産業用蓄電池(定置型蓄電システム)市場「10倍化」に向けた戦略とは?

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。お仕事・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

目次

産業用蓄電池(定置型蓄電システム)市場「10倍化」に向けた戦略とは?

要約

2030年までに日本の産業用蓄電システム市場を10倍以上に拡大するための包括的な戦略を提案します。

高速負荷追従制御AI技術を組み合わせて再生可能エネルギーの利用効率を極限まで高めデジタルシミュレーションと保証で投資判断を迅速化します。食品・飲料製造業や化学産業など効果の高い重点セクターから段階的に展開し、新たなビジネスモデルで導入障壁を下げます。政策改革による強力な後押しと、地域連携・CO2クレジットとの融合で社会全体の価値に昇華させることで、蓄電システムは単なるコスト要素ではなく「価値創出のエンジン」となります。

技術、経済、政策、地域、環境の多角的アプローチにより、エネルギー転換と持続可能な社会の実現に貢献します。

背景 

日本の産業用蓄電システム市場を2030年までに現在の10倍以上に拡大するためには、従来の延長線上ではない大胆で多角的なアプローチが求められます。政府は第6次エネルギー基本計画で2030年に家庭・業務用あわせて累計24GWh(2019年度比約10倍)の蓄電導入を見通し、産業用システムの目標価格を6万円/kWhに設定しています。

民間予測では、2030年までに産業用蓄電システムが約20万台(容量約2億kWh)普及しうるとの試算もあり、さらなる成長ポテンシャルが示唆されています。一方で現在の導入事例では、例えば太陽光300kW+蓄電池500kWh規模システムで投資回収に約17年を要するケースも報告されており、経済性の課題が残ります。

本提言では、ラテラルシンキング(水平思考)で既成概念を越え、システム思考でエネルギー全体の最適化を図り、科学的知見を活かした革新的戦略を総合的に論じます。産業用太陽光+蓄電の効果を最大化する先端技術から、需要家の意思決定を後押しする手法重点産業セクターの攻略新たなビジネスモデル政策・制度改革地域・環境との融合まで、多面的な施策を提案します。

高速負荷追従制御と蓄電システムによる自家消費最大化

逆潮流問題の解決

太陽光発電の自家消費型システムでは、需要と発電のミスマッチによる逆潮流が生じると逆電力継電器(RPR)が作動しパワコン(PCS)が停止してしまう課題があります。このため、多くの工場では発電ロスを避けるため敢えて太陽光パネル容量を需要より小さめに抑える傾向がありました。

この制約を打破する革新技術が高速負荷追従制御です。例えばWaveEnergy社のシステムは、商用電力の購入電力と太陽光発電出力を高圧主回路で精密に計測しつつ需要変動に合わせてPCS出力を瞬時に制御します。わずか2秒以内で発電出力を調整できるため、RPRが動作する前に逆潮流を未然に防ぎ、発電停止によるロスを起こしません。

実際にこの制御を導入した完全自家消費型PV設備では、RPRが一度も作動せず、一時的に「買電ゼロ」を5時間達成した例も報告されています。高速追従制御のおかげで需要を上回る発電を出さないよう自動調整できるため、需要量を超えるパネル過積載も可能となり、自家消費率と収益性の大幅向上につながります。

AI技術との連携

さらにAI技術を活用した最適制御経済効果の最大化に貢献します。関西電力が法人向けに提供開始した「SenaSon」のようなAI制御ソリューションでは、建物の需要負荷と太陽光発電量を高精度に予測し、蓄電池の充放電や空調・生産設備までリアルタイム制御します。これにより、太陽光+蓄電導入時のエネルギーコスト削減額を従来比最大1.5倍に高められると報告されています。

つまり、AIがあることで蓄電池の運用最適化(例えば天気予測に基づく事前充電や、電力単価に応じた放電タイミング調整)が可能となり、投資対効果が飛躍的に向上します。またAI制御により需要家側のデマンドレスポンス(DR)にも柔軟に対応でき、電力需給ひっ迫時には蓄電システムが自動的に負荷削減してDR報酬を獲得することも可能になります。

高速応答ハードウェアとAIソフトウェアを組み合わせた蓄電システムは、「発電電力=需要電力」を実現する次世代のスマート蓄電ソリューションと言えるでしょう。これら革新的技術の導入により、「最小の設備で最大の自家消費」を可能にし、投資回収を大幅に短縮することが期待できます。

