蓄電池の「実効容量」徹底解説 なぜ10kWh買っても10kWh使えないのか? 専門家が解き明かすDoD・変換効率・LFPの全貌【2025年最新版】

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、全国地方自治体、トヨタ自働車、スズキ、東京ガス、東邦ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所、大和ハウス工業、エクソル、ELJソーラーコーポレーションなど国・自治体・大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上が導入するシェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)を提供。年間15万回以上の診断実績。エネがえるWEBサイトは毎月10万人超のアクティブユーザが来訪。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・出版・執筆・取材・登壇やシミュレーション依頼などご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp) ※SaaS・API等のツール提供以外にも「割付レイアウト等の設計代行」「経済効果の試算代行」「補助金申請書類作成」「METI系統連系支援」「現地調査・施工」「O&M」「電力データ監視・計測」などワンストップまたは単発で代行サービスを提供可能。代行のご相談もお気軽に。 ※「系統用蓄電池」「需要家併設蓄電池」「FIT転蓄電池」等の市場取引が絡むシミュレーションや事業性評価も個別相談・受託代行(※当社パートナー紹介含む)が可能。お気軽にご相談ください。 ※「このシミュレーションや見積もりが妥当かどうか?」セカンドオピニオンが欲しいという太陽光・蓄電池導入予定の家庭・事業者の需要家からのご相談もお気軽に。簡易的にアドバイス及び優良・信頼できるエネがえる導入済の販売施工店等をご紹介します。

目次

蓄電池の「実効容量」徹底解説 なぜ10kWh買っても10kWh使えないのか? 専門家が解き明かすDoD・変換効率・LFPの全貌【2025年最新版】

リード文(導入):蓄電池選びで最も重要な「落とし穴」

「『実効容量』って何ですか?」

お客様からいただく、このご質問 [User Query] こそ、蓄電池選びの成功と失敗を分ける、最も重要な分岐点です。

「10kWhの蓄電池を導入したのに、期待したほど電気代が安くならない」

「計算上、夜間の電気をすべて賄えるはずだったのに、なぜか足りない」

こうした「こんなはずではなかった」という導入後のトラブルの根源には、カタログに記載された「定格容量」と、お客様がご家庭で「実際に使える容量(実効容量)1 との間に存在する、見過ごされがちな「ギャップ」があります。

お客様がご指摘の通り、このギャップが生まれる主な理由は2つあります。

  1. 放電深度 (DoD) : バッテリーの寿命(サイクル数)を守るため、あえて容量の一部を「使わない」ようにシステムが制限している。

  2. 変換効率: 蓄電池に貯めた電気(直流)を、ご家庭で使える電気(交流)に「変換」する際に、電力が失われる(ロス)。

しかし、2025年現在の最先端の蓄電池市場を理解するには、これだけの知識では不十分です。なぜメーカーによって「使えない容量」の割合が違うのでしょうか? なぜ最近、「容量のほぼ100%を使える」と謳う製品が登場したのでしょうか?

本記事は、エネルギー貯蔵システム(ESS)の専門アナリストが、JIS規格(日本産業規格)2、最新のバッテリー科学に関する学術論文 3、そしてグローバルな業界データ 5 を総動員し、「実効容量」の謎を世界一分かりやすく、そして深く解き明かす「決定版」ガイドです。

この記事を最後までお読みいただければ、あなたは「定格容量」というカタログの表面的な数字に惑わされることなく、ご自身のライフスタイルとご家庭の経済にとって、真に価値のある蓄電池を見抜く「専門家の目」を手に入れることができるでしょう。


第1章:「定格容量」と「実効容量」—— 知られざる“2つの容量”の正体

蓄電池の容量に「2つの異なる定義」があるという事実が、多くの混乱の始まりです。まず、この2つの言葉が、それぞれ何を意味しているのかを厳密に定義することから始めましょう。

1. 「定格容量 (Rated Capacity)」とは? —— 理想的な実験室での最大値

  • 定義: 定格容量とは、その蓄電池が「理論上、蓄えることができる電気の総量」を指します。これは、バッテリーセルそのものが持つ物理的な最大容量です。

  • JIS規格による厳密な定義:

    日本の国家規格であるJIS C 8715-1:2018(リチウム二次電池システムの電気的試験方法)において、「定格容量」は「製造業者が指定する、単電池又は電池システムの電気容量$C_n$(Ah)」と定義されています 2。

  • 重要なポイント:

    この数値は、特定の「試験条件下」で測定された値であるという点です 2。

    これは、自動車のカタログ燃費(WLTCモード)が、実際の公道での燃費(実燃費)と必ずしも一致しないのと同じ構造です。定格容量は、あくまで**管理された理想的な実験室での理論値(スペック値)**なのです。

2. 「実効容量 (Effective Capacity)」とは? —— あなたが「実際に使える」正味の値

  • 定義: 実効容量とは、定格容量という「理論上の最大値」から、後述する様々な「制限」や「損失」を差し引いた、お客様がご家庭で「実際に取り出して使える」正味の電力量のことです 1

  • 「蛇口のついた貯水タンク」の例え:

    この2つの容量の関係は、「貯水タンク」で例えると非常に分かりやすくなります。

    • 定格容量: タンクそのものの「満タン容量」です。

      (例:タンクの天面まで水を入れたら 100リットル)

    • 実効容量: 実際に「蛇口から出てくる水の量」です。

      (例:実際に使える水は 85リットル)

    では、なぜ15リットルの「ギャップ」が生まれるのでしょうか?

