IAEA World Fusion Outlook 2025 核融合エネルギーの最新動向分析と日本のエネルギー戦略への適用

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

むずかしいエネルギー診断をカンタンにエネがえる
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目次

IAEA World Fusion Outlook 2025 核融合エネルギーの最新動向分析と日本のエネルギー戦略への適用

世界トレンド、技術課題、MITモデル、HTS、および社会実装に関する網羅的調査

1. 序論:科学的探求から産業的実装への決定的転換

2025年は、世界のエネルギー史において、核融合開発が「実験室の科学」から「実社会への実装」へとその軸足を決定的に移した分水嶺として記憶されることになるであろう。国際原子力機関(IAEA)が発行した第3版となる『World Fusion Outlook 2025』は、この劇的なパラダイムシフトを、技術的進展、政策の深化、そして市場の形成という多角的な視点から鮮明に描き出している 1。かつては「常に30年先」と揶揄された未来のエネルギー源は、いまや各国の国家エネルギー戦略の中核に位置づけられ、産業計画の要石となりつつある。

IAEA事務局長ラファエル・マリアーノ・グロッシ氏が指摘するように、核融合エネルギーは単なる新しい電源の選択肢にとどまらず、科学的革新、産業構造の変革、そして国際協力を促進する触媒としての役割を担い始めている 1。気候変動対策としての脱炭素化が急務となる中、ベースロード電源としての安定性と、環境負荷の低さを兼ね備えた核融合への期待は、これまでにない高まりを見せている。

本報告書は、IAEAの包括的な調査結果に基づき、世界的な開発トレンド、高温超伝導(HTS)をはじめとする重要技術の進展、マサチューセッツ工科大学(MIT)による経済性・電力システム統合のモデリング解析、そして各国の規制環境の整備状況を網羅的に分析するものである。特に、これらのグローバルな動向が、エネルギー資源を持たない日本の長期戦略にどのような示唆を与え、いかなるアクションを促すかを深層的に考察する。

現在、世界では40近い国々が積極的な核融合プログラムを推進しており、160を超える核融合装置が稼働、建設中、あるいは計画段階にある 1。これらの装置は、短期的な実証を目指すパイロットプラントから、将来の産業展開の礎となる大規模施設まで多岐にわたり、トカマク型、ステラレータ型、慣性閉じ込め方式、さらにはミラー型といった多様な技術的アプローチが並行して進められている。この多様性こそが、商業化に向けたリスクを分散し、イノベーションを加速させる強靭さの源泉となっている 1

さらに、2024年に設立された「世界核融合エネルギーグループ(WFEG)」は、この分野における国際協調の新たな枠組みとして機能し始めており、官民のステークホルダーが一堂に会し、規制の調和やサプライチェーンの課題に対処するための対話プラットフォームを提供している 1。本稿では、こうした国際的なガバナンス構造の変化も視野に入れつつ、核融合産業の現在地と未来図を詳らかにする。


2. 世界の核融合開発ランドスケープと地政学的ダイナミクス

核融合開発の最前線では、科学的な実証競争を超え、産業覇権を巡る地政学的なダイナミクスが活発化している。主要国は、核融合を単なる科学技術政策の一部ではなく、エネルギー安全保障および経済安全保障を担保する戦略物資として再定義し、大規模な資源投入を行っている。

2.1 中国:国家意志に基づく全方位的な加速戦略

中国の核融合開発における進展は、その規模と速度において他国を圧倒する勢いを見せている。中国国家原子力機関(CAEA)のShan Zhongde議長が言及するように、中国は「熱中性子炉から高速炉、そして核融合炉へ」という明確な3段階の原子力開発戦略を堅持しており、これを実現するために国を挙げてのリソース投入を行っている 1

プロジェクト/組織 概要と戦略的位置づけ
BEST (Burning Plasma Experimental Superconducting Tokamak)