迅速な投資効果シミュレーションと保証による意思決定支援

クラウドベースの高速シミュレーション

蓄電システム導入を拡大する上で、需要家が感じる経済性の不確実性を低減することが重要です。従来、大規模な省エネ設備のROI算定には専門知識や時間が必要で、提案段階でも試算に数日~数週間を要するケースがありました。

近年登場したクラウドシミュレーションツールはこの状況を一変させています。例えば「エネがえるBiz」というサービスでは、電力使用データや設備容量を入力するだけで、わずか10分需要家ごとにカスタマイズされた提案書が自動作成されます。このレポートには長期収支見通し(キャッシュフロー:長期収支)投資対効果(ROI)投資回収期間などが含まれ、従来数日かかった計算が10分で完了するため、大手有名メーカー・商社・国内最大クラスのEPC事業者や施工事業者が続々と採用し営業生産性を飛躍的に向上させます。

実際に同サービスでは難解な試算作業をクラウド上で誰でも5分程度で実行でき、その場で経済効果診断レポートを得ることができます。需要家は自社の電気料金や負荷パターンでシミュレーションされた投資回収年数累積利益のグラフを見ることで、導入後の具体的なメリットを直感的に理解できます。

参考:産業用蓄電池シミュレーションによる成約率アップならエネがえるBiz 

参考:簡単 自家消費シミュレーションなら「エネがえるBiz」(低圧・高圧の産業用太陽光・蓄電池対応)

導入効果シミュレーション保証

加えて、シミュレーション精度に対する不安を和らげるための「導入効果シミュレーション保証」という仕組みも登場しました。エネがえるBizでは国内初のオプションとして、試算どおりの経済効果が得られない場合に備えた保証サービスを提供しています。

具体的には、国際航業と日本リビング保証が提携し、発電・蓄電システムの経済効果シミュレーション結果を保証する取り組みが開始されており、もし実績がシミュレーションを下回った場合には一定の補填を受けられる仕組みです。これにより需要家は「シミュレーション通り効果が出るだろうか」という不安を大幅に減らすことができます。言わば科学的根拠に基づくお墨付きが与えられることで導入の意思決定ハードルが下がるのです。

現時点では太陽光発電量を基準としていますが、今後は産業用蓄電池、住宅用蓄電池を含めた経済効果保証も検討されているようです。

参考:国際航業、日本リビング保証と業務提携/太陽光発電・蓄電システム「経済効果シミュレーション保証」の提供開始~予測分析を活用し、性能効果をコミットする「シミュレーション保証」分野を強化 

ファイナンス機能の組み込み

また、シミュレーションツールにはファイナンス機能の組み込み(Embedded Finance)も期待されます。例えば試算結果と連動してリース料シミュレーションや金融機関ローンの月額返済額試算を同時に提示すれば、ユーザーは初期投資額ではなく月々のキャッシュフローで導入可否を検討できます。

エネルギーサービスプロバイダーが金融機関APIと連携し、提案書上でローン審査の事前承認リース契約プランを提示できれば、「導入したいが資金手当てが不安」という企業にもワンストップで解決策を示せます。このように、迅速な経済効果シミュレーションとその保証・金融支援をセットにすることは、導入効果の不確実性を削減し、多忙な企業経営者が10分の検討で「それなら導入しよう」と意思決定できる環境を整えるものです。結果として蓄電システムの提案成約率が高まり、市場拡大に直結するでしょう。

最小努力で最大効果が得られる10の重点産業セクター

蓄電システム導入の経済効果は、業種や負荷パターンによって大きく異なります。限られたリソースで市場を10倍に拡大するには、投資効果の高いセクターから優先的に攻略することが重要です。ここでは、比較的少ない努力で大きな経済インパクトが見込める10の産業セクターを選定します。

1. 食品・飲料製造業

加工食品工場や飲料工場は冷凍冷蔵設備ボイラーなど電力負荷が大きい一方で、屋根面積が広く太陽光設置に適しています。昼間の操業が中心であれば太陽光発電をフルに活用でき、蓄電池で夜間の冷蔵負荷を賄うことも可能です。

