次世代地熱技術(超臨界・EGS・クローズドループ)が拓く未来 – 政策・技術・事業機会とは?

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

次世代地熱技術(超臨界・EGS・クローズドループ)が拓く未来 – 政策・技術・事業機会とは?

2025年7月21日(月) 最新版

序章:眠れる巨人の覚醒 – なぜ今、次世代地熱が日本のエネルギー安全保障の鍵となるのか

日本のエネルギー安全保障は、長年にわたり構造的な脆弱性を抱えてきた。

高いエネルギー輸入依存率、そして2011年の福島第一原子力発電所事故以降、複雑化する国内のエネルギー需給バランス。これらの課題が重くのしかかる中、日本は自国の足元に眠る、最大かつ最も活用されてこなかったエネルギー資源の再評価を迫られている。それが「地熱」である。

火山列島である日本は、世界第3位という膨大な地熱ポテンシャルを有する 1。しかし、その導入量は長らく停滞し、日本の総発電電力量に占める割合はわずか0.3%(2023年度)に過ぎない 1

この「眠れる巨人」が、今まさに覚醒の時を迎えようとしている。その原動力となっているのが、技術革新、政策的な要請、そして企業の戦略転換という三つの潮流の合流だ。

この変革の中核をなすのが「次世代型地熱技術」という新たなパラダイムである。

従来の地熱発電が、天然に存在する稀少な「蒸気だまり(地熱貯留層)」を探索する、いわば地質学的な“宝探し”であったのに対し、次世代型技術は発想を180度転換する。地下のどこにでも存在する膨大な「岩石の熱」そのものを利用対象とし、人工的にエネルギー回収システムを構築するのだ。

これにより、地熱開発は不確実性の高い「地質学的ギャンブル」から、予測可能性の高い「工学的チャレンジ」へとその本質を変えつつある 3

本レポートの目的は、この黎明期にある日本の次世代地熱セクターについて、360度の視点から高解像度な分析を提供することにある。

具体的には、EGS(高温岩体地熱発電)、クローズドループ方式、そして超臨界地熱という核心技術の原理と課題を解剖し、それらを後押しする政府の政策、特に2025年に本格始動した「次世代型地熱推進官民協議会」の役割を明らかにする。

さらに、国内外の先進事例をベンチマークとしながら、日本における事業機会と投資リスク、そして成功のために乗り越えなければならない社会的な課題、特に温泉との共存という長年の宿痾(しゅくあ)に至るまで、構造的に解析していく。2025年、日本のエネルギーの未来を左右する地熱ルネサンスの全貌が、ここにある。

第1章:従来型を超えて – 次世代地熱技術の徹底解剖

次世代地熱技術は、従来型の地熱発電が直面してきた「場所の制約」と「開発リスク」という二大障壁を根本から覆す可能性を秘めている。本章では、その中核をなす3つの技術、EGS(高温岩体地熱発電)、クローズドループ方式、そして超臨界地熱発電について、その原理、国内外の先進事例、そして日本特有の文脈における課題と可能性を徹底的に解剖する。

1.1. EGS(高温岩体地熱発電):熱き岩に命を吹き込む技術

EGS(Enhanced Geothermal Systems)は、地下に熱は豊富にあるものの、熱水を循環させるための天然の亀裂(透水性)がない高温の岩盤(高温岩体)をターゲットとする技術である。その概念は「熱のためのフラッキング(水圧破砕)」とも形容される。

原理とプロセス

EGSのプロセスは、まず高温岩体層に向けて数キロメートルの深さまで生産井と還元井と呼ばれる2本(以上)の坑井を掘削することから始まる。次に、還元井から高圧の水を注入し、岩盤内に人工的な亀裂ネットワークを造成、あるいは既存の閉じた亀裂を押し広げる。これにより、地下に人工的な「地熱貯留層」が創り出される。その後、還元井から注入された水がこの亀裂ネットワークを循環する過程で数百度の高温になり、蒸気または熱水として生産井から地上に取り出され、タービンを回して発電する。使用後の水は冷却され、再び還元井から地下に戻されるため、持続的な熱抽出が可能となる 4

グローバルベンチマーク:米国のFORGEプロジェクト

EGS技術開発の世界的中心地となっているのが、米国エネルギー省(DOE)が主導するユタ州の「FORGE(Frontier Observatory for Research in Geothermal Energy)」プロジェクトである 9。FORGEは、EGSに関連する掘削、貯留層造成、モニタリングといった一連の技術を実証し、商業化に向けたリスクを低減するための巨大な屋外実験場として機能している。特筆すべきは、米国が長年培ってきたシェールオイル・ガス開発の知見、すなわち水平掘削や水圧破砕といった非在来型資源開発技術が、EGSのコスト削減と効率向上に直接的に応用されている点である 10。この技術移転こそが、米国におけるEGS開発を加速させる最大の要因となっている。

日本の文脈と課題

日本でも過去に山形県の肘折などでEGSの実証実験が行われたが、商業化には至っていない 3。現在の日本においてEGSが直面する課題は、技術的なもの以上に、社会的な側面が色濃い。

