脱炭素・GX加速の政策提言 脱炭素のボトルネックは「営業・提案・売り方」にある。売り方に着目した政策・支援・戦略とは?

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

エネがえるキャラクター
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目次

脱炭素・GX加速の政策提言 脱炭素のボトルネックは「営業・提案・売り方」にある。売り方に着目した政策・支援・戦略とは?

序論:日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)に潜む、語られざるボトルネック

日本は今、2050年のカーボンニュートラル実現という壮大な目標を掲げ、グリーン・トランスフォーメーション(GX)の道を歩み始めている。政府は第7次エネルギー基本計画において、再生可能エネルギー(以下、再エネ)を主力電源と位置づけ、2030年度には電源構成の36~38% 1、2040年度には4~5割を再エネで賄うという野心的なビジョンを示している 2

この目標達成の切り札として期待されるのが、太陽光発電や家庭用蓄電池だ。国や自治体は多額の補助金を投じ 4、国民の環境意識もかつてないほど高まっている。

しかし、現実は厳しい。環境省の調査によれば、住宅用太陽光発電の世帯普及率は全国でわずか6.3%(戸建住宅でも11.6%)に留まっている 7目標達成には程遠いこの数字の裏には、一体何があるのか

これまで、再エネ普及の障壁は「初期コストの高さ」や「国民の無関心」にあるとされてきた。そして、その対策として、補助金による金銭的インセンティブや、行動経済学の「ナッジ」理論を用いた啓発活動 8 が中心に行われてきた。つまり、問題は「買い手」側にあり、その行動変容を促せば市場は動くと考えられてきたのだ。

本稿は、この通説に真っ向から異を唱える

日本の再エネ普及を阻む最大のボトルネックは、「買い手の購買変容」の遅れではない。それは、「売り手の営業変容」の欠如に他ならない。

太陽光発電や蓄電池は、100万円を超える高額な「説明・工事必須」の商材11。消費者がネットで気軽に購入する商品とは根本的に性質が異なり、専門家である売り手の介在が不可欠である。

しかし、その肝心要の営業現場が、深刻な構造問題を抱えている売り手間の情報格差、リテラシーのばらつき、そして一部の悪質な販売手法が市場全体の信頼を蝕み、多くの潜在顧客を遠ざけている。

これは、買い手の行動変容に期待するだけでは決して解決しない、供給サイドの根深い病理である。

本稿では、この「営業問題」こそが再エネ普及の本質的な課題であるという仮説を立て、多角的な視点からその構造を徹底的に解剖する。

まず、買い手と売り手が直面する現場の実態を明らかにし、ノーベル経済学賞の理論である「レモン市場理論」や「プリンシパル=エージェント問題」を用いて、なぜ市場が機能不全に陥っているのかを理論的に解明する。次に、システム思考のフレームワークを用いて、この問題がいかに根深い悪循環を生み出しているかを可視化する。

そして最終章では、この根源的な課題に対する処方箋として、単なる対症療法ではない、構造的な解決策を提示する。

それは、企業の営業力強化手法である「セールスイネーブルメント」を国家戦略として捉え直し「再エネ設備取引士」制度の創設「成果連動型」補助金への転換、そして業界横断的な「セールスイネーブルメント・プラットフォーム」の構築という、地味だが実効性のある3つのソリューションである。

日本のGXの成否は、技術開発や補助金の額だけで決まるのではない。消費者が安心して、納得して、未来への投資を決断できる「信頼の市場」をいかにして築くか。その鍵は、営業現場の変革にある。本稿が、そのための羅針盤となることを目指す。


第1章:停滞する市場の解剖学 ― 問題の高解像度分析

再エネ普及が停滞する本当の理由を理解するためには、まず市場のミクロな実態、すなわち買い手と売り手が日々直面している現実に、高解像度のレンズを向けなければならない。そこには、従来の政策論議が見過ごしてきた、深刻な構造的問題が横たわっている。

1.1. 買い手の旅路:危険に満ちたハイリスクな意思決定

太陽光発電や蓄電池の購入は、消費者にとって一生に数回あるかないかの大きな決断だ。それは単なる「買い物」ではなく、100万円以上 11、時には数百万円にも及ぶ高額な初期投資と、20年以上にわたる長期的な関係性を伴う「プロジェクト」である。

この種のBtoC高額商材の購買決定プロセスは、AIDMAやAISASといったマーケティングモデル 12 で説明されるように、認知(Attention)から興味(Interest)を経て、情報検索(Search)や欲求(Desire)の段階で、極めて慎重な検討が行われる。

しかし、いざ消費者が情報を求め始めると、彼らを待ち受けているのは、信頼できる道標ではなく、混乱と不信の荒野だ。

  • 価格の不透明性:見積もりを取っても、業者によって価格に大きな開きがあり、何が妥当なのか判断できない 14。内訳が「一式」と記載され、詳細が不明瞭なケースも少なくない 15

  • 強引な営業:「今日中に契約すれば安くなる」といった即決を迫るトーク 17 や、メリットばかりを強調しデメリットを説明しない姿勢 18 に、消費者は強い不信感を抱く。

  • 情報の洪水と非対称性:どのメーカーが良いのか 20、どのくらいの容量が必要なのか、補助金は本当に使えるのか 22素人には判断が難しい情報が溢れかえっている。

こうした状況は、行動経済学の大家ダニエル・カーネマンが提唱した「プロスペクト理論」 24 のレンズを通してみると、その深刻さがより鮮明になる。この理論の核心は、「人は利益を得る喜びよりも、損失を被る痛みを約2.25倍も強く感じる(損失回避性)」という点にある。

再エネ設備の購入において、買い手が感じる「利益」とは、将来の電気代削減や売電収入といった、やや不確実で遠い未来の話だ。一方で、「損失」は非常に具体的で、生々しい

  • 「悪質な業者に騙されて、相場より高い金額を払わされるのではないか?」 27

  • 「ずさんな工事で、大切な我が家が雨漏りするのではないか?」 27

  • 「シミュレーション通りの発電量が出ず、投資を回収できないのではないか?」 15

  • 「設置した業者が倒産して、保証やアフターサービスが受けられなくなるのではないか?」 15

現在の営業現場は、こうした「損失のシグナル」に満ち溢れている。消費者の心の中では、将来の漠然とした利益への期待よりも、目の前の具体的な損失への恐怖が圧倒的に勝ってしまう。この強力な損失回避の心理が、最終的な「購入」という行動にブレーキをかけているのだ。

