目次
- 1 ネイチャーポジティブの地平線:47兆円経済革命に向けた日本の2025-2030年ロードマップ
- 2 脱炭素の先へ:ネイチャーエコノミーの夜明け
- 3 第1部 戦略的ランドスケープの解読(2025-2030年)
- 4 第2部 コーポレート・マンデート:TNFDで航解するリスクと機会
- 5 第3部 ソリューション設計図Ⅰ:「Nature Positive as a Service (NPaaS)」の台頭
- 6 第4部 ソリューション設計図Ⅱ:新たなネイチャーファイナンスの設計
- 7 第5部 ソリューション設計図Ⅲ:移行を保証・保険でデリスクする
- 8 第6部 事業性評価と市場参入戦略
- 9 結論:日本の次なる大変革における先行者利益の獲得
ネイチャーポジティブの地平線:47兆円経済革命に向けた日本の2025-2030年ロードマップ
脱炭素の先へ:ネイチャーエコノミーの夜明け
我々は今、経済社会の構造を根底から変える新たな変革の入り口に立っている。デジタル革命、そしてグリーン(脱炭素)革命に続く第3の波、それが「ネイチャーポジティブ経済」への移行である。これは単なる環境保護活動の延長線上にある概念ではない。政策、市場、技術が一体となり、企業の存続と成長のルールそのものを書き換えようとする、一世代に一度の価値創造機会の到来を意味する。
「ネイチャーポジティブ」とは、生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる(自然再興)ことを指す言葉である
気候変動と生物多様性の損失は「双子の危機」と呼ばれ、分かちがたく連携している
日本政府が示す未来は、極めて野心的だ。2030年までに、このネイチャーポジティブ経済が約47兆円の巨大な市場機会を創出すると試算されている
本レポートでは、この歴史的転換点の全体像を解き明かし、2025年から2030年までの日本のロードマップを精密に解析する。そして、そこに眠る事業機会を特定し、具体的なソリューションと事業性評価を通じて、次なる経済の勝者となるための戦略的羅針盤を提示する。
第1部 戦略的ランドスケープの解読(2025-2030年)
ネイチャーポジティブ経済への移行は、単なるスローガンではない。日本政府は、複数の省庁を横断する緻密な政策パッケージを構築し、市場が向かうべき明確な方向性を示している。これは、企業にとっての不確実性を低減し、未来の価値がどこに生まれるかを指し示す「ゲームのルール」そのものである。このルールを深く理解することこそ、戦略立案の第一歩となる。
「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」の全貌
2024年3月、環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の4省が連名で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を公表した
この戦略の核心は、「ネイチャーポジティブ経営」の実現にある。すなわち、企業が自社の価値創造プロセスにおいて、自然資本への依存と影響を重要課題(マテリアリティ)として認識し、事業戦略に統合することを促すものである
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足元の負荷低減から始める: まずは事業活動が自然に与える負の影響を「回避」「低減」することを最優先し、その上で自然にプラスの影響を与える「回復」「創出」の取り組みを検討する(ミティゲーション・ヒエラルキーの原則)。
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一歩ずつの取り組みを奨励: サプライチェーン全体での包括的な影響把握を目指しつつも、まずは着手可能な事業領域から部分的に取り組むことも奨励される。
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損失速度の低減も価値: 自然の損失スピードを緩める取り組み自体にも価値があるとし、負荷の最小化と貢献の最大化を同時に追求する。
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消費者ニーズの創出・充足: ネイチャーポジティブに資する製品・サービスを市場に提供し、新たな消費者ニーズを喚起・創造する。
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地域価値への貢献: 企業の取り組みが、事業拠点のある地域の生物多様性保全や地域課題の解決に貢献することを目指す。
この戦略は、単に企業に行動変容を求めるだけでなく、国がそれを強力にバックアップする体制を整えている点が特徴である。個社の努力だけでは移行が困難であることを認め、行政や金融機関との連携、そして具体的な支援策を通じて、市場全体の変革を後押しする構造となっている
主要な政策メカニズムとタイムライン
この戦略を具現化するための核心的な政策ツールが、「自然共生サイト」とそれを法的に裏付ける「地域生物多様性増進法」である。これらは、国際公約である「30by30」目標達成の切り札であり、民間セクターをネイチャーポジティブ経済の主役へと押し上げるためのプラットフォームとして機能する。
「自然共生サイト」:国家認定の自然資産
「自然共生サイト」とは、企業の社有林や工場の緑地、NPOが管理する里山など、民間の取り組みによって生物多様性の保全が図られている区域を国が認定する制度である
これは、企業のローカルな保全活動が、国際目標の達成に直接貢献するものであると「お墨付き」を与えることを意味する。OECMは、2022年の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の根幹をなす「30by30目標」(2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保全する目標)を達成するための重要な手段と位置づけられている
「地域生物多様性増進法」:行動を加速する法的インフラ
2025年4月から施行される「地域生物多様性増進法」は、この「自然共生サイト」の取り組みを法的に制度化し、加速させるためのものである
この法律がもたらす重要な変化は、手続きの簡素化とインセンティブの付与である。例えば、森林の再生プロジェクトなどを行う際に必要だった複数の法令に基づく許認可手続きが一本化され、事業者の負担が軽減される
「30by30」目標達成における民間セクターの役割
日本の陸域における保護地域は現在約20.5%であり、「30by30」目標の達成には残りの約10%を上積みする必要がある
これは、単なる環境政策ではない。政府が達成すべき国際公約を、民間セクターの力を借りて実現する官民連携の壮大なスキームである。企業にとっては、自社の土地や活動が国家目標達成の重要なピースとなり、ESG評価の向上やブランド価値の強化に直結するメリットが生まれる
このように、一連の政策は単なる規制や努力目標の集合体ではない。政府は、国際公約(30by30)を達成するために、民間セクターの参画を促すプラットフォーム(自然共生サイト)を創設し、その活動を法的に裏付け(地域生物多様性増進法)、国際的な価値(OECM登録)を付与している。このプラットフォームは、企業の保全活動を可視化・価値化し、後述するTNFD対応やネイチャーファイナンスといった経済活動と接続させるための「共通基盤」として設計されているのである。
表1: 日本のネイチャーポジティブ政策・目標マトリクス(2025-2030年)
政策/イニシアチブ名 | 主管省庁 | 主要目的 | 具体的な数値目標/ターゲット | 主要な実施メカニズム | 主要マイルストーン/タイムライン |
