電気料金の「なぜ」を解剖する 低圧から特別高圧まで、価格比較の真のロジックと脱炭素時代の新常識

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

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目次

電気料金の「なぜ」を解剖する 低圧から特別高圧まで、価格比較の真のロジックと脱炭素時代の新常識

はじめに:世界一わかりやすく、深く。あなたの電気料金の「常識」をアップデートする

「なぜ、こんなにも電気料金の比較は複雑なのだろうか?」

「なぜ、電気料金は上がり続ける一方なのか?」

「結局、自社にとって本当に取るべき対策とは何なのか?」

企業の経営者や施設管理者であれば、一度はこのような疑問を抱いたことがあるでしょう。電力自由化以降、数多の電力会社が様々な料金プランを提示し、一見すると選択肢は増えたかのように見えます。しかし、その実態は複雑怪奇な専門用語、次々と現れる新たな料金項目、そして予測不能な価格変動の連続です。もはや、単純な単価比較だけで最適な電力契約を選ぶことは不可能に近いと言っても過言ではありません。

このレポートは、そうした混沌とした状況に終止符を打つために執筆されました。単なる料金プランの比較記事ではありません。電気料金を支配する「4つの階層」――すなわち物理法則、法制度、経済原理、そして国家政策――を徹底的に解剖し、なぜあなたの会社の電気料金がその金額になるのか、その根源的なロジックを解き明かします。

本レポートの構成は、電気というインフラの根幹から始まり、徐々に複雑な市場や政策のレイヤーへと進んでいきます。

  • Part 1では、送電ロスという不変の物理法則と、それを基に定められた法制度が、いかにして「低圧・高圧・特別高圧」という根本的な区分を生み出しているのかを解説します。

  • Part 2では、あなたの手元に届く請求書を解剖し、「基本料金」「電力量料金」「再エネ賦課金」という3つの主要素と、その中に潜む「燃料費調整額」という変動要因の正体を明らかにします。

  • Part 3では、現在の電力市場を揺るがす「JEPX(日本卸電力取引所)」「系統制約」「GX(グリーントランスフォーメーション)政策」という3つの巨大な潮流を分析し、今後3年間の電気料金の未来図を描き出します。

  • Part 4では、これまでの分析を踏まえ、企業が取るべき具体的な戦略的ソリューションを提示します。単なる節約術ではなく、受動的な電力の「支払者」から、能動的なエネルギー市場の「プレイヤー」へと変貌するための道筋を示します。

このレポートを最後まで読んだとき、あなたは単なる電力の消費者ではなく、自社のエネルギーコストを戦略的に管理し、未来の市場変動を予測し、さらには脱炭素という時代の要請を自社の競争力に変えるための知見を備えた、真の「戦略家」となっていることをお約束します。

Part 1: 不変の土台 – なぜ「電圧」が全てのルールを決めるのか?

電気料金の比較を始める前に、まず理解しなければならない絶対的な原則があります。それは、電気を「どの電圧で受け取るか」が、料金体系、法的義務、そしてコスト構造の全てを根本的に決定づけるという事実です。この区分は電力会社の都合で決められているわけではなく、物理法則と法律という、動かしがたい土台の上に成り立っています。

1.1. 全ての始まり:送電ロスという物理法則

なぜ電力会社は、わざわざ家庭で使えないような高電圧で電気を送ってくるのでしょうか。その答えは、「送電ロス」という極めてシンプルな物理法則にあります 1

電気を送る力、すなわち電力()は、電圧()と電流()の積で表されます。

一方で、送電線で熱として失われるエネルギー、つまり送電ロス()は、電流()の2乗と送電線の抵抗()に比例します。

この2つの式が意味することは決定的です。同じ量の電力()を送る場合、電圧()を2倍にすれば、電流()は半分になります。そして、電流が半分になると、送電ロスは電流の2乗に比例するため、なんと4分の1にまで激減するのです 3

この原理のインパクトは絶大です。例えば、1,000kWの電力を10km先の工場に送るケースを考えてみましょう。6,600Vで送電した場合、送電ロスは約23.6kWにも達します。これは送る電力の2.36%に相当します。しかし、同じ電力を154,000Vという超高圧で送ると、送電ロスはわずか43.4W、つまり白熱電球1個分程度にまで抑えることができるのです 6

発電所から遠く離れた都市や工場まで、効率的に電気を届けるためには、電圧を極限まで高めて送電し、需要家の近くで段階的に電圧を下げていく以外に方法はありません。この物理法則こそが、日本の電力網全体の構造、そして後述する電圧区分の根源となっているのです 1

1.2. 法と契約が引く境界線:低圧・高圧・特別高圧の定義

物理法則に基づき、日本の法律は電気の供給電圧を明確に3種類に区分しています。これが、全ての電力契約の基礎となる法的定義です。

電気事業法施行規則によれば、電圧は以下のように定義されています 8

  • 低圧 (Low Voltage): 交流で600ボルト以下のもの

  • 高圧 (High Voltage): 交流で600ボルトを超え、7,000ボルト以下のもの

  • 特別高圧 (Extra-High Voltage): 7,000ボルトを超えるもの

そして、この法的な定義が、私たちが実際に電力会社と結ぶ契約においては、より実用的な「契約電力」という基準によって区分されます。この契約電力の大きさによって、需要家がどのカテゴリーに属するかが決まります。

