目次
- 1 サステナビリティ基準委員会(SSBJ)とは?
- 2 1. SSBJの誕生とグローバルな文脈
- 3 国際的な潮流とSSBJ設立の背景
- 4 SSBJの組織構造とガバナンス
- 5 2. SSBJ基準の全体像と開発プロセス
- 6 SSBJ基準の基本構造
- 7 開発の経緯と公表スケジュール
- 8 ISSB基準との整合性と日本独自の特徴
- 9 3. SSBJ基準の具体的内容
- 10 ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」の要点
- 11 テーマ別基準「一般開示基準」の要点
- 12 テーマ別基準「気候関連開示基準」の要点
- 13 4. 適用対象と適用時期
- 14 段階的な適用スケジュール
- 15 時価総額の算定方法
- 16 中小企業への影響と対応
- 17 5. 保証に関する議論と展望
- 18 サステナビリティ情報保証の重要性
- 19 保証のタイムラインと段階的導入
- 20 保証の水準と範囲
- 21 6. 企業の実務対応と準備のポイント
- 22 SSBJ基準対応のロードマップ
- 23 データ収集・管理体制の構築
- 24 効果的な開示のためのプロセス設計
- 25 ガバナンス体制の整備
- 26 7. 国際基準との比較と企業戦略
- 27 SSBJ基準とISSB基準の差異
- 28 EU/米国の開示規制との比較
- 29 グローバル企業の戦略的対応
- 30 8. サステナビリティ情報開示の進化と将来展望
- 31 テーマの拡大可能性
- 32 デジタル化の進展と情報連携
- 33 サステナビリティ経営の高度化
- 34 9. 先進的取り組み事例と成功のポイント
- 35 国内外の先進開示事例
- 36 投資家からの評価ポイント
- 37 10. FAQ・よくある疑問と回答
- 38 SSBJ基準適用に関する疑問
- 39 実務上の課題と対応策
- 40 中小企業の対応
- 41 11. 結論:SSBJ基準がもたらす日本企業の変革と機会
- 42 サステナビリティ情報開示の新たなステージ
- 43 企業経営への統合と価値創造
- 44 これからの企業に求められるマインドセット
- 45 出典
サステナビリティ基準委員会(SSBJ)とは?
グローバルスタンダードへの挑戦と実務対応の全貌
日本企業のサステナビリティ情報開示が2025年以降、大きな転換点を迎えようとしています。サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2025年3月5日に公表した新たな開示基準は、従来の任意開示の世界から法定開示への移行を意味し、日本企業の情報開示プラクティスを根本から変革する可能性を秘めています。
本記事では、このSSBJ基準の全容と背景、企業への影響、そして実務対応のポイントまで徹底解説します。特に注目すべきは、この基準が国際的な枠組みとの整合性を保ちながらも日本企業の実情を考慮している点です。適用対象企業は2027年3月期から時価総額に応じて段階的に拡大され、情報開示だけでなく第三者保証も求められることになります。気候変動対応を中心としたサステナビリティ戦略の開示が企業価値評価の新たな軸となる時代において、企業はどのように準備し対応すべきか、その具体的な道筋を明らかにします。
1. SSBJの誕生とグローバルな文脈
国際的な潮流とSSBJ設立の背景
世界のサステナビリティ情報開示は近年急速に進化してきました。その転換点となったのが、2021年11月の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立です。これまでIIRC(国際統合報告協議会)、GRI(Global Reporting Initiative)、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)、CDP(Carbon Disclosure Project)など複数の任意開示基準が乱立し、企業や投資家を混乱させてきました。ISSBはIFRS財団の下で、これら複数の枠組みを統合し、グローバルな統一基準の策定を目指す画期的な取り組みとして誕生しました8。
こうした国際的な動きに呼応して、日本でも2022年7月、財務会計基準機構(FASF)の下にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が設立されました。SSBJはISSBの日本版ミラー組織として、①日本のサステナビリティ開示基準の開発と②国際的な基準開発への貢献という二つの重要な役割を担っています5。
