蓄電池は「もとが取れない」を国際比較。元が取れる国もあるの?8カ国徹底比較で暴く蓄電池投資回収の真実【2025年最新版】

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国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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目次

蓄電池は「もとが取れない」を国際比較。元が取れる国もあるの?8カ国徹底比較で暴く蓄電池投資回収の真実【2025年最新版】

はじめに:蓄電池は「コスト」か「投資」か?通説に終止符を打つ

「蓄電池は高価で、もとが取れない」——この言葉は、脱炭素社会への移行が叫ばれる現代において、多くの家庭や企業が抱く共通の認識かもしれません。確かに、蓄電池の導入には決して安くない初期投資が必要です。しかし、その認識は果たして2025年現在のグローバルな市場の実態を正確に反映しているのでしょうか。本レポートは、この広く浸透した通説に、データと国際比較という客観的なメスを入れることで、終止符を打つことを目的とします。

本稿は、家庭用、産業用、そして国家の電力網を支える系統用という3つの異なるスケールで、日本、米国、中国、豪州、英国、ドイツ、フランス、スペイン、韓国の8カ国を横断的に分析する、これまでにない試みです。経済性を測るための世界共通の二大指標、「kWh単価」、すなわち均等化蓄電コスト(LCOS)と、投資が利益に転じるまでの期間を示す投資回収期間を軸に、蓄電池が秘める真の経済的価値を解き明かしていきます。

このグローバルな視座から見えてくるのは、単なる国ごとの優劣ではありません。なぜある国では蓄電池が「賢い投資」となり、別の国では「贅沢なコスト」と見なされるのか。その構造的な違いを浮き彫りにすること。それこそが、日本の再生可能エネルギー普及と脱炭素化を阻む「根源的・本質的な課題」を特定し、未来への処方箋を提示するという、本稿の最終的なゴールです。


第1章:蓄電池の経済性を測る「世界共通のモノサシ」

国や用途が異なっても、蓄電池の経済性を公平に比較するためには、信頼できる「モノサシ」が必要です。ここでは、専門家が用いる2つの重要な指標、「均等化蓄電コスト(LCOS)」「投資回収期間」を、誰にでも理解できるよう分かりやすく解説し、本レポートの分析の土台を固めます。

1.1. 均等化蓄電コスト(LCOS):蓄電池の「生涯コスト」を丸裸にする魔法の指標

蓄電池の価格を尋ねると、多くの人は「〇〇万円」という購入価格を思い浮かべるでしょう。しかし、それは物語の序章に過ぎません。LCOS(Levelized Cost of Storage)とは、「その蓄電池から1kWhの電気を取り出すのに、設置から廃棄までの生涯を通じて、本当はいくらかかっているのか?」を示す、包括的なコスト指標です

これは自動車に例えると分かりやすいでしょう。車両本体価格だけでなく、ガソリン代、保険、税金、メンテナンス費用、そして将来の買い替え費用まで全てを考慮して、「1km走るのにいくらかかるか」を計算するようなものです。LCOSが低いほど、その蓄電池は経済的に優れていると言えます。

LCOSを構成する要素は、以下の式で表されます

LCOS = [ Σ{ (I_t + O_t + R_t – S_t) / (1 + r)^t } ] ÷ [ Σ{ E_dis_t / (1 + r)^t } ]

  • 初期投資費用(I_t CAPEX): 蓄電池本体はもちろん、電気を直流から交流に変換するパワーコンディショナ(PCS)、電池の状態を監視・制御するバッテリー管理システム(BMS)、そして設置工事費など、導入時にかかる全ての費用が含まれます

  • 運転維持費(O_t, O&M): 定期的なメンテナンス、システムの監視費用、保険料など、運転中に継続的に発生するコストです

  • 充電コスト: 蓄電池を充電するための電気代です。太陽光発電の余剰電力で充電すればコストは抑えられますが、電力系統から夜間電力などを購入して充電する場合はその費用が加算されます。このコストは、充電・放電の過程で失われるエネルギー損失(効率)も考慮に入れる必要があります

  • 交換費用(R_t)と残存価値(S_t): 蓄電池には寿命があり、一般的に10〜15年で性能が低下します。将来のバッテリー交換費用をあらかじめ見込んでおく必要があります。一方で、寿命を迎えたバッテリーはリサイクルによって価値を持つ場合があり、これは総コストから差し引かれます

  • 割引率(r): 「明日の1万円より、今日の1万円の方が価値がある」という、お金の「時間的価値」を反映させるための係数です。将来発生するコストや得られる電力量を、現在の価値に割り戻して計算することで、より正確な経済性評価が可能になります

  • 生涯放電量(E_dis_t): 蓄電池が寿命を迎えるまでに、実際に供給できる総電力量です。

 

多くの人が蓄電池の価格を初期費用だけで判断しがちですが、このLCOSの概念を理解することが極めて重要です。

例えば、初期費用が安くても、エネルギー効率が悪く(充電コストが高い)、寿命が短ければ(交換費用が早く発生する)、結果的にLCOSは高くなります。逆に、初期投資は高くても、高効率で長寿命なシステムであれば、生涯を通じた1kWhあたりのコスト、すなわちLCOSは低くなる可能性があります。この指標こそが、国や製品による違いを超えて、蓄電池の真の経済性を比較するための絶対的な前提条件となるのです。

1.2. 投資回収期間(Payback Period):あなたの投資が「プラス」に転じる日

投資回収期間は、LCOSよりも直感的に理解しやすい指標です。「初期投資を回収するのに何年かかるか?」を示し、以下のシンプルな式で計算できます

投資回収期間(年) = (初期費用 - 補助金) / 年間経済メリット

ここで重要なのは、「年間経済メリット」が単純な電気代の節約だけではないという点です。蓄電池が生み出す価値は、実に多様です。

  • 購入電力の削減(自家消費): 太陽光発電でつくった電気を蓄電池に貯め、夜間や天候の悪い日に使うことで、電力会社から電気を買う量を大幅に減らせます。特に、固定価格買取制度(FIT)が終了し、売電単価が大幅に下がった家庭にとっては、売るよりも自分で使う方が圧倒的に経済的メリットが大きくなります

