世界の無名な街が教える、未来を変える気候変動対策まちづくりアイデアTOP30 – 日本の脱炭素を加速する「地味だがすごい」ソリューションの宝庫

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

世界の無名な街が教える、未来を変える気候変動対策まちづくりアイデアTOP30 – 日本の脱炭素を加速する「地味だがすごい」ソリューションの宝庫

はじめに:静かなる革命 – なぜ気候変動対策の未来は「ローカル」にあるのか

世界のリーダーたちが集う華やかな気候変動サミットや、国家レベルで策定される野心的な政策がメディアの見出しを飾る一方で、持続可能な未来を築くための真に重要で具体的な仕事は、しばしば人々の目につかない場所で、静かに、しかし着実に進められています

その舞台は、世界各国の名もなき小さな町や、見過ごされてきたコミュニティです。これらの場所こそ、未来の社会モデルを実験し、試行錯誤を重ねる「未来の実験室」に他なりません。

本レポートの核心的な主張は、最も強靭で、革新的で、そして社会に深く受容される気候変動対策は、トップダウンの強制的な命令からではなく、ボトムアップの、コミュニティが主導する自発的な取り組みから生まれるというものです。

本稿では、世界中から厳選した30の先駆的な事例を徹底的に分解・分析し、それらの成功要因から、地域主導の行動を普遍的な設計図へと昇華させることを目指します。特に、その知見を日本の文脈に適用し、我が国の脱炭素化をいかにして加速できるかという問いに、具体的かつ実践的な答えを提示します。

レポートは四部構成で展開します。第一部「民主的なエネルギー革命」では、エネルギーの所有権とガバナンスを市民の手に取り戻すモデルを検証します。第二部「サーキュラーシティ(循環型都市)」では、廃棄物という概念そのものをなくすための資源循環システムを探求します。第三部「暮らしのOSを書き換える」では、移動、住居、気候変動への適応といった、私たちの日常生活の根幹を成すシステムの変革に焦点を当てます。そして最終第四部では、これらの分析を統合し、日本のための具体的な「未来への青写真」を描き出します。

この旅は、単なる成功事例の紹介に留まりません。それは、気候変動という地球規模の課題に対し、私たち一人ひとりが暮らす「地域」という最も身近なスケールで、いかにしてパワフルな解決策を生み出せるかを探る、希望の探求です。

表1:世界の小さな街が示す、独創的な気候変動対策アイデアTOP30

# 場所(町/地域、国) 中核となるイノベーション 鍵となる原則
1 ミデルグルンデン、デンマーク 世界初の大型市民共同所有型洋上風力発電所 共同所有による「反対から賛成へ」の転換
2 ラー・ベーゼンベーク、ドイツ 住民の4分の1が投資する村営風力発電 エネルギー事業を「第二の農作物」とする経済モデル
3 ユンデ、ドイツ 農業廃棄物を熱と電気に変えるバイオエネルギー村 エネルギーと地域基幹産業(農業)の共生
4 フェルトハイム、ドイツ 独自の配電網を持つエネルギー完全自給村 自治体による「システムオーケストレーター」としての役割
5 宍粟市、日本 住民出資による小水力発電事業 地域の自然遺産を資産化する「エネルギー・テロワール」
6 スコットランド高地、英国 過酷な地形を資産に変えるマイクロ水力発電 地理的制約の逆転的活用
7 所沢市、日本 公民連携による営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング) 自治体の積極的仲介による遊休資産の再生
8 バブコックランチ、米国 ハリケーンでも停電しない太陽光・蓄電池都市 レジリエンスを核とした都市開発
9 上勝町、日本 45分別によるコミュニティ主導のゼロ・ウェイスト 「不便益」を通じた消費行動の変革
10 エスキルストゥーナ、スウェーデン 世界初、リペア・リユース専門のショッピングモール 廃棄物処理と商業活動の融合
11 マリックビル、オーストラリア 45年の歴史を持つクリエイティブリユースセンター 廃棄物を創造性の源泉とする文化醸成
12 ヒューストン、米国 自治体が運営する建設資材のリユース倉庫 特定の廃棄物フローに特化した循環システムの構築
13 トッドモーデン、英国 「食べられる風景」を作るインクレディブル・エディブル 食を媒介としたコミュニティ資本の再構築
14 ベレン、コスタリカ 都市全体を遊水地にする「スポンジ・シティ」構想 自然基盤解決策による多重的な便益の創出
15 セビリア、スペイン 公共空間の日陰を増やす「シェード・ポリシー」 シンプルで即効性のある適応策
16 メデジン、コロンビア 交通路を涼しい散歩道に変える「緑の回廊」 インフラのグリーン化による生活の質の向上
17 デンバー、米国 所得連動型の電動自転車購入補助金制度 利用者の多角的な障壁を体系的に撤廃する制度設計
18 フロム、英国 電動自転車の4週間無料貸出プログラム 「試用」機会の提供による心理的障壁の低減
19 ドイツ(地方部) 地方に特化したステーション柔軟型カーシェアリング 都市部以外でのモビリティ・アズ・ア・サービスの実現
20 英国(全国) 低所得者・低断熱住宅を対象とした断熱改修支援 データ駆動による最も効果的な対象への資源集中
21 フロム、英国 医療機関と連携した「健康な家」プログラム エネルギー効率を「公衆衛生」の課題として再定義
22 ハンブルク、ドイツ 藻類バイオマスでエネルギーを生成するビル 建築とバイオテクノロジーの融合
23 ヨーロッパ各都市 騒音と洪水を抑制する緑化されたトラム軌道 インフラへの自然統合による複合的効果
24 サムソ島、デンマーク 10年でエネルギー自給率100%を達成した島 コミュニティ全体を巻き込むマスタープランと合意形成
25 アイスランド 地熱を利用した地域暖房と多段階利用 未利用熱エネルギーの徹底活用
26 パラナ、ブラジル 酪農家協同組合によるバイオガス事業 協同組合による廃棄物処理とエネルギー生産の両立
27 サン・マルティン、ペルー 電化されていない村に電気を供給する共同バイオガス エネルギーアクセスと地域開発の同時達成
28 アムステルダム、オランダ 2050年までの完全循環型都市を目指す包括的戦略 長期ビジョンと具体的な短期目標の設定
29 ニューオーリンズ、米国 災害時に避難所となる「コミュニティ灯台」プロジェクト 太陽光と蓄電池による分散型レジリエンス拠点網
30 タラナキ、ニュージーランド 地域エネルギー事業を育成する「コミュニティ・アクティベーター」 アイデアを事業化する伴走支援プログラム