実際に食品工場で自家消費型太陽光を導入しデマンドピークを49kWから37kWへ12kW削減、月20~23万円の電気代節約に成功した例があります。蓄電池で需要ピークをカットすることで高圧契約電力を下げ、基本料金の大幅削減が実現します。

このセクターでは補助金に加え、冷蔵設備の効率化補助や、蓄電池による非常時の食品在庫保護(停電時も冷凍維持)の付加価値を訴求して導入を促進できます。

2. 化学・素材産業

化学プラントや素材工場(製紙、セメント等)は24時間連続稼働する設備が多くピーク電力も大きいですが、逆にピークカットの恩恵も大きくなります。蓄電システムで最大需要電力を抑えれば契約電力料を大幅削減でき、また生産設備の一部を非常時バックアップすることでBCP(事業継続計画)強化にもなります。

例えば化学工場では炉や反応器を止めると再起動に時間とコストがかかるため、蓄電池による無停電電源は経営リスク低減として評価できます。導入促進策としては、エネルギー多消費型産業向けにピークカット性能に応じた成果連動型の補助を用意し、実際に削減できたkWに応じて報酬を与える仕組みが考えられます。

3. 自動車・機械製造業

自動車工場や機械工場では、大型工作機械や塗装ライン稼働による昼間電力使用が多く屋根も広大なため太陽光+蓄電池との親和性が高いです。

実際、三菱自動車は岡崎製作所に屋上設置3MWの太陽光発電とEVリユース電池を活用した大型蓄電システムを導入し、非FIT自家消費型として国内最大級規模のCO2削減プロジェクトを開始しました。このように、自社のEV使用済み電池を活用すれば蓄電池コスト低減と循環経済にも寄与できます。

自動車業界はカーボンニュートラルへのコミットが強いため、「蓄電池導入=RE100達成への一歩」と位置付けてトップダウンの投資を引き出す戦略が有効です。促進策としては、EVメーカーと連携した蓄電池リユース補助や、工場のCO2削減貢献をサプライチェーン全体のクレジットとして活用できる制度づくりが考えられます。

4. 半導体・電子部品産業

クリーンルームを持つ半導体工場や電子部品工場は、24時間空調や設備稼働で常時大電力を消費します。このセクターでは電源品質と安定供給が極めて重要なため、蓄電システムによる瞬低対策・停電対策の価値が高いです。

蓄電池をUPS的に用いれば数秒の瞬時電圧低下でも生産ラインを止めずに済み、高価な製造中ウェハーのロスを防げます。経済効果だけでなく品質リスク低減を前面に出し、保険的投資として蓄電池導入を促すのがポイントです。

また余剰電力はほとんど出ない業種ですが、夜間の安価電力を蓄電池に溜めて日中ピークに放電するピークシフトで電力コスト削減が可能です。政府も先端半導体工場の国内誘致を進めていますが、補助金交付の条件に再エネ設備導入を組み込むなどして蓄電池設置を推進するとよいでしょう。

5. データセンター・ITインフラ

データセンター(DC)は急増するクラウド需要で電力消費が年々拡大している分野です。サーバ設備の性質上24時間稼働ですが、昼と夜で負荷差が生じることもあります。太陽光+蓄電池を併用すればDC消費電力の相当部分を賄える可能性があります。

蓄電池はまず非常用電源(UPS)としての役割が大きく、ディーゼル発電機に代わるクリーンなバックアップを提供します。また平常時にはピークシフト蓄電池を活用することでピーク電力料金の回避とエネルギーコスト最適化が図れます。

さらに近年は再エネ100%のグリーンDCが国際競争力の観点から求められており、蓄電池を用いた安定供給によって天候に左右される再エネ電力の利用拡大が可能です。促進策として、環境省の補助事業でデータセンターへの蓄電池・太陽光導入を支援する枠組みを拡充したり、DC事業者が蓄電池でDR提供した場合の報酬制度を整えることが考えられます。

その他の重点産業セクター

  1. 物流・倉庫業 – 屋根面積が広く太陽光設置に適し、蓄電池でピーク電力カットによる契約電力料金削減効果が大きい
  2. 交通インフラ(鉄道・空港・港湾) – 電力負荷が大きく、BCPの観点からも蓄電池価値が高い
  3. 大規模商業施設・チェーン店舗 – 昼間から夜にかけての営業で空調負荷が大きく、蓄電池でピークカット効果が期待できる
  4. 建設・工事セクター(現場電源) – 現場用モバイル蓄電池によるディーゼル発電機代替で燃料費削減・環境負荷低減
  5. 農業・畜産業(スマート農業) – 特に植物工場や温室での照明・空調用電力を太陽光+蓄電池で賄う

