水素経済を推進する世界各地で進行中の30以上の先進的な水素プロジェクトまとめ(国家プロジェクト、コンソーシアム、スタートアップ、革新技術等)

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

むずかしいエネルギーをかんたんに
むずかしいエネルギーをかんたんに

水素経済を推進する世界各地で進行中の30以上の先進的な水素プロジェクトまとめ(国家プロジェクト、コンソーシアム、スタートアップ、革新技術等)

Part 1: グローバル水素ランドスケープ – 技術と事業アーキテクチャ

世界のエネルギーシステムが脱炭素化へと向かう中、水素は特に電化が困難なセクターにおいて中心的な役割を担うエネルギーキャリアとして浮上しています。この新しい経済圏の成功は、革新的な技術、銀行融資可能な(バンカブルな)事業モデル、そして効果的な政策支援という3つの柱にかかっています。

本章では、現代の水素経済を支える技術的・金融的基盤を解き明かし、続く事例分析の基礎となる文脈を提供します。プロジェクトの実行可能性と収益性を決定づける核心的要素に焦点を当て、詳細な分析を展開します。

Section 1.1: 水素技術の最前線:製造、貯蔵、輸送

水素経済の実現は、バリューチェーン全体にわたる技術革新にかかっています。ここでは、低炭素水素の主要な製造経路、製造コストを根底から覆す破壊的技術、そして国際的な水素貿易を可能にする貯蔵・輸送技術の最新動向を詳述します。

グリーン水素とブルー水素の経路

低炭素水素の製造方法は、主に「グリーン」「ブルー」の2つに大別されます。この区別は、各地域の戦略やコスト構造を決定づける上で極めて重要です 1

グリーン水素は、太陽光や風力などの再生可能エネルギー(再エネ)を利用して水を電気分解(電解)することで製造されます 3このプロセスでは二酸化炭素()が排出されないため、究極のクリーンエネルギーと見なされており、特に欧州連合(EU)では最優先事項と位置づけられています 3

一方、ブルー水素は、天然ガスを主原料とし、水蒸気メタン改質(SMR)や自己熱改質(ATR)といったプロセスを経て製造されます。この過程で発生するを回収・貯留(CCS)技術によって捕捉することで、排出量を大幅に削減します 1豊富な天然ガス資源を有する北米などの地域では、既存のインフラを活用できるブルー水素が現実的な移行経路として追求されています 2

電解装置技術 – グリーン水素の心臓部

グリーン水素製造のコストと効率は、電解装置の性能に大きく依存します。現在、主要な3つの技術が市場での優位性を競っています。

  • アルカリ水電解(AWE): 最も成熟し、現在最もコスト効率の高い技術です。しかし、出力変動への応答性が比較的低いため、変動性の高い再エネとの直接連携には課題が残ります 5

  • プロトン交換膜(PEM)形: 優れた動的応答性とコンパクトな設計を特徴とし、太陽光や風力発電との直接連携に最適です。従来は設備投資(CAPEX)が高いとされてきましたが、技術革新によりコスト削減が進んでいます 8

  • 固体酸化物形電解セル(SOEC): 産業排熱などを利用することで、3つの技術の中で最も高いエネルギー効率を達成できます。ただし、商業的な成熟度は他の2つに比べて低い段階にあります 6

コストカーブを再構築する破壊的スタートアップ

革新的な技術を持つスタートアップ企業が、グリーン水素の経済性を根本から変えようとしています。これらの企業は、単なる部品改良ではなく、システム全体のアーキテクチャを再設計することで、コスト削減と効率向上を両立させています。

  • Hysata(オーストラリア): 同社の中核技術は、毛細管現象を利用して電解液を供給する「キャピラリー供給電解槽」です。これにより、従来の電解槽で一般的だった約75%のシステム効率を、前例のない95%(水素1kgあたり41.5 kWh)にまで高めることに成功しました。運転コストの大部分を占める電力消費を直接的に削減する、画期的なイノベーションです 5

  • Electric Hydrogen(米国): 産業規模の脱炭素化に焦点を当て、完全に統合された100MW規模の電解プラント「HYPRPlant」を提供しています。設計を標準化し、構成要素をプレハブ化する「製品としてのプラント」アプローチにより、現地での建設コストと期間を大幅に削減し、総設置コストを最大60%低減します 14

  • Hystar(ノルウェー): 標準的なPEM膜より90%薄い超薄膜技術を開発しました。これにより、同じスタックサイズでより高い電流密度での運転が可能となり、水素生産量を増加させると同時に、高価な触媒など重要原材料の使用量を削減できます 14

  • HiiROC(英国): 水電解を完全に回避し、メタンの熱プラズマ分解によって「ターコイズ水素」と、価値ある副産物である固体炭素(カーボンブラック)を生成します。このプロセスは水電解よりも大幅に少ない電力で済み、を排出しません 14

これらの企業の動向は、技術革新の主戦場が個々の部品の性能向上から、システム全体の最適化へと移行していることを示唆しています。顧客が直面している課題は「電解装置が欲しい」ということではなく、「コスト競争力があり、信頼性の高いグリーン水素が欲しい」ということです。Electric Hydrogenのように、補機類(電力変換器、水処理装置、圧縮機など)をあらかじめ統合したターンキーソリューションを提供することで、顧客側のプロジェクト実行リスクと複雑性を低減するビジネスモデルそのものが、技術革新と同等に重要となっています。日本のエネルギー事業者や自治体が調達戦略を立てる際には、電解装置単体の価格だけでなく、システム全体の設置・運転コストを評価することが不可欠です。