  • 低圧: 契約電力が50kW未満。一般家庭や個人商店、小規模な事務所などが該当します 10

  • 高圧: 契約電力が50kW以上2,000kW未満。中小規模のビルやスーパーマーケット、工場などが該当します 10

  • 特別高圧: 契約電力が2,000kW以上。大規模な工場やデパート、鉄道会社、データセンターなどが該当します 10

発電所で作られた数十万ボルトの電気は、超高圧変電所、一次変電所、配電用変電所といった施設を経由して段階的に電圧を下げられながら、私たちの元へ届けられます 7特別高圧の需要家は、この電力系統の比較的上流から直接電気を引き込み、高圧の需要家はもう少し下流から、そして低圧の需要家は、電柱の上の変圧器で最終的に家庭用の電圧に変圧された電気を受け取ることになります。どの地点で電力網に接続するかが、契約種別を決定づけているのです。

1.3. 物理的な分水嶺:「キュービクル」の有無がコスト構造を決定する

低圧と高圧を分ける最も決定的な違いは、単なる電圧の高さではありません。「誰が、高圧の電気を安全に使える低圧の電気に変圧する責任を負うのか」という点にあります。

  • 低圧の需要家: 電力会社が電柱の上に設置した変圧器(トランス)によって、100Vや200Vといった「すぐに使える」状態に変圧された電気を受け取ります 14変圧に関わる設備投資や維持管理のコスト、そしてその責任は全て電力会社(正確には一般送配電事業者)が負います。需要家はその利便性の対価として、比較的高めに設定された電気料金単価を支払います 13

  • 高圧・特別高圧の需要家: 6,600Vやそれ以上の高圧の電気を、そのままの状態で敷地内に引き込みます。そして、自らが設置・所有する「キュービクル式高圧受電設備(通称:キュービクル)」という私設の変電所で、自らの責任において100Vや200Vに変圧して使用します 13。この設備投資と維持管理の責任を自ら引き受ける代わりに、電力会社からは割安な単価で電気を購入することができるのです。

この「キュービクル」の存在こそが、両者のコスト構造を根本的に分ける分水嶺です。そして、キュービクルを設置するということは、単に金属の箱を置く以上の、重い法的義務を負うことを意味します。

キュービクルは、電気事業法において「自家用電気工作物」と定義されており、その設置者には以下の義務が課せられます 21

  1. 保安規程の策定・届出・遵守義務 (電気事業法第42条):

    自家用電気工作物の工事、維持、運用に関する安全確保のためのルール(保安規程)を自ら定め、国(経済産業省)に届け出なければなりません 20。

  2. 電気主任技術者の選任義務 (電気事業法第43条):

    電気設備の保安監督を行うための国家資格者である「電気主任技術者」を選任し、国に届け出る必要があります。自社で有資格者を雇用できない場合は、国の承認を受けた外部の専門機関(電気保安協会など)に保安管理業務を委託する「外部委託承認制度」を利用することができます 20。

  3. 定期的な保安点検の義務:

    法律に基づき、定期的な点検が義務付けられています。これには、毎月または隔月で行う「月次点検」と、年に一度(または3年に一度)、施設全体を停電させて行う大規模な「年次点検」が含まれます 20。この年次点検は、事業活動への影響も大きい重要な義務です。

つまり、高圧契約への切り替えは、単なる料金プランの変更ではありません。それは、キュービクルという資産を保有し、それに伴う法的な保安責任と継続的なメンテナンスコストを全て引き受けるという、経営上の重大な意思決定なのです。この「利便性(低圧)」と「自己責任によるコスト削減(高圧)」のトレードオフを理解することが、電気料金比較の第一歩となります。

表1: 電圧・契約区分サマリー

契約区分

供給電圧

契約電力

主な需要家

受変電設備

法的義務

低圧電灯・電力

交流100V/200V

50kW未満

一般家庭、小規模店舗、事務所

電力会社の柱上変圧器(需要家は不要)

特になし

高圧電力

交流6,600V

50kW以上 2,000kW未満

中小ビル、工場、スーパー

自家用電気工作物(キュービクル)の設置・所有

保安規程の策定、電気主任技術者の選任、定期点検

特別高圧電力

交流20,000V以上

2,000kW以上

大工場、デパート、鉄道、データセンター

自家用電気工作物(大規模な受変電設備)の設置・所有

保安規程の策定、電気主任技術者の選任、定期点検

この第一部で明らかになったのは、電気料金の比較ロジックが、物理法則と法制度という強固な岩盤の上に築かれているという事実です。特に、契約電力が50kWを超えるか否かという点は、単に料金メニューが変わるだけでなく、企業が「自家用電気工作物」という重い責任を負うかどうかの分岐点となります。したがって、高圧契約を検討する際には、目先の電気料金単価の安さだけでなく、キュービクルの導入コスト、年間の維持管理費、そして法規制を遵守するための体制構築といった、トータルコスト(TCO: Total Cost of Ownership)とリスクを総合的に評価する視点が不可欠です。

業界の慣習として、この複雑さや初期投資、そして法的責任を敬遠し、本来であれば高圧契約の方が経済的メリットがあるにもかかわらず、高価な低圧契約に留まり続けている50kW超の事業者が少なからず存在します。これは、電力市場における一つの非効率性であり、この移行を支援するサービスにとっては大きなビジネスチャンスが眠っている領域とも言えるでしょう。

Part 2: 請求書の解剖学 – あなたの電気料金を構成する「3+1」の要素

毎月手元に届く電気料金の請求書。そこに並ぶ数字は、一見すると単純な結果に見えますが、その内訳は複数の要素が複雑に絡み合って構成されています。このパートでは、請求書を解剖し、あなたの電気料金を決定づける「3つの基本要素」と、その中に隠された「1つの重要な変動要因」の正体を明らかにします。この構造を理解することは、コスト削減の急所を見抜くための必須知識です。

2.1. 全契約共通の計算式:基本料金+電力量料金+再エネ賦課金

電圧区分(低圧・高圧・特別高圧)に関わらず、月々の電気料金は、原則として以下の3つの要素の合計で計算されます 26

  1. 基本料金: 電気の使用量にかかわらず、毎月固定で発生する料金。契約する電力の大きさによって決まります。

  2. 電力量料金: その月に使用した電気の量(kWh)に応じて変動する料金。

  3. 再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金): 再生可能エネルギーの普及を支えるために、全ての電気使用者が負担する料金。