    1. 底に残す水(DoD制限): タンクの底には泥やヘドロが溜まっています。このヘドロを吸い込まないよう、またタンクの底が完全に干上がって劣化しないよう、一番下の10リットルは「使わない(使えない)ようにブロック」されています。これが第2章で解説する「放電深度(DoD)の制限」です。

    2. 蒸発・こぼれる水(変換ロス): タンクから蛇口を経由してコップに注ぐまでに、水が「蒸発」したり、蛇口の接続部から「漏れたり」します。この5リットルの損失が、第4章で解説する「変換効率のロス」です。

3. なぜ「実効容量」が重要なのか? メーカーによる「ギャップ」の違い

当然ながら、お客様が電気代のシミュレーションや災害時の備えを考える上で基準にすべきは、「定格容量」ではなく「実効容量」です。

実際に、市場の製品はどの程度の「ギャップ」を持っているのでしょうか。2025年10月時点の市場データの一例を見てみましょう 6

  • ニチコン社 単機能型モデルA 6

    • 定格容量: 11.1 kWh

    • 初期実効容量: 9.4 kWh

    • ギャップ(使えない容量): 1.7 kWh (定格の約 15.3 %)

  • ニチコン社 単機能型モデルB 6

    • 定格容量: 16.6 kWh

    • 初期実効容量: 14.4 kWh

    • ギャップ(使えない容量): 2.2 kWh (定格の約 13.3 %)

このデータから分かるように、カタログ値(定格容量)と実際に使える容量(実効容量)の間には、平然と13%〜15%もの乖離が存在します。

しかし、ここには「隠された問題」があります。この13%〜15%のギャップの内訳——つまり、「DoD制限(タンクの底の水)が何%」で、「変換ロス(蒸発する水)が何%」なのかは、カタログを見ただけでは分かりません。

ユーザーにとって真に重要なのは、「実効容量」という結果の数値だけではありません。その内訳、特に「メーカーがどのような思想(DoD戦略)でこの数値を設定したのか」を知ることが、製品の寿命と長期的な価値を測る上で不可欠です。

この「ブラックボックス」こそが、本記事で徹底的に解明すべき核心です。


第2章:理由①「放電深度(DoD)」—— なぜ100%まで使い切らないのか?

実効容量が減る最大の理由、それが「放電深度(Depth of Discharge = DoD)」の制限です。これは、バッテリーの「劣化」を防ぎ、「寿命」を最大化するために、メーカーが意図的に設けている安全マージンです。

1. 放電深度(DoD)とは何か?

  • DoDとは、バッテリーの総容量(定格容量)のうち、何%を放電したか(使ったか)を示す割合です。

  • DoD 100%: 満充電の状態から、「カラ(物理的な限界)」になるまで、蓄えられた電力をすべて使い切ること。

  • DoD 80%: 満充電の状態から、容量の20%を「あえて残した」状態まで使うこと。

家庭用蓄電池の多く(特に従来のモデル)は、このDoDを80%~90%程度に制限しています。

定格容量 10kWh の蓄電池で、DoD 85% 制限がかかっている場合:

$10 \text{ kWh} \times 0.85 = 8.5 \text{ kWh}$

この 8.5kWh が、DoD制限の観点から見た「使用可能な容量」となります。残りの 1.5kWh は、バッテリーを保護するために「封印」されているのです。

2. なぜ100%使い切らない? —— バッテリー劣化の科学

なぜメーカーは、お客様が使えるはずの貴重な容量を、わざわざ「封印」するのでしょうか?

答えはシンプルです。バッテリーを100%使い切る(過放電させる)と、バッテリーの劣化が急激に進み、寿命が著しく短くなってしまうからです。

【技術深掘り】リチウムイオン電池の劣化メカニズム

最新の学術的研究によれば、リチウムイオン蓄電池の劣化(容量の減少)は、主に「リチウムイオンの損失(LLI: Loss of Li+ Inventory)」と「活物質の損失(LAM: Loss of Active Material)」という2つの内部的な化学プロセスによって引き起こされます 3

この劣化の進行速度は、様々な要因に強く依存します 3

  1. 充放電サイクル数(使った回数)

  2. バッテリーの温度

  3. 充放電レート(C-rate:いかに速く充放電するか)

  4. そして、最も重要な要因の一つが「放電深度(DoD)」です 3

なぜ「深く使う」と劣化が早いのか?

バッテリーを深く使い、電圧が極端に低い状態(過放電状態)にすると、バッテリー内部で致命的な「副作用」が発生しやすくなります。

  • リチウム樹枝状結晶(デンドライト)の発生:

    特に低温時や過放電時に充電を行うと、負極の表面にリチウムイオンが正常に挿入されず、「リチウム樹枝状結晶(デンドライト)」と呼ばれる”トゲ”のような金属結晶が析出しやすくなります 7。

  • 内部ショートのリスク:

    この”トゲ”が成長し続けると、最終的に電極間のセパレーター(絶縁膜)を突き破り、内部ショートを引き起こします。これはバッテリーの性能低下だけでなく、発熱や発火といった安全上の重大な故障に直結する、最も避けなければならない現象です 7。

学術的な試験(例えば、バッテリーの健康状態 SOH を測定する試験)において、意図的に100%から0%までの放電が行われることがありますが 8、これは非常に時間がかかり、バッテリーに負荷をかける行為であるため、「実世界のアプリケーションでは(BMSによって制御され)しばしば行われない」と認識されています 4

メーカーは、この致命的な過放電領域にバッテリーが絶対に立ち入らないよう、何重もの保護をかけています。

3. 蓄電池の”司令塔”「BMS」の役割

では、誰がこの「使いすぎ」を防ぎ、DoDを賢く管理しているのでしょうか?

