動的配電最適化とは?需要地と供給地のリアルタイム接続最適化の最前線

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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動的配電最適化とは?需要地と供給地のリアルタイム接続最適化の最前線

はじめに: 再エネ大量導入と配電システムの変革

再生可能エネルギー(太陽光・風力など)の大量導入に伴い、日本の電力システムは大きな転換点を迎えています。

特に配電網(ディストリビューションネットワーク)の運用は、かつての一方向型から双方向かつ動的な管理が求められるようになりました。動的配電最適化(Dynamic Distribution Optimization)とは、この新たな課題に対応するために、需要地(電力消費側)と供給地(分散型電源側)をリアルタイムで最適に繋ぎ、電力の需給バランスと配電網の安定性を高めるアプローチです。

再エネは天候などで発電量が刻々と変動し、また電気の需要も時間帯や場所によって変わります。従来は発電所の出力調整や一部地域での計画的な制御で対応してきましたが、今後は配電レベルでのきめ細かなリアルタイム最適化が不可欠です。

例えば、日本では太陽光発電の急増により一部地域で出力制御(カーテイルメント)が深刻化しています。下図は2023年度における地域別の太陽光・風力発電の出力制御率を示したものです。九州では推計値で約6.7%にも達し、他地域を大きく上回っています。これは送電容量の制約や原子力発電の出力調整困難などが背景にあり、余剰な再エネ電力を泣く泣く捨てている現状を物語っています。

FY2023における地域別の再エネ出力制御率(推計)。九州では約6.7%と突出して高い。出典:資源エネルギー庁「再生可能エネルギーの出力制御回避に向けた取り組み等」(2024年3月)より。

このような課題に対処しつつ再エネを最大限活用するには、「動的配電最適化」による需要と供給のリアルタイム接続が鍵となります。本記事では、高解像度の知見をもとに動的配電最適化の概念、関連する技術や制度(DSO、DERMS、VPP、AI需要予測、グリッド最適化アルゴリズム等)を徹底解説し、日本の脱炭素に向けた適用策と課題解決のヒントを探ります。

動的配電最適化とは何か?その背景と目的

動的配電最適化とは、配電系統内で分散するエネルギーリソース(太陽光発電設備、風力、蓄電池、EVなど)と需要側リソースを、リアルタイムに監視・制御して最適な形で結びつけることです。これにより以下のような目的を達成します:

  • 再エネの有効活用: 発電量が需要を上回るときは蓄電や需要側への融通で余剰を活かし、不足時には素早く需要を抑制または他から融通することで、再エネのカーテイルメント(発電抑制)を最小化。

  • 配電網の安定化と効率化: 電圧や周波数の維持、設備過負荷の防止、送電ロスの低減など、配電ネットワーク全体を最適な状態に保つ。必要に応じてネットワークトポロジー(配電経路)も動的に切り替え、事故・故障時の影響も最小にする。

  • 需要と供給の自律的調整: 従来は中央給電指令所が一元的にバランスを取っていましたが、配電レベルで自律分散的に需給調整が行われれば、より細かな制御が可能に。需要地と供給地を直接マッチングさせるようなローカルエネルギー市場トランザクティブエナジーの実現も視野に入ります。

背景には、「脱炭素社会の実現には電力の地産地消や需要側の柔軟性が重要」という認識があります。日本政府も2050年カーボンニュートラル目標の達成に向け、再エネを「主力電源化」する方針です。その中で、系統側のイノベーションとして配電網のデジタル化・高度化が求められているのです。

例えば経済産業省 資源エネルギー庁は2023年末に、再エネ出力制御削減のための新対策案を公表しました。

その中で、需要側では家庭や産業への蓄電池・電気温水器の導入支援や日中の電力使用を促す時間帯別料金の強化(昼間時間帯の割引など)を打ち出し、供給側では揚水発電による余剰電力の貯蔵活用や火力発電の最低出力要件引き下げ(50%→30%)による柔軟性向上、そして送電網強化による地域間融通力アップを掲げています。これらはいずれも、従来の硬直的な需給調整の仕組みから脱し、より動的で柔軟な電力システムへの移行を目指すものと言えます。

DSO(配電系統運用者)への移行: 配電ビジネスの新モデル

動的配電最適化を語る上で欠かせない概念がDSO(Distribution System Operator, 配電系統運用者)です。DSOとは、新しい配電事業の役割モデルであり、配電網におけるリアルタイム運用と分散リソースの活用に焦点を当てたものです。

