目次
- 1 脱炭素化された電力システムにおけるフュージョンエネルギーの役割 MITエネルギーイニシアティブ報告書の分析レポート
- 2 1. 序論:エネルギー転換における「確実な電源」の不可欠性
- 3 2. フュージョン技術の多様性と成熟度評価
- 4 3. 世界規模でのエネルギー経済モデル分析(EPPAモデル)
- 5 4. グリッド統合と経済性の詳細解析(GenXモデル)
- 6 5. 米国サブリージョン分析と地域特性の影響
- 7 6. サプライチェーンとクリティカルマテリアルの詳細解析
- 8 7. テクノエコノミック分析(TEA):コスト構造と規制のインパクト
- 9 8. 日本のフュージョンエネルギー戦略への示唆と提言
- 10 9. 結論
脱炭素化された電力システムにおけるフュージョンエネルギーの役割 MITエネルギーイニシアティブ報告書の分析レポート
1. 序論:エネルギー転換における「確実な電源」の不可欠性
21世紀中盤に向けた世界的な脱炭素化の潮流は、電力システムにかつてない構造的な変革を迫っている。気候変動対策としてのパリ協定の目標達成、すなわち産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑えるためには、温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロにする必要がある。この巨大な課題に対し、MITエネルギーイニシアティブ(MITEI)とMITプラズマ科学核融合センター(PSFC)が共同で発表した報告書『脱炭素化された電力システムにおけるフュージョンエネルギーの役割(The Role of Fusion Energy in a Decarbonized Electricity System)』は、フュージョンエネルギー(核融合発電)が果たすべき役割を、単なる科学的実証の段階を超え、経済的・システム的な観点から詳細に分析した画期的な研究成果である
世界の中間層人口は現在、年間約1億人のペースで増加しており、これに伴う生活水準の向上は電力需要の爆発的な増大を意味する。さらに、輸送部門の電動化、建物や産業プロセスの電化が進展することで、世界の電力消費量は2020年の約25,000 TWhから、2100年には3.4倍以上の85,000 TWhへと拡大すると予測されている
VREが電力供給の大部分を占めるシステムでは、気象条件による出力変動を吸収するために大規模なエネルギー貯蔵システムが必要となる。VREの普及率(ペネトレーション)が高まるにつれて、システムの安定性を維持するためのコストは非線形に増大し、例えば米国においてVRE 100%のグリッドを構築・運用するコストは年間1兆ドルを超えると試算されている
こうした背景の中で、フュージョンエネルギーは「確実な低炭素電源(Firm Low-Carbon Energy)」として、VREの欠点を補完し、電力システムの信頼性と経済性を両立させるための有力なオプションとして浮上している。フュージョンは、高い出力密度、柔軟な立地可能性、そして気象条件に左右されずに必要な時に電力を供給できる「給電可能性(Dispatchability)」という特性を併せ持つ。本報告書は、フュージョンエネルギーがVREや他の低炭素技術と競合するのではなく、相互に補完し合う関係にあることをシステム思考に基づいて明らかにしている
本稿では、MITの研究成果に基づき、フュージョンエネルギーが市場に浸透するためのコスト閾値、各国のエネルギー事情に応じた導入シナリオ、サプライチェーンの課題、そして技術的成熟度を網羅的かつ詳細に解析する。さらに、これらの知見を基に、資源小国でありながら高度な技術基盤を持つ日本が取るべき戦略的指針を導出する。
2. フュージョン技術の多様性と成熟度評価
現在、世界では40社以上の民間企業が核融合エネルギーの実用化に向けてしのぎを削っており、政府主導のプロジェクトを含めると111以上の計画が進行中である
2.1 燃料サイクルの物理的特性と工学的トレードオフ
核融合反応を実現するためには、原子核同士のクーロン反発力を乗り越えるだけのエネルギーが必要となる。MITレポートは、主要な燃料サイクルごとの特性を詳細に整理している。
2.1.1 重水素-三重水素(DT)反応
現在、最も有力視されているのがDT反応である。この反応は、最も低いプラズマ温度で点火が可能であり、反応確率(断面積)が他の燃料に比べて圧倒的に高いという物理的な利点を持つ
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エネルギー出力: 反応で生じるエネルギーの80%は高速中性子(14.1 MeV)として放出される。この中性子がブランケット内のリチウムと反応することで、燃料となる三重水素(トリチウム)を生産(増殖)すると同時に、熱エネルギーとして回収される。
