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Googleの「タペストリー」とは? 電力網ムーンショットが日本の再エネにもたらす示唆
私たちの生活を支える電力網(グリッド)は、100年以上前から続く人類最大級のインフラであり、そのおかげで世界中の都市が夜でも光り輝いています。しかし近年、この電力網がエネルギー転換(トランジション)の弱点として浮き彫りになってきました。
国際エネルギー機関(IEA)も「再生可能エネルギー発電プロジェクトを軌道に乗せる上で、電力網への接続がしばしば“ウィークリンク(弱い輪)”になっている」と指摘しています。つまり、どれだけ太陽光や風力を増やそうとしても、「電力網につなぐ」というプロセスがボトルネックとなり、計画通りに進まないケースが各国で続出しているのです。
こうした状況に対し、米Google(グーグル)の親会社Alphabetが擁する先端研究部門「X(旧Google X)」が、電力網の在り方そのものを革新しようという大胆なプロジェクトを進めています。それが「タペストリー(Tapestry)」と呼ばれるムーンショット・プロジェクトです。
本記事では、このGoogleのタペストリーとは何者なのかを紐解き、その技術や狙いを紹介します。そして日本の再生可能エネルギー普及や脱炭素化における本質的課題を洗い出し、タペストリーの試みがどのような示唆をもたらすか考察します。難解な専門用語も平易にかみ砕きますので、再エネ事業に携わる方や政策立案者の方はぜひご一読ください。
Google Xのムーンショット「Tapestry」:電力網改革への挑戦
まずタペストリーとは何か? 一言で言えば「電力網のためのムーンショット」です。ムーンショットとは、1960年代の米国アポロ計画になぞらえられる言葉で、前人未到で困難だが成功すれば世界を一変させるようなプロジェクトを指します。タペストリーはまさに電力グリッド分野のムーンショットとして位置づけられ、Alphabetの研究開発部門Xが主導しています。
タペストリーチームが目指しているのは、電力網に関わるあらゆる業務を1つのプラットフォーム上で可視化・最適化することです。現在の電力網は送配電設備の所有・運用が地域ごとに分断され、データやツールも組織ごとにサイロ化しています。そのため系統全体を俯瞰できず、計画や運用の非効率が生じています。タペストリーはAI(人工知能)を活用した統合プラットフォームによって、この断片化したネットワークに全員がアクセスできる「単一の仮想モデル」を構築しようとしています。これにより発電所建設計画から送電網の増強計画、設備保全、需給オペレーションまで、一貫してデータ駆動型かつリアルタイムに最適化できる世界を目指しています。
実際、タペストリーにはGoogle傘下のAI企業DeepMind(ディープマインド)やGoogle Cloud(グーグルのクラウド基盤)といった最先端ITインフラ・AIチームが結集しています。加えて、米国最大の送電網運営者PJMの元CEOアンディ・オット氏など、電力業界の専門知見を持つ人材も参画しています。ITと電力システム工学のプロがタッグを組み、「誰も全貌を把握できていないブラックボックス」と揶揄される電力網を丸ごと見える化しようというわけです。
ムーンショットという言葉通り、それは容易な道のりではありません。しかしタペストリーは既に米国や世界各地のパートナーと実証に乗り出しています。次章では、その代表例とも言える米国PJMインターコネクションとの協業に焦点を当て、タペストリーの具体像に迫ります。
PJMとの協業:AIで送電網のボトルネックを解消
タペストリーが大きな注目を集めたのは、米国最大級の送電系統運用事業者であるPJMインターコネクションとの協業が発表された2025年4月です。PJMは13州+首都ワシントンDCにまたがる広域電力市場を運営し6700万人に電気を届ける米国最大の系統運用者(ISO/RTO)です。近年PJMでは、太陽光や風力など新規発電プロジェクトのグリッド接続申請(系統連系リクエスト)の殺到による深刻なバックログ(積み残し)が発生していました。2023年末時点で、全米の系統待ち案件は累計2,600GWと米国全発電容量の2倍以上に膨れ上がったと報告されています。従来数十件だった年間申請が数千件規模に急増し、現行プロセスでは接続まで平均5~6年も要するとの試算もあります。このままでは再エネ拡大目標に間に合わない――まさに喫緊の課題です。
