目次
2025-2026年 日本のエネルギー安全保障とGX戦略に潜む予測不能なリスク – 日出ずる国のブラックスワン
序章:リスクの地平線の彼方へ
ブラックスワンという概念
現代のリスク分析において、「ブラックスワン」という言葉は、思想家ナシーム・ニコラス・タレブによって広く知られるようになりました。この概念が指し示すのは、単なる珍しい出来事ではありません。それは、3つの際立った特徴を持つ事象です。第一に、それは予測の範囲を完全に超えた「異常事態」であること。第二に、発生した場合に極めて甚大なインパクトをもたらすこと。そして第三に、事が起きた後になって初めて、人々がその発生を後付けで合理化し、予見可能だったかのように語り始めることです
本稿では、このブラックスワン理論の分析フレームワークを、現代日本が直面する最も複雑な課題の一つ、すなわちエネルギー問題に適用します。
日本は現在、「エネルギー安全保障(Security)」、「経済成長(Economic Growth)」、そして「環境(Environment)」という3つの目標、いわゆる「S+3E」の同時達成という難題に取り組んでいます。特に、脱炭素化を目指す「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」戦略は、この三つの目標の調和を試みる壮大な国家プロジェクトです。しかし、この複雑なシステムの移行期こそ、予測不能なリスクが潜む温床となり得るのです。
2025年-2026年:重大な転換点
分析の対象期間を2025年から2026年に設定したのは、決して恣意的なものではありません。この2年間は、日本のエネルギー政策と世界情勢が交差する、極めて重要な転換点となります。国内では、GX戦略が実行の核心的段階へと移行します。2026年度には排出量取引制度(ETS)の本格稼働が予定され、2028年度には化石燃料賦課金の導入が控えています
この国内の大きな政策転換は、地政学的緊張の高まり、グローバルサプライチェーンの脆弱化、そして世界経済の不確実性といった外部環境の悪化と時を同じくして進行します
野心的な国内改革と不安定な国際環境の同時進行は、予測不能な相互作用を生み出し、システム全体に予期せぬ衝撃を与える「ブラックスワン」の発生確率を著しく高めるのです。
本稿の主題
本稿が提示する中心的な論点は、2025年から2026年にかけて日本のエネルギー安全保障を脅かす最大のリスクは、原油価格の変動といった既知の管理可能な脅威から生じるのではなく、野心的な新グリーン戦略とその根底に横たわる構造的脆弱性との間に生じる、予測不能なカスケード(連鎖的)障害から生まれるというものです。言い換えれば、移行(トランジション)そのものが、ブラックスワン・リスクの最大の源泉と化しているのです。我々は、この見えざる脅威の輪郭を明らかにし、従来の思考の枠を超えた実効性のある解決策を提示することを目的とします。
第1部 脆弱性の解剖学:日本のエネルギーシステムが抱える構造的リスク
日本のエネルギーシステムは、GXという壮大な目標を掲げる一方で、複数の深刻な脆弱性を内包しています。これらの脆弱性は、ブラックスワン事象が発生するための「可燃物」とも言えるものです。本章では、広く認識されているリスクから、より深層に潜むシステム的な欠陥までを解剖し、危機発生の前提条件を明らかにします。
1.1 「既知の未知」:日本が抱え続ける構造的脆弱性
地政学的チョークポイントと化石燃料への依存
GXへの移行が進む中でも、日本が輸入化石燃料に極度に依存しているという現実は変わりません。国際エネルギー機関(IEA)の2021年のレビューでもこの点は厳しく指摘されています
緑の巨龍の掌握:新たな依存構造の出現
GX戦略は、化石燃料への依存という一つのリスクを、別種の、しかしより深刻かもしれない新たなリスクへと置き換えています。再生可能エネルギーへの移行は、グリーンテクノロジーのサプライチェーンにおける新たな地政学的脆弱性を生み出しました。その中心にいるのが中国です。中国は、日本の未来のエネルギーシステムを構成する基盤技術のサプライチェーン全体において、圧倒的な支配力を確立しています
