目次
日本版グリーン成長配当(Japanese Green Growth Dividend: J-GGD)構想アイデア – 税制改革とエネルギー転換を融合する日本の新社会契約
2025年8月6日(水)
序章:停滞と負担という「二重の重荷」の克服
2025年の日本は、経済の活力を削ぎ、国民生活を圧迫する二つの圧力が交差する岐路に立たされている。
一つは、逆進性を内包する消費税制。もう一つは、とどまることなく上昇を続ける再生可能エネルギー発電促進賦課金(以下、再エネ賦課金)である。これらは独立した問題ではない。むしろ、より根源的な政策設計の欠陥がもたらした、二つの症状と捉えるべきである。
現行のアプローチは、経済的厚生と環境目標を二律背反の関係に置いてしまっている。
本提言は、その誤った二項対立を断固として拒否する。
本稿が提示するのは、これら「二重の重荷」を、公正な経済成長、脱炭素の加速、そして持続可能な未来に向けた新たな社会契約の強力なエンジンへと転換させる、統一的かつ革新的な枠組み――「日本版グリーン成長配当(Japanese Green Growth Dividend: J-GGD)」(構想)である。
本提言は、単なる理想論ではない。世界の成功と失敗事例の厳格な分析に基づき、日本が踏み出すべき現実的かつ具体的な道筋を示すものである。
第1章 2025年の岐路:日本の財政・エネルギー危機の本質
1.1 消費税のジレンマ:逆進性を抱える財政の柱
日本の消費税は、財政の根幹をなす税であり、令和7年度(2025年度)予算における税収(国税分)は24.9兆円に達する見込みである
しかし、その本質的な課題は、構造的な「逆進性」にある。消費税は、所得の多寡にかかわらず消費額に対して一律に課されるため、所得に占める消費支出の割合が高い低所得者層ほど、税負担率が重くなる
景気対策として消費税の一時的な引き下げ(例えば5%への引き下げや、食料品への軽減税率を0%にする案など)が議論されることがあるが
第一生命経済研究所の試算では、消費税率を一律5%に引き下げた場合、失われる税収は14兆円程度に上ると想定されており、財源確保の観点から現実的とは言い難い
1.2 再エネ賦課金の暴走:「ステルス増税」が蝕む国民生活と産業競争力
再エネ賦課金は、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT制度)に基づき、電力会社が再エネ電力を買い取る費用を、電気の使用者全員がその使用量に応じて負担する仕組みである
しかし、その代償はあまりにも大きい。2025年5月分から適用される2025年度の賦課金単価は、1kWhあたり3.98円という過去最高値を更新することが決定している
この負担は、家計と企業に深刻な影響を及ぼす。電力使用量が月400kWhの標準的な4人世帯の場合、2025年度の年間負担額は約19,104円に達する
この賦課金は、その決定プロセスと性質から「ステルス増税」と批判されている
1.3 複合的負担:システム的欠陥にはシステム的解決を
消費税と再エネ賦課金は、それぞれが独立した問題なのではない。両者が同時に存在することで、国民と企業に「複合的」かつ「増幅された」負担を強いる、一つのシステム的欠陥を形成している。低所得世帯は、まず日々の買い物で消費税の逆進的な負担に苦しみ、次に所得に関係なく課される再エネ賦課金によって光熱費を膨張させられる。
可処分所得の減少と生活コストの上昇という二重の打撃を受けるのだ。
中小企業も同様の罠にはまっている。再エネ賦課金は電気料金を通じて生産コストを直接引き上げ、一方で消費税は最終需要を抑制する。コスト増と需要減の挟み撃ちは、企業の収益力を削ぎ、賃上げや新規投資の余力を奪い、日本経済全体の活力を失わせる悪循環を生み出す
このシステムの非効率性は、経済的な側面にとどまらない。現在の再エネ賦課金制度は、特定の再エネ技術(特に太陽光発電)の導入量を増やすための「補助金」であり、経済全体の排出量を最も効率的に削減するための「価格シグナル」としては機能していない。
FIT制度は、採算性(保証された利益)に基づいて特定の技術の導入を促すものであり、グリッドの安定化への貢献度や真のコスト効率性を反映するものではない。その結果、脱炭素化という目標達成のために、社会全体として過大なコストを、しかも極めて不公平な方法で負担させられているのが現状である。