  • 電力アービトラージ(時間シフト): 多くの国で導入されている時間帯別料金プラン(TOU: Time-of-Use)を活用し、電気料金が安い夜間に蓄電池を充電し、料金が高い昼間や夕方のピーク時に放電して使うことで、電気料金の差額分を利益(節約)に変えることができます

  • 売電収入の最大化: 太陽光発電の余剰電力を、売電単価が最も高くなる時間帯を狙って系統に売ることで、収入を最大化することも可能です。

この投資回収期間という指標は、決して固定的なものではありません。むしろ、外部環境の変化によって劇的に変動する動的な指標と捉えるべきです。例えば、単純計算では回収に20年かかると試算されたとしても、政府が補助金制度を拡充すれば初期費用が下がり、期間は短縮されます 。また、世界的な燃料費高騰で電気料金全体が上昇すれば、自家消費による節約額が増えるため、これも回収期間の短縮につながります 。さらに、電力会社が時間帯別料金のピーク時とオフピーク時の価格差を拡大すれば、アービトラージによるメリットが増大し、回収期間はさらに短くなります 。したがって、投資回収期間を評価する際には、現在の状況だけでなく、将来の政策やエネルギー市場の動向を予測することが、賢明な投資判断には不可欠となるのです。


第2章:グローバルコストの現在地:8カ国・3用途の価格勢力図

世界各国の蓄電池システム価格は、決して一様ではありません。この章では、最新のデータに基づき8カ国の価格勢力図を俯瞰し、なぜ国によってこれほどまでに価格が異なるのか、その背後にある構造的な要因を解き明かします。

2.1. 2025年、蓄電池システムの国際価格比較

信頼性の高い複数の調査機関(Lazard, BloombergNEF (BNEF), NREL, Wood Mackenzie等)のレポートや各国の市場調査データを統合し、2025年時点での家庭用、産業用、系統用の蓄電池システム平均設置コストを比較します。

表1:2025年 蓄電池システム平均設置コスト国際比較(USD/kWh)

国名 家庭用 (USD/kWh) 産業用 (USD/kWh) 系統用 (USD/kWh) 主なデータソース
米国 1,000 – 1,600 400 – 700 250 – 450 [1, 2, 3, 4]
中国 350 – 600 180 – 300 140 – 250 [5, 6, 7, 8]
豪州 600 – 1,350 450 – 800 300 – 500 [3, 9, 10]
英国 500 – 1,000 450 – 800 300 – 500 [3, 11, 12]
ドイツ 600 – 1,200 450 – 800 300 – 500 [3, 13, 14]
スペイン 550 – 950 450 – 800 300 – 500 [3, 15, 16]
フランス 650 – 1,100 500 – 850 350 – 550 [3, 17]
韓国 700 – 1,200 500 – 850 350 – 550 [3, 18, 19]
日本 1,000 – 1,500 750 – 1,100 400 – 600 [3, 20, 21]

注:上記は工事費込みのシステム価格の平均的なレンジであり、補助金適用前のものです。為替レートや個別の案件、コンポーネントの仕様によって変動します。特に家庭用はブランドや販売店による価格差が大きくなります。

この表から一目瞭然なのは、中国の圧倒的な価格競争力と、それに続く欧米豪、そして日本と韓国が比較的高価格帯に位置するという構図です。特に家庭用においては、日本は調査対象国の中で最も高価な市場の一つとなっています。

2.2. 価格差を生む構造的要因:製造、政策、サプライチェーンの力学

なぜこれほどの価格差が生まれるのでしょうか。その要因は、単一ではありません。

  • 中国の圧倒的な製造支配力: 現代の蓄電池価格を語る上で、中国の存在は無視できません。世界の太陽光モジュールの80%以上、そして蓄電池の主流であるリン酸鉄リチウムイオン(LFP)バッテリーパックの90%以上を供給する中国の巨大な製造能力と規模の経済が、世界的なコスト低下の最大の牽引役となっています 。国内の熾烈な競争が、他国では考えられないほどの低価格を実現しているのです。

  • 米国の政策的ジレンマ: 米国は、インフレ削減法(IRA)によって国内のクリーンエネルギー製造業に巨額の税額控除という「アメ」を与える一方で、中国製品に対しては高い関税という「ムチ」を振るっています 。この二面的な政策が、国内の価格形成に複雑な影響を与え、サプライチェーンの再編を促しています

  • 欧州の状況: ドイツやフランスなどの欧州諸国では、一般的に人件費や規制遵守コストが高く、これがシステム価格を押し上げる一因となっています。しかし同時に、強力な脱炭素政策と手厚い補助金制度が導入を後押ししており、消費者の実質的な負担を軽減する構造が見られます

  • サプライチェーンの激変と価格上昇リスク: 2024年から2025年初頭にかけて、電気自動車(EV)市場の成長鈍化により、一時的にバッテリーが供給過剰となり、価格が大幅に下落しました 。しかし、この「安売り」の時代は終わりを告げようとしています。中国政府が国内の過当競争を是正するため、生産調整の指導や、輸出時に適用されていた付加価値税(VAT)の還付(13%)を2025年第4四半期から撤廃する方針を固めたと報じられています 世界のサプライチェーンを握る中国のこの政策転換は、世界中の蓄電池価格を9%以上押し上げる可能性があり、今後の市場に大きな影響を与えることは確実です。

過去10年間の劇的な価格低下は、主に技術革新と中国の規模の経済によってもたらされました 。しかし2025年の市場は、もはや純粋な技術競争のフェーズから、各国の貿易政策、産業政策、そしてEV市場の動向といった地政学的・マクロ経済的要因が価格を大きく左右する新たなフェーズへと突入したのです。

将来の蓄電池の経済性を予測するためには、もはや技術の進化だけを見るのではなく、各国の政策や国際情勢を注視することが不可欠となっています。


第3章:家庭のエネルギー革命:住宅用蓄電池は「もとが取れる」のか?

