目次
- 1 ペロブスカイトの多様な可能性 発電を超えたペロブスカイト応用技術の最前線と日本の脱炭素化への貢献
- 2 エグゼクティブ・サマリー
- 3 第1章 序論:次世代材料ペロブスカイトの新展開
- 4 第2章 基礎物性と応用に共通する核心的課題
- 5 第3章 応用フロンティア I:光エレクトロニクス – 「光る」材料としての進化
- 6 第4章 応用フロンティア II:センシングと高エネルギー検出 – 「感じる」材料としての展開
- 7 第5章 応用フロンティア III:触媒とエネルギー変換 – 「変換する」材料としての役割
- 8 第6章 応用フロンティア IV:先端エレクトロニクスと情報技術
- 9 第7章 日本の研究開発動向と脱炭素化への貢献可能性
- 10 第8章 2026年を見据えた戦略的展望と提言
ペロブスカイトの多様な可能性 発電を超えたペロブスカイト応用技術の最前線と日本の脱炭素化への貢献
エグゼクティブ・サマリー
ペロブスカイト材料は、太陽電池分野での急速な進展により次世代エネルギー技術の中核として注目されているが、その卓越した物性は発電用途をはるかに超える多様な応用可能性を秘めている。
本レポートは、2026年を見据え、ペロブスカイトの性質を発電以外の分野で活用する研究開発の国際的な最前線を科学的根拠に基づき包括的に分析する。特に、光エレクトロニクス、センシング、触媒・エネルギー変換、先端エレクトロニクスといった重点分野における技術的進展、主要な課題、そして日本の研究開発動向と脱炭素化への貢献シナリオを構造的に整理・解説する。
過去10年間の太陽電池研究で蓄積された知見は、材料合成、欠陥制御、安定性向上技術の基盤となり、発光ダイオード(LED)、X線検出器、各種センサーといった非発電デバイスへの応用展開を強力に後押ししている。これらの応用は、ペロブスカイトが持つ組成工学による物性の精密なチューニング能力に支えられている。
しかし、その実用化には「性能」「安全性(鉛の毒性)」「安定性」という三つの要素が複雑に絡み合うトレードオフ、すなわち「トリレンマ」が存在する。鉛フリー材料は安全性を高める一方で性能や安定性に課題を残し、安定性向上のための組成変更が特定の応用における性能を左右する。このトリレンマの克服が、全応用分野に共通する核心的課題である。
各応用分野では目覚ましい進展が見られる。ペロブスカイトLED(PeLED)は、特に青色発光で長年の課題であった効率と安定性の壁を打ち破り、外部量子効率(EQE)20%超を達成する成果が2025年に報告されている。X線検出器では、従来の検出器を感度で数桁上回る性能が実証され、医療・産業イメージングの革新が期待される。光触媒分野では、ペロブスカイトを核とした複合構造により、太陽光からのグリーン水素製造で9.8%という記録的なエネルギー変換効率が達成された。
これらの技術は、日本の脱炭素化戦略に多角的に貢献する潜在能力を持つ。光触媒によるグリーン燃料の直接生産に加え、PeLEDによる照明・ディスプレイの省エネルギー化、廃熱を電力に変換する熱電素子、そして室内光で駆動し電池交換を不要にするIoTセンサー網の構築は、社会全体のエネルギー効率を飛躍的に向上させる。
日本は、ペロブスカイト太陽電池の発見国として、材料科学からデバイス工学に至るまで、大学、研究機関、企業に強力な研究開発基盤を有する。この強みを活かし、非発電分野においても国際的な競争力を維持・発展させることが、技術的リーダーシップの確保と持続可能な社会の実現に向けた鍵となる。
本レポートは、そのための戦略的洞察を提供するものである。
表1:ペロブスカイトの非発電応用の概要と比較
応用分野 | 活用される主要物性 | 現状の性能指標 | 技術成熟度レベル(TRL) (推定) | 主要課題 | 2026年への展望と市場インパクト | |
LED (PeLED) | 高い発光量子収率、狭い発光半値幅、波長調整能 |
緑色: > 21% |
青色: EQE > 20% 2 |
4-5 | 動作寿命、青色発光の安定性、鉛毒性 | pQDカラーフィルターが市場投入。照明・ディスプレイでの限定的採用開始の可能性。 |
X線検出器 | 高い原子番号、大きな移動度・寿命積()、低暗電流 |
感度: > |