この根源的な課題を解決するには、消費税率や賦課金単価を微調整するような対症療法では不十分だ。二つの負担の根底にあるシステムそのものを変革し、公平性と効率性を両立させる、全く新しい枠組みが不可欠なのである。
表1:日本の家計と企業にかかる二重の負担(2025年度予測)
項目 | 消費税 | 再エネ賦課金 |
根拠法 | 消費税法 | 再生可能エネルギー特別措置法(FIT法) |
課税メカニズム | 財・サービスの対価に課税(従価税) | 電気使用量1kWhあたりに課金(従量課金) |
税収・賦課金総額 |
約24.9兆円(国税分、2025年度予算) |
約3.1兆円(2025年度見込) |
決定プロセス | 国会による法律改正 | 経済産業省による年度毎の単価算定・公表 |
透明性 | 予算として審議・公開 | 自動計算式に基づき決定(ステルス的) |
負担の性質 | 逆進的 | 極めて逆進的(所得に関わらず使用量に比例) |
家計への影響 |
低所得層ほど負担率が高い |
標準世帯(4人)で年間約19,104円の負担 |
中小企業への影響 |
消費需要の抑制、事務負担増 |
固定費(電気料金)の増大、価格競争力の低下 |
第2章 世界の実験室からの教訓:グリーン財政改革の成功と失敗
日本の進むべき道を照らし出すためには、世界各国の経験、特にグリーンな財政改革における成功と失敗から学ぶことが不可欠である。各国の試みは、気候変動対策と社会・経済政策をいかに統合すべきかという普遍的な問いに対する、貴重なケーススタディを提供してくれる。
2.1 「黄色いベスト運動」の警告:社会を無視した気候政策の末路
2018年、フランスのマクロン政権が計画した燃料への炭素税引き上げは、「黄色いベスト運動(Gilets Jaunes)」として知られる、フランス現代史上最大級の社会抗議運動を引き起こした
運動の核心は、環境保護への反対ではなかった。それは、地方や郊外に住み、日常の移動を自動車に依存せざるを得ない低・中所得者層が、不公平な負担を強いられているという根深い「社会的不公正」に対する叫びであった
決定的な失敗は、税収の使途にあった。増税によって得られるはずだった税収は、国民に還元されることなく、一般財源に吸収される計画だった。これにより、「地球を救うためではなく、政府が歳入を増やすための口実だ」という不信感が蔓延した
フランスの事例が日本に与える示唆は明白である。気候政策の成否は、その環境的な効果以上に、社会的な設計、とりわけ「公正さ」と「透明性」にかかっている。国民が「公平だ」と納得できない政策は、たとえ技術的に正しくても、必ず失敗する。政策のコミュニケーションと、国民の信頼醸成が、制度設計そのものと同じくらい重要なのである。
2.2 成功への道筋:北欧・ドイツモデルに見る「環境税制改革」
フランスの失敗とは対照的に、スウェーデン、デンマーク、ドイツといった国々は、1990年代から「環境税制改革(Ecological Tax Reform: ETR)」を成功裏に導入してきた
このアプローチは、環境に負荷をかける行為(炭素排出やエネルギー消費)への課税を強化する一方で、その税収を用いて、経済活動を歪める他の税、特に労働に対する税(社会保険料など)を引き下げるというものだ
これらの改革は、「二重の配当(Double Dividend)」という概念を目指していた。第一の配当は「環境の質の改善」、そして第二の配当は「経済パフォーマンスの向上(特に雇用創出)」である
また、成功したETRのもう一つの重要な特徴は、エネルギー集約型で国際競争に晒される産業を保護するための措置を講じた点である。税の免除、還付、あるいは特定の支援策を通じて、産業競争力への深刻な悪影響を回避した
2.3 「気候配当」:公平性と受容性を実現する最先端メカニズム
税収還流の最も進化した形態が、「炭素税と配当(Carbon Fee and Dividend)」、通称「気候配当(Climate Dividend)」と呼ばれるモデルである。このモデルは、カナダやスイスなどで導入されており、気候政策の設計における新たな世界標準となりつつある
その仕組みは、炭素税からの純税収を、他の減税に充てるのではなく、国民一人ひとりに「均等に」「現金で」直接分配するというものである
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圧倒的な進歩性:一般的に、低・中所得世帯は高所得世帯よりも炭素排出量が少ない。そのため、彼らが受け取る均等配当額は、炭素税によって増加した生活費を上回ることが多く、結果的に彼らは「純粋な金銭的受益者」となる。これにより、炭素税が本質的に持つ逆進性の問題が完全に克服される。
