2050年日本のガソリン価格はいくらになるか?カーボンプライシング導入後の未来を徹底予測

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

2050年日本のガソリン価格はいくらになるか?カーボンプライシング導入後の未来を徹底予測

第1章:2050年への羅針盤:日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)戦略とカーボンプライシングの全体像

1-1. なぜ今、カーボンプライシングなのか?日本の脱炭素政策の現在地と国際公約

日本は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を国際社会に公約している。この野心的な目標達成に向けた国家戦略の中核に位置づけられるのが、「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」である。

GXとは、化石燃料中心の経済・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換させ、これを経済成長の制約やコストと捉えるのではなく、産業競争力強化と経済成長の機会とする考え方だ 1。このGXを実現するための最重要政策ツールの一つが、本稿の主題である「カーボンプライシング(CP)」に他ならない。

カーボンプライシングは、二酸化炭素(CO₂)の排出に価格を付ける(値付けする)ことで、排出者の行動変容を促す経済的手法である 価格付けされたCO₂は、企業活動におけるコストとして認識されるため、排出量を減らす努力が経済的なインセンティブとして機能する。しかし、日本の導入するカーボンプライシングは、単なる排出削減のペナルティとして設計されているわけではない。

その根底には、GX関連の製品や事業の付加価値を高め、脱炭素分野で新たな需要と市場を創出するという「成長志向型」の思想が貫かれている 。これは、環境対策をコスト増と捉えがちな産業界の懸念に配慮しつつ、脱炭素への取り組みが企業の収益性向上に繋がる仕組みを構築しようとする、日本独自の戦略的アプローチである。

この政策導入を強力に後押ししているのが、国際社会の動向、特に欧州連合(EU)の政策である。EUは2023年10月から「炭素国境調整メカニズム(CBAM)」を暫定的に導入した 。これは、EU域内に特定の製品を輸出する際、その製品の製造過程で排出されたCO₂に対して、EU域内の企業と同等の炭素価格の支払いを求める制度である。

もし日本国内で適切なカーボンプライシングが導入されていなければ、日本の輸出企業はEUに対して炭素コストを支払うことになり、本来であれば国内でGX投資の原資となり得たはずの資金が国外に流出する事態を招きかねない 。このように、カーボンプライシングは国内の環境政策であると同時に、国際的な産業競争力と経済安全保障を左右する通商政策としての側面を強く帯びているのである。

1-2. 「成長志向型カーボンプライシング構想」の核心:20兆円規模のGX投資と将来負担

日本のカーボンプライシングは、2023年5月に成立した「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(通称:GX推進法)を法的根拠とする 。この法律が描く「成長志向型カーボンプライシング構想」は、壮大な時間軸と規模感を持つ。その核心は、今後10年間で官民合わせて150兆円を超えるGX投資を誘発することにある

この巨大な投資を始動させるための起爆剤として、政府は20兆円規模の「GX経済移行債」を発行する 。この国債によって調達された資金は、企業の脱炭素化に向けた研究開発や設備投資などへの先行投資支援に充てられる。そして、この20兆円の国債の償還財源として位置づけられているのが、将来的に導入されるカーボンプライシングによる収入なのである

ここに、日本の制度設計の最大の特徴である「支援先行・負担は後」という基本思想が見て取れる 。多くの国が炭素税などを導入して直ちに国民や企業に負担を求めるのとは対照的に、日本はまず大規模な財政支援を行い、産業界が脱炭素化へ移行するための準備期間を設ける。その上で、市場の準備が整った段階で、当初は低い水準から緩やかにカーボンプライシングによる負担を導入していく計画だ。

このアプローチは、政治的・経済的な賭けとも言える。政府の狙いは、先行投資支援によって企業の脱炭素技術コストが将来的に低下し、その結果、後から導入されるカーボンプライシングが円滑に受け入れられるという好循環を生み出すことにある。

しかし、もし先行投資が期待通りの技術革新やコストダウンに繋がらなかった場合、政府は2030年代以降に厳しい選択を迫られることになる。すなわち、国際公約の達成と国債償還のために国民の反対を押し切って炭素価格を急激に引き上げるか、あるいは目標未達となり国際的な信頼を失い、CBAMのような形で実質的なペナルティを課されるか、というジレンマである。この制度設計は、政治的・経済的リスクを将来の世代に先送りする構造を内包しているとも評価できる。

第2章:日本のカーボンプライシング制度の解剖:二つの柱「排出量取引制度」と「化石燃料賦課金」

日本の成長志向型カーボンプライシングは、大きく分けて二つの制度的支柱から構成される。一つは、化石燃料の供給源である「川上」に広く浅く課金する「化石燃料賦課金」。もう一つは、CO₂を多く排出する「川下」の事業者を対象とする「排出量取引制度(GX-ETS)」である。この二つの制度を組み合わせることで、経済全体に脱炭素化のインセンティブを与えつつ、特定の産業にはより重点的な働きかけを行うハイブリッドなアプローチを目指している

2-1. 化石燃料賦課金:2028年から始まる「川上」での価格付けとその影響範囲

「化石燃料賦課金」は、2028年度からの導入が予定されている制度である 。その名の通り、ガソリン、軽油、灯油、天然ガス、石炭といった化石燃料を輸入または国内で採取する事業者を対象に、それぞれの燃料が燃焼した際に排出されるCO₂の量に応じて金銭的な負担を課す仕組み