5-6 | 大面積化、長期安定性、鉛フリー化 | 医療・産業用で高性能プロトタイプが登場。既存技術からの置き換えが始まる。 | |
ガスセンサー | 環境応答性の高いイオン格子と光電子特性 |
NH₃, O₂, O₃等を室温で検出 |
3-4 | 選択性、長期安定性、鉛毒性(特にバイオ用途) | 特定ガス検知用のニッチ市場で実用化。IoT環境センサーへの応用が期待される。 | |
光触媒 | 可視光吸収能、調整可能なバンド端準位 |
STH効率: 9.8% (水分解) |
CO₂還元率: 405.2 μmolg−1h−1 8 |
3-4 | 水中での安定性、電荷分離効率、反応選択性 | グリーン水素/合成燃料製造の実証実験が進展。プラントスケールでの実現が課題。 |
熱電変換 | 極めて低い格子熱伝導率 () |
実験値: ZT ≈ 0.15 |
理論予測: ZT > 1.3 (室温) 10 |
2-3 | 低い電気伝導率、性能指数(ZT)の向上 | IoT/ウェアラブル向け電源としての基礎研究が加速。実用的なZT値の達成が目標。 |
強誘電体メモリ | 強誘電性(自発分極の反転) |
不揮発性メモリ動作を実証 |
2-3 | CMOSプロセスとの整合性、スケーラビリティ | メタルフリー材料の研究が活発化。次世代不揮発性メモリの候補として基礎研究が進む。 |
第1章 序論:次世代材料ペロブスカイトの新展開
1.1. 太陽電池研究で培われた知見と非発電応用への波及
ペロブスカイト材料は、この10年間、主に太陽電池(PSC)の分野で驚異的な発展を遂げ、そのエネルギー変換効率はシリコン系に匹敵するレベルにまで到達した
PSC研究を通じて明らかにされたペロブスカイトの卓越した半導体特性、すなわち調整可能なバンドギャップ、高い電荷キャリア移動度、長いキャリア拡散長、そして高い欠陥耐性といった性質は、太陽光発電に特有のものではなく、物質固有の普遍的なポテンシャルである
1.2. ペロブスカイトが持つ特異な物性の多様性
ペロブスカイトは単一の化合物ではなく、という一般式で表される広範な結晶構造を持つ材料群の総称である
例えば、ハロゲン化物ペロブスカイトでは、Xサイトのハロゲン元素(ヨウ素、臭素、塩素)の比率を変えることで、バンドギャップを連続的に変化させ、吸収する光や放出する光の色を可視光全域にわたって自在に制御できる
この特性は、フルカラーディスプレイを実現するためのLEDや、波長選択的な光検出器にとって極めて重要である。さらに、一部のペロブスカイトは強誘電性や圧電性を示し、メモリやセンサーへの応用が期待される
本レポートでは、このように多岐にわたるペロブスカイトの物性が、各応用分野でいかに活用され、技術革新を牽引しているかを体系的に解き明かす。
第2章 基礎物性と応用に共通する核心的課題
2.1. 卓越した光電子特性の科学的背景
ハロゲン化物ペロブスカイトが多様な光デバイスで高い性能を示す根源は、その特異な電子的・光学的特性にある。主要な特性として、調整可能な直接遷移型のバンドギャップ、高い光吸収係数、マイクロメートルオーダーに達する長い電荷キャリア拡散長、そして極めて高い発光量子収率(PLQY)が挙げられる
特に注目すべきは、鉛系ペロブスカイトが示す高い「欠陥耐性」である
2.2. 実用化への障壁:不安定性のメカニズムと克服へのアプローチ
ペロブスカイトの商業化における最大の障壁は、その本質的な不安定性である。特に有機・無機ハイブリッド型のペロブスカイトは、水分、酸素、熱、そして長時間の光照射といった外部環境要因に対して非常に脆弱であり、性能が著しく劣化する
この根本的な課題を克服するため、世界中で精力的な研究が進められており、複数の有効なアプローチが確立されつつある。
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組成工学: 熱的に不安定な有機カチオン(メチルアンモニウムなど)を、より安定な無機カチオンであるセシウム(Cs⁺)に置き換えたり、複数のカチオンやハライドを混合したりすることで、結晶構造の熱的・化学的安定性を向上させる
。6 -
次元制御: 3次元(3D)構造のペロブスカイト層の間に、大きな有機分子をスペーサーとして挿入し、より安定な準2次元(quasi-2D)や2Dの層状構造を形成する。この層状構造は、水分の侵入を防ぐバリアとしても機能する