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重要鉱物: 太陽光パネルに不可欠なシリコンの世界生産の79%、アルミニウムの59%を中国が占めています
。18 -
製造工程: 太陽光パネルの製造工程における中国のシェアは、ポリシリコン、セル、モジュールで80%超、インゴットとウェハーに至ってはほぼ100%という独占状態です
。さらに、EV用蓄電池市場においても7割以上のシェアを握っています17 。これは単なる市場シェアの問題ではありません。日本のエネルギーの未来を支える技術基盤そのものを、戦略的に掌握されている状態を意味します。16
電力系統の危ういバランス:不安定性の物理法則
政府が掲げる2030年度までに再生可能エネルギー比率を36~38%に引き上げるという野心的な目標は、電力系統の安定性に対して物理的な挑戦を突きつけています
これにより、電力システムは物理的にも経済的にも脆弱性を増します。太陽が照らず風が吹かない状況や、予期せぬ需要急増が発生した際に、連鎖的な大規模停電(カスケード障害)を引き起こすリスクが高まるのです。IEAもまた、日本の電力系統が地域ごとに分断され、地域間の連系線が脆弱であることが、全国規模での効率的な需給調整を妨げる根本的な弱点であると指摘しています
1.2 隠れた断層線:システムに潜む弱点と潜在的リスク
政策の衝突リスク
日本のエネルギー政策は、二つの、時に相反する要請によって推進されています。一つは、GX推進法
例えば、ウクライナ侵攻後の欧州が経験したような
政府はここで究極の選択を迫られることになります。自らが定めた気候変動対策法を破り、国際社会からの信頼を失うか。あるいは、法律を遵守し、国家的な経済危機と社会不安を招くか。この「政策パラドックス」こそが、大規模な政治・経済危機を引き起こしかねない、システムに内蔵された時限爆弾なのです。
「グリーンバブル」の金融リスク
GX戦略は、今後10年間で150兆円規模の官民投資を前提としており、その中核には政府が発行する20兆円規模の「GX経済移行債」が存在します
政府は補助金、税制優遇、そして新たなカーボンプライシング制度を通じて、GX市場を人為的に創出し、民間からの巨額投資を誘導しています
国際通貨基金(IMF)が示唆するように、2025年から2026年にかけて世界経済が減速した場合
「社会的ライセンス」の侵食というシステムブレーキ
政策がトップダウンで決定される一方、その実行はボトムアップの現場で進められますが、そこでは zunehmende (増大する) 摩擦が生じています。全国各地で、再生可能エネルギー施設の設置を巡る地域住民との紛争が急増しており、その背景には災害リスクへの不安、景観の悪化、騒音問題などがあります
政府の計画では、36~38%という再エネ目標を達成するために、全国で太陽光・風力発電プロジェクトを急速かつ大規模に展開する必要があります
ここで想定すべきは、一つの象徴的な事故が引き金となるシナリオです。例えば、台風の際に不適切な造成地に設置されたメガソーラーが大規模な土砂崩れを引き起こす、あるいは欧州の事例
表1:日本のエネルギー目標と現実の乖離
項目 | 2030年度目標 | 最新実績(主に2022年度) | 目標達成に必要なペース vs 過去の実績 | 主要な障壁・依存要因 |
温室効果ガス排出削減 |
2013年度比 ▲46% |
2013年度比 ▲22.9% |
残り期間で過去の約1.5倍の削減ペースが必要 |
経済成長との両立、産業界の負担、技術的限界 |
再生可能エネルギー比率 |
36~38% |
27%(2022年度) |
大規模な新規導入の加速が必須 |
適地不足、系統制約、地域との合意形成の難航 |
原子力発電比率 |
20~22% |
約7%(稼働ベース) |
残り約17基の再稼働が必要 |
厳しい安全審査、テロ対策工事の遅延 |
エネルギー自給率 | 約30%(目標ベース) |
12% |
輸入依存からの抜本的転換が必要 | 国内資源の乏しさ、再エネ・原子力の導入遅延 |
省エネルギー |
約6,200万kL削減 |
1,655万kL(2019年時点) |