しかし、この式には、近年の電気料金を大きく左右する「4番目の隠れた要素」が存在します。それは、電力量料金の内訳に含まれる「燃料費調整額」です 26。この調整額の存在が、電気料金を予測困難で変動の激しいものに変えている元凶の一つです。これら「3+1」の要素を一つずつ詳しく見ていきましょう。

2.2. 基本料金のロジック:契約電力と力率が支配する固定費の世界

基本料金は、いわば電力供給網の「場所代」のようなものです。需要家がいつでも安定して電気を使えるように、電力会社が確保している供給設備キャパシティに対して支払う固定費と考えることができます。その計算方法は、低圧と高圧・特別高圧で大きく異なります

  • 低圧の場合:

    一般家庭向けの「従量電灯」プランなどでは、契約アンペア(A)数に応じて基本料金が決まります。事務所や商店向けの「低圧電力」プランでは、契約容量(kVA)に基づいて計算されることが一般的です 16。仕組みは比較的シンプルです。

  • 高圧・特別高圧の場合:

    ここからが本題です。高圧・特別高圧の基本料金は、以下の計算式で決定され、極めて戦略的な意味合いを持ちます 19。

    この式を構成する「契約電力」「力率」の決まり方が、コスト削減の鍵を握っています。

    契約電力の決定方法①:「実量制」

    契約電力が500kW未満の需要家(高圧小口)に適用される方式です 19。その仕組みは「過去1年間の最大実績が、未来1年間の契約を決める」という、非常にシビアなルールに基づいています。

    1. スマートメーターが、30分ごとの平均使用電力(kW)を常に計測しています。

    2. その月の30分ごとの平均使用電力の中で、最も大きかった値が、その月の「最大需要電力(デマンド値)」となります 30

    3. そして、その月と過去11ヶ月(合計12ヶ月)の最大需要電力の中で、最も大きい値が、向こう1年間の「契約電力」として設定されるのです 30

    これが意味するのは、「たった30分間の気の緩みが、1年間の高い基本料金を確定させてしまう」という事実です。例えば、夏場の昼間に全ての空調と機械設備を同時にフル稼働させてしまった30分間があれば、そのたった一度のピークが、その後11ヶ月間の基本料金を縛り続けることになります。この「ピークの専制政治」とも言える仕組みこそ、高圧電力の需要家が最も注意を払うべきコストドライバーです。

    契約電力の決定方法②:「協議制」

    契約電力が500kW以上の需要家(高圧大口・特別高圧)に適用される方式です 19。この場合、1年間の電力使用計画や設備の負荷状況などを基に、需要家と電力会社との間の協議によって契約電力を決定します 34。実量制に比べて、より計画的で柔軟な設定が可能ですが、その分、需要家側にも精緻な電力使用予測が求められます

    力率割引・割増

    「力率」とは、送られてきた電力のうち、実際に有効に仕事をした電力の割合を示す指標です。力率が低い(無駄な電力が多い)と、電力会社はより多くの電流を流さなければならず、送電網全体の負担が増えます。そのため、力率を高く保つ需要家を優遇し、低い需要家にはペナルティを課す仕組みが設けられています 19。

    具体的には、力率が85%を基準とし、これを1%上回るごとに基本料金が1%割引され、逆に1%下回るごとに1%割増されます。力率が100%(最も効率的な状態)であれば、最大の15%割引が適用されます 19力率の改善は、専門的な設備(進相コンデンサなど)の導入が必要ですが、基本料金を恒久的に削減できる非常に効果的な手段です。

2.3. 電力量料金のロジック:燃料価格と国策に揺れ動く変動費

電力量料金は、実際に使用した電力量(kWh)に単価を掛けて計算される変動費ですが、その単価は決して固定ではありません。主に3つの変動要因によって、毎月、そして毎年大きく揺れ動きます。

  • 変動要因①:燃料費調整制度

    日本の電力の多くは、原油・液化天然ガス(LNG)・石炭といった輸入化石燃料に依存する火力発電で賄われています。この制度は、これらの燃料の貿易価格の変動を、電気料金に自動的に反映させるための仕組みです 36。

    具体的には、3ヶ月から5ヶ月前の燃料の平均輸入価格(実績燃料価格)と、料金設定の基準となった価格(基準燃料価格)を比較し、その差額を「燃料費調整単価」として電力量料金に上乗せ(または差し引き)します 37

    ここで極めて重要な変化が起きています。かつて、この調整額には価格高騰時の消費者の負担を和らげるための「上限」が設定されていました。しかし、2022年以降のエネルギー危機を受け、多くの電力会社が自由料金プランにおいてこの上限を撤廃しました 39。これは、国際的な燃料市場の価格変動リスクが、電力会社から消費者へ直接転嫁されるようになったことを意味します。もはや、電気料金は国内事情だけで決まるものではなく、グローバルな商品市況と直結した金融商品のような性質を帯びているのです。

  • 変動要因②:再生可能エネルギー発電促進賦課金

    これは、太陽光や風力などの再生可能エネルギーで発電された電気を、国が定めた価格で電力会社が買い取る制度(FIT制度・FIP制度)の費用を、国民全体で負担するためのものです 41。

    その月の電気使用量(kWh)に、国(経済産業大臣)が毎年定める全国一律の賦課金単価を掛けて計算されます 42。2025年度の単価は1kWhあたり3.98円です 45。この賦課金は、再エネの導入拡大に伴い、年々上昇傾向にあります。資源エネルギー庁の試算では、今後もこの負担額は増加していくと見込まれており 43電気料金を押し上げる構造的な要因となっています。これは、脱炭素社会への移行コストを、全ての国民が分担している証左と言えます。

