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気候適応型電力需給モデルとは?猛暑・寒波など極端気象を前提とした新たな需給予測手法
近年ますます頻発・激化する猛暑や寒波などの極端気象は、電力システムにかつてない圧力をもたらしています。
世界各地で記録的な熱波・寒波が発生し、そのたびに電力需要は急騰し、一方で発電設備や送電網にも過酷な負荷がかかっています。気候変動に適応した電力需給モデル(Climate Adaptive Demand-Supply Modeling)とは、こうした極端気象を織り込んで需給バランスを予測・調整する新たな手法です。
本記事では、その最新動向を高解像度の知見から紐解き、日本・米国・EUの事例や課題を分析します。
極端気象下での電力需給予測アルゴリズムの進化、需要応答(DR)や蓄電池・再エネ統合などの技術、レジリエンス強化の取り組み、政策・市場設計(容量市場やDR制度)、そして関連する商用サービス・スタートアップ動向まで包括的にカバーします。
さらに、日本における再エネ普及加速・脱炭素化の文脈で、真に克服すべき根源的な課題と解決策についても提言します。
本記事のポイント:
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気候変動により猛暑日は増加傾向にあり、夏季ピーク需要が急伸。一方、寒波による冬季需要ピークも依然脅威で、気候非連続性を需給モデルに織り込む必要性。
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従来の経験的な需要予測モデルに代わり、AI・機械学習を活用した高精度な予測手法が登場。LSTMやCNNなどにより予測誤差を従来より8割〜4割削減した例も。NRELは気候データの超解像生成モデルSup3rCCを開発し、将来の気候影響をエネルギーモデリングに統合。
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需要側の柔軟性確保が鍵。デマンドレスポンス(DR)やバーチャルパワープラント(VPP)により、大口需要や家庭のエアコン負荷を一斉制御しピークカット。2022年カリフォルニア熱波では緊急テキスト警報で住民節電を促し大停電を回避。日本でも2022年夏に新設の「需給ひっ迫注意報」で9割の需要家が節電行動を実施、危機を凌いだ。
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蓄電池をはじめとするストレージがゲームチェンジャーに。2022年9月カリフォルニアでは記録的需要51.4GWに対し、新規導入の大型蓄電池群がピーク時3.4GWを供給し停電を防止。日本でも2024年夏に過去最悪の猛暑となり、容量市場経由で19日間にわたりDRが発動。エネル・エックス社は合計7GW相当の需要抑制を提供し供給安定化に貢献。
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気候変動時代のレジリエンス戦略として、容量市場や予備力市場で需給調整力を確保する動き。欧米では独立アグリゲーターの参入を促し、分散型リソースの統合を進展。日本も2024年に容量市場が本格稼働し、家庭用蓄電池やEVを束ねたVPPが2025年以降参入予定。
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政策的課題と提言: 日本の脱炭素を加速するには、需給逼迫への不安を解消しつつ再エネ大量導入を進める必要があります。そのためには高度な予測と需要側エネルギーリソース活用を両輪とし、市場制度を柔軟性重視に改革することが本質的解となります。
それでは、気候変動時代の電力需給モデルの最前線を詳しく見ていきましょう。
気候変動と極端気象が電力需給にもたらす新たな課題
地球温暖化に伴い、極端気象の頻度と強度が高まっています。猛暑日は世界各地で更新され、寒波も「数十年に一度」が短いスパンで発生しています。これらは電力の需要と供給双方に深刻な影響を及ぼします。
需要面では、猛暑になれば冷房需要が急増し、ピーク電力が記録更新されるケースが増えました。例えば2022年9月、米カリフォルニア州は歴史的熱波に見舞われ、冷房需要が高騰して過去最高の51.4GWという電力需要ピークを記録しました。一方で寒波では暖房需要が跳ね上がります。2021年2月にテキサス州を襲った異例の寒波(ウィンターストーム・ユリ)では、記録的な暖房需要が発生し、従来予測を14%も上回るピーク需要となりました。この予測不能な需要急増が、同時に起きた発電設備の大量停止と相まって大停電を引き起こしたのです。
供給面でもリスクがあります。猛暑時には発電設備や送電インフラが高温にさらされ効率低下・容量低下が起きます。気温が上がると送電線の送電容量が低下し、同じインフラで運べる電力が減ってしまいます。また発電所では冷却水に河川水を使っていますが、猛暑で河川水温が上昇すると発電効率が低下し、環境規制上も冷却水の放水温度制限を守れず出力抑制や停止に追い込まれる例もあります。ヨーロッパでも近年の熱波で原発や火力発電所が「冷却水温度が高すぎ稼働制限」という事態が報告されています。
寒波では逆に設備の物理的故障が問題化します。テキサス州の例では、ガス井やパイプラインが凍結し燃料供給が滞り、風力タービンも着氷し停止、火力発電所も暖房需要の急増に追いつけず大規模な供給途絶が起きました。設備の防寒対策(ウィンタライズ)が不十分だと、氷点下の嵐で発電所が一斉ダウンするリスクがあるのです。
このように、気候変動による需要の不確実性と供給力低下リスクが同時に高まっており、従来の常識にとらわれない需給モデルが必要です。
特に気温上昇で夏のピーク需要は確実に上振れし、従来10年に一度と言われた猛暑が短い周期で発生する「ニューノーマル」になりつつあります。アメリカの研究では、過去70年間のデータから冷房ピーク需要は気候変化で一貫して増加している一方、暖房ピーク需要は減少傾向でも厳冬が依然として極端需要を支配することが示されました。
つまり夏の最高気温上昇でエアコン需要はどんどん伸びるが、冬の寒波も依然として電力供給網にとって警戒すべき「長い左尾を持つ需要分布」だという指摘です。さらに脱炭素化で暖房をヒートポンプ等電化していけば、将来は夏と冬のダブルピークを両睨みする必要があります。