この制度の最大の特徴は、エネルギー供給の最も上流(川上)で課金される点にある。ここで発生したコストは、製品価格への転嫁を通じて、最終的には電力会社、ガス会社、製造業、運輸業、そして私たち一般消費者が利用する電気、ガス、ガソリンといったあらゆるエネルギー製品の価格に反映される。これにより、特定の産業だけでなく、経済社会全体に広く脱炭素化への動機付けを与えることを目的としている

導入スケジュールは、急激な経済的ショックを避けるため、極めて慎重に設計されている。2028年度の導入当初は低い負担水準からスタートし、その後、経済状況や技術の進展を見ながら段階的に引き上げられる計画。また、既存のエネルギー関連税制(例えば、再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)や石油石炭税)との関係も考慮され、エネルギーに係る国民負担の総額が中長期的に過度に増大しないよう配慮される方針が示されている

法的な観点から注目すべきは、この制度が「税」ではなく「賦課金」として設計されている点である 税法を改正するには国会での厳格な審議と議決が必要となるが、賦課金であれば、根拠法に基づき政令や省令によって料率を比較的柔軟に変更することが可能となる。これは、将来の国際情勢や国内の排出削減の進捗状況に応じて、政策的な機動性を確保したいという政府の意図を反映している。

この柔軟性は政策運営上の利点となる一方で、将来の負担水準の予見性を損なう要因ともなり得る。

2-2. 排出量取引制度(GX-ETS):2026年本格稼働、市場メカニズムは機能するか

もう一つの柱である「排出量取引制度(GX-ETS)」は、化石燃料賦課金よりも先行して、2026年度からの本格稼働が予定されている 。この制度は、主に鉄鋼、化学、セメント、電力といったCO₂を大量に排出する産業を対象とする。

制度の基本的な仕組みは、政府が対象企業に対してCO₂排出量の上限(排出枠)を割り当て、企業はその枠内で排出削減努力を行うというものである。もし目標以上に排出量を削減できた企業は、余った排出枠を、目標達成が困難な他の企業に売却することができる。これにより、社会全体としてより効率的(低コスト)に排出削減を達成しようとする市場メカニズムを活用した手法である

日本のGX-ETSは、段階的に発展させていく方針が採られている。

  • 第1フェーズ(2023年度~2025年度): 「GXリーグ」という枠組みに参加する企業による自主的な排出量取引制度として試行的に運用されている 。これは、本格稼働に向けた知見の蓄積やデータ収集を目的とした助走期間と位置づけられる。

  • 第2フェーズ(2026年度~): 改正GX推進法に基づき、一定規模以上(例えば、CO₂直接排出量が年間10万トン以上)の事業者を対象とした義務的な制度として本格稼働する

  • 発電事業者への有償オークション導入(2033年度~): 制度が成熟した段階で、電力部門を対象に排出枠の一部を有償で入札(オークション)によって割り当てる仕組みが段階的に導入される計画である

しかし、この制度が直ちに有効な炭素価格を形成するかについては、慎重な見方が必要である。本格稼働当初の2026年度からは、対象企業に対して排出枠が全量無償で割り当てられる方向で検討が進められている 。これは、企業の過度な負担を避け、国際競争力への影響を最小限に抑えるための配慮であるが、市場で取引される排出枠の量が限定的となり、市場メカニズムによる価格発見機能が十分に働かない可能性がある。実質的に市場が機能し、意味のある炭素価格が形成され始めるのは、2033年度以降の有償オークションが導入されてからになると予想される。

この二つの制度を併用するアプローチは、経済効率性よりも政治的な実現可能性を優先した結果と見ることができる。経済学的には、単一の炭素税を広く課す方がシンプルで効率的とされることが多い。しかし、日本政府は、国民全体に影響する賦課金を低水準に抑えつつ、特定産業を対象とするETSでは無償割当などの柔軟な措置を講じることで、各方面からの反発を和らげ、制度導入の合意形成を図った。この複雑な制度設計は、日本の政策決定プロセスの特徴を色濃く反映している。

また、2026年にETSが本格稼働し、2028年に賦課金が導入され、2033年に有償オークションが始まるといった長期にわたる段階的なスケジュールは、投資家にとっての「信頼性のギャップ」を生む可能性がある。

2025年時点で数十年単位の設備投資を検討する企業にとって、10年近く先まで完全には姿を現さない炭素価格は、不確実性の高いリスク要因となる。この政策の漸進主義が、かえって企業のGX投資判断を遅らせる「様子見」の姿勢を助長する可能性は否定できない

第3章:未来の炭素価格を予測する:国内モデルと国際シナリオの比較分析

日本のカーボンプライシングが将来のガソリン価格に与える影響を予測するためには、その核心となる「炭素価格(1トンのCO₂排出に対する価格)」が2050年に向けてどのように推移していくかを想定する必要がある。ここでは、二つの大きく異なる視点に基づいたシナリオを構築し、その比較を通じて日本が直面する課題を浮き彫りにする。