この章では、分析の焦点を一般家庭に絞り、8カ国それぞれで住宅用蓄電池が経済的に成立するのか、どのような条件下で「もとが取れる」のかを、具体的な数値と共に徹底的に解剖します。

3.1. 米国:州ごとに異なる「蓄電池の価値」

A) 経済合理性を決定づける「方程式」: 米国の経済性は、州ごとに大きく異なる電力料金体系と、特にカリフォルニア州で導入されたNEM 3.0(Net Billing Tariff)によって定義されます。これは、太陽光の余剰電力の買取価格を大幅に引き下げる一方で、夕方の電力購入価格を高く設定する制度であり、蓄電池による「時間シフト」の価値を劇的に高めました

B) 電気料金体系の解剖: PG&E(カリフォルニア州)のTOUプランでは、夏のピーク時(午後4時〜9時)とオフピーク時で料金に大きな差があります。また、デマンド課金が適用されるプランもあり、蓄電池によるピークカットが有効です 。2025年にはAIデータセンターの需要増などを背景に、複数の州で電気料金が最大20%以上値上げされる見込みで、自家消費の価値はさらに高まっています

C) 補助金・インセンティブの影響力: 連邦政府による投資税額控除(ITC)が最も強力で、2025年末までに設置すれば、システム費用の30%が税額から控除されます 。これに加えて、カリフォルニア州のSGIPリベート($1,100/kWh)やマサチューセッツ州のConnectedSolutionsプログラム(イベント参加で年間$1,500以上稼げる可能性)など、州や電力会社独自の豊富なインセンティブが存在します

D) 太陽光発電とのシナジー: NEM 3.0下のカリフォルニアでは、昼間の余剰電力の輸出価格が平均で約75%も下落した一方、夏の夕方(午後7時〜8時)には$1.03/kWhといった非常に高い価格で売電できる時間帯も存在します 。これにより、昼間の電気を蓄電池に貯め、夕方に自家消費するか高値で売るという戦略が極めて有効になります。

E) 投資回収期間の試算と結論: 強力なITCと州のインセンティブ、そしてNEM 3.0のような制度が整ったカリフォルニアのような州では、投資回収期間は5〜10年と試算され、「もとが取れる」可能性は非常に高いです。しかし、インセンティブが乏しく、電気料金が安い州では、回収期間は15年以上になることもあり、経済性は地域に大きく依存します。

3.2. 中国:世界最安コストと大きな価格差が後押し

A) 経済合理性を決定づける「方程式」: 世界で最も安価なシステムコストと、地域によって大きく設定されているピーク時とオフピーク時の電力料金差が、経済合理性の根幹をなします。

B) 電気料金体系の解剖: 中国では多くの地域で時間帯別料金が導入されています。特に広東省の一部では、ピーク時とバレー(谷間)時の価格差が1.0元/kWh(約$0.14/kWh)を超え、年間600回以上の充放電サイクルによるアービトラージが十分に可能な環境が整っています

C) 補助金・インセンティブの影響力: 2025年9月に発表された「新エネルギー貯蔵大規模建設特別行動計画」など、政府が強力に蓄電池導入を推進していますが、家庭用への直接的な補助金は限定的です。経済性は主に市場原理によって成り立っています

D) 太陽光発電とのシナジー: 家庭用の太陽光発電も急速に普及しており、余剰電力を自家消費することで、購入電力量を削減するメリットがあります。

E) 投資回収期間の試算と結論: システムコストが$350/kWh〜と他国の半分以下であり、かつピーク・バレーの価格差が大きい地域では、投資回収期間は7〜12年程度と試算されます。特に電力消費量の多い家庭では、「もとが取れる」可能性が高いと言えるでしょう。

3.3. 豪州:高い電気料金と豊富な太陽光が最強の組み合わせ

A) 経済合理性を決定づける「方程式」: 世界トップクラスの太陽光発電普及率、比較的高額な電気料金、そして2025年7月から開始される強力な連邦政府の補助金が、経済性を強力に後押しします。

B) 電気料金体系の解剖: 時間帯別料金が一般的で、ピーク(午後3時〜9時頃)、ショルダー、オフピークに分かれています 電力購入単価が$0.30/kWh(約45円/kWh)を超えることも珍しくなく、自家消費による節約効果が非常に大きいです

C) 補助金・インセンティブの影響力: 2025年7月1日から、連邦政府による「家庭用バッテリー低価格プログラム」が開始されます。これは、バッテリー設置費用の約30%(kWhあたり約$370 AUD、最大4,000豪ドル程度)を補助するもので、初期投資を大幅に引き下げます

D) 太陽光発電とのシナジー: 太陽光の売電単価(Feed-in Tariff)は州や電力会社によって異なりますが、年々低下傾向にあります。ビクトリア州では2025年7月から最低買取価格の義務付けが撤廃され、市場原理に委ねられることになりました 。これにより、「売るより貯めて使う」インセンティブがさらに強まります

E) 投資回収期間の試算と結論: システムコストは中程度ですが、高い電気料金と新たな連邦補助金の効果は絶大です。補助金適用後の投資回収期間は7〜12年程度と見込まれ、多くの家庭で「もとが取れる」魅力的な市場となっています。(※豪州のブログ記事では3年で蓄電池の元が取れるという記事もありました。30kWh前後の大容量蓄電池が120万円前後:4万円/kWh前後でメーカーWebサイトで販売されていました。)

3.4. 英国:変動価格制を使いこなせるかが鍵

A) 経済合理性を決定づける「方程式」: 30分ごとに価格が変動するアジャイル型料金プランと、余剰電力の買取制度(SEG)をいかにうまく組み合わせるかが、経済性を左右します。

B) 電気料金体系の解剖: Octopus Energyの「Agile Octopus」プランでは、電力の卸売価格に連動して30分ごとに料金が変動し、時にはマイナス価格(電気を使うとお金がもらえる)になることもあります。一方で、ピーク時には100p/kWh(約$1.25/kWh)まで高騰するリスクもあります 。夜間電力が安い「Economy 7」なども一般的です。

C) 補助金・インセンティブの影響力: 直接的な購入補助金はありませんが、2027年3月まで蓄電池を含む省エネ設備の付加価値税(VAT)が0%になる措置が取られており、初期費用を実質的に軽減しています

D) 太陽光発電とのシナジー: 余剰電力買取制度「Smart Export Guarantee (SEG)」があり、電力会社は0p/kWh以上の価格で買い取ることが義務付けられています。2025年9月時点では、特定の条件を満たせば25p/kWh(約$0.31/kWh)といった高値で売電できる一方、条件なしの場合は6p/kWh程度となります