日本に目を向けると、もともと夏の冷房需要が最大だった地域(東京など)でも、暖房需要の高い冬とのピーク差が縮小してきています。特に北海道など寒冷地や、オール電化住宅の増加で冬ピークが高い地域もあります。気候変動で平均気温が上がれば暖房需要は減るはずですが、近年のように厳冬が来れば結局電力需要は急伸します。
さらに日本の暖房は都市ガスや灯油利用も多いですが、カーボンニュートラルを進めるにはヒートポンプやエコキュート等への転換が想定され、電力需要への依存が増すでしょう。そのとき寒波対策が疎かだと、テキサスのように「電化した暖房が一斉に稼働&発電機が停止」という悪夢もあり得ます。
このように「気候適応型」のモデルとは、猛暑・寒波を織り込んで需要予測や供給計画を立てることです。
従来は平年並みや過去数年の最大実績を基準にしてきた計画も、今や「過去最大=将来最大」とは限らないのです。実際、日本でも電力広域的運営推進機関(OCCTO)は過去10年で最も厳しかった気象条件を想定した「H1需要」(猛暑H1/厳寒H1)を用いて需給余力3%を確保できるか検証する運用をここ数年行っています。
2022年夏の検証では、猛暑H1需要でも各エリアで最低予備率3%を確保できる計画でしたが、実際には想定を上回る発電トラブル(水不足による火力の出力制限など)も発生し、予備率3%台の綱渡りとなりました。シナリオ分析やリスク検証を強化し、「もし○○が起きたら」の世界で備える発想が重要になっています。
以上の背景から、次章では電力需要予測モデルのアルゴリズムがどのように進化しているかを見ていきます。気候変動時代に求められる新しい予測手法とは何か、AI活用やデータ統合の最前線を解説します。
需要予測モデルの進化:AIとビッグデータで極端気象を捉える
電力需要予測は従来から気象条件との相関が強く、天気予報とセットで行われてきました。過去の典型的な手法は、気温や湿度、曜日要因などを組み込んだ回帰モデルや、時系列的なトレンド・季節性を考慮した統計モデルです。
例えば「冷房需要=f(最高気温)」のような回帰式を使い、前日の天気予報から翌日のピーク需要を推計する手法が各国で使われてきました。しかし、近年の気候変化で過去の実績にない極端値が現れたり、需要パターンが非線形・複雑化したりする中、このような単純モデルには限界も指摘されています。
そこで登場したのがAI・機械学習を活用した高度な需要予測アルゴリズムです。AIは膨大な過去データからパターンを学習し、非線形な関係性や複数要因の組み合わせ効果を捉えるのが得意です。特にディープラーニング(深層学習)は電力需要のような時系列データの予測で威力を発揮します。
例えばLSTM(Long Short-Term Memory)やGRUといった再帰型ニューラルネットワークは、長期の時系列依存を学習して需要の時間変動を予測できます。またCNN(畳み込みニューラルネット)は画像だけでなく時系列にも適用可能で、季節波動や曜日パターンなどをフィルタ抽出するのに利用されています。
韓国の研究者はLSTMとCNNを組み合わせ、2006〜2017年の電力需要と天候・曜日データを学習させて短期需要を予測するモデルを開発しました。その結果、従来法より予測誤差を60〜80%も低減でき、高精度かつ汎用的に利用できるモデルとなったと報告しています。8割の誤差減というのは驚異的で、AI活用でここまで精度向上が可能なことを示しています。
またオートエンコーダというディープラーニング手法を用い、需要パターンを低次元に圧縮して将来予測に活かす試みも行われています。韓国の別の研究では、過去1時間の電力消費データから15分後〜60分後を予測するオートエンコーダモデルを構築し、他の機械学習より良い精度を示しました。需要の自己相関構造をニューラルネットがうまく捉えた例と言えます。
極端気象への対応という点では、天気予報と需要予測モデルのハイブリッドが鍵です。米国アラスカの離島コミュニティを対象にした研究では、気象を予測するLSTMモデルと、予測された気象条件から電力負荷を推計するANNモデルを組み合わせるアプローチが試されました。
非常にダイナミックな気象変動下でもコミュニティの電力負荷をかなりの精度で予測できたとされ、「まず気象をAIで予測し、その結果を需要モデルに入れる」という2段構えで激しい気候変動に耐える負荷予測を実現しています。将来の天気予報自体もAI活用で進歩しており、数週間先までのサブシーズン予報や局地的豪雨予測なども精度が上がっています。AI気象予報+AI需要予測の組み合わせは、極端気象下での精度向上に大きく寄与するでしょう。
さらに注目すべきは、気候変動そのものの影響をモデルに取り込む試みです。
米国NREL(国立再生可能エネルギー研究所)は、将来の気候シナリオ下で風力・太陽光資源や電力需要がどう変化するかを分析するために、気候データの超高解像度ダウンスケーリングAI「Sup3rCC」(スーパーシーシー)を開発しました。これはジェネレーティブAIを用いて、伝統的な気候モデルでは解像度が粗すぎる問題を克服し、高解像度の未来気象データを高速に生成するものです。
従来の動的ダウンスケーリングより40倍速く高精細データを生成でき、風・日射・気温などの将来変化をエネルギーモデルに直接組み込めます。NRELは「最近のカリフォルニアやテキサスのブラックアウトで、過去の気候だけ見て計画するリスクが明らかになった」と指摘し、エネルギー計画と気候科学を橋渡しするこうしたツールが今後の電力網設計に不可欠と述べています。
実際、Sup3rCCはNature Energy誌にも取り上げられ、エネルギーと気候の研究コミュニティ融合の一歩として注目されています。
このような気候統合型モデルでは、将来の猛暑頻度増加や海面温度上昇による台風激甚化なども電力需要・供給リスクに反映できます。
長期計画では、例えば「2050年に現在より猛暑日が何日増えるか?」といった気候シナリオから、将来のピーク需要を見積もる必要があります。国際エネルギー機関(IEA)も「高温化で2050年までに冷房需要が飛躍的に伸びる」と警鐘を鳴らしています。ある推計では、脱炭素に伴う電化も重なり世界の電力需要は2050年までに最大75%増加するとされます。
米国では需要増に対応するため2030年までにピーク供給力を200GW超追加する必要があり、これは太陽光パネル約4.9億枚または風車6.2万基に相当する規模です。こうしたインフラを整えるには長期需要予測の精度が極めて重要であり、気候変動を織り込まない予測はもはや現実的でないでしょう。