ネイチャーポジティブ経済移行戦略 | 環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省 | 「ネイチャーポジティブ経営」の実現と、自然を基盤とした経済への移行 | ・2030年までに47兆円の市場機会創出 ・大企業のNP経営実施率: 50% (2030年) | 企業の5つの行動指針提示、TNFD対応支援、データ基盤整備 | 2024年3月 戦略公表 |
生物多様性国家戦略 2023-2030 | 環境省 | 2030年ネイチャーポジティブ(自然再興)の実現 | ・2030年までに陸と海の30%を保全(30by30目標) ・生態系の健全性の回復 | 5つの基本戦略、自然共生サイト(OECM)の活用 | 2023年3月 閣議決定 |
30by30アライアンス | 環境省 | 30by30目標達成に向けた産官学民の連携促進 | 参加団体によるOECM登録・保護地域拡大の推進 | 企業、自治体、NPO等の自主的な参加と目標設定 | 2022年4月 発足 |
自然共生サイト (OECM) | 環境省 | 民間等の取り組みによる生物多様性保全区域を認定し、30by30目標に貢献 | 30by30目標達成に向けた面積の確保 | 企業・団体等からの申請に基づき国が認定、OECMとして国際DBに登録 | 2023年度 認定開始 |
地域生物多様性増進法 | 環境省 | 自然共生サイトの法制化と、地域における生物多様性増進活動の促進 | – | 増進活動実施計画の認定制度、関連手続きのワンストップ化 | 2025年4月 施行 |
自然関連財務情報開示タスクフォース (TNFD) | – (国際イニシアチブ) | 企業が自然関連のリスクと機会を評価・開示するためのフレームワーク提供 | – | LEAPアプローチ、4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標) | 2023年9月 最終提言公表 |
出典:
第2部 コーポレート・マンデート:TNFDで航解するリスクと機会
ネイチャーポジティブ経済への移行が企業の任意参加のCSR活動から、経営の中核に関わる戦略的必須事項へと変わった最大の理由は、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」の登場である。これは、単なる報告フレームワークではない。自然との関わりを資本市場の共通言語で語ることを企業に義務付け、資金の流れをネイチャーポジティブな方向へと変える、強力な市場メカニズムである。
TNFD:自然資本のグローバルスタンダード
TNFDは、気候変動分野におけるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の成功モデルを自然資本の領域に応用したものである
この動きは、金融監督当局の国際的なネットワークであるNGFS(Network for Greening the Financial System)が「自然関連リスクはマクロ経済に重大な影響を及ぼす可能性があり、金融安定性にとってのリスクである」と結論付けたことにも裏打ちされている
TNFDは、TCFDと同様に「ガバナンス」「戦略」「リスクとインパクトの管理」「指標と目標」という4つの柱で構成されており、企業はこれらに沿って情報開示を行うことが推奨される
実践的フレームワーク「LEAPアプローチ」
TNFDが企業に提供する最も強力なツールが、自然関連課題を評価するための統合的分析アプローチ「LEAP」である
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L – Locate(発見):自然との接点を発見する
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最初のステップは、自社の事業活動と自然とのインターフェースを地図上にマッピングすることである。直接的な事業拠点(工場、店舗、オフィス)だけでなく、原材料を調達するサプライチェーンの上流(農地、森林、鉱山)から、製品が使用・廃棄される下流まで、バリューチェーン全体でどこに重要な生態系や水資源が存在するかを特定する。特に、事業所やサプライヤーが「生物多様性ホットスポット」や「水ストレス地域」に位置していないかどうかの地理的評価が重要となる
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E – Evaluate(診断):依存と影響を診断する
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次に、特定した接点において、自社が自然からどのような恩恵を受けているか(依存)、そしてどのような影響を与えているか(影響)を評価する。
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依存の例: 食品メーカーは作物の生育に必要な「土壌の肥沃度」や「花粉媒介(ポリネーション)」に、半導体メーカーは製造プロセスに不可欠な「大量の清浄な水」に依存している。
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影響の例: 建設業は「土地利用の変化」を通じて生態系を破壊し、化学メーカーは「水質汚染」を通じて水生生物に影響を与える可能性がある。
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A – Assess(評価):重要なリスクと機会を評価する
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診断された依存と影響を、具体的な財務リスクと事業機会に変換する。
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リスク:
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物理的リスク: 干ばつによる水不足で工場の操業が停止する。生態系の劣化により原材料(例:天然香料)が調達できなくなる。
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移行リスク: 自然破壊に対する規制強化により事業コストが増大する。環境配慮を求める顧客から選ばれなくなる(評判リスク)。
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システミックリスク: ある生態系サービス(例:広域な森林の保水機能)が崩壊し、社会全体に洪水リスクが増大する。
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機会:
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市場機会: 再生農業や持続可能な林業など、ネイチャーポジティブな製品・サービスで新市場を開拓する。
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コスト削減: グリーンインフラ(自然を活用した防災・水管理)の導入で、従来のコンクリートインフラより低コストで高いレジリエンスを実現する。
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資金調達: ESG投資家からの評価が高まり、有利な条件で資金を調達できる。
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P – Prepare(準備):対応と報告の準備をする
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最後のステップは、評価結果に基づき、具体的な戦略、目標、行動計画を策定し、それをステークホルダーに報告することである。これには、取締役会レベルでの監督体制の構築や、目標達成度を測るための指標(KPI)の設定が含まれる