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課題: 高速中性子による炉壁材料の損傷(はじき出し損傷)と放射化が深刻な課題となる。また、トリチウムは自然界にほとんど存在しないため、炉内で自己完結的に増殖させる技術(トリチウム増殖比 TBR > 1)の確立が必須である。
2.1.2 重水素-重水素(DD)反応
重水素は海水中に無尽蔵に含まれており、燃料供給の観点からは理想的である。しかし、DT反応と比較して反応確率は約100倍低く、より高いプラズマ温度が必要となる。また、中性子の発生量はDTより少ないもののゼロではないため、放射化対策は依然として必要である
2.1.3 重水素-ヘリウム3(DHe3)反応
この反応は、荷電粒子(陽子とヘリウム4)を主生成物とするため、熱サイクルを経ずに直接電力に変換できる可能性がある。しかし、DTの4倍以上の温度が必要であり、反応確率は約50分の1である。さらに、ヘリウム3は地球上に極めて希少であるため、月面資源の開発や、他の核融合反応(DD反応)の副産物としての利用が検討されている
2.1.4 陽子-ホウ素11(pB11)反応
TAE Technologiesなどが追求するこの反応は、一次反応で中性子を生成しない(アニュートロニック核融合)という極めて大きな利点を持つ。燃料であるホウ素は豊富に存在する。しかし、点火にはDTの10倍の温度が必要であり、その温度域では制動放射(Bremsstrahlung)によるエネルギー損失が核融合出力を上回る可能性があるという物理的な難題を抱えている
2.2 閉じ込め方式の技術的進展
プラズマの閉じ込め方式は、磁場閉じ込め、慣性閉じ込め、そしてその中間である磁気慣性閉じ込めの3つに大別される。
2.2.1 磁場閉じ込め(Magnetic Confinement)
強力な磁場を用いてプラズマをドーナツ状などの容器内に保持する方式であり、トカマク型やステラレータ型が代表的である。
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技術革新: 近年、希土類バリウム銅酸化物(REBCO)を用いた高温超伝導(HTS)磁石の実用化が進んでいる。核融合の出力密度は磁場強度の4乗に比例するため、HTSによる高磁場化は、装置の劇的な小型化とコストダウンを可能にする
。1 -
現状: 科学的エネルギー利得(Q値)として、JET(欧州トーラス共同研究施設)で0.62が記録されている。建設中のITERやSPARC(CFS社)は、Q>10の実証を目指している。
2.2.2 慣性閉じ込め(Inertial Confinement)
燃料ペレットにレーザーや粒子ビームを照射し、瞬時に圧縮・加熱して核融合を起こす方式である。
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現状: 米国国立点火施設(NIF)において、Q>1(投入エネルギーを上回る核融合エネルギー)が史上初めて達成された。これにより物理的な実証は進んだが、商用炉としては「1秒間に数回以上」という高頻度でのペレット照射と、高効率なドライバ(レーザー装置等)の開発が課題として残る
。1
2.2.3 磁気慣性閉じ込め(Magneto-Inertial Confinement)
磁場でプラズマを保持しつつ、物理的なライナーや磁気圧で圧縮する方式である。General FusionやZap Energyなどが開発を進めている。装置構成が比較的シンプルになる可能性があるが、科学的実証データ(Q値)は現時点で0.02程度と、他の方式に比べて遅れている
| 閉じ込め方式 | 科学的利得 (Q) | 達成温度 / 目標温度 | 技術的成熟度と課題 |
| 磁場閉じ込め | 0.62 (JET) | 1.07 | 科学的基盤は最も確立されている。HTS磁石による小型化と経済性向上が焦点。 |
| 慣性閉じ込め | 1.54 (NIF) | 0.5 | 物理的ブレークイーブンを達成。高繰り返し率とドライバ効率が工学的課題。 |
| 磁気慣性閉じ込め | 0.02 (MagLIF) | 0.11 | 原理実証段階。低コスト化のポテンシャルはあるが、科学的リスクが高い。 |
3. 世界規模でのエネルギー経済モデル分析(EPPAモデル)
MITの研究チームは、世界を18の地域に分割し、経済活動、エネルギー消費、技術進歩を内生的に扱う「EPPA(Economic Projection and Policy Analysis)」モデルを用いて、2100年までの長期シミュレーションを実施した。この分析は、1.5℃目標に整合する「Accelerated Actions」シナリオに基づいている
3.1 フュージョン発電のコストと市場シェアの相関
フュージョン発電所(FPP)の導入量は、その建設コスト(Overnight Capital Cost)に極めて敏感に反応する。モデルでは、2050年時点の米国のFPPコストを基準として、以下の4つのコストシナリオを設定し、それぞれの普及率を予測した。