AI以外にも、アンサンブル予測(複数モデルで複数予測を行い確率分布を得る)やベイズ推定による不確実性の定量化など、先進的なアルゴリズムが続々と導入されています。
電力会社やISO(独立系統運用者)は、最悪ケース想定のシナリオ・プランニングを取り入れつつあります。例えばカリフォルニアISOは夏季の需要予測で1-in-2(平年)、1-in-5、1-in-10といった確率シナリオを用意し、運用計画や予備力準備に活かしています。2022年の熱波でも実際、平年予測を大幅に上回る90thパーセンタイル需要に達したことが確認されました。こうした予測手法の進化により、電力業界は「当たらない予報」の呪縛から脱し、不確実性を管理する予報へとパラダイムシフトしつつあるのです。
以上、需要予測モデルの進化を見てきました。AIや気候データ統合によって精度向上が期待できる一方、どんなに予測を精緻化しても現実の需給逼迫をゼロにはできません。
次章では、予測の精度誤差や不測の事態に備え、需要側・供給側の柔軟性でギャップを埋めるための技術と取り組みについて解説します。
需給調整技術:DR・蓄電池・再エネ統合によるフレキシビリティ向上
どれほど緻密に予測しても、実際の需要と供給にはズレが生じる。特に極端気象下では予測誤差も大きくなりがちです。そのギャップを埋め、停電を防ぐ最後の砦となるのが、電力システムのフレキシビリティ(柔軟性)です。
フレキシビリティとは、需要と供給の変動に即応してバランスを取る能力であり、大別すると需要側を制御するか供給側を調整するかの2通りがあります。本章では需要側調整の切り札であるデマンドレスポンス(DR)と、供給側・双方向の新兵器である蓄電池・再エネ統合技術について見ていきます。
デマンドレスポンス(DR):使う電力を賢くコントロール
DRとは需要側の対応(Demand Response)の略で、電力需要そのものを削減またはシフトさせることで需給バランスを取る仕組みです。平たく言えば、「ピーク時に電気を使うのを我慢してもらう」代わりに報酬を支払ったりインセンティブを与えたりする制度です。DRは古くは大口工場への電話依頼(契約に基づく緊急負荷カット要請)など形で存在しましたが、近年はデジタル技術の進展で飛躍的に進化しました。
現在注目されているのは、スマートサーモスタットやHEMS(Home Energy Management System)等を活用した自動DRです。例えばGoogleが提供するNestサーモスタットは、ユーザーがDRプログラム(Rush Hour Rewards)に参加すると、暑い日のピーク前に自動で室温を予冷し、ピーク時間帯には設定温度を2~4℃緩和してエアコン消費を抑えてくれます。
ユーザーは多少温度が上がっても事前に冷やしてあるため快適性への影響は小さく、イベント後には元の温度に戻るという仕組みです。米国では110以上の電力会社がGoogleと提携し、このようなスマートサーモスタットDRを100万人以上の家庭に展開しています。夏冬のピークシーズンに報奨金を支払う企業も多く、ユーザーは節約と協力の両立を楽しんでいます。2022年9月のカリフォルニア熱波でも、このNest参加者が合計75MWのピーク需要削減に貢献し、750万個のLED電球を消したのに等しい効果を上げました。
大規模需要家向けのDRも高度化しています。工場やビルの需要を遠隔制御するVPP(後述)に組み入れ、一定時間ごとに自動的に負荷調整するサービスが普及してきました。例えばエネル・エックス(Enel X)社は世界最大級の商業VPPオペレーターで、2024年の日本の猛暑では、19日間にわたり容量市場経由でDRを発動し、延べ7GW相当の需要抑制エネルギーを供給しました。
エネル・エックスのVPPプラットフォームでは、需要家(工場やビル)の電力設備にあらかじめ遠隔制御装置を設置。電力市場運営者から「◯時〜◯時に○MW削減せよ」と指令が来ると、自動で各需要家の空調やポンプ、非常用発電機などを制御し、一斉に負荷を下げます。複数の大口需要家が協調して負荷を落とせば、新しい発電所を立ち上げたのと同じ効果が得られるわけです。日本ではこの仕組みが容量市場を通じて制度化され、2024年4月から本格運用が始まりました。
DRの威力を示した具体例として、先述の2022年9月6日のカリフォルニア危機があります。この日、州全域が歴史的猛暑に襲われ需要は過去最大、供給予備も底を突き、あと少しで大規模停電という状況でした。夕方、ついにカリフォルニア独立系統運用(CAISO)は緊急事態レベル3を宣言、15分後には輪番停電開始の直前まで追い込まれました。
その瀬戸際で発動されたのが、州政府の携帯緊急警報です。「今すぐ節電を、命と安全を守るために」と携帯へ一斉通知されたのです。通常は誘拐や災害通知に使う警報システムを電力に使うのは前例のない試みでしたが、市民は即座に反応しました。不要な家電を切り、エアコン設定温度を上げ、わずか20分ほどで約2000MWもの需要がスッと低下したのです。
これにより電力供給の予備が回復し、大停電の危機は回避されました。行政当局者は「この消費者からの素早い反応がなければ、あの日は確実にブラックアウトしていた」と述べています。まさにDR(この場合は市場メカニズムではなく緊急節電要請ですが)が一夜にして大型発電所2基分の電力を生み出した瞬間でした。
日本でも節電要請による需要抑制の効果は確認されています。2022年6月に東京エリアで「電力需給ひっ迫注意報」が初めて発令された際、企業や家庭に事前通知が行われました。その結果、「事前に節電を検討していた需要家」の約9割が実際に普段と行動を変えて節電を実施し、ピーク時間帯の需要を3〜5%程度削減できたと分析されています。
具体的な取組は「不要照明の消灯」「エアコン温度の調整」が多く、注意報が続いた数日間、徐々に節電実施者は減少したものの、一日平均3%程度の需要カットが達成されました。また2022年3月の東京大停電危機(地震による発電所停止と寒冷による需給逼迫)でも、緊急節電要請で当日実需要が予測比▲3%抑制され、一斉停電を免れています。「需要を減らす」という一見地味な対応策ですが、その効果は極めて大きく、社会全体で協力すれば電力危機を乗り越えられることを示しました。
もっとも、常に人海戦術の要請で乗り切るのは現実的ではなく、市場インセンティブを活用した継続的なDRの仕組みづくりが大切です。欧米ではリアルタイム価格(動的料金)で電力代が高騰した時に自動で節電するスマート家電も増えています。日本も今後、時間帯別料金やデマンドレスポンス市場を整備し、日常的にVPPが需給調整する世界を目指しています。