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サプライチェーンの課題が創出する巨大市場
TNFDがもたらす最も大きな構造変化は、その要求がサプライチェーン全体に波及する「カスケード効果」である。大企業は、自社のリスク管理と投資家への説明責任を果たすため、取引先である数千、数万の中小企業(SME)に対して、自然関連のデータ提供や取り組みを要求せざるを得なくなる
しかし、多くの中小企業にとって、この要求に応えることは極めて困難である。その背景には、以下のような根深い課題が存在する
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サプライチェーンの不透明性: 自社の取引先が、さらにその先のどこから原材料を調達しているのか、最上流まで遡って把握することは非常に難しい。
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評価指標の不在: 何を測定し、報告すれば良いのか、標準化された指標が確立されていない。
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専門知識とリソースの欠如: 生態学的な評価やデータ分析を行うための専門人材も予算も不足している。
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データの入手困難と高コスト: 事業拠点やサプライヤーが存在する地域の生物多様性に関する科学的データは、入手が困難であったり、高価であったりする。
この「大企業からの要求」と「中小企業の対応能力」との間に存在する巨大なギャップこそ、新たなB2Bサービス市場が生まれる土壌である。大企業の要請に応え、中小企業が直面する複雑な課題を、安価で、使いやすく、拡張性のある形で解決するソリューション。ここに、次世代の成長企業となるための絶好の機会が眠っている。
第3部 ソリューション設計図Ⅰ:「Nature Positive as a Service (NPaaS)」の台頭
前章で特定した「サプライチェーンにおける中小企業の課題」という巨大な市場機会に応えるため、我々は新たなB2Bサービスカテゴリーとして「Nature Positive as a Service (NPaaS)」を提唱する。これは、企業がネイチャーポジティブ経済への移行を円滑に進めるために必要な評価、対策、報告といった一連のプロセスを、テクノロジーを活用してサービスとして提供するビジネスモデル群である。
NPaaS市場の潜在力
この市場の規模を考える上で、先行するESG/サステナビリティサービス市場が格好のベンチマークとなる。日本の同市場は2024年に2,310億円に達し、年平均14.0%という高い成長率で2028年には3,772億円に拡大すると予測されている
NPaaSの中核となるビジネスモデル
NPaaSは、企業のニーズに応じて多様な形態を取りうるが、中核となるのは以下の3つのサービスモデルである。
1. 評価・報告サービス (Assessment & Reporting as a Service – ARaaS)
これは、TNFDや各種サステナビリティ基準への準拠を支援する、SaaS(Software as a Service)型のプラットフォームである。
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価値提案: 中小企業でも導入可能な価格帯で、複雑で専門的なTNFDのLEAPアプローチを自動化・簡素化する。大企業にとっては、サプライヤーへのデータ要求・収集・集計プロセスを効率化するツールとなる。
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主要機能:
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サプライチェーンマッピング: 企業の調達データを入力すると、サプライヤーの所在地を地図上にプロットし、生物多様性ホットスポットや水ストレス地域と重ね合わせるGIS(地理情報システム)機能。
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自動リスク評価: 衛星画像解析(土地利用変化の検出)、グローバルな自然環境データベース、環境DNA分析サービスを提供する企業(例:シンク・ネイチャー
, 日吉1 )のAPIと連携し、各拠点のリスクをスコアリングする。33 -
レポート自動生成: TNFDの開示推奨項目に沿ったレポートや、サプライヤー向け質問票への回答案を自動で生成する。
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ターゲット市場:
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Tier 1: TNFD開示が求められる大手企業(内部の効率化・高度化ニーズ)。
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Tier 2 (本命市場): 大手企業からデータ提供を求められる数多の中小企業(コンプライアンス対応ニーズ)。
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2. 緩和・再生サービス (Mitigation & Restoration as a Service – MRaaS)
これは、企業が保有する土地などを活用して、具体的な自然保全・再生プロジェクトを実施・管理するターンキー(一括請負)サービスである。
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価値提案: 生態学的な専門知識を持たない企業でも、政府の政策(自然共生サイト)と連携した信頼性の高いネイチャーポジティブ活動を容易に実現できる。
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提供サービス:
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サイト認定支援: 企業の社有林や工場緑地を調査し、「自然共生サイト」としての認定ポテンシャルを評価。申請に必要な生物多様性調査(環境DNA分析
等)、活動計画の策定、行政への申請手続きまでを代行する4 。35 -
生態系再生プロジェクト: キリンビールの工場ビオトープ
や積水ハウスの「5本の樹」計画37 のように、在来種を用いた植樹、湿地再生、ビオトープ創出などのプロジェクトを設計・施工・管理する。38 -
長期モニタリング: プロジェクト実施後の生態系の変化を、定点カメラ、環境DNA、ドローン観測などを用いて継続的にモニタリングし、効果を可視化して報告する。
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ターゲット市場: 自社保有地(遊休地、工場緑地、社有林など)の価値を向上させたい企業。特に建設、不動産、製造業など。
3. データ・分析サービス (Data & Analytics as a Service – DaaS)
これは、他の全てのサービスや金融商品の根幹を支える、高解像度な自然資本データを提供する基盤(ユーティリティ)サービスである。
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価値提案: ARaaS事業者、MRaaS事業者、金融機関、コンサルタントなど、ネイチャーポジティブ経済に関わるあらゆるプレイヤーが必要とする、信頼性の高い地理空間・生物多様性データへのアクセスをAPI経由で提供する。
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提供サービス:
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生物多様性データAPI: 国内の陸海にわたる数十万種の生物分布データ、絶滅危惧種の生息情報などを提供する(シンク・ネイチャーのサービスがこれに該当
)。1 -
自然リスクデータAPI: 特定の地点における水ストレスレベル、森林破壊リスク、土壌劣化度などの物理リスク指標を提供する。
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サプライチェーン・リスク分析: 特定の産品(例:パーム油、大豆、カカオ)のサプライチェーンに潜む、森林破壊や人権侵害のリスクを特定・評価するデータサービス。
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ターゲット市場: NPaaS事業者、金融機関、保険会社、大手事業会社のサステナビリティ部門、コンサルティングファーム。このモデルは、ネイチャーポジティブ経済における「つるはしとシャベル」を売るビジネスに相当する。
表2: NPaaSモデル比較と事業性スナップショット
モデル | ターゲット顧客 | 解決する主要課題 | 主要技術 | 収益モデル | 想定価格帯(例) | 主要な競合 |
ARaaS (評価・報告) | 大企業、中小企業 | TNFD対応の複雑さ、コスト、専門知識不足 | AI、GIS、SaaS、API連携 | サブスクリプション | 中小企業向け: 月額5万円~ 大企業向け: 月額30万円~ | ESGコンサル、SaaSスタートアップ |
MRaaS (緩和・再生) | 土地を保有する企業(建設、不動産、製造業等) | 自然保全活動のノウハウ不足、プロジェクト管理の負担 | 環境DNA、リモートセンシング、生態工学 | プロジェクトフィー、年間管理契約 | サイト認定支援: 300万円~ 再生プロジェクト: 1,000万円~ | 環境コンサル、建設会社(緑化部門)、造園会社 |
DaaS (データ・分析) | NPaaS事業者、金融機関、コンサル | 信頼できる自然資本データの不足と断片化 | データベース、GIS、衛星解析、API | データライセンス、APIコール課金 | API利用料: 月額10万円~ | データプロバイダー、研究機関発ベンチャー |
出典:
これらのNPaaSモデルは、それぞれが独立した事業として成立するだけでなく、相互に連携することで強力なエコシステムを形成する。DaaSが提供するデータを基にARaaSがリスクを評価し、その結果を受けてMRaaSが具体的な対策を講じる。この一連の流れをシームレスに提供できる企業が、市場の主導権を握る可能性は高い。
第4部 ソリューション設計図Ⅱ:新たなネイチャーファイナンスの設計
ネイチャーポジティブ経済への移行には、莫大な資金が必要となる。しかし、その資金をいかにして動員するかは大きな課題である。従来の金融手法だけでは、自然資本という特異な資産クラスが持つリスクとリターンを適切に評価し、大規模な資金の流れを生み出すことは難しい。ここでは、移行を加速させるための革新的な金融商品・メカニズムを設計する。
グリーンボンドの限界と新たな地平
現在、サステナブルファイナンスの代表格であるグリーンボンド市場は巨大な規模を誇る
革新的ネイチャー・リンク・ファイナンスの提案
1. 日本版「生物多様性クレジット」市場の創設
世界的には、生物多様性の保全・回復活動によって生み出されるプラスの効果を「クレジット」として証券化し、取引する市場が生まれつつある。この市場は2050年までに最大690億ドル規模に成長する可能性が指摘されており、オーストラリアや英国では既に具体的な制度設計が進んでいる
日本においても、このモデルを導入する絶好の機会が到来している。その鍵を握るのが、前述の「自然共生サイト」である。国が認定したサイトから生まれる生物多様性向上効果を定量化し、クレジットとして発行する。この「政府のお墨付き」は、クレジットの信頼性を担保する上で極めて強力な武器となる。
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クレジット創出の仕組み:
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企業がMRaaS事業者等と協力し、自社の土地で生態系再生プロジェクトを実施し、「自然共生サイト」の認定を取得する。
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第三者評価機関が、環境DNA分析や生態系調査に基づき、プロジェクトによる生物多様性の向上分(例:希少種の個体数増加、生態系健全性指数の改善)を定量的に評価する。
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この向上分が「生物多様性クレジット」として認証され、クレジット登録簿に記録される。
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クレジットの活用:
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TNFD対応: 他の企業がこのクレジットを購入し、自社のバリューチェーン上で避けられない自然への負の影響を相殺(オフセット)するために利用し、TNFD報告書で開示する。
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自主的な貢献: ネイチャーポジティブを宣言する企業が、自社の目標達成の一環としてクレジットを購入・償却する。
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「スタッキング」の導入: オーストラリアの事例
に倣い、一つのプロジェクトから「J-クレジット(炭素吸収量)」と「生物多様性クレジット」の両方を創出する「スタッキング」を認める。これにより、プロジェクトの収益性が向上し、森林再生や湿地回復といった、炭素固定と生物多様性保全の双方に貢献する事業への投資が促進される。49
2. ネイチャーポジティブ・インパクトファンド
NPaaSスタートアップや生物多様性クレジット創出プロジェクトといった、黎明期のネイチャーポジティブ事業には、リスク許容度の高い成長資金が不可欠である。ここに、専門的なインパクトファンドの役割がある
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投資対象:
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ARaaS、MRaaS、DaaSといった革新的なNPaaSモデルを持つアーリーステージのテクノロジー企業。
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複数の「自然共生サイト」を管理し、生物多様性クレジットを安定的に創出するプロジェクト開発事業者(デベロッパー)。
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再生農業、持続可能な養殖、バイオ素材など、ネイチャーポジティブに直接貢献する事業を行うグロースステージの企業。
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インパクト評価: ファンドは、財務的リターンと並行して、投資先が生み出す「ネイチャーポジティブ・インパクト」を厳格に測定・報告する。評価指標には、回復させた生態系の面積(ヘクタール)、創出された生物多様性クレジット数、保全に貢献した絶滅危惧種の数などが含まれる。
3. ネイチャー・リンク・ローン
これは、既存の「サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)」
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KPIとSPTの具体例:
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KPI(重要業績評価指標): 自社保有林における生物多様性健全性スコア(環境DNA調査等で測定)。
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SPT(目標): 2028年までにスコアを基準年から15%向上させる。
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KPI: 「自然共生サイト」の認定取得。
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SPT: 2027年までに国内3事業所の緑地で認定を取得する。
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KPI: サプライチェーンにおける森林破壊リスクの高い原材料の調達比率。
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SPT: 2030年までに同比率をゼロにする。
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このローンは、企業に対して具体的な行動変容を促す強力なインセンティブとなる。金融機関にとっては、融資先の自然関連リスクの低減を促し、自らの投融資ポートフォリオのレジリエンスを高める効果がある。
これらの新たな金融商品は、単独で機能するだけでなく、相互に連携することでエコシステムを形成する。インパクトファンドが育てたNPaaS企業が企業のローン目標達成を支援し、その結果として生まれた生物多様性クレジットが市場で取引される。このような資金と価値の循環を創り出すことこそが、ネイチャーポジティブ経済を本格的な離陸へと導く鍵となる。
第5部 ソリューション設計図Ⅲ:移行を保証・保険でデリスクする
ネイチャーポジティブへの大規模な投資と事業参画を促すためには、革新的なビジネスモデルや金融商品を創出するだけでは不十分である。自然資本プロジェクトが内包する特有の、そしてしばしば「保険引受不能」と見なされてきたリスクをいかに軽減し、投資家や事業者が安心して踏み出せる環境を整えるか。この問いに対する答えが、移行の成否を分ける。ここでは、市場のボトルネックを解消するための、全く新しい保証・保険ソリューションを設計する。
自然プロジェクトの「引受不能」リスク
従来の保険商品は、自然資本プロジェクトが直面するリスクプロファイルに適合しない。例えば、企業の財産を補償する火災保険や企業総合補償保険
自然プロジェクトのリスクは、長期的で、科学的な不確実性が高く、定量化が難しい。具体的には以下のようなリスクが挙げられる。
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パフォーマンスリスク: 植林した苗木が干ばつで枯死し、森林再生が計画通りに進まない。
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クレジット無効化リスク: 依拠していた生物多様性評価手法が、後の科学的知見によって不適切だと判断され、発行済みクレジットの価値がゼロになる。
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自然資本劣化によるサプライチェーン寸断リスク: 特定の水源地の生態系劣化により水質が悪化し、製品製造に不可欠な清浄な水が利用できなくなる。
これらのリスクを放置したままでは、民間資金は大規模に流入しない。投資家や企業が安心して資本を投下できるよう、これらのリスクを移転させる金融安全網の構築が急務である。
革新的保証・保険ソリューションの提案
1. ネイチャープロジェクト履行保証(パフォーマンス・ボンド)
これは、建設工事などで利用される契約履行保証(パフォーマンス・ボンド)
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コンセプト: プロジェクトが事前に合意された生態学的成果(例:3年間で対象エリアの在来植物被覆率を50%以上に回復させる)を達成することを保証する金融商品。
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仕組み:
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プロジェクト開発者(MRaaS事業者など)が、プロジェクトの投資家(企業やファンド)を受益者として、保険会社と保証契約を締結する。
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保険会社は、プロジェクト計画の科学的妥当性や開発者の実績を評価し、保証料率を決定する。
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契約期間の終了時に、第三者評価機関がモニタリングデータ(環境DNA、衛星画像等)に基づき、目標の達成度を判定する。
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目標が未達だった場合、保険会社が投資家に対して、投資額の損失分や機会損失分を補填する。
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効果: 投資家にとっての「生態学的パフォーマンスリスク」を保険会社に移転することで、プロジェクトの「バンカビリティ(融資適格性)」を劇的に向上させる。これにより、金融機関からの融資や企業からの投資を引き出しやすくなる。
2. 生物多様性クレジット無効化保険
これは、購入した生物多様性クレジットが将来的にその価値を失うリスクから、クレジット保有者を保護する保険である。不動産取引における「権利保険(Title Insurance)」に類似したコンセプトを持つ。
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コンセプト: クレジット保有者が、発行根拠の瑕疵(かし)などを理由にクレジットが無効化された場合に被る金銭的損失を補償する。
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仕組み:
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企業がTNFD報告などの目的で生物多様性クレジットを市場から購入する際に、本保険に加入する。
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保険会社は、対象クレジットの認証基準、評価手法の堅牢性、プロジェクトの透明性などを審査し、保険料を決定する。
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後日、クレジット登録機関や規制当局が、当該クレジットを無効と判断した場合(例:算定手法の重大な誤りが発覚)、保険会社がクレジット保有者に対し、購入価格相当額を保険金として支払う。
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効果: クレジットの価値の安定性を保証することで、流動性の高い二次市場の形成を促進する。企業は安心してクレジットを購入・活用できるようになり、市場全体の信頼性が向上する。
3. 自然資本連動型サプライチェーン強靭化保険
これは、従来の事業中断保険を高度化させ、自然資本の劣化に起因するサプライチェーンの混乱を直接の補償対象とする、パラメトリック保険の要素を取り入れた商品である。