従来、日本では地域電力会社(一般送配電事業者)が配電網を管理し受動的に電気を流すだけでした。しかし世界では今、配電会社自らが小さな系統運用者のように振る舞い、配電レベルで需給とネットワークを調整する動きが広がっています。

例えば米国の一部や欧州では、DSOモデルのもと配電会社がリアルタイムでローカル電源を制御・調整し、送電系統のISO(独立系統運用者)のような役割を担いつつあります。

具体的には、電圧や負荷監視など配電網の状態を常時モニタリングし、蓄電池や需要側の制御装置に指令を出して局所的な電力需給や電圧を維持する、といった運用が想定されています。また需給予測やスケジューリングもDSOの重要な役割で、地域内の分散エネルギーの発電・需要を予測し、どの資源をどれだけ活用するか計画を立てることになります。

さらには、ローカルな資源に対し経済的価値を付与すること、すなわち地域のDER(分散型エネルギーリソース)が系統に貢献した場合に報酬を支払い、あるいはこれら資源を卸電力市場や調整力市場に参加させる仲介をすることもDSOの役割です。

簡単に言えば、DSOとは「配電網の司令塔」です。配電レベルで完結する需給調整から、送電系統や市場とのインターフェースまで、幅広い機能を持ちます。特にローカル資源の柔軟性(フレキシビリティ)を引き出すことで、大規模投資(送電線増強や新設発電所)に頼らず低コストで脱炭素化を進める鍵として期待されています。たとえば、「需要ピーク時にローカルのEVや蓄電池を活用して負荷を抑制すれば、新たな変電所増設を先送りできる」「電圧維持に地元の太陽光インバータの無効電力制御機能を使えば、高価な調圧設備を追加せずに済む」等の効果が見込まれます。

日本でも制度的な準備が進んでおり、2022年4月の法改正で「電気配電事業」というDSO相当の事業区分が新設されました。一般送配電事業者(旧地域電力会社)の配電網の一部を切り出し、第三者に運用させることも可能となっています。DSOはその地域内で送配電サービスを提供し、周波数調整など補助サービスも担う責務があります。これは、日本でも地域ごとに独立した配電系統運用会社が現れうることを意味しており、実際に地域新電力やベンチャー企業がマイクログリッド実証などでDSO的役割を果たすケースも出始めています。

もっとも、DSOモデルへの移行は一社だけではできません。鍵となるのは多主体の協調です。

配電会社・送電系統運用者(TSO)・発電事業者・需要家・アグリゲーターなどがデータを共有し、統合的に動く必要があります。米国バーモント州の地方電力協同組合では、顧客の設備データや配電設備の状態、さらに送電系統や市場の情報を単一のデータプラットフォームで共有し、高度な状況認識を実現した例があります。このようにDSOに必要なデジタル基盤を整え、予測技術や制御ソフトを駆使すれば、地域のエネルギーをフル活用した効率的でレジリエントな電力供給が可能になるのです。

DERMS(分散エネルギーリソース管理システム)とADMSの進化

DSOの実現や動的配電最適化には、高度なITプラットフォームが不可欠です。そこで近年注目されるのがDERMS(Distributed Energy Resource Management System)と呼ばれるシステムです。日本語では「分散エネルギーリソース管理システム」と訳され、要するに電力会社(配電事業者)が保有・運用するソフトウェア基盤で、配電網に接続された無数のDER(太陽光、風力、蓄電池、EV、需要側資源など)を監視・制御し、グリッド運用に統合するものです。

DERMSは従来のSCADA(監視制御システム)やDMS(配電管理システム)と連携し、まさにユーティリティ企業内の「頭脳」として機能します。リアルタイムのフィードバック制御を行いながら、必要に応じて市場取引システムともデータをやり取りします。多くの場合、DERMSは中央集権型で、ユーティリティが全配下資源を一括管理する形ですが、近年ではよりスケーラブルな分散型アーキテクチャやクラウド連携も取り入れられつつあります。

一方、ADMS(先進配電管理システム)も重要な役割を果たします。従来の配電管理システムにさらに機能を足し、配電自動化スキーム(自動開閉器によるフェーダー切替、自動復旧など)や電圧無効電力制御(Volt/Var最適化)、配電網の最適潮流計算(OPF: Optimal Power Flow)等をリアルタイム実行するものです。DERMSとADMSの境界はやや曖昧で、今後統合が進むとも言われます。要は、配電会社の制御室にAIと高度解析機能を備えたスーパーコンピュータが加わったようなイメージです。

