ヒト型ロボット(ヒューマノイド)とレアアース地政学の時代におけるロボット安全保障戦略

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

ヒト型ロボット(ヒューマノイド)とレアアース地政学の時代におけるロボット安全保障戦略

序論:2027年の変曲点 – 国家の約束と危機

2027年頃、日本の物流倉庫、製造ライン、そして介護施設では、ヒト型ロボットが目に見える形で社会に溶け込み始めている

この光景は、単なる経済的機会の到来を告げるだけでなく、日本が長年抱いてきた「ロボット大国」という夢の実現が目前に迫っていることを示している。しかし、この技術的な夜明けには、深刻なパラドックスが潜んでいる。

この革命を可能にする核心部品、すなわちヒト型ロボットの滑らかで力強い動きを生み出す小型・高出力サーボモーターは、ネオジム磁石という特定の素材に決定的に依存している。そして、このネオジム磁石のサプライチェーンは、地政学的な意図を持つ単一の国家によって、その生殺与奪の権を握られているのが現状である。この構造的脆弱性は、日本の「ロボットの夢」そのものを、他国の掌中に委ねるに等しい。本稿では、この脆弱性を「ロボット安全保障」における中心課題と定義する。

本報告書の目的は、この致命的な脆弱性いかにして戦略的優位性へと転換し、来たるべき自動化時代における日本のリーダーシップを確固たるものにするか、という問いに答えることにある。そのために、まず現状の課題を深く分析し、次いで包括的かつ実行可能な国家戦略の青写真を提示する。

第1章 ヒト型ロボットの台頭:2027年以降の市場の現実

革命の規模 – 爆発的成長というコンセンサス

ヒト型ロボット市場が、今後数年間で爆発的な成長を遂げることは、複数の市場調査機関が一致して予測するところである。2024年に約15億ドルと推定される市場規模は、2035年には380億ドルに達するとの予測がある 1。他の調査では、2032年までに約660億ドル 2、あるいは2027年までに320億ドル 3 という数字も示されている。年平均成長率(CAGR)は特に驚異的で、2024年から2027年にかけて154% 3、あるいは2024年から2030年にかけて83% 5 という予測がなされている。

これらの予測における絶対額の差異は、本質的な問題ではない。重要なのは、あらゆる調査機関が「ホッケースティック型」と形容される指数関数的な成長曲線を描いている点である。この急激な加速は、戦略的な立ち位置を確保するための時間的猶予が急速に失われつつあることを意味する。

2025年に行われる意思決定が、2030年以降の国家の競争力に不均衡なほど大きな影響を与えることになる

市場の漸進的な成長は段階的な対応を許容するが、このような指数関数的な成長は、先制的かつ抜本的な戦略行動を要求する2025年から2027年は準備期間ではなく、すでに競争の火蓋が切られた決定的な局面なのである。

成長のエンジン – AI、人口動態、そして新ビジネスモデル

ヒト型ロボット市場の成長は、単なる技術主導の「テクノロジー・プッシュ」ではない。むしろ、社会的な要請という強力な「ソシエタル・プル」によって牽引されている。その最大の要因が、生成AIの飛躍的な進化である。生成AIは、ロボットの認知能力と対話能力を劇的に向上させ、「ゲームチェンジャー」となった 3。これにより、ロボットは工場の定型作業から、人間や状況に応じて動的に対応するサービス業務へと活躍の場を広げることが可能になった。

この技術的進化は、日本の深刻な社会課題と共鳴する。高齢化と労働力不足は、介護や介助、コンパニオンとしての役割を担うロボットへの強い需要を生み出している 4。超高齢社会に直面する日本にとって、この「ソシエタル・プル」他国に類を見ないほど強力であり、ヒト型ロボット分野でのリーダーシップ獲得は、経済的な選択肢ではなく、国家的な必須命題である。

