目次
- 1 電力会社が挑む陸上養殖ビジネスの未来 〜エネルギーと食の融合が生み出す新たな産業エコシステム〜
- 2 はじめに
- 3 1. 陸上養殖とは何か?基本概念と従来型養殖との違い
- 4 2. 電力会社が陸上養殖に参入する理由
- 5 3. 電力会社による陸上養殖の事例分析
- 6 4. 陸上養殖産業の現状と将来性
- 7 5. 電力会社特有の強みと陸上養殖技術
- 8 6. 陸上養殖におけるエネルギー利用の最適化
- 9 7. 陸上養殖のビジネスモデルと収益構造
- 10 8. 陸上養殖の社会的意義と将来展望
- 11 9. 電力会社による陸上養殖事業の今後のロードマップ
- 12 10. まとめ:電力会社と陸上養殖の共創する未来
- 13 よくある質問(FAQ)
- 14 11. 陸上養殖におけるエネルギー効率化の具体的手法
- 15 12. 電力会社による陸上養殖のビジネススキームと戦略的ポジショニング
- 16 13. 陸上養殖に関する技術革新とコスト削減の可能性
- 17 14. 陸上養殖が直面する課題とその解決策
電力会社が挑む陸上養殖ビジネスの未来 〜エネルギーと食の融合が生み出す新たな産業エコシステム〜
はじめに
近年、日本の電力会社が次々と陸上養殖事業に参入するという興味深い現象が起きています。関西電力のエビ養殖(売却済)、九州電力のサーモン養殖など、一見すると本業とは関連性が薄いように思える水産業への進出が相次いでいます。なぜ電力を供給する会社が、魚やエビを育てる事業に乗り出しているのでしょうか。
本記事では、電力会社による陸上養殖事業の背景、技術的特徴、経済性、社会的意義、そして将来性について詳細に解説します。エネルギーと食の融合がもたらす新たな産業創造の可能性と、サステナブルな社会の実現に向けた取り組みを多角的に分析していきます。
この記事を読むことで、以下の疑問が解消されるでしょう:
- 陸上養殖とは何か?その基本的なメカニズムは?
- なぜ電力会社が陸上養殖に参入するのか?
- 陸上養殖事業の経済性と収益構造はどうなっているのか?
- 電力会社特有の強みは何か?
- エネルギー利用の最適化はどのように行われるのか?
- 陸上養殖の社会的意義と将来展望は?
- 電力会社による陸上養殖事業の今後のロードマップは?
1. 陸上養殖とは何か?基本概念と従来型養殖との違い
1.1 陸上養殖の基本概念
陸上養殖とは、海や湖などの自然水域ではなく、陸地に設置した施設内で水産物を育てる方法です。従来の海面養殖と比較して、水質や温度などの環境条件を人為的にコントロールできる点が大きな特徴です。特に近年注目されているのが、閉鎖循環式陸上養殖システム(RAS: Recirculating Aquaculture System)と呼ばれる技術です。
RASは、飼育水をほとんど交換せずに循環利用する養殖方式で、水質を維持するための高度な濾過システムを備えています。基本的な概念としては、「1回の生産期間中は水替えをしないのがRASの概念である」とされていますが、実際には蒸発分や固形排出物に含まれる水分などの補給が必要となります。
さらに進化した閉鎖循環方式(C-RAS: Closed Recirculating Aquaculture System)では、「飼育水の入れ替えや定常的な給排水を行わずに、飼育水を循環再利用する」ことが可能になります。このシステムでは、「飼育水を高度に浄化することにより完全循環を行い、蒸発した分の水量の調整や種々の作業操作等により系外に失われた分のみの注水で、換水を必要とせず、環境負荷=環境汚染を全く与えない理想的な養殖システム」とされています。
1.2 従来型養殖との比較
従来の養殖方法と陸上養殖を比較してみましょう。
掛け流し方式(従来型) 一般的な養殖や種苗生産で行われている「掛け流し方式」では、海や川から汲み上げた水を使用し、使用後の汚れた水はまた海や川へ排出されます。単純でコストがかからない方法ですが、水質汚染問題の原因ともなります。
循環方式(RAS) RASでは、システムへの一日当たり給水量の5~10%前後の水を定常的に給水しながら飼育水を濾過し循環再利用します。給水量に応じた汚水の排水を伴いますが、その量は掛け流し式の数%程度にまで削減できます。
閉鎖循環方式(C-RAS) 最も進化した形態であるC-RASでは、無菌の水道水や地下水から人工海水を作り、飼育水の入れ替えや定常的な給排水を行わずに、飼育水を循環再利用します。環境負荷を極限まで低減できる理想的なシステムとされています。
1.3 陸上養殖のメリット
陸上養殖には、従来の海面養殖と比較して多くのメリットがあります。
環境への負荷軽減 閉鎖循環式陸上養殖は、使用する水量が従来型の約1/100程度と大幅に削減できます。さらに、排泄物も100%近く回収可能で、環境汚染を最小限に抑えられます。
場所を選ばない生産が可能 海のない内陸部でも海水魚の養殖が可能になり、地域の特性に合わせた産業振興につながります。温泉や工場の排熱などの地域資源を有効活用することもできます。
安定した生産 気象条件や海洋環境の影響を受けにくいため、年間を通じて安定した生産が可能です。水温管理により養殖期間の短縮や出荷時期の調整も可能となります。
高品質・安全性の確保 水質や餌を厳密に管理できるため、薬剤を使用せずに高品質な水産物を生産できます。トレーサビリティも確保しやすく、消費者に安心を提供できます。
生産性の向上 省スペースでの高密度飼育が可能で、飼育密度は100kg/m³を実現できるケースもあります。また、最適な環境で育つため、魚の成長も早くなります。
1.4 陸上養殖の課題・デメリット
一方で、陸上養殖にはいくつかの課題やデメリットも存在します。
莫大な初期投資と運営コスト 陸上養殖を始めるには、水槽、浄化装置、水温管理システムなど、多岐にわたる設備投資が必要となります。特にRASのような高度な設備を導入する場合、初期費用は億単位に上ることもあります。
電力消費量の多さ 循環システムを24時間稼働させるため、電気使用料などのランニングコストが高額になる傾向があります。これは事業の採算性に大きく影響する要素となります。
技術的な専門知識の必要性 水質管理や魚の健康管理など、高度な専門知識や技術が必要となります。魚種によっても最適な飼育条件が異なるため、ノウハウの蓄積が重要です。
機械故障のリスク 「陸上養殖では、複数の機械やシステムを利用するため、故障やトラブルのリスクが相対的に高まります。特に、水質を維持するための循環システムや温度管理」が重要であり、その障害は致命的になりうるのです。
2. 電力会社が陸上養殖に参入する理由
2.1 遊休資産の有効活用
電力会社が保有する発電所の遊休地は、陸上養殖施設の立地として優れた条件を備えています。例えば、九州電力は福岡県豊前市の火力発電所「豊前発電所」の敷地内に陸上養殖場を設置しました。発電所は通常、大量の水が利用できる海や河川に面して立地しており、養殖に必要な水の確保が容易です。また、広大な敷地を有していることが多く、その有効活用は電力会社にとって重要な経営課題でもあります。
2.2 エネルギー関連技術の応用