以上、10セクターそれぞれに独自の導入メリットがありますが、共通して言えるのはピーク電力の削減自己消費率向上による電気料金節減効果、そしてエネルギーレジリエンス(非常時電源確保)という付加価値です。それぞれの産業に特化した切り口で経済効果を提示し、業界団体とも連携して成功事例の水平展開を図ることで、2030年に向けた蓄電市場拡大を加速できるでしょう。

新たなビジネスモデルとファイナンススキームによる導入促進 

市場拡大には、従来の「設備を購入して自前で使う」だけでない革新的なビジネスモデルの展開も欠かせません。初期コストの高さや運用の難しさを理由に導入を躊躇する需要家も多いため、蓄電システムをサービスとして提供しリスクを分担するモデルが有効です。

蓄電池のサービス化(BaaS: Battery as a Service)

蓄電システムを需要家が購入するのではなく、エネルギーサービス事業者が設置・所有し、需要家はそのサービス利用料を支払う方式です。いわゆる太陽光のPPAモデルを蓄電池にも拡張した形で、需要家は初期投資ゼロで即座に電力コスト削減メリットを得られます。

例えば前述の食品工場のケースでは「あおぞら電力」というPPAモデルを採用し、設備を自社で持たず電気代削減効果だけ享受しています。蓄電池サービス提供事業者は複数顧客の蓄電システムを遠隔制御し、需要家の電気料金削減分の一部をサービス料として受け取るビジネスです。

このモデルでは事業者側がスケールメリットを活かして安価に設備調達・運用でき、需要家はCAPEXからOPEXへ支出をシフトできる利点があります。

成果連動型のリース・ESCO契約

需要家の懸念を減らすため、実際に得られた電力コスト削減額に応じて料金を支払うペイ・パー・セルフ(成果払い)方式も考えられます。例えば蓄電池導入により月々○万円の電気代削減が生じたら、そのうち○割をESCO事業者に支払うといった契約です。

需要家は導入後すぐ純利益が出るため導入判断しやすく、提供側も高性能な制御や運用で成果を最大化するインセンティブがあります。これを政府補助と組み合わせ、削減電力量1kWhあたりいくらといった成果報酬型補助金を出す仕組みにすれば、民間の創意工夫で効果を高めながら公的資金の効率的活用が可能です。

組み込み型金融(Embedded Finance)による低金利融資

金融機関との連携で、蓄電システム導入専用の低利ローンやリース商品を開発しワンストップ提供する手法です。例えばエネルギーサービス企業が需要家に提案する際、提携銀行のグリーンローン審査を同時に行い、プロジェクトの電気代削減キャッシュフローを返済原資とする融資を即時提示することができます。

需要家は設備を担保に取られずに済み、金融機関は実需に根差した案件を獲得できます。さらに保険会社とも連携し、蓄電システムの性能保証保険を組み込んだファイナンススキーム(たとえば「10年後容量が80%未満になれば保険金支払い」等)を提供すれば、設備劣化リスクも軽減できます。

VPP(バーチャル発電所)アグリゲーターとの提携

蓄電システムは単独でも価値を生みますが、複数を束ねてエネルギー市場に参加させると追加収益を得られます。需要家側から見ると、自社の蓄電池を使っていない時間帯に他社向けに電力調整サービスを提供し収益化できるイメージです。

具体的には、アグリゲーター企業が多数の需要家蓄電池を遠隔制御し、電力系統の周波数調整やピーク時の電力卸売市場へネガワット供給を行います。その収益の一部が需要家に還元され、結果的に蓄電池の実質負担コストが下がります

現在日本でもVPP実証が各地で進み、47都道府県で多様なモデル実証が計画されています。ビジネスモデルとしては、アグリゲーターが「蓄電池設置費用を一部負担する代わりに、○年間VPP参加契約を結ぶ」という形で需要家に提案し、双方メリットを得るスキームが考えられます。蓄電池が普及すればするほどVPPの精度と価値は上がるため、集団戦略で市場拡大と収益化を両立するモデルです。

