目次
2025年参院選後の日本 エネルギー政策はどこへ向かうか?GX・脱炭素の行方を占う3つのシナリオ
導入:2025年参院選の地殻変動とエネルギー政策の岐路
2025年7月21日の第27回参議院議員通常選挙は、日本の政治情勢に静かな、しかし決定的な地殻変動をもたらした。
自民・公明の連立与党は改選議席の過半数を確保できず、政権運営の主導権に明確な陰りが見えた 。この結果は、単なる議席数の変動に留まらない。日本のエネルギー政策、とりわけ「2050年カーボンニュートラル」という国家目標の根幹を揺るがす、極めて重要な意味を持つ。
今回の選挙で有権者の支持を大きく伸ばしたのは、原子力の積極的な活用を強く訴える国民民主党と、「脱炭素」政策そのものに異を唱える参政党であった 。国民民主党は改選前の議席から大幅に上積みして17議席を獲得し、参政党は14議席を得る大躍進を遂げた 。
彼らの台頭により、参議院における法案審議は、従来の与野党対決という単純な構図から、エネルギー政策を基軸とした多極的で複雑な駆け引きの場へと変貌を遂げた。
本稿では、この新たな政治力学が、日本のエネルギー政策、すなわちGX(グリーン・トランスフォーメーション)、脱炭素、再生可能エネルギー政策の将来にどのような影響を与えるかを、3つの詳細なシナリオを通じて予測・分析する。
まず、選挙結果がもたらした政治的意味合いを解剖し、次に、既存の政策基盤である「第6次エネルギー基本計画」や「GX実現に向けた基本方針」が直面する圧力を明らかにする。
その上で、日本のエネルギー政策が辿りうる3つの未来像を提示し、最後に日本が抱える根源的な課題と、地味ながら実効性のある解決策を提言する。
第1部:新・政治勢力図とエネルギー政策の断層
1.1. 選挙結果の解剖:参議院における新たな勢力バランス
今回の参院選では、改選議席125(選挙区75、比例代表50)を巡って争われた 。結果、自民党は39議席、公明党は8議席の獲得に留まり、与党合計では47議席となった 。これは、参議院で法案を安定的に通過させる目安となる改選議席の過半数(63議席)に遠く及ばず、政権は今後の国会運営において、野党との連携を模索せざるを得ない状況に追い込まれた。
参議院全体の勢力図を理解するためには、非改選議席を加えた選挙後の総議席数を見る必要がある
テーブル1:2025年参院選後の会派別勢力図(予測)
党派 | 改選議席数 | 非改選議席数 (予測) | 選挙後総議席数 (予測) | 勢力としての特徴 |
与党ブロック | ||||
自由民主党 | 39 | 74 | 113 | GX政策推進、原発活用 |
公明党 | 8 | 19 | 27 | 与党。次世代炉には前向き |
与党計 | 47 | 93 | 140 | 過半数(125)は維持するも、単独での法案運営は困難 |
野党ブロック | ||||
立憲民主党 | 22 | 19 | 41 | 脱原発、再エネ主導(グリーンニューディール) |
日本維新の会 | 7 | 11 | 18 | 原発再稼働容認、規制改革によるGX推進 |
国民民主党 | 17 | 11 | 28 | 原発新増設推進、エネルギー自給率向上 |
日本共産党 | 3 | 8 | 11 | 即時原発ゼロ、石炭火力フェーズアウト |
れいわ新選組 | 3 | 2 | 5 | 即時原発廃止、グリーン投資拡大 |
参政党 | 14 | 1 | 15 | 脱・脱炭素、再エネ賦課金廃止、パリ協定離脱 |
その他・無所属 | 12 | 8 | 20 | 多様なスタンスが混在 |
合計 | 125 | 123 | 248 |
注:非改選議席数は2025年選挙前の報道等
1.2. キャスティング・ボートを握る各党:エネルギー公約の徹底比較
この新たな勢力図の中で、今後のエネルギー政策の方向性を決定づけるのは、各党の公約、特に「原子力」と「再生可能エネルギーの進め方」を巡るスタンスの違いである。この政策的な断層を理解することが、未来を予測する上での鍵となる。
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自民・公明(与党): 現行のGX政策の推進が基本方針。原子力を安全保障に資する重要なベースロード電源として「活用」し、再エネの「主力電源化」を目指す 。ただし、具体的な再エネ導入目標や手法については明言を避け、柔軟性を残している。公明党はかつて「原発依存度低減」を強く掲げていたが、近年は次世代革新炉の開発・設置に前向きな姿勢を示しており、自民党との協調路線が強まっている 。