技術 成熟度(TRL) システム効率(kWh/kg) 動的応答性 CAPEX (€/kW) 主な利点 主な課題 主要メーカー/スタートアップ
アルカリ水電解(AWE) 9 49-60 500-1100 低CAPEX、高い耐久性、成熟した技術 低い電流密度、変動性再エネとの連携に課題 Thyssenkrupp, Nel, HYGN Energy
プロトン交換膜(PEM) 8-9 55-68 700-1400 高い動的応答性、コンパクト、高純度水素 高価な触媒(Pt, Ir)への依存、膜の耐久性 Siemens Energy, Cummins (Accelera), Hystar, Electric Hydrogen
固体酸化物形電解セル(SOEC) 6-7 40-50(排熱利用時) 1100-1800 最高のエネルギー効率、可逆運転(発電)可能 高温運転(700-850℃)、耐久性、高いCAPEX Bloom Energy, Topsoe, Sunfire

日本のようにエネルギー資源に乏しい国にとって、安価な水素を海外から大量に輸送する技術は国家戦略の根幹をなします。圧縮水素や液体水素が抱える安全上・コスト上の課題を克服する新技術が実用化の段階に入っています。

  • Hydrogenious LOHC Technologies(ドイツ): 同社が開発した液体有機水素キャリア(LOHC)技術は、水素を不燃性の熱媒体油(ベンジルトルエン)に化学的に結合させます。これにより、常温・常圧の液体として、既存の石油タンカーや貯蔵タンクなどのインフラを用いて安全かつ低コストで輸送することが可能になります。これは、高圧タンクや超低温()を必要とする圧縮・液体水素の大きな課題を解決するものです 14同社のLOHCサイクルと、病院にクリーンな熱と電力を供給するMulti-SOFCプロジェクトなどの実例は、この技術の実用性を示しています

  • 輸送媒体の比較分析: 水素の輸送コストは距離や量によって大きく異なります。短距離では圧縮ガストレーラーが最も経済的ですが、長距離・大規模輸送ではLOHCや液体アンモニア、液体水素が選択肢となります。液体水素は輸送効率が高いものの、液化に多大なエネルギーを要し、輸送中の蒸発損失(ボイルオフ)も課題です。アンモニアは既存の化学品インフラを利用できますが、再分解(クラッキング)して純水素を取り出す際にエネルギーが必要です。LOHCは安全性とインフラ適合性に優れますが、脱水素プロセスにエネルギーを要します。これらのトレードオフを理解し、サプライチェーン全体で最適化を図ることが重要です 21

Section 1.2: バンカブルな水素プロジェクトのアーキテクチャ

技術的な実現可能性だけでは、大規模な水素プロジェクトは成立しません。民間からの巨額の投資を引き出すためには、プロジェクトが「バンカブル(銀行融資可能)」であること、すなわち、長期的かつ安定的な収益が見込める事業構造を持つことが不可欠です。

水素バリューチェーンとビジネスモデル

水素経済は、再エネ電力生産者から始まり、水素製造、供給、水素ステーション運営、そして運輸や産業分野の最終消費者まで、多様なプレイヤーから構成されるエコシステムです 25。近年の傾向として、複数の役割を一つの事業者が担う「垂直統合」が進んでいます。例えば、水素ステーションの運営者が自ら水素を製造することで、供給の安定化と中間マージンの削減を図るケースが見られます 26

プロジェクトファイナンスの基礎:LCOHとIRR

プロジェクトの経済性を評価する上で、2つの重要な指標があります。

  • 均等化水素コスト(LCOH): 技術や地域を超えて製造コストを比較するための主要な指標です。CAPEX(電解装置コストなど)、OPEX(主に電力コスト)、そして設備利用率の3つの要素で構成されます 27BloombergNEFなどの分析によれば、LCOHは明確な低下傾向にあり、2050年までには一部の市場でグリーン水素が天然ガスよりも安価になると予測されています 28

  • 内部収益率(IRR): 投資家がプロジェクトの収益性を判断するための最重要指標です。民間資本を惹きつけるには、プロジェクトのリスクに見合った目標IRR(一般的に10-12%以上)を達成する必要があります。水素の販売価格、長期購入契約(オフテイク契約)、そして政府の支援策が、目標IRR達成の鍵となります 31

オフテイク契約(HPA)の中心的役割

プロジェクトの資金調達を成功させるための礎は、信用力の高い買い手との長期的なオフテイク契約(Hydrogen Purchase Agreement, HPA)を確保することです 33。HPAには主に2つのモデルが存在します。

  • 売買モデル: 水素製造者が電力や水などの原料を調達し、製造した水素を合意された価格でオフテイカー(買い手)に販売する、最も一般的なモデルです 34

  • トーリングモデル(委託加工モデル): オフテイカーが電力を供給し、製造者はその電力を水素に転換するサービスを提供し、加工料を受け取るモデルです。オフテイカーが安価な再エネ電力にアクセスしやすい場合に有利となります 34

