目次
- 1 サービタイゼーションの本質とは?2025年最新研究Kowalkowskiらが示す“モノ売り→コト売り”営業改革 分析レポート
- 2 第1章:序論 —— 2025年の転換点と「モノ売り」の限界
- 3 第2章:Kowalkowski et al. (2025) の理論的枠組み —— 66本の論文が示す「営業の正体」
- 4 第3章:日本市場における「ソリューションセールス」の現在地
- 5 第4章:システム思考で解く「サービタイゼーションのパラドックス」
- 6 第5章:2025年モデル —— テクノロジーによる拡張と「AIエージェント」の台頭
- 7 第6章:組織変革へのロードマップ —— 日本企業への提言
- 8 結論:2025年、営業は「販売」を超えて「経営」の一部となる
サービタイゼーションの本質とは?2025年最新研究Kowalkowskiらが示す“モノ売り→コト売り”営業改革 分析レポート
第1章:序論 —— 2025年の転換点と「モノ売り」の限界
1.1 サービタイゼーションの不可逆的な潮流と現代の課題
2025年11月現在、日本の製造業およびB2B企業は、かつてない構造的な圧力に晒されている。長らく日本の産業競争力の源泉であった「高品質なモノづくり(Monozukuri)」は、グローバルなコモディティ化の波とデジタル技術の破壊的な進化により、その優位性を相対的に低下させている。物理的な製品の販売によるマージンが縮小する中で、多くの企業が活路を見出そうとしているのが「サービタイゼーション(Servitization)」、すなわち製造業のサービス化である。
しかし、この戦略転換は容易ではない。多くの企業が「モノからコトへ」というスローガンを掲げながらも、現場レベルでは依然として製品スペックや価格競争に依存した旧態依然とした営業スタイルから脱却できずにいるのが実情である。
この閉塞感に対し、一つの理論的突破口を提供するのが、Christian Kowalkowski、Wolfgang Ulagaらが2025年5月に『Journal of Personal Selling & Sales Management』で発表した記念碑的論文『Selling and Sales Management for Successful Servitization: A Systematic Review and Research Agenda』である
本レポートは、この最新の学術的知見を基点とし、日本の営業組織がいかにして「ソリューションセールス」へと真の進化を遂げるべきかを論じるものである。
1.2 本レポートの目的とアプローチ
本稿の目的は、単なる論文の要約に留まらず、Kowalkowskiらの研究成果を日本のビジネス環境に実装可能な形へと翻訳し、具体的な行動指針を提示することにある。そのために、以下の3つの視座を採用する。
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システム思考による構造解析: 営業組織を一つのシステムとして捉え、なぜ「コト売り」への移行が失敗するのか、その因果ループ(特に「サービタイゼーションのパラドックス」)を解明する。
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ファクトベースの論理展開: 66本の査読付き論文に基づくKowalkowskiらの分析に加え、ガートナーやセールスフォース等の最新市場データを統合し、客観的な根拠に基づく議論を行う。
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日本市場への適応(ローカライゼーション): 欧米発の理論をそのまま適用するのではなく、日本の商習慣(「サービス=無料」の意識、現場の強さ、縦割り組織)を考慮した適応策を探る。
第2章:Kowalkowski et al. (2025) の理論的枠組み —— 66本の論文が示す「営業の正体」
2.1 研究の背景と「統合的フレームワーク」の全体像
Kowalkowskiらの研究チームは、過去数十年間にわたるサービタイゼーション研究の中で、「営業(Sales)」および「営業管理(Sales Management)」の役割が驚くほど軽視されてきたことを指摘している
このフレームワークの中核を成す概念は、営業活動を単発の「取引(Transaction)」ではなく、顧客の購買ジャーニー全体を通じた「循環的なエンゲージメント(Recurring Cycles of Engagement)」として再定義することである
ここで目指されるのは、プロアクティブなカスタマーサクセス管理によって駆動される「ロイヤルティ・ループ(Loyalty Loops)」の形成であり、これが従来の製品販売モデルとの決定的な分岐点となる。
2.2 成功を支える3つの柱
Kowalkowskiらの分析は、複雑なサービタイゼーションの成功要因を以下の3つの主要テーマに集約している
| テーマ | 従来のプロダクト営業の視点 | サービタイゼーション営業の視点(2025年モデル) |
| 1. 顧客エンゲージメント | 直線的・短期的: リード獲得からクロージング(契約)までを一直線に進むファネルモデル。契約がゴール。 | 循環的・長期的: 購買前から導入後、更新に至るまで、顧客の課題解決プロセス(Co-creation)に伴走するループモデル。契約はスタート。 |
| 2. 営業主体のスキル | 説得・説明: 製品機能の優位性を説明し、価格交渉を行う「説得力」が重視される。 | 共創・調整: 顧客の潜在課題を定義し、社内外のリソースを統合(オーケストレーション)して解決策を共創する能力。 |
| 3. 営業管理の支援 | 結果管理: 売上高、粗利、訪問件数などの定量的かつ短期的な結果指標(Lagging Indicators)による管理。 | プロセス・行動支援: 顧客成功への寄与、エコシステム連携、知識共有などの定性的かつ長期的な先行指標(Leading Indicators)による支援。 |
