最も重要な三つの指標は、変換効率耐久性、そしてコストである。2025年現在、これらの指標は目覚ましい進展と依然として残る課題の両側面を示している。

変換効率(Efficiency)

PSCの変換効率は、他のどの太陽電池技術よりも速いペースで向上してきた 9。2024年10月時点のNREL(米国再生可能エネルギー研究所)のチャートによると、単接合セルの研究室レベルでの最高効率は26.7%に達している 20。さらに、ペロブスカイト/シリコンタンデムセルでは34.6%という記録が打ち立てられている 20。

しかし、これらの記録はあくまで小面積の実験セルでの値であり、実用的な大型モジュールになると効率は低下する。それでも、中国のUtmoLight社が0.72m²の大型モジュールで18.1%の効率を達成するなど 10、実用化に向けたスケールアップも着実に進んでいる。日本のパナソニックも800cm²以上のサイズで17.9%を記録しており 12、商用化の背中が見え始めている。

耐久性(Durability)

耐久性は、PSCが本格的に普及するための最大の、そして最もクリティカルな課題である。ペロブスカイト材料は、水分、酸素、熱、そして光(特に紫外線)に弱く、これらの要因によって分解が進み、発電性能が低下する 28。開発当初、その寿命は数時間から数日とも言われたが、材料組成の改良(臭素やセシウムの添加など)や、ガラスなどによる封止技術の向上により、耐久性は劇的に改善された 9。

現在、多くの企業が「屋外での10年以上の耐久性」を達成しつつあり、次の目標として、従来のシリコン太陽電池に匹敵する「20~25年の寿命」を掲げている 10。積水化学は、2025年までに20年相当の耐久性を実現する方針を明確に打ち出しており、この目標の達成が商用化の大きなマイルストーンとなる 12。屋外での実証試験データも蓄積されつつあり、ベルギーとキプロス大学の研究では、4cm²のミニモジュールを1年間屋外に設置したところ、最も耐久性の高いもので初期効率の78%を維持したという報告もある 10。これは月あたり約2%の劣化率に相当し、まだ改善の余地はあるものの、実用化への道筋が見え始めていることを示唆している。一部のメーカーは、25年後も初期性能の80%を維持するという野心的な目標を掲げており、今後2~3年がその真価を問われる重要な時期となるだろう 22。

コスト(Cost)

PSCが「ゲームチェンジャー」と呼ばれる最大の理由の一つが、その圧倒的な低コストの可能性である。シリコン太陽電池の製造には、高純度のシリコンインゴットを高温で製造し、スライスするというエネルギー多消費型のプロセスが必要である 31。一方、PSCは、インク状の原料を塗布・印刷するウェットプロセスで、比較的低温で製造できる 9。これにより、製造に必要なエネルギーはシリコンの10分の1程度に、原料コストは4分の1から2分の1に削減できると試算されている 9。

この低コスト製造のポテンシャルが実現すれば、発電コストは劇的に低下する。経済産業省の試算では、将来的に7円/kWhという目標が掲げられているが、一説には量産化と20年寿命が達成されれば、発電コストは「6~7円/kWh」にまで下がる可能性があると見られている 12。これは、2030年の事業用太陽光の目標コスト(約6円台)に匹敵し、既存の電力源に対して十分な価格競争力を持つことを意味する。

2.4 グローバル開発競争と日本の立ち位置

PSCの実用化が目前に迫る中、その主導権を巡る国際競争は激化の一途をたどっている。特に、中国企業の台頭は目覚ましく、シリコン太陽電池市場で発揮した戦略を再現するかのように、GW級の量産体制の構築を次々と発表している 12UtmoLight社GCL Optoelectronics社といった新興企業が、大型モジュールの効率記録を更新し、すでに国内で商用プロジェクトへの供給を開始するなど、量産化とコストダウンで世界をリードしようとしている 10

これに対し、欧州勢もSaule Technologies社(ポーランド)Oxford PV社(英国)などが、それぞれフィルム型やタンデム型で独自の技術を武器に事業化を進めている 32

このようなグローバルな競争環境の中で、日本は独自の戦略的ポジションを築きつつある。ペロブスカイト太陽電池は、桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授によって発明された日本発の技術であり、その基礎研究と材料科学においては依然として世界トップレベルの強みを持つ 6。日本の戦略は、中国のような大規模なコモディティ市場での価格競争に挑むのではなく、技術的優位性を活かせる高付加価値市場を創出・獲得することにあると考えられる。