いずれのモデルにおいても、融資を行う金融機関は安定した収益を求めるため、オフテイカーが一定量の水素を必ず引き取るか、引き取らない場合でも代金を支払うことを保証する「テイク・オア・ペイ」条項が不可欠となります 34

政府支援の役割 – 差額決済契約(CfD)モデル

現在の水素コストは化石燃料よりも高いため、初期市場を創出するには政府による強力な支援が欠かせません。その中で、英国が導入し、日本も追随する「差額決済契約(Contract for Difference, CfD)」モデルが、民間投資を呼び込むための世界的な標準モデルとして注目されています。

  • 英国の水素製造ビジネスモデル(HPBM)と低炭素水素契約(LCHA): このモデルは、政府が水素製造者との間で「低炭素水素契約(LCHA)」と呼ばれる民間契約を締結し、あらかじめ設定した「行使価格(Strike Price)」を保証するものです。市場の「参照価格(Reference Price)」(主に天然ガス価格に連動)が行使価格を下回った場合、政府がその差額を補填します。これにより、製造者は市場価格の変動リスクから保護され、安定した収益予測が可能となり、プロジェクトのバンカビリティが劇的に向上します 36

  • 日本の水素社会推進法: 2024年5月に成立したこの新法も、低炭素水素と従来燃料との価格差を埋めるためのCfD型支援制度を導入しています 39

  • 日英モデルの比較分析: 両国の制度には重要な違いがあります。英国のLCHAは、製造者が計画通りの量を販売できなかった場合の「数量リスク」を軽減する仕組み(行使価格の調整など)を含んでいます。一方、日本の制度では、支援の申請段階でオフテイカーを確保することが求められており、需要の確実性がより重視されます 41。また、英国の参照価格の算定には、実際の水素販売価格が考慮されるため、製造者がより高い価値を持つ顧客を見つけるインセンティブが働きますが、日本の初期設計にはこの要素が含まれていません 41

これらの分析から導き出される重要な点は、グローバルな水素経済は純粋な自由市場ではなく、官民の連携によって巧みに設計・運営される「オーケストレーション市場」であるということです。プロジェクトの成功は、資源の豊富さ以上に、洗練された官民金融アーキテクチャの存在によって左右されます。CfDモデルは、投資家にとって最大のリスクである「収益の不確実性」に直接対処するため、プロジェクトをデリスキング(リスク低減)する上で極めて効果的です。このメカニズムは、不安定なエネルギープロジェクトを、年金基金やインフラファンドにとって魅力的な、債券のような安定した資産へと変貌させます。したがって、日本の水素戦略の成否は、英国のLCHAの運用経験から学びつつ、自国のCfD制度の詳細設計と効果的な実施に大きくかかっていると言えるでしょう。

地域/国 政策名 主要なメカニズム 主な支援内容 適格基準(炭素強度など) 戦略目標
英国 水素製造ビジネスモデル(HPBM)/ 低炭素水素契約(LCHA) 差額決済契約(CfD) 行使価格と参照価格(ガス価格連動)の差額を補填 製造時に2.4 kge/kg未満 国内生産能力の構築、コスト削減
米国 インフレ抑制法(IRA)45V条項 生産税額控除(PTC) ライフサイクル排出量に応じて最大3ドル/kgの税額控除 ライフサイクルで4 kge/kg未満 クリーン水素コストを世界で最も低くし、国内市場を創出
EU 重要共通利益プロジェクト(IPCEI)、再エネ指令(RED II) 設備投資補助、需要側への義務付け IPCEIを通じた大規模な研究開発・インフラ投資支援、運輸・産業部門に再エネ水素の利用を義務付け RFNBO(非生物由来の再エネ燃料)の厳格な定義 グリーン水素市場の創出、産業の脱炭素化
日本 水素社会推進法 差額決済契約(CfD)型支援 行使価格と参照価格(化石燃料価格)の差額を15年間補填 ライフサイクルで3.4 kge/kg以下 低炭素水素の社会実装、サプライチェーン構築

本章では、個々のプロジェクトの構成要素から、水素を地域や都市全体に統合するための大規模なエコシステムレベルの戦略へと視点を移します。水素を核とした「まちづくり」を可能にするガバナンスと計画のフレームワークを検証します。

Section 2.1: 「水素バレー」と「ハブ」の概念:エコシステムアプローチ

「水素バレー」または「ハブ」とは、特定の地理的エリアに水素の製造、インフラ、そして産業、モビリティ、エネルギーといった多様な最終利用者を集中させることで、規模の経済を創出し、自立的な地域市場を形成する構想です 44。このエコシステムアプローチは、EUや米国の国家戦略の中核をなしています 3

ガバナンスと官民連携(PPP)フレームワーク

水素バレーの成功は、効果的な官民連携(Public-Private Partnership, PPP)にかかっています。その運営モデルは、多くの場合、産業界のパートナー、学術機関、そして地域の自治体が連携するコンソーシアム形式をとります。自治体は、規制緩和や許認可プロセスの円滑化、初期需要の創出などを通じて、触媒としての役割を果たします 51。EUのクリーン水素パートナーシップは、このようなモデルを推進する官民共同事業体の代表例です 3

欧州の旗艦バレー:アンダルシア・グリーン水素バレー(スペイン)