例えば関西電力は家庭の太陽光・蓄電池・エコキュート等をHEMSで制御し、VPPとして容量市場に参加する実証を進めています。2025年度から本格的に家庭の蓄電池群をまとめて1つの発電所のように扱う計画で、こうした取り組みが普及すれば需要側から数十GW規模の調整力を引き出すことも夢ではありません。
蓄電池と再エネ統合:供給側の新たな柔軟性
次に供給側のフレキシビリティ強化策です。伝統的な供給調整は、水力発電の出力調整やガスタービンの起動停止など発電側で需要変動に追随するものでした。しかし再生可能エネルギーが主力になる時代、供給側も不安定要素が増えます。そこで鍵となるのが蓄電池と高度な再エネ予測・制御です。
蓄電池(バッテリー)は文字通り電気を貯めておける装置で、需要と供給のズレを埋める万能選手です。需要が少ない時間帯に充電し、需要ピーク時に放電すればピークカットに貢献しますし、再エネ余剰時に充電して日没後に放電すれば再エネの時間移行も可能です。特にリチウムイオン電池の価格低下と性能向上で、電力系統用の大規模バッテリー導入が各国で加速しています。
カリフォルニア州は太陽光発電が大量導入された結果、日没後の「カモメの翼」問題(ダックカーブ:夕刻に需要は高いが太陽光が落ちるギャップ)が深刻でしたが、ここ数年で数GW級のバッテリー群を設置し解決に動いています。先述したように、2020年夏の熱波では46.8GWの需要に対し供給不足で停電が発生しましたが、2年後の2022年夏には需要がそれを上回る51.4GWに達しながら停電を回避できました。決定的な違いは3.4GWもの新規バッテリー容量が稼働していたことです。これらのバッテリーがピーク時に一斉に放電し、緊急予備電源として働いたため、大規模停電を防ぐ「決定的な差分」となったと分析されています。つまり、蓄電池は短期間で数GW規模の発電所建設に匹敵する効果をもたらしたのです。
また蓄電池は極めて応答速度が速いため、需給予測の誤差をリアルタイムで埋めるのにも適しています。予測より需要が上振れしたり発電が急落したりしても、バッテリーが瞬時に自動調整して出力を増減できます。これは再エネ時代の周波数調整・予備力確保にも有効で、「グリッドのエアバッグ」とも言える存在です。日本でも、電力会社が系統用蓄電池を配電網に設置するケース(離島や再エネ集中地域など)や、再エネ発電事業者が出力変動緩和のために隣接バッテリーを置くケースが出てきました。
再生可能エネルギー自体の統合技術も進んでいます。風力・太陽光の発電予測は需要予測以上に難しいですが、こちらもAIや高解像度数値天気予報の力で精度向上が著しいです。風の乱れや雲の動きをレーダーや人工衛星データからリアルタイム解析し、数分先の発電量を当てる短期予測が実用化されています。例えば欧州では風力予測誤差を減らすため広域でタービンデータを共有し予測モデルを改良するプロジェクトがあり、AI企業と系統運用者が連携して数時間先の再エネ出力を高精度予報する動きもあります。
また、発電側の出力制御も需給調整に活用されます。太陽光や風力は燃料コストゼロなので基本フル発電ですが、需給逼迫時にはあえて出力を落とし予備を作る(例えば風力に余裕を持たせる)こともできます。逆に需給緩和の際には蓄電池同様に風力にも過負荷運転させて一時的に多めに発電させることも研究されています(風車を短時間だけ性能限界以上で回すなど)。
バーチャルパワープラント(VPP)の概念は、これら需要側と供給側の分散リソースを統合的に制御して「仮想的な発電所」とする取り組みです。スマートサーモスタット、EV、家庭蓄電池、太陽光、需要家の自家発電機などをIoTで繋ぎ、需要が高いときには一斉に需要を減らし・発電を増やし、需要が低いときには逆に充電するといった協調動作で、全体として1つの大きな電源のように機能させます。シンクタンクRMIの試算によれば、こうしたVPPによる米国のピーク需要削減効果は2030年に60GW、2050年には200GWにも達し得るとされています。2050年に200GW減らせるというのは、同年のブラジル全土の発電設備容量に匹敵する規模だそうです。さらにVPP導入は発電所新増設を減らし得るため、2030年時点で米国全体で年間170億ドル(約2兆円)の電力部門コスト削減ポテンシャルがあるとも報告されています。実際、VPPで得られる調整力(柔軟性)はガス火力ピーカーの代替になり、同等の能力を持つVPPはガス火力新設のコストのわずか40%で実現可能との分析もあります。つまり経済性の面からも、従来の供給力増強よりVPPの方が合理的になりつつあるのです。
日本でもVPP実証が数多く行われ、産総研や電力各社がプラットフォーム構築を進めています。キーとなるのは標準プロトコルとアグリゲーター制度です。欧州では「独立アグリゲーター」を正式に市場参入させ、需要家から集めたDR資源をまとめて卸電力市場や調整力市場に売ることを認める法律整備が進んでいます。日本も今後はAggregator(リソース集約業者)やAggregation Coordinator(統括者)の役割を定義し、VPP事業がビジネスとして成立するよう市場設計する必要があります。幸い容量市場・需給調整市場などの枠組みができ始め、例えば前述の関西電力とShizen Connect社の実証のように、一般家庭の蓄電池やEV充電器まで巻き込んだVPPが商用化目前です。このように、分散エネルギーリソースをデジタル技術で束ねて活用することが、気候変動時代の電力システムを乗り切るカギとなっています。
以上、需給調整技術としてのDRと蓄電池・再エネ統合について解説しました。次章では、こうした技術を支える政策・制度・規制面の動向を見てみましょう。容量市場や需要応答政策など、各国がどのように市場設計を工夫しているか、日本への示唆も交えて考察します。
政策・制度・規制:レジリエンス強化の市場デザイン
技術的な解決策を導入・普及させるには、政策や制度の後押しが不可欠です。ここでは電力需給のレジリエンスを高めるための市場設計や規制の動向を、容量市場、需要応答(DR)関連制度、その他規制の観点から整理します。
容量市場とリソースアデクアシー(供給力確保策)
容量市場とは、将来のピーク需要に備えて十分な発電容量を前もって確保しておくための市場メカニズムです。通常の電力取引(エネルギー市場)はkWhあたりの電力量を売買しますが、容量市場は「kW(またはMW)の供給能力そのもの」に対価を支払います。これは保険のようなもので、電力会社や発電事業者は将来年○月にピーク需要を賄う○MWを事前にコミットし、その対価として容量価格を受け取るのです。
