産業用蓄電池によるピークカット最大化戦略 理想の電力ロードカーブと最適業種を徹底分析し、日本の脱炭素化への貢献を探る

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

産業用蓄電池によるピークカット最大化戦略 理想の電力ロードカーブと最適業種を徹底分析し、日本の脱炭素化への貢献を探る

序章:なぜ今、ピークカットが企業の最重要戦略となるのか?

2025年の日本は、エネルギー政策の大きな転換点に立っています。

2050年のカーボンニュートラル実現に向け、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律、通称GX推進法が本格的に動き出し、官民合わせて150兆円規模の投資が計画されています 1。企業には、もはや努力目標ではない、具体的な脱炭素化への行動が強く求められる時代が到来しました。

この大きな潮流の中で、電力需要の構造も劇的に変化しています。長らく続いた省エネルギー化による需要減少トレンドとは裏腹に、デジタル化の進展はデータセンターや半導体工場の新増設を加速させ、産業用電力需要は2034年度までに2024年度比で約6%も増加するとの予測が示されています 3。一方で、再生可能エネルギーの導入目標は2030年度に36~38%へと引き上げられ、その導入は加速していますが、天候に左右される出力の変動性は、電力系統の安定供給を脅かす新たな課題として浮上しています 1

このような背景のもと、産業用蓄電池を用いた「ピークカット」は、従来の意味合いを大きく超えた戦略的重要性を帯びています。これまでピークカットは、主に電気基本料金を削減するための「コスト削減策」として認識されてきました 6。しかし2025年以降、その役割は飛躍的に拡大します。企業の蓄電池は、不安定な電力系統を支える貴重な「調整力」リソースとなり、デマンドレスポンス(DR)市場などを通じて新たな「収益源」へと進化する可能性を秘めているのです 4

ここに、企業のミクロな経済合理性と、国家のマクロなエネルギー政策目標が完全に一致するという、特筆すべき状況が生まれています。企業が自社の電気料金削減という純粋な財務的動機から蓄電池を導入する。その蓄電池が持つ高速な充放電能力は、再生可能エネルギーの導入拡大に不可欠な系統安定化(調整力)という国家的な課題を解決する。そして、その貢献に対して市場を通じて対価が支払われる。この好循環は、単なるコスト削減効果だけでは到達し得なかった速度で、産業用蓄電池の普及を後押しすることになるでしょう。

本稿では、この新しいパラダイムを前提に、産業用蓄電池によるピークカット効果を最大化するための戦略を、技術、産業、政策、投資という多角的な視点から深く掘り下げて分析します。これは、企業が受動的な電力消費者から、電力システムの安定化に能動的に関与する「プロシューマー」へと進化するための、2025年を見据えた羅針盤です。

第1章:ピークカット最大化のメカニズム:デマンド制御の核心

ピークカット戦略を理解する上で、その根幹にある電力料金体系、特に「最大デマンド」の概念を把握することが不可欠です。この仕組みを理解することが、蓄電池導入による経済的便益を最大化する第一歩となります。

電力料金の構造と「最大デマンド」の支配力

高圧・特別高圧で受電する法人の電気料金は、主に「基本料金」と「電力量料金」で構成されています 7。このうち、毎月の固定費となる基本料金を決定づけるのが「最大デマンド」です。最大デマンドとは、30分間の平均使用電力(デマンド値)を計測し、その月における最大値を指します 10

重要なのは、一度記録された最大デマンドが、その後1年間の契約電力の基準となる「ラチェット契約」という特性です 6。つまり、真夏の猛暑日に空調設備がフル稼働した、たった30分間の突出した電力使用が、翌月以降1年間の基本料金を決定してしまうのです。この仕組みこそが、ピークカットが極めて高い費用対効果を持つ最大の理由です。蓄電池を用いてこの瞬間的なピークを抑制することで、年間を通じての固定費を大幅に削減することが可能になります。

ピークカットとピークシフト:蓄電池の二つの顔

デマンド制御には、蓄電池の特性を活かした二つの主要なアプローチ、「ピークカット」と「ピークシフト」が存在します。これらはしばしば混同されますが、戦略的には明確に区別して活用することが重要です。

