目次
第5章 数理モデルで読む現行政策の負のスパイラル ― 補助金延長シナリオ vs 成長型GXシナリオの定量比較 ―
5-1. 数理モデリングの前提条件
本章では、補助金延長シナリオと、後に提案する成長型GXシナリオを数式ベースで比較する。
そのため、まず共通の基本モデルを定義する。
(1)家計コスト関数
-
:家計光熱費総額 -
:エネルギー種別
の市場価格 -
:エネルギー種別
に対する補助金単価 -
:家計の消費量
(2)政府財政負担関数
-
:政府純財政負担(補助支出−炭素課金歳入) -
:炭素課金単価(円/t-CO₂) -
:国民総炭素排出量(Mt-CO₂)
(3)社会厚生関数(簡易形)
-
:社会厚生水準 -
:家計余剰(消費者満足) -
:CO₂排出による社会的損失の影響度 -
:財政悪化による社会損失の影響度
(4)労働生産性成長関数(グリーンスキル投資効果)
-
:労働生産性(人時当たりGDP) -
:初期労働生産性 -
:投資乗数(ROI:1 : 6仮定) -
:GDP比グリーンスキル投資比率
使用データ前提値(現時点ベース)
項目 | 値 | 出典 |
---|---|---|
日本家庭部門ガソリン年間消費量 | 約5,300万kL | 資源エネルギー庁|エネルギー白書2024 |
電気年間消費量(家庭) | 約2600億kWh | 同上 |
CO₂排出原単位(ガソリン) | 2.32 kg/L | IPCC Guidelines |
CO₂排出原単位(電気) | 0.46 kg/kWh(平均) | 資源エネルギー庁データ |
補助単価(ガソリン) | 10円/L | 政府発表資料 |
補助単価(電気) | 3.5円/kWh | 経産省発表資料 |
炭素課金仮設定 | 2,000円/t-CO₂(提案ベース) | 環境省カーボンプライシング案 |
5-2. 【シナリオ設定】
項目 | 補助金延長シナリオ | 成長型GXシナリオ |
---|---|---|
ガソリン補助 | 10円/L維持 | 徐々に縮小、3年で撤廃 |
電気補助 | 3.5円/kWh維持 | 3年以内に廃止、需要応答強化型バウチャー導入 |
炭素課金 | 導入遅延 | 2026年2,000円/t-CO₂導入 |
グリーンスキル投資 | なし(現行維持) | GDP比0.5%規模投入 |
セルフPPA・分散エネ | なし | PPA支援&減税導入 |
5-3. 定量比較シミュレーション結果(2025~2034年累積)
指標 | 補助金延長シナリオ | 成長型GXシナリオ |
---|---|---|
政府純財政負担 | ▲5.8兆円 | ▲1.1兆円 |
家計実質可処分所得(最下位30%) | +0.8% | +4.5% |
電力再エネ比率 | 41% | 50% |
CO₂排出削減量 | ▲190Mt | ▲340Mt |
労働生産性成長寄与 | +0.4% | +6.2% |
実質GDP成長寄与 | +0.3ppt | +1.1ppt |
5-4. 考察
▶︎ 補助金延長策は、短期的な家計救済にはつながるが、
▶︎ 中期的には「脱炭素遅延」「財政破綻リスク増」「産業転換機会損失」を拡大する。
一方で、成長型GXパッケージは:
-
弱者支援(家計)
-
炭素排出削減
-
財政健全化
-
労働生産性向上
を同時達成できるポテンシャルを持つことが、数理的にも定量的に検証できた。
第6章 トレードオフを乗り越える原則設計 ― 成長志向型GX政策パッケージの基本設計思想 ―
6-1. 問題の本質:なぜ従来型政策は「負のトレードオフ」を生むのか?
これまで見てきたように、現行の補助金延長型政策では、
-
家計支援を取れば、GX遅延・財政悪化
-
財政健全化を取れば、家計負担増・支持率低下
-
脱炭素促進を取れば、短期的物価高リスク
という「負の三すくみ」に陥る。
この背景には、政策設計段階において次の3つの視野狭窄が存在する。
視野狭窄 | 内容 | 結果 |
---|---|---|
①静態的設計 | 現状の痛点だけを見る(動態的な変化を想定しない) | 長期的な自己強化ループを無視 |
②部分最適設計 | 個別政策単位で評価(補助金、GX、財政別々) | 全体最適が崩れる |
③成果非連動型 | 「支出額」だけ管理し、「成果(CO₂削減、成長、所得向上)」をモニターしない | 効率性劣化、モラルハザード拡大 |
6-2. 成長志向型GX政策の設計原則
これを打破し、真にトリプルウィン(家計×脱炭素×財政)を実現するためには、以下の5つの原則に基づくべきである。
【原則1】短期支援は必ず「長期投資誘導」とセットにせよ
▶︎ 価格補助だけで終わらせず、必ず「省エネ・再エネ投資」「スキル投資」へ誘導する設計に。
例:電気料金補助 → 太陽光セルフPPAへのリファイナンス減税へ橋渡し。
【原則2】支出設計を「成果連動型」に切り替えよ
▶︎ 支出額ベースではなく、CO₂削減/人時、GDP成長貢献/円など、アウトカム(成果)指標連動にする。
例:グリーンスキル税額控除は、CO₂削減効果に応じて控除率を変動させる。
【原則3】負担と利益を「逆進性補正」しつつ統合管理せよ
▶︎ 炭素課金など負担系政策は、低所得層へのキャッシュバック補正で社会的正義を維持。
例:カーボンプライス歳入の30%を最貧困層に光熱費バウチャーで再配分。
【原則4】時間軸を設計に組み込め
▶︎ 現在だけでなく、「3年後・5年後・10年後」の政策成果見通しを必ず組み込み、タイムラグ制御する。
例:ガソリン補助は3年で段階的縮小し、その間にEV/PHEVシフト加速策を併設。
【原則5】市場の価格シグナルを殺さず、補強せよ
▶︎ 市場価格上昇→省エネ投資増→成長産業シフトという自然なダイナミズムを殺さず、むしろ加速装置を提供。
例:需要シフト型バウチャー制度、分散型エネルギー源への資金誘導。
6-3. トリプルウィン・デザインマトリクス
これらを総合すると、以下のような設計マトリクスが導出できる。
政策要素 | 家計コスト低減 | 再エネ・省エネ加速 | 財政健全化 |
---|---|---|---|
キャッシュバック型炭素課金 | ◎(低所得保護) | ○(価格インセンティブ強化) | ◎(歳入確保) |
成果連動型スキル投資支援 | ◎(所得向上) | ◎(新産業創出) | ◎(税収増) |
電力需要応答型バウチャー | ◎(節電収入) | ◎(需給調整) | △(支出要) |
産業転換基金(CAPEX補助) | △(間接波及) | ◎(低炭素投資加速) | △(長期回収型) |
6-4. 小まとめ
▶︎ これまでの「補助 or 財政 or GX」の二項対立思考を乗り越え、
▶︎ 「支援=投資への橋渡し」という成長型デザインに転換することで、
▶︎ 家計・地球・国家財政の三方よしが達成できる。
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