欧米では電力自由化後に投資インセンティブ不足が懸念され、一部地域で容量市場が導入されました。代表例がPJM(米国東部の大規模ISO)で、数年前から毎年オークションで3年先の夏冬ピークに必要な容量を調達しています。イギリスも2014年から容量市場を実施し、必要供給力の確保に努めています。
容量市場の意義は、極端気象時でも電力が足りなくならないよう「余裕分」を確保する点にあります。例えば猛暑シナリオ(90/10需要)でも予備率◯%確保などの目標に基づき、発電所やDR資源に容量契約を与えるのです。NERC(北米電力信頼性公社)の2023年夏予測でも、「全地域で平年ピークには十分な供給力があるが、極端条件では不足のリスクがある」と指摘され、各エリアに対し容量準備や緊急輸入枠の検討を促しています。ERCOT(テキサス)は従来容量市場がなくエネルギー市場のみでしたが、2021年の大停電後は容量的な予備力確保策(例えばクレジット制度など)の議論が進んでいます。
日本では2020年に容量市場を創設し、2024年度分から落札容量の供給が開始されました。容量市場では発電会社だけでなく需要側資源(DR)も入札可能で、実際4GW超のDRが落札しています。これは企業の自家発電や緊急時の負荷削減枠をまとめたものです。2024年夏にはそのDRが本格的に稼働し、前述のように複数日の猛暑で過去最多のDR指令が発動されました。幸い各リソースが応答し、最低限必要な予備率3%を割り込まずに乗り切ることができました。容量市場の運用初年度としては上々の成果と言えます。
容量市場には賛否あります。メリットは、長期の供給力投資を促せることと、停電リスクコストを平常時から価格反映できることです。容量が足りないと価格が上がり、新規投資や延命が進みます。一方デメリットとして、古い化石燃料発電所に延命収入を与え脱炭素に逆行するとの批判や、市場コスト増で消費者負担が増える懸念もあります。しかし極端気象で停電すれば経済的損失や人命リスクは莫大です。その保険料と割り切れば、効率的に備蓄を蓄える仕組みとも評価できます。
日本の場合、容量市場で石炭火力など高排出電源が落札し温存される問題が指摘されています。将来的にはクリーンな柔軟性資源(蓄電池やDR、低炭素バックアップ)のみを優遇するルール作りが必要でしょう。たとえば容量市場の入札資格に環境性能指標を加味したり、補助的に無効電力供給や調整力などサービス価値を評価する方法も考えられます。
需要応答・分散リソースの市場統合
DRに関しては、市場メカニズムで活かす制度整備が各国で進展しています。欧州連合(EU)はクリーンエネルギー・パッケージで、独立アグリゲーターの権利や顧客のDR参加権を明確化しました。2025年にはEU全域で統一的な需要応答のネットワークコード(規則)が導入予定で、系統側がDRを活用しやすくなる見込みです。米国も2020年のFERCオーダー2222で、DER(分散エネルギー資源)の卸市場参加を義務づけ、各ISOが対応を進めています。これにより、数kW規模の住宅太陽光+蓄電池でも、束ねれば卸電力市場や調整力オークションに直接入札できる道が開かれました。
日本はというと、これからが正念場です。電力広域機関は需給調整市場を開設し、2024年4月からは調整力としてDRや蓄電池を調達するようになりました。まだ流動的ですが、今後Aggregation Coordinator制度などを通じて多数の小規模リソースをまとめ、一括入札できる枠組みを整える計画です。今後は電力会社以外の新規参入者(ベンチャー企業等)が家庭や企業のリソースを束ねて市場取引するシーンも増えるでしょう。
需要応答を促す料金メニューも鍵です。時間帯別料金、ピーク時間帯課金、容量課金(最大需要電力に課金)などの料金設計次第で、需要家は経済的動機からピークシフトを図ります。テキサスのように完全リアルタイム価格を採用する市場もあります(ただし2021年冬のように価格が高騰しすぎるリスクも)。日本では今夏(2023年~2025年)にかけ「節電プログラム」としてポイント付与など奨励策が試行されていますが、まだ常設制度には至っていません。将来はダイナミックプライシングで価格シグナルを需要側に届け、ユーザーがスマホアプリで節電参加できるようなUX整備も必要でしょう。
規制・基盤整備:レジリエンスと気候適応の制度
極端気象へのレジリエンス強化には、市場以外の規制的手段もあります。例えば発電所の気候適応義務です。テキサスの停電後、同州は発電設備とガスインフラに対し冬季耐性の強化(ウィンタライゼーション)規則を導入しました。寒波に耐える断熱やヒーター設置を義務づけ、罰則付きで実施させています。日本でも、原子力や一部火力では冬季対応基準がありますが、気候変動で想定を超える暑さ寒さが来ることを踏まえ、既存インフラの改良が求められます。
送電網についても、熱に強い送電線や予備線ルートの確保などグリッド強靭化への投資が必要です。米国では2021年のインフラ法や2022年のインフレ抑制法で、送電線強化・スマートグリッド化に多額の補助が盛り込まれました。分散型の配電網も災害時の孤立を防ぐため推進されています。日本もレジリエンス強化の観点から、地域で自立できるマイクログリッド構築や配電線メンテナンス投資を政策的に後押ししています。
さらに、需要側の効率化(エネルギー効率向上)は基本中の基本です。IEAは「気温上昇でエアコン需要が増える分、省エネ性能の高い空調機への転換で相殺しよう」と提言しています。高効率エアコンや断熱住宅への補助、夏場の節電啓発など需要ピークそのものを減らす施策も不可欠です。米国ではHVAC効率規制を強化し、欧州も建物断熱リフォーム目標を掲げています。日本も省エネ法改正で事業者のピーク対策計画を促す動きがあります。
気候変動適応計画に電力インフラを組み込むことも重要です。政府や自治体が策定する気候適応策に、電力設備の洪水対策、熱対策、早期警戒システム整備などを明記し、関係各所で実行する枠組みづくりが望まれます。例えばフランスでは猛暑時に原発出力低下が課題化したため、河川水温のモニタリング強化や冷却技術改善を国家適応計画に入れています。日本も火力発電所の水源多重化や予備部品確保など、想定外の気象に備える規制があって良いでしょう。
最後に、政策という点では情報共有と可視化も鍵です。電力需給の逼迫リスクを早めに知らせ、国民全員が協力できる体制を整えること。日本の「注意報・警報」制度はその第一歩で、今後はスマホ通知や詳細な電力見える化ツールを拡充していくべきです。