  • 誘発地震リスク高圧注水が微小な地震を誘発する可能性は、EGS技術に内在するリスクである 12。世界有数の地震国である日本では、このリスクに対する社会的な許容度が極めて低い。たとえ人体に感じないレベルの微小地震であっても、「人工的に地震を引き起こす」という事実そのものが、地域住民の深刻な不安を招き、プロジェクトの頓挫に直結しかねない。これはEGSが日本で普及する上での最大の障壁、いわば「アキレス腱」と言える。

  • 逸水(いっすい)リスク:注入した水が、造成した亀裂ネットワークから漏れ出し、回収できなくなる「逸水」は、発電効率を著しく低下させる経済的なリスクである 6。複雑な地質構造を持つ日本では、このリスクコントロールが大きな課題となる。

  • 「フラッキング産業」の不在:米国と異なり、日本にはシェールガス開発のような国内の「フラッキング産業」が存在しない。これにより、最新の掘削技術や貯留層造成に関するノウハウ、そして熟練した技術者層といった、EGS開発に不可欠な産業エコシステムが欠如している。

これらの点を踏まえると、日本におけるEGSの成否は、単なる技術力の問題ではないことがわかる。米国で開発された技術をそのまま導入するだけでは不十分であり、日本の社会・地質的条件に特化したアプローチが不可欠だ。特に誘発地震リスクに対しては、徹底した事前地質調査、リアルタイムでの微小地震モニタリングシステムの構築と情報公開、そして地盤への影響を最小限に抑える低振動の貯留層造成技術(例えば、水圧破砕よりも穏やかな水圧刺激など)の開発が、「社会的実施権(ソーシャル・ライセンス)」を獲得するための絶対条件となるだろう。

1.2. クローズドループ方式(AGS):地球を巨大なラジエーターに変える

クローズドループ方式、またはAGS(Advanced Geothermal Systems)は、EGSとは全く異なるアプローチで地熱を利用する技術である。地下の地熱流体や岩盤と一切接触することなく、熱のみを伝導で回収する点が最大の特徴だ。

原理とプロセス

この方式は、地下に巨大な「熱交換器」を設置するイメージに近い。地上から地下の高温岩盤層まで、完全に密閉されたループ状のパイプ(坑井)を掘削する。そして、そのパイプ内に水やその他の熱媒体を循環させる。地下の高温部を通過する際に、熱媒体は岩盤からの伝導熱によってのみ加熱され、高温となって地上に戻り、その熱を利用してバイナリー発電などを行う。熱を放出して冷たくなった熱媒体は、再び地下に送られ、循環を続ける 14

この方式には、カナダのEavor(エバー)社が開発した「Eavor-Loop™」のように、U字管を多数連結させたような複雑なループを形成するタイプや、一本の坑井の中に内外二重の管を設置する同軸二重管方式(DCHE)など、複数の形態が存在する 18

グローバルベンチマーク:Eavor Technologies社

クローズドループ技術の商業化をリードしているのが、カナダのスタートアップ企業Eavor社である。同社はカナダ・アルバータ州での実証施設「Eavor-Lite™」の長期安定稼働に成功 19。現在はドイツのバイエルン州ゲレッツリートで、世界初となる商用規模のクローズドループ式熱電併給プラントの建設を進めている。このプロジェクトは、発電出力約8.2MW、熱供給出力約64MWを計画しており、地下約5,000mまで掘削する壮大なものである 17。重要なのは、このドイツのプロジェクトに、中部電力や鹿島建設といった日本の大手企業が資本参加し、さらに国際協力銀行(JBIC)がプロジェクトファイナンスを組成している点だ 17。これは、日本の産業界がこの技術をいかに有望視しているかの証左である。

参考:鹿島、カナダの地熱発電スタートアップに出資 革新的な開発力に期待 | 環境ビジネスオンライン 

日本の文脈と利点

クローズドループ方式は、日本の地熱開発が抱えてきた歴史的な課題を解決する上で、極めて大きな利点を持つ。これが、日本の大手企業がこぞってこの技術に注目する理由である。

  • 貯留層リスクの撲滅:従来型地熱やEGSでは、巨額の費用をかけて掘削しても、十分な蒸気や熱水が得られない「空振り」のリスクが常に伴った。クローズドループ方式は、高温岩盤さえ存在すれば熱を回収できるため、この探査・開発段階における地質学的な不確実性(貯留層リスク)を完全に排除できる 19

  • 環境・社会影響の最小化地下水や温泉水を一切汲み上げず、岩盤の破砕も行わないため、温泉資源への影響や誘発地震のリスクが極めて低い 7。これは、地熱開発における最大の社会的な障壁であった温泉事業者との対立や、地震への懸念を根本から回避できることを意味する。

トレードオフと今後の課題

もちろん、この技術にも課題はある。最大の課題は経済性だ。地下深部で複雑なループ状の坑井を掘削するには高度な技術と多額のコストがかかる。また、熱伝導のみに頼る間接的な熱回収は、EGSのように直接熱水に触れる方式に比べて熱効率が劣る可能性がある 1。日本の複雑で硬い地質に対応した掘削技術の確立と、掘削コストの抜本的な低減が、国内での普及に向けた鍵となるだろう。

近年の中部電力、鹿島、三井物産といった日本を代表する企業の相次ぐクローズドループ技術への投資は、単なる個別企業の判断を超えた、日本のエネルギー業界における戦略的なコンセンサス形成を示唆している。