そこでPJMとGoogleは協力し、タペストリーのAI技術でこの接続プロセスを抜本的に近代化することを決めました。2025年から始まった数年計画のコラボレーションでは、Alphabet(X)のタペストリーチームが新たなAIツール群とモデルを開発し、PJMの現場に実装します。具体的には、PJMが連系検討に用いる数十個もの既存データベース・解析ツール類をクラウド上で統合し、PJMのネットワーク全体を表す単一のデジタルモデルを構築します。そして発電事業者や系統計画担当者が一つのプラットフォーム上で協働できる環境を整えるのです。
この新プラットフォーム上では、接続申請に対する影響検討やデータ照合の多くをAIが自動化してくれます。従来、人手で数週間かけて行っていた系統影響解析も、AIならわずか数日、場合によっては数時間で完了できると期待されています。実際チリの送電系統運用機関との試験では、数日かかっていた計画業務を数時間で終えることに成功しています。タペストリー導入によってPJMの新規発電プロジェクト審査の処理時間が飛躍的に短縮され、新しい容量をより早くグリッドに接続できる見通しです。
PJM幹部は「現時点で具体的な短縮幅を数字で示すのは難しいが、画期的な効率化の可能性がある」とコメントしています。また米国のクリーンエネルギー業界団体も「この種のイノベーションは巨大な系統待ちを解消し、クリーンエネルギーをより早くオンラインに繋ぐために極めて重要だ」と歓迎しています。従来型の制度改革や設備増強に加え、先端ソフトウェアとAIという新戦力で問題に挑む点が画期的だと評価されているのです。
さらに米連邦エネルギー規制委員会(FERC)も各地の系統運用者に宛てた書簡で「最新のソフトウェアと自動化ソリューションを活用した絶え間ないイノベーションこそが真に迅速で効率的な系統連系プロセスには不可欠だ」と強調しています。例えば中西部MISO地域では、大規模案件の手動スタディに2年を要したのに対し、民間開発のある解析ソフトウェアではほぼ同様の結果を10日間で再現できたとの事例も報告されています。AIと自動化による時間短縮効果は桁違いであり、業界全体で期待感が高まっています。
電力網の可視化と高度化:Tapestryが目指すもの
では、タペストリーは具体的にどのような技術ソリューションを提供しようとしているのでしょうか。このプロジェクトのキーワードは一貫して「可視化」と「統合」、そして「インテリジェンス化」です。
タペストリーの公式サイトによれば、そのミッションは「電力網をそこで働く全ての人に見えるようにすること」にあります。誰もが系統全体像を共有できれば、信頼性・経済性・持続可能性を飛躍的に高められるという信念です。具体的なプロダクトとして、タペストリーは以下のようなツール群を開発・提供しています。
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グリッドプランニング・ツール: 広域系統計画向けのシミュレーションプラットフォーム。長期・大規模な電力シナリオを時間解像度1時間単位で精密にシミュレート可能にし、従来数週間かかる計算を数日に短縮します。例えば「猛暑日に風が凪いだら?」「数十年後にEVが大量導入されたら?」といった多数の仮想シナリオを高速に検証し、最も安価で信頼性が高く低炭素な設備投資計画を提示します。これにより送電線増強や発電設備新設の判断を迅速化し、接続待ち問題の発生自体を未然に減らせると期待されます。
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GridAware(グリッドアウェア): 配電網の保守運用向けAIツール群です。ドローンやセンサーが収集する大量の画像データを機械学習で解析し、電線のたるみや機器の劣化など異常兆候を自動検知します。人手の巡視では見落としがちな微細なリスクを早期に発見し、予防保全を可能にします。これによって停電リスクを下げ、保守コスト削減と信頼度向上を両立します。日本でも老朽インフラ問題が深刻化していますが、こうしたAI活用は送配電網のメンテナンス効率化にも有効でしょう。
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統合データプラットフォーム: 上記のような高度解析を支える基盤として、タペストリーは各種データソースを一元的に統合するデジタルプラットフォームを構築します。発電設備や需要家のデータ、気象情報、電力市場情報などをクラウド上で集約し、AIモデルが横断的に分析できる環境を提供します。これにより、発電事業者・系統運用者・市場運営者など複数主体が共通の「系統デジタルツイン」を見ながら協働できるようになります。情報の非対称性や不透明さを解消し、意思決定を加速する狙いがあります。
要するにタペストリーは、電力システム全体のデジタル化とAI活用による知能化を推し進めることで、現在各国で顕在化している「電力網の制約問題」を解決しようとしているのです。タペストリーがPJM地域で目指す効果を整理すると以下の3点に集約できます。