米国カリフォルニアのように「Flex Alert(節電アラート)」を日常化し、「今日は明日比で3%節電しましょう」といった呼びかけをSNSやメディアで展開する取り組みも定着しつつあります。
政策・制度は地味に見えて、そのデザイン次第で技術の浸透スピードが決まります。極端気象に強い電力システムを作るには、市場で正しいシグナルを送り、規制で最低限を担保し、人々の行動変容も引き出す総合的な戦略が必要です。
商用サービス・スタートアップの最新動向:技術革新の現場
技術と政策の狭間で、実際にソリューションを提供している企業やスタートアップの動向にも触れておきましょう。世界中でエネルギーテック分野の投資が活発化し、気候適応型の需給モデリングやDRサービスを掲げる企業が増えています。
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AI需要予測スタートアップ: 欧米では電力需要と再エネ予測に特化したAI企業が登場しています。たとえばイギリスのOpen Climate Fixは衛星画像AIで日射量を数時間先まで予測し太陽光発電出力を高精度に当てる技術を開発中です。米国のVoltus社やAutoGrid社はAIで需要パターンを解析し、DRリソースを最適スケジューリングするプラットフォームを提供しています。AutoGridは既に日本の関西電力とも組みVPP構築に寄与しています。NRELが開発したSup3rCCもオープンソースで公開され、スタートアップや研究機関が自由に使えるようになっています。
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デマンドレスポンス・VPP事業者: 前述のEnel XはグローバルにDRサービスを展開し、日本でもトップアグリゲーターです。米国ではEnerNOC(現Enel X)やCPower、Voltus、OhmConnectなど複数のDRベンダーが市場を競っています。OhmConnectは一般家庭向けにゲーム感覚で節電ポイントを付与し、大規模な参加者ネットワークを構築しました。GoogleやTeslaもこの分野に進出しています。Teslaは世界各地でTesla Virtual Power Plant構想を進め、家庭のPowerwall蓄電池を束ねて系統に電力を供給しています。南オーストラリアでは数万台のPowerwallによるVPPが既に稼働し、停電時の瞬時復旧やピークカットに実績を上げています。日本でも上記Shizen Connectなど新興企業が独自のVPPプラットフォームを開発し、電力会社と提携しながら商用化を急いでいます。
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データセンターと需要フレキシビリティ: IT大手も自社のエネルギー対応に乗り出しています。Googleはデータセンターの電力負荷を一部シフトする仕組みを構築しました。需要が逼迫した地域では非緊急の計算処理を他地域へ移したり、時間をずらしたりして瞬時に数十MW規模の消費を削減できます。マイクロソフトやAmazonも非常用発電機や大型UPSを持っており、それらを地域の系統支援に活用する話がでています。データセンターは莫大な消費者ですが、同時に高度に制御可能な需要でもあるため、今後DRリソースとして組み込まれていくでしょう。
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気候リスク解析サービス: 電力業界向けに、気象災害リスクや需給逼迫リスクを分析するサービスも台頭しています。例えばJupiter IntelligenceやThe Climate Serviceといった気候リスクスタートアップは、将来の気温上昇や海面上昇が発電所・変電所に与える影響をシミュレーションし、対策優先度を提示します。保険業界と連携してレジリエンス投資の費用対効果を見える化するツールも現れました。気候適応への投資判断にデータを提供し、官民の意思決定をサポートする分野も今後重要になります。
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エネルギーマネジメントとマイクログリッド: 各種施設向けのエネルギー管理システム(EMS)やマイクログリッド制御を行う企業も増えています。ビルや工場にAI制御のEMSを導入し、電力料金とCO2排出量を最小化する運転を自動で行うサービスが一般化してきました。極端気象の際にはEMSが事前に対策(予冷・予熱、大型設備の計画停止等)を取り、ピークを緩和します。マイクログリッド分野では、米国のSchneider Electricや日本の三菱電機などが複数拠点をエネルギーインターネットで結ぶソリューションを展開中です。災害で本系統がダウンしてもマイクログリッド内で相互融通し、重要施設への電力供給を維持する技術は、防災にも寄与します。こうした商用ソリューション群は、極端気象が常態化する中で企業・自治体からの需要が高まると見込まれます。
要するに、イノベーションの波が電力需給モデル全体に押し寄せているのです。AIスタートアップからエネルギー大手、IT巨人まで、あらゆるプレイヤーが「気候変動×エネルギー」の課題解決ビジネスに挑んでいます。
日本でもこの分野は成長が期待され、世界に先駆けたサービスが生まれる余地があります。特に高度IT人材やデジタル技術を活かせる場であり、スタートアップ支援策による後押しも有効でしょう。
日本の再エネ普及・脱炭素に向けた提言:根源課題とソリューション
ここまで、気候適応型電力需給モデルについて技術・制度・事例の最新動向を見てきました。それらを踏まえ、日本が再生可能エネルギー普及と脱炭素を加速する上で直面する根源的課題と、その解決策を考察します。
課題1:気候リスクによる安定供給不安が脱炭素投資を鈍らせる
猛暑や寒波で電力不足になるたび、「やはり火力(化石燃料)が必要だ」という議論が起こります。再エネ拡大で供給余力が減ったから逼迫するのだ、といった声です。確かに日本は2011年以降、原発停止や温室ガス削減で余剰火力を減らした結果、予備率が下がり逼迫リスクが高まりました。しかし化石燃料に逆戻りすれば気候変動は悪化し、さらに将来の猛暑寒波が酷くなる悪循環です。根源的な課題は、脱炭素と安定供給の二律背反を乗り越える信頼性確保策が十分でないことにあります。