3-1. シナリオA(国内準拠モデル):GX経済移行債の償還を前提とした炭素価格予測

最初のシナリオは、日本の現行政策の枠組みを忠実に反映したものである。このモデルは、カーボンプライシングの収入が、先に発行される20兆円規模の「GX経済移行債」の償還に充てられるという政府方針を前提としている 。つまり、炭素価格の水準は、「気候変動対策に必要だから」という理由だけでなく、「2050年度までに20兆円を償還するために必要だから」という財政的な制約によって規定されることになる。

この前提に基づき、一般財団法人日本エネルギー経済研究所(IEEJ)が公表した試算は、将来の炭素価格を考える上で重要な示唆を与える 。IEEJの分析では、2050年の日本のCO₂排出削減レベルに応じて複数のケースが想定されているが、その試算によれば、化石燃料賦課金の単価は2050年度時点1トンあたり約2,000円から約6,100円の範囲に収まる可能性が示されている

この価格水準は、あくまで「20兆円の債務を返済する」という目的から逆算されたものであり、日本の国内事情に最適化された、比較的低位な炭素価格の将来像を描き出している。このシナリオは、政府が公約する「エネルギーに係る負担の総額を中長期的に減少させていく中で導入する」という方針とも整合的であり 、政治的・経済的な実現可能性を最も重視した現実的な路線と言える。

3-2. シナリオB(国際整合モデル):IEAが示すパリ協定整合シナリオに基づく炭素価格予測

二つ目のシナリオは、視点を国内から世界へと転じ、地球規模での気候変動対策という観点から必要な炭素価格を想定するものである。その基準となるのが、国際エネルギー機関(IEA)が示す「2050年ネットゼロ排出(Net Zero by 2050)」シナリオである 。このシナリオは、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑えるというパリ協定の目標を達成するための、科学的根拠に基づいたロードマップである。

IEAの分析によれば、この野心的な目標を達成するためには、世界各国で極めて高い水準のカーボンプライシングを導入する必要があるとされる。特に、対策を主導すべき先進国においては、2030年までに1トンあたり140米ドル、2040年までに205米ドル、そして2050年までには250米ドルという炭素価格が求められる 1ドル150円で換算すると、2030年時点で約21,000円/t-CO₂、2050年時点では約37,500円/t-CO₂となり、シナリオAとは桁違いの価格水準である。

この価格は、再生可能エネルギーや電気自動車(EV)、水素技術といった脱炭素技術への投資を劇的に加速させ、化石燃料からの迅速な移行を経済合理的にするために必要とされる水準である。世界銀行の炭素価格ハイレベル委員会も、パリ協定の目標達成には2030年までに61~122米ドル/t-CO₂の価格が必要だと指摘しており 、IEAの示す価格水準は国際的なコンセンサスとなりつつある。

3-3. 炭素価格の巨大なギャップ:日本が直面する「政策的ジレンマ」

シナリオA(国内準拠モデル)とシナリオB(国際整合モデル)を比較すると、そこには驚くほど巨大な価格のギャップが存在する。2050年時点で見ると、シナリオAの約6,000円に対し、シナリオBは約37,500円と、その差は6倍以上にも達する。このギャップは、単なる数値の違いを超えて、日本のエネルギー・気候変動政策が抱える根本的な「政策的ジレンマ」を象徴している。

すなわち、日本の現行政策(シナリオA)は、国内の産業保護や国民負担の抑制といった経済的・政治的制約を最優先に設計されている。一方で、国際社会や科学が求める水準(シナリオB)は、気候危機という地球規模の課題解決を最優先に、痛みを伴う構造転換を迫るものである。

このギャップを放置し、日本が低い炭素価格に留まり続けた場合、中長期的に深刻なリスクに直面する可能性がある。第一に、EUのCBAMのような制度が他国にも拡大した場合、日本の輸出産業は海外で高い炭素コストを支払うことになり、国内産業保護という当初の目的が達成できなくなる 。第二に、脱炭素化の遅れは、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資を重視する世界の投資家から「気候変動対策に後ろ向きな国」と見なされ、日本市場から国際的な投資マネーが流出する「ダイベストメント」のリスクを高める。

この巨大なギャップをいかにして埋めていくのか、あるいは埋めずに国際社会の中でどう立ち回るのか。この問いに対する答えが、今後の日本の経済と産業の命運を左右することになるだろう。

3-4. 予測テーブル:2つのシナリオによる炭素価格の推移

以下の表は、シナリオAとシナリオBにおける炭素価格の将来予測をまとめたものである。参考として、既に高い価格水準で推移しているEU-ETS(欧州排出量取引制度)の実績・予測値も併記する。これにより、日本の置かれている状況を定量的に把握することができる。

注釈:

  • シナリオAは、IEEJの試算 に基づき、2028年の賦課金導入から2050年に向けて線形に増加すると仮定して筆者が補間した推定値。

  • *シナリオBは、IEAの予測 (2030年: 140ドル, 2040年: 205ドル, 2050年: 250ドル)を1ドル=150円で換算し、中間年を線形補間した推定値。2025年は参考値。

  • **EU-ETS予測は、BloombergNEFの予測 (2030年: 150ユーロ, 2035年: 194ユーロ)等を参考に1ユーロ=150円で換算した推定値。