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高コストシナリオ ($11,300/kW):
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このコスト水準では、フュージョンは他の低炭素電源(再生可能エネルギー、既存の原子力、CCS付き火力)に対して競争力を持たない。
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2100年時点での世界電力シェアは10%未満に留まり、限定的なニッチ技術となる。
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ベースケース ($8,000/kW):
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2035年に商業化され、学習効果によりコストが低減していくと仮定。
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2075年までに世界電力の15%、2100年には約27%のシェアを獲得する。これは、フュージョンが主要な電源の一つとして定着することを示唆する。
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低コストシナリオ ($5,600/kW):
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2100年にはシェアが38%に達する。このレベルのコスト競争力があれば、フュージョンは脱炭素化の中核を担う技術となる。
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超低コストシナリオ ($2,800/kW):
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2075年に30%、2100年には50%という圧倒的なシェアを占める。このシナリオでは、フュージョンがVREを補完するだけでなく、積極的に代替する最も経済合理性の高い電源となる。
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この分析から導き出される重要な洞察は、フュージョンが世界的に普及するための経済的転換点(Tipping Point)が、約$6,000/kW(2050年時点)付近にあるということである
3.2 地域別導入パターンのダイナミクス
フュージョンの導入は世界一律ではなく、各地域の経済成長、電力需要の伸び、既存の電源構成によって大きく異なる。EPPAモデルの結果は、先進国と新興国で全く異なる導入曲線を描いている
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米国・欧州: 導入は早期(2030年代後半〜2040年代)に始まるが、電力需要の伸びが比較的緩やか(2020年比で約2倍)であるため、導入量の増加は安定的である。ここでは、老朽化した火力発電所や原子力の代替としての役割が大きい。
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中国: 旺盛な電力需要と強力な産業政策により、急速な導入が進む。2060年以降は世界最大のフュージョン発電国の一つとなる。
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インド: 特筆すべきはインドの動向である。電力需要が2020年比で8.2倍に拡大すると予測されており、2050年以降、世界で最も急速にフュージョン導入が進む地域となる。
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アフリカ: 導入開始は遅れる(2065年頃)ものの、21世紀後半には人口爆発と経済成長に伴い、総発電量の約25%(1,800 TWh)をフュージョンが担う可能性がある。
構造的洞察:
先進国では、既に太陽光や風力などのVREインフラがある程度整備されており、フュージョンはそれらとの「共存・補完」または「リプレース」の形で導入される。一方、これから電力インフラを大規模に構築するインドやアフリカなどの新興国(グローバルサウス)では、VREに依存しすぎることによる送電網への負担や土地制約を回避するため、高密度で安定したフュージョン電源が「リープフロッグ(蛙飛び)」型の技術として選択される可能性が高い。これは、フュージョン技術の輸出市場として、将来的にはグローバルサウスが極めて重要になることを示唆している。
4. グリッド統合と経済性の詳細解析(GenXモデル)