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国民民主党(原発推進のキーマン): 「エネルギー自給率50%」という野心的な目標を掲げ、その達成手段として原子力の「稼働・リプレース・新増設」を明確に公約している 。彼らの協力なくして、与党が目指す原子力関連法案の成立は極めて困難である。
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日本維新の会(現実主義的推進派): 安全性が確認された原発の再稼働を容認し、再エネ導入も促進するという現実的な路線を取る 。GX推進法案にも賛成しており
、与党との連携の可能性は高いが、徹底した規制改革を求める点で独自色を出す。3 -
立憲民主党(脱原発・再エネ主導): 「原発ゼロ基本法」の制定を掲げ、「グリーンニューディール」構想のもとで2050年の再エネ100%を目指す 。政府のGX政策に対しては、原発推進や石炭火力延命に巨額の国費を投入するものとして批判的である 。
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参政党(脱・脱炭素の急先鋒): パリ協定からの離脱を主張し、高コストな再エネ推進を「中止」し、国民負担の元凶として再エネ賦課金を「廃止」する公約を掲げる
。彼らの躍進は、脱炭素政策に伴うコスト負担に対する国民の不満や不安が、無視できない政治勢力として可視化されたことを示している。5
この複雑な力学を理解するために、各党の政策をマトリクスで比較する。
テーブル2:主要政党のエネルギー・GX政策比較マトリクス
党派 | 再エネ目標 | 原子力(再稼働・新増設) | 化石燃料(脱石炭) | GX政策へのスタンス |
自民党 | 主力電源化(目標値なし) | 活用(再稼働推進、次世代炉開発) | 高効率化・次世代化で活用 | 推進(主導) |
公明党 | 最大限活用(目標値なし) | 活用(次世代炉開発) | アンモニア混焼促進 | 推進(連立与党) |
立憲民主党 | 2050年100% | 原発ゼロ(新増設・再稼働認めず) | 2030年ゼロ | 反対(原発推進と批判) |
日本維新の会 | 導入促進(目標値なし) | 再稼働推進、次世代炉も推進 | (明確な言及少ない) | 賛成(規制改革を要求) |
国民民主党 | 2030年代40%以上 | 最大限活用(リプレース・新増設推進) | 高効率火力で活用 | 推進(原子力活用を条件) |
共産党 | 2040年100%目標 | 即時原発ゼロ | 2030年ゼロ | 反対 |
れいわ新選組 | 2050年早期に100% | 即時廃止 | 2030年までに石炭・石油ゼロ | 反対 |
参政党 | 推進中止・賦課金廃止 | 活用(次世代原子力に投資) | 次世代火力で活用 | 反対(パリ協定離脱) |
出典:各党公約、NGO分析資料 等を基に作成。
1.3. 隠れた力学:不安定な均衡がもたらす政策軸の変化
この選挙結果と各党のスタンスを深く分析すると、今後の政策決定プロセスを支配する2つの新たな力学が浮かび上がってくる。
第一に、政策決定の軸が、従来の「与党 vs 野党」から「原発推進 vs 脱原発」へと明確にシフトすることである。テーブル1で示した議席数に基づくと、自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党の4党を合わせると、参議院で安定多数を確保できる。そして、テーブル2が示すように、これらの政党は「原子力の活用・再稼働容認」という点で政策的な共通基盤を持っている 。政策実現の最短経路は、合意形成が容易なアジェンダから進めることである。したがって、政権与党は、立憲民主党などが強く反対する野心的な再エネ拡大策よりも、これらの党の協力を得やすい原発再稼働の加速や次世代炉開発の法整備を優先する強いインセンティブが働く。これにより、エネルギー政策の議論の重心が根本から変わる可能性がある。
第二に、「コスト負担」がGX政策の最大のアキレス腱として顕在化することである。参政党の躍進は、再生可能エネルギー発電促進促進賦課金(再エネ賦課金)に代表される脱炭素政策のコスト負担に対する国民の不満が、もはや無視できない政治的圧力となったことを示している 。政府のGX政策は、今後10年間で20兆円規模の「GX経済移行債」による先行投資を行い、その償還財源を将来のカーボンプライシング(化石燃料賦課金や排出量取引制度の有償化)で賄うという構造になっている
第2部:政策の土台:揺らぐ日本のエネルギー戦略
2025年参院選によってもたらされた新たな政治力学は、これまで日本のエネルギー政策の土台となってきた二つの柱、「第6次エネルギー基本計画」と「GX実現に向けた基本方針」を根本から揺さぶっている。
