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はじめに:電力網が物理インフラなら、シミュレーションは意思決定のインフラだ
私たちの社会では、電力網や道路といった物理的インフラが人々の生活や経済活動を支える基盤となっています。同様に、デジタル技術やデータも現代では社会インフラの一部とみなせます[^1]。特に シミュレーション は、複雑な問題を分析し未来を予測するための強力な「意思決定インフラ」として重要性を増しています。例えば、気候変動対策のシナリオ分析やエネルギー計画の策定には高度なシミュレーションが不可欠です。もし電力網が社会の物理インフラならば、シミュレーションは意思決定を支える見えないインフラと言えるでしょう。
Simulation as Infrastructure(シミュレーション・アズ・インフラストラクチャ、略称SaI) とは、この「シミュレーションを社会基盤とみなす」新しい概念です。本記事ではSaIを初めて定義し、エネルギー分野—特に日本のグリーントランスフォーメーション(GX)時代の課題—に即して議論します。SaIの背景にある研究仮説や理論的根拠、そして国内外の比較や実証的示唆を網羅的に整理し、シミュレーションを公共財として捉える意義を解説します。さらに、この概念を通じて生まれる創造的な問いを提示し、再エネ普及・脱炭素に向けた新たな視点を探ります。
この記事のターゲット読者: エネルギー政策立案者、研究者、行政担当者、民間企業の戦略担当者など、GX(グリーン・トランスフォーメーション)に関わる幅広いステークホルダーを想定しています。専門的な内容を含みますが、できる限り平易に解説し、海外の先進事例や学術知見も交えながら、誰もが理解しやすい構成を目指しました。
それではまず、研究仮説とSaIの基本的な考え方から説明していきます。
研究仮説:分散型エネルギー社会における「共通の意思決定基盤」の必要性
分散型エネルギー社会では、意思決定を行うアクターが従来の中央集権型システムに比べて多様化します。具体的には、個人(家庭)、企業(民間事業者)、行政(自治体や政府)がそれぞれ投資判断者となり、エネルギーに関する意思決定を同時並行的に行う社会が到来しつつあります。たとえば家庭では太陽光パネルや蓄電池、電気自動車(EV)の導入判断、企業では再エネ設備や省エネ投資の判断、自治体は地域のエネルギー計画や補助金政策の立案など、あらゆるレベルで意思決定が求められます。
このような状況では、意思決定の前提となる情報や論理がバラバラでは非効率です。各主体が異なる前提や試算方法で動けば、全体として齟齬が生じ、最適なエネルギー転換が進まない恐れがあります。そこで重要になるのが、三者(三者=個人・企業・行政)に共通する意思決定基盤です。それは端的に言えば 「計算ロジック」「前提条件」「再現性」 の共有に他なりません。
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計算ロジックの共有: どのようなアルゴリズムやモデルで効果や収支をシミュレートするか。
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前提条件の共有: 将来の価格や技術性能、制度など、試算に用いる前提データを一致させること。
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再現性の確保: 第三者が検証できる形で試算を行い、結果をいつでも再現・確認できるようにすること。
これらが揃うことで、初めて誰もが納得できる意思決定が可能になります。言い換えれば、個人から政府まで 「同じ土俵(基盤)」の上で議論・判断する 状態を作り出す必要があるのです。
本記事の中心命題は、「この共通基盤そのものを社会インフラ(公共財)とみなすべきではないか」という問いです。電力や道路が社会の基本インフラであるように、意思決定の基盤となるシミュレーション環境こそ、新たな社会インフラだという視点です。これは従来あまり議論されてこなかった新分野の定義であり、極めて斬新な視座です。
公共財としてのシミュレーションモデル
経済学でいう公共財(パブリックグッズ)とは、本来非排除性(誰も排除されない)と非競合性(誰かが使っても他の人の利用可能量が減らない)という性質を持つものを指します。典型例は道路や公園、基礎的なインフラなどです。シミュレーションのロジックやモデルは一見すると専門的なツールですが、これを**「みんなが使えるもの」**として位置づけるなら、公共財的な性質を持ち得ます。実際、気象庁の天気予報モデルや地震シミュレーションなど、多くの人が自由に恩恵を受ける形で公開されているモデルもあります(誰もが天気予報を利用できるのは、予報モデルと観測データが公共財的に提供されている結果です)。