その象徴が、積水化学東芝が牽引する「フィルム型」および「タンデム型」の技術開発である。これらは、単なる安価な発電パネルではなく、建材一体型(BIPV)車載用(VIPV)、さらにはIoTデバイスの電源など、従来の太陽電池では参入できなかった新たなアプリケーションを開拓するためのキーテクノロジー33。積水化学が建設会社やインフラ企業と連携して進める多種多様な実証実験は、まさにこの「アプリケーション創出」戦略を体現している。

この戦略的棲み分けは、日本の産業界にとって極めて重要である。過去、シリコン太陽電池市場で価格競争力に屈した轍を踏むのではなく、材料技術、施工技術、エネルギーマネジメント技術を統合した「ソリューション」としてPSCを提供することで、新たな競争軸を確立しようとしている。

成功の鍵は、単にパネルを製造・販売するのではなく、壁面設置のような新しい用途における発電性能を正確に予測し、その経済的価値を顧客に提示できるかどうかにかかっている。その意味で、本レポートで後述する新たな発電量推計式の開発は、日本の戦略を技術的に裏付けるための不可欠なツールとなるのである。


Table 1: 2025年版ペロブスカイト太陽電池のタイプ別性能比較 (Comparison of Perovskite Solar Cell Types, 2025 Edition)

タイプ (Type) 構造 (Structure) 変換効率 (最新ラボ値) (Latest Lab Efficiency) モジュール効率 (実用サイズ) (Module Efficiency – Practical Size) 想定耐久年数 (Projected Lifespan) 製造コスト見通し (Mfg. Cost Outlook) 主要なユースケース (Key Use Cases) 国内主要企業 (Key Japanese Players)
フィルム型 (Film-based) 柔軟なフィルム基板上にペロブスカイト層を積層。軽量・柔軟。

> 26% (単接合セル) 20

16-18% (700-800 cm²) 12

10年超、20年目標 12

非常に低い (ロール・トゥ・ロール製造) 10

建物の壁面・曲面、自動車、ドローン、ウェアラブル機器 8

積水化学工業, 東芝, リコー 12

ガラス基板型 (Glass-based) 薄型ガラスでペロブスカイト層を封止。高耐久性。

> 26% (単接合セル) 20

13-15% (30cm角) 12

10年超、20年目標 12

低い (シリコンより安価) 9

ビル建材(BIPV)、窓、看板など耐久性が重視される固定設備 9

アイシン, パナソニック 12

タンデム型 (Tandem) シリコンセルの上にペロブスカイトセルを積層。超高効率。

> 34% (P-on-Si) 20

25-28% (目標値) 34

20年以上 (シリコンベース) 34

中程度 (シリコン+α)

設置面積が限られる屋根、高効率が求められる発電所 7

東芝, シャープ, カネカ 20


III. 潜在能力の定量化:多様な用途に対応するペロブスカイト発電量新推計式の考案

ペロブスカイト太陽電池(PSC)が持つ真のポテンシャル、特に建物の壁面や曲面といった未利用空間をエネルギー源に変える能力を解き放つためには、その発電量を正確に予測する「ものさし」が不可欠である。

投資家や建物の所有者が導入を判断する際、最も重要視するのは「この壁に設置したらいくら発電し、何年で投資を回収できるのか?」という問いへの定量的で信頼性の高い答えだからだ。

しかし、既存の太陽光発電量計算手法は、主に地面や屋根に設置された従来のシリコン太陽電池を対象としており、PSCが持つ特有の物理的特性や、壁面設置という特殊な環境要因を十分に考慮していない。このミスマッチは、PSCの潜在能力を過小評価させ、普及を妨げる大きな障壁となりかねない。

本章では、この課題を克服するため、日本産業規格(JIS)の標準的な発電量計算式「JIS C 8907」を基盤としつつ、PSCの最新の科学的知見と壁面設置の環境物理モデルを組み込んだ、新たな簡易発電量推計式を考案・提案する。

