系統用蓄電池の収益シミュレーション例(2025年版 10MWh高圧)

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

太陽光 再エネ
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系統用蓄電池の収益シミュレーション例(2025年版 10MWh高圧)

1. 事業参入の前提条件と制度環境(2025年現在)

系統用蓄電池(グリッドバッテリー)は再生可能エネルギーの主力電源化を支える重要インフラとして注目されています。2025年現在、日本政府は2050年カーボンニュートラル実現に向けて再エネ導入拡大を推進しており、電力市場や制度の整備蓄電ビジネスを後押ししています。特に近年は電力自由化の進展で取引機会が増え、蓄電池技術の進化によるコスト低減もあり、大規模蓄電への注目が急速に高まっています。

主な収益源となる市場も整いつつあります。系統用蓄電池は単独の売電だけでは採算が難しく、複数の収入先を組み合わせる必要があります。具体的には次の4つが収益源です:

  • ① 再エネ出力制御回避・需給緩和:再エネ併設型の場合、太陽光や風力の出力抑制時に余剰電力を蓄電し、電力逼迫時に放電することで、失われる売電収入を取り戻します。特にFIT40円案件が頻発に0円停止となる九州では、蓄電池併設で採算が合うとの声もあります。

  • ② 卸電力市場(JEPX)での取引:電力スポット市場で安価な時間帯に充電し、高騰時に放電して売電するエネルギー・アービトラージ収入です。例えば夜間に1kWhあたり10円で充電し、日中に20円で放電すれば1kWhあたり10円の利益になります。近年のJEPXシステムプライスは冬場で日平均7~15円/kWh程度と落ち着いており、平時の価格差は数円~十数円ですが、需給逼迫時には上限100円/kWh近くまで跳ね上がる場合もあります(※2021年1月に200円超を記録し現在上限100円に制限)。日常的な価格変動(例:10円→20円/kWh)を活用した利益が蓄電ビジネスの基本となります。

  • ③ 容量市場への供給力提供:将来のピーク需要に備えて発電・蓄電容量を確保する容量市場での収入です。実際に発電せず待機するだけで年額報酬を得られる点が特徴で、2024年から本格運用が始まりました。容量市場の最新の落札単価は地域ごとに大きく異なり、例えば2028年度分オークションでは東京エリア約14,812円/kW、中部約10,280円/kW、関西等約8,785円/kW、九州約13,177円/kWと過去最高水準となりました。2MWの蓄電池なら単純計算で年間2000kW × 単価の収入(東京なら約3,000万円/年)を得られる計算です。

  • ④ 調整力市場への調整力提供:電力需給バランスをリアルタイムで調整する需給調整市場(調整力市場)での収入です。周波数調整や急な需給ギャップ解消のための予備力を蓄電池が提供し、その待機容量や実際の調整電力量に応じ報酬を得ます。蓄電池は応答が速く調整力提供に有利ですが、現状の調整力単価は低水準で推移しています。たとえば2024年前半の第三次調整力(30分間あたり)の平均落札価格は2~3円/kW程度と報告されており、夏の重負荷期に若干上昇する傾向が見られました。大きな収益源とするには価格上昇が課題ですが、将来再エネが増えるほど調整力需要が高まり収益機会は拡大すると期待されています。

以上のように市場収益機会は広がりつつあるものの、現状では4つ全てを組み合わせても収益確保は容易ではないとの認識が一般的です。実際、多くの事業者はまだ事業性の確認作業中であり、試行錯誤の段階にあります。特に再エネ併設で出力抑制ロスを防げる九州など一部ケースを除き、単独蓄電所事業は採算確保がギリギリというのが実態です。

他方で制度面では追い風が強まっています。政府は脱炭素電源の拡大と系統安定化の両立を図るため、補助金の拡充や新市場創設など政策的支援を強化しています。経済産業省は2025年度予算で「再生可能エネルギー導入拡大・系統用蓄電池等電力貯蔵システム導入支援事業」として前年度比65億円増の約150億円(国庫債務含め総額400億円)を計上し、大規模蓄電池導入補助を拡大しました。これは大量導入が必要な調整力確保を目的とする政策で、民間事業者による大規模蓄電プロジェクトの公募が開始されています。また容量市場や調整力市場の創設・拡充、系統接続ルールの緩和(後述)など、ビジネス環境の整備も急ピッチで進められています。

要するに、2025年現在の系統用蓄電ビジネスは「政策追い風+市場整備進行中」だが「収益安定性にはなお課題」という状況です。これから参入を検討する事業者は、こうした前提条件と制度動向を正確に把握した上で事業構想を練る必要があります。

2. 技術パラメータと設備仕様(PCS・EMS・セル技術・Cレート等)

系統用蓄電池システムを計画するにあたっては、技術仕様と性能パラメータの理解が欠かせません。特に2~10MW規模の高圧蓄電システムでは、用地選定から機器構成まで慎重な設計が求められます。以下、主要な技術要素を解説します。

  • 蓄電池セルと容量:現在の大規模蓄電池はほとんどがリチウムイオン電池で、その中でもLFP(リン酸鉄リチウムイオン)系セルが主流です。LFPはニッケル系に比べ安全性と長寿命に優れ、発火リスクの低さやサイクル寿命の長さが評価されています。例えば中国メーカー製セルでは6,000サイクル以上・15年程度の保証を掲げるケースもあり、海外では大規模導入実績を積んだ高信頼セルが多く存在します。2MWh/8MWh級という表記は、一般に「定格出力2MW・定格容量8MWh」を指し、約4時間の放電が可能なシステムを意味します。これは0.25C(4時間率)の運用に相当し、ピークシフト用途に適した仕様です。一方、短時間の周波数調整を重視する場合は1時間程度で放電できる1C仕様(例えば2MW出力・2MWh容量)の計画もあり得ます。用途に応じて出力(MW)と容量(MWh)の比率=Cレートを決定することが重要です。一般には、ピークシフト+調整力のハイブリッド収益を狙う場合2~4時間程度の容量を持たせる例が多くなっています。