2.3 統合的フレームワークにおける「ロイヤルティ・ループ」の力学
本研究において最も示唆に富むのが「ロイヤルティ・ループ」の概念である
Kowalkowskiらのフレームワークは、以下のプロセスを循環させることを提唱している。
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診断と共創(Diagnosis & Co-creation): 顧客の課題を特定し、解決策を共に設計する。
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導入と定着(Implementation & Onboarding): ソリューションを顧客の業務プロセスに組み込む。
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カスタマーサクセス管理(Customer Success Management): 顧客がソリューションを使用して期待した成果(Outcome)を出せているかを能動的に監視・支援する。
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拡張と更新(Expansion & Renewal): 成果に基づく信頼関係を基盤に、新たな課題解決(アップセル・クロスセル)を提案し、契約を更新する。
このループが機能することで、顧客維持コストは低下し、LTV(顧客生涯価値)が最大化される。これがサービタイゼーションの経済合理性を支えるメカニズムである。
第3章:日本市場における「ソリューションセールス」の現在地
3.1 「ソリューション営業」という言葉の形骸化
日本市場において「ソリューション営業」という言葉は決して新しいものではない。リクルートマネジメントソリューションズやSalesforce、Wilson Learningといった主要プレイヤーが長年にわたり啓蒙を続けてきた
Web上の検索結果を分析すると、日本におけるソリューション営業の定義は以下のように集約される。
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Salesforce: 「顧客の課題やニーズに対して解決策を提案する営業手法。ヒアリング力と仮説構築力が重要」
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Wilson Learning: 「売り手主体から買い手主体への転換。顧客が抱える問題の解決を支援し、納得感を得ること」
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Recruit Management Solutions: 「顧客の課題解決策を提案する手法。近年は顧客自身も気づいていない潜在ニーズへのアプローチ(インサイト営業)が必要」
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これらの定義は間違いではないが、多くの場合「製品にオプションサービスを付けて、顧客の要望に合わせて提案すること(バンドル販売)」の域を出ていない。Kowalkowskiらが論じる「ビジネスモデルの変革」や「組織横断的な価値共創」、「エコシステム全体のオーケストレーション」といった視点が欠落しており、あくまで「個人の営業スキル」の問題として矮小化されている傾向が強い。ここに、日本の営業組織が変われない根本原因の一つがある。
3.2 日本特有の「おまけ文化」と価値の未払い
日本のB2B市場、特に製造業においてソリューションセールスを阻む最大の障壁は、「サービス=無料(おまけ)」という商慣習である
これにより、以下の悪循環(Vicious Cycle)が形成されている。
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顧客はサービスに対価を払う習慣がない。
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営業はサービスを「値引き代わりのツール」として利用する。
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サービス部門はコストセンターと見なされ、投資が行われない。
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高付加価値なソリューションが育たず、製品の価格競争に巻き込まれる。
Kowalkowskiらの研究は、この「無料で提供していた価値」をいかにして「収益化可能な商品(Billable Service)」へと転換するか、そのための「価値定量化(Value Quantification)」能力が営業に不可欠であると説く
第4章:システム思考で解く「サービタイゼーションのパラドックス」
4.1 パラドックスの構造的メカニズム
「サービタイゼーションのパラドックス(The Servitization Paradox)」とは、製造業がサービス事業に多大な投資を行ったにもかかわらず、期待された収益増大が見込めず、かえって利益率が低下する現象を指す
パラドックスを生む因果ループ図(Causal Loop Diagram)の構成要素:
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R1: 投資とコストの先行(Reinforcing Loop): ソリューション開発、人材育成、デジタル基盤への投資は初期に集中する。一方で、収益はサブスクリプション等により長期に平準化されるため、短期的にはキャッシュフローが悪化する。