合肥市のCRAFT施設に隣接して建設中。重水素-トリチウム(DT)プラズマの定常制御とトリチウム増殖サイクルの実証を主眼とする。2027年の初プラズマ達成を目標としており、ITERと並行して燃焼プラズマの知見を蓄積する戦略的要石である 1

CFEDR (China Fusion Engineering DEMO Reactor)

実験炉と商用炉の間隙を埋める実証炉。核融合出力1.5〜3 GW、エネルギー増倍率(Q)15〜30、トリチウム増殖比(TBR)1以上を目指す野心的な設計。現在は物理設計フェーズにあり、燃焼プラズマ挙動やダイバータ性能の評価が進んでいる 1

CRAFT (Comprehensive Research Facility for Fusion Technology)

核融合技術のための包括的研究施設。超伝導磁石、加熱装置、ブランケット、トリチウム技術など、商用炉に必要な工学要素を統合的に試験するキャンパス型施設であり、エンジニアリングの実証拠点として機能する 1

HL-3 (Huanliu-3)

中国核工業集団(CNNC)傘下の西南物理研究院(SWIP)が運用。1.5 MAのプラズマ電流、イオン温度1.2億度、電子温度1.6億度を達成し、核融合トリプル積で発電プラントに関連する領域へ到達した。DT運転に向けたアップグレードが進行中である 1

産業化の推進

2025年7月、国有企業と研究機関が約16億ドルを出資して「China Fusion Energy」社を設立。さらに上海未来産業基金から14億ドルの投資を受けるなど、国家資本を背景にしたサプライチェーンの垂直統合が進んでいる 1

中国のアプローチの特徴は、基礎研究(EAST)、工学実証(CRAFT/BEST)、そして原型炉設計(CFEDR)を同時並行で進める「並列処理」的な開発手法にある。また、民間スタートアップであるEnergy Singularity社が全高温超伝導(HTS)トカマクの磁石開発で21.7テスラを達成するなど、国有セクターと民間セクターが相乗効果を生み出しつつある点も見逃せない 1

2.2 米国:民間活力の最大化と安全保障への統合

対照的に、米国のアプローチは民間企業の爆発的なイノベーション力を政府が支援・誘導する形をとっている。米国エネルギー省(DOE)は、核融合をAIや量子コンピューティング、ハイパフォーマンスコンピューティングと並ぶ「戦略技術」として指定し、エネルギー安全保障の中核に据える長官指令を発出した 1

  • マイルストーン・ベース開発プログラム: NASAの商業宇宙輸送サービス(COTS)プログラムをモデルにしたこのイニシアチブは、民間企業が設定した技術的マイルストーンの達成に応じて資金を提供する仕組みである。これにより、Commonwealth Fusion Systems (CFS) や Helion Energy などの企業が、2030年代初頭の商用化を目指してパイロットプラントの設計・建設を加速させている 1

  • 国家安全保障とのリンク:Special Competitive Studies Project」は、核融合を国家安全保障上の優先事項に指定するよう提言しており、技術流出防止やサプライチェーンの自律性確保が重要な政策課題となっている 1

  • FIREコラボラティブ: DOEは新たに1億700万ドルを投じ、燃料サイクルや材料開発などの共通課題に取り組むための産学官連携枠組み「Fusion Innovative Research Engine (FIRE)」を立ち上げた 1

2.3 英国:規制のリーダーシップと産業クラスター

英国は、EU離脱後の独自の科学技術立国戦略の一環として、核融合産業のハブ化を強力に推進している。

  • STEP (Spherical Tokamak for Energy Production): 旧石炭火力発電所跡地(West Burton)を利用して建設される球状トカマク原型炉プロジェクト。2040年の運転開始を目指し、現在は詳細設計とサイト特性調査が進んでいる。2025/2026年度には主要な建設パートナーが選定される予定であり、地域経済の再生と先端技術開発をリンクさせたモデルケースとなっている 1