  • PCS(パワーコンディショナー):直流の電池と交流の系統を繋ぐインバータ装置です。出力2MWクラスの場合、2MW対応PCSを複数並列接続して構成します。PCS容量は発電出力と同義で、例えば2MWシステムならPCSも2MW分備えます。PCSは双方向インバータとして充放電双方を制御し、力率調整や電圧維持機能も担います。系統側の高圧に接続するため、PCSの交流側には昇圧変圧器や遮断器など受変電設備も必要です。高圧連系では受電電圧6.6kVまたは22kVに合わせた設備を設置し、場合によっては調相設備(無効電力補償)も要求されます。受変電設備費用は規模によって数億~十億円規模になるケースがあり、大きなコスト要素です。

  • EMS(エネルギーマネジメントシステム):蓄電池の頭脳にあたる制御システムです。需要予測・価格予測に基づき最適な充放電スケジュールを立案し、PCSやセルを制御します。EMSはJEPXや調整力市場への自動入札・取引機能を備える場合もあり、近年ではAIを活用した高度な予測・最適化が導入されています。特に複数の収益機会をハイブリッドに追求する場合、EMSの性能が収益性を左右します。実務では高度なEMS技術を持つアグリゲーター企業と提携し、運用を委託するケースが多いです。日本では大型蓄電池の運用ノウハウを持つ事業者がまだ少なく、自然電力(Shizen Connect)や日本工営エナジーソリューションズ、外資系のGridBeyond社などが先駆的に参入しています。EMSと運用ノウハウの確保は事業成功の鍵と言えます。

  • システム規模と設置形態:主流の系統用蓄電所は定格出力2MW未満・容量8MWh前後の規模が多く、約1,000㎡の土地にコンテナなどで蓄電池設備(約500㎡)を配置する例が一般的です。コンテナ型モジュールを用いれば拡張も容易で、2MWh単位で増設することも可能です。蓄電池は発熱するため空調設備や消火設備も備えた屋内orコンテナで運用され、安全面では防火壁や遠隔監視カメラ等の設置も推奨されます。消防法・電気事業法上の届け出・許認可も必要で、設置場所の地耐力や洪水リスクも考慮した用地選定が求められます。

  • 性能指標:蓄電池性能を評価する指標として、容量(MWh)・出力(MW)の他にラウンドトリップ効率(充放電往復効率)や劣化率があります。LFP蓄電池の往復効率は約90~95%程度です。劣化については、一定サイクルごとに容量が減少するため10年目に一部セル交換を見込む設計が一般的です。例えば初期容量の90%を10年維持する保証を設定し、10年目に容量補償のためのモジュール追加・交換費用を積み立てておく、という具合です。

以上の技術要素を踏まえ、最適な機器構成と運用戦略を練る必要があります。蓄電池システム技術は急速に進歩しており、将来的には全固体電池やレドックスフロー電池など次世代技術も台頭すると見られます。しかし2025年時点では、実績豊富でコスト優位なLFP系リチウムイオンが主役です。海外メーカーの台頭も著しく、コスト面では中国勢が数万円/kWh規模で提案しており、日本メーカーとの差は歴然です。もっとも、安全認証(JET認証)取得や国内メンテナンス体制など考慮すべき点も多く、価格・性能・信頼性のバランスを見極めた技術選定が重要となります。

3. 創設費用・運用費用の相場レンジ(国内外調達差、補助金影響、工事費用など)

大規模蓄電池の導入コストはここ数年で大きく変動しています。資源価格の高騰や円安の影響で電池価格が上昇した一方、海外製品の低価格化が進み、国内調達との差が広がりました。2023年度の調査によれば、補助事業データにおける系統用蓄電システム一式の平均コスト約5.4万円/kWh(設備費)+1.4万円/kWh(工事費)=6.8万円/kWhでした。これは前年度から若干低下したものの依然高水準で、1MWhあたり約6,800万円、8MWhなら5.4億円超にもなります。内訳を見ると電池部分が約4.1万円/kWhとシステム総コストの大半を占めます。

しかし、これは国内補助事業下での実績コストであり、実は「補助金なしで海外製を採用する案件では2~4万円/kWhの低コスト例も見られる」ことが報告されています。海外から電池を直接調達すれば数万円/kWh程度安くできるケースがある一方、補助事業では入札競争が働かず価格低減インセンティブが弱いことが高コストの一因と指摘されています。実際、補助金枠での案件は性能や安全性重視で国内ベンダー採用が多く、価格競争が限定的でした。一方、経産省が2024年度から始めた長期脱炭素電源オークション(蓄電池も対象)では価格競争方式を採用し、国内でも海外並みの低コスト実現が期待されています。

以上をまとめると、初期投資(CAPEX)の相場レンジは以下のようになります。

  • 補助金活用・国内調達ケース:約6~7万円/kWh前後(工事費含む)。例:8MWhで総額5~6億円規模。日本メーカーや大手SIer経由で導入する場合この水準になりやすい。

  • 補助金なし・海外調達ケース:約2~4万円/kWh程度。例:8MWhで2~3億円程度+別途工事費。特に中国系Tier1メーカーの大量生産品を使えば半額以下も十分可能。実績としてもオークション採択案件ではそのレンジが実現しつつあります。

