リジェネラティブ・デザイン(環境再生型デザイン)による建築プロジェクト事例と解説

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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リジェネラティブ・デザイン(環境再生型デザイン)による建築プロジェクト事例と解説

はじめに:建築が地球を癒やす時代へ

気候変動や生物多様性の危機が深刻化する中、これまで環境に“できるだけ害を与えない”ことを目標としてきたサステナブルデザイン(持続可能な設計)だけでは十分ではなくなっています。

建築物や都市は世界のエネルギー起因CO2排出量の約40%を占める最大の排出源であり、その建設や運用に伴う環境負荷が地球に大きな影響を及ぼしています。しかし今、建築を通じて環境を積極的に再生・改善することを目指す新たなパラダイム、「環境再生型デザイン(リジェネラティブ・デザイン)」が世界的に注目を集めています。単にマイナスを減らすのではなく、プラスのインパクトを生み出す——建築が環境や社会にとって “より良い状態” を実現する時代が幕を開けようとしています。

かつて建築は大量の資源を消費し、廃棄物や排出ガスを垂れ流す「環境負荷の源」とみなされがちでした。実際、都市や建物を造ることは土地や資源を奪い、生態系を分断する行為でもあります。しかし発想を転換すれば、建築を通じて自然を修復し、人々とあらゆる生き物に恩恵をもたらすことも可能です。例えば「建物が自らエネルギーを生み出し、雨水を蓄え、空気を浄化し、炭素を土壌に封じ込める」といった未来像は、もはや絵空事ではありません。

実際に世界では、そうした「環境にプラスを返す建物」が生まれ始めており、Living Building Challenge(リビング・ビルディング・チャレンジ)のような認証制度がそれを後押ししています。

本記事では、このリジェネラティブ・デザインの概念と原則、世界最先端の事例、日本における課題と可能性について、網羅的かつ高解像度に解説します。そして日本の再生可能エネルギー普及や脱炭素を加速させる上で、リジェネラティブな発想がどのような根源的ソリューションとなり得るのかを探ってみます。

リジェネラティブ・デザインとは何か?サステナブルとの違い

リジェネラティブ・デザイン(環境再生型デザイン)とは、自然の生態系プロセスを模倣したり共生しながら、全ての生物にとってより良い状態を目指す設計手法です。従来のサステナブルデザインが「環境への悪影響を可能な限り減らす」ことに重きを置いていたのに対し、リジェネラティブ・デザインは「環境や社会を積極的に再生・回復させ、今よりも良い状態にする」ことを目標とします。

米建築家ウィリアム・マクドノー氏の言葉を借りれば、「“Less bad(よりマシなだけ)”では“Good(良いこと)”とは言えない」のです。地球への負荷を減らすだけでは十分でなく、むしろ人間も含めた生態系全体が繁栄するようなデザインが求められているのです。

こうした考え方は1970年代頃から提唱され始め、1990年代以降に注目を集めてきました。建築分野では**「人間と自然を切り離さず、建築を生態系の一部として捉える」という視点が重要です。リジェネラティブ・デザインでは、人間活動と自然環境を統合したホールシステム思考(全体システム思考)**を取り入れ、デザインの初期段階から生態系の回復やネットポジティブな影響を生み出すことを意図します。

これは建築のみならず、都市計画やプロダクト設計、ビジネス戦略にまで及ぶ包括的なアプローチです。

まとめると、サステナブルとリジェネラティブの違いは以下のように整理できます:

  • グリーン(従来の環境配慮型):従来手法より環境負荷が低いが、「悪い中ではマシ」な状態に留まる。

  • サステナブル(持続可能型):環境へのマイナスをゼロに近づけ、中立を目指す(これでも「悪影響を減らしている」段階)。

  • リストラティブ(修復型):人間が自然システムの一部を積極的に修復・良くする(例えば森を再生する等)。

  • リジェネラティブ(再生型):人間も自然の一部とみなし、社会・経済・自然が相互作用する全体システムの中で、人間の活動自体が自然の営みに組み込まれ調和する。

リジェネラティブ・デザインはこの最も上位の段階であり、人間と自然の区別を取り払い、建築や都市が「生きた生態系の一部」として機能することを目指します。例えば都市における水・緑・エネルギー循環をデザインに統合し、建物自体が地域の水循環や生物多様性ネットワークの一部となる、といった発想です。