2.1. 第6次エネルギー基本計画:2030年目標の再評価
2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画は、日本のエネルギー政策の羅針盤である。S+3E(安全性、安定供給、経済効率性、環境適合)を大原則とし、2030年度の野心的な電源構成比率(エネルギーミックス)として「再生可能エネルギー36~38%」「原子力20~22%」「火力41%」という目標を掲げている 。この計画は、安定した与党基盤と、脱炭素化への国民的なコンセンサスが(少なくとも建前上は)存在することを前提に策定された。しかし、今回の選挙結果は、その前提を覆した。
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原子力(20~22%): かつては達成が最も困難と見られていたこの目標が、皮肉にも政治的には最も「追い風」を受ける可能性がある。前述の「原発推進」連合が国会で形成されれば、安全審査を通過した原発の再稼働の加速や、運転期間延長の議論が本格化し、目標達成への道筋が現実味を帯びてくる。
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再エネ(36~38%): 逆に、この目標は強い「逆風」に晒される。参政党や日本保守党が主張する「過度な再エネ依存の見直し」や賦課金への反発が、大規模な太陽光や風力発電の導入に対する政治的・社会的なブレーキとなる
。コスト負担を嫌う世論を背景に、政府は野心的な導入支援策を打ち出しにくくなる。6
この状況は、エネルギーミックス計画そのものの「内部崩壊」リスクをはらんでいる。計画の各比率は、全体で100%になるよう相互に依存して設計されている。もし、原子力の目標達成が進む一方で再エネの導入が停滞すれば、そのギャップ(不足する電力量)を埋めるために、既存の火力発電所の稼働率を高めるという、最も安易な選択肢に頼らざるを得なくなる可能性が高い。その結果、電力部門のCO2排出量が想定よりも減らず、日本の国際公約である「2030年度に温室効果ガスを46%削減(2013年度比)」という大目標の達成が危うくなる。計画が部分的にしか進まない「まだら模様」の状態に陥り、全体の整合性が失われるのである。
2.2. GX基本方針:成長戦略か、政治的標的か
2023年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」は、日本の新たな成長戦略の核心と位置づけられている。今後10年間で官民合わせて150兆円超の投資を実現し、その呼び水として政府が20兆円規模の「GX経済移行債」を発行するという壮大な構想だ 。
しかし、この構想の根幹には「カーボンプライシング」という火種が埋め込まれている。GX経済移行債の償還財源は、2028年度から導入予定の「化石燃料賦課金」や、2033年度から段階的に始まる「排出量取引制度の有償オークション」によって賄われる計画である 。この「将来負担」の仕組みが、今や参政党や国民民主党の一部支持層からの格好の攻撃対象となっている。
政府は、EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)への対応や、米国のインフレ抑制法(IRA)が主導する国際的な脱炭素投資競争を理由に、GX推進の必要性を訴える 。しかし、国内では「負担増」への強い反発に直面する。この国際公約と国内政治の板挟み状態が、GX政策の推進力を著しく削ぐことになる。
この力学は、GX政策が「総論」から「各論」の段階で分解される未来を示唆している。「脱炭素と経済成長の両立」というGXの『総論』には、多くの議員が正面から反対しにくい。しかし、具体的な政策『各論』、すなわち「20兆円の公的資金をどの技術に重点配分するのか」「カーボンプライシングをいつ、いくらの負担で導入するのか」という段階になると、各党の利害が激しく衝突する。国民民主党は原子力や水素・アンモニアへの重点配分を求め 、立憲民主党は再エネ・省エネへの投資を主張し 、参政党は構想自体に反対する。このため、予算配分や制度設計を巡る調整は極めて難航し、政策全体が骨抜きにされる危険性が高い。結果として、GX政策は「成長戦略」としての鋭さを失い、各方面への配慮から薄く広く配分される産業補助金の集合体に成り下がるリスクを抱えている。
第3部:日本のエネルギーの未来:3つのシナリオ (2025-2035)
これまでの分析を踏まえ、2025年以降の日本のエネルギー政策が辿りうる未来を3つのシナリオとして描き出す。これらのシナリオは、政治力学と政策的制約を基に構築された、2035年頃までのあり得べき未来像である。