第4章:ガソリン価格を支配する力学:原油価格、為替、税制の構造的分析

カーボンプライシングは、将来のガソリン価格を左右する新たな、そして重要な変数である。しかし、ガソリン価格の全体像を理解するためには、従来から価格を支配してきた三つの強力なドライバー、すなわち「原油価格」「為替レート」「税制」の構造を深く分析する必要がある。これらの要因は、カーボンプライシングの影響が顕在化する前から、そして顕在化した後も、価格変動の根幹をなし続ける。

4-1. 心臓部である原油価格:EIAの長期予測シナリオ(参照・高騰・下落)

ガソリンの小売価格のうち、約8割以上は原油代と税金で占められており、その中でも最も変動が激しいのが原油価格である 。原油価格は、OPEC+の生産方針、世界経済の成長率、地政学的リスク、エネルギー転換の進捗など、無数の要因が複雑に絡み合って決定されるため、その長期的な予測は極めて困難である。

この不確実性に対処するため、本稿では世界で最も権威あるエネルギー分析機関の一つである米国エネルギー情報局(EIA)が毎年公表する長期エネルギー展望(Annual Energy Outlook, AEO)のシナリオ分析を用いる。EIAは、将来起こりうる複数の未来像を提示しており、ここでは主要な3つのシナリオを参照する

  • 参照ケース (Reference Case): 現在の政策や技術進歩のトレンドが継続すると仮定した、最も中立的なシナリオ。このケースでは、ブレント原油価格は2050年に1バレルあたり91ドルに達すると予測されている

  • 高価格ケース (High Oil Price Case): 世界の石油供給が制約される、あるいは需要が想定以上に旺盛な場合のシナリオ。このケースでは、価格は2050年に157ドルまで高騰する

  • 低価格ケース (Low Oil Price Case): 技術革新による石油生産コストの低下や、急進的なエネルギー転換による需要減少が起こるシナリオ。このケースでは、価格は2050年に48ドルまで下落する

この3つのシナリオが示す価格の幅(48ドルから157ドル)は、2050年時点での原油価格の不確実性の大きさを物語っている。この変動性は、カーボンプライシングによる価格上昇分を、時には吸収し、時には何倍にも増幅させる力を持つ。例えば、日本の炭素価格が5,000円/t-CO₂になった場合、ガソリン価格への影響は約11.6円/Lとなる。一方で、原油価格が109ドル(高価格ケースと低価格ケースの差)変動した場合、その影響は1ドル150円換算で1リットルあたり100円以上にも及ぶ。この比較からも、少なくとも中期的には、原油価格の動向がカーボンプライシング以上に消費者の支払う価格を左右する最大の要因であり続けることがわかる。

4-2. 見過ごせない円の価値:為替レート(USD/JPY)の変動がもたらすインパクト

日本は原油のほぼ全量を輸入に頼っており、その決済は米ドルで行われる。そのため、ドルと円の交換比率である為替レートは、国内の原油調達コスト、ひいてはガソリン価格に直接的な影響を及ぼす 。同じ1バレル100ドルの原油でも、1ドル100円の時と150円の時では、円建てのコストは1.5倍も異なる。

為替レートは、日米の金利差、貿易収支、経済成長率、さらには国際的な投資家のリスクセンチメントなど、エネルギー市場とは異なるロジックで変動する。したがって、ガソリン価格を予測する上では、原油価格のシナリオと並行して、為替レートの変動も考慮に入れなければならない。本レポートでは、後の感度分析の章で、円安・円高シナリオがガソリン価格に与える影響を定量的に評価する。この分析は、日本のエネルギー価格が、国内の政策努力だけではコントロールできない外部要因にいかに脆弱であるかを浮き彫りにするだろう。

4-3. 固定された巨大なコスト:現行のガソリン関連税制の構造

ガソリン価格の構成要素の中で、原油価格とは対照的に、安定的かつ大きな割合を占めているのが税金である。日本のガソリン関連税制は、長年の歴史的経緯から極めて複雑な構造を持っている

現在のレギュラーガソリン1リットルあたりに含まれる主要な税金は以下の通りである

  1. 揮発油税(国税): 53.8円

    • 本則税率: 28.7円

    • 暫定税率: 25.1円

  2. 石油石炭税(国税): 2.8円

これらの税金は、ガソリンの本体価格に関わらず一定額が課される「従量税」である。つまり、原油価格がどんなに下落しても、ガソリン価格はこれらの税金分(合計56.6円)以下にはならないという、強力な価格の下支え効果を持っている。

さらに、日本の税制の特異な点として、「Tax on Tax(税への課税)」問題が挙げられる。ガソリンスタンドで支払う最終的な小売価格には10%の消費税が課されるが、この消費税の課税対象には、ガソリン本体価格だけでなく、上記の揮発油税や石油石炭税も含まれている 。これは、消費者が税金に対してさらに税金を支払っている構造であり、長年にわたり消費者団体などから批判の対象となってきた。

この固定的な税構造は、将来の政策運営において新たな課題を生む可能性がある。現在、揮発油税などは道路整備などの財源として重要な役割を果たしているが、その税収はガソリンの販売量に依存している。