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より迅速な系統接続 – AIによる申請プロセスの自動化・データ検証で、発電開発者と系統計画担当者双方の負担を軽減し、案件審査を加速。結果として新規電源の系統連系までの時間を短縮する。
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計画の効率化とコスト低減 – 分散していた複数のデータベース・解析ツールを単一の統合モデル上で置き換え、データ収集や分析を高速化。一つのプラットフォームで関係者が協働できるため計画策定を効率化し、必要最小限の投資で最大の効果を生むグリッド強化策を見出す。
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多様な電源の統合 – 太陽光・風力など出力変動型の再エネ資源を高速シミュレーションで織り込み、変動性を持つ電源を安定的に大量導入できる計画策定を支援。ひいては多様なエネルギー資源の迅速かつ信頼できる系統統合を実現する。
こうしたタペストリーの方向性は、送電網の逼迫に悩む他地域や国々にとっても非常に示唆に富むものです。実際、英国では既に100GW以上のプロジェクトが接続待ちで、最悪10年待ちとも言われます。世界各国が送電網強化への投資拡大に舵を切り始めていますが、ハード面の増強だけでなくソフト面の高度化が鍵になることをタペストリーは示しています。まさに**「電力網の見える化・賢い化」**こそ次世代のエネルギーシステムに不可欠だというメッセージです。
では、日本の状況はどうでしょうか。次章では、日本における再エネ普及と電力網の課題を洗い出し、タペストリーのアプローチから得られる解決のヒントを探ります。
日本の再エネ普及を阻む根源的課題
日本でも再生可能エネルギーの導入量は年々増加し、今後さらに拡大していく見通しです。しかしその過程で、「系統に繋ぐまでに時間がかかる」「繋ぐための費用が高い」といった電力網(系統)の課題が顕在化しています。ここでは、日本の再エネ大量導入を加速する上で障壁となっている根本的な問題を整理します。
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系統容量の不足と接続待ち問題: 日本各地で再エネ発電所を建てようとしても、「送電線に空き容量がないため繋げない」ケースが発生しています。計画段階で系統増強工事が必要と判明すれば、多額の費用と年単位の時間がかかり、プロジェクトの収支やスケジュールを圧迫します。日本の送電インフラは需要地と大規模電源を結ぶ形で整備されてきたため、風力資源が豊富な北海道や東北といった地域ほど送電線容量が不足しがちです。また日本の送電網は東西で周波数が異なり(50Hzと60Hz)、周波数変換設備を介した連系容量が限られる点も、全国的な電力融通を阻む構造的要因です。政府や広域機関OCCTOも連系線増強計画を進めていますが、たとえば北海道~本州間の連系設備増強(+300MW)すら完成は2028年予定と、物理的なネットワーク拡張には時間がかかります。当面は、既存系統をやりくりしながらどれだけ多く繋げられるかが勝負となります。
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情報の断片化と透明性の欠如: 日本の送配電網は地域ごとに電力会社(一般送配電事業者)が管理しており、系統の空き容量や接続可否の判断プロセスはブラックボックスだと感じる事業者も多いのが実情です。2014年には九州電力などで接続申込みの回答保留(いわゆる接続拒否問題)が発生し、国全体を巻き込む議論となりました。当時、電力会社から突然「系統に余裕がないので保留」と言われ、なぜそんなに容量がないのか説明が不十分、あるいは提示される接続工事費用が「なぜこんな高額なのか不透明」だとして、多くの再エネ事業者が不信感を募らせました。この背景には、容量計算や費用算定のルール設計自体に透明性が欠如していたことがあります。日本では長らく先着順・契約順で送電容量を確保するルールが取られ、後から来た発電所は前の計画分も含めて容量が足りるか検証する必要がありました。しかも契約した容量は発電所がまだ運転していなくても将来のために占有され、たとえ実際には多くの時間帯で使われていなくても、新規には「空きなし」と扱われてしまいます。これは公平性の観点から導入されたルールでしたが、実態にそぐわない過剰な制約を生み出していたのです。こうした制度や運用の透明性を高め、全体最適で容量活用する仕組みに変えていかない限り、当事者間の不信や摩擦は根本解決しません。日本版タペストリーとも言える統合的な系統データ公開・協調プラットフォームの必要性がここにあります。