  • 変動要因③(隠れた巨人):託送料金とレベニューキャップ制度

    「託送料金」とは、私たち消費者が直接目にすることの少ない、しかし電気料金の根幹をなすコストです。これは、小売電気事業者が、発電所から需要家まで電気を届けるための送配電網(電線や変電所など)を利用する際に、その所有者である一般送配電事業者(大手電力会社の送配電部門)に支払う「通行料」のようなものです 46。この託送料金は、小売電気事業者が設定する電気料金の中に、当然コストとして織り込まれています。そして2023年4月、この託送料金の決め方が根本的に変わりました。「レベニューキャップ制度」という新しい仕組みが導入されたのです 47

    • 旧制度(総括原価方式)の問題点: 従来は、送配電網の維持にかかったコストに一定の利益を上乗せして料金を決める方式でした。このため、送配電事業者が経営努力でコストを削減しても、それが利益に繋がりにくく、効率化へのインセンティブが働きにくいという課題がありました 49

    • 新制度(レベニューキャップ制度)の狙い: 新制度では、国が事前に5年間の収入上限(レベニューキャップ)を承認します。送配電事業者は、この上限の範囲内で託送料金を設定します。もし、計画以上にコスト効率化を進められれば、その差額は自社の利益とすることができます。これにより、コスト削減へのインセンティブを働かせると同時に、再エネ導入拡大や送配電網の強靭化(レジリエンス強化)のために必要な投資を確保することを両立させるのが狙いです 47

    この制度改革の真の目的は、日本の送配電網を脱炭素時代に対応させるための、巨額かつ長期的な投資資金を安定的に確保することにあります 47。つまり、私たち消費者は、託送料金を通じて、未来のエネルギーインフラの更新費用を前もって負担し始めているのです。

現代の電気料金請求書は、もはや単なるエネルギー使用量の対価ではありません。それは、グローバルな商品市況(燃料費調整額)、国家のエネルギー政策(再エネ賦課金)、そして未来へのインフラ投資計画(レベニューキャップ制度下の託送料金)を映し出す、複雑な金融証書なのです。消費者が電力会社の切り替えによって影響を与えられる部分は相対的に縮小し、こうした政策主導の不可避なコストの割合が増大し続けているという構造変化を、まず認識する必要があります。

表2: 電圧区分別・電気料金構成要素の内訳

料金項目

低圧

高圧

特別高圧

基本料金

契約アンペア(A)や契約容量(kVA)に基づく比較的シンプルな体系。

単価 × 契約電力 × 力率で計算。コスト削減の主要ターゲット。

単価 × 契約電力 × 力率で計算。コスト削減の主要ターゲット。

契約電力の決定方法

契約により固定。

実量制(500kW未満):過去12ヶ月の最大デマンド値で決定。協議制(500kW以上):事業者との協議で決定。

協議制:事業者との協議で決定。

電力量料金

使用量(kWh)に応じた料金。段階制料金などが一般的。

使用量(kWh)に応じた料金。季節別・時間帯別料金など多様。

使用量(kWh)に応じた料金。JEPX連動など、より複雑なプランが多い。

燃料費調整額

電力量料金に加算・減算。上限が設定されている場合がある(規制料金)。

電力量料金に加算・減算。上限が撤廃されているプランが主流。

電力量料金に加算・減算。上限が撤廃されているプランが主流。

再エネ賦課金

使用量(kWh)に応じて全国一律単価で課金。

使用量(kWh)に応じて全国一律単価で課金。

使用量(kWh)に応じて全国一律単価で課金。

託送料金

小売電気事業者の料金に内包。

小売電気事業者の料金に内包。

小売電気事業者の料金に内包。

Part 3: 新たな戦場 – 市場、系統、政策が描く未来図

電気料金の構造を理解した上で、次に目を向けるべきは、その料金を動かす外部環境です。現在の日本の電力業界は、「市場」「系統」「政策」という3つの巨大な力がぶつかり合う、まさに新たな戦場と化しています。これらのダイナミクスを理解することは、未来のコストを予測し、戦略を立てる上で不可欠です。

3.1. JEPX革命と市場連動プランの罠

JEPX(日本卸電力取引所)とは、発電事業者と小売電気事業者が電気を売買する、日本で唯一の卸電力市場です 51。株式市場のように、電気の需要と供給のバランスによって30分ごとに価格が変動します。

電力自由化以降、特に高圧・特別高圧の分野で急速に台頭してきたのが、このJEPXの価格に連動して電気料金単価が変動する「市場連動型プラン」です 19

このプランがなぜ今、これほどまでに増えているのでしょうか。それは消費者のニーズというよりも、むしろ小売電気事業者(新電力)の生存戦略という側面が色濃く反映されています。

2021年から2022年にかけて、世界的な燃料価格の高騰によりJEPXの取引価格は歴史的な水準にまで急騰しました 52。当時、多くの新電力は需要家と「固定価格」で契約を結んでいたため、JEPXから高い電気を仕入れて、契約した安い価格で売らなければならない「逆ザヤ」状態に陥りました。この結果、事業撤退や倒産に追い込まれる新電力が続出したのです 58

この教訓から、新電力は卸市場の価格変動リスクを自社で抱え込むのではなく、需要家に直接転嫁する市場連動型プランへと舵を切りました 51。これは、新電力にとって合理的なリスク回避策ですが、需要家にとっては新たなリスクを背負うことを意味します。

  • 市場連動型プランのリスクとリワード

    • 潜在的なリワード: JEPX価格が安くなる時間帯(例:太陽光発電量が多い晴天の昼間や、電力需要が少ない深夜)に集中的に電気を使うことができれば、理論的には従来の固定価格プランより総支払額を抑えることが可能です 51