MITの研究は、より詳細な時間解像度(1時間単位)で電力需給を最適化する「GenX」および「Ideal Grid」モデルを用い、米国ニューイングランド地域および全米9地域を対象としたケーススタディを行っている。これにより、フュージョンがグリッド内で果たす具体的な役割と価値が浮き彫りになった。
4.1 「確実な電源」としての価値と「ミッシング・マネー」問題
脱炭素化されたグリッドにおいて、フュージョンはVREの変動を埋める「確実な電源(Firm Power)」としての価値を持つ。しかし、現在の卸電力市場のメカニズムでは、この価値が十分に評価されない「ミッシング・マネー(Missing Money)」問題が発生するリスクがある
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市場価格の低下: 限界費用がゼロに近いVREが大量に導入されると、卸電力価格が0円、あるいはマイナスになる時間帯が増加する。
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収益の偏在: フュージョン発電所のような資本集約的な設備は、VREが発電できない「希少な時間帯(Scarcity Hours)」の高騰した電力価格によって、年間の固定費の大部分を回収しなければならなくなる。
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投資リスク: 年間のわずかな時間帯に収益が依存する構造は、投資家にとって極めてリスクが高く、予見性を低下させる。
GenXモデルの解析によると、FPPの資本コストが$8,500/kWの場合、年間のエネルギー市場収益の90%以上が、全時間のわずか24%の時間帯で発生するという極端な収益分布が示された。このため、容量市場(Capacity Market)や差額決済契約(CfD)など、長期的な収益安定性を保証する制度設計がフュージョン導入の前提条件となることが示唆されている
4.2 コストに応じた運用モードの変遷
従来、原子力発電は一定出力で運転する「ベースロード電源」として扱われてきた。しかし、MITの解析は、フュージョンの資本コストによって、その最適な運用モードが劇的に変化することを示している
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高コスト帯 ($8,500/kW以上):
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役割: VREの発電量が不足し、かつ電力需要が高い時間帯のみ稼働する「高価な調整電源(Peaker)」として機能する。
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設備利用率: 30%〜50%と低くなる。この利用率の低さが、さらにLCOE(均等化発電原価)を押し上げる悪循環を生む。
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中コスト帯 ($6,000/kW付近):
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役割: 年間の大部分で稼働する「ベースロード電源」として機能する。
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設備利用率: 80%〜90%と高水準を維持する。VREと共存しつつ、システムの基盤を支える最も理想的な運用形態である。
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低コスト帯 ($3,000/kW以下):
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役割: 圧倒的なコスト競争力により、VREを駆逐して主力電源となる。
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運用: 需要変動に合わせて出力を調整する「負荷追従運転(Load Following)」が求められる。結果として、VREが存在しなくてもフュージョン自身が出力を絞る必要が生じ、設備利用率は再び低下する可能性がある。
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4.3 熱エネルギー貯蔵(TES)の導入効果
フュージョン炉の稼働率を上げつつ、電力供給の柔軟性を高める手段として、溶融塩などを用いた熱エネルギー貯蔵(TES)を併設する案がある。しかし、GenXモデルによる感度分析の結果、現在のTESコスト(エネルギー貯蔵コスト$45/kWht、充放電コスト$375/kWe)では、フュージョンとの併設メリットは限定的であることが判明した