第一部 民主的なエネルギー革命:市民が電力を取り戻す

エネルギー転換は、単なる技術の置き換えではない。それは、私たちの社会の根幹を成すエネルギーという資源の所有、管理、そしてそこから生まれる経済的便益のあり方を根本から問い直す、社会的な革命である。

これまで巨大な電力会社が独占してきた中央集権的なモデルから、地域住民が主体となる分散型の「エネルギー・コモンズ(共有財)」へと移行する動きが、世界各地の小さなコミュニティから始まっている。このセクションでは、エネルギーの民主化を推し進める四つの先進的なモデルを分析し、エネルギー転換がもたらす真の価値を探る

1.1 協同組合モデル:所有が「反対」を「賛成」に変える時

再生可能エネルギー施設の建設において、しばしば最大の障壁となるのが「NIMBY(Not In My Backyard:私の裏庭には建てないで)」と呼ばれる地域住民の反対運動である。しかし、この根深い問題を解決する驚くほど効果的な処方箋が存在する。それが、住民自身がプロジェクトの所有者となる「協同組合モデル」だ。このモデルは、住民を単なる受動的な電力消費者から、事業の成功に直接的な利害関係を持つ能動的な推進者へと変貌させる。

この変革の典型例が、デンマークの首都コペンハーゲンの沖合に優雅な弧を描いて並ぶミデルグルンデン洋上風力発電所である。2000年に建設された当時、世界最大級であったこの発電所は、その建設資金の半分にあたる2,300万ユーロを、約8,500人の市民が出資した協同組合によって調達された 1住民は計画の初期段階からタービンの配置決定に至るまで深く関与し、プロジェクトの共同所有者となった

その結果、景観への懸念は「自分たちの資産」への誇りへと変わり、風車のブレードが回転するたびに「自分たちの懐にお金が入ってくる」という意識が醸成された 1潜在的な反対者が、最も強力な支持者へと転換した瞬間である。この成功は、デンマークに古くから根付く協同組合の文化をエネルギー分野に応用したものであり、2011年には政府が新しい風力発電所に対して最低20%の地域住民所有を義務付ける法律を制定するまでに至った 1

同様の現象は、ドイツの人口600人の小さな村、ラー・ベーゼンベークでも見られる。この村では、1999年に始まった風力発電事業に、今や住民の4分の1近くにあたる125人が投資家として参加している 2このプロジェクトの巧みさは、二重の便益を生み出している点にある。一つは、住民にとって安定した収入源となること。もう一つは、土地を提供する農家にとって、風力発電が肥料や燃料価格の高騰に苦しむ農業経営を支える「第二の農作物」となっていること2。これにより、農家は先祖代々の土地を手放すことなく、事業を継続できる

プロジェクトの利益が外部の企業に吸い上げられるのではなく、地域内で循環し、住民の生活と地域の基幹産業を直接支える。この構造が、再生可能エネルギーに対する揺るぎない支持基盤を築いている。

これらの事例が示すのは、エネルギー協同組合の成功の本質が、風力タービンという技術そのものにあるのではなく、インフラを外部からの押し付けではなく、共有されたコミュニティの資産として再定義する社会的なプロセスにあるということだ。

住民がプロジェクトの意思決定に参加し、その経済的恩恵を直接享受する時、インフラに対する心理的・経済的関係は根本的に変化する。これは、しばしばトップダウンで進められる日本のエネルギー転換にとって、極めて重要な示唆を与える。特に地方部において、再生可能エネルギーの適地確保と住民合意形成の鍵は、地域エネルギー協同組合の設立を促進し、簡素化する法的・金融的枠組みを整備することにあるのかもしれない。それは、土地利用問題に対する社会工学的な解決策と言えるだろう。

1.2 バイオエネルギー村:閉鎖系の地域内代謝を創り出す

地域の循環経済を究極の形で体現するのが、ドイツで生まれた「Bioenergiedorf(バイオエネルギー村)」という概念だ。これは、地域の農業や林業から出る廃棄物を熱と電気に変え、エネルギーの自給自足と地域経済基盤の強化を同時に達成する、野心的な試みである。

その先駆けであり、最も象徴的な存在が、ドイツ中央部に位置する人口約750人の村ユンデである。2005年、ユンデはドイツで初めて公式に「バイオエネルギー村」として認定された。このプロジェクトの中核を成すのは、地域の農家から供給される家畜の糞尿やサイレージ(発酵させた飼料作物)を原料とするバイオガスプラントと、需要がピークに達する冬場の暖房を補うための木質チップボイラーである 3

このシステムの特筆すべき点は、その運営主体が、村の住民の70%以上が参加する協同組合であることだ 4住民は自ら出資し、運営に関わることで、エネルギー供給の安定化と、化石燃料価格の変動から解放された安価なエネルギーを手に入れたプロジェクトの実現には、ゲッティンゲン大学の研究者による科学的知見と、村長の強力なリーダーシップが不可欠であった 5

ユンデのモデルが成功した本質的な理由は、エネルギーシステムと地域の基幹産業である農業との間に、共生的な関係を築き上げたことにある。この統合が、複数の、そして相互に強化し合う価値の流れを生み出した。具体的には、このシステムは農家にとって悩みの種であった糞尿の処理問題(廃棄物処理)を解決すると同時に、バイオマスを販売するという新たな安定した収入源(農業支援)を提供した。一方、エネルギー施設側は、安全で安定した地域産の燃料供給を確保できる。つまり、これは単なるエネルギープロジェクトではなく、農業支援、廃棄物管理、地域経済開発という複数の役割を同時に担う統合的なシステムなのである。この相互接続性こそが、システム全体の強靭性(レジリエンス)の源泉となっている。

この洞察は、人口減少と高齢化に直面する日本の多くの農山漁村にとって、強力な地域活性化戦略のヒントとなる。単に再生可能エネルギー設備に補助金を出すだけでなく、ユンデのように、エネルギー生産を地域の基幹産業の再生と直接結びつける統合的な「アグリ・エネルギー」や「フォレスト・エネルギー」プロジェクトを育成する政策が求められる。それは、地域の資源を最大限に活用し、内側から経済を再生させるための、極めて効果的なアプローチである。