。6 -
不動態化と封止: ペロブスカイト結晶の表面や粒界に存在する欠陥は、劣化の起点となりやすい。ここに有機配位子やポリマーを作用させて欠陥を化学的に不活性化(不動態化)することで、非発光再結合を抑制し、安定性を高めることができる
。最近では、アルミナ(Al₂O₃)のナノ粒子をペロブスカイト層内に埋め込むことで、劣化の原因となるヨウ素の移動を捕捉し、デバイス寿命を10倍以上に延ばす技術も報告されている22 。24
2.3. 環境調和への挑戦:鉛の毒性と鉛フリー代替材料の現状
ペロブスカイトの高い性能は、Bサイトに位置する鉛(Pb)の特異な電子配置(6s²ローンペア)に大きく依存しているが、鉛の毒性は、特に家電製品やウェアラブルデバイスへの応用、さらには大規模な社会実装において深刻な環境・安全保障上の懸念となる
そのため、鉛を含まない「鉛フリー」ペロブスカイトの開発は、本分野における最重要課題の一つである。しかし、鉛の代替は科学的に極めて困難であることが示されている。鉛が持つイオン半径、高い分極率、そして安定した+2の価数といった特性の組み合わせを、他の元素で完全に再現することは難しい
現在、主要な鉛フリー代替材料として以下の候補が研究されているが、それぞれに一長一短がある。
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スズ(Sn)系ペロブスカイト: 鉛に最も近い電子的性質を持ち、優れた光電子特性を示す。しかし、Sn²⁺イオンが極めて容易にSn⁴⁺へ酸化されるため、大気中での安定性が著しく低いという致命的な欠点を抱える
。25 -
ビスマス(Bi)およびアンチモン(Sb)系ペロブスカイト: これらの元素は鉛よりも安定であるが、3価のイオンを形成しやすいため、単純な構造ではなく、キャリアの移動が制限される低次元構造(0Dや2D)を形成しやすい。その結果、バンドギャップが大きくなりすぎる、あるいは間接遷移型になるなど、多くの光デバイス応用には不向きな特性を示すことが多い
。27 -
ハロゲン化物ダブルペロブスカイト: の一般式で表される材料群で、例えばが代表例である。このクラスの材料は、鉛系に比べて本質的に高い安定性を示し、広範な元素の組み合わせが可能であるため、大きな可能性を秘めている
。しかし、現状では間接遷移型の大きなバンドギャップや、鉛系ほどの高い欠陥耐性を持たないといった課題があり、太陽電池などでの性能は鉛系に及ばない16 。Hoye、Mobin、Pecuniaらの研究グループがこの分野を牽引している16 。28
これらの状況は、ペロブスカイト研究が「性能-安全性-安定性のトリレンマ」という複雑な課題空間の中に存在することを示唆している。ある特性(例:安全性)を改善するための材料選択が、他の特性(例:性能、安定性)を損なうトレードオフの関係にある。例えば、鉛をスズに置き換えることは毒性の懸念を払拭するが、深刻な不安定性を招く。ダブルペロブスカイトは安定性と安全性を両立するが、電子構造の違いから性能面で妥協が必要となる。したがって、特定の応用に最適な材料は、このトリレンマの中で、要求される特性のバランスを巧みに調整した、戦略的なエンジニアリングの産物となるであろう。
第3章 応用フロンティア I:光エレクトロニクス – 「光る」材料としての進化
3.1. ペロブスカイトLED(PeLEDs):高効率・高色純度ディスプレイと照明への道
ペロブスカイトLED(PeLED)は、次世代のディスプレイや固体照明技術として極めて有望視されている。その優位性は、ペロブスカイト材料が本質的に持つ高い発光量子収率(PLQY)、約20 nmという非常に狭い発光スペクトル半値幅(FWHM)、そして組成制御による容易な発光波長の調整能力に起因する
世界の研究開発競争は熾烈を極めており、性能は飛躍的に向上している。
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緑色および赤色・近赤外PeLED: 2024年から2025年にかけての報告では、外部量子効率(EQE)は20%を大きく超え、一部では30%に迫る値も達成されている