政府が推進する「ナッジ」政策は、小さなきっかけで人々の行動を「そっと後押しする」ことを目指すものだ 8。しかし、プロスペクト理論が示すように、2.25倍もの重みを持つ「損失への恐怖」という巨大な壁の前では、小さな「後押し」はあまりにも無力である。

問題の根源は、消費者の背中を押す力が弱いことではない。彼らの目の前に立ちはだかる「不信と損失の壁」が高すぎることなのだ。

1.2. 売り手の危機:疲弊する最前線

買い手が不信感を募らせる一方で、売り手である営業担当者もまた、過酷な現実に直面している。太陽光発電の営業は、離職率が非常に高い「きつい」仕事として知られている 31

  • 厳しいノルマ:1件あたりの契約金額が大きいため、会社から課されるノルマは極めて厳しい。達成できない場合の上司からのプレッシャーは尋常ではない 31

  • 長時間労働と休日出勤:個人宅への営業が中心となるため、一家の主がいる週末や夜間の活動が必須となり、プライベートな時間を確保することが難しい 31

  • 高い離職率と知識の欠如:過酷な労働環境は高い離職率を招き、結果として経験の浅い営業担当者が増える。彼らは、複雑な製品知識、刻々と変わる補助金制度 4、そして各家庭に合わせた最適な提案を行うための深い知見を十分に習得する前に、現場の最前線に立たされる 34

この「売り手の危機」こそが、買い手の不信感を生み出す土壌となっている。

高いノルマに追われた営業担当者は、顧客との長期的な信頼関係を築くことよりも、目先の契約を優先せざるを得ない。その結果が、強引なセールストークや不誠実な説明につながる。さらに、売り手の中ですら存在する深刻な「情報格差」と「リテラシーの濃淡」が、買い手に情報が伝わる過程でさらに増幅され、市場全体の混乱を招いているのだ。

1.3. 「レモン市場」:情報の非対称性はいかにして信頼を破壊するか

この再エネ市場が抱える問題を、経済学の理論はより鋭く、そして的確に説明することができる。その一つが、ジョージ・アカロフが提唱しノーベル経済学賞を受賞した「レモン市場理論」である 35

この理論は、中古車市場を例に、売り手と買い手の間に「情報の非対称性」が存在する場合、市場が正常に機能しなくなることを示したものだ。「レモン」とは、隠れた欠陥を持つ粗悪な中古車を指す。買い手は、目の前の車が良質な「ピーチ」なのか、欠陥だらけの「レモン」なのかを見分けることができない。一方、売り手は自分の車の品質を熟知している。

この情報の非対称性が、以下の悲劇的なプロセス(逆選択)を引き起こす。

  1. 買い手は「レモンを掴まされるリスク」を考慮するため、良質な車の本来の価値よりも低い、市場の「平均的な価格」しか支払おうとしなくなる。

  2. この平均価格では、良質な「ピーチ」を持つ売り手は「安すぎる」と感じ、市場から退出してしまう。

  3. 結果として、市場には質の悪い「レモン」ばかりが残り、買い手はますます警戒心を強め、最終的には市場そのものが崩壊してしまう。

この理論は、現在の日本の住宅用再エネ市場の状況を見事に描き出している。

  • 情報の非対称性:施工業者(売り手)は、部材の原価、自社の施工品質、特定の屋根における現実的な発電量、保証や補助金の詳細な条件を正確に知っている。一方、住宅所有者(買い手)は、そのほとんどを知らない。

  • 逆選択の発生:買い手は、誠実で高品質な施工を行う「ピーチ」な業者と、価格を吊り上げ、手抜き工事をするかもしれない「レモン」な業者を区別できない。そのため、多くの消費者は一括見積もりサイト 11 などを利用して価格比較に走るが、結局は提示された価格の妥当性を判断できず、不信感を募らせる 14。この価格競争の圧力は、丁寧な人材育成や高品質な施工管理にコストをかけている優良な業者を疲弊させ、市場からの退出を促しかねない。

  • 市場の崩壊:結果として、国民生活センターに寄せられるような、強引な販売や補助金に関するトラブル 23 が後を絶たない。これはまさに、市場が「レモン」で溢れかえり、信頼が失われていることの動かぬ証拠である。

顧客獲得コスト(CAC)の高さも、このレモン市場化の深刻な症状と言える。米国では住宅用太陽光発電の顧客獲得コストが1ワットあたり$0.85に達するなど、依然として高止まりしている 42。これは、個々の顧客の信頼を得るために、膨大なマーケティング費用と営業努力が必要になっていることの裏返しだ。市場全体の信頼が欠如しているため、正直なプレイヤーでさえ、顧客一人ひとりを獲得するためのコストが不当に高くなっているこの高コストを吸収するために価格を高く設定せざるを得ず、それがさらに消費者の警戒心を煽るという悪循環に陥っている。

1.4. プリンシパル=エージェント問題:営業インセンティブが裏目に出る時

もう一つの強力な分析ツールが「プリンシパル=エージェント問題」だ 43。これは、ある業務を他者に委任する関係(プリンシパル=依頼者、エージェント=代理人)において、両者の利害が一致しないために、エージェントがプリンシパルの利益に反する行動を取ってしまう問題を指す。

住宅用再エネ設備の導入において、この構図は明確に存在する。

  • プリンシパル(住宅所有者)の利益:長期的な価値の最大化。すなわち、信頼性の高い発電、生涯コストの最小化、資産価値の維持(雨漏りなどの被害がないこと)。

  • エージェント(営業担当者)の利益:短期的な手数料の最大化。営業担当者の報酬は、多くの場合、契約総額や契約件数に連動しており、設置後のシステムのパフォーマンスや顧客満足度とは直接結びついていない。