さらに、「Robots-as-a-Service(RaaS)」という新しいビジネスモデルの登場が、市場拡大を後押ししている 4企業や個人がロボットを所有するのではなく、サービスとして利用(リース)するこのモデルは、高額な初期投資という導入障壁を劇的に引き下げる。これにより、自動化の恩恵が、これまで導入が難しかった中小企業や一般家庭にまで浸透することが期待される。

NVIDIAのジェンスン・フアンCEOがヒト型ロボット工学を「史上最大級の産業になる可能性がある」と述べた背景には、こうした要因の収斂がある 8ヒト型ロボットは、AIの物理的な身体(エンボディメント)であり、その競争は単なるハードウェアの性能競争に留まらない。テスラの戦略が示すように 9真の戦場は、ハードウェア(ロボット本体)、ソフトウェア(OS)、そしてAI(基盤モデル)が統合されたプラットフォームの覇権争いとなる。単なる部品供給国に留まれば、その価値はコモディティ化し、プラットフォームを支配する者が価値の大半を独占することになるだろう。

表1:世界のヒト型ロボット市場予測(2025年~2035年)

調査機関 予測年 市場規模(10億ドル) 出荷台数予測 主な成長ドライバー 出典
Report Ocean 2027年 48.9 AI技術の進化、高齢者支援需要 7
2035年 38.0 1
Fortune Business Insights 2032年 66.0 2
TrendForce 2027年 >2.0 生成AI、RaaSモデル、労働力不足 4
Adamas Intelligence 2027年 36,700台(米国) Teslaの量産化、コスト低下 9
Electronicsforu.biz 2027年 32.0 生成AI、Tesla Optimus等の量産化 3
Omdia 2027年 10,000台超(世界) 生成AI、開発コスト最適化、NVIDIAの推進 5

この表は、本報告書が提起する問題の緊急性を一目で理解させるものである。その前提が単一の投機的な予測ではなく、広範な業界のコンセンサスに基づいていることを示しており、「ロボット安全保障」戦略の必要性が否定しがたい事実であることを裏付けている。

第2章 磁石というチョークポイント:ネオジム、地政学、そしてグローバルサプライチェーン

パワーの物理学 – なぜ(今のところ)ネオジムは代替不可能か

ヒト型ロボットの性能を左右するのは、関節を動かすサーボモーターの性能であり、その心臓部となるのが永久磁石である。現在実用化されている磁石の中で「最も強力」なのが、ネオジム・鉄・ボロン(NdFeB)を主成分とするネオジム磁石である 10。その高い磁力(エネルギー積)は、モーターの小型・軽量化と高出力化を両立させることを可能にし、人間のような滑らかで力強い動きを実現するための必須条件となっている 11ロボットの主要部品である遊星ローラーねじや中空カップモーターは、コストの大部分を占めるが、その性能は磁石の強度に直結している 3

磁気エネルギー積()という物理量が、現代ロボット工学の鍵を握っている。この値が高ければ高いほど、同じ体積の磁石からより大きな力を引き出すことができる。もちろん、フェライト磁石のようなより安価で弱い磁石も存在する。しかし、これらを用いて同等の性能を出そうとすれば、ロボットは必然的に大型化・重量化し、動作は鈍重になり、エネルギー効率も悪化する。これは、ほとんどのヒト型ロボットの用途において、商業的な競争力を完全に失うことを意味する。

さらに深刻なのは、ネオジム(軽希土類)だけでは高性能モーターは完成しないという事実である。高温環境下でも磁力を維持するためには、保磁力を高める添加剤として、ジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)といった重希土類(HREE)が不可欠となる 10これらの元素はネオジムよりもはるかに希少で高価であり(2023年の酸化物価格はテルビウムが約1,300ドル/kgに対し、ネオジムは約80ドル/kg 12)、その供給は中国一国に極度に集中している 13

