電気事業法(電事法)とGX脱炭素電源法の最重要ポイントを30のFAQで解説

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

むずかしいエネルギーをかんたんに
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目次

電気事業法(電事法)とGX脱炭素電源法の最重要ポイントを30のFAQで解説

日本のエネルギー政策が、歴史的な転換点を迎えています。生成AIやデータセンターの急増による電力需要の爆発的な増加予測 1、地政学リスクの高まりによる燃料価格の不安定化 2、そして2050年カーボンニュートラルという待ったなしの国家目標。この3つの巨大な課題、いわゆる「エネルギーのトリレンマ」に、日本は真正面から向き合わざるを得ません。

その国家的な回答こそが、通称「GX(グリーン・トランスフォーメーション)脱炭素電源法」によって大幅に改正された、2025年時点の電気事業法を中心とする法体系です。これは単なる法律改正ではありません。日本の未来の電力供給体制を根底から再設計し、脱炭素、安定供給、経済成長を同時に実現しようとする、壮大な国家戦略そのものです。

この記事では、エネルギー分野の事業者、投資家、そして大規模な電力需要家まで、すべてのステークホルダーが知るべき電気事業法の最重要事項を、30のFAQ(よくある質問)形式で、網羅的かつ体系的に解き明かします。

法改正の表面的な解説にとどまらず、その背景にある政策思想、業界への具体的な影響、そして日本が直面する本質的な課題と機会まで、専門家の視点から深く掘り下げていきます。

これから6つのパートに分けて、高次元の政策ビジョンから、再エネ、原子力、電力市場、送電網、そして保安・コンプライアンスといった現場レベルの実務まで、皆様を日本のエネルギー新時代の核心へとご案内します。

第1部:グランドデザイン – GX、脱炭素、そしてエネルギー安全保障

まず、一連の法改正の背景にある大きな設計図を理解することから始めましょう。なぜ今、これほど大規模な変革が必要なのか。ここでは、日本の新たな国家戦略「GX」の全体像と、それが電気事業法に与えた根本的な影響を解き明かします。

FAQ 1:そもそも「GX脱炭素電源法」とは何ですか?なぜこれほど重要なのでしょうか?

「GX脱炭素電源法」は正式名称を「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律」といい、その名の通り、単一の法律ではありません 3。これは、電気事業法、再生可能エネルギー特別措置法(FIT/FIP法)、原子力基本法など、エネルギー関連の主要5法をまとめて改正する「束ね法案」です 3

この法律の核心的な目的は、脱炭素化を進めながら、将来にわたって電力の安定供給を確保できる新たな体制を構築することにあります 3。その背景には、政府が2023年2月に閣議決定した「GX実現に向けた基本方針」という、より大きな国家戦略が存在します 5

この法改正が極めて重要なのは、これが単なる環境対策ではないからです。ロシアによるウクライナ侵攻を契機とした世界的なエネルギー危機への対応という安全保障上の要請と、脱炭素という地球規模の課題解決を、日本の経済成長の機会へと転換しようとする野心的な試みです 2。つまり、

①脱炭素、②エネルギーの安定供給、③経済成長という3つの目標を同時に達成するための、法的な基盤を整備するものなのです 5

FAQ 2:2025年以降、日本の「エネルギー安全保障」の考え方はどう変わるのですか?

伝統的に、日本のエネルギー安全保障は、中東など海外からの化石燃料の輸入ルートをいかに確保するかが中心でした。しかし、GXの枠組みの下で、その定義は大きく変わります。

新しいエネルギー安全保障の考え方は、再生可能エネルギーや原子力といった国内の脱炭素電源の比率を高めることによる「エネルギー自給率の向上」そのものを重視します 2。化石燃料への依存度を下げることが、地政学的なリスクや燃料価格の乱高下から日本経済を守る最も確実な方法だと認識されるようになったのです。

もちろん、従来の「S+3E(安全性+安定供給、経済効率性、環境適合)」というエネルギー政策の基本原則は維持されます 7。しかし、その中身の優先順位が変化しています。特に「Energy Security(安定供給)」の実現方法として、国内でコントロール可能な脱炭素電源を最大限活用することが、これからの安全保障の要と位置づけられています。

同時に、新たなリスクへの対応も求められます。例えば、太陽光パネルや蓄電池などのグリーン技術に不可欠な重要鉱物のサプライチェーン確保や、デジタル化された電力システムを狙うサイバー攻撃への防御といった、新しい時代の安全保障の課題にも取り組む必要があります 8

FAQ 3:新しい「カーボンプライシング(化石燃料賦課金)」とは何ですか?エネルギー分野にどう影響しますか?

GX戦略の経済的なエンジンとなるのが、2028年度から導入される「化石燃料賦課金」という新たなカーボンプライシング制度です 6

これは、石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料を輸入する事業者に対し、その輸入量に応じてCO2排出量に見合った賦課金を課すものです 6。この制度のユニークな点は、集められた資金の使い道にあります。賦課金収入は、「GX経済移行債」という新たな国債の償還原資となります。そして、この国債によって調達された資金(今後10年間で20兆円規模)が、企業の脱炭素に向けた研究開発や設備投資への大胆な先行支援に使われるのです 6

これは「成長志向型カーボンプライシング」と呼ばれるモデルです。単に排出にペナルティを課すだけでなく、その負担が未来のグリーン産業への投資へと還流する仕組みを構築しています。炭素に価格を付けることで、GX関連製品・事業の付加価値を高め、先行して脱炭素に取り組む企業にインセンティブを与える。この「罰」と「アメ」を組み合わせた仕組みによって、産業全体のGXを加速させることが狙いです 6エネルギー事業者にとっては、化石燃料のコスト増という直接的な影響がある一方で、脱炭素技術への投資に対する強力な支援策が用意されることになります。

FAQ 4:日本の長期的なエネルギーミックスの将来像と、その不確実性とは何ですか?