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透明性と信頼の醸成:政府の一般財源に吸収される減税とは異なり、定期的(例えば四半期ごと)に振り込まれる現金給付は、政策の恩恵を国民に「見える化」する。この直接的で目に見える還元が、政府への信頼を醸成し、政策への支持を強固なものにする
。48 -
政治的な持続可能性の確立:国民の過半数が受益者となることで、気候政策を支持する広範で強固な政治的連合が形成される。これにより、国民の反発を招くことなく、長期的に炭素価格を引き上げていくことが可能になる。カナダのブリティッシュ・コロンビア州および連邦レベルでの経験は、このモデルが現実世界で有効であることの力強い証明となっている
。48
表2:世界のグリーン財政改革の比較分析
国 | 政策名称 | 中核メカニズム | 税収還流の方法 | 社会的公平性への影響 | 産業競争力への影響 | 総合評価 |
フランス | 炭素税増税 | 燃料税への炭素税上乗せ | 一般財源化(還流なし) | 極めて逆進的。低所得層・地方在住者に負担が集中。 | 考慮不十分 |
失敗。大規模抗議(黄色いベスト運動)を誘発し、政策撤回。 |
スウェーデン | 環境税制改革 | 炭素税・エネルギー税 | 主に労働所得税の減税(タックス・シフト) | 逆進性を緩和する設計だが、一部課題も残る。 |
産業界への免除・軽減措置で保護。 |
成功。経済成長と排出量削減を両立(デカップリング)。 |
ドイツ | 環境税制改革 | エネルギー税・電力税 | 主に社会保険料の引き下げ(雇用コスト削減) |
逆進性への配慮。雇用創出効果(二重の配当)を重視。 |
エネルギー集約型産業への広範な免除措置。 |
成功。国民的合意形成に成功し、長期的に定着。 |
カナダ (BC州) | 炭素税 | 歳入中立の炭素税 |
所得税・法人税の引き下げ、低所得者層への現金給付。 |
低所得者層への配慮により進歩性を確保。 | 税収中立設計により経済への悪影響を最小化。 | 成功。北米初の広範な炭素税として定着。 |
カナダ (連邦) | 燃料チャージと気候行動インセンティブ | 炭素税と配当(Fee and Dividend) |
税収の約90%を住民に均等な現金配当として直接還付。 |
極めて進歩的。大多数の世帯が純受益者となる。 | 産業界向けの支援プログラムも別途用意。 | 成功。政治的受容性が高く、最も進化したモデルと評価される。 |
第3章 グランドデザイン:「日本版グリーン成長配当(J-GGD)」の提言 (構想アイデア)
世界の教訓を踏まえ、ここに日本の財政とエネルギーが抱える構造的課題を抜本的に解決するための新たな制度設計、「日本版グリーン成長配当(J-GGD)」を提言する。これは単なる税制改正やエネルギー政策の修正ではない。経済成長、社会の公正、そして環境保全を三位一体で実現するための、国家的なパラダイムシフトである。
3.1 根源的原則:再エネ賦課金の廃止と炭素価格の導入
J-GGDの第一歩、そして最も重要な原則は、現行の再エネ賦課金制度の完全な廃止である。この制度は非効率かつ不公平であり、その負担はもはや持続可能ではない。
その代替として、透明性が高く、経済全体にわたる炭素価格(カーボンプライシング)を導入する。炭素価格は、特定の技術を優遇する補助金とは異なり、技術中立的なインセンティブを創出する。これにより、産業、運輸、業務、家庭など、あらゆる部門で最もコスト効率の良い排出削減が促される。結果として、日本はより低い社会経済的コストで、より迅速に脱炭素目標を達成することが可能となる
3.2 中核メカニズム:上流(アップストリーム)課税方式の炭素税
具体的な炭素価格の導入手法として、シンプルかつ行政効率の高い上流(アップストリーム)課税方式の炭素税を提案する。これは、化石燃料(原油、天然ガス、石炭)の輸入または採掘時点で課税するものである。
この方式は、ドイツが運輸・建物部門に導入した国内排出量取引制度(ETS)の上流アプローチを参考にしており
税率は、導入当初は低く設定し、その後、明確かつ予測可能な道筋に沿って段階的に引き上げていく。例えば、2030年までに国際的な目安である1トンあたり$50~$100の範囲を目指すといった長期的な目標を掲げることで、企業や家計の予見可能性を高め、計画的な投資や行動変容を促す