したがって、日本の「ロボット安全保障」は、軽希土類と重希土類の両方を視野に入れた複眼的な戦略でなければならない

需要のスーパーサイクル – メガトレンドの衝突

ネオジム磁石への需要は、複数の巨大産業で同時に、かつ爆発的に増加している。世界のネオジム磁石市場は、2023年の119億ドルから2030年には219億ドルへと成長すると予測されている 14。この需要を牽引するのは、電気自動車(EV)、風力発電、そしてロボットという、いずれも脱炭素社会と自動化社会の実現に不可欠なメガトレンドである。

EV向けの需要だけでも、2020年の7,300トンから2030年には11万4,100トンへと急増する見込み15風力発電機もまた、巨大なネオジム磁石の塊であり、その需要は世界的に拡大している 16ヒト型ロボット1体あたりの磁石使用量はEVに比べれば小さいが、その生産台数の指数関数的な増加が予測されている。2027年のロボット向け需要は年間100~150トン程度とまだ小さいものの、2030年以降は「倍々で」増加し、やがては新設される磁石工場一つ分の生産量に匹敵する規模になると予測されている 9

これは、ロボット産業が安定した市場に参入するのではなく、すでに世界的なエネルギー転換によって極度の需給逼迫状態にある市場に参入することを意味する。これは、前例のない価格変動と供給不足を引き起こす「パーフェクト・ストーム」の到来を予告している。

龍の掌握 – 中国のサプライチェーン支配の構造

レアアースを巡る地政学リスクを理解する上で、単なる産出量や埋蔵量のシェアを見るだけでは本質を見誤る。2023年時点で、中国のレアアース採掘量は世界の約69% 18埋蔵量は約37%を占める 19。しかし、この数字は現実を過小評価している。真のチョークポイントは、鉱石を採掘する「上流」ではなく、元素ごとに分離・精製する「中流」と、金属・合金化し磁石を製造する「下流」に存在する。

例えば米国は、レアアース化合物・金属の95%以上を輸入に依存しており、その最大の供給元(72%)は中国である 12。これは、米国で採掘された鉱石も、分離・精製のために中国へ送られているという現実を反映している。この技術的に複雑で高度なノウハウを要する中流・下流工程において、中国の支配力は90%以上に達すると推定されている 13オーストラリアや米国で新たな鉱山が稼働したとしても、その鉱石が中国の精錬所を経由する限り、サプライチェーンの脆弱性は解消されない。この構造こそが、中国に地政学的な「レバー」を与えているのである。

表2:世界のレアアースサプライチェーン:主要チョークポイントと中国の支配率(%)

サプライチェーン段階 中国の世界シェア(%) 日本にとっての脆弱性
上流:採掘

約69% 18

鉱石供給源の偏在。ただし、豪州・米国等でも生産。
中流:分離・精製

90%以上 13

最も深刻なチョークポイント。国内および同盟国に代替施設が存在しない。技術的障壁が高い。
下流:金属・合金製造

90%以上 13

分離・精製工程と密接に関連。中国国内で完結するバリューチェーン。
最終製品:磁石製造

約85% 13

日本企業もシェアを持つが(約15%)、原料の大部分を中国に依存。コスト競争力で劣位。

この表は、問題の構造を分解し、政策決定者に対して、採掘のみに焦点を当てた解決策がいかに不十分であるかを視覚的に示している。喫緊の課題は、技術的にも資金的にも遥かに困難な、中流・下流工程における能力構築であることが明らかである。

第3章 2010年の残響:前回のレアアース・ショックを解剖する

危機の解剖学

今日の地政学的リスクを評価する上で、2010年に発生した「レアアース・ショック」は、極めて重要な教訓を含んでいる。これは単なる市場の失敗ではなく、サプライチェーンが意図的に「武器化」された事例であった。

2010年7月、中国商務省は、同年後半のレアアース輸出許可枠を大幅に削減すると発表した。その削減幅は、中国企業向けで前年同期比約72%減、外資系企業向けに至っては約83%減という衝撃的なものであった 20。これにより、レアアース価格は天井知らずの暴騰を始めた。

