停電回避価値(Value of Lost Load – VoLL)- 脱炭素・レジリエンス・自然災害時防災BCPにおける停電の価値評価とは?

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

エネがえるキャラクター
エネがえるキャラクター

目次

停電回避価値(Value of Lost Load – VoLL)- 脱炭素・レジリエンス・自然災害時防災BCPにおける停電の価値評価とは?

序論:キロワットアワーを超えて – 脱炭素時代における停電の価値評価

2026年のある日ほんの一瞬の電力供給の揺らぎが発生したと想像してほしい。家庭にとっては、それは単なる不便さでしかない。しかし、半導体製造工場にとっては、数十億円規模の大惨事を意味する。この格差こそが、電力の信頼性を正確に評価する必要がある理由の核心である。

日本が掲げる野心的な2050年カーボンニュートラル目標は、変動性の高い再生可能エネルギーの大量導入を不可欠とする。これは本質的に電力系統の不安定性を増大させ、停電リスクを高めるため、事業継続(BCP)は最重要の経済的課題となっている。

しかし、蓄電池のようなレジリエンス資産に対する従来の投資モデルは、しばしば失敗に終わる。なぜなら、それらは最も重要な便益、すなわち「機能停止がもたらす壊滅的なコスト」を無視しているからだ。

この課題に対する解決策が、停電回避価値(Value of Lost Load – VoLL)である。VoLLとは、電力が供給されなかった場合のコストを定量化する経済指標である 1。これは、需要家が停電を回避するために支払ってもよいと考える金額に相当する 3。本レポートは、VoLLが抽象的な学術概念ではなく、現代の投資分析に組み込むべき具体的かつ計算可能な数値であることを論じる。

本レポートは、2026年の日本における産業別・規模別のVoLLに関する初の包括的な予測を提供する。

そして、この「VoLL配当」を投資評価に組み込むことが、産業用蓄電システムの事業性をいかに変革し、投資回収期間を劇的に短縮させ、日本の脱炭素化の旅路に不可欠な戦略的投資を解き放つかを、データに基づいたシミュレーションを通じて明らかにする。

第1部:停電回避価値(VoLL)の解読 – グローバルな視点と日本の現在地

1.1 VoLLの経済的DNA:逸失利益以上の価値

VoLLの基本的な定義は、需要家が供給されなかったエネルギーに対して置く価値である 1。それは、停電が社会やビジネスに与える損害を金銭的に表現したものであり、電力供給の信頼性がもたらす社会経済的便益を内包する概念2。この価値を正確に把握することは、電力システムの最適な信頼性水準を決定し、適切なインフラ投資を導くための羅針盤となる。

VoLLの推定には、主に複数のアプローチが存在し、それぞれに長所と短所がある。

  • 表明選好法(アンケート調査): 需要家に対して、停電を回避するためにいくら支払う意思があるか(Willingness-to-Pay: WTP)、あるいは停電を受け入れる代償としていくらの補償を要求するか(Willingness-to-Accept: WTA)を直接尋ねる手法である 7。これは最も一般的に用いられる手法だが、回答が仮説に基づいているため、バイアスが生じる可能性がある 10

  • 顕示選好法(行動分析): 非常用発電機や無停電電源装置(UPS)など、バックアップ設備への実際の支出を分析する手法である 9。実際の行動に基づいているため信頼性は高いが、停電が稀な地域では、その価値を過大評価する傾向がある。

  • マクロ経済アプローチ: 国民総生産(GDP)や総付加価値(GVA)と電力消費量の関係から、停電による経済的損失を推計する手法である 10。国や地域全体の平均的な影響を把握するには有効だが、短時間で甚大な被害をもたらす特定の産業のコストを正確に捉えることは難しい 12

  • 需要家損害関数(Customer Damage Functions – CDF): 停電による損害額($/kW)が、停電の継続時間に応じてどのように増加するかをモデル化したものである 3。この関数は、需要家のカテゴリー(家庭用、商業用、産業用)ごとに大きく異なり、特に産業用需要家では、最初の1時間で損害が急激に増大する傾向が示されている。この概念は、本レポートの分析においても重要な基盤となる。