電力会社は、電力を安定供給するために、温度管理、水処理、自動制御技術など、陸上養殖に応用可能な多くの技術を保有しています。例えば、発電所の冷却水管理技術は、養殖水槽の水温管理に応用できます。また、電力需給バランス制御のノウハウは、養殖施設内の環境制御にも活かせます。
さらに、「北米電力信頼性評議会(NERC)の運用基準に従い、事前設定した安定化制御を自動で行う機構」であるRAS(Remedial Action Scheme)の技術は、養殖のRAS(Recirculating Aquaculture System)とは異なりますが、システム制御の考え方として応用可能です。
2.3 エネルギーコスト最適化のノウハウ
陸上養殖事業の課題の一つが高いエネルギーコストです。電力会社は自社の電力を効率的に活用できるだけでなく、エネルギー使用の最適化に関する知見も豊富です。特に、電力の自社消費として位置づけることで、コスト面での優位性を確保できる可能性があります。
例えば、太陽光発電などの再生可能エネルギーと組み合わせることで、エネルギーコストを低減しながら環境負荷も低減できます。電力会社はエネルギーミックスの最適化に関する知見を持ち、それを陸上養殖事業に活かすことができます。
これは太陽光・蓄電池経済効果シミュレーションソフト「エネがえる」が提供する知見とも共通する部分があり、再生可能エネルギーと蓄電池を組み合わせたソリューションが陸上養殖のエネルギーコスト最適化にも応用できる可能性があります。
2.4 デジタル技術の活用
電力会社は近年、IoTやAIなどのデジタル技術を積極的に導入しています。これらの技術は陸上養殖にも応用可能です。
「水質計・カメラとIoTシステムを組み合わせたクラウド型の陸上養殖管理システム」など、デジタル技術を活用したシステムの導入により、「給餌作業や水質管理業務を遠隔化・自動化することで、作業負荷を軽減することが可能」になります。また、「水質と給餌量の履歴データから相関関係を分析し、給餌計画を最適化することでコスト削減が可能」となり、データに基づく効率的な養殖管理が実現します。
関西電力では「K4D(関電グループのデジタル技術会社)によるIoT/AI技術を活用した養殖技術サポート」を行っており、デジタル技術を養殖事業に応用しています。
2.5 事業多角化と新規収益源の確保
電力自由化の進展や再生可能エネルギーの普及により、電力会社は事業の多角化と新たな収益源の確保を迫られています。陸上養殖事業は、電力会社の持つ資産や技術を活かせる新規事業として注目されています。
「陸上養殖の市場規模は、予測期間、すなわち2024年から2033年にかけて年平均成長率15.8%で成長し、2033年までに164億米ドルの収益を達成する見込み」とされており、成長市場への参入による収益拡大が期待できます。
2.6 環境・社会的貢献(SDGs)への取り組み
電力会社は脱炭素社会の実現やSDGsへの貢献に積極的に取り組んでいます。陸上養殖は、「CO2の削減や食糧の安定供給・海洋資源の保全などSDGsの達成に貢献」する事業と位置づけられています。
特に、「世界的な人口増加によりタンパク質の需要と供給のバランスが崩れる”タンパク質クライシス“解決の一助」として、陸上養殖は重要な役割を果たすことが期待されています。電力会社がこうした社会課題の解決に取り組むことは、企業の社会的責任(CSR)の観点からも意義があります。
2.7 「POWER TO FOOD」コンセプト
関西電力が掲げる「POWER TO FOOD ~でんきの力を食分野に」というコンセプトは、電力会社の陸上養殖事業参入の本質を表しています。これは「電力(Power)を食品(Food)に変換(transform)し、テクノロジーによって管理・制御ができる」という新たな価値創造の取り組みです。
「インフラ×情報通信は、電力会社、エネルギー業界にとって馴染みがある組み合わせ」であり、「ある種インフラといえる『食』を情報通信により高度に産業化できれば、電力・エネ業界に親和性のある新たな事業分野を切りひらける」という考え方が根底にあります。
3. 電力会社による陸上養殖の事例分析
3.1 関西電力のバナメイエビ養殖事業
関西電力は2020年10月に「海幸(かいこう)ゆきのや合同会社」を設立し、「クルマエビの一種であるバナメイエビを陸上養殖で生産・加工・販売」する事業を開始しました。これは「関西電力では初となる食料分野の会社」でした。(注:2024年に売却済のニュースあり)
参考:関西電力、NTT子会社にエビの養殖事業を売却 – 日本経済新聞
この事業は、関西電力が以前から取り組んでいた環境技術研究が基盤となっています。「もともと関西電力では、大阪湾の環境浄化プロジェクトを推進していました。ヘドロを浄化するには光合成細菌が有効なことを発見したのですが、この細菌をエビに与えると成長を促進できることを見つけた研究者がいた」ことがきっかけでした。
また、関西電力の持つ技術の活用についても「養殖ならば水質・温度管理が可能。育った場所や食べた餌などのトレーサブル(追跡)も容易にできる」、「これらの推進には、IoT、DX、リスクコントロールなど関西電力が培ってきた技術の応用も利く」と述べられています。
事業の運営には「新潟で『妙高ゆきエビ』を陸上養殖しているIMTエンジニアリング株式会社と手を組み」、外部の専門知識も取り入れました。
なお、2024年8月には「NTTグリーン&フード株式会社に海幸ゆきのや合同会社の全持分を譲渡」していますが、この経験と知見は今後も電力会社の食料分野進出において貴重な資産となるでしょう。
3.2 九州電力のサーモン養殖事業「みらいサーモン」
九州電力は「フィッシュファームみらい合同会社」(九州電力、ニチモウ、西日本プラント工業、井戸内サーモンファームの共同出資)を通じて、サーモンの陸上養殖事業を展開しています。2023年3月に「豊前発電所(福岡県豊前市)敷地内において」陸上養殖場の設備が完成し、「みらいサーモン」の生産を開始しました。
この施設は「約300トンの年間生産能力を誇る九州最大規模の設備」で、「年間を通じて高鮮度のみらいサーモンを安定して生産、お届けすることが可能」としています。さらに将来的には「事業性を確認したうえで、年間生産能力が約3,000トンの陸上養殖場を目指し、今後増設の検討を進めて」いくとしています。
九州電力はサーモン養殖事業をさらに拡大する計画で、「2027年までに数十億円を投じ、生産能力を現在の10倍に増やす」ことを目指しています。市場戦略としては「輸入品に比べれば割高なものの、スーパー」などへの販路拡大や、将来的には「アジアなどへの輸出による事業拡大も視野」に入れています。
フィッシュファームみらいの村上俊樹社長は「新鮮でおいしいサーモンを届け、食料課題の解決や九州の活性化に貢献したい」と述べており、事業の社会的意義も強調しています。
3.3 その他の企業の参入動向
電力会社以外にも、さまざまな業種の企業が陸上養殖事業に参入しています。「RKB毎日ホールディングス(福岡市)」は「ノウハウを持つ企業と提携し、2024年度までに福岡県宗像市に養殖場を整備する」計画です。また、「西日本鉄道も、陸上養殖事業への進出を検討している」とされています。