ショックの余波:価格ヒステリーと日本の対応

価格は2011年半ばにピークを迎え、一部のレアアースは数十倍にまで高騰した 20。この未曾有の危機に対し、日本政府と産業界は官民一体で対応にあたった。その戦略は、以下の三本柱で構成されていた 21

  1. 供給源の多角化:独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を通じ、オーストラリアのライナス社に巨額の投融資を行い、中国以外の供給源を育成した。

  2. 代替・使用量削減技術の開発:ネオジム磁石の使用量を削減する技術や、重希土類フリー磁石の開発など、540億円規模の研究開発プロジェクトを立ち上げた。

  3. 国際的なルール形成:中国の輸出規制は不当であるとして、米国、EUと共に世界貿易機関(WTO)に提訴し、最終的に勝訴した。

これらの対応は大きな成果を上げ、日本のレアアース輸入に占める中国の割合は、2009年の85%から2020年には58%まで低下した 21。しかし、この成功体験は、同時に危険な「自己満足」を生み出した側面も否定できない。なぜなら、市場の根本的な構造、すなわち中流・下流工程における中国の圧倒的支配という現実は、何ら変わらなかったからである。

そして、次に来る危機は、2010年とは性質を異にする。前回の危機は、政治的に引き起こされた「供給ショック」であった。しかし、次に予測される危機は、EV、グリーンエネルギー、そしてロボットという巨大産業の同時離陸によって引き起こされる、構造的な「需要ショック」である。2010年当時は、研磨剤など一部の用途で代替や使用量削減が可能であった 20

しかし、高性能モーターからの需要は、代替が極めて困難な「非弾力的」な需要である。これは、次の危機が前回とは比較にならない規模となり、かつ過去の成功体験に基づいた処方箋では対処が困難であることを示唆している。

第4章 自律性への青写真:日本の「ロボット安全保障」戦略

この章では、強靭かつ主権的なロボット産業を構築するための核心的な解決策として、4つの柱からなる国家戦略を提言する。

第1の柱:サプライチェーンの主権 – 多角化から管理へ

ライナス社のような中国以外の供給源からレアアースを調達するだけでは、中流工程のギャップを埋めることができず、戦略的に不十分である。真の安全保障は、サプライチェーンの「多角化」から、主要工程を自ら「管理」するフェーズへと移行しなければならない。

提案される解決策:

  1. 攻撃的な「フレンド・ショアリング」と「オン・ショアリング」の推進:経済安全保障推進法 21 を最大限に活用し、採掘だけでなく、特にレアアースの分離・精製、磁石製造といった中流・下流工程の国内拠点、あるいは米国、オーストラリア、カナダといった同盟国への拠点設置に対し、大規模かつ的を絞った補助金やリスクマネーを供給する。目標は、鉱石から磁石まで、中国を介さない完全なバリューチェーンを同盟国と共に構築することである。

  2. 深海レアアース泥開発の国家プロジェクト化:日本の排他的経済水域(EEZ)内、南鳥島沖に眠る膨大なレアアース泥資源 22 の探査・開発を、国家の威信をかけた「ムーンショット」プロジェクトとして位置づける。これは長期的な視点に立つものだが、究極的な資源独立を達成するための重要な布石である。

さらに、従来の国家備蓄戦略も進化させる必要がある。酸化物のような原料を備蓄するだけでは、有事の際に緩衝材として機能するに過ぎない 21。新たな戦略は、原料に加えて、最終製品である高付加価値な「永久磁石」そのものを備蓄対象とすることである。これにより、サプライチェーンの最終段階におけるボトルネックを解消する戦略的リザーブを構築する。米国はすでにこの方向へ動き出している 12

第2の柱:循環型磁石経済 – 都市鉱山を国家資源に

リサイクルは技術的には可能だが、廃製品からの磁石の回収・解体コストや、組成が異なる磁石を元素ごとに分離・精製するコストが高く、経済的に成り立ちにくいという課題がある 13。この障壁を乗り越え、「都市鉱山」を真の国家資源とするためには、大胆な政策介入が不可欠である。