  • 規制の明確化: 2023年エネルギー法(Energy Act 2023)において、核融合施設を原子力サイトライセンスの対象から除外し、既存の環境・安全衛生規制(HSE/EA)の下で管理することを法制化した。これは、投資家にとっての不確実性を排除し、開発スピードを優先する英国政府の明確な意思表示である 1

2.4 日本:実証段階への移行と国際連携の深化

日本は、長年にわたる学術的・実験的蓄積を基盤としつつ、産業化に向けたギアチェンジを図っている。2025年に改定された「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」は、技術開発、産業育成、国際連携の三本柱を強化するものである 1

  • JT-60SA: 欧州と共同で茨城県那珂市に建設・運用されている世界最大の超伝導トカマク装置。ファーストプラズマに続き、160立方メートルという記録的なプラズマ体積を達成した。ITERに類似したプラズマ挙動を解明するための重要なプラットフォームであり、ITERの物理運転シナリオの最適化に直結する貢献を果たしている 1

  • JA DEMO: 2030年代の実証を目指し、概念設計が進められている。ITERの技術基盤を活用しつつ、定常運転とパルス運転の両立、トリチウム自給率の達成を視野に入れた設計が行われている 1

  • 民間との連携: 京都フュージョニアリングが主導するFASTプロジェクト(2030年代後半の発電実証を目指すコンパクトHTSトカマク)や、Helical Fusion(ヘリカル型ステラレータ)など、大学発スタートアップが国家プロジェクトを補完する形で台頭している 1

2.5 欧州および新興プレイヤーの動向

欧州連合(EU)は、ITER計画のホストとしての責務を果たしつつ、独自のロードマップ(EU-DEMO)を推進している。ドイツは「Fusion 2040」プログラムを開始し、2025年には国家核融合行動計画を策定するなど、独自の産業育成に舵を切った 1。また、イタリアはDTT(Divertor Tokamak Test)施設の建設を進め、超伝導磁石の製造などサプライチェーンの強みを発揮している 1

特筆すべきは、ルーマニアやスペインといった国々の参入である。ルーマニアではCernavodă原子力発電所にトリチウム除去施設(TRF)の建設が開始され、欧州初の産業規模トリチウム供給拠点となる見込みである 1。スペインはIFMIF-DONES(核融合中性子源施設)の誘致に成功し、材料照射データの世界的ハブとしての地位を確立しようとしている 1


3. MITモデルによる経済性と電力システムへの統合

本年のOutlookにおいて極めて重要な示唆を含んでいるのが、マサチューセッツ工科大学(MIT)エネルギーイニシアチブ(MITEI)による、「脱炭素化された電力システムにおける核融合エネルギーの役割」に関する包括的なモデリング研究である 1。この研究は、核融合が技術的に可能かどうかという問いを超え、「経済的に合理的か」「グリッドにおいてどのような価値を提供するか」という核心的な問いに定量的な回答を試みている。

3.1 変動性再生可能エネルギー(VRE)の限界と「確実な電源」の価値

MITの分析は、世界の電力需要が2020年の約25,000 TWhから2100年には85,000 TWh以上へと、約3.4倍に急増するという「Accelerated Actions」シナリオに基づいている 1。このシナリオでは、風力や太陽光といった変動性再生可能エネルギー(VRE)が初期の脱炭素化を牽引するが、VREのシェアが高まるにつれて、システム全体に課されるコストが非線形に増大するという構造的な課題に直面する。

VREは「非ディスパッチ電源(給電指令に対応できない)」であり、出力密度が低い。そのため、VRE主体のグリッドを実現するには、膨大な蓄電池容量と送電網の増強が不可欠となる。MITのモデルは、VREの普及率が一定を超えると、余剰電力の抑制(出力制御)や蓄電コストの増大により、追加導入の限界効用が低下することを示している 1