。特に2024年7月に報告された緑色PeLEDは、単なるEQEだけでなく、電力から光への全体的な変換効率であるエネルギー変換効率(1 )で21.3%という記録的な値を達成した。これは、約 $cd m^{-2}$という驚異的な輝度と、次世代放送規格Rec. 2020の色域を97.7%カバーする色純度を同時に実現しており、実用化に向けた大きな一歩と言える
。1 -
「青色の壁」の克服: ディスプレイの三原色を揃える上で不可欠な青色PeLEDは、その実現に必要なワイドバンドギャップ材料(臭素と塩素の混合ハライド系)が本質的に不安定で、動作中にイオンが移動し色が緑色に変化(赤方偏移)する「位相分離」という深刻な課題を抱えていた
。しかし、近年の技術革新はこの壁を打ち破りつつある。2025年の18 Advanced Materials誌に掲載された画期的な研究では、発光波長469 nmの純青色PeLEDでEQE 20.3%を達成したと報告された
。さらに別の研究では、トリフルオロアセテートという強力な不動態化剤と、最適化された混合正孔輸送層の設計を組み合わせることで、波長490 nmの青色量子ドットLED(QLED)において23.5%という驚異的なEQEが達成された2 。3
これらのブレークスルーは、単に発光効率を高めただけでなく、青色発光を阻害する根本原因である材料の不安定性を克服した点に大きな意義がある。青色発光に必要な臭素・塩素混合ハライド組成は、電気的ストレス下でイオンが移動しやすく、これが性能劣化と色変化の直接的な原因であった
3.2. ペロブスカイトレーザー:次世代光源としてのポテンシャル
ペロブスカイトは、レーザー媒質(ゲイン媒質)としても優れた特性を示す。溶液プロセスによる低コスト製造が可能でありながら、高いキャリア移動度と低いジュール熱発生という利点を持つ
3.3. 2026年に向けた技術ロードマップと市場予測
2026年までの技術ロードマップとしては、PeLED技術がまずペロブスカイト量子ドット(pQD)の形で市場に参入することが最も現実的である。pQDは、既存の液晶ディスプレイ(LCD)のバックライトに組み込む色変換フィルムとして利用され、色再現性を向上させる役割を担う
一方、ペロブスカイト自身が発光するEL方式のディスプレイや一般照明としての普及は、まだ少し先になる見込みである。最大の課題は動作寿命であり、現在のPeLEDの寿命(、輝度が半分になる時間)は数百時間レベルであり、数万時間以上が要求される有機EL(OLED)にはまだ遠く及ばない
第4章 応用フロンティア II:センシングと高エネルギー検出 – 「感じる」材料としての展開
4.1. 環境・バイオセンサー:ガス、湿度、生体分子の高感度検出
ペロブスカイト材料の応用先として、その特異な物性が最もユニークな形で活かされるのがセンサー分野である。多くの応用で克服すべき課題とされる「環境感受性の高さ」が、センサーにおいては検知対象と相互作用し、信号を生成するための「長所」として機能する。この性質の二面性は、ペロヴァスカイト研究開発における興味深い特徴である。太陽電池やLEDでは、水分や特定のガスとの相互作用は劣化を引き起こすため徹底的に排除する必要がある
現在、以下の様なセンサー応用が活発に研究されている。
-
ガスセンサー: アンモニア、酸素、オゾン、塩化水素といった様々なガスを、室温で高感度に検出するデバイスが報告されている
。5 -
湿度・温度センサー: 周囲の湿度や温度に応じて、ペロブスカイトの結晶相や発光特性が可逆的に変化する性質を利用する
。6 -
バイオセンサー: ペロブスカイト材料を電極修飾材として用いることで、グルコースや神経伝達物質であるドーパミンなどを電気化学的に検出する研究が進められている
。5 これらの応用、特に生体関連の分野では、鉛の毒性が大きな障壁となるため、鉛フリー材料の開発が不可欠である 6。また、センサーとしての性能を長期間維持するためには、検知対象以外の環境要因から材料を保護する適切な封止技術も重要となる 6。
4.2. 放射線検出器:医療・産業用X線イメージングの革新
ペロブスカイトは、次世代の放射線検出材料として極めて高いポテンシャルを秘めている。その理由は、(1) 鉛やビスマスといった重元素を含むため、高い平均原子番号を持ち、X線を効率的に阻止・吸収できること、(2) 生成した電荷を効率的に収集できる大きな移動度・寿命積()を持つこと、(3) 暗電流(ノイズ)を低減できる調整可能なワイドバンドギャップを持つこと、という三つの条件を理想的に満たしているためである