提案される解決策:

  1. 「リサイクル設計」の義務化:EV、風力発電機、産業用ロボット等のメーカーに対し、製品寿命を迎えた際に磁石を容易に、かつ安全に取り出し、識別できるような設計(Design for Recycling)を法的に義務付ける

  2. 国家的回収インフラの構築:官民連携パートナーシップ(PPP)などを通じ、磁石を含む廃製品を全国規模で効率的に回収、解体、集約するシステムを構築・運営するための資金を拠出する。

  3. 次世代リサイクル技術への集中投資高価な化学処理を必要とせず、環境負荷も低い「水素処理法(HPMS)」 25 のような革新的リサイクル技術の実用化・スケールアップを強力に支援する。

  4. 野心的な国家目標の設定:経済産業省自身の試算(2040年までに年間2,500トンのネオジム磁石が回収可能 13)を基に、例えば「2035年までに国内で製造される製品に使用されるネオジムの25%をリサイクル資源で賄う」といった具体的な国家目標を設定し、進捗を管理する。

第3の柱:技術的跳躍 – 依存からの脱却を目指すイノベーション

単一の材料技術(NdFeB)への過度な依存は、それ自体が本質的なリスクである。真の安全保障は、現在の制約を乗り越える技術的跳躍(リープフロッグ)によって達成される。

提案される解決策:

  1. デュアルトラック研究開発ミッションの推進

  2. 「ロボットフレンドリーな環境」との戦略的統合:

    経済産業省が推進するロボットフレンドリーな環境」構築 30 は、通常、ロボットの導入コストを低減する施策と見なされている。しかし、これを資源戦略の重要な一環として再定義すべきである。例えば、物流倉庫のコンテナ規格を統一したり、床面のマーキングを標準化したりすることで、ロボットが実行する作業は単純化される。これにより、ロボットのアクチュエーターに求められる性能要件が緩和され、より性能の低いモーター、すなわち、より低品位の、あるいはフェライト磁石のようなレアアースフリーの磁石でも対応可能となる可能性がある。これは、資源制約そのものを、環境側からのアプローチによって「回避」するという、極めて日本的なシステム思考に基づくイノベーションである。

第4の柱:ヒューマン・アルゴリズム – ロボット戦略家世代の育成

日本は、2040年までにAI・ロボット関連人材が326万人不足するという、壊滅的な人材不足に直面している 31。いかなる精緻な戦略も、それを実行する人材がいなければ絵に描いた餅に終わる。

提案される解決策:

  1. 抜本的な教育改革材料科学、ロボット工学、AI、そして地政学を融合させた学際的な教育プログラムを創設し、現在の縦割り型理系教育を刷新する。

  2. 産学連携のスケールアップ未来ロボティクスエンジニア育成協議会(CHERSI)」 30 のような既存の取り組みへの資金提供と対象範囲を劇的に拡大する。

  3. 戦略的移民政策世界のトップレベルのロボット・材料科学研究者、エンジニア、そしてその家族を対象とした、迅速な特定技能ビザプログラムを創設する。日本を、この分野で働く上で世界で最も魅力的な国へと変貌させる。

表3:日本のロボット安全保障戦略の4本柱:行動のためのフレームワーク

主要目標 具体的な行動・政策 主導機関
I. サプライチェーンの主権 中国を介さない完全なバリューチェーンの構築 経済安保法に基づく中・下流工程への集中投資、戦略的備蓄対象の拡大(磁石本体)、深海資源開発の国家プロジェクト化 経済産業省、JOGMEC、内閣府
II. 循環型磁石経済 都市鉱山からの資源回収率の最大化 「リサイクル設計」の法制化、国家的回収インフラの構築、次世代リサイクル技術への投資、リサイクル率の国家目標設定 経済産業省、環境省、NEDO
III. 技術的跳躍 レアアース依存からの段階的脱却 重希土類フリー/レアアースフリー磁石開発のムーンショット、高性能フェライト磁石の実用化、「ロボフレ環境」との戦略的連動 NEDO、文部科学省、JST
IV. ヒューマン・アルゴリズム 世界最高水準のロボット人材プールの形成 学際的教育プログラムの創設、産学連携の抜本的強化、高度人材向けの戦略的ビザプログラム 文部科学省、経済産業省、出入国在留管理庁