2019年以降、従来の1.5倍のペースが必要 |
投資コスト、ライフスタイルの変革、DX/GXによる電力需要増 |
この表は、日本の野心的なエネルギー政策目標と、その達成を阻む厳しい現実との間の巨大なギャップを浮き彫りにします。このギャップこそが、システム全体に内在するストレスと脆弱性の根源であり、予測不能なブラックスワン事象が発生するための土壌となっているのです。
第2部 予測不能な5つのブラックスワン・シナリオ(2025-2026年)
第1部で明らかにした脆弱性を土台として、本章では従来の常識的なリスク分析の枠を超えた、5つの具体的かつ衝撃的なブラックスワン・シナリオを提示します。これらは単なる空想ではなく、隠れた断層線が連鎖的に崩壊した場合に起こりうる、論理的な帰結です。
2.1 シナリオ1:重要鉱物の兵器化 ― 「見えざる窒息」
シナリオ概要: 2025年後半、台湾を巡る地政学的緊張が頂点に達する中、中国政府はレアアース(希土類)のような広く警戒されている資源ではなく、これまで注目されてこなかったニッチな化学物質の「輸出管理審査」を発表する。対象となるのは、高性能太陽光パネルやEV用蓄電池の製造に不可欠な、特殊な前駆体や処理剤。これらの物質において中国は世界シェア95%以上を独占しており、代替品は存在しない。主要鉱物の確保に焦点を当てていた日本の「強靭な」サプライチェーン戦略は完全に無力化される。数週間以内に国内の主要な電池工場やパネル工場の生産は停止。関連企業の株価は暴落し、GX投資計画全体が根底から揺らぐ。
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利用される脆弱性: 極端に集中したサプライチェーン
、地政学的摩擦16 、主要鉱物のみに注目し、サプライチェーン全体のニッチなボトルネックを見過ごしていた戦略的盲点。15 -
インパクト: 主要産業の麻痺、金融市場のパニック、再生可能エネルギー導入目標の即時未達。
2.2 シナリオ2:電力網を分断するサイバー・フィジカル攻撃
シナリオ概要: 記録的な猛暑に見舞われた2026年8月、高度な技術を持つ国家主体が複合的な攻撃を実行する。まず、ゼロデイ脆弱性を利用したサイバー攻撃が大規模蓄電システムを標的にし、制御不能な放電を引き起こして地域系統の周波数を大混乱させる。それと同時に、多数のドローン編隊が、これまで無防備だった基幹送電変電所や東西日本の電力網を繋ぐ連系設備を物理的に破壊する。攻撃は、冷房需要がピークに達し、風力発電の出力が低下する時間帯を正確に狙って行われる。結果として生じるのは、単なる停電ではない。「電力網の分断(グリッド・フラクチャリング)」である。東西の電力網が物理的に切り離され、復旧には数週間を要する。大規模な経済的損害と共に、日本のサイバー・フィジカル・セキュリティの壊滅的な失敗が露呈する。
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利用される脆弱性: デジタル制御への過度な依存
、ドローンのような新たな脅威に対する重要インフラの物理的防護の欠如、脆弱な地域間連系線36 、原子力発電所におけるテロ対策工事の遅延12 に象徴される、国全体の安全保障文化の甘さ。33 -
インパクト: 長期にわたる地域的な電力供給停止、経済活動の麻痺、「スマートグリッド」への信頼失墜、国家安全保障上の危機。
2.3 シナリオ3:炭素市場の暴落と「GX不況」
シナリオ概要: 日本の排出量取引制度(ETS)が2026年に計画通り開始される
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利用される脆弱性: 市場メカニズムに内在する価格変動リスク
、世界経済の不安定期に新たな巨大市場を創設するリスク39 、150兆円もの投資が単一の政策ツールの成功に依存している構造的リスク11 。5 -
インパクト: グリーンセクターにおける金融危機、政府のGX政策の中核ツールの崩壊、脱炭素化に対する国民および産業界からの広範な反発。
2.4 シナリオ4:技術的ゲームチェンジャー(ポジティブな「白い白鳥」)
シナリオ概要: 2025年半ば、トヨタと出光興産の共同事業体