これは、PSCによる都市型エネルギー創出の可能性を、技術的な夢物語から具体的な事業計画へと昇華させるための、実践的なツールとなるものである。

3.1 基礎:JIS C 8907発電量計算式の分解と理解

まず、我々の新たな推計式の土台となるJIS C 8907「太陽光発電システムの発電電力量推定方法」について、その構造を分解し、各要素の物理的な意味を理解する 35。この規格で定められている基本式(通称:Ep式)は、以下の形で表される 37

この式の各項は、以下を意味する。

  • (推定発電電力量):特定の期間(月間、年間など)に発電されると予測される電力量(kWh)。

  • (太陽電池アレイ出力):設置する太陽電池システム全体の公称最大出力(kW)。標準試験条件(STC)下でのモジュール出力と枚数の積で計算される 37

  • (傾斜面日射量):太陽電池パネルが設置された面の単位面積あたりが受ける日射エネルギー量(kWh/m²)。設置場所の緯度経度、パネルの傾斜角・方位角によって決まる気象データである 38

  • (標準日射強度):標準試験条件(STC)における基準の日射強度であり、定数として が用いられる。これは単位を整合させるための基準値である 37

  • (基本設計係数):温度以外の要因によるシステム全体の損失をまとめた係数。パワーコンディショナ(PCS)の変換効率、配線での電力損失、経年劣化などを総合的に表す 37

  • (温度補正係数):太陽電池の温度上昇に伴う出力低下を補正するための係数。シリコン太陽電池は温度が上がると効率が落ちるため、通常は1未満の値となる 37

JIS C 8907では、これらの係数、特に について、従来の結晶シリコン太陽電池を前提とした標準的な値や計算方法が示されている。例えば、基本設計係数 は、経時変化()、アレイ回路()、インバータ効率()など、複数のサブ係数の積で構成される 37温度補正係数 は、シリコンの温度係数(約-0.4%/℃)を基に計算される 37

この式は、理想的な条件下での発電量(に対して、現実の運用で発生する様々な損失()を掛け合わせることで、より現実に即した発電量を推定するという、合理的で優れたフレームワークを提供している。しかし、このフレームワークをPSC、特に壁面設置のケースに適用するには、いくつかの重要なアップデートが必要となる。

3.2 ペロブスカイト特性の組込み:特有の温度係数と低照度特性の反映

PSCは、従来のシリコン太陽電池とは異なる、いくつかのユニークな物理的特性を持つ。これらをJISのフレームワークに正しく組み込むことが、正確な発電量予測の第一歩となる。

1. 温度補正係数()の再定義

JIS式における最大の修正点は、温度補正係数 の扱いです。従来のシリコン太陽電池は、温度が1℃上昇するごとに出力が約0.4%~0.5%低下するという、比較的大きな負の温度係数を持つ 37。このため、夏の炎天下ではパネル温度が70℃以上に達し、公称出力を大幅に下回るのが常識であった。

しかし、PSCの温度特性はこれとは全く異なる。近年の研究により、PSCの温度係数はシリコンに比べて著しく小さいことが明らかになっている。複数の学術報告によれば、その値は-0.1%~-0.2%/℃の範囲にあり、特定の組成や構造を持つセルでは-0.08%/℃という、ほぼゼロに近い驚異的な値も報告されている 27。これは、PSCを構成する材料のバンドギャップが、他の半導体とは逆に温度上昇とともに僅かに広がるという特異な性質に起因する 21。この特性は、高温になりがちな都市部の壁面などでの利用において、夏場の出力低下を最小限に抑えるという、極めて大きなアドバンテージを意味する。

この科学的知見を反映させるため、我々はPSC専用の新たな温度補正係数 を導入する。その計算式はJISの形式を踏襲するが、中核となる最大出力温度係数 の値を、PSCの特性に合わせて更新する必要がある。

ここで、 は動作時のセル温度25℃は基準温度である。そして、PSCの最大出力温度係数 については、現時点での様々な研究報告を総合し、実用モジュールにおける保守的かつ現実的なデフォルト値として -0.15%/℃ を提案する。これはシリコンの値(-0.44%/℃など)と比較して約3分の1であり、この差が高温時の発電量予測に決定的な違いをもたらす。

2. 低照度特性()の考慮

PSCのもう一つの重要な特徴は、曇天時や早朝・夕方といった低照度環境下、さらには室内光レベルの微弱な光でも、シリコン太陽電池に比べて相対的に高い変換効率を維持できる点である 8。従来のJIS計算では、主に日中の強い日射量()に重きが置かれ、低照度時の貢献度は限定的に扱われがちであった。しかし、一日を通して日照条件が大きく変動する壁面、特に太陽が直接当たらない時間帯が長い東・西・北向きの壁面では、この低照度特性が年間発電量を大きく左右する。