例えば米GE社はADMSベンダーとして知られますが、2021年にはカナダのOpus One社(DER最適化ソフトの開発企業)を買収するなど、従来の配電系統制御とDER統合管理の融合が進んでいます。このような動きから、数年後には「もはやDERMSと配電SCADAの違いが意識されない」ほどシームレスなソリューションとなっているかもしれません。

VPP(バーチャルパワープラント)とアグリゲーターの台頭

動的配電最適化を具現化するもう一つのキープレイヤーが、VPP(Virtual Power Plant)およびアグリゲーターです。VPPは日本語で仮想発電所とも呼ばれ、多数の分散電源や需要設備をあたかも一つの発電所のように遠隔制御する技術・仕組みを指します。アグリゲーターとは、そのような分散資源の集約・制御・市場取引を行う事業者のことです。

VPPは必ずしも電力会社自身が運営する必要はなく、第三者のアグリゲーターがクラウド上のプラットフォームで提供することも多いです。たとえば、世界的に見て大規模なVPP事業者としては、欧州のエネル(Enel X)や米国のオートグリッド、テスラのオーストラリアVPPなどが知られます。これらは電力市場や系統運用者(ISO/TSO)のニーズに応じて、契約している需要家の設備や蓄電池の出力を遠隔調整し、発電所や調整力としての役割を果たします。

日本でもここ数年でVPP実証が一気に広がり、本格的な事業化段階に入ってきました。経産省は**「分散型エネルギーリソースの更なる活用に向けた実証事業」を立ち上げ(いわゆるVPP実証)、蓄電池やEV、需要家設備の制御による調整力提供を推進しています。例えば2024年1月には、VPPプラットフォーム開発企業のシゼン・コネクト社が186台の家庭用EV(V2H機器経由)を遠隔制御する大規模実証**を実施しました(※経産省委託事業)。これは世界的に見ても最大級のV2H活用VPPです。同社のシステムにより、参加EV群の充放電を指示値の90%精度で制御できることが確認されました。下図はこの実証の概要を示す模式図です。各家庭のEV・V2Hがクラウド上の「Shizen Connect」EMSによって一括制御され、電力小売会社への調達コスト低減や、需給調整市場(バランシングマーケット)への予備力提供に活用される様子が描かれています。

シゼン・コネクト社による186台のEVを活用したVPP実証の模式図(2024年1月)。「Shizen Connect」プラットフォームで各家庭のV2H(EV充放電)を遠隔制御し、小売電気事業者への調達コスト低減サービスや、需給調整市場での予備力(RR: Replacement Reserve)提供を実現している。

このようにVPPによって、需要側も含めたあらゆるリソースを機動的に活用する仕組みが整いつつあります。特筆すべきは、日本でも2024年から本格稼働した容量市場や今後拡大する調整力市場で、VPPが重要な役割を果たし始めたことです。実際、2024年夏は記録的猛暑で全国的に需給ひっ迫となり、新設の容量市場による需給調整が初めて多数発動されました。最大手アグリゲーターであるエネルX社は、この夏の19日間にわたり計約1GWの需要抑制資源を動員し、累計7GWh相当の節電を達成しています。複数の大口需要家が一斉に負荷を落とす効果は、発電所1基を新たに立ち上げるのと同等の効果があります。こうした実績からも、**デマンドレスポンス(需要応答)**を中核としたVPPが、日本の電力安定供給に欠かせない「見えない発電所」となりつつあることが分かります。

エネルX社は「エネルXの最先端VPPは高度ICT技術で需要家の協調停止(負荷調整)を実現し、クリーンで持続可能なエネルギーシステムへの移行を支えている」と述べています。VPPは電力会社だけでなく、工場やビルの所有者にとっても新たな収益機会となります。使っていない設備を一時的に停めたり、自家発電機を動かしたりするだけで報酬が得られるためです。今後、日本でもアグリゲーター登録制度のもとで多数の事業者が参入し、競争が進む見通しです。