大手企業では「三菱商事とマルハニチロは2022年、サーモンの陸上養殖事業を行う合弁会社を設立し、2500トン規模の陸上養殖施設を建設すると発表」しています。
日本全体の状況としては、「水産庁によると、参入事業者は全国で300を超えるとみられ、今後も増える可能性がある」ことから、水産庁は「実態を把握するため、海水魚を陸上養殖する事業者らに届け出を義務付ける制度を4月から導入した」としています。
4. 陸上養殖産業の現状と将来性
4.1 日本における陸上養殖の市場規模
水産庁が初めて実施した調査によると、「2021年の陸上養殖の推定生産量は2356トン」、「国内に存在確認した陸上養殖事業者数は391事業者で養殖魚種は延べ496種」となっています。
事業者の規模としては「生産量10トン未満が7割、従業員数10人以下の小規模事業者8割と大半」を占めており、現状では小規模事業者が中心の産業構造となっています。
生産種別ではヒラメが670トン(29%)で最も多く、次いでニジマス551トン(23%)、クルマエビ449トン(19%)、トラフグ334トン(14%)、ウミブドウ215トン(9%)、その他137トン(6%)となっています。
4.2 グローバル市場の成長予測
世界的に見ると「陸上養殖の市場規模は、予測期間、すなわち2024年から2033年にかけて年平均成長率15.8%で成長し、2033年までに164億米ドルの収益を達成する見込み」とされています。
日本市場に関しては「日本では、陸上養殖市場の成長は食料安全保障の高まりに起因しています。陸上で管理された環境で水産物を養殖することにより、予測不可能な海産物の収穫への依存を減らし、国内での安全な食料生産を模索しています」と分析されています。
4.3 陸上養殖の経済性分析
陸上養殖事業の経済性については、現時点では課題が多いとされています。「陸上養殖の課題として挙げられるのが、設備投資やエネルギーコストの高さだ。初期費用は億単位に上ることもあるという」。
採算性の観点からは「採算性の問題はまだ解決されていない段階です。めちゃくちゃでかくするか、小さく活用するかの両極しかない。中途半端が1番ダメ」という指摘もあります。
収益化のためには「1尾あたりの生産コストを下げる努力が欠かせないが、その一つの解が大型化」であるとされ、大規模化による規模の経済を追求する戦略が有効と考えられています。
水産庁 養殖業事業性評価ガイドライン ~ 陸上養殖 ~ 令和4年(2022 年)4月一部改訂
5. 電力会社特有の強みと陸上養殖技術
5.1 エネルギー管理の専門知識
電力会社はエネルギー管理の専門家であり、この知見は陸上養殖における重要な要素となります。陸上養殖施設では、水温調整、ポンプ運転、浄化システムなど、多くの機器が24時間稼働し、大量の電力を消費します。電力会社はこれらのエネルギー使用を最適化し、コスト削減につなげる知見を持っています。
例えば、「水温を調整することにより養殖期間の短縮化や出荷時期の調整が可能となり、年中通して安定した出荷が可能」になりますが、この水温調整には大きなエネルギーが必要です。電力会社はこのエネルギー管理を効率的に行う技術を持っています。
5.2 制御システム技術
電力会社は複雑な制御システムの設計・運用に長けています。発電所の運転制御や電力系統の安定化制御などのノウハウは、陸上養殖施設の環境制御にも応用できます。
例えば、「RAS(Remedial Action Scheme)とは、系統故障の予兆を検知した際、NERC(North American Electric Reliability Corporation:北米電力信頼性評議会)の運用基準に従い、事前設定した安定化制御を自動で行う機構」であり、このような自動制御の考え方は養殖システムにも適用可能です。
5.3 排熱利用技術
発電所から出る排熱を養殖施設の水温管理に利用することで、エネルギー効率を高めることができます。特に冬場の水温維持は養殖において重要な課題ですが、発電所の排熱を利用することでこの課題を効率的に解決できます。
「温泉や工場の排熱などの眠っている資源の有効活用」は陸上養殖の利点の一つとして挙げられていますが、電力会社の発電所はまさにこの排熱を大量に有している施設です。
5.4 水処理技術
発電所の運転には水処理が不可欠であり、電力会社はこの分野の技術と知見を持っています。特に、冷却水の処理技術は、養殖水槽の水質管理に応用できます。
RASでは「『スラッジ』と呼ばれる沈澱物(残餌や糞等)をまず取り除く。水溶性の有機物等を生物膜に吸着・分解させて除去する。水に溶解している有害なアンモニア態窒素を、硝化細菌の働きで毒性の少ない硝酸まで変換する」といった水処理が必要ですが、これらは電力会社の水処理技術と親和性があります。
5.5 IoT/DX技術の活用
電力会社は近年、IoTやDX(デジタルトランスフォーメーション)にも積極的に取り組んでおり、これらの技術は陸上養殖の効率化に大きく貢献します。
関西電力グループでは「K4DによるIoT/AI技術を活用した養殖技術サポート」を行っており、デジタル技術を養殖事業に応用しています。
「水質計・カメラとIoTシステムを組み合わせたクラウド型の陸上養殖管理システム」により、「給餌作業や水質管理業務を遠隔化・自動化することで、作業負荷を軽減することが可能」になります。また、「データ蓄積により水産物の品質と飼育状況の保証を求めるトレーサビリティ対応が容易」になるという利点もあります。
<スタートアップや地元事業者などの陸上養殖関連リリース>
OIST発スタートアップ「Kwahuu Ocean」、イカ陸上養殖の商業化を目指しプレシード資金調達を完了 | Kwahuu Ocean株式会社のプレスリリース
岩手・北三陸ファクトリー、来年6月にウニ陸上養殖施設 – 日本経済新聞
「海に依存しない陸上養殖で未来の魚食文化を創造する」FRDのマーケティング戦略
6. 陸上養殖におけるエネルギー利用の最適化
6.1 エネルギーコストの影響
陸上養殖事業において、エネルギーコストは採算性を左右する重要な要素です。”陸上養殖では、複数の機械やシステムを利用するため”、電力消費量が大きくなります。特に”水質を維持するための循環システムや温度管理“に多くのエネルギーが必要となります。
このエネルギーコストを最適化することが、事業の成功には不可欠です。産業用非FIT自家消費型太陽光・産業用蓄電システム導入による電気代削減効果やキャッシュフロー・投資回収期間自動シミュレーションソフト「エネがえるBiz」などを活用して、再生可能エネルギーと蓄電池を組み合わせたエネルギーシステムの導入効果を試算することが有効です。特に、エネルギーコストが売上に直結する陸上養殖業では、エネがえるによる経済効果シミュレーション保証も検討する価値があるでしょう。試算を丸投げしたい場合は、1件1万円から試算代行できるエネがえるBPOも提供しているため、電気代削減を目的とした再エネ設備導入をしたいがシミュレーション等はよくわからないという水産事業者や養殖事業者にとっても事業計画立案に活用できるでしょう。
参考:太陽光・蓄電池 設計代行・経済効果試算代行・教育研修代行「エネがえるBPO」とは?