環境再生型の建築デザイン:5つの基本原則

それでは、建築分野でリジェネラティブ・デザインを実践するための具体的な原則とはどのようなものでしょうか。世界の先行事例や専門家の知見から抽出すると、以下の5つの基本要素が重要だと考えられます:

  1. 自然エネルギーのフル活用 – 建物の設計段階からエネルギー効率を最適化し、太陽光・風力など再生可能エネルギーを最大限活用します。建物自体に太陽光パネルや小型風車を組み込み、エネルギーを自給するだけでなく、余剰電力を地域に供給するネットプラス・エネルギー建築を目指します。例えば屋根全面に設置した太陽光パネルで年間消費以上の電力を発電し、余った電力を電力網に送ったり蓄電したりする建物が現実に登場しています(後述の事例参照)。

  2. 資源循環と廃棄物ゼロ(サーキュラー・デザイン)「建物が生み出す廃棄物=他の生命の養分」となるような循環設計を行います。雨水の貯留・浄化と再利用、生活排水のリサイクルやコンポスト化、建材のリサイクル活用などにより、水や物質の循環システムを内蔵します。建材には再生素材や地域から得られる天然素材を使い、建設・解体時の廃棄物を最小化します。理想的には建物が「出す」のは綺麗な水と堆肥だけという状態を目指します。

  3. 生態系・生物多様性の積極的な保全・再生 – 建物敷地の一部を緑地やビオトープとして計画し、都市における小さな生態系拠点(生物の棲み処)を創出します。屋上緑化や壁面緑化、敷地内の植樹により、昆虫や鳥類の生息空間を提供し、都市のヒートアイランド現象を緩和します。さらに地域固有の植物種を植え、生態系ネットワークを復元・補強します。建物が**“ミニ森林”“垂直の森”**となり、都市の生物多様性ホットスポットとなることすら可能です。

  4. 人間の健康・コミュニティへの貢献 – 建築は人間だけでなく地域コミュニティにもポジティブな影響を与えるよう計画します。建物内外に公共的な緑地空間や農園、交流スペースを設け、地域住民が利用できる場とします。また地元企業・住民と協力し、その土地の文化や知恵をデザインに取り入れることで**「その土地らしさ」を体現します。自然光や良好な空気環境、木材など自然素材の活用により、利用者の健康・快適性も高めます。リジェネラティブ建築は人間のウェルビーイング(幸福)**と自然環境の再生を両立させることを重視します。

  5. 全体最適のシステム思考 – 個々の建物を越えて、都市・地域全体を俯瞰した視点で設計します。建築単体で完結せず、エネルギーや水、廃棄物処理を周囲の建物・インフラと共有することで、システム全体の効率とレジリエンスを高めます。例えば周辺のビルとエネルギーを融通し合うマイクログリッドを形成したり、地域の再生エネルギープロジェクトと建物を連携させます。また設計段階から、材料のライフサイクル(サプライチェーンから廃棄まで)や施工時・利用時の社会的影響も考慮します。このように境界を超えて繋がり合うシステム思考が、リジェネラティブ設計には不可欠です。

以上の原則は、英国の持続可能性専門家デビッド・チェシャー氏が提唱する「7つのリジェネラティブ設計原則」などにも通じています。

彼は特に、(1)地球の物理的限界内で生きること(太陽エネルギーや雨水のみで賄い、廃棄物ゼロにする)、(2)生態系サービスを置き換える/模倣すること、(3)システム思考でサイト外まで視野を広げること——という3つの発想転換が重要だと述べています。