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利用される脆弱性: 技術革新の急激なペース、陳腐化寸前の技術に対して巨額の長期的な設備投資を行うリスク。これは「グリーンバブル」の裏返しであり、金融ショックではなく技術ショックが引き起こす危機である。
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インパクト: 壮絶な規模の創造的破壊、短期的な金融混乱と資産の座礁化、しかし適切に管理されれば日本の長期的な戦略的優位性を確立。
2.5 シナリオ5:「再生可能エネルギーのチェルノブイリ」
シナリオ概要: 季節外れの超大型台風が、完成したばかりの大規模洋上風力発電所を直撃する。予期せぬ共振現象と基礎部分の製造上の欠陥が重なり、多数の巨大な風車が次々と倒壊する。その衝撃的な映像はSNSで拡散され、外国勢力による高度な偽情報キャンペーンによってさらに増幅される。キャンペーンは、事故と海洋生態系の破壊を不当に結びつけ、政府の無謀なグリーン政策の象徴としてフレームアップする。すでに各地の紛争
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利用される脆弱性: 極端な気象条件下での大規模インフラ運用のリスクの過小評価
、再生可能エネルギーに対する国民の潜在的な反対感情31 、外国からの情報戦に対する脆弱性。29 -
インパクト: 再生可能エネルギー導入計画の完全な停止、2030年・2050年目標の達成不能、深刻な政治危機、そして化石燃料への回帰か、さらなる論争を呼ぶ原子力推進への高コストな政策転換。
表2:ブラックスワン・シナリオ分析マトリクス
シナリオ名 | 主要領域 | 主なトリガー | 利用される脆弱性(第1部参照) | 潜在的インパクト評価(各5段階) |
経済 / エネルギー安全保障 / 社会安定 | ||||
1. 重要鉱物の兵器化 | 地政学 | 台湾有事、中国による輸出規制 | サプライチェーンの極端な集中 | 5 / 4 / 3 |
2. 電力網分断攻撃 | サイバー・フィジカル | 国家主体による複合攻撃 | デジタル依存、物理的防護の欠如 | 5 / 5 / 5 |
3. 炭素市場の暴落 | 経済・金融 | 世界同時不況、排出枠需要の蒸発 | 市場メカニズムへの過信、投資の集中 | 4 / 3 / 4 |
4. 技術的ゲームチェンジャー | 技術 | 全固体電池・ペロブスカイトの実用化 | 既存技術への過剰投資、資産の陳腐化 | 3 (短期的) / 2 (短期的) / 2 |
5. 再エネのチェルノブイリ | 社会・政治 | 大規模事故+情報戦 | 国民の潜在的不安、安全基準の甘さ | 4 / 5 / 5 |
このマトリクスは、5つのシナリオを構造的に比較し、戦略的な優先順位付けを可能にするための分析ツールです。これにより、単一の説得力のある物語に惑わされることなく、より客観的なリスク評価が可能となります。
第3部 「反脆弱性」の構築:日本のエネルギー安全保障に向けた新ドクトリン
問題の特定から、具体的かつ斬新な解決策の提示へと移行します。本章のテーマは「反脆弱性(Antifragility)」です。これは、単に衝撃に耐える(強靭性)だけでなく、衝撃や混乱から利益を得て、より強くなるシステムを構築するという思想です。これは、真のブラックスワンに対しては予測や防止が無意味であるという認識
3.1 戦略的デカップリングと資源主権の確立
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問題: グリーンテクノロジーにおける中国への極端な依存
。16 -
解決策: 並行した、主権的なグリーンテクノロジー・サプライチェーンを構築する国家ミッションを立ち上げる。これは単に外国の工場を誘致するレベルの話ではありません。中国が加工するグラファイトの代替材料など、現行技術を飛び越える次世代の材料科学へ巨額の投資を行うことを意味します。さらに重要なのは、国内の廃棄物から重要鉱物を回収する「都市鉱山」産業を本格的に育成し、日本の都市そのものを戦略的な資源備蓄と見なすことです。これはシナリオ1で示したリスクへの直接的な対抗策となります。