E) 投資回収期間の試算と結論: アジャイルプランをうまく活用し、安い時に充電し、高い時に自家消費・売電する運用を徹底できれば、投資回収期間は6〜12年と短縮可能です 。しかし、ライフスタイルが合わない場合や、単純な自家消費のみを目的とする場合は、回収は容易ではありません。「もとが取れる」かどうかは、ユーザーの積極的なエネルギーマネジメントに大きく依存します。

3.5. ドイツ:高い電気料金が最大のインセンティブ

A) 経済合理性を決定づける「方程式」: 欧州で最も高い水準にある家庭用電気料金が、蓄電池導入の最大の経済的インセンティブとなっています。

B) 電気料金体系の解剖: 家庭用電気料金は40ユーロセント/kWh(約$0.43/kWh)を超える高水準です 。2025年4月からは、送電網の混雑状況に応じて料金が変動する「時間帯別送電網利用料金」が導入され、ピークシフトの価値がさらに高まります

C) 補助金・インセンティブの影響力: かつては連邦レベルで強力な補助金がありましたが、現在は州や市町村レベルの支援が中心です。ただし、低利融資制度(KfW)や、2025年現在も継続されている30kWp以下の住宅用太陽光・蓄電池に対する付加価値税(VAT)0%措置が導入を後押ししています

D) 太陽光発電とのシナジー: FIT(固定価格買取制度)の買取単価は年々低下しています。2025年8月からの新単価では、10kW未満のシステムで余剰売電の場合は€0.0786/kWhですが、全量売電の場合は€0.1247/kWhと、自家消費をしない選択肢にも配慮されています 。しかし、高い購入電力単価を考えれば、自家消費が最も経済的です。

E) 投資回収期間の試算と結論: システムコストは日本よりやや安い程度ですが、圧倒的に高い電気料金のおかげで、自家消費による節約額が非常に大きくなります。その結果、投資回収期間は8〜13年程度と、十分に経済合理性のある範囲に収まります。ドイツでは、蓄電池は「もとが取れる」投資として広く認識されています。

3.6. スペイン・フランス:太陽光の普及と制度が後押し

スペイン: 豊富な日照量を背景に太陽光発電が普及しており、時間帯別料金(ピーク、フラット、バレーの3段階)も導入されています 。2025年6月には、BESS(バッテリーエネルギー貯蔵システム)に対して€250/kWhという大規模な設備投資補助金制度が開始されましたが、これは主に系統用が対象です 家庭用は、€350-€450/kWh程度のLFPバッテリーコストと、€9,000-€15,000程度の太陽光+蓄電池システム価格が一般的です 高い電気料金と太陽光の自家消費メリットにより、回収期間は10〜15年程度が見込まれます。

フランス: 原子力発電が主力のため電力価格の変動は比較的小さいですが、太陽光の普及に伴い、2025年5月には90%の日でゼロまたはマイナス価格が記録されるなど、市場が変化しています 時間帯別料金(Heures Pleines/Heures Creuses)も存在し、ピーク時とオフピーク時で価格差があります 。太陽光の余剰電力買取価格は低下しており、自家消費の重要性が増しています 。補助金はEV関連が中心ですが 、太陽光導入時の投資プレミアムが存在します。システムコストは$650-$1,100/kWhと中程度で、回収期間は12〜18年程度と、他の欧州主要国に比べるとやや長くなる傾向があります。

3.7. 韓国・日本:高めのコストと限定的な経済メリット

韓国: 家庭用電気料金は比較的安価(約$0.130/kWh)に抑えられています 累進課金制度が基本ですが、TOU(時間帯別料金)の実証実験も行われています 。政府はESSの導入を推進しており、2025年には2.2GWhの公共ESS市場創出を目指すなど、系統用への投資が活発です 。しかし、家庭用への直接的なインセンティブは限定的で、システムコストも比較的高いため、純粋な経済性だけでの投資回収は20年以上を要する可能性があり、現状では困難と言わざるを得ません。

日本: システムコストが$1,000-$1,500/kWhと国際的に見て高水準です 電気料金は上昇傾向にあるものの、欧州ほどの絶対的な高さはなく、時間帯別料金の価格差も限定的です 。国や自治体の補助金(例:DR補助金で最大60万円)を活用しても、単純計算での投資回収期間は15〜30年、あるいはそれ以上かかるケースが多く報告されています 卒FIT後の自家消費メリットは大きいものの、それだけでは長期の回収期間を劇的に短縮するには至っていません

3.8. 結論:住宅用蓄電池の経済性マトリクス

表2:住宅用蓄電池 経済性マトリクス(8カ国比較)

国名 主要な価値創出源 電気料金体系の特徴 主要な補助金 太陽光余剰電力の価値 推定投資回収期間 総合評価
米国 時間シフト(NEM 3.0), 自家消費 州により多様、TOU価格差大 連邦ITC(30%)+州独自 低(NEM 3.0下) 5-10年 (好条件州)
豪州 自家消費 購入単価が高い 連邦リベート(約30%) 低下傾向 7-12年
ドイツ 自家消費 購入単価が非常に高い VAT 0%、州・市独自 8-13年
英国 アービトラージ, 自家消費 変動価格プラン(高ボラ) VAT 0% 中 (SEG) 6-12年 (運用次第)
中国 アービトラージ, 自家消費 TOU価格差大 限定的 7-12年
スペイン 自家消費 購入単価が高い、TOUあり 限定的(家庭用) 10-15年
フランス 自家消費 TOUあり、価格差は中程度 限定的 12-18年
日本 自家消費(卒FIT後) TOU価格差が比較的小さい 国・自治体補助金 非常に低い 15-30年 ×
韓国 自家消費 購入単価が安い 限定的 20年以上 ×

この分析から導き出される結論は明確です。住宅用蓄電池の経済性は、蓄電池自体のハードウェアコスト以上に、その国や地域の「電力料金の価格差(購入価格と売電価格/節約額の差)」「政策的インセンティブ(補助金など)」によって、その9割が決定づけられると言っても過言ではありません。

