B2B営業の構造変革 Time-to-Yesの短縮とマイクロフリクションの排除による競争優位性の確立

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

むずかしいエネルギー診断をカンタンにエネがえる
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目次

B2B営業の構造変革 Time-to-Yesの短縮とマイクロフリクションの排除による競争優位性の確立

第1章 序論:B2B営業における「速度」の再定義

2025年という節目を目前に控え、日本のエネルギー市場、とりわけ再生可能エネルギーや蓄電池システムを取り巻くB2B(企業間取引)の風景は、かつてないほどの構造的変革の只中にある。政府によるカーボンニュートラル宣言以降、脱炭素経営は「企業の社会的責任(CSR)」の領域を超え、「事業継続の前提条件」へと昇華した。これに伴い、企業の設備投資意欲は旺盛であるものの、実際の購買プロセスにおける意思決定の複雑化、関係者の多層化、そして日本特有の「稟議」システムによる停滞が、多くの商談をボトルネックへと追い込んでいるのが実情である。

本レポートでは、従来の「セールスサイクル(Sales Cycle)」という概念を一歩進め、「Time-to-Yes(合意形成までの時間)」という指標を軸に、営業プロセスの最適化を論じる。特に、購買体験における「微小摩擦(マイクロフリクション)」がいかにして顧客の離脱を招くか、そして「スコアリング」や「シミュレーション」といったテクノロジーが、いかにして不確実性を排除し、稟議承認を加速させるかについて詳述する。その際、業界標準となりつつあるシミュレーションツール「エネがえる」の導入事例や、日本独自の商慣習に適応した分業型営業モデル「セットアップ手法」などを分析し、2025年のエネルギー市場で勝ち残るための具体的かつ実践的な戦略を提示する。

1.1 「Time-to-Yes」:先行指標としての新たな重要性

従来の営業管理においては、リード(見込み客)の獲得から契約締結までの期間を示す「セールスサイクル」が主要なKPI(重要業績評価指標)として扱われてきた。しかし、この指標はあくまで結果としての期間を測定する「遅行指標」に過ぎず、プロセスのどこに問題があるのかを特定するには解像度が粗すぎるという課題があった。これに対し、「Time-to-Yes」は、顧客が各フェーズにおいて「Yes(次のステップへ進む合意)」を出すまでの時間に焦点を当てた概念である。

国際金融公社(IFC)の報告によれば、デジタル化が進んだ金融セクターにおいて、高度なセールス・プロペシティ(販売傾向)ツールや行動信用スコアリングを導入することで、「Time-to-Yes」を数日単位からわずか「5分」にまで短縮し、「Time-to-cash(現金化までの時間)」を24時間以内に抑えることに成功した事例が存在する 1

B2Bエネルギー営業のような複雑な商材において5分という時間は非現実的かもしれないが、その本質は「判断材料の即時提供」にある。顧客が迷う時間、情報を探す時間、社内調整に費やす時間を極小化することこそが、Time-to-Yes短縮の鍵となる。

さらに、Ventra Partnersの分析によれば、トップパフォーマンス企業は「ファストレーン(優先レーン)」プロセスを構築している。これは、事前に承認された商取引条件やモジュール化された契約テンプレートを用意することで、契約交渉という最大のボトルネックを回避し、内部レイテンシー(遅延)を削減する手法である 2。つまり、Time-to-Yesの短縮は、営業担当者の個人のスキルではなく、組織的なプロセス設計と、それを支えるデータ基盤の有無に依存しているのである。

1.2 マイクロフリクションと「スラッジ(汚泥)」の排除

B2Bのカスタマージャーニーにおいて、顧客の購買意欲を削ぐのは必ずしも決定的な欠陥や価格の不一致だけではない。多くの場合、「マイクロフリクション(微小摩擦)」と呼ばれる些細な障害の積み重ねが、顧客のモメンタム(勢い)を奪い去っている。Directive Consultingの指摘によれば、これらは以下のような形で現れる 3