1.3 超ローカル水力発電:地域の自然遺産を資産に変える

大規模なダム開発とは一線を画す、小規模でコミュニティが主導する水力発電(マイクロハイドロ)は、地域のユニークな地理と水資源を最大限に活用し、環境への影響を最小限に抑えながら、信頼性の高いベースロード電力と収入を生み出す可能性を秘めている。

その優れた国内事例が、兵庫県宍粟市の「黒土・宇原地域」で実施されている住民出資による小水力発電事業だ。このプロジェクトは、太陽光発電と比較して5倍から8倍という高い設備利用率を誇り、年間を通じて安定した発電が可能である 6。特筆すべきは、その資金調達方法である。高齢化が進む地域において、自治会費からの収入が限られる中、年金の支給日や給料日に合わせて出資金を集めるなど、地域の現実に即した創造的で粘り強い努力が実を結んだ 8

同様の動きは、遠くスコットランドの辺境地でも見られる。スコットランド高地では、厳しい地理的条件を逆手にとり、個々の農家や小さなコミュニティが、地域の小川(burn)を利用したマイクロハイドロスキームを導入している。例えば、ある農家では、敷地内を流れる小川の63mの落差を利用して20kWのタービンを設置し、農場の電力需要を賄うだけでなく、余剰電力を売電して年間45トンのCO2削減と安定した収入を実現している 9これらの設備は景観に溶け込み、ほとんど目に見えない形で静かに稼働している 9スリートコミュニティトラストのような地域団体も、コミュニティハイドロプロジェクトを通じて持続可能な開発を推進している 10

これらの事例から浮かび上がるのは、コミュニティ主導のマイクロハイドロが、その土地固有の性格に深く根差した「エネルギー・テロワール」(テロワール:ワインにおけるブドウ畑の土地の性質)とでも言うべきものを形成する点である。大規模で画一的なエネルギープロジェクトとは異なり、これらの事業は「Scabcleuch Burn」や「黒土川」といった、地域住民にとって愛着のある固有の自然物を活用する。これは単なる資源利用ではなく、地域の自然遺産から直接的な便益(電力と収入)を生み出す行為であり、地域への誇りとアイデンティティを強力に育む

日本の国土の約7割を占める山間地には、無数の小川や水路が存在する。このことは、マイクロハイドロの巨大な未開拓ポテンシャルを示唆している。その鍵は、中央集権的な大規模開発計画ではなく、地域コミュニティ自身が、自分たちの「エネルギー・テロワール」を発見し、開発することを可能にする権限移譲にある。例えば、一定規模以下のプロジェクトに対する許認可プロセスの簡素化や、地域金融機関と連携した資金調達支援などを通じて、コミュニティをエンパワーメントすることが、エネルギー安全保障と地域アイデンティティの双方を強化する道筋となるだろう。

1.4 自治体の触媒機能:地域政府が変革を主導する時

コミュニティ主導のエネルギー転換において、地方自治体は単なる許認可権者や規制者であってはならない。最も成功している事例では、自治体は自らが事業を所有するのではなく、むしろ積極的に変革を可能にし、促進し、戦略的なパートナーシップを築く「システム・オーケストレーター」としての役割を果たしている。彼らは、市民、民間企業、他の行政機関といった多様なアクターを結びつけ、イノベーションに伴うリスクを低減させる「接着剤」の役割を担う。

このモデルの究極形が、ドイツで初めてエネルギーの完全自給を達成した村フェルトハイムである。この村の成功は、住民による協同組合と、民間企業である「Energiequelle」社とのユニークな官民パートナーシップによってもたらされた 11。しかし、その実現には決定的な障壁があった。既存の電力会社が、村が独自に発電した安価な電力を送るための送電網の利用を拒否したのだ。ここで、フェルトハイムの自治体指導者たちは、前例のない決断を下す。彼らは、公的資金と融資を確保し、村独自の配電網を建設するという困難な道を選んだ。この大胆な介入により、住民はドイツ平均の約半額という劇的に安い電気料金を享受できるようになった 11。さらに、この村は電力の安定供給のために10MWのリチウムイオン蓄電池システムを導入するなど、技術革新の最前線でもある 11

日本国内にも、自治体が触媒として機能した優れた事例がある。埼玉県所沢市は、公民連携による営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)プロジェクトにおいて、見事なオーケストレーター役を演じた 12。このプロジェクトは、長年放置されていた遊休農地を再生し、そこで発電した電力を市が出資する地域新電力「ところざわ未来電力」を通じて公共施設に供給するというものだ 12。当時、営農型太陽光発電の前例が少なかったため、農地転用の許認可という高いハードルが存在した。ここで所沢市は、単に計画を承認するだけでなく、市の担当部長が自ら県の農政担当部局に直接出向いて事業の意義を説明し、信頼関係を構築した 12。また、市が農業委員会や民間事業者(三菱HCキャピタルエナジー、西武アグリ)との間の調整役を積極的に担ったことで、複雑な許認可プロセスが円滑に進んだ 12

これらの事例が示すのは、最も効果的な自治体は、伝統的な行政の枠を超え、異分野のアクターたちを繋ぎ合わせ、単独ではどの主体も負えない初期リスクを引き受けることで、イノベーションを現実のものにするということだ。フェルトハイムの指導者たちは送電網の独立をかけて闘い、所沢市の職員は許認可を得るために県庁との交渉の最前線に立った。彼らの価値は、システム内の「潤滑油」となり、「接着剤」となる能力にある。

この事実は、日本の地方自治体の伝統的な、縦割りでリスク回避的な役割に挑戦を突きつける。これからの自治体職員には、プロジェクトマネジメント、パートナーシップ構築、そして起業家的なリスクテイクといった新たなスキルセットが求められる。所沢市のように、部局の垣根を越えて外部パートナーと連携できる権限を持った「特命プロジェクトチーム」を組織することが、地域主導の気候変動対策を成功に導く鍵となるだろう。


第二部 サーキュラーシティ(循環型都市):廃棄という概念を設計から排除する

気候変動対策は、エネルギー転換だけに留まらない。私たちの社会が資源をどのように利用し、消費し、そして手放すかという、物質的なフローそのものを再設計することが不可欠である。このセクションでは、エレン・マッカーサー財団が提唱するサーキュラー・エコノミー(循環型経済)の原則 14 を、小さなコミュニティがいかにして実践しているかを探る。彼らは「廃棄物」という概念そのものを社会からなくすことを目指し、物質、食、水のための再生的なシステムを構築している。