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コンセプト: 企業の事業活動が依存する特定の生態系サービス(例:水源涵養機能、花粉媒介)が、事前に定めた閾値を下回った場合に、自動的に保険金が支払われる。
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仕組み:
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飲料メーカーが、自社工場が依存する特定の河川流域を対象として保険契約を締結する。
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契約時に、保険金の支払トリガーとなる客観的な指標(例:衛星データから測定した流域の森林被覆率、定点センサーによる水質データ)と閾値を設定する。
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例:森林被覆率が10%以上減少した場合、または水中の特定汚染物質濃度が基準値を3ヶ月連続で超過した場合。
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トリガーイベントが発生した場合、損害額の実査を待たずに、契約で定められた保険金が迅速に支払われる。
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保険料は、流域の現状のリスクレベルに加え、企業がその流域で実施する保全活動(植林、水質浄化など)に応じて割引が適用される(プロアクティブなリスク低減努力を評価)。
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効果: 企業に対して、自社のサプライチェーンに潜む自然関連リスクを定量的に評価し、事前に対策を講じるインセンティブを与える。また、気候変動による異常気象など、原因特定が困難な事象による損害にも迅速に対応できる。
表3: 提案するネイチャーポジティブ保険商品
商品名 | 対象契約者 | 補償対象リスク | 支払トリガー(例) | 保険料算定の基礎 | 市場創出効果 |
ネイチャープロジェクト履行保証 | プロジェクト開発者、MRaaS事業者 | 生態系回復プロジェクトの目標未達(パフォーマンス不履行) | 第三者機関による生態学的KPIの未達判定 | プロジェクト計画の科学的妥当性、開発者の実績、地理的・気候的リスク | プロジェクトの資金調達を容易にし、「バンクナブル」な案件を増やす |
生物多様性クレジット無効化保険 | クレジット購入者(企業、投資家) | 購入したクレジットが後日無効と判断されるリスク | クレジット登録機関による登録抹消、規制当局による無効宣言 | クレジットの認証基準、評価手法の堅牢性、プロジェクトの透明性 | クレジットの価値を安定させ、流動性の高い二次市場の形成を促進する |
自然資本連動型サプライチェーン強靭化保険 | 自然資本に高く依存する企業(食品、飲料、製薬等) | 生態系サービスの劣化による事業中断・追加コスト発生 | 客観的・物理的指標(森林被覆率、水質、気温等)が事前に定めた閾値に到達 | 対象地域の自然リスク、企業の依存度、企業の保全活動への取り組み(料率割引) | 企業に自然関連リスクの予防的対策を促し、事業のレジリエンスを高める |
出典:
これらの保証・保険商品は、リスクを単にカバーするだけでなく、市場参加者の行動をポジティブな方向へと導くインセンティブ設計が組み込まれている点が重要である。これらが社会実装されることで、ネイチャーポジティブ経済への移行に伴う不確実性は大幅に低減され、民間資本の流れは一気に加速するだろう。
第6部 事業性評価と市場参入戦略
これまでに設計したソリューションが、単なる机上の空論で終わらないために、その商業的な実現可能性を厳格に評価する必要がある。ここでは、市場規模の推定、収益性分析、競合環境の評価を行い、この新たな経済圏で価値を創造するための具体的な市場参入戦略を提示する。
市場規模と収益性の分析
ネイチャーポジティブ関連市場は、まだ黎明期にあるものの、そのポテンシャルは極めて大きい。
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NPaaS市場の規模推定:
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先行指標として、日本のサステナビリティ/ESGサービス市場は2024年に2,310億円規模に達している
。このうち、気候変動関連のコンサルティングが約1,300億円(2023年度予測)31 を占めるなど、特定のテーマが市場を牽引してきた。67 -
TNFDの本格化と企業の対応義務化に伴い、「ネイチャー」は気候変動に次ぐ巨大な柱となる。仮に、2030年のESGサービス市場(約4,000億円と仮定)の20%がネイチャー関連にシフトすると仮定すれば、それだけで約800億円のサービス市場が生まれる計算になる。これは、コンサルティング、SaaS、データサービスなどを含むTAM(Total Addressable Market)の保守的な推定値である。
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ARaaS (SaaS) モデルの収益性シミュレーション:
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ターゲット市場: 日本の中堅・中小企業(資本金1億円以上、約2万社)を主要ターゲットとする。
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価格設定: 中小企業向けのSaaSのARPU(1ユーザー当たり平均収益)は多様だが、バックオフィス系SaaSなどを参考に、1社あたり月額5万円と設定する。
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市場浸透率: 5年後にターゲット市場の10%(2,000社)の顧客を獲得できたと仮定する。
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年間経常収益 (ARR) の試算:
50,000円/月×12ヶ月×2,000社=12億円
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これは、単一のSaaSソリューションだけで十分にユニコーン企業(評価額1,000億円超)を目指せる規模の事業ポテンシャルがあることを示唆している。
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MRaaS (プロジェクト) モデルの収益性:
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生物多様性関連のコンサルティング費用は、簡易な自己チェックで50万円から、事業所単位の詳細な評価では300万円以上が相場となっている
。43 -
「自然共生サイト」の認定支援や生態系再生プロジェクトは、現地調査、計画策定、施工、モニタリングを含むため、1プロジェクトあたり500万円~数千万円の売上が見込める。年間20件のプロジェクトを受注できれば、それだけで数億円規模の事業となる。
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競合ランドスケープ
この魅力的な市場には、多様なプレイヤーが参入を狙っている。
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大手コンサルティングファーム(Big 4等): 既にESG/サステナビリティ戦略コンサルティングで顧客基盤を持つ。TNFDを戦略マターとして捉え、トップダウンで企業の経営層にアプローチする。ただし、生態学的な専門性や現場でのプロジェクト実行能力が課題となる可能性がある