EVと蓄電池の融合ビジネス

工場やビルで業務用EV(フォークリフト、社用車等)を導入している場合、これらを走る蓄電池として活用するサービスも新興ビジネス領域です。例えば日中はEVに太陽光余剰電力を充電し、夕刻の建物ピーク時にV2B(Vehicle to Building)でEVから給電するといった仕組みです。

これにより専用の定置型蓄電池を削減でき、設備コストを抑えつつ蓄電機能を享受できます。サービス提供者はEVメーカーや充電インフラ企業と連携し、需要家にEVと充放電スタンド、エネルギー管理システムをセットで提供します。

需要家はモビリティと電力の二つの価値を一体で手に入れることになり、総合的なROIが向上します。今後EVの普及で大量の車載電池が市場に出回ることから、EVバッテリーのセカンドライフ利用(再利用蓄電池)も含めたビジネスモデルは大いに有望です。実際、日産や三菱自など自動車メーカーも使用済み電池を定置型蓄電池に再生し販売する取り組みを始めています。

以上のような多彩なビジネスモデルを展開するには、エネルギー業界だけでなく金融業界・自動車業界・IT業界とのコラボレーションが鍵となります。オープンイノベーションを促進するため、各分野のデータや知見を持ち寄る場が必要です。需要家にとっては、自社でフルスクラッチで導入し運用リスクを負うのではなく、専門事業者のサービスを柔軟に利用できる環境が整えば、蓄電システム導入の心理的・金銭的ハードルが大きく下がるでしょう。

エネルギー政策・規制改革による導入加速

民間の技術革新やビジネスモデルと並行して、政府のエネルギー政策や規制の整備・改革も市場拡大に不可欠です。蓄電システム市場を10倍に飛躍させるため、従来政策の延長ではなく大胆なリデザインが求められています。

成果連動型インセンティブへの転換

現在の補助金は設備容量や費用に応じた定額支給が中心ですが、これを実際の効果(削減電力量・ピーク低減量など)に応じた報酬にシフトすべきです。例えば蓄電池を用いてピーク電力を削減できた企業には削減1kWあたり○万円の報奨金を支給する、年間自家消費率を○%以上達成した場合に追加インセンティブを与える等の仕組みです。

こうすることで需要家は蓄電池を使いこなすほど得をするようになり、形だけ導入して遊休設備になるのを防ぎます。実現には法律改正が必要ですが、経産省・環境省の合同タスクフォースで検討を進め、速やかに法制化を図るべきでしょう。

エネルギー政策・規制改革による導入加速 

電力料金体系の改革と市場設計

需要家側が蓄電池の価値を享受できるよう、電力料金メニューや市場ルールの見直しも重要です。具体的には、大口需要家向けに時間帯別料金(TOU料金)の拡充リアルタイム価格の導入を進めます。ピーク時の電力単価を高く、オフピークを安く設定すれば、蓄電池でピークシフトする経済メリットが明確になり、導入誘因が高まります。

また、容量市場や調整力市場への需要側リソース参加を促進し、需要家蓄電池が系統調整力として価値を発揮できる枠組みを整備します。現在は認定アグリゲーター経由で一部実施されていますが、さらに参入障壁を下げ、より多くの需要家が余剰蓄電システムで収入を得られるようにするのです。

規制緩和と手続き簡素化

蓄電池導入に伴う各種規制の見直しも行うべきです。たとえば現在、電気事業法上は自家消費型太陽光でも逆潮流防止のためRPR設置が義務ですが、前述の高速制御技術のように確実に逆流しないシステムには適用除外を認め、パネル過積載を制度上も後押しすることが考えられます。

また、複数需要家で蓄電池を共同利用する場合の電力融通は現行制度では制約がありますが、特定エリア内の融通を許可する「マイクログリッド特区」を設けて実証を進めるなど、柔軟な電力シェアを可能にする規制緩和が必要です。

さらに、蓄電池設置には消防法・建築基準法上の規制(消防設備の追加や耐火性能確保など)も関わりますが、安全性を確保しつつ審査手続きを迅速化するよう関係省庁間でワンストップサービスを提供することも有効です。例えば経産省・消防庁・国交省が連携し、蓄電池設備設置ガイドラインを統一的に示すことで、自治体ごとの解釈差異を減らし事業者の負担を軽減します。

