目次
ABM×手紙DMで切り拓く産業用自家消費型太陽光・蓄電池拡販戦略
背景:再エネ普及と産業向け太陽光の現状
日本政府は2050年カーボンニュートラルを掲げ、2030年までに電力の36~38%を再生可能エネルギーで賄う目標を設定しています。しかし現状、日本の再エネ比率は2023年度で26%程度と目標の約7割に留まります。
特に太陽光発電は全電力の11.3%を占め、水力を上回る主力となりましたが、さらなる導入拡大が不可欠です。一方、再エネ先進国では再エネ比率がすでに30%以上、国によっては80%を超える例もあり、日本の普及ペースは見劣りしています。
こうした中、産業用施設(工場・倉庫・オフィスビル等)の屋根や敷地に太陽光パネルを設置し、自家消費する「産業用自家消費型太陽光」や、非常用・ピークシフト用の「産業用蓄電池」への注目が高まっています。
特に近年の電気料金高騰により、企業からの太陽光・蓄電池導入相談が急増しており、ある調査では法人営業担当者の82.4%が「問い合わせ・商談が増加している」と感じると報告されています。また、ESG経営やRE100などの潮流から、自社の脱炭素化を進める企業も増えました。実際、2025年時点でRE100に参加している日本企業は91社に達し、年々増加しています。サプライチェーン全体で再エネ電力調達を求める動きも広がり、産業界での再エネ導入は待ったなしの状況です。
しかし、「関心は高まっているのに導入が思うように進まない」という現実もあります。多くの企業が再エネ導入に前向きと回答しながらも、実際の成約率は伸び悩むケースが少なくありません。その背景には何があるのでしょうか?
以下ではまず、産業用自家消費型太陽光・蓄電池の導入に立ちはだかる根源的な課題を洗い出します。その上で、それらの課題を克服し導入を後押しするマーケティング戦略として、ABM(アカウントベースドマーケティング)と手紙DM(ダイレクトメール)を組み合わせたアプローチを提案します。
産業用太陽光・蓄電池導入の課題:企業が感じる“不安”と“もやもや”
企業が産業用太陽光発電や蓄電池の導入を渋る理由を探ると、いくつかの本質的課題が浮かび上がります。
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投資回収への不安:多くの企業にとって最大の懸念事項は「本当に投資回収できるか?」という点です。ある調査では、導入検討時の不安要素のトップは「投資回収ができるかどうか」で約69.1%の企業が挙げました。太陽光でどれだけ電気代削減になるか、蓄電池でピークカットできるか、その効果が本当に計画通り出るのか疑心暗鬼になっています。電力料金の将来予測やパネルの劣化、天候変動など不確定要素も多く、提示されたシミュレーション結果の信憑性に懐疑的になる経営者も少なくありません。事実、提案時に示された経済効果シミュレーションを「信憑性が疑わしい」と感じた経験がある経営層は67.0%にも上ります。シミュレーション通り効果が出なかったらどうしよう…という不安が、導入決断を鈍らせています。
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初期費用・コストバランスの問題:太陽光・蓄電池は初期投資額が大きく、電気代削減とのバランスを社内で説得するのが大変だという声もあります。営業現場でも「電気代削減と投資コストのバランスを見て意思決定してもらうのが大変」という課題を40.7%の担当者が挙げています。企業内ではCFOをはじめ財務部門が厳しい目で投資案件を精査するため、単に環境によいから導入しましょうでは通らず、定量的なコストメリット提示が必須です。その際、減価償却や補助金、将来電力単価など仮定によって試算結果が変わるため、「数字の根拠」に社内から突き上げを食らうケースもあります。
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ベンダーや提案への信頼性:再エネ機器の販売施工業者に対する信頼も重要です。先述の調査では、「販売店・施工会社の信頼性」が不安要素だと回答した企業が42.6%もいました。再エネ業界には新規参入も多く、過去にずさんな施工や誇大なメリット説明でトラブルになった事例も報じられています。そのため「この会社に任せて大丈夫か?」という心配が拭えないのです。特に経営トップほど、取引先選定には慎重です。業者選びへの不信感は、いくら技術や価格が魅力的でも導入決定を阻む見えないハードルになります。
