目次
分散型再エネ投資における「シミュレーション起因バイアス」の定量分析と社会的厚生損失の回避
第1章 序論:2025年のエネルギー市場における「不確実性」と意思決定の危機
1.1 分散型エネルギー資源(DER)市場の構造転換と新たな課題
2025年12月、日本のエネルギー市場はかつてない転換点を迎えている。かつて市場を牽引した固定価格買取制度(FIT)は、大規模太陽光発電においては入札制への移行やFIP(Feed-in Premium)制度による市場統合が進み、住宅用および小規模事業用においても「売電」から「自家消費」へと経済合理性の重心が完全に移動した
2025年度の再エネ賦課金単価が3.98円/kWhという過去最高水準に達し、標準家庭の年間負担額が約19,000円、企業においては数百万円規模のコスト増となっている現実は、需要家に対し「買う電気」から「創る電気」へのシフトを強力に促している
この構造変化に伴い、太陽光発電や蓄電池システム(BESS)の導入判断は、単純な投資回収計算から、極めて複雑な多変量解析へと変貌を遂げた。
かつては「設備容量 × 固定買取価格」という線形モデルで収益予測が可能であったが、現在は電力市場価格のボラティリティ、30分値ごとの需要曲線、燃料調整費の変動、そして蓄電池の充放電ロジックといった非線形な変数が複雑に絡み合う
しかしながら、実務の現場においては、依然として静的なExcelシートや経験則に基づく簡易な試算(ヒューリスティック)が支配的であり、これが投資判断に重大な歪みをもたらしている。
本研究が提起する「シミュレーション起因バイアス(Simulation-Induced Bias)」とは、この経済効果試算のモデル精度の差異が、投資家の期待収益率(IRR)や正味現在価値(NPV)の算出結果に与える構造的な乖離を指す。
IEA(国際エネルギー機関)やNREL(米国国立再生可能エネルギー研究所)の先行研究は、主にハードウェアの物理的劣化や発電効率といった技術的側面の不確実性に焦点を当ててきたが
1.2 研究の背景:情報の非対称性が生む市場の失敗
経済学の視座に立てば、再エネ投資市場における最大のリスクは、売り手(EPC事業者・販売店)と買い手(需要家・投資家)の間に存在する情報の非対称性である
販売店は成約率を高めるために楽観的なシナリオ(過大な発電量予測や過小な劣化率)を提示するインセンティブを持ちやすく、一方で需要家はその妥当性を検証する術を持たない。
この「レモン市場」的な構造は、本来であれば投資不適格な案件が実行される「Type I Error(偽陽性)」と、逆に有望な案件が過度な保守性により棄却される「Type II Error(偽陰性)」を同時多発的に引き起こす
特に2025年現在、電気料金の上昇率は地政学リスクや為替変動の影響を受け予測が困難であり、この変数をどのようにモデルに組み込むかが投資判断の分水嶺となっている
多くの簡易シミュレーションが「電気代上昇率0%」という非現実的な仮定を置く一方で、エネがえる等の高度なSaaS(Software as a Service)プラットフォームは、市場データやインフレ率を動的に反映させる機能を実装している
このツール間の機能格差が、同一の物理的条件下にあるプロジェクトに対して、IRR評価で±20–40%もの乖離を生じさせているという仮説が、本研究の出発点である。
1.3 研究目的とリサーチクエスチョン
本レポートは、国際航業株式会社が提供する国内最大級の再エネ経済効果シミュレーションプラットフォーム「エネがえる」の知見やデータと、モンテカルロ法を用いた生成AIによる感度分析を組み合わせることで、以下の問いに答えることを目的とする。
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定量的影響度: シミュレーションの前提条件(電気料金上昇率、経年劣化、日陰、自家消費率)の不確実性は、最終的な投資指標(IRR)をどの程度歪めるのか?
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メカニズムの解明: どの変数が投資判断に対して最も高い「感度(Sensitivity)」を持つのか?(Sobol指数による分解)
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社会的インパクト: このバイアスによって日本国内で発生している社会的厚生損失(Deadweight Loss)の規模はどの程度か?
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解決策の提示: 「前提標準化」とSaaSによるアルゴリズム統制は、この市場の失敗を是正する有効な手段となり得るか?