それが、蓄電池システムに必ず内蔵されている「BMS(バッテリーマネジメントシステム)」という”頭脳”(司令塔)です 9。

  • BMSとは?

    BMSは、バッテリーの状態を24時間365日監視・制御するためのマイクロコンピュータです。電圧、電流、温度を常にチェックし、バッテリーの安全性と寿命を最大化する役割を担います 9。

  • BMSの核心機能「過放電保護」:

    BMSが持つ最も重要な安全機能の一つが「過放電保護」です 9。

    • BMSは、バッテリーの電圧が、メーカーが定めた「これ以上は危険」という下限の設定値(例:3.0V)より低くなると、リレー(スイッチ)を物理的に遮断し、放電を自動的に停止させます 9

【重要】お客様が見る「残量0%」のウソ

ここが非常に重要なポイントです。

お客様が蓄電池のリモコンやアプリで目にする「残量 0%」とは、一体何でしょうか?

それは、バッテリーが物理的に「カラ」になった状態(例:学術試験で使われる 2.5V 8)では断じてありません。

お客様が見る「残量 0%」とは、BMSが意図的に設定した「見せかけの0%」(=上記の下限設定値、例:3.0V)なのです。

  • 物理的な限界(真の0%): 2.5V

  • BMSが設定した下限(ユーザー向けの0%): 3.0V

  • 封印された容量: 3.0V 〜 2.5V までの間に残っている、約10%〜15%の電力。

BMSは、この「封印された容量」を盾にして、バッテリーが致命的な過放電領域に入るのを防いでいるのです。

結論として、「実効容量」を決定するDoD制限とは、BMSを通じてメーカーが設定した「ユーザー向けの100%」から「ユーザー向けの0%」までの範囲です。そしてその幅は、メーカーが「どれだけ容量を犠牲にして、どれだけの寿命(サイクル数)を保証するか」を熟慮した上で決定した、「経営的・工学的なポリシー」そのものなのです。


第3章:【最重要】DoDの常識を覆す「LFP」という化学的選択肢

前章で「バッテリーは深く使い切ると(DoD 100%に近づけると)寿命が縮む」と解説しました。

これは、リチウムイオン電池の「一般論」としては真実です。

しかし、これは主に従来の「NMC(三元系)」と呼ばれる化学組成のバッテリーに強く当てはまる話です。

2025年現在、この蓄電池の常識を根本から覆すLFP(リン酸鉄リチウム)」バッテリーが、家庭用蓄電池の急速な主流になりつつあります。

この「バッテリーの化学組成(マテリアル)の違い」こそが、実効容量と製品の真の価値(コストパフォーマンス)を見抜く上で、今や最も重要な知識となっています。

1. 徹底比較:LFP vs NMC(三元系)

まず、2つのバッテリー化学の違いを整理します。

  • NMC(ニッケル・マンガン・コバルト):

    従来の家庭用蓄電池や、多くの電気自動車(EV)で主流だったタイプです。

    • 長所: エネルギー密度が高い(=同じ容量でも小型・軽量化しやすい)10

    • 短所: サイクル寿命が比較的短い、熱安定性がやや低く(高度なBMS制御が必須)、コバルトなどの高価なレアメタルが必要。

  • LFP(リン酸鉄リチウム / LiFePO4):

    テスラ社がEVの標準モデルに全面採用したことで一気に普及が進んだ、新世代の主流です。定置型(家庭用・産業用)蓄電池において、急速にNMCを置き換えています。

    • 長所: サイクル寿命が圧倒的に長い 5安全性が極めて高い(熱暴走しにくい)10。レアメタル(コバルト)が不要で安価。

    • 短所: エネルギー密度がNMCより低い(=大型・重量になりがち)10

2. 核心的違い:100% DoDでのサイクル寿命

両者の決定的な違いは、「深く放電した際の耐久性」にあります。これこそが、「実効容量」の設計思想を根本から変える要因です。

  • NMCバッテリーの現実:

    NMCバッテリーは、DoD 100%(フル放電)で充放電を繰り返した場合、そのサイクル寿命はわずか 500回 〜 1,000回程度です 10。

    (※80% DoDなど浅く使えば 1,000〜2,000回まで延びます 5)

    これが、NMCを採用するメーカーが、DoDを80%や90%に厳しく制限し、「実効容量」を削らざるを得なかった最大の理由です。100%の使用を許容すると、保証期間(例:10年)を待たずにバッテリーが寿命を迎えてしまうからです。

  • LFPバッテリーの圧倒的耐久性:

    LFPバッテリーは、同じ DoD 100%(フル放電)で充放電を繰り返しても、2,000回 〜 5,000回以上のサイクル寿命を誇ります 10。

    ある技術分析によれば、「LFPは、100%の放電深度において、NMCバッテリーの10倍以上長持ちする」と結論付けられています 10。

3. なぜLFPは「深く使っても」長寿命なのか? —— 結晶構造の安定性

この10倍以上という圧倒的な差は、バッテリー内部のミクロな「結晶構造」の違いから生まれます 5

  • LFP(安定したオリビン構造):

    LFPの正極材料は、「オリビン」と呼ばれる非常に強固で安定した結晶構造を持っています。リチウムイオンが充放電で出入りする際の、構造的なストレスや体積変化が非常に少なく、構造が壊れにくい(=劣化しにくい)という特徴があります 5。

  • NMC(不安定な層状構造):

    NMCの正極材料は「層状構造」をしています。これはリチウムイオンを多く保持できる(=高容量)一方で、充放電を繰り返す(イオンが出入りする)うちに、構造が歪んだり、「微小なひび割れ(マイクロクラック)」を起こしたりしやすいという弱点があります。これが容量低下(劣化)の直接的な原因となります 5。

4. 経済性の最終結論:「LCOS(均等化貯蔵コスト)」という真のモノサシ

「LFPの方が長持ち」——それは、お客様の導入コストにどう影響するのでしょうか?