ペロブスカイトを用いたX線検出器には、主に二つの方式がある。
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間接変換方式(シンチレータ): X線エネルギーを一度可視光に変換し、それをフォトダイオードで検出する方式。ペロブスカイトは、従来材料よりも高い発光量とナノ秒オーダーの速い応答時間を示し、より少ないX線量で鮮明な画像を得ることを可能にする
。2025年のレビューによれば、鉛フリーの4 が記録的な発光量を達成し、時間分解能が重要なTOF-PET(陽電子放出断層撮影)への応用も視野に入っている
。42 -
直接変換方式: X線フォトンを直接電気信号に変換する方式で、原理的により高い解像度が得られる。ペロブスカイトを用いた直接変換型検出器の感度は、現在市販されているアモルファスセレンを用いた検出器を数桁も上回る $μC Gy_{air}^{-1} cm^{-2}$を超える記録的なレベルに達している
。4
2025年から2026年にかけての研究の最前線では、医療被ばく低減と環境負荷低減の観点から、安定性の高い鉛フリーダブルペロブスカイト(例:)の応用が加速している
第5章 応用フロンティア III:触媒とエネルギー変換 – 「変換する」材料としての役割
5.1. 光触媒技術:人工光合成によるCO2還元とグリーン水素生成
ペロブスカイトは、太陽光エネルギーを利用して化学反応を駆動する光触媒としても大きな可能性を秘めている。その原理は、ペロブスカイトが可視光を吸収して電子と正孔のペア(励起子)を生成し、これらの電荷が触媒表面に移動して、水や二酸化炭素(CO₂)といった分子の酸化還元反応を引き起こすというものである
-
CO₂還元: CO₂を回収し、太陽光エネルギーを使って一酸化炭素(CO)、メタン(CH₄)、メタノール(CH₃OH)といった有用な化学燃料や化成品に変換する「人工光合成」技術への応用が進められている
。近年の研究では、13 と酸化チタン()を組み合わせた複合触媒が、405.2 $μmol g^{-1} h^{-1}$という高い電子消費速度を達成したことが報告されている
。8 -
グリーン水素生成: 水を分解してクリーンな水素を製造する技術も重要である。ハロゲン化物ペロブスカイトは水中での安定性が低いため、純水からの直接的な水素生成は困難とされてきた
。しかし、光電気化学(PEC)セルという形態で、この課題を克服するブレークスルーが報告された。2024年の13 Nature Energy誌に掲載された研究では、FAPbI₃(ホルムアミジニウムヨウ化鉛)ペロブスカイト光アノードをニッケル(Ni)箔で完全に封止・保護する構造を開発し、外部電源なしで太陽光エネルギーを9.8%という記録的な効率で水素に変換することに成功した
。7
これらの目覚ましい成果は、研究の方向性が重要な転換点を迎えていることを示している。高性能化は、単一の「完璧な」ペロブスカイト材料を探索することによってではなく、ペロブスカイトを他の材料と知的に組み合わせる「ヘテロ構造工学」によって達成されている。PEC水分解の記録的効率は、裸のペロブスカイトではなく、Ni/NiFeOOH層によって緻密に保護・機能化された複合構造によって初めて可能となった
5.2. 熱電変換技術:未利用廃熱からのエネルギーハーベスティング
熱電変換は、温度差を直接電力に変換する技術(ゼーベック効果)であり、工場やデータセンター、自動車などから排出される膨大な未利用廃熱を回収するエネルギーハーベスティング技術として期待されている。熱電材料の性能は、無次元性能指数 で評価される。ここで、はゼーベック係数、は電気伝導率、は絶対温度、は熱伝導率である。高性能な熱電材料は、「電気は通しやすく(高い)、熱は通しにくい(低い)」という相反する性質を両立する必要がある。
ペロブスカイト材料、特にハロゲン化物ペロブスカイトは、その特異な結晶構造に由来する「フォノングラス(熱を伝えにくいガラスのような性質)」特性により、本質的に極めて低い格子熱伝導率()を示す