補助金・税制の戦略的拡充

初期導入を後押しする財政的支援は引き続き重要ですが、その対象と条件を工夫します。現在も産業用蓄電池には国の補助金がありますが、予算枠拡大だけでなく、例えば「太陽光とセット導入」「ピークカット◯%達成」など効果重視の条件付き補助とし、本当に効果の高い案件に重点投入します。

また税制では、蓄電池設備の特別償却即時償却を認め投資負担を軽減する措置を拡充します。加えて地方自治体レベルでも、独自の蓄電池導入補助や、蓄電池付き太陽光を設置した企業に固定資産税減免措置を講じるなどインセンティブを与える施策が考えられます。自治体によるグリーンボンド発行で蓄電池導入資金を募り低利で貸し付けるといった金融支援策も検討に値するでしょう。

データ標準化と「バッテリーパスポート」

蓄電池の普及と並行して、蓄電池に関わるデータや品質を可視化する仕組みづくりも政策課題です。欧州では車載電池に製造からリユースまでの情報を一元管理する「バッテリーパスポート」構想が動いていますが、日本も産業用蓄電池について寿命・性能データの蓄積と共有を進めるべきです。

具体的には、資源エネルギー庁・金融庁・デジタル庁が協力し、蓄電シミュレーションのAPI標準やバッテリーパスポートの仕様を策定するといった提案があります。これが実現すれば、中古蓄電池の信頼性評価が容易になり、リユース市場の活性化や保険商品の充実につながります。

オープンデータ化によるイノベーション誘発も期待でき、学術機関やスタートアップが実データを元に性能予測や最適運用アルゴリズムを開発し、市場に還元するといった好循環が生まれるでしょう。

以上の政策パッケージは互いに補完し合い、蓄電システム普及の統合戦略となります。エネルギーの専門家提言でも、これら「成果連動型インセンティブ」「保証付きシミュレーション」「組み込み金融」「DR市場設計」「データDAO(分散自律組織)」の5本柱が提唱されています。国家プロジェクトとして蓄電池産業の育成と国内導入拡大を位置づけ、官民一体で迅速に実行に移すことが、日本のエネルギー自給と競争優位に直結するでしょう。

地域循環型経済との連携による相乗効果

蓄電システム市場拡大を地域レベルで底上げするには、地域循環型エネルギーの文脈と結びつけることが重要です。単に各企業が個別に導入するだけでなく、地域コミュニティや地元経済と連携した仕組みにすることで、導入の裾野を広げつつ地域活性化にも貢献できます。

地域マイクログリッドと蓄電池シェアリング

産業団地や商店街など地理的に近接した需要家同士で蓄電池を共有し、地産地消エネルギーを最大活用する取り組みです。例えばある工場が昼間発電した余剰太陽光を、隣接する中小企業の蓄電池に充電して夕方に供給する、といったエネルギーの融通が考えられます。

現在の制度では難しい側面もありますが、自治体主導の実証事業として「エネルギー地産地消モデル地区」を指定し、地域内の再エネと蓄電池を統合制御する実験を進めることができます。例えば兵庫県加西市では、住宅と事業所に分散設置した蓄電池で自家消費率70%の電力供給を目指すプロジェクトが行われています。

こうした事例では、地域全体で脱炭素に取り組み、災害時には公共施設へ非常電力を融通するなど、蓄電池がコミュニティの備えとしても機能します。

自治体×企業の共同蓄電プロジェクト

地方自治体が地元企業と協定を結び、公共施設と民間工場の間で電力を融通し合うモデルも考えられます。平時は企業の蓄電池で公共施設のピーク電力をカットし、非常時は逆に公共施設の太陽光で企業設備へ電力供給する、といった相互支援型エネルギーネットワークです。

自治体が補助金を出し企業が設備設置する形にすれば双方メリットがあり、地域全体のレジリエンスも向上します。特に災害時電源確保が重要な病院・避難所と、平時電力消費が大きい工場を組み合わせるなど、WIN-WINの連携が可能です。

地域新電力との連携

各地で誕生している地域新電力会社が、蓄電システム普及の推進役となることも期待できます。地域新電力が地元企業に対して太陽光や蓄電池の初期導入を補助し、その代わり平時は新電力の配下でDRや調整力として活用させてもらう、といったモデルです。