6.2 再生可能エネルギーの活用
再生可能エネルギーの活用は、陸上養殖のエネルギーコスト削減と環境負荷低減の両面で効果的です。特に太陽光発電や風力発電などを養殖施設に併設することで、環境にやさしく経済的な養殖事業が実現できます。
関西電力グループでは「グループで強力に推し進める脱炭素にも貢献する太陽光やバイオマスなどの再生可能エネルギーとの組み合せ提案」を行っており、再生可能エネルギーと陸上養殖の組み合わせを推進しています。
産業用自家消費型太陽光・蓄電池経済効果シミュレーションソフト「エネがえるBiz」を活用することで、陸上養殖施設における太陽光発電と蓄電池の経済効果を詳細に試算できます。特に電力消費が大きい陸上養殖では、こうしたシミュレーションに基づく最適な設備設計が重要になります。
6.3 排熱利用システム
発電所や工場からの排熱を養殖施設の水温管理に利用することで、エネルギー効率を大幅に向上させることができます。これはカスケード利用とも呼ばれ、一度使用したエネルギーを別の用途に利用する方法です。
特に電力会社の発電所は大量の排熱を発生させているため、この排熱を養殖に利用することは理にかなっています。”温泉や工場の排熱などの眠っている資源の有効活用”の発展形として、発電所の排熱利用は電力会社ならではの強みを活かしたアプローチと言えます。
6.4 エネルギー管理システム
エネルギー管理システム(EMS: Energy Management System)を導入することで、養殖施設全体のエネルギー使用を最適化できます。電力会社はこのようなシステムの開発・運用に長けており、その知見を養殖事業に活かすことができます。
例えば、電力需要のピークを避けて機器を運転したり、太陽光発電の発電量に合わせて水温調整を行ったりするなど、スマートなエネルギー利用が可能になります。
6.5 エネルギーコスト試算モデル
陸上養殖のエネルギーコストを試算するためのモデルを考えてみましょう。以下のような基本的な計算式が活用できます:
年間エネルギーコスト = 電力料金単価(円/kWh) × 年間電力消費量(kWh)
年間電力消費量は、主に以下の要素から構成されます:
年間電力消費量 = (ポンプ電力 + 循環システム電力 + 水温調整電力 + 照明・その他電力) × 稼働時間
例えば、100トン規模の養殖施設の場合、概算では以下のようになります:
ポンプ電力:20kW × 24時間 × 365日 = 175,200kWh/年
循環システム:15kW × 24時間 × 365日 = 131,400kWh/年
水温調整:30kW × 12時間 × 180日 = 64,800kWh/年
照明・その他:5kW × 24時間 × 365日 = 43,800kWh/年
合計:415,200kWh/年
電力料金を20円/kWhとすると、年間エネルギーコストは約830万円となります。
この試算に基づき、太陽光発電や排熱利用などによるコスト削減効果を検討することができます。実際のプロジェクトでは、「エネがえるBiz」のような環境省や地方自治体、大手太陽光・蓄電池メーカーや大手設備工事会社などが多数採用する信頼できる専門的なシミュレーションツールを活用することで、より精緻な予測が可能になります。
7. 陸上養殖のビジネスモデルと収益構造
7.1 投資回収モデル
陸上養殖事業の投資回収モデルを考える際は、初期投資と運営コスト、そして収益予測を詳細に分析する必要があります。
初期投資:陸上養殖施設の設備投資額は規模によって大きく異なりますが、”初期費用は億単位に上ることもある“とされています。300トン規模の施設では、少なく見積もっても数億円の投資が必要になると考えられます。
運営コスト:主なコスト要素としては、電力代、餌代、人件費、水道代、設備メンテナンス費などがあります。特に電力代と餌代は大きな割合を占めます。
収益:養殖魚の販売収入が主な収益源となります。例えば、サーモンを1kg当たり2,000円で販売し、年間300トンを生産する場合、年間売上は6億円となります。
投資回収期間の計算:
投資回収期間 = 初期投資額 ÷ 年間キャッシュフロー
例えば、初期投資額が5億円、年間売上6億円、年間運営コスト5億円(利益1億円)の場合、投資回収期間は5年となります。
電力会社の場合は、発電所の遊休地活用や自社電力の利用などで、通常よりも有利な条件でビジネスを展開できる可能性があります。
7.2 事業規模と収益性の関係
陸上養殖事業においては、規模の経済が大きく影響します。”採算性の問題はまだ解決されていない段階です。めちゃくちゃでかくするか、小さく活用するかの両極しかない。中途半端が1番ダメ”という指摘があるように、中規模の事業では採算が取りにくい傾向があります。
大規模化のメリットとしては、設備投資の単位あたりコスト削減、人件費の効率化、餌や消耗品の大量購入によるコスト削減などが挙げられます。例えば、”三菱商事とマルハニチロは2022年、サーモンの陸上養殖事業を行う合弁会社を設立し、2500トン規模の陸上養殖施設を建設すると発表”していますが、これは規模の経済を追求する戦略と言えます。
一方、小規模事業では、高付加価値を追求し、直販や加工品販売などで単価を高めることで収益性を確保する戦略が有効です。
参考:陸上エビ養殖、ニッスイ初の黒字化 陸海二刀流の技磨く – 日本経済新聞
(コスト削減の鍵となったのは、水槽内に浮遊する微生物の集合体(バイオフロック)が飼育水を浄化する「バイオフロックシステム」の安定稼働だ。一般的に水の管理がうまくいかないとエビが大量に死んでしまい、生産効率を高められない。)
7.3 バリューチェーンの構築
陸上養殖事業の価値を最大化するためには、バリューチェーン全体を考慮したビジネスモデルの構築が重要です。具体的には以下の要素が考えられます:
種苗生産:自社で種苗を生産することで、コスト削減と品質管理が可能になります。
養殖:RASなどの先進技術を活用し、効率的かつ環境に配慮した養殖を行います。