設立の過程を振り返ると、2021年10月にFASFの定款が変更され、目的及び事業にサステナビリティ開示基準に関する事項が追加されたことが起点となりました。2021年12月のFASF理事会で2022年7月1日付でのSSBJ設立が決議され、それに先立つ2022年1月にSSBJ設立準備委員会が発足しています4。
SSBJの組織構造とガバナンス
SSBJは独立した意思決定機関として、学識経験者、財務諸表作成者、財務諸表利用者、監査人などの専門家で構成されています。2025年4月現在の委員長は川西安喜氏が務めており、公正かつ透明性の高い基準開発プロセスを確保するため、審議は公開形式で行われ、議事録も公表されています2。
SSBJを支える重要な組織として「サステナビリティ基準諮問会議」があり、幅広いステークホルダーの意見を基準開発に反映させる仕組みとなっています。例えば2025年2月19日に開催された第49回サステナビリティ基準委員会では、こうした諮問会議の意見も踏まえた議論が行われています2。
2. SSBJ基準の全体像と開発プロセス
SSBJ基準の基本構造
SSBJ基準は3つの文書から構成されています。
サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」(ユニバーサル基準)
サステナビリティ開示テーマ別基準「一般開示基準」(テーマ別基準)
この構成は国際的なISSB基準を参考にしつつも、日本独自のアレンジが加えられています。具体的には、ISSB基準ではS1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」とS2号「気候関連開示」の2部構成であるのに対し、SSBJ基準では、IFRS S1号の内容を「基本的な要求事項」と「コア・コンテンツ」に分割し、前者を「ユニバーサル基準」、後者を「一般開示基準」としています。そして、IFRS S2号に相当する部分を「気候関連開示基準」としています8。
この分割は、日本企業にとって基準の理解と適用をより容易にするための配慮と言えます。基本的な開示の枠組みについては、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言を踏襲し、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標および目標」の4項目を軸としています6。
開発の経緯と公表スケジュール
SSBJ基準の開発は以下のような経緯をたどっています:
2022年7月:SSBJ設立
2023年6月:ISSB基準(S1号・S2号)の公表
2024年3月~7月:パブリックコメントの募集期間16
2025年3月31日:「SSBJ基準とISSB基準の差異の一覧」を公表7
公開草案から確定基準への移行過程では、多くのパブリックコメントが寄せられ、その結果いくつかの修正が行われました。例えば、スコープ1、2、3の温室効果ガス排出量の合計値の開示要求が削除されたり、産業別に分解したファイナンスド・エミッションに関する情報開示が当面免除されたりするなどの変更が加えられています13。
注目すべきは、2025年3月31日に「SSBJ基準とISSB基準の差異の一覧」が公表されたことです。これは、SSBJ基準がISSB基準とどの程度整合しているかを明確に示すことで、グローバルな比較可能性を担保する意図があります。川西安喜SSBJ委員長は、「関係者はこの情報を求めており、今後はSSBJ基準とISSB基準がどれだけ整合しているのかを理解することができます。我々の目標は、基準の適用によりもたらされる情報の比較可能性を達成することにある」とコメントしています7。
ISSB基準との整合性と日本独自の特徴
SSBJ基準の開発にあたっては、「原則としてISSB基準の定めをすべて取り入れる」という基本方針が掲げられています14。これは、グローバルな比較可能性を確保するためであり、IFRSサステナビリティ開示基準が「包括的なグローバル・ベースライン」として機能することを前提としています5。
一方で、日本の実情に合わせた独自の調整も行われています。例えば、ISSB基準の要求事項に代えてSSBJ基準独自の取扱いを認める「容認規定」や、SSBJ基準独自の追加開示を求める規定も一部含まれています14。また、「日本基準の開発にあたっては、市場関係者のニーズに応じて我が国固有の要求事項を検討する場合や、サステナビリティに関する法令や規制などの周辺諸制度との関係を考慮する場合がある」とされており、日本企業の置かれた状況への配慮も見られます5。
この「グローバルな整合性」と「国内実情への配慮」のバランスは、SSBJ基準の大きな特徴と言えるでしょう。
