目次
太陽光発電量計算の決定版 – 豪雪、壁面、両面、日陰を克服する超実践的ロジックと計算式
なぜ今、発電量計算の「解像度」が重要なのか?
2050年のカーボンニュートラル達成という国家目標に向け、日本の再生可能エネルギー導入は新たな局面を迎えている
南向きの広大な屋根や平地といった「好条件」の場所は、すでに開発が進み、今後の爆発的な普及拡大には、これまで活用が困難とされてきた潜在能力を解放する必要がある。それは、豪雪地帯の広大な土地、都市部のビル壁面、そして既存の建物が落とす日陰といった、いわば「未開拓フロンティア」である。
しかし、これらの挑戦的な環境で太陽光発電事業を成功させるには、従来の画一的な発電量計算手法では全く歯が立たない。単純化された「年間日射量 × システム容量 × 性能係数」といった概算は、事業計画の精度を著しく低下させ、投資リスクを増大させるだけでなく、本来有望なプロジェクトを「発電量が見込めない」と誤って判断し、貴重な機会を逸する原因ともなる。
本稿は、2025年の最新知見に基づき、こうした難条件を克服するための高解像度な発電量計算ロジックを体系的に解説するものである。単なる数式の紹介に留まらず、JIS規格の現代的再解釈から、NEDOの最新日射量データベースの戦略的活用、そして豪雪、日陰、両面パネル、垂直壁面といった個別の課題に対する超実践的な計算手法までを網羅する。
本稿を読み終える頃には、読者は静的な平均値に基づく「予測」から、動的な実環境を反映した「シミュレーション」へと思考をシフトさせ、あらゆる条件下で信頼性の高い発電量を算出する能力を身につけているだろう。
Part 1: 発電量計算の基盤をマスターする – JIS C 8907の再解釈とMETPV-20の戦略的活用
高精度な発電量計算の第一歩は、その土台となる標準規格とデータの本質を深く理解することにある。ここでは、日本の太陽光発電業界のデファクトスタンダードであるJIS C 8907と、その計算に命を吹き込むNEDOの日射量データベースについて、その限界と真の可能性を解き明かす。
1.1 標準計算式の再定義:JIS C 8907「Ep式」の限界と可能性
太陽光発電システムの発電電力量を推定する日本の標準規格JIS C 8907:2005では、その中核として「Ep式」と呼ばれる推計式が定義されている
その基本形は以下のように表される
各項目の意味は以下の通りである。
-
(推定発電電力量 kWh): シミュレーションによって求めたい発電量。通常は月別()に計算し、それらを合計して年間発電量()を求める
。2 -
(標準太陽電池アレイ出力 kW): システムの定格出力を示す。JISでは****(Standard Array Power)とも呼ばれ、標準試験条件(STC: 放射照度1000 W/m²、モジュール温度25℃、AM1.5)におけるモジュール1枚あたりの公称最大出力に、モジュール枚数を乗じて算出する
。これはシステムの基本的な発電能力を表す。2 -
(積算傾斜面日射量 kWh/m²): 太陽電池モジュールの設置面(傾斜面)が受ける日射エネルギーの総量。いわば太陽光発電の「燃料」であり、この値をいかに正確に得るかがシミュレーション精度の鍵を握る
。2 -
(標準日射強度 kW/m²): 単位を整合させるための定数で、STCの基準である1 kW/m²(1000 W/m²)が用いられる
。2 -
(温度補正係数): 太陽電池モジュールの温度上昇による出力低下を補正する係数。JISでは$K_{PT}$とも呼ばれる。モジュール温度がSTCの基準である25℃を超えると発電効率は低下するため、この係数は通常1未満となる。その計算式は
$K_{PT} = 1 + \alpha_{Pmax}(T_{CR} - 25) / 100$
であり、モジュール温度()が重要な変数となる 。2 -
(基本設計係数): 温度以外のあらゆる損失(ロス)をまとめて表現する係数。パワーコンディショナ(PCS)の変換効率、配線抵抗、モジュールの汚れ、経年劣化、日陰などが含まれる。JISの標準的な手順では、これらの損失要因を個別の係数の積として算出し、それらを掛け合わせたものが用いられる
。2
これらの損失係数を詳細に理解することは、高精度シミュレーションにおいてどの部分を固定値とし、どの部分を動的に計算すべきかを見極める上で不可欠である。JIS C 8907および関連資料で示される主要な損失係数を下表にまとめる。
表1: JIS C 8907に基づく主要損失係数一覧
係数分類 | 係数記号 | 名称 | 定義と内容 | 標準値・推奨値の例 | 出典 |
総合 | システム出力係数 | 各種損失係数をすべて掛け合わせたもの。 | – | ||