テーブル3:シナリオ別・主要政策指標の比較
指標 | シナリオ1:現実主義的ピボット | シナリオ2:グリーンな停滞 | シナリオ3:地域ルネサンス |
政治ドライバー | 自公+国民・維新のパーシャル連合 | ねじれ国会による政策麻痺 | 国政の停滞と地方・民間の自主行動 |
GX政策の運命 | 原子力・水素中心に再編・実行 | 凍結・形骸化 | 国の政策は停滞、民間主導の投資が進む |
再エネ導入 (2035年見通し) | 停滞~微増(洋上風力等に集中) | 停滞(新規大規模投資が困難) | まだら模様に拡大(地域・企業主導) |
原子力 (再稼働基数) | 25基前後へ加速 | 10~15基で頭打ち | 10~15基で頭打ち |
電気料金 | 安定~低下傾向 | 高止まり・不安定 | 地域差が拡大 |
2030年目標達成度 | 達成の可能性あり(原子力次第) | 達成は絶望的 | 達成は困難 |
産業界への影響 | 原子力・重電に追い風、再エネ専業は苦戦 | 全体的に投資停滞、国際競争力低下 | RE100企業は有利、中小は対応に苦慮 |
シナリオ1:「現実主義的ピボット」- 産業界主導の原発回帰型GX
このシナリオでは、自民・公明連立政権が、国会運営の安定と引き換えに、国民民主党および日本維新の会とエネルギー政策に関する部分的な政策連合(パーシャル連合)を形成する。これにより、国民民主党が掲げる「エネルギー安全保障」と「産業競争力維持」がGX政策の最優先課題として明確に位置づけられる。
政策アウトカム
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原子力ルネサンス: 安全審査が終了した既存原発の再稼働が政治主導で加速される。さらに、国民民主党の公約を反映し、次世代革新炉(SMR等)のリプレース・新設に向けた具体的な立地選定や法整備が「GX実現に向けた基本方針」の核心に据え直される 。
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GX予算の重点化: 20兆円のGX経済移行債は、原子力サプライチェーンの維持・強化、水素・アンモニア製造・混焼技術、CCS(二酸化炭素回収・貯留)といった、既存の重厚長大産業と親和性の高い分野に重点的に配分される 。
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再エネ政策の選別と集中: 再エネは「主力電源化」の看板は下ろさないものの、大規模太陽光発電(メガソーラー)のような住民との合意形成が難しい案件は抑制傾向となる。代わりに、産業界からの要請が強い洋上風力や、次世代技術として期待されるペロブスカイト太陽電池などに支援が集中する 。国民負担の抑制を名目に、再エネ賦課金制度も見直しの対象となる 。
影響と帰結
原発再稼働が順調に進めば、電力の安定供給は確保され、燃料費に左右されない原子力の比率が高まることで電気料金は安定、あるいは低下する可能性がある 。電力部門の脱炭素化は一定程度進むが、再エネの伸び悩みと、水素・アンモニア混焼など削減効果が限定的な技術への依存により、2030年46%削減目標の達成は依然として課題が残る。産業界では、原子力関連産業や重電メーカーには強い追い風となる一方、再エネ専業の事業者や分散型エネルギーを目指すスタートアップにとっては厳しい事業環境となる。
シナリオ2:「グリーンな停滞」- 政策の麻痺と漂流する脱炭素
このシナリオでは、参議院で与党が安定多数を確保できず、かつ国民民主党や維新との協力関係も構築できない「ねじれ国会」状態が常態化する。エネルギー政策を巡り、原発推進派、脱原発派、そして脱炭素懐疑派が互いに牽制し合い、決定的な法案が何も通らない政治的膠着状態に陥る。
政策アウトカム
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GX政策の凍結: GX経済移行債の具体的な使途を決める法律や、カーボンプライシング導入法案が国会で継続審議のまま塩漬けにされる。GX実行会議は開催されても政治的な合意形成ができず、具体的な政策決定が延々と先送りされ続ける
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エネルギー基本計画の改定不能: 次期エネルギー基本計画の策定議論が紛糾し、現行計画が時間切れのまま事実上継続される。しかし、その目標達成に向けた新たな政策は何も打てない「思考停止」状態となる。
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場当たり的な政策対応: 長期的なエネルギー戦略が描けないため、政策は電力需給の逼迫や燃料価格高騰といった短期的な問題への対症療法(電気料金の補助金など)に終始する。