これらは上記の原則にも重なるでしょう。実際に、「建物は降った雨だけを使い、地元の材料だけで建て、太陽がくれるエネルギーだけで賄う」「建物が植物のように振る舞い、水や空気を浄化する」「敷地境界の外も含め資源循環や社会への波及を考える」といった考え方です。

さらに、こうした設計を可能にするには新たな専門知や技術も求められます。生態学や気候工学の知見を持ち、建物と自然の相互作用をデザインできる人材が必要です。また、建物の価値評価やコスト計算の方法も見直す必要があるでしょう。従来は初期コストや経済性が重視されがちでしたが、環境再生への貢献価値や長期的便益を正当に評価する仕組みが重要です。

世界のリジェネラティブ建築:最先端事例に学ぶ

既に世界各地では、前述の理念を体現する革新的な建築プロジェクトが数多く登場しています。その中から代表的な先端事例をいくつか紹介しましょう。これらのプロジェクトは「環境にプラスを返す建物」の可能性を示すとともに、技術的・デザイン的な創意工夫にも富んでいます。

  • ブリット・センター(Bullitt Center – アメリカ・シアトルにある6階建てオフィスビルで、「地球上で最も環境的に持続可能な商業ビル」と称されます。屋上に575枚・計242kW相当の太陽光パネルを搭載し、年間エネルギー需要を全て自給しています。雨水は屋上で集められ56,000ガロン(約21万リットル)の巨大地下タンクに貯留され、飲料水や雑用水に利用。排水は敷地内で浄化・再利用され、水も完全自給です。さらに水を一切使わないコンポスト式トイレを採用し、排泄物は堆肥化処理されています。建設には有害化学物質を一切含まない材料を使用し、室内は高い天井と大開口窓で昼光を最大限取り入れる設計です。これらが評価され、同ビルは先述のLiving Building Challenge認証を取得しています。実際、稼働後の実績でも消費エネルギーより30%近く発電量が上回るネットポジティブを達成しており、10年間で想定以上のエネルギー正味排出削減に成功しました。

  • ケンデダ・ビル(The Kendeda Buildingアメリカ・ジョージア工科大学の建築学科棟で、こちらもエネルギーと水の両面でネットポジティブを実現しています。消費する以上のエネルギーを太陽光で発電し、雨水利用とリサイクルで全水需要を賄います。特筆すべきは、建材・サービスの少なくとも50%を半径1000km以内の地域から調達した点で、地元経済の支援と輸送由来のCO2削減に貢献しています。有害化学物質ゼロやリサイクル素材の活用も徹底され、米南部初のLBC認証取得建築となりました。

  • コペンヒル(CopenHillデンマーク・コペンハーゲンにある世界でもユニークな廃棄物発電プラント兼レクリエーション施設です。最新の焼却技術でごみを燃料に発電し、市内の15万世帯に電気と暖房を供給しています。プラントの屋上にはなんと年間通じて利用できる人工スキー場が広がり、都市住民にアウトドア娯楽を提供しています。さらにハイキングコースや世界一高いクライミングウォールまで備え、屋上を総合アクティビティ空間として活用発電所でありながら緑地と運動施設を併設することで、環境教育と市民の憩いの場を両立しました。コペンハーゲン市が2025年までに世界初のカーボンニュートラル都市となる目標を掲げる中、そのシンボル的建築となっています。

  • ボスコ・ヴェルティカーレ(Bosco Verticaleイタリア・ミラノの高層住宅で、その名も「垂直の森」です。高さ111mと76mの2棟のタワーに、合計800本以上の高木と1万5千株を超える多年生植物がバルコニー等に植えられています。これらの植栽は季節を通じ建物を覆い、断熱効果を高めるとともに都市の大気を浄化し、ヒートアイランド現象を緩和します。灌漑には建物の排水を浄化して再利用するシステムを導入し、水資源の循環も図っています。もとは工場地帯だった地区の再開発の一環として建設され、灰色の街並みに緑豊かな生態系を蘇らせた点が高く評価されました。都市の生態系復元と高密度居住を両立したアイコンとして、世界中のグリーン建築賞を受賞しています。