EV化の進展などによりガソリン消費量が減少すれば、当然ながらこれらの税収も減少する。つまり、政府が推進する脱炭素政策の成功が、既存の重要な財源を侵食するという自己矛盾を抱えているのである。この問題は、将来的には、走行距離課税の導入や、本稿で後述する「タックス・スワップ(税の付け替え)」といった、自動車関連税制の抜本的な見直し議論へと繋がっていく可能性が高い。

第5章:統合予測モデル:カーボンプライシングがガソリン価格に与える影響の定量化(2025年~2050年)

これまでの章で分析してきたカーボンプライシング、原油価格、為替、税制という四つの主要なドライバーを統合し、2050年までの日本のガソリン小売価格を定量的に予測する。ここでは、予測の論理構造を明確に示すためのモデルを提示し、それに基づいた「基準シナリオ」における具体的な価格推移を試算する。

5-1. 予測モデルのロジック解説:数式で見るガソリン価格の未来

本レポートで用いるガソリン小売価格の予測モデルは、以下の数式によって構成される。このモデルは、ガソリン価格を構成する各要素を分解し、それぞれの変数が最終価格にどのように影響するかを可視化することを目的としている。

各変数の定義は以下の通りである。

  • 原油価格 ($/bbl): ブレント原油の国際価格(米ドル/バレル)。1バレルは約159リットル。

  • 為替レート (JPY/$): 1米ドルあたりの円価格。

  • (円/L): 原油の精製費用、石油元売会社やガソリンスタンドのマージン、国内輸送費などを含むコスト。

  • (円/L): 揮発油税(53.8円)。

  • (円/L): 石油石炭税(2.8円)。

  • (円/t-CO₂): 炭素価格(化石燃料賦課金や排出量取引価格)。

  • (t-CO₂/L): ガソリン1リットルあたりのCO₂排出係数。

  • : 消費税率(10%)。

この数式の中で、カーボンプライシングの影響をガソリン価格に換算する上で最も重要なのが、CO₂排出係数(である。環境省などの公表データに基づくと、ガソリン1キロリットル(1,000リットル)を燃焼させた際のCO₂排出量は約2.32トンである 。したがって、1リットルあたりの排出係数は t-CO₂/L となる。これは、炭素価格が1,000円/t-CO₂上昇すると、ガソリン価格に 円のコストが上乗せされることを意味する。

5-2. 基準シナリオ(参照ケース)におけるガソリン価格予測

このモデルを用いて、将来のガソリン価格を予測するための「基準シナリオ」を構築する。このシナリオは、各変数について最も中立的、あるいは現時点で最も可能性が高いと考えられる前提を組み合わせたものである。

基準シナリオの前提条件:

  • 炭素価格 (): 第3章で提示したシナリオA(国内準拠モデル)を採用。2028年から導入され、2050年に6,000円/t-CO₂に達すると想定。

  • 原油価格: 第4章で提示したEIA 参照ケースを採用。2050年に91ドル/バレルに達すると想定し、中間年は線形補間する。

  • 為替レート: 直近の為替市場の実勢を参考に、予測期間を通じて1ドル = 150円で固定する。

  • マージン (): 近年の実績を参考に、30円/Lで固定する。

  • 税制: 現行の税制が継続すると仮定する。

これらの前提条件に基づき、2025年から2050年までの5年ごとのガソリン小売価格を試算した結果が、次のセクションの表である。

5-3. 予測テーブル:基準シナリオにおけるガソリン価格の推移

以下の表は、基準シナリオに基づいたガソリン小売価格の将来予測を、その構成要素ごとに分解して示したものである。この表により、将来の価格上昇がどの要因によってもたらされるのかを詳細に分析することができる。

注釈: 小数点第2位を四捨五入。原油価格はEIA参照ケース(2024年: 81ドル, 2050年: 91ドル)を線形補間して算出。炭素価格はシナリオA(2028年導入、2050年: 6,000円/t-CO₂)を線形補間して算出。為替レートは150円/ドル、マージンは30円/Lと仮定。

この基準シナリオの分析から、いくつかの重要な示唆が得られる。 第一に、日本の国内事情を優先した緩やかなカーボンプライシング(シナリオA)が導入された場合でも、ガソリン価格は上昇基調をたどる。2050年には、現在の価格水準から約35円上昇し、1リットルあたり約215円に達する可能性がある。

第二に、価格上昇の内訳を見ると、2050年までの約35円の上昇のうち、原油価格の上昇に起因する部分が約17円、カーボンプライシングに起因する部分が約14円と、両者がほぼ同程度の影響を与えていることがわかる。これは、カーボンプライシングが、原油価格と並ぶ恒常的な価格上昇圧力として定着することを示唆している。

第三に、炭素価格コストは、当初(2030年)は1.2円/Lと軽微であるが、2050年には13.9円/Lにまで増加する。これは、政府が「当初低い負担で導入し、徐々に引き上げる」という方針を採っていることを反映しており 負担の本格化が2030年代後半から2040年代にかけて訪れることを示している。

この基準シナリオは、あくまで数多くの不確実な変数の一つを固定した上での試算に過ぎない。次の章では、これらの前提条件を変動させることで、未来のガソリン価格が取りうる振れ幅を明らかにする。