政府は、次期エネルギー基本計画を2040年を見据えた「GX2040ビジョン」と一体的に策定する方針を示しています 1。しかし、その将来像を描く上で、極めて大きな不確実性が存在します。それが、

AI、データセンター、半導体工場などの急増による電力需要の大幅な増加です 1

電力広域的運営推進機関(OCCTO)は、2029年度までの電力需要が年率0.6%程度で増加するとの見通しを公表していますが 1生成AIの普及などを考慮すると、需要は想定を上回るペースで増加する可能性が高いと見られています。政府の目標は、この増え続ける需要を、火力発電ではなく、新たに拡大する脱炭素電源で賄うことです 1

ここに、深刻な「リードタイム・ギャップ」という問題が潜んでいます。データセンターや半導体工場は比較的短期間(数年)で建設できますが、大規模な発電所や基幹送電線の建設には10年以上の歳月が必要です。つまり、需要が現実のものとなってから電源や送電網の計画を立てていては、到底間に合わないのです。

この課題に対応するため、将来の需要増加を先取りして、脱炭素電源や系統設備への投資を前倒しで進めるための事業環境整備が、今回の法改正の重要な柱の一つとなっています 1

第1部の要点:リアクティブな政策から、プロアクティブな産業戦略への転換

これまでの日本のエネルギー政策は、石油ショックや福島第一原発事故といった出来事に対応する「リアクティブ(受動的)」な性格が強いものでした。しかし、GX脱炭素電源法が示す方向性は、根本的に異なります。これは単なる規制の集合体ではなく、未来の産業構造を能動的に創り出す「プロアクティブ(能動的)な産業戦略」です。

化石燃料賦課金というカーボンプライシングを導入し 6、その収益をGX経済移行債を通じてグリーン分野への投資に振り向ける 6。これは、政府が市場メカニズムを活用しつつ、国家として注力すべき技術分野へ民間投資を誘導しようとする明確な意思の表れです。同時に、AIによる未来の電力需要を予測し 1、それに応えるための送電網整備計画を前倒しで進める 4

これらの施策は、エネルギー政策、気候変動対策、そして産業政策を一体のものとして捉え、計画的に推進しようとするものです 1。電気事業法はもはや、電力会社を規制するための法律にとどまりません。脱炭素時代における日本の国際競争力を確保するための、国家産業戦略の中核をなす法律へと、その役割を大きく変えたのです。

第2部:再生可能エネルギーの大改革 – FITを超え、市場統合へ

GX戦略の主役の一つが再生可能エネルギーです。しかし、その導入方法は大きな転換期を迎えています。ここでは、再エネ事業者や投資家が直面する新たな現実を詳述します。コストを管理し、社会的な受容性を確保しながら、導入をいかに加速させるか。そのための具体的な新制度を一つひとつ見ていきましょう。

FAQ 5:2025年に導入される太陽光発電の新しい「初期投資支援スキーム」とは何ですか?

これは、2025年10月から導入される、太陽光発電のFIT(固定価格買取制度)/FIP(フィード・イン・プレミアム)制度における画期的な新しい価格設定の仕組みです 10

具体的には、買取期間を前半と後半に分け、前半の買取価格を高く、後半を低く設定する二段階の価格体系を導入します 12

  • 住宅用太陽光(10kW未満):最初の4年間は24円/kWhと非常に高い価格が適用され、5年目から10年目までは8.3円/kWhに下がります 12

  • 事業用太陽光(屋根設置):最初の5年間は19円/kWh、6年目から20年目までは8.3円/kWhとなります 12

この「収益の前倒し(フロントローディング)」が狙うのは、投資回収期間の短縮です 13。近年、FIT価格の低下に伴い、事業開始当初の収支が厳しくなり、新規投資の意欲を削ぐ一因となっていました。この新スキームは、プロジェクト全体の国民負担総額を増やすことなく、初期のキャッシュフローを改善することで、投資家や事業者が参入しやすくするものです 12

FAQ 6:2025年度のFIT/FIP買取価格は、電源別にどうなっていますか?

2025年度の買取価格は、電源の種類や規模、そして上半期(9月30日まで)と下半期(10月1日以降)で細かく設定されています。特に太陽光発電では、下半期から前述の「初期投資支援スキーム」が導入される点が大きな変更点です 11。また、大規模な事業用太陽光や風力発電では、入札制度によって価格が決定される範囲が拡大しています 11

以下に、主要な電源の価格体系をまとめます。

電源種別 規模 2025年度上半期(~9/30) 2025年度下半期(10/1~) 買取期間
太陽光発電 住宅用(10kW未満) 15円/kWh 初期投資支援スキーム 1~4年目:24円/kWh 5~10年目:8.3円/kWh 10年
事業用(屋根設置・10kW以上) 11.5円/kWh 初期投資支援スキーム 1~5年目:19円/kWh 6~20年目:8.3円/kWh 20年
事業用(地上設置・10kW~50kW未満) 10円/kWh 9.9円/kWh 20年
事業用(地上設置・50kW以上、入札対象外) 9.2円/kWh 8.9円/kWh 20年
事業用(250kW以上、FIP対象) 入札により決定(上限8.90円~) 入札により決定(上限8.75円~) 20年
陸上風力発電 50kW未満(FIT対象) 13円/kWh 13円/kWh 20年
50kW以上(FIP対象) 入札により決定(上限13円) 入札により決定(上限13円) 20年
バイオマス発電 一般木材等(1万kW未満) 24円/kWh 24円/kWh 20年

出典: 経済産業省の発表資料 10 に基づき作成。価格は税抜。詳細な条件は必ず公式資料をご確認ください。

FAQ 7:「地域共生」とは具体的に何を意味し、どのような新ルールが課されますか?