ここで、蓄電池の真の経済性を測るための、世界標準の指標「LCOS(Levelized Cost of Storage:均等化貯蔵コスト)」を紹介します 5

  • LCOSの計算式:

    LCOS =(導入時の総コスト)÷(寿命全体で供給できる総エネルギー量 (kWh))

    (寿命全体で供給できる総エネルギー量 = 1サイクルで使える容量 × 総サイクル寿命)

  • LCOSが示す真実:

    NMCバッテリーの2倍から3倍のサイクル寿命(総充放電量)を提供するLFPバッテリーは、たとえ初期導入コストがNMCと全く同じだったとしても、LCOS(生涯で見た「1kWhあたりのコスト」)はNMCの半分から3分の1になります 5。

    LFPは、「より経済的な投資」であると結論付けられています 5。

【LFPがもたらした「実効容量」の再定義】

このLFPの登場が、「実効容量」のゲームのルールを変えました。

  • 思考プロセス:

    1. NMCメーカーは、寿命(例:6,000回)を保証するために、DoDを80%に制限せざるを得なかった。

      → 結果:「定格 10kWh・実効 8kWh」という製品が生まれた。

    2. LFPメーカーは、DoDを95%や100%に設定しても、NMCの80%運用を はるかに超える サイクル寿命(例:8,000回)を実現できる。

      → 結果:「定格 10kWh・実効 9.5kWh」という、ギャップの非常に少ない製品を設計することが可能になった。

  • 2025年現在のユーザーへの警鐘:

    したがって、2つの「実効容量 9.0kWh」の蓄電池を比較する際、単純な数値だけを見て判断するのは危険です。

    • A社(LFP): 実効 9.0kWh (DoD 95%) / 保証 10,000サイクル

    • B社(NMC): 実効 9.0kWh (DoD 90%) / 保証 6,000サイクル

      この2社では、同じ「実効 9.0kWh」でも、LCOS(生涯コスト)はA社(LFP)の方が圧倒的に優れている可能性が高いのです。

▼表1:【決定版】LFP vs NMC 性能・経済性 徹底比較

(本表は、5 のデータを基に、専門的知見から再構成したものです)

比較項目 LFP (リン酸鉄リチウム) NMC (三元系:ニッケル・マンガン・コバルト) 専門家の注釈
サイクル寿命 (100% DoD)

3,000 〜 5,000+ 回 10

500 〜 1,000 回 10

LFPはフル放電への耐性が10倍以上高い 10

サイクル寿命 (80% DoD)

3,000 〜 6,000+ 回 5

1,000 〜 2,000 回 5

浅く使ってもLFPの寿命が圧倒的に長い
安全性 (熱暴走リスク)

極めて高い(安定した構造)10

やや低い(要高度なBMS制御) LFPは熱安定性が高く、火災リスクが低い
結晶構造

安定したオリビン構造 5

層状構造(マイクロクラック懸念)5

劣化メカニズムの根本的な違い
エネルギー密度 やや低い(=大型になりがち)

高い(=小型化に有利)10

近年の技術革新でLFPの密度も向上中
経済性 (LCOS)

優(1kWhあたりの生涯コストが低い)

5

劣(1kWhあたりの生涯コストが高い) 寿命が長いため、LCOSはLFPが圧勝する
環境負荷 (コバルト・ニッケル不要) 劣(高価なレアメタルが必要) サプライチェーンのリスクも低い

第4章:理由②「変換効率」—— 見えないところで失われる電力ロス

「実効容量」の謎を解く第2のピースが「変換効率」です。

これは、第2章・第3章で議論したDoD(バッテリーセルの設計思想)とは全く別のレイヤーで発生する、純粋な「電力の損失(ロス)」です。

仮に、LFPを採用したDoD 100%(10kWh)の完璧な蓄電池があったとしましょう。

それでも、お客様がご家庭で 10kWh を丸ごと使えるわけではありません。

なぜなら、電気はその「形態」を変えるたびに、必ず「手数料(変換ロス)」が引かれるからです。

1. パワコンの「変換ロス」:直流(DC)と交流(AC)の「通訳料」

すべての問題の根源は、蓄電池と家庭で使われる電気の「種類」が異なることにあります。

  • 蓄電池・太陽光パネルの電気:直流 (DC)

    • (電気が一方向にしか流れない。乾電池などと同じ)

  • ご家庭のコンセント・電化製品の電気:交流 (AC)

    • (電気がプラスとマイナスを常に入れ替えている。日本の家庭は 100V / 50Hzまたは60Hz)

この「直流(DC)」と「交流(AC)」は、全く互換性がありません。

そこで、両者の「通訳」を行う装置が必要になります。それが「パワーコンディショナ(パワコン、PCS)」です。

蓄電池システムにおいて、パワコンはこの「DC⇔AC変換」を双方向で行いますが、この「通訳」は100%完璧ではなく、必ずエネルギーの一部が「熱」として失われます。これが変換ロスです。

パワコンの「定格効率」として 97% といった数値がJ-クレジット制度の資料で例示されていますが 11、これは特定の条件下での最大効率であり、実際の運用(特に低出力時)では効率がもっと低下するのが一般的です。

2. 2つのロス経路:「充電時」と「放電時」

この変換ロスは、電気が動くたびに、つまり「充電時」と「放電時」の両方で発生します。

  • ① 充電時のロス(AC → DC変換):