。68 -
専門環境コンサルタント: 建設環境(株)
のように、長年の環境アセスメントや生物多様性調査で実績を持つ。科学的知見と現場ノウハウに強みを持つが、ビジネスモデルをSaaSのようにスケールさせる点で課題を抱える場合がある。15 -
建設・エンジニアリング会社: 生態系に配慮したインフラ整備や緑化事業で培った技術を持つ。MRaaS(緩和・再生サービス)領域では強力な競合となる。
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テクノロジースタートアップ: 株式会社イノカ(環境移送技術)
や株式会社シンク・ネイチャー(データ分析)1 のように、特定の技術(AI、環境DNA、リモートセンシング)に特化したアジャイルなプレイヤー。DaaSやARaaSの領域で破壊的なイノベーションを起こす可能性がある。1
勝機は、これらのプレイヤーが持ち得ない「統合的なソリューション」を提供することにある。戦略コンサルティングの視点、環境コンサルの科学的知見、そしてテクノロジー企業の拡張性を融合させたハイブリッドなアプローチが求められる。
新規参入のための段階的市場参入戦略
ゼロからこの市場に参入する企業が、リスクを管理しつつ着実にシェアを獲得するための3段階の戦略を提案する。
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フェーズ1(2025-2026年):コンプライアンスの波に乗る
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アクション: まず、最も緊急かつ明確なニーズである「TNFD対応」に焦点を当てる。**ARaaS (評価・報告SaaS)**を市場に投入し、特に初回のTNFD報告に苦慮している大手企業を初期顧客として獲得する。
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目標: 「TNFD対応ならこのツール」というブランドを確立する。この段階で得られる顧客からのフィードバックとデータは、次のフェーズへの貴重な資産となる。
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フェーズ2(2027-2028年):行動の波を創る
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アクション: フェーズ1で築いた顧客基盤と信頼を活用し、**MRaaS (緩和・再生サービス)**へと事業を拡大する。ARaaSで特定されたリスクに対し、具体的な解決策として「自然共生サイト」の認定支援や生態系再生プロジェクトを提案する。
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戦略的提携: 大手損害保険会社と提携し、世界初となる「ネイチャープロジェクト履行保証」をパイロット商品として共同開発・提供する。これにより、自社が手掛けるMRaaSプロジェクトの付加価値を飛躍的に高める。
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目標: 評価・報告から具体的なアクションまでをワンストップで提供できる、唯一無二のパートナーとしての地位を確立する。
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フェーズ3(2029-2030年):市場創造の波をリードする
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アクション: MRaaSを通じて蓄積された多数の認定サイトと再生プロジェクトを基盤に、日本版「生物多様性クレジット」の取引プラットフォームを立ち上げる。これにより、自らは市場のルールメーカーとなる。
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事業の多角化: これまで蓄積してきた膨大な自然資本データをDaaS (データ・分析サービス)として外部に提供開始する。これにより、自社の事業を支えるだけでなく、エコシステム全体の基盤となるデータユーティリティ企業へと進化する。
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目標: コンプライアンス支援から始まり、プロジェクト実行、そして市場創造へとバリューチェーンを遡上し、ネイチャーポジティブ経済における圧倒的なリーディングカンパニーとなる。
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この戦略は、市場の成熟度に合わせて事業ポートフォリオを進化させ、リスクを最小化しながら最大の機会を捉えるためのロードマップである。
結論:日本の次なる大変革における先行者利益の獲得
本レポートで詳述してきたように、日本政府が推進する「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」は、単なる環境政策の集合体ではない。それは、47兆円という巨大な経済圏を創出するために、政策(ネイチャーポジティブ経済移行戦略)、市場メカニズム(TNFD)、そして具体的な実行プラットフォーム(自然共生サイト)を緻密に組み合わせた、壮大な経済アーキテクチャである
この変革の波は、すべての企業に影響を及ぼす。しかし、その影響は一様ではない。これを単なるコンプライアンスコストと捉え、受動的・防御的に対応する企業は、徐々に競争力を失っていくだろう。一方で、この構造変化の中に新たな事業機会を見出し、戦略的に行動を起こす企業は、次なる10年の勝者となる。
我々が提案した「Nature Positive as a Service (NPaaS)」、革新的な「ネイチャーファイナンス」、そして移行リスクを軽減する「保証・保険ソリューション」は、この巨大な機会を捉えるための具体的な青写真である。特に、大企業の要請と中小企業の対応能力との間に存在するギャップを埋めるサービスは、最も確実かつ大規模な初期市場を形成する。
今、企業戦略を担うリーダーに求められるのは、思考の転換である。自然資本を、管理すべきリスク項目の一つとして財務諸表の片隅に置くのではなく、新たな価値創造の源泉として事業戦略の中心に据えること。そして、この黎明期において、大胆にリスクを取り、市場のルールが形成される前に自らがルールメーカーとなるべく行動を起こすことである。日本の次なる偉大な経済変革は、既に始まっている。その中で先行者利益を享受するのは、この地平線の向こうに広がる機会をいち早く見据え、最初の一歩を踏み出す勇気を持った企業に他ならない。
【APPENDIX】
よくある質問(FAQ)
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Q1: 「ネイチャーポジティブ」とは、具体的に何をすることですか?
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A1: 「ネイチャーポジティブ(自然再興)」とは、「生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる」ことを目指す考え方です
。単に環境への悪影響を減らす(マイナスをゼロに近づける)だけでなく、積極的に自然を回復・再生させ、プラスの状態にすることを目指します。企業活動においては、自社の事業が自然に与える負の影響(例:土地利用、汚染)を最小化し(ミティゲーション・ヒエラルキー2 )、同時に自然にプラスの貢献(例:生態系再生、在来種の植樹)を行う「ネイチャーポジティブ経営」への転換が求められています10 。4
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Q2: OECM(自然共生サイト)と国立公園などの「保護地域」との違いは何ですか?