3.3 配当エンジン:J-GGD税収の三位一体の還流メカニズム
J-GGDの最も革新的な点は、炭素税収の使途にある。この税収は、政府が吸収すべき「コスト」ではなく、経済と社会を活性化させるための「配当」として、以下の三つの明確なチャネルを通じて還流させる。これは、欧州のタックス・シフトモデルとカナダの気候配当モデルの長所を融合させた、日本独自のハイブリッド設計である。この設計思想は、「誰が払うのか?」という不毛な対立から、「より良い未来のために、いかに賢く投資するか?」という建設的な対話へと、国民の意識を転換させる力を持つ。
提言:三つの還流チャネル
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チャネル1:国民グリーン配当(Universal Green Dividend)
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仕組み:純税収の大部分(例えば50~60%)を、全ての居住者(国籍を問わず)に一人あたり均等額の現金として、定期的(例:四半期ごと)に直接給付する。これは制度の公正性と政治的持続可能性の根幹をなすものであり、カナダの成功事例を直接応用し
、フランスの失敗を回避するための核心的要素である。48
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チャネル2:グリーン成長法人税額控除(Green Growth Corporate Tax Credit)
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仕組み:税収の一部(例えば20~30%)を原資として、新たな法人税の税額控除制度を創設する。この控除は、省エネルギー設備の導入、脱炭素に資する技術開発、グリーンな研究開発など、政府が指定する分野に投資した企業に対して適用される。これは、国際競争力への懸念に対応しつつ
、企業の革新的な取り組みを直接支援する「ポーター仮説」を具現化するものである。これにより、広範で非効率な免税措置ではなく、具体的な行動を促す的を絞ったインセンティブが生まれる。43
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チャネル3:次世代グリーンインフラ基金(Next-Generation Green Infrastructure Fund)
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仕組み:残りの税収(例えば10~20%)は、透明性の高いガバナンスを持つ新たな公的基金に拠出される。この基金の唯一の目的は、民間だけでは投資リスクが高いものの、日本のエネルギー転換に不可欠な大規模プロジェクト(例:次世代送電網の増強、大規模エネルギー貯蔵システムの構築、グリーン水素サプライチェーンの整備など)に対して、公的資金を供給することである。これにより、現在の再エネ賦課金制度のような不透明な資金の流れに代わり、国民が納得できる形で戦略的な未来投資が行われる。
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第4章 影響シミュレーションと日本の2030年ビジョン
J-GGDの導入は、日本の家計、企業、そして気候変動対策のあり方を根本から変革するポテンシャルを秘めている。ここでは、その多面的な影響をシミュレーションし、2030年に向けた日本の新たなビジョンを描き出す。
4.1 家計の帳簿:大多数にとっての純粋な金銭的利益
J-GGDがもたらす最も劇的な変化は、家計への影響である。炭素税の導入は、エネルギー価格や物価を押し上げるため、一見すると負担増のように見える。しかし、その影響は「国民グリーン配当」によって相殺されるだけでなく、多くの世帯にとっては純粋な利益となる。
なぜなら、一般的に所得が低い世帯ほどエネルギー消費量や炭素排出量が少なく、炭素税による負担増も相対的に小さいからである。一方で、配当は所得に関係なく一人あたり均等に分配される。その結果、所得分布の下位に位置する大多数の世帯(試算では約7割)では、受け取る配当額が、炭素税による負担増を上回ることになる。この政策は、明確に「進歩的」であり、所得再分配機能を持ち、格差是正にも貢献する。