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理由1: フュージョンが必要とされるのは主に冬季などの長期間VREが不足する時期であり、日内変動を吸収するTESの役割は限定的である。
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理由2: リチウムイオン電池(Li-ion)のコスト低下が進んでおり、短時間の調整力としてはバッテリーの方が経済合理的である。TESが競争力を持つには、10時間以上の長周期貯蔵が必要となるが、それでもバッテリーとの競合は激しい。
ただし、TESのコストが劇的に低下した場合(例:岩石蓄熱などで$20/kWht以下)、炉本体の容量を小さくしつつ、TESでピーク需要に対応する設計が経済的になる可能性がある。
4.4 CCS付き天然ガス火力(NGCC+CCS)との競合関係
モデル分析において、フュージョンの導入量に最も大きな影響を与える競合技術は、95%の炭素回収率を持つ天然ガス火力発電(NGCC+CCS)である。
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もし安価で高性能なNGCC+CCSが利用可能になった場合、フュージョンが市場で競争力を持つためのコスト閾値は約$4,000/kWも低下する(厳しくなる)
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逆に言えば、CCS技術の開発が遅れたり、貯留地の確保が困難であったり、あるいは炭素回収率が予想を下回る場合、フュージョンの経済的価値は相対的に跳ね上がる。
これは、資源小国やCCS適地が限られる国(例えば日本)において、フュージョンの価値が米国以上に高くなることを示唆している。
5. 米国サブリージョン分析と地域特性の影響
米国を9つの地域に分割した「Ideal Grid」モデルの解析結果は、再生可能エネルギー資源の賦存量がフュージョンの導入を決定づける最大の要因であることを示している
5.1 地域別の導入特性とVREの限界
| 地域特性 | 代表的な地域 | フュージョンの役割 | コスト感度 |
| VRE資源が乏しい | 南東部(Southeast)、大西洋岸(Atlantic) | 必須電源。風力・太陽光のポテンシャルが低いため、炭素制約が緩くても(50 gCO2/kWh)導入が進む。 | 低い(高コストでも導入される) |
| VRE資源が中程度 | 北東部(Northeast)、カリフォルニア | 補完電源。洋上風力や太陽光と共存し、安定供給を支える。 | 中程度 |
| VRE資源が豊富 | 中部(Central)、テキサス | 限定的。高品質な風力資源が豊富なため、フュージョンは極めて厳しい炭素制約(4 gCO2/kWh以下)がない限り導入されない。 | 高い(超低コスト化が必要) |
重要な洞察:
フュージョンは「どこでも使える」技術であるが、その経済的価値は「どこで使うか」によって劇的に変わる。特に、風況が悪く、日射量も中程度で、かつ電力需要密度が高い地域(例えば米国の北東部や日本のような環境)において、フュージョンは最も高いシステム価値を発揮する。逆に、広大な土地と豊富な風力を持つ地域では、VRE+蓄電池の組み合わせが強力なライバルとなる。
5.2 土地利用制約の影響
MITの分析では、技術的に可能なVRE導入量(Technical Maxima)だけでなく、社会的・環境的な要因による「土地利用制約(Land-use Constraints)」を考慮したシナリオも検討している。
ニューイングランド地域の分析では、土地利用制約を考慮すると、VREの導入上限が抑えられるため、フュージョンの導入量が大幅に増加する結果となった。具体的には、FPPコストが$6,000/kWの場合、土地制約がないシナリオではフュージョンは3 GWしか導入されないが、土地制約があるシナリオでは11.1 GW(約4倍)が導入される1。これは、人口密集地や環境保護規制が厳しい地域において、フュージョンがVREの代替として機能することを示している。
6. サプライチェーンとクリティカルマテリアルの詳細解析
フュージョン発電所を2050年までに数千基規模で展開するためには、特殊な材料とコンポーネントのサプライチェーンを確立する必要がある。MITレポートは、特に磁場閉じ込め方式においてボトルネックとなりうる4つの主要分野を特定し、詳細な分析を行っている
6.1 高温超伝導(HTS)テープと磁石製造
現在の磁場閉じ込め方式(特にSPARCなどのコンパクト高磁場トカマク)において、希土類バリウム銅酸化物(REBCO)を用いた高温超伝導テープは、炉の性能と経済性を決定づける最重要コンポーネントである。