この「利害の不一致」が、エージェント(営業担当者)にプリンシパル(買い手)の利益に反する行動を取るインセンティブを与えてしまう。

  1. 過大なシミュレーションの提示:契約を取りたいがために、日照条件などを楽観的に見積もり、非現実的な発電量や経済効果を提示する 15

  2. 不要なアップセル:契約単価を吊り上げるために、家庭の電力使用量に見合わない過大な容量のシステムや蓄電池を提案する 15

  3. 補助金の悪用:複雑な補助金制度を逆手に取り、「今だけ」「この地域限定」といった偽の緊急性を煽ったり、補助金が適用されることを前提に高額な見積もりを提示し、実際の受給額との差額をごまかしたりする 22

  4. 品質の軽視:価格競争に勝つため、あるいは利益を最大化するために、見えにくい部分の施工品質を落とす。これが後に雨漏りや性能低下といった深刻な問題を引き起こす 27

これらの問題行動は、一部の営業担当者の倫理観の欠如だけに起因するのではない。むしろ、営業担当者の報酬体系と会社の評価基準が、顧客の長期的な利益よりも短期的な売上を優先するように設計されているという、根深い「制度的欠陥」の現れなのである。

このように、買い手の「損失回避性」、売り手の「疲弊」、そして市場を蝕む「レモン市場」と「プリンシパル=エージェント問題」。これら4つの要素が複雑に絡み合い、日本の再エネ市場を深刻な停滞へと追い込んでいる。問題は個別の事象ではなく、システム全体に内在しているのだ。


第2章:罠にはまったシステム ― 悪循環の可視化

第1章で解剖した個々の問題点は、それぞれが独立して存在するのではない。それらは相互に影響し合い、自己強化的な悪循環を形成することで、市場全体を「抜け出せない罠」に陥れている。この複雑なシステムの動態を理解するために、システム思考と、そのツールである因果ループ図(Causal Loop Diagram, CLD) 48 を用いて、問題の構造を可視化する。

システム思考とは、物事を個別の要素の集まりとしてではなく、相互に関連し合う「システム」として捉える考え方だ。因果ループ図は、システム内の変数(ノード)間の因果関係(リンク)を矢印で示し、それらがどのようにフィードバックループを形成するかを描き出す。ループには、変化を増幅させる「自己強化型ループ(Reinforcing Loop, R)」と、変化を抑制し安定させようとする「バランス型ループ(Balancing Loop, B)」の2種類がある。

2.1. 自己強化型ループ(R1):「底辺への競争」という名の悪循環

日本の再エネ営業現場には、市場の質を際限なく低下させる、強力な自己強化型ループが存在する。我々はこれを「底辺への競争」ループと名付ける。

図1:自己強化型ループ R1「底辺への競争」

コード スニペット

graph TD
    A["悪質な営業手法の横行<br>(強引な勧誘、不誠実な説明)"] --s--> B["顧客の不信感・警戒心の増大"];
    B --s--> C["顧客獲得コスト(CAC)の高騰"];
    C --s--> D["販売業者の利益率圧迫"];
    D --s--> A;
    subgraph R1
        A
        B
        C
        D
    end

 

(注: ‘s’ は “same direction” を意味し、一方の変数が増加(減少)すると、もう一方の変数も増加(減少)する関係を示す)

このループの物語はこうだ。

  1. 一部の業者による悪質な営業手法(強引な勧誘や誇大な説明など)が横行する 17

  2. これにより、市場全体の顧客の不信感・警戒心が増大する 14。消費者は「太陽光の営業は怪しい」という認識を強める。

  3. 顧客の警戒心が高まるため、新規顧客を獲得するためのマーケティング費用や営業工数が増大し、顧客獲得コスト(CAC)が高騰する 42

  4. 高騰したCAC販売業者の利益率を圧迫する。特に、真面目に事業を行っている業者ほど、このコスト増に苦しむことになる。

  5. 圧迫された利益を確保し、厳しい競争環境で生き残るため、業者(特に質の低い業者)は、さらに手っ取り早く契約を取れる悪質な営業手法に頼らざるを得なくなる

これが「底辺への競争」の正体である。短期的な成果を追求する行動が、長期的には市場の信頼という共通資本を破壊し、自らの首を絞める結果を招いている。一度このループが回り始めると、まるで転がり落ちる雪玉のように、市場の質は加速度的に劣化していく。

2.2. バランス型ループ(B1):「政策の無力化」という名の悪循環

この深刻な状況に対し、政府は「補助金」というカンフル剤を投与してきた。しかし、この政策介入が、意図せずして前述の悪循環をさらに強化し、自らの政策効果を相殺してしまうという、皮肉な構造(システム思考における「応急処置の失敗(Fixes that Fail)」の典型例)が生まれている。

図2:バランス型ループ B1「政策の無力化」

コード スニペット

graph TD
    subgraph B1
        E["政府による補助金投入"] --s--> F["再エネ導入のインセンティブ向上"];
        F --s--> G["再エネ市場への新規参入増加"];
        G --s--> H["悪質/低品質な業者の増加"];
        H --s--> I["消費者トラブル・悪評の増加"];
        I --s--> J["市場全体の評判・信頼の低下"];
        J --o--> K["再エネ導入意欲の減退"];
        K --o--> L["再エネ普及の停滞"];
        E --o--> L;
    end

 

(注: ‘o’ は “opposite direction” を意味し、一方の変数が増加(減少)すると、もう一方は減少(増加)する関係を示す)

このループが語る物語は、政策立案者にとって耳の痛いものだろう。

  1. 政府が再エネ普及を促進するため、補助金を投入する 4

  2. これにより、消費者と事業者双方にとって再エネ導入のインセンティブが向上する。

  3. 市場の魅力が高まり再エネ市場への新規参入が増加する。ここまでは政策の狙い通りである。

  4. しかし、参入障壁が低いままだと、この機会に乗じて、技術力や倫理観の低い悪質・低品質な業者も大量に市場に流れ込む 41。彼らは補助金を悪用した営業トークを展開する 22