これらの伝統的にリスク回避的な企業群は、EGSや従来型地熱に伴う制御不能な「地質学的・社会学的リスク」よりも、コストは高くとも予測・管理可能な「工学的リスク」を選択したと分析できる。これは、純粋な技術効率の最大化よりも、プロジェクトの確実性や地域社会との調和を重視する、日本特有の事業環境を深く理解した上での、極めて合理的な戦略的判断と言えるだろう。

1.3. 超臨界地熱発電:マグマの熱を直接狙う究極の挑戦

超臨界地熱発電は、次世代型地熱の中でも最も野心的で、長期的な視点に立った研究開発のフロンティアである。これは、地球内部の莫大なエネルギーの根源であるマグマに限りなく近づき、その熱を直接的に利用しようという壮大な試みだ。

原理とポテンシャル

物質は通常、温度と圧力を上げていくと液体から気体へと相転移する。しかし、ある一定の温度・圧力(臨界点)を超えると、液体と気体の区別がつかない「超臨界状態」という特殊な相になる。水の場合、臨界点は約374℃、22.1MPa(約218気圧)である。超臨界状態の水(超臨界水)は、液体のように物質を溶かす能力と、気体のように高い運動エネルギーと拡散性を併せ持つ、極めて高密度のエネルギー媒体となる 1

超臨界地熱発電は、地下4~5km、あるいはそれ以上の深部にあるマグマ溜まりの周辺に存在すると考えられている、温度400~500℃を超える天然の超臨界水を直接取り出し、その巨大なエネルギーを発電に利用するものである 3。そのポテンシャルは凄まじく、超臨界井1本あたりの発電量は、従来型地熱井の5倍から10倍に達する可能性があると試算されている 24。これが実現すれば、地熱発電の様相は一変するだろう。

グローバルベンチマーク:アイスランドの挑戦

この究極の地熱開発に世界で最も果敢に挑戦しているのが、火山活動が活発なアイスランドである。同国の「アイスランド深部掘削プロジェクト(IDDP)」や「クラフラ・マグマ・テストベッド(KMT)」は、実際に地下深部で超臨界状態の流体や、さらにはマグマそのものに到達することに成功している 24。これらのプロジェクトは、超臨界地熱資源が実在することを証明した一方で、その極限環境がいかに過酷であるかも浮き彫りにした。超高温・高圧・高腐食性の流体により、掘削機器や坑井ケーシング、バルブなどが深刻なダメージを受け、安定的な熱抽出には至っていないのが現状である 24

日本の文脈と研究開発

日本はプレートの沈み込み帯に位置する火山大国であり、その地質的特性から、世界の他の地域に比べて比較的浅い深度で超臨界地熱資源に到達できる可能性があると指摘されている 3。この地理的優位性を背景に、産業技術総合研究所(AIST)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)といった公的研究機関が、超臨界地熱の資源量評価や要素技術開発を主導している 4

技術的課題の巨壁

超臨界地熱の商業化への道は、極めて険しい。克服すべき技術的課題は多岐にわたる。

  • 超大深度・超高温掘削技術:5kmを超える大深度を、500℃以上の超高温環境下で安定的に掘削する技術は、現在の掘削技術の限界を押し広げる挑戦である 23

  • 極限環境対応材料:超臨界水は高い溶解性と腐食性を持ち、時に強酸性を示す 6。このような過酷な環境に長期間耐えうる坑井ケーシング、セメント、センサー、バルブといった部材の開発が不可欠である 12

  • 資源特性の解明:地下深部の超臨界地熱貯留層がどのような形状で、どの程度の規模で存在し、どのように流動するのか、その実態はまだほとんど解明されていない 6

これらの課題を鑑みれば、超臨界地熱は短期的な商業化を目指すものではなく、日本のエネルギー技術における「ムーンショット(壮大な挑戦)」と位置づけるのが適切だろう。しかし、この挑戦には単なる国内エネルギー確保以上の意味がある。

日本は従来型の地熱発電タービンで世界シェアの約7割を握るなど、高い製造技術とエンジニアリング能力を持つ 30。もし日本が世界に先駆けて超臨界地熱技術を確立できれば、それは国内のエネルギー自給率を飛躍的に高めるだけでなく、プラント設備や運転ノウハウを世界に輸出する、新たな巨大産業の創出に繋がる可能性がある。これは、日本の将来の産業競争力を左右する、地政学的な意味合いをも含んだ戦略的研究開発なのである。

第2章:政策というエンジン – 日本はいかにして地熱ルネサンスを演出しようとしているか

技術の進歩だけでは、地熱ルネサンスは起こらない。長年の停滞を打ち破るには、市場の失敗を是正し、規制の岩盤を動かす強力な政策的リーダーシップが不可欠である。日本政府は今、その役割を果たすべく、新たな官民連携の枠組みを構築し、地熱開発を国家戦略の中心に据えようとしている。

2.1. 「次世代型地熱推進官民協議会」の羅針盤

2025年4月、日本の地熱開発史における画期的な組織が発足した。経済産業省が主導する「次世代型地熱推進官民協議会」である。電力会社、ゼネコン、石油開発会社、金融機関、研究機関など、70を超える主要なプレーヤーが一堂に会するこの協議会は、日本の地熱政策が新たな段階に入ったことを象徴している 1