日射 | アレイ入射面補正係数 | 日射量の変動や日陰、積雪による損失を補正。 | – | ||
日陰補正係数 | 周辺の建物や樹木、電柱などによる日陰の影響。 | 1.00 (日陰なしの場合) | |||
(積雪補正) | (JISの標準係数にはないが、実務上はに含めて考慮) | – | |||
モジュール | 太陽電池変換効率補正係数 | 温度、経年劣化、汚れなどモジュール自体の性能に関わる損失。 | – | ||
温度補正係数 | モジュール温度上昇による効率低下。 | 0.97 (例) | |||
経時変化補正係数 | モジュールの汚れ、経年劣化、スペクトル変動の影響。 | 0.98 (例) | |||
アレイ回路補正係数 | モジュール間の配線、接続箱などでの抵抗損失。 | 0.94 (例) | |||
周辺機器 | パワーコンディショナ回路補正係数 | PCSの変換効率や待機電力による損失。 | – | ||
インバータ回路補正係数 | PCSの実効効率と送電ロス。 | 0.90 (例) | |||
蓄電池回路補正係数 | 蓄電池を介する場合の充放電効率による損失。 | – |
静的な平均値から動的なシミュレーションへのパラダイムシフト
ここで極めて重要なのは、JIS C 8907が本来、月単位での計算を想定しているという点である
現実の世界では、損失は線形に発生しない。例えば、モジュール温度による出力低下は、日射が最も強く、発電量が最大となる日中のピーク時間帯に最も顕著に現れる。日陰の影響も、特定の時間帯に集中する。これらの影響を月平均でならしてしまうと、発電量への真のインパクト、すなわち「最も発電する時間帯の損失」が過小評価されてしまう。
この限界を打ち破るのが、NEDOのMETPV-20に代表される「時間別」気象データの活用である
この8760個の結果を積算することで得られる年間発電量は、月平均値を用いた計算とは比較にならないほどの精度と信頼性を持つ。これこそが、本稿が提唱する現代的な発電量計算の基本思想である。
1.2 諸元データの核心:NEDO日射量データベースの真価
高精度なシミュレーションが砂上の楼閣とならないために不可欠なのが、信頼できる入力データである。その国内におけるゴールドスタンダードが、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が整備・公開している日射量データベースだ
-
METPV-20(年間時別日射量データベース): 詳細な動的シミュレーションの主役となるデータベース。全国835地点について、2010年~2018年の9年間を基にした時間別データを提供する
。最大の特徴は、単なる日射量だけでなく、シミュレーションに必須の7 気温、風速、そして積雪深といった気象要素も時間単位で収録している点である 。さらに、過去のデータから「平均的な年(平均年)」「日射量が多かった年(多照年)」「少なかった年(寡照年)」を抽出し、それぞれの代表年データを提供している。これにより、事業計画におけるリスク分析(P50/P90評価など)が可能となる8 。7 -
MONSOLA-20(年間月別日射量データベース): 広域的な適地調査や地域エネルギー計画の策定に適したデータベース。空間解像度が非常に高く、日本全国を1kmメッシュでカバーする月平均日射量データを提供する
。特定の住所ピンポイントでの詳細シミュレーションには向かないが、事業開発の初期段階で広範囲のエリアの日射ポテンシャルを比較検討する際に絶大な威力を発揮する。11
これらのデータベースは、気象庁のアメダス観測データに加え、高性能な静止気象衛星「ひまわり8号」の雲情報や、機械学習を取り入れた高度な推定モデルを駆使して作成されており、極めて高い信頼性を持つ
両者の役割分担を明確に理解することが、効率的で正確なシミュレーションの第一歩となる。
表2: NEDO日射量データベース比較
項目 | METPV-20 | MONSOLA-20 |
時間解像度 | 1時間ごと | 月平均 |
空間解像度 | 全国835地点 | 全国1kmメッシュ |
主な収録データ | 傾斜面日射量、水平面日射量、気温、風速、積雪深 | 全天日射量、散乱日射量、最適傾斜角日射量 |
主な用途 | 動的な発電量シミュレーション、経済性評価、リスク分析 | 初期の適地調査、地域エネルギー計画、ポテンシャルマップ作成 |
出典 |
METPV-20は単なる日射量データではない
METPV-20の真価は、それが単にJIS式のH
(日射量)を与えるデータソースに留まらない点にある。初心者は日射量の値のみに注目しがちだが、専門家はその多角的な価値を見抜く。このデータベースに含まれる時間別の気温データは、前述の動的な温度損失係数K