しかし、現状の課題は電気伝導率()が低いことである。これにより、パワファクター()が伸び悩み、全体のZT値は、例えばスズ系ペロブスカイトの実験値で0.1〜0.15程度に留まっている
の超格子構造を用いることで、室温でZT=1.34という画期的な理論値も報告されており、今後の材料設計に新たな指針を与えている
第6章 応用フロンティア IV:先端エレクトロニクスと情報技術
6.1. 強誘電性を利用した次世代メモリ(FeRAM)とトランジスタ
一部のペロブスカイト材料、特に有機カチオンを含むハイブリッド有機・無機ペロブスカイト(HOIPF)は、外部電場によって反転可能な自発的な電気分極を持つ「強誘電性」を示す
-
強誘電体RAM(FeRAM): 従来のペロブスカイト酸化物(PZTなど)を用いたFeRAMは、CMOS(相補型金属酸化膜半導体)プロセスとの整合性や微細化(スケーラビリティ)に課題を抱えていた
。HOIPFは、溶液塗布による低温プロセスが可能で柔軟性も持つため、新しい選択肢として期待される。さらに、2025年のレビューで注目されているように、鉛などの金属を含まない「メタルフリー分子性ペロブスカイト(MOP)」は、環境調和性が高く、従来の強誘電体を上回る性能を示す可能性があり、この分野の研究を加速させると期待されている53 。55 -
トランジスタとセンサー: ペロブスカイトは、電界効果トランジスタ(FET)の半導体チャネル材料としても利用できる
。これにより、光を電気信号に変換するフォトトランジスタ、電流を光に変換する発光FET(LEFET)、そして強誘電性を利用したメモリ機能を持つトランジスタなど、多機能なデバイスが実現可能となる。また、ペロブスカイトが持つ圧電性(機械的な歪みを電圧に変換する性質)は、微小な力や振動を検出するセンサーや、逆に電圧を印加して微小な動きを生み出すアクチュエーターへの応用にも繋がる11 。12
6.2. ニューロモーフィックコンピューティングへの応用可能性
ペロブスカイトの真のポテンシャルは、単一の機能(メモリや論理演算など)を代替することに留まらない。むしろ、光、電気、機械、磁気といった複数の物理現象を一つの材料システム内で結合できる「マルチフィジックス」プラットフォームとしての側面にこそ、その革新性がある。従来のシリコンベースのコンピューティングが電気信号のみを扱うのに対し、ペロブスカイトデバイスは光で情報を書き込み、電気で読み出すといった複合的な操作が可能である。
この多機能性は、人間の脳の仕組みを模倣した「ニューロモーフィックコンピューティング」のハードウェア実装に理想的である。脳の神経細胞(ニューロン)と接合部(シナプス)が記憶と演算を一体として行うように、ペロブスカイトを用いて光や電気でシナプスの結合強度を模倣する「人工シナプスデバイス」が研究されている
第7章 日本の研究開発動向と脱炭素化への貢献可能性
7.1. 日本のアカデミアと産業界における非発電応用の研究拠点
日本は2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授によってペロブスカイト太陽電池が世界で初めて報告された国であり
表2:日本の主要研究機関と非PVペロブスカイト研究開発への貢献
機関名 | 主要研究者/グループ | 主な応用分野 | 特筆すべき成果・技術 |
東京大学 | 近藤研究室 | 発光・受光デバイス |
ヘテロエピタキシャル構造の作製 |
(NIMSと共同) | 光センサー |
世界最高効率の全ペロブスカイト超薄型光センサー |
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京都大学 | 若宮研究室 | 材料化学、LED |
高性能正孔輸送材料の開発、Enecoat Technologies設立 |
九州大学 | 山﨑研究室 | 光触媒 |
機械学習駆動によるペロブスカイト酸化物触媒の開発 |
東京工業大学 | 片瀬研究室 | 熱電変換 |
環境調和型・逆ペロブスカイト熱電材料の理論設計と実証 |
桐蔭横浜大学 | 宮坂研究室 | 鉛フリー材料、センサー |
鉛代替材料(AgBi₂I₇)の研究、室内光ハーベスティング応用 |
物質・材料研究機構(NIMS) | 複数のグループ | センサー、鉛フリー材料 |
ガスセンサー、超薄型光センサー(東大と共同) |