  • 規模と野心: エネルギー企業Moeve(旧Cepsa)が主導する、総投資額30億ユーロを超える巨大プロジェクトです。2 GWの電解設備を設置し、年間30万トンのグリーン水素と、グリーンアンモニアやグリーンメタノールといった誘導体を製造する計画です 44

  • エコシステム統合: ウェルバとカディスという2つの主要な工業港湾地域に位置し、既存の製油所や肥料工場(Fertiberia社、Yara社との提携)の脱炭素化、さらには海運セクターへの燃料供給を目指しています。地域内の製造者と消費者を結ぶ専用の「水素リング」パイプラインの建設計画も含まれています 54

  • 輸出拠点: ロッテルダム港とのパートナーシップを締結し、北欧向けの輸出回廊を構築するという明確な目標を掲げています 47

北米の旗艦ハブ:ARCHES(カリフォルニア州、米国)

  • 規模と資金: 400以上のメンバーからなる州全体のPPPであり、米国エネルギー省(DOE)から最大12億ドルの連邦政府資金による支援を受けています 49

  • セクター焦点: 主な目標は、電化が困難なセクターの脱炭素化です。具体的には、大型トラック5,000台以上、バス1,000台以上を対象とする大型車輸送、港湾での荷役機械、そして発電分野に焦点を当てています 49

  • インフラ計画: 60ヶ所以上の大型車向け水素ステーションと、全長165マイル(約265km)に及ぶパイプラインの整備が含まれています 49

  • コミュニティ便益: DOEの資金提供の重要な要件として、強固な「コミュニティ便益計画(Community Benefits Plan)」の策定が義務付けられています。これにより、プロジェクトから生じる便益の少なくとも40%が、雇用創出、職業訓練、大気汚染の削減を通じて、環境的に不利な立場にあるコミュニティに還元されることが保証されています 58

Section 2.2: アジアにおける「水素都市」ビジョン:国家主導の産業政策

アジアでは、国家が強力なリーダーシップを発揮し、産業政策として水素社会の構築を推進するモデルが主流です。

韓国の水素経済ロードマップ

産業競争力の強化を主目的に掲げた、国家主導のトップダウン戦略です 63。このロードマップでは、燃料電池車(FCEV)の普及(2040年までに620万台)、水素ステーションの整備(同1,200ヶ所)、燃料電池発電(同15 GW)など、野心的な数値目標が設定されています 63

  • 事例:蔚山(ウルサン)水素パイロット都市: 蔚山市は、既存の石油化学コンビナートから安価に供給される副生水素を最大限に活用しています。総事業費2,950億ウォンが投じられるこのプロジェクトは、市内に水素パイプライン網を敷設し、発電所、HD現代などの産業施設、さらには水素トラムやバスといったモビリティに水素を供給します。特筆すべきは、燃料電池が集合住宅の熱と電力を賄う「炭素中立水素アパート」の実証であり、市民生活への直接的な実装を目指しています 63

中国の戦略:国有企業主導のクラスター開発

中国のアプローチは、Sinopec(中国石油化工)のような巨大国有企業(SOE)が主導する、大規模な国家主導型投資によって特徴づけられます。戦略の核心は、再エネ資源が豊富な西部地域(新疆、内モンゴル)で大規模なグリーン水素製造拠点を構築し、パイプラインなどで東部の工業需要中心地へ輸送することです 72

  • 事例:Sinopecの水素エコシステム: Sinopecは、中国最大の水素企業となることを目指し、数十億ドル規模の投資を行っています。主要プロジェクトには、自社製油所の脱炭素化を目的とした新疆ウイグル自治区のクチャ・グリーン水素プロジェクト(年間2万トン)や、中国初となる省をまたぐ水素パイプラインで北京と結ばれる内モンゴルの大規模プロジェクトが含まれます 72。これは、まず自社内の需要(キャプティブ需要)を確保し、それを足掛かりに外部市場を開拓していくという、段階的かつ戦略的なアプローチを示しています。

欧米の「ハブ/バレー」モデルとアジアの「水素都市」モデルは、産業育成における2つの異なる哲学を体現しています。前者は、政府の初期投資と規制緩和によって多様なプレイヤーが参加する市場ベースのエコシステムを育成することに重点を置いています。後者は、国家や国家と連携した「ナショナル・チャンピオン」がバリューチェーン全体を構築・管理する、より直接的な産業政策です。カリフォルニアのARCHESハブが400以上の独立した組織の連携体であるのに対し 59蔚山やSinopecのプロジェクトは、市政府や巨大国有企業といった単一の強力な主体によって推進されています。

この対比は、日本の地方自治体やエネルギー事業者にとって重要な戦略的示唆を与えます。日本の進むべき道は、経済産業省のフレームワークを通じて多数のプレイヤーによる競争的なエコシステムを醸成することなのか、それとも、主要なエネルギー企業や総合商社といった少数のナショナル・チャンピオンにインフラ整備を委ね、よりトップダウンで協調的な開発を進めることなのか。その答えは、両モデルの長所を組み合わせたハイブリッド型アプローチにある可能性が高く、双方の事例を深く研究することが不可欠です。

Part 3: 高解像度事例分析(30以上のグローバル事例)

本章では、報告書の分析を裏付ける具体的な証拠として、世界各地で進行中の30以上の先進的な水素プロジェクトを詳細に分析します。各事例は、プロジェクト名、場所、主要関係者、投資額、採用技術・モデル、そして戦略的洞察の観点から構造化して提示します。