AIによる電力需要予測とリアルタイム制御

動的配電最適化を高度化するうえで、AI(人工知能)とビッグデータ解析の活用も極めて重要です。AI技術は需要予測や設備制御の分野で従来手法を刷新しつつあります。

まず、電力需要および再エネ発電量の予測にAIが貢献しています。太陽光・風力は天候に左右されるため、従来の統計モデルでは予測誤差が大きい場合がありました。近年は機械学習を用いて、気象データや過去の需要実績、経済活動の指標など膨大なデータを学習し、逐次予測を更新する手法が広がっています。AIによる高精度な予測は、余剰電力や不足電力を事前に見積もることで、蓄電池の充放電計画や需要家への事前通知(デマンドレスポンスの呼びかけ)など最適な対応を可能にします。実際、中国ではAIを活用して太陽光・風力の発電予測制度を飛躍的に高め、天候変動によるグリッド不安定化を大幅に低減したと報告されています。

またリアルタイム制御にもAI・IoTが力を発揮しています。スマートメーターやIoTセンサーで収集される膨大なデータ(各家庭・ビルの消費状況、配電設備の電圧・負荷、周波数や潮流など)をビッグデータ解析し、瞬時に異常を検知したり、最適な電力フローに調整したりする技術が登場しています。例えばAIが配電網データを監視し、特定エリアの負荷急増や電圧低下を検知すると、自動的に近隣の蓄電池に放電指令を出したり、可変速度変圧器の設定を変更して電圧を補正したりできます。予兆保全もその一つで、変圧器や開閉器のセンサーデータから劣化や異常兆候をAIが捉え、故障前に部品交換を促すことで停電リスクを減らします。

日本でも「スマートシティ」プロジェクト等でAIによる負荷平準化が導入されています。ある自治体ではAI搭載のエネルギーマネジメントが需要ピークを予測して事前に蓄電池を放電、ピークカットによる電圧安定と電気代削減を両立しました。またシンガポールでは産業分野でAIによるエネルギー監査を行い、設備ごとの無駄を洗い出して最適化に繋げています。

さらに取引・市場面でもAIは活用されています。電力卸市場の価格予測や、VPPが入札する際の戦略立案、複数電源の組み合わせ最適化など、人間の直感では難しい組合せ最適化問題にAIが挑んでいます。ブロックチェーンと組み合わせ、P2P電力取引の安全性・透明性を高める試みもあります。

もっとも、AI活用には課題もあります。サイバーセキュリティやプライバシー保護、導入コスト、人材不足などです。しかし各国で規制整備や標準化が進み、AIが電力分野にもたらす恩恵は今後さらに大きくなるでしょう。予測精度の更なる向上配電系統デジタルツインの構築(仮想上で配電網を再現しシミュレーション)、需要家行動のモデル化など、可能性は無限に広がっています。AIは動的配電最適化の“頭脳”として、クリーンでレジリエントなエネルギー未来の構築に貢献していくのです。

グリッド最適化アルゴリズムの最前線

配電網のリアルタイム制御を高度化するには、最適化アルゴリズムの進歩も欠かせません。配電系統は送電系統と比べ回路も多岐にわたり、非線形性が強い制約条件(電圧降下や潮流の制約など)があります。そこで、AI以外にもOR(オペレーションズリサーチ)的手法やメタヒューリスティクス、さらには電力工学の新理論が活用されています。

最適潮流計算(OPF)はその代表例で、配電網内の各線・各ノードの電圧と潮流を計算しつつ、損失最小や電圧偏差最小となるよう発電・負荷・スイッチ配置を決定する計算問題です。これをリアルタイムで解き、機器に制御指令を出すのが究極の姿です。しかし計算量が膨大になるため、近年は機械学習で近似解を高速に予測する方法(学習型OPF)なども研究されています。また、配電網のネットワーク再構成(開閉器の組合せ変更による給電経路切替)も有効な手段で、これも組合せ爆発を伴うためメタヒューリスティク(遺伝的アルゴリズムや群最適化など)が使われます。

最新の研究では、グラフニューラルネットワーク(GNN)とメタヒューリスティクを組み合わせた新手法も登場しました。中国・陝西電力網を対象とした2025年の研究では、配電網の代表的トポロジーに対しGNNで学習を行い、遺伝的アルゴリズム(GA)によるネットワーク接続モード最適化に活用するというアプローチが試みられました。その結果、従来手法に比べてネットワーク損失を32.8%削減、電圧偏差を37.3%削減でき、従来のGA単独よりも大幅に良い性能を示したと報告されています。配電網の開閉器操作ひとつとっても、AIと最適化アルゴリズムの融合でこれほど効率化できるわけです。