影響と帰結
日本の2030年目標の達成が絶望的となり、パリ協定上のNDC(国が決定する貢献)の信頼性が揺らぐ。国際エネルギー機関(IEA)などから厳しいレビューを受け、国際社会における日本の環境分野での信用は失墜する 。政府の政策の方向性が見えないため、企業は大規模な脱炭素投資に踏み切れず、米国のIRAやEUのグリーンディールによって加速する世界の脱炭素市場から取り残され、日本の産業競争力は長期的に低下する 。特に、EUのCBAMに対して無防備な状態となり、輸出企業は大きな打撃を受けるだろう 。再エネも原子力も導入が進まず、老朽化した火力発電への依存が続くため、エネルギー安全保障は悪化の一途をたどる。
シナリオ3:「地域ルネサンス」- 分散型・住民主導のボトムアップ転換
このシナリオは、シナリオ2と同様に国政レベルでの政策決定が停滞することを前提とする。しかし、この中央の膠着状態が、逆に、国に頼らないエネルギー自給を目指す地方自治体や、ESG経営を重視する企業の自主的な動きを加速させるという、逆説的な未来を描く。
政策アウトカム
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自治体主導のゾーニングと条例制定: 国の指導を待たず、自治体が主体となって再エネ導入を促進する「促進区域」と、自然環境を保護する「保全区域」を定めるゾーニング条例の制定が全国に広がる 。
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地域新電力とコミュニティパワーの勃興: 地域の再生可能エネルギーを活用し、域内で電力を供給・消費する「地域新電力」や、市民出資による「コミュニティパワー」事業が数多く生まれる 。これらの事業は、売電収益を地域の福祉や産業振興に還元する「地域貢献型」のモデルとして定着していく
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コーポレートPPAの主流化: 企業が再エネ発電事業者から直接、長期契約で電力を購入する「コーポレートPPA」が、RE100(事業活動で消費する電力を100%再エネで調達することを目標とする国際イニシアチブ)を目指す大企業を中心に急速に普及。国のFIT/FIP制度に依存しない、新たな民間主導の再エネ市場が形成される。
影響と帰結
大規模集中型電源に依存する従来型システムに加え、地域ごとに自立した分散型エネルギーシステムが構築され、エネルギーシステムの多層化が進み、災害時のレジリエンスは向上する。しかし、意欲的な自治体や企業がある地域では脱炭素が急速に進む一方、そうでない地域は遅れるなど、国内で「脱炭素格差」が拡大する。国全体としてのCO2削減ペースは、シナリオ1より遅くなる可能性がある。また、各地で分散型電源が増えることで、既存の送電網の運用がより複雑化し、需給調整や系統安定化が新たなボトルネックとなる可能性がある 14。
第4部:根源的課題と地味だが実効性のある解決策
シナリオ分析から見えてくるのは、日本のエネルギー政策が抱える3つの根源的な課題である。これらの課題に対し、政治的な対立を超えて導入可能な、実効性の高い解決策を提言する。
4.1. 課題①:送電網という最大のボトルネック
日本の再生可能エネルギー導入は、発電所の適地不足以上に「送電網の空き容量不足」と「硬直的な運用ルール」によって根本的に阻害されている。自然エネルギー財団が長年指摘するように、日本の送電網の利用ルールは「先着優先」が原則であり、先に接続契約を結んだ電源(多くは稼働していない火力発電所など)が容量を確保し続けるため、新規の再エネ事業者が参入したくても接続できないという事態が多発している 。また、北海道や東北、九州といった再エネのポテンシャルが高い地域から、大消費地である首都圏や関西圏へ電力を送るための地域間連系線も脆弱であり、これが国内のエネルギー融通を妨げている。
ありそうでなかった解決策:「戦略的系統投資促進税制」の創設
このボトルネックを解消するため、電力会社や民間企業が、国が指定する「戦略的重要連系線」や大規模蓄電池、系統の安定化に資する設備(同期調相機など)へ投資した場合、その投資額の一定割合を法人税額から直接控除できる「インベストメント・タックス・クレジット(ITC)」制度の創設を提案する。これは米国のインフレ抑制法(IRA)の成功事例に倣ったものであり、単なる補助金とは異なり、企業の利益と直結させることで、規制緩和だけでは進まない数十兆円規模のインフラ投資を強力に引き出すことができる 。これにより、再エネ導入の物理的な制約を解消し、シナリオ3で描いたようなボトムアップの動きを国家レベルで支える基盤を構築する。