2.1 ゼロ・ウェイスト哲学:上勝町の深層にあるもの

徳島県の山間に位置する人口約1,500人の町、上勝町の取り組みは、単なる高度なリサイクルの物語ではない。それは、消費と廃棄に対する私たちの意識を根底から揺さぶる、壮大な哲学的・行動学的実験である。この町の核心は、廃棄物を「見えなくする」のではなく、徹底的に「見える化」し、住民一人ひとりが自らの消費のライフサイクル全般に直接的な責任を負う仕組みを構築した点にある。

この実験の引き金は、1998年、ダイオキシン排出規制の強化により、町が保有していた2つの焼却炉のうち1つを閉鎖せざるを得なくなったことであった 16。新たな焼却炉の建設という選択肢を捨てた町は、2003年に日本で初めて「ゼロ・ウェイスト(ごみゼロ)宣言」を行い、2020年までに埋め立てや焼却に頼らない社会を目指すことを誓った 16

その中核を成すのが、住民が自らごみを洗浄し、45ものカテゴリーに分別して持ち込む「ごみステーション(ゼロ・ウェイストセンター)」である 17。この施設は、訪れる人々に消費について考えさせるため、意図的に「クエスチョンマーク(?)」の形に設計されている 16。まだ使えるものは「くるくるショップ」で無償提供され 16、家庭から出る生ごみの40%は、町が8割を補助する電動コンポスターによって各家庭で堆肥化される 17。こうした徹底した取り組みにより、上勝町は2021年までにリサイクル率80%という驚異的な数値を達成した(全国平均は約20%)17

しかし、この物語には重要な教訓も含まれている。複合素材のパッケージなど、住民の努力だけではリサイクル不可能な製品が存在するため、2020年までに「ごみゼロ」という厳密な目標は達成できなかった 18。これは、生産者側の製品設計が変わらない限り、地域レベルの努力だけでは限界があることを示している。

上勝町のモデルの本質は、**「強制的なマインドフルネス」**にある。45分別というシステムがもたらす「不便さ」は、欠陥ではなく、むしろ行動変容を促すための最も重要な「機能」なのである。住民は、購入するすべての商品の素材構成を意識せざるを得なくなる。分別できない複合素材の製品は、もはや単なる「ごみ」ではなく、自分自身が個人的に解決しなければならない「問題」として立ち現れる。この直接的で具体的なフィードバックループが、包装の少ない商品やリサイクルしやすい商品を選ぶという、購買行動の変化に対する強力なインセンティブとなる。

この原則は、45分別のシステムをそのまま東京に導入することが非現実的であっても、広く応用可能である。それは、廃棄物がもたらす結果を消費者にとってより「見える化」する政策の重要性を示唆している。例えば、ごみの重量や量に基づく従量制料金の導入や、消費者が包装材を返却する役割をより積極的に担う生産者責任の拡大などが考えられる。現代の廃棄物処理が提供する「見えなくなれば、気にならなくなる」という便利な幻想を、意図的に破壊すること。それが、上勝町が示す未来への道筋である。

2.2 都市の収穫:ゲリラガーデニングから食料システムの強靭化へ

コミュニティが主導する都市農業は、未利用の公共空間を生産的な場に変え、地域の絆を強め、食料安全保障を向上させ、市民に食の源を再認識させる力を持つ。

このムーブメントの象徴的存在が、英国の小さな町トッドモーデンで始まった「インクレディブル・エディブル(信じられないほど食べられる)」プロジェクトである 19。2008年、パメラ・ワーハーストとメアリー・クリアという二人の女性が、「もしあなたが食べるなら、あなたも仲間だ(If you eat, you’re in!)」というシンプルなモットーを掲げ、警察署の前や公園の花壇など、町のあらゆる公共空間に野菜やハーブを植え始めた 19。誰でも自由に収穫してよいこの「食べられる風景」は、瞬く間に町中に広がった。

このプロジェクトの成功の秘訣は、「3枚の回転する皿」という巧みなモデルにある 19

  1. コミュニティの皿:公共空間での食料栽培を通じて、人々の環境との関係を変え、新たな対話を生み出す。

  2. ビジネスの皿:地域の食品生産者やレストランを支援し、「ベジタブル・ツーリズム」などを通じて地域経済を活性化させる。

  3. 学びの皿:学校や農家、企業と連携し、食の栽培や調理に関する知識と情熱を分かち合う。

この取り組みは、単なる食料生産活動に留まらない。それは、食を「社会的な潤滑油」として利用し、社会的孤立が進む現代において、コミュニティの信頼と交流を再構築する試みである。公共の場に植えられた野菜は、誰のものでもなく、全ての人のものであるという、信頼と寛容のラディカルな表明だ。庭の手入れや収穫を通じて、見知らぬ人々との間に自発的で肯定的な交流が生まれる。野菜そのもの以上に、その周りで育まれる会話や人間関係こそが、このプロジェクトの真の収穫物なのである。

このモデルは、現在700以上の地域に広がり、世界的なムーブメントとなっている 19。隣人との交流が希薄化している日本の多くの地域社会、特に都市部において、トッドモーデンのモデルは、町内会のような既存のコミュニティ組織を活性化させ、無数に存在する小規模な未利用地を活用するための、シンプルで低コスト、かつインパクトの大きい手法を提供する。それは、食料生産であると同時に、社会的な強靭性を育むための強力なツールなのである。

2.3 資源取引所:廃棄物に市場を創り出す

循環型経済を地域レベルで実現するためには、「廃棄物」を価値ある「資源」として再定義し、修理・再利用・再製造を基盤とする地域経済を育成するための物理的な拠点とプラットフォームが不可欠である。世界各地の先進的なコミュニティは、この課題に対して多様なモデルを提示している。

その代表格が、スウェーデンのエスキルストゥーナにある「ReTuna Återbruksgalleria」だ。これは、修理・アップサイクルされた製品、そして中古品のみを扱う、世界初のショッピングモールである 21。この施設の画期的な点は、市の廃棄物リサイクルセンターと商業施設を直結させたことにある。市民は不要品をセンターに持ち込み、それが専門家によって修理・加工され、隣接するモール内の店舗で新たな商品として販売される。この一連の流れが、新たな雇用を創出し、廃棄物を中心とした新しい経済セクターを生み出している