その使命は、これまで個別のプロジェクトや研究として点在していた次世代地熱技術開発の取り組みを、国家レベルの統一された戦略の下に統合することにある。具体的には、2030年代の早期実用化、そして2040年以降の国内外での本格普及という野心的な目標を掲げ、その達成に向けた技術開発のロードマップ、実証プロジェクトの推進計画、そして必要な制度設計を策定する 4

この協議会は、単なる意見交換の場ではない。政府が明確なビジョンと目標を示し、民間企業が持つ技術力と事業化ノウハウを結集させ、JOGMECなどの公的機関が資金的・技術的支援を提供する。このように、官民の役割を明確化し、一体となって目標達成を目指す「産業政策のオーケストレーター」としての機能こそが、この協議会の本質的な価値である。政府は、この枠組みを通じて、次世代技術によって日本の地熱ポテンシャルが現状の4倍以上に拡大する可能性を見据えている 4

2.2. JOGMECの役割:リスクという名の谷を埋める

民間企業が地熱開発に二の足を踏む最大の理由、それは初期段階におけるあまりにも高いリスクである。地下の様子は掘ってみなければわからず、多額の調査・掘削費用を投じても、事業化に見合う蒸気が得られなければ、その投資はすべて水の泡となる 31。この「開発リスクの壁」を取り払い、民間投資を呼び込むための重要な役割を担うのが、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)である。

2024年11月に策定された「地熱開発加速化パッケージ」に基づき、JOGMECの役割は抜本的に強化された 1。その核心は、JOGMECが自ら「リスクマネー」を投じて、開発の最上流工程を担うことにある。具体的には、民間単独では参入が困難な国立公園内などの未開拓地域において、JOGMECが主体となって地表調査や試掘調査(ボーリング調査)を実施し、有望な資源の存在を確認する。そして、その調査結果を事業化を希望する民間企業に提供することで、企業側は最も不確実性の高い初期リスクを回避し、有望な地点から開発をスタートできる 32

これは、地熱開発の事業モデルを根本から変える取り組みだ。JOGMECが公的資金を用いてリスクの大きな「谷」を埋めることで、民間企業は投資判断を格段に行いやすくなる。さらにJOGMECは、開発資金の融資に対する債務保証、最新の探査・掘削技術の開発と提供、そして業界全体で不足している地熱技術者の育成まで、多岐にわたる支援メニューを用意し、地熱開発のエコシステム全体を底上げする役割を担っている 32

第3章:投資ケースの検証 – 事業機会とリスクの構造

次世代地熱技術が日本のエネルギー地図を塗り替える可能性を秘めていることは明らかだが、それが絵に描いた餅で終わるか、現実のビジネスとして花開くかは、その事業性にかかっている。本章では、企業の具体的な戦略、プロジェクトの経済性、そして最大の難関である資金調達の構造を分析し、次世代地熱の投資ケースを検証する。

Table 1: 次世代地熱技術の比較分析

特徴 EGS(高温岩体地熱発電) クローズドループ方式(AGS) 超臨界地熱発電
基本原理 高温岩体に高圧注水し、人工的な亀裂網(貯留層)を造成。水を循環させて熱を回収。 地下に密閉されたループ状のパイプを設置。内部の熱媒体を循環させ、伝導熱のみを回収。 マグマ近傍の超高温・高圧の「超臨界水」を直接利用。
開発段階 実証段階 商業化初期段階 基礎研究・実証段階
理想的な地質 透水性の低い高温岩体 場所を選ばない(高温岩盤があれば可) マグマ溜まり近傍の火山地帯
坑井あたりの出力 従来型と同等~数倍 従来型より低い~同等 従来型の5~10倍
主要な技術課題 誘発地震の制御、逸水リスクの低減、貯留層造成技術の確立。 大深度・複雑形状の掘削コスト、熱交換効率の向上、日本の地質への最適化。 超大深度・超高温掘削技術、極限環境対応の部材開発、資源の挙動解明。
主要な事業リスク 社会的受容性(誘発地震への懸念)、貯留層造成の成否。 高い初期投資(掘削コスト)、採算性。 技術的実現可能性、天文学的な開発コストとリスク。
環境影響プロファイル 誘発地震のリスク(中~高)、地下水への影響リスク(低~中)。 誘発地震のリスク(極低)、地下水への影響(ほぼゼロ)。 坑井からのガス放出リスク、掘削時の環境負荷。
代表的な海外事例 米国 FORGEプロジェクト カナダ Eavor社(ドイツで商用プラント建設中) アイスランド IDDP、KMTプロジェクト

この比較表は、各技術の戦略的なトレードオフを明確に示している。EGSは高いポテンシャルを持つが社会・地質リスクが大きく、超臨界は究極の目標だが技術的ハードルが極めて高い。一方でクローズドループ方式は、初期コストは高いものの、リスクが工学的な課題に限定されるため、予測可能性と事業の確実性を重視する日本の大手企業にとって、現時点で最も合理的な選択肢となっていることが理解できる。