    • (例:電力会社の安い深夜電力(AC)で充電する場合)

    • 電力会社の「AC」の電気を、パワコンが「DC」に変換してバッテリーに貯めます。

    • この時に約 3% 〜 10% のロスが発生します。

    • 例:電力会社から 10kWh 分の電気を買って充電しても、バッテリーには 9.5kWh しか貯まらない。(0.5kWh は熱として失われる)

    • (※太陽光発電(DC)から充電する場合は、DC→DC変換となり、このロスは通常発生しません)

  • ② 放電時のロス(DC → AC変換):

    • (例:バッテリーに貯めた電気を、夜間にご家庭で使う場合)

    • バッテリーに貯めた「DC」の電気を、パワコンが「AC」に変換してご家庭に供給します。

    • この時にも再び、約 3% 〜 10% のロスが発生します。

    • 例:バッテリーから 9.5kWh (DC) を取り出すと、実際に家電で使えるのは 9.0kWh (AC) になる。(さらに 0.5kWh 近くが熱として失われる)

3.「往復効率 (RTE)」という総合指標

この「充電ロス」と「放電ロス」をトータルで見た、蓄電池システムの「実力値」を示す重要な指標が「往復効率(Round-Trip Efficiency: RTE)」です 12

  • RTEの計算式:

    $RTE = E_{out} \text{ (取り出した電力量)} / E_{in} \text{ (投入した電力量)}$ 12

  • RTEが示す意味:

    「入れた電力のうち、何%が戻ってくるか」を示します。

    業界のカタログ値では、85% 〜 95% が一般的とされています 13。

  • 実例 14:

    もしRTEが 85% のシステムがあった場合、それは「充電および放電のプロセス中に 15% のエネルギーが失われる」ことを意味します 14。

    (上記の例:10kWh (AC) を充電して 9.0kWh (AC) を使えた場合、RTEは 90% です)

【実効容量の「二重の目減り」の構造】

ここで、第2章と第4章の議論を統合し、お客様が直面する「容量ギャップ」の全体像を明らかにします。

  1. スタート:定格容量 10kWh の蓄電池

  2. 第1の壁(DoD制限): BMSが「バッテリー保護のため10%は使うな」と制限する 9

    • $10 \text{ kWh} \times 0.90 \text{ (DoD)} = \text{ 9.0 kWh}$

    • この 9.0kWh が、バッテリーがBMSに許された範囲で放出できる「DC(直流)の実効容量」です。

  3. 第2の壁(変換ロス): この 9.0kWh (DC) を、ご家庭で使うためにパワコンを通して取り出す。

    • ここで「放電時変換ロス」が 5% 発生する(仮定)。

    • $9.0 \text{ kWh (DC)} \times 0.95 \text{ (変換効率)} = \text{ 8.55 kWh (AC)}$

結論:

これこそが、お客様が**「ご家庭の家電(AC)で使える、本当の容量」**です。

カタログで「10kWh」と高らかに謳われた製品でも、DoD制限(10%)と変換効率(5%)という「二重の目減り」を経ることで、実際に使えるのは 8.55kWh まで減ってしまう。

この構造こそが、お客様の「10kWh買ったはずなのに、計算が合わない」という疑問への、技術的な答えです。

4. まだある「静かな消費」—— 待機電力と環境温度

さらに微細なレベルで、実効容量は常に(使っていなくても)失われています。これらもシミュレーションの精度を上げる上では無視できません。

  • A) 待機電力と自己放電:

    • BMSやパワコンは、それ自体が24時間動作する「コンピュータ」です。システムを維持し、常に異常がないか監視するために「待機電力」を消費し続けます 15

    • また、バッテリーは使わずに放置しておいても、化学的な特性により自然に少しずつ放電(自己放電)します 16。これらも、実質的な「ロス」として蓄電池の容量を静かに奪っていきます。

  • B) 環境温度という最大の伏兵:

    • リチウムイオン電池は、電気を「化学反応」によって貯めています。そして、化学反応は温度に極めて敏感です。

    • 低温時のリスク(特に寒冷地):

      バッテリーは温度が低い環境(特に 0°C 以下、-20°C など)では、内部の化学反応が鈍くなり、充放電性能が著しく低下します 7。

    • 17の警告: 超低温(-20°C)での長期保管や充放電は、「不可逆的な影響(=二度と元に戻らない容量低下)」を引き起こす可能性があります。

    • 高温時のリスク(特に夏場の屋外):

      逆に、温度が高すぎる環境(例:直射日光が当たる場所で 45°C を超える)では、劣化(LLIやLAM)の進行が急激に早まり、バッテリーの寿命を縮めます。

【設置場所が「実効容量」を変える】

  • 思考プロセス: 177 は、低温が性能低下と不可逆的な劣化を引き起こすと明確に警告しています。

  • 導出される結論: これは、蓄電池の「実効容量」が、カタログスペック通りの一定の値ではなく、設置された地域の気候(例:寒冷地か温暖地か)や、設置場所(屋内か、直射日光の当たる屋外か)によって、季節ごとに変動することを意味しています。

  • 具体例: 北海道の屋外に設置された蓄電池と、沖縄の屋内に(空調の効いた)設置された蓄電池では、同じ製品であっても、冬場に実際に取り出せる「実効容量」は全く異なります。これは、経済効果シミュレーションにおいて決定的に重要な変数です。


第5章:【実践編】ユースケース別・わが家の「真の必要容量」算出法

理論が分かったところで、いよいよ実践です。「では、我が家には『定格容量』で何kWhの蓄電池が必要なのか?」を算出する、プロの思考法を解説します。

1. 「電気代が安くならない」はなぜ起きる?