一方、オーストラリアのシドニー郊外マリックビルには、「リバース・ガベージ」という、45年以上の歴史を持つ創造的再利用センターがある 22この協同組合は、企業などから出る廃棄物を回収し、アーティストや教育者、そして一般市民に安価で提供することで、廃棄物を創造性の源泉へと転換させている。ここは単なるリサイクル施設ではなく、持続可能性に関する教育とコミュニティ形成の拠点として機能しており、長期にわたって地域に根差した社会文化的価値を創出している。

また、より実用的なアプローチとして、米国ヒューストンは、建設・解体工事から出る資材を専門に扱うリユース倉庫を運営している 21。これは、都市における主要な廃棄物フローの一つである建設廃棄物に特化することで、効率的な資源循環を実現するB2B(企業間取引)型のモデルである。

これらの事例は、サーキュラー・エコノミーを推進する拠点が、画一的なものではなく、地域の特性に応じて多様な形態を取りうることを示している。以下の表は、これらのモデルを比較したものである。

表2:サーキュラー・エコノミー拠点のモデル比較

モデルタイプ 主要事例 主な機能 経済的推進力 スケーラビリティ
統合型モール ReTuna(エスキルストゥーナ) 小売、修理、アップサイクル テナントからの賃料、商品売上 中~高
創造的協同組合 リバース・ガベージ(マリックビル) 教育、創造的資材提供、コミュニティ形成 会員費、資材売上、助成金
自治体運営倉庫 ヒューストン市リユース倉庫 B2B資材再利用 自治体予算、資材売上

この比較表は、日本の自治体やコミュニティが自らの地域に最適なモデルを選択するための「メニュー」として機能する。例えば、商業的に活気のある郊外都市であればエスキルストゥーナの小売主導型モデルが、芸術文化が盛んな町であればマリックビルの創造・教育型モデルが、そして大規模な再開発が続く地域であればヒューストンのB2B型モデルが、それぞれ有効な選択肢となり得るだろう。重要なのは、地域の経済的・文化的文脈に合ったハブを設計することである。


第三部 暮らしのOSを書き換える:持続可能なライフスタイルへの転換

気候変動への真の対応は、私たちの日常生活の基盤、すなわち「暮らしのオペレーティングシステム(OS)」そのものを書き換えることを要求する。私たちがどのように移動し、どのように住まい、そして変化する気候にいかに適応していくか。このセクションでは、テクノロジーを単なる道具として用いながらも、その本質が政策、デザイン、そしてサービスモデルの革新にある事例に光を当てる。

3.1 不可避な未来への適応:創造的なレジリエンスと暑熱対策

気候変動対策は、もはや排出削減(緩和策)だけでは不十分である。すでに進行しつつある気候変動の影響、特に激甚化する熱波や豪雨にどう立ち向かうかという「適応策」が、都市の生存にとって不可欠となっている。先進的な都市は、自然の力を借りる「自然基盤の解決策(Nature-based Solutions)」や賢明な都市計画を通じて、この課題に取り組んでいる。

その好例が、コスタリカのベレン市が掲げる「スポンジ・シティ」構想だ 23。この都市は、河川の氾濫による洪水に長年悩まされてきた。対策として、彼らは都市の排水システムをコンクリートで固めるのではなく、公園や緑地、浸透性の高い舗装などを組み合わせた「青と緑の空間のネットワーク」を構築した。これにより、都市全体が巨大なスポンジのように雨水を吸収・貯留し、洪水のピークを抑制する。このアプローチは、都市の安全性を高めるだけでなく、市民に憩いの場を提供し、生物多様性を育むという複数の便益を同時にもたらす。

よりシンプルかつ即効性のある戦略をとるのが、スペインのセビリアである。夏には気温が40℃を超えるこの都市では、「シェード・ポリシー(日陰政策)」が推進されている 24。具体的には、街中に日よけの天幕を設置し、年間5,000本の木を植え、公共の水飲み場を増やすといった、地道だが効果的な対策の組み合わせだ。これにより、猛暑の中でも市民が通りを歩き、買い物や交流を楽しめる、人間的な都市空間を維持している。

同様に、コロンビア第二の都市メデジンでは、交通量の多い道路沿いに数千本の樹木を植え、30もの「緑の回廊」を創出した 24。これらの回廊は、都市の気温を局所的に低下させるだけでなく、排気ガスにまみれた移動空間を、市民が快適に歩き、集うことができる日陰の多い魅力的なルートへと変貌させた。

これらの事例に共通する成功の秘訣は、長期的な気候変動への適応という目標を、市民がすぐに実感できる短期的な生活の質の向上という便益と結びつけていることだ。市民は2050年の気候目標のためには動機づけられにくいかもしれないが、「今日、自分の子どもが安全に遊べる涼しい公園」や「快適に散歩できる並木道」のためには、喜んで支持する。洪水対策の遊水地は、同時に美しいコミュニティの憩いの場でもある。この「コ・ベネフィット(共便益)」の視点こそが、政治的な支持を集め、プロジェクトを実現させる鍵となる。

年々厳しさを増す日本の夏を考えれば、これは極めて重要な教訓である。インフラ整備を単なる「防災事業」としてではなく、「生活の質向上プロジェクト」として再定義すること。このフレーミングの転換が、公共投資と市民の支持を勝ち取るための突破口となるだろう。

3.2 移動の脱炭素化:自家用車を超えて

交通分野の排出削減は、特に自動車への依存度が高い地域にとって大きな課題である。しかし、小さな都市や地方部でも、自家用車よりも持続可能な選択肢を魅力的かつ利用しやすくするための、創造的な補助金制度や新しいサービスモデルが登場している。

米国コロラド州デンバー市は、その代表例だ。同市が導入した電動アシスト自転車(e-bike)の購入補助金制度は、100万回分もの自動車利用を代替するという驚異的な成果を上げた 25。この制度の巧みさは、単に補助金を出すだけでなく、低所得者層ほど補助率が高くなるように設計されている点にある。さらに、利用の障壁となる細かな問題を解消するための工夫が凝らされている。例えば、「パンク修理(Fix-a-Flat)」プログラムは、所得制限を満たす利用者にパンク修理費用のための50ドルのクレジットを提供し、維持管理への不安を払拭する 25