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技術的・物理的な制約:実際に導入しようとすると物理的課題も出てきます。例えば「工場や倉庫の屋根にパネルを載せる強度は大丈夫か?」と耐荷重を懸念する声が33.8%ありました。また設置スペースが十分か(29.4%)、周辺住民への日照や光害の影響(14.7%)、工事による操業への支障(15%弱)など、多岐にわたる心配があります。これら技術面の課題は、本来エンジニアリングで解決すべきものですが、経営者の頭の中では不安材料として残り続けるため、背中を押すには相当の説得材料が必要です。
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提案・検討プロセスの複雑さ:導入を決めるまでのプロセス自体が煩雑で時間がかかることも問題です。営業担当者からは「細かなシミュレーション比較ができない」(40.7%)、「メーカーにシミュレーション依頼すると時間がかかる」(26.9%)、「提案に手間がかかる割に失注も多い」(22.2%)等の悲痛な声も上がっています。提案側が効率よく価値提案できていない現状は、そのまま顧客側の検討負荷につながり、結果的に「まあ今回は見送ろうか」という判断になりがちです。
以上のように、企業側・提案側双方に「もやもや」や課題が山積しているのが実情です。業界内では「補助金さえ出れば…」「もっとパネル価格が下がれば…」といった声も聞かれますが、それだけでは解決しない根源的な問題──不確実性への不安、情報不足、信頼醸成の欠如、組織内調整の難しさ──が潜んでいます。これらを放置していては、いくら国が旗を振っても産業界での再エネ導入は進みません。
では、どうすればこの状況を打破できるのか? ここで鍵となるのがマーケティングと営業手法の革新です。単に良い技術や安い価格を提示するだけでなく、顧客企業ごとの課題に寄り添い、不安を一つ一つ解消していくアプローチが必要です。そこで有力なのが、近年BtoB分野で注目を集めるABM(Account-Based Marketing)と、あえてアナログな手紙によるダイレクトメールを組み合わせた戦略なのです。
ABMとは何か?従来手法との違い
ABM(アカウントベースドマーケティング)とは、特定の重要顧客(アカウント)を定めて個別最適化したマーケティング・営業活動を展開する手法です。従来のように不特定多数に一斉メールを送ったり広告をばら撒いたりするのではなく、「この企業を顧客にする」と狙いを定めてカスタマイズした働きかけを行います。言わばスナイパー型の戦略的アプローチであり、大口顧客開拓や複雑なBtoB商談に威力を発揮します。
ABMと聞くと日本では「特定企業に手紙を送りつけるニッチな施策でしょ?」という誤解もあります。しかしそれは大きな間違いです。が指摘するように、ABM≠手紙施策であり、手紙送付はあくまで施策の一つに過ぎません。ABMの本質は「一社一社に合わせた包括的な戦略」を練ることで、メールやSNS、ウェブ、イベント、そして手紙など複数チャネルを統合活用してターゲット企業を攻める点に特徴があります。単発の手紙DMだけでは一方通行ですが、ABMでは社内外のあらゆる接点をデザインし、継続的かつ双方向の働きかけを行います。
ABMが注目される理由:ROIの高さと意思決定構造への適合
なぜ今ABMがこれほど注目されているのでしょうか?背景には以下のポイントがあります。
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ROIの向上:ABMはリソースを重点アカウントに集中投下するため無駄が少なく、投資対効果(ROI)が高いことが実証されています。ある調査では97%の企業が「ABMは他施策より高ROI」と評価したほどです。また、ABM実施1年以上の企業の60%が売上10%以上増加(19%は30%以上増)と報告され、確実に成果を上げる手法として認知が広がっています。再エネ商材のように一件当たり金額が大きい場合、1社獲得の価値が高いため多少コストをかけても十分ペイし、ABMのROIメリットが活きます。