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需給調整の硬直性と再エネ出力抑制の増加: 仮につないだ後でも、再エネの発電が無駄になるケースが増えている点も看過できません。日本では近年、太陽光・風力の発電量が需要を上回る際に出力をカットする「出力制御(出力抑制)」が各地で発生し、2023年度にはついに17.6億kWhもの再エネ電力が捨てられる見通しとなりました。この量は前年度比で3倍以上という急増ぶりです。特に九州では太陽光・風力電力量の約7%が発電できたにも関わらずカットされる見込みで、他地域に比べ突出しています。 日本における再生可能エネルギーの出力制御量推移(2018~2023年度、沖縄除く)は、2023年度は17.6億kWh(推定値)に達し、過去最大だった2022年度(5.75億kWh)の3倍以上に増加した。九州エリアでの出力抑制率は約6.7%と、他地域と比べても飛び抜けて高い水準となっている。 なぜこれほど抑制が増えたかというと、一つには需要が少ない時間帯にも発電が余るようになったためです。日本の電力供給ルールでは、原則として余剰時には再エネから先にカットされます(FIT非補償枠の無補償抑制)。加えて、電力市場では卸電気料金の下限が0円に制限されており、需要減少時に価格メカニズムで調整することもできません。結果として、春秋の休日昼間など年間数%程度の時間帯に発電側へ一律カットを指示する以外なくなっているのです。本来、経済原則に基づき発電コストの高い火力や調整力に乏しい原子力を減出力する方が合理的な場面でも、現行制度では再エネ側が止まるケースが少なくありません。このように需給調整ルールや市場設計が時代のニーズに合っていないことも、再エネ最大活用を阻む本質的課題と言えます。
以上のような課題は、一言でまとめれば「電力システムを巡る計画・運用・市場の仕組みが、急速な再エネ大量導入に耐えうるようアップデートされていない」ことに起因しています。日本は2050年カーボンニュートラル実現や2030年再エネ比率36-38%目標を掲げていますが、現行のままでは机上の空論に終わりかねません。ではタペストリーの試みに、その打開策は見出せるでしょうか。次章では、日本の電力網改革への示唆を探ります。
日本版グリッド改革への示唆:タペストリーから学べること
前章で挙げた日本の課題に対し、Googleのタペストリーのアプローチは多くのヒントを与えてくれます。ここでは「技術面」と「制度・運用面」の両観点から、タペストリー的発想で日本が取り組み得るソリューションを考えてみます。
1. デジタルツインとAI活用で計画業務を高度化・高速化する: 日本でも、系統計画や連系検討にデジタルツイン(電力網の精緻なデジタルモデル)を導入し、AIによる高速シミュレーションを活用すべきです。例えばOCCTOや各送配電事業者が保有する系統データを集約し、全国規模で電力ネットワークを再現する統合モデルを作ります。そこに新規発電所の計画情報や需要予測を入れて、広域的な潮流影響をAIが即座に解析するプラットフォームを構築すれば、接続可否や必要増強の判断を大幅に迅速化できます。実際、FERC委員が紹介したように、あるソフトウェアでは人手2年の検討を10日で再現できたという例もあります。日本でも同種のツールを積極活用し、「数年待ち」を「数週間~数ヶ月待ち」へと短縮する努力を始めるべきです。その際、Google Cloudのようなクラウド基盤を用いれば、複数事業者が同じ環境で安全にデータを共有しつつ計算資源を柔軟に使えます。鍵となるのはデータ連携と部門横断の協調であり、これには国が主導して標準フォーマット整備やプラットフォーム運営主体の設立を進める価値があります。
2. 既存インフラの容量を引き出す制度設計: 物理的な設備増強に時間がかかる以上、今ある送電網をフル活用する制度に転換することが急務です。幸い、日本でも2021年から「ノンファーム型接続(日本版コネクト&マネージ)」が開始されました。これは送電線の空き容量を“動的”に活用する仕組みで、平常時100%使い切っていない容量に後続の再エネを追加接続し、万一同時間帯に容量オーバーする場合のみ発電出力を調整するというものです。欧州や米国でも一般化しつつある手法で、日本版も全エリアで導入されました。ただし現状では、後から繋がる発電所に無補償の出力制御リスクが集中し、事業採算に不利になるという課題があります。この点、タペストリー的な高度予測と調整力活用でリスクを極小化し、事業者が安心してノンファーム接続を選べる環境を整えるべきです。具体的には、AIによる需要・発電予測精度向上や蓄電池・需要応答(DR)の活用で、出力抑制の頻度と量を減らす工夫が考えられます。また、接続契約上もリスクと利益を関係者でシェアする新たなスキーム(例えば複数再エネ発電所でのポートフォリオ接続契約等)を検討しても良いでしょう。重要なのは、「待たされるより繋いで調整した方がトク」という形に制度インセンティブをデザインすることです。