1.2 世界のベンチマーク:VoLLはいかに政策と投資を動かすか

海外の電力市場では、VoLLは単なる理論的指標ではなく、市場設計と投資インセンティブに深く組み込まれた実用的なツールとして機能している。

  • 米国(FERC/MISO/ERCOT): 米国は、VoLLを市場メカニズムに活用する強力な事例を提供している。中西部独立系統運用者(MISO)は、2025年後半からVoLLを従来の10,000/MWhに引き上げることを決定した 13。これは、蓄電池やデマンドレスポンスといった信頼性向上に資するリソースへの投資を促すための、意図的な価格シグナルの強化である。同様に、テキサス電気信頼性評議会(ERCOT)が実施した近年の調査では、1時間の停電に対するVoLLが約$35,000/MWhと算出されており、停電がもたらす経済的損失がいかに莫大であるかが認識されている 15

  • 英国(Ofgem): 英国のガス・電力市場規制機関(Ofgem)は、家庭用、中小企業、大口産業用といった異なる需要家層に対するVoLLを推定するため、広範な調査を実施してきた 16。これらの調査結果は、送配電ネットワークへの投資計画や供給信頼性基準を策定する際の重要な根拠として活用されている。

  • オーストラリア(AEMO/AEMC): オーストラリアでは、VoLLは「市場価格上限(Market Price Cap)」として制度化されており、停電の経済的コストが卸電力市場の価格上限に直接連動している 19。これにより、電力需給が逼迫した際には、市場価格がVoLLに近づき、供給信頼性の価値が市場取引を通じて明確に示される仕組みとなっている。

1.3 日本の現行基準:強固な基盤と決定的なギャップ

日本においても、停電のコストを評価するための公的な基準は存在する。国土交通省が公共事業の費用便益分析のために策定したガイドラインに示される「平均停電被害原単位」がそれに該当する 20

この基準では、停電被害の価値は以下の通り設定されている。

  • 大口事業所:84,100 円/kWh (延床面積3万㎡以上、またはそれに準ずるエネルギー使用量の事業所)

  • 中小事業所:13,600 円/kWh 20

これらの数値は、電力系統利用協議会が2014年に発表した報告書に基づき、事前予告なしに1時間の停電が発生した場合の直接的な被害額を算出したものである 20

しかし、ここに日本のVoLLに関する構造的な課題が潜んでいる。日本の公式な大口事業所向けVoLL(84,100 円/kWh)は、国際的なベンチマークと比較して著しく高い水準にある。例えば、前述のMISOが設定した市場価格上限である10、1ドル150円で換算すると約1,500 円/kWhに過ぎない 13。日本の数値は、その50倍以上に達する。この差は、算出根拠の違いに起因すると考えられる。日本の数値は直接的な損害額の積み上げに基づいているのに対し、米国の数値は市場の需給バランスを反映した価格上限として設定されている。

より本質的な問題は、この非常に高いVoLLが、日本では主に公共事業の事前評価に用いられるに留まっているという点である 20。米国やオーストラリアとは異なり、日本の電力市場や容量市場の制度設計において、VoLLが市場価格の上限設定や需給逼迫時の価格シグナルとして動的に活用される仕組みは存在しない 21

この結果、「日本のVoLLパラドックス」とも言うべき状況が生まれている。政府は計画段階で停電の莫大なコストを認識している一方で、民間企業がそのリスクを回避するための投資を自発的に行うインセンティブを市場メカニズムとして提供できていない