加工:養殖した水産物を加工することで付加価値を高めます。関西電力の例では”エビの身を加工する際、頭は切り落とされ廃棄されるケースが多いです。水質や餌にこだわり大切に育てた幸えびは、身はもちろん絶品なんですが、実は頭や殻も安心しておいしく食べていただける”として、廃棄部分も活用した加工品を開発しています。
販売:直販や専門店との連携など、販路の多様化を図ります。
ブランディング:環境に配慮した生産方法や安全性をアピールし、プレミアム価格での販売を目指します。九州電力の「みらいサーモン」や関西電力の「幸えび」など、ブランド化の取り組みが見られます。
このような一貫したバリューチェーンを構築することで、各段階での利益を最大化し、事業全体の収益性を高めることができます。
7.4 多角的な収益モデル
陸上養殖事業の収益性を高めるためには、複数の収益源を持つことが有効です。主な収益モデルとしては以下が考えられます:
水産物販売:養殖した魚やエビなどの販売が基本的な収益源です。
加工品販売:付加価値を高めた加工品の販売により、利益率の向上が期待できます。関西電力の例では「幸えびのビスク」などの加工品を開発しています。
技術・ノウハウの提供:蓄積した養殖技術やノウハウを他社に提供するコンサルティングビジネスも可能性があります。関西電力グループは”海幸ゆきのやで培った生産~販売ノウハウの展開、K4DによるIoT/AI技術を活用した養殖技術サポート”を行う可能性を示唆しています。
アクアポニックス:“魚と植物を同じシステムで育てる『アクアポニックス』の仕組み”を導入することで、水産物と農産物の双方から収益を得ることができます。
観光・教育:養殖施設を観光施設や教育施設としても活用し、来場者からの収入を得る方法も考えられます。
カーボンクレジット:環境に配慮した養殖方法によって得られるカーボンクレジットの販売も、将来的な収益源になる可能性があります。
このように多角的な収益モデルを構築することで、市場環境の変化にも柔軟に対応できるビジネスとなります。
8. 陸上養殖の社会的意義と将来展望
8.1 食料安全保障への貢献
陸上養殖は食料安全保障の観点から重要な意義を持っています。”日本では、陸上養殖市場の成長は食料安全保障の高まりに起因しています。陸上で管理された環境で水産物を養殖することにより、予測不可能な海産物の収穫への依存を減らし、国内での安全な食料生産を模索しています”。
世界的な人口増加に伴い、”世界的な人口増加によりタンパク質の需要と供給のバランスが崩れる”タンパク質クライシス”解決の一助“として、陸上養殖は重要な役割を果たすことが期待されています。
日本は魚介類の消費量が多い国であり、”2022年の日本における一人当たりの魚介類消費量は22キログラム“となっていますが、海洋資源の減少により、安定した供給源としての陸上養殖の重要性は高まっています。
8.2 環境保全とサステナビリティ
陸上養殖は環境保全とサステナビリティに貢献する生産方法です。特に閉鎖循環式陸上養殖(RAS)は”使用する水量が少なくて済む。従来型の 1/100 程度”、”環境に優しい。排泄物も 100%近く回収可能。魚の排出する二酸化炭素も回収可能”といった特徴があります。
また、”完全無投薬が可能”であることから、抗生物質などの使用による環境影響も最小限に抑えられます。これらの特性により、陸上養殖は持続可能な水産業の実現に貢献します。
電力会社がこうした環境に配慮した事業に取り組むことは、”CO2の削減や食糧の安定供給・海洋資源の保全などSDGsの達成に貢献”することにもつながります。
8.3 地域創生と新たな産業育成
陸上養殖は地域創生と新たな産業育成の観点からも注目されています。”海のない地域での海産魚養殖を可能にし、温泉や工場の排熱などの眠っている資源の有効活用や新たな地域特産品づくりを通じて新たな産業・雇用を創出する、地域振興の取り組みとして注目されています”。
電力会社の発電所は地方に立地していることが多く、その遊休地を活用した陸上養殖事業は地域経済の活性化に貢献します。九州電力の事例では”火力発電所の遊休地で泳ぐサーモン”として、発電所の遊休地活用と地域振興を組み合わせた取り組みが行われています。
8.4 テクノロジーと生物学の融合
陸上養殖はテクノロジーと生物学の融合が進む先進的な分野です。”RASは、水温や水流など様々な飼育環境をコントロールするための機器が必要なため、魚の状態や環境変化を監視し、飼育環境の最適化に役立つ、IoTやAIの活用が進め”られています。
電力会社は”IoT、DX、リスクコントロールなど関西電力が培ってきた技術の応用”を活かすことができ、テクノロジー活用による養殖業の高度化に貢献できます。
“インフラ×情報通信は、電力会社、エネルギー業界にとって馴染みがある組み合わせ”であり、”ある種インフラといえる『食』を情報通信により高度に産業化“することで新たな価値を創造できます。
さらに、”人に代わってコンピュータが集中管理を行います。その頻度や工程を的確に管理できるため省スペースでの高密度飼育が可能となり、かつほとんどの作業が自動化されるため、人による作業量を減らすこともでき、従来の重労働や危険を伴う作業がなくなります”として、労働環境の改善にもつながります。
8.5 グローバル展開の可能性
陸上養殖のビジネスモデルはグローバル展開の可能性を秘めています。”産業化は国内にとどまらない。欧米では、育った環境、摂取した餌などが分からない水産物は受け入れない、そういう考え方が普及しつつある。また、日本はもちろん海外でも、農業や畜産業と同じく、品種の改良や餌による味質の向上を通じ、食べる人に多くの選択肢を与えることが望まれつつある。さらに、海のない国でも、水産物を自給自足したいというニーズが高まりつつある”。
これらの課題を解決する手段として、トレーサビリティが確保しやすく、環境に配慮した陸上養殖は大きな可能性を秘めています。九州電力も”将来的には生産能力を10倍の年3000トンに高め、アジアなどへの輸出による事業拡大も視野に入れる”としており、グローバル展開を視野に入れています。
9. 電力会社による陸上養殖事業の今後のロードマップ