  • 付帯設備費用:上記に加え、高圧連系用の変圧器・開閉器、系統保護装置、通信設備、建屋・基礎などの費用が発生します。受変電設備だけで数億~十億円にのぼる場合もあり、小規模案件ほど単位容量あたりの付帯費用負担が大きくなります。用地造成費や設置工事費も案件次第でばらつきます(地盤改良や防火設備が必要なケースではコスト増)。

運用費用(OPEX)も無視できません。年間の運用コストには、電池劣化に備えた交換費積立、定期点検・保守費、人件費、電力基本料金などが含まれます。初期投資に比べれば小さいものの、20年運用では積もれば無視できない額となります。一般的な目安では年間数百万円~数千万円程度です。例えば8MWh・2MWの蓄電所なら、遠隔監視と現地点検を委託して年500~1000万円規模、10年目の電池更新に備え毎年数百万円を償却積立、さらに系統基本料金(契約電力2MW分)で年数百万円といった合計になります。OPEXの削減も収益改善の重要ポイントであり、無駄な待機時間削減や保守最適化が求められます。

補助金が絡む場合、国内調達比率が上がりコスト高になりがちという皮肉もあります。補助事業では技術要件を満たすため高価な国内製PCSを採用したり、価格交渉より書類対応を優先したりする傾向が指摘されています。逆に言えば、補助金無しでも安価な海外製品を駆使してCAPEX圧縮する戦略は十分現実的です。もっとも性能やアフターサービスも考慮せねばならず、価格一辺倒はリスクがありますが、「安い蓄電池さえ見つければOK」という安易な考えは禁物との指摘もある通り、価格と信頼性のバランスをとった調達戦略が重要です。

まとめると、大規模蓄電池ビジネスの創設費用は数億~十数億円規模であり、そのレンジは調達ソースや補助金活用有無によって2倍以上開きます。運用費も長期では数億円規模に達し得ます。補助金活用で初期投資を半減できても報告義務など手間が増える点も含め、トータルコストを精査する必要があります。自社内にノウハウが無い場合、蓄電池導入コストの見積もりは専門家の支援を仰ぐことが推奨されます。

4. 電力売買収益の構造と市場価格動向(JEPXスポット・容量市場・調整力市場の最新単価)

蓄電池ビジネスの収益構造は、前述の通り複数市場からの収入の組み合わせです。それぞれの市場価格動向と収益の特徴を最新情報に基づき整理します。

  • JEPXスポット市場(エネルギー取引):蓄電池収益の柱となるアービトラージ収入は、スポット価格の変動幅に依存します。2020年代前半、日本のスポット価格は燃料価格高騰の影響で上昇傾向にありましたが、直近の2023年度冬季には日平均7~15円/kWh程度と前年より低水準で推移しました。再エネ拡大で昼間過安・夕方高騰という傾向が顕著になりつつあり、典型的には「深夜帯 <10円/kWh、日中数十円/kWh、夕方ピーク時20円超」という日も珍しくありません。平常時の価格差はおおむね5~15円/kWh前後ですが、需給逼迫が予測される日には事前に調整市場で対応する仕組みが整備されつつあるため、2021年1月のような極端な暴騰(¥200/kWh)は起こりにくくなっています。ただ上限価格は現在100円/kWh(30分値)と設定されており、異常事態時には上限張り付きも起こり得ます。蓄電池はこうした稀な高騰局面で大きな利益を得られるポテンシャルがありますが、平時は細かな差益の積み重ねになります。例えば「夜間10円で充電→夕方20円で売電」という1サイクルで1kWhあたり10円の粗利です。仮に8MWhの蓄電池でこれを1日1回行えば約8万円/日、年間で約2,900万円の売電総利益となります(実際は効率ロスや稼働率による減少あり)。今後、再エネ比率が高まると日中の価格低下と夕ピークの上昇でスプレッド拡大も期待されますが、同時に火力減少で不安定化も懸念されるため、価格予測の高度化が求められます。

  • 容量市場(キャパシティマーケット):蓄電池を含む供給力(kW)に対して容量確保料が支払われる市場です。日本では将来の供給力不足に備え2020年度より容量市場制度が導入され、数年先の需要年度向け容量をオークションで調達しています。蓄電池は発電源として容量価値を提供でき、放電継続時間に応じて調整係数(見做し容量)が設定されます。例えば4時間程度の持続があれば調整係数1.0に近く、1時間程度だと0.5~0.8程度に低減されます。最新の2028年度需要分メインオークション結果では、エリア別約定単価は東京・北海道・東北:約14,812円/kW年、中部:10,280円、関西等:8,785円、九州:13,177円となりました。この単価は過去最高水準で、全国平均でも約1万円/kW超と見られます。2MW(=2000kW)の蓄電池で東京エリアなら約2,962万円/年の容量収入、関西エリアでも約1,757万円/年が得られる計算です(実際の支払額は老朽火力への控除など経過措置適用後はやや減額)。容量市場収入は固定的・安定的で銀行融資評価にもプラスですが、市場価格自体は発電所の引退状況等で変動します。近年の結果を見ると年々上昇傾向で、特に東京・北海道・九州など供給逼迫リスクが高いエリアほど高値になっています。蓄電池にとって容量市場「待機するだけで収入」が得られる貴重な源泉であり、長期契約化も検討されています。