プロジェクト名 主要用途 水素タイプ 主要技術 ビジネスモデル
産業・港湾
Andalusian Green Hydrogen Valley スペイン 産業脱炭素、輸出 グリーン AWE 統合ハブ
Hamburg Hydrogen Fleet ドイツ 港湾モビリティ グリーン PEM 需要創出
Ceará Green Hydrogen House ブラジル アンモニア輸出 グリーン PEM 輸出ハブ
Basque Hydrogen Corridor スペイン 産業・モビリティ グリーン/ブルー 複数 PPPエコシステム
Clean Hydrogen Coastline ドイツ 産業、地下貯蔵 グリーン PEM バリューチェーン統合
Iberdrola & Fertiberia Puertollano スペイン グリーン肥料 グリーン PEM アンカー需要家
Sinopec Kuqa Project 中国 製油所(自社利用) グリーン AWE 垂直統合
ExxonMobil Baytown Project 米国 製油所(自社利用) ブルー ATR+CCS 垂直統合
モビリティ・物流
ARCHES Hub 米国 大型トラック、バス グリーン/ブルー 複数 連邦支援ハブ
Edmonton Region Hydrogen HUB カナダ 大型車、ガス混焼 ブルー SMR+CCS 地域PPP
HyNet 韓国 水素ステーション網 グレー/ブルー SMR インフラSPC
eFarm ドイツ 地域バス、公共 グリーン PEM 地域分散型
H2 Mobility ドイツ 水素ステーション網 グリーン/グレー 複数 産業JV
ZeroAvia 米国/英国 航空機 グリーン PEM燃料電池 技術ベンダー
Hyzon Motors 米国 大型トラック PEM燃料電池 OEM
Honda Solar Hydrogen Station 米国 乗用車 グリーン PEM 小規模オンサイト
グリッド・Power-to-X
Advanced Clean Energy Storage 米国 長期エネルギー貯蔵 グリーン PEM、岩塩空洞 グリッドサービス
BIG HIT Project 英国 離島エネルギー自給 グリーン PEM 地域マイクログリッド
CEOG 仏領ギアナ 離島電力安定化 グリーン PEM 太陽光+貯蔵
LEMENE Energy Community フィンランド スマートマイクログリッド グリーン SOFC 地域エネルギー
ATCO Gas Blending Project カナダ 都市ガス混焼 ブルー SMR インフラ統合
HyDeal Ambition 欧州 産業向けパイプライン供給 グリーン PEM 大規模PPA
破壊的技術・スタートアップ
Hydrogenious LOHC Technologies ドイツ 貯蔵・輸送 LOHC 技術/インフラ
Hysata オーストラリア 電解装置 キャピラリー供給型 技術ベンダー
Electric Hydrogen 米国 電解プラント PEMプラント 技術ベンダー
HiiROC 英国 水素製造 ターコイズ メタン熱分解 技術ベンダー
Newtrace インド 電解装置 膜なし電解 技術ベンダー
Next Hydrogen カナダ 電解装置 先進的AWE 技術ベンダー
HYGN Energy カナダ 既存車両の改造 AWEレトロフィット ソリューションプロバイダー
Koloma 米国 地中水素 探査・採掘 資源開発
H2SITE スペイン オンサイト製造 膜分離反応器 技術ベンダー
Guofu Hydrogen 中国 インフラ設備 水素ステーション、供給システム インフラプロバイダー

港湾地域は、大規模な水素需要(製油所、化学工場)、輸入・輸出拠点としての機能、そして再エネ導入のポテンシャルが集中する、水素ハブ形成の理想的な場所です。

  1. Andalusian Green Hydrogen Valley(スペイン): Moeve(旧Cepsa)が主導する30億ユーロ超のプロジェクト2GWの電解設備で年間30万トンのグリーン水素を製造し、隣接する製油所やFertiberiaの肥料工場、さらには海運燃料としてアンモニアやメタノールを供給。ロッテルダム港との連携による北欧への輸出拠点化を目指す、統合ハブの典型例 44

  2. Hamburg Hydrogen Fleet(ドイツ): 欧州でいち早く水素バスや港湾内の物流車両を導入。公共交通や港湾ロジスティクスという安定した需要を初期段階で創出し、インフラ整備を正当化する「アンカー需要」モデルの先駆け 75

  3. Ceará Green Hydrogen House(ブラジル): ブラジル北東部のペセム工業港を拠点に、豊富な太陽光・風力資源を活用して大規模なグリーン水素・アンモニアを製造し、欧州へ輸出することに特化したプロジェクト輸出主導型ハブのモデルケース 44

  4. Basque Hydrogen Corridor(スペイン): スペイン・バスク州における官民連携(PPP)プロジェクト。地域のエネルギー、モビリティ、産業部門の脱炭素化を目指し、Repsol傘下のPetronorなどが参加。地域全体のエネルギー転換を目的としたエコシステム形成が特徴 44

  5. Clean Hydrogen Coastline(ドイツ): ドイツ北西部における水素バリューチェーン全体を包括的に構築する構想370MWの水電解設備に加え、大規模な地下岩塩層を利用した水素貯蔵施設の整備を計画しており、供給安定性の確保に重点を置いている 44