9.1 短期的展望(1-3年)
短期的には、既存の陸上養殖事業の安定運営とノウハウ蓄積が主な目標となります。具体的には以下のような取り組みが考えられます:
運営の最適化:現在運営中の養殖施設の稼働率や生産効率を最大化し、安定した収益を確保します。
エネルギー効率化:電力会社の強みを活かし、養殖施設のエネルギー使用を最適化します。太陽光・蓄電池経済効果シミュレーションソフト「エネがえるBiz」などを活用して、再生可能エネルギーと蓄電池の導入効果を検証することも有効です。
初期事業の評価:“事業性を確認したうえで”次のステップに進むための判断材料を集めます。
9.2 中期的展望(3-5年)
中期的には、事業の拡大と多角化が主なテーマとなります:
生産規模の拡大:九州電力の事例では”年間生産能力が約3,000トンの陸上養殖場を目指し、今後増設の検討を進めて”いくとしており、成功事例を踏まえた規模拡大が計画されています。
養殖魚種の多様化:初期は特定の魚種に集中することが多いですが、中期的には養殖魚種を増やし、市場リスクを分散させることが考えられます。
バリューチェーンの拡充:加工・販売など、バリューチェーンの上流・下流への展開を進めます。
技術開発の深化:IoTやAIを活用した養殖管理システムのさらなる高度化を進めます。
9.3 長期的展望(5-10年)
長期的には、陸上養殖事業を核とした新たな産業エコシステムの構築が視野に入ります:
グローバル展開:“アジアなどへの輸出による事業拡大も視野に入れる”など、国際市場への展開が考えられます。
産業化の推進:“関西電力グループが目指すのが、完全閉鎖循環式陸上養殖の産業化だ。産業化とは、土地や資機材の提供者、養殖技術やユーティリティーの提供者、養殖事業者などが多数参入し、複数のコンソーシアムが形成され収益を生み、これが一つの産業として構築されている状態”を目指します。
技術・ノウハウのパッケージ化:“海幸ゆきのやで培った生産~販売ノウハウの展開、K4DによるIoT/AI技術を活用した養殖技術サポート、パートナー会社のIMTエンジニアリングによる養殖プラント設計、そしてグループで強力に推し進める脱炭素にも貢献する太陽光やバイオマスなどの再生可能エネルギーとの組み合せ提案など”のソリューションを提供するビジネスも展開します。
エネルギーと食の融合モデルの確立:“POWER TO FOOD ~でんきの力を食分野に”というコンセプトをさらに発展させ、エネルギーと食を融合した新たな産業モデルを確立します。
10. まとめ:電力会社と陸上養殖の共創する未来
電力会社が陸上養殖事業に参入する理由は、単なる事業多角化を超えた戦略的な意義を持っています。遊休資産の活用、エネルギー関連技術の応用、デジタル技術の活用、環境・社会的貢献、新たな収益源の確保など、多角的なメリットが存在します。
特に”POWER TO FOOD”という新たな価値創造の概念は、電力会社ならではの強みを活かした取り組みとして注目されます。”電力(Power)を食品(Food)に変換(transform)し、テクノロジーによって管理・制御ができる”という発想は、エネルギー産業と食料産業の融合という新たな産業構造の可能性を示しています。
現在の事例としては、関西電力のバナメイエビ養殖や九州電力のサーモン養殖などがあり、それぞれが独自の強みを活かした事業展開を行っています。今後は生産規模の拡大や技術の高度化、バリューチェーンの拡充などが進むと予想されます。
陸上養殖産業は”2024年から2033年にかけて年平均成長率15.8%で成長”する見込みの成長市場であり、電力会社の新たな収益源として期待されています。ただし、採算性の確保は依然として課題であり、”採算性の問題はまだ解決されていない段階“とされています。この課題を解決するためには、規模の経済の追求や技術革新によるコスト削減が必要です。
エネルギー利用の最適化は電力会社の強みを活かせる分野であり、再生可能エネルギーの活用や排熱利用、エネルギー管理システムの導入などにより、コスト削減と環境負荷低減の両立が期待されます。「エネがえるBiz」のようなシミュレーションツールを活用した最適なエネルギーシステムの設計も有効でしょう。
陸上養殖の社会的意義としては、食料安全保障への貢献、環境保全とサステナビリティ、地域創生と新たな産業育成、テクノロジーと生物学の融合などが挙げられます。特に”日本に古来からある魚食文化という『あたりまえ』が、海外でも『あたりまえ』になる日もそう遠くはない“という展望のもと、グローバル展開も視野に入れた事業発展が期待されます。
“これを牽引するのは、これまでもあらゆる分野で持ち得る経営資源を最大限活用して、地域社会に価値を提供し、様々な課題を解決してきた電力会社であり、エネルギー業界全体なのかもしれない”という考え方は、電力会社の新たな社会的役割を示唆しています。
電力会社による陸上養殖事業は、エネルギーと食料という人間の生活に不可欠な二つの要素を結びつける革新的な取り組みであり、今後の発展が大いに期待されます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 陸上養殖と海面養殖の違いは何ですか?
A: 陸上養殖は陸地に設置した施設で水産物を育てる方法で、水質や温度などの環境条件を人為的にコントロールできます。一方、海面養殖は海に設置した生簀(いけす)で行われ、自然の海水を利用します。陸上養殖は環境への負荷が少なく、場所を選ばず、安定した生産が可能という特徴があります。
Q2. 電力会社がなぜ養殖事業に参入するのですか?
A: 電力会社は遊休資産の活用、エネルギー関連技術の応用、エネルギーコスト最適化のノウハウ、デジタル技術の活用、事業多角化と新規収益源の確保、環境・社会的貢献(SDGs)などの理由から陸上養殖事業に参入しています。特に「POWER TO FOOD」というコンセプトに基づき、エネルギーと食の融合による新たな価値創造を目指しています。
Q3. 陸上養殖のエネルギーコストはどのくらいですか?