  • 調整力市場(アンシラリーサービス市場):頻度制御や需給バランス調整のための予備力(ΔkW)と調整電力量(kWh)を取引する市場です。日本では2021年以降、①一次調整力(周波数制御FCR)、②二次調整力(LFC:補充・追従)、③三次調整力(急峻な需給変動対応)を順次市場化し、2024年度から全商品の市場取引が開始されました。蓄電池は応答速度が極めて速いため特に一次・二次調整力の提供に有利で、各電力会社による個別調達から市場競争へ移行したことで、新規参入の道が開けています。しかし現状の調整力市場価格は総じて低位安定で、2024年上期の平均落札単価を見ると、例えば三次調整力①(30分間の予備力)は日平均2~3円/kW/30分程度で推移しています。これは1時間換算で4~6円/kW程度に過ぎず、大きな収益源にはなっていません。ただし需給が逼迫した2024年8月には三次②で最高347.8円/kW/30分というスパイクも記録されており、応札量不足時には高値約定が発生します。調整力市場は移行初期で制度調整中でもあり、2024年度は一部に入札価格上限も設定されました。蓄電池事業者側から見ると、「平常時は低価格で微収入だが、緊急時に大きな報酬機会」という不確実な市場と言えます。現時点では調整力収入だけでペイする状況ではなく、他の収益と組み合わせ前提ですが、再エネ大量導入に伴い調整力ニーズが急増すれば価格好転余地は大いにあります。また、海外(例:欧州)では調整力の容量単価が数十円/kWを超える時間帯もあり、日本でも市場成熟により適正水準への上昇が期待されています。

以上、主要3市場(+再エネ出力制御回避)それぞれの最新単価と収益特性を概観しました。蓄電池事業ではこれらをどう組み合わせ最適運用するか収益最大化のポイントです。平日日中は余剰再エネを充電し夕方ピークに放電深夜は調整力待機週末はスポット価格次第で売買といった時間帯別ハイブリッド運用収益最大化を図るのが理想です。実際、東急不動産が埼玉で運用開始した1.8MW/4.9MWhの蓄電所では、自然電力(Shizen Connect)がアグリゲーターとして市場取引・充放電を委託運用しており、複数収益源を組み合わせた最適制御が成否を握るとされています。このように電力市場のプロと組んで高度な取引を行うことが不可欠であり、蓄電池単体を設置するだけではなく運用面の体制構築が収益構造の肝となります。

5. 年間収益シミュレーション例(アービトラージ・容量市場・調整力それぞれ)

実際の蓄電池事業の収益がどの程度になるか、モデルケースによる年間収支シミュレーションを見てみましょう。ここでは参考までに、前述の収益源をフル活用したケースの試算結果を紹介します。

モデルケース:定格出力5MW・容量10MWh(2時間)の系統用蓄電池プロジェクトを想定。20年間運用し、初期投資は補助金なし、自己資本と融資で調達。電力価格や調整力価格は現行水準を元に将来予測を設定し、容量市場収入も織り込みます。

このケースで算出された初年度の年間キャッシュフローは以下の通りでした。

  • 総収入:約1.975億円(5MW/10MWh, Year1) – 内訳は卸市場売電益、容量市場報酬、調整力提供収入など全て合算。季節変動はあるものの年間では約2億円弱の売上規模です。単純平均すると1MWあたり約0.4億円/年、本ケース5MWで約2億円/年の売上となります。

  • 諸費用(運転費+金融費用):約1.0億円 – 内訳は運用保守コスト約0.6億円、融資返済元本0.4億円(利払い含まず)。運用コストには電池劣化積立や基本料金、人件費等が含まれます。金融費用は借入金利を1%台と仮定し、元本返済を含めたキャッシュアウトベースで年0.4億円程度となっています。

  • 初年度キャッシュフロー:+0.975億円(税引前) – 上記収入から費用を差し引いた税引前キャッシュフローは約9,750万円のプラスとなりました。このプロジェクトは初期から黒字のキャッシュフローを生み、累積CFは年々積み上がっていく計画です。10年目に電池モジュール更新費用で一時的にマイナスになりますが、その後も融資返済が進む15年目以降はキャッシュ創出額が増加します。

このモデルケースでは容量市場と調整力市場から安定的収入を見込む一方、卸市場アービトラージ収入はシナリオにより振れ幅が大きい設定でした。シミュレーション上、ケースによってプロジェクトIRR(内部収益率)は-6%~+5%程度と、大半が一桁台に留まる結果が示されています。これは現状コストと価格前提では補助金なしで高い収益性を上げるのは容易でないことを意味します。収益内訳を見ると、容量市場収入や調整力収入は一定見込めるものの、卸市場での裁定収入は不確実性が大きく、楽観的に見積もると痛い目を見るリスクがあります。

他方で感度分析によれば、市場価格が好転し収入が増加すればIRR二桁台も十分可能とされています。例えば上記ケースで**卸市場収入と調整力収入が各+30%**となれば、補助金なしでもIRR約10%に達する計算です。逆に調整力価格が想定以上に低迷した場合、IRRが一桁前半~マイナスに沈むリスクも示唆されています。要するに、市場動向次第で収益シナリオは大きく変わるということです。

なお、再エネ併設型でFIT/PPAプレミアム収入が得られる場合はさらにプラス要素になります。例えば太陽光と併設し発電変動を平滑化することで追加の収益(FIPプレミアム)が得られるケースも考えられます。また需要家への電力サービス提供(後述するマイクログリッドや自家消費PPA)も収益源となり得ます。こうした複合的なシナリオを織り込んだ上で複数ケースでシミュレーションし、最悪の場合でも債務返済に支障がないか(DSCR確保等)をチェックすることが肝要です。

まとめると、年間収益シミュレーションではベースケースで辛うじて黒字、補助金適用や市場好転でようやく投資妙味という結果が示唆されます。実務では机上のIRRだけで飛びつかず、楽観・悲観両シナリオを比較検証して事業性を精査することが重要です。特にFIT電源のような固定収入が無い蓄電池事業では「シミュレーション上IRR二桁でも実際は価格差が出ず収支悪化」という事態もあり得るため、市場将来性の慎重な見極めが不可欠と言えます。