3.1. 企業戦略の最前線:合従連衡で未来を拓く

日本の次世代地熱開発は、単独企業によるプロジェクトではなく、国内外の企業がそれぞれの強みを持ち寄る「合従連衡」によって推進されているのが大きな特徴である。

ケーススタディ1:中部電力・鹿島建設 + Eavor社

電力大手の中部電力と、建設最大手の鹿島建設が、それぞれカナダのEavor社に出資した動きは象徴的である 19。これは、ユーティリティ企業とインフラ企業が、クローズドループという最先端かつリスクプロファイルの明確な技術へのアクセスを確保するための戦略的投資だ。特に、Eavor社がドイツで進める世界初の商用プロジェクトに参画することで、両社は日本国内で大規模開発に着手する前に、比較的低リスクな形で商業運転のノウハウを蓄積することができる。これは、将来の国内展開を見据えた、極めて周到な学習戦略と言える 21

ケーススタディ2:三井物産・三井石油開発 + Chevron社

総合商社の三井物産とその中核事業会社である三井石油開発(MOECO)が、米石油メジャーのChevron社と提携し、北海道ニセコ地域で先進的なクローズドループ技術(ACL技術)の実証試験を開始した 48。このアライアンスは、Chevronが持つ世界最先端の石油・ガス掘削技術と地熱に関する知見、三井物産グループが持つグローバルなプロジェクト開発・資金調達能力、そしてMOECOが持つ国内での資源開発経験という、三者の強みを組み合わせた理想的な布陣である。国際的な技術力と国内事情への精通を両立させることで、開発の成功確率を最大化しようという狙いが明確に見て取れる。

ケーススタディ3:INPEXの国内深耕戦略

日本最大の石油・天然ガス開発企業であるINPEXは、自社が長年培ってきた探査・生産(E&P)技術というコアコンピタンスを、国内の地熱開発に直接的に展開する戦略を採っている。秋田県湯沢市や岐阜県高山市などで進めるプロジェクトは、特定の次世代技術に固執するのではなく、有望な資源が存在する地域で最適な開発手法を追求する、資源本位のアプローチである 52。これは、自社の強みを最大限に活かした、着実な国内事業ポートフォリオの構築を目指す戦略と言える。

3.2. 経済性のリアル:LCOE(均等化発電原価)と収益性

プロジェクトの成否を最終的に決定するのは、その経済性である。次世代地熱は、他の電源と比較して競争力を持つのだろうか。

グローバルな競争力

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の分析によれば、地熱発電の経済性は非常に高い。2022年に新たに運転を開始した世界の地熱発電所の加重平均LCOE(均等化発電原価:発電所の生涯にわたる総費用を、生涯発電量で割ったもの)は、1キロワット時(kWh)あたり0.056ドル(約8.7円)と、多くの国で新設の化石燃料発電所よりも安価である 56。さらに重要なのは、その設備利用率(キャパシティファクター)が平均で85%に達するという点だ 56。天候に左右される太陽光(約15-20%)や風力(約20-40%)とは異なり、24時間365日安定して稼働できる「ベースロード電源」としての価値は極めて高く、電力系統の安定化に大きく貢献する 1

日本のコスト構造とFIT制度

JOGMECが実施した国内でのクローズドループ方式のLCOEシミュレーションによると、現時点でのコストは世界の平均よりも高くなる傾向にある 59。これは、国内の高い掘削コストや、まだ技術が成熟していないことなどが要因である。しかし、このシミュレーションは同時に、掘削技術の革新(ラーニングカーブ効果)やプロジェクトの規模拡大によって、コストが大幅に低下していく道筋も示している。

そして、この初期段階における高いコストを吸収し、事業者の投資を後押ししているのが、日本の固定価格買取制度(FIT)である。例えば、出力15,000kW未満の地熱発電所の場合、発電した電力を1kWhあたり40円(税抜)という高い価格で20年間(2024年度時点)電力会社に買い取ってもらえる 2。この制度が、初期プロジェクトの収益性を保証する「セーフティネット」として機能し、民間資金を呼び込む上で決定的な役割を果たしている。

3.3. ファイナンスの壁:「死の谷」を越えるための処方箋

次世代地熱プロジェクトが直面する最大の経営課題は、資金調達、特に開発初期段階のファイナンスである。

「死の谷」の存在

地熱開発は、地表調査から始まり、試掘、噴気試験を経て、ようやく発電所の建設に至るという、10年以上に及ぶ長いリードタイムを要する 31。この間、収益は一切なく、巨額の費用だけが発生し続ける。特に、商業的な成功が保証されていない探査・掘削段階は、投資が全額回収不能になるリスクが非常に高く、金融機関が融資を躊躇する「死の谷(Valley of Death)」と呼ばれている 61。伝統的なプロジェクトファイナンス(事業の将来キャッシュフローを返済原資とする融資)は、この段階では機能しない。

この資金調達の「死の谷」をいかにして乗り越えるか。その答えは、リスクの度合いに応じて異なる性質の資本を組み合わせる、多段階の「ブレンデッド・ファイナンス(Blended Finance)」の構築にある。

まず、最もリスクが高い最上流の探査・初期掘削段階は、損失を許容できる資本、すなわち政府による補助金・助成金(JOGMECの調査事業がこれにあたる 32)と、戦略的なリターンを狙う企業の自己資本(エクイティ)によって賄われる。中部電力や三井物産による海外技術への出資は、この戦略的エクイティ投資の典型例だ 45

次に、噴気試験などで有望な資源が確認され、事業の成功確率が格段に高まった段階で、初めて金融機関の融資(デット)が可能になる。そして、発電所が完成し、FIT制度によって安定的なキャッシュフローを生み出すようになれば、リスクは大幅に低下し、より低利なリファイナンスやインフラファンドへの売却なども視野に入ってくる。