  • ピークカット: ピーク時間帯における電力会社からの購入電力量そのものを「削減」するアプローチです。最も代表的な手法は、太陽光発電システムを導入し、発電した電力をその場で使用(自家消費)することです。これにより、電力需要が最も高まる日中の時間帯に、電力網からの購入量を直接的に減らすことができます 10

  • ピークシフト: 電力を使用する時間帯を意図的に「移動(シフト)」させるアプローチです。具体的には、電力料金が割安に設定されている夜間に電力網から電気を購入して蓄電池に充電し、電力料金が高く、デマンドがピークに達する昼間の時間帯にその電気を放電して使用します 13。これにより、1日の総使用電力量を変えることなく、購入電力のピークを平準化し、基本料金を削減します。

これら二つの戦略は、太陽光発電と蓄電池を組み合わせることで、最大の相乗効果を発揮します。晴天の昼間は太陽光発電でピークを直接カットし、その余剰電力を蓄電池に充電。そして、太陽光発電量が落ち込む曇天時や夕方の第二のピークに対して、蓄電池から放電して対応する。このような連携運用により、天候や時間帯に左右されずに最大デマンドを安定的に抑制することが可能になるのです 10

EMSの役割:インテリジェンスによる最適化

蓄電池という強力な「筋肉」を最大限に活かすためには、それをインテリジェントに制御する「頭脳」が必要です。その役割を担うのがEMS(エネルギーマネジメントシステム)です。

EMSの基本的な機能は、施設内の電力使用状況をリアルタイムでデータ化し、「見える化」することにあります 12。しかし、2025年における先進的なEMSの役割は、単なる監視や手動制御に留まりません。その中核となるのは、デマンド値を常に監視・予測し、あらかじめ設定した閾値(例えば契約電力の90%)に近づくと、警報を発したり、自動的に蓄電池からの放電を開始したりする「デマンドコントローラー」としての機能です 10

さらに高度なEMSは、太陽光の発電量予測、電力市場の価格変動、さらには電力会社からのデマンドレスポンス(DR)指令といった外部情報まで取り込み、これらの要素を総合的に判断して、蓄電池の充放電スケジュールを自律的に最適化します 16。これにより、単にデマンドを抑制するだけでなく、電力量料金の削減やDRによる収益獲得まで含めた、エネルギーコスト全体の最適化を実現します。

第2章:理想の電力ロードカーブ:ピークカット効果を最大化する「形」とは

産業用蓄電池によるピークカットの効果は、導入する企業の電力消費パターン、すなわち「電力ロードカーブ」の形状に大きく左右されます。自社のロードカーブの特性を理解することは、投資対効果を正確に見積もり、最適なシステムを設計するための前提条件となります。

ピークカットポテンシャルを決定づける3要素

電力ロードカーブのどの特徴がピークカットのポテンシャルを決定づけるのでしょうか。主に以下の3つの要素が重要となります。

  1. ピークの鋭度(高さ): 施設の基本的な電力消費(ベースロード)に対し、ピークがどれほど鋭く突出しているかを示します。ベースロードとピークの落差が大きいほど、比較的小容量の蓄電池からの短時間放電で、デマンド値を効果的に引き下げることができます

  2. ピークの持続時間: ピーク状態が数十分で収束するのか、あるいは数時間にわたって継続するのかという点です。短く鋭いピークは、比較的小容量・高出力の蓄電池で対応可能ですが、長く緩やかなピークをカバーするには、大容量(kWh)の蓄電池が必要となり、投資額も増加します。

  3. オフピークの深さ(谷): ピーク時間帯以外の、特に夜間の電力消費がどれだけ低いかという要素です。夜間の消費電力が低い(谷が深い)ほど、料金が割安な夜間電力を利用して蓄電池を効率的かつ経済的に充電することができ、ピークシフトの効果を最大化できます 13

ロードカーブの類型分析

これらの要素に基づき、電力ロードカーブをいくつかの典型的なパターンに分類し、それぞれのピークカット適性を評価することができます。

  • 【理想形】単峰性・昼間ピーク型:

    多くの製造業の工場や物流倉庫に見られる典型的なパターンです。昼間の操業時間帯に明確で鋭いピークが一つ形成され、夜間は生産ラインが停止するため負荷が大幅に低下します。この形状は、太陽光発電によるピークカットと、夜間電力によるピークシフトの両方の効果を最大限に引き出せる、最も理想的なロードカーブと言えます 13。

  • 【準理想形】双峰性・朝夕ピーク型:

    オフィスビルや大規模商業施設などで見られるパターンです。朝の始業・開店時と、夕方の照明や空調需要が重なる時間帯に二つのピーク(双峰)が現れます。この場合、1日に2回の放電に対応する必要があるため、蓄電池のサイクル寿命や、充放電スケジュールを柔軟に設定できる高度なEMSの性能が重要になります。

  • 【工夫要】高ベースロード・平坦型:

    24時間365日、ほぼ一定の高い電力レベルで稼働するデータセンターや化学プラントなどがこのタイプに該当します 19。明確なピークが存在しないため、自社のデマンド削減という観点では蓄電池導入のメリットは限定的です。しかし、後述するように、BCP(事業継続計画)対策や、電力系統全体への貢献(デマンドレスポンス)といった別の価値と組み合わせることで、導入の合理性が生まれます。

  • 【不向き】不規則・予測困難型:

    イベントホールや特殊な研究施設など、日によって稼働スケジュールや使用機器が大きく変動し、電力消費パターンが予測困難な業態です。この場合、デマンドのピークがいつ発生するかを正確に予測することが難しく、蓄電池の充放電計画を立てにくいため、投資対効果の見極めが非常に困難になります。

自社ロードカーブの簡易診断フレームワーク

自社のピークカットポテンシャルを把握するためには、まず現状を正確に知ることから始める必要があります。以下のステップで簡易的な診断が可能です。

  1. データ入手: 契約している電力会社に依頼し、過去1年分の30分デマンドデータをCSV形式などで入手します。

  2. 可視化: 表計算ソフトなどを用いて、入手したデータをグラフ化します。月別、曜日別、時間帯別にプロットすることで、自社のロードカーブの典型的な「形」や季節変動を視覚的に把握します。

  3. 定量的評価: 以下の簡単な指標を計算することで、ポテンシャルを数値化します。

    • ピーク突出度 = 年間最大デマンド値 ÷ 年間平均デマンド値

      この値が大きいほど、ピークが鋭く突出しており、ピークカットの効果が高いことを示します。

    • オフピークの深さ = 夜間(例:23時~7時)の平均デマンド値 ÷ 年間最大デマンド値

      この値が小さいほど、夜間の負荷が低く(谷が深く)、安価な夜間電力を活用したピークシフトに適していることを示します。

この診断を通じて自社の特性を理解することが、効果的なエネルギー戦略を策定するための第一歩となります。

第3章:【業種別ディープダイブ】ピークカットが最適解となる企業プロファイル

電力ロードカーブの理論的な分析を踏まえ、ここでは具体的な業種に焦点を当て、それぞれの事業特性と電力消費パターンを深く掘り下げ、最適な蓄電池活用戦略を探ります

Case 1:製造業・物流倉庫

  • ロードカーブ特性:

    製造業や物流倉庫は、典型的な「単峰性・昼間ピーク型」のロードカーブを示します。生産ラインやマテリアルハンドリング機器の稼働が日中の特定の時間帯に集中するため、予測可能性が非常に高いシャープなピークが形成されます 18。特に、大型モーターを搭載したコンプレッサー、プレス機、冷凍・冷蔵設備などは、起動時に大きな電力を消費し、デマンドを押し上げる主要因となります 20。

  • 最適戦略:

    この業種にとって、太陽光発電と蓄電池の組み合わせは、まさに王道と言える最適解です。日中の電力ピークを、敷地内の屋根や遊休地に設置した太陽光発電の自家消費で直接的に抑制します。そして、蓄電池は二つの重要な役割を果たします。第一に、天候不順(曇りや雨)によって太陽光の発電量が急に落ち込んだ際に、即座に放電して電力供給を補い、デマンド値の上昇を防ぎます 10。第二に、生産計画の急な変更や、大型設備の同時稼働によって予期せぬ電力需要スパイクが発生した場合にも、バッファとして機能し、契約電力を超過するリスクを回避します 10。