  5. 結果として、施工不良や説明不足による消費者トラブルや悪評が増加する 29

  6. これらの悪評はインターネットや口コミで広まり市場全体の評判・信頼が低下する。

  7. 市場への不信感から、消費者の再エネ導入意欲が減退する。

  8. これが、当初の政策目標であった「再エネ普及」を妨げ、普及の停滞を招く。

このループは、なぜ補助金という「正義の政策」が、期待したほどの効果を上げていないのかを明確に説明している。補助金は、市場の「量」を増やそうとするが、同時に「質」を著しく低下させる副作用を伴う。そして、低下した「質」が、最終的に「量」の拡大を阻害するのだ。

2.3. 悪循環の連結:なぜ付け焼き刃の対策は失敗するのか

さらに深刻なのは、これら二つのループが独立しているのではなく、固く連結している点だ。

図3:連結された悪循環システム

コード スニペット

graph TD
    subgraph B1
        E["政府による補助金投入"] --s--> H["悪質/低品質な業者の増加"];
    end
    subgraph R1
        A["悪質な営業手法の横行"] --s--> B["顧客の不信感・警戒心の増大"];
    end
    H --"s (悪質な営業手法を助長)"--> A;
    B --"s (市場全体の信頼低下)"--> J["市場全体の評判・信頼の低下"];
    J --o--> K["再エネ導入意欲の減退"];
    K --o--> L["再エネ普及の停滞"];

 

補助金投入(ループB1)によって増加した悪質業者は、まさに「底辺への競争」ループ(R1)の主役である悪質な営業手法の担い手そのものである。つまり、政府の補助金政策が、意図せずして「底辺への競争」という市場破壊のエンジンに燃料を供給してしまっているのだ。

このシステム構造を理解すれば、なぜ従来の対策が機能しなかったのかは明らかだ。

  • 消費者への啓発(ナッジ):根本原因である「悪質な営業手法」と「顧客の不信感」を放置したままでは、効果は限定的。

  • 補助金の増額:ループB1をさらに強化し、悪質業者を呼び込むことで、ループR1を加速させ、状況を悪化させる危険性すらある。

真の解決策は、この悪循環の構造そのものを断ち切ることでしか生まれない。システムの「レバレッジ・ポイント(てこの支点)」、すなわち、小さな力で大きな変化を生み出せる急所はどこにあるのか。それは、補助金の「額」ではない。補助金を受け取る資格のある「売り手の質」を規定し、悪質な営業手法そのものを市場から排除する仕組みを構築することにある。次章以降では、このレバレッジ・ポイントに働きかける、具体的な戦略とソリューションを論じていく。


第3章:解決策のフレームワーク ― 「セールスイネーブルメント」を国家戦略へ

悪循環の罠から抜け出すためには、問題の根本構造に直接働きかける、新たなアプローチが必要だ。それは、個々の営業担当者のスキルアップや倫理観に期待する精神論ではなく、「売れる仕組み」を組織的、体系的に構築するという経営戦略、すなわち「セールスイネーブルメント(Sales Enablement)」である。

本稿は、このセールスイネーブルメントを、一企業の取り組みに留めず、日本の再エネ普及を加速させるための**「国家戦略」**として位置づけることを提案する。

3.1. 企業の流行語から国家的戦略へ

セールスイネーブルメントとは、営業組織が継続的に成果を上げられるように、コンテンツ、トレーニング、コーチング、ツールなどを統合的に提供し、営業活動全体を強化・改善する取り組みを指す 52。その目的は、一部のトップセールスに依存する「属人化」から脱却し、「組織全体で、誰もが質の高い営業活動を再現できる仕組み」を構築することにある 54

この概念を日本の再エネ市場に適用することは、極めて大きな意味を持つ。それは、単に「売り上げを上げる」ことではない。「売り方を健全化し、市場の信頼を回復させる」ための、最も効果的な処方箋となり得るからだ。

政府や業界団体が主導し、セールスイネーブルメントの考え方を業界標準として導入することで、第1章、第2章で指摘した深刻な問題群、すなわち情報の非対称性、プリンシパル=エージェント問題、そして「底辺への競争」という悪循環を、根本から断ち切ることが可能になる。

3.2. 再エネ・セールスイネーブルメントの4つの柱

国家戦略としての「再エネ・セールスイネーブルメント」は、以下の4つの柱で構成されるべきだ。これは、セールスイネーブルメントの一般的な構成要素 54 を、再エネ業界の特殊な課題に合わせて再定義したものである。

柱1:知識とコンテンツ(Knowledge & Content)

  • 解決すべき問題:情報の非対称性、不正確な情報伝達、不透明な見積もり。

  • 具体的な施策

    • 標準化された提案・見積もりフォーマットの提供総額、kW単価、メーカー・型番、保証内容、補助金適用後の実質負担額などが明記された、誰が見ても理解できる透明なフォーマットを業界標準とする 16。これにより、消費者は異なる業者からの提案を公正に比較できるようになる。

    • 「単一の信頼できる情報源」の構築:国や業界団体が管理するポータルサイトで、最新かつ正確な補助金情報、各メーカーの製品スペック、保証内容などを一元的に提供する。営業担当者はここから常に正しい情報を参照し、顧客に伝える義務を負う。

柱2:トレーニングとコーチング(Training & Coaching)

  • 解決すべき問題:営業担当者の知識・スキル不足、高い離職率、短期的な成果を求める強引な営業スタイル。

  • 具体的な施策

    • 国家認定カリキュラムの開発:単なる製品知識だけでなく、①顧客のライフプランや電力使用状況に合わせた最適な提案を行う「コンサルティング営業」、②関連法規や倫理規定を遵守する「コンプライアンス」、③投資対効果(ROI)やローンを正確に説明する「ファイナンシャル・リテラシー」、④施工に関する基礎的な「技術知識」を網羅した、全国共通のトレーニングプログラムを開発する 57

    • 継続的な教育と資格更新制度:一度きりの研修ではなく、定期的な知識のアップデートと資格更新を義務付けることで、業界全体のレベルを継続的に引き上げる。

柱3:テクノロジーとツール(Technology & Tools)