  • ワン・セントラルパーク(One Central Park – オーストラリア・シドニーにある複合高層ビルで、全高116mの外壁に植物が生い茂る垂直庭園ビルです。28階から張り出した巨大な鏡「ヘリオスタット」が太陽光を反射し、下層部や周囲の植物に日光を届ける工夫が施されています。夜にはこの鏡がLEDイルミネーションで輝き「街のシャンデリア」となるなど、デザイン性と機能性を融合。ビルは高効率な空調・採光技術を備え、太陽光やコージェネレーションによる再生エネルギー利用、汚水リサイクルシステムによる水循環も実現しています。都市型高層ビルでも創意により環境再生に寄与できる好例と言えるでしょう。

  • ザ・クリスタル(The Crystalイギリス・ロンドンに建つ、水晶のような外観のグリーンビルディングです。シーメンス社が持続可能な都市開発のショーケースとして建設し、建物全体を太陽光発電パネルで覆うことで年間エネルギー消費を大幅削減しています。地中熱も利用し、冷暖房エネルギーを補助。さらに雨水収集と浄化再利用によって、水使用量も最小限に抑えています。館内では持続可能な都市づくりに関する展示・教育プログラムを行い、訪れる市民の環境意識啓発にも貢献しています。高度なスマートビル技術(IoTセンサーによるエネルギー管理や室内環境制御)も導入され、環境性能評価で世界最高レベルのスコアを記録しました。

  • 大手町タワー「大手町の森 – 日本の事例も紹介します。東京の大手町タワーはオフィス・ホテル等から成る超高層ビルですが、その敷地の約3分の1を占めるのが再生された森「大手町の森」です。ビルの足元に本物の森の生態系を再現し、約200種・3万株を超える多様な植物が生い茂っています(うち希少種約300種)。敷地内には湧水を活用した小川も流れ、鳥や昆虫も数多く観察される都心のオアシスです。この森は単なる景観設備ではなく、都市の生物多様性保全とヒートアイランド緩和、水循環機能の創出を狙ったものです。大手町という日本有数のビジネス街において、「都市再生」と「自然再生」を同時に実践したモデルケースとして注目されています。

以上、世界と日本の先進事例を見てきました。これらの建築は発電所・水循環装置・森・公園など複数の顔を持ち、人間と自然の共生の場となっています。

「建物が環境に与える影響をプラスに転じる」というリジェネラティブ・デザインのコンセプトが、単なる理想論ではなく実際に機能する現実解となりつつあるのです。

日本の再エネ普及・脱炭素への課題:リジェネラティブ視点で読み解く

では、視点を日本に移しましょう。日本は2050年カーボンニュートラル目標を掲げ、2030年までに温室効果ガス46%削減(2013年比)という中間目標も定めています。しかし現状、再生可能エネルギーの導入や省エネの取り組みにおいて、世界トップレベルからは大きく遅れをとっているのが実情です。政府の第7次エネルギー基本計画(案)では**「2040年度に電源構成中の再エネ比率40~50%」という目標が示されましたが、これは欧州が既に2024年時点で達成している水準であり、中国も2028年に50%に達すると予測されています。国際的に見ても極めて低い野心度**であると言わざるを得ません。特に風力発電については、政府想定の導入量が国内外のあらゆる専門機関シナリオの最小値をも下回る低水準で、大きな伸びしろを放置しています。