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複雑化する意思決定プロセスへの対応:BtoB商談では、決裁者がかつてのようなワンマン社長一人ではなく、複数部門の合議制になる傾向があります。技術部門、経理部門、経営層…と社内ステークホルダーが増え意思決定が複雑化しているのです。産業用太陽光のケースでも、設備担当や環境担当だけでなく、経営企画や財務担当役員まで巻き込んで検討する企業が多いでしょう。ABMなら、各ステークホルダーそれぞれに刺さるメッセージを用意し、企業全体としてGoサインが出るよう働きかけることが可能です。例えば環境担当にはCO2削減効果やCSR面の利点を訴求し、CFOには具体的なROI計算と資金計画を提示し、工場長には電力安定供給やBCP強化を強調するといった具合に、一社内の異なる関心事に合わせてパーソナライズできます。
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データ活用とターゲティング精度:近年は企業データベースやWeb行動データなどが充実し、狙うべき企業を精緻に絞り込めます。テクノロジーの進展で「誰がどのセミナーに参加しどの資料をダウンロードしたか」まで把握でき、有望度の高いアカウントを科学的に選定できるのです。また産業界全体の動き(例:新電気料金制度の影響や補助金情報)も分析し、「次に導入に踏み切りそうな企業」を先回りしてリストアップするといったことも可能です。つまりABMはデータドリブンで効率的に勝ちに行ける戦略とも言えます。
要するにABMは、再エネ営業でネックとなっている「複数意思決定者へのアプローチ不足」「一社一社の状況に合わせた提案不足」を補うのに理想的な手法です。とはいえ、ABMと聞くと「大げさなITツールが必要では?」とか「うちの規模でできるの?」という声もありそうです。実際にはExcelやCRMを使った地道なリスト管理から始められますし、LTV(顧客生涯価値)が高い商材なら中小企業でもABMは有効です。産業用太陽光・蓄電池は一案件で数百万円~数千万円規模になることも多く、1件受注あたり許容できるマーケ費用も大きいはずです。その意味で「ABMに向かない薄利多売商品」(少額商品)ではなく、十分ABM適性のあるビジネスだと言えるでしょう。
では、このABM戦略を具体的にどう展開するか?ここで鍵となる施策の一つが手紙によるダイレクトメール(DM)です。デジタル全盛の時代になぜあえて手紙なのか、不思議に思われるかもしれません。しかし実はこれこそ、慣習にとらわれがちな業界の盲点を突き、成果を生む「ありそうでなかった切り口」なのです。
手紙DMを活用する理由:デジタル時代の逆張り戦略
手紙DMの威力:メールより開封率・反応率が高い
日々メールボックスには大量の営業メールやニュースレターが届き、多くは開封すらされず埋もれてしまいます。一方、机上に届く一通の手紙やハガキはどうでしょうか。紙のDMは目に留まりやすく、開封・読了されやすいという統計データがあります。マーケティング調査によれば、DMの開封率は約90%にも達し、メールより20~30%高いことがわかっています。さらにDMはメールよりROI(投資利益率)も応答率も高く、特に経営層とのコンタクトに最も効果的なチャネルだとされています。デジタル情報過多な現代だからこそ、物理的な郵便物はかえって新鮮で信頼感も得やすいのです。
実際、マーケターの84%が「DM活用でマルチチャネル施策のパフォーマンスが向上した」と回答しています。BtoB営業において「社長宛に手紙を出したらアポが取れた」という話は昭和の昔話ではありません。忙しい役員クラスほどメールよりも紙のほうが目を通す確率が高いというのは経験則的にも頷けるでしょう。特に日本の伝統的な企業文化では、封書で届く案内状や提案書は丁寧さ・本気度の表れとして受け止められやすく、軽々しく無視しにくい心理が働きます。デジタルマーケティング全盛の今、あえて手紙を使うことが逆張り戦略となり、相手の注意を引く効果が期待できるのです。
手紙DMはABMの一部:パーソナルな体験の起点
前述の通り、ABMでは手紙だけでなくメール・SNS・電話・訪問などあらゆる手段を組み合わせます。その中で手紙DMは、ターゲット企業への最初のアプローチや重要局面での一押しとして有効です。例えば、まったく接点のない新規ターゲット企業にいきなり営業電話しても門前払いされがちですが、事前に手紙で趣旨やメリットを伝えておけば電話への心象も柔らかくなるでしょう。また提案段階でキーマン宛に社長名義の直筆署名入りレターを送れば、熱意と誠意が伝わりやすくなります。つまり手紙DMは、相手に「特別な扱い」を実感してもらう演出として効果的なのです。