Eavor社のドイツプロジェクトに対して、JBICやNEXI(日本貿易保険)が欧州の金融機関と協調して融資を行っている事例は、まさにこの後の段階のファイナンスの青写真である 21。日本の次世代地熱を成功させるためには、この「探査(公的資金+自己資本)→開発・建設(公的・民間融資)→操業(安定収益)」という一連のファイナンシャル・サプライチェーンを、国内プロジェクトにおいても意識的に構築していくことが不可欠なのである。

第4章:社会の受容性 -「NIMBY」から「EIMY」への転換

技術的な課題を克服し、経済的な採算性が見えたとしても、それだけでは地熱開発は成功しない。最後の、そして最大の関門は「社会の受容性」である。特に、温泉との共存という長年の課題を乗り越え、地域社会から「迷惑施設(NIMBY: Not In My Back Yard)」ではなく、「歓迎される資産(EIMY: Energy In My Yard)」として受け入れられるための新たなパラダイムが求められている。

4.1. 温泉との共存:対立から協調への新モデル

日本の地熱開発の歴史は、温泉事業者との対立の歴史でもあった。地熱開発が源泉に与える影響への根強い懸念は、多くのプロジェクトを停滞・頓挫させてきた 39。この根深い不信と対立の構造を、協調と共存のモデルへと転換させるためには、以下の三つの柱からなる新たなアプローチが不可欠である。

  1. 科学と透明性:感情論や憶測ではなく、客観的な科学的データに基づいて対話を行うことが全ての出発点となる。そのためには、開発事業者とは独立した第三者機関が、開発前から開発後まで継続的に温泉の湯量・湯温・泉質をモニタリングし、そのデータをリアルタイムで地域社会に公開する仕組みを制度化することが求められる。これにより、情報の非対称性をなくし、信頼醸成の土台を築く 42

  2. 対話とガバナンス:科学的データという共通言語を得た上で、地熱事業者、温泉事業者、地域住民、そして行政が参加する公式な協議の場を、開発の可及的速やかな段階で設置することが重要である。ここでは、地方自治体が公平な仲介役として機能し、継続的な対話を通じて相互理解を深め、懸念事項への対策やルール作りを共同で行う 43

  3. 利益の共有:対立を乗り越える最も効果的な方法は、利害を一致させることである。地熱開発が、温泉事業者にとって単なるリスクではなく、明確なメリットをもたらす事業モデルを構築する必要がある。万が一の際の損害補償制度の整備はもちろんのこと、後述する「カスケード利用」によって生まれる新たな事業機会を、温泉事業者や地域社会と共有することが、真のパートナーシップを築く鍵となる。

4.2. 価値創造の切り札:カスケード利用と地域振興

「カスケード利用(多段階利用)」は、地熱開発の価値を最大化し、地域との共存を実現するための切り札である。これは、発電に利用した後の、まだ温度の高い熱水(通常70℃~100℃程度)を、捨てることなく様々な産業に多段階で活用する考え方64

カスケード利用は、地熱発電所を単なる発電施設から、地域経済を潤す「エネルギーと産業のハブ」へと変貌させる力を持つ。具体的なビジネスモデルは多岐にわたる。

  • 施設園芸(アグリカルチャー):発電後の熱水で温室を暖房し、トマトやパプリカ、ハーブ、花卉といった高付加価値作物を栽培する。これにより、冬場の暖房に要する化石燃料コストを劇的に削減し、年間を通じた安定生産が可能になる。大分県の滝上地熱発電所や北海道の森地熱発電所周辺では、実際に熱水を利用した園芸ハウスが運営されている 42

  • 陸上養殖(アクアカルチャー):温暖な環境を好むエビやティラピア、チョウザメといった高級魚介類の養殖に熱水を利用する。これにより、本来は輸入に頼る食材を国内で生産し、新たな地域特産品を創出できる。福島県の土湯温泉で、バイナリー発電の排熱を利用して「つちゆ湯愛(ゆめ)エビ」というブランドエビの養殖に成功し、観光資源化まで実現している事例は、このモデルの大きな可能性を示している 66

  • 地域インフラと観光:熱水を地域の旅館や家庭への給湯(地域暖房)、道路の融雪、食品加工(低温殺菌や乾燥)などに供給する。また、エビの釣り堀カフェのように、カスケード利用から生まれた事業そのものが新たな観光の目玉となり、地域に人を呼び込む 65

このカスケード利用の持つ本質的な重要性は、それが地域社会と開発事業者の関係性を根本的に変える点にある。ある論文のゲーム理論的分析が示すように、地域住民が地熱開発を「受け入れる」という選択をするためには、開発によってもたらされる便益が、懸念される不利益を明確に上回る必要がある 42金銭的な補償は、時に「迷惑料」と受け取られ、かえって不信感を深めることさえある。

それに対し、カスケード利用は、地域に「恒久的な事業」を生み出す。それは、地元の農家が低コストの熱エネルギーを使って新たなビジネスを始めることを可能にし 65、地域が所有する会社が新たな雇用と観光名所を創出することを助ける 66。このように、地熱プロジェクトを地域経済に不可欠な基幹インフラとして位置づけることで、開発事業者と地域社会の利害は根本的に一致する。これこそが、NIMBY(迷惑施設)の壁を乗り越え、EIMY(歓迎される資産)への転換を成し遂げるための、最も確実で創造的な道筋なのである。