  • 導入事例と投資回収:

    実際に、蓄熱式空調と蓄電池を組み合わせることで契約電力を100kW以上削減し、年間で数百万円規模の基本料金削減を達成した工場の事例が報告されています 10。国の補助金制度などを積極的に活用すれば、投資回収期間は8年前後が一つの目安となり、多くの企業にとって十分に実現可能な投資となっています 23。

    しかし、その価値は単なるコスト削減に留まりません。蓄電池というオンサイトの電源を持つことは、企業を電力網の制約から部分的に解放します。これにより、例えば、新たなデマンドピークを記録する恐れなく、短期間だけ追加の生産ラインを稼働させたり、エネルギー消費の大きい新プロセスを試験的に導入したりといった、生産活動における柔軟性が格段に向上します。

  • さらに、系統からの電力供給が途絶えた際には、重要な生産設備を稼働させ続けるためのBCP電源として機能し、高価な原材料の損失や生産停止による機会損失を防ぎます 22。このように、蓄電池は受動的なコスト削減ツールから、企業の生産活動を能動的に支え、リスクを低減する戦略的資産へと進化するのです。

Case 2:データセンター

  • ロードカーブ特性:

    データセンターの電力消費は、24時間365日、膨大な数のサーバーとそれを冷却するための空調設備によって、極めて高いレベルで安定しています。そのロードカーブは「高ベースロード・平坦型」であり、変動が非常に少ないのが特徴です 19。近年、生成AIの急速な普及に伴い、その電力需要は爆発的に増加しており、2030年にはデータセンター全体の電力消費量が現在の日本の総電力消費量に匹敵する規模に達するとの予測もあります 25。

  • 最適戦略

    データセンターにおける蓄電池導入の第一目的は、自社のピークカットではありません。最優先されるのは、ミリ秒単位の電力供給の揺らぎさえ許されないサーバー群を保護し、万一の停電時にも事業継続を保証するためのUPS(無停電電源装置)としての役割です 27。しかし、BCP対策のためだけに巨額の投資で導入された大容量蓄電池を、平常時に遊ばせておくのは経済的ではありません。ここで鍵となるのが、蓄電池を常時活用する「デュアルユース」という考え方です。

    • 戦略1:系統ピークへの貢献(デマンドレスポンス): 自社の電力負荷は平坦であっても、電力系統全体の需要が逼迫する時間帯(例えば、夏の夕方など)に、電力会社やアグリゲーターからの要請に応じて蓄電池から放電(下げDR)します。これにより、電力網の安定化に貢献し、その対価として報酬を得ることが可能になります 8

    • 戦略2:再生可能エネルギー自家消費率の最大化: RE100(事業活動で消費する電力を100%再生可能エネルギーで調達することを目指す国際イニシアチブ)に加盟する多くのIT企業にとって、再生可能エネルギーの利用は必須です。データセンターに併設された大規模太陽光発電設備が生み出す日中の余剰電力を蓄電池に貯蔵し、夜間のサーバー稼働に利用することで、再生可能エネルギーの自家消費率を最大化し、環境目標の達成に貢献します 29

  • 技術選定:

    数時間から十数時間に及ぶ長時間のバックアップという厳しいBCP要件と、DR市場での収益性を両立させるためには、メガワット級の大容量と長寿命を誇るNAS電池や、複数のリチウムイオン電池をコンテナに収めたシステムが有力な選択肢となります 30。

Case 3:病院・大規模医療施設

  • ロードカーブ特性:

    病院は24時間稼働ですが、その電力消費パターンは極めて複雑な複合型です。入院患者がいる病棟では、空調や照明により24時間を通じて比較的一定の電力が消費されます 31。一方、中央診療部門では、MRIやCTスキャナといった高度医療機器や、手術器具の滅菌設備などが日中の特定の時間帯に集中的に使用されるため、高いピークを形成します 32。施設全体のエネルギー消費量は、同じ24時間稼働のホテルや商業施設を上回るほど大きいのが特徴です 31。

  • 最適戦略:

    病院における蓄電池導入の最優先事項は、議論の余地なくBCP対策です。停電時にも、生命維持装置、手術室、ICUなど、人命に直結するエリアへの電力供給を絶対に途絶えさせないことが至上命題となります 34。したがって、蓄電池システムはまず非常用電源として、最も重要な負荷を確実にバックアップできるように設計されます。

  • 平常時の活用:

    この重要なBCP資産を平常時にも活用し、経営効率を高めることが求められます。特に、病院の電力消費の約3割を占める空調・換気設備のデマンド削減に大きな可能性があります 32。EMSを用いて、外来患者が集中する午前中や、予定手術が組まれている午後の時間帯の電力需要を予測し、蓄電池から計画的に放電することで、医療活動の質を一切損なうことなく、電気の基本料金を削減することが可能です。

  • 地域貢献:

    病院の蓄電池が持つ価値は、院内だけに留まりません。大規模災害発生時には、病院は地域の防災拠点としての役割を担います。その際、蓄電池に貯められた電力は、周辺の避難所や通信基地局などに供給され、地域全体のレジリエンス(防災・減災力)を向上させるための中核的な役割を果たすことができます 36。これは、病院の社会的価値と地域における存在意義を大きく高める重要な要素となります。

第4章:2025年以降の最適システム設計と投資戦略

適切な業種と活用戦略を特定した上で、次に重要となるのが、具体的なシステム設計と投資計画です。技術の選択、補助金制度の活用、そして多角的な視点からの投資評価が、プロジェクトの成否を分けます。

蓄電池選定の要諦:技術特性の理解

産業用蓄電池にはいくつかの種類がありますが、現在主流となっているのは「リチウムイオン電池」「NAS(ナトリウム硫黄)電池」です。それぞれに異なる特性があり、用途に応じて最適なものを選択する必要があります。

  • リチウムイオン電池:

    スマートフォンや電気自動車で広く利用されている技術であり、その特徴はミリ秒オーダーという極めて速い応答速度と、高いエネルギー密度(省スペース性)にあります。サイクル寿命も6,000~12,000回と長く、頻繁な充放電に適しています 37。これらの特性から、製造業における数十分から数時間のシャープなピークカットや、周波数調整など高速な応答が求められるDR(デマンドレスポンス)用途に最適です。

  • NAS(ナトリウム硫黄)電池:

    日本ガイシが世界で初めて実用化したメガワット級の電力貯蔵システムです。大容量、そして15年以上の長寿命が最大の特徴です 30。6時間以上にわたる長時間の連続放電が可能であるため、大規模工場の操業時間全体をカバーするような広範なピークシフトや、データセンターに求められる長時間のBCP(事業継続計画)用途に適しています。ただし、作動には内部を300℃の高温に維持する必要があり、専門的な保守管理が不可欠という側面も持ちます 38。

システム設計においては、ピークの「高さ(kW)」を抑制するためには蓄電池の「出力(kW)」が、ピークの「持続時間(kWh)」をカバーするためには「容量(kWh)」が重要になります。自社のロードカーブの形状を詳細に分析し、最適な出力と容量のバランスをシミュレーションすることが、過剰投資を避け、効果を最大化する上で不可欠です 39

投資効果を最大化する補助金・制度活用

産業用蓄電池の導入には多額の初期投資が必要ですが、国や地方自治体は、企業の脱炭素化を後押しするために手厚い補助金制度を用意しています 40。特に近年の補助金は、単に設備を導入するだけでなく、DRへの参加を交付の条件とするケースが増えています 42。これは、蓄電池が個社の利益だけでなく、電力系統全体の安定化に貢献することを政策的に重視している表れです。

2025年度以降も、GX推進戦略の一環として、企業の省エネルギー投資や再生可能エネルギー導入を支援する補助金は継続・拡充される見込みです 43。これらの制度を最大限に活用することが、投資回収期間を大幅に短縮する鍵となります。最新の公募情報を常に収集し、申請ノウハウを持つ専門事業者と連携することが成功の要諦です。

また、投資回収をシミュレーションする際には、単純な電気料金の削減額だけでなく、DR参加によって得られる潜在的な収益や、停電時の事業継続によって回避できる損失(BCP価値)、さらには企業の環境評価やブランドイメージ向上(ESG価値)といった非財務的な効果も総合的に評価に含めるべきです 23