を計算するために不可欠である。同様に、時間別の積雪深データは、Part 2.1で詳述する豪雪地帯の積雪・落雪シミュレーションの根幹をなす入力値となる
風速データは、より高度な熱モデル(Faimanモデルなど)を用いてモジュール温度を精密に計算する際に活用できる
つまり、METPV-20は、太陽光発電システムとその設置環境との相互作用を時間単位でシミュレートするための統合環境データパッケージなのである。この認識を持つことで、データベースは単なる数値の集合から、Part 2で解説する高度な計算ロジックを駆動させるための強力なエンジンへと昇華する。
1.3 傾斜面日射量への変換:すべての計算の出発点
METPV-20などのデータベースから得られる日射量データは、通常、地面と平行な「水平面」での値である。しかし、太陽電池モジュールは屋根や架台の上で角度(傾斜角)をつけて設置されるのが一般的だ。したがって、あらゆる計算の最初のステップは、この水平面日射量を、モジュールが実際に設置されている面の向き(方位角)と角度(傾斜角)に合わせた傾斜面日射量(Plane of Array Irradiance, POA)に変換(=転換)することである
傾斜面日射量(POA)は、主に以下の3つの成分から構成される。
-
直達日射(Direct Beam Irradiance): 太陽から遮られることなく、直接モジュール面に到達する光。
-
天空散乱日射(Sky Diffuse Irradiance): 大気中の雲や粒子によって散乱され、空のあらゆる方向から降り注ぐ光。
-
地面反射日射(Ground-Reflected Irradiance, Albedo): 地面で反射してからモジュール面に到達する光。
これらの成分、特に天空散乱日射と地面反射日射をいかに正確にモデル化するかが、傾斜面日射量の計算精度を左右する。このために、いくつかの「日射量転換モデル」が提案されている。最も単純な等方性モデル(Isotropic Model, Liu & Jordan)は、天空散乱光が空全体で均一であると仮定するが、これは現実とは異なる
異方性モデル(Anisotropic Models)があり、その代表格がHay-DaviesモデルとPerezモデルである
Part 2: 難条件を克服するアドバンスト計算ロジック
基本をマスターした上で、次はいよいよ本稿の核心である「難条件」の克服に進む。豪雪、日陰、両面、垂直壁面──これらの条件下では、Part 1で確立した「時間別シミュレーション」のフレームワークに、さらに高度な物理モデルを組み込む必要がある。ここでは、それぞれの条件に特化した、現場で即座に使える具体的な計算ロジックを解説する。
2.1 【豪雪地帯】損失を利益に変える積雪シミュレーション
豪雪地帯における太陽光発電は、「積雪による発電機会の損失」という大きな課題を抱える。しかし、この問題を単なるマイナス要因として捉えるのは早計だ。適切な設計とシミュレーションにより、積雪は「雪面反射(アルベド)による発電量増加」というプラス要因に転化しうる
日本の研究機関による実証実験は、このアプローチの有効性を明確に示している。
-
北海道江別市の実験: 最適傾斜角とされる33°よりも急な45°以上の角度で設置した方が、雪が滑り落ちやすく(落雪性能が高く)、冬期間の発電に有利であることが示された。また、モジュール下部のフレームがない方が、雪の滑落を阻害せず、性能が向上することも確認されている
。25 -
山形県・北海道での実験: モジュールを垂直(90°)に設置した場合、積雪がパネル上に留まることがなく、被覆損失をほぼゼロにできる。さらに、目の前に広がる雪面からの高い反射光を受けることで、他の角度で設置するよりも冬期間の発電量が大幅に増加(山形で13%増、北海道で50%増)するという驚くべき結果が得られた
。26
これらの知見を基に、METPV-20のデータを活用した実践的な積雪シミュレーションロジックを以下に示す。
超絶使える積雪計算ロジック(4ステップ)
-
入力データ: シミュレーション地点のMETPV-20から、時間別の「気温」と「積雪深」を取得する
。METPV-20の積雪深は積雪の深さそのものであるため、差分を取ることで時間ごとの降雪量を推定する。12 -
ステップ1:積雪の堆積をモデル化: 各時間ステップで、新たな降雪があった場合、その量をパネル上の積雪量に加算する。簡易的なモデルとして、SunPower社が用いるような
$ΔSD_{PV\_accum} = ΔSD_{Ground} \times \cos(β)$