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製造プロセスとスケーラビリティ: HTSテープの製造には、パルスレーザー堆積法(PLD)や有機金属気相成長法(MOCVD)などの高度な薄膜形成技術が必要である。現在、Faraday Factory Japan(PLD方式)やSuperPower(MOCVD方式)などのメーカーが生産能力を増強しているが、核融合需要の急増(例えばCFS社によるSPARC建設のための大量発注)が、これまでの生産規模を指数関数的に押し上げている
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コスト: 現在のHTSコストは$100〜$200/kAm(キロアンペア・メートル)程度であるが、MRIや送電線などの非核融合用途への普及には$50/kAm以下が求められる。核融合産業による大量需要が「学習曲線」を促進し、コストダウンを牽引することが期待されている。
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材料リスク: HTSに含まれるイットリウムや銀の量は、世界的な生産量と比較して微量であり(FPP 1基あたり銀は年間生産量の0.01%)、資源枯渇のリスクは低い。ボトルネックは原材料ではなく、テープの「製造能力」にある。
6.2 トリチウム(三重水素)の供給と増殖サイクル
DT反応の燃料であるトリチウムは、自然界に存在せず、現在はカナダのCANDU炉(重水炉)などの副産物として年間数kg程度しか生産されていない。世界の民生用トリチウム在庫は約30kg程度と推定されている
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初期装荷(Start-up Inventory): 商用フュージョン炉を1基起動するためには、数kg〜10kg程度のトリチウムが必要となる。
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増殖(Breeding): 炉の稼働後は、ブランケット内のリチウムと中性子を反応させてトリチウムを自己生産(増殖)し、外部供給に頼らず自立する必要がある(トリチウム増殖比 TBR > 1)。
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リスク: もし初期のフュージョン炉が十分なTBRを達成できなければ、後続の炉を起動するためのトリチウムが枯渇する「スタートアップ・ボトルネック」が発生する。これはフュージョン産業の成長速度を物理的に制限する最大の要因となりうる。
6.3 ブランケット材料(ベリリウム、リチウム)
中性子増倍材として使用されるベリリウムと、トリチウム生成材であるリチウムの供給も重要である。
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ベリリウム: 現在の主な用途は電子部品や航空宇宙に限られており、市場規模は小さい。フュージョン炉(特にFLiBe溶融塩ブランケットを使用する場合)が普及すれば、需要は桁違いに増大する。現在の確認埋蔵量は現在の需要をベースにしているため少なく見えるが、需要増に伴い新たな鉱山開発が進むと予測される。ただし、ベリリウムは毒性があり、加工には特殊な施設が必要であるため、サプライチェーンの構築には時間がかかる
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リチウム: EVバッテリー需要との競合が懸念されるが、フュージョン炉1基が必要とするリチウムは、2022年の世界生産量の約1%に過ぎない。エネルギー密度が極めて高いため、燃料としてのリチウムの量はバッテリー用途に比べて圧倒的に少なく、量的な制約は小さいと考えられる。ただし、同位体濃縮(Li-6の濃縮)が必要な場合、そのプラント建設がボトルネックになる可能性がある。
6.4 構造材料とバナジウム合金
第一壁(First Wall)などの構造材には、高温強度、耐中性子照射性、低放射化特性が求められる。MITレポートは、バナジウム合金(V-4Cr-4Ti)を有力な候補として挙げている
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利点: 低放射化特性に優れ、使用後の冷却期間が短くて済む。また、液体リチウムや溶融塩との共存性が良い。
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課題: バナジウム合金のサプライチェーンは未成熟であり、大規模な製造・加工能力(溶解、圧延、溶接)が存在しない。また、不純物(酸素、窒素等)の混入が特性を著しく劣化させるため、厳密な品質管理が必要となる。これに対し、低放射化フェライト鋼(RAFM)は鉄鋼産業の基盤を活用できるため、初期の炉ではRAFMが採用される可能性が高いが、より高温・高効率を目指すにはバナジウムやSiC/SiC複合材料の開発が不可欠である。
6.5 クライオジェニックス(ヘリウム)