  • 解決すべき問題:非効率な業務プロセス、不正確な発電シミュレーション、どんぶり勘定の見積もり。

  • 具体的な施策

柱4:指標とパフォーマンス管理(Metrics & Performance)

  • 解決すべき問題:短期的な売上のみを追う、歪んだインセンティブ構造(プリンシパル=エージェント問題)。

  • 具体的な施策

    • 「品質」を測るKPIの導入:営業担当者や企業の評価指標を、従来の「契約件数」「売上高」といった量的な指標から、「顧客満足度」「シミュレーション精度(計画値と実績値の乖離率)」「アフターサービスの対応速度」「顧客獲得コスト(CAC)の低減率」といった質的な指標へと転換する 63

    • 業界ベンチマークの策定と公開:これらの質的KPIについて、業界平均となるベンチマークを定期的に調査・公開する。これにより、各社は自社の立ち位置を客観的に把握し、改善努力の方向性を明確にできる。

提案:再エネ事業者向け「セールスイネーブルメント成熟度モデル」

これらの4つの柱を、単なる理想論で終わらせないために、具体的で測定可能なロードマップとして「再エネ事業者向けセールスイネーブルメント成熟度モデル」を提案する。これは、各事業者が自社の営業組織の現状を客観的に評価し、次のステップに進むための行動計画を立てるためのフレームワークである。

成熟度レベル

柱1:知識とコンテンツ

柱2:トレーニングとコーチング

柱3:テクノロジーとツール

柱4:指標とパフォーマンス管理

レベル1:属人・無秩序

営業資料は個人が作成・管理。情報の正確性や一貫性がない。

OJTのみ。トップ営業の「背中を見て学ぶ」スタイル。体系的な教育なし。

紙とExcelが中心。シミュレーションは勘と経験に依存。

売上と契約件数のみを追跡。個人の成果がブラックボックス化。

レベル2:基礎

会社として基本的な営業資料(パンフレット等)を共有。

新人研修を実施。製品知識のインプットが中心。

顧客管理に基本的なCRM/SFAを導入。

チーム単位での売上目標管理。基本的な活動量を記録。

レベル3:標準化

標準化された提案書テンプレートを使用。全社で一貫したメッセージを発信。

役割に応じた体系的なトレーニングプログラムを導入。定期的な勉強会を実施。

標準化されたシミュレーションツールを全社導入。DXによる業務効率化に着手。

顧客満足度調査を導入。活動量と成果の相関分析を開始。

レベル4:最適化

顧客の状況に応じて最適なコンテンツを動的に提供するシステムを構築。

データに基づき個々の営業担当者の弱点を特定し、継続的なコーチングを提供。

AIを活用した需要予測や最適な提案の自動生成。顧客との情報共有もデジタル化。

顧客生涯価値(LTV)やシミュレーション精度など、質的なKPIで評価・報酬を決定。

この成熟度モデルは、個々の事業者の努力目標となるだけでなく、後述する政策(認定制度や補助金)の評価基準としても活用できる。例えば、「レベル3以上」の体制を構築していることを、優良事業者認定の条件とすることが考えられる。

セールスイネーブルメントというフレームワークを導入することは、再エネ市場を「いかに安く売るか」の消耗戦から、「いかに高い価値と信頼を提供するか」の健全な競争へと転換させる、最も確実な道筋なのである。


第4章:行動計画 ― 実行可能で画期的な3つのソリューション

セールスイネーブルメントという戦略的フレームワークを、絵に描いた餅で終わらせない。その理念を日本の再エネ市場に実装するため、具体的かつ相互に連携する3つの画期的なソリューションを提案する。これらは、第2章で示した悪循環の「レバレッジ・ポイント」に直接作用し、システム全体を健全な方向へと転換させる力を持つ。

4.1. 解決策1:「再エネ設備取引士」制度の創設

概要(What):

不動産取引における「宅地建物取引士(宅建士)」65 をモデルとした、

新たな国家資格「再生可能エネルギー設備取引士(仮称、以下CREA)」を創設し、一定規模以上の太陽光発電・蓄電池システムの販売・契約において、この資格保有者の介在を義務付ける。

目的(Why):

これは、第1章で論じた「レモン市場」問題に対する最も直接的かつ強力な処方箋である。

  1. 信頼性のシグナリング:宅建士が不動産取引の安全性を担保するように、CREAは再エネ設備取引の信頼性を担保する「信用の証」となる。消費者は、資格を持つ専門家から説明を受けることで、安心して契約プロセスに臨める。

  2. 個人の責任と専門性の確立:CREAには、宅建士の「重要事項説明」と同様の義務を課す。具体的には、契約前に、標準化された見積書、発電シミュレーションと経済効果シミュレーション、保証内容、補助金申請に関する重要事項を、顧客に対して書面を交付し、説明する法的責任を負う。これにより、営業担当者は単なる「販売員」から、法的責任を伴う「専門家(士業)」へと格上げされる。万が一、虚偽の説明があれば、資格停止などの罰則を科すことで、個人の説明責任を明確にする。

  3. 悪質業者の排除:不動産会社が従業員の5人に1人の割合で宅建士を置く義務があるように 65再エネ設備販売事業者にも一定のCREA保有を義務付ける。これにより、専門知識や倫理観を持たない業者の参入障壁が高まり、市場の健全化が促進される。

実現方法(How):

  • 主管官庁と試験制度:経済産業省が資格制度を所管し、試験の実施は中立的な第三者機関(例:不動産適正取引推進機構のような新設団体)に委託する。試験内容は、第3章で述べたセールスイネーブルメントの柱に沿い、①技術知識(製品、施工)、②法務・倫理(関連法規、消費者保護)、③財務知識(ROI計算、ローン、税制)などを網羅する。

  • 義務化の範囲:家庭用および小規模事業用の太陽光発電・蓄電池システムの販売・契約を対象とする。

  • キャリアパスの形成:CREA資格は、営業担当者にとって明確なキャリアパスとなり、専門性を高めるインセンティブとなる。これにより、業界全体の知識レベルが底上げされ、高い離職率の問題改善にも繋がる。これは、電気工事士が専門性を武器にキャリアを築くのと同様の構造である 68