解決の方向性: 需要側リソースと蓄電・融通を最大活用し、「再エネ+柔軟性資源」で安定供給できることを示すことです。本記事で見たように、DRやVPP、蓄電池は既に実用段階で、火力に依存しない新たな余力を生み出せます。政府・電力業界は、これらを総動員してもピークを乗り切れる定量的根拠を示し、国民と投資家の不安を払拭する必要があります。例えば「2030年までにDR×蓄電池×水素火力で○GWの代替予備力を確保する」など具体目標を掲げ、気候リスク下でも大丈夫という安心感を醸成することが重要です。そのためのデータ分析・シミュレーションを丁寧に公開し、ブラックアウトの確率をどこまで下げられるかエビデンスを示しましょう。
課題2:予測精度と判断の限界に備えたオペレーション改革
日本の電力需給計画・運用は、高度に制度化・マニュアル化されています。しかし過去の経験則から作られたルールでは、想定外の事態に柔軟に対応しにくい面があります。たとえば、平時の需給見通しが外れた場合のリアクションや、需給ひっ迫警報発令のタイミングなど、判断基準の硬直が危機を招くケースも考えられます。2021年冬の関東の逼迫では、一部「警報発令があと1時間遅れていたら危なかった」という指摘もありました。
解決の方向性: リアルタイム監視と即応型の需給調整を徹底することです。AI予測を取り入れつつも、万一外れたら即座にDR発動や広域融通を行うオペレーション・手続きを整備しましょう。例えば、事前検討中の「需給逼迫準備情報」(注意報の前段階)を早めに周知し、産業界に準備を促すなど段階的な対応が考えられます。またブラックスタート(全停電復旧)訓練や広域同期の手順見直し等、最悪を想定した演習も必要です。テキサスでは大停電後、ERCOTや企業が総点検を行い、今では緊急時の負荷遮断手順や通知系統を改善しています。日本でも自衛策として、地域ごとの計画停電手順や優先供給先リストなどを現代版にアップデートしておくことが肝要でしょう。
課題3:分散型エネルギー資源の統合不足
日本には潜在的な需要側資源が多く存在します。電気温水器や業務用蓄熱、EV、自家発電設備などです。しかしこれらは十分活用されず、宝の持ち腐れ状態でした。制度上も技術上も統合・制御するプラットフォームが未整備で、せっかくのリソースが需給調整に寄与してきませんでした。
解決の方向性: デジタル技術による分散リソース統合を加速することです。前述の通り、容量市場・調整市場を活かしてアグリゲーターが活躍できる場を整えるべきです。具体的には、早期に独立アグリゲーター制度を導入し、送配電網への接続ルールやデータ共有基盤を整備することが重要です。スマートメーターから需要データをほぼリアルタイムで取得しアグリゲーターに提供する、需要家とアグリゲーター間の標準契約を策定する、といった細部を煮詰めましょう。また、住宅用蓄電池やEVの普及を踏まえ、系統と双方向通信できる機器(アグリゲーション対応機器)の標準化を推進することも必要です。通信プロトコルの標準(例:OpenADR, ECHONET Lite拡張など)やセキュリティ確保も合わせて進めねばなりません。これらは地味ですが市場形成に不可欠です。
課題4:エネルギー効率とピークシフトへのインセンティブ不足
日本の電力需要は他国に比べ効率的と言われますが、潜在的な省エネ余地やピーク負荷緩和余地はまだあります。特に夏場の日中ピークは太陽光導入でかなり和らぎましたが、夕方〜夜のエアコン需要や産業用需要は根強く、ピークカットへの経済的誘導が弱いとの指摘があります。電力料金が硬直的で、ピーク時に使っても安価な定額だったりすると、需要家には節電動機が働きません。
解決の方向性: 電気料金メニューや補助金で、ピークを避け省エネする者が得をする仕組みに転換しましょう。例えば季節別・時間帯別の電力量料金差を拡大し、ピーク時間帯は割高、オフピークは安価に明確化します。さらにピーク契約電力に対する料金(デマンドチャージ)を導入・強化しても良いでしょう。家庭向けにも夜間料金メニューの普及や、デマンドレスポンス参加でポイント還元など民間提携施策を後押しします。政府は省エネ家電や断熱改修への補助を拡充し、夏冬の電力負荷を根元から減らす投資を促してください。また広報キャンペーンで「猛暑に備えエアコンのフィルター掃除を」「冷房設定28℃でも扇風機併用で快適に」等、具体的な節電ノウハウを共有することも行動変容につながります。重要なのは、人々に参加意識を持ってもらうことです。カリフォルニアのFlex Alertのように、電力逼迫を「自分ごと」として捉え協力する文化を育てることが、長期的なレジリエンスに直結します。
課題5:グリッド全体の統合計画欠如
日本は地域毎の電力需給管理が中心で、広域融通や東西連系は限られた容量に留まります。気候変動である地域が猛暑でも他地域はそうでもない、という場合に、電力を大規模に融通させられればリスク分散できます。しかし現状では周波数50/60Hz問題や送電容量の制約で全国レベル最適運用は不十分です。また日本は海外との連系が(事実上)ゼロで、エネルギーアイランド状態です。
解決の方向性: 広域グリッド強化と統合計画の策定が必要です。具体的には東西連系設備の増強(現在の2倍以上に)、北海道・本州間の連系強化、地域間送電線の新増設などハード面の投資を検討しましょう。再エネ大量導入には送電容量拡大が前提なので、これは脱炭素施策としても有効です。同時に、長期的にアジアや欧州との国際連系も視野に入れるべきです。国内に閉じず、広域ネットワークで気候変動リスクを地理的に平準化する視点が重要です。
以上、5つの根源的課題とその方向性を述べました。要約すれば、「再エネ+柔軟性+省エネ」の三位一体で需要ピークと供給不安を克服し、気候変動時代でも電力の安定供給と脱炭素の両立を実現することが日本の目指すべき道です。そのためには技術・制度・人々の意識と行動、すべての要素を総動員するオールジャパン戦略が不可欠でしょう。
幸いにも、世界で得られた知見や日本独自の強み(例えば全国民的節電協力の文化や、高い技術力)が活かせる分野でもあります。本稿で紹介した事例やアイデアが、その一助となれば幸いです。
よくある質問と答え(FAQ)
Q1. 気候適応型電力需給モデルとは何ですか?
A1. 猛暑や寒波などの極端気象の影響を織り込んで電力の需要予測や供給計画を行うモデルです。従来は平均的な気象条件で計画を立てることが多かったですが、気候変動で予想外の需要急増・供給ダウンが起きるため、それらを事前にシナリオに入れて分析・準備する手法を指します。AIを使った高精度需要予測、極端シナリオのシミュレーション、需要側の柔軟性活用などが含まれます。
Q2. 極端気象時に電力需要が増えるのはなぜですか?