シミュレーションモデルを公共財として提供することの利点は、公平で透明性の高い意思決定を下支えできる点にあります。共通のモデルがあれば、ある施策による効果予測について行政・企業・市民が同じ計算結果を共有できます。例えば「この地域に太陽光発電をこれだけ入れれば電力自給率が何%向上し、CO2が何トン減る」という試算が、一部の専門家だけでなく誰もが同じ前提条件で再現できれば、政策の妥当性について建設的な議論が可能になります。
この仮説を裏付けるように、ある自治体支援のレポートでは次のように指摘されています:
「したがって、自治体の役割は直接的な管理・運営ではなく、民間や地域コミュニティの活力を最大限に引き出すための環境整備にシフトしなければならない。具体的には、データに基づいたインテリジェンス(シミュレーションモデル)を公共財として提供し、公平で予見可能性の高い政策の枠組み(ゾーニングやインセンティブ)を設計し、新たなビジネスが生まれやすい事業環境を醸成することである。」[^2]
この引用は、日本の自治体向け報告書からのものです。ここでは自治体が自らインフラやサービスを直接運営する「プレーヤー」ではなく、データやシミュレーションという見えない基盤を提供する「オーケストレーター(調整役)」へと転換すべきだと論じられています。重要なのは、シミュレーションモデルをデータに基づいたインテリジェンスとして公共財化するという点です。つまり、行政が率先して信頼できる計算ツールやデータセットを整備し公開することで、民間や個人が安心して投資判断できる環境を作るというアプローチです。
この仮説は、エネルギーの脱炭素化に必要な投資が莫大で公的資金だけでは到底賄えないこと、太陽光パネルやEV・蓄電池といった主役技術の多くは民間が所有する資産であること、解決策の多く(VPP=仮想発電所、地域新電力など)は市場メカニズムに基づくこと、――これらを前提に導かれています[^2]。つまり**「脱炭素は官だけでは不可能、民間や個人の力を結集するしかない。そのためには皆が利用できる論理基盤(シミュレーション)が要る」**という論理です。
欧州標準モデル vs 日本の属人シミュレーション:制度・慣行の比較
上記の仮説を現実に実装するには、シミュレーションモデルやデータを誰もが使える形で整備する必要があります。この点で、日本と欧州ではアプローチに大きな違いがあります。本章では日本と欧州のエネルギー分野におけるシミュレーション活用の現状を比較し、「属人的なシミュレーション」に依存する日本と、「標準化されたモデル」の普及を目指す欧州という対比で考察します。
日本:属人化したシミュレーションの現状
日本では、エネルギー政策や事業計画に用いるシミュレーションモデルが属人的(担当者や組織ごとに独自仕様)であるケースが少なくありません。たとえば自治体ごとにコンサルタント会社へ依頼してエネルギーの将来シナリオを作成したり、企業が独自のエクセル計算シートで投資採算性を検討したりと、モデルや前提が組織ごとにバラバラになりがちです。この属人化には以下の問題があります:
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透明性の欠如: 独自モデルはブラックボックス化しやすく、外部から検証が困難です。結果として「なぜその結論になるのか」が説明しにくい。
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ナレッジの蓄積・共有不足: モデルが担当者個人のスキルに依存すると、その人が異動・退職すれば知見が継承されません。組織間でベストプラクティスが共有されにくい。
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非効率と重複: 似たような試算を各所で別々に行うため、データ収集やコード作成の重複が発生し、社会全体で見れば無駄が多い。
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信頼性の問題: 市民や他のステークホルダーから見ると、「恣意的な仮定で都合の良い結果を出しているのではないか?」という不信を招きかねません。
実際、ある調査によれば自治体職員の**82.4%が「再生可能エネルギー施策の推進にあたり、市民の理解が得られていない」と感じており、主な要因に「経済的負担」や「経済効果の不透明さ」が挙げられています[^3]。さらに80.4%**もの職員が「太陽光や蓄電池導入の際、経済効果シミュレーション結果を保証する制度があれば普及がスムーズに進む」と回答しました[^3]。これは、住民にとって試算結果の信頼性が不十分であるために導入に踏み切れないケースが多いことを示唆しています。属人化したシミュレーションでは、試算の前提やロジックが一般に理解されておらず、結果に対する保証や説明責任を十分に果たせないのです。