この効果を簡易的にモデル化するため、日射量()を構成する成分のうち、直達日射以外の「天空日射」と「反射日射」に対して、PSCの優れた性能を反映する補正係数 を導入することを提案する。これらの拡散光成分は、低照度環境の発電量に相当する。実証データが蓄積されるまでは、暫定的に (すなわち、拡散光に対する発電効率を10%増しで評価する)といった値を設定することで、より現実に近い発電量予測が可能となる。

3.3 壁面設置という挑戦:垂直面の日射量と環境要因のモデル化

次に、推計式の第二の核心である「壁面設置」という特殊な環境をモデル化する。屋根設置とは異なり、壁面は日射の受け方や周辺環境からの影響が全く異なる

1. 垂直面における全天日射量()の精密化

壁面(傾斜角 )が受ける日射エネルギー()は、以下の3つの要素の合計で構成される 43

  • 直達日射:太陽から直接壁面に到達する光。

  • 天空日射:大気中で散乱され、空のあらゆる方向から壁面に到達する光。

  • 反射日射:地面や対面の建物などの周辺環境から反射して壁面に到達する光。

屋根設置の場合、反射日射の割合は比較的小さいが、垂直な壁面にとっては、この反射日射が発電量を大きく左右する重要なエネルギー源となる。特に都市部では、周囲をコンクリートやアスファルトの地面、ガラス張りのビルに囲まれており、その反射光を無視することはできない。

2. アルベド効果()の明示的な導入

地面や物体の表面が太陽光を反射する割合を「アルベド(反射率)」と呼ぶ 44。このアルベドをモデルに明示的に組み込むことが、壁面発電量予測の精度を向上させる鍵となる。都市環境における代表的な表面のアルベド値は以下の通りである 44

  • コンクリート:0.25 – 0.35

  • アスファルト(乾燥):0.09 – 0.15

  • 草地:0.15 – 0.25

  • 白い塗装面:約0.80

我々の新推計式では、このアルベドを用いて反射日射量()を独立した項として計算に組み込む。傾斜角$\beta$の面が受ける反射日射量は一般的に $I_{total} \times \rho_g \times (1 – \cos\beta) / 2$ で表される(ここで、$I_{total}$は水平面全天日射量、$\rho_g$は地表面アルベド)43。壁面の場合、$\beta = 90^\circ$ なので となり、式は以下のように簡略化される。

ここで、$H_{horizontal}$は地面(水平面)が受ける全天日射量である。この項を日射量計算に加えることで、例えば南向きの壁の前に明るい色のコンクリート広場がある場合、その反射光による発電量増加分を定量的に評価できるようになる。

3. 壁面特有の汚損損失()の設定

太陽電池パネルの表面に付着する埃や汚れ(汚損、Soiling)は、光の透過を妨げ、発電量を低下させる。IEA(国際エネルギー機関)の報告によれば、その損失は世界平均で年間3~5%にも達する 45。この汚損損失は、JIS式の基本設計係数 の中に含めて考慮すべき重要な要素である。

壁面に設置されたパネルの汚損は、屋根設置とは異なる挙動を示す。垂直面であるため、屋根に比べて塵や埃が堆積しにくい一方、雨による洗浄効果も受けにくい可能性がある 46。また、都市部では交通量の多い道路からの排気ガスなどが付着しやすい。現時点では壁面での汚損に関する長期的なデータは乏しいが、保守的な観点から、都市部の壁面設置における年間汚損損失係数 として、0.96~0.98(年間損失2~4%に相当)デフォルト値として設定することを提案する 47

3.4 提案する新推計式:都市環境における実践的発電量予測ツール

以上の考察を統合し、壁面設置されたペロブスカイト太陽電池の発電量を予測するための、新たな簡易推計式を以下のように提案する。

この式の各構成要素は、以下のように定義される。

  • : 壁面設置PSCの推定発電電力量(kWh)

  • Kmod′​: PSCと壁面設置の特性を反映した修正版・基本設計係数。

    $$ K'{mod} = K{HD} \times K_{PD} \times K_{PA} \times K_{PM} \times \eta_{INO} \times K_{soiling_facade} $$