他にも、需要家の機器制御計画を立てるデマンドレスポンス最適化では、マルチエージェント強化学習(複数のAIエージェントが協調して学習)を用いて、需要パターンの異なる多数の家やビルのスケジューリングを調整するといった試みがあります。電気自動車の充電最適化では、ミツバチの群行動にヒントを得たアルゴリズム(例えばマルチオブジェクティブ蛾の群れアルゴリズムなど)で、充電スタンド配分と充電スケジュールを同時に解くなどユニークなアプローチも登場しています。

さらに、新しい観点としてレジリエンス最適化があります。自然災害やサイバー攻撃に対し配電網の被害を最小化・早期復旧するためのスイッチ操作計画や、マイクログリッドのアイランド化(孤立運転)戦略の最適化などです。これも高度なアルゴリズムが関与する分野であり、複雑系シミュレーションや確率最適化が使われています。近年の論文では、日本のあるケーススタディで「仮想発電所(VPP)やマイクログリッド導入による配電網のレジリエンス向上」が定量的に示され、災害時の停電リスクを低減する有効策となりうると報告されています。

このように配電系統最適化のアルゴリズム研究は非常に多岐にわたります。これら最先端技術は、実システムへの実装という壁はあるものの、将来的にはDSOの運用ツールセットに加わっていくでしょう。リアルタイムOPFの現場実装自動配電網再構成が当たり前になれば、人手では到底処理しきれない複雑な状況もAIとアルゴリズムが瞬時に最適解を提示し、配電網は今より格段にスマートになるはずです。

日本の課題: 根源的なボトルネックを洗い出す

ここまで動的配電最適化の技術側を見てきましたが、日本でこれを推進する上ではいくつか根源的な課題があります。世界の最先端事例を参考にしつつ、日本固有のボトルネックを整理してみましょう。

1. 規制・制度面の遅れ: 日本は送配電の法的分離(アンバンドリング)は達成したものの、配電領域の市場化やDSOモデルの本格導入はこれからです。現行制度では一般送配電事業者が配電網運用の大部分を担い、第三者による柔軟な配電運用は限定的です。せっかく制度上DSO事業が創設されても、実際に地域マイクログリッドや新規参入配電事業者が増えなければ絵に描いた餅になります。欧州では配電会社が積極的にDSO化戦略を打ち出し、配電網を活用した調整力市場などを開設していますが、日本も規制改革とインセンティブ設計を進める必要があります。

2. データ共有・プラットフォーム: 動的最適化には電力データの流通が肝心ですが、日本ではデータ標準化や共有プラットフォームの整備が遅れています。スマートメーターの30分値はあるもののリアルタイム値は活用されておらず、また配電設備のセンサーも限定的です。先述の通り、DSOモデルでは関係者間のデータエクスチェンジが重要になります。欧州のようにデータハブを作り異業種含めアクセス可能にする、といった発想も求められます。

3. 配電網の物理的制約: 日本の配電網は高密度で信頼性は高い一方、柔軟性に欠ける面があります。長年培われた設計思想(需要は増えるものとして作られ余裕が少ない)や、低電圧配電では電圧制御機器が少ないこと、配電用変圧器のタップ制御にも限界があること等です。電圧フリッカーや逆潮流への耐性向上、双方向潮流を前提とした機器開発など、ハード面のアップグレードも並行して必要でしょう。

4. エンゲージメントとビジネスモデル: 需要側の協力(デマンドレスポンス参加など)を得るには、適切な報酬と分かりやすい仕組みが必要です。現状、一般家庭がVPPやDRに参加する事例は少なく、産業用中心となっています。需給調整市場も始まったばかりで価格シグナルが弱く、需要家にとって魅力ある水準とは言えません。これを克服するには、電力料金メニューの大胆な改革(動的料金やネガワット買取保証など)や、アグリゲーターによるサービス付加(例えば「あなたの家の蓄電池を夜間自動売電して収入〇〇円」といった明示)など、ユーザビリティを高める工夫が必要です。

5. バックアップリソースとセキュリティ: 動的最適化に依存するほど、万一制御システムがサイバー攻撃や障害でダウンした際のリスクも高まります。フェイルセーフ設計として、制御不能時でも配電網が耐えられる範囲(安全マージン)を確保すること、万一の需給逼迫に備えた非常用電源の配置などが求められます。またサイバー面ではゼロトラストアーキテクチャの導入や演習の徹底など、インフラ防御力の強化が不可欠です。