これは、一部のずさんな再エネ開発事業によって、景観破壊、土砂災害リスク、騒音などの問題が発生し、地域住民の反対運動が各地で高まったことへの直接的な対応です 14

GX脱炭素電源法および関連ガイドラインは、事業者に対して「地域との共生」を達成するための、より厳格なルールを課しています 4。主な新ルールは以下の通りです。

  • 事前周知義務:FIT/FIP認定を申請する前に、事業計画の内容を周辺地域の住民に対して説明会などで事前に周知することが義務化されました 4。これは事業譲渡の際にも適用されます。

  • 許認可の事前取得:従来は認定後でも可能だった森林法に基づく林地開発許可など、防災に直接影響するような重要な許認可を、認定申請前に取得することが求められるようになりました 4

  • 適切な管理と廃棄の徹底:事業期間中の安全管理や、将来の設備の適正な廃棄・リサイクルに関する計画性と責任が、これまで以上に強く求められます 14

これらの変更は、再エネ事業の開発プロセスを根本から変えるものです。これまでは「まず国の認定ありき」で進められた事業も、今後は「まず地域の理解と各種法令の遵守ありき」でなければ、スタートラインにすら立てなくなります。

FAQ 8:もし再エネ事業者がこれらの新ルールに違反したらどうなりますか?

法律は、違反事業者に対して極めて強力な執行手段を導入しました。それがFIT/FIP支援の一時留保・返還命令です 4

具体的には、事業者が環境法令や安全規制などに違反した場合国は国民負担で賄われている買取価格の上乗せ分(プレミアム)の支払いを一時的に停止できます 4。この間、事業者は市場価格でしか電気を売れなくなり、収益は大幅に悪化します。

さらに、違反状態が是正されない場合には、国は過去に支払った支援額(プレミアム分)の返還を命じることまで可能になりました 4。これは、事業の採算性を根底から覆しかねない、非常に厳しい措置です。この「事業収益とコンプライアンスの直接的な連動」により、事業者がルールを遵守する強い経済的インセンティブが生まれることになります。

FAQ 9:送電網の接続枠を確保したまま開発しない「空押さえ」問題に、政府はどう対応していますか?

「空押さえ」とは、再エネ事業者が送電網への接続枠だけを先に確保し、資金調達の遅れなどを理由に実際の発電所建設に着手しない問題です。これにより、本当に建設準備が整っている他の優良な事業者が、接続枠がないために開発を進められないという事態が多発していました。

この問題に対し、政府は制度の見直しを進めています 18。具体的な対策としては、接続契約から運転開始までの

期間をより厳格に設定し、正当な理由なく遅延する事業者にはペナルティを課す、あるいは接続枠を失効させるといった措置が検討・導入されています。

これは、限りある送電網という公共インフラを、より効率的かつ公平に利用するための重要な改革です。これにより、本気で事業化を目指すプロジェクトに優先的に接続枠が配分されることが期待されます。

FAQ 10:再エネの「出力制御( curtailment )」のルールはどう変わりますか?

出力制御とは、電力の供給が需要を上回り、大規模停電(ブラックアウト)の危険がある場合に、再エネ発電所の出力を一時的に抑制することです。再エネ導入量の増加に伴い、この出力制御の頻度と量が大きな課題となっています。

これまでのルールは、年間で一定の日数(例えば30日など)を上限とする比較的単純なものでした。しかし、より精緻な需給管理を目指すため、ルールは「時間制への移行」が進められています 18

これは、年間の日数上限ではなく、より細かい時間単位で制御量を管理する方式です。これにより、電力システムの状況に応じて、より柔軟かつダイナミックに出力制御を実施できるようになります。例えば、需要が極端に少ない数時間だけ出力を抑え、他の時間帯では最大限発電を認める、といったきめ細かな運用が可能になります。この精緻化は、送電網が受け入れられる再エネの総量を最大化し、貴重なクリーンエネルギーの無駄を最小限に抑えるために不可欠な進化です。

第2部の要点:再エネセクターの「成熟期」への移行

2012年のFIT制度開始以降の約10年間は、いわば再エネの「導入拡大期」でした。太陽光発電を中心に、とにかく量を増やすことが最優先されました 14。その結果、発電量に占める再エネ比率は20%を超えるという大きな成果を上げましたが、同時に、高水準の国民負担 8、地域とのあつれき 14、送電網の不安定化 18 といった「成長の痛み」も顕在化しました。

2025年の新制度は、これらの第二世代の問題群に対応するためのものです。収益性を確保しつつ国民負担を抑制する巧妙なFIP制度(初期投資支援スキーム) 10、厳格な地域共生ルール 15、強力な法執行メカニズム 4、そして高度化された出力制御ルール 18。これらはすべて、再エネが直面する課題を克服し、次のステージに進むための施策です。

もはや「何でもよいから増やす」時代は終わりました。新しい法体系は、再エネセクターの「成熟期」への移行を告げています。政府は再エネを、補助金漬けのニッチな電源としてではなく、信頼性、経済性、そして社会的受容性を備えた、国家の基幹インフラの一部として扱おうとしています。これは、すべての再エネ事業者に対して、より高度なプロフェッショナリズムと説明責任を求める、時代の大きな変化なのです。

第3部:原子力の問い – 新たな活路は開かれるか?