まず、なぜ「こんなはずではなかった」という失敗が起きるのか、その典型的な計算ミスを再現します 18

  • 典型的な失敗例:

    1. お客様が、ご家庭の電力メーターを見て、夜間(23時〜翌7時)の電力使用量をチェックする。(例:「1日あたり平均 8.5kWh 使っているな」)

    2. 販売店から「定格容量 10kWh」の蓄電池の提案を受ける。

    3. 「10kWh あれば、8.5kWh は余裕で賄える。これで夜間の電気代はゼロになる」と判断し、契約。

    4. 導入後の結果: 実際には「8.0kWh」程度しか使えず、早朝(5時〜7時)の電力が足りなくなり、その時間帯の高い電気を買う羽目になった。「期待したほど電気代が安くならない!」

  • 失敗の原因:

    このお客様は、第4章で計算した「二重の目減り」を見落としていました。

    定格10kWh の蓄電池(DoD 90%, 放電時変換効率95%と仮定)が、ご家庭(AC)に供給できる「真の容量」は 8.55kWh ($10 \times 0.9 \times 0.95$) でした。

    8.5kWh の使用量に対して、バッファがわずか 0.05kWh しかなく、暖房を少し強く使った日には即座に電力が枯渇する、ギリギリすぎる設計だったのです。

2. 失敗しない「逆算」シミュレーション・ステップ

プロのシミュレーションは、このような失敗を避けるため、「定格容量」から引き算(順算)で考えるのではなく、「ご家庭で使いたいAC電力量」から逆算してたし算(逆算)で考えます。

これが、あなたが本当に必要な「定格容量」を導き出す唯一の正しい方法です。


【逆算ステップ 1】 ご家庭で「使いたい電力量 (AC)」を決定する

(最重要)

  • まず、スマートメーターの30分値データ(電力会社から取り寄せ可能)などを分析し、「最大で」何kWhのAC電力が必要かを正確に把握します。

  • 例:分析の結果、冬場の最も電気を使う日でも、夜間使用量は「9.0 kWh (AC)」あれば十分と判明。

【逆算ステップ 2】 パワコンの「放電時変換ロス」を上乗せする

  • 次に、この 9.0 kWh (AC) を家電に届けるために、パワコンが失う「変換ロス」分を、あらかじめ上乗せします。

  • 検討中の製品の「変換効率」を確認します。(例:95% と仮定)

  • 必要な「DC実効容量」 = 9.0 kWh (AC) ÷ 0.95 (変換効率) = 約 9.47 kWh (DC)

  • この時点で、バッテリーから(BMSの制限内で)9.47kWh を取り出す(DC)必要があると分かりました。

【逆算ステップ 3】 「DoDの壁」を上乗せして「必要な定格容量」を出す

  • 最後に、この 9.47 kWh (DC) を取り出すために、メーカーが「封印」している容量(DoDの壁)を上乗せします。

  • ここで、第3章で学んだ「LFPか、NMCか」が決定的な差を生みます。

  • A) LFPモデル(DoD 95%)を検討中の場合:

    • (LFPは耐久性が高いため、DoD 95% = 5%しか封印していないと仮定)

    • 必要な「定格容量」 = 9.47 kWh (DC) ÷ 0.95 (DoD) = 約 9.97 kWh

    • 結論A: この場合、「定格 10kWh」の製品で、夜間 9.0kWh の電力を安全に賄えると計算できます。

  • B) 従来型NMCモデル(DoD 85%)を検討中の場合:

    • (NMCは寿命が短いため、DoD 85% = 15%を封印していると仮定)

    • 必要な「定格容量」 = 9.47 kWh (DC) ÷ 0.85 (DoD) = 約 11.14 kWh

    • 結論B: この場合、「定格 10kWh」の製品では容量不足です。「定格 12kWh」以上の製品が必要になります。


3. ケーススタディ:4人家族、オール電化、夜間最大使用量12kWhの場合

この逆算法を使って、より電力使用量の多い家庭のケーススタディを見てみましょう。

  • 【ステップ1 (AC)】: 夜間の最大使用量 = 12.0 kWh (AC)

  • 【ステップ2 (DC)】: 12.0 kWh ÷ 0.95 (変換効率) = 12.63 kWh (DC)

    • このご家庭は、12.63 kWh 以上の「DC実効容量」が必要です。

  • 【ステップ3 (定格)】:

    • LFPモデル(DoD 95%)を検討:

      • 12.63 kWh (DC) ÷ 0.95 (DoD) = 13.29 kWh

      • 必要な定格容量:13.5kWh〜14kWhクラス のLFP蓄電池が必要です。

    • NMCモデル(DoD 85%)を検討:

      • 12.63 kWh (DC) ÷ 0.85 (DoD) = 14.86 kWh

      • 必要な定格容量:15kWh〜16kWhクラス のNMC蓄電池が必要です。

  • 最終的な洞察:

    同じ「夜間12kWh」を賄うという目的でも、選ぶバッテリーの化学組成(LFPかNMCか)によって、購入すべき「定格容量」のサイズが 1.5kWh以上も変わってくるのです。

    LFPモデルを選べば、より小さい(=安価な)定格容量のモデルで目的を達成できる可能性があり、LCOS(生涯コスト)を大きく改善できます。

4. 蓄電池の最適容量シミュレーションの重要性

上記は、夜間の電力使用量だけを考えた単純な計算です。

しかし、現実のご家庭では、「太陽光発電の自家消費」 20 や、季節による発電量・消費量の変動、将来のライフスタイル変化(EV購入など)も考慮しなければなりません。