新電力側は調達コスト削減や電力需給調整力強化のメリットがあり、企業側は安価な電力調達と導入補助が受けられます。例えば地域新電力が発行する「エネルギー地産地消証書」を企業が取得できるようにし、蓄電池導入企業は自社製品に「この製品は地域再エネで製造」とPRするなど、ブランド価値向上にも繋げられます。

地域通貨・ポイントによる誘因

ユニークな発想として、地域独自のポイントや通貨で蓄電池サービスの対価を支払う仕組みも検討できます。企業が工場の蓄電池をコミュニティに開放した場合、その企業従業員が利用できる地域商品券を発行する、あるいは蓄電池提供量に応じて自治体からCSR表彰を受け税優遇するといった具合です。

地域ぐるみで蓄電池を活用する文化を醸成し、「うちの町はみんなで電気を融通し合っている」という意識が広まれば、導入への心理的抵抗も下がります。

このように蓄電システムを地域のインフラの一部と位置付けることで、単なる設備投資以上の価値を引き出せます。地域循環型経済の観点では、蓄電池の地元生産・地元リサイクルも重要です。地域の大学や企業が協力して使用済み蓄電池のリユースセンターを設け、地元で回収→検査→再利用を行えば、新たな産業と雇用も生まれます。自治体はこうした取り組みに補助・融資を行い、地域内でエネルギーと資源が循環するモデルケースを作り出すべきです。

CO2クレジットスキームとの融合による導入インセンティブ 

最後に、蓄電システム普及を気候変動対策の文脈と結びつける戦略です。日本は2050年カーボンニュートラル、2030年温室効果ガス46%削減を目標としており、企業にも脱炭素経営が求められています。蓄電システム+再エネはCO2排出削減の有力手段であり、これをクレジット(排出権)として価値化することで追加の経済インセンティブを生み出せます。

J-クレジットの活用拡大

日本には、再エネ設備や省エネ設備で削減したCO2を「J-クレジット」として認証・取引できる制度があります。現在も太陽光の自家消費で削減したCO2量をクレジット化することは可能で、実際に家庭の太陽光自家消費電力量データを取得し証書化するサービスも存在します。

産業用でも、工場が太陽光+蓄電で○トンのCO2を削減したと認証されれば、その分のクレジットを他企業に販売したり自社のカーボンオフセットに充当できます。政府試算では2030年度までにJ-クレジットで約971万トン-CO2の認証を見込むとされ、この中に蓄電池経由分も含めて拡大させる余地があります。

提案としては、蓄電池込みの再エネ自家消費プロジェクトをJ-クレジットで優遇する仕組みを作ります。具体的には、蓄電池なしで太陽光を自家消費した場合より、蓄電池ありで自家消費率を高めた場合のほうが追加的削減としてクレジット認証量を増やすような方法です(例えば同じ太陽光発電量でも蓄電池経由だとCO2削減寄与率×1.2倍で計算等)。こうすることで、企業は蓄電池導入によって得られるクレジット収入をROIに組み込めるようになります。

社内カーボンプライシングの導入

クレジット取引だけでなく、企業が自主的に炭素価格を設定し投資判断に反映させる手法です。例えば内部的に1トンCO2削減の価値を1万円とみなすと、年間○トン削減できる蓄電池プロジェクトは年間○万円の付加価値があると評価できます。

これを投資採算計算に入れれば、単純な電気代削減だけではペイしない案件も社内合意を得やすくなります。政府はこうした社内カーボンプライシングを促進するための指針を示し、ベストプラクティスを共有する役割を果たすと良いでしょう。蓄電池導入でCO2何トン削減できるかはシミュレーションで算出可能ですから、そのまま社内の炭素会計に組み入れて意思決定するのです。

排出量取引市場とのリンク

今後、日本でも本格的な排出量取引(カーボンプライシング制度)が導入されれば、蓄電池によるCO2削減分を売買できるようになります。EUでは排出量1トン当たり1万円以上の価格がついており、日本でも2023年から試行的な排出量取引市場が始まりました。