A2. 猛暑ではエアコンの冷房需要、寒波では暖房需要が急増するためです。例えば気温35℃を超える猛暑日が来ると、涼を求めてほぼ全家庭・オフィスで冷房がフル稼働し、電力消費が普段の何割も上乗せされます。逆に真冬の寒波では暖房(ヒーター、ヒートポンプ)がフル運転となり、これも大きな電力を使います。結果、平常時には考えられないほどのピーク需要が発生します。加えて、熱波で人口が多い都市部のエアコン需要が同時多発的にピークになることや、寒波で広域一斉に暖房需要が出ることも影響します。
Q3. 需要予測にAIを使うと本当に精度が上がるのですか?
A3. はい、多くの場合で上がることが実証されています。AI、特にディープラーニングは気温や曜日など複数要因と需要の複雑な関係を学習でき、従来の回帰モデルより予測誤差を大幅に減らせます。一例ではLSTMというAIモデルを用いた短期予測で従来比60〜80%も誤差を削減できました。ただし「学習」には過去データが必要で、気候変動のように未経験の領域はAIも苦手です。そのため将来シナリオを作る工夫(気候モデルとの連携など)が重要になります。
Q4. デマンドレスポンス(DR)とはどのような仕組みですか?
A4. DRは電力が足りないときに需要側(消費者)の電力使用を抑えることでバランスを取る仕組みです。具体的には、電力会社やアグリゲーターが企業や家庭に「●時〜●時に電力使用を減らして下さい」と事前契約に基づき依頼し、その代わりに協力者へ報酬を支払います。今はスマートメーターやIoT技術で遠隔から需要を制御でき、たとえばエアコン設定温度を数℃上げたり工場の一部機械を停止したりして、数%〜数十%の負荷削減を達成します。これによりピーク時の需要が下がれば、新たな発電所を動かすのと同じ効果が得られます。緊急時には自治体が節電を呼びかけることもあり、2022年の東京では注意報発令で90%の企業が節電対応し大きな効果を上げました。
Q5. バーチャルパワープラント(VPP)とは何ですか?
A5. VPPは多数の小さな電力リソース(家庭やビルの蓄電池、太陽光、EV、エアコン等)をデジタル制御で束ね、1つの発電所のように機能させる仕組みです。例えば1000台の家庭用蓄電池があれば、合計で数MWの出力調整が可能です。VPPプラットフォームが各家庭の機器と通信し、電力需給に応じて一斉に充放電や負荷調整を行います。これにより、個々は小さく不安定な再エネや需要も、集まれば大規模で信頼性ある電源のように扱えます。VPPはピーク削減や非常時の電力供給に有効で、将来は数十GW規模の潜在力があると期待されています。
Q6. 日本で今後、気候変動に対応した電力政策はどう変わりますか?
A6. 大きくは「脱炭素×レジリエンス」を両立させる方向に進むでしょう。具体的には、再生可能エネルギーを主力電源化しつつ、その変動や極端気象に備える柔軟性リソース(DR・蓄電池等)の市場整備が進みます。容量市場や調整力市場でこうした新リソースが収益を得られるようにし、ガス火力など化石予備力への依存を減らしていく政策です。また送電網の強化・広域化、デジタル技術の活用、需要側の省エネ推進など総合的な施策が講じられるでしょう。政府も気候変動適応計画の中で電力インフラ強靭化を位置づけ、熱波・寒波に強い設備投資への補助や、節電協力へのインセンティブを拡充していくと考えられます。
ファクトチェック・参考情報サマリー
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猛暑・寒波が需給逼迫要因:テキサス州では2021年2月の異常寒波で電力需要が予測を14%上回り、供給不足と相まって大停電に陥った。カリフォルニア州では2022年9月の熱波で需要が51.4GWに達し過去最大を更新。猛暑で冷房需要が急増し、寒波で暖房需要が激増する事実が確認されている。
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気候変動でピーク需要変化:米国の研究によれば、気候変動により冷房ピーク需要は一貫して増加傾向にある一方、暖房ピーク需要は減少傾向でも依然極端寒波が需要ピークを支配する。将来的に電化が進めば冬季ピークも無視できず、夏冬双方の極端シナリオへの備えが必要。
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AI需要予測の精度向上:韓国のLSTM+CNNモデルでは予測誤差を従来より8割〜4割低減し高精度化に成功。アラスカの研究ではAI気象予測と需要モデルの連携で、激しい気候変動下でも地元マイクログリッドの負荷予測を的中させた。NREL開発のSup3rCCは気候モデルを高解像度化し、将来気候の電力需要・再エネ影響を精緻に分析できる。
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デマンドレスポンスの効果:カリフォルニア州は2022年9月6日、熱波で緊急警報を発し住民に節電を要請。30分以内に約200万kW(2GW)の需要減が実現し、大規模停電を回避できた。日本でも2022年6月の需給ひっ迫注意報発令で約9割の事前準備企業が節電を実行し、ピーク需要を数%削減した。エネル・エックス社は2024年夏の猛暑で19日間DRを実施、延べ7GWの需要抑制を提供し供給安定化に寄与した。
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蓄電池・VPPの効果:2020年夏に停電を招いたカリフォルニアの需要46.8GWに対し、2022年夏は51.4GWとより高かったが、新規導入の3.4GWの大規模蓄電池がピーク供給を支え停電を防止。Googleの報告では、北米で100万以上のNestサーモスタットがDRに参加し合計75MWのピーク削減に成功、VPPは2030年までに米国ピーク需要を60GW低減し得ると試算されている。
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容量市場とDR資源:日本の容量市場では4GWのデマンドレスポンス資源が落札され、2024年より本格稼働。2024年9月時点で過去最多19回のDR指令が発令され全て需要削減を達成、最低予備率3%維持に貢献した。NERCは2023年夏の北米見通しで、平常時は概ね余力ありとする一方極端条件では複数地域で供給不足リスクと指摘。特にテキサスはピーク需要予測+6%増で、DR供給力が前年より18%増の3380MWあるが極端熱波&低風況時は予備不足と注意喚起。
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政策動向:EUは需要応答のネットワークコード策定中(2025年導入予定)、米国FERC Order 2222でDERの市場参加を推進中。テキサス州は2021年停電後、発電設備の冬季化規制を導入し再発防止に努めている。日本も気候変動適応計画に電力分野を盛り込み、送配電インフラ強靭化や分散エネ資源活用を進める方針。
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