(はパネル傾斜角)といった式が利用できる 。これにより、急な角度のパネルほど雪が積もりにくい効果を表現する。28 -
ステップ2:雪の滑落をモデル化: これがシミュレーションの鍵となる。国内外の研究から、雪の滑落は傾斜角と気温に大きく依存することがわかっている
。この知見をルールベースのロジックに落とし込む。29 -
もし
傾斜角 > 60°
ならば: 雪はほぼ即座に滑落すると仮定し、パネル上の積雪量をゼロとする 。25 -
もし
45° < 傾斜角 <= 60°
かつ気温 > 0℃
ならば: 数時間かけて雪が融解・滑落するとモデル化する。 -
もし
傾斜角 <= 45°
かつ気温 < 0℃
ならば: 雪は気温がプラスに転じるまでパネル上に留まると仮定する。
-
-
ステップ3:被覆損失を計算: 各時間ステップで、パネル上の積雪量からパネルが雪で覆われている面積の割合(被覆率)を計算する。この被覆率が、その時間の直達日射および天空散乱日射に対する損失率となる。米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)が開発した
pvlib
などの専門ライブラリには、この損失を計算するモデルが実装されている 。31 -
ステップ4:アルベドゲインを計算: 各時間ステップで、METPV-20の地上積雪深データを確認する。もし
地上積雪深 > 0
ならば、地面反射率(アルベド)の値を新雪に相当する0.7~0.8
といった高い値に設定する 。積雪がなければ、草地(約0.2)などの通常値を用いる。このアルベ-ド値を使って地面反射日射量を計算する。特に垂直設置の場合、このゲインは無視できないほど大きくなる。8
豪雪地帯における「垂直両面パネル」という最適解
上記のシミュレーションロジックを突き詰めると、ある強力なシナジーが見えてくる。
まず、垂直設置(90°)は、積雪による最大の損失要因である「被覆」をほぼ完全に解消する 26。次に、垂直パネルは地面に対する視野が最も広く、地面からの反射光を最も効率的に受け取ることができる(日射量転換モデルにおける地面反射成分の視野係数(1 - cos(β))/2
はβ=90°
で最大となる)
これらの要素が組み合わさることで、「豪雪地帯における垂直設置の両面パネル」という構成は、冬期間の発電量を劇的に改善する最適解となりうる。これは、太陽光発電における最大の厄介者の一つであった「雪」を、発電量を増やす「資産」へと転換させる、逆転の発想に基づいた設計戦略なのである。
2.2 【日陰】損失評価の精度を劇的に高める3ステップ分析
日陰は、その幾何学的な複雑さと、発電システムへの非線形な電気的影響から、最も評価が難しい損失要因である。正確な評価のためには、現場での簡易的な確認から専門的な3Dシミュレーションまで、段階的なアプローチが求められる。
ステップ1:現場調査と遮蔽物仰角の計算
最も基本的かつ重要なのが、現場での状況確認である。専門的なツールがなくても、メジャーとスマートフォン(分度器アプリなど)があれば、日陰リスクの一次評価は可能だ。その核となるのが「遮蔽物仰角」の計算である
例えば、高さ10mの建物がパネルから20m離れている場合、仰角はarctan(10/20) ≈ 26.6°
となる。この角度と、設置場所における季節・時間ごとの太陽高度を比較することで、いつ影がかかるかを大まかに把握できる。
ステップ2:Excelによる直達日射の損失分析
より定量的な評価を行うには、ExcelとMETPV-20データを用いた机上分析が有効である。これは、ユーザーが自身のPCで実行可能な、透明性の高いシミュレーション手法だ
-
入力データ: ステップ1で測定した方位別の遮蔽物仰角、設置地点の緯度、METPV-20の時間別日射量データ(特に直達成分と散乱成分に分離したもの)。
-
計算ロジック: 1年間の全時間(8760ステップ)について、以下の計算を繰り返す。
-
時刻と緯度から、その時間の太陽の位置(高度と方位角)を計算する。
-
太陽の方位角に対応する遮蔽物仰角と、計算した太陽高度を比較する。
-
もし
太陽高度 < 遮蔽物仰角
であれば、その時間は直達日射が遮られると判断し、傾斜面への直達日射量をゼロとする。 -
天空散乱日射は遮られないと仮定して、そのまま発電に寄与するものとして計算する(これは簡易的な仮定であり、ステップ3で精度向上させる)。
-
1年間の直達日射の損失量を積算し、総発電量に対する損失率を算出する。
-
この手法は、単純な損失係数を当てはめるよりもはるかに現実に即しており、NEDOの高解像度データを直接活用できる点が強みである。
ステップ3:3Dモデリングによる統合解析(ゴールドスタンダード)