6. IRR・投資回収期間の算出例(複数シナリオ比較)

前節のシミュレーションを踏まえ、投資採算指標(IRRや回収期間)の具体例を整理します。蓄電池事業ではリスクが比較的大きいため、事業者はIRR目標を7~10%以上に設定することが多いとされます。以下、代表的なシナリオでのIRRと投資回収期間の例です。

  • ケースA:補助金なし・現行市場価格ベース – 5MW/10MWhモデルケースの場合、プロジェクトIRRは約5~6%に留まりました。NPV(ネット現在価値)はほぼゼロ近辺で、税引前ベースの投資回収期間は15~18年程度と推定されます(20年計画内でギリギリ回収)。これは民間投資案件としてはやや魅力度が低く、融資も慎重姿勢になる水準です。

  • ケースB:補助金適用(初期費用1/3補助) – 上記ケースAと同条件で初期投資の3分の1を補助金で賄うと、IRRは約9~10%に向上しました。内部収益率が4ポイント改善し、投資回収期間も約3~4年短縮できる計算です。具体的には回収期間が10年前後に短縮され、リスクに見合うリターン水準に近づきます。補助金活用の効果が絶大であることがこのシナリオから分かります。

  • ケースC:悲観シナリオ(調整力価格低迷) – 想定より調整力単価が著しく低迷し、卸市場スプレッドも縮小した場合、シミュレーション上IRRが一桁前半~マイナスに沈む結果も示されています。例えば調整力収入が半減、卸収入も低調ならIRRは0~2%台まで落ち込み、投資回収は困難になります。債務償還が滞るリスクも現実味を帯びるため、金融機関もこのシナリオでDSCR(債務返済余裕)を確認します。最悪の場合でも債務返済に支障がない計画にしておくことが重要です。

  • ケースD:楽観シナリオ(市場拡大・価格向上) – 再エネ大量導入でスポット価格の変動幅が拡大し、調整力マーケットも高騰した場合、IRR二桁台(10~15%)も十分可能とされています。例えば卸と調整力収入が各+30%となれば、補助金なしでもIRR約10%に達します。容量市場単価も上昇傾向が続けばプラス効果があります。IRRが10%超ともなれば投資回収期間は8年以内に短縮され、非常に魅力的な事業となります。ただし将来市場がそう好転する保証はないため、このシナリオをあてにし過ぎるのは禁物です。

このように複数シナリオでIRRや回収期間を検証することが必須です。よくある誤りは「都合の良い楽観シナリオだけ見て投資を決めてしまう」ことです。蓄電池事業はFITのような固定売電収入がなく、市場連動型の収益ですから、不確実性を織り込んだ意思決定が求められます。実際、一部ではシミュレーション上はIRR二桁だったのに市場価格が振るわず想定収入を大きく下回った例も報告されています。したがって「IRR○%だからOK」ではなく、最悪シナリオでも損失耐性があるか、資本計画は万全かまでチェックすべきです。

投資判断基準として、IRR以外にも回収期間(Payback Period)やDSCRレベライズド蓄電コスト(LCOS)などの指標も有用です。特にLCOS(蓄電池の単位費用)は他電源との競争力を測るのに使われ、現在の蓄電池LCOSは火力の調整力コストと比べてまだ高めですが、補助金適用や将来コスト低減で逆転する可能性もあります。経営層への説明では、IRRや回収期間と併せて複数指標で事業性を示すことが望ましいでしょう。

最後に留意点として、補助金を活用する場合の特殊要因があります。補助金は事業性を大きく向上させる半面、公的資金ゆえに厳格な要件遵守・報告義務が伴います。例えば系統貢献義務(逼迫時放電・余剰時充電)や事後の実績報告、一定期間の事業継続義務などです。これらに違反すると返還リスクもあります。また補助金交付までの手続きに時間を要し、プロジェクトスケジュールに影響することもあります。したがって補助金シナリオでは報告コストや時間価値も織り込んで慎重に判断することが重要です。

7. 地域別適性と系統制約の見極め方(RE100対応、VPP活用など)

蓄電池導入の適性は地域によって大きく異なるため、立地戦略は重要な検討事項です。また、日本特有の系統制約への対応策も理解しておく必要があります。ここでは地域別のポイントと、系統接続面の留意点を解説します。

  • 再エネ大量導入地域:北海道・東北・九州など再エネ比率が高く出力制御(カット)頻発エリアでは、蓄電池の価値が相対的に高くなります。例えば九州では晴天日の昼間に太陽光余剰が生じ電力価格が0円/MWhになることもあり、蓄電池が余剰電力を吸収して夕方に供給する効果が大きいです。FIT太陽光の出力制御ロスを避けられれば、その分40円/kWh級の価値を取り戻せるため、九州や一部北海道(風力)では再エネ併設型蓄電池が有望とされます。一方、関東・関西など需要地エリアでは再エネ余剰は少ない代わりにピーク時価格上昇メリットは大きく、容量市場価格も高水準です。したがって地域ごとの価格特性(余剰 vs 逼迫)に応じて、蓄電池の収益機会も変わります。投資判断時には、候補地エリアのJEPX価格傾向・出力制御実績・容量市場区分を分析し、その地域ならではの収益モデルを描くことが重要です。