超伝導磁石の冷却には極低温環境が必要である。現在主流の液体ヘリウム冷却は、ヘリウム資源の希少性と価格変動リスクの影響を受ける。
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対策: HTS磁石は、従来の低温超伝導(LTS)磁石よりも高い温度(20K程度)で運転可能であるため、冷媒としてヘリウムガスや、将来的には水素やネオンを利用できる可能性がある。これにより、ヘリウム供給リスクを緩和できる
。1
7. テクノエコノミック分析(TEA):コスト構造と規制のインパクト
フュージョン発電のコスト構造を理解するために、MITはボトムアップ型のアプローチで詳細なコスト分析を行っている。ここでは、磁場閉じ込め方式(Magnetic Confinement)、慣性閉じ込め方式(Inertial)、磁気慣性閉じ込め方式(Magneto-Inertial)の比較も行われている
7.1 資本コストの内訳と主要ドライバー
磁場閉じ込め方式のFPPにおいて、資本コストの30%〜65%を「炉本体設備(Reactor Equipment)」が占めることが明らかになった。これは、周辺設備(BOP)や土木建築費が大きな割合を占める従来の火力発電所や軽水炉とは全く異なるコスト構造である。
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含意: コストダウンのためには、建設工事の効率化よりも、超伝導磁石、真空容器、加熱装置といったハイテク機器の量産効果や設計の最適化が極めて重要になる。特にHTS磁石のコスト低減は、FPP全体の経済性に直結する。
7.2 方式別のコスト比較
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磁場閉じ込め: 科学的実証(Q値)で最も先行しているが、巨大な磁石や遮蔽構造が必要なため、初期投資額(CAPEX)は高くなる傾向がある。
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磁気慣性閉じ込め: 装置構成がシンプルであるため、磁場閉じ込め方式よりも資本コストを抑えられる可能性がある(Bechtel社の試算等による)。しかし、科学的実証データ(Q値)はまだ低く、技術的リスク(不確実性)ははるかに高い
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慣性閉じ込め: 高精度のレーザー装置やターゲット製造工場のコストが大きく、現時点の試算では最もコストが高くなる傾向があるが、ドライバ効率の向上により改善の余地がある。
7.3 規制の枠組みが与える決定的影響
TEAにおいて最も重要な発見の一つは、規制のあり方がコストに与える甚大な影響である。MITの分析では、規制シナリオによってコストが数千ドル/kW単位で変動することが示された
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既存の原子力(核分裂)並みの規制:
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核分裂と同様の厳格な規制(NQA-1規格等)を適用した場合、安全系設備のコスト、品質保証コスト、工期遅延リスクが増大し、建設コストは高騰する。この場合、フュージョンは競争力を失う可能性が高い。
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最適化された規制(リスクベース規制):
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フュージョンは原理的に核暴走(臨界事故)のリスクがなく、高レベル放射性廃棄物も発生しない。この特性に基づき、化学プラントや加速器施設、あるいはアイソトープ取り扱い施設に近い規制区分(例えば米国の10 CFR Part 30)が適用されれば、コストは大幅に削減可能である。
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英国や米国では、既にフュージョンを核分裂とは異なる枠組みで規制する方針が示されており、これはフュージョンの経済性にとって最大の追い風となっている。
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8. 日本のフュージョンエネルギー戦略への示唆と提言
MITレポートの分析結果は、日本のような「島国」「資源小国」「再生可能エネルギー適地不足」という特徴を持つ国に対して、極めて重要な戦略的示唆を含んでいる。
8.1 エネルギー安全保障と「調整力」としての価値最大化
日本は欧州のように近隣国と送電網を接続して電力を融通することができず、国内で需給バランスを完結させる必要がある。また、平地が少なく、洋上風力の建設コストも欧米に比べて高くなる傾向がある。GenXモデルの「VRE資源が乏しい地域ほどフュージョンの価値が高い」という結論は、まさに日本に当てはまる。