第5章:未来への道筋 – 日本の地熱を加速させるための戦略的提言

本レポートで展開してきた分析は、日本の次世代地熱が、技術、政策、ビジネスモデルの三位一体の変革によって、まさに離陸の寸前にあることを示している。しかし、このポテンシャルを完全に解き放ち、2040年に向けたエネルギー安全保障と脱炭素化の確固たる柱とするためには、残された課題を克服し、さらに変革を加速させるための戦略的な行動が不可欠である。本章では、そのための具体的な提言をまとめる。

5.1. 根源的課題の特定:ボトルネックはどこにあるか

これまでの分析を統合すると、日本の地熱開発を阻む根源的なボトルネックは、純粋な技術的問題というよりも、以下の三つの相互に関連した構造的な課題に集約される。

  1. ファイナンスの壁:開発初期の探査・掘削段階における「高リスク・高コスト・無収益」という特性が、民間資金の流入を阻む最大の障壁となっている(第3章参照)。

  2. 規制の迷路:地熱開発が「温泉法」「自然公園法」「森林法」など、目的の異なる複数の法律の狭間に置かれ、許認可プロセスが長期化・複雑化している(第2章参照)。

  3. 社会の壁:温泉への影響や誘発地震への懸念から生じる地域社会の反対運動。その根底には、科学的な不確実性に加え、事業者への不信感と、開発メリットが地域に還元されないという認識がある(第4章参照)。

これらのボトルネックは、次世代技術の登場によって緩和されつつあるが、真の加速化のためには、より踏み込んだ制度設計と事業モデルの革新が求められる。

5.2. 政策立案者への提言

提言1:「地熱開発基本法」の制定

現行の縦割り規制を抜本的に見直し、地熱をエネルギー安全保障と地域振興に資する「戦略的国家資源」と明確に位置づける、新たな「地熱開発基本法」の制定を提言する。この法律は、温泉法や自然公園法など関連法規との関係を整理し、許認可プロセスを一本化・迅速化する「ワンストップ窓口」の法的根拠となるべきである。これにより、事業者の予見可能性を高め、開発リードタイムを大幅に短縮することが可能となる 42。法律には、科学的モニタリングの義務化や、地域協議会の設置、利益還元策の指針なども盛り込み、開発と保護のバランスを確保する枠組みを構築する。

提言2:国内版「プロジェクトファイナンス・イニシアチブ」の創設

海外プロジェクトで成功しつつある金融支援モデルを、国内の次世代地熱プロジェクトにも適用する。JOGMEC、JBIC、NEXIが連携し、国内開発に特化した「プロジェクトファイナンス・イニシアチブ」を立ち上げることを提言する。このイニシアチブは、探査段階のリスクマネー供給から、建設段階のプロジェクトファイナンス組成、そして運転開始後のリファイナンスまで、事業の各段階に応じた標準的な金融パッケージを開発・提供する。これにより、特に資金調達力に課題を抱える中堅・新規参入事業者でも、大規模な次世代地熱開発に挑戦できる環境を整備する 21

5.3. 投資家・開発事業者への提言

提言3:「共創開発モデル」の標準化

従来の「開発事業者が主導し、地域に説明・補償する」というトップダウン型モデルから脱却し、「地域と共に新たな価値を創造する」という「共創開発モデル」への転換を提言する。具体的には、プロジェクトの計画段階からカスケード利用による地域産業振興策を不可分一体のものとして設計する。例えば、カスケード利用事業を担う特別目的会社(SPC)を設立し、その株式の一部を地元の温泉組合や自治体、地域住民が出資する農業法人などが保有する仕組みを導入する。これにより、地熱発電所を「地域のエネルギー・産業ハブ」と位置づけ、地域社会を単なるステークホルダーから、事業の成功を共有する真のパートナーへと昇華させる 42

提言4:技術ポートフォリオ戦略の採用

現時点では、リスクプロファイルの観点からクローズドループ方式が最も有望な商業化の選択肢である。しかし、技術の進化は速い。企業は、クローズドループへの集中的な投資と並行して、技術ポートフォリオ戦略を維持することが賢明である。具体的には、国内外の研究コンソーシアムや大学との連携を通じて、EGSや超臨界地熱に関する研究開発動向を常にモニターし、少額でも関連する実証プロジェクトに関与し続ける。これにより、将来の技術的ブレークスルーが起きた際に、迅速に次の波に乗ることができる体制を整えておくべきである。

5.4. 2040年に向けたビジョン

これらの戦略的提言が実行に移された時、2040年の日本の姿は大きく変わっているだろう。

そこでは、国産のクリーンな地熱エネルギーが、天候に左右されない安定したベースロード電源として、電力系統の根幹を支えている

かつて人口減少と産業の衰退に悩んだ中山間地域は、地熱の熱を利用した最先端の農業や養殖業、データセンターなどで活気を取り戻し、エネルギーの地産地消と新たな雇用が生まれている

そして日本は、過酷な地質条件を克服して確立した世界最先端の次世代地熱技術とプラントを、世界中の国々へ輸出する「地熱大国」としての地位を確立している。

眠れる巨人の覚醒は、単なるエネルギー転換ではない。それは、日本の産業競争力を再定義し、地方創生を実現し、真のエネルギー自給を達成するための、国家的なルネサンスなのである。その未来への扉は、今、開かれようとしている。

FAQ(よくある質問)

Q1: 次世代地熱は本当に従来型より優れているのですか?