3. SSBJ基準の具体的内容
ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」の要点
ユニバーサル基準は、サステナビリティ情報開示の基本的なルールを定めるものです。ここでは「サステナビリティ関連財務開示」を「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得る、報告企業のサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報(それらのリスク及び機会に関連する企業のガバナンス、戦略及びリスク管理並びに関連する指標及び目標を含む)」と定義しています15。
特に重要なのは、「原則として財務諸表と同じ報告期間を対象とし、財務諸表と同時に報告する必要がある」という点です6。これは従来の任意開示と異なり、財務情報とサステナビリティ情報の一体的な報告を求めるものであり、企業にとって大きな変化点となります。
また、報告期間から公表承認日までに新たな重要情報を入手した場合は、開示の更新が求められるという厳格な規定も含まれています6。
テーマ別基準「一般開示基準」の要点
一般開示基準は、テーマ別基準が存在しないサステナビリティ課題(現状では気候変動以外の環境側面や労働、人権など)に適用されるもので、TCFDフレームワークを踏襲した4項目の開示枠組みが提供されています6。
例えばガバナンスについては、リスク・機会に対応する戦略の監督に責任を負う機関や個人の役職名と役割に加え、監督するための適切な能力を有するかについての判断、リスク・機会を判断する情報の入手方法、トレードオフを含めた企業戦略への考慮方法、関連する目標設定・進捗の監督方法、報酬方針への組み込み方法など、詳細なプロセスの開示が求められます6。
戦略については、「企業の短・中・長期の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るリスク・機会を特定し、それが現在および将来のビジネスモデル・バリューチェーンに与える影響、企業の財政状態、財務業績、キャッシュフローに与える定量的もしくは定性的影響」の開示が求められます。また、戦略・ビジネスモデルのリスクから生じる不確実性に対応する能力(レジリエンス)に関する評価も必要とされています6。
テーマ別基準「気候関連開示基準」の要点
気候関連開示基準では、より具体的な気候変動関連の情報開示が求められています。特に注目すべきは以下の開示項目です:
GHG排出量:スコープ1(直接排出)、スコープ2(エネルギー利用による間接排出)、スコープ3(サプライチェーンからの間接排出)の区分別の絶対総量8
内部炭素価格:企業内部での意思決定に使用している炭素価格8
報酬連動:気候関連の評価項目を役員報酬に組み込む方法や、役員報酬のうち気候関連の評価項目と結び付いている部分の割合8
注目すべき変更点として、公開草案ではスコープ1、2、3の温室効果ガス排出量の合計値の開示も求められていましたが、確定基準ではこの要求が削除されました13。また、産業別に分解したファイナンスド・エミッションに関する情報開示についても当面免除されることになりました13。
太陽光発電や蓄電池などの再生可能エネルギー設備の導入による温室効果ガス排出削減効果を定量的に把握することは、この開示基準への対応において重要な課題となります。例えば、「エネがえる」のような太陽光・蓄電池経済効果シミュレーションソフトを活用することで、CO2排出削減量を具体的に可視化し、気候関連開示基準で求められる定量的データの取得が容易になります。
4. 適用対象と適用時期
段階的な適用スケジュール
SSBJ基準の適用は、企業規模に応じて段階的に進められる予定です。金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」での検討を経て、以下のようなスケジュールが「基本線」として示されています:
2030年代早期:全プライム上場企業に適用する方向性 20
また、2026年3月期から早期適用も可能とされており8、先進的な取り組みを行う企業は前倒しでの対応を検討することができます。
時価総額の算定方法
適用対象企業の判定に必要となる時価総額の算定方法については、「適用となる期の直前までの5事業年度末の時価総額の平均値を用いる」とされています22。これは変動の大きい時価総額に基づく判定を安定させるための工夫であり、IFRS財団が2024年5月に公表した「法域ガイド」を参考にしています22。
この方法によれば、例えば2027年3月期の適用対象となる企業は、2022年3月期から2026年3月期までの5事業年度末の時価総額平均が3兆円以上かどうかで判定されることになります。