最高の精度を求める場合、PVsystやSolar Proといった専門の3Dシミュレーションソフトの利用が不可欠となる
-
散乱光・反射光の遮蔽: 障害物は、太陽からの直達光だけでなく、空からの散乱光や地面からの反射光も一部遮る。専門ソフトは、パネルから見た天空や地面の「視野」が障害物によってどれだけ遮られるかを計算(ビューファクター法)し、これらの成分の損失も正確に評価する
。直達光の遮蔽のみを考慮した簡易モデルは、16 総日陰損失を50%~80%も過小評価する可能性があるとの研究報告もあり、この差は極めて大きい 。16 -
非線形な電気的損失(ミスマッチ損失): これが日陰評価の最も難解かつ重要な点である。太陽電池モジュールは複数のセルが直列に接続されており、さらに複数のモジュールが直列(ストリング)に接続されている。この状態で、たった一つのセルに影がかかると、そのセルの発電電流が低下し、ストリング全体の電流がその低い値に制限されてしまう。結果として、影のかかった面積の割合をはるかに超える大きな出力低下が発生する。例えば、あるシミュレーションでは、3つの回路にまたがる3枚のパネルが部分的に影になるだけで、発電量が54%も低下する結果が示されている
。専門ソフトは、このバイパスダイオードの動作やストリングの電気的挙動をモデル化し、ミスマッチ損失を定量化できる34 。37
日陰損失は、影の面積に比例しない
多くの人が陥る直感的な誤解は、「パネルの10%に影がかかれば、発電量も10%減る」という考え方だ。しかし、現実は全く異なる。電気的なミスマッチ損失の存在により、ごく一部の影がシステム全体のパフォーマンスを著しく低下させることがある
したがって、信頼性の高い日陰損失評価には、「いつ、どこが影になるか」を計算する幾何学的シミュレーションと、「その影に対してシステムが電気的にどう応答するか」を計算する電気的シミュレーションの二重の解析が不可欠なのである。これこそが、JIS式で単一の係数$K_{HSH}$
として損失を表現することの限界であり、3ステップアプローチで徐々に解析の解像度を上げていく必要がある理由だ。
2.3 【両面パネル】アルベドを制する者が発電量を制す
両面発電(Bifacial PV)パネルの性能を正確に予測する鍵は、裏面が受け取る日射量をいかに正確にモデル化するかにかかっている。そして、裏面日射量の大部分を占めるのが、地面からの反射光である。この反射光の強さを決定づけるパラメータが、地面の反射率(アルベド, )に他ならない
固定アルベド値の危険性
シミュレーションソフトの多くは、アルベドのデフォルト値として0.2(草地や土壌に相当)を設定している。しかし、この固定値を用いることには大きなリスクが伴う。中国・北京で行われた屋上両面パネルシステムの実測研究は、その危険性を明確に示している
超絶使える両面パネル発電量計算ロジック
-
ステップ1:アルベド()を決定する: 計算の精度を左右する最も重要なステップ。設置面の実際の状況に合わせて、適切なアルベド値を選択する。以下の参照表がその助けとなる。
表3: 地面の種類別アルベド値の目安
地表面の種類 | アルベド()の目安 | 特徴・注意点 | 出典 |
新雪 | 0.80 – 0.85 | 最も高い反射率。豪雪地帯での冬期発電量増に大きく寄与。 | |
湿った雪 | 0.55 – 0.75 | 溶け始めると反射率は低下する。 | |
白い防水シート/砂利 | 0.50 – 0.70 | 人工的に高反射面を作る場合に有効。 | |
コンクリート(乾燥) | 0.25 – 0.35 | 都市部で一般的な値。 | |
草地/土壌 | 0.15 – 0.26 | 最も一般的なデフォルト値。植生や湿り気で変動。 | |
アスファルト(乾燥) | 0.09 – 0.15 | 反射率が低く、両面発電には不向き。 | |
水面 | 約 0.10 | 太陽高度により変動するが、平均的には低い。 |
-
ステップ2:地面反射日射量(Grefl)を計算する: 一般的によく用いられる等方性反射モデルの計算式は以下の通り。
ここで、GHIはMETPV-20から得られる時間別の水平面全天日射量、ρはステップ1で決定したアルベド、βはパネルの傾斜角である。この式は、傾斜角$\beta$が大きくなるほど(垂直に近づくほど)、地面からの反射光を受けやすくなることを示している 18。
-
ステップ3:裏面が受ける天空散乱日射を加算: 裏面は地面だけでなく、空の一部も見ている。この天空からの散乱光も考慮に入れることで、さらに精度が向上する。
-
ステップ4:裏面の発電量を計算:
裏面発電量 = 裏面日射量 × 面積 × 裏面効率