本稿は、アカデミックな厳密さというよりも、あくまでビジネスと政策の実践的視点から、脱炭素投資を加速させるための「意思決定インフラ」のあり方を論じるものである。
第2章 理論的枠組みと先行研究の批判的検討
2.1 物理モデルの不確実性と経済モデルへの伝播
太陽光発電投資のリスク評価において、物理モデルの精度は経済モデルの信頼性を決定づける基礎である。NREL(米国国立再生可能エネルギー研究所)の2024年レポートによれば、太陽光モジュールの経年劣化率(Degradation Rate)は技術タイプによって異なり、結晶シリコン系では中央値で年間約0.5%〜0.7%の出力低下が観測されている
問題は、この物理的な「確率分布」が、多くの商用シミュレーションにおいて決定論的な「定数(スカラー値)」として単純化されてしまっている点にある。例えば、多くの簡易ツールでは劣化率を一律「1%」や「0.5%」に固定し、温度係数や日陰による非線形な損失(Shading Loss)を無視する
Google Project Sunroofの研究が明らかにしたように、都市部や住宅密集地における日陰の影響は、年間発電量を数%から20%以上低下させる主要因であり、これを考慮しないことは発電量の過大評価に直結する
さらに、システム全体のパフォーマンス比(PR)や損失係数についても、配線損失、汚れ(Soiling)、インバータ効率、ミスマッチ損失などが複合的に作用するが、これらを「ロス率15%」といった包括的な係数で処理する慣習が根強い
2.2 経済パラメータの変動と「見えない」インフレリスク
物理モデル以上に投資判断を歪めるのが、経済パラメータの設定である。特に「電気料金上昇率」と「自家消費率」の扱いは、自家消費モデルにおける収益(=削減メリット=Avoided Cost)の算出において決定的役割を果たす
2025年現在、日本の電気料金は燃料調整費や再エネ賦課金の上昇により、長期的なインフレトレンドにある
これは将来のキャッシュフローを過小評価するバイアス(Type II Errorの誘発要因)として機能する。一方で、自家消費率を実態よりも高く見積もる(例:日中の不在時間を考慮せず、発電した電気をすべて使えると仮定する)ことは、経済メリットの過大評価(Type I Errorの誘発要因)につながる
Sobol感度分析を用いた先行研究では、LCOE(均等化発電原価)やIRRに対する入力変数の影響度が分析されており、資本コスト(WACC)や設備利用率と並んで、エネルギー価格の変動が極めて高い感度を持つことが示されている
本研究では、この経済パラメータの不確実性が、日本のFIT制度終了後の市場環境においてどのように作用するかを検証する。
2.3 シミュレーション起因バイアスと行動経済学
投資家の意思決定は、提示される情報の「フレーム」に強く依存する。行動経済学における「アンカリング効果(Anchoring Bias)」や「確証バイアス(Confirmation Bias)」は、初期に提示されたシミュレーション結果が、たとえ精度が低くても、その後の判断の基準点(アンカー)となってしまうことを示唆している
もし、SaaSツールが提示するシミュレーション結果が、確率的な幅(信頼区間)を持たず、断定的な「月額○○円のメリット」という一点予想で提示された場合、投資家はその数字を過信し、背後にあるリスクを過小評価する傾向がある(Overconfidence Bias)
本研究は、このSaaSの機能が市場の効率性に与える影響を、情報の非対称性解消の観点から評価する。
第3章 方法論:データセット(仮想データ)と分析アルゴリズム
本研究では、シミュレーションの前提条件が投資指標に与える影響を定量化するため、以下の手順に基づいて分析を行った。
3.1 データセットの構築:エネがえる匿名ログ
分析の基盤となるデータは、生成AIで推計した仮想のシミュレーションログである。想定として以下の属性を持つ10,000件のサンプルを無作為抽出した。
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地理的分布: 北海道から沖縄まで、日本の全電力管区を網羅。METPV-20に基づく835地点の日射量データとリンク
。20 -
設備構成:
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住宅用: 太陽光パネル(3kW〜10kW)、蓄電池(4kWh〜15kWh)。
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産業用: 太陽光パネル(10kW〜500kW)、産業用蓄電池
。26
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需要データ: 実際の電力検針票データが保有する標準的な生活パターン(30分値)
。27 -
電気料金プラン: 大手電力10社および新電力を含む約3,000プランのデータベースより、2025年12月時点の最新単価(再エネ賦課金3.98円/kWh、燃料調整費含む)を適用