この仕組みは、気候変動対策の政治経済学を根本的に覆す。気候変動対策が、一部の犠牲を強いる「我慢」や「コスト」ではなく、多くの国民に具体的な金銭的メリットをもたらす「共有された投資」へと転換されるからである。
国民が政策の恩恵を定期的に実感することで、2050年のカーボンニュートラル達成に必要な、長期的かつ予測可能な炭素価格の引き上げに対する、強固で持続的な国民的合意が形成される。これは単なる経済政策ではない。民主主義社会において、野心的な気候変動対策を持続可能にするための、高度な政治戦略なのである。
表3:「日本版グリーン成長配当」が家計に与える年間純影響のシミュレーション
所得五分位階級 | 年間炭素税負担額(推計) | 年間国民グリーン配当受給額 | 年間純影響額(利益/損失) | 所得に対する純影響率 |
第I分位(最低所得層) | 45,000円 | 90,000円 | +45,000円 | +2.5% |
第II分位 | 60,000円 | 90,000円 | +30,000円 | +1.0% |
第III分位(中間層) | 80,000円 | 90,000円 | +10,000円 | +0.2% |
第IV分位 | 105,000円 | 90,000円 | -15,000円 | -0.2% |
第V分位(最高所得層) | 150,000円 | 90,000円 | -60,000円 | -0.5% |
平均世帯 | 88,000円 | 90,000円 | +2,000円 | +0.03% |
(注)本シミュレーションは、炭素税率をトンあたり4,000円、総税収を4兆円、そのうち60%(2.4兆円)を国民配当に、残りを法人税額控除とインフラ基金に充当すると仮定。配当額は1億2千万人で割り、一人あたり年間2万円、4人世帯で8万円と仮定(ここでは簡便化のため世帯あたり9万円で統一)。各階級の炭素税負担額は、家計調査の消費支出パターンに基づき推計。これはあくまで概念を示すための試算であり、実際の設計では詳細なモデリングが必要となる。
4.2 企業の帳簿:グリーン産業革命の触媒
J-GGDは、日本企業に対して「プッシュ(押し出し)」と「プル(引き込み)」の二つの力を同時に作用させる。炭素価格という「プッシュ」要因は、全ての企業にエネルギー効率の改善と炭素排出量の削減を強く促す。一方で、「グリーン成長法人税額控除」と「次世代グリーンインフラ基金」という「プル」要因は、高付加価値なグリーン技術への投資を加速させ、新たな産業競争力の源泉を育む。
これは、単にコスト負担を強いるだけの現行の再エネ賦課金制度とは根本的に異なる
4.3 気候の帳簿:効率的で加速されたカーボンニュートラルへの道
経済全体をカバーする炭素価格シグナルは、再エネ賦課金では決して届かなかった領域、すなわち運輸、建物の熱利用、産業プロセスといった分野での排出削減を強力に促進する。市場メカニズムが、社会全体で最も安価な排出削減機会を自動的に見つけ出すため、J-GGDは現行の補助金主導のアプローチよりも、はるかに効率的に、そして迅速に日本の気候目標を達成するだろう。これは、気候変動対策における「賢い支出」への転換であり、限られた国民的資源を最大限に活用する道筋でもある。
第5章 実践的ロードマップ:導入と政策提言
壮大な構想も、実行可能なロードマップがなければ絵に描いた餅に終わる。J-GGDの成功は、その慎重かつ戦略的な導入プロセスにかかっている。
5.1 段階的かつ予測可能な導入(2026年~2030年)
政策の受容性を最大限に高めるため、段階的な導入を提案する。
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2025年:J-GGDの導入を正式に発表。国民および産業界への十分な周知期間を設ける。
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2026年:J-GGDを施行。炭素税は低い税率から開始する。重要なのは、最初の炭素税の課税と同時に、最初の国民グリーン配当の支払いを開始することである。これにより、国民は制度の利益を即座に体感でき、負担感よりも便益が先行するポジティブな経験が生まれる。
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2026年~2030年:炭素税率を、事前に公表されたスケジュールに従って段階的に引き上げていく。この予測可能性は、家計や企業が将来を見据えた計画を立てる上で不可欠である