3. 情報公開と透明性の徹底: タペストリーの理念である「グリッドを皆に見えるように」という発想は、日本の業界にも不可欠です。系統容量計算や接続可否判断の前提条件・ルールをガラス張りにし、第三者が検証できるようにすることが信頼醸成につながります。例えば系統情報のポータルサイトを整備し、各送電線の現在の潮流や予約容量、新規申請状況などをリアルタイムで表示することも技術的には可能でしょう。欧州ではENTSO-Eが公開するデータや各国の接続情報公開が進んでいますが、日本も見習ってオープンデータ化を進めるべきです。また、計画立案段階から発電事業者・送電事業者・規制当局が共通のデータを見ながら議論する場を設けることも有効です。タペストリー的な統合プラットフォームがあれば、まさにその環境が実現できます。透明性と協調を高めることは、心理的な不信の壁を取り除き、皆で最適解を探る「システム思考」への転換点となるでしょう。
4. 市場メカニズムの活用と柔軟な運用: 技術と制度の融合領域として、電力市場・運用ルールの改良も重要です。前述のように日本では経済メリットに反した出力制御が起きていますが、これは市場価格にネガティブプライス(マイナス価格)の概念が無いことや、需給調整力の不足が背景にあります。解決策の一つは、市場に負の価格を導入し需給ひっ迫時だけでなく過剰時にも価格シグナルで調整が働くようにすることです。実際、再エネ先進地域の欧州や米国では、需要を下回る電力は価格がゼロを割り込み、収益性の低下した発電所が出力を自発的に下げることでバランスを取っています。日本でもこれを採用すれば、安価な再エネをできる限り活かし、高コストまたは柔軟性に欠ける電源が調整弁となる仕組みに移行できます。また、周波数変換設備の増強や広域融通の拡大によって地域間の偏在を均す努力も必要です。その際、AIによる需給予測・最適潮流制御技術(アウトプット最適化)を併用すれば、より少ない追加投資で同じ設備から引き出せる容量を増やすことができます。タペストリーが掲げる「賢いグリッド」は、何もハードの話だけではなく、こうしたソフトな運用改良によっても実現できるのです。
以上、タペストリーの示唆をもとに考え得る対策を述べましたが、根底にあるのは「電力網を動的で最適化可能なシステムと捉える」という発想です。従来のように固定的・静的な前提に基づいて計画・運用するのではなく、リアルタイムのデータと高度なアルゴリズムで常にベターな解を探すという姿勢が不可欠です。電力網は典型的な大規模複雑系ですから、部分最適の積み重ねではなく全体最適の視点(システム思考)が重要になります。タペストリーは先端AIでその難題に挑む旗手と言えるでしょう。
電力網ムーンショットが拓く脱炭素時代の展望
Google Xのタペストリーは、電力網という古くて新しい課題に真正面から挑む壮大な試みです。世界最高峰のAI技術と産業知見を融合し、「見えないものを見えるようにする」ことで問題解決を図ろうとしています。このムーンショットが実現すれば、グリッド接続待ちの解消や電力インフラ投資の最適化を通じて、再生可能エネルギーの大量導入を下支えする基盤が整います。PJMでの成果が証明されれば、他の地域や国々でも同様のアプローチが波及していくでしょう。
日本においても、脱炭素社会の実現には送電網のボトルネック解消が避けて通れません。幸い、本稿で述べたようにタペストリー的発想から得られるヒントは多々あります。データ統合による透明性向上、AIシミュレーションによる効率化、柔軟な制度設計――これらを組み合わせることで、日本版ムーンショットとも言える電力網改革が可能になるはずです。ただし技術はあくまで道具であり、最後はそれを採用し運用する人間側の決断と行動が重要です。既得権や慣習にとらわれず、世界最高水準の知見を積極的に取り入れていくオープンマインドが政策立案者や産業界に求められています。
タペストリーの挑戦は始まったばかりですが、その根底にある思想は普遍的です。それは「未来のために今までの常識を疑い、前例のない解決策を恐れず追求する」という精神でしょう。日本の再エネ推進に携わる我々も、固定観念に縛られず大胆かつ着実な一歩を踏み出す時です。電力網という巨大なタペストリー(綜絖)を織り成す無数の糸(データやプレーヤー)を束ね、知恵とテクノロジーで編み直すことができれば、必ずや脱炭素社会という明るい未来図が現実のものとなるでしょう。
最後に、本記事の要点と出典をまとめます。世界と日本の最新動向をファクトチェックしながら記述しましたので、専門家の方にも信頼していただける内容になっていれば幸いです。