日本のエネルギー政策において、最も議論を呼ぶテーマが原子力です。GX脱炭素電源法は、この原子力の位置づけを大きく転換させました。ここでは、物議を醸しつつも、日本のエネルギーの未来にとって極めて重要な原子力を巡る法改正の核心に迫ります。

FAQ 11:原子力発電所の運転期間を40年超に延長する新ルールとは、どのようなものですか?

電気事業法が改正され、原則「40年」とされてきた原発の運転期間を、実質的に延長することが可能になりました 3

最大の変更点は、運転期間の計算方法です。福島第一原発事故後の新規制基準への対応や、裁判所の仮処分命令など、事業者が予見しがたい理由で停止していた期間を、40年という運転期間から除外できることになったのです 4

ただし、無制限の延長は認められません。延長期間は最大でも20年、合計の運転期間は60年が上限となります。そして、この延長を実現するには、2つの異なる承認が必要です。まず、経済産業大臣が安定供給への貢献や事業者の体制などを審査して「事業」としての認可を与え、それに加えて、原子力規制委員会(NRA)が「安全性」を厳格に審査し、認可することが大前提となります 4

これは、既存の原発を再稼働させ、より長く活用することが、当面の電力需給の安定と脱炭素目標の達成に不可欠であるという、政府の現実的な判断を法制化したものです。

FAQ 12:高経年化した原子炉への安全規制は、どのように強化されたのですか?

運転期間の延長という「アメ」と同時に、安全規制の強化という「ムチ」も導入されました。これは、延長に対する国民の懸念に応えるための重要な措置です。

具体的には、原子炉等規制法(炉規法)が改正され、運転開始から30年を超えた原子炉を持つ事業者に対し、10年以内ごとに設備の劣化状況に関する詳細な技術評価を行うことが新たに義務付けられました 3

事業者は、この評価結果に基づき、「長期施設管理計画」を作成し、原子力規制委員会の認可を受けなければ、運転を継続できなくなります 4。これにより、一度きりの「寿命判断」ではなく、定期的な劣化評価とそれに基づく保守計画の策定・認可という、継続的な安全審査プロセスが法的に担保されることになりました。政府は、「年数そのものではなく、厳格かつ継続的な評価によって証明される安全性が重要である」というメッセージを発信しているのです。

FAQ 13:原子力の「廃炉」を管理・推進するための新しい枠組みとは何ですか?

今後、国内の多くの原発が寿命を迎え、廃炉の段階に入ります。この巨大で長期にわたる国家的な課題に効率的に対応するため、廃炉を一元的に管理・支援する新たな枠組みが創設されました。

具体的には、これまで使用済燃料の再処理などを担ってきた「使用済燃料再処理機構(NuRO)」の役割が大幅に拡充されます 4。新しいNuROは、全国の電力会社の廃炉作業を総合的に調整し、技術的な助言や指導を行うほか、廃炉に必要な技術の研究開発や、特殊な設備・資材の共同調達なども担います。

これは、各電力会社が個別に試行錯誤するのではなく、国レベルで知見やリソースを集約し、廃炉プロセス全体を効率化・高度化しようとする狙いがあります。

FAQ 14:廃炉の費用は、どのように確保されるのですか?

廃炉には数兆円規模の莫大な費用がかかります。この費用を将来の世代に先送りすることなく、確実に確保するため、新たな資金管理制度「廃炉拠出金制度」が導入されました 4

この制度により、原子力事業者(電力会社)は、原発の運転期間中から、法的に定められた拠出金を、前述のNuROが管理する基金に納付することが義務付けられます 19。これにより、廃炉に必要な資金が、事業者の経営状況に左右されることなく、計画的かつ確実に積み立てられることになります。

これは、原発を運転して利益を得た事業者が、その「後始末」の費用まで責任を持って負担するという原則を、法的に明確にしたものです。将来の財務リスクを未然に防ぐための重要な制度と言えるでしょう。

第3部の要点:移行期を支える「現実的ピボット」としての原子力

福島第一原発事故後、日本の政治的なコンセンサスは「脱原発」へと大きく傾きました。しかし、2020年代に入ってからのエネルギー危機と、脱炭素化というあまりに高いハードルは、この政策の軌道修正を余儀なくさせました 3

政府は、再エネだけに依存し、同時に火力発電所を削減していくシナリオでは、中期的に電力の安定供給や価格の安定を維持することが極めて困難であるという現実に直面したのです 2

GX脱炭素電源法における一連の原子力関連の改正 4 は、この状況を打開するために、慎重に構築された法的メカニズムです。既存の原子力資産を安全確保の大前提のもとで再稼働させ、より長く運転させる。これにより、再エネと蓄電池技術が完全に成熟するまでの「移行期間」を支える、安定的かつCO2を排出しないベースロード電源として原子力を活用する。

これは、日本のエネルギー政策における「現実的なピボット(方針転換)」を法的に確定させるものです。原子力はもはや、段階的に廃止すべき過去の技術ではなく、エネルギー移行期に不可欠な、論争的ではあるが重要な構成要素として再定義されたのです。政府は、政治的・社会的なリスクを管理しつつ、原子力がもたらす安定供給と脱炭素という便益を追求する道を選んだと言えます。

第4部:転換期の電力市場 – 供給力、競争、そして消費者保護

2016年に始まった電力小売全面自由化は、日本の電力システムに大きな変化をもたらしました。しかし、競争の促進だけでは解決できない課題も浮き彫りになりました。ここでは、政府が市場の失敗を是正し、安定供給と価格安定というシステムの根幹をいかに守ろうとしているのか、その複雑な市場改革の最前線を探ります。

FAQ 15:「容量市場」と「需給調整市場」とは何ですか?なぜ必要なのですか?