  • 情報の非対称性: 必要な情報(例:概算見積もり)にたどり着くまでに複数のステップを要する。

  • フォームの過剰な要求: 初期段階で電話番号や詳細な住所を必須とするなど、顧客の心理的ハードルを無視した入力要求。

  • シミュレーションの遅延: 結果が表示されるまでの数秒〜数十秒の待ち時間(ローディング)。

行動経済学では、このような行動を阻害する不必要なプロセスや摩擦を「スラッジ(Sludge:汚泥)」と呼ぶ。スラッジは、顧客が本来望んでいる行動(例:省エネ設備の導入検討)を、手続きの煩雑さによって断念させる効果を持つ。一方で、全ての摩擦が悪ではない。「有益な摩擦」も存在する。例えば、質の低いリード(冷やかし)を排除するために意図的に設けられた障壁は、営業リソースを最適化する上で機能する 3。重要なのは、摩擦が「顧客の意思決定を支援しているか」それとも「単に邪魔をしているか」を見極め、後者を徹底的に排除することである。

摩擦の種類 定義 エネルギー営業における具体例 対策
マイクロフリクション (Sludge) 意欲を削ぐ無意味な障害 複雑すぎる料金プラン選択、PDFのみの資料提供、スマホ非対応のUI 入力自動化、レスポンシブデザイン、API連携による自動取得
認知摩擦 (Cognitive Friction) 理解に伴う精神的負荷 「kWh」や「再エネ賦課金」などの専門用語、複雑なROI試算 センスメイキング (Sense Making): 視覚的シミュレーションによる直感的理解の促進
プロセス摩擦 手続き上の物理的障害 捺印のための出社、紙ベースの契約書郵送 電子契約 (DocuSign等) の導入、オンライン本人確認 (eKYC/KYB)
選別的摩擦 (Guardrails) 質の担保のための障壁 建物図面の提出要求、決裁権者の同席確認 維持(ただし提出手段は簡易化する)

第2章 日本企業における意思決定力学と「センスメイキング」

2.1 稟議制度:集団合意形成のメカニズムとボトルネック

日本のB2B営業において、避けて通れないのが「稟議(Ringi)」システムである。これは、担当者が起案した文書(稟議書)が、係長、課長、部長、役員といった組織の階層を下から上へと回覧され、関係者全員の承認印(ハンコ)を得て初めて決裁されるボトムアップ型の意思決定プロセスである 4

欧米型のトップダウンアプローチでは、決裁権を持つ「エコノミックバイヤー」を早期に特定し、そこを攻略することが定石とされるが、日本ではこの手法が機能しない場合が多い。なぜなら、最終決裁者が承認印を押す前提として、現場レベルでの緻密な合意形成(根回し)が完了していることが求められるからだ。

この構造において、Time-to-Yesを遅延させる最大の要因は「情報の不備」による差し戻しや停滞である。担当者(チャンピオン)が、上司からの「本当にこの投資対効果は確かなのか?」「リスクはないのか?」「他社と比較したのか?」という問いに即答できない場合、稟議書は机の中で止まる

したがって、日本の営業における「バイヤーイネーブルメント(購買支援)」とは、実質的に「稟議支援」と同義である。担当者が社内を説得するための武器(論理的で客観的なデータ、比較表、リスク分析)を持たせることが、ベンダー側の責務となる。

2.2 損失回避性(Loss Aversion)と信頼のレイテンシー

日本企業の意思決定におけるもう一つの特徴は、極めて強い「損失回避性(Loss Aversion)」である。行動経済学において、人は「利益を得る喜び」よりも「損失を被る痛み」を2倍以上強く感じるとされるが 5失敗が減点評価に直結しやすい日本の組織文化においてはこの傾向が顕著である。

研究によれば、日本のB2Bバイヤーは、製品の「品質」や「革新性」よりも、「価格の妥当性」や「リスクの低さ」を重視する傾向がある 6。これは、「新しいことをして成功する」ことよりも、「失敗して責任を問われない」ことが優先される心理的背景を示唆している。