  • 系統混雑と接続待ち問題:日本では送配電ネットワークの空き容量不足が各地で深刻化しており、新規蓄電池も系統接続待ちに直面するケースがあります。従来、発電設備はノンファーム接続(逆潮流時出力制御)枠で繋ぐ運用がありましたが、蓄電池の充電(需要側)は明確なルールがなく、系統増強待ちで接続保留となる事例が生じていました。しかし2022年以降、蓄電池についても接続性を高めるための制度緩和策が導入されています。その代表が**「N-1時充電停止」の容認「早期連系」制度**です。

    • N-1時充電停止容認:万一の事故で主要送電線が1回線ダウン(N-1状態)するような混雑時に、蓄電池の充電行為を一定時間停止することを条件に接続を許可する制度です。各エリアの混雑時間帯(例:夕方ピークなど)において1日最大12時間まで充電停止を受け入れる運用を前提とし、それにより平常時の順潮流容量内であれば蓄電池を接続できるようにします。重要なのは、この制限は充電行為に限定されており、放電(発電行為)は制限されません。したがって容量市場や調整力市場への参加資格も失われず、蓄電池事業者にとって致命的な制約にはなりません。実際の運用では「〇時~△時は充電停止」といったスケジュールを組み、例えば17~21時は充電せず昼間に十分充電してピーク時は放電専念するといった戦略で対応します。この措置のおかげで、従来接続待ちだった案件が前倒しで連系可能になるケースが出てきています。

    • 早期連系の追加対策(充電制限スキーム):上記N-1充電停止を制度化したものが早期連系制度で、2022~2023年にかけて導入されました。これは系統増強前でも一定の制約付きで接続を認める暫定措置で、蓄電池に限らず需要家主導型太陽光+蓄電池にも適用されています。早期連系を活用すれば、工事完了を待たずに事業開始でき、先行者利益を得られる可能性があります。ただしこの充電制限措置はあくまで暫定的な緊急緩和策であり、長期的には系統増強やデジタル技術活用で根本解決を目指すとされています。蓄電池事業者は本措置を地域ごとの接続検討で積極的に活用し、必要なら送配電事業者と交渉して適用を勝ち取ることが重要です。

  • RE100対応ニーズ:蓄電池は企業のRE100達成戦略にも活用できます。工場やデータセンターなど大量電力を使う需要家が再エネ100%電力調達(RE100)を目指す際、太陽光や風力だけでは夜間の無電源時間帯をカバーできません。そこで蓄電池による時間シフトが有効になります。例えば日中に再エネで余剰になった電力を蓄電し、夜間に放電して需要家に供給すれば、見かけ上100%再エネ電力の供給が可能です。実際、PPA契約の中で「再エネ+蓄電池セット」による24時間クリーン電力メニューが提案され始めています。地域的には大口需要が多い都市圏近郊で、近接する再エネ電源とセットで蓄電池を置き自営線等で供給するケースが考えられます(後述のマイクログリッド型事例)。また、企業のBCP(事業継続計画)用途として非常用電源兼用の大容量蓄電池を導入し、平時はグリッドサービス提供する動きもあります。需要家側から見ると再エネ利用率向上とレジリエンス強化の一石二鳥であり、このニーズは今後高まるでしょう。

  • VPP(仮想発電所)活用:蓄電池をデジタルネットワークで束ねて制御するVPP技術も進展しています。複数の蓄電池リソースを統合し一つの発電所のように振る舞わせることで、調整力市場などにまとまった容量で入札できます。2MWh級の蓄電池単体では規模に限りがありますが、全国の蓄電池を束ねれば需要家側調整力として無視できないボリュームになります。既に経産省の実証事業などで蓄電池VPPは検証されており、今後本格展開すれば小規模事業者でもVPP経由で市場参加が可能となります。蓄電池事業者にとっては、自前で高度な最適運用が困難な場合に信頼できるVPPアグリゲーターに参加することで収益向上が期待できます。注意点は、契約条件を詰めておかないと「思ったほど収益が受け取れない」事態になり得ることで、成果報酬型契約の配分や運用優先順位の取り決めがトラブルなく決まっていることが重要です。いずれにせよ、VPPは将来的に調整力確保の要となる可能性が高く、蓄電池事業者もVPP動向をフォローし参画の機会を探るべきでしょう。

以上より、地域適性を見極めるには「そのエリアの価格動向・系統混雑状況・需要動向」を総合評価する必要があります。また系統制約への対応策(早期連系など)を駆使してプロジェクトを前倒しで実現することが成功のポイントです。立地戦略としては、再エネポテンシャル地域で余剰対策としての蓄電か、大需要地近傍でピーク調整としての蓄電かでアプローチが異なります。さらに需要家マッチングや自治体支援策も地域によって様々なので、地域特性に根差した事業モデルを描けるかがカギとなります。

8. 補助金の具体的活用法(環境省、経産省、自治体)と注意点

補助金・助成制度の活用は蓄電池ビジネスの収支を大きく左右します。日本では国(経産省・環境省)から自治体まで様々な蓄電池支援策が用意されています。ここでは主要な補助制度と、その利用上の注意点を整理します。

  • 経済産業省の補助金:経産省は再エネ拡大と調整力確保の観点から、系統用蓄電池導入補助を拡充しています。代表的なのが前述の**「再生可能エネルギー導入拡大・系統用蓄電池等導入支援事業」で、蓄電池システム(および関連設備)導入費用の最大1/2補助(補助率1/2以内)が可能です。実績としては補助採択案件では平均コスト9.2万円/kWh程度(2023年度)で推移しており、27件の大規模蓄電池が国の支援で採択されています。総額はGX経済移行債を活用した400億円規模**で、2021年度開始から継続中です。この補助を受けられれば初期投資負担は大幅軽減できますが、要件として「電力系統の安定化に資する運用」(逼迫時は放電し、余剰時は充電すること)などが求められます。また蓄電池容量1kWhあたり14.1万円以下であること等の価格要件も設けられています。申請・採択には事前審査があり、設備計画や財務計画の書類提出が必要です。交付決定まで時間がかかるため、プロジェクトスケジュールに余裕を見て準備しましょう。なお2024年度からは長期脱炭素電源オークション落札案件にも補助適用が可能となり、価格競争で低廉な蓄電池導入を促す仕組みと連動しています。