で計算する。裏面効率は、モジュールの仕様書に記載されている両面係数(Bifaciality Factor)(例:表面効率の80%など)を用いて決定する 。41
アルベドは「定数」ではなく「設計変数」である
多くの設計者は、アルベドを「その土地固有の変えられない定数」として扱いがちである。しかし、研究報告は、白い塗料や防水シートを地面に敷設することでアルベドを意図的に高めるアプローチを示唆している
もはや、計算は単なる「受動的な発電量予測」のツールではない。それは、「能動的な設計最適化」のツールとなる。設計者は、地面を処理しない場合の発電量(例:)と、白い砂利を敷き詰めるなどして高アルベドを実現した場合の発電量(例:)をそれぞれシミュレーションできる。その差分として得られる年間発電量の増加分(kWh)と、地面処理にかかる追加コストを比較衡量することで、アルベド向上策への投資対効果(ROI)を定量的に評価することが可能になる。このように、計算ロジックを駆使することで、設計者は与えられた条件下で最善を尽くすだけでなく、条件そのものを最適化する新たな価値を創造できるのである。
2.4 【垂直・壁面】都市型発電の鍵を握るPerezモデルの実践
建材一体型太陽光発電(BIPV)に代表される垂直壁面への設置や、真南以外の東向き・西向き設置など、都市部特有の条件下で発電量を正確に予測するには、天空散乱日射のモデル化が決定的に重要となる
なぜシンプルなモデルでは不十分なのか?
Hay-Daviesモデルなどの異方性モデルは、天空散乱光を「空全体に均一に広がる成分」と「太陽の周りの明るい光(太陽周辺光)」の2つに分けて考える
Perezモデルを理解する(概念的解説)
Perezモデルが優れているのは、天空散乱光をより現実に即した3つの成分に分解してモデル化する点にある
-
等方性成分(Isotropic Component): 他のモデルと同様、空全体に均一に分布するベースとなる散乱光。
-
太陽周辺成分(Circumsolar Component): 太陽の円盤の周りに広がる明るい「ハロー(光輪)」。パネルが太陽の方向を向いている、あるいはその近くを向いている場合の計算に非常に重要。
-
地平線輝度成分(Horizon Brightening Component): 晴れた日などに地平線付近が明るくなる現象をモデル化した光の帯。垂直壁面は地平線を広く見渡すため、この成分を考慮することが精度向上に直結する。
Perezモデルの核心は、とという2つの経験的な係数にある
表4: 傾斜面日射量モデルの比較
モデル名 | 主要な構成要素 | 強み | 弱み | 推奨される用途 | 出典 |
Isotropic (Liu & Jordan) | 等方性成分のみ | 計算が最も単純。 | 精度が低い。特に晴天時や垂直面で誤差大。 | 教育目的、非常にラフな概算。 | |
Hay-Davies | 等方性 + 太陽周辺成分 | 比較的単純でロバスト。入力データの品質が多少悪くても安定。 | 地平線輝度を考慮しないため、垂直面での精度がPerezに劣る。 | **標準的な傾斜角(南向き)**での汎用的なシミュレーション。 | |
Perez | 等方性 + 太陽周辺成分 + 地平線輝度成分 | 最も高精度。特に晴天時、垂直面、非南向きで威力を発揮。 | 計算が複雑。入力データ(特に直散分離)の精度が求められる。 | 垂直壁面、BIPV、東西向き設置など、高精度が求められる全てのケース。 |
BIPVは「エネルギー密度」から「利用可能面積」への転換
従来の太陽光発電開発は、土地面積あたりの発電量(kWh/m²)、すなわち「エネルギー密度」を最大化することに主眼が置かれてきた。これは必然的に、最適傾斜角の南向きアレイを志向させる。
一方で、BIPV、特に都市部の垂直壁面への設置は、純粋なエネルギー密度の観点からは本質的に「準最適」である
ここでの本質は、BIPVの価値が単なる発電量(kWh)にあるのではなく、その発電量を正確に予測し、事業として成立(=融資可能)させる能力にある、という点だ。Perezモデルは、まさにこのためのキーテクノロジーである。これらの「準最適」な設置条件に対して信頼性の高い発電量予測を提供することで、BIPVプロジェクトの不確実性を低減し、投資家にとって魅力的な対象へと変える。つまり、高度な計算ロジックこそが、従来の太陽光発電が入り込めなかった都市という巨大市場を切り拓く、直接的な原動力となるのである。
Part 3: 統合シミュレーションと日本の再エネ普及への本質的課題
これまでに解説した個別の高度な計算ロジックは、それぞれが独立して存在するわけではない。それらを一つの首尾一貫した思考フレームワークに統合し、日本のエネルギー転換という大きな文脈の中でその意義を捉えることで、初めて真の価値が生まれる。