【表】業種別ロードカーブ特性とピークカット導入ポテンシャル評価

業種 代表的な電力ロードカーブの特徴 ピークカットポテンシャル 導入の主目的 最適な蓄電池技術 備考
製造業(組立・加工) 昼間操業時に鋭い単一ピーク。夜間は低負荷。予測可能性が高い。 高い 電気料金削減(基本料金)、BCP リチウムイオン電池(高出力) 太陽光発電との連携効果が極めて高い。
製造業(化学・素材) 24時間連続操業。比較的高位で安定したベースロード。 低い BCP、DR参加による収益化 NAS電池(大容量・長時間) 自社のピークカットより系統への貢献(DR)が主眼。
データセンター 24時間365日、極めて高いレベルで平坦な負荷。変動が少ない。 (自社内)低い (系統貢献)高い BCP/UPS(最優先)、DR参加、再エネ活用 NAS電池、コンテナ型リチウムイオン 蓄電池は必須設備。デュアルユースが収益性の鍵。
病院・医療施設 24時間稼働だが、部門(病棟、診療部)により負荷が変動する複合型。 中程度 BCP(生命維持)、電気料金削減 リチウムイオン電池(高信頼性) EMSによる高度な負荷予測と制御が不可欠。
物流倉庫 荷役作業や冷凍・冷蔵設備により、昼間にピークが集中。 高い 電気料金削減、BCP リチウムイオン電池

特に冷凍・冷蔵倉庫では効果が大きい 18

大規模商業施設 開店から閉店にかけて緩やかなピーク。空調・照明負荷が中心。双峰性の場合も。 中程度 電気料金削減、非常用電源(テナント向け) リチウムイオン電池 EV充電器との連携による新たな価値創出も可能。

【表】主要産業用蓄電池タイプの性能・コスト・寿命比較

項目 リチウムイオン蓄電池 NAS電池
応答速度 高速(ミリ秒オーダー) 比較的遅い(秒オーダー)
エネルギー密度 高い(省スペース)

非常に高い(鉛蓄電池の約3倍)44

期待寿命/サイクル数

10~15年 / 6,000~12,000回 37

15年以上 / 4,500回以上 37

充放電効率 90%以上

約80% 46

初期コスト kWhあたりでは比較的高価だが、小型化が可能 メガワット級の大規模システムではコスト競争力あり
最適な用途 短時間でシャープなピークカット、周波数調整DR 長時間(6時間以上)のピークシフト、BCP、再エネ出力安定化
運用上の注意点 温度管理が重要。過充電・過放電に注意。

作動に300℃の高温維持が必要 38。専門的な保守管理が必須。

第5章:企業のピークカットが日本のエネルギーグリッドを変革する

企業の蓄電池導入は、個社の経営課題を解決するに留まらず、日本のエネルギーインフラ全体が抱える構造的な課題を解決し、次世代の電力網へと変革を促す大きな力となります。

再エネ導入拡大の「防波堤」としての蓄電池

太陽光や風力といった変動性再生可能エネルギー(VRE)の導入が拡大するにつれ、電力系統は「出力変動」という深刻な課題に直面します 4。晴天の昼下がりには電力が余剰となり、一方で曇天時や夕方には急激に不足するなど、需要と供給のバランスを維持することが極めて困難になります。このバランスが崩れると、周波数が乱れ、最悪の場合は大規模停電(ブラックアウト)を引き起こす可能性があります 5

この課題に対し、全国に分散配置された企業の産業用蓄電池は、巨大な「防波堤」として機能します。電力需要が少なく太陽光発電が豊富な日中には、余剰となる電力を吸収(充電)し、逆に電力需要が高まる夕方以降には、蓄えた電力を供給(放電)する。この働きにより、VREの出力変動を平準化し、電力系統の安定性を劇的に向上させます。これは、送電線の「空き容量不足」という、再生可能エネルギーの導入を阻むもう一つの大きな壁を緩和することにも繋がり、日本のさらなる再エネ導入を可能にする土台となるのです 47