また、日本市場特有の「信頼のレイテンシー(遅延)」も摩擦の一因となる。StripeやCircleCIなどの外資系SaaS企業の日本進出支援を行ってきた専門家は、日本のバイヤーは「信頼が確立されるまで評価(検討)すら開始しない」と指摘する 7。つまり、機能や価格の提案を行う前の段階で、「この企業は信頼に足るか」「日本での実績はあるか」「サポート体制は万全か」という「信頼構築フェーズ」が存在し、ここをクリアしない限りTime-to-Yesの時計は動き出さないのである。

2.3 ガートナーの提唱する「センスメイキング」

情報過多の現代において、バイヤーは意思決定に必要な情報を整理・解釈することに困難を感じている。ガートナーの調査では、55%の顧客が「選定プロセスにおいて、差別化要因やトレードオフを理解するのが難しい」と感じている 8

ここで重要となるのが「センスメイキング(Sense Making)」というアプローチである。これは、単に自社の製品情報を押し付けるのではなく、顧客が氾濫する情報の中から「何が重要で、何がノイズか」を整理し、自信を持って意思決定できるよう支援する活動を指す 9

エネルギー分野においては、「複雑怪奇な電気料金プラン」や「変動する燃料調整費」、「JEPX価格のボラティリティ」などが顧客の認知摩擦(Cognitive Friction)を引き起こしている。営業担当者は、これらの複雑な変数を、シミュレーションツールを用いて「つまり、御社にとっては年間〇〇円のメリットがあり、リスクは最大でも〇〇円です」という極めて単純明快なストーリー(センスメイキング)に変換して提示する必要がある。これこそが、損失回避性の高い日本のバイヤーに対し、稟議を通すための「確信」を与える唯一の方法である。

第3章 スコアリングとシミュレーションによる不確実性の排除

3.1 営業におけるスコアリングの進化

Time-to-Yesを短縮するためには、成約の可能性が低い案件に時間を費やすことを避け、高確度のリードにリソースを集中させる必要がある。これを可能にするのがデータに基づく「スコアリング」である。

  1. プロペシティ・スコアリング(Propensity Scoring):

    IFCのレポートにあるように、企業の業種、年商、現在のエネルギー消費量などの属性データから、成約の確率(Propensity)を予測する 1。例えば、「工場の屋根面積が広く、かつ電力単価が高い契約をしている企業」は、太陽光導入のメリットが出やすく、成約確率が高いとスコアリングされる。

  2. テクニカル・エコノミック・スコアリング:

    エネルギー商材特有のスコアリングである。屋根の方位、傾斜、日射量データ、そして現在の契約プラン(Tariff)を掛け合わせ、「経済メリットスコア」を算出する。エネがえる等のツールは、この計算を瞬時に行うことで、営業担当者が訪問する前に「この顧客は攻めるべきか否か」を判断する材料を提供する。

  3. 与信・行動スコアリング:

    特にPPA(電力販売契約)のような長期契約においては、顧客の信用リスクが重要となる。TrustCloudなどのKYB(Know Your Business)ツールを活用し、企業の登記情報や反社チェック、財務状況をAIで即座に分析することで、契約直前での「与信NG」による手戻りを防ぐ 11。

3.2 「エネがえる」に見るシミュレーションツールの役割

日本の再生可能エネルギー営業において、デファクトスタンダードとしての地位を確立しているのが、国際航業が提供する「エネがえる」である。このツールがなぜTime-to-Yesの短縮に貢献しているのか、そのメカニズムを分析する。

エネがえるのコア・バリュープロポジション 12:

  • 圧倒的なデータ網羅性: 日本国内の電力会社・ガス会社の料金プランを網羅(電気:235社・2,738プラン、都市ガス:230社・730プラン ※2019年1月時点)している。このデータベースこそが、他社が模倣困難な「堀(Moat)」となっている。独自のExcelシートで計算する場合、頻繁に改定される再エネ賦課金や燃料調整費を追いきれず、提案の信頼性が揺らぐ原因となる。