この表は、本稿が提言する戦略全体の実行サマリーである。政策決定者が実行計画を策定する上で、直接的な参照枠組みとして機能することを目指している。

第5章 企業の最前線:日本産業界への行動要請

国家戦略の成功は、最前線で戦う企業の行動なくしてあり得ない。ファナックや安川電機のようなロボットメーカー 27、トヨタのような自動車大手 33、そして信越化学工業やTDKのような素材メーカー 26 は、単なる部品の買い手から、国家戦略を担うパートナーへと変貌する必要がある。

部品バイヤーから戦略的パートナーへ

単に市場から部品を調達するという受動的な姿勢を捨て、自社のサプライチェーンを守るために能動的に行動することが求められる。具体的には、鉱山や精製プロジェクトへの直接投資、垂直統合の検討、長期的なオフテイク契約の締結などを通じて、自ら供給源を確保する努力が必要である。

新たな材料パラダイムの受容

リサイクル材や次世代磁石を率先して採用することは、単なるリスクヘッジに留まらない。自社製品を「地政学的に強靭」かつ「持続可能」であると市場にアピールする、強力な競争優位性となり得る。

強靭性のケーススタディ

日本の企業は、すでにこの課題への取り組みを開始している。

  • 信越化学工業:重希土類の使用量を大幅に削減した磁石の開発や、リサイクルの推進に積極的に取り組んでいる 26

  • ジェイテクト:重希土類を使用しない磁石技術の開発に成功している 35

  • 安川電機:EV向けに、入手が容易なフェライト磁石を用いたモーターを開発し、リスクそのものを設計段階で回避する戦略を明確に示している 27

  • トヨタ自動車:使用済みハイブリッド車からモーターを回収し、ネオジム磁石をリサイクルするクローズドループ・システムの構築で世界をリードしている 33

これらの先進的な取り組みを、個社の努力に終わらせることなく、産業界全体のスタンダードへと昇華させていく必要がある。

結論:ロボットの未来を確保するために

本報告書が提示した中心的な論点を再度強調したい。2027年に訪れるヒト型ロボットの変曲点は、日本にとって歴史的な機会である。しかし、その機会は、資源というアキレス腱に固く結び付けられている

「ロボット安全保障」は、もはや選択的な追加政策ではない。21世紀の日本の繁栄にとって、エネルギー安全保障と同等に不可欠な国家の生命線である。

この戦略の実行には、政府(経済産業省、外務省、文部科学省)、産業界(経団連、個別企業)、そして学術界が、前例のないレベルで協調し、国家的な総力を結集することが求められる。この挑戦は、脅威ではなく、むしろ日本の新たなイノベーションと世界的なリーダーシップを 촉発するための、究極的な触媒と捉えるべきである。今こそ、国家の意志を結集し、自らの手でロボットの未来を確保する時である。


FAQ(よくある質問)

Q1: なぜ今、「ロボット安全保障」がこれほど緊急の課題なのですか?

A: 2027年頃から始まるヒト型ロボット市場の指数関数的な成長 4 が、すでにEVや風力発電によって逼迫しているレアアース市場と衝突するためです 15。強靭なサプライチェーンを構築するための時間的猶予は、急速に失われつつあります。

Q2: 日本はネオジム磁石の代わりに、安価なフェライト磁石を使えないのですか?