これらは、電力自由化後の市場における重要な「補完メカニズム」です。

  • 容量市場(Capacity Market):これは、将来の電力供給力(kW)を確保するための市場です。電力会社は、数年先の電力需要を満たすために必要な発電設備を維持・建設する対価として、この市場から収入を得ます 20

  • 需給調整市場(Supply-Demand Adjustment Market):これは、電力の需要と供給のズレを秒単位で調整するための「調整力(ΔkW)」を取引する市場です。発電所が急に出力を上げ下げする能力に対して、対価が支払われます 20

なぜこれらが必要なのでしょうか。それは、電気を売った量(kWh)に応じてのみ対価が支払われる通常の卸電力市場だけでは、いざという時のためのバックアップ電源が維持できなくなるからです。太陽光などの再エネが増えると、普段は稼働率が低い火力発電所などは採算が悪化し、次々と廃止されてしまいます 2。しかし、そうした電源は、天候が悪く再エネが発電しない時や、需要が急増した時には不可欠です。容量市場や需給調整市場は、こうした「待機していること」や「柔軟に動けること」自体に価値を与え、必要な供給力が市場から退出してしまうのを防ぐためのセーフティネットなのです。

FAQ 16:小売電気事業者に課される新しい「kWh供給能力の確保義務」とは何ですか?

これは、電力小売市場の安定化に向けた、極めて重要な制度変更です。今後、小売電気事業者は、将来の電力供給量(kWh)を、あらかじめ一定割合確保することが法的に義務付けられます。

経済産業省が提示した案では、実需給年度の3年前に想定需要の50%、1年前に70%の供給力を、長期契約などで確保することが求められます 22。この義務を履行できない事業者には、

小売電気事業者としての登録取り消しという厳しい罰則も検討されています 22

この制度が導入される背景には、近年の市場の混乱があります。十分な電源を確保(ヘッジ)していなかった一部の新電力が、卸電力市場(JEPX)の価格高騰に直面して経営破綻し、多くの消費者に影響が及んだという苦い経験があります 2。この新しい義務は、小売事業者に無責任な価格変動リスクの転嫁を許さず、安定的な電力調達を促すためのものです。

FAQ 17:この新しい義務は、消費者の電気料金にどう影響しますか?

この制度の直接的な目的は、短期的な値下げではなく、「価格の安定化」です 22

小売事業者が変動の激しいスポット市場への依存を減らし、より長期の安定した契約に基づいて電力を調達するようになれば、燃料価格の急騰などが起きても、消費者が直面する電気料金の急激な値上がりリスクを抑制することができます 23

これは、電力市場のあり方を大きく変えるものです。自由化当初の純粋な価格競争の時代から、事業者の財務的な健全性や供給責任をより重視する、新たな規制のフェーズへと移行していることを示しています。消費者にとっては、極端な価格変動に晒されるリスクが減るというメリットが期待されます。

FAQ 18:卸電力取引所(JEPX)の価格は、現在どのような傾向にありますか?

JEPXのスポット価格は、近年、劇的な変動を経験しました。特に2022年にはウクライナ危機を背景とした燃料価格高騰で歴史的な高値を記録しましたが、その後は比較的落ち着きを取り戻しています 24

現在の価格動向の最大の特徴は、「時間帯による価格差の拡大」です。日中の時間帯は、太陽光発電の大量導入により供給が潤沢になり、価格がゼロ円近くまで下がることも珍しくありません。一方で、太陽光が発電を終え、需要が増加する夕方のピーク時間帯には、価格が高騰しやすくなっています 24

この「昼は安く、夕方は高い」という価格ダイナミクスは、もはやJEPXの常態となっています。そしてこの価格差こそが、蓄電池を導入して安い昼間の電力を貯め、高い夕方に使う(あるいは売る)というビジネスモデルや、デマンドレスポンスの経済的な価値を急速に高めているのです。

FAQ 19:家庭向けの「経過措置料金(規制料金)」は廃止されるのですか?

いいえ、当面は存続します。

経過措置料金とは、電力自由化後も、旧一般電気事業者(大手電力会社)が提供を義務付けられている、国の認可を受けた上限付きの料金メニューです。これは、競争が不十分な状況で消費者が不利益を被らないようにするためのセーフティネットとして機能しています。

政府は、この経過措置料金を解除するための条件として「公正な競争環境が確保されていること」を挙げていますが、大手電力会社によるカルテルや顧客情報の不正閲覧といった問題が発覚したことなどから 26現時点ではその条件は満たされていないと判断しています。そのため、多くの家庭が契約しているこの規制料金は、引き続き維持されることになりました 2

これは、競争促進という自由化の理念と、消費者保護という現実的な要請との間で、政府が慎重なバランスを取っていることを示しています。

第4部の要点:振り子は「管理された競争」へと戻る

2016年以降の電力システム改革は、規制緩和と自由競争によって効率化と料金抑制を実現するという、市場原理への強い信頼に基づいていました 27。しかし、2020年代初頭に経験した価格の乱高下、小売事業者の相次ぐ倒産、そして大手電力による不正事案 2 は、重要な社会インフラである電力事業において、純粋な自由放任主義アプローチの限界を露呈させました。