  • 権威性の借用(Authority Borrowing): エネがえるは、業界唯一経済効果シミュレーション保証を提供しているツールとなる。提示されるシミュレーション結果(発電量)の80%を10年間保証する仕組みだ。これにより「第三者機関のお墨付き」という権威が付与される。これは、前述した日本のバイヤーの「信頼のレイテンシー」を解消する上で極めて強力な武器となる。

  • マイクロフリクションの排除: 従来、複雑な料金計算には数日を要することも珍しくなかったが、エネがえるは「15秒」で診断結果を出すことができる 12。これにより、営業担当者は商談の場でタブレットを見せながら、「もし蓄電池を入れたらどうなるか?」「エコキュートに変えたら?」という「What-if分析」を顧客と共に行うことができる。これは、顧客の疑問(フリクション)をその場で解消し、持ち帰り検討という時間のロスを排除する効果がある。

3.3 導入事例:ELJソーラーコーポレーション

販売実績全国1位を誇るELJソーラーコーポレーションの事例は、ツールの導入が組織の営業力にどのような変革をもたらすかを示している 12。

同社では、営業社員全員にエネがえるを導入し、月間1,000件の商談で成約率60%という驚異的な数字を叩き出している。

  • Before: 営業担当者が個人の経験や勘、あるいは手計算に基づいて提案を行っていたため、提案の質にばらつきがあり、説得力に欠ける場合があった。

  • After: 全員が統一された高精度なシミュレーション画面を用いて提案。顧客の現在契約している電力プランをその場で選択し、精緻なメリット額を提示することで、「本当に安くなるのか?」という顧客の不安(損失回避心理)を払拭した。

  • Insight: ここでの成功要因は、単なる計算の自動化ではない。「営業プロセスの標準化」と「即時性の確保」である。顧客の関心が最も高まっている商談の瞬間に、客観的な証拠(Evidence)を提示できるかどうかが、Time-to-Yesを左右する。

第4章 高度な営業戦術:「セットアップ手法」による分業化

Time-to-Yesの短縮には、ツールの導入だけでなく、人的な営業プロセスの再設計も不可欠である。特に蓄電池などの高額商材において、近年成果を上げているのが「セットアップ手法(分業制)」である 14

4.1 「アプローチャー」と「クローザー」の役割分担

この手法は、一人の営業担当者がアポ取りから契約までを行うのではなく、プロセスを「興味付け(セットアップ)」と「決断(クロージング)」の二段階に明確に分割するものである。

役割 呼称 ミッション 心理的アプローチ フリクション対策
初回訪問 アプローチャー (Set-upper) 次回のアポイントを「決裁権者全員(夫婦等)」揃った状態で取ること。 「売らない」ことによる信頼構築。 FIT終了や電気代高騰の事実のみを伝え、「興味」を喚起する。金額提示は一切しない。 顧客の「売り込まれる」という警戒心(セールス・レジスタンス)を解除する。価格提示による早期の拒絶反応(ショック)を防ぐ。
次回訪問 クローザー (Closer) 契約の締結(Yesの獲得)。 「数字」による論理的説得。 エネがえる等のツールを用い、具体的なメリット額と支払い計画を提示する。 決裁権者が揃っているため、「配偶者に相談する」という持ち帰り(決定の延期)フリクションを物理的に排除する。

4.2 心理学的メカニズムと成果

この手法が日本市場で機能する理由は、日本人の「対人関係における調和」を重んじる心理と関係している。初回訪問で強引な売り込みをしないアプローチャーに対しては、顧客はガードを下ろしやすく、信頼関係(ラポール)を築きやすい。そして、信頼できた相手からの「専門家(クローザー)の話を聞いてみませんか」という提案には応じやすい(一貫性の原理)

実際にこの手法を導入した茨城県の企業では、年間販売台数が2,000台に迫るペースへと急伸し、別の企業では月間販売数が40〜50台から71台へと約1.5倍に増加した 14。特筆すべきは、営業ツールやトーク自体は大きく変えていない点である。変えたのは「誰が、どのタイミングで、何を話すか」というプロセスの設計のみである。これは、営業におけるフリクションの多くが、実は「タイミングの不一致(信頼できる前に売り込む、決裁者がいないのにクロージングする)」に起因していることを示唆している。