第6章:不確実性の航海図:感度分析で探る未来のガソリン価格の振れ幅

前章で示した基準シナリオは、未来を予測するための一つのアンカー(錨)に過ぎない。現実の世界は、原油価格の地政学的リスクによる高騰、国際社会からの圧力による炭素価格政策の急転換、為替市場の激変など、予測不可能な変動に満ちている。本章では、これらの不確実性を考慮に入れるため、複数のシナリオを組み合わせた感度分析を行い、将来のガソリン価格が取りうる「価格の幅(レンジ)」を明らかにする。

6-1. ベストケースとワーストケース:複数シナリオの組み合わせ

ここでは、消費者にとって最も負担が重くなる「ワーストケース」と、最も負担が軽くなる「ベストケース」を想定し、2050年時点でのガソリン価格を試算する。

ワーストケース(価格最高騰シナリオ)の前提条件:

  • 炭素価格: 日本が国際公約達成のために急進的な政策転換を迫られる状況を想定し、シナリオB(国際整合モデル)を採用(2050年: 37,500円/t-CO₂)。

  • 原油価格: 地政学的リスクの増大や供給制約を想定し、EIA 高価格ケースを採用(2050年: 157ドル/バレル)。

  • 為替レート: 日本経済の相対的な地位低下や金融政策の動向を反映し、1ドル = 180円の円安を想定。

ベストケース(価格最安定シナリオ)の前提条件:

  • 炭素価格: 国内の経済・政治的状況が優先され続ける状況を想定し、シナリオA(国内準拠モデル)を採用(2050年: 6,000円/t-CO₂)。

  • 原油価格: 急速なエネルギー転換や技術革新による供給増を想定し、EIA 低価格ケースを採用(2050年: 48ドル/バレル)。

  • 為替レート: 日本経済の競争力回復や国際金融市場の安定を反映し、1ドル = 120円の円高を想定。

これらの前提に基づき、2050年時点のガソリン小売価格を試算した結果は以下の通りである。

この試算結果は、2050年のガソリン価格約150円から350円という、極めて広いレンジの中に収まる可能性を示唆している。特にワーストケースにおける350円/Lという価格は、現在の価格の約2倍に相当し、もはや単なる経済的な負担増というレベルを超えている。このような価格水準は、地方や低所得者層の生活を直撃し、物流コストの高騰を通じてあらゆる物価を押し上げる。

その結果、フランスの「黄色いベスト運動」のような大規模な社会不安や、気候変動政策そのものへの政治的なバックラッシュを引き起こすトリガーとなり得る、社会・政治的なリスクをはらんでいる。この分析は、エネルギー政策が経済安全保障だけでなく、社会の安定にも直結する重要課題であることを示している。

6-2. 感度分析:各ドライバーが与えるインパクトの定量評価

次に、どの変数がガソリン価格の変動に最も大きな影響を与えるのかを明らかにするため、各ドライバーが単独で変動した場合のインパクト(感度)を定量的に評価する。基準シナリオの数値をベースに、以下の通り試算する。

  • 炭素価格が1,000円/t-CO₂上昇した場合:

    • ガソリン小売価格への影響:

  • 原油価格が10ドル/バレル上昇した場合:

    • ガソリン小売価格への影響:

  • 為替レートが10円円安になった場合(90ドル/バレルの原油価格を前提):

    • ガソリン小売価格への影響:

この感度分析から、ガソリン価格の変動に対するインパクトは、原油価格 > 為替レート > 炭素価格 の順に大きいことが明確に示された。特に、原油価格が10ドル変動する影響は、炭素価格が約4,000円/t-CO₂変動する影響に匹敵する。

この結果は、日本のエネルギー安全保障における根源的な脆弱性を浮き彫りにしている。カーボンプライシングは、その水準を国内の政策判断でコントロールできる「内生変数」である。しかし、原油価格と為替レートは、日本のコントロールがほとんど及ばない「外生変数」である。

地政学的な紛争や世界の金融市場の動向という、日本一国の努力ではどうにもならない要因によって、国内のエネルギー価格が大きく揺さぶられる

この「輸入化石燃料」と「米ドル」への二重の依存構造こそが、日本のエネルギーシステムが抱える最大のリスクである。

したがって、GX戦略が目指すべき最終的なゴールは、単なるCO₂排出量の削減に留まらず、国内の再生可能エネルギー導入や徹底した電化を加速させることで、この二重の依存構造から脱却し、外部環境の激変に耐えうる強靭なエネルギーシステムを構築することにあるべきだ。

第7章:洞察と提言:日本のエネルギー政策と消費者・企業が取るべき道

本レポートにおける多角的な分析は、日本の将来のエネルギー価格、特にガソリン価格が、国内政策の選択と国際環境の変動との間で綱引きをしながら、極めて不確実な経路を辿ることを示してきた。この分析結果を踏まえ、日本が直面する根源的な課題を特定し、その解決に向けた具体的かつ実効性のある政策提言、そして企業や個人が取るべき戦略を示す。

7-1. 根源的課題:低すぎる炭素価格がもたらす「移行の遅れ」と「国際競争力低下」のリスク

本レポートが明らかにした最大の課題は、日本のカーボンプライシングの想定水準(シナリオA)が、パリ協定の目標達成に必要な国際的水準(シナリオB)に比べて著しく低いことである。この「低価格路線」は、短期的には産業界の負担を軽減し、政治的な合意形成を容易にするかもしれない。しかし、中長期的には二つの深刻なリスクをもたらす。