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戦略提言: 日本においては、フュージョンを単なる「追加の電源」としてではなく、「脱炭素化の総コスト(システム統合コスト)を抑制するための必須アセット」として位置づけるべきである。特に、太陽光発電が飽和した後の調整力や、冬季の電力需給逼迫を解消するための「確実な電源」として、中コスト帯($6,000/kW程度)であっても導入する合理的価値がある。
8.2 産業戦略:サプライチェーンの「チョークポイント」の掌握
レポートは、HTS磁石、高周波加熱装置(ジャイロトロン等)、特殊材料がサプライチェーンのボトルネックになりうると指摘している。日本は、これらの分野で世界最高水準の技術基盤を有している(例:フジクラや古河電工のHTS線材、キヤノン電子管デバイスのジャイロトロン、六ヶ所村でのブランケット研究等)。
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戦略提言: 完成炉の輸出を目指すだけでなく、「グローバルフュージョンサプライチェーンの重要チョークポイント(関所)を押さえる」戦略をとるべきである。世界のフュージョン産業が拡大する中で、HTS線材や主要コンポーネントを日本企業が供給することで、巨大な市場を獲得できる。そのためには、国内での実証炉建設と並行して、部材・素材メーカーへの設備投資支援や、国際的な標準化への積極的関与が必要である。
8.3 規制のデカップリングと立地戦略
MITの分析が示す通り、規制は経済性を左右する最大因子である。日本においても、核分裂炉とフュージョン炉の規制を明確に分離し、科学的リスクに基づいた合理的な安全基準を早期に確立することが、民間投資を呼び込むための前提条件となる。
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戦略提言: 既存の原子力発電所の立地地域を、将来的なフュージョン炉の建設候補地として再定義することを検討すべきである。送電インフラの流用によるコスト削減(Indirect Costの低減)に加え、地元経済・雇用の維持という観点からも社会的受容性を得やすい可能性がある。
8.4 「ミッシング・マネー」への制度的対応
VREの導入が進む日本でも、卸電力市場価格の低下や乱高下は既に発生しており、「ミッシング・マネー」問題は現実の脅威となっている。
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戦略提言: 容量市場(Capacity Market)や長期脱炭素電源オークションなどの制度設計において、フュージョンの「確実な低炭素電源(Firm Low-Carbon)」としての価値を正当に評価し、長期的な予見性を与える価格メカニズムを整備する必要がある。MITレポートが示唆するように、単なるkWhの価値だけでなく、システムの安定化に寄与するkW(容量)やΔkW(調整力)の価値を適正に反映させる仕組みが不可欠である。
9. 結論
MITの2025年最新レポートは、フュージョンエネルギーが単なる科学的探求の対象から、脱炭素化された世界の電力システムにおける「工学的・経済的な必須要素」へと移行しつつあることを、圧倒的なデータとモデル分析によって示している。
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経済性: 資本コストが$6,000/kWを下回れば、フュージョンは世界的に普及し始める。日本のように再生可能エネルギー資源に制約がある地域では、それ以上のコストでもシステム全体での経済合理性が成立する。
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システム価値: VREの変動を補完する「Firm Power」としての価値は、単体のLCOE比較以上の意味を持つ。エネルギー貯蔵コストの増大を防ぎ、グリッドの強靭化に寄与する。
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ボトルネック: 技術的課題(プラズマ物理)よりも、今後はサプライチェーン(特にHTS製造能力とトリチウム供給)と規制の枠組みが、普及速度を律速する可能性が高い。
日本にとってフュージョンエネルギーは、エネルギー自給率の向上、脱炭素化の達成、そしてハイテク産業の維持・発展という3つの国家的課題を一挙に解決しうる「切り札」である。本レポートの分析に基づき、科学研究の継続と並行して、産業化・サプライチェーン構築・規制整備・市場制度設計を一体とした国家戦略の加速が強く求められる。



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