第5章 2025年問題とエネルギー市場の展望

2025年は、日本のエネルギー市場にとって極めて重要な転換点となる。規制の変化と市場環境の激変が、これまでの営業の常識を覆そうとしている。

5.1 コーポレートPPAの急拡大と障壁

2025年に向けて、企業が再生可能エネルギーを調達する手段として「コーポレートPPA(電力購入契約)」が主流化しつつある。特にオフサイトPPA(遠隔地の発電所から送電網を介して電力を調達する形態)は、RE100達成を目指す大企業にとって必須の選択肢となる 15

しかし、PPAの商談におけるTime-to-Yesは、これまでの売り切り型の商品とは比較にならないほど長い(1〜2年かかることもザラである)。その背景には特有の障壁(フリクション)が存在する

PPA営業における主要なフリクションポイント 16:

  1. 土地と系統の制約: 適切な発電所用地の不足と、送電網(グリッド)への接続容量不足。これらが物理的な供給制約となり、提案以前に「モノがない」状況を生む。

  2. 長期契約への忌避感: PPAは通常15〜20年の長期契約となる。変化の激しい時代において、固定価格での長期コミットメントを嫌う日本企業の経営層は多く、これが稟議の最大の壁となる。

  3. 信用リスク: 発電事業者が倒産した場合の供給責任や、逆に需要家(企業側)が倒産した場合の残存契約のリスク評価が難しく、法務・財務審査が長期化する。

解決策としてのバイヤーイネーブルメント:

これらのフリクションを解消するためには、「定型化」と「リスク転嫁」が必要となる。

  • 契約のモジュール化: Ventra Partnersが提唱するように、事前に法務承認を得た「ファストレーン」契約テンプレートを用意し、交渉項目を減らす 2

  • 保険によるリスクヘッジ: PPA事業者の倒産や設備トラブルに備えた保険商品をパッケージ化し、需要家のリスクを「金銭的コスト」として確定させることで、不確実性を排除する 18

5.2 蓄電池市場の爆発的普及と「ダックカーブ」

2025年は、蓄電池にとっても飛躍の年となる。太陽光発電の普及に伴い、日中の発電量が需要を上回り、夕方に急激に発電が落ち込む「ダックカーブ」現象が顕著化している。これにより、出力制御(Curtailment)のリスクが高まり、九州地方などでは既に頻発している 19

この市場環境の変化は、営業トークを根本から変える。「売電して儲ける」時代から、「自家消費して高騰する電気代と出力制御リスクから身を守る」時代へのシフトである。

ここでもシミュレーションの重要性が増す。単に「電気代が安くなる」だけでなく、「JEPX価格が0.01円になる時間帯に充電し、高騰する夕方に放電する」といった高度なアービトラージ(裁定取引)の効果を可視化できなければ、高度なリテラシーを持つ法人顧客を説得することはできない。エネがえる等のツールが、VPP(仮想発電所)やDR(デマンドレスポンス)といった次世代のビジネスモデルに対応していくことが、2025年の競争優位を決定づける 12。

5.3 建設・施工業界の人手不足とDXの必然性

営業プロセスの効率化が急務であるもう一つの理由は、供給側のリソース不足である。建設業界では職人の高齢化と人手不足が深刻化しており、2025年以降、施工キャパシティがボトルネックとなることが確実視されている 20。

貴重な施工リソースを無駄にしないためにも、営業段階での「現地調査」の無駄を省く必要がある。ドローンによる屋根計測や、Googleマップと連携した遠隔シミュレーションによって、現地に行く前に「施工可能か」「採算が合うか」を判定する技術は、単なる営業ツールではなく、業界全体の生産性を維持するための生命線となる。

第6章 結論と提言:2025年モデルへの移行

2025年のエネルギーB2B市場において、Time-to-Yesを短縮し、競争優位を確立するためには、以下の5つの戦略的アクションが不可欠である。

  1. 「センスメイキング」の徹底:

    顧客は情報を求めているのではなく、「答え」と「確信」を求めているエネがえるのような権威あるシミュレーションツールを導入し、複雑な変数をシンプルな「Yes/No」の経済合理性へと変換せよ。営業担当者は「説明者」から、顧客の意思決定を助ける「センスメイカー」へと進化しなければならない。

  2. マイクロフリクションの監査と排除:

    顧客接点のすべてを見直すこと。問い合わせフォームの項目数、見積もり提出までの時間、契約書の形式。これらの一つ一つに潜む「スラッジ」を除去し、競合他社よりも1秒でも早く、1クリックでも少なく顧客をゴールへ導くUX(ユーザー体験)を設計せよ。

  3. 「セットアップ手法」による組織的分業:

    属人的な営業力に依存するのではなく、プロセスを科学せよ。「信頼構築」と「クロージング」を分業し、それぞれのフェーズに特化した人材を配置することで、顧客の心理的抵抗を最小化し、成約率を最大化せよ。

  4. 稟議支援(Ringi Enablement)への注力:

    対面の担当者を説得するだけでは不十分である。その背後にいる、会うことのない決裁者(財務部長や社長)を説得するための資料を用意せよ。それは「製品カタログ」ではなく、リスクとリターンが明確に記載された「投資判断資料」でなければならない。

  5. データドリブンなスコアリングの実装:

    限られた営業リソースを、勝てる戦いに集中させよ。プロペシティ・スコアリングを活用し、成約確度の高いリードを科学的に特定することで、無駄な商談を排除し、組織全体のTime-to-Yesを短縮せよ。

変革の波は既に押し寄せている。2025年、これらの新しい営業OS(オペレーティングシステム)を実装した企業だけが、脱炭素という巨大な潮流に乗り、持続的な成長を遂げることができるであろう。

補遺:主要データ一覧

表1:日本市場における営業フリクションの種類とITソリューション

フリクションの段階 課題(日本特有の事情) 解決策(ITツール・手法) 期待効果
リード獲得 質の低いリードの混入、Webフォームの離脱 プロペシティ・スコアリング、入力フォームの最適化(EFO) 商談化率の向上、CPL(獲得単価)の適正化
初回商談 信頼のレイテンシー(初対面の営業への警戒心) 権威性の借用(有名シンクタンク監修ツールの提示)、セットアップ手法(売り込みの排除) ラポール形成の迅速化次回アポ率の向上
提案・見積 認知摩擦(複雑な再エネ賦課金、2700以上の料金プラン) エネがえる(15秒シミュレーション)、ビジュアルレポートの即時提示 検討時間の短縮競合に対するスピード優位
クロージング 損失回避性(失敗への恐れ)、現状維持バイアス What-if分析(リスクシナリオの提示)、投資回収シミュレーション 意思決定の心理的ハードル低下
社内稟議 情報の非対称性(担当者が上司に説明できない) 稟議支援資料(エコノミクスに特化したペライチ資料)、導入事例集 稟議通過率の向上、決裁スピードの短縮

表2:2025年エネルギー市場の主要トレンドと営業への影響

トレンド 市場背景 営業への示唆(Implication)
FIT制度の終了 (卒FIT) 固定価格買取期間の満了により、数百万件の需要家が「売電」から「自家消費」へシフト。 膨大な「再契約・蓄電池導入」需要が発生。人海戦術では対応不可能なため、自動化・シミュレーションが必須となる。
コーポレートPPAの拡大 改正省エネ法やRE100需要により、オフサイトPPAの規制緩和が進む。 単なる機器売りから、長期契約(サービス)売りへの転換。法務・財務知識を持ったコンサルティング営業が求められる。
蓄電池・VPPの普及 出力制御(Curtailment)の頻発と、調整力公募などの新市場。 「電気代削減」だけでなく、「市場連動型取引」や「DR報酬」を含めた複合的な経済メリットを提示する必要がある。

以上

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