4.2. 課題②:コスト負担と社会的受容性のジレンマ
再エネ賦課金は、電気使用量に応じて一律に課されるため、所得の低い世帯ほど収入に占める負担の割合が重くなる「逆進性」の問題を抱えている 。この構造的な不公平感が、今回の選挙で参政党が躍進した背景にもあるような「脱炭素疲れ」や「コスト負担への反発」を生み出し、再エネ導入の社会的基盤そのものを蝕んでいる。
ありそうでなかった解決策:「地域還元型・再エネ賦課金制度」への改革
このジレンマを解消するため、現行の賦課金制度を抜本的に見直し、賦課金の一部を国が一括徴収するのではなく、各地域で導入された再エネ発電所の収益から、その立地自治体や周辺住民に直接還元する仕組みを導入することを提案する。具体的には、発電量に応じて交付される「地域貢献交付金」を創設し、自治体はそれを地域の公共サービス(子育て支援、高齢者福祉、公共交通の維持など)の財源に充当したり、住民の電気料金を直接割り引いたりする。これにより、再エネ発電所は「負担の源」から「地域の財源」へとその意味合いが転換される。住民は再エネ導入のメリットを直接、かつ継続的に享受できるため、発電所の立地に対する合意形成(社会的受容性)が格段に円滑に進む。これは、ドイツなどで見られる市民参加型エネルギーの成功事例を日本流にアレンジしたものであり、コスト負担を巡る対立を「地域への利益分配」という協調の議論へと転換させる効果が期待できる。
4.3. 課題③:国際競争の圧力(CBAMとIRA)
日本の産業界は、EUのCBAMという「炭素の壁」と、米国のIRAという「投資の引力」の挟み撃ちに遭っている。国内のGX政策が停滞すれば(シナリオ2)、CBAMによる事実上の関税負担で輸出競争力を失い、IRAの巨額の補助金に惹かれて国内の製造拠点や投資が海外に流出するリスクに直面している 。
ありそうでなかった解決策:「製品別カーボンフットプリント(CFP)の国家標準化とサプライチェーン支援」
この国際競争圧力に対応するため、政府主導で、鉄鋼、化学、セメント、自動車といった主要な輸出産業の製品ごとに、国際的に通用するカーボンフットプリント(CFP:製品のライフサイクル全体でのCO2排出量)の算定・検証基準を「国家標準」として策定・整備することを提案する。さらに、中小企業がサプライチェーン全体でCFPを算定・削減するためのデジタルツール導入や専門家によるコンサルティングを支援する「GXサプライチェーン変革補助金」を創設する。CBAMへの対応は、最終製品メーカーだけでなく、無数の部品や素材を供給する中小企業を含むサプライチェーン全体の課題である。個々の企業がバラバラに対応するのではなく、国が「信頼できるモノサシ」を提供することで、産業界全体の対応コストを劇的に下げ、データの信頼性を高めることができる。これにより、CBAM報告の負担を軽減すると同時に、「日本の製品はCFPが透明で信頼できる」という新たな国際競争力(グリーン・ブランド)を構築する。これは、守りのCBAM対応を、攻めの国際標準化戦略へと転換するアプローチである。
第5部:結論と最終展望
2025年参院選の結果は、日本の脱炭素への道を、より複雑で困難なものにしたことは間違いない。本稿で提示した3つのシナリオはそれぞれ独立した未来像だが、現実にはこれらの要素が複雑に絡み合いながら展開する可能性が高い。
最も蓋然性が高いのは、「シナリオ1:現実主義的ピボット」を基調としつつも、国政レベルでの調整の難航から、その隙間を埋めるように「シナリオ3:地域ルネサンス」の動きが並行して活発化する、ハイブリッドな未来であろう。つまり、国策レベルでは原子力回帰と産業界寄りのGXが進む一方で、それに飽き足らない、あるいはその恩恵を受けられない地方自治体や先進的な企業が、独自の脱炭素化をボトムアップで進めていくという二層構造の展開である。
今回の選挙結果は、日本のエネルギー政策にとって大きな試練である。しかしそれは同時に、これまで中央政府主導で画一的に進められてきたトップダウンのエネルギー政策を見直し、原子力の役割を現実的に再定義し、地域主導の多様なアプローチを促す契機ともなり得る。今後の日本の行方を左右する鍵は、政治が「原発か再エネか」という二元論的な対立を乗り越え、エネルギー安全保障、産業競争力、国民負担、そして地球環境という4つの難題を同時に解くための、現実的で創造的な政策パッケージを構築できるか否かにかかっている。本稿で提示した解決策が、その困難な舵取りの一助となることを期待する。
FAQ(よくある質問)
Q1: 結局、自公政権は国民民主党と連立を組むのですか?