これら課題は一朝一夕には解決できません。しかし裏を返せば、ここに日本のエネルギー政策・ビジネスのイノベーションの種があります。規制改革で新サービス市場を創出し、デジタル基盤投資で産業を活性化し、需要家巻き込みでライフスタイル変革へ――動的配電最適化は単なる技術課題に留まらず、社会システム全体の革新につながるテーマなのです。

解決への展望: 世界の知見を活かした実効策

では、上記課題を乗り越え日本で動的配電最適化を実現するために、どのようなソリューションが考えられるでしょうか。世界の先進事例や専門家の提言を踏まえ、いくつか実効性のある戦略を提案します。

①グリッドのデジタル化と統合プラットフォーム: 配電網にセンサーと通信を張り巡らせ、リアルタイムデータを集約・分析する統合プラットフォームを構築します。国主導でデータ標準を策定し、電力会社・新電力・需要家・アグリゲーター等が安全にデータ共有できる仕組みを整えます。これによりDSO的運用や多様なサービス創出を下支えします。例えば欧州のエネルギーデータスペース構想などが参考になります。

②市場デザインの刷新: 再エネ大量導入に合わせ、電力市場のルールを見直します。具体的には、需給調整市場や容量市場へのDER参加を拡大し、入札単位を小口化・頻度を増やすことで、蓄電池や需要家がより参加しやすいようにします。また送配電網の柔軟性を引き出すローカルフレキシビリティ市場を設け、特定エリアの電圧維持やピークカットに貢献したリソースへ報酬を与える仕組みを試行します。英国では配電会社が「フレキシビリティ・オークション」を実施し、地元の蓄電池業者などから調整力を購入する取り組みがあります。日本でも規制サンドボックスを活用してこうした制度実験を行うべきでしょう。

③需要側へのインセンティブ強化: 家庭・企業が自発的に需要シフトや蓄電池活用を行いたくなるよう、経済的インセンティブと分かりやすい情報提供を行います。前述の通り時間帯別料金を大胆に拡充し、日中安価なプランや逆にピーク時プレミア料金を設定します。さらに、電力使用量の見える化アプリやAIアシスタントを普及させ、ユーザーがエネルギー行動を最適化できるサポートをします。需要家教育も重要です。例えば太陽光余剰の出る昼間にEV充電や洗濯をすることが、実は社会全体の再エネ活用率向上に繋がることを啓発します。こうした草の根の取り組みが、長期的には需要曲線を変え、配電最適化を容易にするでしょう。

④配電インフラのスマート強化: ハードウェア面でも投資を行います。具体的には、配電用変圧器への自動タップ制御装置の増設小規模分散電源向けの電圧調整機器(SVRや無効電力補償装置)の配備開閉器のリモート制御化によるフェーダー自動迂回システムの構築などです。また光ファイバーや5Gを活用した高速通信網を配電系統に組み込み、低レイテンシで制御コマンドを飛ばせるようにします。電力設備と情報通信の融合が、まさにスマートグリッドの土台です。

⑤パイロットプロジェクトの拡充: まずは地域限定でモデルケースを創り成功事例を積むことが重要です。例えば再エネ導入率の高い北海道・東北や九州エリアで、「地域DSO」による配電市場実験や先進制御の実証プロジェクトを官民連携で進めます。幸い、政府も再エネ集中地域での対策を強調しており、予算措置も見込まれます。ローカルな成功モデルが全国展開されれば、一気に最適化が進むでしょう。また人材育成も忘れてはいけません。電力会社社員やエンジニアに対し、データサイエンスやAI制御の研修機会を増やし、新時代のグリッドマネージャーを育てていく必要があります。

以上の戦略を複合的に実施することで、日本の配電網はよりダイナミックで強靭なインフラへと生まれ変わるはずです。それは単に再エネ普及を支えるだけでなく、停電リスクの低減や電力コストの最適化、さらには地域活性化(地産地消ビジネスの創出)にも繋がっていくでしょう。

FAQ(よくある質問と回答)

Q1: DSO(配電系統運用者)と既存の電力会社は何が違うのですか?
A1: DSOは配電ネットワークを積極的に運用・調整する新たな役割モデルです。従来の電力会社(配電部門)は電気を届けるインフラ維持が中心でしたが、DSOは一種の「地域の系統運用者」として、電圧管理や需給バランス調整までリアルタイムに行います。また太陽光や蓄電池など地域内の分散電源を活用し、経済的に最適な運用を図る点も特徴です。日本でも法的にはDSO事業が導入されましたが、今後実際に地域DSOが現れ役割分担が進むと期待されます。