ドイツやオーストラリアのように、そもそも電気の購入単価が高ければ、自家消費による節約額が大きくなり、回収期間は自然と短縮されます。カリフォルニアのように、政策(NEM 3.0)によって意図的に時間帯別の価値に極端な差をつければ、蓄電池は「あると便利」から「ないと損」という必須のデバイスに変わります 。そして、米国のITCのように初期投資の3割を国が負担してくれるのであれば、投資のハードルは劇的に下がります

これに対し、蓄電池のハードウェアコストの国ごとの差は、これらの制度的・市場的要因がもたらす影響に比べれば小さいのです。つまり、家庭用蓄電池が「もとが取れる」かどうかは、もはや技術の進化だけを待つ問題ではなく、その価値を消費者が実感できるような市場設計と政策の問題であると言えます。


第4章:ビジネスを支える電力:産業用蓄電池の多様な価値

企業のエネルギーコスト削減や事業継続計画(BCP)において、産業用蓄電池が果たす役割はますます重要になっています。しかし、その経済合理性は、家庭用とは全く異なるロジックで成り立っています。

4.1. 産業用蓄電池の3大価値創出源

産業用蓄電池は、主に3つの方法で企業に経済的メリットをもたらします。

  1. デマンド課金(Demand Charge)の削減: これは特に米国や日本などの電力料金体系において極めて重要な価値です。デマンド料金とは、月々の電気使用量(kWh)とは別に、その月に最も電力を使用した30分間などの「瞬間最大電力(kW)」に対して課される基本料金のことです。工場で多くの機械を同時に稼働させるなど、電力使用量が瞬間的に跳ね上がる時間帯に蓄電池から放電することで、電力会社からの購入電力のピークを抑え(ピークカット)、デマンド料金を大幅に削減できます

  2. エネルギーアービトラージ: 産業用の電力プランにも、多くの場合、時間帯別料金が設定されています。電力需要が少なく料金が安い夜間に蓄電池を充電し、工場が稼働し電力需要が高まる昼間のピーク時に放電して使用することで、電力会社から高い電気を買わずに済み、その差額分が利益となります

  3. 太陽光発電の自家消費最大化: 自社の屋根や敷地に設置した太陽光発電システムと組み合わせることで、その価値は最大化されます。日中に発電したものの使いきれなかった余剰電力を蓄電池に貯蔵し、夜間の操業や曇天時の電力として活用することで、電力会社からの購入量を極限まで減らし、「エネルギーの地産地消」を実現します

4.2. 国際比較:どの価値創出源が主流か?

これらの価値創出源の重要度は、国や地域の電力市場の設計によって大きく異なります。

  • 米国: 多くの州でデマンド課金が電力コストの30%〜70%を占めることもあり、デマンド課金の削減が産業用蓄電池導入の最も強力なドライバーとなっています

  • 欧州(ドイツ、英国など): 全体的に電力料金が高く、再生可能エネルギーの比率も高いため、太陽光発電の自家消費最大化とエネルギーアービトラージが導入の主な目的となっています。

  • 中国: 世界最大の製造拠点であると同時に、多くの地域でピーク時とバレー時の電力価格差が大きく設定されているため、エネルギーアービトラージを目的とした導入が活発です

  • 日本: デマンド課金の仕組みは存在しますが、基本料金に占める割合が米国ほど大きくないため、それ単体では導入の決定打になりにくいのが現状です。太陽光発電の自家消費率向上と組み合わせることで、経済性が見えてくるケースが多くなります。

4.3. 新たな収益源:VPPと系統安定化への貢献

産業用蓄電池は、もはや単なる自社のコスト削減ツールにとどまりません。点在する複数の企業の蓄電池を、アグリゲーターと呼ばれる事業者がIoT技術で遠隔から統合制御し、あたかも一つの大きな発電所のように機能させる「仮想発電所(VPP: Virtual Power Plant)」のリソースとして活用する動きが世界的に加速しています

電力の需給が逼迫した際に、電力会社からの要請に応じて一斉に放電したり(供給力)、逆に需要を抑制したり(デマンドレスポンス)することで、電力系統全体の安定化に貢献し、その対価として報酬を得るのです。これにより、蓄電池は企業のBCP対策やコスト削減に貢献するだけでなく、新たな収益を生み出す「プロフィットセンター」へと進化しつつあります。

家庭用蓄電池の導入判断が主に「節約」という単一の目的で行われるのに対し、産業用蓄電池の投資判断は、より高度なアセットマネジメントの発想が求められます。デマンド課金削減、エネルギーアービトラージ、自家消費最大化、そしてVPPからの収入といった複数の価値を、日々の電力価格や系統状況に応じて最適に「積み上げる(Value Stacking)」ことで、初めてその真の経済合理性が見えてくるのです 。この動的な運用と多様な収益源の組み合わせこそが、産業用蓄電池のポテンシャルを最大限に引き出す鍵となります。


第5章:電力系統の守護神:系統用蓄電池の経済性と市場メカニズム

個々の家庭や工場から視点を上げ、国家レベルの電力インフラとして導入される大規模な「系統用蓄電池」に目を向けてみましょう。これらは、再生可能エネルギーの大量導入時代において、電力の安定供給を維持するための切り札とされています。しかし、その巨額の投資は、どのようにして回収されるのでしょうか。ここでは、世界の主要電力市場を例に、系統用蓄電池のビジネスモデルを解き明かします。

5.1. 系統用蓄電池の収益源:Value Stackingの最前線

系統用蓄電池は、単一の目的のために存在するわけではありません。その最大の強みは、ミリ秒単位の高速応答性を活かし、時々刻々と変化する市場環境に応じて、最も収益性の高い役割を dynamically に切り替える能力にあります。この、複数の電力市場に参加して収益を最大化する戦略こそが「Value Stacking(価値の積み上げ)」であり、系統用蓄電池ビジネスの根幹をなすものです

主な収益源は、大きく分けて「エネルギー市場」「アンシラリーサービス市場」「容量市場」の3つです。

5.2. エネルギーアービトラージ市場の国際比較

これは最も基本的な収益源で、電力の卸売市場価格が安い時間帯に電力を購入(充電)し、価格が高い時間帯に売却(放電)して利ざやを稼ぐモデルです。このビジネスが成立するかどうかは、市場の価格変動(ボラティリティ)の大きさに依存します。