  6. Iberdrola & Fertiberia Puertollano Plant(スペイン): 電力大手Iberdrola100MWの太陽光発電所と20MWの電解装置を建設し、隣接するFertiberiaの工場にグリーン水素を供給してグリーン肥料を製造単一の大口需要家(アンカーテナント)を確保することでプロジェクトを成立させるモデルの欧州最大級の事例 77

  7. Sinopec Kuqa Project(中国): 国有石油大手Sinopecが新疆ウイグル自治区で展開する、太陽光発電を利用した年間2万トンのグリーン水素製造プロジェクト。製造された水素は、隣接する自社のタヘ製油所で使用され、精製プロセスの脱炭素化に貢献。まずは自社需要を満たし、技術とノウハウを蓄積する中国の国家戦略の第一歩 72

  8. ExxonMobil Baytown Project(米国): テキサス州にある米国最大の製油所において、ExxonMobilが推進する大規模ブルー水素プロジェクト。天然ガスから水素を製造し、発生するをCCS技術で回収・貯留する。既存の巨大産業インフラの脱炭素化を目指す現実的なアプローチ 2

Section 3.2: 統合モビリティと物流ネットワーク

特に大型トラックやバスなどの商用車分野は、バッテリーEVでは対応が難しい長距離・高稼働の用途であり、水素燃料電池が有力な解決策とされています。

  1. ARCHES Hub(カリフォルニア州、米国): 米国エネルギー省から最大12億ドルの支援を受ける国家プロジェクト大型トラック5,000台以上、バス1,000台以上の導入を目指し、港湾荷役機械まで含めた包括的なモビリティの脱炭素化を推進 49

  2. Edmonton Region Hydrogen HUB(カナダ): 安価なブルー水素を活用し、公共交通バスや大型トラック(5,000台水素車チャレンジ)への燃料供給、さらには都市ガス網への水素混焼までを手掛ける。資源の強みを活かした多角的な展開が特徴 79

  3. HyNet(韓国): 韓国政府と現代自動車など13社が出資して設立された特別目的会社(SPC)2040年までに1,200ヶ所の水素ステーション網を全国に構築するという明確な目標を掲げ、インフラ整備を加速させるための専門組織 63

  4. eFarm(ドイツ): 地域の風力発電所の余剰電力を利用して水素を製造し、地元のバス会社や一般向け水素ステーションに供給する、市民参加型の分散型モデルエネルギーの地産地消と地域経済循環を実現している 44

  5. H2 Mobility(ドイツ): Air Liquide, Daimler, Linde, OMV, Shell, TotalEnergiesといったエネルギー・自動車大手が設立した合弁事業。民間主導でドイツ全土にわたる水素ステーション網を整備・運営し、インフラの先行投資リスクを共同で負担している。

  6. ZeroAvia(米国/英国): 航空分野の脱炭素化を目指し、水素を燃料とする航空機用パワートレインを開発するスタートアップ。将来の新たな水素需要を創出する存在として注目される 77

  7. Hyzon Motors(米国): 大型トラックやバス向けの燃料電池システムを開発・供給する企業。商用車市場に特化し、フリート事業者の脱炭素化を支援 81

  8. Honda Solar Hydrogen Refueling Station(米国): ホンダが開発した、太陽光発電で水を電気分解し、FCEVに充填するまでを一貫して行う小型オンサイトステーション。分散型エネルギー供給の可能性を示す実証プロジェクト 75

Section 3.3: グリッド安定化とPower-to-X統合

変動性再エネの導入が拡大する中で、電力系統の安定化が大きな課題となっています。水素は、余剰電力を貯蔵し、必要な時に再利用する「Power-to-X」技術の中核として、この課題を解決する可能性を秘めています。

  1. Advanced Clean Energy Storage(ユタ州、米国): 三菱パワーMagnum Developmentが主導する世界最大のグリーン水素貯蔵プロジェクト地下の巨大な岩塩空洞を利用して、1,000MW規模で製造したグリーン水素を貯蔵し、電力需要が高まる時期に発電することで、季節間のエネルギー貯蔵(長期貯蔵)を実現する 33

  2. BIG HIT Project(オークニー諸島、英国): 強風による風力発電の出力抑制(カーテイルメント)が頻発するスコットランドの離島で、余剰電力を水素に変換。フェリーや車両の燃料、さらには暖房用の熱源として利用し、エネルギーの地産地消と自給率向上を達成 44

  3. CEOG(仏領ギアナ): 太陽光発電所と大規模な水素貯蔵設備を組み合わせ、天候に左右されない安定した電力を離島の送電網に供給するプロジェクト。再エネの変動性を克服し、ベースロード電源として機能させるモデル 44

  4. LEMENE Energy Community(フィンランド): 固体酸化物形燃料電池(SOFC)を組み込んだスマートマイクログリッドの実証プロジェクト。地域コミュニティに、災害時にも途絶しない強靭でクリーンなエネルギーを供給する 11

  5. ATCO Gas Blending Project(カナダ): アルバータ州で初めて、既存の都市ガス配管網に5%の水素を混焼して家庭に供給するプロジェクト。既存インフラを活用して民生部門の脱炭素化を進める現実的なアプローチ 79

  6. HyDeal Ambition(欧州): スペインの安価な太陽光電力でグリーン水素を1kgあたり1.5ユーロという目標価格で製造し、専用パイプラインでフランスやドイツの産業需要家へ供給するという壮大な構想。国境を越えた大規模な水素サプライチェーンの実現を目指す。