「調整力市場」とDR:コストから収益源への転換

電力の周波数を常に一定に保ち、安定供給を維持するために必要な能力を「調整力」と呼びます。従来、この役割は、出力を柔軟に増減できる火力発電所が主に担ってきました 4。しかし、脱炭素化の流れの中で火力発電所が減少していく未来においては、新たな調整力の担い手が必要不可欠です。

そこで期待されているのが、蓄電池をはじめとする新たなリソースです。2024年度から本格的に運用が開始された「需給調整市場」は、まさにこの調整力を電力市場で取引するための仕組みです 49。企業は、自社で保有する蓄電池をこの市場に登録し、「アグリゲーター」と呼ばれる事業者を通じて、電力系統の指令に応じて充放電を行います 51。電力供給が余剰気味の時には充電を促す「上げDR」、逆に需給が逼迫している時には放電を促す「下げDR」に応じることで、企業は電気料金の削減に加えて、調整力を提供した対価として直接的な収益を得ることができるようになります 8。これにより、蓄電池は単なるコスト削減設備から、収益を生み出す「プロフィットセンター」へとその役割を転換させるのです。

この一連の動きは、日本の電力網のあり方を根底から変えるものです。従来、電力は大規模発電所から消費者へと一方向に流れる中央集権的なシステムでした。しかし、企業がピークカットのために導入したインテリジェントな蓄電池システムが、系統からの信号(市場価格やDR指令)に反応し始めるとき、その企業はもはや単なる電力の「消費者(コンシューマー)」ではありません。

電力を生産し、系統安定化に貢献する「生産者(プロデューサー)」の側面を併せ持つ「プロシューマー」となります。そして、アグリゲーターによって束ねられた何千もの企業内蓄電池は、あたかも一つの巨大な発電所のように機能する「仮想発電所(VPP)」を形成します。この分散型で双方向のネットワークこそが、未来の電力網、すなわち「スマートグリッド」の姿です。

個々の企業によるピークカットというミクロな投資が、結果として、より強靭で、よりクリーンな国家のエネルギーインフラを構築するための、不可欠な礎となるのです。

結論:2025年、企業が踏み出すべきエネルギー戦略の次の一手

2025年を目前に控え、産業用蓄電池の導入と活用は、もはや一部の先進的な企業だけが取り組むべきテーマではありません。変動するエネルギー情勢と国家的な脱炭素化への要請の中で、それはすべての企業が検討すべき、喫緊かつ重要な経営戦略となっています。本稿での分析を踏まえ、企業が今、踏み出すべき次の一手を以下に提言します。

  • 現状把握とポテンシャル診断から始める:

    戦略策定の第一歩は、自社の現状を正確に把握することです。まずは契約電力会社から過去1年分の30分デマンドデータを取得し、本稿で示したフレームワークを用いて自社の電力ロードカーブの「形」を可視化・分析してください。これにより、ピークカットによる潜在的な経済効果や、自社に最適な蓄電池のスペック(容量・出力)を客観的に評価することが可能になります。

  • 多角的価値に基づき投資を判断する:

    2025年以降の蓄電池投資は、単純な電気料金削減効果だけで判断すべきではありません。それは、事業継続を支えるBCP(事業継続計画)としての価値、デマンドレスポンス市場への参加による新たな収益機会、そしてESG評価の向上を通じた企業価値の増大という、財務・非財務の両面から総合的に評価されるべき戦略的投資です。これらの多角的な価値を織り込むことで、より本質的で、未来志向の経営判断が可能となります。

  • 脱炭素化の主役としての役割を自覚する:

    産業用蓄電池の導入は、もはや一企業のコスト削減活動という枠を超え、日本のエネルギーインフラを次世代の形へと変革し、国家目標であるカーボンニュートラルの達成に直接貢献する、極めて社会的な意義の大きい行為です。企業は、この歴史的なエネルギー転換期において、単なる規制の対象や受動的な消費者ではなく、社会課題の解決を自社の成長機会へと転換する、能動的なプレイヤーとしての役割を担うことが期待されています。自社のエネルギー戦略を見直すことは、未来の社会における自社の新たな立ち位置を定義することに他なりません。

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