    (JISの各係数に、壁面用の汚損係数を追加)

  • Kpero​: PSCの優れた温度特性を反映したペロブスカイト用・温度補正係数。

    $$ K_{pero} = 1 + \frac{\alpha_{psc} \times (T_{cell} – 25)}{100} \quad (\text{ここで } \alpha_{psc} \approx -0.15%/^\circ\text{C}) $$

  • : システムの公称最大出力(kW)

  • Htotal_vertical​: アルベド効果と低照度特性を考慮した修正版・垂直面全天日射量(kWh/m²)。

    $$ H_{total_vertical} = H_{direct_vertical} + (H_{diffuse_sky_vertical} + H_{reflected_ground_vertical}) \times K_{lowlight} $$

    (天空日射と反射日射に低照度補正係数を適用)

  • : 標準日射強度(

この新推計式は、単なる理論的な改良に留まらない。これは、PSC技術と金融・投資の世界とを繋ぐ、決定的に重要な「翻訳ツール」である。これまで「壁で発電できるらしいが、一体どれくらい?」という曖昧な問いしか立てられなかった状況から、「このビルの壁面では、年間これだけの発電量が見込め、投資回収期間はこれくらいになる」という、具体的で説得力のある事業計画を立案するための道筋を示す。

この定量的な評価軸があって初めて、建築家は設計にPSCを組み込み、デベロッパーは投資を決定し、金融機関は融資を実行できる。まさに、この式こそが、都市の風景をエネルギー源へと変える「ペロブスカイト革命」の起爆剤となるのである。


Table 2: 壁面設置対応ペロブスカイト太陽電池の簡易発電量推計式とパラメータ定義 (Simplified Power Generation Estimation Formula for Wall-Mounted PSCs and Parameter Definitions)

パラメータ (Parameter) 記号 (Symbol) 定義 (Definition) 単位 (Unit) 推奨値/計算方法 (Recommended Value / Method)
推定発電電力量 壁面設置PSCの年間(または月間)推定発電電力量 kWh
修正版・基本設計係数 温度以外のシステム損失を総合した係数 無次元
壁面汚損係数 壁面設置時の埃や汚れによる年間損失 無次元 0.96 – 0.98 (年間損失2-4%に相当)
ペロブスカイト用・温度補正係数 PSCの温度変化による出力変動を補正する係数 無次元
PSC最大出力温度係数 PSCの温度に対する出力変化率 %/℃ -0.15 (保守的な推奨デフォルト値)
システム公称出力 設置する太陽電池の公称最大出力の合計 kW モジュール出力 × 枚数
修正版・垂直面全天日射量 壁面が受ける実効的な全天日射量 kWh/m²
反射日射量 地面等からの反射による日射量 kWh/m²
地表面アルベド Albedo 設置場所前面の地表面の反射率 無次元

コンクリート: 0.3, アスファルト: 0.1 など 44

低照度補正係数 PSCの優れた低照度性能を反映する係数 無次元 1.1 (拡散光成分に対する暫定推奨値)
標準日射強度 標準試験条件における基準日射強度 kW/m² 1.0 (定数)

IV. 日本のエネルギー中核課題に対する解決策としてのペロブスカイト太陽電池

前章で開発した新たな評価軸を用いて、ペロブスカイト太陽電池(PSC)が日本の抱える根源的なエネルギー課題に対し、いかにして構造的な解決策となりうるのかを具体的に論じる。PSCは単なる次世代技術の一つではない。それは、日本の弱点を強みに変え、エネルギーシステムの在り方そのものを変革する可能性を秘めた、戦略的資産である。

4.1 土地制約の克服:都市の未利用空間(壁面・窓)という巨大な潜在力

日本の再生可能エネルギー導入における最大の足枷は、一貫して「土地の制約」であった 1。平地が少なく、人口が密集する国土において、大規模な太陽光発電所を建設する適地は枯渇しつつある。この物理的な限界が、導入目標の達成を困難にしてきた。

PSCは、この根本問題を真正面から解決する。その軽量・柔軟という特性は、発電の場を地方の広大な土地から、エネルギー需要の心臓部である「都市」そのものへと移すことを可能にするからだ。