3.1 統合的思考フレームワークとツールの活用
本稿で目指す最終形は、Part 1で提示したJIS C 8907の基本式を、Part 2の動的モデルで拡張した、いわば「ダイナミックJISモデル」である。そこでは、かつて静的な定数や月平均値で与えられていたH
(日射量)やK
(損失係数)の各要素が、時間ごとに計算される動的な変数に置き換えられる。その統合的なワークフローは以下のようになる。
-
データ入力: METPV-20から、シミュレーション地点の時間別データ(水平面日射量、気温、風速、積雪深)を読み込む。
-
時間別ループ(8760回): 以下の計算を1時間ごとに行う。
-
傾斜面日射量計算: 水平面日射量を、Perezモデルを用いて傾斜面日射量(直達、散乱、反射)に転換する。この際、地上の積雪状況や地面の種類に応じてアルベドを動的に設定する。
-
日陰損失計算: 3Dモデルまたは遮蔽物仰角法に基づき、各日射成分(直達、散乱、反射)に対する時間別の日陰損失を計算する。
-
温度損失計算: 傾斜面日射量、外気温、風速からモジュール温度を推定し、時間別の温度損失係数を算出する。
-
電気的損失計算: 部分的な日陰の状態から、ミスマッチ損失を推定する。
-
積雪損失計算: 気温と降雪量からパネル上の積雪状態をモデル化し、被覆による損失を計算する。
-
-
集計: 他の静的な損失(汚れ、経年劣化、PCS効率など)を考慮し、最終的な時間別発電量を算出。これを1年間分合計して、年間総発電量を求める。
この複雑なプロセスは、まさにPVsyst、Solar Pro、そして国内の「
3.2 根源的課題の特定:なぜ高精度な発電量予測が日本の脱炭素を加速させるのか?
本稿で詳述してきた高精度な計算ロジックは、単なる技術的な探求に留まらない。それは、日本のエネルギー政策が直面する根源的な課題を解決し、脱炭素化を加速させるための強力な武器となる。
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土地制約の克服: 日本の国土面積あたりの太陽光発電設備容量は、すでに主要国の中でトップクラスである
。今後の導入拡大には、平地だけでなく、これまで経済合理性が見合わないとされてきた豪雪地帯や都市部の建物を活用することが不可欠だ。高精度なシミュレーションは、これらの「未開拓地」の真のポテンシャルを正確に評価し、事業化を可能にすることで、日本の再生可能エネルギーの資源量を実質的に拡大する。51 -
投資リスクの低減: 太陽光発電事業の成否は、発電量予測の正確性に大きく依存する。METPV-20の多照年・寡照年データを用いたP50/P90分析のようなリスク評価は、事業の不確実性を定量化し、金融機関の信頼を得る上で極めて重要である
。予測精度が向上すれば、プロジェクトファイナンスにおけるリスクプレミアムが低下し、より低い資本コストでの資金調達が可能となり、結果として太陽光発電のコスト競争力を高める。7 -
系統安定化への貢献: 太陽光発電の導入量が拡大するにつれ、その出力変動が電力系統の安定性を脅かすという課題が深刻化する。この課題への解が、分散型エネルギーリソースを束ねて一つの発電所のように制御する仮想発電所(VPP)やデマンドレスポンス(DR)である
。VPP事業者が電力市場で調整力を提供するためには、自らが管理する太陽光発電や蓄電池が「明日15時にどれだけ発電・充放電できるか」を高い精度で予測できなければならない52 。本稿で解説した高精度な発電量予測は、VPPの信頼性と経済性を支える基盤技術そのものなのである。53
3.3 地味だが実効性のあるソリューション
本稿で提示した知見を、明日からの業務に活かすための具体的なアクションを提案する。
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実践者個人へ: 本稿のロジックを参考に、カスタマイズされたExcelベースのシミュレーションシートを作成することを推奨する。これにより、ブラックボックス化されたツールに依存することなく、透明性が高く、かつ強力な分析ツールを自身の手にすることができる。
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業界全体へ: 住宅用はもとより、特に商業・産業用の太陽光発電提案においては、単純化された月別の平均値に基づくシミュレーションから脱却し、本稿で示したような時間別の動的シミュレーションを標準的な手法として採用することを提言する。これにより、業界全体の提案品質と信頼性が向上する。