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根拠: 重要鉱物の確保は既に政府の優先課題ですが
、本提案は単に海外の供給元を多様化するのではなく、より抜本的な自給自足を目指すものです。34
3.2 アナログ・フォールバック:強靭な単純性の義務化
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問題: 現代の電力網の過度な複雑性とデジタルへの依存が、壊滅的な障害を引き起こす新たな攻撃経路を生み出している(シナリオ2)。
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解決策: 「アナログ・フォールバック(手動代替手段)」の導入を義務化し、投資する。電力系統のあらゆる重要なデジタル制御システムに対し、それに対応する堅牢で手動操作可能なバックアップシステムの設置を法制化します。これには、非デジタル時代の系統管理技術を持つ新世代の技術者を育成するプログラムも含まれます。これは、複雑適応系の脆弱性
から得られる教訓、すなわち「単純性による強靭性の創出」という原則に基づいています。48 -
根拠: 現行のガイドラインはデジタル防御を多層化することに主眼を置いていますが
、本解決策はハッキング不可能な非デジタル層こそが真の強靭性を担保すると主張します。36
3.3 GX金融ショックアブソーバーの創設
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問題: GX計画の金融的脆弱性と市場暴落に対する無防備さ(シナリオ3)。
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解決策: 戦略的なグリーン投資のリスクを低減するための、新たな金融商品を設計する。例えば、炭素価格の暴落リスクをヘッジする政府保証付きの「GX移行保険」や、金融リターンではなく物理的な脱炭素目標の達成度に連動して支払いが決まる「国家目標達成連動債」などが考えられます。目標は、物理的な移行プロセスを、気まぐれな市場心理から切り離すことです。
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根拠: 政府の現行計画は「成長志向型」の市場メカニズムに焦点を当てており
、これは本質的に景気循環に同調(プロシクリカル)します。本解決策は、景気変動を緩和する反循環的(カウンターシクリカル)な安定化装置を金融システムに組み込むことを提案します。5
3.4 徹底的なサプライチェーンの透明化と安全保障
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問題: 輸入される数百万のエネルギー関連部品に、隠れた脆弱性や悪意あるバックドアが仕込まれているリスク(一般的なサプライチェーン脅威分析でも指摘される点
)。50 -
解決策: 国家規模の「エネルギー部品登録台帳」を、ブロックチェーンなどの改竄不可能なデジタル台帳を用いて義務化する。スマートメーターから風力タービンのギアボックスに至るまで、日本のエネルギーインフラに使用される全ての重要部品について、その製造元、構成部品、ファームウェアのバージョンといった全履歴を登録させます。これにより、危機発生時に、汚染された部品を瞬時に特定し、隔離することが可能になります。
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根拠: これは、脆弱性の早期発見とマッピングを重視するレジリエンス計画のフレームワーク
を具体的に応用したものです。49
3.5 地域エネルギー強靭化指令の発令
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問題: 国家規模の電力網障害が連鎖的な社会崩壊を引き起こし(シナリオ2)、トップダウンの再エネ事業が地域の反対を招く(シナリオ5)。