中小企業への影響と対応
現状の適用スケジュールでは、プライム上場企業以外の企業(スタンダード市場、グロース市場の上場企業や非上場企業)については明示的な言及はありません。しかし、サプライチェーン全体での情報開示の重要性を考えると、大企業のスコープ3排出量の把握のために取引先である中小企業にも情報提供が求められる可能性があります。
さらに、大企業がサステナビリティ情報を開示し始めれば、それが業界標準となり、競争上の理由から中小企業もこうした開示に追随する流れが生まれるかもしれません。
中小企業がこうした動向に備えるには、まず基本的な環境負荷データの収集・管理体制を整えることが重要です。例えば、エネルギー使用量やGHG排出量の把握、自社のサステナビリティリスクの特定などから始めることが考えられます。
また、再生可能エネルギー設備の導入検討も有効な対応策の一つです。「エネがえる」のような経済効果シミュレーションツールを活用することで、投資判断の材料とすることができます。住宅用太陽光・蓄電池向けの「エネがえる」や、産業用自家消費型太陽光・蓄電池向けの「エネがえるBiz」は、こうした意思決定に役立つソリューションとなります。
5. 保証に関する議論と展望
サステナビリティ情報保証の重要性
サステナビリティ情報の信頼性を担保するために、第三者保証の仕組みが重要となります。財務情報については監査制度が確立していますが、サステナビリティ情報についても同様の信頼性確保の仕組みが求められています。
金融審議会のワーキング・グループでは、「開示と保証の一体的な適用よりも、早期に開示基準を導入することを優先すべき」との意見が多く示されており、SSBJ基準適用義務化の翌年に保証制度を導入する方向性が示されています22。
保証のタイムラインと段階的導入
具体的な保証のタイムラインとしては、「サステナビリティ情報開示義務化の翌期から保証報告書の添付が必要になる」という案が検討されています21。つまり:
2028年3月期:時価総額3兆円以上の企業に保証義務化
2029年3月期:時価総額1兆円以上の企業に保証義務化
2030年3月期:時価総額5000億円以上の企業に保証義務化
また、スコープ3(サプライチェーン排出量)の開示や保証については、データ収集の難しさなどを考慮して「他項目より遅れて適用される経過措置」が議論されています21。
保証の水準と範囲
保証の水準としては、「限定的保証」と「合理的保証」の2種類があり、初期段階では「限定的保証」から始まる可能性が高いと考えられます。限定的保証は、財務諸表におけるレビュー業務に相当し、合理的保証(監査に相当)に比べて保証水準は低いものの、初期導入のハードルを下げる効果があります。
保証の範囲については、当初はGHG排出量などの定量情報に限定され、徐々に定性的な情報にも拡大していく可能性があります。
6. 企業の実務対応と準備のポイント
SSBJ基準対応のロードマップ
企業がSSBJ基準に対応するためには、計画的な準備が必要です。適用時期に応じたロードマップの例を以下に示します:
2027年3月期適用企業(時価総額3兆円以上)の場合:
2025年度:体制構築とギャップ分析
2026年度前半:データ収集プロセスの確立
2026年度後半:試行開示と課題抽出
2027年度:本格開示
2028年3月期適用企業(時価総額1兆円以上)の場合:
2025年度:現状把握と課題抽出
2026年度:体制構築とガバナンス整備
2027年度:試行的データ収集と開示練習
2028年度:本格開示と保証対応準備
データ収集・管理体制の構築
SSBJ基準に対応するための最大の課題の一つは、データ収集・管理体制の構築です。特にGHG排出量の計測と管理については、以下のポイントに注意が必要です:
スコープ別データ収集方法の確立:
スコープ1:自社の燃料使用量等から算出
スコープ2:電力・熱の使用量から算出
スコープ3:サプライヤーや顧客を含むバリューチェーン全体の排出量算出(15カテゴリ)
データの精度と検証可能性の確保:保証を見据えて、データの出所や計算方法を文書化
継続的な収集・分析体制の整備:定期的なデータ収集と分析のための人員・システムの整備
「エネがえるBiz」のような産業用太陽光・蓄電池の経済効果シミュレーションツールを活用することで、導入によるCO2排出量削減効果や経済的メリットを定量的に把握し、より正確なサステナビリティ情報開示が可能になります。
効果的な開示のためのプロセス設計
効果的な開示を実現するためには、以下のようなプロセス設計が重要です:
マテリアリティ(重要課題)の特定と評価:
自社の事業に関連するサステナビリティ課題の洗い出し
ステークホルダーとの対話を通じた優先順位付け
特に「財務的マテリアリティ」(企業価値に影響を与える要素)の評価
シナリオ分析の実施:
気候変動シナリオに基づく事業リスク・機会の分析
2℃シナリオ/4℃シナリオなど複数のシナリオでの検討
レジリエンス(強靭性)の評価と開示
指標と目標の設定:
科学的根拠に基づく目標設定(SBT)の検討
短期・中期・長期の目標と実績の整合的な管理
マイルストーンの設定と進捗管理
部門横断的な協力体制の構築:
サステナビリティ部門、財務部門、IR部門、事業部門等の連携
取締役会・経営会議での定期的な議論と意思決定プロセスの確立
ガバナンス体制の整備
SSBJ基準では、サステナビリティ関連のガバナンス体制の開示が重要な要素となっています。効果的なガバナンス体制を構築するためのポイントは以下のとおりです:
取締役会レベルの監督体制:
サステナビリティを担当する取締役の指名
取締役会における定期的な議題設定
役員報酬とサステナビリティ目標の連動
委員会等の設置:
サステナビリティ委員会等の専門委員会の設置
経営層の参加による意思決定の迅速化
外部有識者の招聘による専門性の確保
情報伝達と報告ライン:
現場からの情報が経営層に適切に伝わる仕組み
経営層の方針が組織全体に浸透する仕組み
リスク情報の迅速な把握と対応体制
7. 国際基準との比較と企業戦略
SSBJ基準とISSB基準の差異
SSBJ基準はISSB基準と高いレベルで整合性を保っていますが、いくつかの差異も存在します。2025年3月31日に公表された「SSBJ基準とISSB基準の差異の一覧」によると、主な相違点は以下の通りです7:
任意開示に関する規定:SSBJ基準には一部、ISSB基準にない任意開示に関する規定がある
法令が別段の定めを置いている場合の取扱い:日本の法制度への配慮
気候関連の指標についての独自の取扱い:日本企業の実情に合わせた調整
しかし全体としては、「基準の適用によりもたらされる情報の比較可能性を達成すること」が目標とされており、国際的な整合性が重視されています7。
EU/米国の開示規制との比較
世界的なサステナビリティ情報開示規制の流れを見ると、地域ごとに特徴があります:
EU:
CSRD(企業サステナビリティ報告指令)に基づくESRS(欧州サステナビリティ報告基準)が2024年から適用開始
大企業から中小企業まで段階的に対象範囲が拡大
ダブルマテリアリティ(財務的影響と環境・社会への影響の双方)を重視
米国:
SECの気候関連開示規則が2023年に提案され、大企業から段階的に適用予定
比較的限定的なスコープ(主に気候変動関連)での義務付け
訴訟リスクへの配慮から慎重なアプローチ
日本(SSBJ):
ISSB基準との高い整合性
プライム市場上場企業を主な対象として段階的に導入
気候変動を中心としつつも、一般開示基準を通じて他のESG課題も対象
こうした国際比較から見ると、日本のSSBJ基準は、厳格なEUの基準と比較的限定的な米国の基準の中間に位置づけられる「バランスの取れたアプローチ」と言えるでしょう。
グローバル企業の戦略的対応
複数の国・地域で事業を展開するグローバル企業にとっては、各地域の異なる開示要求に効率的に対応することが課題となります。戦略的なアプローチとしては、以下が考えられます:
「最大公約数」アプローチ:
最も厳格な基準(現状ではEUのESRS)に合わせて情報を収集・管理
地域ごとに必要な情報を抽出して開示する体制を整備
グローバル統一データベースの構築:
全社共通のESGデータ管理システムを構築
各地域の要求に応じた出力が可能な柔軟性を確保
地域別対応チームと全社統括機能の両立:
地域ごとの規制に詳しい専門チームを配置
全社的な整合性を確保するグローバル統括機能を設置
8. サステナビリティ情報開示の進化と将来展望
テーマの拡大可能性
現在のSSBJ基準は気候変動を中心としていますが、今後はさまざまなサステナビリティテーマへの拡大が予想されます。ISSB基準の開発状況に合わせて、以下のような拡大が考えられます:
生物多様性:
TNFDフレームワークとの連携
生物多様性への依存度と影響の評価
自然資本リスクの定量評価
人的資本:
人材開発・育成への投資
多様性・公平性・包摂性(DEI)に関する指標
従業員エンゲージメントと生産性の関連性
サーキュラーエコノミー(循環経済):
資源効率性と廃棄物管理
製品設計からのライフサイクル思考
循環型ビジネスモデルへの移行計画
これらのテーマは、単なる追加的な開示項目ではなく、企業の長期的な価値創造と密接に関連するものです。企業はこうした拡大を見据えた情報収集・管理体制の構築を検討すべきでしょう。