Section 3.4: 破壊的技術とスタートアップベンチャー

Section 1.1で概説した革新的技術を商業化し、水素経済のゲームチェンジャーとなる可能性を秘めたスタートアップ企業群です。

  1. Hydrogenious LOHC Technologies(ドイツ): 液体有機水素キャリア(LOHC)技術に特化。安全な常温・常圧での貯蔵・輸送を実現し、既存の石油インフラの活用を可能にする 14

  2. Hysata(オーストラリア): 95%という世界最高レベルのシステム効率を誇るキャピラリー供給型電解装置を開発。グリーン水素の製造コストを劇的に削減する 5

  3. Electric Hydrogen(米国): 100MW単位の標準化された電解プラント「HYPRPlantを提供。産業界向けに低コストなグリーン水素を大規模に供給する 14

  4. HiiROC(英国): メタンの熱プラズマ分解により、CO2を排出せずにターコイズ水素と高価値な固体炭素を製造。水電解に代わる新たな低炭素水素製造法を提案 14

  5. Newtrace(インド): 高価な膜を使用しない「膜なし電解槽」を開発。設備コストを削減し、貴金属への依存をなくすことで、より安価なグリーン水素製造を目指す 5

  6. Next Hydrogen(カナダ): 独自のセル設計により、アルカリ水電解(AWE)の低コスト・高耐久性と、PEM形の高い動的応答性を両立させた先進的な電解装置を開発 5

  7. HYGN Energy(カナダ): 既存のディーゼル車やガソリン車に後付けできる水素ハイブリッドキットを開発。燃費向上と排出ガス削減を低コストで実現し、水素利用への参入障壁を下げる 5

  8. Koloma(米国): 地下に天然に存在する「地中水素」を探査・商業化することを目指す、ベンチャーキャピタルが支援するスタートアップ。成功すれば、水素の供給源を根本から変える可能性がある 81

  9. H2SITE(スペイン): アンモニアやメタノールなどの水素キャリアから、需要地で高純度水素を効率的に分離・精製する膜分離反応器を開発。オンサイトでの水素製造・供給ソリューションを提供する。

  10. Guofu Hydrogen(中国): 水素ステーション設備や車載用水素供給システムなど、水素インフラ関連機器で中国トップクラスのシェアを誇る企業。急成長する中国市場のインフラ構築を支える 89

Part 4: 日本の地方自治体・エネルギー事業者への戦略的洞察

最終章では、これまでのグローバルな分析結果を統合し、日本の特有の課題と機会に合わせた、実践的なフレームワークを提言します。

Section 4.1: 日本の都市・産業景観に適用可能なモデル

海外の成功事例は、日本の状況に合わせて応用することで、水素社会への移行を加速させるための強力な指針となり得ます。

  • 港湾エコシステム・ブループリント: アンダルシアやハンブルクで見られる統合型港湾モデルは、京浜、阪神、中京といった日本の主要な工業地帯に高い再現性を持っています。これらの港湾は、日本の国家戦略の柱である安価な水素・アンモニアの輸入拠点として機能すると同時に 90隣接する製油所、製鉄所、化学コンビナートといった確実な需要家(キャプティブ需要)への供給拠点となり得ます

  • レジリエンス向上のための分散型生産モデル: ドイツの「eFarm」モデルは、北海道、東北、九州など、再エネのポテンシャルが高い地域の地方自治体が、エネルギーの地産地消と自給率向上を実現するための青写真を提供します。抑制されがちな風力や太陽光の余剰電力を活用して水素を製造し、地域の公共バスや農業機械の動力源とすることで、地域内でのエネルギー循環を確立できます。

  • 日本の電力系統制約への対応: 日本が抱える大きな課題の一つに、電力系統の制約と、それに起因する再エネ導入コストの高さがあります 92英国のBIG HITプロジェクトや米国のACESプロジェクトは、水素製造が電力系統の調整力として機能し、本来は抑制されるはずだった余剰電力を吸収することで、再エネ発電事業と水素製造事業双方の経済性を向上させることを示しています。これは、日本の電力会社や送配電事業者にとって極めて重要な示唆です。

Section 4.2: 政策・投資への提言

グローバルな潮流を踏まえ、日本の政策と民間投資が向かうべき方向性を提言します。

  • 日本のCfD制度の高度化: 英国のLCHAの分析に基づき 41、日本の経済産業省は、製造者側の数量リスクを軽減するメカニズムや、より高い価格での販売を促すインセンティブの導入を検討すべきです。これにより、投資家の信頼が高まり、市場の効率性が向上します。

  • 技術に中立なアプローチの推進: 日本の政策は、国家戦略で示されている通り 40、厳格な炭素強度基準に基づき、グリーン水素とブルー水素の双方を支援対象とする技術中立的な姿勢を維持すべきです。これにより、世界中の多様な供給源から、より安定的かつ経済的に水素を調達することが可能になります。