ここで登場するのが、高出力密度かつディスパッチ可能な「確実な電源(Firm Power)」としての核融合である。核融合は、天候や季節に左右されず、都市近郊などの限られた土地にも立地可能であるため、VREの欠点を補完し、システム全体のコストを抑制する役割を果たす。MITの研究は、核融合がVREと競合するのではなく、相互補完的な関係にあることを強調している 1

3.2 コスト感度分析と普及シナリオ:価格が未来を決める

MITのEPPA(Economic Projection and Policy Analysis)モデルを用いたシミュレーションでは、核融合プラントの建設コスト(Overnight Capital Cost)が将来のエネルギーミックスにおけるシェアを決定づける最も敏感な変数であることが明らかになった。モデルは、2035年に核融合が商用化されると仮定し、4つのコストシナリオに基づいて2100年までの普及動向を予測している 1

表1:MITモデルによる核融合コストシナリオと世界発電シェアの予測

コストシナリオ(2050年時点の建設単価) 想定される技術成熟度・学習曲線 2075年の世界発電シェア 2100年の世界発電シェア 分析的含意
高コスト ($11,300/kW) 初期の高コスト体質が継続 4% 10% ニッチな用途や特定の地域に限定される。
基本ケース ($8,000/kW) 標準的な学習効果を想定 15% 27% 既存の原子力発電を補完・代替する主要電源となる。
低コスト ($5,600/kW) 積極的なコストダウンに成功 22% 38% グローバルな脱炭素化の主役の一角を担う。
超低コスト ($2,800/kW) 破壊的な技術革新(HTS等) 30% 50% 世界の電力の半分を供給する支配的な電源となる。

出典:MIT Energy Initiative 1 より筆者作成

この分析から導かれる結論は、「核融合の導入規模はコスト低減努力に極めて敏感に反応する」という事実である。基本ケース($8,000/kW)であっても、2100年には世界の電力の約4分の1を供給する可能性があり、これは現在の原子力発電のシェアを大きく上回る。もし技術革新により$2,800/kWまでコストを下げることができれば、核融合は再生可能エネルギーと並ぶ、あるいはそれを凌駕する基幹電源となり得る

3.3 地域別の普及特性

MITモデルは、地域ごとの普及パターンの違いも浮き彫りにしている 1

  • 先進国(米国・欧州): 既存のインフラとの整合性や、脱炭素化への規制圧力が強いため、比較的高コストの段階から導入が進む傾向にある。

  • 成長市場(インド・アフリカ): 一人当たりの電力消費量が劇的に増加する(インドで8.2倍、アフリカで9.3倍)これらの地域では、コスト競争力が普及の絶対条件となる。低コストシナリオにおいて、これらの地域での核融合シェアが爆発的に増加することは、グローバルサウスのエネルギー需要を満たす上での核融合の潜在力を示唆している。

3.4 経済的インパクト

核融合の導入は、単に電力を供給するだけでなく、巨大な経済的価値を生み出す。MITの試算によれば、核融合が利用可能なシナリオでは、利用できない場合に比べて脱炭素化の総コストが低減されるため、2035年から2100年までの累積で世界GDPが実質的に押し上げられる。その規模は、基本ケースで68兆ドル、低コストケースでは175兆ドル(割引前社会的価値)に達すると見積もられている 1。これは、核融合開発への投資が、将来世代に対する極めて高いリターンをもたらす公共投資であることを経済学的に裏付けるものである。


4. 技術的課題とイノベーション:高温超伝導(HTS)というゲームチェンジャー

核融合炉の経済性を左右する最大の要因の一つが、装置のサイズと出力密度である。この点で、現在最も注目されている技術革新が「高温超伝導(HTS)」マグネットの応用である。本Outlookの「スペシャル・フォーカス」セクションは、HTSがもたらす機会と課題を詳細に分析している 1