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未来の技術へ: 営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)や水上太陽光発電(フローティングソーラー)といった新しい分野では、本稿で論じた日陰、アルベド、熱特性といった高度なモデリングの重要性がさらに増す
。これらの先進的な計算手法を習得することは、次世代の市場で競争優位を確立するための鍵となる。55
結論:予測から最適化へ – 次世代太陽光発電設計者の必須スキル
本稿では、JIS規格とNEDOデータベースという基本に立ち返りつつ、豪雪、日陰、両面、垂直壁面といった困難な条件下での発電量を高精度に計算するための最新ロジックを体系的に解説した。その核心は、静的な平均値に頼る旧来の「予測」から、時間別の環境変化とシステムの物理的応答を捉える動的な「シミュレーション」へのパラダイムシフトにあった。
もはや、これらの高度な計算手法をマスターすることは、一部の専門家だけのものではない。それは、限られた土地と厳しい条件下で再生可能エネルギーの導入を最大化するという使命を負った、すべての次世代太陽光発電設計者にとって必須のスキルである。計算能力の向上は、単に予測の精度を上げるだけでなく、我々の思考を「受動的な予測」から「能動的な最適化」へと引き上げる。
アルベドを設計変数として捉え、積雪を資産に変え、都市の壁面を新たな資源として開拓する。高解像度なシミュレーションは、そのすべての活動を支える羅針盤となるだろう。日本のカーボンニュートラルへの道は、この地道で、しかし確実な計算能力の向上から拓かれるのである。
FAQ(よくある質問)
Q1: Excelでここまで複雑な計算は可能ですか?
A1: 可能です。本稿で解説した「ステップ2:Excelによる直達日射の損失分析」のように、VBA(Visual Basic for Applications)マクロを組むことで、8760時間のループ計算を自動化できます。太陽位置の計算、METPV-20データの読み込み、条件分岐による損失計算などを実装すれば、個人レベルでも非常に強力なシミュレーションツールを構築できます。ただし、3Dモデリングや複雑な電気的ミスマッチ損失の計算には、専門ソフトウェアが必要です。
Q2: どのシミュレーションソフトが一番おすすめですか?
A2: 用途によります。世界的な標準とされ、非常に高機能で詳細な物理モデルを搭載しているのはPVsystです 38。国内の制度や商習慣に強く、3D CAD機能による日陰解析に定評があるのはSolar Proです
Q3: METPV-20のデータがない地点はどうすればいいですか?
A3: METPV-20は全国835地点をカバーしていますが、設置場所が観測点から遠い場合、最寄りの地点のデータを使用するのが一般的です。ただし、地形や標高が大きく異なる場合は誤差が大きくなる可能性があります。その場合、複数の近隣地点のデータを比較検討するか、より広域をカバーする衛星ベースの気象データサービス(有償)の利用を検討する選択肢もあります。また、MONSOLA-20の1kmメッシュデータで周辺の日射傾向を確認し、最寄り地点のMETPV-20データが妥当かを判断するのも有効なアプローチです 13。
Q4: 経年劣化はどのように計算に含めるべきですか?
A4: 経年劣化は、JIS C 8907の係数$K_{PM}$の一部として考慮されます 5。一般的に、太陽電池モジュールの出力は年々わずかに低下します(例:-0.5%/年)。シミュレーションでは、初年度の発電量に対して、2年目は0.995倍、3年目は
倍…というように、年次劣化率を乗じて将来の発電量を計算します。多くのシミュレーションソフトでは、この年次劣化率を設定する項目があり、20年や25年といった事業期間全体の生涯発電量を評価できます
Q5: 両面パネルの架台の影はどのように影響しますか?
A5: 非常に重要な点です。両面パネルの裏面は、地面からの反射光だけでなく、架台の構造部材(レールや支柱)からの影の影響も受けます。この影は裏面の発電量を直接的に低下させるため、高精度なシミュレーションでは、架台の3Dモデルを作成し、裏面への日陰損失を計算する必要があります。特に、裏面への日射量が大きい高アルベド環境や、架台構造が複雑な場合には、この影響が無視できなくなります。専門ソフトの中には、この裏面への自己遮蔽効果をモデル化できるものもあります。
ファクトチェック・サマリー
本記事は、JIS C 8907:2005「太陽光発電システムの発電電力量推定方法」
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