デジタル化の進展と情報連携
サステナビリティ情報開示の分野では、デジタル化が急速に進展しています。EUのCSRDではデジタル形式での報告が義務付けられているほか、IFRS財団もデジタルタクソノミの開発を進めています。
今後の動向として注目されるのは:
標準化されたデジタルフォーマット:
XBRL(eXtensible Business Reporting Language)などの標準形式の採用
機械可読形式による効率的なデータ分析の実現
ブロックチェーン技術の活用:
サプライチェーン全体でのデータの透明性と信頼性の確保
スマートコントラクトによる自動的なデータ収集・検証
AIを活用したサステナビリティデータ分析:
パターン認識によるリスク予測と機会発見
自然言語処理による非構造化データからの洞察抽出
こうしたデジタル化は、開示の効率化だけでなく、データの質と信頼性の向上、そして戦略的な意思決定への活用という面でも重要です。
例えば、太陽光・蓄電池・EV・V2Hの経済効果シミュレーター「エネがえる」は、クラウド型のシミュレーションソフトとして、脱炭素設備の導入効果を即時に可視化し、サステナビリティ情報開示における定量データの算出を支援します。住宅用から産業用まで幅広く対応しており、APIでの連携も可能です。
サステナビリティ経営の高度化
SSBJ基準の導入は、単なる情報開示の義務化を超えて、企業のサステナビリティ経営自体の高度化を促す効果があります。具体的には:
サステナビリティを組み込んだ経営戦略の策定:
長期的な価値創造におけるサステナビリティ課題の位置づけ
シナリオ分析に基づく戦略的オプションの評価
イノベーションと競争優位性の源泉としてのサステナビリティ
統合的思考とダブルマテリアリティ:
財務的影響と社会・環境への影響の両面からの評価
短期・中期・長期の価値創造を統合的に捉える視点
トレードオフの認識と意思決定プロセスへの組み込み
対話型のステークホルダーエンゲージメント:
投資家との建設的対話の基盤としてのESG情報
多様なステークホルダーの視点を取り入れたマテリアリティ評価
共創的価値創造のためのエンゲージメント深化
9. 先進的取り組み事例と成功のポイント
国内外の先進開示事例
SSBJ基準の適用に向けて参考となる先進的な開示事例としては:
統合報告書とサステナビリティ報告書の連携:
中長期的な価値創造ストーリーとESG情報の整合性確保
財務指標とESG指標のつながりの明示
ビジネスモデル・戦略との関連性を明確に説明
シナリオ分析の高度化:
複数のシナリオに基づく財務影響の定量評価
自社特有のリスク・機会の特定と分析
対応策の具体性と実効性の明示
サプライチェーン全体での取り組み:
Scope 3排出量の精緻な計測と削減計画
サプライヤーと協働したエンゲージメント事例
バリューチェーン全体での価値創造の説明
投資家からの評価ポイント
投資家の視点から高く評価されるサステナビリティ情報開示のポイントは:
比較可能性と一貫性:
業界標準指標の採用
経年比較が可能な一貫した開示
グローバルスタンダードとの整合性
マテリアリティとビジネスモデルの関連性:
なぜその課題が重要かの説明
ビジネスモデルとの統合性
長期的な企業価値への影響の明確化
透明性と誠実性:
課題や未達成な点も含めた誠実な開示
データソースと計算方法の透明性
第三者保証の取得
戦略的な目標設定と進捗報告:
野心的かつ実現可能な目標
具体的なロードマップと進捗状況
目標未達の場合の対応策
10. FAQ・よくある疑問と回答
SSBJ基準適用に関する疑問
Q1: SSBJ基準は義務なのか、それとも任意なのか?
A1: SSBJ基準は、2027年3月期から時価総額に応じて段階的に義務化される予定です。時価総額3兆円以上のプライム上場企業から始まり、2030年代早期には全プライム上場企業に適用される見込みです。2026年3月期からは早期任意適用も可能です。
Q2: SSBJ基準とISSB基準の違いは何か?
A2: SSBJ基準はISSB基準と高いレベルで整合していますが、日本の法令や規制との整合性を考慮した独自の調整や、一部の任意開示規定などの違いがあります。ただし、国際的な比較可能性を損なわない範囲での違いにとどまっています。
Q3: スコープ3排出量の算定・開示は必須か?
A3: 気候関連開示基準ではスコープ3排出量の開示が求められていますが、データ収集の難しさを考慮して経過措置が設けられる可能性があります。また、保証についても他の項目より遅れて適用される方向で検討されています。
実務上の課題と対応策
Q4: どのようにマテリアリティ(重要課題)を特定すればよいか?