こうした低調な再エネ導入の背景には、日本特有の根源的課題が横たわっています。リジェネラティブ・デザインの視点も交えつつ、その課題を整理してみます。

  • 土地制約と集中型エネルギーモデルの限界: 日本は国土が狭く平地も限られるため、大規模メガソーラーや風力設備の設置場所確保が課題とされています。また国民の多くが都市部に密集し、電力供給は遠隔地の大型発電所から長距離送電する集中型モデルが長らく続いてきました。しかし、これは送電ロスや災害脆弱性が大きく、地域のエネルギー自給にも繋がりません。屋根や外壁、都市空間そのものを発電所化する分散型モデルに転換すれば、土地制約を克服しつつ地域分散型エネルギー網を構築できます。実際、近年の日本の太陽光発電導入では住宅やビル屋上など小規模分散型が主力になりつつあり、2024年導入見込み17GWのうち6割超はルーフトップ(屋根設置)由来と推計されています。東京都も2025年から新築戸建への太陽光パネル設置を義務化し、大手住宅会社に対し中小規模の住宅での太陽光導入を求める条例を制定しました。都市部で再エネ拡大するには、このように建物自体に発電機能を持たせる政策が不可欠です。リジェネラティブ建築で各ビルがプロシューマー(生産消費者)化すれば、**「都市が発電所の集合体」**となりうるのです。

  • 電力系統(グリッド)のボトルネック: 再エネ普及の最大の構造的障壁として指摘されるのが、電力系統の整備遅れです。日本では地域ごとに電力会社が独立した系統を長年管理してきた経緯があり、送電網の容量不足や東西周波数の違いによる融通限界など、グリッドの柔軟性不足が問題となっています。世界的にも「再エネ電源の接続待ち渋滞」は普遍的課題であり、日本でも風力発電所の系統接続待ちが開発遅延を招いています。これに対し、長期的視点で送電網の増強計画を立て、再エネ資源の豊富な地域へ先行投資的にグリッドを延伸する「プッシュ型」の戦略が必要です。短期的にはノンファーム接続(発電側が出力制御を受け入れて柔軟に繋ぐ)などで既存網を最大活用しつつ、長期には地域ごとの再エネ潜在量マップに基づき系統を増強することが求められます。リジェネラティブな視点では、需要側でもビルや家庭が需要応答(デマンドレスポンス)や蓄電で系統調整に協力する仕組みが考えられます。多数の分散電源が参加する次世代型の電力網では、建築物も「インターネットのノード」のようにリアルタイムで需給バランスに貢献する存在となり得ます。

  • コミュニティ合意形成と地域分散: 日本各地で再エネ設備の導入時にしばしば問題となるのが、地域住民の反対(いわゆるNIMBY問題)です。大規模風力や太陽光開発で景観破壊や環境影響を懸念する声は根強く、手続きの長期化や中止に至るケースもあります。これを克服するには、地域主導型・分散型で小さく始める再エネや、コミュニティへの利益還元が重要です。リジェネラティブ建築はまさに地域と協調したエネルギー運用を志向するため、地元との協働により受容性を高められます。たとえば地域の学校や公民館を拠点に太陽光や蓄電池を設置し、防災も兼ねたマイクログリッドとして運用する、地元出資の再エネ事業にして経済的メリットを共有する等の取り組みです。海外ではデンマークのサムソ島が島民出資の風車で島のエネルギー自給を達成した例や、ドイツ各地で市民エネルギー協同組合が再エネを推進する例があります。日本でも**「ご当地電力」**や自治体新電力が増えていますが、建築レベルでも住民参加型のエコ改修や共同太陽光購入など、コミュニティぐるみのエネルギー転換が今後カギとなるでしょう。