さらにABM的に言えば、手紙DMはオフラインチャネルとしてデジタル接点と連携できます。例を挙げましょう。あるターゲット企業の役員に封書を送る際、その中に専用QRコードやパーソナライズドURLを記載し、アクセスすると自社サイト上の「〇〇社様向け特設ページ」に飛ぶ仕掛けを作れます。そこには当該企業向けにカスタマイズした提案概要やシミュレーション結果の詳細、導入メリットの解説動画などを用意しておきます。受け取った相手が興味を持ってアクセスすれば、Web上での行動データがトラッキングでき、関心度合いや社内でどの程度検討が進んでいるかを推測できます。これはまさにABMのデータドリブンな利点と手紙の個別性を融合させたアプローチです。手紙→Web→フォロー電話という一連の流れを設計すれば、単発の飛び道具に終わらず多層的なエンゲージメントを生み出せます。
ABM・手紙DMと併用すると効果が最大化できる仕掛け:
信頼構築と本気度アピール
手紙にはもう一つ、大事な役割があります。それは相手との信頼関係づくりです。メールより手紙のほうが温かみや誠実さが感じられるのは、人間心理として否定できません。特に高額な投資判断を迫るBtoB営業では、「この提案者は信頼に値するか」を相手は慎重に見極めます。その点、丁寧に作り込まれた文面や資料が届けば、それだけで「しっかりした会社だ」「我が社に本気で向き合ってくれている」と感じてもらえる可能性が高まります。雑なメール文章やテンプレ資料では得られない印象効果です。
また手紙DMを送る行為自体、社内稟議を通す際の材料にもなり得ます。提案を受けた担当者が上司に掛け合うとき、「この前〇〇会社さんから直筆の提案レターが届きまして…」と言えば話の取っ掛かりにもなるでしょう。小さなことに思えますが、社内の会話に上らなければ検討は先に進まないのがBtoB営業です。メール提案書が転送されただけでは埋もれて終わりですが、紙の手紙は机上に残り他部署の目に触れる機会もあります。こうした微妙な心理的・物理的効果で社内認知を広げ、議論のテーブルに載せることが、ひいては導入決定への第一歩となるのです。
以上の理由から、手紙DMはABM戦略の中で「ひと味違う接点」として大いに活用価値があります。では、具体的にABMと手紙DMをどう組み合わせて産業用太陽光・蓄電池の導入を後押ししていくか、次に具体策を示します。
ABM×手紙DMによる拡販戦略:具体策とステップ
それでは、実際に産業用自家消費型太陽光・蓄電池の拡販にABM+手紙DMを適用する場合の戦略を、ステップごとに解説します。マーケティング担当者や営業マネージャーの視点で、自社で明日から実践できる具体策を考えてみましょう。
1. ターゲットアカウントの選定と深堀り
まずは狙う企業(アカウント)の選定です。やみくもに手紙を送っても効率が悪いので、「勝ちやすく価値の高い」ターゲットを見極めます。選定基準の例としては:
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エネルギーコストが大きく削減余地がある企業:電力使用量が多く電気代高騰に悩んでいそうな製造業、大型施設運営企業など。電気代削減メリットが明確に打ち出せる。
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脱炭素意識・CSR志向が高い企業:環境報告書を出していたりRE100参加企業、サプライヤーに再エネ電力調達を求められている企業など。社内に太陽光導入の推進者がいる可能性が高い。
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大規模拠点を複数持つ企業:例えば全国に工場や店舗チェーン展開しているような企業は、1社獲得すれば全拠点横展開で大きな案件につながる可能性がある。
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政府補助金の対象となり得る業種:自治体や国の再エネ補助制度で優遇される業界(例:中小企業の省エネ補助金対象業種)だと、費用面ハードルが下がり導入しやすい。
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過去に問い合わせやセミナー参加履歴がある企業:自社のリードデータベースに蓄積された中から、太陽光や蓄電池に関心を示した行動歴のある企業はABM対象として“旬”でしょう。
こうした観点で自社が「ぜひ取りたい」顧客像を明確化し、該当しそうな企業リストを社内外のデータから作成します。場合によっては業種別の有力企業リストや、有償の企業データベースツールも活用して網羅的にリストアップします。
候補リストができたら、各アカウントについて徹底的に情報収集と分析を行います。具体的には:
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直近期の有価証券報告書や決算資料を読む(設備投資計画やエネルギーコストに関する記述がないか確認)。
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企業のニュースリリースやWebサイトを調査(環境宣言、SDGs達成状況、工場新設・改修情報などをチェック)。
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可能なら対象拠点の航空写真やストリートビューで屋根の広さや構造をイメージする。
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業界紙や業界団体の資料から、その企業を取り巻く業界動向や競合他社の動きを把握する。
ABMではここを怠るとすべてが台無しです。1社ごとにミニコンサルをするぐらいの気持ちで課題仮説と提案切り口を洗い出すことが成功のカギです。「この企業なら、きっと〇〇工場の老朽化に悩んでいるはずだ」「△△社(競合)はすでに太陽光導入済みだから焦りがあるのでは?」といった仮説を立てていきます。こうして準備した濃いインプットが、後の提案内容に説得力と差別化をもたらします。
2. キーマンごとのカスタマイズメッセージ設計
次に、その企業内のキーマン(意思決定者・影響者)の特定と、役職ごとのメッセージ設計です。産業用太陽光・蓄電池の案件では、典型的には以下のような関係者が考えられます:
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経営層(社長・役員):最終決裁者。関心は全社戦略への整合性、投資の収益性、企業ブランディング効果など。
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財務・経理責任者(CFO等):投資採算性にシビア。関心はROI、初期投資回収年数、減税効果、資金繰りへの影響など。
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環境・サステナビリティ担当:CSR推進やRE100対応がミッション。関心はCO2削減量、環境目標達成への貢献度、ステークホルダーアピールなど。
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工場長・設備管理責任者:現場運用の責任者。関心は生産への影響、安全性、メンテナンス負荷、停電対策(BCP)への効果など。
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情報システム・総務:場合によっては電力契約や社内稟議の取りまとめ役。関心は契約手続きの簡便さ、リスクヘッジ(保険等)、社内調整事項の洗い出し。
ABMでは、これら各人物像(ペルソナ)に合わせて響くメッセージを用意します。同じソリューションでも視点を変えれば様々な価値が語れます。例えば蓄電池ひとつとっても、CFOには「ピーク電力削減で基本料金△%減、年間▲百万円コストカット可能」と数字で語り、環境担当には「非常用電源確保で地域防災にも寄与、CSR的価値大」とアピールし、工場長には「瞬低対策になり設備停止リスク低減」と現場目線で伝える、といった具合です。相手の“KPI”と言えるものは何かを考え、それをこちらの提案価値と紐付けてあげることがポイントです。
さらに可能であれば、「〇〇社では既に全工場で太陽光導入し電力コスト30%削減を実現」など競合他社や業界の事例も散りばめます。特に経営層や現場責任者には「周りがやっているならうちも」という動機付けが有効です。ABMでは、こうしたパーソナライズドなコンテンツを事前に仕込み、誰に何を訴求するかシナリオ化しておきます。
3. 手紙DMの作成:パーソナルかつ価値訴求を盛り込む
リサーチとシナリオ設計ができたら、いよいよ手紙DMの作成です。単に「お問い合わせください」程度の DMではせっかくのABM効果も出ません。ここでは相手企業ごとにカスタマイズした“一社モノ”のDMを作るくらいの意気込みで取り組みます。
手紙DMと言っても形式はいくつか考えられます。