欧州:オープンで標準化されたモデルの台頭
一方、欧州ではエネルギーシステムのモデリングにおいて透明性とオープン性を重視する動きが顕著です。研究機関や政策立案者の間で、モデルやデータをオープンソース化し共有しようというイニシアティブが盛んに議論されています。その代表例が**Open Energy Modelling Initiative(openmod)**に代表されるコミュニティの活動です。このコミュニティには欧州各国のエネルギーモデラーが参加しており、「エネルギーモデルは政策提言や研究に広く使われているが、その多くがブラックボックスである現状」を問題視しています[^4]。
openmodの宣言では、オープンなエネルギーモデリングの利点が次のようにまとめられています[^4]:
エネルギーモデルのオープン化は透明性と信頼性を高め、重複する作業を減らし、全体的な品質を向上させる。これにより、研究コミュニティはフロンティアを押し広げ、エネルギーモデリングから社会が得る利益を最大化できる。
実際、2010年代以降、欧州ではオープンソースのエネルギーモデルが急増しました。2000年時点ではオープンなモデルは皆無でしたが、2010年に5件、2017年には45件以上に増えたとの調査結果もあります(Robbie Morrison, 2017)。ドイツやイギリスを中心に、エネルギー政策シナリオを検討するモデルを公開しデータも共有する動きが広がっているのです。この背景には、「脱炭素移行のためには社会の合意形成が必要であり、モデルの透明性はその前提である」という考えがあります。欧州委員会もエネルギー政策立案に様々なモデルを使っていますが、その妥当性や透明性については市民からの監視も厳しく、近年は結果や手法を可能な限り公開する方向に進んでいます。
具体例として、ドイツでは「マーケットシミュレータ」と呼ばれる電力市場モデルや需給シミュレーションが複数の研究機関から公開されていますし、イギリスでもNational Gridがシナリオ分析(Future Energy Scenarios)のデータを公開し、多様なステークホルダーが独自に分析できる環境を整えています。また、欧州連合(EU)の研究プロジェクトでは、オープンソースのエネルギーモデルプラットフォーム(例えばPyPSAやOSeMOSYSなど)の開発・改良が進められ、各国で標準的に利用する試みもあります。欧州ではこうした「標準モデル」の共有によって、各国・各地域が共通の土台で政策効果を比較検討できる体制を模索しているのです。
このような欧州の姿勢の根底には、「情報やツールは公共の利益のために公開されるべき」という理念があります。実際、2024年に国連が採択したグローバルデジタルコンパクト(GDC)では、オープンソースのデジタル技術(デジタル公共財)がデジタル公共インフラの基本要素として正式に認められたといいます[^1]。つまり「政府や国際機関はオープンソースを積極採用し、デジタル公共財を標準的な基盤とせよ」という国際的合意が生まれつつあります。
エネルギー分野のシミュレーションモデルもまさにデジタル公共財の一種であり、そのオープン化・標準化は世界的な潮流なのです。
日本は何を学ぶべきか?
日本においても、エネルギーモデルのオープン化や標準化に向けた動きが少しずつ出てきています。例えば経済産業研究所(RIETI)や大学の研究室などで、一部のモデルやデータが公開された例があります。しかし、欧州と比べるとまだ萌芽的段階であり、政策決定者レベルで「シミュレーション=公共インフラ」という発想は広まっていません。
一方で、日本でもデジタル庁や環境省が中心となって「デジタル田園都市国家構想」や「スマートシティ」などの文脈でデジタル基盤整備を進めています。例えば各自治体の脱炭素戦略では地理情報を用いたポテンシャルマップの整備や、太陽光適地マップの公開などが進みつつあります[^5]。これは情報提供インフラとして重要ですが、経済効果のシミュレーションまでは踏み込めていないのが現状です。今後、日本が欧州から学ぶべきは以下の点でしょう:
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透明性の確保: 政策シナリオや補助事業の効果予測には、誰もが検証できるモデルを使う。ブラックボックスの排除。
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データ標準化: 各自治体・企業でバラバラな前提ではなく、国全体で合意された標準データ(例えば将来のCO2排出係数やコスト見通しなど)を用意し共有する。
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オープンソース推進: 民間ツールに頼りすぎず、学術・産官学連携でオープンソースのシミュレーションツール開発を支援する。特に日本語環境で使いやすいツールがあると普及につながる。