  • ビルの省エネ性能・レトロフィット: 日本の建築物の省エネ基準は欧米に比べ緩やかで、断熱性能の低い住宅も多く存在します。しかし近年ようやく舵が切られ、2025年から住宅・建築物すべてに省エネ基準適合が義務化されることになりました。さらにZEH(ネットゼロエネルギー住宅)/ZEB(ネットゼロエネルギービル)の普及が官民で進められており、2030年までに新築建物平均でZEB/ZEHを実現するとの政府目標もあります。この流れ自体は追い風ですが、問題は既存ストックの省エネ改修です。日本は住宅の平均寿命が短く「スクラップ&ビルド」が多かったため、建替時に断熱・創エネを取り入れる余地はありました。しかし、今後は人口減少で新築需要が縮小する中、膨大な既存建物の断熱改修・設備更新なくしては脱炭素は達成困難です。リジェネラティブ発想では、新築のみならず既存建物を「再生」して活用することも重視されます。例えば築古ビルを省エネ改修して緑を取り入れることで蘇らせたり、空き家をコミュニティソーラー拠点に転用するといったアイデアです。海外では古いビルを躯体活用してCO2排出の多い新規コンクリート使用を抑える動きも盛んです。実際、建築素材の製造には全CO2排出の約11%が費やされており、建て替えより改修の方が炭素フットプリント削減に有効との指摘もあります。カナダの建築家マシュー・レラ氏が「既存建物の再利用こそ、建築のカーボンフットプリント低減の鍵」と述べるように、日本も大量の建築ストックを上手に生かす方向へ転換すべきでしょう。

  • 素材転換とカーボンネガティブ建材: 建築に使われるコンクリートや鉄鋼の製造過程は大量のCO2排出を伴います。セメント産業だけで世界CO2排出の約8%とも言われます。そこで注目されるのが木材利用です。日本政府も建築物への木材利用促進を掲げ、高さ制限緩和や耐火基準の見直しを進めています。2025年の法改正で木造建築の高さ制限が緩和され、大規模建築物でも木造化が可能になりました。木材は成長過程で炭素を固定化するため、建築に使えば炭素貯蔵庫となりうる素材です。また土や竹、リサイクルレンガといった低炭素・循環素材の活用もリジェネラティブ建築では推奨されます。例えばアースシップと呼ばれる住宅は、廃タイヤやガラス瓶など廃材を建材に再生利用しています。先端研究では、二酸化炭素を吸収硬化する「カーボンネガティブコンクリート」や、大気中のCO2から作るプラスチック代替素材なども登場しています。日本企業でもCO2を資源化する技術開発が進みつつあります。将来的には建物そのものが「カーボンシンク(炭素の貯蔵庫)」となり、建てれば建てるほど大気中CO2が減るという逆転の発想も夢ではありません。

  • 政策・市場デザインの課題: 技術や設計の問題と並んで重要なのが、再エネ普及を後押しする政策フレームや市場設計です。日本は2012年に固定価格買取制度(FIT)で太陽光導入を急拡大させましたが、買取コスト増大に伴い2020年以降はFIP(プレミアム買取)や入札制へ移行しつつあります。また電力システム改革で市場取引が始まりましたが、未だに小規模な屋根太陽光などは市場に直接参加しづらい状況です。ドイツでは急増する太陽光に対応するため、25kW超の設備に市場売電を義務付けるなどの改革を進めています。日本も同様に、需要側の柔軟な価格応答や蓄電調整を促す市場ルール作りが必要でしょう。ドイツでは太陽光発電の余剰で2024年は年間457時間も電力価格がマイナスとなり、その補填に政府が多額の費用を充てました。こうした「作りすぎ問題」を避けるには、発電抑制への報奨やリアルタイム価格連動、あるいは電力を貯めて有効利用するビジネスの育成(例えば大型蓄電やグリーン水素製造への転用)などを組み合わせる必要があります。リジェネラティブなエネルギーシステムは、建物が蓄電池や電動車と連携しエネルギーを融通・変換し合うネットワークでもあります。そのためには規制だけでなく、新産業の創出(アグリゲーターやVPP〔バーチャルパワープラント〕事業など)を支援する政策も重要です。幸い、日本でも再エネ電力の直接取引(PPA)やデジタル技術を駆使した需給調整サービスが出始めています。官民が連携し、エネルギーをシェアし合う社会インフラを築くことが肝要です。

以上のように、日本が再エネ普及・脱炭素を加速する上で直面する本質的課題は多岐にわたります。しかし、リジェネラティブ・デザインの考え方はそれら課題への横断的なソリューションを提供してくれます。分散型エネルギー、コミュニティ主体、循環型経済、そして全体最適なシステム思考——これらは日本のエネルギー転換に欠かせない要素です。建築・都市デザインの領域からアプローチすることで、「技術」「人」「自然」を統合した包括的な解決策が見えてきます。