A1: 「優れている」点は目的によります。従来型は、良い蒸気だまりを見つけられれば経済性に優れます。一方、次世代型(特にクローズドループ方式)は、天然の蒸気だまりがない場所でも開発可能で、温泉への影響や地震リスクが極めて低いという大きな利点があります。これにより、開発可能なエリアが飛躍的に広がり、社会的な合意形成も容易になるため、日本の状況には非常に適していると言えます 7

Q2: 地熱発電は地震を誘発しませんか?

A2: 技術によります。EGS(高温岩体地熱発電)は、高圧の水を注入して岩盤に亀裂を作るため、微小な地震を誘発するリスクが指摘されています 12。一方、クローズドループ方式は、密閉された管内で水を循環させるだけで岩盤の破砕を行わないため、誘発地震のリスクは極めて低いと考えられています 17。超臨界地熱も、天然の流体を利用するため、EGSのようなリスクは低いとされます。日本の事業者がクローズドループ方式を重視している背景には、この地震リスクの低さがあります。

Q3: 温泉が枯れたり、影響を受けたりする心配はありませんか?

A3: これが日本の地熱開発における最大の懸案事項です。従来型の地熱発電では、地下の熱水系を共有している場合に影響が出る可能性が否定できませんでした 39。しかし、クローズドループ方式は地下水や温泉水を一切利用しないため、このリスクを根本的に回避できます 17。EGSや超臨界地熱でも、温泉水脈よりはるかに深い層を開発対象とするため、適切な調査と管理を行えば影響は限定的とされますが、地域との丁寧な対話と科学的なモニタリングが不可欠です 43

Q4: なぜ日本の大手企業は海外の技術に投資しているのですか?

A4: 次世代地熱技術、特にクローズドループ方式やEGSの商業化に向けた大規模な実証では、カナダのEavor社や米国のエネルギー省などが先行しています 17。日本の企業は、これらの先行企業に出資・提携することで、①最先端の技術やノウハウへ迅速にアクセスし、②自社でゼロから開発する時間とリスクを削減し、③海外での商業プロジェクトに参画することで、日本での本格展開前に運転経験を積む、というメリットを得ています。これは、グローバルな知見を効率的に獲得するための合理的な戦略です 45

Q5: 開発には何年くらいかかりますか?コストはどのくらいですか?

A5: 従来型の地熱発電では、調査開始から運転開始まで10年~15年かかることも珍しくありませんでした 31。次世代型技術は、探査リスクが低い分、このリードタイムを短縮できると期待されています。コストは非常に高額で、特に地下数kmまで掘削する費用が大部分を占めます。プロジェクトの規模や深度によりますが、大規模な発電所では数百億円規模の初期投資が必要になる場合があります 12。ただし、一度完成すれば燃料費が不要で、長期にわたり安定的に低コストで発電できるのが大きな魅力です。

Q6: 日本の地熱ポテンシャルは世界で3位なのに、なぜ開発が遅れているのですか?

A6: 主に3つの理由が挙げられます。第一に、ポテンシャルの約8割が国立公園内にあり、自然保護の観点から開発が厳しく規制されてきたこと 2。第二に、日本が温泉大国であるため、温泉事業者との合意形成が非常に難しかったこと 40。第三に、掘削の失敗リスクが高く、巨額の初期投資が必要なため、民間企業が投資に踏み切れなかったこと 31。現在、これらの課題を解決するために、規制緩和、次世代技術の導入、そして官民連携によるリスク低減策が一体となって進められています。

ファクトチェック・サマリー

本レポートの主要な結論は、以下の客観的な事実とデータに基づいています。

  • 日本の地熱ポテンシャル:世界第3位。従来型で約2,350万kW、次世代型技術の適用により7,700万kW以上に拡大する可能性が示されている 1

  • 政府目標:2040年代までに地熱発電の比率を現状の0.3%から1~2%へ拡大。次世代技術は2030年代の早期実用化を目指す 1

  • クローズドループ技術:カナダEavor社がドイツで建設中の商用プラントは、発電出力約8.2MW、熱出力約64MWを計画。掘削深度は約5kmに達する 17

  • EGS技術:米国エネルギー省は、EGSの発電コストを2035年までに90%削減し、国内で9,000万kWの電源を開発する目標を掲げている 70

  • 超臨界地熱技術:アイスランドの研究では、従来型に比べ坑井1本あたりの発電量が10倍になる可能性が示唆されている 24

  • 経済性:IRENAの報告によると、2022年の新規地熱プロジェクトのLCOE(均等化発電原価)は世界平均で$0.056/kWh。設備利用率は85%と極めて高い 56

  • 企業連携:中部電力・鹿島とEavor社、三井物産・Chevron社など、日本の大手企業が海外の先進技術企業と提携し、クローズドループ技術の実用化を推進している 19

  • 主要障壁:10年を超える開発期間と高い初期投資リスク、国立公園法・温泉法に起因する規制・社会的な合意形成の困難さが、長年の開発停滞の要因であった 31

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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