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解決策: 各都道府県に対し、「地域エネルギー強靭化計画」の策定を義務付け、資金を供給する。この計画では、病院、役所、避難所といった重要インフラを中心に、最低7日間は国の基幹送電網から独立して稼働(自立運転)できる地域マイクログリッドの構築を必須とします。これにより、強靭性が分散化されると同時に、地域社会が地元の再エネ・蓄電プロジェクトに直接的な利害関係を持つことになり、現在侵食されつつある社会的ライセンス
の再構築にも繋がります。30 -
根拠: このアプローチは、物理的な電力網の脆弱性
と社会的な摩擦12 という二つの問題を同時に解決するものです。29
表3:反脆弱性ソリューション・フレームワーク
特定された脆弱性 | 関連するブラックスワン・シナリオ | 提案する反脆弱性ソリューション | 実行原則 | 主管官庁(案) |
サプライチェーンの集中 | 1. 重要鉱物の兵器化 | 3.1 戦略的デカップリングと資源主権 | 主権性、自給自足 | 経済産業省、文部科学省 |
デジタルシステムの脆弱性 | 2. 電力網分断攻撃 | 3.2 アナログ・フォールバック | 単純性、冗長性 | 経済産業省、内閣サイバーセキュリティセンター |
金融バブルのリスク | 3. 炭素市場の暴落 | 3.3 GX金融ショックアブソーバー | リスク分離、安定化 | 金融庁、財務省、経済産業省 |
サプライチェーンの不透明性 | 2. 電力網分断攻撃 | 3.4 徹底的なサプライチェーンの透明化 | 透明性、追跡可能性 | 経済産業省、デジタル庁 |
中央集権システムの脆弱性 | 2. 電力網分断攻撃、5. 再エネのチェルノブイリ | 3.5 地域エネルギー強靭化指令 | 分散化、地域主権 | 内閣府(防災担当)、総務省、経済産業省 |
結論:不確実性の時代を生き抜くために
本稿で繰り返し論じてきたように、21世紀における真の長期的なエネルギー安全保障は、予測可能な未来に対してシステムを最適化することでは達成できません。それは、複雑な世界で必然的に発生する衝撃に耐え、そこから学び、さらには利益を得ることのできる、強靭で、適応的で、そして「反脆弱」なシステムを構築することによってのみ実現可能です
日本の政策決定者および産業界のリーダーたちに求められるのは、既知のリスクを管理するという従来の戦略的思考から、未知の衝撃に備えるという新たなパラダイムへの転換です。焦点は、効率性や最適化から、強靭性や冗長性へと移されなければなりません。GXへの移行は歴史的な必然ですが、それは、移行自体がもたらす新しく複雑なリスクに対する深い洞察と覚悟を持って進められなければならないのです。未来は予測するものではなく、備えるものです。そして、最も優れた備えとは、いかなる未来が到来しても、より強く立ち上がることができるシステムを今、構築することに他なりません。
よくある質問(FAQ)
Q1: 2025年-2026年にかけて、日本のエネルギー分野で最も過小評価されているリスクは何ですか?
A1: 最も過小評価されているリスクは、GX(グリーン・トランスフォーメーション)戦略そのものが引き起こす「政策の内部矛盾」です。エネルギー安定供給の要請と、法的に定められた脱炭素目標が、地政学的危機などの有事において衝突し、政府を政策的ジレンマに陥らせる可能性があります。これにより、経済とエネルギー供給が同時に麻痺する複合的な危機が発生するリスクがあります。
Q2: 日本のカーボンプライシング政策は、どのようにして「ブラックスワン」事象になり得ますか?
A2: 2026年に本格稼働が予定されている排出量取引制度が、世界的な経済不況と重なった場合、炭素価格が暴落する可能性があります。GX投資の多くはこの炭素価格を前提としているため、価格崩壊は関連企業の経営破綻を招き、150兆円規模のGX投資計画全体を頓挫させる「GX不況」を引き起こす可能性があります。これは、市場メカニズムへの過信が招く経済的なブラックスワンです。
Q3: 日本のGX戦略における最大の脆弱性は何ですか?