パナソニックHD | – | ガラス一体型デバイス |
「発電するガラス」コンセプト、インクジェット塗布技術 |
積水化学工業 | – | フィルム型デバイス |
高耐久フィルム技術、ロール・ツー・ロール製造プロセス |
東芝 | – | フィルム型デバイス |
大面積フィルム型ペロブスカイト太陽電池 |
カネカ | – | ガラス・フィルム型デバイス |
高効率ガラス基板サブモジュール |
7.2. 各応用技術がもたらす脱炭素化への貢献シナリオ分析
ペロブスカイトの非発電応用技術は、日本の2050年カーボンニュートラル目標達成に向けて、多岐にわたる貢献が期待される。その貢献は、クリーンエネルギーを直接生成する「直接的貢献」と、社会全体のエネルギー消費を削減する「間接的貢献」に大別できる。
直接的貢献(燃料・エネルギーの創出):
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光触媒技術: 太陽光と水からグリーン水素を直接製造する技術(水分解)や、工場などから排出されるCO₂を資源として再利用し、合成燃料(e-fuel)や化学品を製造する技術(CO₂還元)は、運輸部門や産業部門の脱炭素化に不可欠なカーボンリサイクル社会の実現に直結する。ペロブスカイト触媒は、これまで利用が難しかった可視光を効率的に使えるため、これらの技術の実用化を大きく前進させる可能性がある。
-
熱電変換技術: 工場、データセンター、自動車の排熱など、これまで大気中に捨てられていた膨大な量の廃熱を電力として回収・再利用する。これにより、一次エネルギーの投入量を削減し、産業全体のエネルギー効率を向上させることができる。
間接的貢献(エネルギー効率の向上):
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高効率照明・ディスプレイ(PeLEDs): 照明とディスプレイは、家庭、オフィス、工場における電力消費の大きな割合を占める。OLEDを凌駕する可能性のある高いエネルギー変換効率を持つPeLEDが普及すれば、大幅な省エネルギー効果が期待できる。
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自己電源型IoTデバイス: 東京大学とNIMSが開発した超薄型光センサーのように、ペロブスカイトは室内光などの微弱な光でも効率的に発電できる
。この特性を活かせば、スマート工場やスマート農業、スマートグリッドなどで使用される無数のIoTセンサーを、電池交換や外部電源なしで自律的に駆動させることが可能になる59 。これにより、メンテナンスコストの削減や電子廃棄物の削減に加え、エネルギーや資源のより効率的でデータ駆動型の管理が実現し、社会全体のエネルギー効率が向上する。66 -
先端エレクトロニクス: データセンターや個人用電子機器の爆発的な増加に伴い、情報通信技術(ICT)分野の電力消費は深刻な問題となっている。ペロブスカイトを用いた低消費電力の不揮発性メモリやニューロモーフィックチップが実用化されれば、このエネルギーフットプリントを大幅に削減できる可能性がある。
第8章 2026年を見据えた戦略的展望と提言
8.1. 各応用分野の技術成熟度と実用化へのタイムライン
2026年を一つのマイルストーンとして、各応用分野の技術成熟度と実用化への道筋は以下のように予測される。
-
短期(~2026年):
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ペロブスカイト量子ドット(pQD): 液晶ディスプレイの色再現性を向上させるカラーフィルターフィルムとして、市場への本格的な導入が進む
。34 -
X線検出器: 高感度・低被ばくを特徴とするプロトタイプが、医療診断や非破壊検査の分野で評価・導入され始める。
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センサー: 特定のガスや湿度を検知するニッチな産業用途で、限定的な実用化が開始される。
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中期(2026年~2030年):