A: 陸上養殖は24時間稼働のポンプや循環システム、水温管理などで多くの電力を消費します。100トン規模の施設では年間約40万kWh以上の電力を消費し、約800万円のエネルギーコストがかかると試算されています。これは事業の採算性に大きく影響します、
11. 陸上養殖におけるエネルギー効率化の具体的手法
11.1 ヒートポンプによる水温管理の効率化
陸上養殖では水温管理が極めて重要ですが、従来の電気ヒーターを用いた加温方式はエネルギー効率が悪いという課題があります。ここで注目されるのがヒートポンプ技術です。ヒートポンプは投入電力の3〜5倍のエネルギーを熱として取り出せるため、大幅な省エネルギー化が可能です。
例えば、東芝のH-Pシリーズエアコンのような高効率機器を利用した場合、電気ヒーターと比較して約70%の電力削減が期待できます。
水温管理のためのヒートポンプシステムの効率を示す指標として、成績係数(COP:Coefficient Of Performance)が使われます。
COP = 出力熱量(kW)÷ 投入電力(kW)
一般的なヒートポンプのCOPは3.0〜5.0であり、投入電力の3〜5倍の熱量を得ることができます。これを養殖の水温管理に応用することで、大幅なエネルギーコスト削減が可能になります。
さらに、発電所の排熱を熱源として利用すれば、さらなる効率向上が期待できます。これは電力会社が陸上養殖に参入する大きなメリットの一つです。
11.2 インバータ制御によるポンプ電力の最適化
陸上養殖施設ではポンプが24時間稼働しており、全消費電力の約40%を占めると言われています。これらのポンプにインバータ制御を導入することで、必要な水流量に応じた運転が可能になり、大幅な省エネルギーが実現できます。
ポンプの消費電力は流量の3乗に比例するため、インバータによる回転数制御で流量を80%に減らした場合、消費電力は約51%に削減されます。この関係は以下の式で表されます。
P2 / P1 = (Q2 / Q1)^3
P1:定格運転時の消費電力
P2:インバータ制御時の消費電力
Q1:定格運転時の流量
Q2:インバータ制御時の流量
例えば、日立IESの事例では、「空気圧縮機のインバータ化、台数制御と群制御」により約30%の省エネルギーを達成しています。こうした技術を養殖施設のポンプ類に応用することで、大幅なエネルギーコスト削減が期待できます。
11.3 自家消費型太陽光発電と蓄電池による電力コスト削減
陸上養殖施設の屋根や周辺敷地に太陽光発電システムを設置し、発電した電力を自家消費することで、系統電力からの購入電力量を削減できます。さらに蓄電池を組み合わせることで、太陽光発電の余剰電力を夜間に活用できるため、より高い電力自給率を達成できます。
自家消費型太陽光発電システムの経済性評価の基本式は以下の通りです。
年間経済効果 = 電力購入削減額 + 余剰電力売電収入 - 維持管理費
電力購入削減額 = 自家消費電力量(kWh/年) × 電力単価(円/kWh)
余剰電力売電収入 = 余剰売電量(kWh/年) × 売電単価(円/kWh)
陸上養殖施設は昼夜問わず電力を消費するため、太陽光発電の自家消費率が高くなりやすいというメリットがあります。産業用自家消費型太陽光・蓄電池経済効果シミュレーションソフト「エネがえるBiz」を活用することで、設備投資の経済性を詳細に検証することが可能です。
11.4 AI・IoTを活用した養殖環境の最適制御
近年、AI・IoT技術の進展により、養殖環境をリアルタイムで監視し、最適に制御するシステムが開発されています。これにより、エネルギー消費を最小限に抑えながら、魚の成長に最適な環境を維持することが可能になります。
例えば、機械学習アルゴリズムを用いて、過去の運転データから魚の成長に最適な水質パラメータと消費エネルギーの関係をモデル化し、最小のエネルギー消費で最適環境を維持する制御パターンを導出することができます。
KDDIの事例では、「水槽に設置された自動給餌器は餌やりの時間設定が自在で」「水質と給餌量の履歴データから相関関係を分析し、給餌計画を最適化することでコスト削減が可能」となっています。
こうしたシステムを導入することで、人手に頼らない効率的な養殖管理が実現でき、コスト削減と生産性向上の両立が期待できます。
12. 電力会社による陸上養殖のビジネススキームと戦略的ポジショニング
12.1 電力会社中心の統合型ビジネスモデル
電力会社が中心となって陸上養殖事業を展開する場合、以下のような統合型ビジネスモデルが考えられます。
設備・立地提供:発電所の遊休地や排熱を活用した養殖施設の設置
エネルギーマネジメント:再生可能エネルギーと蓄電池を組み合わせた最適エネルギーシステムの構築
デジタル技術の活用:IoT/AIを活用した養殖管理システムの導入
生産・加工・販売の一貫体制:バリューチェーン全体を網羅した事業展開
ブランディング:電力会社のブランド力を活かした製品販売
このモデルでは、電力会社が事業のリスクを負いながらも、バリューチェーン全体での利益を確保できるメリットがあります。関西電力の「海幸ゆきのや」や九州電力の「フィッシュファームみらい」はこのモデルに近いと言えます。
12.2 パートナーシップ型ビジネスモデル
一方、養殖のノウハウを持つ企業と提携し、それぞれの強みを活かす「パートナーシップ型」のモデルも考えられます。
電力会社の役割:
- 遊休地の提供
- エネルギーシステムの最適設計・運用
- 融資・資金調達支援
- マーケティング・ブランディング支援
パートナー企業の役割:
- 養殖技術の提供
- 生産・加工・販売
- 市場開拓
このモデルでは、電力会社は直接的なリスクを低減しつつ、エネルギーマネジメントやコンサルティングといった得意分野でのサービス提供により収益を確保します。九州電力のフィッシュファームみらい合同会社では、「九州電力、ニチモウ、西日本プラント工業、井戸内サーモンファーム」という複数企業による共同出資形態を取っており、このモデルに近いと言えます。
12.3 ソリューションプロバイダー型ビジネスモデル
最も間接的な関わり方として、電力会社が養殖事業者向けの「ソリューションプロバイダー」として位置づけられるモデルも考えられます。
提供ソリューション:
- エネルギーマネジメントシステム
- 最適設備設計コンサルティング
- IoT/AI技術による養殖管理システム
- 再生可能エネルギーシステム
このモデルでは、電力会社は陸上養殖事業に直接参入せず、様々な事業者にソリューションを提供することでスケールメリットを追求します。関西電力グループは「海幸ゆきのやで培った生産~販売ノウハウの展開、K4DによるIoT/AI技術を活用した養殖技術サポート」などを検討しており、こうしたソリューションビジネスへの展開も視野に入れていると考えられます。
12.4 戦略的ポジショニングの選択要因
どのビジネスモデルを選択するかは、以下の要因によって決まります。
リスク許容度:直接参入は高リスク・高リターン、ソリューション提供は低リスク・安定リターン
技術・ノウハウの蓄積度:養殖技術の内部蓄積度合いによって最適モデルが異なる
市場環境:競合状況や市場成熟度に応じた戦略選択が必要
地域特性:地域の産業構造や資源に応じたモデル選択が重要
電力会社は自社の経営戦略や地域特性に応じて、これらのモデルから最適なものを選択、または組み合わせることで、陸上養殖事業の成功確率を高めることができます。
13. 陸上養殖に関する技術革新とコスト削減の可能性
13.1 バイオフロック技術による水質管理コスト削減
近年注目されているバイオフロック技術は、水槽内で微生物の集合体(バイオフロック)を形成させ、魚の排泄物などを分解・資源化する技術です。これにより、高価な濾過システムの一部を省略でき、さらに微生物フロックが魚の飼料としても利用できるため、餌コストの削減にもつながります。