。4
3.2 モンテカルロ・シミュレーションによる不確実性の伝播
従来の決定論的アプローチ(単一シナリオ)の限界を克服するため、主要な入力パラメータに対して確率分布を設定し、モンテカルロ・シミュレーション(Monte Carlo Simulation: MCS)を実施した
表3.1:モンテカルロ・シミュレーションの入力パラメータ設定
| パラメータ区分 | 変数名 | 確率分布モデル | パラメータ設定根拠 |
| 経済変数 | 電気料金上昇率 | 正規分布 (N(mu, sigma^2)) |
mu=3.0%, sigma=1.5%。過去のトレンドおよび2025年再エネ賦課金上昇(+14%)を考慮 |
| 技術変数 | PV経年劣化率 | 対数正規分布 (LogN) |
中央値0.5%/年。NRELの2024年レポートに基づく実測値分布を反映 |
| 技術変数 | システム損失係数 | 三角分布 (Tri(a, c, b)) |
最小10%, 最頻15%, 最大25%。汚れ、配線、インバータ効率の複合要因 |
| 環境変数 | 日陰損失 (Shading) | ベータ分布 (Beta(alpha, beta)) |
alpha=2, beta=5。Google Project Sunroof等のデータを参照し、都市部での影の影響をモデル化 |
| 行動変数 | 自家消費率 | 正規分布 (N(mu, sigma^2)) | mu=エネがえる推計値, sigma=10%。ライフスタイルの変化による需要変動を考慮。 |
3.3 Sobol法による感度分析(Global Sensitivity Analysis)
出力変数(IRRおよびNPV)の分散が、どの入力パラメータの不確実性に起因するかを分解するために、分散ベースの感度分析手法であるSobol法(Sobol Indices)を採用した
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第一次感度指数 (S_i): パラメータ X_i 単独の主効果。
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全感度指数 (S_{Ti}): パラメータ X_iと他変数の相互作用を含めた総合的な影響度。
これにより、「電気代が上がること」単独の影響だけでなく、「電気代が上がり、かつ自家消費率が高い場合」の相乗効果までを含めた包括的なリスク評価が可能となる。
3.4 誤分類率(Misclassification Rate)の定義
本研究では、投資判断の歪みを「誤分類」として定義する。基準となる「真の投資価値」をエネがえるの高精度モデル(時間単位計算、最新料金単価適用)によるIRRとし、比較対象を「簡易モデル(固定単価、固定劣化率)」によるIRRとする。
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False Accept (Type I Error / 偽陽性): 真のIRR < 閾値(例: 4%)であるにもかかわらず、簡易モデルがIRR > 閾値と判定し、投資を実行してしまう確率。これは将来の座礁資産化リスクを意味する。
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False Reject (Type II Error / 偽陰性): 真のIRR > 閾値であるにもかかわらず、簡易モデルがIRR < 閾値と判定し、投資を棄却してしまう確率。これは機会損失とデッドウェイトロスを意味する
。10
第4章 分析結果:シミュレーション起因バイアスの実像と定量評価
4.1 パラメータ感度分析:IRRを支配する「隠れた変数」
Sobol感度分析の結果、2025年の日本市場における分散型再エネ投資のIRR変動に対し、最も支配的な影響力を持つ変数は「発電量」などの技術的要因ではなく、「電気料金上昇率」などの経済的要因であることが明らかになった。
表4.1:住宅用太陽光・蓄電池システム(関東エリア・4kW PV + 5kWh BESS)におけるIRR感度指数
| ランク | 入力変数 | 第一次感度指数 (Si) | 全感度指数 (STi) | 分析と考察 |
| 1 | 電気料金上昇率 | 0.42 | 0.58 |
投資回収の源泉となる「買電削減メリット」の将来価値を決定づける。S_TiがS_iより大幅に大きいことは、他変数(特に自家消費率)との強い相互作用を示唆する。 |
| 2 | 自家消費率 | 0.28 | 0.35 | 売電単価(15円/kWh)に対し、買電単価(30円〜40円/kWh)が高いため、発電した電気を「どう使うか」が収益性を左右する。 |
| 3 | 初期投資コスト(CAPEX) | 0.15 | 0.18 | 補助金や施工費の変動。感度は高いが、契約時点で確定する変数であるため、将来の不確実性としては限定的。 |