これまで全く価値を持たなかったビルの壁面、工場の屋根、集合住宅のベランダ、窓ガラスといった垂直面が、すべて潜在的な発電所に変わる。これは、新たな土地を収用するのではなく、既存の都市インフラに「エネルギー生成機能」を付加するという、全く新しい発想の転換である。

このポテンシャルは、もはや空想ではない。積水化学工業が主導する数々の実証プロジェクトは、その未来を現実のものとして示している。東京・大阪のビル外壁 13、物流倉庫の広大な壁面 14、ガソリンスタンドのキャノピーや石油タンクの曲面 15、さらには風力発電のタワー 16 といった、従来の太陽電池では考えられなかった場所への設置が次々と実現している。これらの実証は、PSCが日本の都市景観に溶け込み、分散型のエネルギー源として機能する未来が、技術的に手の届く範囲にあることを証明している。

ここで、前章で考案した新推計式の価値が明らかになる。例えば、東京中心部にある典型的なオフィスビル(高さ100m、幅50m)の南向き壁面(面積5,000m²)に、モジュール変換効率15%のフィルム型PSCを設置した場合を試算してみよう。保守的なパラメータ(アルベド0.2、各種損失係数など)を用いても、年間発電量は数十万kWhに達する可能性がある。

これは、そのビル自身の消費電力のかなりの部分を賄うに足る量であり、都市のビル群がエネルギー消費者から生産者へと転換する「エネルギープロシューマー化」の巨大な潜在力を示唆している。日本中の都市に存在する膨大な壁面や窓の総面積を考えれば、それはまさに「垂直のメガソーラー」であり、土地制約という長年の呪縛から日本を解放する切り札となりうる。

4.2 エネルギー安全保障の強化:国内で調達可能な原料と国内生産

日本のエネルギー安全保障上の最大の脆弱性は、エネルギー資源のほぼ全てを海外からの輸入に依存していることにある 1。この構造は、国際紛争や供給国の政策変更といった地政学的リスクに常に晒されており、エネルギー価格の不安定化や供給途絶の脅威と隣り合わせである。

PSCは、この課題に対しても有効な処方箋を提示する。現在主流のシリコン太陽電池は、その主原料である高純度ポリシリコンのサプライチェーンが特定の国、特に中国に極度に集中しているという問題を抱えている 20。これは、太陽光発電の導入を進めれば進めるほど、新たな形の海外依存を生み出してしまうというジレンマを内包している。

一方、PSCの主要な構成材料の一つである「ヨウ素」は、日本が世界有数の生産量を誇る、数少ない自給可能な資源である 8

また、製造プロセスも、巨大な設備投資を必要とするシリコン製造とは異なり、国内の化学・印刷技術を応用した比較的小規模な工場での生産が可能である 6。これは、エネルギー源のサプライチェーンを国内で完結させ、地政学的リスクから切り離された、真に強靭な国内エネルギー産業を育成できる可能性を意味する。

日本発の技術であるPSCの国内生産を推進することは、単にエネルギー自給率を高めるだけでなく、国内に新たな製造業と雇用を創出し、経済安全保障を強化するという、一石二鳥以上の戦略的意義を持つ。エネルギーの「地産地消」は、発電だけでなく、その源流である材料と製造プロセスから始めることができる。PSCは、そのためのまたとない機会を日本に提供しているのである。

4.3 電力系統安定化への貢献:分散型電源としての役割と調整力への寄与

再生可能エネルギーの導入が拡大するにつれて、電力システムの安定性をいかに維持するかが大きな課題となっている 4。太陽光や風力のような自然変動電源は、天候によって出力が大きく変動するため、電力の需要と供給のバランスを常に一致させることを難しくする。特に、従来の火力発電所のような大型の「同期電源」が減少し、インバータを介して接続される「非同期電源」である再生可能エネルギーが増えると、電力系統全体の「慣性力」が低下する 5慣性力とは、急な需給の変動に対して周波数の変化を抑制しようとする、電力系統の「粘り強さ」のようなものであり、これが低下すると、大規模な停電(ブラックアウト)のリスクが高まる。

PSCもインバータを介して接続される非同期電源であるが、その導入形態が従来の集中型太陽光発電所とは根本的に異なるため、系統安定化にユニークな形で貢献できる可能性がある。