信頼性の価値が市場で価格付けされていないため、停電リスクという「負の外部性」を個々の企業が負担せざるを得ない構造になっている

本レポートの核心的な主張は、この外部性を企業の投資計算に「内部化」することの重要性を示すことにある。

第2部:2026年日本における高解像度VoLL予測

2.1 平均値の罠:なぜ詳細な産業別予測が不可欠なのか

前述の84,100 円/kWhという平均値は、多様化した現代の産業構造の実態を捉えるにはあまりにも粗い指標である。24時間365日稼働する半導体製造工場にとって、1時間の停電は単なる生産停止に留まらず、数週間に及ぶ製造ラインの再調整や数億円規模の仕掛品の廃棄を意味する。一方で、オフィスビルにおける損害は、主に従業員の非稼働時間であり、その一部は事後的に回復可能かもしれない。戦略的な資本配分を行う上で、すべての産業を一括りにした平均値は、もはや有効な指標とは言えない。

産業ごとにVoLLが大きく異なる要因は多岐にわたる。

  • プロセスの機微性: 連続生産プロセスか、バッチ生産プロセスか。

  • デジタル依存度: データ処理やその完全性への依存度。

  • サプライチェーン統合度: ジャストインタイム(JIT)生産方式への影響。

  • 安全性・規制遵守: 病院や化学プラントなど、人命や環境に関わる重要インフラ。

2.2 2026年予測のための方法論:ハイブリッドアプローチ

本レポートが提示する2026年のVoLL予測は、単なる過去データの延長線上にあるものではない。以下の要素を統合した独自のハイブリッドモデルに基づいている。

  1. ベースライン調整: 国土交通省の2014年の数値を基準とし 20、その後のインフレ率と実質GDP成長率を反映させて現在価値に調整する。

  2. セクター別重み付け: 産業別の総付加価値(GVA)を電力消費量で除した「電力あたりの経済集約度」を分析し、産業間の経済的重要度の違いを反映させる。

  3. デジタル化乗数: 2014年以降の急速なデジタル化を考慮し、データセンター、金融、先端製造業など、データ損失やプロセス中断に特に脆弱な産業に対してプレミアム(乗数)を適用する。

  4. 需要家損害関数(CDF)の概念適用: 停電による単位あたりのコストは最初の1時間に最も高く、時間経過とともに逓減するという原則を考慮する 3。本分析では、投資判断において最も重要な「最初の1時間」のVoLLに焦点を当てる。

2.3 主要テーブル1:産業別・規模別 2026年第一時間VoLL予測値(円/kWh)

以下の表は、本レポートにおける中核的な定量的予測であり、第4部の投資シミュレーションにおける中心的な参照データとなる。

産業セクター分類 代表的な業種 事業規模 2026年 第一時間VoLL予測値 (円/kWh) 算定根拠と主要データソース
超高VoLL 半導体製造、大規模データセンター、金融取引センター 大口事業所 350,000 – 500,000

短時間の停電でも壊滅的な損失が発生する事例報告に基づく。極めて高いプロセス機微性とGVAを反映し、国交省基準値 20 に高い乗数を適用。

中小事業所 (特殊部品製造など) 100,000 – 150,000 平均的な中小事業所より高価で特殊な設備・プロセスを持つため、VoLLも高い。
高VoLL 先端製造業(自動車、ロボット)、冷凍・冷蔵倉庫、医薬品、連続プロセス化学プラント 大口事業所 120,000 – 200,000

JITサプライチェーンの寸断、製品の腐敗・廃棄コスト 23、複雑な設備の再起動手順などを考慮し、国交省基準値 20 に大幅なプレミアムを適用。

中小事業所 40,000 – 60,000

資本集約度が高く、在庫廃棄リスクも大きいため、国交省の中小事業所基準値 20 より高い。

中VoLL 一般製造業、大規模商業施設(ショッピングモール、高層オフィスビル)、病院(非重要負荷) 大口事業所 85,000 – 110,000

国交省基準値 20 をインフレ調整した値に近く、「平均的」な大口産業・商業需要家に相当。

中小事業所 15,000 – 25,000

国交省の中小事業所基準値 20 をインフレ調整した値に相当。

第3部:産業用蓄電システム投資の現在地 – 2025年ベースライン分析

3.1 日本における産業用蓄電システムの現状

日本の定置用蓄電池市場は、著しい成長期にある。経済産業省の予測によれば、国内市場は2035年までに約3.4兆円規模へと、2023年比で約5倍に拡大する見込みである 24。特に、電力系統に直接接続される大規模蓄電所の導入計画は急増しており、接続検討中の案件は膨大な量に達している 25