A: 一部の用途では可能であり、それは本戦略の重要な一部です(第3の柱)。しかし、高性能で俊敏なヒト型ロボットにとって、現在のフェライト磁石は出力密度が不足しており、より大型で重く、効率の悪いロボットになってしまい、商業的な競争力を持ちません 10。目標は、この性能ギャップを埋める次世代フェライト磁石を開発することです 37。

Q3: 日本の深海底からレアアースを採掘することは、どの程度現実的なのですか?

A: 技術的にも経済的にも困難な挑戦ですが、長期的な視点では戦略的に極めて重要です。JOGMECや戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は、必要な採掘・精製技術の開発に注力しています 22。これは、完全な資源独立を達成するための潜在的な道筋を示しています。

Q4: 日本が直ちに着手すべき、最も重要な行動は何ですか?

A: 経済安全保障推進法 21 を即座に活用し、国内または同盟国内にレアアースの分離・精製施設を建設するための資金を拠出することです。これは、サプライチェーンにおける最も深刻な中流のチョークポイント 13 に対処するものであり、第1の柱の基礎となるステップです。

Q5: ロボット製造における中国自身の支配力は、この戦略にどう影響しますか?

A: 中国もまた、大規模な量産計画を掲げ、ロボット分野でのリーダーシップを目指しています 39。鉱山から磁石、そしてロボット本体に至るまで、サプライチェーン全体を垂直統合していることは、中国に圧倒的なコストとスピードの優位性を与えます。したがって、日本の「ロボット安全保障」戦略は、自国産業のための資源を確保するだけでなく、国家主導で完全に統合された競合相手と競争できる体制を築くことも目的としなければなりません。


ファクトチェック・サマリー

本報告書で引用された主要な定量的データの要約と出典を以下に示します。

  • ヒト型ロボット市場は、2035年までに380億ドルに達すると予測されている 1

  • ヒト型ロボット市場の年平均成長率(CAGR)は、2024年から2027年にかけて154%に達するとの予測がある 3

  • 米国におけるヒト型ロボットの出荷台数は、2027年までに36,700台に達すると予測されている 9

  • 世界のネオジム磁石市場は、2030年までに219億ドルに達すると予測されている 14

  • EV向けネオジム磁石の需要は、2030年までに11万4,100トンに増加すると予測されている 15

  • 中国は世界のレアアース採掘量の約69%(2023年)を占める 18

  • 中国は世界のレアアース埋蔵量の約37%を保有している 19

  • 米国はレアアース化合物・金属の95%以上を輸入に依存している 12

  • 2010年のレアアース・ショック時、中国は輸出枠を対前年同期比で最大約83%削減した 20

  • 日本のレアアース輸入における中国への依存度は、2009年の85%から2020年には58%に低下した 21

  • 日本国内で回収可能なネオジム磁石は、2040年までに年間約2,500トンに達すると試算されている 13

  • 日本は2040年までにAI・ロボット関連人材が326万人不足すると予測されている 31

主要な参照リンク:

  1. 経済産業省 ロボット政策: https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/robot/index.html 30

  2. 経済産業省 永久磁石の安定供給確保に向けた取組方針: https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/magnet/magnet_hoshin.pdf 13

  3. JOGMEC 海洋エネルギー・鉱物資源開発計画: https://www.jogmec.go.jp/news/release/news_06_000151.html 22

  4. NEDO 次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発(事後評価): https://www.nedo.go.jp/content/100953943.pdf 28

  5. NEDO レアアースのサプライチェーン強靱化に向けた技術開発に着手: https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101653.html 41

  6. USGS Mineral Commodity Summaries 2024 (Rare Earths): https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2024/mcs2024-rare-earths.pdf 12

  7. Adamas Intelligence (Humanoid Robot Market): https://www.adamasintel.com/tesla-could-capture-half-the-humanoid-robot-market-in-the-us-by-2027/ 9

  8. TrendForce (Humanoid Robot Market): https://www.trendforce.com/presscenter/news/20241128-12386.html 4

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国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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たった15秒でシミュレーション完了!誰でもすぐに太陽光・蓄電池の提案が可能!
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