  • 「実現技術」スタートアップへの戦略的投資: 日本のエネルギー企業や総合商社は、大規模な製造プロジェクトへの投資だけでなく、水素経済の実現に不可欠な「実現技術(Enabling Technology)」を持つスタートアップへの投資や提携を戦略的に進めるべきです。Hydrogenious(LOHC)、Hysata(高効率電解)、H2SITE(オンサイト製造)といった企業が持つ技術は、競争力と効率性の高い国内サプライチェーンを構築する上で、将来的に決定的な役割を果たすでしょう。

Section 4.3: 実装へのロードマップ:「水素まちづくり」フレームワーク

分析の集大成として、地方自治体が地域独自の水素戦略を策定・実行するための具体的な行動計画を「水素まちづくりフレームワーク」として提案します。このフレームワークは、技術論だけでなく、社会政治的・制度的側面を重視した、統合的アプローチです。

  • フェーズ1:エコシステムのマッピングとアンカーテナントの特定: 最初のステップとして、自治体は地域の資産(再エネポテンシャル、工業団地、港湾インフラ、物流網など)を棚卸しし、初期のインフラ投資を支える核となる需要家、すなわち「アンカーテナント」を特定します。これは、大規模工場、市営バスの車庫、港湾局などが考えられます。

  • フェーズ2:官民連携によるガバナンス体制の構築: ARCHESエドモントン・ハブのモデルを参考に、地域のPPP組織を設立します。この組織が、計画の調整、投資誘致、ステークホルダーとの関係構築を主導します。また、地域住民の理解を得て、経済的・環境的便益が公平に分配されることを保証するための「地域便益計画」の策定もこの段階で不可欠です 52

  • フェーズ3:段階的なインフラ展開: まずは、製造拠点と消費地を近接させることで、初期の輸送コストを最小限に抑えます(例:バス車庫に隣接した電解装置の設置)。需要の拡大に合わせてインフラを拡張し、複数の利用者を結ぶことで、地域のネットワーク、すなわち「ミニハブ」を形成していきます。

  • フェーズ4:人材育成とスキル開発: 地域の工業高校や大学と連携し、電解装置の保守から燃料電池車の整備まで、バリューチェーン全体で創出される新たな雇用に対応するための訓練・認証プログラムを開発します 62

成功する「水素まちづくり」は、単なる技術的な挑戦ではなく、社会政治的かつ制度的な挑戦です。それは、交通、エネルギー、産業といった縦割りの計画から、統合的かつエコシステムに基づいたアプローチへの転換を要求します。ある都市が水素バスを導入しようとする場合、単にバスを購入するだけでは不十分です。水素はどこから来るのか、どう輸送・貯蔵するのか、誰がステーションの費用を負担するのか、整備士はどう育成するのか、市民の安全への理解をどう得るのか。これら全ての問いに同時に答えなければなりません。

「バレー/ハブ」モデルが成功しているのは、まさにそのガバナンス構造が、これらの問いに統合的に取り組むように設計されているからです。したがって、日本のどの自治体にとっても、最初に行うべき最も重要なステップは、ハードウェアを一つ購入する前に、関連する全ての官民ステークホルダーをテーブルに着かせ、この統合的計画のための「制度的枠組み」を構築することに他なりません。

アクション項目 フェーズ1:実現可能性調査と計画策定 フェーズ2:パートナーシップとガバナンス フェーズ3:パイロット事業とインフラ整備 フェーズ4:スケールアップと統合
需要創出 アンカー需要家(バス、工場等)の特定と需要量調査 アンカー需要家との基本合意書(MOU)締結 パイロットプロジェクトの実施(例:水素バス10台導入) 水素利用の他分野への拡大(ゴミ収集車、港湾機械等)
供給・インフラ 地域内の再エネポテンシャルと既存インフラの評価 水素供給事業者との連携、供給方法の決定 小規模オンサイト製造・供給設備の導入 水素パイプライン等、地域供給インフラの拡張
ガバナンス 関連部署(企画、環境、産業、交通)による庁内連携チームの設置 官民連携(PPP)コンソーシアムの設立 コンソーシアムによるプロジェクト管理体制の運用 水素関連産業の集積に向けた条例やインセンティブの整備
資金調達 国や県の補助金制度の調査 事業計画の策定と初期資金(国・県補助金等)の確保 民間投資を呼び込むための事業性評価(FS)の実施 プロジェクトファイナンスやグリーンボンドによる大規模資金調達
社会受容性 住民説明会やワークショップの開催計画 「地域便益計画」の策定と公表 パイロット事業の成果を可視化し、広報活動を展開 安全基準や緊急時対応計画の策定と周知
人材育成 必要な職種とスキルセットの洗い出し 地域の大学や高専との連携による教育プログラムの検討 実地研修(OJT)を含む人材育成プログラムの開始 水素関連技術者の資格認定制度の導入支援

 

【無料DL】独自調査レポート全11回・200ページ・パワポ生データ

【無料DL】独自調査レポート全11回・200ページ・パワポ生データを今すぐダウンロードしませんか?
太陽光・蓄電池・EVの購入者意識調査や営業担当の課題調査など、貴社の事業戦略・営業戦略、新規事業開発等の参考に。

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

コメント

たった15秒でシミュレーション完了!誰でもすぐに太陽光・蓄電池の提案が可能!
たった15秒でシミュレーション完了!
誰でもすぐに太陽光・蓄電池の提案が可能!