    • 不可避なリスク: 燃料価格の急騰や需給の逼迫が起きた際、JEPX価格は青天井に高騰する可能性があります。需要家は、この価格スパイクのリスクに直接晒されることになり、月々の電気料金が予測不能になるため、予算管理が極めて困難になります 19

市場連動型プランは、単に「安くなるかもしれない」という期待だけで選ぶべきではありません。それは、卸電力市場の価格変動リスクを自社で引き受けるという、高度なリスクマネジメントの選択なのです。

表3: 料金プラン構造の比較(従来型固定単価 vs. 市場連動型)

評価軸

従来型固定単価プラン

市場連動型プラン

料金の安定性

高い。契約期間中は(燃料費調整額を除き)単価が固定。

低い。30分ごとに単価が変動し、月々の支払額の予測が困難。

コスト削減の可能性

限定的。使用量を減らす以外に手段が少ない。

高い。電力使用を価格が安い時間帯にシフトできれば大幅な削減も可能。

予算管理の容易さ

容易。年間の電気料金を予測しやすい。

困難。市場価格の急騰により、予算を大幅に超過するリスクがある。

リスク所在

小売電気事業者が卸市場の価格変動リスクを負う(ただし、その分料金は割高に設定)。

需要家が卸市場の価格変動リスクを直接負う。

最適な需要家像

予算の安定性を最優先する企業。電力使用時間のシフトが困難な企業。

24時間体制で市場価格を監視し、生産計画などを柔軟に変更できる企業。価格変動リスクを許容できる財務体力のある企業。

3.2. 送電網の悲鳴:系統制約が隠れたコストになる日

日本の脱炭素化を阻む最大の壁は、再生可能エネルギー発電所の建設場所が足りないことではありません。発電した電気を送るための送電網の容量が足りないこと、すなわち「系統制約」と呼ばれる問題です 17

特に、日照や風況に恵まれた北海道や東北、九州といった地域に大規模な再エネ発電所が集中する一方、大消費地である都市部へ電気を送るための基幹送電線がパンク寸前の状態にあります。

この結果として頻発しているのが「出力制御」です。これは、電力の供給が需要を上回ったり、送電線が混雑したりした場合に、送配電事業者が再エネ発電事業者に対して発電を一時的に停止するよう命じる措置です。せっかくクリーンな電気を作っても、送電網の都合で強制的に捨てられてしまうのです。この出力制御は、もはや九州など一部地域の特別な事象ではなく、全国各地で常態化しつつあります 17

この深刻な問題を緩和するための方策として導入されたのが、「ノンファーム型接続」という新しいルールです 71

  • ノンファーム型接続の仕組み:

    従来は、送電網に空きがなければ新たな発電所は接続できませんでした(ファーム型接続)。ノンファーム型接続は、送電網が混雑した際には無補償で出力制御されることを前提条件として、空き容量のない系統への接続を認めるものです 72。

  • 現状と影響:

    このルールは、多くの地域で標準的な接続方法となり、すでに数百万kW規模の発電所がこの条件で接続申込を行っています 71。これにより、潜在的な再エネ資源の開発は進むものの、発電事業者にとっては大きなリスクを伴います。いつ、どのくらいの期間、出力が制御されるか予測が難しく、事業の収益性が不安定になるためです。これは、再エネプロジェクトへの投資リスクを高め、長期的にはグリーン電力のコストを押し上げる要因にもなりかねません 72。

系統制約とノンファーム型接続の問題は、もはや発電事業者だけの問題ではありません。不安定な電力供給はJEPX価格の変動要因となり、また、送電網を増強するための巨額のコストは、最終的に託送料金を通じて全ての需要家が負担することになるからです。

3.3. 政策の地平線:GX、カーボンプライシングがもたらす今後3年の変化

市場と系統の混乱の先に見えるのは、国家戦略という、より大きな潮流です。日本政府は、経済成長と脱炭素社会の実現を両立させる「GX(グリーントランスフォーメーション)」を最重要政策として掲げています。その具体的なロードマップが、「GX2040ビジョン」や「第7次エネルギー基本計画」に示されています 75

そして、このGXを実現するための切り札となるのが「カーボンプライシング(炭素への価格付け)」です。政府は、「成長志向型カーボンプライシング構想」として、以下の二段階の制度導入を計画しています 75

  1. 化石燃料賦課金(2028年度~):

    石油、天然ガス、石炭といった化石燃料の輸入事業者に対して、CO2排出量に応じた賦課金を課す制度。

  2. 排出量取引制度(2026年度~本格稼働):

    発電事業者など、特定の排出規模以上の企業を対象に、CO2排出量に上限(キャップ)を設け、過不足分を市場で売買(トレード)させる制度。

これらの政策が持つ意味は明白です。それは、「化石燃料由来の電気のコストを意図的に引き上げる」ということです。

この政策は、電気料金に直接的な影響を与えます。過去の試算では、本格的なカーボンプライシングの導入は電気料金を大幅に押し上げる可能性が指摘されています 17。また、専門機関の分析によれば、CO2価格が上昇するにつれて、石炭火力発電の収益性は著しく悪化する一方で、CO2を排出しない原子力や再生可能エネルギーの経済的優位性が高まることが示されています 82

今後3年間は、これらの制度の詳細設計が進む極めて重要な移行期間となります。企業は、もはや「炭素コスト」を無視してエネルギー戦略を立てることはできません。将来確実に上乗せされるこのコストを、今のうちから自社の事業計画や設備投資計画に織り込んでおく必要があるのです。