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トップからの直筆メッセージ風レター:自社の代表者や事業部長など、それなりの肩書の人物から、相手企業トップ宛に送ります。内容は「貴社の〇〇への取り組みに共感している。我々としてぜひお役に立ちたい」的なラブレターに近い構成で、提案の押し付けにならないよう注意します。「一度お話しさせていただければ幸いです」というソフトなクロージングで締め、温度感の高い関係構築を狙います。
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提案ブリーフィング資料(カスタム):A4数枚程度で、相手企業向けにまとめた提案概要資料を同封します。ここには先述のキーマン別メッセージの要点を織り交ぜ、「御社向け試算によると年間〇〇万円の電力コスト削減が可能」「CSR効果:CO2排出を年間△トン削減=〇万本の植林に相当」等、具体的なメリット数値も入れます。社名や業界に言及し、御社専用資料ですよとわかるようデザインすると特別感が出ます。グラフや図も駆使しつつ、冗長にならないよう3~5ページ程度で読み切れる分量に留めます。
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導入事例や保証スキームの紹介:信頼性の担保のため、既存顧客の導入事例集や、自社サービスの特徴資料(例えば「発電シミュレーション結果保証制度のご案内」など)があれば同封します。特にシミュレーション結果の保証は先述の不安に刺さるソリューションです。調査によると、経済効果シミュレーション結果が保証されれば57%の企業が「その施工業者から発注したい」と考えるといいます。もし自社で発電量保証や省エネ保証のサービスを提供できるなら、詳細説明を入れておくと強力な武器になります(提供できなくとも、例えば「第3者補償保険の紹介」など間接的な保証提案も検討の価値ありです)。こうした不安解消策まで含めて提示することで、「ちゃんとリスクにも配慮してくれている」と安心材料を提供できます。
以上を綴じて1セットのDMパッケージとします。封筒もできれば企業ロゴ入りの上質紙を使い、宛名は手書き or 毛筆風フォントで印字するなど工夫します。封書の見た目で開封率は左右されますから、「明らかに広告チラシ」と思われない体裁を心掛けます(場合によっては角形封筒ではなく招待状風の洋封筒にすると目を引くかもしれません)。これで準備万端、ターゲット企業へ発送します。
ABM・手紙DMと併用すると効果が最大化できる仕掛け:
4. マルチチャネルでのフォローアップ
手紙を出して終わり…ではありません。ここからがABMの腕の見せ所です。DM投函から数日~1週間程度で、今度は別チャネルからのフォローを行います。例えば次のような流れです。
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手紙到着から数日後、先方担当者にメール送付。「先日、貴社〇〇様宛にお手紙と資料をお送りしました〇〇と申します。ぜひ詳しくご説明の機会を頂ければと存じます…」といった内容で、DM送付済みであることに触れつつコンタクトします。手紙を読んでいれば思い出してもらえますし、読んでいなくても「何か来ていたかな?」と探してもらえる可能性があります。
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電話やSNSでアプローチ:メール反応がない場合、思い切って担当部署に電話してみます。「〇月〇日にお手紙をお送りした件でご連絡差し上げました」と切り出せば不審がられにくくなります。あるいはキーマンがSNS(LinkedIn等)にいれば接触を図り、「先日御社向けにご提案書を送付しました。ご興味持っていただけましたら幸いです」と軽くメッセージを送るのも手です。ポイントは手紙DMをフックとして会話の糸口を作ることです。
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ターゲット専用のイベント招待:複数の有望企業がリストにあるなら、少人数の経営層向け勉強会や工場見学会を企画し招待するのもABMではよく使われる手法です。今回のケースでも「自家消費型太陽光の最新トレンド・昼食付き情報交換会」と称したウェビナーやランチセミナーを開催し、DM送付先に案内を出します。これにより一社単独では動かなかった相手も、他社動向を知る場なら興味を示すことがあります。もちろん参加が叶えばチャンスですし、不参加でもイベント案内のフォロー連絡をする口実になります。