ファクトチェック・出典一覧
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Googleの「タペストリー」はAlphabetの研究開発部門Xが進める電力グリッド向けムーンショット・プロジェクトであり、AI駆動の統合プラットフォームを構築して電力網を可視化・最適化することを目指す。
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タペストリープロジェクトにはGoogle CloudやDeepMindなどAlphabetグループの先端IT資源が投入されており、これらを基盤に新しいAIツール群とモデルを開発している。元PJM CEOなど業界専門家も参加し、ITと電力工学のハイブリッドチームとなっている。
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PJMインターコネクション(米国最大級の系統運用者)とGoogleは2025年より協業を開始し、タペストリーのAI技術でPJMの系統連系プロセスを高度化・迅速化することを発表した。タペストリーはPJM向けに協調型のAIツールを提供し、新規発電プロジェクト審査の処理時間を大幅短縮する見込み。
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米国では系統接続待ち容量が急増しており、2023年末時点で2,600GW超(米国全発電設備容量の2倍以上)のプロジェクトが各地域で順番待ちとなっている。従来数年かかっていた影響検討作業をソフトウェアで数日~数週間に短縮できた例もあり、FERCなど規制当局もソフトウェア自動化によるイノベーションの必要性を訴えている。
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タペストリーが提供する技術には、長期広域シミュレーションを高速実行するグリッド計画ツールや、画像解析で設備異常を検知する配電監視AIツール群がある。またPJM向けには既存多数のデータベース・解析ツールをクラウド上の単一モデルに統合し、関係者全員が同じプラットフォーム上でデータ共有・協働できるようにする。
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日本では再エネの系統接続に時間・費用がかかる問題が指摘されており、送電網増強に時間を要する中で「空き容量がなく繋げない」ケースが各地で発生している。先着優先ルールにより実際には使われていない容量も予約で埋まってしまうなど、従来方式の非効率が課題となっていた。
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日本版コネクト&マネージ(ノンファーム型接続)は2021年から全国で導入され、既存系統の空き容量を最大活用してより多くの再エネを早期に接続する取り組みが始まっている。これは欧米でのConnect & Manageと類似の手法であり、一定条件下で発電出力抑制を受け入れる代わりに系統増強を待たず接続する仕組み。
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情報透明性の欠如は日本の系統接続問題の深層にあると専門家は指摘している。2014年の接続保留問題では事業者側の不信感が高まったが、その背景には容量計算や費用の説明責任・透明性が不十分であった構造的問題がある。透明性と公平なプロセスを確立しない限り、誤解や摩擦が生じやすい。
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再エネの出力抑制(カット)が日本各地で増加しており、2023年度は17.6億kWh(前年比3倍)の再エネ電力が捨てられる見通しとなった。特に九州では太陽光・風力発電量の約7%が抑制対象となる見込みで、同程度以上の再エネ比率を持つ海外地域(例:豪州やカリフォルニア)より高い割合である。これは需給調整ルールや市場設計の硬直性にも起因し、日本の電力システムにおける改善課題となっている。
以上、Googleタペストリーの概要と日本の課題、解決への展望を包括的に分析しました。電力網のデジタル化・インテリジェント化は世界的潮流であり、日本もこれを機に発想をアップデートする必要があります。幸い参照可能な知見やツールは出揃いつつあります。あとは我々の意思決定次第──電力網ムーンショットに学び、日本の再エネ革命を加速させていきましょう。
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