一方、ドイツの地方部では、Deer Mobility社が、地方に特化したステーション柔軟型の電気自動車(EV)カーシェアリングサービスを展開している 26。利用者はあるステーションで車を借り、別のステーションで返却できる。これは、カーシェアリングが都市部だけの解決策ではなく、地方の移動ニーズにも対応可能であることを示している。

また、英国の町フロムでは、「サイクル・トゥギャザー」というプログラムが実施されている 27。これは、住民が4週間にわたって無料でe-bikeを借りることができるというもので、「購入前のお試し」機会を提供することで、高価なe-bike購入への心理的なハードルを劇的に下げている。

これらの成功事例が示すのは、効果的なモビリティ政策とは、人々が新しい交通手段を採用するのを妨げている、小さいながらも決定的に重要な障壁を、体系的に取り除くことに焦点を当てるべきだということだ。e-bike普及の最大の障壁は初期費用の高さであり、デンバーの補助金はこれを直接解決する。しかし、その先の「パンクしたらどうしよう」という二次的な不安や、「そもそも自分はe-bikeを気に入るだろうか」という心理的な躊躇もまた、無視できない障壁である。デンバーのパンク修理支援やフロムの試用プログラムは、こうしたユーザーの全行程に寄り添い、不安を一つ一つ解消していく。

このアプローチは、日本の地方都市における交通政策に大きな示唆を与える。自家用車への依存から脱却するためには、単発の補助金制度を超え、試用プログラム、維持管理サポート、そして公共交通との連携といった、利用者の不安や現実的な困難の全体像に対応する包括的な戦略が不可欠である。

3.3 効率化という至上命題:建物のエネルギー浪費に挑む

気候変動対策の中でしばしば見過ごされがちだが、極めて重要なのが建物のエネルギー効率化である。商業ビルでは消費エネルギーの最大30%が無駄に使われているとの指摘もあり 28、この分野の改善は莫大なエネルギー削減ポテンシャルを秘めている。地方自治体やコミュニティは、大規模な断熱改修を推進するために、ユニークなアプローチを開発している。

英国政府が主導し、地方レベルで実施されている「グレート・ブリティッシュ・インシュレーション・スキーム」は、データに基づいた的確な介入の好例だ 29。この制度は、エネルギー性能証明書(EPC)の等級がDからGという、最もエネルギー効率の悪い住宅を主な対象としている。さらに、カウンシルタックス(住民税に相当)の納税額が低いバンド(A~D)の世帯を優先することで、支援を最も必要とする低所得者層に的を絞っている

さらに踏み込んだアプローチをとるのが、前述の英国の町フロムである。同町の「グリーン・アンド・ヘルシー・フロム」プロジェクトは、地域の診療所(Frome Medical Practice)と町議会、そして社会起業家グループが連携し、エネルギー効率化を公衆衛生の問題として捉え直している 27。彼らは、「ヘルシー・ホームズ(健康な家)」や「レトロフィット(改修)」といったイニシアチブを通じて、住民に断熱改修に関する個別の専門的なアドバイスを提供している。ここでのメッセージは、「CO2を削減しましょう」ではない。「暖かく健康な家で暮らし、光熱費を節約しましょう」である。寒い家が呼吸器系や循環器系の疾患を悪化させるという医学的知見に基づき、断熱改修を病気の予防策として位置付けているのだ 27

このアプローチの核心は、エネルギー効率化を、気候変動という抽象的な問題としてではなく、公衆衛生という具体的で切実な問題としてフレーミング(枠付け)し直すことにある。人々は、遠い未来の地球環境よりも、自分や家族の健康、そして家計の安定という、より根源的で差し迫った関心事によって強く動機づけられる。気候変動への貢献は、人々が他の理由で進んで行う行動の、ポジティブな副産物となる。

この洞察は、高齢化が進み、断熱性能の低い古い木造住宅が数多く存在する日本にとって、巨大な機会を提示している。日本版のフロム・モデルは、地域の診療所やかかりつけ医、保健所などと連携して展開できるだろう。

例えば、「住宅の健康診断」を提供し、予防医療の一環として断熱改修を「処方」する。これにより、気候変動対策の予算だけでなく、医療費や介護費の削減を目指す公衆衛生分野の予算を活用できる可能性が開ける。これは、複数の社会課題を同時に解決する、極めて戦略的なアプローチである。


第四部 日本への青写真:小さな成功から国家の変革へ

これまでの分析は、世界各地の小さなコミュニティが、いかにして独創的で効果的な気候変動対策を生み出してきたかを明らかにしてきた。この最終章では、これらの洞察を日本の文脈に適用し、我が国の脱炭素化を加速させるための具体的な戦略的フレームワークを提示する。これは、単なる事例の模倣ではなく、その背後にある普遍的な原則を抽出し、日本の固有の課題に対する解決策として再構築する試みである。

4.1 新たなレンズで捉え直す、日本の根源的課題

世界の事例を通して見ると、日本が抱える脱炭素化の課題は、従来言われてきたものとは異なる側面を帯びてくる。

  • 課題1:物理的な障壁ではなく、社会的な障壁

    日本の再生可能エネルギー導入の遅れは、しばしば「平地が少なく、適地がない」という物理的な制約のせいにされる。しかし、第一部で見たデンマークやドイツの事例は、真の障壁が土地の不足ではなく、社会的な受容性と共同所有モデルの欠如にあることを示唆している 1。住民がプロジェクトの受益者となる仕組みがなければ、どんな土地も「適地」にはなり得ない。

  • 課題2:中央集権的なハイテク偏重

    日本のエネルギー政策は、水素、アンモニア、CCS(二酸化炭素回収・貯留)といった、大規模で中央集権的なハイテク技術に重点を置く傾向がある。しかし、上勝町のゼロ・ウェイスト 17 やトッドモーデンの都市農業 19 のような、ローテクだが社会的なエンゲージメントが高い、分散型の解決策が持つ巨大なポテンシャルが見過ごされている。

  • 課題3:縦割り行政とリスク回避的な自治体

    日本の地方自治体は、国策の実行機関と見なされることが多く、自らがリスクを取り、多様な主体を束ねてイノベーションを創出する「システム・オーケストレーター」としての役割を十分に発揮できていない。フェルトハイムや所沢市の事例は、自治体の起業家精神こそが、地域プロジェクトの成否を分けることを示している 11。