これら「市場」「系統」「政策」の3つの要素は、独立して動いているわけではありません。再エネの導入拡大(政策)は、その変動性からJEPX価格のボラティリティを高め(市場)、送電網への負担を増大させます(系統)。送電網の容量不足(系統)は、再エネの導入を阻害し(政策)、ノンファーム型接続という新たなリスクを生み出します(市場)。この複雑なフィードバックループの中で、日本の電力システム全体が、安定と不安定、コスト増とコスト減の間で揺れ動いているのです。

この「政策が描く理想」と「インフラの物理的現実」との間に存在するギャップこそが、今後の電気料金における最大のリスク源であり、全ての需要家が直面する課題の核心と言えるでしょう。

Part 4: 戦略的ソリューション – 受動的な支払者から能動的なプレイヤーへ

これまでの分析で、現代の電気料金がいかに複雑で、予測不能なリスクに満ちているかが明らかになりました。もはや、ただ請求書を待って支払うだけの「受動的な支払者」でいることは、経営上の大きなリスクとなります。この最終パートでは、これまでの分析を踏まえ、企業が「能動的なプレイヤー」としてエネルギーコストを戦略的に管理し、さらには収益機会へと転換するための具体的なソリューションを提示します。

4.1. 全ての基本:デマンドと力率を制圧する

複雑な市場や政策について考える前に、まず着手すべきは、自社でコントロール可能な領域、すなわち「基本料金」の最適化です。特に、実量制が適用される高圧電力の需要家にとって、これは最も確実かつ効果的なコスト削減策です。

  • デマンド(最大需要電力)の制御:

    Part 2で解説した通り、基本料金は過去1年間のたった30分間の最大デマンド値によって決定されます。この「ピークの専制政治」を打破することが最初の目標です。

    1. 監視と可視化: まずは、自社の30分ごとの電力使用量を監視し、どの時間帯に、何が原因でピークが発生しているのかを正確に把握します。多くの電力会社がウェブ上で使用状況を確認できるサービスを提供しています。

    2. ピークシフト/ピークカット: ピークの原因が特定できたら、それを抑制するための対策を講じます。例えば、複数の大型機械を同時に起動させるのではなく、時間差で起動するよう手順を見直す。昼休み中の空調設定を少し緩める。生産計画を調整し、一部の工程を電力需要の少ない時間帯に移行させる(ピークシフト)といった方法が考えられます。デマンド監視装置を導入し、設定値を超えそうになると警報を発するシステムも有効です。

  • 力率の改善:

    基本料金を最大15%も削減できる力率改善は、技術的な対策ですが、投資対効果が非常に高い施策です。

    1. 現状把握: まず、毎月の請求書で自社の力率が何%になっているかを確認します。もし恒常的に85%を大きく下回っている、あるいは90%台前半で留まっているのであれば、改善の余地は十分にあります。

    2. 対策の実施: 力率を改善する最も一般的な方法は、「進相コンデンサ」という設備を設置することです。これにより、電力の無駄を減らし、効率的にエネルギーを使えるようになります。専門の電気工事会社に相談し、設備導入のコストと、それによって得られる年間の基本料金削減額を比較し、投資回収年数を計算することで、導入の是非を合理的に判断できます。

これらの基本を徹底するだけでも、年間の電気料金を大幅に削減できる可能性があります。これは、外部環境の変動に左右されない、最も確実な自己防衛策です。

4.2. 自己防衛の切り札:自家発電・蓄電池という選択肢

デマンドと力率の管理をさらに一歩進め、外部の電力市場の変動から自社を切り離すための強力な武器が、「自家消費型太陽光発電」と「産業用蓄電池」の導入です。

  • 自家消費型太陽光発電による変動費のヘッジ:

    工場の屋根や敷地の空きスペースに太陽光発電システムを設置し、発電した電気を自社で消費するモデルです。これは、Part 3で見たような複数のリスクに対する直接的なヘッジ(リスク回避)となります。

    • 電力量料金の削減: 日中の電力使用の一部を自給自足で賄うため、電力会社から購入する電力量(kWh)そのものを削減できます。

    • JEPX価格変動リスクの回避: 市場連動型プランを契約している場合、価格が高騰しやすい日中の時間帯の購入量を減らすことで、リスクを大幅に低減できます。

    • 再エネ賦課金・燃料費調整額の削減: これらは購入電力量に応じて課金されるため、購入量が減れば、その分支払額も自動的に減少します。

    • 将来の炭素税への備え: 将来カーボンプライシングが導入され、化石燃料由来の電気の価格が上昇しても、CO2を排出しない太陽光発電の価値は相対的に高まります。

  • 蓄電池による基本料金の削減と収益機会の創出:

    産業用蓄電池は、単なるバックアップ電源ではありません。戦略的に活用することで、コスト削減と収益化の両方を実現できます。

    • ピークカット: 電力需要がピークに達しそうな時間帯に蓄電池から放電することで、電力会社からの買電量を抑え、最大デマンド値を低く維持します。これにより、基本料金を直接的に削減できます。

    • 経済的な充放電: JEPX価格が安い深夜帯に充電し、価格が高い昼間や夕方に放電して使用することで、電力量料金を最適化できます。

    • BCP(事業継続計画)対策: 停電時にも事業を継続するための非常用電源として機能し、レジリエンスを強化します。

これらの設備導入には初期投資が必要ですが、近年はPPA(Power Purchase Agreement)モデルという選択肢も普及しています 83。これは、PPA事業者が需要家の敷地に無償で太陽光発電設備を設置・所有し、需要家はそこで発電された電気を、市場価格より安価な固定単価で購入するという仕組みです。これにより、企業は初期投資ゼロで自家消費のメリットを享受できます。

4.3. 究極のゲームチェンジャー:デマンドリスポンス(DR)で収益を得る

これまでのソリューションが「守り」の戦略だとすれば、これから紹介する「デマンドリスポンス(DR)」は、電力市場に積極的に参加し、新たな収益源を創出する「攻め」の戦略です。

  • デマンドリスポンス(DR)とは?