  • 環境省の支援策:環境省も地域の脱炭素化やレジリエンス向上の観点で蓄電池関連の補助事業を行っています。例えば**「地域脱炭素移行・再エネ推進交付金」では自治体や事業者が行うマイクログリッド構築等に対し補助が出ます。また環境省所管で蓄電池を活用した分散型エネルギーシステム実証**(レジリエンス強化事業)も過去に実施されてきました。環境省の補助は経産省に比べ規模は小さいものの、防災・地域振興の色彩が強く、例えば離島の独立系統用蓄電池や避難所電源用の蓄電池設置などが対象になり得ます。採択されれば国庫補助率1/3~1/2程度で支援が受けられます。環境省案件ではCO2削減効果等の環境性アピールが重要で、単なる営利事業より地域課題解決型の企画が採択されやすい傾向があります。自治体と連携して申請するケースも多いです。

  • 自治体独自の補助金:東京都をはじめ多くの自治体が蓄電池導入補助を設けています。東京都の例では、大規模事業所向けに定置用蓄電池への補助金を公募しており、過去には数件の系統用蓄電池が対象になりました(東京都は再エネ導入拡大プロジェクトの一環)。その他、例えば豊田市野々市市など地方自治体でも新エネ導入促進補助に蓄電池が含まれる例があります。自治体補助は額としては1件数百万円規模(中には数千万円も)と国補助に比べ小さいですが、国補助と併用可能な場合があります。ただし併用可否は制度によるため要確認です。また自治体補助は年度ごと予算であり公募期間や締切が短いことも多いので、自治体のエネルギー施策情報を逐次チェックしましょう。

  • 補助金活用の注意点:補助金は「もらえて当たり前」ではなく、獲得と執行にノウハウが必要です。まず申請書作成に相当な手間がかかり、エネルギーコンサル等の専門家支援を受けることも検討すべきです。採択後も実績報告や事後モニタリングが課され、運用状況の定期レポート提出など報告義務があります。また補助事業で導入した設備は一定期間(例えば5年間)勝手に用途変更や売却ができないなど制約があります。さらに前述のように補助事業では価格競争原理が働かずコスト高になりやすい一面もあります。このため、「補助金ありき」で計画するとかえって収支悪化するリスクもあり得ます。重要なのは、補助金はあくまで採算向上の手段であって、補助無しでも成り立つ事業モデルをまず考え、補助でブーストするという発想です。加えて、公的資金を入れることで社会的責任も伴う点を認識しましょう。例えば補助事業選定時には蓄電池の系統貢献度(逼迫時放電・余剰時充電)が厳しくチェックされます。この運用要件を守れないと補助返還もあり得るため、収益優先でルールを逸脱することのないよう注意が必要です。

まとめると、国・自治体の補助金を賢く使えばIRRが数ポイント向上し回収期間短縮が見込めます。特に経産省補助(最大50%)の効果は絶大で、利用できるならぜひ検討すべきです。一方で申請手続きの重さ、運用上の制約という裏面もあるので、そこをクリアできる体制・覚悟がないと逆効果になりかねません。成功しているプロジェクトは国や自治体の支援制度を巧みに活用しており、ここを乗りこなせる制度対応力が事業の成否を分けます。補助金情報は毎年度アップデートされるため、アンテナを高く張って最新公募情報をキャッチし、必要に応じて専門家にも相談しながら最適な活用法を検討してください。

9. 他の収益機会(マイクログリッド連携、自営線供給、PPAモデル等)

蓄電池ビジネスの収益機会は市場取引だけではありません。電力系統の外や需要家サイドにも蓄電池の価値を見出し、収益につなげることが可能です。最後に、マイクログリッドや自営線、PPA(Power Purchase Agreement)など蓄電池のその他の活用モデルと収益機会を紹介します。

  • マイクログリッドへの組み込み蓄電池は地域マイクログリッドや自営線マイクログリッドの中核要素になります。例えば、ある地域で太陽光発電と蓄電池と非常用発電機を組み合わせ自立分散型のエネルギーネットワークを構築する場合、蓄電池が需給調整と非常用電源を兼ねることで高い価値を発揮します。実例として千葉県睦沢町の「むつざわウェルネススマートタウン」では、自営線のみで構成されたマイクログリッド上に大容量蓄電池を配置し、停電時には独立系統を維持する実証が行われています。蓄電池事業者にとって、こうしたプロジェクトに参画し設備をリース提供するモデルも考えられます。収益源は、自治体や地元企業からのサービス提供料・電力販売収入、さらに国交付金による設備費補填など多岐にわたります。特に災害時のバックアップ電源やレジリエンス価値に対して地域から対価を得る「レジリエンスフィー」という考え方も今後出てくるでしょう。