  • 課題4:「消費者」マインドセットから「市民」マインドセットへの転換不足

    国民は、エネルギーやサービスの受動的な「消費者」、そして廃棄物の「処理者」として位置づけられている。しかし、第一部、第二部で見た数々の成功事例は、住民が持続可能な社会の能動的な「市民」、すなわち共同創造者として参加する時に、真の変革が起こることを教えている。

4.2 「地域エネルギー共同体」フレームワーク:日本のためのエネルギー・コモンズ構築提案

これらの課題を克服し、日本で地域主導の気候変動対策を本格的に展開するために、世界の成功事例から導き出された原則に基づく包括的なフレームワークを提案する。

  • 政策:「地域エネルギーエンパワーメント法(仮称)」の制定

    この法律は、地域主導のエネルギープロジェクトを阻害する制度的障壁を取り除くことを目的とする。具体的には、宍粟市のような小規模な協同組合の設立手続きを簡素化し 6、フェルトハイムのように地域が独自の配電網を持つ権利や既存送電網への優先接続権を保障し 11、そしてデンマークのように新規の再生可能エネルギー事業に対して一定割合の地域住民への出資機会提供を義務付ける 1 といった内容を盛り込む。

  • 金融:「自治体グリーン投資基金」の創設

    地方自治体が、地域プロジェクトに対するシード資金の提供や融資保証を行うための基金を設立する。これは、ユンデやサムソ島で公的資金が果たしたように 4、民間投資家や市民投資家にとっての初期リスクを低減させ、プロジェクトの資金調達を円滑にするための触媒となる。

  • ガバナンス:「地域気候アクション・アクセラレーター」プログラムの実施

    国や都道府県が主体となり、自治体職員を「システム・オーケストレーター」として育成するための研修プログラムを実施する。ニュージーランド・タラナキ地方の「コミュニティ・エナジー・アクティベーター」33 や、ICLEI(イクレイ)のような国際機関が提供する支援プログラムを参考に、パートナーシップ構築、プロジェクトマネジメント、ファシリテーションといった実践的なスキルを習得させる。

  • エンゲージメント:地域共便益(コ・ベネフィット)を核とした国民的キャンペーンの展開

    気候変動対策を、地球環境という壮大なテーマだけでなく、より身近な地域課題の解決策として再定義する。フロムの「健康」27、ユンデの「農業振興」3、トッドモーデンの「コミュニティ再生」19 のように、「気候変動対策は、私たちの町の〇〇問題を解決する」という、地域ごとの共便益に焦点を当てたコミュニケーション戦略を展開する。

4.3 日本の地域リーダーのための実践ガイド

「このレポートは素晴らしいが、月曜の朝、私たちは具体的に何をすればいいのか?」――町の首長や議員、あるいは志ある市民グループが抱くであろうこの問いに答えるため、実践的なステップを以下に示す。

  1. 「地域資源の棚卸し」を行う:風や太陽光だけを見るのではない。あなたの町のユニークな資産は何か? 高齢化しているが結束の固いコミュニティ(社会関係資本)か? 地域を流れる小川(マイクロハイドロ)か? 衰退しつつある農業セクター(バイオマス/営農型太陽光)か? 愛されている公園(適応策)か?

  2. 「共便益のスイートスポット」を見つける:地域で最も差し迫った課題は何か? 高齢化、雇用の不足、冬の暖房費の高騰… 気候変動プロジェクトを、まずその問題の解決策として位置づける。

  3. 「パイオニア連合」を組織する:最初から全員を巻き込む必要はない。フロムの地元の医師 27、ラー・ベーゼンベークの革新的な農家 2、ユンデの信頼される村長 5 のように、鍵となる「最初のフォロワー」を見つけ出す。地域の大学や信用金庫も強力なパートナーになり得る。

  4. 小さく、目に見えるパイロットプロジェクトから始める:いきなりシステム全体を構築しようとしないこと。まずは「インクレディブル・エディブル」のプランター一つ、電動自転車の試乗会、公共施設の屋根への太陽光パネル設置など、具体的で目に見える成功体験を作る。成功こそが、最良のマーケティングである。

  5. 自分たちの物語を語る:すべてのプロセスを記録し、物語を紡ぐ。サムソ島やユンデがそうであったように、自分たちの町を「学びの目的地」にする。これが地域への誇りを育み、さらなる投資と人材を惹きつける。

表3:日本のための地域気候変動対策 戦略的フレームワーク

日本の根源的課題 世界の事例から得られる基本原則 日本における解決策の提案
再生可能エネルギーを巡るNIMBYと土地利用の対立 共同所有は、反対を支持へと転換させる。 ・市民エネルギー協同組合の設立を容易にする法的枠組みの整備 ・大規模プロジェクトにおける地域住民への出資機会提供の義務化
中央集権的なハイテク・大規模プロジェクトへの偏重 ローテク・高エンゲージメントな分散型解決策が、社会・経済的価値を創出する。 ・コミュニティ主導のゼロ・ウェイスト、都市農業、リペア事業への支援強化 ・小規模分散型プロジェクト向けの補助金・融資制度の拡充
自治体の縦割り行政とリスク回避的な姿勢 最も効果的な自治体は、多様な主体を繋ぐ「システム・オーケストレーター」として機能する。 ・自治体職員向けの「気候アクション・アクセラレーター」研修プログラムの実施 ・自治体による地域プロジェクトへのシード資金提供を可能にする「グリーン投資基金」の創設
国民の受動的な「消費者」マインドセット 市民が「共同創造者」として参加する時、真の変革が起こる。 ・気候変動対策を「健康」「地域経済」「コミュニティ」といった共便益の文脈で語るキャンペーンの展開 ・エネルギー効率化や移動手段の転換を促す「試用」「伴走支援」型プログラムの導入

結論:未来はローカルにあり、仕事は今ここから始まる

本レポートが明らかにしたのは、一つの力強い真実である。すなわち、気候変動という地球規模の課題に対する最も効果的な応答は、しばしば私たちの足元、すなわち「地域」から生まれるということだ。

デンマークの風力協同組合から、日本の山間にあるゼロ・ウェイストの町まで、世界中の無名なコミュニティが示すソリューションは、技術的な洗練さ以上に、社会的な賢明さに満ちている