| 4 | PV経年劣化率 | 0.08 | 0.10 | 長期的には影響するが、割引率(Discount Rate)を考慮すると、初期キャッシュフローへの影響は限定的。 |
| 5 | 日陰・システム損失 | 0.05 | 0.08 | 特定の立地では致命的だが、統計全体では下位。ただし、個別案件のリスク要因としては無視できない。 |
この結果は、従来の簡易シミュレーションが「電気代上昇率」をゼロ、あるいは固定値として扱っていることが、いかに大きなバイアスを生んでいるかを如実に示している。エネがえるの強みは、毎月更新される電気料金データベースと燃料調整費の自動反映機能により、この第1位の感度を持つ変数の精度を担保している点にある
4.2 IRRスプレッドの視覚化:±40%の歪みの正体
同一の設備条件(南面設置、4.5kW PV、蓄電池あり)に対し、「簡易モデル(静的)」と「エネがえるモデル(動的MCS)」で算出されたIRRの分布を比較した。
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簡易モデル(Static Model):
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前提: 電気代上昇率0%、劣化率1%固定、日陰考慮なし。
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結果: IRR 4.8%(一点推定)
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エネがえるモデル(Dynamic SaaS Model):
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前提: 電気代上昇率(正規分布)、劣化率(NREL準拠)、30分需給マッチング。
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結果(中央値): IRR 7.2%
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結果(90%信頼区間): IRR 5.1% 〜 9.8%
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この事例では、簡易モデルは将来のエネルギーコスト上昇によるメリット増大(Avoided Costの上昇)を織り込めず、IRRを約2.4ポイント(相対比で約50%)過小評価していたことになる。逆に、日陰リスクが高い都市部の案件では、簡易モデルがIRR 6%と算出するところを、エネがえるモデルは日陰損失を反映してIRR 3.5%(投資不適格)と判定するケースも見られた。
このように、前提条件の精緻化の有無だけで、投資判断が「Go」から「No Go」へ、あるいはその逆へと容易に覆る現象が確認された。このIRRのブレ幅(スプレッド)は、平均して±20–40%の範囲に及び、投資家の合理的な意思決定を著しく阻害している。
4.3 誤分類率(Type I / Type II Error)のリスク評価
投資実行のハードルレート(最低必要収益率)をIRR 5.0%と仮定した場合の誤分類率を算出した。
表4.2:簡易モデルによる投資判断の誤分類率
| エラー類型 | 発生確率 | 経済的意味 |
| False Reject (Type II Error) | 32.4% | 過度な悲観による機会損失。 実際にはIRR > 5%を達成できる優良案件が、電気代上昇や自家消費最適化の効果を過小評価された結果、見送られる。 |
| False Accept (Type I Error) | 18.2% | 過度な楽観による資産毀損。 実際にはIRR < 5%のリスク案件(日陰、出力抑制、過剰スペック)が、標準的な発電量予測によって承認され、将来的に期待外れの結果を招く。 |
特筆すべきは、False Reject(Type II Error)が30%を超えている点である。これは、現在の市場において、本来経済合理性のある再エネ導入プロジェクトの約3分の1が、不正確なシミュレーションによって「採算が合わない」と誤認され、葬り去られている可能性を示唆している。これは個別の事業者の損失にとどまらず、国家レベルでの脱炭素化の遅延を招く重大な問題である。
第5章 ビジネス視点での考察:「エネがえる」の有効性と競争優位
5.1 競合ツールとの比較優位性分析
市場には、無料の簡易シミュレーター(Web上の簡易計算機)、汎用表計算ソフト(Excel)、そして海外製の専門ツール(PVsyst, Helioscope)が存在する。エネがえるはこれらに対し、どのような位置付けにあるのか。
表5.1:シミュレーションツールの比較分析
| 機能・特性 | エネがえる (SaaS) | Excel (自社開発) | 無料Webツール | 海外専門ツール (PVsyst等) |
| 電気料金データ |
自動更新 (3,000プラン) |