容量市場の本格稼働 20、小売事業者へのkWh供給義務の導入 22、そして規制料金の存続 26。これらはいずれも、政府による市場への強力な介入です。

これは、電力市場の理念が、純粋な自由競争から「管理された競争(Managed Competition)」へと、振り子が戻りつつあることを示唆しています。政府はもはや単なる審判役ではありません。安定供給や安全保障といった国家的な政策目標を達成するために、市場のルールを積極的に設計し、その結果を管理しようとしています。「市場に任せる」から、「市場は国家目標を達成するためのツールであり、そのように設計されなければならない」へと、その根底にある哲学が変化しているのです。

第5部:未来の送電網 – 電線、蓄電池、そしてスマートな需要

GX革命を支えるのは、法律や市場制度だけではありません。それを物理的に実現するための、強靭でスマートな電力網(グリッド)の構築が不可欠です。ここでは、日本の電力インフラを根底から変える巨大な投資と、それを支える新たな規制について解説します。

FAQ 20:現在進められている主要な送電網増強プロジェクト、特に北海道・本州間の直流連系線の計画とは何ですか?

日本の再エネポテンシャルを最大限に引き出すため、全国規模での送電網増強計画、通称「広域連系系統のマスタープラン」が策定されています 8。この計画は、今後10年間で過去10年間の8倍以上にあたる1,000万kW(10GW)以上の連系線増強を目指すという、極めて野心的なものです 8

その象徴的なプロジェクトが、北海道と本州を結ぶ新たな直流連系線(北海道本州間連系設備・日本海ルート)の新設です。北海道には国内屈指の風力発電ポテンシャルが眠っていますが、現状の送電網ではその電力を本州の大消費地に送ることができません 29。この新ルートが完成すれば、新たに200万kW(2GW)の送電容量が確保され、北海道の再エネ開発が飛躍的に進むと期待されています 30。これはまさに、日本のエネルギー地図を塗り替える国家プロジェクトです。

FAQ 21:政府は、これらの巨大な送電網投資をどのように後押ししているのですか?

数千億円から1兆円規模にもなる送電網への投資は、民間企業である送配電事業者にとって極めて大きなリスクを伴います。この投資を加速させるため、GX脱炭素電源法は新たな支援制度を導入しました 4

その核心は、経済産業大臣が特に重要な送電線整備計画を「認定」する制度です。この認定を受けたプロジェクトについては、送配電事業者は、従来のように設備が完成して運転を開始するのを待たずに、工事に着手した段階から、託送料金(電気料金の一部)を通じて投資費用を回収し始めることが可能になります。さらに、電力広域的運営推進機関(OCCTO)が、整備に向けた貸付業務を行うこともできるようになりました 4

これらの措置は、事業者の資金繰りを大幅に改善し、投資リスクを低減させるものです。これにより、国家的に重要なインフラ整備が、民間投資によって迅速に進む環境が整えられました。

FAQ 22:蓄電システム(蓄電所)に関する新しい保安規制とはどのようなものですか?

グリッドスケールの大型蓄電池は、再エネの出力変動を吸収し、電力の安定供給を支える未来の電力網のキーテクノロジーです。この蓄電池の本格的な普及を見据え、改正法は「蓄電所」という新たな区分を電気工作物の中に明確に定義しました 31

これにより、蓄電システムは、発電所や変電所と同様に、明確な保安規制や技術基準の対象となります 31。これまで法的な位置づけが曖昧だった蓄電システムに対して、しっかりとした安全規制の枠組みが与えられたのです。これは、投資家にとっては事業の予見性が高まり、社会にとっては新しい重要インフラが安全に建設・運用されることを保証する、極めて重要な一歩です。

FAQ 23:デマンドレスポンス(DR)とは何ですか?なぜ政府はこれほど強力に推進しているのですか?

デマンドレスポンス(DR)とは、電力の需要家(消費者)が、電力会社からの要請に応じて、賢く電力使用量を抑制したり、使用する時間帯をずらしたりすることで、電力需給のバランス調整に協力する仕組みです 5

例えば、電力需給が逼迫する夏の夕方に、DRに参加する家庭や工場が一斉に節電すれば、あたかも一つの発電所が稼働したかのような効果が得られます。このため、DRは「仮想発電所(Virtual Power Plant, VPP)」とも呼ばれます。

政府がDRを強力に推進する理由は、これが電力網の柔軟性(フレキシビリティ)を確保するための、最も安価で迅速な手段の一つだからです。再エネの導入が増えるほど、電力供給は天候に左右され、不安定になります。この変動を吸収するために次々と新しい発電所を建設するのは、時間もコストもかかります。DRは、需要側をインテリジェントに制御することで、この課題に効率的に対応する道を開くのです。

FAQ 24:2025年度に、DR対応の家庭用蓄電池を導入する際に利用できる補助金はありますか?

はい、極めて手厚い補助金が用意されています。それが「家庭用蓄電システム導入支援事業」、通称「DR補助金」です 33

2025年度の制度では、DRへの参加を条件に家庭用蓄電池を導入する世帯に対して、最大60万円の補助金が交付されます 33。具体的な補助額は、以下のうち最も低い金額となります。

  1. 蓄電池の初期実効容量 1kWhあたり3.7万円

  2. 設備費と工事費の合計額の3分の1

  3. 上限額60万円

ただし、この補助金を受けるには、導入する蓄電池システムの価格が、国が定める目標価格(1kWhあたり13.5万円(税抜))以下である必要があります 34

これは、家庭に蓄電池の導入を促し、それらを束ねて巨大な分散型グリッドリソースを創出しようとする、政府の明確な戦略的投資です。ただし、補助金には予算があり、申請が殺到すれば早期に締め切られる可能性があるため、注意が必要です 35