4.2. 解決策2:「成果連動型(Pay-for-Success)」補助金制度への転換

概要(What):

現在の「設置時一括払い」が中心の補助金制度を抜本的に見直し、補助金の一部を、設置後の実際のパフォーマンス(成果)と連動させて支払う「成果連動型(Pay-for-Success, PFS)」モデルへと転換する。

目的(Why):

これは、第1章で指摘した「プリンシパル=エージェント問題」を解消するための切り札である。

  1. インセンティブの完全な一致:このモデルでは、施工業者(エージェント)の金銭的利益が、住宅所有者(プリンシパル)の利益(=期待通りの発電)と完全に一致する。業者は、質の高い施工を行い、システムが長期的に安定して性能を発揮して初めて、補助金の全額を受け取ることができる。

  2. リスクの適正な移転:「シミュレーション通りに発電しない」というリスクを、情報を持たない消費者から、専門知識を持つ施工業者へと移転させる。これにより、業者は自ずと現実的で誠実なシミュレーションを提示するようになる。

  3. 「レモン」の自然淘汰手抜き工事や性能の低い機器を使い、短期的な利益だけを追求する「レモン」な業者は、この成果連動の基準をクリアできないため、補助金ビジネスから自然に淘汰される。

実現方法(How):

  • 既存PFSモデルの応用PFS(またはソーシャル・インパクト・ボンド, SIB)は、日本政府がすでに医療・健康、介護、再犯防止などの分野で導入・実証している先進的な官民連携手法である 69。この実績あるフレームワークを、再エネ分野に応用する。

  • 具体的な支払い構造(例)

    • 第1段階(設置時):補助金総額の50%を、工事完了・系統連系時に支払う。

    • 第2段階(成果連動):残りの50%を、設置後1年目、2年目の終了時に25%ずつ分割で支払う。支払いの条件は以下の通り。

      • パフォーマンス指標:スマートメーター等で計測された年間実発電量が、契約時にCREAが提示したシミュレーション値の90%以上であること。

      • 満足度指標:設置1年後に実施される標準化された顧客満足度調査で、一定以上のスコアを獲得すること。

  • 運用の効率化:成果の検証は、スマートメーターのデータやオンライン調査を活用することで、行政の負担を最小限に抑えながら効率的に実施する。

4.3. 解決策3:業界横断的な「セールスイネーブルメント・プラットフォーム」の構築

概要(What):

政府が支援し、業界団体が運営する、全ての事業者が利用可能なデジタル・プラットフォームを構築する。これは、第3章で述べたセールスイネーブルメントの4つの柱を、特にリソースの乏しい中小企業に提供するための共有インフラである。

目的(Why):

  1. 機会の均等と品質の底上げ大企業のように自前で高度な研修制度やツールを開発できない中小企業 53 も、このプラットフォームを利用することで、質の高い営業活動を展開できるようになる。これにより、業界全体の品質の「床」が引き上げられ、健全な競争環境が生まれる。

  2. 新制度への適応支援:CREA制度やPFS補助金という新しいルールに適応するためには、新たな知識やツールが不可欠。このプラットフォームは、事業者が新制度へスムーズに移行するための強力な支援ツールとなる。

  3. 業界全体のDX推進:個々の企業の努力に任せるのではなく、業界全体としてデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進する 60。これにより、生産性の向上とコスト削減が実現し、最終的には消費者に還元される。

実現方法(How):

  • 官民連携による運営:経済産業省や環境省が初期投資を支援し、運営は太陽光発電協会(JPEA)などの業界団体が担う官民連携モデルとする。

  • プラットフォームの機能

    • Eラーニング・モジュール:CREA資格取得のための公式オンライントレーニングコンテンツ。

    • 標準化ツール群:中立的なデータに基づいた発電シミュレーションツール、標準見積もり作成ツール、電子契約システムなど。

    • コンテンツ・ライブラリ:コンプライアンスを遵守した製品説明資料やマーケティング素材のテンプレート集。

    • ベストプラクティス共有:優良事業者の成功事例(ケーススタディ)や、施工・顧客対応に関するノウハウを共有するフォーラム 72

これら3つのソリューションは、単独でも効果を発揮するが、真価はそれらが相互に補完し合うシステムとして機能する点にある。

  • CREAは、質の高い提案を行う「人」を育てる。

  • PFS補助金は、その質の高い提案が確実に実行されるよう「金銭的インセンティブ」を与える。

  • プラットフォームは、CREAを育成し、PFSモデルで成功するために必要な「道具と知識」を全ての事業者に提供する。

この三位一体の改革こそが、日本の再エネ市場を「不信のレモン市場」から「信頼と品質が報われる健全な市場」へと構造的に転換させる、唯一の道筋である。


第5章:3年間の展望:政策、技術、市場動向の航海術(2025-2028年)

提案した3つのソリューションは、今後3年間で日本のエネルギー政策、技術革新、市場動向とどのように相互作用し、未来を形作っていくのか。その展望を具体的に描く。

5.1. 国家政策との整合性

第7次エネルギー基本計画の実現に向けた「実行部隊」の創設

政府は、第7次エネルギー基本計画 3 やGX2040ビジョン 74 において、再エネの最大限の導入という高い目標を掲げている。特に太陽光は、2040年度には電源比率の23~29%を占める最大の柱として期待されている 3。しかし、この壮大な「何を(What)」を達成するための具体的な「いかにして(How)」、特に国民一人ひとりの家屋にまで導入を広げるための実行戦略は、これまで不明確であった。

本稿で提案したソリューション群は、まさにこの「How」を担う。

CREA制度は、信頼できる専門家集団という「実行部隊」を創出し、PFS補助金は、彼らが質の高い仕事を遂行するための「最適なインセンティブ」を提供する。これらの仕組みなくして、特に住宅用・小規模事業用の太陽光発電の導入を、計画通りに、かつ社会的な混乱なく進めることは極めて困難である。政府の目標達成は、この営業現場の構造改革の成否にかかっていると言っても過言ではない。