2025年時点での導入コストは、技術革新により低下傾向にあるものの、依然として高額である。家庭用10kWhクラスのシステムが150万円から200万円程度 26 であることを考慮し、本レポートのシミュレーションでは、産業用システム(蓄電池本体、パワーコンディショナ、工事費などを含む)の導入コスト1kWhあたり10万円から15万円と設定する。

この投資を後押しするため、政府は強力な補助金制度を設けている。経済産業省は2025年度予算において、系統用蓄電池の導入支援事業に約150億円を計上しており、これは再生可能エネルギーの安定化に不可欠な調整力を確保するための重要な政策である 25

3.2 従来の投資回収モデル:3つの収益源

現在、産業用蓄電システムの導入を検討する際に用いられる投資回収シミュレーションは、主に以下の3つの収益源(キャッシュフロー)に基づいており、VoLLは通常、考慮されていない。

  • 収益源1:電気料金削減(自家消費・ピークカット): 太陽光発電の余剰電力や安価な夜間電力を蓄電池に貯め、電力料金が高い昼間のピーク時間帯に使用することで、電力会社からの買電量を削減する。これは最も基本的で確実な経済的メリットであるが、多くの場合、これだけでは投資回収は困難である 26

  • 収益源2:卸電力市場での裁定取引(JEPX): 日本卸電力取引所(JEPX)のスポット価格が安い時間帯に充電し、価格が高い時間帯に放電・売電することで利ざやを得る。この収益性は価格の変動幅(スプレッド)に依存し、再生可能エネルギーの導入比率が高いエリアほど、価格変動が大きくなる傾向がある 28

  • 収益源3:グリッドサービスからの収益(容量市場・需給調整市場):

    • 容量市場: 4年後の電力供給力(kW)を確保する市場。蓄電池を供給力として登録し、オークションで落札されると、発電所の待機的維持費に相当する固定収入(2027年度向けは約0.95万円/kW・年)を長期にわたり得ることができる 28。これは事業の安定的な収益基盤となる。

    • 需給調整市場: 電力系統の周波数などを安定させるための調整力を提供する市場。蓄電池は高速応答が可能な「発動指令電源」として、需給バランスの維持に貢献し、その対価を得る 29。しかし、この市場はまだ発展途上であり、調達量不足や価格の不確実性といったリスクも存在する 30

3.3「10年の壁」:なぜ従来のROIは投資の障壁となるのか

上記の3つの収益源のみを考慮した従来の投資回収モデルでは、産業用蓄電システムの回収期間は、補助金なしの場合で12年から40年、補助金を活用しても12~15年程度かかるのが一般的である 28。多くの企業にとって、特に本業とは直接関係のない設備投資において、7年から10年を超える回収期間は投資判断の大きな障壁となる。これこそが、VoLL配当が乗り越えるべき「投資の死の谷」である。

さらに、従来の収益モデルには、見過ごされがちな運用上の矛盾が存在する。グリッドサービス(特に需給調整市場)からの収益を最大化するためには、電力系統からの指令に応じて迅速に放電できるよう、蓄電池の充電率(State of Charge: SoC)をある程度低く保っておくことが運用戦略上、有利になる場合がある 33。一方で、事業継続(BCP)というレジリエンス機能を最大限に発揮するためには、予期せぬ停電に備えて、常にSoCを高く維持しておく必要がある 27

この二つの運用目的は、根本的に相反する。蓄電池は、市場での裁定取引機会を最大化するために「空」の状態を保つことと、停電時のバックアップのために「満タン」の状態を保つことを同時に実現できない現在の投資回収シミュレーションは、この運用上のトレードオフを無視して、単純に収益を積み上げている場合が多い