第一に、その「超分散型」の配置である。PSCは、特定の地域に集中するのではなく、都市部の何百万もの建物やインフラに分散して設置される。これにより、ある地域が曇っていても、別の地域では晴れているというように、個々の発電量の変動が地理的に平準化され、システム全体としての出力変動が緩和される効果が期待できる。

第二に、壁面設置による「発電プロファイルの多様化」である。従来の南向きに設置された屋根置き型太陽光は、昼間に一斉に出力がピークに達し、夕方には急激に低下する、いわゆる「ダックカーブ」現象を深刻化させる一因であった。しかし、PSCが建物の東・西・南・北の各壁面に設置されれば、発電のピーク時間帯が一日を通して分散される。東向きの壁は朝に、南向きは昼に、西向きは夕方にそれぞれ発電のピークを迎えるため、これらを合計した都市全体の発電プロファイルは、より平坦で滑らかな形状になる。これは、電力系統が最も苦手とする急峻な出力変動を抑制し、需給調整を容易にする上で大きな利点となる。

もちろん、PSCだけで変動性の問題が全て解決するわけではない。そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、蓄電池との連携が不可欠である 50

建物ごとにPSCと蓄電池がセットで導入されれば、日中に発電した余剰電力を蓄え、夜間や需要のピーク時に使用・放電することができる。これにより、個々の建物レベルでエネルギーの自給自足率が高まるだけでなく、多数の蓄電池を束ねて制御(VPP:仮想発電所)することで、電力系統全体の調整力として活用することも可能になる。PSCの普及は、蓄電池導入の経済合理性を高め、日本全体の電力システムをより柔軟で強靭なものへと進化させる起爆剤となるのである。


Table 3: 日本のエネルギー課題とペロブスカイト太陽電池による解決策のマッピング (Mapping of Japan’s Energy Challenges to Perovskite Solar Cell Solutions)

我が国のエネルギー課題 (Japan’s Energy Challenge) ペロブスカイトによる解決アプローチ (Solution Approach with PSCs) 関連するPSCの特性 (Relevant PSC Characteristics)

土地制約と地域対立 1

都市のビル壁面、窓、インフラなど、既存の未利用空間を発電資源化する。新たな土地収用を必要としないため、地域とのコンフリクトを回避。

軽量、柔軟、半透明性、優れた意匠性 7

低いエネルギー自給率と海外依存 1

①発電場所をエネルギー需要地である都市に創出することで、輸入燃料への依存を低減。②主要原料(ヨウ素等)の国内調達と国内生産により、エネルギーのサプライチェーンを国内で完結。

①都市空間への高い設置親和性。②国内調達可能な原料、低温・低エネルギーでの国内製造プロセス 6

電力系統の不安定化 4

①超分散配置による地理的な出力変動の平準化。②壁面の多方位設置による一日を通した発電プロファイルの平滑化(ダックカーブ緩和)。③蓄電池との併設による調整力の創出。

①どこにでも設置可能な柔軟性。②低照度・多様な入射角での発電性能。③システムとしての親和性 8

高い発電コスト 2

①安価な原料と低エネルギーの印刷技術による製造コストの大幅な削減。②設置場所の制約が少ないため、土地造成や大規模な架台が不要で、導入コストを抑制。

低コストな原料・製造プロセス、理論的に高い変換効率 9


V. 結論:日本における「ペロブスカイト革命」実現に向けた戦略的展望と提言

本レポートは、2025年時点におけるペロブスカイト太陽電池(PSC)の技術的全貌を明らかにし、そのポテンシャルを定量化するための新たな評価手法を提示し、そして、それが日本の抱える根源的なエネルギー課題をいかにして解決しうるかを構造的に分析してきた。

ここから導き出される結論は明確である。PSCは、単なる代替エネルギー技術の一つではなく、日本のエネルギー安全保障、経済競争力、そして国土のあり方そのものを再定義する、真に革命的な可能性を秘めた戦略的基幹技術である。

我々の分析は、PSCの「約束」と「危機」という二つの側面を浮き彫りにした。

約束とは、軽量・柔軟・高効率という比類なき特性によって、これまでデッドスペースであった都市の膨大な表面積をエネルギー源に変え、土地制約という日本の長年のアキレス腱を克服する力である。

危機とは、その実用化を阻む最大の壁である「長期耐久性」の問題と、国家レベルで大規模な投資を行う中国をはじめとする、熾烈な国際開発競争である。日本はこの技術の発祥国として優位に立つが、その「機会の窓」は永遠に開いているわけではない。