A4: マテリアリティの特定には、①業界特有のリスク・機会の把握、②ステークホルダーとの対話、③自社のビジネスモデルとの関連性分析、④短期・中期・長期の時間軸での評価、という4つのステップが有効です。SASBのマテリアリティマップなどの外部フレームワークも参考になります。
Q5: 社内のどの部署が中心となってSSBJ基準対応を進めるべきか?
A5: 理想的には、サステナビリティ部門、財務部門、IR部門、法務部門などの横断的なプロジェクトチームを設置することをお勧めします。最終的な情報開示は財務報告と一体化するため、財務部門との緊密な連携が特に重要です。また、経営層の関与も不可欠です。
Q6: 保証対応のために何を準備すべきか?
A6: 保証対応のためには、①データの出所と計算方法の文書化、②内部統制の整備、③証跡の保存体制の確立、④監査法人や検証機関との早期コミュニケーション、が重要です。特に、GHG排出量などの定量データについては、算定方法の一貫性と透明性の確保が求められます。
中小企業の対応
Q7: プライム上場企業ではない中小企業もSSBJ基準に対応する必要があるか?
A7: 直接的な義務はありませんが、サプライチェーンの一部として大企業からデータ提供を求められる可能性があります。また、取引先や金融機関からの評価、将来的な規制拡大を見据えて、段階的な対応を検討することが望ましいでしょう。
Q8: 中小企業が最小限のコストでサステナビリティ対応を始めるには?
A8: まずは自社のエネルギー使用量やCO2排出量などの基本データの把握から始めることをお勧めします。省エネや再生可能エネルギー導入などの取り組みは、コスト削減と環境対応の両立が可能です。太陽光発電や蓄電池の導入検討には、「エネがえる」のようなシミュレーションツールが役立ちます。また、業界団体や商工会議所などが提供する支援プログラムの活用も効果的です。
11. 結論:SSBJ基準がもたらす日本企業の変革と機会
サステナビリティ情報開示の新たなステージ
SSBJ基準の導入は、日本企業のサステナビリティ情報開示を「任意の取り組み」から「法定の義務」へと転換する重要な節目となります。これは単なる規制強化ではなく、資本市場におけるサステナビリティ情報の位置づけを根本から変える変革です。
国際的には、ISSBのグローバルベースラインとの整合性を確保しつつ、日本企業の実情も考慮したバランスの取れたアプローチが採用されています。これにより、日本企業の開示情報の国際的な比較可能性が高まり、グローバル投資家からの評価向上や国際競争力の強化につながることが期待されます。
企業経営への統合と価値創造
SSBJ基準対応の本質は、形式的な情報開示ではなく、サステナビリティを企業経営に統合し、長期的な価値創造につなげることにあります。気候変動をはじめとするサステナビリティ課題は、リスク管理の対象であると同時に、イノベーションや新たな事業機会の源泉でもあります。
例えば、GHG排出量削減の取り組みは、エネルギーコストの削減、規制リスクの低減、新技術・新製品の開発など、多面的な価値を生み出す可能性を秘めています。サステナビリティ情報開示を「コンプライアンス対応」としてではなく、「戦略的価値創造の機会」として捉える視点が重要です。
これからの企業に求められるマインドセット
SSBJ基準の時代を迎え、企業に求められるのは以下のようなマインドセットの転換です:
短期と長期のバランス:
四半期・年度の収益と長期的な企業価値の両立
将来の不確実性を考慮した柔軟な戦略立案
長期的視点からの投資判断と資源配分
統合的思考と部門横断的協働:
サステナビリティと事業戦略の統合
財務部門とサステナビリティ部門の緊密な連携
全社的な目標と部門別の目標の整合性確保
透明性とステークホルダー対話:
開示を通じた対話の基盤構築
多様なステークホルダーの期待理解
対話を通じた企業価値の共創
日本企業は、SSBJ基準の導入を単なる規制対応としてではなく、持続可能な社会への移行において企業価値を高める戦略的機会として捉え、積極的に取り組むことが求められています。そのためには、情報開示の形式や数値だけでなく、その背後にある企業理念や価値観、長期的な戦略ストーリーを明確に示していくことが重要です。
サステナビリティ情報の開示は目的ではなく手段であり、その先にある持続可能な社会と企業の共存共栄こそが真の目標であることを忘れてはなりません。SSBJ基準の時代において、こうした本質的な視点を持ち、変革を主導する企業こそが、新たな競争環境で優位性を発揮することができるでしょう。
出典
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