2025年度以降の補助金政策の「質的転換」

経済産業省や環境省は、2025年度に向けても巨額の再エネ関連予算を計上している 5。ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)化支援事業 4 や、ストレージパリティ達成に向けた事業 5 など、多様な補助金メニューが用意されている。

PFSモデルは、これらの既存の予算枠組みをより賢く、より効果的に活用する道を開く。重要なのは、必ずしも予算を増額する必要はないという点だ。むしろ、既存の補助金の一部を成果連動型に切り替えることで、同じ予算でも、より質の高い導入を促進し、税金の無駄遣いをなくすことができる。

例えば、ZEH補助金において、設計上の性能だけでなく、実際のエネルギー削減率に応じてインセンティブを追加する、といった応用が可能だ。これにより、補助金は単なるコスト補填から、市場の質を向上させるための戦略的投資へと「質的転換」を遂げる。

5.2. テクノロジーは万能薬ではない

ペロブスカイト太陽電池の登場と「情報の非対称性」の罠

2025年頃からの本格的な実用化が期待される次世代の「ペロブスカイト太陽電池」 76。薄く、軽く、曲げられるという特性から、建物の壁や曲面など、これまで設置が難しかった場所への応用が期待されている 78。多くの関係者は、この技術革新が普及のゲームチェンジャーになると期待している。

しかし、ここで冷静な視点が必要だ。どんなに優れた技術も、それを消費者に届け、信頼を勝ち取り、適切に施工する「ラストワンマイル」のチャネルが壊れていては、宝の持ち腐れとなる。

むしろ、ペロブスカイトのような新しい、まだ実績の少ない技術は、消費者にとって未知の要素が多く、既存のシリコン系太陽電池以上に「情報の非対称性」を拡大させる危険性をはらんでいる。「耐久性は本当に20年持つのか?」 80、「実際の発電効率はどうか?」といった消費者の不安に対し、知識のない営業担当者が曖昧な説明をすれば、不信感は増すばかりだ。

この文脈において、CREAのような信頼できる専門家の役割は、ますます重要になる。新しい技術のメリット・デメリットを正確に伝え、顧客の不安を解消し、適切な導入を導くことができる専門家がいて初めて、ペロブスカイト太陽電池は真に社会に受容され、普及することができる。技術革新を成功させるためにも、営業チャネルの改革は避けて通れない前提条件なのである。

5.3. 影響予測:変革後の市場(2025-2028)

提案した3つのソリューションが導入された場合、日本の再エネ市場は今後3~5年で劇的な変貌を遂げるだろう。その変化を主要なKPI(重要業績評価指標)で予測する。

  • 顧客獲得コスト(CAC):市場の信頼回復が最大の効果をもたらす。悪質業者が淘汰され、誠実な業者が評価されるようになると、消費者の警戒心が和らぐ。これにより、営業効率が劇的に改善し、口コミや紹介による顧客獲得が増加する 51。結果として、現在高止まりしているCACは大幅に低下するだろう。これは、販売価格の低下にも繋がり、さらなる需要を喚起する。

  • 市場成長率:これまで「興味はあるが、業者が信用できない」という理由で購入をためらっていた、最も大きな潜在顧客層の背中を押すことになる。信頼の障壁が取り払われることで、住宅用太陽光発電の普及率(現在6.3%)は、停滞期を脱し、再び加速度的な成長軌道に乗る。

  • 消費者相談件数:国民生活センターなどに寄せられる太陽光発電関連の相談件数 40 は、CREAによる説明義務の徹底とPFSによるインセンティブの是正により、激減する。市場はクリーンで安全なものへと変貌を遂げる。

  • 事業者の収益性:「安かろう悪かろう」の価格競争から脱却し、質の高いサービスを提供する優良事業者が正当に評価され、収益を確保できる市場へと変化する。これにより、事業者は人材育成や技術開発に再投資する余力が生まれ、業界全体のポジティブなスパイラルが生まれる。

この変革は、単に再エネ設備の普及を加速させるだけではない。それは、日本のエネルギー市場に、公正で、透明で、持続可能な新しいエコシステムを創造する、壮大な社会変革の第一歩となるのである。


結論:「レモン市場」から「信頼の市場」へ

日本の脱炭素化という国家目標は、今、その足元で思わぬ伏兵に足を取られている。それは、技術の壁でも、国民の無関心でもない。「売り方」の構造的欠陥という、これまで見過ごされてきた、しかし極めて深刻なボトルネックである。

本稿は、この問題を徹底的に分析し、その根源が、売り手と買い手の間に横たわる深刻な「情報の非対称性」と、短期的な利益を優先させる「歪んだインセンティブ構造」にあることを明らかにした。

これらの問題は、アカロフの「レモン市場理論」や「プリンシパル=エージェント問題」によって見事に説明され、システム思考の観点からは、市場の質を際限なく低下させる悪循環を形成している。

政府や業界がこれまで注力してきた、買い手の行動変容を促す「ナッジ」や、単純な補助金の増額といったアプローチは、この根本構造に触れることなく、むしろ問題を悪化させる危険性すらあった。もはや、対症療法を繰り返す時間的猶予はない。

我々が今、下すべき決断は、政策の焦点を「買い手」から「売り手」へと、180度転換することである。

そのための具体的な行動計画として、本稿は三位一体のソリューションを提案した。

  1. 「再エネ設備取引士(CREA)」制度:専門性と倫理観を備えた「人」を育て、個人の説明責任を確立する。

  2. 「成果連動型(PFS)」補助金:長期的な成果に報いることで「インセンティブ」を是正し、品質を利益に直結させる。

  3. 「セールスイネーブルメント・プラットフォーム」:全ての事業者が質の高い営業活動を行えるよう「道具と知識」を共有し、業界全体のレベルを底上げする。

これらは、単なるアイデアの羅列ではない。互いに連携し、市場のインセンティブ構造そのものを「信頼と品質が最も収益性の高い戦略となる」ように再設計する、一つの完成されたシステムである。

政策立案者、そして業界のリーダーたちに問いたい。

我々はいつまで、悪質な営業手法がもたらす消費者トラブルに目を背け、市場の不信感を放置し続けるのか。再エネの普及が進まないのを、国民のせいにして思考停止に陥ってはいないか。

2050年への道は、決して平坦ではない。しかし、その道を切り拓く力は、新たな技術や巨額の予算の中にだけあるのではない。それは、一軒一軒の家庭を訪れ、顧客の未来に寄り添い、誠実な対話を通じて信頼を勝ち取る、プロフェッショナルな営業現場にこそ宿る

脱炭素の未来へ続く扉を開ける鍵は、買い手への「小さな後押し」ではない。売り手の「偉大な変革」である。日本のエネルギー政策が、この本質的な課題に真摯に向き合うことを、強く期待する。


付録

よくある質問(FAQ)

Q1: 新たな資格制度(CREA)は、事業者にとって単なる規制強化・負担増になるだけではないですか?