  • 価格変動が大きい市場(豪州、英国、米国の一部): 太陽光や風力発電の比率が高いこれらの市場では、天候によって発電量が大きく変動し、卸売価格が乱高下しやすくなっています。豪州のNEM(National Electricity Market)では、価格のボラティリティが大きく、アービトラージによる収益機会が豊富に存在します フランスやスペインでは、太陽光発電が過剰になる昼間に電力価格がマイナスになる「ネガティブプライス」が頻発しており、電気を「もらいながら」充電し、夕方の高値で売るという、非常に収益性の高い運用が可能になっています

  • 価格変動が比較的小さい市場(日本など): 大規模な火力発電や原子力発電が電力供給のベースを支えている市場では、価格変動が比較的小さく、アービトラージだけで投資を回収するのは容易ではありません。

5.3. アンシラリーサービス(周波数調整)市場:蓄電池の独壇場

アンシラリーサービスとは、電力の「品質」を維持するためのサービスです。電力は、常に需要と供給を一致させ、周波数を一定(日本では50Hzまたは60Hz)に保つ必要があります。太陽光発電が雲に隠れたり、風が急に止まったりすると、このバランスが崩れ、周波数が乱れます。この乱れを瞬時に補正するのがアンシラリーサービスの役割であり、蓄電池のミリ秒単位の高速充放電能力が最も活きる市場です

  • 米国(PJM, CAISO): 世界で最も成熟したアンシラリーサービス市場の一つです。周波数調整(Regulation)サービスでは、常に変動する指令値に追従する能力が求められ、バッテリーの高い応答性が高く評価されています。市場価格は需給によって常に変動しています

  • 豪州(AEMO): FCAS(Frequency Control Ancillary Services)と呼ばれる市場が確立されており、バッテリーは主要なプレイヤーとして高い収益を上げています。特に、大規模な発電所の脱落などに備えるコンティンジェンシーFCASでは、瞬時に応答できるバッテリーが不可欠です

  • 英国(National Grid ESO): Dynamic Containment(DC)をはじめとする、応答速度に応じた多様な周波数応答サービスが市場化されています。しかし、バッテリーの導入が急増した結果、市場が飽和し、2023年以降、価格が低下する傾向も見られます。これは、市場設計の重要性を示す好例です

  • ドイツ: 2026年から、系統の安定度(慣性力)を維持するための新たなサービス市場が創設される予定で、グリッドフォーミングインバータを備えた蓄電池にとって新たな収益機会が生まれると期待されています

  • 日本(JEPX): 2021年に需給調整市場が開設され、周波数制御のための調整力が取引されていますが、まだ市場の流動性は低く、海外のように多様なサービスが整備されているわけではありません。収益機会は限定的というのが現状です

5.4. 容量市場:待機する価値への対価

容量市場とは、「将来のピーク需要時に備えて、いつでも発電できる能力(キャパシティ)」を確保するための仕組みです。実際に発電しなくても、「いつでも発電できる状態」で待機していること自体に価値があると見なされ、その対価が支払われます 。これは、めったに使わない保険のようなもので、電力の安定供給を担保するための重要なメカニズムです。米国PJMや英国では、この容量市場が蓄電池の安定した収益源の一つとなっています。

表3:系統用蓄電池の主要収益源 国際比較

国・地域 エネルギーアービトラージ(価格変動) アンシラリーサービス市場 容量市場の有無
米国 (PJM/CAISO) 中〜大 非常に成熟・多様 あり
豪州 (AEMO) 成熟・高収益 なし
英国 中〜大 成熟・多様化(価格低下傾向) あり
ドイツ 中〜大 拡大中(新サービス創設) 議論中
日本 (JEPX) 小〜中 発展途上・限定的 あり(2024年〜)

この比較から明らかになるのは、系統用蓄電池の投資判断が、もはや「技術」の優劣だけで決まるのではないという事実です。同じ性能の蓄電池であっても、その価値を収益に変えるための「市場」が整備されていなければ、宝の持ち腐れとなってしまいます。英国や豪州のように、バッテリーの高速応答性という技術的優位性を正当に評価し、それを直接収益に結びつける多様なアンシラリーサービス市場が存在すれば、投資は活発化します。一方で、市場が未整備であれば、収益の大部分を不安定なアービトラージに頼らざるを得ず、投資リスクは高まります。系統用蓄電池の普及を促す鍵は、技術開発以上に、その多様な価値を正当に評価し、収益化できる電力市場をいかに設計するかにかかっているのです。


第6章:最終審判:蓄電池は8カ国で「もとが取れる」のか?

これまで、家庭用、産業用、系統用という3つの視点から、8カ国の蓄電池の経済性を多角的に分析してきました。本章では、これらの分析結果を統合し、「蓄電池はもとが取れない」という当初の問いに対する、2025年時点での最終的な審判を下します。

6.1. 国別・用途別 経済性スコアカード

これまでの詳細な分析を、国と用途のマトリクスで一覧できるようにまとめました。このスコアカードは、各セグメントにおける蓄電池投資の経済的な魅力度を直感的に示しています。

表4:蓄電池の経済性 総合評価スコアカード(2025年)

評価基準:

  • ◎ 非常に有利: 明確な経済合理性があり、多くのケースで投資回収が比較的短期に見込める。

  • ○ 有利: 適切な条件下(例:特定の料金プラン、ライフスタイル)で、十分に投資回収が見込める。

  • △ 条件付きで可能: 補助金の活用や特定の運用方法など、複数の好条件が重なることで経済性が見えてくる。

  • × 困難: 現状の制度や市場環境では、純粋な経済性だけでの投資回収は難しい。

6.2. 結論:もとが取れるかどうかは「どこで」「何のために」使うかで決まる

本レポートの分析を通じて明らかになったのは、「蓄電池はもとが取れるか?」という問いに対する答えが、もはや単純な「はい」か「いいえ」ではあり得ないという事実です。正しくは、「どこで(Which Country/Market)、誰が(Who)、何のために(For What Purpose)」使うかによって、その答えは劇的に変わります。