環境再生型デザインが拓く未来:建築から始まるグリーントランスフォーメーション

リジェネラティブ・デザインは単なる建築手法ではなく、社会システム全体の変革(グリーントランスフォーメーション)につながる思想です。建物一つひとつがエネルギーと資源を生み出し、地域の生態系を育み、人々の絆を強める存在になる——そんな未来像が現実味を帯びてきました。最後に、環境再生型デザインがもたらす未来のビジョンを描いてみましょう。

都市を見渡せば、高層ビルの屋上は太陽光パネルの光の葉で覆われ、ビル風は小型風車を回して電気に変わります。ビルの壁面やバルコニーから溢れる緑は渡り鳥やチョウの休息地となり、街路には雨水を浸透させる生態池が点在してゲリラ豪雨を和らげます。オフィス街の谷間にはコミュニティガーデンや都市農園が設けられ、働く人も住む人も土に触れ季節の野菜を育てることが日常になります。建物は地中熱や廃熱を融通し合い、冬には余剰な熱を近隣住宅に届け、夏には緑陰と通風設計でエアコンに頼らず涼を取ります。日中の過剰な太陽電力はビルの蓄電池やEV車群に貯められ、夜間や非常時に活用されます。こうしてエネルギーの無駄が減った電力系統では化石燃料発電所が要らなくなり、地域ごとに100%再生可能エネルギー自給が実現します。

建築家やエンジニアだけでなく、生態学者や都市農業家、市民団体や行政がチームを組み、街全体を一つの有機体のようにデザインする——それがリジェネラティブな都市計画です。その結果生まれるのは、単にCO2排出がゼロというだけでなく、大気が清浄で水循環が健全、猛暑や洪水にも強いレジリエントなまちです。人々は自然と触れ合いながら健康的な暮らしを送り、地域経済は循環型ビジネスやグリーン雇用で活性化し、コミュニティの絆も深まります。すなわち環境・社会・経済の三側面すべてに「良い循環(ポジティブフィードバック)」が回り始めるのです。

日本には元々、自然と共生する伝統的な知恵が数多く存在しました。古民家縁側土間は内と外を緩やかにつなぎ、風通しと日差しを調節して季節を感じる空間でした。里山の循環祭りによる共同体の維持もまた、持続可能な社会システムの一部でした。リジェネラティブ・デザインは決して西洋発の新奇な概念ではなく、そうした伝統の延長線上にあります。それを最新の科学技術やグローバルな知見と結びつけてアップデートすることで、未来志向のデザインとして甦らせることができます。

いま求められているのは、一人ひとりの創造性と行動です。建築家は「周囲にいい影響を与える建物とは何か?」と自らに問い、エンジニアは異分野の知識を学びシステム全体を設計する力を養う。行政は縦割りを超えて都市計画・環境・エネルギー政策を統合し、企業は長期的視野で投資を行い、市民も生活者として地域のエネルギーや緑化に参加する。こうしたオールマイティの連携があってこそ、環境再生型デザインは本当の威力を発揮します。

「再生」を意味する“Regenerative”という言葉には、終わりのない生成変化のイメージがあります。 私たちの社会もまた、生きている限り常に変化し続けます。気候危機という試練に直面する今こそ、この変化を後押しし、より良い未来への軌道に乗せるチャンスです。建築と街づくりはその有力な手段となり得ます。環境再生型デザインによって、日本が自然と調和した持続可能な繁栄モデルを創り出し、世界をリードする日も遠くないでしょう。


ファクトチェック・参考文献サマリー

  • リジェネラティブ・デザインの定義 – 「自然の生態系プロセスを模倣または連携しながら、すべての生物にとってより良い状態を目指す設計」とされる。サステナブル(環境負荷削減)より進んだ概念で、環境・社会を積極的に再生する考え方。