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A2: 「保護地域」(例:国立公園)は、生物多様性の保全を主目的として法律等に基づき設定・管理される区域です。一方、「OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)」は、保全が主目的であるか否かに関わらず、企業の森や里山、都市の緑地など、結果として生物多様性の保全に貢献している保護地域以外の区域を指します
。日本の「自然共生サイト」制度は、このOECMを国内で認定・登録するための仕組みです16 。13
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Q3: 中小企業がTNFD対応を始めるには、まず何をすればよいですか?
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A3: TNFD対応は壮大に見えますが、中小企業は段階的に着手することが推奨されています
。まずは、自社の主要な事業活動と製品が、どの自然資本(例:特定の地域の水、木材、農産物)に依存しているかを特定することから始めましょう。次に、取引先の大企業からどのような情報(例:サプライヤー行動規範、環境データ)を求められているかを確認し、対応可能な範囲で情報収集・整理を行うことが現実的な第一歩です。将来的には、中小企業向けの安価な評価ツール(ARaaS)の登場が期待されます26 。30
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Q4: 「環境DNA(e-DNA)」とは何ですか?ビジネスでどう活用されますか?
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A4: 環境DNAとは、水や土壌、空気中に存在する生物由来のDNA(フン、粘液、皮膚片など)を分析することで、その場にどんな生物が生息しているかを網羅的に調査できる技術です
。従来、多大な労力とコストがかかっていた生物調査を、水を汲むだけで迅速かつ低コストに行えるようになります4 。ビジネスでは、「自然共生サイト」の生物多様性価値の証明、生態系再生プロジェクトの効果測定、TNFDで求められる生物多様性データの取得などに活用されています15 。33
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Q5: 「ミティゲーション・ヒエラルキー」とは何ですか?なぜ重要なのですか?
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A5: ミティゲーション・ヒエラルキー(影響緩和の階層)とは、開発事業などが環境に与える負の影響を管理する際の優先順位を示す考え方です。優先順位は「①回避(Avoidance)」→「②最小化(Minimization)」→「③回復・復元(Restoration)」→「④相殺・オフセット(Offset)」の順です
。つまり、まず影響の発生そのものを避けることを最優先し、それが不可能な場合に影響を最小限に抑え、それでも残る影響を回復させ、最後にどうしても避けられない影響を別の場所での保全活動で埋め合わせる、という考え方です。これは、安易なオフセットに頼るのではなく、事業活動そのものを見直すことを促すため、ネイチャーポジティブ経営の基本原則とされています10 。10
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Q6: 再生可能エネルギーの導入は、常にネイチャーポジティブですか?
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A6: 必ずしもそうとは限りません。例えば、メガソーラー建設のために大規模な森林伐採を行えば、脱炭素には貢献しても、生物多様性を大きく損なう「ネイチャーネガティブ」な結果を招く可能性があります
。ネイチャーポジティブな再エネとは、立地選定の段階で生物多様性への影響を回避・低減する(例:耕作放棄地や産業跡地を活用する7 )、あるいは発電所の設計で生物多様性に配慮する(例:ソーラーパネルの間に植生を残し、小動物の生息地を確保するアグリボルタイクスなど)といった取り組みを指します。脱炭素と生物多様性保全のトレードオフを避け、シナジーを創出することが重要です。8
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Q7: 「生物多様性クレジット」とは何ですか?カーボンクレジットとの違いは?
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A7: カーボンクレジットが温室効果ガスの「削減・吸収量」を取引するのに対し、生物多様性クレジットは、生態系再生プロジェクトなどによって生み出された「生物多様性の向上効果」を定量化し、取引可能にしたものです
。カーボンは地球上どこで削減しても価値が同じ(Global)ですが、生物多様性は場所固有(Local)の価値を持つため、評価や標準化がより複雑であるという違いがあります。48
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Q8: 「自然共生サイト」に認定されると、企業にどのような直接的なメリットがありますか?
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A8: 直接的なメリットは複数あります。第一に、国のお墨付きを得ることで、企業の環境貢献活動が可視化され、ブランドイメージや企業価値が向上します。これはESG投資家や金融機関、顧客への強力なアピール材料となります
。第二に、TNFDで求められる「自然への貢献」に関する情報開示に、認定の事実やサイトでの活動データを活用できます13 。第三に、2025年4月施行の地域生物多様性増進法により、関連手続きの簡素化や、補助金・助言などの支援を受けられる可能性も出てきます69 。18
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ファクトチェック・サマリー
本レポートの信頼性を担保するため、主要な事実、データ、政策に関する出典を以下に明記します。
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市場規模: 日本のネイチャーポジティブ経済の潜在的市場機会が2030年までに約47兆円と試算されている点は、環境省の「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」関連資料に基づいています
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主要戦略: 「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の4省連名で2024年3月29日に公表された事実は、政府公式発表によるものです
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国際目標: 「30by30目標」は、2022年12月の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の目標の一つです
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国内法: 「地域生物多様性増進法」が2025年4月から施行される予定であることは、環境省の公式情報に基づいています
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国際フレームワーク: TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が最終提言を2023年9月に公表したこと、及びその構造(4つの柱、LEAPアプローチ)は、TNFD公式サイトおよび関連解説資料に基づいています
。3 -
企業依存度: 世界の大企業の85%が事業活動において自然への直接依存度が高いというデータは、S&P Globalの分析としてTNFDの最終提言発表資料内で引用されています
。3 -
OECM/自然共生サイト: 自然共生サイトがOECMとして国際データベースに登録される仕組みは、環境省のウェブサイトで説明されています
。13 -
引用した企業事例: キリンビール、積水ハウス、良品計画などの企業の取り組み事例は、各社のサステナビリティ報告や関連報道に基づいています
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主要参考文献
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環境省他「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」:
https://www.env.go.jp/page_01353.html 11
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