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法制度の整備: シミュレーション結果の活用や開示を促すため、例えば再エネ事業の計画策定時には標準モデルでの試算提出を求める、補助金交付要件にモデル試算の添付を義務化する、といった制度を検討する。
後述するように、日本でも既に民間主導ではありますが「エネがえる」のようなSaaS型シミュレーションサービスが広範に使われ始めています。これは属人シミュレーションの課題を解決しうる有望な取り組みであり、日本版SaIの胚種と言えるでしょう。次章ではその具体的事例と効果について触れてみます。
国内事例:エネがえる導入地域 vs 非導入地域で見えるもの
政策レベルでの標準モデル整備が途上とはいえ、日本には既にシミュレーションをサービスとして提供し、広く普及させている企業も存在します。その代表例が国際航業株式会社の「エネがえる」です。「エネがえる」は太陽光発電や蓄電池、オール電化、EV・V2H(Vehicle to Home)等の経済効果シミュレーターとして、2026年3月時点で全国700社以上(自治体・大手企業・工務店・販売店など)に導入されています(国際航業公表)[^2]。導入社数は集計時点の値であり、将来の成果を保証するものではありません。年間15万回以上のシミュレーション診断実績があり、まさに日本の再エネ普及を裏で支えるデジタル基盤となりつつあります。
エネがえるとは?その役割と特徴
エネがえるはB2B SaaS(Software as a Service)及びAPIとして提供され、導入企業、官公庁・自治体はこれを使って太陽光発電や蓄電池を導入した場合の経済効果(電気代削減額、投資回収年数、CO2削減量など)を迅速にシミュレーションできます。例えば、営業担当者が顧客(家庭や企業)に提案する際、エネがえるで試算したデータを提示すれば、導入メリットを具体的な数字で説明できます。クラウド型の利点として、誰でもブラウザ経由で最新のデータに基づく計算が可能であり、複雑な知識がなくても15秒程度で自動診断結果が得られる手軽さが支持されています[^6]。
このサービスの出現により、従来は専門家に任せきりだった再エネ設備の採算シミュレーションが標準化されたツールとして普及しました。属人的だった計算がクラウド上の共通システムに置き換わりつつあるのです。エネがえる導入企業の事例としては、太陽光・蓄電池メーカーや商社、販売施工店、工務店などが新築時に太陽光+蓄電池セット提案の際にエネがえるでメリットを示して成約率を上げたり、脱炭素先行地域や重点加速化事業の地域で再エネ普及を目指す地方銀行や地方自治体が家庭用・産業用のPPA経済効果を評価したりと、幅広い用途があります。
導入地域と非導入地域の差異
エネがえるのようなツールを導入している地域では、再エネ普及にどのような変化が見られるでしょうか?正式な統計データとして「エネがえる導入地域 vs 非導入地域」で再エネ導入率を比較した資料は現時点で存在しません。しかし、いくつかの状況証拠や調査結果から、以下のような効果が推測されます。
参考:環境省の脱炭素・再エネ推進を「エネがえる」が支援 ~補助金申請が劇的に増加した定量分析の力~
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住民理解の向上: 前述の自治体職員調査[^3]でも示唆されたように、シミュレーション結果を使った説明は市民の理解促進に有効です。エネがえる導入自治体では、太陽光補助金の案内ページにシミュレーション結果の一例を掲載したり、説明会で試算ツールを実演して見せたりと、定量的根拠に基づく説得がしやすくなっています。結果として「経済メリットが分からないから導入しない」という住民の不安を和らげ、普及施策が成功しやすいと考えられます。
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計画の精度向上: 自治体のエネルギービジョン策定においても、エネがえるの試算を活用することで導入目標や必要支援策の検討精度が上がります。例えば「2030年までに世帯の◯%が太陽光導入」という目標に対し、エネがえる試算を集計してポテンシャルや費用対効果を分析することで、根拠ある計画を立てることが可能です。非導入地域では、そうしたモデルがないため計画値が属人的な経験則に頼り、不確かになりがちです。
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民間事業活性化: エネがえるでは各自治体の補助金データベースも整備されており[^2]、地域ごとの最新支援策を考慮した試算ができます。このデータベースを活用すれば、企業や住民は「補助金込みでこれだけおトク」と具体的に理解でき、申し込み行動につながりやすくなります。補助金情報をワンストップで検索できる仕組みは自治体にも有益で、結果的に補助金の利用率向上や地元企業の営業効率アップ→再エネ普及率アップという好循環が期待できます。