4.1 HTSがもたらすパラダイムシフト

従来の低温超伝導(LTS)磁石は、極低温(4K)での運転が必要であり、発生できる磁場強度にも物理的な限界があった。対して、希土類バリウム銅酸化物(REBCO)などを利用したHTS線材は、より高い温度(20K程度)で運転可能であり、かつてない高磁場(20テスラ以上)を実現できる

核融合反応の出力密度は、磁場強度の4乗(B^4)に比例して増大する。したがって、磁場を2倍にできれば、理論上は同じサイズの装置で16倍の出力を得られるか、あるいは同じ出力を維持しながら装置の体積を劇的に縮小できることになる 1。この物理法則こそが、Commonwealth Fusion Systems (CFS) のSPARCや、Tokamak Energy京都フュージョニアリングFASTといった民間プロジェクトが、コンパクトな装置設計を採用する根拠となっている。

4.2 HTSマグネット開発における技術的障壁

しかし、HTSの実装には解決すべき深刻な工学的課題が存在する。

  1. クエンチ保護の難しさ:

    超伝導状態が破れて常伝導に戻る現象(クエンチ)が発生した際、HTSはその熱容量の特性上、「常伝導領域の伝播速度(Normal Zone Propagation Velocity)」がLTSに比べて非常に遅い。これは、局所的に発生したホットスポットが検出される前に温度が急上昇し、コイルが焼損するリスクが高いことを意味する。これに対処するため、光ファイバーを用いた分散型温度計測システムや、無絶縁(Non-Insulated)巻線技術による電流バイパス機構などの革新的な保護技術が開発されている 1。

  2. 遮蔽と材料劣化:

    装置をコンパクトにすると、プラズマと磁石の距離が近くなり、中性子遮蔽のためのスペースが制限される。これにより、超伝導線材や絶縁材が強力な中性子照射に晒されることになる。特に、ガドリニウム(Gd)ベースの線材は熱中性子吸収断面積が大きいため、核変換による特性劣化が懸念されており、イットリウム(Y)ベース(YBCO)の方が核融合環境には適しているとの指摘もある 1。

  3. 機械的応力への対処:

    20テスラを超えるような高磁場下では、コイル導体に作用する電磁力(ローレンツ力)は凄まじいものとなる。特にテープ形状の線材は、面に対して垂直方向の力には弱いため(剥離のリスク)、VIPERケーブルやCORC(Conductor on Round Core)、STARS導体といった、機械的強度と電流密度を両立させるための多様な導体構造が提案・試験されている 1。

4.3 多様な導体技術の競演

現在、世界中でHTS導体の最適解を巡る開発競争が繰り広げられている。

  • VIPERケーブル: MITとCFSが開発。SPARCのTFコイルモデル試験で、40 kA、20テスラという記録的な性能を実証した 1

  • Roebelケーブル: 交流損失の低減に有利な形状。

  • STARS導体: 日本の核融合科学研究所(NIFS)などが開発する積層型導体で、ヘリカル型炉などへの適用が検討されている 1

  • NINT (Non-Insulated Non-Twisted) 巻線: Energy Singularity社(中国)が採用し、21.7テスラを達成したJingtian磁石に使用されている 1

これらの技術的進展は、核融合炉の設計自由度を飛躍的に高め、経済的に成立する商用炉への道を切り開きつつある


5. 民間セクターの躍進と投資トレンド

2025年現在、核融合産業への累積民間投資額は100億ドルを突破した 1。投資の質も変化しており、初期のベンチャーキャピタル中心から、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)や大手事業会社、エネルギーユーザーが直接出資するフェーズへと移行している。

5.1 主要プレーヤーの動向とマイルストーン

民間企業の活動は、もはや「紙の上の設計」ではなく、実機の建設と運転データに基づく実証段階にある。

  • Commonwealth Fusion Systems (CFS):