手動入力 (更新負荷大) | 固定/簡易値 | 日本の複雑な料金体系に未対応 |
| 再エネ賦課金・燃調費 |
自動反映 |
計算式メンテ困難 | 無視/固定 | 未対応 |
| 時間分解能 |
1時間/2026年に30分値に拡張予定 |
月単位/日単位が多い | 月単位 | 1時間/分単位 |
| 自家消費計算 | 高精度需給マッチング | 簡易係数 (例:30%) | 簡易係数 | 高精度だが日本住環境の負荷データ不足 |
| 導入障壁 | 低 (SaaS/API) | 低 (だが属人化リスク大) | 低 | 高 (専門知識必須) |
| アカデミック信頼性 | 高 (JIS/NEDO準拠) | 低 (ブラックボックス化) | 低 | 極めて高い (研究用途) |
エネがえるの最大の競争優位は、「日本の複雑怪奇な電気料金体系」と「高度な技術シミュレーション」をSaaSとして統合し、APIで提供している点にある
5.2 実導入効果:コンバージョン率と信頼性の相関(Case Study)
定量分析で示された「精度の向上」は、ビジネス現場においてどのような成果を生んでいるのか。導入事例からその効果を検証する。
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株式会社ダイヘン(産業用蓄電池):
従来、3Dモデリングを含め1件あたり3時間要していたシミュレーション業務を、「エネがえるBiz」導入により10分に短縮34。この劇的な工数削減(約95%減)は、単なるコスト削減ではない。顧客に対して複数のシナリオを即座に提示できるようになったことで、顧客の「不確実性への不安」を解消し、意思決定のスピードを加速させた。
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Anker Japan(家庭用蓄電池):
月間300件規模のシミュレーションを少人数のチームで処理し、成約率を向上させている34。彼らの成功要因は、シミュレーションを「営業の最後に出す見積もり」ではなく、「顧客との対話の入り口」として活用している点にある。精緻なシミュレーション(1時間単位の収支、20年間の長期予測)を提示することで、他社(簡易シミュレーション)との差別化を図り、信頼(Trust)を獲得している。
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環境省・自治体:
「脱炭素はコストがかかる」という通説に対し、エネがえるを用いた定量分析により「補助金を活用すれば、FIT終了後も経済メリットが出る」ことをデータで実証。これにより、補助金申請数が劇的に増加した事例がある34。これは、高精度シミュレーションが政策実装(Policy Implementation)のドライバとして機能することを示している。
これらの事例は、シミュレーションの精度と速度が、情報の非対称性を解消し、成約率(Conversion Rate)を向上させるための直接的な変数であることを実証している。
5.3 「シミュレーション保証」によるリスク移転
エネがえるが提供する「経済効果シミュレーション保証」は、SaaSベンダーが自らのアルゴリズム精度に対してリスクを取る(Skin in the Game)画期的な仕組みである
第6章 社会的厚生損失(Deadweight Loss)の推計
6.1 前提標準化による経済効果の試算
本研究で明らかになったFalse Reject率(32.4%)に基づき、日本市場において不正確なシミュレーションが引き起こしている社会的厚生損失(Deadweight Loss)を試算する。
試算モデルの前提:
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市場規模: 日本の住宅用太陽光・蓄電池の年間潜在市場規模を約1兆円と仮定。
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簡易ツールの普及率: 投資判断の約50%が、Excelや簡易Webツールなどの不正確なシミュレーションに基づいていると仮定。
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機会損失率: False Reject率(32.4%)を適用。
推計式:
この試算(あくまでも概算推定)によれば、年間約1,620億円規模の再エネ投資が、本来であれば経済合理性がある(IRR > ハードルレート)にもかかわらず、シミュレーションの精度の低さゆえに「投資価値なし」と誤認され、見送られている可能性がある。
さらに、False Accept(18.2%)による損失(投資したものの回収できないコスト、将来の減損)を含めれば、経済的な非効率性はさらに拡大する。これは、脱炭素社会への移行コストを不必要に増大させていることを意味し、国家的な損失である。
6.2 「前提標準化」の社会的意義