    DRとは、電力の需要と供給のバランスが崩れそうな時に、電力会社(正確にはアグリゲーターと呼ばれる事業者)からの要請に応じ、需要家が意図的に電力使用量を増減させることで、報酬(インセンティブ)を得る仕組みです 84。

    • 下げDR(ネガワット取引): 電力需給が逼迫する(需要>供給)見込みの際に、節電に協力する(例:空調の温度を上げる、生産ラインを一時停止する)ことで報酬を得ます。削減した電力量は「ネガワット」と呼ばれ、発電したのと同じ価値を持つと見なされます 84

    • 上げDR: 再エネの発電量が過剰になる(供給>需要)見込みの際に、電力消費を増やす(例:蓄電池に充電する、電化製品を稼働させる)ことで報酬を得ます 84

  • DRの報酬体系:

    DRに参加することで得られる報酬には、主に2つの種類があります 90。

    1. kWh報酬: DR要請が発動され、実際に節電や増電に協力した量(kWh)に応じて支払われる成功報酬。

    2. kW報酬: DR要請に「いつでも応じられる状態」を維持していること自体に対して支払われる固定報酬。実際に要請が発動されなくても、協力可能な容量(kW)を市場に提供しているだけで報酬が得られます。

  • DRの戦略的価値:

    DRは、これまでのパートで明らかになった課題に対する、究極の戦略的ソリューションと言えます。

    • 基本料金の削減: 下げDRの実施は、そのまま最大デマンド値の抑制に繋がります。

    • 電力量料金の最適化: JEPX価格が高騰する時間帯に下げDRが発動されれば、高価な電気の購入を回避できます。

    • 新たな収益源: 節電という行為そのものが、kW報酬とkWh報酬という新たな収益を生み出します。

    • 社会貢献: 電力システムの安定化に貢献し、大規模停電のリスクを低減するという社会的な意義も持ちます。

専門機関の分析によれば、DRの普及は電力システム全体の発電コストを低減させる効果があることも確認されています 88中小企業であっても、空調や生産設備などの制御可能なリソースがあれば、アグリゲーターを通じてDR市場に参加することが可能です 89

もはや、電気は一方的に購入して消費するだけのものではありません。自社の電力リソースを能動的に活用し、市場と対話することで、コストを削減し、リスクを回避し、さらには利益を生み出す。これこそが、脱炭素時代の電力との新しい付き合い方なのです。

Part 5: 結論、FAQ、そして信頼性の担保

5.1. 結論:電気料金比較の「新常識」

本レポートを通じて、日本の電気料金を巡る環境が、構造的かつ不可逆的な転換期にあることを明らかにしてきました。安定と予測可能性の時代は終わりを告げ、変動とリスクの時代が始まっています。この新しい時代において、企業が生き残り、競争力を維持するためには、電気料金比較の「常識」そのものをアップデートする必要があります。

もはや、真の電気料金比較とは、複数の電力会社の料金単価を並べて最も安いものを探す行為ではありません。 それは、以下に示す4つの軸に基づき、自社のエネルギー戦略全体を評価・構築する、多面的な戦略的意思決定プロセスです。

  1. リスク許容度の評価(Risk Appetite Assessment):

    市場連動型プランの潜在的なリワードと、固定価格プランの安定性のプレミアムを天秤にかけ、自社が卸電力市場の価格変動リスクをどこまで許容できるかを判断する。

  2. 需要プロファイルの分析(Demand Profile Analysis):

    自社の電力消費パターンを徹底的に可視化し、基本料金を決定づける最大需要電力(デマンド)を抑制する機会を見つけ出す。

  3. 政策コストの認識(Policy Cost Awareness):

    再エネ賦課金や、レベニューキャップ制度下の託送料金、将来のカーボンプライシングといった、不可避な政策主導コストが今後も上昇傾向にあることを認識し、それを前提とした長期的なコスト削減計画を立てる。

  4. 能動的管理の評価(Active Management Evaluation):

    自家消費型太陽光発電、蓄電池、そしてデマンドリスポンスといった能動的なエネルギーマネジメント手法の導入について、その投資対効果(ROI)を真剣に評価し、単なるコストセンターであったエネルギー部門を、プロフィットセンターへと転換する可能性を模索する。

結論として、「最も安い電力会社」を探す時代は終わりました。 これからは、「自社にとって最も賢いエネルギー戦略」を構築する時代の幕開けです。受動的な支払者から能動的なプレイヤーへと脱皮し、この複雑でダイナミックなエネルギー市場を乗りこなすことこそが、未来の企業に求められる新たな競争力となるでしょう。

5.2. よくある質問(FAQ)

このセクションでは、本レポートの内容を踏まえ、多くの企業が抱くであろう疑問に対して、構造的かつ明確な回答を提示します。

Q1: 結局のところ、どの電力会社が一番安いのですか?

A1: その問い自体が、もはや現代の電力市場では有効性を失っています。「最も安い」電力会社は、企業の電力使用パターン、リスク許容度、そして選択する料金プラン(固定単価か市場連動か)によって全く異なります。市場連動型プランは、ある月には最も安くなるかもしれませんが、翌月には最も高くなるリスクを内包しています。したがって、問うべきは「どの会社が安いか」ではなく、「自社の事業特性に最も合致した料金体系とリスク構造を持つ電力会社はどこか」です。まずは自社の電力使用状況(デマンドカーブ)を分析することが、全ての比較の出発点となります。

Q2: キュービクルを設置して高圧契約に切り替えるべきか、どう判断すればよいですか?