第5部の要点:グリッドは「プラットフォーム」へと進化する

かつての電力網は、大規模な中央集権型の発電所から、受動的な消費者へと電力を一方通行で送り届ける、単純な「パイプライン」でした。しかし、2025年の法制度が目指す未来のグリッド像は、全く異なります。

北海道から本州へと電力を融通する巨大な連系線 30、電力の需給バランスを調整するグリッドスケールの蓄電所 31、そしてDRを通じてグリッドと双方向に連携する無数の家庭用蓄電池 33。これらの要素が組み合わさることで、電力網は、多方向かつダイナミックなエネルギーの流れを管理する、複雑で知的な「プラットフォーム」へと進化を遂げます。

もはや、単に電子を送り届けるだけではありません。地域間、時間軸を越えてエネルギーを融通し、蓄え、需要を賢く制御する。2025年の法整備と巨額投資は、このはるかに高度で技術的に困難な、新しい電力網のビジョンを実現するためのものなのです。

第6部:揺るがぬ礎 – 保安、コンプライアンス、そしてサイバーセキュリティ

いかに高度なエネルギーシステムを構築しても、その根底にある安全性と信頼性が確保されなければ、すべては砂上の楼閣です。最後のパートでは、システム全体を支える保安規制、コンプライアンスの新たな要請、そしてデジタル化時代における最大の脅威であるサイバーセキュリティについて、その重要性と具体的な対策を解説します。

FAQ 25:小規模な事業用電気工作物(小規模事業用電気工作物)に関する新しい保安ルールとは何ですか?

これは、主に出力10kW以上50kW未満の太陽光発電設備などを対象とする、新しい規制カテゴリーです 36

これまで、これらの小規模な事業用設備は、自家用電気工作物の中でも規制が比較的緩やかでした。しかし、その数が急増するにつれて、長期的な安全性やメンテナンスへの懸念が高まっていました。

新しい制度では、これらの設備を「小規模事業用電気工作物」と位置づけ、主任技術者の選任は不要なものの、新たな義務を課しています。具体的には、

  1. 設置時だけでなく、継続的に技術基準への適合状態を維持する義務 37

  2. 設備の基礎的な情報を国に届け出る義務 37

が新設されました。これにより、これまで規制の隙間にあった数多くの小規模設備が、より正式な保安監督の枠組みの中に取り込まれることになります。

FAQ 26:電気事業法に違反した場合の罰則はどのようになっていますか?

罰則は、違反の内容によって大きく異なります。

最も重いものでは、一般送配電事業や送電事業といった基幹的な電力事業を無許可で営んだ場合で、3年以下の懲役または300万円以下の罰金(またはその両方)が科されます 37

一方で、前述の小規模事業用電気工作物の設置に関する届出義務違反の場合は、10万円以下の過料となります 37

再エネ事業者が地域共生ルールに違反した場合のFIT/FIP支援の停止・返還命令(FAQ 8)のように、直接的な罰金・罰則以外にも、事業の採算性を揺るがす厳しいペナルティが存在します。電力事業に関わるすべての事業者は、規模の大小にかかわらず、自らに適用される法規制と、それを遵守しなかった場合のリスクを正確に理解しておくことが不可欠です。

FAQ 27:なぜ今、電気事業法でサイバーセキュリティがこれほど重視されるのですか?

それは、電力システムのデジタル化が急速に進んだ結果、サイバー攻撃の対象となる領域(アタックサーフェス)が爆発的に増大したためです 38

スマートメーター、発電所の遠隔監視制御システム、そして無数の分散型エネルギーリソース(DER)。これらはすべてネットワークに接続されており、電力システムの効率化に貢献する一方で、ハッカーの侵入口となる潜在的な脆弱性を抱えています。もし電力制御システムがサイバー攻撃を受ければ、大規模な停電を引き起こすだけでなく、発電設備などの物理的な破壊につながる恐れさえあります。

このような新たな脅威に対応するため、改正電気事業法は、重要な電気工作物についてサイバーセキュリティを確保することを、法的な義務として明確に規定したのです 9。これは、エネルギー安全保障の概念が、物理的な燃料確保からデジタル空間の防衛へと拡大したことを象徴しています。

FAQ 28:電力事業者が遵守すべき主要なサイバーセキュリティ・ガイドラインとは何ですか?

国は、法律で定められたサイバーセキュリティ確保義務を具体化するため、詳細なガイドラインを策定し、これに準拠することを求めています。特に重要なのは以下の2つです。

  1. 電力制御システムセキュリティガイドライン(JEAG1111) 39:発電所や送配電網の中央給電指令所など、電力システムの根幹をなす制御システムを対象としています。

  2. 自家用電気工作物に係るサイバーセキュリティの確保に関するガイドライン 40:工場やビルなどが設置する自家用電気工作物の遠隔監視制御システムなどを対象としています。

これらのガイドラインは、事実上の技術基準として法体系に組み込まれており 9、単なる努力目標ではありません。ガイドラインが求める対策には、セキュリティ管理責任者の任命、従業員への教育、ネットワークの分離・防御、アクセス管理、インシデント発生時の対応計画策定などが含まれます 40

FAQ 29:これらのサイバーセキュリティ・ルールは、電力会社以外の一般企業にも適用されますか?

はい、適用されます。 そして、これは多くの企業にとって極めて重要なポイントです。

特に「自家用電気工作物に係るサイバーセキュリティの確保に関するガイドライン」は、電力会社だけでなく、高圧で受電している自社の電気設備(キュービクルなど)を持つすべての事業者が対象となります 38。これには、製造業の工場、大規模なオフィスビル、商業施設、病院、そしてデータセンターなどが含まれます。

これは、サイバーセキュリティ規制の対象が、従来の電力業界から、日本の産業界全体へと大きく拡大したことを意味します。これまで自社の生産設備やITシステムのセキュリティ対策に注力してきた企業も、今後は電力設備の制御システムという、新たな領域でのセキュリティ対策を法的に求められることになるのです。

FAQ 30:企業としてコンプライアンスを確保するために、今すぐ取るべき具体的なステップは何ですか?