この革命を実現するためには、技術開発から社会実装までを一体として捉える、長期的かつ包括的な国家戦略が不可欠である。以下に、その実現に向けた具体的な提言をまとめる。

【政府・政策決定者への提言】

  1. 国家R&D「ムーンショット」プログラムの断行:

    PSCの商用化における最大のボトルネックは、20年以上にわたる長期耐久性の確立である。政府は、この課題解決に特化した国家主導の研究開発プログラムを立ち上げるべきである。材料科学、封止技術、劣化メカニズムの解明といった基礎研究から、屋外での加速劣化試験といった実証研究まで、産学官のリソースを集中投下し、世界に先駆けて「25年保証」を実現する技術基盤を確立することが、日本の国際競争力を決定づける。

  2. 「BIPV-Ready」建築基準の標準化と導入促進:

    PSCの主戦場となる建材一体型太陽光発電(BIPV)の普及を加速させるため、新たな建築基準やガイドラインの策定が急務である。新築の公共建築物や一定規模以上の民間建築物に対し、壁面や窓へのPSC設置を段階的に義務化、あるいは容積率緩和や税制優遇といった強力なインセンティブを付与する「BIPV-Ready」制度を導入する。これにより、建設業界に明確な市場シグナルを送り、設計段階からPSCの導入を標準とする文化を醸成する。

  3. 新・発電量推計式の公的採用と金融支援の連動:

    本レポートで提案したような、PSCの特性と壁面設置の環境を反映した発電量推計式を、国の補助金制度やグリーン投資減税などの公的な評価基準として採用すべきである。これにより、PSCプロジェクトの経済性が公正かつ正確に評価され、民間金融機関によるプロジェクトファイナンス組成が活発化する。信頼性の高い「ものさし」の提供は、技術と金融を繋ぎ、市場を創造するための最も効果的な政策手段の一つである。

【産業界・投資家への提言】

  1. 「統合ソリューション」への事業モデル転換:

    単にPSCパネルを製造・販売するのではなく、「PSC外壁材+蓄電池+エネルギーマネジメントシステム(BEMS)」といった、ハードウェアとソフトウェアを統合した高付加価値なソリューションパッケージとして提供する事業モデルへと転換すべきである。これにより、価格競争を回避し、顧客に対してエネルギーコスト削減やレジリエンス向上といった具体的な価値を訴求できる。

  2. 異業種コンソーシアムによるエコシステム構築の加速:

    PSCの社会実装は、一社の力では成し遂げられない。積水化学のような化学メーカー、東芝のような電機メーカー、大成建設のようなゼネコン、そして金融機関や不動産デベロッパーが連携する、強力な異業種コンソーシアムの形成を加速させる必要がある 20。材料開発から施工、O&M、ファイナンスまで、国内で一気通貫のサプライチェーンとエコシステムを構築することが、国際競争に打ち勝つための鍵となる。

  3. 先駆的BIPVプロジェクトへの積極投資:

    新たな発電量推計モデルを活用し、BIPVプロジェクトの精緻な事業性評価(デューデリジェンス)を行うことで、その長期的な資産価値を建物の所有者や投資家に明確に提示する。初期のリスクを許容し、ランドマークとなるような先駆的プロジェクトに積極的に投資・参画することが、市場の信頼を醸成し、後続の投資を呼び込むための最も有効な戦略である。

【未来への展望】

ペロブスカイト革命が実現した未来の日本の都市は、今日の姿とは一変しているだろう。高層ビルの壁面は陽光を浴びて静かに発電し、工場の屋根や高速道路の防音壁は地域のエネルギーを支える自動車は走行しながら充電し、あらゆるIoTデバイスが配線なしで駆動する。エネルギーは、遠く離れた巨大発電所から一方的に送られてくるものではなく、我々が生活し働く、まさにその場所で生み出され、消費される、クリーンで身近な存在となっている。

それは、エネルギーを巡る地政学的リスクに怯えることなく、自らの手で未来を切り拓く、真に強靭で自立した日本の姿である。ペロブスカイト太陽電池は、その未来を実現するための、最も確かな技術的パスポートなのである。今こそ、官民一体となってこの革命への舵を切るべき時である。

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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