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PeLED: ウェアラブルデバイス用のマイクロディスプレイや、特殊照明など、寿命要求が比較的緩やかな分野で第一世代製品が登場する。
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熱電変換: IoTデバイスやウェアラブル機器向けの自律電源として、熱電モジュールの実証が進む。
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光電気化学(PEC)セル: 大面積モジュールによるグリーン水素製造の実証プラントが稼働を開始し、スケールアップに向けた課題が明確化される。
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-
長期(2030年以降):
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PeLED: 寿命と信頼性が向上し、一般照明や大型ディスプレイ市場でOLEDと競合する存在となる。
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光触媒: 商業スケールでのグリーン水素および合成燃料の生産が実現する。
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先端エレクトロニクス: ペロブスカイトベースのFeRAMやニューロモーフィックチップが、特定のコンピューティング分野で実用化される。
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8.2. 基礎研究と産業応用を加速するための提言
ペロブスカイトの多様な可能性を最大限に引き出し、産業競争力に繋げるためには、以下の戦略的取り組みが不可欠である。
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「トリレンマ」克服に向けた統合的研究プラットフォームの構築: 性能、安定性、環境調和性(鉛フリー)は、個別ではなく統合的に解決すべき課題である。材料探索(マテリアルズ・インフォマティクス)、精密合成、高性能評価、劣化メカニズム解析を連携させる学際的な研究開発プラットフォームを構築し、応用ごとの最適解を効率的に見出す体制を強化するべきである。
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標準化とデータベースの整備: 応用分野ごとに異なる性能・安定性の評価手法を標準化し、信頼性の高いデータを共有するデータベースを構築することが、研究開発の加速と産業界への円滑な技術移転に不可欠である。
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「強み」を活かす産学官連携の深化: 日本は、材料メーカー(化学、ガラス、フィルム)からデバイスメーカー(電機、自動車)まで、幅広い産業基盤を持つ。大学や公的研究機関の基礎研究シーズを、これらの企業が持つ量産技術や市場ニーズと結びつけ、開発初期段階から実用化を見据えた「垂直統合型」の産学官連携を強化することが重要である。
8.3. 総括:ペロブスカイトが拓く持続可能な未来像
ペロブスカイトは、単なる次世代太陽電池材料ではない。それは、光、電気、熱、化学エネルギーを自在に操る、極めて汎用性の高い「技術プラットフォーム」である。その応用範囲は、クリーンエネルギーの創出から、社会の隅々におけるエネルギー消費の効率化、さらには情報処理のあり方そのものを変革する可能性までを内包している。
発電を超えたペロブスカイト技術の多様な展開は、エネルギー効率が高く、データ駆動型で、環境と調和した持続可能な社会を構築するための、強力な技術的基盤を提供する。日本が持つ研究開発の強みを最大限に活かし、この新しい技術フロンティアを戦略的に開拓していくことは、2050年カーボンニュートラルの達成のみならず、未来の産業競争力を確保する上でも極めて重要な意義を持つであろう。
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