A3: 最大の脆弱性は、再生可能エネルギーやEVの基幹部品・素材のサプライチェーンを中国にほぼ完全に依存している点です。これは、従来の化石燃料の中東依存とは比較にならないほど集中的かつ代替不可能な依存構造です。地政学的緊張が高まれば、中国はこのサプライチェーンを「兵器化」し、日本のGX戦略を人質に取ることが可能になります。
Q4: 日本はエネルギーのサプライチェーンにおける中国への依存をどうすれば減らせますか?
A4: 単に輸入元を多様化するだけでは不十分です。次世代技術(例:全固体電池、ペロブスカイト太陽電池)への集中的な研究開発投資によって中国の現行技術を飛び越える「技術的デカップリング」と、国内の廃棄物から重要鉱物を回収する「都市鉱山」の産業化による「資源主権の確立」という、より抜本的なアプローチが必要です。
Q5: 「反脆弱(アンチフラジャイル)」なエネルギー政策とは、具体的にどのようなものですか?
A5: それは、予測不能な危機や混乱が発生した際に、単に耐えるだけでなく、むしろその経験から学び、より強くなることを目指す政策です。具体例としては、中央集権的な大規模電力網がダウンしても機能し続ける「地域マイクログリッド」の義務化や、サイバー攻撃で無力化されない「アナログ(手動)のバックアップシステム」の整備、市場の暴落から物理的な脱炭素投資を守る「金融ショックアブソーバー」の創設などが挙げられます。
ファクトチェック・サマリー
本稿の分析は、以下の主要な事実とデータに基づいています。透明性と信頼性を担保するため、主要な数値を出典と共に明記します。
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日本のエネルギー輸入依存度: 原油99.7%、LNG 97.7%、石炭99.6%を輸入に依存
。原油の約9割は中東から供給14 。14 -
GX投資規模: 今後10年間で150兆円の官民GX投資を目指し、うち20兆円規模は「GX経済移行債」を活用
。5 -
カーボンプライシング導入時期: 排出量取引制度の本格稼働は2026年度から、化石燃料賦課金の導入は2028年度からを予定
。4 -
2030年エネルギーミックス目標: 電源構成に占める再生可能エネルギー比率を36~38%、原子力を20~22%とする目標
。19 -
温室効果ガス削減目標と進捗: 2030年度に2013年度比で46%削減が目標
。2022年度時点での削減率は22.9%20 。22 -
グリーンテックのサプライチェーンにおける中国のシェア: 太陽光パネル製造の主要工程(インゴット、ウェハー)でほぼ100%、セル・モジュールで80%超
。EV用蓄電池で7割超17 。太陽光パネル用シリコンで世界生産の79%16 。18 -
エネルギー政策の基本方針: エネルギーの安定供給を大前提としつつ、経済成長と環境保全を同時に達成する「S+3E」の原則に基づいている
。4 -
再生可能エネルギーを巡る国内状況: メガソーラー設置などに関連する地域住民とのトラブルが全国的に増加している
。29
主要参照URLリスト:
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経済産業省 資源エネルギー庁:
第7次エネルギー基本計画に向けた課題認識 8 -
経済産業省:
GX(グリーン・トランスフォーメーション)の実現に向けた政府の取組 6 -
環境省:
地球温暖化対策計画(令和7年2月18日閣議決定) 51 -
内閣官房:
2022年度における地球温暖化対策計画の進捗状況(概要) 22 -
(一財)日本エネルギー経済研究所:
第6次エネルギー基本計画(案)の概要と課題 19 -
自然エネルギー財団:
太陽電池のサプライチェーン:中国の市場支配、世界各国で進む対策 17 -
国際エネルギー機関(IEA):(
)https://www.iea.org/reports/japan-2021 12
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