第一のリスクは、「移行の遅れ」である。低い炭素価格は、企業や消費者に対して脱炭素化への強いインセンティブを与えない。その結果、省エネルギー投資や再生可能エネルギーへの転換、EV化といった構造転換が遅々として進まず、2030年や2050年の排出削減目標の達成が危ぶまれる可能性がある。目標達成が困難になった段階で、慌てて炭素価格を急激に引き上げようとすれば、経済社会に大きな混乱をもたらすことになる。

第二のリスクは、意図とは裏腹の「国際競争力低下」である。日本が低価格路線を維持する一方で、EUなどがCBAMのような制度を強化・拡大すれば、日本の輸出企業は国境で高い炭素コストを課されることになる 。これは、国内で炭素価格を支払う代わりに海外に支払うだけであり、国内のGX投資には繋がらない。さらに、世界の市場が脱炭素製品を標準とする中で、日本の産業界が旧来型の高炭素製品を作り続ければ、グローバルなサプライチェーンから排除され、市場そのものを失う「ガラパゴス化」のリスクに直面する。

短期的なコスト回避が、長期的な競争力喪失という、より大きな代償に繋がりかねないのである。

7-2. ありそうでなかった解決策:税制の再設計(Tax Swap)とエネルギー貧困対策

この根源的な課題に対処するため、現状の枠組みを前提とした微調整ではなく、より構造的な解決策が求められる。

提言1:税制の再設計(タックス・スワップ) 現行の揮発油税(56.6円/L)は、主にガソリンの「消費量」に応じて課税される従量税である。これを段階的に引き下げ、その減収分を「炭素排出量」に応じて課税される化石燃料賦課金の引き上げで補う税の付け替え(タックス・スワップ)」を提案する。

このアプローチには複数の利点がある。まず、税収全体を中立に保ちながら、価格シグナルを「消費量」から「炭素排出量」へと明確に転換できる。これにより、燃費の良い車やEVへの移行インセンティブがより強力に働くようになる。第二に、「増税」ではなく「税の構造改革」と位置づけることで、国民の理解を得やすくなる可能性がある。第三に、EV化の進展による揮発油税の税収減という将来的な財政問題を、炭素排出全体に課税基盤を移すことで解決できる。

提言2:炭素価格収入の還付制度(カーボン配当) カーボンプライシングの強化は、特に低所得者層や、公共交通機関が脆弱で自動車への依存度が高い地方の住民にとって、大きな負担となる「逆進性」の問題を伴う。この問題を緩和し、政策への社会的受容性を高めるために、化石燃料賦課金などによって得られた収入の一部を、国民に直接還付する仕組みの導入を提案する。

具体的には、全世帯に一律で給付金を支給する、あるいは所得税や住民税の税額控除といった形で還元する「カーボン配当」や「グリーン還付」と呼ばれる手法が考えられる。これにより、エネルギー消費の少ない低所得者層は、支払う追加負担よりも受け取る還付額の方が大きくなる可能性があり、制度の公平性を担保することができる。これは、負担増への反発を和らげ、より高い水準の炭素価格導入を可能にするための鍵となる政策パッケージである。

7-3. 企業と個人ができること:価格上昇時代への具体的な備えと戦略

政府の政策転換を待つだけでなく、企業や個人もまた、エネルギー価格の上昇が常態化する未来に適応していく必要がある。

企業向けの戦略:

  • 排出量の可視化: 自社の直接排出(Scope1, 2)だけでなく、サプライチェーン全体の間接排出(Scope3)までを正確に把握し、開示することが、取引先や投資家から評価されるための第一歩となる。

  • 投資の前倒し: 省エネルギー設備の導入、再生可能エネルギーの自家消費、社用車のEV化といった脱炭素投資は、将来の炭素価格の上昇を見越せば、先に行うほど投資回収期間が短くなる。

  • 事業ポートフォリオの転換: 自社の製品やサービスが、将来の高炭素コスト社会において競争力を維持できるかを厳しく見直し、必要であれば電化や脱炭素を軸とした事業ポートフォリオの再構築に着手すべきである。

個人向けの戦略:

  • 移動手段の見直し: 自動車の燃費を意識し、より燃費の良い車種(ハイブリッド車など)への乗り換えを検討する。また、近距離の移動では公共交通機関や自転車を利用するなど、ライフスタイル全体でガソリン消費を減らす工夫が求められる。

  • 住まいのエネルギー効率化: 住宅の断熱性能を高める、エネルギー効率の高い家電に買い換えるといった対策は、ガソリン代だけでなく、電気代やガス代も含めたエネルギーコスト全体の削減に繋がる。

  • EVへの移行: 長期的には、電気自動車(EV)への移行が、変動の激しいガソリン価格から家計を切り離す最も有効な手段となる。購入時の補助金や、再生可能エネルギー由来の電力プランの選択などを通じて、賢く移行を計画することが重要である。

第8章:専門家が答えるFAQ(よくある質問)

Q1. このカーボンプライシングで、日本のCO₂は本当に減るのか?