ガイドラインの要求事項は多岐にわたりますが、すべての企業がまず着手すべき実践的なステップは以下の通りです。

  1. 責任者の任命:自社の電気設備のサイバーセキュリティに関する管理責任者を明確に任命する 40

  2. リスクの把握:自社の電気設備がどのように遠隔監視・制御されているか、どのようなネットワークに接続されているかを把握し、リスクアセスメントを実施する。

  3. 体制の構築と計画策定:セキュリティを確保するための社内体制を構築し、具体的な対策計画を策定する。外部に保守を委託している場合は、委託先のセキュリティ対策状況を確認し、契約で役割分担を明確にする 40

  4. 従業員教育:設備の保守担当者など、関係する従業員に対して、セキュリティに関する定期的な教育を実施する 40

  5. 技術的対策の実施:ファイアウォールの設置によるネットワーク防御、不要なUSBポートの閉鎖、アクセス権限の最小化など、具体的な技術的対策を講じる 9

  6. インシデント対応計画の準備:万が一、サイバー攻撃を受けた場合に、どのように検知し、対応し、関係機関に報告するかというインシデント対応計画を事前に策定しておく 41

これらのステップは、複雑な法規制を、具体的なアクションプランに落とし込むための第一歩となります。

第6部の要点:責任の「民主化」

歴史的に、電力システムの安全と安定供給に関する責任は、ごく少数の大手電力会社がほぼ一手に担っていました。しかし、分散型電源の普及と電力システムのデジタル化は、この集中型の責任構造を過去のものとしました。

今や、一つの工場の制御システムの脆弱性 38 や、一軒のずさんに管理された太陽光パネル 37 が、電力システム全体に波及的な影響を及ぼす可能性があります。

小規模設備に対する新たな保安ルール 36 や、サイバーセキュリティ規制の一般企業への拡大 38 は、この新しい現実を反映したものです。

2025年の法体系がもたらすのは、いわば「責任の民主化」です。電力網が分散化・相互接続化するのに伴い、その安全と安定を維持する義務もまた、少数の専門家集団から、システムに接続する数多くの主体へと分散されていきます。電力を使うすべての事業者が、もはや単なる消費者ではなく、システム全体の強靭性に貢献する責任を負うステークホルダーとなる。これは、日本の産業界にとって、静かでありながら、極めて大きなパラダイムシフトなのです。

結論とファクトチェック・サマリー

結論

2025年7月時点の電気事業法を中心とする法体系は、日本のエネルギー政策が、かつてない野心と複雑さをもって、新たな時代へ舵を切ったことを明確に示しています。これは、脱炭素、安定供給、経済成長という相克しがちな目標を、GXという大きな構想の下で統合し、同時に達成しようとする壮大な国家実験です。

本稿で見てきたように、そのアプローチは多岐にわたります。市場原理を尊重しつつも、供給力確保や価格安定のためには強力な国家介入も辞さない。再生可能エネルギーを主力電源と位置づけ、導入を加速させる一方で、その前提として厳しい地域共生ルールを課す。そして、安全確保を大前提としながらも、原子力を重要な脱炭素ベースロード電源として再評価する。

この新しいエネルギーシステムは、巨大な送電網や蓄電池といったハードウェアの革新と、高度化された市場制度やサイバーセキュリティといったソフトウェアの革新が両輪となって駆動します。そしてその責任は、もはや電力会社だけのものではありません。再エネ事業者から一般企業、そして個々の家庭に至るまで、システムに参加するすべての主体が、新たな役割と責任を担うことが求められています。

最大の挑戦は、この複雑で、時に相反する要素を内包した設計図を、いかにして現実の社会に実装していくかです。必要なインフラを目標のスピードで建設できるか。転換期の市場を混乱なく運営できるか。そして、何万もの新たなステークホルダーに、法が求めるコンプライアンスを徹底させることができるか。日本の未来は、これらの問いに対する答えにかかっています。

ファクトチェック・サマリー

この記事の信頼性を担保するため、主要な主張とその根拠となる情報を以下に示します。

  • GX脱炭素電源法は5つの法律を改正する束ね法案である。 3

  • 2028年度から化石燃料賦課金が導入される。 6

  • 2025年10月から太陽光発電に初期投資支援スキームが導入され、住宅用は当初24円/kWhとなる。 10

  • 再エネ事業者はFIT/FIP認定前に地域への事前周知が義務化された。 4

  • 法令違反の再エネ事業者にはFIT/FIP支援の停止・返還命令が可能になった。 4

  • 原子力発電所は、特定の条件下で40年を超える運転延長が認められる。 3

  • 高経年化した原子炉には、10年ごとの劣化評価と長期施設管理計画の認可が義務付けられた。 4

  • 小売電気事業者に対し、将来の供給力(kWh)を事前に確保する義務が検討されている。 22

  • 家庭向けの経過措置料金(規制料金)は当面存続する。 2

  • 北海道と本州を結ぶ200万kW(2GW)の新たな直流連系線が計画されている。 30

  • 2025年度のDR補助金は、家庭用蓄電池に対し最大60万円が交付される。 33

  • サイバーセキュリティ確保義務は、電力会社だけでなく、高圧受電する一般企業にも適用される。 38

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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