    米国マサチューセッツ州で建設中のSPARC(実証炉)は、2027年の純エネルギー利得(Q>1)達成を目指しており、現在はクライオスタットベースの設置やHTS磁石の製造が進んでいる。さらに、バージニア州において商用炉「ARC」の建設に向けたゾーニング申請を行い、Googleと200MWの電力購入契約(PPA)を締結するという画期的な一歩を踏み出した 1。

  • Helion Energy:

    パルス磁気圧縮方式を採用する同社は、第7世代機「Polaris」を建設中であり、2028年にMicrosoftへの電力供給を開始する契約を結んでいる。最近の資金調達ラウンドで4億2500万ドルを追加し、累計調達額は10億ドルを超えた 1。

  • General Fusion:

    カナダの企業で、液体金属ライナーによる磁化標的核融合(MTF)を追求。最近の実験で安定したプラズマ圧縮と中性子発生(ショットあたり6億個以上)を確認し、実証機「LM26」の建設に向けた物理基盤を固めた 1。

  • Zap Energy:

    シアードフロー安定化Zピンチ」という独自方式により、超伝導磁石を使わないコンパクトな炉を目指す。「Century」試験プラットフォームでは、3時間の連続運転で1080回のパルス放電に成功し、液体金属壁内での耐久性を実証した。UAEのSWFからの投資も受けている 1。

  • Kyoto Fusioneering (京都フュージョニアリング):

    日本発のスタートアップとして、炉工学技術(ジャイロトロン、ブランケット等)のサプライヤーとしての地位を確立しつつある。カナダ原子力研究所(CNL)との合弁でトリチウム燃料サイクル試験施設「UNITY-2」を建設する計画を進めている 1。

  • Longview Fusion Energy Systems:

    米国のNIFでの点火成功(ゲイン4達成)を受け、レーザー核融合の商用化を目指す企業既存のダイオード励起レーザー技術を活用し、1GW級の発電所をFluor社と共同設計している 1。

5.2 サプライチェーンの課題と機会

Fusion Industry Association (FIA) の2025年サプライチェーンレポートによれば、民間核融合企業の支出は前年比73%増の4億3400万ドルに達した 1。しかし、サプライヤーの81%が「長期的な需要の不確実性」を事業拡大の障壁として挙げており、サプライチェーンの成熟には、政府による調達保証や規制の予見可能性向上が不可欠であることが浮き彫りになっている。


6. 規制枠組みの進化:イノベーションを阻害しない安全管理

核融合の社会実装において、技術と並んで重要なのが「規制」である。2025年は、核融合を従来の核分裂炉とは異なるリスクプロファイルを持つ技術として法的に位置づける動きが世界的に定着した年である。

6.1 「核分裂」からの分離とリスク・インフォームド規制

  • 英国: 2023年エネルギー法(Energy Act 2023)により、核融合施設は「原子力サイトライセンス」の対象外とされ、化学プラント等と同様の安全衛生規制(HSE)および環境規制(EA)の下で管理されることが確定した 1。さらに2025年には、核融合施設の立地に関する国家政策声明(NPS)案に対する政府回答を発表し、50MW未満の施設については柔軟な立地プロセスを認める方針を示した。

  • 米国: 2024年ADVANCE法(ADVANCE Act of 2024)により、核融合装置は素粒子加速器などと同様の「副産物(Byproduct Material)」枠組みで規制されることが連邦法として成文化された 1原子力規制委員会(NRC)は現在、この法に基づき、技術中立的かつ拡張性のある具体的な規則策定を進めている

  • カナダ: カナダ原子力安全委員会(CNSC)は、核融合を核分裂とは異なる規制アプローチで扱う方針を明確にし、2025年には具体的な規制コンセプトに関するディスカッションペーパーを公開した 1

6.2 欧州および日本の対応

  • 欧州連合 (EU): EUの専門家グループは、将来的なEU共通の規制枠組みの必要性を提言しつつ、短期的には各国の解釈の不一致を解消するための調整を進めている。ドイツでは、独自のパイロットプロジェクトを通じて、既存の放射線防護法を適用するか、専用の核融合法を制定するかの検討が行われている 1