A. 日本の現行計画(シナリオA)の価格水準では、カーボンプライシング単体での排出削減効果は限定的と考えられます。政府の設計思想は、20兆円規模のGX投資支援とカーボンプライシングを組み合わせることで、相乗効果を発揮させるというものです 。しかし、IEAなどが示す科学的知見に基づけば、パリ協定の1.5℃目標といった国際公約を達成するためには、将来的により高いレベルへの炭素価格の引き上げが不可避となる可能性が極めて高いと分析します

Q2. ガソリン価格が上がると、経済にはどんな影響があるのか?

A. 短期的には、物流コストの上昇を通じた全般的なインフレ圧力、個人消費の抑制、企業の生産コスト増加といったマイナスの影響が懸念されます。特に、価格上昇のスピードが急激な場合は、経済への打撃も大きくなります。一方で、長期的には、省エネ技術や再生可能エネルギー、EV関連産業への投資を促し、新たな市場と雇用を創出するプラスの効果も期待されます 。経済全体への影響がプラスになるかマイナスになるかは、価格上昇のペース、政府による緩和策(第7章の提言など)の有無、そして産業界が変化にどれだけ迅速に対応できるかに依存します。

Q3. EV(電気自動車)の普及は、この予測にどう影響するのか?

A. EVの普及は、ガソリン需要を構造的に減少させるため、長期的にはガソリン価格の上昇を抑制する方向に作用します。需要が減れば、市場原理に基づき価格は下落圧力を受けるためです。しかし、これは問題の終わりを意味しません。EVの普及は電力需要を大幅に増大させます。もし電力部門の脱炭素化が遅れ、化石燃料火力発電への依存が続けば、発電コストの上昇を通じて電気料金が高騰する可能性があります。消費者は、ガソリン代の負担から解放される代わりに、電気代という形でエネルギーコストを負担することになり、問題が単にエネルギーの種類を変えて移動するだけになる可能性があります。

Q4. 政府の補助金は今後も続くのか?

A. 現在実施されている「燃料油価格激変緩和措置」は、あくまで原油価格の急激な変動に対応するための時限的かつ例外的な措置です 。一方で、カーボンプライシングは、化石燃料への依存から脱却するための恒久的かつ構造的な制度設計であり、両者は政策の方向性が正反対です。したがって、長期的には補助金は段階的に縮小・廃止され、炭素価格による負担に置き換わっていくと考えるのが合理的です。補助金を継続することは、脱炭素化のインセンティブを削ぐことになり、GX戦略の目的そのものと矛盾するためです。

結論:2050年のガソリンスタンドで我々が見る風景

本レポートは、日本のカーボンプライシング導入を軸に、2050年までのガソリン価格の未来を多角的に分析・予測してきた。その結論として、未来の価格は単一の数値で示されるものではなく、政策の選択と外部環境の変動によって大きく変動する「幅」として捉えるべきであることが明らかになった。

  • 基準シナリオでは、国内の政治・経済的制約を優先した緩やかなカーボンプライシングが導入され、ガソリン価格は2050年に約215円/Lに達する。

  • ベストケースでは、エネルギー転換が順調に進み、原油価格が安定した場合、価格は約150円/Lに留まる可能性がある。

  • ワーストケースでは、日本が国際社会の圧力で急進的な政策転換を迫られ、かつ原油価格が高騰した場合、価格は約350円/Lという、社会の安定を揺るがしかねない水準にまで高騰するリスクがある。

この価格の分岐は、日本が今後、「国内事情に最適化した漸進的な移行」を選ぶのか、それとも「地球規模の課題解決に向けた国際協調と抜本的な改革」を選ぶのかという、重大な岐路に立たされていることを示している。

2050年、私たちが訪れるガソリンスタンドは、もはや単にガソリンを補給する場所ではないかもしれない。そこは、超急速EV充電ステーション、水素ステーション、さらには地域コミュニティのエネルギーハブとしての機能が併設された、多様なエネルギーを選択する拠点へと姿を変えているだろう。その片隅に残されたガソリン計量器が示す価格。その数字は、日本が過去四半世紀にわたり、いかに賢明で、そして勇敢なエネルギー政策の舵取りをしてきたかの「成績表」として、私たちの未来を映し出しているに違いない。


補足資料

ファクトチェック・サマリー

本レポートの分析と予測は、公的機関および信頼できる研究機関が公表した以下の主要なデータに基づいています。

項目 データ 出典
日本のCP制度導入時期 化石燃料賦課金: 2028年度~, 排出量取引制度本格稼働: 2026年度~, 発電事業者有償オークション: 2033年度~
GX経済移行債規模 20兆円
炭素価格予測(国内準拠) 2050年: 約2,000~6,100円/t-CO₂ (IEEJ試算)
炭素価格予測(国際整合) 先進国で2030年: 140ドル/t-CO₂, 2050年: 250ドル/t-CO₂ (IEA NZEシナリオ)
原油価格長期予測(EIA) 2050年ブレント原油価格: 参照ケース91ドル, 高価格ケース157ドル, 低価格ケース48ドル/バレル
ガソリンのCO₂排出係数 2.32 kg-CO₂/L (または 0.00232 t-CO₂/L)
ガソリン関連税制 揮発油税: 53.8円/L, 石油石炭税: 2.8円/L

 

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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