  • 「もとが取れる」国と用途: 米国、豪州、英国、そして中国やドイツでは、多くのセグメントで蓄電池は経済的に成立する「投資」と見なされています。ドイツの家庭では「高騰する電気料金からの逃避」という明確な動機があり、米国の工場では「デマンド課金というペナルティの回避」が強力なインセンティブとなります。そして、豪州や英国の電力系統では、蓄電池は「電力の安定化に不可欠な調整力」として、多様な市場から収益を得ています。

  • 「もとが取りにくい」国と用途: 一方で、日本では、どのセグメントにおいても明確な「◎」評価は得られませんでした。これは、蓄電池のハードウェアコストが国際的に見て突出して高いというよりも、蓄電池が持つ多様な価値(時間シフト価値、ピークカット価値、高速応答価値など)を、消費者が直接的な経済メリットとして享受できる仕組みが、他国に比べて未整備であることに起因します。

結論として、「蓄電池はもとが取れない」という一般論は、少なくともグローバルな視点で見れば、もはや時代遅れの認識です。蓄電池の経済性は、各国の電力料金体系、補助金政策、そして電力市場の設計という3つの要素が複雑に絡み合って決まるのです。この多面的な現実を理解することなく、蓄電池の価値を正しく評価することはできません。


第7章:日本への示唆:脱炭素を阻む「根源的・本質的な課題」

8カ国との徹底比較というグローバルなレンズを通して、日本のエネルギー転換がなぜ思うように進まないのか、その構造的な課題が浮き彫りになります。問題は、蓄電池という「技術」そのものではなく、その価値を最大限に引き出せていない日本の「制度」にあるのかもしれません。

7.1. 課題仮説①【系統用】:収益源が乏しい「一本足打法」のリスク

日本の系統用蓄電池が直面する最大の課題は、収益源の乏しさにあります。現状、そのビジネスモデルは、卸電力市場での価格差を狙ったアービトラージと、2021年に開設されたばかりでまだ流動性が十分とは言えない需給調整市場大きく依存しています 。これは、収益の柱が一本しかない「一本足打法」のようなもので、市場価格の変動に収益が大きく左右される、極めて不安定な状態です。

一方で、英国や豪州の市場を見てみましょう。そこでは、周波数調整(FCAS/Dynamic Containment)、慣性力提供、電圧維持など、蓄電池のミリ秒単位の高速応答性や、系統を安定させる能力そのものを評価する多様なアンシラリーサービス市場が整備されています 。これにより、蓄電池事業者はアービトラージだけでなく、複数の安定した収益源を確保でき、投資の予見性が高まります。

日本の市場に、こうした蓄電池のユニークな価値を正当に評価し、収益化するメカニズムが欠如していること。これこそが、系統用蓄電池への大規模な民間投資を阻害し、結果として再生可能エネルギーの大量導入を難しくしている根源的な課題の一つです。

7.2. 課題仮説②【家庭用】:経済的インセンティブの欠如

日本の家庭用蓄電池の普及が伸び悩む背景にも、明確な経済的シグナルの弱さがあります。日本の家庭用電気料金は、欧米に比べてピーク時とオフピーク時の価格差が比較的小さく、時間帯別料金プランを活用したアービトラージによる節約効果が限定的です

固定価格買取制度(FIT)が終了した「卒FIT」世帯にとって、自家消費のメリットは確かに存在します。しかし、ドイツのように電気料金そのものが非常に高額であるための「購入電力回避」という強い動機や、カリフォルニアのNEM 3.0のように「昼間の売電はほぼゼロ、夕方の買電は超高額」という、蓄電池導入を半ば強制するような極端な価格差もありません

国の補助金は存在するものの、消費者が「これは導入しないと損だ」と感じるほどの強力で分かりやすい経済的インセンティブが欠けていること。これが、日本の家庭用蓄電池市場が「あれば安心」の防災グッズの域を出て、「なければ損」という経済合理性を持つエネルギー資産へと飛躍できない本質的な課題と言えるでしょう。

7.3. 課題仮説③【産業用】:「眠れる価値」を呼び覚ます制度の不在

産業用においても同様の構造が見られます。日本にもデマンド課金の仕組みは存在しますが、これが電力コストの大部分を占める米国市場ほどのインパクトはなく、蓄電池導入の主要ドライバーとなるには力不足です。

また、企業の工場や倉庫に設置された蓄電池や自家発電機といった「眠れるリソース」をVPP(仮想発電所)として活用し、需給調整市場に参加して収益化する道は開かれつつありますが、そのルートはまだ限定的であり、多くの企業にとって現実的な選択肢とはなっていません。産業用リソースが持つ巨大な調整力ポテンシャルを、円滑に市場価値へと転換する制度設計が追いついていないのです。

7.4. 総合考察:日本の課題は「技術」ではなく「市場設計と政策」にある

8カ国比較から導き出される、日本に対する最も重要な示唆は、これに尽きます。日本の蓄電池の普及を阻む真のボトルネックは、ハードウェアのコストや技術的な性能ではありません。むしろ、蓄電池が持つ多様な価値——すなわち、再生可能エネルギーの変動を吸収する「柔軟性」、電力需要をピーク時からオフピーク時へ移す「時間シフト価値」、そして周波数の乱れに瞬時に応答する「高速応答性」——を、正当に評価し、それを投資家や消費者が収益として回収できる「市場メカニズム」と「政策的インセンティブ」が決定的に欠如している**点にあります。

この「価値のマネタイズ」の仕組みが不在であるために、蓄電池は本来のポテンシャルを発揮できず、高価な「コスト」として認識され続けているのです。これこそが、日本の再生可能エネルギー普及を加速する上で足かせとなっている、根源的かつ本質的な課題であると結論づけられます。


第8章:よくある質問(FAQ)

Q1. 蓄電池の価格は今後も下がり続けますか?2030年の価格はどうなりますか?

A1. 長期的には下落傾向が続くと予測されています。技術革新や生産規模の拡大により、BNEFは2035年までに蓄電池のLCOEが現在から約50%低下すると予測しています 。しかし、短期的には注意が必要です。2025年第4四半期からは、中国政府の政策変更(輸出VAT還付の撤廃など)により、価格が約9%上昇するとの見方もあります 。リチウムなどの資源価格や地政学リスクによって、価格は今後も変動する可能性があります。

Q2. リン酸鉄リチウム(LFP)と三元系(NMC)、どちらのバッテリーが経済的に有利ですか?