バイオフロック技術の導入により、以下のメリットが期待できます:
- 濾過システムの簡素化によるイニシャルコスト削減(約20-30%)
- 飼料コストの削減(約10-20%)
- 水の交換頻度低減による水使用量・エネルギー消費削減
この技術は閉鎖循環式システム(RAS)と組み合わせることで、さらに効率的な養殖が可能になります。
13.2 代替飼料の開発による餌コスト削減
養殖コストの中で大きな割合を占めるのが餌代です。現在、多くの養殖魚に使われている魚粉は価格が高騰しており、このコスト削減が課題となっています。その解決策として、昆虫由来タンパク質や微細藻類、植物性タンパク質などの代替飼料の開発が進んでいます。
「次世代型養殖ビジネスに関する調査」によると、「低魚粉飼料の普及や陸上養殖施設の増加に伴い、市場は拡大」しており、2022年度の次世代型養殖技術の市場規模(5分野計)は473億5,800万円に達しています。
代替飼料の導入により、餌コストを最大30%削減できる可能性があり、これは陸上養殖事業の収益性向上に大きく貢献します。
13.3 モジュール式養殖システムによるスケーラビリティの向上
初期投資コストの高さという陸上養殖の課題に対し、モジュール式養殖システムが注目されています。これは標準化されたユニットを組み合わせることで、投資リスクを分散しながら段階的に規模を拡大できるシステムです。
モジュール式のメリットは以下の通りです:
- 初期投資を段階的に行えるため、資金調達のハードルが下がる
- 一部のユニットに問題が生じても、全体の生産に致命的な影響を与えない
- 魚種や市場ニーズに応じて柔軟にシステム構成を変更できる
これにより、「採算性の問題はまだ解決されていない段階です。めちゃくちゃでかくするか、小さく活用するかの両極しかない。中途半端が1番ダメ」という課題に対し、小規模からスタートして段階的に規模を拡大する中間的アプローチが可能になります。
13.4 AIによる精密養殖の実現と生産効率の最大化
AIとコンピュータビジョン技術の発展により、魚の行動パターンや健康状態をリアルタイムで監視・分析する精密養殖(Precision Aquaculture)が実現しつつあります。これにより以下のようなメリットが期待できます:
- 魚の摂餌行動に基づく最適給餌量の自動調整による餌コスト削減(10-15%)
- 病気の早期発見・対処による歩留まり向上(生存率5-10%向上)
- 最適な収穫時期の判断による生産効率の最大化
AIによる精密養殖技術の導入により、従来よりも少ない投入資源で高い生産性を実現することが可能になります。これは「人に代わってコンピュータが集中管理を行います。その頻度や工程を的確に管理できるため省スペースでの高密度飼育が可能となり」という電力会社の強みと相乗効果を発揮する分野です。
14. 陸上養殖が直面する課題とその解決策
14.1 初期投資の高さと資金調達の課題
陸上養殖事業の最大の課題の一つが、「初期費用は億単位に上ることもある」という高額な初期投資です。この課題に対する解決策には以下のようなものがあります:
段階的な規模拡大戦略:まず小規模施設でノウハウを蓄積し、収益を上げながら段階的に拡大することで、一度に大きな投資をせずにリスクを分散できます。九州電力も「事業性を確認したうえで、年間生産能力が約3,000トンの陸上養殖場を目指し、今後増設の検討を進めて」いく段階的アプローチを採用しています。
パートナーシップによる資本調達:単独でなく複数企業によるコンソーシアム形式で資本を集めることで、各社のリスクを低減できます。フィッシュファームみらい合同会社は「九州電力、ニチモウ、西日本プラント工業、井戸内サーモンファーム」の共同出資という形でこの課題を解決しています。
公的支援制度の活用:陸上養殖は食料安全保障や環境保全の観点から公的支援の対象となる可能性があり、各種補助金や低利融資制度を活用することでコスト負担を軽減できます。
リースモデルの導入:設備を購入せずにリース方式で導入することで、初期投資を抑制し、事業リスクを軽減する方法もあります。
14.2 エネルギーコスト高騰のリスクと対策
24時間稼働の陸上養殖施設は電力消費が大きく、電力価格の変動は経営に大きな影響を与えます。この課題に対する対策としては以下のようなものが考えられます:
再生可能エネルギーの活用:太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを導入することで、電力購入コストを削減し、価格変動リスクを低減できます。関西電力も「グループで強力に推し進める脱炭素にも貢献する太陽光やバイオマスなどの再生可能エネルギーとの組み合せ提案」を行っています。
エネルギー効率化技術の導入:ヒートポンプやインバータ制御など、エネルギー効率を高める技術を積極的に導入することで、消費電力量そのものを削減します。
エネルギーマネジメントシステムの活用:AIを用いたエネルギーマネジメントシステムを導入し、電力需給や価格の変動に応じて設備の運転パターンを最適化することで、コスト削減を図ります。
電力調達の多様化:自家発電設備の導入や複数の電力調達先の確保など、調達先を多様化することでリスクを分散します。
「エネがえる」のようなシミュレーションツールを活用すれば、こうしたエネルギー対策の経済効果を定量的に評価できます。
14.3 技術的専門性の確保と人材育成
陸上養殖には水産学、工学、生物学など多岐にわたる専門知識が必要であり、適切な人材の確保は大きな課題です。この課題に対する解決策には以下のようなものがあります:
産学連携による研究開発と人材育成:大学や研究機関と連携し、共同研究や人材交流を行うことで、専門知識の獲得と人材育成を同時に進めることができます。
異業種からの技術者の採用・育成:水処理技術やIoT/AI技術など、関連分野の技術者を採用し、OJTで養殖技術を習得させることで、専門人材を効率的に確保できます。
デジタル技術による暗黙知の形式知化:ベテラン技術者の経験やノウハウをAIやIoTを活用して形式知化し、システムに組み込むことで、新人でも高度な管理が可能になります。
パートナーシップを通じた知識獲得:養殖のノウハウを持つ企業とのパートナーシップにより、専門知識を効率的に獲得します。関西電力が「新潟で『妙高ゆきエビ』を陸上養殖しているIMTエンジニアリング株式会社と手を組み」、九州電力が「井戸内サーモンファーム」と提携しているのは、こうしたアプローチの例と言えます。
14.4 市場開拓とブランディングの課題
高コスト構造の陸上養殖製品は、輸入品と比較して価格競争力で不利な立場にあります。この課題を克服するためには、以下のような市場戦略が重要です:
高付加価値ブランドの構築:環境に配慮した生産方法、無投薬、トレーサビリティ確保など、陸上養殖ならではの価値をブランド化し、プレミアム価格での販売を目指します。九州電力の「みらいサーモン」や関西電力の「幸えび」はそうしたブランド戦略の例です。
地産地消の推進:地元消費者や飲食店向けに新鮮さをアピールし、流通コストを削減しながら地域ブランドとして確立します。「新鮮でおいしいサーモンを届け、食料課題の解決や九州の活性化に貢献したい」という九州電力の方針はこれに沿っています。
加工品開発による付加価値向上:未利用部位も含めた加工品開発により、商品単価を向上させます。関西電力の「幸えびのビスク」開発は、「身はもちろん絶品なんですが、実は頭や殻も安心しておいしく食べていただける」という考えに基づく付加価値創出の例です。
BtoB市場への展開:高級レストランや専門料理店など、品質にこだわる業務用市場をターゲットにすることで、価格競争を避けつつ安定した販路を確保します。関西電力の「幸えび」も「既に高級レストランでも振る舞われている」とされています。
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