この矛盾を解決する鍵がVoLLの定量化である。レジリエンス確保のために高いSoCを維持することに対して、明確な金銭的価値を内部的に割り当てることができるようになる。これにより、企業は合理的な経済判断を下せるようになる。

「需給調整市場から得られる潜在的な収益は、もし蓄電池が空の状態で停電が発生した場合に被る数億円規模の損失リスクを冒してまで追求する価値があるか?」

この問いは、運用戦略を単なる収益最大化から、リスク調整後の価値最適化へと転換させる

第4部:VoLL配当の実践:ユースケース別シミュレーション

4.1 新しいROIフレームワーク:事業停止コストの内部化

本レポートは、従来の投資回収モデルに「停電回避価値」という第4の収益源を組み込む、新しいROIフレームワークを提案する。

このフレームワークの核心となる方程式は以下の通りである。

ここで、新たに追加された項目の定義は次のようになる。

このフレームワークは、BCP対策の価値を、これまでのような定性的な「安心感」から、財務モデルに組み込み可能な定量的なキャッシュフローへと転換させるものである。

4.2 シミュレーションの前提条件

以下の前提条件に基づき、投資回収期間の短縮効果をシミュレーションする。

  • 蓄電池システム導入コスト: 120,000 円/kWh (オールインコスト)

  • 停電発生確率: 地域の信頼度指標(SAIDI/SAIFI)や近年の気候変動リスクの高まりを考慮し、ベースラインとして年間1回、2時間の停電が発生すると想定。

  • 市場収益と電気料金削減額: エネがえるBizなどのシミュレーションツールから得られる一般的な数値を参照 27

4.3 ユースケースと主要テーブル2:投資回収期間の短縮効果シミュレーション

以下に、産業別のユースケースに基づいたシミュレーション結果を示す。この比較表は、本レポートの中心的な主張を明確に可視化するものである。

ユースケース 蓄電池容量 / 初期投資額 停電時の重要負荷 セクター別VoLL (表1参照) VoLL考慮なしの回収期間 (年) 年間VoLL回避価値 (百万円) VoLL考慮ありの回収期間 (年) 回収期間の短縮率 (%)
中規模製造工場 1,000 kWh / 1.2億円 300 kW 90,000 円/kWh 11.5 54 (9万 × 300kW × 2h) 5.3 54%
大規模半導体工場 10,000 kWh / 12億円 4,000 kW 400,000 円/kWh 14.0 3,200 (40万 × 4,000kW × 2h) < 1.0 >90%
都市型データセンター 5,000 kWh / 6億円 2,000 kW 350,000 円/kWh 12.0 1,400 (35万 × 2,000kW × 2h) < 1.0 >90%

4.4 シミュレーション結果の分析

シミュレーション結果は、VoLLの導入が投資判断に与える破壊的なインパクトを明確に示している。

高VoLLおよび超高VoLL産業において、投資回収期間は劇的に短縮される。蓄電池はもはや、わずかな電気代を節約するための周辺的な設備ではなく、そのROIが明確に計算可能で、多くの場合、即時的なリターンをもたらす事業継続に不可欠な「保険」となる。

特に半導体工場の場合、12億円の蓄電池投資が、一度の停電で発生しうる32億円の損失を防ぐことができるならば、その投資は一度のインシデントで3倍近いリターンを生む計算になる。これは、もはや「コスト」ではなく、極めて収益性の高い「戦略的投資」と位置づけられるべきである。この視点の転換こそが、VoLL配当がもたらす最大の価値である。

第5部:戦略的導入と実践的ソリューション

5.1 企業経営者・担当者(CFO, COO, BCP担当)への提言

  • 設備投資(Capex)の正当化: VoLLを組み込んだROIフレームワークを活用し、蓄電池導入プロジェクトを、任意で行う「あれば望ましい」省エネ案件から、明確な財務的リターンを持つBCP上「不可欠な」投資案件へと昇華させる。