重要なのは、手紙DMを起点に多面的な接触を続けることです。一度送ったきりでは相手の記憶から消えてしまいますが、手紙→メール→電話→イベント…と畳みかければ嫌味なく印象付けができます(しつこい電話営業とは明確に一線を画すアプローチです)。ABMの考え方では、ターゲットアカウントの関心度合いや検討ステージに応じて打ち手を変え、粘り強く育成(ナーチャリング)していくことが大切です。言い換えれば、一つのアカウントを営業チーム+マーケティングチーム総がかりで口説き落とすプロジェクトと捉えるわけです。
5. 社内稟議攻略支援とクロージング
ABM×DM戦略が功を奏し、ターゲット企業が前向きに検討し始めたら、最後の詰めとして契約クロージングまで一気に支援します。特に社内稟議が必要なケースでは、こちらから提案書の社内説明用資料や稟議書ドラフトを用意してあげるくらいのサポートをすると親切です。「社内決裁用資料のひな形をご提供しますのでご自由にお使いください」と言われて嫌がる担当者はまずいません。むしろそこまでしてくれる熱意と丁寧さに感心されるでしょう。これはABMの思想とも合致します。つまり顧客化するまで伴走し、あたかも社内メンバーのように導入プロジェクトを推進するイメージです。
また、先述のように効果保証の提案ができるならここで正式に提示します。「シミュレーション通りの効果が出なければ不足分を補填します」というパフォーマンス保証は強力な後押しになります。調査でも社内稟議や投資決裁が通りやすくなると感じる企業が60%に上りました。社内説得材料としてこれ以上ない安心材料だからです。自社単独で保証が難しければ、例えばパネルメーカーの出力保証や保険会社のエネルギー保証商品などを組み合わせ、「エネがえるの経済効果シミュレーション保証が保証するから大丈夫」という枠組みを提案するとよいでしょう。
最後の詰めの段階では、競合他社との差別化ポイントも改めて明示します。価格競争になりがちな局面ですが、ここで価格以外の価値(保証、アフターサービス、他社実績、提案担当者の信頼 etc.)を再度強調し、「御社にとって最適なパートナーは我々である」というメッセージを伝えます。ABMでは初期段階から一貫してターゲット企業に価値提供し信頼を築いてきているはずなので、最後までそのトーンを崩さず紳士的かつ戦略的にクロージングしましょう。
戦略導入の効果と再エネ普及への展望
ここまで描いてきたABM+手紙DM戦略を実践すれば、従来とは一味違う成果が期待できます。考えられる効果を整理してみます。
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リード転換率の向上:漠然とした見込み客のまま終わっていた企業を、具体的な商談テーブルに引き上げられる確率が高まります。DM送付によって門戸が開き、ABM的粘り強いフォローで複数ステークホルダーの合意形成を促すことで、今まで埋もれていた「宝の山」案件を掘り起こし受注につなげることができます。他社と横並びのコンペになっても、「最初から密に寄り添ってくれた御社とぜひ進めたい」と言ってもらえる理想的展開も夢ではありません。
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セールスサイクル短縮・案件単価アップ:ABMにより早い段階から経営層を巻き込み、社内検討の助け舟も出すことで、社内決裁までの期間をグッと短縮できる可能性があります。通常半年~1年かかる導入決定が数ヶ月で下りれば、ビジネスの回転率は大幅向上します。また、じっくり関係を構築する中で追加提案やスコープ拡大も狙えるため、蓄電池やエネルギーマネジメントシステム(EMS)なども合わせて提案し、一案件の受注額を拡大することも期待できます。
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信頼とブランド構築:手紙DMやきめ細かな対応によって「御社ほど熱心に提案してくれた会社はない」と感謝されれば、それ自体がブランド価値です。導入後の顧客からリファレンスを紹介してもらえたり、新たな案件を追加受注したりといった長期的リレーションシップの構築にもつながります。ABMでは一度獲得した顧客をカスタマーサクセス的にフォローしアップセル/クロスセルを狙う考え方もあります。まさに顧客生涯価値(LTV)の最大化を図る戦略であり、産業用エネルギーソリューション事業の持続的成長に貢献するでしょう。実際にエネがえるBizを導入している当社顧客のEPC企業などは多数の口コミ紹介を受け事業成長している企業が多数あります。