A2: 単純な電気料金単価の差額だけで判断してはいけません。TCO(Total Cost of Ownership:総所有コスト)に基づいた総合的な分析が必要です。具体的には、以下の項目を算出し、比較検討する必要があります。

  1. 初期投資(CAPEX): キュービクルの購入・設置費用。

  2. 運用コスト(OPEX): 法定点検(月次・年次)の委託費用、電気主任技術者の選任費用(外部委託の場合)、修繕・更新費用。

  3. 削減効果: 高圧契約に切り替えることで削減できる年間の電気料金(基本料金+電力量料金)。

    これらの要素から投資回収年数を算出し、自社の投資基準に合致するかどうかを判断します。また、年次点検時の全館停電が事業活動に与える影響といった、金銭以外の要素も考慮に入れるべきです。

Q3: 市場連動型プランは危険すぎますか?

A3: ハイリスク・ハイリターンな選択肢であることは間違いありません。このプランが適しているのは、以下のような条件を満たす、ごく一部の需要家に限られます。

  • 電力使用量を、JEPX価格が安い時間帯に柔軟にシフトできる(例:生産計画を30分単位で調整可能な工場)。

  • 市場価格の急騰による電気料金の倍増にも耐えうる、高いリスク許容度と財務体力がある。

  • 専門の担当者が市場価格を常時監視し、能動的なリスク管理を行える体制がある。

    多くの企業にとって、予算管理の安定性を損なうリスクは、潜在的なリワードを上回る可能性があります。

Q4: 再生可能エネルギー発電促進賦課金は、今後も上がり続けますか?

A4: 中期的に見れば、「はい」という答えになります。この賦課金は、過去に認定されたFIT/FIP制度による再エネ発電所の買取費用を賄うためのものです。今後、新たな再エネ発電所の導入が進むにつれて、買取総額は増加し、それに伴い賦課金単価も上昇する圧力は継続します 43。これは日本のエネルギー政策の根幹に関わる構造的なコストであり、個別の電力会社を選んでも避けることはできません。この不可避なコスト増に対応する唯一の方法は、電力会社からの購入電力量(kWh)そのものを削減することです。

Q5: 私のような中小企業でもデマンドリスポンス(DR)に参加できますか?

A5: 参加可能です。DRへの参加資格は、企業の規模ではなく、「制御可能な電力負荷を持っているか」で決まります。例えば、複数の空調設備、ポンプ、冷凍・冷蔵設備、あるいは稼働時間を調整できる生産ラインなどがあれば、それらを束ねて「ネガワット」という価値を生み出すことができます。中小企業が単独で市場に参加するのは難しいため、通常は「アグリゲーター」と呼ばれる専門事業者と契約し、そのアグリゲーターを通じてDRプログラムに参加する形になります 89。

Q6: 政府のGX政策は、自社の電気料金にどう影響しますか?

A6: 短期的にではなく、中長期的に大きな影響があります。GX政策の核心であるカーボンプライシングは、化石燃料を使って発電された電気のコストを段階的に引き上げることを目的としています 75。これにより、石炭やガス火力由来の電気が多い料金プランは、将来的に値上がりする可能性が高まります。逆に、再生可能エネルギーの導入や、徹底した省エネルギーを今から進めておくことは、将来の炭素コストに対する最も有効なリスクヘッジとなります。GX政策は、全ての企業に対し、脱炭素への取り組みが直接的な経済合理性を持つ時代が来ることを示唆しています。

5.3. ファクトチェック・サマリーと主要出典

本レポートの信頼性を担保するため、記述の根拠となった主要な事実と、その出典を以下に示します。

  • 電圧区分の法的定義: 電気事業法施行規則に基づき、低圧は交流600V以下、高圧は600V超7,000V以下、特別高圧は7,000V超と定義される 8

  • 契約電力区分: 慣行として、低圧は50kW未満、高圧は50kW以上2,000kW未満、特別高圧は2,000kW以上で区分される 10

  • 高圧電力の基本料金決定: 500kW未満は実量制、500kW以上は協議制で契約電力が決まり、力率が85%を基準に割引・割増が適用される 19

  • 燃料費調整制度: 3~5ヶ月前の燃料貿易統計価格に基づき、毎月の電気料金が調整される。多くの自由料金プランで上限が撤廃されている 36

  • 再エネ賦課金: FIT/FIP制度の費用を賄うため、使用電力量に応じて全国一律単価で課金される。2024年度単価は3.49円/kWh 43

  • キュービクルの法的義務: 自家用電気工作物として、保安規程の策定、電気主任技術者の選任、定期点検が電気事業法で義務付けられている 21

  • 新電力の市場動向: JEPX価格高騰の影響で、2022年以降、新電力の倒産・事業撤退が急増し、市場連動型プランへの移行が進んだ 58

  • デマンドリスポンス: 需要家が節電協力などで報酬を得る仕組みであり、kW報酬とkWh報酬の2種類がある 84

主要出典リンク

本レポートの執筆にあたり参照した、特に重要な公的機関および専門機関の資料は以下の通りです。

  1. 電気事業法(e-Gov法令検索) 8

  2. 資源エネルギー庁「電気料金の改定について(2023年6月実施)」 26

  3. 資源エネルギー庁「燃料費調整制度について」 36

  4. (https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/kaitori/surcharge.html) 43

  5. (https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electricity_measures/dr/dr.html) 84

  6. 資源エネルギー庁「エネルギー基本計画」関連資料 76

  7. 関西電力送配電株式会社「託送供給等約款」 (代表例) 17

  8. 帝国データバンク「『新電力会社』事業撤退動向調査」 59

  9. 資源エネルギー庁「託送料金制度(レベニューキャップ制度)の検討状況について」 48

  10. 経済産業省「ノンファーム型接続の全国展開について」関連資料 71

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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