20では、「4つの家族、4つの最適解」というケーススタディ・シミュレーションの必要性が示されているように、最適解はご家庭ごとに全く異なります 20

パナソニック (例: LJ-SF50B) やオムロン(マルチ蓄電プラットフォーム)20 といった大手メーカーや、専門の販売店は、「エネがえる」に代表されるような、B2B向けの高度な経済効果シミュレーションツールを導入しています 20

安易な「大は小を兼ねる」という判断や、単純な引き算で製品を選ぶのではなく、専門家による正確なシミュレーションに基づき、ご自身の家庭にとってLCOS(経済性)が最も高くなる「最適容量」を見極めることが、蓄電池導入を成功させる唯一の道です。

▼チェックリスト:販売店に確認すべき「実効容量」に関する必須質問項目

あなたが「専門家の目」を持つために、販売店に以下の7つの質問をしてください。これらに明確に答えられない販売店からは、購入を控えるべきです。

  1. 検討中のモデルの「定格容量」と「初期実効容量」は、それぞれ何kWhですか? 1

  2. その「実効容量」は、**DoD(放電深度)何%**で設定された数値ですか?

  3. バッテリーセルの化学組成は「LFP(リン酸鉄リチウム)」ですか? それとも「NMC(三元系)」ですか? 5

  4. 保証されている「サイクル数」は、DoD何%の運用で何回ですか? (例:8,000回 @ DoD 90%など)10

  5. システムの「往復効率 (RTE)」または「パワコンの変換効率(放電時)」は、カタログ値で何%ですか? 13

  6. システムの「待機電力」は、平常時・停電時でそれぞれ何Wですか?

  7. 推奨される「動作温度範囲」は何度から何度までですか?(特に寒冷地の場合)17


第6章:結論:実効容量の理解が、日本の脱炭素(RE100)を加速する

本記事では、蓄電池の「定格容量」と「実効容量」の間に横たわるギャップについて、その2大要因(DoD、変換効率)と、その前提条件を根本から変える第3の要因(LFPという化学組成)について、世界最高水準の解像度で深掘りしてきました。

  • 課題の本質:「情報の非対称性」という消費者問題

    この「容量ギャップ」の問題は、単なる技術的な仕様の差ではなく、販売側と購入側の「情報の非対称性」という、根深い消費者保護の課題です 19。

    「10kWh」という大きく、分かりやすい数字だけが消費者の目に留まり、その内実(=実際に使えるAC容量)が正確に伝わらない限り、「こんなはずではなかった」という導入後のトラブルは無くなりません。

  • 賢い消費者が、健全な市場を育てる

    しかし、本記事を最後までお読みいただいたあなたは、もはや「定格容量」という表面的な数字に惑わされることはありません。

    BMSが「見せかけの0%」を作る理由 9 を理解し、LFPとNMCのLCOS(生涯コスト)5 を比較検討し、「真の必要容量」を逆算する方法(第5章)を身につけました。

    こうした賢明な消費者が増えることこそが、メーカーに対してより高い透明性と、よりLCOSに優れた製品(=高耐久なLFP製品)の開発を促す、最も健全な市場圧力となります。

  • 日本のエネルギー主権への貢献

    家庭用蓄電池は、もはや個人の「電気代節約」ツールに留まりません。

    それらは、DR(デマンドリスポンス:電力需給ひっ迫時の放電要請)やVPP(仮想発電所)を通じて、電力網全体を支える重要な「分散型エネルギーリソース(DERs)」そのものです 6。

    日本の脱炭素化とエネルギー安全保障は、この信頼性の高いDERsの普及にかかっています。そして、その信頼性の基盤となるのが、私たち一人ひとりが「実効容量」という技術的な現実を正確に理解し、期待通りの性能を発揮するシステムを、正しく選択し、導入することに他なりません。

    「実効容量」の深い理解こそが、あなたのご家庭の経済を守り、ひいては日本全体のエネルギーの未来を加速させるのです。


第7章:よくあるご質問(FAQ)

Q1: 「実効容量」は、蓄電池が古くなると減っていきますか?

A1: はい、その通りです。明確に減っていきます。

本記事で解説した「実効容量」(正しくは「初期実効容量」)は、あくまで新品時の性能です。

蓄電池は充放電を繰り返すたびに徐々に劣化し、蓄えられる容量(=実効容量)は減少していきます。この劣化の度合い(健康状態)を示す指標を「SOH(State of Health)」と呼びます 4。多くのメーカーは、「保証期間10年または12,000サイクルの時点で、SOH 70%を保証」といった形で、劣化を加味した長期保証を付けています。

Q2: LFPバッテリーのデメリットは無いのですか?

A2: 従来のNMCと比較した場合の主なデメリットは「エネルギー密度が低い」ことでした 10。

これは、同じ容量(kWh)を貯めるのに、NMCバッテリーよりも「大きく」「重く」なりがちである、ということを意味します。スペースが限られる小型のドローンやスマートフォン、あるいは初期のEVではこれが弱点とされました。

しかし、家庭用据え置き型蓄電池のように、スペースや重量の制約が緩やかな用途では、このデメリットは問題になりません。むしろ、近年の技術革新(セル・トゥ・パック技術など)によりLFPのエネルギー密度も急速に改善しており、現在では安全性とLCOS(経済性)5 という圧倒的なメリットが、このデメリットを完全に凌駕していると言えます。

Q3: カタログに「実効容量」が書いてありません。どう計算すれば良いですか?