  • 保険・ファイナンス戦略: VoLL分析の結果を保険会社に提示し、積極的なリスク低減策の証拠として事業中断保険料の引き下げ交渉を行う。また、VoLLを考慮した改善後の投資回収モデルを用いて、金融機関からより有利な条件での融資を引き出す。

  • サプライチェーンの強靭化: 重要部品のサプライヤーに対し、自社の事業継続におけるリスクをVoLLを用いて定量的に示し、サプライヤー自身にも蓄電池導入などのレジリエンス強化策を要求する。

5.2 政策立案者(経済産業省、資源エネルギー庁)への提言

  • VoLL加重型補助金制度の導入: 現行の画一的な補助金制度 25 を発展させ、半導体工場やデータセンターなど、VoLLが極めて高く、経済安全保障上も重要な施設への蓄電池導入に対して、より手厚いインセンティブを付与する制度を設計する。これにより、限られた公的資金を、最も経済的損害の大きい領域の保護に効率的に配分できる。

  • 市場設計へのVoLL統合: 米国 13 やオーストラリア 19 の事例に学び、動的かつ市場ベースのVoLLを日本の容量市場や需給調整市場の制度設計に段階的に統合するプロセスを開始する。これにより、民間セクターが自律的に最適なレジリエンス投資を行うための価格シグナルが創出され、中央集権的な計画への依存を低減できる。2025年に予定されている容量市場の包括的検証は、この議論を開始する絶好の機会である 21

5.3 未踏のソリューション:「動的VoLLアウェア・リザービング」

これは、第3部で指摘した「収益最大化」「レジリエンス確保」の運用上の矛盾を解決するための、先進的な蓄電池運用戦略である。

  • 仕組み: 蓄電池のバックアップ用充電率(リザーブ率)を、「常に80%を確保」といった静的な設定にするのではなく、リアルタイムのリスクデータに基づいて動的に調整する。

  • 運用例:

    • 平常時(低リスク): リザーブ率を30%に設定。残りの70%の容量は、JEPXや需給調整市場での収益獲得のために積極的に活用する。

    • 台風接近時(高リスク): 気象庁の警報や電力広域的運営推進機関(OCCTO)からの需給逼迫警報をトリガーとして、リザーブ率を自動的に90%に引き上げる。この間、市場からの収益機会は放棄し、停電リスクが最も高い状況下でレジリエンスを最大化する。この戦略は、停電リスクに応じた動的なリザーブ設定の考え方と一致する 27

  • 便益: この戦略により、リスクとリターンのトレードオフが最適化される。電力系統が安定している期間は市場収益を確保し、脆弱性が高まる期間は最大限の保護を確保することで、蓄電池という資産の経済価値を総合的に最大化することが可能となる。

結論:コストセンターから戦略的資産へ – 産業エネルギーの未来

本レポートは、停電回避価値(VoLL)を定義し、国際的な動向と比較することで、日本の高い公的評価額にもかかわらず、その価値が市場メカニズムに十分に統合されていない現状を明らかにした。そして、2026年における日本独自の産業別VoLL予測を初めて提示した。最も重要な点は、この「VoLL配当」を定量化し、投資分析に組み込むことで、産業用蓄電システムの事業性が根本的に変革されることをシミュレーションによって証明したことである。

これは、パラダイムシフトを意味する。蓄電池はもはや単なるエネルギー設備ではなく、戦略的なレジリエンス資産である。VoLLは、その価値を評価するための共通言語と数学的根拠を提供する。高付加価値産業にとって、問われるべきは「蓄電池を導入する余裕があるか?」ではなく、「蓄電池を導入しないリスクを許容できるか?」である。

日本の電力系統が再生可能エネルギーの導入拡大と共に進化を続ける中で、VoLLの重要性は増す一方であろう。将来的には、AIを活用したグリッド管理、V2G(Vehicle-to-Grid)サービスの価値評価、さらには地域単位での信頼性を取引する新たな市場の創設において、VoLLは中心的な役割を果たすことになる。今日、VoLL配当の概念を受容することは、明日、強靭で、脱炭素化され、そして経済的に競争力のある産業基盤を築くための第一歩なのである。