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B1: 既存事業とのカニバリゼーション(Balancing Loop): 予知保全などのソリューションが成功すると、製品の交換頻度や修理売上が減少し、既存のプロダクト事業の収益を圧迫する。
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B2: 組織的な抵抗(Balancing Loop): 従来の製品販売で最適化された組織文化や評価制度が、新しいサービス販売の行動を抑制しようとする(組織の恒常性)。
Kowalkowskiらは、このパラドックスを乗り越えるためには、単なる戦略変更だけでなく、組織構造、文化、プロセスの包括的な変革(Transformation)が必要であると結論づけている
4.2 「両利きの営業(Sales Ambidexterity)」の必要性と困難
このパラドックスを解消する鍵として浮上するのが「両利きの営業(Sales Ambidexterity)」である
しかし、研究によれば、これを個人の営業担当者に求めることは極めて危険である。
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役割葛藤(Role Conflict): 「今月の売上目標を達成するために製品を売れ」という圧力と、「長期的な関係構築のためにソリューションを提案しろ」という指示が矛盾し、営業担当者は混乱と疲弊(Burnout)に陥る
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認知的不協和: 製品のスペックを語る「技術屋」としてのアイデンティティと、顧客の経営課題を語る「コンサルタント」としてのアイデンティティは相容れない場合が多い。
したがって、Kowalkowskiらの示唆に基づけば、組織レベルでの「構造的両利き(Structural Ambidexterity)」、すなわち製品販売部隊とソリューション販売部隊を明確に分け、異なるKPIとインセンティブで管理しつつ、上層部で統合するというアプローチが推奨される。
第5章:2025年モデル —— テクノロジーによる拡張と「AIエージェント」の台頭
5.1 生成AIと自律型エージェントによるプロセス革新
2025年の営業変革において、Kowalkowskiらの研究アジェンダにも含まれている「デジタル技術の役割」は決定的に重要である
表1: 従来の営業支援ツールと2025年のAIエージェントの比較
| 機能 | 従来のSFA/CRM (~2023) | AIエージェント/Agentforce (2025~) |
| 役割 | データの記録・管理(System of Record) | 自律的なアクションの実行(System of Action) |
| データ入力 | 人間が手動で入力(負担大) | エージェントがメール・通話から自動抽出・入力 |
| 顧客分析 | 人間がダッシュボードを見て判断 | エージェントが異常検知し、ネクストアクションを提案 |
| プロセス連携 | 部門間の連携は人間がメール等で調整 | エージェントがERP、在庫、サービスシステムを横断して調整 |
| サービタイゼーションへの寄与 | 案件管理に留まる | 機器データ(IoT)に基づく予知保全提案、契約更新の自動化 |
5.2 「Agentforce」等が実現するサービタイゼーションの具体像
Salesforceの「Agentforce」に代表される自律型AIエージェントは、製造業のサービタイゼーションにおいて以下のようなユースケースを実現しつつある
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プロアクティブ・メンテナンスの自動提案:
IoTセンサーから機器の異常データを検知したAIエージェントが、故障が発生する前に自動的にサービスチケットを作成するだけでなく、営業担当者に対して「部品交換を含むアップグレード提案書」の下書きを作成し、顧客への連絡を促す。これにより、営業は「事後対応」から「事前提案」へとシフトできる。
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契約ライフサイクル管理の自律化:
数千件に及ぶサービス契約の更新時期や、契約内容に基づく価格改定のタイミングをAIエージェントが監視し、更新漏れや請求ミス(Revenue Leakage)を防ぐ。Kowalkowskiらが指摘する「複雑な契約管理」の負荷を大幅に軽減する 2。
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ナレッジの即時化:
熟練のソリューション営業が持つ暗黙知(提案の切り口や過去の類似事例)をAIが学習し、若手営業の商談中にリアルタイムで「次にすべき質問」や「提示すべき事例」をコーチングする。
5.3 デジタルツインによる価値の可視化
ソリューションセールスの最大の難点は「価値の証明」にある。形のないサービスがいかに顧客の利益に貢献したかを証明しなければ、価格交渉で負けてしまう。ここで「デジタルツイン(Digital Twin)」が威力を発揮する
顧客の工場や設備の稼働状況をデジタル空間に再現し、「我々のソリューションを導入した結果、ダウンタイムがこれだけ削減され、エネルギー効率がこれだけ改善した」という事実を、客観的なデータとして提示する。これにより、Kowalkowskiらが強調する「価値ベースの価格設定(Value-Based Pricing)」が正当化され、顧客の納得感(Conviction)醸成につながる
第6章:組織変革へのロードマップ —— 日本企業への提言
Kowalkowski et al. (2025) の理論と2025年の技術トレンドを踏まえ、日本の営業組織が「プロダクト売り」から「ソリューションセールス」へシフトするための実践的ロードマップを提示する。