Q2: DERMSとVPPはどう違いますか?
A2: DERMS(分散エネルギーリソース管理システム)は電力会社が内部で運用する管理システムで、SCADAや配電制御システムと連携して多数のDERを統合制御します。一方VPP(仮想発電所)は、クラウド上で分散資源を束ねる概念・サービスで、電力会社に限らず第三者も提供可能です。簡単に言えば、DERMSは配電事業者の社内システム、VPPは市場参加も視野に入れたサービスプラットフォームです。ただし目的や機能は重なる部分も多く、将来的には両者の違いは次第に小さくなると予想されています。

Q3: 動的配電最適化は本当にコストに見合うメリットがありますか?
A3: 初期投資(ICTインフラ、ソフト開発、機器更新など)は必要ですが、長期的には大きなメリットが期待できます。再エネの有効活用による燃料代削減やCO2削減効果、ピークカットによる発電所新増設回避効果、停電リスク低減や停電時間短縮による社会的便益などです。ある試算では、配電網での柔軟性活用により従来型設備投資を数十%削減できるケースも報告されています。また再エネの出力制御が減れば、その分発電ロスが減り電力料金の抑制にもつながります。需要家側も安価な時間帯に電力を使えるなどメリットがあり、総合的に見て投資に値する改革と言えます。

Q4: 日本以外ではどのように配電最適化が進んでいますか?
A4: 欧米やアジア先進国では様々な取り組みがあります。例えばイギリスの配電会社はDSO移行戦略を掲げ、地域の調整力オークションを開催しています。米国ではFERC Order 2222により、小規模DERが卸市場に参加できるようになり、アグリゲーターによるVPP事業が拡大しています。シンガポールは国を挙げてスマートグリッド化を推進し、AIを用いた需要予測や配電自動化で世界最高水準の供給信頼性を維持しています。ドイツやオーストラリアでは家庭用蓄電池・太陽光を集約したVPPが商用運転され、一部では周波数調整サービスを提供しています。こうした海外知見は日本にとって貴重な参考事例です。

Q5: 個人でも動的配電最適化に貢献できますか?
A5: はい、できます。例えば家庭で太陽光発電や蓄電池、EVをお持ちなら、アグリゲーターのVPPサービスに参加してみるとよいでしょう。余剰太陽光を蓄電池に貯めて系統へ放出したり、EV充電を調整したりすることで報酬を得られるプログラムがあります。また電力会社のデマンドレスポンス(節電プログラム)に協力し、ピーク時間帯の消費を減らすことも立派な貢献です。さらに間接的には、再エネ由来の電気を積極的に選択したり、エネルギーの見える化に関心を持ったりすることが、社会全体の意識を高めます。動的配電最適化は技術だけでなく皆さん一人ひとりの行動にも支えられているのです。

おわりに: 配電の最適化が拓く未来

動的配電最適化は、一見すると専門的な電力システム技術の話に思えます。しかし、そのインパクトは私たちの生活や社会のあり方にまで及びます。再生可能エネルギーを無駄なく使い、必要なときに必要な場所へ電気を届ける——それを極限まで追求することは、持続可能で強靭なエネルギー社会への道そのものです。

日本はこれから本格的なエネルギー転換期を迎えます。原子力や化石燃料に頼った集中型の電力システムから、再エネ主体の分散型システムへ。そこでは、電力を融通しあう協調型のインフラが求められます。動的配電最適化はその中核をなす考え方であり、技術であり、仕組みです。

世界を見ると、すでに小さなコミュニティが自給自足で電力を回し合う実験や、AIが24時間365日ミクロな需給バランスを取っている都市があります。日本でも、その気になれば技術的実現性は十分あります。あとはビジョンと意志の問題でしょう。幸い、課題は明確になってきました。本記事で整理した根源的な課題を一つ一つ潰しながら、世界最高水準の知見を取り入れていけば、日本の配電網は必ずや次世代型へと進化できるはずです。

最後に強調したいのは、動的配電最適化はみんなで作るものだということです。再エネ事業者、系統運用者、政策当局、そして電気を使う国民一人ひとりが、その仕組みの一部となり得ます。例えば、昼間の太陽光が余っていると知れば洗濯機を回してみるとか、EVを持っている人はVPPに登録するとか、小さな行動でも集まれば大きな波になります。電気は目に見えませんが、その流れを少し意識してみるだけで、新しい時代のエネルギー像が見えてくるでしょう。