。57
5.2 ガバナンス、信頼、透明性:独立「J-GGD評議会」の設立
国民の信頼こそが、この改革の生命線である。その信頼を制度的に担保するため、中央銀行の金融政策委員会をモデルとした、独立性の高い非党派的な「J-GGD評議会」の設立を提言する。
この評議会の役割は、①炭素税収を正確に算定・検証すること、②国民グリーン配当額を透明な計算式に基づき決定し、その分配プロセスを監督すること、③制度全体の運用状況(排出削減効果、経済的影響など)を定期的に国民に報告することである。
このような独立した監視機関の存在が、制度の政治的中立性を保ち、長期的な信頼を構築する上で決定的な役割を果たす
5.3 複雑な現実への精緻な対応
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国際ルール(WTO)との整合性:上流課税方式の炭素税は国内措置であり、一般的にWTOルールに整合的である。しかし、将来的に炭素価格が上昇するにつれて、国内産業を保護し「炭素リーケージ(排出量の海外移転)」を防ぐため、EUが導入を進めるような「国境炭素調整措置(CBAM)」の検討が必要となる可能性がある
。ただし、これはJ-GGD導入後の、次のステップとして位置づけるべきである。59 -
既存制度との統合:上流課税は、インボイス制度(J-CT)への影響を最小限に抑えることができる。配当の分配にはマイナンバー制度を活用することが効率的だが、デジタルアクセスを持たない高齢者などへの配慮として、郵便局での現金受け取りといった代替手段も確保する必要がある。これは、かつて議論された「日本型軽減税率制度」の還付案からも教訓を得られる点である
。60 -
脆弱な特定産業への配慮:グリーン成長法人税額控除が主要な支援策となるが、ごく一部の真に脆弱かつ国際競争に晒される産業(例:セメント、鉄鋼の一部プロセス)に対しては、明確な期限を設けた上で、移行期間中の追加的な激変緩和措置を検討することも必要であろう。
結論:持続可能な日本のための新社会契約の構築
「日本版グリーン成長配当(J-GGD)構想」は、単なる税制改革やエネルギー政策の枠を超えた、日本のための新たな社会契約の提案である。
この制度は、経済全体のインセンティブ構造を再設計し、環境保全を収益性の高い活動へと変え、社会の公正さを経済成長の核に据える。
消費税が内包する逆進性の問題と、再エネ賦課金という不公平な負担。この「二重の重荷」を、投資と還流からなる統一的なシステムへと昇華させることで、J-GGDは、豊かで持続可能な21世紀の日本を築くための、信頼でき、実践的で、そして希望に満ちた道筋を提示するものである。
今こそ、対立と負担の時代を乗り越え、成長と配当の未来を共に創造する決断を下すべき時である。
付録
よくある質問(FAQ)
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Q1. これは実質的な増税ではないのですか?私の税金は上がりますか?
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A1. J-GGDは「歳入中立」を基本原則として設計されています。炭素税として集められた税収は、政府の財源になるのではなく、国民への現金配当、企業の税額控除、インフラ基金という形で経済に還流されます。シミュレーションによれば、国民の約7割は、受け取る配当額が負担増を上回るため、実質的には手取りが増えることになります。これは増税ではなく、負担構造の転換です。
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Q2. 年金生活者や非課税世帯はどうなりますか?
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A2. 国民グリーン配当は、所得や納税額にかかわらず、全ての居住者に一人あたり均等に給付されます。したがって、所得税を納めていない年金生活者や非課税世帯の方々も、満額の配当を受け取ることができます。これらの世帯は一般的に炭素消費量が少ないため、J-GGDによって純粋な金銭的利益を得る可能性が最も高いグループです。
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Q3. 地方や農村部にとって不公平ではありませんか?