以上は定性的な推測を含みますが、日本全体を見渡すと自治体の再エネ施策にはまだばらつきが大きいのも事実です。環境省が選定した「脱炭素先行地域」は2025年時点で全国40都道府県・115市町村から88件の計画が採択されています[^7]。これら先行地域の中でも、例えば先進的な自治体はGISやシミュレーションを駆使してデータドリブンな政策を打ち出していますが、一方では人手不足やノウハウ不足で思うように進んでいない地域もあります。
エネがえる未導入地域では、依然として担当者が試行錯誤で手作りの計算表を使っていたり、住民への説明材料がパンフレット程度しかなく説得力に欠けたりといったケースもあります。この差は、「見える化ツール」を持っているか否かで今後ますます拡大するかもしれません。まさにシミュレーションが一種の社会インフラになりつつあることを示す現象と言えるでしょう。
「経済効果シミュレーション保証」という新発想
興味深い取り組みとして、国際航業は「エネがえる経済効果シミュレーション保証」というサービスも提供しています[^2]。これは、エネがえるで試算した結果の信頼性を同社が保証し、万一シミュレーションと大きく異なる成果が得られなかった場合には何らかの補償を行うという仕組みです(詳細な条件は個別契約によりますが、シミュレーションに基づく「結果保証」という考え方自体が画期的です)。
この保証制度は、前述の自治体職員アンケートで要望の多かった「シミュレーション結果の保証」そのものでもあります[^3]。つまり「シミュレーション+保証」がセットで提供されることで、住民や企業は安心して再エネ設備に投資できるようになるのです。国際航業は政策提言として「経済効果シミュレーション保証を活用する販売店や工務店に補助金を出せば再エネ普及が加速するのではないか」と提案しています[^2]。たとえば自治体や国が、シミュレーション保証付きで太陽光・蓄電池を販売する事業者にインセンティブを与えれば、事業者も積極的に保証付き提案を行い、ユーザーもリスクを感じず導入しやすくなるでしょう。
このように民間発の動きではありますが、「シミュレーションの結果に責任を持つ」という仕組みが生まれている点は注目に値します。それは裏を返せば、モデルやデータの精度向上への強い信頼が背景にあるということです。
シミュレーションが一定の公共的信頼資本を獲得しつつあるとも言えるでしょう。これを行政側が支援・活用しない手はありません。
シミュレーション・ドリブン政策:意思決定プロセスの科学化へ
以上見てきたように、シミュレーションを社会インフラと位置づける考え方(SaI)は徐々に形を帯び始めています。次に、この考え方が実際の政策立案や企業戦略にどのような変革をもたらしうるかを考察します。キーワードは「シミュレーション・ドリブン政策」、すなわちシミュレーション駆動型の意思決定です。
政策立案への統合:科学的根拠に基づくPDCAサイクル
従来の政策立案は、経験や専門家の知見に頼る部分が大きく、事前に効果を定量的に予測したり様々なシナリオを比較検討したりすることが十分ではありませんでした。特に地域の再エネ・脱炭素政策では、計画通りに進まないケースも多々あります。シミュレーション・ドリブン政策とは、このプロセスに科学的Evidence(根拠)を組み込み、計画→実行→検証→改善というPDCAサイクルをデータに基づき回すアプローチです。
具体的には、政策の初期段階で統一されたシミュレーションモデルを用いて「この施策を講じたら5年後にCO2は◯%減、経済波及効果は△億円」などの予測シナリオを複数作成します。そして意思決定者はそのシナリオ比較に基づいて最適策を選択します(事前評価)。政策実施後も定期的に実績値をデータ収集し、モデルにフィードバックしてアップデートします。予測と実績を比較して乖離が大きければ、モデルの見直しか政策修正を検討します(事後検証)。
この一連の流れを通じて、政策の精度と柔軟性を高め、失敗コストを最小化できるのがシミュレーション・ドリブン政策の強みです。
例えば、日本政府は2030年度温室効果ガス46%削減という目標を掲げていますが、その達成に向けて自治体レベルで何をどこまでやれば良いかは千差万別です。そこで各自治体がシミュレーションモデルで地域の排出削減ポテンシャルを算出し、「太陽光◯MW、EV普及◯台、建物断熱改修◯件で◯t-CO2減」という具合に裏付けを取ります。その積み上げにより国家目標への寄与度が見える化されます。環境省が設けた「脱炭素先行地域」制度でも、各地域の提案計画にはこうした定量目標が含まれていますが、



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