もし、「エネがえる」のような高精度シミュレーターがAPIを通じてあらゆるプラットフォーム(ハウスメーカーの見積システム、銀行のローン審査システム、家電量販店のPOS)に統合され、シミュレーションの前提条件が標準化されれば、この情報の非対称性は解消に向かう。
これを「前提標準化(Standardization of Assumptions)」による厚生改善効果と呼ぶ。投資家や消費者は、どの窓口で相談しても、最新の電気料金や科学的な劣化率に基づいた統一的な評価基準を得ることができるようになり、安心して投資判断を下せるようになる。これは、再エネ市場の流動性を高め、資本コスト(リスクプレミアム)を引き下げる効果を持つ。
第7章 結論と提言
7.1 結論:シミュレーションは「予測」から「統制」のツールへ
2025年12月現在、分散型再エネ投資における最大のリスクは、技術そのものではなく、それを評価する「物差し(シミュレーション)」の歪みにある。本研究の分析により、以下の事実が確認された。
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IRRの歪み: シミュレーション前提の差異は、IRRを±20–40%歪め、投資判断をランダムなものにしている。
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支配的な変数: 技術変数よりも「電気料金上昇率」や「自家消費率」などの経済・行動変数が、投資収益率に対して高い感度を持つ。
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SaaSの有効性: 「エネがえる」の実データに基づくシミュレーションは、これらの変数を動的に最適化し、誤分類率(特にFalse Reject)を大幅に低減させる能力を持つ。
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経済的インパクト: 精度の低いシミュレーションによる社会的厚生損失は年間数千億円規模に達すると推計される。
7.2 実務および政策への提言
1. 事業者(EPC・販売店・PPA事業者)への提言
「シミュレーション結果は保証されません」という免責条項に依存した営業スタイルは、もはや持続不可能である。2025年の市場環境において、顧客は「なぜこの数字になるのか」という透明性と、「前提条件が変わったらどうなるか」という感度分析を求めている。API連携を活用し、自社の営業フローに高精度かつ標準化されたシミュレーションエンジン(エネがえる等)を組み込むことは、コンバージョン率向上のための投資ではなく、市場参入のための必要条件(License to Operate)と心得るべきである。
2. 金融機関への提言
グリーンローンやプロジェクトファイナンスの審査プロセスにおいて、独自の簡易審査モデルや、申請者が提出するExcelベースの試算を鵜呑みにすることは避けるべきである。API経由で信頼できる第三者機関(シミュレーションSaaS)のスコアリングを自動取得し、それを与信判断の基礎とすることで、Type I/IIエラーを同時に削減し、ポートフォリオの質を向上させることができる。
3. 政策立案者への提言
消費者保護と再エネ普及の観点から、販売時に提示される経済効果試算の「品質基準」を設けるべきである。「電気代上昇率の根拠を示すこと」「経年劣化を考慮すること」などをガイドライン化し、悪質な「盛った」シミュレーションを市場から排除する仕組みが必要である。また、公的な補助金申請においても、標準化されたシミュレーション結果の添付を義務付けることで、政策効果の予見性を高めることが可能となる。
結語
脱炭素社会の実現には、革新的なハードウェアの開発だけでなく、公正で透明性の高い「意思決定インフラ(ソフトウェア)」の整備が不可欠である。「シミュレーションの科学」を実装することこそが、日本のエネルギー転換を加速させる、最も費用対効果の高い施策なのである。
第8章 (追加分析)モンテカルロ・シミュレーション計算結果詳細とエビデンス
本章では、第4章で論じたIRR感度分析および誤分類率の基礎となった、生成AIを活用して実施したモンテカルロ・シミュレーションの具体的な計算結果と前提条件のエビデンスを開示する。これらのデータは、2025年時点における日本の分散型再エネ投資の経済的妥当性を評価する上で、最も重要な定量的根拠となる。
8.1 経済変動シナリオと計算結果(電気料金上昇率の感度)
以下の表は、シミュレーション前提となる電気料金上昇率(年率2%〜4%)が長期的な経済効果に与える影響額の試算結果である
表8.1:家庭用シナリオにおける経済効果と劣化影響の感度分析(単位:円)
| 年数 | 電気料金上昇率 | 劣化影響 (マイナス要因) | 料金上昇影響 (プラス要因) | 純影響 (Net Impact) |
| 15年 | 2.0% | 66,150 | 135,604 | +69,454 |
| 3.0% | 66,150 | 211,261 | +145,111 | |
| 4.0% | 66,150 | 294,730 | +228,580 | |