蓄電池普及策として、工場のピーク電力削減=発電所での化石燃料ピーク稼働削減とみなし、その分のCO2をクレジット認証する仕組みも考えられます。これはやや間接的な効果なので算定難度がありますが、電力逼迫時に企業が蓄電池で需要削減した場合に「緊急DRクレジット」を与える等の工夫で実現可能です。

将来的に電力由来CO2の時間別排出係数が整備されれば、蓄電池で高排出係数時間帯の需要を低排出時間帯にシフトした効果を定量化し、クレジット化することも技術的には可能でしょう。

企業のESG評価・サプライチェーン要求

蓄電池導入をCO2削減以外の観点から企業価値向上に結びつけることも重要です。投資家のESG評価では再エネ利用や革新的技術導入はプラス要素となりますし、大手企業はサプライチェーン全体の排出削減を取引先に求める傾向にあります。

そこで下請け中小企業が蓄電池で再エネ自家消費を高めCO2排出を削減すれば、大企業から「グリーンサプライヤー」として評価され、取引機会の拡大や優遇を受けられる可能性があります。このような市場からの圧力も普及を後押しするでしょう。政府は産業界に対し蓄電池等による脱炭素化努力をガイドラインとして示し、サプライチェーン全体での取組事例を表彰・周知するなど、企業間インセンティブを醸成する支援が考えられます。

以上、CO2クレジットやカーボンバリューとの融合策を講じることで、蓄電システムは単なるコスト削減設備から環境価値創出の投資へと位置づけが変わります。経営トップが気候目標達成の切り札として蓄電池を捉えれば、社内予算も優先的に投入されるでしょう。また、日本全体としても600万世帯分の電力需要をまかなえる分散電源網が構築され、エネルギー安全保障と脱炭素の両立という国家目標に大きく近づきます。

結論

本稿では技術、経済、政策、地域、環境の観点から、日本の産業用蓄電システム市場を2030年までに10倍以上に拡大するための包括的戦略を論じました。高速負荷追従制御×AIで再エネ利用を極限まで高め、デジタルシミュレーション×保証で投資判断を迅速化し、重点セクター攻略で効率よく市場を拡大、新ビジネスモデルで導入障壁を下げ、政策改革で強力に後押し、地域連携とクレジットで社会全体の価値に昇華させる──これらを統合的に実行することで、蓄電システムは単なるコスト要素ではなく「価値創出のエンジン」となり得ます。

日本がこの分野で世界をリードし、エネルギー転換のモデルケースを示すことは、経済的メリットのみならず地球規模の持続可能性への貢献となるでしょう。「蓄電池革命」を産業界・政策・地域社会が一丸となって推進し、2030年に向けた飛躍的成長を実現することが期待されます。

参考文献・情報源 

  1. 再生可能エネルギーの専門メディア PVeyeWEB: 完全自家消費を支援するウェーブエナジーの制御システム(2019年)
  2. SOLAR JOURNAL: 自家消費ソリューション最前線 ファーウェイの自家消費型パワコン(2023年)
  3. 国際航業(エネがえる) Satoru Higuchi: 投資回収期間を5分で自動計算 エネがえるBiz(2025年)
  4. 国際航業(エネがえる) Satoru Higuchi: 電気代ゼロへの道:2030年蓄電池革命(政策提言)(2025年)
  5. 関西電力ニュースリリース: AIで分散型エネリソース最適制御『SenaSon』提供開始(2023年)
  6. 信越食品工業 導入事例(サンジュニア): 自家消費でデマンドピークを下げPPA採用(2019年)
  7. 三菱自動車 ニュースリリース: 岡崎製作所に屋根置き太陽光+EVリユース電池蓄電システム導入(2019年)
  8. イプロス 特集記事: データセンターの再エネと蓄電池活用(閲覧2025年)
  9. J-クレジット制度 公式サイト/電気新聞: J―クレジットのCO2削減量、蓄電池経由分を算定(2020年)
  10. Qセルズ: CO2削減プロジェクト(2020年)

無料30日お試し登録
今すぐエネがえるBizの全機能を
体験してみませんか?

無料トライアル後に勝手に課金されることはありません。安心してお試しください。

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。お仕事・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

コメント

たった15秒でシミュレーション完了!誰でもすぐに太陽光・蓄電池の提案が可能!
たった15秒でシミュレーション完了!
誰でもすぐに太陽光・蓄電池の提案が可能!