  • 日本: 内閣府の専門家パネルにおいて、核融合原型炉等は「原子炉等規制法」による規制ではなく、放射性同位元素等を扱う施設としての新たな安全規制の枠組み(高レベル放射性物質研究施設等)で管理する基本方針が了承された 1原子力規制委員会(NRA)において具体的な安全基準の策定が開始される予定である。

これらの動きは、核融合が「暴走のリスクがない」「高レベル放射性廃棄物を出さない」という固有の安全特性を持つことを規制当局が認め、過度な規制コストを回避しようとする国際的なコンセンサスを反映している。


7. 日本のエネルギー戦略への適用と提言

IAEA World Fusion Outlook 2025の包括的な分析は、資源小国である日本に対して、核融合エネルギー開発における戦略的転換を強く促している。

7.1 戦略的提言

  1. 「実験」から「産業」へのマインドセットの完全移行:

    JT-60SAの成功は素晴らしい成果だが、世界はすでにその先にある「商用炉のサプライチェーン構築」を競っている。日本は、ITERやJT-60SAで培った製造能力(超伝導コイル、ダイバータ、加熱装置等)を梃子に、世界の核融合産業における「不可欠なサプライヤー」としての地位を確立すべきである。特に、京都フュージョニアリングのようなスタートアップと、重厚長大企業の連携を政府が強力に支援するエコシステムが必要である。

  2. HTSおよび材料技術への集中投資:

    MITモデルが示すように、コスト競争力こそが将来のシェアを決定するコンパクト化の鍵となるHTS線材(特に核融合環境に耐えうるYBCO等)の量産技術、大電流導体技術(STARS導体等)、および接合技術の開発に戦略的な投資を行うべきである。これは、将来のコンパクト炉市場における日本の優位性を担保する。

  3. 規制の具体化と国際標準化のリード:

    日本政府が決定した核分裂とは異なる規制枠組み」の詳細設計を早急に進める必要がある。英国や米国の事例をベンチマークし、安全性を確保しつつもイノベーションを阻害しない合理的な基準を策定することで、海外スタートアップの実証炉を日本に誘致できるような魅力的な規制環境を整備すべきである。また、IAEA WFEGなどの場を通じて、これらの規制基準やトリチウム取り扱いに関する国際標準化を主導することが、日本企業の海外展開を容易にする

  4. 多様なアプローチへのポートフォリオ投資:

    トカマク型(JA DEMO)を国家プロジェクトの主軸としつつも、ヘリカル型(Helical Fusion)やレーザー方式(大阪大学ILE)など、多様な技術方式への支援を継続・強化すべきである。技術的な勝者が確定していない現状では、ポートフォリオを多様化することがリスクヘッジとなり、将来の不確実性に対応する強靭性を生む。

  5. グローバルサウスを見据えた戦略:

    MITモデルが示唆するように、21世紀後半の電力需要の爆発地はインドやアフリカである。これらの地域への技術供与やインフラ輸出を見据え、コスト低減を最優先課題とした技術開発ロードマップを描くことが、日本の核融合産業の長期的成長につながる。

結論

IAEA World Fusion Outlook 2025は、核融合エネルギーがもはや「夢のエネルギー」ではなく、具体的なエンジニアリング課題と経済合理性の追求段階にある現実的な産業オプションであることを如実に示しているMITの経済モデルは、コスト低減さえ成功すれば、核融合が再生可能エネルギーと並ぶ脱炭素社会の主力電源となり得ることを証明した。

日本にとって、燃料枯渇の懸念がなく、地政学的リスクにも強い核融合エネルギーは、エネルギー安全保障の究極の解となり得る。今まさに進行している「科学から産業へ」の潮流を捉え、官民一体となって技術開発と環境整備を加速させることが、日本の未来にとって不可欠である。

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