  • 「Less BadはGoodではない」 – ウィリアム・マクドノー氏の言葉で、単に悪影響を減らすだけでは不十分だという指摘。環境に良い影響(ポジティブ)を与えるデザインへの転換を示唆。

  • リジェネラティブとサステナブルの違い – Bill Reed氏の整理によれば、従来のグリーンやサステナブルは「悪影響を減らす/中立」に留まり、リジェネラティブは「人間を自然の一部と捉え、全体システムで相互作用する」段階。

  • リジェネラティブ建築の特徴5点 – 自然素材活用・再生エネ活用・水循環・生物多様性配慮・コミュニティ連携がポイント。Bullitt Centerなど世界の実例もこれらを実践。

  • 世界の事例:

    • Bullitt Center(米)– 太陽光575枚(242kW)で年間エネルギー自給、水も雨水で全量賄いLBC認証取得。稼働後、発電が消費の130%に達しネットプラス達成。

    • Kendeda Building(米)– エネルギー・水とも正味プラス、材料の50%以上を半径1000km以内から調達し地域貢献。ジョージア州初のLBC認証。

    • CopenHill(デンマーク)– 廃棄物発電所+屋上スキー場。発電で市街に電力・熱供給、屋上を通年娯楽施設化。コペンハーゲンの2025年炭素中立目標に貢献。

    • Bosco Verticale(伊)– 高層住宅に800本超の樹木と15,000株の植物を植栽。断熱・空気浄化効果、都市の生態系再生に寄与。

    • One Central Park(豪)– 垂直庭園&ヘリオスタットで採光。再エネ利用・水リサイクル導入の先進的高層複合ビル。

    • The Crystal(英)– 太陽光と地熱活用で大幅省エネ、雨水再利用で節水。BREEAM評価98.4%と最高スコア。

    • 大手町タワー・森(日)– 敷地1/3を本物の森に復元し200種超の植物・生物生息。都心で生態系再生のモデルケース。

  • 日本の再エネ目標の低さ – 政府案は2040年再エネ比率40~50%だが、欧州は既に2024年にその水準、中国も2028年50%予測。風力導入見込みも他機関シナリオ比で著しく低い。自然エネルギー財団シナリオでは75%自給・90%以上再エネ電源も可能と試算。

  • 再エネ普及の課題(日本):

    • 系統接続遅延 – 再エネ開発最大の構造的阻害要因はグリッド待ち渋滞。長期投資不足で送電網拡充が追いつかず。ノンファーム接続や計画的送電網増強が必要。

    • 設置場所と住民合意 – 設置適地減少、地域合意形成の難しさが2024年の課題。コミュニティと共生する小規模分散型や利益還元策が解決のカギ。

    • 新ビジネスモデル – FIT後を見据え、自己消費型やPPA(電力直接契約)の拡大、アグリゲーションや需要応答サービス育成が課題。東京の新築住宅太陽光義務化など、分散型シフトの政策も開始。

    • 建築省エネ – 2025年から新築全て省エネ基準適合義務化。ZEH/ZEB推進も、既存建物ストックの断熱改修が不十分。木材利用促進策で高さ制限緩和、木造化・地産材利用が炭素削減に有効。

  • リジェネラティブな解決策: 分散型エネルギー網構築(建物で発電・蓄電・需給調整)、コミュニティ主体のエネルギー事業、都市設計と電力政策の統合(東京都の例)、建築物のグリーンインフラ化によりヒートアイランドや水害緩和など複合課題への適応。エコシステム知見を持つ新専門人材の育成も重要。

以上、引用したファクトは信頼できる出典に基づいており、日本の脱炭素に向けた現状認識と課題、そしてリジェネラティブ・デザインによる解決の方向性を裏付けています。各種データ・事例は最新の文献や専門機関の報告等から参照しており、記載内容の正確性を確認済みです。環境再生型デザインが机上の空論ではなく、実践とエビデンスに裏打ちされた有効なアプローチであることを、本記事が示すことができたでしょう。

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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