A1: 正式な連立政権まで踏み込む可能性は現時点では低いと考えられます。しかし、エネルギー政策や安全保障政策といった特定の重要法案において、協力を仰ぐ「部分連合(パーシャル連合)」は極めて現実的な選択肢です。特に、本稿で分析したように、原発再稼働の加速や次世代炉開発に関連する法案の審議においては、国民民主党の協力が不可欠となるでしょう。
Q2: 参政党の躍進は、日本の脱炭素政策を後退させますか?
A2: 参政党が単独で法案を成立させ、政策を直接的に後退させる力はありません。しかし、彼らの存在は「脱炭素のコスト」を政治の主要な争点へと押し上げました。これにより、政府・与党はカーボンプライシング導入など、国民負担に直結する政策の決定に極めて慎重にならざるを得なくなります。これは、GX政策全体の推進スピードを鈍化させる大きな要因となり、間接的に政策の停滞を招く可能性があります。
Q3: 今後の電気料金はどうなりますか?
A3: 本稿で示したシナリオによって大きく異なります。シナリオ1のように原発再稼働が計画通りに進めば、燃料費の変動を受けにくい電源が増えるため、電気料金は安定、あるいは低下する可能性があります 。一方で、シナリオ2のように政策が停滞すれば、高コストの火力発電への依存が続き、国際燃料価格の変動に脆弱なままとなり、料金が高止まりするリスクがあります。再エネ賦課金については、どのシナリオでもFIT制度の買取期間が続くため当面は上昇圧力がかかりますが、国民負担への配慮から政治的な見直しが入る可能性も高まっています 。
Q4: 日本は本当に2030年の46%削減目標を達成できるのでしょうか?
A4: 2025年参院選の結果、その達成は極めて困難な道のりになったと言わざるを得ません。特に、再エネ導入ペースの鈍化が大きな足かせとなる可能性があります。目標を達成するためには、シナリオ1で描いたような急進的な原発再稼働と、第4部で提案した送電網への大胆な投資、需要側の徹底した省エネルギー対策など、あらゆる選択肢を総動員する強い政治的リーダーシップが求められます。
ファクトチェック・サマリー
本稿の分析は、以下の主要な事実情報に基づいています。
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選挙結果: 2025年7月21日投開票の第27回参議院議員通常選挙における各党の獲得議席数(自民39、立憲民主22、公明8、日本維新の会7、国民民主17、共産3、れいわ新選組3、参政党14、その他・無所属12)。
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エネルギー政策目標: 第6次エネルギー基本計画(2021年閣議決定)における2030年度エネルギーミックス目標(再生可能エネルギー36-38%、原子力20-22%、火力41%)。および、日本の国際公約である2050年カーボンニュートラル、2030年度46%削減目標(2013年度比)。
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GX政策: 政府の「GX実現に向けた基本方針」(2023年閣議決定)における、20兆円規模のGX経済移行債の発行と、その償還財源としてのカーボンプライシング構想(化石燃料賦課金、排出量取引制度)。
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各党公約: 2025年参院選に際して各党が公表した、エネルギー、原子力、再生可能エネルギー、GXに関する政策・公約 。
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国際動向: 米国のインフレ抑制法(IRA)によるクリーンエネルギー投資の加速、欧州連合(EU)のグリーンディール政策および炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入、国際エネルギー機関(IEA)による日本のエネルギー政策への提言 。
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