A3: まず、販売店やメーカーに「実効容量(またはDoD設定値)」を問い合わせることが最優先です。もし情報が開示されない場合、その製品の購入は慎重になるべきです(情報の透明性に欠けるため)。

どうしても概算が必要な場合、以下の計算はあくまで保証のない推測値として参考にしてください。

  1. DC実効容量(推測):

    • 従来型NMC系の場合: 「定格容量 × 0.85 〜 0.9」

    • 最新のLFP系の場合: 「定格容量 × 0.9 〜 0.95」

  2. AC実効容量(推測):

    • 上記 1. の数値に、さらに「× 0.95」(変換効率)をかける。

この計算で、ご家庭で使える容量の「最低ライン」を推測できます。

Q4: 結局、どのメーカーの蓄電池が一番「実効容量」の点で優れていますか?

A4: 「実効容量の割合(実効容量 ÷ 定格容量)」が高い製品は、それだけDoDを深く設定している(=100%に近い)ことを意味します。

この評価は、バッテリーの化学組成によって180度変わります。

  • もしその製品が「LFP」を採用しているなら:

    それは技術的な優位性(深いDoDでも長寿命)の表れであり、LCOS(生涯コスト)の観点からも優れている可能性が高いです 5。

  • もしその製品が「NMC」であるにも関わらず、実効容量の割合が極端に高い(例:95%)場合:

    それは、サイクル寿命(製品寿命)を犠牲にして、見かけの容量を大きく見せている可能性があります。必ず「そのDoD設定で、何回のサイクル寿命が保証されているか」を確認してください。NMCで深いDoD運用をすると、寿命は急激に短くなります 10。


第8章:本記事のファクトチェック・サマリー

本レポートの信頼性を担保するため、主要な主張とそれを裏付ける客観的エビデンス(出典)のサマリーを以下に示します。

  • 主張1:定格容量はJIS規格に基づき、特定の試験条件下で測定された理論値である。

    • エビデンス 2: JIS C 8715-1は、定格容量を「製造業者が指定する」値であり、特定の試験条件(例:5時間放電)に基づくと定義している。

  • 主張2:実効容量は、BMSによる「過放電保護」機能(DoD制限)によって意図的に制限される。

    • エビデンス 9: BMSは「過放電保護」機能を持ち、バッテリー電圧が「設定値」を下回ると放電を停止する。これが「ユーザー向けの0%」を規定する。

  • 主張3:バッテリーの劣化(SOH)は、サイクル数、温度、そして「放電深度(DoD)」に強く依存する。

    • エビデンス 3: 蓄電池の劣化(SOH)は、サイクル数、温度、充放電レート、および「放電深度」に影響される、非線形の化学プロセスである。

  • 主張4:LFPはNMCに対し、特に「100% DoD」でのサイクル寿命が圧倒的に優れている(10倍以上)。

    • エビデンス 10: LFPは100% DoDで2,000〜5,000サイクル以上の寿命を持つのに対し、NMCは500〜1,000サイクルである。LFPはNMCの10倍以上長持ちすると分析されている。

  • 主張5:LFPの優位性は、安定したオリビン結晶構造に起因し、LCOS(生涯経済性)の優位性に直結する。

    • エビデンス 5: LFPの安定したオリビン構造は、NMCの層状構造(マイクロクラック懸念)より優れる。サイクル寿命が2〜3倍長いため、LCOS(1kWhあたりの生涯コスト)がNMCより遥かに低くなる。

  • 主張6:蓄電池の容量は、DCからACへの「変換ロス」によってさらに目減りする。この指標を「往復効率(RTE)」と呼ぶ。

    • エビデンス 12: 蓄電池には往復効率(RTE = $E_{out} / E_{in}$12 が存在し、85%〜95%が一般的 13。100kWh投入しても85kWhしか取り出せない(15%ロス)例が示されている 14

  • 主張7:低温環境(-20℃など)は、蓄電池の性能低下と「不可逆的な影響」(劣化)を引き起こす。

    • エビデンス 7: 低温での充放電は、容量低下と安全上のリスク(デンドライト形成 7)、不可逆的な影響(劣化)を引き起こす 17


第9章:出典・参考文献リスト

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、全国地方自治体、トヨタ自働車、スズキ、東京ガス、東邦ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所、大和ハウス工業、エクソル、ELJソーラーコーポレーションなど国・自治体・大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上が導入するシェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)を提供。年間15万回以上の診断実績。エネがえるWEBサイトは毎月10万人超のアクティブユーザが来訪。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・出版・執筆・取材・登壇やシミュレーション依頼などご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp) ※SaaS・API等のツール提供以外にも「割付レイアウト等の設計代行」「経済効果の試算代行」「補助金申請書類作成」「METI系統連系支援」「現地調査・施工」「O&M」「電力データ監視・計測」などワンストップまたは単発で代行サービスを提供可能。代行のご相談もお気軽に。 ※「系統用蓄電池」「需要家併設蓄電池」「FIT転蓄電池」等の市場取引が絡むシミュレーションや事業性評価も個別相談・受託代行(※当社パートナー紹介含む)が可能。お気軽にご相談ください。 ※「このシミュレーションや見積もりが妥当かどうか?」セカンドオピニオンが欲しいという太陽光・蓄電池導入予定の家庭・事業者の需要家からのご相談もお気軽に。簡易的にアドバイス及び優良・信頼できるエネがえる導入済の販売施工店等をご紹介します。

たった15秒でシミュレーション完了!誰でもすぐに太陽光・蓄電池の提案が可能!
たった15秒でシミュレーション完了!
誰でもすぐに太陽光・蓄電池の提案が可能!