6.1 フェーズ1:認知変容と基盤構築(The Awakening)
変革の第一歩は、経営層と現場の認識ギャップを埋め、共通言語を作ることである。
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「無料サービス」の棚卸し: 現場が「サービス」として無償提供している活動をすべてリストアップし、それぞれのコストと顧客にとっての価値を試算する。これを「見えないコスト」として可視化する。
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ソリューションの定義再考: 「製品+オプション」ではなく、「顧客のKGI/KPI達成支援」としてソリューションを再定義する。
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パイロットチームの設置: 全社一斉展開は避け、特定の製品ラインまたは特定の顧客セグメント(例えば、変革に前向きな顧客)を対象とした専任の「ソリューション営業チーム」を組成する。このチームには「両利き」の能力を持つエース級の人材と、データ分析官(またはAI活用に長けた人材)を配置する。
6.2 フェーズ2:ケーパビリティの拡張とデジタル武装(The Empowerment)
次に、営業担当者がソリューションを売るための武器(スキルとツール)を提供する。
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バリューセリング・プログラムの導入: 製品説明ではなく、「SPIN話法」や「チャレンジャー・セールス」等の手法を用い、顧客の潜在課題を掘り起こすトレーニングを実施する。特に重要なのは、財務諸表を読み解き、投資対効果(ROI)を算出するファイナンススキルの習得である
。9 -
AIエージェントの実装: 営業の事務作業(日報、見積作成、社内調整)をAIエージェントに委譲し、顧客との対話時間を最大化する。
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部門横断プロセスの制度化: 営業が持ち帰った課題を、開発・製造・サービス部門が共有し、解決策を検討するための「製販在(製造・販売・在庫+サービス)連携会議」を定例化し、Kowalkowskiらが説く「クロスファンクショナルな関与」を仕組み化する
。1
6.3 フェーズ3:エコシステムの構築と文化の定着(The Ecosystem)
最終段階では、自社単独ではなく、エコシステム全体で価値を創出し続ける体制を築く。
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カスタマーサクセス部門の確立: 営業からバトンを受け取り、顧客の成功に伴走する専門部隊を確立する。この部門のKPIは「解約率(Churn Rate)」や「ネットレベニューリテンション(NRR)」とし、営業部門と連携してロイヤルティ・ループを回す
。4 -
パートナー連携: 自社製品だけでは解決できない課題に対し、他社製品やコンサルティング会社と連携して包括的なソリューションを提供する。
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評価制度の刷新: 売上至上主義から脱却し、プロセス指標(有効商談数、ステークホルダーへの接触率)や、長期的指標(LTV、顧客満足度)を評価に組み込む。これにより、組織文化を「狩猟型」から「農耕・共創型」へとシフトさせる。
結論:2025年、営業は「販売」を超えて「経営」の一部となる
Kowalkowski et al. (2025) の研究が示唆するのは、サービタイゼーションにおける営業とは、単にモノを売る機能ではなく、顧客の経営課題を解決し、自社のビジネスモデルを変革するドライバーそのものであるという事実である。
「プロダクト売り」から「ソリューションセールス」へのシフトは、営業手法の小手先の変更ではない。それは、組織のOS(基本ソフト)を入れ替えるような痛みを伴う大手術である。しかし、デジタル技術の進化、特にAIエージェントの登場は、この難易度を劇的に下げる可能性を秘めている。かつては熟練の営業マンにしかできなかった高度な判断や調整を、テクノロジーが補完・代替しつつあるからだ。
日本企業が持つ「現場力」や「顧客への誠実さ」は、本来ソリューションセールスと極めて相性が良い。
これまで無償で提供していたその価値を、正当な対価として回収する仕組みと自信を持つこと。そして、部門の壁を越えてデータを繋ぎ、組織全体で顧客の成功にコミットすること。これらが実現できた時、日本の営業組織は「御用聞き」の呪縛から解き放たれ、世界でも類を見ない高付加価値なサービスプロバイダーへと進化するだろう。2025年は、そのためのラストチャンスであり、最大の好機である。
参考文献
本レポートは、以下のリサーチスニペットに基づき作成された。
1 Kowalkowski et al. (2025) “Selling and Sales Management for Successful Servitization” 関連
13 Sales Ambidexterity / Frontline Ambidexterity 関連
10 Servitization Paradox 関連
8 Product vs. Solution Sales / Value-Based Selling 関連
2 日本市場におけるソリューション営業の定義・現状(Salesforce, Recruit, Wilson Learning等)
2 2025年技術トレンド、AIエージェント、Agentforce関連



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