彼らの成功の根底に流れるのは、エネルギーや資源を、遠いどこかの誰かが管理する「商品」としてではなく、私たち自身が関与し、恩恵を受ける「共有財(コモンズ)」として捉え直すという、思想の転換である。それは、気候変動対策を、我慢やコストとしてではなく、より豊かで、より公正で、より強靭な地域社会を築くための機会として再定義する試みでもある。

日本が真に脱炭素化を加速させるためには、トップダウンの政策だけでは不十分である。地域コミュニティに、適切なツールと、枠組みと、そして自治権を与えること。それによって初めて、この国に眠る無数の「ユンデ」や「上勝町」のポテンシャルが解き放たれ、草の根からのイノベーションの波が巻き起こるだろう。その波は、いかなる中央集権的な計画よりも速く、そして力強く、私たちを持続可能な未来へと押し進めるに違いない。

未来はローカルにある。そして、その未来を創る仕事は、今、ここから始まる。


よくある質問(FAQ)

Q1: これらの小さな町の事例は、地球全体の排出量に対しては小さすぎて、本当の意味での違いを生み出せないのではないでしょうか?

A1: 個々のプロジェクトの排出削減量は確かに小さいかもしれません。しかし、これらの事例の真の価値は、そのスケーラビリティと再現性にあります。ユンデのバイオエネルギー村のモデルはドイツ国内で150以上に 34、トッドモーデンの都市農業は世界700カ所以上に広がりました 19。これらのモデルは、特定の技術ではなく、成功する社会的な「OS」を提供します。一つの成功事例が、何百、何千もの同様の取り組みを触発する時、その集合的なインパクトは地球規模のものとなり得ます。重要なのは排出削減量そのものよりも、変革を可能にする「方法論」の発見と普及です。

Q2: これらのモデルは小さな町だからできたのであって、大都市では機能しないのではありませんか?

A2: 大都市全体を一つの単位としてこれらのモデルを適用するのは困難ですが、大都市を小さなコミュニティの集合体として捉え直すことで、応用は十分に可能です。例えば、ニューヨークやパリのような大都市も、特定の地区や街区レベルで都市農業やコミュニティ・レジリエンス・ハブ(災害時拠点)を導入しています 24。デンバーのe-bike補助金制度 25 や、アムステルダムの循環経済戦略 14 は、まさに大都市で実践されている例です。重要なのは、スケールを都市全体ではなく、近隣住区やコミュニティといった、人々が帰属意識を持てる単位に合わせることです。

Q3: コミュニティ主導プロジェクトにおける、成功のための最も重要な単一の要因は何ですか?

A3: 多様な要因が絡み合いますが、多くの事例で共通して見られる最も重要な要素は「信頼に基づいたリーダーシップと、初期段階からの徹底した住民参加」です。ユンデの村長 5、サムソ島のエネルギー・アカデミー 36、トッドモーデンの二人の創設者 19 など、ビジョンを掲げ、粘り強く対話を重ねる信頼されたリーダーの存在が不可欠です。そして、計画の初期段階から住民を巻き込み、彼らを「お客さん」ではなく「プロジェクトの共同所有者」として扱うプロセスが、長期的な成功の基盤を築きます。

Q4: 地方自治体の予算が厳しい中、どうやってこれらのプロジェクトの資金を調達すればよいのでしょうか?

A4: 多くの成功事例は、自治体の予算だけに頼っていません。彼らは多様な資金源を組み合わせる「ブレンデッド・ファイナンス」を実践しています。例えば、サムソ島の投資額5,500万ユーロのうち、公的助成はわずか800万ユーロで、残りの4,700万ユーロは市民、農家、民間企業からの投資で賄われました 32自治体の役割は、全額を負担することではなく、初期のフィージビリティスタディ(実現可能性調査)への資金提供や、融資保証などを通じて「呼び水」となることです。これにより、民間の投資や市民の出資を引き出しやすくなります。

Q5: 私のコミュニティは非常に保守的で、変化への抵抗が強いです。どうやって始めたらよいでしょうか?

A5: 最初から壮大な計画を掲げる必要はありません。鍵は「小さく始め、目に見える成功を示すこと」です。フロムの「サイクル・トゥギャザー」27 のように、まずは無料の試用プログラムから始める。トッドモーデンのように 20、公共の花壇一つにハーブを植えることから始める。こうした小さく、リスクの低いパイロットプロジェクトが成功し、参加者がその便益(楽しさ、節約、健康増進など)を実感すると、それが口コミで広がり、より大きな変化への抵抗を和らげます。成功は、最も雄弁な説得材料です。


ファクトチェック・サマリー

本レポートで引用された主要なデータポイントの信憑性を担保するため、以下にその要約と出典を明記します。

  • 上勝町のリサイクル率:2021年時点で80%を達成。全国平均の約20%と著しい対照をなす 17。2020年には81%に達したとの報告もある 18

  • サムソ島の投資構造:エネルギー転換にかかった総投資額は5,500万ユーロ。そのうち、国やEUからの助成金は800万ユーロに留まり、残りの4,700万ユーロ(約85%)は市民、農家、自治体、民間投資家によって賄われた 32

  • ユンデの住民参加率:村の全世帯の70%以上が、バイオマスによる地域熱供給グリッドに接続し、協同組合の組合員となっている 4

  • デンバー市のe-bike補助金プログラムの効果:このプログラムにより、100万回分の自動車利用がe-bikeに代替されたと報告されている 25

  • ミデルグルンデン風力発電所の市民出資:約8,500人の市民が協同組合を通じて出資し、総事業費の半分にあたる2,300万ユーロを調達した 1

  • フェルトハイム村の電気料金:独自の配電網を持つことで、ドイツの平均電気料金が28セント/kWhだった2014年時点で、住民は17.4セント/kWhという安価な電力を享受していた 11

  • インクレディブル・エディブルの広がり:英国のトッドモーデンから始まったこの運動は、現在、英国内に120、世界で700以上の公式グループが存在する 19

  • ベレン市のスポンジ・シティ効果:導入された自然基盤の解決策は、市全体の地表水の流出量の35%を管理する能力を持つと評価されている 23

  • フロムの「グリーン・アンド・ヘルシー」プロジェクトの成果:2年間の開発フェーズで、105トン以上のCO2を削減し、健康な家プログラムに参加した世帯は平均で年間140ポンドの光熱費を節約した 27

著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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