A2. 現在の主流はLFPです。LFPは、NMCに比べてエネルギー密度では劣るものの、コストが安く、サイクル寿命が長く、熱暴走のリスクが低いという安全性から、定置用蓄電池の市場で圧倒的なシェアを占めています 。BNEFによると、LFPの市場シェアは2027年に93%でピークに達すると予測されており、当面はLFPが経済的に有利な選択肢であり続けるでしょう

Q3. 太陽光発電と蓄電池は、必ずセットで導入すべきですか?

A3. 経済的なメリットを最大化するなら、セットでの導入が強く推奨されます。太陽光発電がない場合、蓄電池は料金の安い夜間電力を買って充電することになり、節約効果が限定的、あるいは電気使用量が増えてかえって電気代が高くなる可能性すらあります 。太陽光発電と組み合わせることで、発電したクリーンな電気を無料で充電でき、自家消費率を極限まで高めることで、最大の経済効果が生まれます

Q4. VPP(仮想発電所)に参加すると、どれくらいの収益が見込めますか?

A4. 収益性は国や地域の制度設計に大きく依存するため、一概には言えません。日本では、2021年に需給調整市場が開設されましたが、まだ市場が発展途上であり、現時点での収益性は不透明な部分が多いのが実情です 。米国のマサチューセッツ州のプログラムでは、家庭用蓄電池でも年間$1,500以上の収益を得られるケースがあり 、将来的に日本でも同様の市場が育てば、新たな収益源として期待できます。

Q5. 蓄電池の寿命や劣化は、経済性にどの程度影響しますか?

A5. 大きく影響します。LCOSの計算には、バッテリーの交換費用が含まれており、寿命が短い製品はLCOSを押し上げます。多くのメーカーは「10年で容量70%維持」といった保証を付けていますが、充放電の頻度や深さ、使用環境の温度によって劣化の進み具合は変わります 。サイクル寿命が長い(例:12,000サイクル以上)高品質なバッテリーを選ぶことが、長期的な経済性を確保する上で重要です

Q6. 日本で蓄電池の元を取るためには、今後どのような制度変更が必要ですか?

A6. 本レポートの分析に基づけば、以下の3つの制度変更が鍵となります。

  1. 電力料金体系の見直し: ピーク時とオフピーク時の価格差をより大胆に設定し、時間シフトの価値を高めること。

  2. アンシラリーサービス市場の多様化: 英国や豪州のように、蓄電池の高速応答性を評価する新たな市場(周波数維持、慣性力提供など)を創設し、収益源を増やすこと。

  3. インセンティブの強化: 補助金だけでなく、VPPへの参加やデマンドレスポンスへの貢献に対して、明確で魅力的な報酬体系を設計すること。


結論:蓄電池は「コストセンター」から「プロフィットセンター」へ

本レポートは、「蓄電池はもとが取れない」という通説を、8カ国の多角的な比較分析を通じて検証してきました。その結果、この言葉がもはや現代のエネルギー市場の実態を表していないことが明らかになりました。

蓄電池の経済性は、ハードウェアの価格という単一の変数で決まるものではありません。それは、各国の電力料金体系、補助金政策、そして電力市場の設計という、複雑な「方程式」によって導き出される解です。適切な市場設計と政策的後押しがある国々では、蓄電池は単なる停電対策の保険(コストセンター)ではなく、電気代を削減し、さらには市場に参加して収益を生み出す、能動的なエネルギー資産(プロフィットセンター)へとその姿を変えています

米国、豪州、英国、ドイツといった国々では、家庭、産業、系統の各レベルで、蓄電池が経済的に成立する道筋がすでに示されています。それは、技術の進化だけでなく、蓄電池が持つ多様な価値を正当に評価し、それを収益に転換できる社会システムを構築してきた結果です。

翻って日本では、この「価値の収益化」の仕組みが未成熟であることが、普及の最大の足かせとなっています。日本の脱炭素化とエネルギー安全保障の未来は、蓄電池のポテンシャルを最大限に引き出すための、大胆な市場設計と政策的決断にかかっていると言っても過言ではないでしょう。蓄電池を単なる「コスト」と捉える時代は終わり、いかにして「投資」へと転換させるか。その戦略的視点こそが、今、日本に最も求められています。


ファクトチェックサマリー

本記事で提示された数値データおよび分析は、公開されている信頼性の高い情報源に基づいています。主要なコストデータ(LCOS、システム価格)は、金融アドバイザリー会社Lazard、エネルギー調査機関BloombergNEF(BNEF)、米国再生可能エネルギー研究所(NREL)、Wood Mackenzieなどの国際的に認知されたレポートから引用しています。各国の電力料金、補助金制度、固定価格買取制度に関する情報は、各政府機関(例:日本の経済産業省、米国のエネルギー省)、電力会社、および公的機関(例:豪州AEMO、英国Ofgem)が公表する最新のデータ(2025年10月28日時点)を参照しています。投資回収期間の試算は、これらの公開データに基づき、標準的なモデルケースを想定して算出されたものであり、個別の条件によって変動する可能性があります。

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著者情報

国際航業株式会社カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG

樋口 悟(著者情報はこちら

国際航業 カーボンニュートラル推進部デジタルエネルギーG。環境省、トヨタ自働車、東京ガス、パナソニック、オムロン、シャープ、伊藤忠商事、東急不動産、ソフトバンク、村田製作所など大手企業や全国中小工務店、販売施工店など国内700社以上・シェアNo.1のエネルギー診断B2B SaaS・APIサービス「エネがえる」(太陽光・蓄電池・オール電化・EV・V2Hの経済効果シミュレータ)のBizDev管掌。再エネ設備導入効果シミュレーション及び再エネ関連事業の事業戦略・マーケティング・セールス・生成AIに関するエキスパート。AI蓄電池充放電最適制御システムなどデジタル×エネルギー領域の事業開発が主要領域。東京都(日経新聞社)の太陽光普及関連イベント登壇などセミナー・イベント登壇も多数。太陽光・蓄電池・EV/V2H経済効果シミュレーションのエキスパート。Xアカウント:@satoruhiguchi。お仕事・新規事業・提携・取材・登壇のご相談はお気軽に(070-3669-8761 / satoru_higuchi@kk-grp.jp)

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