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再エネ普及と脱炭素への貢献加速:この戦略の成果は自社の売上だけではありません。産業分野で太陽光・蓄電池導入が進めば、日本全体の再エネ導入量拡大に直結します。冒頭で触れた2030年目標(再エネ比率36-38%)に近づくには、企業の屋根や遊休地を活用した太陽光が欠かせません。FiTに頼った大規模太陽光(メガソーラー)開発は減速していますが、自家消費型なら電力系統への負荷も小さく需給一体型で持続可能です。また蓄電池併用でピーク電力を平準化すれば、電力系統全体の安定化にも寄与します。つまり、本戦略はエネルギー業界全体の課題解決(脱炭素と安定供給)にも資するWin-Winの取り組みなのです。マーケティングの力で社会課題の解決を後押しできる好例と言えるでしょう。
最後に、このABM×手紙DM戦略を成功させるための心構えを述べます。それは「相手企業の課題を自分事として考え抜く」ことです。業界の常識や型にはまった営業トークを一度脇に置き、クライアントそれぞれの事情に合わせた提案を創造する。そのために使える手はデジタルもアナログも全て使う。その姿勢こそが、従来のやり方に食傷気味だったお客様の心を動かします。
日本の再エネ業界も転換期に差し掛かっています。これまでの大量導入フェーズから、自家消費型・分散型エネルギーのフェーズへ。そしてマーケティング・営業手法もまた変革が求められています。ABMと手紙DMの組み合わせは、一見地味ながら実効性の高い切り口として、必ずや皆さんのビジネス拡大と日本の脱炭素推進に貢献するはずです。ぜひ「御社ならでは」の創意工夫を加え、この戦略を自社のものとしてブラッシュアップしてみてください。マーケティングの力でエネルギー業界に新風を巻き起こし、再生可能エネルギー普及のトップランナーとなることを期待しています。
ファクトチェック・参考情報(主要データ出典):
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2023年度の日本国内における再生可能エネルギー電力比率は約26.1%(太陽光発電は約11.3%)で、第6次エネルギー基本計画の2030年度目標(36~38%)の約7割に留まる。
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電力料金高騰を背景に企業からの自家消費型太陽光・蓄電池の問い合わせ・商談が増加していると感じる営業担当者は82.4%にのぼる。
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2025年3月時点でRE100(事業で使用する電力100%再エネ)の参加日本企業数は91社に達している。
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産業用太陽光・蓄電池導入検討時の不安要素トップは**「投資回収ができるか」69.1%**、次いで「販売施工業者への信頼性」42.6%、 「屋根の強度が充分か」33.8%など。
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太陽光・蓄電池導入提案時に示された経済効果シミュレーションの信憑性を疑った経験がある経営者・役員は67.0%にのぼる。
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ABM施策によりマーケターの97%が「他施策より高いROIを示した」と評価しており、ABM実施1年以上で60%の企業が売上10%以上増加したとの報告もある。
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手紙DM(ダイレクトメール)はメールよりROIと応答率が高く、特に経営幹部と連絡を取るのに最も効果的なチャネルとされる。DMの開封率は約90%で、メールより20~30%高い。DM活用でマーケ施策全体のパフォーマンスが向上したとするマーケターも84%にのぼる。
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シミュレーション結果の保証があると仮定した場合、需要家企業の57.0%が「その販売施工店に発注したい」と回答し、60.0%が「社内稟議や投資決裁が通りやすくなる」と感じるとの調査結果がある。
ABM・手紙DMと併用すると効果が最大化できる仕掛け:
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