A1: 短期的には資格取得のためのコストや手間が発生しますが、長期的には事業者にとって大きなメリットがあります。第一に、市場全体の信頼性が向上することで、顧客獲得コスト(CAC)が大幅に低下し、営業効率が向上します。第二に、CREA資格が専門性の証となることで、質の高いサービスを提供する優良事業者は、価格競争から脱却し、適正な利益を確保しやすくなります。第三に、従業員にとっては明確なキャリアパスとなり、人材の定着と育成に繋がります。これは、信頼される業界の証である「宅地建物取引士」制度が、不動産業界全体の発展に寄与してきたのと同じ構造です 65

Q2: 成果連動型(PFS)補助金は、行政手続きが複雑になり、事業者・行政双方の負担が増えるのではありませんか?

A2: PFSは一見複雑に見えますが、デジタル技術を活用することで効率的な運用が可能です。成果の検証は、スマートメーターから得られる客観的な発電量データと、オンラインで実施する標準化された顧客満足度調査を基に行います。これにより、行政担当者が個別に現地調査を行う必要はなく、データに基づいて自動的に支払い処理を行うシステムを構築できます。すでに国内の他分野(医療・介護など)でPFS/SIB事業が複数実施されており、その運用ノウハウを応用できます 69。初期の制度設計コストはかかりますが、税金が真に効果のある事業に投下されるという行政の「成果責任」を果たす上で、極めて費用対効果の高いモデルです。

Q3: 中小の施工事業者は、こうした新しい制度(CREA、PFS)に適応するためのリソースがないのではないでしょうか?

A3: その懸念に直接応えるのが、第3の解決策である「業界横断的なセールスイネーブルメント・プラットフォーム」です。このプラットフォームは、特に中小企業を対象に、CREA資格取得のための安価なeラーニング、標準化されたシミュレーション・見積もりツール、コンプライアンスを遵守した営業資料などを提供します。これにより、大企業とのリソース格差を埋め、全ての事業者が新しいルールのもとで公正に競争できる環境を整備します。これは、個々の企業に負担を強いるのではなく、業界全体のインフラとして品質を底上げするアプローチです。

Q4: 消費者自身が、インターネットの一括見積もりサイトなどで情報を比較すれば、問題は解決するのではないでしょうか?

A4: 一括見積もりサイト 11 は、複数の選択肢を一度に入手できる点で有用ですが、根本的な問題解決には至りません。なぜなら、それらのサイトは「情報の非対称性」を解消するものではないからです。消費者は複数の見積もりを並べても、どの価格が適正で、どのシミュレーションが現実的で、どの保証が信頼できるのかを自力で判断することは極めて困難です 16。結果として価格の安さだけで判断してしまい、質の低い業者を選んでしまうリスクが残ります。「レモン市場」問題の本質は、情報の量ではなく「質の非対称性」にあり、これを是正するにはCREAのような信頼できる専門家の介在が不可欠です。

Q5: これらの改革によって、太陽光発電の設置費用は逆に高くなるのではありませんか?

A5: 最終的な消費者価格は、低下する可能性が高いと考えられます。価格を構成する要素を分解すると、その理由がわかります。現在の価格には、市場の不信感に起因する非効率な営業活動のコスト、すなわち非常に高い「顧客獲得コスト(CAC)」が上乗せされています 42。提案する改革は、市場の信頼を回復させることでこのCACを劇的に削減します。また、DXの推進は業務効率を向上させ、コスト削減に寄与します。資格取得などのコスト増を、これらのコスト削減効果が上回ることで、事業者は適正な利益を確保しつつ、より競争力のある価格を消費者に提供できるようになります。品質と信頼の向上は、長期的には必ずコストの低下に繋がります。

ファクトチェック・サマリー

本稿で引用した主要な事実とデータは、以下の公的機関および信頼性の高い調査に基づいています。

  • 日本の住宅用太陽光発電普及率:全国で6.3%、戸建住宅で11.6%(令和3年度時点)7

  • エネルギー基本計画における再エネ目標:2030年度の電源構成比で36~38% 1。第7次計画では2040年度に4~5割を目指す方針 3

  • 住宅用太陽光・蓄電池の価格帯:一般的に100万円を超える高額商材である 11

  • 消費者トラブルの実態:強引な勧誘、不誠実な説明、補助金に関する虚偽の説明、施工後のトラブル(雨漏り等)が国民生活センター等に多数報告されている 14

  • 顧客獲得コスト(CAC):米国の住宅用太陽光市場では、CACが1ワットあたり$0.85に達するなど、コスト構造における主要な課題となっている 42

  • ペロブスカイト太陽電池の動向:国内メーカー各社が2025年頃の実用化・事業化を目指し、開発を進めている 76

  • 主要なエネルギー政策:議論は第7次エネルギー基本計画、GX2040ビジョンなどを中心に進められている 3

  • 成果連動型(PFS/SIB)事業の実績:内閣府、経済産業省などが主導し、医療・健康、介護、再犯防止などの分野で日本国内での導入事例が複数存在する 69

  • 主要な出典元経済産業省 資源エネルギー庁環境省株式会社 富士経済自然エネルギー財団、(https://www.woodmac.com/news/opinion/why-are-us-distributed-solar-customer-acquisition-costs-still-on-the-rise/)、(https://solarjournal.jp/policy/57241/)、国民生活センター株式会社ソーラーパートナーズ

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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