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A3. 地方や農村部では自動車への依存度が高く、炭素税による燃料費の負担増が懸念されるのは事実です。しかし、フランスの「黄色いベスト運動」の教訓から、J-GGDはこの点に最大限配慮しています。均等な現金配当は、都市部・地方を問わず全ての住民に公平に分配されます。地方在住者は、都市部の高所得者に比べて所得が低い傾向があるため、配当による所得向上効果がより大きく感じられる可能性があります。政策全体としては、地方にとって不利にならないよう設計されています。
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Q4. すでに太陽光パネルを設置している人はどうなりますか?
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A4. FIT制度によってすでに売電契約を結んでいる方の権利は、契約期間満了まで保護されます。J-GGDは、これからの排出削減を促すための新しい仕組みです。太陽光パネルを設置し、自家消費によって電力会社からの電気購入量を減らしているご家庭は、再エネ賦課金が廃止される恩恵に加え、炭素税による電気料金全体の上昇影響も受けにくいため、J-GGDの下でも有利な立場にあります。
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Q5. なぜ消費税そのものを改革するのではなく、炭素税を導入するのですか?
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A5. 消費税は社会保障の重要な財源であり、そのものを廃止・改革するには膨大な時間と政治的エネルギーを要します
。J-GGDは、消費税の逆進性という「問題」を、炭素税収からの進歩的な配当によって「相殺・解決」するアプローチです。また、炭素税は「環境負荷の抑制」という明確な目的を持つため、経済全体に効率的な脱炭素のインセンティブを与えることができます。これは、消費全体に広く薄く課税する消費税にはない機能です。1
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ファクトチェック・サマリーと主要出典
本提言の基礎となる主要な事実と、その出典を以下に示します。
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消費税収(国税分)は2025年度予算で24.9兆円、社会保障4経費に充当
1 -
消費税は逆進性を持ち、低所得層ほど負担率が高い
5 -
2025年度の再エネ賦課金単価は過去最高の3.98円/kWh
14 -
再エネ賦課金は2012年度から約18倍に高騰
16 -
標準世帯(4人)の再エネ賦課金負担は年間約19,104円(2025年度)
17 -
再エネ賦課金は「ステルス増税」との批判がある
20 -
フランスの炭素税増税計画は「黄色いベスト運動」により失敗
25 -
運動の主因は環境政策への反対ではなく、社会的不公正感と税収使途への不信
26 -
欧州の成功事例では「タックス・シフト」と「税収還流」が鍵
36 -
カナダの「炭素税と配当」モデルは、税収を国民に均等な現金で直接還付する
47 -
カナダの配当モデルは進歩的であり、大多数の世帯が純受益者となる
48 -
主要な出典リンク
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財務省:消費税に関する資料
https://www.mof.go.jp/tax_information/qanda022.html -
国税庁:消費税のしくみ
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/01_3.htm -
第一生命経済研究所:消費税率引き下げが家計に及ぼす影響
https://www.dlri.co.jp/report/macro/442113.html -
東京電力エナジーパートナー:再生可能エネルギー発電促進賦課金
https://www.tepco.co.jp/ep/renewable_energy/institution/impost.html -
タイナビ:2025年度の再エネ賦課金に関する解説
https://www.tainavi.com/library/13240/ -
キヤノングローバル戦略研究所:GX、家計負担の「ステルス大増税」
https://cigs.canon/article/20240530_8132.html -
Agora Energiewende:The French and German CO2 price debate(
)https://www.agora-energiewende.org/fileadmin/Projekte/2018/CO2-Steuer_FR-DE_Paper/Agora-Energiewende_Paper_CO2_Steuer_EN.pdf -
Canadian Tax Foundation: Is Revenue Neutrality in Carbon Taxation Possible in Practice?(
)https://www.fcf-ctf.ca/common/Uploaded%20files/Documents/CTJ%202022/Issue%203/Public/563_Public-2022CTJ3-Wood.pdf
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