  • 自営線を用いた直接供給(オンサイトPPA)再エネ発電所と需要家を蓄電池込みの専用線(自営線)で結び、電力を直接供給するモデルです。通常、離れた再エネ発電所の電気を企業が使うには系統利用料や託送料が発生しますが、近接地で自営線を引けば回避できます。例えば工場近くに太陽光+大型蓄電池を設置し、自営線で昼夜電力を供給すれば、電力コスト削減と再エネ化が同時に実現します。蓄電池は昼間の余剰太陽光を貯め夜間に放出することで、需要パターンに合わせた供給が可能です。事業者は需要家と長期PPA契約を結び、電力単価で売電収入を得ます。需要家は電力会社からではなく事業者から電気を購入する形です。売電単価には再エネ+蓄電の付加価値が乗るため、通常の系統売電より高めに設定できる場合があります。こうしたオンサイトPPAは、特にRE100を掲げる工場・データセンターなどで導入が進み始めています。収益上は、需要家からのPPA収入(定額に近い安定収入)が得られる点が魅力です。一方で需要家側の信用リスクや契約解除リスクなどもあるため、契約スキームの綿密な設計が必要です。

  • 需要家向けエネルギーサービス(デマンドレスポンス/BCP):蓄電池を用いて需要家の電力契約を最適化するサービスも考えられます。例えば工場やビルのピークカットに蓄電池を用い、基本料金削減分をシェアするビジネスモデルです。高圧需要家の電気料金は最大需要電力で決まる基本料金が大きな割合を占めるため、蓄電池でピークシェービングすれば年間数百万円単位の節約が可能です。事業者は蓄電池を設置し、需要家と削減額のシェアで契約することで収入を得ます(いわゆる「ネガワット取引」の一種)。また非常用電源(BCP電源)として蓄電池をリース設置し、平時は系統用に運用するモデルもあります。需要家はバックアップ電源確保のメリットを得つつ、リース料を支払い、事業者は平時は蓄電池を市場収益化してその収益でリース料を賄う、といったスキームです。既にデータセンター向けにUPS用途の蓄電池をグリッドシェアする取り組みが海外で始まっています。日本でも需要家の脱炭素ニーズ・レジリエンスニーズに蓄電池で応えるサービスはブルーオーシャンと言えます。

  • 収益モデルの多角化:以上のように蓄電池は電力市場以外にも収益源を持ち得ます。重要なのは「蓄電池を一つの用途に専属させない」ことです。時間帯・用途に応じて最も価値の高い使い方にシフトする運用設計が成功の鍵となります。例えば平日はグリッド向けに市場取引、週末は需要家の非常電源スタンバイ、災害時は地域への無償供給でCSR効果、などハイブリッドな役割を持たせることで蓄電池の価値を最大化できます。将来的にVPP事業への参加も視野に入れ、収益モデルを多面的に構築しておくと安定性が増します。実際、成功している蓄電池事業では時間帯・季節ごとに用途を切り替え、利用可能な収益機会を最大限織り込んだ運用計画を立てています。

  • パートナーシップの活用:最後に、他分野とのコラボレーションも収益機会創出につながります。例えば**電気自動車(EV)との連携(V2G)**で蓄電リソースを増強する、水素(燃料電池)と組み合わせて長期貯蔵ニーズに応えるエネルギーデータビジネス(電力取引プラットフォーム)に参画して手数料収入を得る等、アイデア次第で新たなビジネスが拓けます。特にAI技術やIoTと蓄電池を組み合わせたスマートグリッドソリューションは各社模索中で、今後有望です。蓄電池単体ビジネスにこだわらず、複合的なエネルギーサービス提供者として発想することで、他社との差別化と高付加価値化が可能になるでしょう。


以上、高圧系統用蓄電池事業について、事業環境から技術仕様、収益モデル、採算性、地域戦略、制度活用、そして新たなビジネス展開まで包括的に解説しました。蓄電池事業は挑戦的な分野ではありますが、再生可能エネルギー時代のキーアセットとして今後の成長が確実視されています。成功のポイントは、

  • 適切な地域選定と立地戦略(どこに設置すれば価値が高いか)、

  • 制度対応力(補助金獲得や接続交渉のノウハウ)、

  • 多面的な収益モデル設計(一つの収入源に頼らない)、

  • 信頼性確保と運用高度化(安全対策・最適制御の徹底)、

  • 適切なパートナー選び(優れたアグリゲーターや技術パートナーとの協業)、

といった点に集約されます。事前にフィージビリティスタディを綿密に行い(複数シナリオ収支シミュレーション)、リスク要因を洗い出して対応策を講じておけば、蓄電池事業は十分チャレンジする価値のある領域です。再エネ拡大・脱炭素化という大きな潮流の中で、系統用蓄電池ビジネスは今まさに花開こうとしている段階にあります。本記事の解説が、意思決定者の皆様の実務判断に少しでも役立てば幸いです。

出典・参考URL

  • 経済産業省 資源エネルギー庁 「2024年度定置用蓄電システム普及拡大検討会 取りまとめ」 他

  • エネがえる (国際航業) 「系統用蓄電池事業の最新動向と成功戦略ガイド(2025年版)」樋口悟 他

  • エネがえる (国際航業) 「事業性評価・経済効果シミュレーション パーフェクトガイド」樋口悟 他

  • SOLAR JOURNAL コラム「花開くか、系統用蓄電池ビジネスの未来」北村和也 他

  • タイナビ蓄電池 「系統用蓄電池の仕組み・ビジネスモデル・補助金 徹底解説」(2025) 他

  • グリッド研究所 (Sassor) 「2028年度容量市場メインオークション結果まとめ」(2025年1月)

  • 電力需給調整力取引所(EPRX)「2024年度上期 取引実績」(2024年12月)

  • JEPX情報サイト 「スポット市場価格(月平均)」(2025年)

  • 新電力ネット 「系統用蓄電池での安全面や各種補助金について(セミナーアーカイブ)」(2025年) 他

  • その他:経産省・OCCTO資料、環境市場HP、各種報道(ITmedia SmartJapan 他) 等

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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