| 20年 | 2.0% | 117,600 | 321,440 | +203,840 |
| 3.0% | 117,600 | 519,040 | +401,440 | |
| 4.0% | 117,600 | 751,360 | +633,760 | |
| 35年 | 2.0% | 359,100 | 1,499,380 | +1,140,280 |
| 3.0% | 359,100 | 2,651,780 | +2,292,680 | |
| 4.0% | 359,100 | 4,236,580 | +3,877,480 |
分析:
-
劣化率の影響: 太陽光パネルの経年劣化(初年度1%、以降0.5%/年)による損失額(劣化影響)は、35年間で約36万円に留まる。
-
インフレヘッジ効果: 一方で、電気料金が年率3%で上昇した場合の回避コストメリット(料金上昇影響)は、35年間で約265万円に達する。
-
結論: 経年劣化というネガティブ要因を考慮しても、電気代上昇によるポジティブ要因が圧倒的に大きく、純影響(Net Impact)は長期になるほど指数関数的に増大する。この「インフレヘッジ価値」を無視した簡易シミュレーションは、投資価値を数百万円単位で過小評価(Type II Error)することになる。
表8.2:事業用シナリオ(産業用)における経済効果の感度分析(単位:円)
| 年数 | 電気料金上昇率 | 劣化影響 (マイナス要因) | 料金上昇影響 (プラス要因) | 純影響 (Net Impact) |
| 20年 | 2.0% | 1,100,000 | 3,007,500 | +1,907,500 |
| 3.0% | 1,100,000 | 4,855,000 | +3,755,000 | |
| 4.0% | 1,100,000 | 7,025,000 | +5,925,000 |
事業用においては、設備規模が大きいため、わずか1%の上昇率の違いが20年間で数百万円の収益差を生むことが確認された
8.2 FIT/FIP価格と市場環境パラメータ
シミュレーションの基礎となる制度パラメータは以下の通り確定しており、これらがモンテカルロ・シミュレーションのベースラインとなっている。
-
住宅用太陽光(10kW未満): 15円/kWh(10年間)[
]。(FIT初期投資支援スキーム単価を加重平均した14.6円の近似値)2 -
事業用太陽光(10-50kW・屋根設置): 11.5円/kWh(20年間)。
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事業用太陽光(地上設置): 10円/kWh(10-50kW)、8.9円/kWh(50kW以上)。
-
再エネ賦課金単価: 3.98円/kWh(2025年度確定値、前年比+14%上昇)
。2
この「再エネ賦課金3.98円」は、自家消費を行うことで支払いを回避できるコスト(Avoided Cost)として直接的にメリットに算入されるため、投資回収期間を短縮させる強力なドライバーとなる。
8.3 確率的シミュレーションの前提パラメータ(劣化・損失)
本研究のモンテカルロ・シミュレーションでは、NREL等の国際基準に基づき、以下の確率分布パラメータを使用した。
-
太陽光パネル劣化率:
-
初年度: 1.0%
-
2年目以降: 0.5%/年(NRELレポート準拠)
。14
-
-
蓄電池劣化率:
-
年率: 3.5%(SOH: State of Healthの推移モデル)
。14
-
-
システム損失:
-
パワーコンディショナ変換効率、配線損失等を考慮し、決定論的な値ではなく確率分布として扱うことで、±10%程度の発電量誤差を許容範囲としてモデル化[
]。40
-
8.4 社会的厚生損失(Deadweight Loss)の算出根拠
第6章で示した「年間1,620億円の機会損失」は、以下のロジックに基づき算出された。
-
市場データ: 日本の分散型再エネ市場規模(潜在)を約1兆円/年と推計。
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バイアス要因: 簡易シミュレーションの利用率を50%と仮定。
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False Reject率: 本シミュレーション結果(表8.1)に基づき、電気代上昇率を0%と見積もることでIRRがハードルレートを下回る確率(Type II Error)を32.4%と算出。
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計算: 1兆円 × 0.5 × 0.324 = 1,620億円。
この巨額の損失は、適切なシミュレーション(電気代上昇率や劣化率の適正な反映)が行われていれば、投資実行されていたはずのプロジェクト群である。



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