動的配電最適化――それは単なる技術トレンドではなく、持続可能な未来へのパスポートです。日本が世界に誇る緻密な技術力と創意工夫で、このパスポートを真に活用し、再エネ先進国への道を切り拓いていきましょう。


ファクトチェックと出典まとめ

  • 九州における再エネ出力制御率6.7%(FY2023): 資源エネルギー庁資料によれば、九州電力管内の再エネ(太陽光・風力)出力制御率は2023年度推計で6.7%と他地域より高く見積もられています。原因は送電連系容量の不足(本州との連系は2.5GWに限られる)や、原子力発電の出力維持優先によるものです。

  • DSO事業の日本での法制度化(2022年~): 2022年4月より改正電気事業法が施行され、「電気配電事業(いわゆるDSO)」の免許制度が始まりました。一般送配電事業者が地域内の配電網の一部を他社へ移管・貸与して運用させることが可能で、DSOも周波数調整などの供給義務を負います。これは配電部門の更なる中立性確保と新規参入促進を目的としています。

  • シゼン・コネクトによる186台EVのVPP実証(2024年1月): 環境エネルギー企業シゼンエナジー傘下のシゼン・コネクト社は、経産省の補助事業で186台の家庭用電気自動車(V2H機器経由)を遠隔制御する大規模VPP実験を実施しました。同社プラットフォーム「Shizen Connect」により各EVの充放電を一括管理し、指令値に対する制御精度90%を達成しています。これは国内最大級のV2H活用例であり、再エネ大量導入時代における需要側資源制御の有効性を示しました。

  • エネルX社の需要レスポンス(DR)実績(2024年夏): イタリア系エネルXは日本の独立系アグリゲーター大手で、2024年4月開始の容量市場において約1GWの調整力契約を獲得しました。猛暑の2024年7~9月に計19日間の需給ひっ迫警報が発動され、エネルXは契約需要家に負荷抑制を要請し合計約7GWhの節電量を提供しています。これはVPP技術とデマンドレスポンスの有効性を実証し、日本の電力安定供給に貢献しました。

  • AI活用による需要予測・グリッド管理: アジア太平洋の再エネ専門家によるレポートでは、AIと大規模データ解析が電力需給の最適化に寄与する事例が多数紹介されています。中国では気象ビッグデータと機械学習により太陽光・風力予測精度が向上し、グリッド安定度が増したとされています。日本でもAIによる負荷平準化技術が一部スマートシティで導入され、シンガポールでは産業向けエネルギー最適化にAIを用いて排出削減を達成しています。

  • 先端的アルゴリズム研究の成果: 2025年発表の中国の研究では、グラフニューラルネットワーク(GNN)と遺伝的アルゴリズムを組み合わせることで、新しい配電網トポロジー最適化手法を提案。その結果、従来法に比べ配電ロス32.8%減・電圧偏差37.3%減という顕著な改善が報告されています。これはAIと最適化アルゴリズムの融合により配電効率を飛躍的に高められる可能性を示しています。

  • 政府提案のカーテイルメント対策(2023年案): 資源エネルギー庁は再エネの出力制御削減に向け「需要側・供給側・ネットワーク強化」の3本柱の対策をまとめました。需要側では家庭・産業への蓄電設備導入と昼間への需要シフト促進(料金割引など)、供給側では揚水発電の最大活用と火力最低出力の引き下げ、ネットワーク強化では太陽光集中地域での系統増強計画見直し等が盛り込まれています。これらは動的配電最適化の政策面の後押しとなる施策です。

  • 分散型電源の統合とDSOモデルの意義: 米国エネルギー企業のレポートによれば、家庭や事業所での太陽光やEV普及が進む中、ローカル資源の柔軟性を活かすことが低炭素電源を最大限利用し地域レジリエンスを高める鍵となると指摘されています。そのためにDSOモデルが台頭しており、DSOはリアルタイム運用・ローカル資源のスケジューリング・価値の可視化という3つの役割を担うと定義されています。これは本稿で述べた動的配電最適化の概念と合致するものです。

参考資料: 本記事執筆にあたり参照した文献・情報源の出典を示しています。それぞれ信頼性の高いレポート、論文、ニュースリリース等から客観的事実を引用しています。記事内の技術・数値・制度に関する記述は、これら出典に基づきファクトチェック済みです。今後も最新動向をウォッチし、必要に応じて情報をアップデートしてまいります。

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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