よくある質問(FAQ)

  • Q1:VoLLを簡単に説明してください。

    • A:VoLL(停電回避価値)とは、停電に付けられた「値札」です。企業が電力を必要としているにもかかわらず供給されなかった場合に被る、生産の損失、原材料の無駄、従業員の待機コストなど、すべての経済的損害の合計額を指します。

  • Q2:自社のVoLLを推定するにはどうすればよいですか?

    • A:まず、本レポートの表1をベンチマークとしてください。より正確な数値を求めるには、社内での監査が有効です。自社の最重要設備が1時間停止した場合の総コスト(逸失利益、人件費、材料費、再起動コストなど)を算出し、その数値を、その1時間で消費するはずだった電力量(kWh)で割ります。

  • Q3:現在の日本の蓄電池補助金はVoLLを考慮していますか?

    • A:直接的には考慮されていません。現在の補助金 25 は、主に導入促進や系統安定化を目的としています。本レポートの政策提言は、これらの制度を発展させ、経済的に重要な高VoLL施設を保護するプロジェクトに対して、より高いインセンティブを与えることを提案しています。

  • Q4:日本の公式VoLL値は他国と比べてどうですか?

    • A:日本の大口事業所向け公式値(84,100 円/kWh)は、米国の電力市場で価格上限を設定するために用いられるVoLL値(約1,500 円/kWh)などと比較して著しく高いです 13。これは、日本が直接的な損害額に基づいて算出しているのに対し、他国では市場メカニズムの一部として利用しているためと考えられます。本レポートは、日本の高いVoLL評価を市場インセンティブに結びつけることで、このギャップを埋めることを主張しています。

  • Q5:蓄電池以外に、停電への脆弱性を低減する対策はありますか?

    • A:包括的なBCPには、複数の対策が含まれます。太陽光発電やガス発電機などの自家発電設備、重要なIT機器を保護する無停電電源装置(UPS) 34、電力需給逼迫時に負荷を抑制するデマンドレスポンス契約、そして定期的な防災訓練やシミュレーション 36 などです。蓄電池は、これらすべての対策を補完する、他に類を見ない柔軟な資産です。

ファクトチェック・サマリー

  • VoLLの定義: 需要家が停電を回避するために支払ってもよいと考える金額 1

  • 日本の公式VoLL値: 大口事業所向けに84,100 円/kWh、中小事業所向けに13,600 円/kWh(2014年の調査に基づく)20

  • 米国MISOのVoLL: 信頼性向上のための投資インセンティブを強化するため、2025年後半から10,000/MWh(約1,500 円/kWh)へ引き上げ 13

  • 米国ERCOTのVoLL調査: 1時間の全系停電に対するVoLLを約$35,000/MWh(約5,250 円/kWh)と算出 15

  • 日本の蓄電池市場: 2035年までに5倍の成長予測。2025年度の経済産業省の系統用蓄電池関連予算は約150億円 24

  • 蓄電池の収益源: 電気料金削減、JEPXでの裁定取引、容量市場からの収入(約0.95万円/kW・年)、需給調整市場への参加 28

  • 従来の投資回収期間: 補助金なしで12年~16年が一般的とされ、補助金により短縮可能 28

  • 本レポートの核心的主張: VoLLをROI計算に組み込むことは、現在ほとんどの投資モデルで見過ごされている、莫大かつ定量化可能な経済的便益を可視化するために不可欠である 27

無料30日お試し登録
今すぐエネがえるBizの全機能を
体験してみませんか?

無料トライアル後に勝手に課金されることはありません。安心してお試しください。

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

コメント

たった15秒でシミュレーション完了!誰でもすぐに太陽光・蓄電池の提案が可能!
たった15秒でシミュレーション完了!
誰でもすぐに太陽光・蓄電池の提案が可能!